(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-09
(45)【発行日】2022-11-17
(54)【発明の名称】フィルタ装置および陰極アーク蒸発方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/32 20060101AFI20221110BHJP
H05H 1/48 20060101ALI20221110BHJP
【FI】
C23C14/32 Z
H05H1/48
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2017125204
(22)【出願日】2017-06-27
【審査請求日】2020-06-22
(32)【優先日】2016-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ユルゲン・ラム
(72)【発明者】
【氏名】ベノ・ビドリッヒ
(72)【発明者】
【氏名】リヒャルト・ラッハバウアー
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0284207(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2001/0011634(US,A1)
【文献】特開2012-162803(JP,A)
【文献】米国特許第06031239(US,A)
【文献】国際公開第2015/173607(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
H05H 1/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空被覆チャンバにおいて陰極アーク蒸発によって生成されたマクロ粒子をフィルタにかけるためのフィルタ装置であって、前記フィルタ装置は少なくとも1つのマクロ粒子フィルタ要素を備え、前記マクロ粒子フィルタ要素がアーク蒸発源に含まれる陰極と前記真空被覆チャンバ内で前記陰極の表面の前方に配置された基板表面との間に配置されたときに、前記少なくとも1つのマクロ粒子フィルタ要素は、前記陰極の蒸発中に放出されるマクロ粒子が前記基板表面に到達することを防ぐことが可能で、前記マクロ粒子フィルタ要素は1つ以上の可撓性シートを有するフレーム構造として供給され、前記フィルタ装置は、前記可撓性シートの1つ以上が1つ以上の可撓性ネット層を含むフィルタネットアセンブリとして供給され、前記可撓性ネット層はマクロ粒子に対して半透過性であることを特徴とする、フィルタ装置。
【請求項2】
全ての可撓性シートは、1つ以上の可撓性ネット層を含むフィルタネットアセンブリとして供給される、請求項1に記載のフィルタ装置。
【請求項3】
前記可撓性ネット層は、蒸発されるべき前記陰極の材料に対して低接着係数を示すように、ならびに/または、元素の周期表のIV、VおよびVI族、およびSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、1つ以上の材料で形成されている、請求項1または2に記載のフィルタ装置。
【請求項4】
前記可撓性ネット層は、炭素、ボロン、もしくは窒素系の材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、1つ以上の材料で形成されている、請求項3に記載のフィルタ装置。
【請求項5】
前記1つ以上のマクロ粒子フィルタ要素は、炭素、炭素系ファイバー材料、炭化ケイ素、シリコン系ファイバー材料、アラミドおよびガラスのうちの1つ以上の材料で構成されている少なくとも1つの織物層を含む、請求項1または2に記載のフィルタ装置。
【請求項6】
前記1つ以上の可撓性シートは、50°Cを越える熱的安定性を示すように、1つ以上の材料で形成されている、請求項1~4のいずれか1項に記載のフィルタ装置。
【請求項7】
全ての前記可撓性シートは、50°Cを越える熱的安定性を示すように、1つ以上の材料で形成されている、請求項6に記載のフィルタ装置。
【請求項8】
前記熱的安定性は300°Cより高い、請求項6または7に記載のフィルタ装置。
【請求項9】
1つ以上の可撓性シートは、蒸発されるべき前記陰極材料に対して低接着係数を示すように、ならびに/または、元素の周期表のIV、VおよびVI族、およびSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、1つ以上の材料で形成された可撓性フォイルとして供給され、前記可撓性フォイルはマクロ粒子に対して非透過性である、請求項1に記載のフィルタ装置。
【請求項10】
1つ以上の可撓性シートは、炭素、ボロン、または窒素系材料を含む前記陰極材料に対して低接着係数を示すように、ならびに/または、元素の周期表のIV、VおよびVI族、およびSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、1つ以上の材料で形成された可撓性フォイルとして供給される、請求項9に記載のフィルタ装置。
【請求項11】
1つ以上の可撓性フォイルは、Nb、Ta、Mo、W、Re、Ru、Os、Rh、Ir、Pd、Pt、Ag、Auのうちの1種類の金属もしくは合金、または、これらのうち1つと前記周期表の別の元素との合金から形成される、請求項9または10に記載のフィルタ装置。
【請求項12】
真空被覆チャンバで陰極アーク蒸発によって生成されたマクロ粒子がフィルタにかけられる陰極アーク蒸発方法であって、前記マクロ粒子をフィルタにかけるために、請求項1~11の1項に記載の1つ以上のフィルタ装置が使用されることを特徴とし、前記フィルタ装置の少なくとも1つは少なくとも1つのアーク蒸発源と少なくとも1つの被覆されるべき基板表面との間に配置され、材料が前記アーク蒸発源に含まれる陰極から蒸発させられ、前記陰極から前記被覆されるべき基板表面までの前記マクロ粒子の直線進路が遮られるように、前記フィルタ装置が配置される、陰極アーク蒸発方法。
【請求項13】
前記フィルタ装置の透過性が異なるメッシュサイズ、異なるファイバー直径、異なるストリングの数、異なるストリングの向き、またはそれらの組み合せを示すフィルタネット層の組み合せによって調節されたように、前記少なくとも1つのアーク蒸発源と前記少なくとも1つの被覆されるべき基板表面との間に配置された前記フィルタ装置の少なくとも1つは、1つ以上の可撓性ネット層を含むフィルタネットアセンブリとして設けられる可撓性シートを含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
少なくとも1つの陰極は、炭素、ボロン、または窒素系の材料を含む材料で形成されている、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
