(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-09
(45)【発行日】2022-11-17
(54)【発明の名称】ナノポア形成方法及び分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20221110BHJP
H01L 21/306 20060101ALI20221110BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20221110BHJP
B82Y 35/00 20110101ALI20221110BHJP
B01J 19/08 20060101ALI20221110BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20221110BHJP
C12M 1/34 20060101ALN20221110BHJP
C12Q 1/6869 20180101ALN20221110BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
H01L21/306 E
B82Y40/00
B82Y35/00
B01J19/08 C
C12M1/00 A
C12M1/34 Z
C12Q1/6869 Z
(21)【出願番号】P 2018232501
(22)【出願日】2018-12-12
【審査請求日】2021-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳 至
【審査官】中村 泰三
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-187626(JP,A)
【文献】特開平04-120733(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0080072(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0060276(US,A1)
【文献】特開2000-193672(JP,A)
【文献】特開2011-199062(JP,A)
【文献】国際公開第2016/129111(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/097765(WO,A1)
【文献】特表2018-523753(JP,A)
【文献】特表2018-534772(JP,A)
【文献】国際公開第2016/181465(WO,A1)
【文献】MATSUI, Kazuma, et al.,Static charge outside chamber induces dielectric breakdown of solid-state nanopore membranes,Japanese Journal of Applied Physics,日本,2018年03月19日,Vol. 57 No. 4,P. 046702.1-046702.8
【文献】柳 至 , 外,2ステップ絶縁破壊によるナノポア形成-薄膜部分の形成と該部分の貫通によるナノポア形成-,2018年 第79回 応用物理学会秋季学術講演会[講演予稿集],日本,2018年,P. 11-025
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00
H01L 21/306
B01J 19/08
B82Y 40/00
B82Y 35/00
C12M 1/00
C12M 1/34
C12Q 1/6869
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の水溶液及び第2の水溶液間にSiNx膜を配置することと、
第1の電極を前記第1の水溶液に接触させ、第2の電極を前記第2の水溶液に接触させることと、
前記第1の電極及び前記第2の電極に電圧を印加することと、を含み、
前記SiNx膜は、組成比が1<x<4/3であり、
前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液の少なくともいずれか一方は、pH10以上であ
り、
前記SiNx膜の膜密度は、2.8g/cm
3
以上3.2g/cm
3
以下であることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項2】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液の少なくともいずれか一方は、pH11よりも大きいことを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項3】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記第1の電極及び前記第2の電極間を流れる電流が所定の閾値電流に到達した時点で、前記電圧の印加を停止することをさらに含むことを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項4】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記SiNx膜の応力は、600Mpa以上であることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項5】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記SiNx膜は、1/200に希釈されたHF水溶液によるエッチングレートが0.5nm/min以下であることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項6】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記SiNx膜の膜厚は、5nm以上100nm以下であることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項7】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液は、KCl、LiCl、NaCl、CaCl
2、MgCl
2、CsClのうちの少なくとも1種が溶解していることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項8】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記第1の水溶液がpH10以上であり、前記第2の水溶液がpH10未満である場合、前記電圧は、前記第1の水溶液の電位が前記第2の水溶液の電位よりも低くなるように、前記第1の電極及び前記第2の電極に印加されることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項9】
請求項1のナノポア形成方法において、
前記SiNx膜の表面もしくは内部に、前記SiNx膜と異なる膜が積層されていることを特徴とするナノポア形成方法。
【請求項10】
ナノポアを用いて測定対象物を分析する方法であって、
第1の水溶液及び第2の水溶液間にSiNx膜を配置することと、
第1の電極を前記第1の水溶液に接触させ、第2の電極を前記第2の水溶液に接触させることと、
前記第1の水溶液又は前記第2の水溶液に測定対象物を含有させることと、
