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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-17
(54)【発明の名称】アルカリ水電解用アノード
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/081 20210101AFI20221109BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20221109BHJP
【FI】
C25B11/081
C25B1/04
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021027138
(22)【出願日】2021-02-24
(65)【公開番号】P2022128748
(43)【公開日】2022-09-05
【審査請求日】2022-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】390014579
【氏名又は名称】デノラ・ペルメレック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】加藤 昭博
(72)【発明者】
【氏名】中井 貴章
(72)【発明者】
【氏名】永島 郁男
(72)【発明者】
【氏名】谷口 達也
(72)【発明者】
【氏名】永井 彩加
(72)【発明者】
【氏名】光島 重徳
(72)【発明者】
【氏名】黒田 義之
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/172160(WO,A1)
【文献】特開2017-190476(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基体及びコーティングを含む、アルカリ水電解用アノードであって、
コーティングが、
1)イリジウム酸化物、
2)ニッケル酸化物、並びに
3)リチウム酸化物、
の混合物を含む、アルカリ水電解用アノード。
【請求項2】
金属元素が、イリジウム元素及びニッケル元素の合計が15から80モル%、並びにリチウム元素が20から85モル%、の比率でコーティング中に存在する、請求項1に記載のアルカリ水電解用アノード。
【請求項3】
金属元素が、イリジウム元素及びニッケル元素の合計が25から55モル%、並びにリチウム元素が45から75モル%、の比率でコーティング中に存在する、請求項1又は2に記載のアルカリ水電解用アノード。
【請求項4】
導電性基体とコーティングとの間に、ニッケル酸化物及びリチウム酸化物を含む中間層を有する、請求項1から3のいずれか一項に記載のアルカリ水電解用アノード。
【請求項5】
1)導電性基体の表面、又は導電性基体上に設けられた中間層の表面に、イリジウムイオン、ニッケルイオン、並びにリチウムイオンを含む溶液を塗布し、乾燥してアノード前駆体を得る工程、及び
2)工程1)で得られたアノード前駆体を、400℃から600℃の温度で酸素を含む雰囲気中で熱処理する工程
を含む、アルカリ水電解用アノードの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ水電解用アノード及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、貯蔵、輸送に適し、環境負荷が小さい二次エネルギーである。このため、水素をエネルギーキャリアに用いた水素エネルギーシステムに関心が集まっている。現在、水素は主に化石燃料の水蒸気改質などにより製造されている。地球温暖化や化石燃料枯渇問題の観点から、太陽電池、風力発電、水力発電等の再生可能エネルギーを動力源に用いたアルカリ水電解の重要性が増してきている。
再生可能エネルギーを用いたアルカリ水電解用のアノードには、酸素過電圧(Oxygen Over Voltage)が低いこと、又、長寿命であることが要求される。
【0003】
特許文献1には、再生可能エネルギーのような出力変動の大きい電力を用いた水電解で水素を製造することができ、出力変動に対する耐久性の高いアルカリ水電解用アノードを提供することを目的として、リチウム含有ニッケル酸化物よりなる触媒層を用いたアルカリ水電解用アノードが記載されている。しかし、特許文献1に記載の陽極は、その焼成温度が900℃から1000℃と非常に高温であるため実用的ではない。
