(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】ポリマー肺サーファクタント
(51)【国際特許分類】
A61K 31/77 20060101AFI20221109BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20221109BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20221109BHJP
A61K 9/12 20060101ALI20221109BHJP
A61K 9/10 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
A61K31/77
A61P11/00
A61K9/08
A61K9/12
A61K9/10
(21)【出願番号】P 2019507101
(86)(22)【出願日】2017-08-11
(86)【国際出願番号】 US2017046426
(87)【国際公開番号】W WO2018031850
(87)【国際公開日】2018-02-15
【審査請求日】2020-02-26
(32)【優先日】2016-08-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】598063203
【氏名又は名称】パーデュー・リサーチ・ファウンデーション
【氏名又は名称原語表記】PURDUE RESEARCH FOUNDATION
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】ウォン,ユヨン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ヒュン チャン
【審査官】福山 則明
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0004453(US,A1)
【文献】Langmuir,2012年,Vol. 28,pp. 11555-11566
【文献】Langmuir,2015年,Vol. 31,pp. 13821-13833
【文献】Langmuir,1999年,Vol. 15,pp. 7714-7718
【文献】Langmuir,2001年,Vol. 17,pp. 7837-7841
【文献】Journal of Polymer Science Part A: Polymer Chemistry,2001年,Vol. 39, Issue 22,pp. 3861-3874
【文献】高分子,2002年,51巻, 4月号,pp. 269-279
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の肺疾患を治療するための、ポリマー組成物を含有する肺サーファクタント医薬であって、
前記ポリマー組成物が合成生体適合性両親媒性コポリマーを含み、前記コポリマーのモノマーが、エチレングリコール(EG)、およびスチレン(PS)である、
肺サーファクタント医薬。
【請求項2】
前記肺疾患が、機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる乳児または急性の呼吸窮迫症候群、または気管支肺異形成症である、請求項1に記載の肺サーファクタント医薬。
【請求項3】
前記ポリマー組成物が、
ポリスチレン-block-ポリエチレングリコール(PS-PEG)ブロックコポリマーを含む、請求項1または2に記載の肺サーファクタント医薬。
【請求項4】
前記ポリマー組成物が、前記哺乳動物の肺に、水溶液の形態で気管点滴によって投与される、請求項1または2に記載の肺サーファクタント医薬。
【請求項5】
前記ポリマー組成物が、前記哺乳動物の肺に、液滴または乾燥粉末タイプのエアロゾルの形態で、陽圧をかけることで投与される、請求項1または2に記載の肺サーファクタント医薬。
【請求項6】
前記ポリマー組成物が、他の治療薬との組み合わせで前記哺乳動物に投与されることを含む、請求項1または2に記載の肺サーファクタント医薬。
【請求項7】
生体適合性または生分解性の
水または生理食塩水中にミセル形態で分散された
0.02~20重量%の両親媒性合成コポリマーを含む肺サーファクタント
として用いるための組成物であって、
前記コポリマーのモノマーは、エチレングリコール(EG)およびスチレン(PS)である、
肺サーファクタント
として用いるための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願へのクロスリファレンス
本米国特許出願は、2016年8月12日に出願された米国特許仮出願第62/374,325号の優先権に関連し、その優先権を主張するものであり、当該米国特許仮出願の内容全体を本開示に援用する。
政府予算に関する声明
【0002】
本発明は、国立科学財団により授与されたCBET-1264336として政府の支援を受けてなされた。政府は、本発明において一定の権利を有する。
【0003】
本開示は、広義にはポリマー肺サーファクタントに関し、特に、表面活性物質としてのすべての性能要件を満たし、現在の呼吸窮迫症候群治療薬よりも取り扱いやすいポリマー肺サーファクタント材料に関する。
【背景技術】
【0004】
このセクションでは、本開示に対するより良い理解を容易にする一助となり得る態様を紹介する。したがって、これらの説明はこの観点から読まれるべきであり、先行技術が何であるか否かに関する自認として理解されるべきではない。
【0005】
40週の在胎期間が満了する前に生まれた乳児は、「早産児」(妊娠37週以前に生まれた場合)または「未熟児」(34週以前に生まれた場合)とみなされる。早産/未熟であることに付随する健康上の主なリスクのひとつに、肺の発達が十分ではないことがある。このことは、乳児死亡率が高くなる原因となっている。在胎37週目より前に生まれた乳児は肺胞構造なしで生まれ、肺サーファクタントの産生量が少ない。このため早産児や未熟児は懸命に呼吸しようとするが、適切な治療をしなければ、数日以内に死亡する。この呼吸不全は、呼吸窮迫症候群(RDS)と呼ばれている。以前は、この疾患の原因がウイルスにあると誤解されていたことから、ヒアリン膜症という誤った名称でも知られていた。
【0006】
RDSがヒアリン膜症と誤って名付けられた当時、米国における乳児の主な死因はこの疾患であり、肺炎やインフルエンザよりも死亡率が高かった。しかしながら、今日では、熟練した医師らと確立された3つの治療法のおかげで、RDSによる死亡率は大幅に低下した。3つの治療は段階的に行われ、先に実施した治療が奏功した場合、次の治療は行われない。RDSの最初の治療は、乳児自身の肺サーファクタントの産生量を増すために、分娩の24時間前に母親にステロイドを投与する予防治療である。ベタメタゾンによるステロイド治療の臨床データでは、RDSの発症が25.8%から9%まで効果的に減少したことが示されている。2つ目の治療であるサーファクタント補充療法(SRT)には、動物から抽出した肺サーファクタントを、出生直後に乳児の肺に気管内注射することを含む。奏功するSRTの開発は、RDS関連の死亡率を低下させる上での主な原動力となっており、その効果の高さがゆえに世界保健機関の必須薬剤リストにも含まれている。3つ目の治療法は、肺内の酸素濃度を高めるために、乳児に経鼻持続的/非持続的陽圧気道法での治療をほどこす機械的換気法である。機械的な換気による治療は、RDSを治療するための最も古い治療法である。その最初の臨床試験では、死亡率が80%から20%に低下するが示された。しかしながら、酸素中毒と肺の機械的な損傷は依然として有害作用となっている。3つの治療法のうち、SRTがRDSの根本的な原因を直接解決する最も信頼性の高い治療法であり、これまでのところ有害作用は報告されていない。RDSの治療が改善されているのは、SRT技術の進歩によるものと考えられる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
国内では早産児および未熟児のRDS関連死亡率を低下させることに成功したにもかかわらず、治療費が高く治療の手順も複雑であることから、世界規模でみると特に発展途上国において、RDSは今なお依然として新生児死亡の主な原因の1つとなっている。非常に効果的であるとはいえ、SRTにかかるコストは非常に高く、国によってはSRTの治療薬にかかるコストだけで国民一人あたりのGNPを上回る。SRTの利用に影響する経済的な不均衡が存在することは、中央アジアとアフリカの国々でSRTが十分に利用されていないことを示す
図1から明らかである。熟練した医師や先進的な新生児集中治療室(NICU)を必要とせず、より簡単な手順で治療に使用することができる、より低コストのRDS治療薬を開発すれば、上記の問題を解決し、世界中で新生児死亡の主な原因を減らすことになる。なお、米国内であっても、一部の農村地域では熟練した医師と必要なNICU施設などの医療施設が不足しているがゆえ、早産児や未熟児がRDS関連死の危険にさらされていることに注意されたい。SRTが実用的ではない地域では、治療は主に機械的な換気に依存している。このため、より良いSRT技術に対する、いまだ満たされていない需要がある。