前記第1の電極及び前記第2の電極に電圧を印加することにより、前記SiNx膜に前記ナノポアを形成することと、
前記測定対象物が前記ナノポアを通過する際の前記第1の電極及び前記第2の電極間の電流値を測定することで、前記測定対象物の分析を行なうことと、を含み、
前記SiNx膜は、組成比が1<x<4/3であり、
前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液の少なくともいずれか一方は、pH10以上であ
り、
前記SiNx膜の膜密度は、2.8g/cm
3
以上3.2g/cm
3
以下であることを特徴とする分析方法。
【請求項11】
請求項
10の分析方法において、
前記第1の水溶液がpH10以上であり、前記第2の水溶液がpH10未満である場合、前記測定対象物は、前記第2の水溶液に含有されることを特徴とする分析方法。
【請求項12】
ナノポアを用いて測定対象物を分析する方法であって、
第1の水溶液及び第2の水溶液間にSiNx膜を配置することと、
第1の電極を前記第1の水溶液に接触させ、第2の電極を前記第2の水溶液に接触させることと、
前記第1の電極及び前記第2の電極に電圧を印加することにより、前記SiNx膜に前記ナノポアを形成することと、
前記ナノポアの形成後、前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液の少なくとも一方を、前記測定対象物を含有した水溶液に置換することと、
前記測定対象物が前記ナノポアを通過する際の前記第1の電極及び前記第2の電極間の電流値を測定することで、前記測定対象物の分析を行なうことと、を含み、
前記SiNx膜は、組成比が1<x<4/3であり、
前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液の少なくともいずれか一方は、pH10以上であ
り、
前記SiNx膜の膜密度は、2.8g/cm
3
以上3.2g/cm
3
以下であることを特徴とする分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ナノポア形成方法及び分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水溶液中に存在する分子や粒子の検出や解析を行う手段として、ナノポアデバイスを用いた技術が検討されている。ナノポアデバイスは、メンブレンに、検出対象となる分子や粒子と同程度の大きさの孔(ナノポア)を設け、メンブレンの上下に設けられたチャンバを水溶液で満たし、両チャンバ中の水溶液に接触するよう電極を設けたものである。チャンバの片側に検出対象物を導入し、電極間に電位差を与えて電気泳動させることによりナノポアを通過させ、両電極間に流れるイオン電流(封鎖信号)の時間変化を計測することで、検出対象物の通過を検出したり、検出対象物の構造的な特徴を解析したりすることができる。
【0003】
ナノポアデバイスの製造において、機械的強度が高いこと等の理由から、半導体基板や半導体材料を半導体プロセスにより加工してナノポアを形成する方法が注目を集めている。このようなナノポア形成方法として、例えば非特許文献1には、メンブレンとしてシリコン窒化膜(SiNx膜)を用い、TEM(transmission electron microscope)装置を用いて、電子ビームの照射面積をメンブレン上に小さく絞り、エネルギーや電流をコントロールすることで、直径が10nm以下のナノポアを形成することが開示されている。
【0004】
また、特許文献1、非特許文献2~4には、メンブレンの絶縁破壊を利用したナノポア形成方法が開示されている。これらの方法においては、まず、孔の空いていないSiNxメンブレンを挟む上下のチャンバに水溶液を満たし、各チャンバの水溶液中に電極を浸し、両電極間に高電圧を印加し続ける。電極間の電流値が急激に上昇して(メンブレンが絶縁破壊して)、予め設定したカットオフ電流値に到達したところでナノポアが形成されたと判断し、高電圧の印加を停止することで、ナノポアを形成する。本ナノポア形成方式は、TEM装置を用いたナノポア形成に比べ、製造コストが大幅に削減され、スループットが向上するという利点がある。また、本ナノポア形成方式は、メンブレンにナノポアを形成した後、メンブレンをチャンバから取り外すことなく検出対象物の測定に移行できる。そのため、ナノポアが大気中の汚染物質に曝されることがなく、測定時のノイズが少なくなるという利点がある。
【0005】
ナノポアを用いた測定の用途として、DNAの塩基配列の解読(DNAシーケンシング)がある。すなわち、DNAがナノポアを通過する際のイオン電流の変化を検出することで、DNA鎖中の4種塩基の配列の決定をするという方法である。
【0006】
ナノポアを用いた測定の別の用途としては、水溶液中の特定対象物の検出及び計数がある。例えば非特許文献5には、水溶液中に存在する特定配列のDNAのみにPNAとPEGとを結合させ、PNA及びPEGが修飾されたDNAがナノポアを通過する際のイオン電流の変化を測定することで、特定配列を有するDNAの検出や計数を行うことが開示されている。
【0007】
このようなナノポア計測においては、メンブレンに電圧を印加しながら対象物の計測を行なうため、メンブレンへの印加電圧に対する破壊耐圧(以後、絶縁破壊耐圧と称する)が高いことが望ましい。つまり、ナノポア計測において、計測に必要な電圧を長時間印加しても絶縁破壊されにくいメンブレンを用いることが望ましい。また、計測前のセットアップ時に発生した静電気によって高電圧がメンブレンに印加され、メンブレンが絶縁破壊するという現象も知られている(非特許文献6)。このような静電気由来の高電圧による絶縁破壊を防ぐためにも、絶縁破壊耐圧が高いことが望ましい。従って、高電圧が印加されても絶縁破壊されにくいメンブレンが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Jacob K Rosenstein, et al., Nature Methods, Vol.9, No.5, 487-492 (2012)
【文献】Harold Kwok, et al., PloS ONE, Vol.9, No.3, e92880. (2013)
【文献】Kyle Briggs, et al., Nanotechnology, Vol.26, 084004 (2015)
【文献】Kyle Briggs, et al., Small, 10(10):2077-86 (2014)
【文献】Trevor J. Morin, et al., PLoS ONE 11(5):e0154426. doi:10.1371/journal.pone.0154426(2016)
【文献】Kazuma Matsui, et al., Japanese Journal of Applied Physics, Vol.57, No.4 (2018)
【文献】Itaru Yanagi, et al., Scientific Report, 8, 10129 (2018).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、非特許文献2~4の方法によって、絶縁破壊耐圧の高いSiNxメンブレン(1<x<4/3)に対して絶縁破壊を利用したナノポアの形成を試みても、単一のナノポアを形成することが困難であることが分かった。
【0011】