特許文献2には、耐食性を維持したまま低いセル電圧を有するアルカリ水電解用アノード及びその製造方法を提供することを目的として、電極触媒層を構成する触媒成分がニッケルコバルトスピネル酸化物又はランタノイドニッケルコバルトペロブスカイト酸化物を有する第1の触媒成分と、イリジウム酸化物及びルテニウム酸化物のうちの少なくとも一方を有する第2の触媒成分よりなるアルカリ水電解用アノードが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-86420号公報
【文献】国際公開第2019/172160号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酸素過電圧が低く、長寿命を有するアルカリ水電解用アノード及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、種々の研究を行った結果、イリジウム酸化物、ニッケル酸化物、並びにリチウム酸化物を含むコーティングを導電性基体上に形成したことにより、アルカリ水電解において酸素過電圧が低下し、更に、電極の触媒活性を長期間維持する、即ち、長寿命化できるとの知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下に関するものである。
[1]導電性基体及びコーティングを含む、アルカリ水電解用アノードであって、コーティングが、1)イリジウム酸化物、2)ニッケル酸化物、並びに3)リチウム酸化物、を含む、アルカリ水電解用アノード。
[2]金属元素が、イリジウム元素及びニッケル元素の合計が15から80モル%、並びにリチウム元素が20から85モル%、の比率でコーティング中に存在する、[1]に記載のアルカリ水電解用アノード。
[3]金属元素が、イリジウム元素及びニッケル元素の合計が25から55モル%、並びにリチウム元素が45から75モル%、の比率でコーティング中に存在する、[1]又は[2]に記載のアルカリ水電解用アノード。
[4]導電性基体とコーティングとの間に、ニッケル酸化物及びリチウム酸化物を含む中間層を有する、[1]から[3]のいずれかに記載のアルカリ水電解用アノード。
[5]1)導電性基体の表面、又は導電性基体上に設けられた中間層の表面に、イリジウムイオン、ニッケルイオン、並びにリチウムイオンを含む溶液を塗布し、乾燥してアノード前駆体を得る工程、及び2)工程1)で得られたアノード前駆体を、400℃から600℃の温度で酸素を含む雰囲気中で熱処理する工程を含む、アルカリ水電解用アノードの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、酸素過電圧が低く、長寿命を有するアルカリ水電解用アノードを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の効果を阻害しない範囲で適宜変更を加えて実施することができる。なお、以下の説明において、「AからB」は、「A以上かつB以下」を意味する。
【0010】
本実施形態に係るアルカリ水電解用アノードは、導電性基体及び表面に形成されたコーティングを含み、コーティングが、1)イリジウム酸化物、2)ニッケル酸化物、並びに3)リチウム酸化物を含む。コーティングが、上記1)から3)の成分を含むことにより、アルカリ水電解用アノードとして酸素過電圧が低下し、且つアルカリ水電解用アノードとしての使用において電極の触媒活性を長期間維持する。このような特異な特性が発現する理由としては、リチウム元素によりニッケル酸化物被膜の電子伝導性が向上することや、それぞれの酸化物が相互作用により安定化することなどが考えられる。
【0011】
<導電性基体>
導電性基体は、導電性とアルカリに対する一定の化学的安定性を有している材料であればよく、例えば、ステンレス、ニッケル、ニッケル基合金、鉄又はニッケルメッキ鉄材料等である。導電性基体は、少なくとも表面がニッケル又はニッケル基合金であることが好ましい。導電性基体の大きさや厚さは、アルカリ水電解装置の要求に応じて限定なく選択することができる。導電性基体の厚さは好ましくは0.05~5mmであり、より好ましくは0.1~3mmであり、さらに好ましくは0.5~1mmである。
