(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-09
(45)【発行日】2022-11-17
(54)【発明の名称】多能性幹細胞由来腸管オルガノイドの作製法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20221110BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20221110BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20221110BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20221110BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20221110BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20221110BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20221110BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/0735
C12Q1/02
C12Q1/686 Z
A61L27/38 300
A61L27/38 100
A61L27/36 100
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2019517600
(86)(22)【出願日】2018-05-02
(86)【国際出願番号】 JP2018017572
(87)【国際公開番号】W WO2018207714
(87)【国際公開日】2018-11-15
【審査請求日】2021-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2017093418
(32)【優先日】2017-05-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】松永 民秀
(72)【発明者】
【氏名】岩尾 岳洋
(72)【発明者】
【氏名】小野里 太智
(72)【発明者】
【氏名】小川 勇
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/141137(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/143747(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/061464(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/176249(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/125884(WO,A1)
【文献】Molecular Carcinogenesis,2015年,Vol.54,pp.189-202
【文献】Drug Metab. Pharmacokinet.,2016年02月17日,Vol.31,pp.193-200
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/10
C12N 5/071
C12Q 1/02
A61L 27/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(1)~(4)を含む、多能性幹細胞から腸管オルガノイドを作製する方法
であって、前記多能性幹細胞がヒト又は霊長類の細胞である方法。
(1)多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を培養し、スフェロイドを形成させる工程;
(4)工程(3)で形成されたスフェロイドを分化させ、腸管オルガノイドを形成させる工程であって、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加えて、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下での培養を含む工程。
【請求項2】
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞である、請求項1に記載の作製方法。
【請求項3】
前記多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞であり、工程(2)がFGF4とWntアゴニストの存在下での培養を含む、請求項1に記載の作製方法。
【請求項4】
前記ヒト人工多能性幹細胞が、腸疾患の患者由来の人工多能性幹細胞である、請求項
3に記載の作製方法。
【請求項5】
前記多能性幹細胞がカニクイザル人工多能性幹細胞であり、工程(2)がFGF2とGSK-3阻害剤の存在下での培養を含む、請求項1に記載の作製方法。
【請求項6】
工程(3)の培養において、均一な形状及び大きさの複数のウェルが細胞低接着性又は細胞非接着性の培養面に形成された培養容器を使用し、複数のスフェロイドをまとめて形成させる、請求項1~
5のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項7】
BMP阻害剤がNogginであり、Wntシグナル活性化剤がR-spondin-1である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項8】
MEK1/2阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01であり、γ-セクレターゼ阻害剤がN-[(3,5-difluorophenyl) acetyl]-L-alanyl-2-phenyl-1,1-dimethylethyl ester-glycineである、請求項1~
7のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項9】
水溶液中に3次元的網目構造を形成する材料を添加した液体培地を工程(4)の培養に用い、工程(3)で形成させた複数のスフェロイドがまとめて浮遊培養される、請求項1~
8のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項10】
前記材料が高分子ゲル及び多糖からなる群より選択される一以上の材料である、請求項
9に記載の作製方法。
【請求項11】
前記材料が脱アシル化ジェランガムを含む、請求項
9に記載の作製方法。
【請求項12】
工程(4)の培養期間が12日間~36日間である、請求項1~
11のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項13】
工程(4)が、以下の工程(4-1)と工程(4-2)を含む、請求項1~
11のいずれか一項に記載の作製方法:
(4-1)上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤の存在下で培養する工程;
(4-2)上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加えて、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下で培養する工程。
【請求項14】
工程(4-1)の培養期間が3日間~15日間であり、工程(4-2)の培養期間が3日間~21日間である、請求項
13に記載の作製方法。
【請求項15】
請求項1から14のいずれか一項に記載の方法により腸管オルガノイドを作製すること;および製造された腸管オルガノイドを用いて被検物質の体内動態又は毒性を評価することを含む、被検物質の体内動態又は毒性を評価する方法。
【請求項16】
前記体内動態が、代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導である、請求項
15に記載の評価方法。
【請求項17】
以下の工程(I)及び(II)を含む、請求項16に記載の方法:
(I)
請求項1から14のいずれか一項に記載の方法により製造された腸管オルガノイドに被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導、或いは毒性を測定・評価する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多能性幹細胞由来の腸管オルガノイドを作製する方法及びその用途に関する。本出願は、2017年5月9日に出願された日本国特許出願第2017-093418号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
小腸は経口投与された医薬品の体内動態を考える上で非常に重要な臓器である。非臨床試験の段階においてヒト小腸における薬物の動態(吸収、排泄、代謝)を総合的に評価するためには初代小腸上皮細胞の利用が望ましいが、これは入手自体が困難である。近年、新規in vitro評価系として、腸管組織を模倣した3次元組織構造体(オルガノイド)が注目されている。しかし、胚性幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)及びES細胞と同様の多分化能とほぼ無限の増殖能を有し、創薬研究への利用も期待されている人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)から分化誘導された腸管オルガノイドは未熟であり、薬物動態学的な機能の解析はほとんどされていない。
【0003】
また、ヒト以外の哺乳動物は疾患モデルや生物医学的研究に有用である。特に、創薬研究において実験動物として用いられるカニクイザルはヒトと非常に類似している点が多く、薬物代謝酵素やトランスポーターのアミノ酸配列は90~95%の相同性が認められ、基質特異性が類似している。そのため非臨床試験の段階において、カニクイザルを用いてin vivo並びにin vitroの相関性を確認することで、より正確にヒトを予測することが可能である。
【0004】
ES細胞やiPS細胞から2次元(2D)培養で腸管上皮細胞を作製したこと(例えば特許文献1、2を参照)、及びマトリゲル等を利用した3次元(3D)培養で腸管オルガノイドを作製したこと(例えば、特許文献3、4、非特許文献1~4)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014/132933号パンフレット
【文献】国際公開第2012/060315号パンフレット
【文献】国際公開第2016/093222号パンフレット
【文献】特開2006-239169号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Drug Metab. Pharmacokinetic Vol.29 (1). P.44-51 (2014)
【文献】Nature, Vol.470, P.l05-109 (2011)
【文献】Stem Cells, vol.24, P.2618-2626 (2006)
【文献】Biochem. Biophys. Res. Commun., Vol.391 (1), No.7, P.38-42 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上掲の2D培養で得られる腸管上皮細胞は長期間の培養が難しい。また、腸管オルガノイドを形成するものではなく、それを利用した評価系は腸管オルガノイドの場合とその構成、用途、利用価値の点等で相違する。一方、3D培養によって作製された腸管オルガノイドについてはその機能性の検証が十分になされておらず(おそらく未熟な構造体であると思われる)、即ち、その実用性は不明であり、薬物動態の解析等に利用できるとは言い難い。そこで本発明は、多能性幹細胞から機能的な(即ち、薬物動態学的な機能を有する)腸管オルガノイドを作製することを第1の課題とし、腸管オルガノイドの作製効率の向上を第2の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、本発明者らは機能的な腸管オルガノイドの形成に有効な因子の組合せを見出した。形成に成功した腸管オルガノイドには機能的なタイトジャンクションが認められ、排出トランスポーターの輸送機能、薬物代謝酵素活性等も確認された。薬物動態学的機能を備えた機能的な腸管オルガノイドが構築できていることを実証した点においても、本発明者らの成果は過去の報告と一線を画する。一方、培養方法を改良することにより、腸管オルガノイドの作製効率の向上にも成功した。尚、新規組合せに採用した因子はいずれも安価でロット間差の少ない低分子化合物であり、この特徴は、腸管オルガノイドの作製コストの低減に加え、腸管オルガノイドの品質及び信頼性の向上等をもたらす。
【0009】
更なる検討によって、再生医療へ適用する際に特に有利な作製方法が見出された。
【0010】
以下の発明は、主として、以上の成果に基づく。
[1]以下の工程(1)~(4)を含む、多能性幹細胞から腸管オルガノイドを作製する方法:
(1)多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;
(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;
(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を培養し、スフェロイドを形成させる工程;
(4)工程(3)で形成されたスフェロイドを分化させ、腸管オルガノイドを形成させる工程であって、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加えて、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下での培養を含む工程。