そこで、本開示は、絶縁破壊耐圧の高いメンブレンに対して、絶縁破壊により単一のナノポアを安定して形成する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示のナノポア形成方法は、第1の水溶液及び第2の水溶液間にSiNx膜を配置することと、第1の電極を前記第1の水溶液に接触させ、第2の電極を前記第2の水溶液に接触させることと、前記第1の電極及び前記第2の電極に電圧を印加することと、を含み、前記SiNx膜は、組成比が1<x<4/3であり、前記第1の水溶液及び前記第2の水溶液の少なくともいずれか一方は、pH10以上であることを特徴とする。
【0013】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではないことを理解する必要がある。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、絶縁破壊耐圧の高いメンブレンに対して、絶縁破壊により単一のナノポアを安定して形成することができる。
上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】第1の実施形態に係るナノポア形成方法のための装置構成を示す模式図である。
【
図9】第2の実施形態に係る積層膜の構造を示す模式図である。
【
図10】第3の実施形態に係る電圧印加方法を説明する図である。
【
図11】第4の実施形態に係る電圧印加方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施の形態を説明するための全図において同一機能を有するものは同一の符号を付すようにし、その繰り返しの説明は可能な限り省略するようにしている。以下、本開示の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。実施例に記載するデバイスの構造及び材料は、本開示の思想を具現化するための一例であり、材料及び寸法などを厳密に特定するものではない。また実施例に記載する具体的な電圧値や電流値、電圧印加時間は、本開示の思想を具現化するための一例であり、それらを厳密に特定するものではない。
【0017】
[第1の実施形態]
図1(a)は、第1の実施形態に係るナノポア形成方法のための装置の構成を示す模式図である。
図1(a)に示すように、ナノポア形成方法のための装置は、Si基板100、SiNx膜101、SiO
2膜102、SiNx膜103、Oリング104、第1のチャンバ105、第2のチャンバ106、電極109及び110(第1の電極及び第2の電極)、配線111、並びに制御部112を備える。
【0018】
Si基板100、SiNx膜101、SiO2膜102及びSiNx膜103は、この順に配置される。SiNx膜103の上面及びSi基板100の下面には、それぞれOリング104が配置され、これらOリング104により第1のチャンバ105及び第2のチャンバ106が密閉される。
【0019】
SiNx膜101は、
図1(a)の点線枠内に示すように、SiNxメンブレン113(膜)を有する。SiNxメンブレン113は、ナノポアが形成される箇所であり、その上下にSi基板100及びSiO
2膜102が存在せず、上面及び下面がそれぞれ第1の水溶液107及び第2の水溶液108に接触する。
【0020】
なお、上述の構造のうち、SiO2膜102及びSiNx膜103は、SiNxメンブレン113の領域(大きさ)を調整するためのものであり、必須ではない。つまり、SiO2膜102及びSiNx膜103があっても無くてもよい。また、Si基板100も、SiNx膜101及びSiNxメンブレン113を支持する部材として存在している。そのため、Si基板100は、Si以外の別の材料で構成された部材であっても良い。
【0021】
図1(b)は、ナノポア形成方法のための装置の他の構成を示す模式図である。
図1(b)に示されるように、Si基板100を用いず、そしてSiO
2膜102及びSiNx膜103も配置せず、SiNx膜101を第1のチャンバ105と第2のチャンバ106に直接するセットアップでもよい。すなわち、対象となるSiNxメンブレン113を介して上下の第1の水溶液107と第2の水溶液108とが分離されていればよい。
【0022】
SiNxメンブレン113の組成比xは、1<x<4/3である。組成比xは、X線光電子分光(XPS)分析又は二次イオン質量分析法(SIMS)により、膜の表面もしくは裏面から厚み方向に複数箇所測定した値の平均値とする。なお、
図1(a)のような場合、SiNxメンブレン113の領域が小さいと組成比xの測定が困難な場合もある。その場合は、SiNx膜101のうち、SiNxメンブレン113部分以外の領域の組成比xを測定することで、SiNxメンブレン113の組成比xを知ることができる。
図1(a)及び
図1(b)から分かるように、SiNx膜101の一部をSiNxメンブレン113と称しているだけであり、SiNx膜101とSiNxメンブレン113は、同一の成膜工程で形成された同一部材からなる単一の膜である。従って、SiNx膜101のうち、SiNxメンブレン113の部分以外の領域の組成比xと、SiNxメンブレン113の部分の組成比xは同じである。
【0023】
SiNxメンブレン113の組成比xの測定方法として、例えば、
図1(a)の場合、Si基板100上のSiO
2膜102及びSiNx膜103をエッチングにより除去し、Si基板100上のSiNx膜101を露出させた後、SiNx膜101を表面から深さ方向にエッチングするごとにXPS測定をすることで、膜中の各深さでの組成比xを計測することができる。そして、この計測された組成比xを、SiNxメンブレン113の組成比と考えてよい。
【0024】
なお、組成比xを測定する場所は、水平方向に関してはSiNx膜101の任意の箇所でよい。また、SiNx膜101の厚み方向(深さ方向)における測定間隔は、例えば0.2~3nm間隔とすることができる。
【0025】
第1のチャンバ105には、水溶液導入口114及び水溶液出口115が設けられ、水溶液導入口114から第1の水溶液107が導入される。第2のチャンバ106には、水溶液導入口116及び水溶液出口117が設けられ、水溶液導入口116から第2の水溶液108が導入される。第1の水溶液107及び第2の水溶液108の詳細については後述する。
【0026】
電極109(第1の電極)は、第1のチャンバ105内の第1の水溶液107に接触するように配置され、電極110(第2の電極)は、第2のチャンバ106内の第2の水溶液108に接触するように配置される。電極109及び110は、配線111により制御部112に接続される。電極109及び110は、例えば銀/塩化銀電極である。
【0027】
図示は省略しているが、制御部112は、電極109及び110に電圧を印加するための電源や、電極109及び110間の電流を測定するための電流計を備え、これらを制御する。また、制御部112は、例えば、電極109及び110間の電流値が所定の閾値電流に到達した時点で、電圧の印加を停止するといった制御を行う。さらに、制御部112は、ユーザが上記閾値電流を設定するための入力部や、入力部に入力された情報や測定結果等を記憶する記憶部、測定条件や測定結果等を表示する表示部などを有していてもよい。
【0028】
本実施形態に係るナノポア形成方法は、
図1のセットアップを用いて、特許文献1や非特許文献2~4に記載の方法と同様に絶縁破壊方式によりナノポアを形成する方法である。絶縁破壊方式とは、一定の電圧を電極109及び110に印加し続けながら、電極109及び110間に流れる電流を計測し、SiNxメンブレン113の絶縁破壊により電極間の電流値が急激に上昇して、予め設定した所定の閾値電流に到達した時点でナノポアが形成されたと判断し、電圧の印加を停止することで、SiNxメンブレン113にナノポアを形成する方法である。