少なくとも1つの陰極は、元素の周期表のIV、V、およびVI族ならびにSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料から形成される、請求項12~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記陰極材料は1200°Cより高い融点を有する、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
1つ以上のマクロ粒子フィルタ要素が、前記1つ以上の被覆されるべき基板表面を囲むように設けられている、請求項12~16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
少なくとも1つのマクロ粒子フィルタ要素が、回転運動を行えるように、かつ、陰極アーク蒸発中に回転されるように搭載される、請求項12~17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
少なくとも1つのフィルタ装置が前記フィルタ装置の運動を可能にする処理チャンバ内に搭載され、蒸発させられている前記陰極から前記被覆されるべき基板表面へのまっすぐな見通し線が開かれるように前記フィルタ装置が陰極アーク蒸発中に移動される、請求項12~18のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の詳細な説明
本発明はマクロ粒子フィルタ装置に関し、マクロ粒子フィルタ装置は、陰極と基板との間に位置し、マクロ粒子のためのまっすぐな見通し線を遮り、どちらも熱的に安定してマクロ粒子に対する低接着係数を特徴とする表面を有する1つ以上の非透過性フォイルまたは可撓性半透過性ネットを含む少なくとも1つの可撓性フィルタ要素を含み、技術的基板上の全ての種類の被覆のアーク蒸着中に効率的に液滴を減らすために使用される。
【0002】
本発明はさらに、上述の装置を用いた、アーク蒸着による基板上の被覆の蒸着のための被覆方法に関する。
【背景技術】
【0003】
従来技術
陰極アーク蒸発によって生成されたイオン化された粒子の割合が高いと、顕著な特性を有する高密度の被覆が確実に成長する。しかしながら、ターゲット表面での陰極アークの作用により、同様に、基板表面に向けて放出され、被覆に組み入れられ得るマクロ粒子が発生する。これらのマクロ粒子は、合成被覆の機械的および熱的安定性を減少させるため、通常好ましいものではない。
【0004】
過去数十年間に、陰極アーク蒸発による蒸着処理中のマクロ粒子の生成を理解および制御するために、学術的および工業的な研究が広範囲にわたって行われてきた。マクロ粒子の物理的起源の徹底的な精査は、たとえば、非特許文献1にも見られる。一般に、液体陰極材料のプールの形成および爆発的なプラズマの形成は、中性原子、イオン、電子、ならびに液体および/または固体粒子の放出につながると考えられている。
【0005】
一般に認められているように、異なる陰極またはターゲット成分の蒸発挙動はその融点(Tm)に大きく依存しており、凝集エネルギーの関数として理解することができる。所与の電流での真空アークの平均燃焼電圧は、多かれ少なかれ、陰極材料の凝集エネルギーに正比例する。これは、高いTmを有する材料の場合、材料を溶融して局所的なプラズマを発生させるために、およびその逆のことを行うために、局所的なアークスポットに高エネルギーを供給しなければならないことを示唆している。概して、所与のアーク電流では、多量の固体粒子を放出する傾向がある高Tm成分と比較して、低Tm成分のアーク蒸発が多量の液滴の放出につながることが分かっている。高Tmターゲット材料の場合の観察は、ヤング率も材料の凝集エネルギーの関数であるという事実と関係がある。したがって、局所的な溶融プールおよび爆発的なプラズマが発生すると、熱衝撃によってアークスポットのすぐ近くのターゲット材料に「脆性」破壊が生じ、それによって、多量の固形粒子が放出される。
【0006】
したがって、本発明では、「マクロ粒子」という用語は基本的に、中性原子、イオン、および電子を除く、アーク蒸着中に陰極表面から放出される「あらゆるもの」であると理解すべきである。それゆえ、マクロ粒子という用語は特に、ターゲット(または陰極)表面から任意の角度で放出される液体種および固体種を含む。したがって、マクロ粒子は、液体粒子の場合は「液滴」または「はね」などの、固体粒子の場合は「ミクロ粒子」または「ナノ粒子」などの、しばしば使用される同義語も含む。これらは、放出される粒子の大きさしか示唆していないが、物理的特性からは、「マクロ粒子」のままである。
【0007】
通常、アーク処理から生じる、基板表面上の凝縮原子またはイオンが有する高エネルギーは、優れた接着性をもたらすものであり、高密度の膜の成長をさらに促進するものとしてよく知られている。バイアス電圧をさらに印加することにより、元々イオン化されたターゲット種および/または、窒素、酸素、もしくはそれに匹敵する気体のイオン化された種などの反応性ガスイオンの衝撃エネルギーの選択および調節に対する汎用性が高くなる。
【0008】
基本的に、上述のさまざまな種類のマクロ粒子と比べて、基板上に到達する原子およびイオンの量を増大させる手法が2つある。
【0009】
第1の手法では、アーク処理中の陰極(ターゲットとも呼ばれる)表面反応に焦点があたっている。例として、マクロ粒子の放出をできる限り少なくターゲット材料を均一に浸食させるために、以下のパラメータを個別に、または組み合わせて適応させることができる。
【0010】
アーク電流レベルおよび放電の種類(たとえば、直流、パルス直流、または関連技術など)
ターゲットに対するアーク運動の制御に使用される磁場配置
ターゲット材料および特性(たとえば、融点、粒径;多元素混合物で構成された化合物ターゲットおよびそれらの個々の相など)
ガスの圧力および規制、これによる特に、たとえば、酸素または窒素の反応性ガスの制御
【0011】
第2の手法では、プラズマ種から基板に向かう途中で必然的に生成されるマクロ粒子に対する効果的なフィルタリングが試みられる。ターゲット表面から基板に向かう見通し線を遮ることによって、数多くの異なるフィルタ技術が当業者に知られている。以下はその例に過ぎない。
【0012】
管状または直線状のフィルタ(たとえば、特許文献1、特許文献2)
~20°から~90°の異なる曲げ角度を有する、湾曲したフィルタおよび/またはダクト(たとえば、特許文献3)
90°より大きい曲げ角度を有する、ダブルベントまたはねじられたフィルタ(たとえば、特許文献4)
磁気反射構成(たとえば、特許文献5)
ベネチアンブラインドを有する線形フィルタ、またはフィルタメッシュ(たとえば、特許文献6、特許文献7)
回転ブレードフィルタ(たとえば、特許文献8)
【0013】