【図面の簡単な説明】
【0008】
(
図1)サーファクタント補充療法(SRT)が現在実施されている国を緑色で示す。患者が少なくとも1種の市販の肺サーファクタント治療薬を利用できる国を、「SRT実施」とした。データについては、2015年3月24日にMedtrackを使用して収集した。
【0009】
(
図2)球状肺胞のヤング-ラプラス圧が、表面張力および半径の関数として計算さ
れる。
【0010】
(
図3)圧縮-拡張サイクルの繰り返しで得られた、市販の肺サーファクタントであ
るSurvanta(Abb Vie)の表面張力-相対面積等温線。サブフェーズには、150mM NaClと、2mM CaCl
2と、0.2mM NaHCO
3とを含有する溶液(pH7.0~7.4、25℃)を使用した。単分子層を50mm/分の速度で圧縮/拡張させ、圧縮-拡張サイクル1回あたり7.18分とした。図示のデータは、4mgのSurvantaを展開した後に実施した合計50回の連続サイクルのうち、最後の10回の圧縮-拡張サイクルを示している。
【0011】
(
図4)肺サーファクタントとしての用途について試験したPEGベースのブロック
コポリマーの化学構造。
(表1)
表1.調査したポリマー肺サーファクタント候補材料の分子特性。
1ラクチド:グリコライド=モル比で70:55。
2ラクチド:グリコライド:カプロラクトン=モル比で30:29:41。
【0012】
(
図5)ミリQ純水(抵抗率18MΩ・cm)の表面上に(a)クロロホルムまたは
(b)水で展開したPLGA-PEGとPLGACL-PEGの単分子層の25℃での定圧縮表面張力-面積等温線。速度3mm/分での圧縮時の表面張力を測定した。PLGA-PEGおよびPLGACL-PEGミセルの流体力学的直径は、それぞれ144.1および53.0nmであった(DLSで測定)。
【0013】
(
図6)(a)クロロホルムまたは水で展開したPtBMA-PEGの単分子層の2
5℃での定圧縮表面張力-面積等温線。(b)水で展開したPtBMA-PEGの単分子層の、10℃、25℃、40℃の3通りの温度での定圧縮表面張力-面積等温線。すべての測定で、サブフェーズとしてミリQ純水(抵抗率18MΩ・cm)を使用し、単分子層の圧縮速度を3mm/分とした。PtBMA-PEGミセルの流体力学的直径は、26.3±3.9nmであった(DLSで測定)。
【0014】
(
図7)3mm/分の速度で連続圧縮下、ミリQ純水(抵抗率18MΩ・cm)の上
にクロロホルムまたは水で展開したPS-PEGの単分子層の25℃での表面張力-等温線。括弧内の数字は、各ブロックの数平均分子量(g/mol)を表す。
【0015】
(
図8)バルク水溶液中で形成した、(a)PS(1560)-PEG(5000)
、(b)PS(2993)-PEG(5000)、(c)PS(5610)-PEG(5000)および(d)PS(13832)-PEG(5000)ミセルのTEM画像。乾燥させたミセル試料を酢酸ウラニルでネガティブ染色した。
(表2)
表2.TEM(
図8)またはDLSで決定したPS-PEGミセルの直径
【0016】
(
図9)4種類のPS-PEG材料を(a)クロロホルムまたは(b)水で展開した
単分子層の25℃での定圧縮表面圧-面積等温線。サブフェーズとして、ミリQ純水(抵抗率18MΩ・cm)を使用した。単分子層の圧縮速度を3mm/分とした。
【0017】
(
図10)(a)25℃におけるPEGプロトンの縦緩和減衰曲線。実線で示す曲線
は、単一指数的減衰関数(G(t)=exp(-t/T
1))にフィットする。(b)25℃におけるPEGプロトンの横緩和減衰曲線。PS(5610)-PEG(5000)ミセルとPS(13832)-PEG(5000)ミセルのスペクトルには、2つのPEGピーク(約3.61ppmに鋭いピークと約3.56ppmに広いピーク)が見られた。これらのピークの減衰曲線を、単一指数的減衰関数に別々にフィットさせた。白抜き記号は広いPEGピークを表し、黒塗りの記号は鋭いPEGピークを表す。PEG(5000)およびPLGA(2385)-PEG(5000)のスペクトルには、PEGピークが1つ見られた。PEG(5000)の減衰曲線を単一指数的関数にフィットさせ、PLGA(2385)-PEG(5000)の減衰曲線を二次指数関数(G(t)=a・exp(-t/T
21)+(1-a)・exp(-t/T
22))にフィットさせた。
(表3)
表3.
図10で得られたベストフィットのT
1値およびT
2値。†ピリジン内部基準に基づいて推定される、系で利用可能なPEGセグメント総数のうち、鋭いPEGピークと広いPEGピークに寄与するPEGセグメントの割合。‡二次指数減衰関数の第一項の係数a。比較のために、100℃でのPEG(5000)溶融物の予測T
2値も示す。
【0018】
(
図11)圧縮-拡張サイクルの繰り返しにおける、水で展開したPS(5610)
-PEG(5000)の単分子層の表面張力-面積等温線。サブフェーズには、150mM NaClと、2mM CaCl
2と、0.2mM NaHCO
3とを含有する、pH7.0~7.4の溶液を25℃で使用した。単分子層の圧縮/拡張速度を50mm/分とした。圧縮-拡張サイクルを1回実施するのに7.18分を要した。この測定では、合計50回の連続圧縮-拡張サイクルを用いた。
【0019】
(
図12)圧縮-拡張サイクルの繰り返しにおける、(a)BSA(30mg)を添
加した場合と添加しない場合のSurvanta(4mg)および(b)BSA(30mg)を添加した場合と添加しない場合の水で展開したPS(5610)-PEG(5000)ミセル(10mg)の表面張力-面積等温線。図示のデータは、4mgのSurvantaまたはPS-PEGミセルを展開した後に実施した合計50回の連続サイクルのうち、最後の10回の圧縮-拡張サイクルを示している。Survanta(4mg)またはPS-PEGミセル(10mg)の単分子層の上に、別途BSA(30mg)を展開した。サブフェーズには、150mM NaClと、2mM CaCl
2と、0.2mM NaHCO
3とを含有する溶液(pH7.0~7.4、25℃)を使用した。単分子層を50mm/分の速度で圧縮/拡張させ、圧縮-拡張サイクル1回あたり7.18分とした。
【0020】
(
図13)それぞれの化合物を展開した後に100秒の時点で測定した、PS(56
10)-PEG(5000)ミセルとSurvantaの表面張力低下作用の速度。サブフェーズには、150mM NaClと、2mM CaCl
2と、0.2mM NaHCO
3とを含有するサブフェーズ液(pH7.0~7.4、25℃)を使用した。
【0021】
(
図14)PS(4418)-PEG(5000)ミセルポリマー肺サーファクタン
トを異なる用量で気管内注入した後の時間の関数として測定したマウスの体重。各用量群をマウス1匹で構成する。
【0022】
(
図15)1.6mgのPS(4418)-PEG(5000)ミセルポリマー肺サ
ーファクタントを気管内注入した後2週間目に撮影したマウス臓器のH&E染色組織片(1600μm×1200μm)。
【0023】
(
図16)PS(4418)-PEG(5000)肺サーファクタントを様々な用量
で注入した後における妊娠27日目のウサギの胎仔肺のex vivoでのPV肺力学。各群を5匹のウサギ胎仔で構成した。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本開示の原理の理解を促進するために、図面に示す実施形態を参照し、特定の用語を用いてこれを説明する。ただし、それによって本開示の範囲を限定することを意図するものではない旨は理解できよう。
【0025】
満たされていない需要に応じて、我々は、これらの課題に対する考え得る解決策としてポリマー肺サーファクタントを開発した。新たに開発した我々の完全合成ポリマーベースの肺サーファクタントは、かなりコストを抑えて製造することができ、はるかに単純かつ非侵襲的で医師の助けを必要としないエアロゾルデリバリー法の使用を可能にする。
【0026】
表面張力および肺サーファクタント
【0027】
新たなSRT治療を開発するには、肺が未発達である場合に肺機能がどのように損なわれるかを理解する必要がある。早産児/未熟児の肺は、完全に発達した肺胞構造を持たず、肺サーファクタントの産生が少ないか全くない点で、十分に育った健康な乳児の肺とは異なる。肺胞構造が未発達であると、乳児の呼吸に悪影響が及ぶが、これがRDSの主な原因ではない。実際、在胎期間が満了しても、マウスなどの哺乳動物は肺胞構造が完全に発達しないまま生まれるが、RDSに罹患しない1。このことは、RDSが生じる主な理由は構造的な欠陥にあるわけではなく、機能的化合物すなわち肺サーファクタントの欠乏にあることを示唆している。肺サーファクタントは、脂質が80%とタンパク質が20%で構成され、肺胞被覆液(ALF;上皮被覆液(ELF)とも呼ばれる)の表面張力を低下させることによって肺の生物物理学的機能において重要な役割を果たす表面活性物質である2。肺で肺サーファクタントが不足すると、ALFの表面張力の低下が妨げられ、この状況が原因で肺の気嚢(肺胞)間に大きな圧力差が生じる。