【0029】
換言すれば、本実施形態のナノポア形成方法は、第1の水溶液107及び第2の水溶液108間にSiNxメンブレン113を配置することと、電極109を第1の水溶液107に接触させ、電極110を第2の水溶液108に接触させることと、電極109及び110に電圧を印加することと、を含む。
【0030】
本実施形態において、第1の水溶液107及び第2の水溶液108は、それぞれpH10以上とする。第1の水溶液107及び第2の水溶液108として、例えばKCl水溶液を用いることができる。KCl水溶液以外に、LiCl、NaCl、CaCl2、MgCl2、CsCl等の水溶液を用いても、単一のナノポア形成が可能である。
【0031】
第1の水溶液107及び第2の水溶液108の濃度は、例えば1Mとすることができるが、1Mより濃くても(例えば1M以上3M以下)よいし、1Mより薄くても(例えば0.001M以上1M以下)よく、pHが10以上(SiNxメンブレンの膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい)であれば、単一のナノポアを形成可能である。
【0032】
以下、絶縁破壊方式によるナノポア形成について実験内容を交えてより詳細に説明する。
【0033】
<実験例1:絶縁破壊方式によるナノポア形成>
(比較例1)
比較例1においては、
図1のセットアップを用いて、上記の絶縁破壊方式によりナノポアの形成を試みた。
【0034】
具体的には、
図1(a)のセットアップで、SiNxメンブレン113として、厚みを20nm、組成比xを1<x<4/3のSiNxメンブレンを用い、SiO
2膜102の厚みを250nm、SiNx膜103の厚みを100nmとした。第1のチャンバ105及び第2のチャンバ106には、それぞれ第1の水溶液及び第2の水溶液として、pH7.5に調整された濃度1MのKCl水溶液を導入した。
【0035】
所定の閾値電流を0.3×10-6Aとして、電流値が0.3×10-6Aに到達したら電極109及び110に対する電圧の印加を停止するように制御部112に設定し、電極109に0V、電極110に20Vを印加して、ナノポアの形成を試みた。
【0036】
電圧印加時の電流値を測定し、また、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。結果を
図2に示す。
【0037】
図2(a)は、比較例1における電圧印加時の電極間電流値(A)を示すグラフである。
図2(a)に示すように、電圧印加時間が約230sとなった際に、電極間電流値が急激に上昇し、0.3×10
-6Aに到達した。
【0038】
図2(b)は、比較例1における絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM写真である。
図2(b)の左側は、SiNxメンブレンの全景を上面から見た写真である。以下、
図2等のTEM写真では、色が明るい部分ほど膜が薄い部分であることを示している。
図2(b)の左側の写真において矢印で示すように、SiNxメンブレンの一部に色が明るい部分があることが分かる。この部分の拡大写真が、
図2(b)の右側の写真である。
図2(b)の右側の写真を見ると、孔は開いておらず、直径が約10nmの薄膜領域が形成されているだけであることが分かった。もし孔があいている場合は、孔があいている領域に、SiNxに由来する非晶質の模様は見えない。つまり、pH7.5の水溶液を用いると、SiNxメンブレンが絶縁破壊した後にも、ナノポアが形成されておらず、ナノポア形成が妨げられていることが分かった。
【0039】
(比較例2)
比較例2においては、所定の閾値電流を1×10
-6Aに設定したこと以外は比較例1と同様にして、SiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。また、比較例1と同様に、電圧印加時の電流値を測定し、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。結果を
図3に示す。
【0040】
図3(a)は、比較例2における電圧印加時の電流値を示すグラフである。
図3(a)に示すように、電圧印加時間が約240sとなった際に、電極間電流値が急激に上昇し、1×10
-6Aに到達した。
【0041】
図3(b)は、比較例2における絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM写真である。
図3(b)の左側の写真において、矢印で示すように、SiNxメンブレンの一部に色が明るい部分があることが分かる。この部分の拡大写真が、
図3(b)の右側の写真である。
図3(b)の右側の写真を見ると、
図2(b)の場合と比べて大きな薄膜領域が形成されていることが分かるが、やはり孔は開いていないことが分かった。つまり、pH7.5の水溶液を用いると、SiNxメンブレンが絶縁破壊した後にも、ナノポアが形成されていないことが分かった。
【0042】
(比較例3)
比較例3においては、閾値電流を3×10
-6Aに設定したこと以外は比較例1と同様にして、SiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。また、比較例1と同様に、電圧印加時の電流値を測定し、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。結果を
図4に示す。
【0043】
図4(a)は、比較例3における電圧印加時の電流値を示すグラフである。
図4(a)に示すように、電圧印加時間が約270sとなった際に、電極間電流値が急激に上昇し、3×10
-6Aに到達した。
【0044】
図4(b)は、比較例3における絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM写真である。
図4(b)の左側の写真において、矢印で示すように、SiNxメンブレンの一部に色が明るい部分があることが分かる。この部分の拡大写真が、
図4(b)の右側の写真である。
図4(b)の右側の写真を見ると、
図3(b)の場合と比べて大きな薄膜領域が形成されていることが分かるが、やはり孔は開いていないことが分かった。つまり、pH7.5の水溶液を用いると、SiNxメンブレンが絶縁破壊した後にも、ナノポアが形成されていないことが分かった。
【0045】
なお、図示は省略しているが、閾値電流を0.3×10-6Aよりも小さく、例えば0.1×10-6Aもしくはそれ以下に設定しても、ナノポアは当然のことながら形成されなかった。
【0046】
(比較例4)
比較例4においては、閾値電流を6.5×10
-6Aに設定したこと以外は比較例1と同様にして、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。また、比較例1と同様に、電圧印加時の電流値を測定し、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。結果を
図5に示す。
【0047】
図5(a)は、比較例4における電圧印加時の電流値を示すグラフである。
図5(a)に示すように、電圧印加時間が約220sとなった際に、電極間電流値が急激に上昇し、6.5×10
-6Aに到達した。
【0048】