ほとんどの場合、上記の参照文献で説明されているように、磁場を使用することによって、液体または固体マクロ粒子から荷電プラズマ粒子を効果的に分離することができる。しかしながら、複雑な磁気フィルタアセンブリを工業的に応用するにはいくつか欠点があり、マクロ粒子フィルタの効率は、その高額な価格および技術的な努力にほぼ正比例する。同時に、蒸着速度が、マクロ粒子フィルタの効率に反比例して低下する。
【0014】
代わりに、今日では、ベネチアンブラインドまたは回転ブレードフィルタなどの機械的なフィルタが知られている。特許文献7に開示されているような回転ブレードフィルタの場合、マクロ粒子はターゲットから基板に向かう途中で部分的に反射されるとみなされ、それによって、成長しつつある膜におけるマクロ粒子の到着は遅れるが、完全に妨げられることはない。さらに、回転ブレードアセンブリは、たとえば、一度のバッチで何百もの切削工具が回転可能に搭載され、かつ被覆されると想定される大規模な工業蒸着塗布機には適さない。
【0015】
ベネチアンブラインドを用いた機械的および磁気的な手法を組み合わせたものが特許文献6で提案されており、そこでは、ターゲットから基板へのプラズマの流れの方向において見通し線を部分的に遮るために、平行な薄板のフレームが配置されていた。さらに、それぞれが反対の電流方向を有する薄板と直接隣接している薄板にさらに電流をかけると、ベネチアンブラインドフィルタを通じた基板へのプラズマの流れを増長した電磁場を引き起こすことが、さらに開示されていた。工業規模の蒸着速度の要求に対処しているものの、運転中にフィルタ条件を確実に安定させるために、ベネチアンブラインドの材料は、運転中の熱膨張に対して高い安定性を有する必要があると説明されていた。さらに、マクロ粒子がベネチアンブラインドの薄板に衝突すると考えられる臨界角は、薄板の深さおよび薄板間の間隔の関数として理解できると開示されている。しかしながら、これは、マクロ粒子は説明された臨界角よりも大きい角度でも放出することができ、したがって、基板から効果的に遮られないという事実を回避することなく、フィルタアセンブリ全体の効率に大きな影響を有している。さらに、薄板間の高エネルギーのマクロ粒子の多重衝突は、基板に向かうマクロ粒子の前方散乱を引き起こす。これは、この特定の方法の重大な欠点と理解され得る。
【0016】
磁気フィルタと機械的フィルタとを組み合わせた似たような手法は、特許文献7に開示されている。そこでは、機械的フィルタは、基板に向かうアーク源を遮り、上記のベネチアンブラインドフィルタと同様に作用する1つのメッシュフィルタスクリーンと、アーク源アセンブリの内壁に向けて放出された金属粒子の速度を速めてそれらの方向を変えるためにアーク源アセンブリ内部に設置された磁気フィルタコイルとで構成される。
【0017】
1つのメッシュフィルタスクリーンで構成される上述の機械的フィルタを含む、上述の機械的フィルタ手法では、共通して、マクロ粒子が固体機械的フィルタに衝突する衝撃によってマクロ粒子が減少し、それによって、マクロ粒子は、上記のブレード、薄板、またはメッシュなどのフィルタ要素の堅固な表面ではじかれる。
【0018】
従来技術の真空アークフィルタ技術では、高性能用途においてますます増加する需要に応えるために、優れた接着性および高密度化を左右する、基板表面の凝縮原子またはイオンの高エネルギーを、成長しつつある被覆の極端に低い表面粗さと組み合わせようとされている。たとえば自動車業界では、切削技術、形成動作、航空宇宙産業、またはエレクトロニクスにおいてさえ、他にも理由はあるものの、大部分はマクロ粒子から生じる成長欠陥の量が少ない高品質の被覆が必要とされている。たとえば、自動車業界では、トライボロジー接触条件には、同時に低摩擦係数を示す保護被覆の優れた機械的特性が必要である。同様に、動作中の積極的な表面接触条件を維持するために、切削または成形工具に対しては、保護被覆の表面品質における需要が常に増加傾向にある。
【0019】
この点について、元素状炭素、さまざまな金属の窒化物、炭化物、酸化物、またはホウ化物を含む多くの異なる種類の機能性被覆および組成、ならびにそれらの組み合せが、上記の高性能用途のための可能な解決策であると考えられ得る。
【0020】
しかしながら、上記のフィルタ手法の使用には、依然として、少なくとも2つの重要な欠点がある。これらのフィルタ設計の中には、ターゲット表面から基板に向かうまっすぐな見通し線が完全に遮られるものもあるが、通常、いくつかのマクロ粒子は、依然として基板表面に到達する。これは、特に硬い固体マクロ粒子は、フィルタの堅固な表面、チャンバの壁、真空チャンバにおけるその他の要素において多重散乱にさらされ、かつ、ガス散乱にさらされるという事実による。多くの場合、このような散乱は、粒子がより小さなサイズに分裂し、それらはさらなる散乱を経るという結果になる。この理由は、堅固な表面にほんのわずかのエネルギーしか伝えられないために、マクロ粒子がそのような表面から散乱される場合、粒子がほんの少量しか減少しない高運動エネルギーを有しているということである。多くのフィルタ設計の別の欠点は、フィルタ表面に付着してフィルタ特性を変化させる粒子の除去に費用がかかることである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【文献】US4452686
【文献】US5317235
【文献】US5279723
【文献】US6465780
【文献】US20070034501
【文献】WO2009122233
【文献】CN202022974
【文献】JP20006312764
【非特許文献】
【0022】
【文献】A. Anders,DOI:10.1007/978-0-387-79108-1_6, page 265 ff
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
本発明の目的
本発明の目的は、従来技術の真空アーク処理の上記の限界を解消可能な、アーク蒸着処理のためのマクロ粒子フィルタ装置を提供することである。
【0024】
具体的には、本発明に係るアーク蒸着処理のためのマクロ粒子フィルタ装置は、まず、上述の従来技術に係る機械的フィルタ手法を用いたアーク蒸着処理と比較して大幅に蒸着速度を減じることなく、マクロ粒子の量を削減可能にするべきである。
【0025】
本発明に係るマクロ粒子フィルタ装置は、好ましくは、上述の従来技術水準に係る機械的なフィルタ手法と比較して、マクロ粒子フィルタ装置のメンテナンスにかかる時間を短縮可能にするべきである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明の説明
