(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】赤外スペクトルの測定装置および測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/552 20140101AFI20221109BHJP
G01N 21/35 20140101ALI20221109BHJP
【FI】
G01N21/552
G01N21/35
(21)【出願番号】P 2018224532
(22)【出願日】2018-11-30
【審査請求日】2021-10-14
(73)【特許権者】
【識別番号】507182807
【氏名又は名称】クアーズテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 知子
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-152192(JP,A)
【文献】特表2011-501183(JP,A)
【文献】特開2005-030973(JP,A)
【文献】特開平10-154734(JP,A)
【文献】特開2009-218458(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00- G01N 21/74
G02F 1/00- G02F 7/00
G01N 22/00- G01N 22/04
G01J 3/00- G01J 3/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象となる試料
と接して配置される試料保持体と、前記試料と接して前記試料保持体と対向するように配置されるATR結晶体と、を少なくとも備え、前記試料保持体が比抵抗10mΩ・cm以上30mΩ・cm以下のシリコン結晶体からなることを特徴とする全反射測定(ATR)法を用いた赤外スペクトルの測定装置。
【請求項2】
請求項1記載の測定装置を用いた赤外スペクトルの測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、全反射測定法を用いた赤外スペクトルの測定装置、及び、この測定装置を用いた測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の材料に赤外線を照射して得られた赤外スペクトルから、様々な物性を評価する赤外分光分析法の一形態として、全反射測定法(Attenuated Total Reflection、ATR法)が知られている。
【0003】
図1に、ATR法を説明する概略図を示す。試料保持体10の上に測定対象の試料1とATR結晶体2が配置されている。そして、ATR結晶体2に対して試料1と対向する面から入射した赤外光Xは、試料1とATR結晶体2との界面で全反射する。
【0004】
図2に、
図1における試料1とATR結晶体2と界面付近を拡大した図を示す。試料1とATR結晶体2との界面で全反射した赤外光Xは、深さにして数μm程度、試料1の内部に潜り込む(以後、これを潜り込み深さdとする)。これにより、試料1の表層付近の赤外スペクトルを取得することができる。
【0005】
ところで、一般的なATR法では、本発明のような試料保持体10を用いず、試料1をATR結晶体2の一主面に密着させて測定することもある。しかしながら、試料1の厚さが潜り込み深さdより小さいと、赤外光Xが試料1を透過してしまい十分な全反射光が得られないので、このような場合は、試料保持体10を用いるとよい。
【0006】
試料保持体10を用いた例としては、例えば、特許文献1の
図1には、試料ステージ14上に試料13を載せ、更にその上にATRプリズムを接触させた形態の開示がある。
【0007】
また、特許文献2の
図7にも、Ge(ゲルマニウム)やSi(シリコン)などからなる全反射吸収測定用結晶体40に設けた赤外光42の全反射面45に試料44を密着させると共に、試料44の上にはAuからなる金属薄膜43を予めコーティングされたダイヤモンド板46を試料44の上に密着させた第5実施形態の赤外スペクトル測定用結晶体Eが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平11-190694号公報
【文献】特開2005-30973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、
図3に示すように、潜り込んだ赤外光Xは、その一部が試料保持体10を通過するので、反射光には、試料保持体10の赤外線スペクトルも含む。この状態では、試料1の正確な情報を得るには不適切といえる。
【0010】
この課題の解決方法としては、試料保持体10では赤外光Xの潜り込みが発生しないようにすることが考えられる。しかしながら、当該課題の適切な解決方法が従来は明確ではなく、上記したような従来技術における試料を保持する部材の形態でも、当該課題を解決できているとは言えなかった。
【0011】
本発明は、上記に鑑み、薄い試料でも正確な評価が行えるATR法を用いた測定装置、及び、これを用いた測定方法の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る赤外スペクトルの測定装置は、測定対象となる試料と、前記試料と接して配置される試料保持体と、前記試料と接して前記試料保持体と対向するように配置されるATR結晶体と、を少なくとも備え、前記試料保持体が比抵抗10mΩ・cm以上30mΩ・cm以下のシリコン結晶体からなることを特徴とする。
【0013】