[2]前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞である、[1]に記載の作製方法。
[3]前記多能性幹細胞がヒト又は霊長類の細胞である、[1]又は[2]に記載の作製方法。
[4]前記多能性幹細胞がヒト人工多能性幹細胞であり、工程(2)がFGF4とWntアゴニストの存在下での培養を含む、[1]に記載の作製方法。
[5]前記ヒト人工多能性幹細胞が、腸疾患の患者由来の人工多能性幹細胞である、[4]に記載の作製方法。
[6]前記多能性幹細胞がカニクイザル人工多能性幹細胞であり、工程(2)がFGF2とGSK-3阻害剤の存在下での培養を含む、[1]に記載の作製方法。
[7]工程(3)の培養において、均一な形状及び大きさの複数のウェルが細胞低接着性又は細胞非接着性の培養面に形成された培養容器を使用し、複数のスフェロイドをまとめて形成させる、[1]~[6]のいずれか一項に記載の作製方法。
[8]BMP阻害剤がNogginであり、Wntシグナル活性化剤がR-spondin-1である、[1]~[7]のいずれか一項に記載の作製方法。
[9]MEK1/2阻害剤がPD98059であり、DNAメチル化阻害剤が5-アザ-2’-デオキシシチジンであり、TGFβ受容体阻害剤がA-83-01であり、γ-セクレターゼ阻害剤がN-[(3,5-difluorophenyl) acetyl]-L-alanyl-2-phenyl-1,1-dimethylethyl ester-glycineである、[1]~[8]のいずれか一項に記載の作製方法。
[10]水溶液中に3次元的網目構造を形成する材料を添加した液体培地を工程(4)の培養に用い、工程(3)で形成させた複数のスフェロイドがまとめて浮遊培養される、[1]~[9]のいずれか一項に記載の作製方法。
[11]前記材料が高分子ゲル及び多糖からなる群より選択される一以上の材料である、[10]に記載の作製方法。
[12]前記材料が脱アシル化ジェランガムを含む、[10]に記載の作製方法。
[13]工程(4)の培養期間が12日間~36日間である、[1]~[12]のいずれか一項に記載の作製方法。
[14]工程(4)が、以下の工程(4-1)と工程(4-2)を含む、[1]~[12]のいずれか一項に記載の作製方法:
(4-1)上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤の存在下で培養する工程;
(4-2)上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加えて、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下で培養する工程。
[15]工程(4-1)の培養期間が3日間~15日間であり、工程(4-2)の培養期間が3日間~21日間である、[14]に記載の作製方法。
[16][1]~[15]のいずれか一項に記載の作製方法で得られた腸管オルガノイド。
[17][16]に記載の腸管オルガノイドを用いた、被検物質の体内動態又は毒性を評価する方法。
[18]前記体内動態が、代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導である、[17]に記載の評価方法。
[19]以下の工程(I)及び(II)を含む、[18]に記載の方法:
(I)[16]に記載の腸管オルガノイドに被検物質を接触させる工程;
(II)被検物質の代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導、或いは毒性を測定・評価する工程。
[20][16]に記載の腸管オルガノイドを含む、移植材料。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1-1】ヒト及びカニクイザルiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化に対する低分子化合物の効果。平均±S.D.(n = 3)でデータを示した。コントロールは低分子化合物非添加群。小腸の値を基準(小腸=1)とした。
【
図2】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドの形態学的観察。(A),(B):明視野観察。スケールバー 500μm。(C),(D):透過型電子顕微鏡による微絨毛(MV:黒矢印先)、タイトジャンクション(TJ:白矢印先)の観察。スケールバー 1μm。(E)-(G):HE染色。スケールバー 100μm。(H)-(J):アルシアンブルー染色(黒矢印)。スケールバー 100μm。
【
図3】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドの免疫蛍光染色。(A)-(C):Villin/OLFM4。(D)-(F):E-cad(上皮細胞接着因子)/MUC2。(G)-(I):E-cad/CHGA(Chromogranin A)。(J)-(L):E-cad/Lyso(Lysozyme)。(M)-(O):Vim(Vimentin:線維芽細胞マーカー)/α-SMA(平滑筋マーカー)。DAPI:核染色。スケールバー 50μm。
【
図4】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドの機能的なタイトジャンクションの形成。(A)-(C):Occludinの免疫蛍光染色。DAPI:核染色。スケールバー 50μm。(D)-(G)FITC-dextran 4000(FD-4)による取り込み試験。FD-4(1 mg/mL)37℃、1時間インキュベーション。(D),(E):明視野観察。(F),(G):FD-4の蛍光観察。スケールバー 100μm。
【
図5】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドのトランスポーターの免疫染色。(A)-(C):SLC15A1/PEPT1の免疫蛍光染色。(D)-(F):ABCB1/MDR1の免疫蛍光染色。DAPI:核染色。(A)-(E) スケールバー 50μm。(F) スケールバー 100μm。
【
図6】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト腸管オルガノイドのローダミン123を用いたABCB1/MDR1の機能評価。ABCB1/MDR1の阻害剤であるベラパミル(100μmol/L)の非存在下(A, B)と存在下(C, D)でローダミン123(10μmol/L)を添加し、37℃で1時間インキュベートした。スケールバー 100μm。
【
図7】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドのCYP3A誘導能。平均±S.D. (n = 3); コントロール; 誘導剤非添加群。
**P < 0.01,
*P < 0.05 vs コントロール群(ヒト)。
†P < 0.05 vs コントロール群(カニクイザル)。
【
図8】低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したカニクイザル腸管オルガノイドのCYP3A8代謝活性。平均±S.D. (n = 4); コントロール; ケトコナゾール非添加群。
†P < 0.05 vs コントロール群(カニクイザル)。
【
図9】人工多能性幹細胞から腸管オルガノイドへの新規分化プロトコール。(A)ヒトiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化プロトコール。(B)カニクイザルiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化プロトコール。低分子化合物の組合せとして、以下の2種類を比較・検討した。A/PD/5-aza: A-83-01(0.5μmol/L)、PD98059(20μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μmol/L)添加群。A/PD/5-aza/DAPT: A-83-01(0.5μmol/L)、PD98059(20μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μmol/L)、DAPT(5μmol/L)添加群。
【
図10-1】ヒトiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化に対する多糖類ポリマー(FP001、FP003)の効果。平均 ± S.D. (n = 3)でデータを示した。小腸の値を基準(小腸=1)とした。*P < 0.05, **P < 0.01 vs マトリゲル
【
図11】多糖類ポリマー(FP001、FP003)を用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドの形態学的観察。(A)-(C):明視野観察。スケールバー 500μm。(D)-(F):HE染色。スケールバー 100μm。
【
図12】多糖類ポリマー(FP001、FP003)を用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドの免疫蛍光染色。(A)-(C):Villin/OLFM4。(D)-(F):CDX2(腸管系譜の細胞)/MUC2。(G)-(I):E-cad(上皮細胞接着因子)/CHGA(Chromogranin A)。(J)-(L):Ki67(増殖細胞マーカー)/LGR5(幹細胞マーカー)。(M)-(O):E-cad/Lyso(Lysozyme)。(P)-(R):Vim(Vimentin:線維芽細胞マーカー)/α-SMA(平滑筋マーカー)。(S)-(U):Occludin(タイトジャンクション)。(V)-(X): ABCG2/BCRP(排出トランスポーター)。DAPI:核染色。スケールバー 50μm。
【
図13】多糖類ポリマー(FP001、FP003)を用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのローダミン123を用いたABCB1/MDR1の機能評価。ABCB1/MDR1の阻害剤としてベラパミル(100μmol/L)を用いた。平均 ± S.D. (n = 3でデータを示した。コントロール群(阻害剤非添加)の値を基準(コントロール群= 1)とした。
*P < 0.05 vs コントロール群。
【
図14】多糖類ポリマー(FP001、FP003)を用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのヘキスト33342を用いたABCG2/BCRPの機能評価。ABCG2/BCRPの阻害剤としてKo143(20μmol/L)を用いた。平均 ± S.D. (n = 3)でデータを示した。コントロール群(阻害剤非添加)の値を基準(コントロール群= 1)とした。
*P < 0.05 vs コントロール群。
【
図15】多糖類ポリマー(FP001、FP003)を用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのCYP3A4誘導能。(A)平均 ± S.D. (n = 3)でデータを示した。コントロール; 誘導剤非添加群。
**P < 0.01,
*P < 0.05 vs コントロール群。コントロール群の値を基準(コントロール群= 1)とした。(B)平均 ± S.D. (n = 4)でデータを示した。コントロール; 誘導剤非添加群。
**P < 0.01,
*P < 0.05 vs コントロール群。
【
図16】多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのCYP3A4代謝活性。平均 ± S.D. (n = 4) でデータを示した。コントロール; ケトコナゾール非添加群。N.D.; 検出されず。
**P < 0.01,
*P < 0.05 vs コントロール群。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.腸管オルガノイドを作製する方法
本発明は多能性幹細胞から腸管オルガノイドを作製する方法(以下、「本発明の作製方法」とも呼ぶ。)に関する。本発明によれば、生体の腸管組織と類似の特性を示す(腸管組織を模倣した)3次元組織構造体である腸管オルガノイドが得られる。
【0013】
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。
【0014】
多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性及び自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。好ましくはES細胞又はiPS細胞を用いる。更に好ましくはiPS細胞を用いる。多能性幹細胞は、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジー、カニクイザルなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の細胞、特に好ましくはヒトの細胞である。
【0015】