【0028】
呼吸サイクルの間に肺胞の半径(R)が変化し、これに伴い、肺胞内の圧力(ΔP)も以下のヤング-ラプラスの式に従って変化する。
【0029】
【0030】
図2は、ΔPがγおよびRの関数としてどのように変化するかについての計算結果を示す。肺にサーファクタントが存在しない場合、ALFの表面張力はRに関係なく一定である(37℃で約0.069N/m)。したがって、
図2に赤い実線で示すように、肺胞が最も小さくなるまで(直径0.02~0.03mm)収縮すると、圧力は非常に高くなり得る(約9,000N/m
2)。このような高圧下では、大きい肺胞は大きくなりつづけ、小さな肺胞は常により小さくなって最終的には肺胞構造が完全に破壊されることになる。肺サーファクタントが存在すれば、肺胞の半径が小さくなるにつれて表面張力も(0.01N/m未満までにすら)連続的に小さくなる(
図2の緑色の点線を参照)。このメカニズムによって、呼吸サイクルにおける圧力の変動(およびこの圧力変動による肺の破壊)が阻止される。
【0031】
肺胞の半径が小さくなるにつれてALFの表面張力が低下するのは、肺サーファクタント系における脂質分子間の反発力が原因である。脂質は両親媒性であるため、空気とALFとの界面に容易に吸着しやすい。呼息時に肺胞の半径が小さくなることで肺胞の表面積が小さくなると、表面に吸着した脂質分子が横方向に圧縮される。
図3に示すように、脂質が圧縮されることで生じる圧力がゆえに、表面張力が低下する。表面張力がゼロ付近まで小さくなると、表面に吸着した脂質は不安定になり、ALFのサブフェーズに脱着し始める。この脂質の脱着によって、
図3に示すように、0mN/m付近で表面張力のプロファイルに揺らぎが生じる
12。吸息時には肺胞の表面積が増加し、被覆のない表面が生じる。サーファクタントタンパク質BおよびC(それぞれSP-BおよびSP-C)の作用によって、脱着してサブフェーズ中にある脂質が再びALFの表面に吸着する
13。圧縮と拡張を繰り返すサイクルで脂質の連続的な脱着と再吸着が可能なのはSP-BおよびSP-Cタンパク質が存在する場合だけであり、このような連続的な脱着と再吸着は、どのようなSRT治療薬であっても再現することができるはずの重要な過程である。SP-B/SP-Cが存在しないと、圧縮時に生じた脱着脂質がALFの表面に再吸着しないため、脂質のみの製剤を用いたSRTの初期の臨床試験はほとんど成功しなかった
14,15。最初の合成肺サーファクタントである、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)85重量%、ヘキサデカノール9重量%、チロキサポール6重量%を含有するExosurf(GlaxoSmithKline)は、RDSの治療における有効性が低いため中止されている。このように性能が不十分であった主な理由は、この製剤にはタンパク質成分がまったく含まれないことにあった。
【0032】
SRTの研究において現在趨勢となっているのは、天然のサーファクタントタンパク質に代わる合成物の開発である。現在までのところ、このカテゴリには、臨床評価段階にある肺サーファクタント製品が1つだけ存在し、それがSurfaxin(旧Discovery Labs;現Windtree Therapeutics)である。この製剤は、天然のサーファクタントタンパク質の機能を模倣するように設計された合成ポリペプチド(KL4)を含有する16,17。しかしながら、Surfaxinには、動物から抽出した肺サーファクタント(Survanta、Curosurf、Infasurfなど)と比較して、温度の変動に対する安定性が低いという欠点があった。Surfaxinは、使用前に加温(たとえば、ドライブロックヒーターにて44℃で15分、その後、体温まで冷やすなど)すると、冷蔵状態に戻すことができない18。Surfaxinの臨床試験では、ウシから抽出したSurvanta(Abb Vie)またはブタから抽出したCurosurf(Chiesi Pharma)と比較して、罹患率と死亡率を下げる点でわずかに改善されることが示された19,20。しかしながら、「Surfaxin in Therapy Against RDS (STAR)」試験では登録率が低いため早期に終了し(想定されたデータの半分しか得られなかった)、「Safety and Assessment of Effectiveness of Lucinactant versus Exosurf in a Clinical Trial (SELECT)」試験は評価が偏っていることで批判を受けていることに注意されたい21,22。このため、動物から抽出したRDS治療薬よりもSurfaxinのほうが優れた治療結果が得られるとは言えず、その逆も言うことができない。現在まで、他の肺サーファクタント製品よりも明らかに優れた結果が認められる単一の肺サーファクタント製品は存在しない23。2015年4月、Discovery Labs(2016年4月にWindtree Therapeuticsに名称変更)は、同社の主力をエアロゾル製剤であるAerosurfで再構築するためにSurfaxinの製造を中止した。このため、現在市販されているSRT治療薬はいずれも動物由来の製品である。
【0033】
異なるSRT治療薬同士のコスト比較は簡単ではない。気管内注射の回数、機械的換気の期間、必要な調製物、投与量などを含む全体的な治療コストは、いくつかの要因によって決まる18。肺サーファクタント薬自体のコストは、米国におけるSRT治療コスト全体のわずか2~3%にすぎない。治療コストの大部分は、肺サーファクタントの投与に付随する複雑な手順に関連する24,25。したがって、世界規模でのSRT技術の使用を妨げる2つの主な要因すなわち、高いコストと複雑なデリバリー手順は連動している。この数十年続いている問題を解決するには、おそらく「箱から出して考える」必要がある。この理由のため、我々の研究室では過去数年間、空気/水界面における合成ポリマーサーファクタント(特に、PEGベースの両親媒性ブロックコポリマー)の挙動を研究してきた。ポリマー肺サーファクタントは、低コストで大量生産することができ、(液体および乾燥粉末形態の両方で)エアロゾル化が容易であり、化学的に安定である(ポリマー調製物の保存寿命が長い)ため、SRT治療薬として魅力的である。この研究の過程で、我々はポリマー肺サーファクタントの設計基準を開発した。うまくいく肺サーファクタントの候補としては、(1)生体適合性がある/生分解性である、(2)複数の圧縮-拡張サイクルにおいて高圧縮で繰り返し表面張力が極めて小さくなる(10mN/m未満)、(3)タンパク質耐性である、4)水の上に素早く展開される(2分以内)必要がある。
【0034】
ポリマー肺サーファクタントの基準1:生体適合性/生分解性
【0035】
試験した候補ポリマー肺サーファクタント材料の化学構造を
図4に示す。それらの分子特性も、表1にまとめておく。リストに含まれる最初の2つの材料は、FDAの承認を得ている広く知られた生分解性ブロックコポリマーすなわち、ポリ(乳酸-co-グリコール酸-block-エチレングリコール(PLGA-PEG)およびその誘導体であるポリ(乳酸-co-グリコール酸-co-カプロラクトン-block-エチレングリコール)(PLGACL-PEG)である。研究対象となった他の候補ブロックコポリマーは、ポリ(tert-ブチルメタクリレート-block-エチレングリコール)(PtBMA-PEG)およびポリ(スチレン-block-エチレングリコール)(PS-PEG)である。PtBMA-PEGおよびPS-PEG材料は、特にミセル溶液として調製されると、生体適合性である。ミセル溶液中、PtBMAブロックおよびPSブロックは疎水性のコアドメインを形成し、PEG鎖は親水性のコロナ層を形成する。PS-PEGミセルは、潜在的な薬物デリバリー系として、非常に詳細に研究されてきた。毒性、体内分布および薬物動態試験を含む薬理学的研究から、PS-PEGミセルが生物医学的用途で使用するのに非常に安全であることが示唆されている
26~30。PtBMA-PEGミセルについては、現在入手可能な薬理学的データが非常にわずかしかない。しかしながら、PS-PEGミセルとPtBMA-PEGミセルとの類似性を考慮すると、PtBMA-PEGミセルも高い生体適合性を持つと考えられる。ポリ(メチルメタクリレート-co-メタクリルオキシスクシンイミド-graft-ポリエチレングリコール))(「PMMA-co-PMASI-g-PEG」)ミセルなどの似たような系で得られるデータも、この所見を裏付けている