本発明の目的は、陰極アーク蒸発のためのマクロ粒子フィルタ装置を提供することによって達成され、マクロ粒子フィルタ装置は、真空被覆チャンバにおいて、少なくとも1つのアーク蒸発源と、アーク蒸発源のそれぞれの陰極から蒸発される材料で被覆されるべき少なくとも1つの表面を有する少なくとも1つの基板との間に配置される。フィルタ装置は、陰極アーク蒸発中に陰極によって放出されるマクロ粒子が被覆されるべき基板表面に到達することを防止可能な、少なくとも1つのフィルタ要素を含む。このフィルタ装置は、フィルタ要素が、少なくとも1つの可撓性ネット層を含み、処理温度で熱的安定性を示す可撓性フォイルまたは可撓性ネットであることを特徴とする。
【0027】
該少なくとも1つのフィルタ要素は、少なくとも陰極アーク蒸発中に到達する処理温度で熱的安定性を示す1つ以上の材料で形成され得る。多くのアーク処理のために開示された可撓性フィルタ装置の用途が広いため、発明者は、室温での処理でさえ、つまり、蒸着中にさらに加熱することなく可能になることを発見した。このため、フィルタ要素は、被覆処理中に到達する温度によっては、50°Cを越える、より好ましくは300°Cを越える、もっとも好ましくは600°Cを越える熱的安定性を示す1つ以上の材料で形成されることが好ましい。
【0028】
さらに、可撓性フィルタ要素という言葉は、フレーム構造、および陰極から被覆されるべき基板表面へのマクロ粒子の直線進路を遮る1つ以上の可撓性シートを含むと理解されるべきである。
【0029】
該少なくとも1つの可撓性シートは、たとえば、好ましくは陰極から蒸発するべき材料(以下では、陰極材料と呼ぶ)に対して低接着特性、またはさらには反接着特性を示す材料で形成された、可撓性フォイルまたは可撓性ネット層によって提供可能である。本発明の文脈における「反接着性」または「非接着性」という用語は、特に、陰極材料に対する低接着係数を表しており、陰極によって放出されるマクロ粒子の少なくとも大部分は可撓性フォイルまたは可撓性ネット層に付着しない。好ましくは、この点に関して、基本的にフォイルまたは可撓性ネット層に付着するマクロ粒子が存在しないように、接着係数は低くあるべきである。
【0030】
可撓性フォイルまたは可撓性ネット層は、陰極から被覆されるべき基板表面までのマクロ粒子の直線経路を遮るように設計され、配置されている。少なくとも1つの可撓性ネット層を使用する場合、ネット層はイオンおよび原子に対して半透過性であることが好ましく、したがって、陰極から基板へのマクロ粒子の運搬が効果的に抑制される。
【0031】
少なくとも1つの可撓性フォイルまたは少なくとも1つの可撓性ネット層の使用によるマクロ粒子フィルタリングの原則は、陰極によって放出されたマクロ粒子は可撓性フォイルまたはネット層に衝突する間に最も多くのエネルギー量を失うという考えに基づいている。したがって、マクロ粒子は最終的にチャンバの底部に落下する。マクロ粒子は、第一に、基板表面で成長しつつある膜に組み込まれず、第二に、可撓性フォイルまたはネット層の表面上に付着しない。
【0032】
少なくとも1つのフィルタ要素が可撓性フォイルを含む、本発明の一実施形態によると、陰極の表面から被覆されるべき基板表面までの直線進路において放出されるマクロ粒子に対する透過性は、基本的にゼロである。本発明の文脈における可撓性フォイルのこの特性に言及するために、非透過という用語が使用される。そのような場合には、あらゆる気化された材料については陰極から基板までの直線進路における材料の流れが遮られるが、依然として、イオン化された材料と中性材料とを含む十分な量のプラズマ種が、被覆されるべき基板表面に到達することが可能である。ここでは、この挙動は「まっすぐでないイオン軌道」と呼ばれる。
【0033】
以下でより詳細に説明されるように、本発明の文脈における可撓性フォイルが可撓性ネットまたは可撓性ネット層に存在する開口部を含まないと理解することは重要である。したがって、本発明の現在の説明では、可撓性フォイルは非透過性であると言及される一方で、可撓性ネットまたは可撓性ネット層は、半透過性であると言及される。
【0034】
可撓性フォイルはさらに、処置温度で熱的に安定するべきである。同様に、可撓性フォイルは、上記の理由で、蒸発されるべき陰極材料に対して低接着係数を示すべきである。これらの特性を得るために、可撓性フォイルは、薄い金属シートで形成可能である。Nb、Ta、Mo、W、またはReなどの耐熱金属、およびRu、Os、Rh、Ir、Pd、Pt、Ag、またはAuなどの貴金属は、フォイル材料として好適だと考えられる。また、これらの金属の合金、またはこれらの金属のうちのいずれかと周期表の元素との合金が、本発明の対象である。それぞれの金属フォイルの厚さは材料によって左右されるが、一般に、フォイルの可撓性を維持するように、0.5mmを下回るべきである。本発明の文脈におけるフォイルとして使用される材料は、フォイル材料に対する陰極材料の接着係数を最小限にするために、熟練したユーザによって選択可能である。さらに、ガス雰囲気(たとえば、反応性または非反応性ガス雰囲気)が存在するかどうかなどの処理環境が、材料の選択のために、熟練したユーザによって考慮される必要がある。
【0035】
そのような可撓性フォイルの利点は、マクロ粒子に対する透過性が基本的にゼロである一方で、イオン化された材料および中性材料を含むプラズマ種は可撓性フォイルを迂回可能だということである。
【0036】
本発明の別の好ましい実施形態によると、マクロ粒子フィルタ装置は、マクロ粒子に対して低接着係数を有し、陰極から被覆されるべき基板表面へのマクロ粒子の直線経路を遮る、少なくとも1つの可撓性ネット層を含む。2つ以上の可撓性フィルタネット層のそのような組み合せは、以下では、フィルタネットアセンブリと呼ばれる。
【0037】
マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は、たとえば、少なくとも1層のネット状のファイバー材料201を含み得、ファイバー材料201は、
図1および
図2に概略的に示すように、イオンおよび原子に対して半透過性だが、陰極1から基板9へのマクロ粒子の運搬を抑制する。イオンおよび原子のどちらもフィルタネットアセンブリ2によって送ることができ、そのため、多かれ少なかれ、基板に向かってまっすぐな軌道52を辿る。また、基板に向かって「まっすぐでない」運動を行うイオンは、まっすぐでないイオン軌道51として概略的に示され、フィルタネットアセンブリ2を迂回する。そのようなイオンは、たとえば、任意の角度でターゲット表面における放出、または反応性もしくは非反応性ガス雰囲気でターゲットの近くでイオン化されたガス種によって生じる。
【0038】
フィルタネットアセンブリ2は、到達するマクロ粒子に対して低接着性を有する、可撓性の熱的に安定した少なくとも1つのネット層201を含み、
図1および
図2に示すように、到達するマクロ粒子に対するエネルギーまたは衝撃緩衝器として作用する。1つ以上のアーク蒸発装置1のターゲット表面から放出されたマクロ粒子3は、可撓性フィルタネットアセンブリ2に到達するとき、最初は高速度および/またはエネルギーを有している。そこで、マクロ粒子3は可撓性ネット層201と非弾性衝突し、それによって、反射される3’か、またはネットによって回折される3’’となる。これにより、マクロ粒子の運動エネルギーが効果的に減少する。可能性は低いが、