ES細胞は、例えば、着床以前の初期胚、当該初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994) ;Thomson,J. A. et al.,Science,282, 1145-1147(1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al.(Nature, 385, 810(1997))、Cibelli et al. (Science, 280, 1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素, 44, 892 (1999))、Baguisi et al. (Nature Biotechnology, 17, 456 (1999))、Wakayama et al. (Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout III et al. (Nature Genetics, 24, 109 (2000)、Tachibana et al. (Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer, Cell, 153, 1228-1238(2013))。初期座として、単為発生胚を用いてもよいKim et al. (Science, 315, 482-486 (2007))、Nakajima et al. (Stem Cells, 25, 983-985 (2007))、Kim et al. (Cell Stem Cell, 1, 346-352 (2007))、Revazova et al. (Cloning Stem Cells, 9, 432-449 (2007))、Revazova et al.(Cloning Stem Cells, 10, 11-24 (2008))。上掲の論文の他、ES細胞の作製についてはStrelchenko N., et al. Reprod Biomed Online. 9: 623-629, 2004;Klimanskaya I., et al. Nature 444: 481-485, 2006;Chung Y., et al. Cell Stem Cell 2: 113-117, 2008;Zhang X., et al Stem Cells 24: 2669-2676, 2006;Wassarman, P.M. et al. Methods in Enzymology, Vol.365, 2003等が参考になる。尚、ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明の作製方法に用いられる胚性幹細胞に含まれる。
【0016】
ES細胞の中には、保存機関から入手可能なもの、或いは市販されているものもある。例えば、ヒトES細胞については京都大学再生医科学研究所(例えばKhES-1、KhES-2及びKhES-3)、WiCell Research Institute、ESI BIOなどから入手可能である。
【0017】
EG細胞は、始原生殖細胞を、LIF、bFGF、SCFの存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell, 70, 841-847 (1992)、Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95 (23), 13726-13731 (1998)、Turnpenny et al., Stem Cells, 21(5), 598-609, (2003))。
【0018】
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。人工多能性幹細胞はES細胞に近い性質を示す。iPS細胞の作製に使用する体細胞は特に限定されず、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。また、その由来も特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、ヒトやチンパンジー、カニクイザルなどの霊長類、マウスやラットなどのげっ歯類)の体細胞、特に好ましくはヒトの体細胞を用いる。iPS細胞は、これまでに報告された各種方法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。
【0019】
腸疾患の患者由来のiPS細胞(患者の体細胞から調製したiPS細胞)を用いることにすれば、疾患特異的な腸管オルガノイドを作製することが可能となる。当該iPS細胞は、患者から採取された体細胞(例えば皮膚、血液、単核球など)から調製される。ここでの腸疾患の例として難治性炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)、ポリープ、大腸がん、薬剤性腸炎などを挙げることができる。疾患特異的な腸管オルガノイドは腸管病態モデルとして有用であり、薬剤評価系への利用や、疾患の機序(発症、病態形成、進展に関する分子メカニズムなど)の解明への貢献を期待できる。
【0020】
iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0021】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0022】
iPS細胞は、例えば、国立大学法人京都大学又は独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンターから提供を受けることもできる。
【0023】
本明細書において「分化させる」、「誘導する」との用語は、特定の細胞系譜に沿って分化するように働きかけることを意味する。本発明では、多能性幹細胞を腸管オルガノイドへと分化させる。本発明の作製方法は大別して4段階の培養工程、即ち、(1)多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程(工程(1))と、工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程(工程(2))と、工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を培養し、スフェロイドを形成させる工程(工程(3))と、工程(3)で形成されたスフェロイドを分化させ、腸管オルガノイドを形成させる工程であって、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加えて、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下での培養を含む工程(工程(4))を含む。以下、各工程の詳細を説明する。
【0024】
<工程(1) 内胚葉様細胞への分化>
この工程では多能性幹細胞を培養し、内胚葉様細胞へと分化させる。換言すれば、内胚葉様細胞への分化を誘導する条件下で多能性幹細胞を培養する。多能性幹細胞が内胚葉様細胞に分化する限り、培養条件は特に限定されない。例えば、常法に従い、アクチビンAを添加した培地で培養する。この場合、培地中のアクチビンAの濃度を例えば10 ng/mL~200 ng/mL、好ましくは20 ng/mL~150 ng/mLとする。細胞の増殖率や維持等の観点から、培地に血清又は血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)を添加することが好ましい。血清はウシ胎仔血清に限られるものではなく、ヒト血清や羊血清等を用いることもできる。血清又は血清代替物の添加量は例えば0.1%(v/v)~10%(v/v)である。
【0025】
Wnt/β-カテニンシグナル経路の阻害剤(例えば、ヘキサクロロフェン、クエルセチン、WntリガンドであるWnt3a)を培地に添加し、内胚葉様細胞への分化の促進を図ってもよい。
【0026】
工程(1)として2段階の培養を行うことにしてもよい。1段階目の培養では比較的低濃度の血清(例えば、0.1%(v/v)~1%(v/v))を添加した培地で行い、続く2段階目の培養では一段階目の培養よりも血清濃度を高めた培地(血清濃度を例えば1%(v/v)~10%(v/v))で行う。このように2段階の培養を採用することは、1段階目の培養により未分化細胞の増殖を抑制し、続く2段階目により分化した細胞を増殖させる点で好ましい。
【0027】
工程(1)の期間(培養期間)は例えば1日間~10日間、好ましくは2日間~7日間である。工程(1)として2段階の培養を採用する場合には1段階目の培養期間を例えば1日間~7日間、好ましくは2日間~5日間とし、2段階目の培養期間を例えば1日間~6日間、好ましくは1日間~4日間とする。
【0028】
<工程(2) 腸管幹細胞様細胞への分化>
この工程では、工程(1)で得られた内胚葉様細胞を培養し、腸管幹細胞様細胞へと分化させる。換言すれば、腸管幹細胞様細胞への分化を誘導する条件下で内胚葉細胞を培養する。内胚葉様細胞が腸管幹細胞様細胞へ分化する限り、培養条件は特に限定されない。工程(1)に供する多能性幹細胞としてヒト細胞を用いた場合には、好ましくは、FGF4(線維芽細胞増殖因子4)とWntアゴニスト(例えばWnt3a、BML-284、2-Amino-4-(3,4-(methylenedioxy)benzylamino)-6-(3-methoxyphenyl)pyrimidine等)の存在下で培養を行う。FGF4として好ましくはヒトFGF4(例えばヒト組換えFGF4)を用いる。一方、工程(1)に供する多能性幹細胞としてカニクイザル細胞やアカゲザル細胞、チンパンジー細胞等を用いた場合には、好ましくは、FGF2(線維芽細胞増殖因子2)とGSK-3阻害剤(例えばCHIR99021、CHIR98014、BIO、SB415286、SB216763、TWS119、A1070722等)の存在下で培養を行う。FGF2として例えばヒトFGF2(例えばヒト組換えFGF2)を用いる。
【0029】
典型的には、工程(1)を経て得られた細胞集団又はその一部を、選別することなく工程(2)に供する。一方で、工程(1)を経て得られた細胞集団の中から内胚葉様細胞を選別した上で工程(2)を実施することにしてもよい。内胚葉様細胞の選別は例えば、細胞表面マーカーを指標にしてフローサイトメーター(セルソーター)で行えばよい。
【0030】
「FGF4とWntアゴニストの存在下」とは、FGF4とWntアゴニストが培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF4とWntアゴニストの存在下での培養を行うためには、FGF4とWntアゴニストが添加された培地を用いればよい。FGF4の添加濃度の例を示すと100ng/mL~5μg/mL、好ましくは300ng/mL~1μg/mLである。また、Wntアゴニストの添加濃度の例(Wnt3aの場合)を示すと、100ng/mL~5μg/mL、好ましくは300ng/mL~1μg/mLである。
【0031】
同様に、「FGF2とGSK-3阻害剤の存在下」とは、FGF2とGSK-3阻害剤が培地中に添加された条件と同義である。従って、FGF2とGSK-3阻害剤の存在下での培養を行うためには、FGF2とGSK-3阻害剤が添加された培地を用いればよい。FGF2の添加濃度の例を示すと50ng/mL~2.5μg/mL、好ましくは150ng/mL~500ng/mLである。また、GSK-3阻害剤の添加濃度の例(CHIR99021の場合)を示すと、600nmol/L~60μmol/L、好ましくは1μmol/L~20μmol/Lである。
【0032】
尚、例示した化合物、即ち、Wnt3a、CHIR99021とは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。
【0033】
工程(2)の期間(培養期間)は例えば2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間である。当該培養期間が短すぎると、期待される効果(分化効率の上昇、腸管幹細胞としての機能の獲得の促進)が十分に得られない。他方、当該培養期間が長すぎると、分化効率の低下を引き起こす。
【0034】
腸管幹細胞様細胞へ分化したことは、例えば、腸管幹細胞マーカーの発現を指標にして判定ないし評価することができる。腸管幹細胞マーカーの例を挙げると、ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役受容体5(LGR5)、エフリンB2受容体(EphB2)である。
【0035】
<工程(3) スフェロイドの形成>
この工程では、工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を培養し、スフェロイドを形成させる。スフェロイドを形成させるためには浮遊培養が適する。浮遊培養では、通常、細胞低接着性又は細胞非接着性の培養面(例えば、ポリマー材料やハイドロゲル等の処理/結合により細胞低接着性/細胞非接着性が付与された培養面)を備える培養容器が使用され、培養面から離れた状態(即ち浮遊状態)で細胞を培養する。浮遊培養に用いる培養容器は特に限定されず、例えば、ディッシュ、フラスコ、マルチウェルプレート、チューブ、トレイ、培養バック等を用いることができる。好ましくは、細胞低接着性又は細胞非接着性の培養面に均一な形状及び大きさの複数のウェルが形成された培養容器(一般にパターンプレートと呼ばれる。具体例として、AGCテクノグラス株式会社が提供するEZSPHERE(登録商標)、株式会社クラレが提供するElplasia等を挙げることができる)を使用し、複数のスフェロイドをまとめて形成させる。このようにすれば、効率よくスフェロイドを形成させることができ、ひいては腸管オルガノイドの作製効率が向上する。
【0036】
浮遊培養に際しては、培養面に対する非接着状態を維持できる限り、細胞/細胞塊を静置培養してもよいし、旋回培養や振とう培養することにしてもよい。好ましくは、ここでの浮遊培養を静置培養により行う。静置培養は特別の装置が不要であること、細胞への衝撃ないしダメージも少ないことが期待されること、培養液の量も少なくできることなど、多くの利点を有する。
【0037】
スフェロイドを形成可能な限り、培養条件は特に限定されない。典型的には、幹細胞性を維持しつつスフェロイドを形成させるために、上皮成長因子(EGF)、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤の存在下、即ち、これらの成分が添加された培地を用いて浮遊培養する。
【0038】
上皮成長因子を用いることにより、細胞増殖を促進させる効果を期待できる。また、BMP阻害剤を用いることにより、幹細胞の分化を抑制し、幹細胞性を維持する効果を期待できる。Wntシグナル活性化剤には幹細胞の増殖と幹細胞性を維持する効果を期待できる。