31。
【0036】
表1.調査したポリマー肺サーファクタント候補材料の分子特性。1ラクチド:グリコライド=モル比で70:55。2ラクチド:グリコライド:カプロラクトン=モル比で30:29:41。
【0037】
我々の研究では、これらのブロックコポリマー肺サーファクタントをミセル水溶液に調製した。溶媒交換法を用いて、球状ミセル構造を得た32,33。このポリマーミセル調製物は室温でも非常に安定であり、使用前に前処理工程を全く必要としなかった。これだけでも、再現性のある結果を得るためには一般に使用前に特定の保存と前処理の手順が求められる脂質ベースの従来の肺サーファクタント製剤と比べると、大きな利点である。取り扱いの点だけでみてもこのような利点があることで、すでに治療にかかる総コストを効果的に減らす一助となり得る。
【0038】
ポリマー肺サーファクタントの基準2:高圧縮で表面張力が極めて小さい(または表面圧が高い)
【0039】
最初に、我々は、自分たちの研究をFDAの承認が得られている生分解性ブロックコポリマーであるPLGA-PEGに集中させた。PLGA-PEGは、一般にラングミュア単分子層と呼ばれる、空気/水界面によく広がる膜を形成する。ラングミュアトラフ装置を使用して、肺を模した試験環境をin vitroで作製した。十分な量のPLGA-PEGが全被覆点を超えて水面上に広がると、PLGA-PEGポリマーが不溶性のブラシ被覆膜を形成する。このとき、PLGAセグメントが(わずかにガラス状の不溶性ポリマー膜を形成して)水面に固定され、PEGセグメントは水のサブエーズに入り込む(ブラシ層を形成する)。横方向に強く圧縮された状態になると、PLGA-PEGは、PLGAのガラス転移とPEGブラシの反発力との複合効果によって、水の表面張力がゼロ付近まで小さくなる35,36。単分子層の様々な圧縮条件下でのラングミュアPLGA-PEGの形態学的性質および表面の機械的性質については、参考文献に詳述されている34,35。
【0040】
図5(a)は、PLGA-PEGと、その非ガラス状の類似物であるPLGACL-PEGで形成されたラングミュア単分子層で得られた表面張力-面積等温線を示す。単分子層の調製には、展開溶媒としてクロロホルムを用いた。高圧縮下では、PLGA-PEGの単分子層は表面張力が約8mN/mと小さかった。PLGACL-PEGの単分子層は、最大圧縮時にも表面張力がはるかに大きく、約40mN/mであった。これは、PLGACLが非ガラス状のポリマーであることによる。実際の治療用途では、展開溶媒としてクロロホルムを使用することができず、製剤は水をベースにするものでなければならない。水溶液中では、PLGA-PEGおよびPLGACL-PEGはミセルの状態で存在する。PLGA-PEGおよびPLGACL-PEGのミセル単分子層(展開溶媒として水を使用して調製)の表面張力-面積プロファイルを、
図5(b)に示す。これらの水で展開する状況では、PLGA-PEGの単分子層とPLGACL-PEGの単分子層の表面張力挙動は、互いに非常によく似ていた。いずれの場合も、観察された最も小さな表面張力は、試験対象とした最高圧縮レベルで約50~60mN/mであった。
【0041】
クロロホルムで展開したPLGA-PEGの単分子層と水で展開したPLGA-PEGの単分子層とで表面張力等温線が大幅に異なる理由は、水で展開した単分子層系ではPLGA-PEGポリマーがミセル状のままであるのに対し、クロロホルムで展開する状況では、ポリマーが分子的に広がった(「アンカーブラシ」)単分子層を形成するためである。この水で展開する方法を、総分子量(3.5~28.6kg/mol)とブロック組成(28.4~74.3PEG重量%)が大きく異なる様々なPLGA-PEG試料で試験したが、いずれの試料も、高圧縮下では表面張力が十分に小さくならなかった(典型的には常に>45mN/m)。水で展開したPLGA-PEGミセルは、空気/水界面での最初の展開後、常に元のままであった(未発表の結果/準備中の原稿)。
【0042】
水で展開したポリマー肺サーファクタントを用いて、PLGA-PEGおよびPLGACL-PEGを用いて得られる表面張力よりも低い表面張力を達成するために、他の疎水性化学物質を試験した。水で展開したミセルが融合してアンカーブラシタイプの単分子層を形成するのであれば、得られる単分子層は表面張力がかなり小さくなるであろうと仮定した。この仮説を検証するために、PtBMA-PEGを使用した。PtBMAは、水面を濡らす傾向がある37,38。ポリマーの濡れ(すなわち広がり)やすさは、拡張係数(S)を用いて次のように定量化することができる。
【0043】
S=γ空気-水-γ空気-ポリマー-γポリマー-水
【0044】
Sの値が正になればなるほど、濡れ性が強くなる。すでに分かっている界面張力値すなわち、γ空気-水=72mN/m(25℃)、γ空気-PtBMA=30mN/m、γPtBMA-水=18mN/mを使用して、PtBMAの拡張係数を計算でS=24mN/m>0と求める。PLGAの拡張係数は約10nN/mである。これらの数字は、PtBMA-PEGがPLGA-PEGよりも水面上に広がる傾向が強いことを示している。したがって、PtBMA-PEGミセル単分子層のほうが、自然に横方向に均一なアンカーブラシ型単分子層に変わる可能性が高い。
【0045】
クロロホルムで展開したPtBMA-PEGの単分子層と水で展開したPtBMA-PEGの単分子層の表面張力特性を調査した。結果を
図6(a)に示す。興味深いことに、PtBMA-PEGの場合、水で展開した単分子層ですら、クロロホルムで展開した単分子層と同様に表面張力が極めて小さかった(高圧縮で10mN/m未満)。クロロホルムで展開した場合と水で展開した場合の等温線には、いずれも表面張力約48mN/m前後で(擬似)プラトーへの転移が認められた。これは、PtBMAアンカーブロックに起因する可能性がある。PtBMAアンカーブロックは連続膜の層を形成するためである。この解釈は、プラトー転移時の表面張力がPtBMAの拡張係数から推定された値すなわち、(γ
ポリマー-空気+γ
ポリマー-水)=γ
空気-水-S=72-24=48mN/mと同一であるという事実によって裏付けられる。これは、ミセル単分子層が横方向に圧縮されると、PtBMA-PEGミセルのコアドメインが崩れて膜に融合することを示す明白な証拠となる。この解釈は、温度が上昇するにつれてプラトー転移がより顕著になるという観察結果によっても裏付けられる(
図6(b))。高温では、PtBMAセグメントの移動度が大きくなるため、ミセルの融合過程が促進される。
【0046】
PS-PEGでは、水濡れ特性がPtBMA-PEGとは逆になる。PSは、拡張係数が負のS=-8mN/mであり
39~40、水面でdewetting現象を生じやすい。このようにPSはdewettingしやすいため、クロロホルムで展開してもなお、PS-PEGコポリマーが横方向に均一なアンカーブラシ単分子層を形成するのを妨げる。この点で、PS-PEGは研究対象とした他のポリマー(PLGA-PEG、PLGACL-PEG、PtBMA-PEG)と区別される。文献では、有機溶媒、一般にはクロロホルムを用いて展開すると、PS-PEGが水面で表面ミセルを形成することが実証されている
41~47。また、クロロホルムで展開したPS-PEGポリマーは、高圧縮時の表面張力が小さい(10mN/m未満)ことが示されている。我々の調査の前には、水で展開したPS-PEGミセルの単分子層でも同じように表面張力が小さくなるか否かは未知であった。その答えを
図7に示す。
【0047】
空気/水界面でのPSのdewettingがゆえに、クロロホルムと水のどちらで展開したPS-PEGの単分子層も融合していないミセルを含む。しかしながら、PS-PEGのクロロホルム溶液を水面上で展開することによって形成される表面ミセルは、空気/水界面の非対称性がゆえに分子の形態が異方性であると想定されるが、バルク水溶液中では一般に等方性の球状ミセル形態が得られる(
図8(c))。このような形態の差が、表面張力-面積等温線の形状に大きな違いを生み出すようである(
図7)。最も重要なことに、水で展開したPS-PEGミセルの単分子層は、SRTで使用できる可能性のある、表面張力が小さいという要件を満たすことが見いだされた。この調製物では、高圧縮時に表面張力を極めて小さくすることが可能であった(約0mN/m)(
図7)。
【0048】
我々は、PSブロックの大きさを変えることで、ブロックコポリマーの形態特性と表面張力特性にどのように影響するかを検討した。PEGの分子量を5,000g/molで一定にして、PSブロックの分子量が異なる3種類のPS-PEG試料すなわち、PS(1560)-PEG(5000)、PS(2993)-PEG(5000)、PS(13832)-PEG(5000)を新たに調製した。
図8に示すように(また、表2にまとめたように)、PSブロックの分子量はミセルの大きさにかなり影響した。
【0049】
【0050】
表2.TEM(