図2で概略的に示されるように、次のフィルタネットによって反射される3’であるマクロ粒子3’’’がフィルタネット層201を透過することが可能である。マクロ粒子は最終的にチャンバの底部に落下し、基板表面で成長しつつある膜に組み込まれることはない。
【0039】
本発明のマクロ粒子フィルタ装置は、多数の異なるターゲット材料に応用可能であり、反応性および非反応性処理に適している。本発明のフィルタ装置は金属製または複合陰極材料にも応用可能でターゲットに2つ以上の要素を含んでいるが、特に、炭素またはTiB2などの高Tm陰極材料(たとえば、Tmは1200°Cよりも高い)の陰極アーク蒸発は難題であると考えられており、本開示で特に取り組まれるべきである。
【0040】
上述の現象に対処するために、本発明および本発明の好ましい実施形態は、以下でより詳細に説明され、かつ、図面によって例としてサポートされている。以下の説明および例は本発明を限定するのではなく、本発明の理解を助け、かつ、本発明を実際に行う助けとなるよう意図されている。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】アーク蒸発装置(1)と、基板(9)に向かうまっすぐな見通し線を遮る、熱的に安定した可撓性ネットフィルタアセンブリ(2)との、考え得る配置の概略図であり、マクロ粒子の軌道(3)、ならびに透過されたまっすぐなイオンの軌道(52)および迂回させたまっすぐでないイオンの軌道(51)が模式的に示されている図である。
【
図2】1つ以上のマクロ粒子フィルタネット層(201)での反射(3’)、非弾性散乱(3’’)、またはさらには透過(3’’’)を含み得る、マクロ粒子の軌道(3)の概略図である。
【
図3】ファイバー(21)、ストリング(23)、および開口部(25)を含むマクロ粒子フィルタネット層(201)として使用される織物層の概略図である。
【
図4】距離dと、(222’)と示される、ターゲットから基板までの初期見通し線軸(222)からの横方向オフセットを有して配置されている少なくとも2つのマクロ粒子フィルタネット層(201)を含むマクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の模式図である。
【
図5】距離dを有し、個々のマクロ粒子フィルタネット層(201)の少なくとも1つが回転角または傾斜角を有して配置されている、少なくとも2つのマクロ粒子フィルタネット層(201)を含むマクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の模式図である。
【
図6】少なくとも2つの、異なるメッシュサイズのマクロ粒子フィルタネット層(201)および(203)を含むマクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の概略図である。
【
図7】平面形状のマクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の概略図である。
【
図8】湾曲形状のマクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の概略図である。
【
図9】ターゲット表面から基板表面へのマクロ粒子のためのまっすぐな見通し線を遮るために、面法線がターゲットと基板との間のまっすぐな線に対して傾斜している2つのマクロ粒子ネットフィルタ層(201)を含む、マクロ粒子フィルタネットアセンブリの概略図である。
【
図10】それ自体のマクロ粒子フィルタネット層が漏斗形状に配置されている、マクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の模式図である。
【
図11】基板(9)のすぐ近くに位置するマクロ粒子フィルタネットアセンブリ(2)の模式図であり、基板およびフィルタは、この形状例では回転可能である図である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
本発明のさらなる詳細および好ましい実施形態
本発明は、衝突するマクロ粒子材料に対して低接着係数を有し、陰極と基板との間のまっすぐな見通し線が遮られるように配置され少なくとも1つの熱的に安定したフォイルまたは可撓性ネットを使用して、蒸着中に基板表面をマクロ粒子から効果的に保護する。以下の説明のほとんどではフィルタネット層の可能な配置についてより詳細に言及されているが、以下で挙げられる例の多くは、1つ以上の可撓性の非透過性フォイルの使用にも同様に適用可能である。したがって、これも、本発明の特別な場合と考えるべきである。
【0043】
好適な実施形態では、ネット層は、炭素またはシリコン系の材料からなる、数十~数千の個々のファイバー21を含む、個々のストリング23で構成されている。そのような可撓性ネット201の例を、
図3に模式的に示す。本発明は、低接着性の材料からなるネット(またはメッシュ)が可撓性ネットワークを得るように配置されたマルチファイバーアセンブリを含み、それにより、衝突するマクロ粒子の高エネルギーを吸収することができることを強調している。原則として、多かれ少なかれ密な可撓性の低接着性ファイバーの帖を得るために、平行なファイバーの層全体を配置して層ごとに重ねることができる。互いに重なる層の数によって、同様に、ある層の平行なファイバーの向きを次の層に合わせて調節することによって、マクロ粒子に対する透過性および到達する被覆材料を調節可能である。しかしながら、この手法は、複雑な3次元配置および他の取り扱い上の問題がある場合は、調節が困難である。したがって、発明者は、布地に織られたストリングの使用がより好ましいことを発見した。そのような布地は、ほぼ任意の数の使用ストリング、ストリングの向き、および/または結果として生じるメッシュサイズで製造可能である。織物から製造された可撓性ネット層201は、マルチファイバーアセンブリまたはストリング間に開口部25を含む。
図3の選択された例は、個々のストリング23、またはファイバー21間の角度が90°と同等の織物を概略的に示す。これは、好適な可撓性ネット層を得るための1つの可能性だと理解されるべきであるが、本発明を限定すると理解されるべきではない。
【0044】
一実施例では、織物は、炭素、炭化ケイ素、アラミド、またはガラスなどの1種類の材料で形成される。2種類以上のファイバー材料がネットのために使用される場合は、「ハイブリッド織物」という用語が導入されるべきである。ハイブリッドファブリックの場合、炭素、ガラス、またはアラミドファイバー、またはそれらの組み合せからなるいずれかの均質な布地の織物製品が今日では市販されており、たとえば、SGL Technologies GmbH, Germanyで販売されている。