【0039】
BMP阻害剤として例えばNogginを用いることができる。また、Wntシグナル活性化剤として例えばR-spondin-1を用いることができる。
【0040】
上皮成長因子の添加濃度の例を示すと10 ng/mL~500 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~200 ng/mLである。BMP阻害剤の添加濃度の例(Nogginの場合)を示すと10 ng/mL~500 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~200 ng/mLである。同様に、Wntシグナル活性化剤の添加濃度の例(R-spondin-1の場合)を示すと10 ng/mL~1000 ng/mL、好ましくは50 ng/mL~500 g/mLである。
【0041】
尚、例示した化合物、即ち、Noggin、R-spondin-1とは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。
【0042】
工程(3)の期間(培養期間)は例えば1日間~10日間、好ましくは2日間~7日間である。当該培養期間が短すぎると、十分な大きさのスフェロイドが形成されない。他方、当該培養期間が長すぎると、必要以上にスフェロイドが大きくなり、内部の細胞がネクローシスを起こすおそれがある。好ましくは、直径が100μm~200μm程度のスフェロイドを形成させる。例えば、直径が400~500μm、深さが100~200μmのウェルが均一に形成されたパターンプレートの使用によって、当該サイズのスフェロイドを形成させることができる。
【0043】
<工程(4) 腸管オルガノイドの形成>
この工程では、工程(3)で形成されたスフェロイドを分化させ、腸管オルガノイドを形成させる。この目的のため、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加え、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下での培養を行う。MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の組合せを用いる点は本発明において特に特徴的であり、分化誘導効率の向上、腸管オルガノイドの成熟化の促進に寄与する。
【0044】
この工程の培養に使用する因子の内、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤の具体例や添加濃度等については工程(3)の場合と同様であるため、その説明を省略する。
【0045】
MEK1/2阻害剤としてPD98059、PD184352、PD184161、PD0325901、U0126、MEK inhibitor I、MEK inhibitor II、MEK1/2 inhibitor II、SL327を挙げることができる。同様に、DNAメチル化阻害剤として5-アザ-2’-デオキシシチジン、5-アザシチジン、RG108、ゼブラリンを挙げることができる。TGFβ受容体阻害剤については、好ましくは、TGF-β受容体ALK4、ALK5、ALK7の一以上に対して阻害活性を示すものを用いるとよい。例えば、A-83-01、SB431542、SB-505124、SB525334、D4476、ALK5 inhibitor、LY2157299、LY364947、GW788388、RepSoxが当該条件を満たす。γ-セクレターゼ阻害剤の例を挙げると、N-[(3,5-difluorophenyl) acetyl]-L-alanyl-2-phenyl-1,1-dimethylethyl ester-glycine (DAPT)、L-685,458、Compound E (CAS 209986-17-4)、(R)-Flurbiprofen、BMS299897、JLK6、LY-411575、R04929097、MK-0752、SCP0004、SCP0025、gamma-Secretase Inhibitor XI、gamma-Secretase Inhibitor XVI、gamma-Secretase Inhibitor I、gamma-Secretase Inhibitor VII、Semagacestat (LY450139)、gamma-Secretase Inhibitor III、Compound 34、BMS-708163、Compound W、YO-01027 (Dibenzazepine)、Avagacestat (BMS-708163)である。
【0046】
MEK1/2阻害剤の添加濃度の例(PD98059の場合)を示すと4μM~100μM、好ましくは10~40μMである。同様にDNAメチル化阻害剤の添加濃度の例(5-アザ-2’-デオキシシチジンの場合)を示すと、1μM~25μM、好ましくは2.5μM~10μMであり、TGFβ受容体阻害剤の添加濃度の例(A-83-01の場合)を示すと0.1μM~2.5μM、好ましくは0.2μM~1μMであり、γ-セクレターゼ阻害剤の添加濃度の例(DAPTの場合)を示すと1 nM~20μM、好ましくは0.1μM~10μMである。
【0047】
尚、例示した化合物、即ち、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン、A-83-01、DAPTとは異なる化合物を使用する場合の添加濃度については、使用する化合物の特性と、例示した化合物の特性の相違(特に活性の相違)を考慮すれば、当業者であれば上記濃度範囲に準じて設定することができる。また、設定した濃度範囲が適切であるか否かは、後述の実施例に準じた予備実験によって確認することができる。
【0048】
スフェロイドから腸管オルガノイドを形成させるため、工程(4)の培養は浮遊培養で行う。ここでの浮遊培養には、好ましくは、水溶液中に3次元的網目構造を形成する材料を添加した液体培地を用い、工程(3)で形成させた複数のスフェロイドをまとめて(即ち、一つの培養容器内に複数のスフェロイドが併存した状態で)浮遊培養する。即ち、好ましい態様では、工程(3)で形成させたスフェロイドの一部(但し2個以上)又は全部が、特徴的な液体培地を使用した浮遊培養に供されることになる。
【0049】
水溶液中に3次元的網目構造を形成する材料(以下、「粘性材料」と呼ぶ)を用いることにより、網目構造にスフェロイドが捕捉ないしトラップされ、或いは培地の粘性が高まってスフェロイドの動きが制限され、スフェロイドの会合や凝集を防止できる。従って、複数のスフェロイドをまとめて浮遊培養することができ、効率的な腸管オルガノイドの形成が可能となる。
【0050】
粘性材料として、例えば、高分子ゲル、多糖を用いることができる。高分子ゲルの例は、コラーゲン、高分子ヒドロゲル、マトリゲルTM(通常のマトリゲル、成長因子の含有量を少なくしたグロースファクターリデュースト(GFR)マトリゲル等)である。多糖の例はジェランガムや、結晶セルロース、ナノセルロース、カルボキシセルロース、カルボキシメチルセルロースなどである。2種類以上の材料を併用することにしてもよい。
【0051】
好ましい一態様では、粘性材料として、アニオン性の官能基を有する高分子化合物が用いられる。アニオン性の官能基としては、カルボキシ基、スルホ基、リン酸基及びそれらの塩が挙げられ、カルボキシ基またはその塩が好ましい。本発明に用いる高分子化合物は、前記アニオン性の官能基の群より選択される1種又は2種以上を有するものを使用できる。ここでの高分子化合物の好ましい具体例としては、特に制限されるものではないが、単糖類(例えば、トリオース、テトロース、ペントース、ヘキソース、ヘプトース等)が10個以上重合した多糖類が挙げられ、より好ましくは、アニオン性の官能基を有する酸性多糖類が挙げられる。ここにいう酸性多糖類とは、その構造中にアニオン性の官能基を有すれば特に制限されないが、例えば、ウロン酸(例えば、グルクロン酸、イズロン酸、ガラクツロン酸、マンヌロン酸)を有する多糖類、構造中の一部に硫酸基又はリン酸基を有する多糖類、或いはその両方の構造を持つ多糖類であって、天然から得られる多糖類のみならず、微生物により産生された多糖類、遺伝子工学的に産生された多糖類、或いは酵素を用いて人工的に合成された多糖類も含まれる。より具体的には、ヒアルロン酸、ジェランガム、脱アシル化ジェランガム、ラムザンガム、ダイユータンガム、キサンタンガム、カラギーナン、ザンタンガム、ヘキスロン酸、フコイダン、ペクチン、ペクチン酸、ペクチニン酸、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ヘパリチン硫酸、ケラト硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ラムナン硫酸及びそれらの塩からなる群より選択される1種又は2種以上から構成されるものが例示される。多糖類は、好ましくは、ヒアルロン酸、脱アシル化ジェランガム、ダイユータンガム、キサンタンガム、カラギーナン又はそれらの塩であり、低濃度の使用で目的を達成できることなどを考慮すると、最も好ましくは、脱アシル化ジェランガムである。ここでいう塩とは、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウムといったアルカリ金属の塩、カルシウム、バリウム、マグネシウムといったアルカリ土類金属の塩又はアルミニウム、亜鉛、銅、鉄、アンモニウム、有機塩基及びアミノ酸等の塩が挙げられる。
【0052】
上記高分子化合物(多糖類等)の重量平均分子量は、好ましくは10,000~50,000,000であり、より好ましくは100,000~20,000,000、更に好ましくは1,000,000~10,000,000である。例えば、当該分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によるプルラン換算で測定できる。
【0053】
更に、脱アシル化ジェランガムはリン酸化したものを使用することもできる。当該リン酸化は公知の手法で行うことができる。
【0054】
本発明においては、上記多糖類を複数種(好ましくは2種)組み合わせて使用することができる。多糖類の組み合わせの種類は、スフェロイドの会合や凝集を防止できるものであれば特に限定されないが、好ましくは、当該組合せは少なくとも脱アシル化ジェランガム又はその塩を含む。即ち、好適な多糖類の組合せには、脱アシル化ジェランガム又はその塩、及び脱アシル化ジェランガム又はその塩以外の多糖類(例、キサンタンガム、アルギン酸、カラギーナン、ダイユータンガム、メチルセルロース、ローカストビーンガム又はそれらの塩)が含まれる。具体的な多糖類の組み合わせとしては、脱アシル化ジェランガムとラムザンガム、脱アシル化ジェランガムとダイユータンガム、脱アシル化ジェランガムとキサンタンガム、脱アシル化ジェランガムとカラギーナン、脱アシル化ジェランガムとザンタンガム、脱アシル化ジェランガムとローカストビーンガム、脱アシル化ジェランガムとκ-カラギーナン、脱アシル化ジェランガムとアルギン酸ナトリウム、脱アシル化ジェランガムとメチルセルロース等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0055】
本発明に用いる粘性材料の更に好ましい具体例としては、ヒアルロン酸、脱アシル化ジェランガム、ダイユータンガム、カラギーナン及びキサンタンガム、並びにそれらの塩が挙げられ、最も好ましい例としては脱アシル化ジェランガムまたはその塩が挙げられる。脱アシル化ジェランガムの場合、市販のもの、例えば、三晶株式会社製「KELCOGEL(シーピー・ケルコ社の登録商標)CG-LA」、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製「ケルコゲル(シーピー・ケルコ社の登録商標)」等を使用することができる。また、ネイティブ型ジェランガムとして、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製「ケルコゲル(シーピー・ケルコ社の登録商標)HT」等を使用することができる。特に好ましい粘性材料の例として、日産化学工業株式会社が提供するポリマーFP001又はポリマーFP003を挙げることができる。尚、ポリマーFP001は日産化学工業株式会社製の三次元培養培地FCeM(登録商標)シリーズの配合成分であり、ポリマーFP003は同FCeM(登録商標)Advance Preparation Kitの配合成分である。
【0056】
粘性材料の使用量、即ち、培地への添加量は、期待される上記効果を発揮できる限り特に限定されないが、例えば、培地の粘度が5 mPas・s~2000 mPas・sになるように粘性材料の使用量を調整する。培地の粘度が低すぎると、スフェロイドの会合や凝集を防止するという効果が得られなくなる。一方、培地の粘度が高すぎると、操作性(取扱い)に影響し(例えば、回収操作が煩雑となる)、培地成分の細胞への供給に影響が出るおそれもある。尚、粘性材料の使用量の具体例としてマトリゲルの場合を示すと、通常の使用(即ち3次元培養用の基材としての使用)における使用量の1%~10%程度にするとよい。また、脱アシル化ジェランガムの場合、0.001%~1.0%(w/v)、好ましくは0.003%~0.5%(w/v)、より好ましくは0.005%~0.3%(w/v)、更に好ましくは0.01%~0.05%(w/v)、最も好ましくは、0.01%~0.03%(w/v)培地中に添加するとよい。
【0057】
浮遊培養に用いる培養容器は、特に限定されず、例えば、ディッシュ、フラスコ、マルチウェルプレート、チューブ、トレイ、培養バック等を用いることができる。
【0058】
尚、工程(4)の期間(培養期間)は例えば12日間~36日間である。
【0059】