図8)またはDLSで決定したPS-PEGミセルの直径
【0051】
4種類のPS-PEG材料(クロロホルムで展開したものと水で展開したものの両方)について表面張力-面積等温線を測定した。データを
図9に示す。図中、わかりやすくするために、等温線データを鎖当たりの表面積(対数)に対する表面圧(対数)をプロットした形で示す。ここで、表面圧(π)は次のように定義される。
【0052】
π=γ空気-水-γ空気-ポリマー-水=γ空気-水-(γ空気-ポリマー+γポリマー-水)
【0053】
ここで、γ
空気-ポリマー-水は、ポリマーで被覆された空気/水界面における表面張力である。ラングミュアトラフの大きさには限度があるため、広範囲の単分子層面積について単分子層のタイプごとに完全な表面圧-面積等温線を作成するには、単分子層面積の範囲を変えて複数回(2~3回)測定を行う必要があった。興味深いことに、クロロホルムで展開した単分子層の異なる領域で得られた等温線は、離れることなく互いに密に重なっていた(
図9)。一方、同じく図に示されるように、水で展開した単分子層の異なる領域から得られた曲線は分断されていた。これは、水で展開する方法では材料(PS-PEGミセル)がいくらかサブフェーズに取り込まれて失われたことを示唆している。ポリマーをクロロホルム溶液から展開すると、サブフェーズへの材料の損失は無視できる程度であった。
【0054】
クロロホルムで展開したPS-PEGの単分子層は、PSブロックの分子量にかかわらず、表面圧約10mN/m未満で似たような等温線プロファイルを示した(
図9(a))。表面圧レベル10mN/mよりも圧縮すると、クロロホルムで展開した単分子層の表面圧はPSの分子量が大きいほど急激に上昇した。我々は、この観察結果は、PSセグメントの分子量が大きいほど、PS-PEG表面ミセルのコアドメインも大きくなるという事実によるものであると考えている。クロロホルムで展開したPS-PEG表面ミセルの機械的な表面特性は他の研究者らによって過去に研究されている
43,44。クロロホルムで展開した場合とは異なり、水で展開したPS-PEGの単分子層の表面圧は、PSブロックの分子量に対して単調な形となるわけではなかった。注目すべき1つの観察結果に、水で展開した系では、PSブロックの分子量が中間にあるときに表面圧が最大になったことがあった。圧縮時の表面圧の最も急激な上昇が観察されたのは、水で展開したPS(5610)-PEG(5000)ミセル単分子層であった(
図9(b))。興味深いことに、試験対象としたすべての系のうち、水で展開したPS(13832)-PEG(5000)単分子層で最大表面圧が最も低かった(
図9(b))。水で展開したPS(13832)-PEG(5000)の最大表面圧(10~20mN/m)は、水で展開したPLGA-PEGおよびPLGACL-PEGの最大表面圧に匹敵した。
【0055】
水で展開した検討対象の3種類の単分子層系(PS-PEG、PLGA-PEGおよびPLGACL-PEGミセル単分子層)は形態が類似している(すなわち、これらの単分子層はいずれもマージできないミセルからなる)が、PS-PEGミセルだけが高圧縮下で高い表面圧(40mN/mを上回る)を発生できる点に注目することは興味深い。これらの結果は、PS-PEGミセルは(PLGA-PEGまたはPLGACL-PEGミセルよりも)かなり疎水性であることから、空気/水界面により強く固定され、これによってPS-PEGミセルが一層安定して沈みにくくなり、よって横方向の圧縮に対するPS-PEGミセル単分子層の機械的耐性が高くなることを示している。この説明は、どの疎水性材料(PS、PLGAまたはPLGACL)でブロックコポリマーを作るかに関係なく、ミセルのコロナが同一のポリマー(PEG)で構成されると考えるならば、ありそうもないように思われる。すなわち、これらのタイプの異なるミセルが同じPEGコロナ構造を共有しているとすると、PS-PEGミセルは、いかにしてPLGA-PEG/PLGACL-PEGミセルよりも疎水性になるのかということである。我々は、このような差が生じるのは、実際、PSのほうがPLGA(またはPLGACL)よりも疎水性が強い(γPS-水=約41mN/m、γPLGA-水=約25mN/m)34という事実に起因すると考えている。結果として(PEG鎖が完全に水和したブラシ層を形成するPLGA-PEGミセルおよびPLGACL-PEGミセルとは異なり)、PS材料が水分子に曝露される好ましくない状態を最小限にするために、PS-PEGミセル中のPEG鎖は破壊された状態で存在し、そのことが最終的にPS-PEGミセルをPLGA-PEGミセルまたはPLGACL-PEGミセルよりも全体的により疎水性にしている。したがって、ミセルの疎水性は、肺サーファクタントとしての使用に適した材料を設計/選択するための重要な基準である。
【0056】
PS-PEGミセル中のPEG鎖の破壊されたコンフォメーションを確認するために、さらに研究を行った。具体的には、この目的のために、in situでのNMRスピン緩和技術を使用して、PS-PEGミセルおよびPLGA-PEGミセルでミセルPEGブラシセグメントの移動度を測定した。PS-PEGミセルの破壊されたPEGコロナ鎖は、PLGA-PEGミセルの完全に水和したPEGコロナ鎖よりも移動度が大幅に低くなると考えられる。NMRスピン緩和の測定結果から、2つのリアルタイム定数すなわち縦緩和時間(T
1)および横緩和時間(T
2)を決定することが可能である。T
1は鎖セグメントの化学構造(「fast mode」)に関連し、T
2は鎖セグメントのコンフォメーション(「slow mode」)に関連している
48。PS-PEGとPLA-PEGのミセル間では、PEG T
1値は同一であるが、T
2値は大幅に食い違うと考えられる。NMR測定は、4種類の代表的な系であるPS(5610)-PEG(5000)ミセル、PS(13832)-PEG(5000)ミセル、PLGA(2385)-PEG(5000)ミセルならびに、重水中のPEG(5000)ホモポリマーで実施した。PS-PEGミセルについては、2つの別々のPEGプロトンピークが観察された(約3.61ppmに鋭い(「水和PEG」)ピークと、約3.56ppmに広い(「破壊PEG」)ピーク)。これら2つのピークを、T
1とT
2について別々に分析した。結果を
図10に示す。
【0057】
図10に示すように、試験した4種類の試料がすべて同一のPEG T
1値を示したことから、測定の妥当性が確認された。逆に、PEG T
2の測定値は試料ごとに大きく異なっていた。PEG移動度の尺度を得るために、100℃で5kg/molのPEGホモポリマー溶融物のT
2値を計算した。この条件では、PEGのRouse時間は281.52psであり、これはT
2=0.3838sに相当する
49。水和したPEG鎖は、移動度が高いため、T
2値が0.3838sより長くなると考えられる。横方向減衰曲線を単一指数的関数G(t)=exp(-t/T
2)にフィットさせることで、水和した遊離PEG(5000)鎖のT
2値は0.6604であると推定された。一方、PEGセグメントの移動度はPEGセグメントがグラフト表面にどれだけ近接しているかに応じて変化するため、PLGA(2385)-PEG(5000)ミセルの横方向減衰曲線は、二次指数関数G(t)=a・exp(-t/T
21)+(1-a)・exp(-t/T
22)により良くフィットした。T
21はグラフト表面から離れたPEGセグメントに対応し、これが全体的なシグナル強度に大きく関与していた(a=0.9071)。T
22はグラフト表面に近いPEGセグメントに対応していた。PLGA-PEGミセルのT
21値はPEG溶融物のT
21値よりも高く、水和したPEG(5000)のT
21値よりはわずかに低かった。これは、PLGA-PEGミセルのPEGコロナ鎖が実際に完全に水和したことを示している。PS-PEGミセルの場合、NMRスペクトルには2つの別々のPEGピークが認められた。これら2つのPEGピークを別々に単一指数関数にフィットさせた。PS-PEGミセルの鋭いPEGピークの減衰曲線から得られたT
2値は、PLGA-PEGミセルで得られたT
21値に匹敵することから、鋭いPEGピークがPS-PEGミセルの水和PEGセグメントに対応していることが示唆される。しかしながら、PS-PEGミセルの広いPEGピークから得られたT
2値は非常に小さく、PEG溶融物で得られたT
2値よりもさらに小さかった。これは、PS-PEGミセルでは(PS材料の強い疎水性がゆえに)PEGセグメントのかなりの部分が破壊された状態で存在することを明白に示している。また、この結果は、低温TEMおよび小角中性子散乱(SANS)実験および自己無撞着場(SCF)理論での考察に基けば、ポリ(ブタジエン-block-エチレングリコール)PB-PEG)ミセル(γ
PB-
水=45.9mN/m)における破壊されたPEGブラシ構造についての過去の報告と一致している
50,51。
【0058】
【0059】
表3.