この様な測定装置であれば、赤外光の潜り込みの影響を適切に解消できるので、薄い試料でも正確な評価が行える。そして、このような測定装置を用いた赤外スペクトルの測定方法も併せて提供することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、
図1に示すような、試料保持体10上に載置された試料1の厚さが、赤外光Xの潜り込み深さdより薄い場合でも、試料保持体10の赤外スペクトルが検出される全反射光に含まれることが無いので、試料1のみの情報が簡易かつ正確に得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】
図1における試料1とATR結晶体2との界面付近を拡大した概略図
【
図3】試料1の厚さが潜り込み深さdより小さい場合を示す概略図
【
図5】実施例1および比較例1の赤外線スペクトルのグラフ
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面も参照しながら、本発明を詳細に説明する。本発明は、測定対象となる試料と、前記試料と接して配置される試料保持体と、前記試料と接して前記試料保持体と対向するように配置されるATR結晶体と、を少なくとも備え、前記試料保持体が比抵抗10mΩ・cm以上30mΩ・cm以下のシリコン結晶体からなる全反射測定(ATR)法を用いた赤外スペクトルの測定装置である。
【0017】
なお、本発明で示す概略図は、説明のために形状を模式的に簡素化かつ強調したものであり、細部の形状、寸法、および比率は実際と異なる。また、同一の構成については符号を省略、さらに、説明に不要なその他の構成は記載していない。
【0018】
本発明は、
図1に示した通り、測定対象となる試料1と、試料1と接して配置される試料保持体10と、試料1と接して試料保持体10と対向するように配置されるATR結晶体2と、を少なくとも備える。
【0019】
本発明においては、
図1に示した構成以外については、特許文献1,2も含めて、広く公知のATR法およびATR法を用いた測定装置に準ずるものとする。なお、赤外光Xについても、波長、光量、照射ビーム径等の各パラメータは、実施する測定状況に応じて、適時設定してよい。
【0020】
測定対象となる試料1は、ATR法で測定可能な公知の材料を対象とすることができる。一例として、プラスチックや樹脂等の有機物、生体細胞、などが挙げられる。また、その形態についても、薄膜、粒子の集合体、繊維の集合体、ペースト状、結晶体、液体、等の形態を適用できる。
【0021】
なお、試料1の形状も、格別の制限はなく、公知のATR法に準じて決定してよい。しかしながら、本発明では、試料1のサイズ(赤外光Xが入射する面の面積)がある程度小さいものであるときに、試料保持体の影響を受けにくい点で優位性がある。具体的には、試料1が1mm四方の正方形より小さいサイズが、より好ましいと言える。
【0022】
ATR結晶体2は、
図1に示すように、試料1と接して試料保持体10と対向するように配置される。ATR結晶体2の形状や種類は、使用目的に応じて適時選択される。結晶の種類は、ダイヤモンド,ゲルマニウム,サファイア,ZnSe,シリコン、等が挙げられる。
【0023】
本発明でも、試料1と接して試料保持体10との界面で、赤外光Xを全反射させることが重要であり、界面の平坦性を確保すること、気泡等の異物を排除すること、等の測定上の適切な処置は、公知の技術に準じて適切になされるものとする。
【0024】
そして、本発明は、試料保持体10が比抵抗10mΩ・cm以上30mΩ・cm以下のシリコン結晶体からなることを特徴とするものである。
【0025】
図3に示すように、試料1に潜り込んだ赤外光Xの一部が、試料1を透過してさらに試料保持体10に到達し潜り込んだ赤外光Xは、試料保持体10固有の赤外スペクトルを含む。従来のATR法では、試料1の厚さが薄いと、この試料保持体10が持つ固有の赤外スペクトルを含んだ全反射光が検出されていた。
【0026】
ところで、比抵抗10mΩ・cm以上30mΩ・cm以下のシリコンは、波数が4000cm-1から400cm-1の中赤外域でキャリア吸収が強く、赤外光はほとんど透過しない。これは、比抵抗が30mΩ・cm以下のシリコンは、赤外光を透過しない特性があることを利用したものである。また、10mΩ・cm以下ではプラズマ振動の影響により低波数域の反射率が増大するので、この領域は避けることが望ましい。
【0027】
ATR法で当該結晶を試料保持体10に適用すると、試料1を透過して試料1と試料保持体10との界面に到達した赤外光Xは、その試料保持体10への潜り込みがほぼゼロとなる。これにより、試料1と試料保持体10との界面での反射光は、試料1とATR結晶体の情報のみを含むことになる。
【0028】
すなわち、ATR結晶体2から射出される反射光は、試料1とATR結晶体2との界面での反射光に含まれる赤外スペクトルと、試料1への潜り込みで得られる赤外スペクトルと、試料1と試料保持体10との界面での反射光に含まれる赤外スペクトルで構成され、試料保持体10への潜り込みで得られる赤外スペクトルは含まれない。
【0029】
ATR法においては、試料1の屈折率、ATR結晶体2の屈折率、試料1とATR結晶体2との界面に対する赤外光Xの入射角度、赤外光Xの波長から、潜り込み深さdを算出することができるので、試料1の厚さをこれに合わせることも可能ではある。
【0030】
しかしながら、本発明では、このような算出による事前検討を不要とする点で、測定工程の短縮、低コスト化という効果も得られる。そして、試料1の厚さを制御できない事情がある場合に、本発明はことさら有効といえる。
【0031】