図5(b)は、比較例4における絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM写真である。
図5(b)の左側の写真において、矢印で示すように、SiNxメンブレンの一部に色が明るい部分があることが分かる。この部分の拡大写真が、
図5(b)の右側の写真である。
【0049】
図5(b)の右側の写真において、矢印で示すように、SiNxに由来する非晶質の模様が見えない部分が存在し、孔があいている部分があることが分かった。しかしながら、異なる大きさの孔が複数形成されてしまうことが分かった。ナノポアを通過する分子や粒子の検出もしくは計数を行う場合、メンブレンに複数のナノポアが開いていると、検出対象の分子や粒子が同時に異なるナノポアに入ってしまうことがある。そのような場合、ナノポアを通過するイオン電流の変化が複雑になり、その結果、検出対象の分子や粒子の検出もしくは計数の精度が落ちることになる。
【0050】
従って、メンブレンに存在するナノポアの数は1つであることが望ましい。また色々な大きさの孔ができてしまうのも問題である。なぜならば、検出対象の分子や粒子よりも小さな孔だけができてしまった場合、検出対象の分子や粒子が孔を通過できず、その結果、検出対象の分子や粒子の検出や計数が不可能になるからである。
【0051】
比較例1~4(
図2~5)に示したように、閾値電流値を低く設定すると、SiNxメンブレンに孔は開口せず、閾値電流値を高く設定すると、孔は開くが、異なる大きさの孔が複数形成されてしまうことが分かった。また、比較例3の閾値電流値(3×10
-6A)と比較例4の閾値電流値(6.5×10
-6A)の間の閾値電流値に設定して実験を行っても、SiNxメンブレンに孔が開口しないか、もしくは、異なる大きさの孔が複数形成されてしまうかのどちらかの結果となることが分かった。すなわち、特許文献1や非特許文献2~4に記載されている方法をそのまま適用するだけでは、SiNxメンブレンに単一のナノポアを形成することが不可能であることが分かった。
【0052】
一方で、特許文献1や非特許文献2~4には、上記のように絶縁破壊を生じさせる方法によって、SiNxメンブレンに単一のナノポアを形成できることが示されている。例えば非特許文献2においては、pH10、濃度1MのKCl水溶液をSiNxメンブレンの両側に満たし、SiNxメンブレンに電圧を印加し、その電圧印加を停止するための閾値電流値を約100nAと設定することで、直径が約3nmの単一のナノポアを形成している。また、pHを2、4、7、10又は13.5とした場合においても、同様の方法によりSiNxメンブレンに対し単一のナノポアを形成できることが記載されている。
【0053】
非特許文献3においては、pH8、濃度1MのKCl水溶液をSiNxメンブレンの両側に満たし、SiNxメンブレンに電圧を印加し、その電圧印加を停止するための閾値電流値を約95nAと設定することで、単一のナノポアを形成している。
【0054】
非特許文献4においては、pH10、濃度1MのKCl水溶液をSiNxメンブレンの両側に満たし、SiNxメンブレンに電圧を印加し、その電圧印加を停止するための閾値電流値を(閾値電流値)÷(絶縁破壊前に観測されている電極間電流)=1/2±0.1と規定することで、単一のナノポアを形成している。
【0055】
一方我々は、比較例1~4のように、pH7.5、濃度1MのKCl水溶液をSiNxメンブレンの両側に満たし、SiNxメンブレンに電圧を印加し、その電圧印加を停止するための閾値電流値を約100nA以下から10μAまでの間で複数の値を検討したが、単一のナノポアを形成することは不可能であった。また、使用する1MのKCl水溶液のpHを7又は8に設定しても、前述の実験結果の傾向は変わることは無く、単一のナノポアを形成することは不可能であった。
【0056】
この違いの原因に関して鋭意研究を行なった結果、下記のことが分かった。すなわち、SiNxメンブレンの組成比xが1<x<4/3の範囲にある場合、pHが10よりも小さい水溶液中では、上記のような絶縁破壊方式では、単一のナノポアが形成できず、
図2~5に示すような結果になることが分かった。
【0057】
SiNxメンブレンの組成比xが1よりも小さい場合についても同様にして、絶縁破壊方式によりナノポア形成を試みた結果、第1の水溶液107及び第2の水溶液108としてpHが10よりも小さい水溶液を用いても、単一のナノポアは形成された。
【0058】
そこで、以下の実施例1を参照しつつ、絶縁破壊方式によりSiNxメンブレン(1<x<4/3)に単一のナノポアを形成する方法を説明する。具体的には、本実施形態に係るナノポア形成方法においては、第1の水溶液107及び第2の水溶液108のpHを10以上とする。
【0059】
(実施例1)
実施例1において、比較例1と同様に、
図1(a)のセットアップを用いて、厚さ20nmのSiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。
【0060】
本実施例1においては、SiNxメンブレンの組成比xを約x=1.13とし、第1の水溶液及び第2の水溶液として、pH13.1に調整された濃度1MのKCl水溶液をそれぞれ第1のチャンバ105及び第2のチャンバ106に導入した。また、閾値電流を1×10-6Aに設定した。その他の条件は上記比較例1と同様にして、絶縁破壊方式によりナノポアの形成を行った。
【0061】
組成比xは、Si基板100上のSiNx膜101を露出させた後、Si基板100上のSiNx膜101を表面から深さ方向にエッチングするごとにXPS測定して求めた値の平均値でとした。具体的には、XPS装置として、アルバック・ファイ社製のPHI 5000 VersaProbe II(「PHI」は登録商標)を用い、X線源をAl Kαとして、深さ方向の測定間隔を約0.7~0.8nmとし、測定点数26点の平均値を求めた。その結果、x=1.13であった。なお、本実施例1ではx=1.13の場合の例を記述しているが、これまでも述べたとおり、SiNxメンブレンの組成比xは1<x<4/3の範囲であればよい。
【0062】
また、比較例1と同様に、電圧印加時の電流値を測定し、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。
【0063】
図6(a)は、実施例1における電圧印加時の電流値を示すグラフである。
図6(a)に示すように、電圧印加時間が約4sとなった際に、電極間電流値が急激に上昇し、1×10
-6Aに到達した。
【0064】
図6(b)は、実施例1における絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM写真である。
図6(b)の左側の写真は、SiNxメンブレンの全景を上面から見た写真である。
図6(b)の左側の写真において、矢印で示すように、SiNxメンブレンの一部に色が明るい部分があることが分かる。この部分の拡大写真が、
図6(b)の右側の写真である。
図6(b)の右側の写真には、SiNxに由来した非晶質の模様が見えない部分が存在しており、孔(ナノポア)が開口していることが分かった。また、
図6(b)の左側の写真から、SiNxメンブレン中に孔は一つだけ形成されていることが分かった。
【0065】
<実験例2:pHの変更>
実験例1と同様に、
図1のセットアップを用いて、厚さ20nmのSiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。
【0066】