導電性基体は、生成する酸素気泡を除去するために開口部を有する形状であることが好ましく、例えば、パンチングプレート、エクスパンドメッシュ等の形状が好ましく使用される。その開口率は10~95%であることが好ましく、20~60%がより好ましく、30~50%がさらに好ましい。
【0012】
<コーティング>
本実施形態に係るアルカリ水電解用アノードにおけるコーティングは、イリジウム酸化物、ニッケル酸化物、及びリチウム酸化物を含む。イリジウム酸化物の例としては、IrOが挙げられる。ニッケル酸化物の例としては、NiOが挙げられる。リチウム酸化物の例としては、LiO、Liが挙げられる。
【0013】
本発明の一実施形態において、コーティング中に存在する金属元素のうち、イリジウム元素、ニッケル元素及びリチウム元素の比率は、イリジウム元素及びニッケル元素の合計が15から80モル%、並びにリチウム元素が20から85モル%であり、好ましくはイリジウム元素及びニッケル元素の合計が25から55モル%、並びにリチウム元素が45から75モル%であり、より好ましくはイリジウム元素及びニッケル元素の合計が25から35モル%、並びにリチウム元素が65から75モル%である。
イリジウム元素、ニッケル元素及びリチウム元素の比率の測定は、コーティング前駆体に用いる原料から算出することも可能であるが、蛍光X線装置及び/又は高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析法などを用いて測定することも可能である。
【0014】
また、本発明の一実施形態において、コーティング中に存在するイリジウム元素とニッケル元素との比率は、1:1~1:15であることが好ましく、1:3~1:10であることがより好ましく、1:5~1:7であることがさらに好ましい。
イリジウム元素及びニッケル元素の比率の測定は、コーティング前駆体に用いる原料から算出することも可能であるが、蛍光X線装置及び/又は高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析法などを用いて測定することも可能である。
【0015】
本発明の一実施形態において、コーティングは、イリジウム元素、ニッケル元素及びリチウム元素からなる群から選択される2以上の元素を含む複合酸化物をさらに含む。複合酸化物の例としては、リチウム含有ニッケル酸化物、リチウム含有イリジウム酸化物等が挙げられる。
【0016】
実表面積当たりにおけるコーティング中のイリジウム酸化物、ニッケル酸化物及びリチウム酸化物の量としては、構成成分のメタルに換算して、合計で3.0~20.0g/mであることが好ましく、4.0~17.0g/mであることがより好ましく、5.0~16.0g/mであることがさらに好ましく、6.0~15.0g/mであることが特に好ましい。
コーティング中のイリジウム酸化物、ニッケル酸化物及びリチウム酸化物の量は、コーティング前駆体に用いる原料から算出することも可能であるが、蛍光X線装置及び/又はコーティング後の重量差からも算出可能である
【0017】
さらなる実施形態においては、コーティングには上記の酸化物以外の物質も含まれる。コーティングに含まれ得る上記の酸化物以外の物質としては、鉄酸化物、マンガン酸化物、ランタン酸化物、ストロンチウム酸化物、カルシウム酸化物、マグネシウム酸化物等が挙げられる。コーティングに含まれるこれらの物質の比率は、55モル%以下であることが好ましく、45モル%以下であることがより好ましく、35モル%以下であることがさらに好ましい。
【0018】
コーティングの厚さは、アルカリ水電解装置の要求に応じて限定なく選択することができる。コーティングの平均厚みは好ましくは1.0~50μmであり、より好ましくは1.5~20μmであり、さらに好ましくは2.0~10μmである。
コーティングの平均厚さは、走査型電子顕微鏡を用いて取得した断面写真画像から、最低5点の厚みを測定し、その平均値を平均厚みとする。
【0019】
<中間層>
本発明の一実施形態において、アルカリ水電解用アノードは、導電性基体とコーティングとの間に、ニッケル酸化物及びリチウム酸化物を含む中間層を有する。
【0020】
さらなる実施形態において、中間層中に存在する金属元素のうち、ニッケル元素及びリチウム元素の比率は、ニッケル元素が50~99モル%及びリチウム元素が1~50モル%であり、好ましくはニッケル元素が60~85モル%及びリチウム元素が10~45モル%であり、より好ましくはニッケル元素が65~80モル%及びリチウム元素が20~35モル%である。