図10で得られたベストフィットのT
1値およびT
2値。†ピリジン内部基準に基づいて推定される、系で利用可能なPEGセグメント総数のうち、鋭いPEGピークと広いPEGピークに寄与するPEGセグメントの割合。‡二次指数減衰関数の第一項の係数a。比較のために、100℃でのPEG(5000)溶融物の予測T
2値も示す。
【0060】
さらに、PS(13832)-PEG(5000)ミセルのほうが、PS(5610)-PEG(5000)ミセルよりも水和したPEGセグメントを多く持つことに注目することは非常に興味深い。PS-PEGミセルの水和したPEGセグメントと破壊されたPEGセグメントの絶対濃度は、内部標準として加えたピリジンからのNMR信号を使用して決定することができた。PS(13832)-PEG(5000)ミセル(34.1±1.6%)は、PS(5610)-PEG(5000)ミセル(11.6±1.6%)よりも相当に高い割合で水和したPEGセグメントを有することが見いだされた(表3)。これらの結果は、(今のところ明らかになっていない何らかの理由で)PS(13832)-PEG(5000)ミセルはPS(5610)-PEG(5000)ミセルよりも疎水性が低く、したがって空気/水界面への結合がそれほど強くないと考えられることを明確に裏付けている。実際、
図9に示すように、水で展開したPS(13832)-PEG(5000)ミセルの単分子層では、高圧縮下(約10mN/m)でも比較的低い表面圧しか生じないことが見いだされた。
【0061】
全体として、我々の調査はいまや、水性ミセルの形で調製されたPS(5610)-PEG(5000)ブロックコポリマーという、肺サーファクタントとして使用できる可能性のある表面張力/圧力特性を有する非常に有望なクラスの候補材料の同定につながった。PS(5610)-PEG(5000)のミセル水溶液は、長時間にわたって優れたコロイド安定性を示す。PS(5610)-PEG(5000)ミセル試料では、室温で3ヶ月よりも長く保存した後に、同じ表面圧-面積プロファイルが再現されることが確認された(データの表示なし)。
【0062】
水で展開したPS-PEGおよびPtBMA-PEGの単分子層は、それらの表面張力特性の観点から、等しく有望である。しかしながら、PtBMA-PEGミセル材料のin vivoでの安全性を評価するための薬理学的データは現時点では入手できない。このため、PS-PEGミセル系はSRTでの用途のほうがよい。連続した圧縮-拡張サイクルの間に、水で展開したPS(5610)-PEG(5000)の単分子層系の動的ヒステリシス特性をさらに解析した。結果を
図10に示す。PS-PEGの単分子層は、市販の肺サーファクタントであるSurvantaで観察されたものと同様に、圧縮-拡張サイクルでの顕著な表面張力ヒステリシスと最高圧縮時における非常に低い最小表面張力(約0mN/m)を示した(比較のために、
図3を参照のこと)。最初の3回の圧縮-拡張サイクルの後、圧縮-拡張等温線のヒステリシスループは閉じた形状を示した(
図11)。これは、圧縮-拡張サイクルの繰り返しの間にサブフェーズへのポリマー材料の損失がほとんどなかったことを示唆している。PS-PEGの単分子層系で、このヒステリシス特性と可逆特性との組み合わせがタンパク質を加えずとも容易に達成されたことは注目に値する。我々はこれを、空気/水界面の制御にポリマー剤を用いることの有利な側面であると考えている。PS-PEGミセルは、水面から脱着しないように見える。このため、天然の肺サーファクタントとは異なり、ポリマー肺サーファクタントは、機能する上でタンパク質を必要としない。
【0063】
ポリマー肺サーファクタントの基準3:タンパク質耐性
【0064】
血清アルブミンタンパク質(または他の表面活性物質)レベルの増加によって引き起こされる、失活した肺サーファクタントによる呼吸不全は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)と呼ばれる52,53。nRDSの治療用に開発された治療薬は、注入された肺サーファクタントが失活することから、ARDSの治療には有効ではない。PS-PEGミセル肺サーファクタントのタンパク質耐性の特性を評価した。
【0065】
最初に、我々は、市販の肺サーファクタントであるSurvanta(Abb Vie)が、表面活性タンパク質であるウシ血清アルブミン(BSA)の添加にどのように反応するかを試験した。
図12(a)に示すように、BSAはSurvantaを失活させた。BSAを添加すると、Survantaは、表面張力をゼロ付近まで下げる機能を失い、最小表面張力は約26mN/mまで大きくなった。ところが、PS-PEGミセルの持つ表面張力を小さくする活性は、BSAを添加してもほとんど影響されなかった(
図12(b))。PS-PEGミセルの肺サーファクタントも、ARDS治療に役立つ可能性がある。
【0066】
ポリマー肺サーファクタントの基準4:水の上に素早く展開
【0067】
SRT治療薬が表面張力低下作用は、最初の投与後、数分以内に生じなければならない。そうでなければ、患者は生命を脅かされる状況に直面することになる。我々は、PS-PEGミセルが水面上で自然に極めて短時間で展開されるか否かを試験した。
図13に示すように、我々は、PS-PEGミセルの持つ表面張力低下作用は、ポリマーを水面上に展開した後およそ100秒以内に定常状態レベルに達することを確認した。これは、Survantaで観察された誘導時間(約800秒)よりもはるかに短い。この展開速度は、治療効果が得られる速度と厳密に一致する必要はない。それでも、PS-PEGミセル肺サーファクタントの展開速度が速いことは、SRTに応用する上での実現可能性を高める有利な特徴である。
成体マウスに気管内注入したPS-PEGミセルの安全性
【0068】
成体マウスに気管内投与したPS-PEG肺サーファクタントの安全性を評価するために、予備研究を行った。マウスの体重1kgあたり、ポリマー0.64mg、6.5mg、64mgの3通りのポリマー用量レベルを試験した(0.6mg/ml、6mg/ml、60mg/mlのPS-PEGミセル溶液20マイクロリットルをそれぞれマウスに注入した)。使用したポリマーは、PS(4418)-PEG(5000)であり、上述したin vitroでの結果に基づいて全体の分子量とブロック組成とを選択した。このPS(4418)-PEG(5000)材料が上述したポリマー肺サーファクタントの4つの性能基準を満たすことを確認するために、別々に実験を行った。ポリマー肺サーファクタントについては、気管を外科的に切開して注入した。注入時から14日間、毒性を示す徴候(体重減少および行動症状)についてマウスをモニターした。
【0069】
マウスの体重を
図14に示す。最初の1~2日で観察された初期の体重減少は、おそらくは外科的切開によるものである。マウスが手術から回復すると、正常な行動を示し、体重も着実に増え始めた。試験した全てのポリマー用量で、14日間の期間中マウスに毒性を示す徴候は観察されなかった。注入後14日目に、マウスを屠殺し、主要な臓器(脳、心臓、腎臓、肝臓、肺、脾臓)を組織学的分析用に採取した。病理組織学の専門家によって、H&E染色した臓器標本の盲検組織病理学的評価を行った。H&E染色組織片の代表的な画像を
図15に示す。
【0070】
早産ウサギ肺に気管内注射したPS-PEGミセルの有効性
【0071】
ex vivo肺モデル(切除した動物肺)を用いる圧力(P)-体積(V)測定は、RDS治療薬の有効性を評価する一般的な方法である。独立した試験で肺のPV力学の再現性が高いため、ex vivoでのPV試験は、動物から抽出した肺サーファクタント製品の品質管理(QC)/品質保証(QA)のためのFDA承認済みの方法である2。この研究では、動物モデルとして、早産にあたる妊娠27日目のニュージーランド白ウサギの胎仔を使用した。市販のウシ抽出肺サーファクタント製品であるNewfacten(Yuhan Corporation社)も陽性対照として試験した。
【0072】
マウスでのin vivo毒性試験で使用したものと同じポリマーすなわち、PS(4418)-PEG(5000)も、ウサギ胎仔での本ex vivo有効性試験で使用した。ウサギの胎仔の肺に、0.6mg/ml、6mg/ml、60mg/mlのPS-PEGミセル溶液をそれぞれ体重1kgあたり1.5ml注入することによって達成した、ウサギ胎仔の体重1kgあたり(0、)6、60、96mgの3通りのポリマー用量を使用した(ウサギ胎仔の体重は20~30g)。96mg/kgは、ポリマー濃度64mg/ml(これは我々の現在の溶媒交換手順で達成可能な最高のポリマー濃度である)で、体重1kgあたり1.5mlの最適液体投与量(liquid installation volume)で達成可能な最大可能用量であった。
【0073】
PS-PEG(またはNewfactan)注入後のウサギ胎仔の肺のPVプロファイルを
図16に示す。一見すると、PS-PEG肺サーファクタントは、市販の製剤であるNewfactanと比較して、同一質量の用量で肺コンプライアンスを増大させて呼吸仕事量を減らす上での効率が低いようにみえる。しかしながら、これらの結果は、肺コンプライアンスの改善に対するPS-PEGの用量依存性の作用を実証するという点で有望である。さらに、PS-PEGの用量依存性の勾配は、PS-PEGが実際にその最適用量でRDSの治療に使用される大きな可能性を持つことを示唆している。このため、十分な治療効果を得るために必要なPS(4418)-PEG(5000)の最適用量を特定するために、さらに研究が必要である。