【0045】
一般に、カーボンファイバーなどの布地は大変薄く、ストリングごとに使用されるファイバーの数、ファイバーの直径、それらの織方向および他のパラメータに応じて、衝突するプラズマ種および粒子に対して特殊な浸透性を示す。したがって、2つ以上の、ただし少なくとも1つの、織物層201が本発明のマクロ粒子フィルタ要素に供給される前に互いに重ねられることが、本発明の好ましい実施形態である。この手法を、
図4、
図5、および
図6に概略的に示す。
【0046】
発明者の考えは、光学の物理的原理、特に、光の屈折および回折の物理的原則を機械学の原則、特に、非弾性エネルギーまたは運動量移動と組み合わせて応用して、マクロ粒子のフィルタリングのために使用することである。したがって、発明者は、光学諸特性における光の干渉と同様に、光学原理に沿って、2つ以上の連続する織物層の重なりによって全マクロ粒子フィルタネットの透過性が減少し得ることを発見した。これは、マクロ粒子フィルタネットアセンブリの透過性を最小限にするために個々の織物層をさまざまに組み合わせることによって得ることが可能である。
【0047】
したがって、以下の例は、発明者の考えを限定するものとみなされるべきでなく、2層以上の織物ネット層201を含む、可撓性の非接着性マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2を調節するための可能な配置をいくつか提供するものである。例は、示されたフィルタ形状、層の数などに限定されるべきではない。
【0048】
図4:ある例では、可撓性の非接着性マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は、たとえば、個々の織物ネット層間で小さな間隔dを有して互いに位置決めされた、2層の可撓性織物201を含む。間隔dは、たとえば、数ミリメートルでもよいが、ゼロでもよい。したがって、2つの織物ネット層201のうちの1つは、ターゲットから基板までの初期見通し線軸222から横方向にわずかにずらして配置されており、これは222’で示される。これにより、開口部25を通じて第1の可撓性織物ネット層を透過するであろうマクロ粒子は、第2の(またはそれ以降の)織物ネット層によって「捕らえられる」。したがって、全マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2の透過性は、先に説明したような干渉現象に類似して最適化される。
【0049】
図5:別の例では、可撓性の非接着性マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は、たとえば、個々の織物ネット層間でターゲットから基板までの見通し線222において小さな間隔dを有して互いに位置決めされた2層の可撓性織物201を含む。この例示的な配置では、したがって、少なくとも1層が第1の織物ネット層からストリングの垂直な向きに対して任意の角度αでわずかに傾斜し、これによって、説明したように、全マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2の透過性を調節することができる。
【0050】
図6:別の実施形態では、可撓性の非接着性マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は、たとえば、可撓性織物201および203からなる2層を含む。織物層はそれぞれ異なるメッシュサイズを呈するが、これは、たとえば、ストリングの数または直径を変えることによって達成できる。示された例では、織物201と比べて、織物203は2倍の数のストリングを呈するが、ストリングごとのそれぞれのファイバーの数は少ない。結果として生じる、数は多いが大幅に小さなサイズの開口部25によって、説明したように、全フィルタネットアセンブリ2の透過性が大幅に減少する。
【0051】
上述の例は、個別に適用されると同時に、いかようにも組み合わされるものとされている。
【0052】
発明者は、カーボンファイバーまたは炭化ケイ素ファイバーおよび他の熱的に安定した材料が本発明のマクロ粒子フィルタネットに好適であると発見した。ファイバー材料は、蒸発した材料に対して低接着性を示すべきであり、したがって、使用される特定のターゲット材料に対して選択することが可能である。たとえば、炭素または炭化ケイ素の場合、溶融したまたは固体の金属粒子に対する接着力が低いために、多くの種類の金属の接着性は大変低い。炭素、TiB2、またはWCなどの他のターゲット材料も、カーボンファイバーに対して低接着性を示す。
【0053】
溶融したまたは固体のマクロ粒子に対して低接着係数を有する可撓性の熱的に安定したシートを、個々の元素の溶融温度(Tm)に大きな相違を有する多元素ターゲットの場合に、または、同様に、全てのターゲット要素が大変低いまたは大変高いTmを示す場合に効果的に使用できることが、本発明のさらなる実施形態である。全ての場合において、本発明のマクロ粒子フィルタ装置は、可撓性によって、衝突するマクロ粒子のエネルギーを効果的に減らす。さらに、溶融した種がマクロ粒子フィルタネットに接着することは、使用されるシート材料の接着係数が低いために、ほぼ避けられる。多元素ターゲットは、基本的に、好ましくはIV、VおよびVI族、ならびにSi、C、O、NおよびAlの、元素の周期表の元素の群からのいかなる組み合せでも効果的に構成される。したがって、本発明のマクロ粒子フィルタ装置のメンテナンス周期を、大幅に長くすることが可能である。
【0054】
真空アークの場合の一例として、一般的な高Tm材料炭素(または、以下ではC)の処理について言及するべきである。通常、正方晶系非晶質炭素(ta‐C)などの任意の種類の炭素被覆、またはドープされ、かつドーパントを含まないダイヤモンド状の炭素被覆(たとえば、DLC、a‐C:H、金属ドープa‐C:H)を得るようなグラファイトターゲットの真空アーク処理によって、プラズマが発生するだけでなく、高温および高運動エネルギーを有する、堅固で弾性のあるマクロ粒子が大量に生じる。しかしながら、そのようなC-マクロ粒子を成長しつつある被覆に組み込むことは好ましくない。なぜなら、C-マクロ粒子は基板表面に到達したときはほぼ剛性であり、基板または成長しつつある膜に対する接着係数が低いからである。通常、これらのC-マクロ粒子は被覆の成長中に到達する炭素蒸気によって埋め込まれて過剰に成長しているが、被覆のマトリックスに強力に接合しているわけではない。依然として、マクロ粒子により誘導された表面粗さを、蒸着後にたとえばブラッシングによって減らすことは困難であると同時に、多くの時間および費用を要する。可撓性の熱的に安定した、炭素粒子に対して低接着性を有するフィルタフォイルまたはネット層を含む本発明のマクロ粒子フィルタ装置を使用することにより、基板表面に到達するマクロ粒子の数を大幅に減らすことができる。たとえば、0.5μmより大きな臨界サイズを超えるC‐マクロ粒子が被覆の品質にきわめて重要であるとみなされる場合、異なるメッシュサイズを有する2つ以上の織物ネット層を組み合わせることにより、この閾値を超える、到達するマクロ粒子を効果的に削減して選択することが可能になる。