好ましくは、工程(4)として、以下の工程(4-1)と工程(4-2)をこの順序で行う。この態様では、工程(4)に特徴的な低分子化合物の組合せ(即ち、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の組合せ)を工程(4-2)で用いることになる。
【0060】
<工程(4-1)>
この工程は、4種の低分子化合物(MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤)の組合せによる積極的な分化誘導を促す前の準備の段階として位置付けることができる。この工程を介在させることにより、スフェロイドの成長が促され、機能的な腸管オルガノイドの構築に有利となる。この工程の培養は、工程(3)と同条件(即ち、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤の存在下での浮遊培養)で行うことができるが、好ましくは、水溶液中に3次元的網目構造を形成する材料(粘性材料)を添加した液体培地を用い、工程(3)で形成させた複数のスフェロイドをまとめて浮遊培養することで、操作性及び効率性の向上を図る。
【0061】
工程(4-1)の期間(培養期間)は例えば3日間~15日間、好ましくは6日間~12日間である。当該培養期間が短すぎると、スフェロイドが小さく細胞死を起こしやすい。他方、当該培養期間が長すぎると、低分子化合物による十分な効果が得られない。
【0062】
<工程(4-2)>
この工程では、上皮成長因子、BMP阻害剤及びWntシグナル活性化剤に加えて、MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤の存在下での浮遊培養を行い、積極的な分化誘導を促し、腸管オルガノイドを形成させる。培養条件は上記工程(4)の培養条件と同様であるため、その説明を省略する。
【0063】
工程(4-2)の期間(培養期間)は例えば3日間~21日間、好ましくは9日間~18日間である。当該培養期間が短すぎると、十分な機能向上につながらない。他方、当該培養期間が長すぎると、スフェロイドに対するダメージにより、細胞死を起こす可能性がある。
【0064】
本発明を構成する各工程(工程(1)、工程(2)、工程(3)、工程(4)、工程(4-1)、工程(4-2))における、その他の培養条件(培養温度など)は、動物細胞の培養において一般に採用されている条件とすればよい。即ち、例えば37℃、5%CO2の環境下で培養すればよい。また、基本培地として、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)(GIBCO社等)、ハムF12培地(HamF12)(SIGMA社、Gibco社等)、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM)(ナカライテスク株式会社、シグマ社、Gibco社等)、グラスゴー基本培地(Gibco社等)、RPMI1640培地等を用いることができる。二種以上の基本培地を併用することにしてもよい。工程(3)及び工程(4)(工程(4)として工程(4-1)と工程(4-2)を行う場合にはこれらの工程)においては、上皮細胞の培養に適した基本培地(例えばD-MEMとハムF12培地の混合培地、D-MEM)を用いることが好ましい。培地に添加可能な成分の例としてウシ血清アルブミン(BSA)、抗生物質、2-メルカプトエタノール、PVA、非必須アミノ酸(NEAA)、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを挙げることができる。
【0065】
本発明を構成する工程(1)、工程(2)の途中で継代培養を行ってもよい。例えばコンフルエント又はサブコンフルエントになった際に細胞の一部を採取して別の培養容器に移し、培養を継続する。細胞の回収には細胞解離液などを利用すればよい。細胞解離液としては、例えば、トリプシン-EDTA、コラゲナーゼIV、メタロプロテアーゼ等のタンパク分解酵素等を単独で又は適宜組み合わせて用いることができる。細胞障害性が少ないものが好ましい。このような細胞解離液として、例えば、ディスパーゼ(エーディア)、TrypLE (Invitrogen)又はアキュターゼ(MILLIPORE)等の市販品が入手可能である。分散(離散)状態となるように、回収後の細胞をセルストレイナーなどで処理した後に継代培養に供するとよい。一方、本発明を構成する各工程において、必要に応じて培地交換が行われる。例えば、24時間~3日に1回の頻度で培地交換するとよい。
【0066】
継代培養や培地交換に伴う、細胞の回収の際には、細胞死を抑制するためにY-27632等のROCK阻害剤(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)で予め細胞を処理しておくとよい。
【0067】
以上で説明した本発明によれば、機能的な腸管オルガノイドを作製することができる。「機能的な腸管オルガノイドとは、腸管に特徴的な薬物動態学的な機能を有する腸管オルガノイドであり、機能的なタイトジャンクションが認められ、代謝(吸収、排出)機能を有する。機能的な腸管オルガノイドであることは、タイトジャンクションマーカーの発現、各種トランスポーター(ペプチドトランスポーター、排出トランスポーター、有機アニオントランスポーター等)の発現、薬物代謝酵素の発現/活性などによって評価することができる。また、薬物応答性の有無や程度も、腸管オルガノイドの機能性を評価する指標として有用である。タイトジャンクションマーカーの例はOccludin(オクルディン)であり、ペプチドトランスポーターの例はSLC15A1/PEPT1(SLC(solute carrier)ファミリーメンバー15A1/ペプチドトランスポーター1)であり、排出トランスポーター例は、ABCB1/MDR1(ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1)、ABCC2/MRP2(ATP結合カセットトランスポーターC2/多剤耐性関連タンパク質2)、ABCG2/BCRP(ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク)であり、有機アニオントランスポーターの例はSLCO2B1/OATP2B1(SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1)であり、薬物代謝酵素の例は、CYP3A4(シトクロムP450 3A4)、CYP3A8(シトクロムP450 3A8)である。薬物応答性の評価には、例えば、リファンピシン又はビタミンD受容体を介した薬物代謝酵素CYP3A(例えば、ヒトの場合はCYP3A4、カニクイザルの場合はCYP3A8)の発現誘導を指標にできる。
【0068】
尚、CDX2(Caudal-type ホメオボックス2)、Chromogranin A、E-cad(E-cadherin;上皮カドヘリン)、LGR5(ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役型受容体)、Lysozyme(リゾチーム)、MUC2(ムチン2糖タンパク)、OLFM4(オルファクトメジン4)、Villin(ビリン)、Vim(Vimentin;ビメンチン)等も腸管オルガノイドの構造又は機能性を評価する上で有用である。
【0069】
2.腸管オルガノイドの用途
本発明の第2の局面は本発明の作製方法で得られた腸管オルガノイドの用途に関する。第1の用途として各種アッセイが提供される。本発明の腸管オルガノイドは腸管、特に小腸のモデル系に利用可能であり、腸管、特に小腸での薬物動態(吸収、代謝など)の評価や毒性の評価に有用である。換言すれば、本発明の腸管オルガノイドは、化合物の体内動態の評価や毒性の評価にその利用が図られる。
【0070】
具体的には、本発明の腸管上皮細胞様細胞を用いて被検物質の代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を試験することができる。即ち、本発明は、腸管オルガノイドの用途の一つとして、被検物質の代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、薬物トランスポーターの誘導、毒性等を評価する方法を提供する。当該方法では、(I)本発明の作製方法で得られた腸管オルガノイドに被検物質を接触させる工程と、(II)、被検物質の代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導、或いは毒性を測定・評価する工程を行う。
【0071】
工程(I)での「接触」は、典型的には、培地に被検物質を添加することによって行われる。被検物質の添加のタイミングは特に限定されない。従って、被検物質を含まない培地で培養を開始した後、ある時点で被検物質を添加することにしても、予め被検物質を含む培地で培養を開始することにしてもよい。
【0072】
被検物質には様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬品、栄養食品、食品添加物、農薬、香粧品(化粧品)等の既存成分或いは候補成分も好ましい被検物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被検物質として用いてもよい。2種類以上の被検物質を同時に添加することにより、被検物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被検物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なアッセイ系を構築することができる。
【0073】
被検物質を接触させる期間は任意に設定可能である。接触期間は例えば10分間~3日間、好ましくは1時間~1日間である。接触を複数回に分けて行うことにしてもよい。
【0074】
工程(I)の後、被検物質の代謝、吸収性、膜透過性、薬物相互作用、薬物代謝酵素の誘導、又は薬物トランスポーターの誘導、或いは毒性を測定・評価する(工程(II))。工程(I)の直後、即ち、被検物質の接触の後、実質的な時間間隔を置かずに代謝等を測定・評価しても、或いは、一定の時間(例えば10分~5時間)を経過した後に代謝等を測定・評価することにしてもよい。代謝の測定は、例えば、代謝産物の検出によって行うことができる。この場合には、通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして、予想される代謝産物を定性的又は定量的に測定する。測定方法は代謝産物に応じて適切なものを選択すればよいが、例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。
【0075】
典型的には、被検物質の代謝産物が検出されたとき、「被検物質が代謝された」と判定ないし評価する。また、代謝産物の量に応じて被検物質の代謝量を評価することができる。代謝産物の検出結果と、被検物質の使用量(典型的には培地への添加量)に基づき、被検物質の代謝効率を算出することにしてもよい。
【0076】
腸管オルガノイドにおける薬物代謝酵素(シトクロムP450(特にヒトではCYP3A4、カニクイザルではCYP3A8)、ウリジン2リン酸-グルクロン酸転移酵素(特にUGT1A8、UGT1A10)、硫酸転移酵素(特にSULT1A3など))の発現を指標として被検物質の代謝を測定することも可能である。薬物代謝酵素の発現はmRNAレベル又はタンパク質レベルで評価することができる。例えば、薬物代謝酵素のmRNAレベルに上昇を認めたとき、「遺伝子レベルでの発現量が上昇した」と判定することができる。同様に、薬物代謝酵素の活性に上昇を認めたとき、「被検物質が代謝された」と判定することができる。代謝産物を指標として判定する場合と同様に、薬物代謝酵素の発現量に基づいて定量的な判定・評価を行うことにしてもよい。
【0077】
被検物質の吸収を評価するためには、例えば、培養液中の被検物質の残存量を測定する。通常、工程(I)後の培養液をサンプルとして被検物質を定量する。測定方法は被検物質に応じて適切なものを選択すればよい。例えば、質量分析、液体クロマトグラフィー、免疫学的手法(例えば蛍光免疫測定法(FIA法)、酵素免疫測定法(EIA法))等を採用可能である。典型的には、培養液中の被検物質の含有量の低下を認めたとき、「被検物質が吸収された」と判定・評価する。また、低下の程度に応じて被検物質の吸収量ないし吸収効率を判定・評価することができる。尚、細胞内に取り込まれた被検物質の量を測定することによっても、吸収の評価は可能である。
【0078】
尚、代謝の測定・評価と吸収の測定・評価を同時に又は並行して行うことにしてもよい。
【0079】
本発明の作製方法で得られた腸管オルガノイドの第2の用途として腸管オルガノイドを含む移植材料が提供される。本発明の移植材料は各種腸疾患(例えば難治性炎症性腸疾患)の治療に適用可能である。特に、障害された(機能不全を含む)腸管組織の再生・再建用の材料としての利用が想定される。即ち、再生医療への貢献を期待できる。本発明の移植材料はそのままで、或いはマトリゲルやコラーゲンゲル包埋等の処理をした後、移植材料として利用することができる。また、各種腸疾患病態モデルとしての治療薬候補化合物のスクリーニングや病態メカニズムの解明研究のような利用形態も想定される。細胞の保護を目的としてジメチルスルホキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入を阻止することを目的として抗生物質等を、細胞の活性化、増殖又は分化誘導などを目的として各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)を本発明の移植材料に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を本発明の移植材料に含有させてもよい。
【0080】