【0074】
また、特に粘度は気管内点滴注入過程での流体分布を制御するため、粘度が肺サーファクタントの性能を決定する重要な役割を果たすことが最近の研究で示唆された点にも注意されたい56,57。我々のPS(4418)-PEG(5000)調製物は、ポリマー濃度64mg/mlで37℃にてバルク剪断粘度が1.06cpであるが、これは純水のバルク剪断粘度0.6cpとそれほど離れていない。また、生産中止となった合成肺サーファクタント製品であるExosurf(Glaxo-Wellcome)の粘度は3cpであったことにも注目すべきである56,58,59。数値流体力学(CFD)でのシミュレーションによって、粘度が低いと肺内で肺サーファクタントの分布が不均一になり得ることが示唆されたのに対し、剪断粘度(約30cp)を持つ動物由来の肺サーファクタント製品(例:Survanta、Infasurf、Curosurf)は一般に、点滴注入時に肺内で極めて均一に分布するのが一般的である56。したがって、現在のPS(4418)-PEG(5000)調製物の粘度の低さも、改善の余地があることを示唆している。
【0075】
我々のデータは、ポリマー肺サーファクタントがSRTに使用される大きな可能性を有することを示唆している。1980年代に動物由来のRDS治療薬が最初に開発されて以来、この分野では、それ以上の進歩がほとんどなされなかった。エアロゾルデリバリーおよび合成タンパク質に置き換えることが、研究の主な推進力となっているが、努力が実を結ぶ例は限られていた60~63。SRTでの完全合成ポリマー材料の試験は、肺サーファクタントを研究する方向に根本的に移行することを示す。ポリマー肺サーファクタントは、これまで従来の脂質ベースのSRT治療薬では実現できなかったRDS治療に向けた新たな治療上の選択肢への扉を開くことになる可能性がある。ポリマー肺サーファクタントは、液体または粉末の形で容易にエアロゾル化することができる。薬剤デリバリーの文献において、PS、PLGA、PLGA-PEGなどのポリマーは、肺への薬剤デリバリーのための賦形剤として頻繁に使用されてきた64~69。また、ポリマー肺サーファクタント調製物は、単独でデリバリーすると肺サーファクタントの失活を引き起こす危険性がある他の治療薬との同時デリバリー用でも使用することができる。
【0076】
おそらく最大の利点は、PS-PEG系およびPtBMA-PEG系で観察された可逆的かつヒステリシス的な表面張力低下作用を、他のさらに幅広い化学物質の選択肢を用いて達成でき、この技術をさらに改善して新たな用途を生む機会を生み出すことであろう。
【0077】
初めて、SRT治療薬として完全合成ポリマー材料を使用するという概念が提案され、その実現可能性が実証された。ポリマー肺サーファクタントによって、現在の動物由来で脂質ベースのRDS治療薬における制約すなわち、高い製造/治療コストおよび複雑なデリバリー手順に対処できる可能性がある。ポリマー肺サーファクタントは、貯蔵寿命がはるかに長く、治療に使用する前に複雑な前処理工程を必要としないであろう。脂質ベースの肺サーファクタントとは異なり、ポリマー肺サーファクタントの動的な表面活性特性は、競合する表面活性タンパク質の存在下ですら、損なわれることがない。動物での予備実験において、気管内投与されたポリマー肺サーファクタントは、マウスの主要な臓器に損傷を与えることなく耐容可能(体内から排出可能)であり、ウサギ胎仔の肺コンプライアンス特性に用量依存的なdestiffening作用を生じ得ることが確認された。治療効果が最大になるよう調製物を最適化し、材料の短長期的毒性を詳細に評価するために、さらに研究を行うことが保証されている。
【0078】
実験手順
【0079】
PLGA-PEGおよびPLGACL-PEGの合成
【0080】
PLGA-PEG材料およびPLGACL-PEG材料を、スズ触媒を用いた開環重合によって合成した。精製ポリ(エチレングリコール)モノメチルエーテル(PEG-OH、Mn=5,000g/mol、Sigma Aldrich)をマクロ開始剤として使用し、スズ(II)2-エチルヘキサノエート(Sigma Aldrich)を触媒として使用した。重合反応は130℃で行った。使用前に、D,L-ラクチド(Lactel)およびグリコライド(Sigma Aldrich)モノマーをトルエン(Sigma Aldrich)およびテトラヒドロフラン(Sigma Aldrich)から2回再結晶した。ε-カプロラクトン(Sigma Aldrich)モノマーについては受領時のまま使用した。合成したPLGA-PEGおよびPLGACL-PEGの生成物を2-プロパノール(Sigma Aldrich)中で沈殿させ、使用/冷蔵温度での貯蔵の前に真空下で乾燥させた。
【0081】
PtBMA-PEGおよびPS-PEGの合成
【0082】
PtBMA-PEG材料およびPS-PEG材料を、可逆的付加-開裂連鎖移動(RAFT)重合によって合成した。4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタン酸(Sigma Aldrich)をRAFT剤として使用した。まず、シュテークリヒエステル化によって、RAFT剤を精製ポリ(エチレングリコール)モノメチルエーテル(PEG-OH、Mn=5,000g/mol、Sigma Aldrich)にコンジュゲートした70。PEG-OH(1g、0.2mmol)、RAFT剤(161.4mg、0.4mmol)および4-ジメチルアミノピリジン(Sigma Aldrich、4.89mg、0.04mmol)を10mlのジクロロメタン(Sigma Aldrich)中で混合し、0℃で磁気撹拌下に保った。別に調製したジシクロヘキシルカルボジイミド(82.5mg、0.4mmol)のジクロロメタン(5ml)を上記混合物に滴下して加え、0℃で5分間、次いで20℃で3時間反応させて、「PEG-RAFT」を作製した。合成したままのPEG-RAFT生成物を、先に濾紙で濾過して不溶性の尿素副生成物を除去した後、ヘキサン中で2回沈殿させてさらに精製した。RAFT重合反応は、PEG-RAFT、禁止剤を含まないスチレン(Sigma-Aldrich)またはtert-ブチルメタクリレート(Sigma-Aldrich)およびフリーラジカル開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル(Sigma-Aldrich)をジオキサン(Sigma Aldrich)中で混合することによって、70℃で行った。得られたPtBMA-PEGおよびPS-PEGの生成物をヘキサン中で2回沈殿させ、真空乾燥させた。合成手順は、以下の参考文献から採用した。
Benaglia, M. et al. Universal (Switchable) RAFT Agents. Journal of the American Chemical Society 131, 6914-6915, doi:10.1021/ja901955n (2009)
ポリマーの解析
【0083】
ポリマーの数平均分子量(Mn)については、Bruker ARX NMR分光計(500MHz)を用いて1H NMR分光法で決定した。1H NMR測定用に、ポリマー試料を重水素化クロロホルム中で5重量%のポリマー濃度で調製した。また、Hewlett-Packard G1362A屈折率検出器と5μmのPLgel MIXED-Cカラム3本を備えたAgilent Technologies 12000シリーズの機器を使用して、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)でポリマーの多分散指数(PDI)を測定した。テトラヒドロフランを移動相として使用した(35℃に保ち、1ml/分の速度で流した)。較正はポリスチレン標準(Agilent Easi Cal)を使用して行った。
【0084】
表面張力-面積等温線
【0085】
対称二重障壁を有するKSV 5000ラングミュアトラフ(51cm×15cm)を使用して、Survantaおよびポリマー肺サーファクタントの表面張力-面積等温線を測定した。トラフの総表面積は780cm2であり、サブフェーズの体積は1.3Lであった。表面張力測定には、濾紙Wilhemlyプローブを使用した。各々の測定を行う前に、エタノールおよびミリQ純水を使用して、トラフと障壁を3回洗浄した。水の表面も吸引し、表面活性汚染物質を除去した。水面が完全に綺麗になると、ブランク圧縮試験時に表面張力の指標値が変化しなかった。Hamiltonマイクロシリンジを用いて、すなわち、シリンジ針の先端にマイクロリットルサイズの液滴を形成し、それを水面に接触させることによって、肺サーファクタント試料を水の上に展開した。
ポリマーミセルの調製
【0086】
溶媒交換法を用いて、球状のポリマーミセルを調製した。まず、ポリマー200mgをアセトン(Sigma Aldrich)4mlに溶解した。次に、ミリQ純水(抵抗率18MΩ・cm)36mlを、シリンジポンプを用いて0.05ml/分の速度でポリマー溶液に滴下して加え、混合物を24時間激しく攪拌し続けた。アセトンを除去するために、溶液を透析バッグ(Spectra/Por 7、分画分子量50kDa)に移し、1LのミリQ純水に対して3時間透析した。リザーバを1時間ごとに新鮮なミリQ水に交換した。ミセル調製手順は、以下の参考文献から採用した。