【0055】
同じことが、必要な変更を加えて、たとえば、アルミニウム合金(TiAl、AlCr、AlHf,NiAl、NiAlCrなど)またはタングステン合金(たとえば、WC、WMoなど)などの全ての種類の複合ターゲットに当てはまり、個々の元素または化合物の異なるまたは高いTmは、真空アーク処理中のマクロ粒子の放出に対して異なる傾向を示す。
【0056】
本発明の別の態様は、したがって、可撓性の熱的に安定したマクロ粒子フィルタフォイルまたはネットを、使用されるガス雰囲気および処理温度によって、上述のさまざまな材料から構成できるということである。本発明の好ましい実施形態では、可撓性の熱的に安定したマクロ粒子フィルタ装置を不活性雰囲気で使用する(たとえば、アルゴンもしくはネオンガス雰囲気、または、処理ガスを含まない真空条件)。さらに、本発明のマクロ粒子装置の動作について、熟練したユーザは、反応性処理雰囲気(たとえば、窒素、酸素、アセチレンなど)中に物理的または化学的反応のために機械的および/または化学的特性を低下させないシート材料に適した材料を選択することができる。したがって、シート材料の酸化を回避することが可能になり、たとえば、1つ以上の織物の場合にネット層が使用されるとき、酸素雰囲気で動作中にカーボンファイバーではなくガラスファイバーが選択される。
【0057】
可撓性で低接着の、および熱的に安定したフォイルまたはネット層を含む本発明のマクロ粒子フィルタ装置の別の実施形態は、使用可能なさまざまな処理温度において見出すことができる。ベネチアンブラインドなどの最新式の粒子フィルタと比較して、低接着で熱的に安定した材料からなる少なくとも1つのフォイルまたは織物層の可撓特性は、低熱膨張を示す。したがって、本発明のマクロ粒子フィルタ装置は、自動車業界において感温鋼鉄のために使用される、たとえば200°Cより低い比較的低い蒸着温度で、またはさらには50°Cなどの低温、および、たとえば、超硬合金切削工具のために使用される450°Cを越える処理温度で使用可能である。
【0058】
いくつかの用途では、たとえば、フィルタに向かう荷電プラズマ種を加速するために、または、マクロ粒子フィルタ装置の静電荷を避けるために、マクロ粒子フィルタ装置に電圧を印加することは有効であり得る。したがって、シート材料が導電性を呈し得ることが、本発明の実施形態である。
【0059】
本発明のマクロ粒子フィルタ装置がターゲットの任意の磁気配置に限定されないことについて、さらに説明するべきである。この文脈での不規則なアーク運動は、操作されたアークとも呼ばれる、制御されたアークスポット移動が、たとえば、ターゲット表面のまたはその近辺のさらなる磁場によって制御される一方で、ターゲット表面でアークの不規則な移動が発生していることを示す。不規則なアーク運動および制御されたアーク運動の両方が、本発明のマクロ粒子フィルタ装置のための好適な動作条件であることが分かる。
【0060】
図1、
図2、
図7、
図8、
図9、
図10、または
図11に例として示すように、マクロ粒子フィルタ装置が1つ以上のアーク蒸発装置1および1つ以上の基板9の間に位置していることが、本発明の通常の実施形態である。さらに、本発明のマクロ粒子フィルタ装置は、1つ以上の可撓性シートおよびフレーム構造を含み、これによって、マクロ粒子フィルタシートの機械的安定性を確保している。このフレーム構造(ここでは図示せず)は、当業者によって判断されるように、それぞれの処理環境にふさわしいと考えられる任意の金属、金属合金、セラミック、または複合材料で構成することができる。フレーム材料の好適な例は、たとえば、ステンレス鋼、プラチナ、アルミナ、カーボンファイバーで強化された材料である。
【0061】
本発明の別の実施形態では、マクロ粒子フィルタ装置を1つ以上のアーク蒸発装置と1つ以上の基板との間のまっすぐな見通し線から移動させることができる。シャッターシステムと同様に、この動きは、たとえば、ターゲットから基板への直線方向に対して横方向にまたは縦方向に、マクロ粒子フィルタ装置を振り動かすことによって行われる。可撓性マクロ粒子フィルタフォイルまたはネットをフレーム構造に搭載することも可能であり、これは、特定の処理ステップで、オペレータまたはシステムによって自動的に折り畳むことができる。上記の場合は、マクロ粒子フィルタ装置は、全処理のうち特定の時間だけ作用している。
【0062】
原則として、示された個々のアーク蒸発装置1は全て同じターゲット材料を備え得るが、個々のアーク蒸発装置は、意図された被覆組成および/または構造によって、異なるターゲット材料を呈し得る。
【0063】
本発明の一実施形態では、
図7または
図8に概略的に示すように、マクロ粒子フィルタフォイルまたはネットアセンブリ2は、少なくとも、1つ以上のアーク源1のおおよその寸法の横方向寸法を示す。本発明のマクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は平面でも(
図7)湾曲していてもよく(
図8)、これによって、ターゲットから基板までのまっすぐな見通し線を妨げる条件を満たす限り、特定のサイズまたは幾何学形状に制限されない。同じことが、必要な変更を加えて、可撓性フィルタシートとしてのフォイルの利用に当てはまる。
【0064】
本発明の別の実施形態では、マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は少なくとも2つの織物層201を含み、これらの織物層は、ターゲットから基板までのまっすぐな見通し線が妨げられ、かつ、個々の層201の面法線がターゲットと基板との間のまっすぐな線に対して傾斜するように、距離dだけ互いにずらされている。これにより、個々のフィルタネット層201においてマクロ粒子が衝突する。高エネルギーのマクロ粒子が前方散乱を経ると、マクロ粒子は1つ以上のフィルタネット層201でエネルギーを失い、それによって、基板9に向けて送られることはない。この構成を、上記の説明のフィルタネットに代えてフォイルの使用にも採用することができる。
【0065】
本発明のマクロ粒子フィルタネットアセンブリ2の他の可能な配置を、例として
図10に示す。
図10では、マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は、漏斗の形で位置決めされた少なくとも3つの個々のフィルタ層201を含む。このフィルタネットの配置によってマクロ粒子が効果的に捉えられ、本発明のフィルタネット内で多重衝突が連続する一方で、イオン51のための「開いた」軌道により、基板表面9へのプラズマ種の到達速度が速くなる。