本発明の移植材料はin vivo実験系の構築にも利用可能である。例えば、ヒト多能性幹細胞を用いて作製した腸管オルガノイドを含む移植材料をマウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、カニクイザル、アカゲザル、チンパンジー等の実験動物に移植し、ヒト化動物(ヒト腸管モデル)を作製することができる。このようなヒト化動物は薬物動態や毒性試験等の実験に特に有用であり、経口薬に対する初回通過効果の影響や薬剤性腸炎等の研究への貢献が期待される。
【0081】
腸疾患の患者由来のiPS細胞を用いて作製した腸管オルガノイドについては、腸管病態モデルとして、薬剤評価系に利用できる他、腸疾患の発症、病態形成及び/又は進展の機序の解明を目指した研究における各種実験にも利用可能である。
【実施例】
【0082】
<iPS細胞由来の腸管オルガノイドの作製>
機能的な腸管オルガノイドを作製する新規方法の創出を目指し、以下の検討を行った。
【0083】
1.方法
(1)細胞
ヒトiPS細胞(iPS-51:Windy)は、ヒト胎児肺線維芽細胞MRC-5にoctamer binding protein 3/4(OCT3/4)、sex determining region Y-box 2(SOX2)、kruppel-like factor 4(KLF4)、v-myc myelocytomatosis viral oncogene homolog(avian)(c-MYC)を、パントロピックレトロウイルスベクターを用いて導入後、ヒトES細胞様コロニーをクローン化したものであり、国立成育医療研究センター梅澤明弘博士よりご供与いただいた。カニクイザルiPS細胞はカニクイザル皮膚組織より培養した線維芽細胞にエピソーマルベクターであるpCXLE-hOCT3/4-shp53-F、pCXLE-hSK、pCXLE-hULをエレクトロポレーション法にて導入後、カニクイザルES細胞様コロニーをクローン化したものであり、本発明者らが樹立した。フィーダー細胞はマウス胎仔線維芽細胞(MEF)を使用した。
【0084】
(2)培地
MEFの培養には10%ウシ胎仔血清(FBS)、2 mmol/L L-グルタミン(L-Glu)、1%非必須アミノ酸(NEAA)、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。MEFの剥離液には0.05%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を、MEFの保存液にはセルバンカー1を用いた。ヒトiPS細胞の維持培養には20%ノックアウト血清代替物(KSR)、0.8% NEAA、2 mmol/L L-Glu、0.1 mmol/L 2-メルカプトエタノール(2-MeE)、5 ng/mL線維芽細胞増殖因子(FGF)2を含むDMEM Ham’s F-12(DMEM/F12)を用いた。カニクイザルiPS細胞の維持培養には20%KSR、1.0% NEAA、2 mmol/L L-Glu、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、0.1 mmol/L 2-MeE、5 ng/mL FGF2を含むDMEM/F12を用いた。ヒト及びカニクイザルiPS細胞の剥離液には1 mg/mLコラゲナーゼIV、0.25%トリプシン、20% KSR、1 mmol/L塩化カルシウムを含むダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。ヒト及びカニクイザルiPS細胞の保存液には霊長類ES/iPS細胞用凍結保存液を用いた。
【0085】
(3)ヒト及びカニクイザルiPS細胞の培養
ヒトiPS細胞はマイトマイシンC処理を施したMEF(6×105 cells/100 mmディッシュ)上に、カニクイザルiPS細胞はマイトマイシンC処理を施したMEF(1×106 cells/100 mmディッシュ)上に播種し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて培養した。ヒト及びカニクイザルiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:2~1:3のスプリット比で行った。ヒト及びカニクイザルiPS細胞は解凍48時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【0086】
(4)ヒト及びカニクイザルiPS細胞の腸管オルガノイドへの分化
ヒト及びカニクイザルiPS細胞の腸管オルガノイドへの分化は、継代時にヒト及びカニクイザルiPS細胞用培地にて30倍に希釈したマトリゲル(成長因子除去)にてコートした培養ディッシュに播種し、35 ng/mL FGF2を含むStemSure(登録商標) hPSC 培地にて培養し、未分化コロニーの占める割合が約80%になった状態で開始した。100 ng/mLアクチビンA、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、2 mmol/L L-Gluを含むロズウェルパーク記念研究所(RPMI)培地で1日間、0.2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、2 mmol/L L-Gluを含むRPMI培地で1日間、2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、2 mmol/L L-Gluを含むRPMI培地で1日間培養することで内胚葉に分化させた。その後、ヒトiPS細胞では、2% FBS、500 ng/mL FGF4、500 ng/mL Wnt3a、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+グルタマックス培地で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化させた。カニクイザルiPS細胞では、2% FBS、250 ng/mL FGF2、6μmol/L CHIR99021、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+グルタマックス培地で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化させた。ヒトiPS細胞ではFGF4、Wnt3a処理後、カニクイザルiPS細胞では、FGF4、CHIR99021処理後、Y-27632(Rho結合キナーゼ阻害剤)を10μmol/Lとなるように添加し、5% CO
2/95% air条件下CO
2インキュベーター中37℃にて60分間処理した細胞を0.05%トリプシン-EDTAにて剥離し、40μmナイロンメッシュのセルストレイナーにて細胞塊を砕き、7.0×10
6細胞を100 mm EZSPHERE(登録商標)上に播種した。その後、2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、100 ng/mL上皮成長因子(EGF)、100 ng/mL Noggin、200 ng/mL R-spondin-1、10μmol/L Y-27632を含むAdvanced-DMEM/F12で3日間培養後、2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、100 ng/mL EGF、100 ng/mL Noggin、200 ng/mL R-spondin-1、成長因子を除去したマトリゲル3%を含むAdvanced-DMEM/F12で24日間超低接着6ウェルプレート上で浮遊培養することで腸管オルガノイドへ分化させた。薬物代謝酵素の誘導剤処理は、2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、100 ng/mL EGF、100 ng/mL Noggin、200 ng/mL R-spondin-1、成長因子を除去したマトリゲル3%を含むAdvanced-DMEM/F12にリファンピシンを40μmol/Lもしくは1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3(VD3)を1μmol/Lとなるよう添加し、回収前72時間培養することで行った。また、分化開始19日目から34日目まで、以前我々が見出した低分子化合物であるPD98059(20μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μmol/L)、A-83-01(0.5μmol/L)に加え、5μmol/L N-[(3,5-ジフルオロフェニル) アセチル]-L-アラニル-2-フェニル-1, 1-ジメチルエチルエステル-グリシン(DAPT)を添加し、腸管オルガノイドへの分化に及ぼす影響について検討した。尚、以上の培養方法(分化プロトコール)の概要を
図9に示す。
【0087】
(5)総リボ核酸(RNA)抽出
総RNAはヒト及びカニクイザルiPS細胞の分化誘導終了後、Agencourt RNAdvence Tissueの添付マニュアルに従い抽出した。
【0088】
(6)逆転写反応
相補的DNA(cDNA)の合成は、ReverTra Ace qPCR RT Master Mixを使用し、添付マニュアルに従い行った。
【0089】
(7)Real-Time RT-PCR法
Real-Time RT-PCRはKAPA SYBR Fast qPCR Kitを用い、cDNAを鋳型にして、反応は添付マニュアルに従い行った。結果は内在性コントロールとしてグリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素(GAPDH)を用いて補正した。
【0090】
(8)ヘマトキシリン-エオシン(HE)染色及びアルシアンブルー染色
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを4%パラホルムアルデヒドにて固定し、OCTコンパウンドにて凍結包埋した。厚さ10μmの凍結切片を作製後、スライドガラスに貼り付け、HE染色では、マイヤーヘマトキシリン及びエオシンアルコールを使用して染色した。アルシアンブルー染色では、pH2.5におけるアルシアンブルーを染色し、核染色としてヌクレアファストレッドを使用した。
【0091】
(9)免疫蛍光染色
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを4%パラホルムアルデヒドにて固定し、OCTコンパウンドにて凍結包埋した。厚さ10μmの凍結切片を作製後、スライドガラスに貼り付け、抗原の賦活化を行った。5% FBS溶液にて30分間ブロッキングし、一次抗体を4℃で1晩反応させた。その後、スライドガラスを洗浄し、二次抗体を室温で1時間反応させ、核染色として4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)を用いた。封入作業を行い、Zeiss LSM510共焦点レーザー顕微鏡を用いて、蛍光を観察した。
【0092】
(10)透過型電子顕微鏡による観察
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを2.5%グルタルアルデヒドにて前固定し、4℃で一晩インキュベーションした。その後、1%四酸化オスミウムにて4℃で2時間、後固定を行い、エタノールによる脱水作業を行った。プロピレンオキサイドに置換した後、樹脂内に包埋した。0.1μmの切片を作製し、酢酸ウラニルにて電子染色を行った後、JEM-1400 Plus透過型電子顕微鏡を用いて、微絨毛及びタイトジャンクションの観察を行った。
【0093】
(11)FITC-dextran 4000(FD-4)の透過実験
分化誘導終了後、腸管オルガノイドをFITC-dextran 4000(FD-4)を含むHBSS(ハンクス緩衝塩類溶液)で37℃にてインキュベーションした。HBSSは、137 mmol/L塩化ナトリウム、5.4 mmol/L塩化カリウム、0.81 mmol/L硫酸マグネシウム、0.44 mmol/Lリン酸二水素カリウム、0.34 mmol/Lリン酸水素二ナトリウム、1.3 mmol/L塩化カルシウム、4.2 mmol/L炭酸水素ナトリウム、5.6 mmol/L D-グルコース、10 mmol/L HEPESを含むpH 7.4のものを用いた。インキュベーション終了後、氷冷したHBSSで細胞を洗浄した。その後、Nikon ECLIPSE Ti-S顕微鏡を用いて、蛍光を観察した。
【0094】
(12)ローダミン123の取り込み実験
分化誘導終了後、腸管オルガノイドをローダミン123を含むHBSSで37℃にてインキュベーションした。インキュベーション終了後、氷冷したHBSSで細胞を洗浄することにより取り込みを停止させた。その後、Zeiss LSM510共焦点レーザー顕微鏡を用いて、蛍光を観察した。
【0095】
(13)薬物代謝実験
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを5μmol/Lミダゾラムを含む培地(2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むAdvanced-DMEM/F12)で37℃にてインキュベーションし、24時間経過後、培地をサンプリングした。代謝活性は、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメーター(LC-MS/MS)を用いて測定した培地中の1-水酸化ミダゾラムの量より算出した。代謝実験終了後、タンパク定量を行い、代謝活性をタンパク量で補正した。
【0096】
本検討で使用したマーカー遺伝子の特徴を以下に示す。
α-SMA(alpha-smooth muscle actin。平滑筋マーカー)
ABCB1/MDR1(ATP結合カセットトランスポーターB1/多剤耐性タンパク1。P糖タンパク質。排出トランスポーター)
ABCC2/MRP2(ATP結合カセットトランスポーターC2/多剤耐性関連タンパク質2。排出トランスポーター)
ABCG2/BCRP(ATP結合カセットトランスポーターG2/乳ガン耐性タンパク。排出トランスポーター)