【0021】
本発明の一実施形態において、中間層は、ニッケル元素及びリチウム元素を含む複合酸化物をさらに含む。複合酸化物の例としては、リチウム含有ニッケル酸化物が挙げられる。
さらなる実施形態において、中間層には上記の酸化物以外の物質も含まれる。中間層に含まれ得る上記の酸化物以外の物質としては、鉄酸化物、マンガン酸化物、ランタン酸化物、ストロンチウム酸化物、カルシウム酸化物、マグネシウム酸化物等が挙げられる。中間層に含まれるこれらの物質の比率は、55モル%以下であることが好ましく、45モル%以下であることがより好ましく、35モル%以下であることがさらに好ましい。
【0022】
中間層中のニッケル酸化物及びリチウム酸化物の量としては、構成成分のメタルに換算して、合計で1.0~40g/mであることが好ましく、2.0~30g/mであることがより好ましく、3.0~20g/mであることがさらにさらに好ましく、4.0~10g/mであることが特に好ましい。
【0023】
中間層の厚さは、アルカリ水電解装置の要求に応じて限定なく選択することができる。中間層の厚さは好ましくは1.0~50μmであり、より好ましくは1.5~20μmであり、さらに好ましくは2.0~10μmである。
【0024】
<アルカリ水電解用アノードの製造方法>
本実施形態に係るアルカリ水電解用アノードの製造方法は、1)導電性基体の表面又は導電性基体上の中間層の表面に、イリジウムイオン、ニッケルイオン、並びにリチウムイオンを含む溶液を塗布し、乾燥してアノード前駆体を得る工程、及び2)工程1)で得られたアノード前駆体を、400℃から600℃の温度で酸素を含む雰囲気中で熱処理する工程を含む。
【0025】
溶液を塗布する方法は、特に限定されず、スプレーコーティング、刷毛、ローラー、スピンコート、静電塗装等の従来公知の方法を用いることができる。
溶液を塗布し、乾燥させたアノード前駆体を熱処理することにより、コーティング成分として所望の酸化物が得られると共に、被覆強度が強固となる。熱処理温度は、400℃から600℃、好ましくは450℃から550℃、より好ましくは475℃から525℃、特に好ましくは500℃である。即ち、本実施形態に係るアルカリ水電解用アノードの製造方法は、量産が可能な実用的な温度条件で行うことができるため、生産性が高い。
熱処理の時間は、5~60分とすることが好ましく、5~20分とすることがより好ましく、5~15分とすることが更により好ましく、10分とすることが特に好ましい。
【0026】
イリジウムイオン、ニッケルイオン及びリチウムイオンを含む溶液としては、例えば、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体、酢酸ニッケル及び硝酸リチウムを水に溶解させた水溶液が挙げられる。イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体に替えて硝酸イリジウム(IV)溶液、酢酸ニッケルに替えて硝酸ニッケル、硝酸リチウムに替えて酢酸ニッケル、水に替えて硝酸、酢酸、アルコール、有機溶媒等を用いることもできる。溶液中の(イリジウム及びニッケル)と(リチウム)とのモル比は、80:20~95:5であることが好ましく、85:15~95:5であることがより好ましい。
溶液中のイリジウム元素の濃度は、例えば、5~30g/Lであることが好ましく、10~25g/Lであることがさらに好ましい。
溶液中のニッケル元素の濃度は、例えば、10~40g/Lであることが好ましく、15~35g/Lであることがさらに好ましい。
溶液中のリチウム元素の濃度は、例えば、0.1~15g/Lであることが好ましく、0.5~12g/Lであることがさらに好ましい。
【0027】
酸素を含む雰囲気は、熱処理によりイリジウム酸化物、ニッケル酸化物及びリチウム酸化物が得られるのに十分な酸素を含む。酸素を含む雰囲気の酸素濃度として、例えば1~40%、5~30%、10~25%が挙げられる。
【0028】
<中間層の形成方法>
本発明の一実施形態において、例えばカルボン酸ニッケル及び硝酸リチウムを水などの溶媒に溶解させた、ニッケルイオン及びリチウムイオンを含有する水溶液を導電性基体の表面に塗布する工程と、水溶液を塗布した導電性基体を450℃以上600℃以下の範囲内の温度で熱処理する工程とによって、中間層を導電性基体上に形成することができる。