【0066】
上記と同じ本発明の手法に従って、可撓性の熱的に安定したマクロ粒子フィルタネットアセンブリ2が、ターゲットから基板までのまっすぐな見通し線を妨害する。ここでは、マクロ粒子フィルタ装置は基板9の近くに配置することができ、特に、マクロ粒子フィルタの構成要素は、基板と「共に」、たとえば、回転式コンベアに搭載可能である。1つ以上の基板9は、真空チャンバに静的に搭載可能であるが、代替として、基板は一重、二重、または三重に回転可能である。この場合、マクロ粒子フィルタ装置も回転される態様で搭載可能である。これは、当業者に知られている高性能の基板固定コンセプトを利用することによって達成可能である。しかしながら、マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2は必ずしも真空チャンバ内で静止しているわけではなく、処理中に回転されるように搭載可能であることは、本発明の特定の実施形態である。この手法は、
図11に示すように、マクロ粒子フィルタネットアセンブリ2が基板9を囲んでいる場合にも実現可能である。
【0067】
上述の実施形態は、本発明の対象から離れることなく、単独でまたは互いに組み合わせて達成可能である。
【0068】
特に、本発明は以下を開示する。
真空被覆チャンバにおいて陰極アーク蒸発によって生成されたマクロ粒子をフィルタにかけるためのフィルタ装置であって、フィルタ装置は少なくとも1つのマクロ粒子フィルタ要素を備え、マクロ粒子フィルタ要素がアーク蒸発源に含まれる陰極と真空被覆チャンバ内で陰極の表面の前方に配置された基板表面との間に配置されたときに、少なくとも1つのマクロ粒子フィルタ要素は、陰極の蒸発中に放出されるマクロ粒子が基板表面に到達することを防ぐことが可能である。マクロ粒子フィルタ要素は1つ以上の可撓性シートを有するフレーム構造として供給される。フィルタ装置は、特に、それらの可撓性シートの1つ以上は、1つ以上の可撓性ネット層を含むフィルタネットアセンブリとして供給される。
【0069】
直前で説明したフィルタ装置の好ましい実施形態において、全ての可撓性シートは、1つ以上の可撓性ネット層を含むフィルタネットアセンブリとして供給される。
【0070】
直前で説明したフィルタ装置のさらに好ましい実施形態において、可撓性フィルタネット層は、蒸発されるべき陰極材料に対して低接着係数を示すように、特に、炭素、ボロン、もしくは窒素系の材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、ならびに/または、元素の周期表のIV、VおよびVI、およびSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、1つ以上の材料で形成されている。
【0071】
上述のフィルタ装置の1つ以上の好ましい実施形態において、1つ以上のマクロ粒子フィルタネット層は、炭素、炭素系ファイバー材料、炭化ケイ素、シリコン系ファイバー材料、アラミドおよびガラスのうちの1つ以上の材料で構成される少なくとも1つの織物層を含む。全てのマクロ粒子フィルタネット層が上述のように織物層を含むことも可能であり、さらには望ましい場合もある。
【0072】
1つ以上の可撓性シート、好ましくは全てのシートは、50°Cを越える熱的安定性を示すように、1つ以上の材料で形成されるべきである。
【0073】
さらに好適な可撓性を達成するために、上述の熱的安定性が300°Cを越え得ることが好ましい。
【0074】
蒸発されるべき陰極材料に対して低接着係数を示すように、特に、炭素、ボロン、または窒素系材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、ならびに/または、元素の周期表のIV、VおよびVI族、およびSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料を含む陰極材料に対して低接着係数を示すように、少なくとも1つの可撓性シートを1つ以上の材料で形成された可撓性フォイルとして供給することが便利な場合がある。
【0075】
特に、1つ以上の可撓性フォイルは、Nb、Ta、Mo、W、Re、Ru、Os、Rh、Ir、Pd、Pt、Ag、Auのうちの1種類の金属もしくは合金、または、これらのうち1つと周期表の別の元素との合金から形成される任意の合金から形成され得る。
【0076】
本発明は、さらに以下を開示する。
真空被覆チャンバで陰極アーク蒸発によって生成されたマクロ粒子がフィルタにかけられる陰極アーク蒸発方法であって、マクロ粒子をフィルタにかけるために、上述の実施形態の1つに係る1つ以上のフィルタ装置が使用されることを特徴とし、フィルタ装置の少なくとも1つは少なくとも1つのアーク蒸発源と少なくとも1つの被覆されるべき基板表面との間に配置される。材料がアーク蒸発源に含まれる陰極から蒸発させられ、陰極から被覆されるべき基板表面に対するマクロ粒子の直線進路が遮られるように、フィルタ装置が配置される。
【0077】
直前で説明した本発明の方法の好ましい実施形態によると、フィルタ装置の透過性が異なるメッシュサイズ、異なるファイバー直径、異なるストリングの数、異なるストリングの向き、またはそれらの組み合せのフィルタネット層の組み合せによって調節されたように、少なくとも1つのアーク蒸発源と少なくとも1つの被覆されるべき基板表面との間に配置されたフィルタ装置の少なくとも1つは、1つ以上の可撓性フィルタネット層を含むフィルタネットアセンブリとして設けられる可撓性シートを含む。
【0078】
好ましくは、少なくとも1つの陰極は、炭素、ボロン、または窒素系材料を含む材料で形成されている。
【0079】
上述の方法の好ましい実施形態によると、少なくとも1つの陰極は、元素の周期表のIV、V、およびVI族ならびにSi、C、O、NおよびAlから選択される複合材料で形成される。
【0080】
上述の方法のさらに好ましい実施形態によると、陰極材料は、1200°Cよりも高い融点を有している。
【0081】
本発明の方法のより好ましい実施形態によると、1つ以上のマクロ粒子フィルタ要素が1つ以上の被覆されるべき基板表面を囲むように設けられる。
【0082】
少なくとも1つのマクロ粒子フィルタ要素が、回転運動を行えるように、かつ、陰極アーク蒸発中に回転されるように搭載されることも有利であり得る。
【0083】
さらに、少なくとも1つのフィルタ装置がフィルタ装置の運動を可能にする処理チャンバ内に搭載され、蒸発されている陰極から被覆されるべき基板表面へのまっすぐな見通し線が開かれるようにフィルタ装置が陰極アーク蒸発中に移動されることも、有利であり得る。
【符号の説明】
【0084】
1 アーク蒸発装置、2 マクロ粒子フィルタネットアセンブリ、9 基板、21 ファイバー、23 ストリング、25 開口部、51、52 軌道、201、203 ネット層、222、222’ 見通し線軸。