【0087】
Zhang, L. & Eisenberg, A. Multiple Morphologies and Characteristics of "Crew-Cut" Micelle-like Aggregates of Polystyrene-b-poly(acrylic acid) Diblock Copolymers in Aqueous Solutions. Journal of the American Chemical Society 118, 3168-3181,doi: 10.1021/ja953709s (1996)
ポリマーミセルの解析
【0088】
Brookhaven ZetaPALSの機器を使用して、動的光散乱(DLS)により25℃でブロックコポリマーミセルの流体力学的直径を測定した。散乱強度は、659nmのレーザーを用いて90°の散乱角で測定した。流体力学的直径は、測定された拡散係数から、ストークス-アインシュタインの式を用いて求めた。DLS測定用に、試料を希釈して散乱が単一になるようにし、0.2μmのシリンジフィルターで濾過して汚染物質を除去した。
【0089】
透過型電子顕微鏡(TEM)を使用して、ポリマーミセルを画像化した。TEM検体の調製は、0.01~0.05mg/mlのポリマーミセル溶液20μlを炭素被覆銅TEMグリッド(O2プラズマクリーナーを使用して疎水処理済)に乗せて行った。すでにTEMグリッド上にある試料溶液に2%酢酸ウラニル溶液10μlを加え、濾紙を用いて混合物を吸い取り、乾燥させた。このようにして調製した試料を、200kVのFEI Tecnai 20 TEM装置を用いて画像化した。これらのTEM画像を、Gatan Digital Micrographソフトウェアを使用して分析した。
NMRスピン緩和測定
【0090】
試料温度制御ユニットを備えたBruker Avance-III-800分光計を用いて、NMRスピン緩和測定を行った。最終溶媒として(H2Oの代わりに)D2Oを使用する溶媒交換法(上述)を使用して、PLGA-PEGおよびPS-PEGのミセル試料を調製した。PEGホモポリマー試料は、D2OにPEGを直接溶解することによって調製した。すべての試料で、ポリマー濃度を0.5重量%とした。T1緩和測定には反転回復シーケンスを使用し、T2緩和測定にはCarr-Purcell-Meiboom-Gill(CPMG)パルスシーケンスを使用した。非線形最小二乗回帰法を使用して、一次または二次指数減衰関数にデータをフィットさせた。
成体マウスにおける気管内注入ポリマー肺サーファクタントの忍容性の予備的評価
【0091】
この試験では、7週齢の雌のBALB/Cマウス(Jackson Laboratoryから購入)を使用した。ポリマー肺サーファクタントを注入する前に、マウスの首の後ろに0.75mg/mlのPrevail(VetOne)80μlを注射してマウスを鎮痛させた。次に、流速2l/分でイソフルランを用いてマウスに麻酔をかけた。マウスが完全に鎮静したら、気管切開を行ってポリマー肺サーファクタント溶液を注入した。マウスの体重1kgあたりポリマー0.64mg、6.5mg、64mgの3通りの用量を試験した。液体注入量を、体重1kgあたり液体1.07mlに相当する20μlに保った。ポリマー注入後、マウスを縫合し、術部にGLUture(Abbott Laboratories)を塗布した。毒性を示す徴候(体重減少および行動症状)について、経験豊富な動物技術者がマウスをモニターした。
【0092】
14日後、マウスを屠殺し、主要な臓器を採取し、PBSで灌流し、10%ホルマリンで固定した。肺組織を調製するために、切除した肺を固定前に10%ホルマリンで膨張させる工程を加えた。顕微鏡検査用に、採取した臓器組織をスライスしてH&Eで染色した。
【0093】
ポリマー肺サーファクタント投与後のウサギ胎仔肺の圧力-容積力学
【0094】
妊娠27日目のニュージーランド白ウサギの胎仔肺のPV力学を、ポリマー肺サーファクタント投与後にex vivoで試験した。胎仔は帝王切開で得た。ポリマー肺サーファクタント(またはNewfacten)を、体重1kgあたり1.5mlの液体を1回気管内点滴注入することによってウサギ胎仔肺に注入した。試験したポリマー肺サーファクタントの用量は、体重1kgあたりポリマー6mg、60mg、96mgであり、Newfactenの用量は60mg/kgであった。肺サーファクタントの点滴注入後、PV分析の前に10分間待った。
【0095】
上記の説明に基づいて、我々はいまや、ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する方法を開示することができる。この方法は、動物またはヒトの被験体に治療有効量のポリマー肺サーファクタント組成物を投与することを含む。このポリマー肺サーファクタント組成物は、生体適合性または生分解性の両親媒性合成ホモポリマーまたはコポリマーを有効量で含むが、このホモポリマーまたはコポリマーのモノマーは、エチレングリコール(EG)、エチレンオキシド(EO)、ビニルアルコール(VA)、アルキルオキサゾリン(AO)、D,L-乳酸またはD,L-ラクチド(LA)、グリコール酸またはグリコライド(GA)、ε-カプロラクトン(CL)、スチレン(PS)、アルキルメタクリレート(AMA)、アルキルアクリレート(AA)からなる群から選択される。
【0096】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する別の方法であって、この方法は、単一の治療薬としてまたは他の治療薬との組み合わせで、合成ブロックを動物またはヒトの被験体に投与することを含む。
【0097】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する方法のさらに別の方法は、単一の治療薬としてまたは他の治療薬との組み合わせで、合成ランダムコポリマーを動物やヒトの投与対象に投与することを含む。
【0098】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する別の方法であって、この方法は、単一の治療薬としてまたは他の治療薬との組み合わせで、合成ホモポリマーを動物やヒトの投与対象に投与することを含む。
【0099】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療するさらに別の方法であって、この方法は、ポリ(スチレン-block-エチレングリコール)(PS-PEG)ブロックコポリマーを含むポリマー肺サーファクタント組成物を動物またはヒトの被験体に投与することを含む。
【0100】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する別の方法であって、この方法は、ポリ(tert-ブチルメタクリレート-block-エチレングリコール)(PtBMA-PEG)ブロックコポリマーを含むポリマー肺サーファクタント組成物を動物またはヒトの被験体に投与することを含む。
【0101】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する別の方法であって、この方法は、ポリ(D,L-乳酸-block-エチレングリコール)(PLA-PEG)ブロックコポリマーを含むポリマー肺サーファクタント組成物を動物またはヒトの被験体に投与することを含む。
【0102】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する方法であって、この方法は、ポリマー肺サーファクタント組成物を、動物またはヒトの投与対象の肺に対して、水溶液の形態で気管内点滴によって動物またはヒトの投与対象に投与することを含む。
【0103】
ヒトを含む哺乳動物における機能的肺サーファクタントの欠乏によって引き起こされる、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群を含む肺疾患を治療する方法であって、この方法は、ポリマー肺サーファクタント組成物を、患者の肺に対して、液滴または乾燥粉末タイプのエアロゾルの形態で、連続的に気道陽圧をかけることで動物またはヒトの投与対象に投与することを含む。
【0104】
上記の治療方法で使用される例示的なポリマー肺サーファクタントサーファクタント組成物は、生理食塩水中にミセル形態で分散された約0.02~20重量%の両親媒性ブロックコポリマーを含む調製物を有し、両親媒性ブロックコポリマー化合物は、平均分子量が約50Daから約500kDaの範囲の親水性ブロック(PEGなど)と、平均分子量が約50Daから約500kDaの範囲の疎水性ブロック(PSなど)とを含む。
【0105】
上述の方法はいずれも、乳児、急性または成人の呼吸窮迫症候群の治療に使用できることに注意されたい。さらに、これらの方法は、気管支肺異形成症の治療にも使用することができる。
【0106】
当業者であれば、上記の特定の実施形態に対して多数の改変が可能であることを認識するであろう。これらの実施形態は、記載された特定の限定内容に限定されるべきではない。他の実施形態も可能な場合がある。さらに、本開示に関連するいくつかの刊行物を以下に列挙し、本明細書中に引用する。これらの参考文献の内容全体を、参照により本開示に援用する。
[参考文献]