【0029】
水溶液の塗布後、乾燥させる。乾燥温度は、急激な溶媒の蒸発を防ぐ温度(例えば、60~80℃程度)とするのが好ましい。
乾燥の時間は、適宜設定することができるが、5~20分とすることが好ましく、5~15分とすることがより好ましい。
【0030】
熱処理温度は、450℃~600℃、好ましくは450~550℃、より好ましくは475~525℃、特に好ましくは500℃である。
熱処理の時間は、反応速度と生産性、触媒層表面の酸化抵抗を考慮して適宜設定することができるが、5~20分とすることが好ましく、5~15分とすることがより好ましい。
【0031】
カルボン酸ニッケルとしては、ギ酸ニッケル、酢酸ニッケル等を挙げることができる。また、カルボン酸ニッケルに替えて硝酸ニッケル、硝酸リチウムに替えて酢酸ニッケルを用いることもできる。溶液中のニッケル及びリチウムのモル比は、1.98:0.02~1.02:0.98であることが好ましく、1.70:0.30~1.30:0.70であることがより好ましい。
本実施形態における溶液中のニッケル元素の濃度は、例えば、10~40g/Lであることが好ましく、15~35g/Lであることがさらに好ましい。
本実施形態における溶液中のリチウム元素の濃度は、例えば、0.1~15g/Lであることが好ましく、0.5~12g/Lであることがさらに好ましい。
【0032】
<その他の処理>
コーティングの密着力を高めるために、溶液を塗布する工程の前に、導電性基体の表面又は導電性基体上に形成された中間層の表面に粗面化処理を行ってもよい。粗面化処理としては、ブラスト処理、基体可溶性の酸又はアルカリを用いたエッチング処理、プラズマ溶射処理などがある。更に、表面の汚染物質を除去するための化学エッチング処理を行うことが好ましい。粗面化処理後の算術平均粗さRaは、0.1μm以上であることが好ましく、1.0μm以上であることがより好ましく、1.5μm以上であることがさらに好ましい。
【0033】
<その他の被膜形成方法>
表面に溶液を塗布し、その後熱処理する以外の方法として、CVD、PVDなどの皮膜形成技術を用いることも可能である。
【実施例
【0034】
以下に本発明の実施例を示す。本発明の内容はこれらの実施例により限定して解釈されるものではない。
【0035】
(実施例1:酸素過電圧の測定及び酸素過電圧測定後の残存率)
以下のように、アノードを製造した。
導電性基体の調製
開口率36.4%のニッケルメッシュ(100mm×100mm、厚さ:0.8mm)を用意し、その表面をアルミナ粉末(中心粒径:250~212μm)でブラスティングした。次に、沸騰20wt%塩酸水溶液でニッケルメッシュを3分間エッチングし、導電性基体としてのニッケルメッシュを調製した。
【0036】
コーティング液の調製
コーティング前駆体として、イリジウムヒドロキシアセトクロリド錯体、酢酸ニッケル及び/又は硝酸リチウムを所望の割合で混合し、イリジウムイオン、ニッケルイオン及び/又はリチウムイオンを含む溶液を調整した。
【0037】
アノードの製造
各溶液を、表1に記載されるメタル濃度となるように、ニッケルメッシュに塗布した。その後、基体を乾燥機内で60℃の温度条件で10分間乾燥させ、更に電気炉内で500℃の温度条件で10分間熱処理を行った。基体を常温になるまで放置し、各アノードを製造した。
製造した各アノードについて、蛍光X線分析装置にてX線回折分析及び電子線マイクロアナライザ(EPMA)にて元素マッピングを行い、意図するコーティングに意図する酸化物が形成されたことを確認した。コーティングにイリジウム酸化物及びニッケル酸化物が存在していることが示された(なお、リチウムはEPMAの元素マッピング像には現れていないが存在していることは明らかである)。
また、走査型電子顕微鏡を用いて、任意の箇所で2枚の断面画像を取得し、各断面画像からコーティングの厚みを任意5点、計10点について測定し、その平均値を平均厚みとした。その結果、平均厚みは3.15μmであった。
【0038】
【表1】
【0039】
過電圧測定
各アノードのそれぞれについて、30wt%の水酸化カリウム水溶液中にて80℃で電流密度10kA/mにて過電圧を測定した。
残存率の測定
過電圧の測定前後におけるイリジウムの残存率を、蛍光X線分析装置を用いて、イリジウムの蛍光X線強度比から算出した。
【0040】