本実験例2においては、閾値電流を1×10-6Aに設定し、水溶液のpHを1、3、7.5、11、11.4、12.5及び13.1の7段階で変更して、それぞれ絶縁破壊方式によりナノポア形成を試みた。その他の条件は上記実験例1と同様である。
【0067】
また、実験例1と同様に、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。結果を
図7に示す。
【0068】
図7は、水溶液のpHを変化させた場合の絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM写真である。
図7に示すように、pHが11よりも大きい場合に、SiNxメンブレン中に非晶質の模様は見えない部分が存在しており、ナノポアが開口していることが分かる。また、形成されたナノポアは、それぞれ各SiNxメンブレンに1つずつであった。一方で、pHが11以下の場合には、SiNxメンブレン中に薄膜領域が形成されるのみであり、孔は開口していないことが分かった。
【0069】
なお、我々のさらなる研究の結果、SiNxメンブレン(1<x<4/3)の膜厚を20nmよりも薄くすることで、水溶液のpHを10以上11以下の範囲としても、絶縁破壊方式により、SiNxメンブレン(1<x<4/3)に単一のナノポアを形成できることが分かった。
【0070】
また、SiNxメンブレン(1<x<4/3)の膜厚が20nm以上の厚さでも、pHが11よりも高い水溶液中では、絶縁破壊方式により単一のナノポアを形成できることが分かった。
【0071】
このように、pHが10以上の水溶液中で(SiNxメンブレンの膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい水溶液中で)、SiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式により孔を形成できる理由を以下に簡単に説明する。
【0072】
例えば比較例2のように、pH7.5の水溶液中では、絶縁破壊後に電極間電流が閾値電流に到達した場合でも、孔は開いておらず、局所的な薄膜領域が形成されるだけである。この局所的な薄膜領域の膜の組成は、Siの方がNよりも非常に多い比率となっていることが我々の研究で分かった。
【0073】
そしてSiは、高温下の高アルカリ溶液でエッチングされることが知られている。従って、pHが10以上の水溶液中で、SiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式により孔の形成を行うと、絶縁破壊後に一時的に、Siの方がNよりも非常に多い比率で構成されている局所的な薄膜領域が形成されるかもしれないが、それと同時に、アルカリ水溶液によるSiのエッチングもすぐに起こるため、局所的な薄膜領域が残ることなく孔が形成される。なお、SiNx(1<x<4/3)は、アルカリ水溶液中でもエッチングされないため、結果的にメンブレン全体がエッチングされることは無く、局所的に孔を形成することができる。なお、Siをアルカリ溶液ですばやくエッチングするには高温が必要であるが、それは絶縁破壊後に流れる大きな電流のジュール熱によってまかなわれている。
【0074】
上述のように、SiNxメンブレン、特に組成比xが1<x<4/3の範囲のメンブレンは、印加電圧に対する破壊耐圧(絶縁破壊耐圧)に優れている。ナノポア計測においては、メンブレンに電圧を印加しながら対象物の計測を行なうため、絶縁破壊耐圧が高いことが望ましい。つまり、より長時間、計測に必要な電圧を印加しても絶縁破壊されにくいメンブレンが、ナノポア計測にとって望ましい。また、計測前のセットアップ時において発生した静電気によって、高電圧がメンブレンに印加され、メンブレンが絶縁破壊するという現象も知られている(非特許文献6)。その静電気由来の高電圧による絶縁破壊を防ぐためにも、絶縁破壊耐圧が高いことが望ましい。つまり、高電圧が印加されても絶縁破壊されにくいメンブレンが望ましい。
【0075】
実際、非特許文献2及び非特許文献3に示されている厚み30nmのSiNxメンブレンの絶縁耐圧は、pH7、濃度1MのKCl水溶液中で、16Vが印加されたときに約1000秒で絶縁破壊されている。一方、本実施形態のSiNxメンブレン(1<x<4/3)は、その厚みが20nmの場合、pH7、濃度1MのKCl水溶液中で、16Vが印加された場合、絶縁破壊に至るまで1000秒よりもはるかに長い時間が掛かる。つまり、本実施形態のSiNxメンブレン(1<x<4/3)は、非特許文献2及び非特許文献3に示されているSiNxメンブレンよりも厚みが薄いにもかかわらず、同電圧を印加したときには、絶縁破壊に至るまでの時間が長く、非常に絶縁耐圧の高いSiNxメンブレンであるといえる。また我々の研究の結果から、SiNxのxが1よりも小さくなるにつれて、絶縁耐圧が低くなる(つまり同電圧を印加したときに、絶縁破壊に至るまでの時間が短くなる)ことも分かっている。
【0076】
<実験例3:閾値電流の変更>
次に、閾値電流の値を変更した場合のナノポア形成について説明する。
【0077】
(実施例2)
実施例2において、実験例1と同様に、
図1のセットアップを用いて、厚さ20nmのSiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。
【0078】
本実施例2においては、第1の水溶液及び第2の水溶液として、pH13.1に調整された濃度1MのKCl水溶液をそれぞれ第1のチャンバ105及び第2のチャンバ106に導入した。また、所定の閾値電流を1×10-6Aとして、電流値が1×10-6Aに到達したら電源による電圧の印加を停止するように制御部112に設定し、電極109に0V、電極110に18Vを印加した。その他の条件は実験例1と同様である。
【0079】
電圧印加時の電流値を測定し、また、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。また、形成されたナノポアの形状を円形と仮定して、ナノポアの直径(実効直径d
eff)を、面積S=π×(1/2d
eff)×(1/2d
eff)の式から逆算した。
図8(a)に結果を示す。
【0080】
(実施例3)
実施例3においては、閾値電流を0.5×10
-6Aとしたこと以外は実施例2と同様にして、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。また、電圧印加時の電流値を測定し、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。実施例2と同様にして、ナノポアの実効直径d
effを求めた。
図8(b)に結果を示す。
【0081】
(実施例4)
実施例4においては、閾値電流を0.3×10
-6Aとしたこと以外は実施例2と同様にして、絶縁破壊方式によるナノポアの形成を試みた。また、電圧印加時の電流値を測定し、絶縁破壊後のSiNxメンブレンのTEM観察を行った。実施例2と同様にして、ナノポアの実効直径d
effを求めた。
図8(c)に結果を示す。
【0082】
図8(a)~(c)の上段は、電圧印加時の電流値を示すグラフであり、中段は絶縁破壊後のSiNxメンブレンの全景を示すTEM写真であり、下段は形成されたナノポアの拡大写真である。
【0083】
図8(a)~(c)の下段に示すように、実施例2において形成されたナノポアの実効直径d
effは18.8nmであり、実施例3において形成されたナノポアの実効直径d
effは13.2nmであり、実施例4において形成されたナノポアの実効直径d