CDX2(Caudal-type ホメオボックス2。腸管上皮細胞の増殖・分化に関与している転写因子)
Chromogranin A(分泌顆粒中に存在する特異的なタンパク質。腸管内分泌細胞マーカー)
CYP3A4(シトクロムP450 3A4。ヒト小腸において主要な薬物代謝酵素)
CYP3A8(シトクロムP450 3A8。カニクイザル小腸において主要な薬物代謝酵素)
E-cad(E-cadherin)(上皮カドヘリン。細胞表面に存在する糖タンパク質の一群であり、細胞接着をつかさどる分子)
LGR5(ロイシンリッチリピートを含むGタンパク質共役型受容体。腸管幹細胞のマーカー)
Lysozyme(真正細菌の細胞壁を構成する多糖類を加水分解する酵素。腸管パネート細胞マーカー)
MUC2(ムチン2糖タンパク。杯細胞マーカー)
Occludin(オクルディン。タイトジャンクション(密着結合)の形成に関わる主要なタンパク質)
OLFM4(オルファクトメジン4。腸管幹細胞マーカー)
SLC15A1/PEPT1(SLC(solute carrier)ファミリー メンバー15A1/ペプチドトランスポーター1。小腸の頂側膜側に発現している)
SLCO2B1/OATP2B1(SLC(solute carrier)有機アニオントランスポーター2B1。小腸の頂側膜側に発現している)
Villin(ビリン。微絨毛の主要な構成成分。吸収上皮細胞マーカー)
Vim(Vimentin)(ビメンチン。間葉系細胞に特有の中間径フィラメント)
【0097】
2.結果・考察
(1)低分子化合物を用いた腸管オルガノイドへの分化誘導(
図1)
ヒト及びカニクイザルiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化誘導の際に添加する低分子化合物の影響について調べた。その結果、A-83-01(0.5μmol/L)、PD98059(20μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μmol/L)を添加した群(A/PD/5-aza)で腸管関連遺伝子やCYP3A等をはじめとする様々な薬物動態関連遺伝子のmRNA発現量は増加した。さらにDAPT(5μmol/L)を加えた群(A/PD/5-aza/DAPT)でヒト腸管オルガノイドにおいては、コントロール群に比べ、腸管での主要な薬物代謝酵素であるシトクロムP450(CYP)3A4で約2,000倍、ペプチドの取り込みトランスポーターであるSLC15A1/PEPT1で約10倍、排出トランスポーターであるABCB1/MDR1で約36倍、ABCG2/BCRPで約125倍、ABCC2/MRP2で約47倍など多くの薬物動態関連遺伝子のmRNA発現が上昇した。また、腸管を構成している細胞マーカーであるVillin(吸収上皮細胞)、MUC2(杯細胞)、Chromogranin A(腸管内分泌細胞)、CDX2(腸管系譜の細胞)、LGR5(腸管幹細胞)はコントロール群に比べ、同程度もしくはそれ以上のmRNA発現を示した。カニクイザル腸管オルガノイドにおいてもヒトと同様の傾向を示し、コントロール群に比べ、CYP3A8で約1,400倍、SLC15A1/PEPT1で約2,200倍、ABCB1/MDR1で約18倍、ABCG2/BCRPで約2.8倍、ABCC2/MRP2で約27倍など多くの薬物動態関連遺伝子のmRNA発現が上昇した。また、Villin、MUC2、Chromogranin A、Lysozyme、CDX2はコントロール群に比べ、同程度もしくはそれ以上のmRNA発現を示した。したがって、以降の実験では、A-83-01、PD98059、5-アザ-2’-デオキシシチジン及びDAPTを添加して分化を行い、解析を進めた。
【0098】
(2)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドの形態学的観察
低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザルiPS細胞由来腸管オルガノイドは球状の形をしていた(
図2A,B)。透過型電子顕微鏡の観察から腸管オルガノイドの内側に腸管刷子縁膜側に存在する微絨毛及びタイトジャンクションの形成が確認された(
図2C,D)。また、HE染色やアルシアンブルー染色の結果から、腸管オルガノイドは分泌細胞を含む細胞集団であることが分かった(
図2E~J)。
【0099】
(3)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドの免疫蛍光染色
免疫蛍光染色により、腸管を構成している様々な細胞(吸収上皮細胞、腸管幹細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞、間葉系細胞)のマーカーの発現が認められた(
図3)。したがって、腸管オルガノイドはこれらの細胞を含む腸管組織類似体であることが示唆された。
【0100】
(4)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドのタイトジャンクションの形成とその機能
機能的なタイトジャンクションが形成されているか確認するため、まず免疫蛍光染色にて、タイトジャンクションマーカーであるOccludinのタンパク質発現を確認した(
図4A~C)。この結果から、タイトジャンクションは、腸管オルガノイドの管腔側に沿って発現していることが示唆された。また、透過型電子顕微鏡の観察から、腸管オルガノイドの管腔内側が腸管刷子縁膜側に相当することが明らかとなった(
図2C,D)。そこで、非吸収性マーカーであるFITC-dextran 4000(FD-4)を用いた腸管オルガノイド内への透過試験を行ったところ、オルガノイド内への蓄積は認められなかった(
図4D~G)。この結果から、低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドは機能的なタイトジャンクションを形成していることが示唆された。
【0101】
(5)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドのトランスポーターの免疫蛍光染色
低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドでは、小腸に特異的に発現しているSLC15A1/PEPT1、及び腸管で主要な排泄トランスポーターであるABCB1/MDR1のタンパク質発現が腸管オルガノイドの内側管腔に沿って認められた(
図5)。
【0102】
(6)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト腸管オルガノイドのローダミン123を用いたABCB1/MDR1の機能評価
排出トランスポーターであるABCB1/MDR1の基質であるローダミン123及び阻害剤であるベラパミルを用いて、ABCB1/MDR1の機能評価を行った。ローダミン123の腸管オルガノイド内への排出が認められ(
図6A,B)、その排出方向の輸送はベラパミルにより顕著に抑制された(
図6C,D)。このことから、低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト腸管オルガノイドは、ABCB1/MDR1の機能を有していることが示唆された。
【0103】
(7)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト及びカニクイザル腸管オルガノイドのCYP3A誘導能
CYP3Aの誘導剤であるリファンピシン及び1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3(VD3)を用いて、CYP3AのmRNA発現誘導について検討を行った。ヒト腸管オルガノイドでは、コントロール群に比べ、リファンピシン添加群で約2倍、VD3添加群で約4.5倍と有意にCYP3A4のmRNA発現が誘導された(
図7)。このことから、低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したヒト腸管オルガノイドではCYP3Aの薬物応答性を有していることが示唆された。カニクイザル腸管オルガノイドでは、コントロール群に比べ、リファンピシン添加群で約2倍と有意にCYP3A8のmRNA発現は誘導されたが、VD3でのmRNA発現誘導は認められなかった(
図7)。
【0104】
(8)低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したカニクイザル腸管オルガノイドのCYP3A8代謝活性
ヒトCYP3A4及びカニクイザルCYP3A8の基質であるミダゾラムとその阻害剤であるケトコナゾールを用いて、CYP3A8の代謝活性を評価した。カニクイザル腸管オルガイドにおいて、ミダゾラムの代謝活性が認められ、その活性はケトコナゾールの添加により、約20分の1に有意に阻害された(
図8)。したがって、低分子化合物の新規組み合わせにより分化誘導したカニクイザル腸管オルガノイドでは、CYP3A8の代謝能を有していることが示唆された。
【0105】
3.結論
以上の結果より、本研究では、ヒト及びカニクイザルiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化促進に有用である低分子化合物の組み合わせを新たに見出すことができた。また、この方法によって作製した腸管オルガノイドは、機能的なタイトジャンクション、排出トランスポーターの輸送機能に加え、薬物代謝酵素活性及び誘導能を有するなど、腸管に特徴的な様々な薬物動態学的機能を有していることが明らかとなった。
【0106】
<浮遊培養条件の検討>
分化促進及びより高い機能の獲得、並びに異種動物由来成分を使用しない培養系の構築を目指し、腸管オルガノイドを作製する際、マトリゲルの代替として多糖類ポリマーを使用した培地を用いて浮遊培養を行った。
【0107】
1.方法
(1)細胞
ヒトiPS細胞(iPS-51:Windy)は、ヒト胎児肺線維芽細胞MRC-5にoctamer binding protein 3/4(OCT3/4)、sex determining region Y-box 2(SOX2)、kruppel-like factor 4(KLF4)、v-myc myelocytomatosis viral oncogene homolog(avian)(c-MYC)を、パントロピックレトロウイルスベクターを用いて導入後、ヒトES細胞様コロニーをクローン化したものであり、国立成育医療研究センター梅澤明弘博士よりご供与いただいた。フィーダー細胞はマウス胎仔線維芽細胞(MEF)を使用した。
【0108】
(2)培地
MEFの培養には10%ウシ胎仔血清(FBS)、2 mmol/L L-グルタミン(L-Glu)、1%非必須アミノ酸(NEAA)、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。MEFの剥離液には0.05%トリプシン-エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を、MEFの保存液にはセルバンカー1を用いた。ヒトiPS細胞の維持培養には20%ノックアウト血清代替物(KSR)、0.8% NEAA、2 mmol/L L-Glu、0.1 mmol/L 2-メルカプトエタノール(2-MeE)、5 ng/mL線維芽細胞増殖因子(FGF)2を含むDMEM Ham’s F-12(DMEM/F12)を用いた。ヒトiPS細胞の剥離液には1 mg/mLコラゲナーゼIV、0.25%トリプシン、20% KSR、1 mmol/L塩化カルシウムを含むダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いた。ヒトiPS細胞の保存液には霊長類ES/iPS細胞用凍結保存液を用いた。
【0109】
(3)ヒトiPS細胞の培養
ヒトiPS細胞はマイトマイシンC処理を施したMEF(6×105 cells/100 mmディッシュ)上に播種し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて培養した。ヒトiPS細胞の継代は、3~5日培養後、1:2~1:3のスプリット比で行った。ヒトiPS細胞は解凍48時間後に培地を交換し、それ以降は毎日交換した。
【0110】
(4)ヒトiPS細胞の腸管オルガノイドへの分化