なお、INTL1.0とはイリジウムイオン、ニッケルイオン及び/又はリチウムイオンを含む溶液を用いて製造したアノードであり、DN714とは特許文献2(国際公開第2019/172160号)の<実施例2>に記載の塗布液を用いて製造したアノードである。結果を表2に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
裸地Niの過電圧は342mVである。この裸地Ni上に、ニッケルとリチウム(Ni-Li)を組み合わせたコーティングの過電圧は343mVであり、裸地Niと同等の値であった。イリジウムとリチウム(Ir-Li)を組み合わせたコーティングの過電圧は306mVであった。イリジウムとニッケルとリチウム(Ir-Ni-Li、INTL1.0)を組みわせると、243mVと大幅な向上が見られた。その組成は、モル比でイリジウム12%、ニッケル66%、リチウム22%である。このように、INTL1.0の過電圧の値は、従来の裸地Niと比べて100mVも向上し、DN714と比較しても、12mVの向上を達成することができた。
また、過電圧測定後のイリジウムの消耗率は、DN714は12%であったが、INTL1.0では見られず、触媒安定性も改善した。
【0043】
(実施例2:INTL1.0におけるリチウム比の検討)
実施例1において、コーティング中のリチウム比が増加すると、過電圧が向上する傾向が認められた。そこで、さらなる性能向上を目指し、INTL1.0中のリチウム比の検討を行った。B2からB7のアノードを、リチウム比を変更した以外は、実施例1におけるINTL1.0の製造と同様の方法で製造した。なお、B1は、実施例1におけるINTL1.0の組成である。結果を表3に示す。
【0044】
【表3】
【0045】
50:50~70:30(B2~B4)において、過電圧およびIrの残存率の双方の観点から、B1よりも向上が見られた。とりわけ、現在得られている最高値は70:30(B4)の218mVであり、B1よりも約30mVの性能向上が達成できた。DN714と比較すると、37mV向上したこととなる。
【0046】
(実施例3:シャットダウン(S/D)耐性)
再生可能エネルギーを動力源に用いたアルカリ水電解に用いられるアノードは、出力変動や、激しい起動停止などの過酷な条件にさらされる。そのため、このような出力変動に対する耐久性が求められている。そこで、INTL1.0(C5)およびINTL2.0(C6)についてS/D試験を実施した。試験条件は、陽極は対象サンプル、陰極はNRG-r、セパレータは、AGFA UTP500、電解セルは2室型セル、電解液は25%の水酸化ナトリウム水溶液、温度は80℃、電流密度は10kA/mで行った。なお、INTL2.0とは、導電性基体表面に中間層を形成し、イリジウムイオン、ニッケルイオン及び/又はリチウムイオンを含む溶液を用いて中間層上にコーティングを形成することにより製造したアノードである。結果を表4及び表5に示す。
【0047】
【表4】
【0048】
【表5】
【0049】
中間層を設けたINTL2.0(C6)は、INTL1.0(C5)と比較してS/D耐性が2倍向上した。
【0050】
(実施例4:加速寿命試験(ALT))
DN714、INTL1.0(C5)およびINTL2.0(C6)についてALTを実施した。試験条件は、陽極は対象サンプル、陰極はニッケル、陽陰極の距離は10mm、電解セルは1室型セル、電解液は30%の水酸化ナトリウム水溶液、温度は88℃、電流密度は30kA/mで行った。結果は、表6に示されるように、すべての試料のセル電圧は1500時間安定していた。
【0051】
【表6】
【0052】
(まとめ)
・INTL1.0の過電圧の値は、DN714と比較して、12mVの向上を達成することができた。また、過電圧測定後のイリジウムの消耗率は、DN714は12%であったが、INTL1.0では見られず、触媒安定性も改善した。
・50:50~70:30(B2~B4)において、過電圧及びIrの残存率の双方の観点から、B1よりも向上が見られた。とりわけ、現在得られている最高値は70:30(B4)の218mVであり、B1よりも約30mVの性能向上が達成できた。DN714と比較すると、37mV向上したこととなる。
【0053】
以上のように、本発明のアノードは、過電圧が低いのみならず、電極の触媒活性を長期間維持する、即ち、長寿命化するというアルカリ水電解用アノードとして非常に優れた特性を有する。