effは5.94nmであった。このように、電圧印加を停止するための電流閾値を調整することで、形成されるナノポアの大きさを調整することができる。我々の研究の結果から、本実施形態の方法で電流閾値を調整することで、ナノポアの実効直径d
effは、約1nmから200nm以上まで形成可能であることが分かった。また、実効直径d
effが大きくなっても、SiNxメンブレンに単一のナノポアのみ形成されることが分かった。
【0084】
上記のように、実験例1~3では、第1の水溶液107及び第2の水溶液108としてKCl水溶液を用いた。しかし、KCl水溶液以外に、LiCl、NaCl、CaCl2、MgCl2、CsCl等の水溶液を用いても、単一のナノポア形成が可能である。
【0085】
第1の水溶液107及び第2の水溶液108の濃度は、上記実験例1~3のように例えば1Mとすることができるが、1Mより濃くても(例えば1M以上3M以下)よいし、1Mより薄くても(例えば0.001M以上1M以下)よく、pHが10以上(SiNxメンブレンの膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい)であれば、単一のナノポアを形成することができる。
【0086】
本実施形態では、絶縁耐圧の高いSiNxメンブレン(1<x<4/3)を用いているが、その中でもSiNxメンブレンの膜密度が2.8g/cm3以上3.2g/cm3以下の範囲のものは、特に絶縁耐圧が高く、ナノポア計測に好適である。もちろんながら、SiNxメンブレン(1<x<4/3)の膜密度が2.8g/cm3以上3.2g/cm3以下の範囲外であっても、水溶液のpHが10以上(SiNxメンブレンの膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい値)であれば、一定の電圧をメンブレンに印加し続けながら、電極間に流れる電流を計測し、その電極間の電流値が急激に上昇して(つまり膜が絶縁破壊して)予め設定した閾値電流に到達したら電圧の印加を停止するという方法で、単一のナノポアを形成することができる。
【0087】
絶縁耐圧の高いSiNxメンブレン(1<x<4/3)のうち、特に1/200に希釈されたフッ酸によるエッチングレートが0.5nm/min以下のものは、特に絶縁耐圧が高く、ナノポア計測に好適である。もちろんながら、1/200に希釈されたフッ酸によるエッチングレートが0.5nm/min以上であっても、水溶液のpHが10以上(SiNxメンブレン(1<x<4/3)の膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい値)であれば、絶縁破壊方式により、単一のナノポアを形成することができる。
【0088】
絶縁耐圧の高いSiNxメンブレン(1<x<4/3)は、その膜応力が通常600MPa以上の引張応力となる。非特許文献2で使用されているSiNxメンブレンは、250MPa以下の引張応力であることが記載されているので、SiNxの組成比xは1よりも小さいと考えられる。
【0089】
SiNxメンブレン113の膜厚は、5nm以上100nm以下とすることができる。SiNxメンブレン113の膜厚が薄くなるにつれて絶縁破壊耐圧は低くなっていくが、特に5nm未満となると、膜厚の減少に対するSiNxメンブレン113の絶縁破壊耐圧の減少率が大きくなる。その結果、ナノポア計測に支障をきたす恐れがある。また、SiNxメンブレン113の膜厚が100nmより大きくなると、絶縁破壊に必要な電圧が100Vを超えるため、絶縁破壊と同時に非常に大きなジュール熱が発生し、SiNxメンブレン113の劣化が顕著となる。
【0090】
ここで、非特許文献7には、pH7.5、濃度1MのKCl水溶液中でSiNxメンブレンに20Vを印加し、電極間を流れる電流が10-6Aになったら電圧印加を止めるという方法で、メンブレンに局所的な薄膜領域を形成し、その後第2の工程として、10Vのパルス電圧印加と0.1V印加時の電流計測を繰り返すことで、その局所的な薄膜領域を貫通させるというナノポア形成方法が開示されている。非特許文献7の方法は、本実施形態と比較すると、第2の工程がある分、ナノポア形成までに掛かる時間が長くなってしまう。また、非特許文献7には、同じ条件で複数回実験したときのナノポアのdeffのばらつきが大きく、deff=0(つまりナノポアが形成されていない場合)も存在してしまうことが記載されている。
【0091】
非特許文献7に記載の方法でナノポア形成を試みた結果、deffが約20nmから30nmの範囲外では、単一のナノポアの形成が難しいことが分かった。従って、本実施形態のナノポア形成方法は、非特許文献7に記載の方法と比較して、ナノポア形成に掛かる時間が少なく、また、本実施形態においては、形成されるナノポアの大きさのばらつきが小さく、形成できるナノポアの大きさの調整範囲も広いことが分かった。
【0092】
以上のように、本実施形態のナノポア形成方法によれば、pHが10以上の水溶液中でSiNxメンブレン(1<x<4/3)に電圧を印加し(SiNxメンブレンの膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい水溶液中で電圧を印加し)、絶縁破壊させることによって、絶縁耐圧が高くナノポア計測に好適であるSiNxメンブレン(1<x<4/3)に対し、単一のナノポアを安定して形成することができる。
【0093】
[第2の実施形態]
次に、第2の実施形態に係るナノポア形成方法について説明する。本実施形態は、
図1のSiNx膜101に他の膜が積層された積層膜を用いる点で、第1の実施形態と異なる。
【0094】
図9は、第2の実施形態に係る積層膜の構造を示す模式図である。
図9(a)の場合、膜118がSiNx膜101(1<x<4/3)の上面に積層されている。
図9(b)の場合、膜119がSiNx膜101の下面に積層されている。
図9(c)の場合、膜120及び121がSiNx膜101の両面に積層されている。
図9(d)の場合、2つのSiNx膜101の間に膜122が配置されている。
【0095】
膜118~122は、例えば、SiO2膜、HfO2膜、Al2O3膜、HfAlOx膜、ZrAlOX膜、Ta2O5膜、SiC膜、SiCN膜、カーボン膜、組成比xが1<x<4/3の範囲外のSiNx膜、もしくはこれらの合成物から構成される。また、膜118~121は、例えば、表面への計測対象物の非特異吸着防止を目的としたHMDS膜であってもよい。
【0096】
このように、SiNxメンブレン(1<x<4/3)とそれ以外の膜が積層されている場合にも、pHが10よりも小さい場合には、上述の絶縁破壊方式によりメンブレンに単一のナノポアを形成できない。しかしながら、水溶液のpHが10以上(SiNxメンブレン113の膜厚が20nm以上の場合は、pH11より大きい値)であれば、SiNx膜(1<x<4/3)が含まれた積層膜に対して単一のナノポアを形成することができる。
【0097】
[第3の実施形態]
次に、第3の実施形態に係る単一のナノポア形成方法について説明する。本実施形態は、電極109及び110間に印加する電圧を、一定ではなく時間と共に変化させる点で、第1の実施形態と異なる。
【0098】
図10は、第3の実施形態における電圧印加の例を示す模式図である。
図10に示す例においては、制御部112は、電極109及び110間に印加される電圧が段階的に上昇するように、電源(図示せず)を制御する。
図10中のt
sは、ある値の電圧の印加時間を示し、V
sは電圧の上昇量を示す。