比抵抗が低い、いわゆるヘビードープシリコンは、波数が4000cm-1から400cm-1の中赤外域でキャリア吸収が強く赤外光をほぼ透過しないことは、従来から知られていたことではあるが、本発明者は、ATR法に特有の現象である潜り込み深さdに注目し、余計な情報を拾うという問題点を、極めて簡易かつ低コストで解決する手法として、本発明を導き出した。これは、単に上記したシリコンの物性を知るのみでは、容易に想到し得ないものといえる。
【0032】
本発明の試料保持体10として用いるシリコン結晶体は、比抵抗10mΩ・cm以上30mΩ・cm以下である。前記した通り、30mΩ・cm以上では、シリコン結晶体が赤外光を透過する。
【0033】
一方、比抵抗が10mΩ・cm未満では、波数が4000cm-1から400cm-1の中赤外域全域でのキャリア吸収が均等でなくなり、波数の値に対してスペクトル強度が傾斜を持つため、検出された赤外スペクトルの形状に歪みや意図しないピークが出現する恐れがあり、正確な解析に支障をきたす。
【0034】
本発明の試料保持体10として用いるシリコン結晶体は、少なくとも試料1と接触する面が単結晶であることが好ましい。多結晶であると、反射光が粒界の影響を受けて測定結果に悪影響を及ぼす懸念が想定される。単結晶シリコンとしては、半導体製造用のシリコンウェーハが好適である。
【0035】
本発明の試料保持体10として用いるシリコン結晶体は、試料1と接触する面が鏡面仕上げであることが好ましい。反射光の散乱の影響を低減するためである。ここで、鏡面仕上げとは、具体的には、平均粗さRaが5nm以下である。
【0036】
本発明の試料保持体10は、厚さについて格別の制限はないが、あまり薄すぎると、均一な厚さで形成するのに多大なコストが発生し、必要以上に厚くしても、試料保持体10の作製が困難になる、あるいは、測定自体に支障が出ることが懸念される。上記を考慮すると、本発明の試料保持体10は、その厚さが200μm以上5mm以下であると、より好ましいといえる。
【0037】
また、試料1と接触する面がシリコン結晶であればよいので、例えば
図5に示す通り、試料保持体10を、試料保持体上部11は気相成長法や貼り合わせ法により形成される薄いシリコン単結晶層、試料保持体下部12は低コストで製造できる多結晶シリコン、アルミナ等のセラミックス、鉄やアルミ等の金属部材、となるように構成してもよい。
【0038】
本発明の試料保持体10として用いるシリコン結晶体に含まれるドーパントは、半導体用のシリコンウェーハに用いられるものを広く適用できる。一例として、前述したボロンやリン、アンチモンなどが挙げられる。なお、比抵抗以外の物性値、例えば、酸素濃度、炭素濃度、結晶方位、欠陥密度、等に関しては、格別の制限を要しない。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、下記実施例により制限されるものではない。
【0040】
[共通の測定条件]
ATR法を用いた測定装置として、パーキンエルマー社製のSpectrum100およびSpecac社製Goldengateを用意した。赤外線X、及び、ATR結晶体2は、該測定装置の仕様に準じている。試料1は、市販の流動パラフィンを、試料保持体10の上に厚さ1μmで、約1mm四方の略正方形状になるよう塗布した。試料保持体10は、汎用の半導体用シリコンウェーハから5cm四方で切り出した、厚さ625μmの四角片とした。
【0041】
[実施例]
試料保持体10の比抵抗を、実施例1は15mΩ・cm、実施例2は30mΩ・cm、そして、実施例3は10mΩ・cmとした。
【0042】
[比較例]
試料保持体10の比抵抗を、比較例1は1.5kΩ・cm、比較例2は5mΩ・cm、そして、比較例3は40mΩ・cmとした。
【0043】
[評価]
測定で得られたそれぞれの赤外線Xの赤外スペクトルを、横軸を波数(cm-1)、縦軸を吸光度(無次元)のグラフにして、波数が4000cm-1から1000cm-1の範囲における、赤外線スペクトルの変動幅の比較及び特異なピークの有無で、試料1の測定精度(試料1のみの測定がなされているか否か)を比較した。変動幅は、上記波数の範囲内で吸光度の最大値と最小値の差とした。
【0044】
図5から明らかなように、実施例1は、上記範囲における変動幅が0.2であり、測定精度が十分であるといえる。また、目立った特異なピークの発生も見られなかった。このことから、実施例1は、試料保持体10の影響をほとんど受けず、試料1のみの情報を反映したものといえる。
【0045】
なお、実施例1および比較例1共に、波数2800cm-1近辺に赤外スペクトルの局所的変動が見られるが、これは流動パラフィンに帰属する固有のピークであり、本発明の効果の検証においては考慮しなくてもよい。
【0046】
これに対して、同じく
図5から明らかなように、比較例1は、上記範囲における変動幅が0.8であり、測定精度が不十分であるといえる。また、
図5の破線円で示すように波数1750cm
-1近辺に、流動パラフィンに帰属しない赤外スペクトルの局所的変動が見られた。このことから、比較例1は、試料保持体10の影響をかなり受けており、試料1のみの情報を反映したものとは言えないものであった。
【0047】
なお、図示しないが、実施例2,3の上記範囲における変動幅は、いずれも0.3であり、特異なピークの発生もなく、実施例1ほどではないが、おおむね良好と言えるものであった。一方、比較例2,3の上記範囲における変動幅は、いずれも0.4であり、特異なピークの発生もなく、比較例1ほど劣るものでなかったが、実施例との比較では、本発明の効果が十分に得られているとは言えないものであった。
【符号の説明】
【0048】
1 試料
2 ATR結晶体
10 試料保持体
11 試料保持体上部
12 試料保持体下部
X 赤外光
d 潜り込み深さ