ヒトiPS細胞の腸管オルガノイドへの分化は、継代時にヒトiPS細胞用培地にて30倍に希釈した、成長因子を除去したマトリゲルをコートした培養ディッシュに播種し、35 ng/mL FGF2を含むStemSure(登録商標) hPSC 培地にて培養した。未分化コロニーの占める割合が約80%になった状態で開始した。100 ng/mLアクチビンA、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、2 mmol/L L-Gluを含むロズウェルパーク記念研究所(RPMI)培地で1日間、0.2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、2 mmol/L L-Gluを含むRPMI培地で1日間、2% FBS、100 ng/mLアクチビンA、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、2 mmol/L L-Gluを含むRPMI培地で1日間培養することで内胚葉に分化させた。その後、2% FBS、500 ng/mL FGF4、3μmol/L CHIR99021、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むRPMI+グルタマックス培地で4日間培養することで腸管幹細胞へ分化させた。FGF4、CHIR99021処理後、Y-27632(Rho結合キナーゼ阻害剤)を10μmol/Lとなるように添加し、5% CO2/95% air条件下CO2インキュベーター中37℃にて60分間処理した細胞を0.05%トリプシン-EDTAにて剥離し、40μmナイロンメッシュのセルストレイナーにて細胞塊を砕き、3.0×106細胞を100 mm EZSPHERE(登録商標)上に播種した。その後、2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、100 ng/mL上皮成長因子(EGF)、100 ng/mL Noggin、200 ng/mL R-spondin-1、10μmol/L Y-27632を含むAdvanced-DMEM/F12で3日間培養後、2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、100 ng/mL EGF、100 ng/mL Noggin、200 ng/mL R-spondin-1、成長因子を除去したマトリゲル3%もしくは多糖類ポリマー(脱アシル化ジェランガム)を含むAdvanced-DMEM/F12で24日間超低接着6ウェルプレート上で浮遊培養することで腸管オルガノイドへ分化させた。また、分化開始19日目から34日目まで、以前我々が見出した低分子化合物であるPD98059(20μmol/L)、5-アザ-2’-デオキシシチジン(5μmol/L)、A-83-01(0.5μmol/L)に加え、5μmol/L N-[(3,5-ジフルオロフェニル) アセチル]-L-アラニル-2-フェニル-1, 1-ジメチルエチルエステル-グリシン(DAPT)を添加した。薬物代謝酵素の誘導剤処理は、2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシン、100 ng/mL EGF、100 ng/mL Noggin、200 ng/mL R-spondin-1、成長因子を除去したマトリゲル3%もしくは多糖類ポリマー(脱アシル化ジェランガム)を含むAdvanced-DMEM/F12に1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(VD3)を1μmol/Lとなるよう添加し、回収前72時間培養することで行った。多糖類ポリマーは日産化学工業株式会社よりご供与いただいたFP001もしくはFP003を培地中濃度0.015%(w/v)で使用し、腸管オルガノイドへの分化に及ぼす影響について検討した。
【0111】
(5)総リボ核酸(RNA)抽出
総RNAはヒトiPS細胞の分化誘導終了後、Agencourt RNAdvence Tissueの添付マニュアルに従い抽出した。
【0112】
(6)逆転写反応
相補的DNA(cDNA)の合成は、ReverTra Ace qPCR RT Master Mixを使用し、添付マニュアルに従い行った。
【0113】
(7)Real-Time RT-PCR法
Real-Time RT-PCRはKAPA SYBR Fast qPCR Kitを用い、cDNAを鋳型にして、反応は添付マニュアルに従い行った。結果は内在性コントロールとしてヒポキサンチンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)を用いて補正した。
【0114】
(8)ヘマトキシリン-エオシン(HE)染色
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを4%パラホルムアルデヒドにて固定し、OCTコンパウンドにて凍結包埋した。厚さ10μmの凍結切片を作製後、スライドガラスに貼り付け、マイヤーヘマトキシリン及びエオシンアルコールを使用して染色した。
【0115】
(9)免疫蛍光染色
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを4%パラホルムアルデヒドにて固定し、OCTコンパウンドにて凍結包埋した。厚さ10μmの凍結切片を作製後、スライドガラスに貼り付け、抗原の賦活化を行った。5% FBS溶液にて30分間ブロッキングし、一次抗体を4℃で1晩反応させた。その後、スライドガラスを洗浄し、二次抗体を室温で1時間反応させ、核染色として4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)を用いた。封入作業を行い、Zeiss LSM510共焦点レーザー顕微鏡を用いて、蛍光を観察した。
【0116】
(10)ローダミン123の輸送実験
分化誘導終了後、腸管オルガノイドをローダミン123を含むHBSSで37℃にてインキュベーションした。HBSSは、137 mmol/L塩化ナトリウム、5.4 mmol/L塩化カリウム、0.81 mmol/L硫酸マグネシウム、0.44 mmol/Lリン酸二水素カリウム、0.34 mmol/Lリン酸水素二ナトリウム、1.3 mmol/L塩化カルシウム、4.2 mmol/L炭酸水素ナトリウム、5.6 mmol/L D-グルコース、10 mmol/L HEPESを含むpH 7.4のものを用いた。インキュベーション終了後、氷冷したPBSで細胞を洗浄することにより取り込みを停止させた。37℃に温めたPBSにて4時間インキュベーションすることにより、ローダミン123をオルガノイド外に放出させた。その後、Synergy HTX マイクロプレートリーダーを用いて上清の蛍光強度を測定した。輸送実験終了後、タンパク定量を行い、蛍光強度をタンパク量で補正した。
【0117】
(11)ヘキスト33342の輸送実験
分化誘導終了後、腸管オルガノイドをヘキスト33342を含むHBSSで37℃にてインキュベーションした。インキュベーション終了後、氷冷したPBSで細胞を洗浄することにより取り込みを停止させた。37℃に温めたPBSにて4時間インキュベーションすることにより、ヘキスト33342をオルガノイド外に放出させた。その後、Synergy HTX マイクロプレートリーダーを用いて上清の蛍光強度を測定した。輸送実験終了後、タンパク定量を行い、蛍光強度をタンパク量で補正した。
【0118】
(12)薬物代謝実験
分化誘導終了後、腸管オルガノイドを5μmol/Lミダゾラムを含む培地(2 mmol/L L-Glu、2% B27 supplement、1% N2 supplement、100 units/mLペニシリンG、100μg/mLストレプトマイシンを含むAdvanced-DMEM/F12)で37℃にてインキュベーションし、24時間経過後、培地をサンプリングした。代謝活性は、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメーター(LC-MS/MS)を用いて測定した培地中の1-水酸化ミダゾラムの量より算出した。代謝実験終了後、タンパク定量を行い、代謝活性をタンパク量で補正した。
【0119】
本検討では、以下のマーカー遺伝子、即ち、α-SMA、ABCB1/MDR1、ABCG2/BCRP、CDX2、Chromogranin A、CYP3A4、E-cad(E-cadherin)、Ki67(G1 期、S 期、G2 期、M 期にある細胞に発現。増殖細胞マーカー)、LGR5、Lysozyme、MUC2、Occludin、OLFM4、PXR(プレグナンX受容体。CYP3A4などの転写調節に関与する核内受容体)、Sucrase-isomaltase(膜貫通II型糖タンパク質。腸の上皮細胞の刷子縁に発現している)、SLC15A1/PEPT1、Villin、Vim(Vimentin)を使用した。
【0120】
2.結果・考察
(1)多糖類ポリマーを用いたヒト腸管オルガノイドへの分化誘導
ヒトiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化誘導の際に添加する多糖類ポリマーの影響について調べた。その結果、FP001およびFP003を添加した群で腸管関連遺伝子やCYP3A等をはじめとする様々な薬物動態関連遺伝子のmRNA発現量が増加した。特にFP001を加えた群で成長因子を除去したマトリゲル3%を加えたコントロール群に比べ、腸管での主要な薬物代謝酵素であるシトクロムP450(CYP)3A4で3.7倍、ペプチドの取り込みトランスポーターであるSLC15A1/PEPT1で4.1倍、排出トランスポーターであるABCB1/MDR1で4.5倍、など多くの薬物動態関連遺伝子のmRNA発現が上昇した。また、腸管を構成している細胞マーカーであるVillin(吸収上皮細胞)、sucrase-isomaltase(上皮細胞の刷子縁)、MUC2(杯細胞)、LGR5(腸管幹細胞)はコントロール群に比べ、同程度もしくはそれ以上のmRNA発現を示した。(
図10)。
【0121】
(2)多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドの形態学的観察
マトリゲル及び多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒトiPS細胞由来腸管オルガノイドは球状の形をしていた(
図11A-C)。HE染色の結果から、多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドにおいても管腔が確認された(
図11D-F)。
【0122】
(3)多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドの免疫蛍光染色
免疫蛍光染色により、腸管を構成している様々な細胞(吸収上皮細胞、腸管幹細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞、間葉系細胞)および排出トランスポーターやタイトジャンクションのマーカーの発現が認められた(
図12)。したがって、腸管オルガノイドはこれらの細胞を含む腸管組織類似体であることが示唆された。
【0123】
(4)多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのローダミン123を用いたABCB1/MDR1の機能評価
排出トランスポーターであるABCB1/MDR1の基質であるローダミン123および阻害剤であるベラパミルを用いて、ABCB1/MDR1の機能評価を行った。ローダミン123の腸管オルガノイド内への排出が認められ、その排出方向の輸送はベラパミルにより抑制された(
図13)。このことから、多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドは、ABCB1/MDR1の機能を有していることが示唆された。
【0124】
(5)多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのヘキスト33342を用いたABCG2/BCRP の機能評価
排出トランスポーターであるABCG2/BCRPの基質であるヘキスト33342および阻害剤であるKo143を用いて、ABCG2/BCRPの機能評価を行った。ヘキスト33342の腸管オルガノイド内への排出が認められ、その排出方向の輸送はKo143により抑制された(
図14)。このことから、多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドは、ABCG2/BCRPの機能を有していることが示唆された。
【0125】
(6)多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのCYP3A4誘導能
CYP3Aの誘導剤である1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3(VD3)を用いて、CYP3A4のmRNA発現誘導について検討を行った。コントロール群に比べ、VD3添加群で有意にCYP3A4のmRNA発現が誘導された(
図15A)。また、VD3添加群において、有意にミダゾラムの代謝活性が上昇し(
図15B)、CYP3A4のタンパク質レベルでの誘導が認められた。このことから、多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドではCYP3A4の薬物応答性を有していることが示唆された。
【0126】
(7)多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドのCYP3A4代謝活性
CYP3A4の基質であるミダゾラムとその阻害剤であるケトコナゾールを用いて、CYP3A4の代謝活性を評価した。ヒト腸管オルガイドにおいて、ミダゾラムの代謝活性が認められ、その活性はケトコナゾールの添加により有意に阻害された(
図16)。したがって、多糖類ポリマーを用いて分化誘導したヒト腸管オルガノイドでは、CYP3A4の代謝能を有していることが示唆された。
【0127】
3.結論
以上の結果より、本研究では、ヒトiPS細胞から腸管オルガノイドへの分化において有用な浮遊剤(粘性材料)を新たに見出すことができた。また、この方法によって作製した腸管オルガノイドは、排出トランスポーターの輸送機能に加え、薬物代謝酵素活性および誘導能を有するなど、腸管に特徴的な様々な薬物動態学的機能を有していることが明らかとなった。さらに、FP001およびFP003は多糖類のポリマーであり異種動物由来成分を含まないため、腸管オルガノイドを再生医療に用いる際に使用する培養材料として極めて有用であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本発明は機能的な腸管オルガノイドの作製を可能にする。本発明で採用する因子の組合せ(MEK1/2阻害剤、DNAメチル化阻害剤、TGFβ受容体阻害剤及びγ-セクレターゼ阻害剤)は安価でロット間差の少ない低分子化合物である。この特徴は実用性の点において極めて重要であり、本発明によれば、腸管オルガノイドの作製コストの低減、腸管オルガノイドの品質及び信頼性の向上等がもたらされる。本発明によって作製した腸管オルガノイドは機能的な構造体であり、様々な用途への適用を期待できる。例えば、in vitro評価系(薬効、毒性、薬物動態の評価)、難治性炎症腸疾患等の腸管病態モデルの作製及びそれを用いた病態機序の解明、生体(ヒト、実験動物等)への移植に利用され得る。
【0129】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。