【0099】
本実施形態に係るナノポア形成方法によれば、例えばtsを短くすることで、もしくはVsを大きくすることで、ナノポアが形成されるまでの時間を短くすることができる。また、本実施形態に係るナノポア形成方法は、使用するメンブレンが、どのくらいの電圧を何秒かければ絶縁破壊が起こるか不明な場合に有効である。なお、ナノポアの大きさの調整は、印加電圧を遮断するための閾値電流の調整によって可能である。
【0100】
[第4の実施形態]
次に、第4の実施形態に係る単一のナノポア形成方法について説明する。本実施形態において、制御部112は、電極109及び110間の電圧を測定するための電圧計(図示せず)をさらに備える。本実施形態のナノポア形成方法においては、電極109及び110の間に流れる電流が一定になるように電圧を制御しながら電極109及び110の間の電圧を測定し、絶縁破壊が起こった後、電極109及び110間の電圧が所定の閾値電圧値に到達したら、電極109及び110間の電流供給を停止する点で、第1の実施形態と異なる。
【0101】
図11は、第4の実施形態における電圧印加の例を示す模式図である。
図11に示すように、制御部112は、電極109及び110の間に流れる電流が一定になるように電極109及び110間に電圧を印加しつつ電圧値を測定し、絶縁破壊後に急激に電極間電圧が下がり、所定の閾値電圧に到達した時点で、制御部112は、電極109及び110間の電流供給を停止する。このような方法によっても、SiNxメンブレン113に単一のナノポアを形成することができる。
【0102】
[第5の実施形態]
次に、第5の実施形態に係るナノポア形成方法について説明する。本実施形態は、第1の水溶液107及び第2の水溶液108のいずれか一方のみがpH10以上(SiNxメンブレン113の厚みが20nm以上の場合はpHが11より大きい値)であり、もう一方はpH10未満である点で、第1の実施形態と異なる。このような構成においても、絶縁破壊方式により、単一のナノポアをSiNxメンブレン113に形成することができる。
【0103】
本実施形態において、負極となる電極に接する側の水溶液をpH10以上とすることができる。例えば、第1のチャンバ105にpH7.5に調整した濃度1MのKCl水溶液を導入し、第2のチャンバ106にpH13に調整した濃度1MのKCl水溶液を導入して、電極109及び110に電位差を持たせてSiNxメンブレン113に電圧を印加することができる。この際、電極109が電極110に対して高い電位(例えば、電極109が20V、電極110が0V)となるようにすると、電極109が電極110に対して低い電位となるように(例えば、電極109を-20V、電極110を0V)することと比較して、ナノポアが形成されるまでの時間がより短くなる。
【0104】
理由を以下に示す。まず、水溶液中のOH-は、電圧の印加により正極側に向かって移動し、SiNxメンブレン113に対するOH-の衝突が、ナノポアの形成に寄与していると考えられる。pHが高い水溶液はOH-を多く含むため、負極側にpHが高い水溶液を配置することで、電圧の印加により、正極側、すなわちSiNxメンブレン113の方へ向かうOH-を多くすることができるので、ナノポアが形成されるまでの時間が短くなる。
【0105】
以上のように、本実施形態のナノポア形成方法においては、第1の水溶液107及び第2の水溶液108のいずれか一方をpH10以上とし、他の一方の水溶液をpH10未満とする。このような構成を有することにより、本実施形態は、ナノポアが形成されるまでの時間を短縮することができる。
【0106】
また、上述のように、組成比xが1<x<4/3のSiNxメンブレンは、第1の水溶液107のpH及び第2の水溶液108のpHが10よりも小さい場合、特にpHが7以上8以下の場合では、上記のような絶縁破壊方式では、ナノポアが形成されないという性質を有する。しかし、本実施形態のように、第1の水溶液107及び第2の水溶液108のいずれか一方をpH10以上とすることで、単一のナノポアを安定して形成することができる。
【0107】
[第6の実施形態]
第6の実施形態においては、第1~第5の実施形態に記載のナノポア形成方法により形成したナノポアを用いた分析方法について説明する。
【0108】
まず、第1~第5の実施形態のいずれかの方法でナノポアを形成した後、第1の水溶液107又は第2の水溶液108のいずれかを、計測対象物を含有する水溶液で置換する。その後、電極109及び110間に電圧を印加しながら電流値を測定すると、計測対象物がナノポアを通過した際に、電流値が大きく変化する。
【0109】
この電流値の変化の回数をカウントすることで、上記水溶液中に含まれる計測対象物の計数が可能である。また、電流値の変化の様子を観測することで、計測対象物の構造的、電気的な特徴を把握することができる。
【0110】
なお、計測対象物が2重螺旋構造のDNAを含む場合、水溶液のpHが9.5以上となると、その構造が乖離し始める。また、DNAは酸性の水溶液中では分解が始まってしまう。そのため、計測対象物が2重螺旋構造のDNAを含む場合、計測対象物が含有された水溶液のpHは9以下とすることが望ましく、さらに状況に応じてpHが7~8の範囲としてもよい。従って、第1~第5の実施形態の方法でナノポアを形成した後、pHが10以上である第1の水溶液107又は第2の水溶液108を、pHが7~9、あるいはpHが7~8の水溶液で置換した後に、計測対象物を水溶液中に導入することができる。
【0111】
第1~第4の実施形態の方法でナノポアを形成する際には、第1のチャンバ105又は第2のチャンバ106中の第1の水溶液107又は第2の水溶液108に予め計測対象物を入れておくことで、ナノポアが形成された後に、第1のチャンバ105又は第2のチャンバ106の水溶液を置換することなく、そのままナノポア計測することができ、ナノポア形成からナノポア計測終了までの時間を短縮することができる。
【0112】
また、第5の実施形態の方法でナノポアを形成する際には、第1のチャンバ105又は第2のチャンバ106の一方の水溶液のpHを7~9、状況に応じてpH7~8に調整しておくことで、その中に予め2重螺旋構造のDNAを含む計測対象物を入れておいても、DNAが乖離することがない。従って、ナノポアが形成された後に、第1のチャンバ105又は第2のチャンバ106の水溶液を置換することなく、そのままナノポア計測することができ、ナノポア形成からナノポア計測終了までの時間を短縮することができる。
【0113】
[変形例]
本開示は、上述した実施例に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施例は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施例の一部を他の実施例の構成に置き換えることができる。また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることもできる。また、各実施例の構成の一部について、他の実施例の構成の一部を追加、削除又は置換することもできる。
【符号の説明】
【0114】
100…Si基板
101…SiNx膜
102…SiO2膜
103…SiNx膜
104…Oリング
105…第1のチャンバ
106…第2のチャンバ
107…第1の水溶液
108…第2の水溶液
109、110…電極
111…配線
112…制御部
113…SiNxメンブレン
114、116…水溶液導入口
115、117…水溶液出口
118~122…膜