(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-09
(45)【発行日】2022-11-17
(54)【発明の名称】イオン検出器
(51)【国際特許分類】
H01J 49/06 20060101AFI20221110BHJP
H01J 43/24 20060101ALI20221110BHJP
【FI】
H01J49/06 700
H01J43/24
(21)【出願番号】P 2019069962
(22)【出願日】2019-04-01
【審査請求日】2022-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【氏名又は名称】柴山 健一
(72)【発明者】
【氏名】小林 浩之
(72)【発明者】
【氏名】服部 真也
(72)【発明者】
【氏名】高塚 清香
【審査官】後藤 大思
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-016918(JP,A)
【文献】特表2013-508905(JP,A)
【文献】特開2014-086167(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110487757(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
H01J 40/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向した状態で所定の基準軸と交差するよう配置された第1入力面および第1出力面を有するとともに前記第1入力面へのイオンの入射に応答して前記第1出力面から電子を出力するMCPと、前記MCPの前記第1出力面と対面する側に配置されるとともに前記基準軸を取り囲む形状を有する第1フォーカス電極と、により構成されたMCPユニットと、
前記第1フォーカス電極に対して前記MCPの反対側に配置されるとともに前記基準軸と交差するよう配置された電子検出面を有する信号出力装置と、
前記MCPユニットと前記信号出力装置との間に配置されたリセットユニットと、
を備え、
前記リセットユニットは、
前記MCPユニットと前記信号出力装置との間において互いに対向した状態で前記基準軸と交差する第2入力面および第2出力面を有し、かつ、前記第2入力面が前記MCPユニットに対面するとともに前記第2出力面が前記信号出力装置に対面するよう配置されたリセット素子であって、前記第2入力面における前記電子の入射角のバラツキおよび速度のバラツキの双方を前記第2出力面においてリセットするよう構成されたリセット素子と、
前記リセット素子と前記信号出力装置との間に配置されるとともに前記基準軸を取り囲む形状を有する第2フォーカス電極と、
を含むことを特徴とするイオン検出器。
【請求項2】
前記リセット素子は、前記第2入力面および前記第2出力面を有する中間MCPを含み、
前記中間MCPにおける前記第2入力面上の有効領域の面積は、前記MCPにおける前記第1入力面上の有効領域の面積よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載のイオン検出器。
【請求項3】
前記リセット素子は、前記第2入力面、前記第2出力面、前記第2入力面上に設けられた電子入力開口、および前記第2出力面上に設けられた電子出力開口を有するチャネル型電子増倍体を含むことを特徴とする請求項1に記載のイオン検出器。
【請求項4】
前記信号出力装置は、前記電子検出面として機能する電子捕獲面を有する電子衝撃型ダイオードを含むことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のイオン検出器。
【請求項5】
前記信号出力装置は、
前記電子検出面として機能する第1面と前記第1面に対向する第2面とを有する蛍光体と、
前記蛍光体に対して前記第2フォーカス電極の反対側に配置された光検出器と、
を含むことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のイオン検出器。
【請求項6】
前記MCPと前記第1フォーカス電極との間に配置された第1メッシュ電極と、
前記リセット素子と前記第2フォーカス電極との間に配置された第2メッシュ電極と、
をさらに備えたことを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載のイオン検出器。
【請求項7】
少なくとも、前記MCPの前記第1入力面、前記MCPの前記第1出力面、前記リセット素子の前記第2入力面、および前記リセット素子の前記第2出力面のそれぞれの電位を設定するための電圧供給回路をさらに備え、
前記電圧供給回路は、
前記MCPの前記第1入力面に電気的に接続された第1端子と前記リセット素子の前記第2出力面に電気的に接続された第2端子との間の電位差を確保するための起電力を生じさせる電源部と、
前記MCPの前記第1出力面の電位を調整するための第1目標電位と、前記リセット素子の前記第2入力面の電位を調整するための第2目標電位と、をそれぞれ保持する定電圧発生部と、
を含み、
前記定電圧発生部は、
前記第1端子と前記第2端子との間に配置されるとともに前記第1目標電位に設定される第1基準ノードと、
前記MCPの前記第1出力面と前記第1基準ノードとの電位差を解消する第1電位固定素子と、
前記第1基準ノードと前記第2端子との間に配置されるとともに前記第2目標電位に設定される第2基準ノードと、
前記リセット素子の前記第2入力面と前記第2基準ノードとの電位差を解消する第2電位固定素子と、
少なくとも前記第2端子と前記第2基準ノードとの間の電位差を確保するための電圧降下を生じさせる定電圧供給部と、
を含むことを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載のイオン検出器。
【請求項8】
前記リセットユニットから前記信号出力装置に向かって前記基準軸に沿って配置された1またはそれ以上の補助リセットユニットを、さらに備え、
前記補助リセットユニットそれぞれは、
前記MCPユニットが配置された側に位置する第3入力面と前記信号出力装置が配置された側に位置する第3出力面とを有する補助リセット素子であって、前記第3入力面における前記電子の入射角のバラツキおよび速度のバラツキの双方を前記第3出力面においてリセットするための補助リセット素子と、
前記第3出力面に対して前記第3入力面の反対側に配置されるとともに前記基準軸を取り囲む形状を有する第3フォーカス電極と、
を含むことを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載のイオン検出器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン検出器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置(mass spectrometry)等に適用可能なイオン検出器の構成として、例えば、電子増倍管が適用された構成、マイクロチャネルプレート(以下、「MCP」と記す)が適用された構成、MCPとアバランシェダイオード(以下、「AD」と記す)等の電子衝撃型ダイオードを組み合わせた構成等が知られている。特に、MCPと電子衝撃型ダイオードを組み合わせた構成は、装置寿命が長く、最大出力電流が大きいという特徴がある。
【0003】
例えば、特許文献1には、MCPとADとの間に、メッシュ電極とフォーカス電極が設けられたイオン検出器が開示されている。特許文献2には、MCPと半導体検出素子との間にフォーカス電極が配置されたイオン検出器が開示されている。また、特許文献3には、タンデム構造を構成する第1MCPと第2MCPの間にゲート電極(メッシュ電極)が設けられたMCP検出システムが開示されており、該メッシュ電極が第1MCPから出力された電子に対して遅延電位を与えることにより、第2MCPへの電子伝達率を下げている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-16918号公報
【文献】特開平7-73847号公報
【文献】特表2004-533611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者らは、従来のイオン検出器について検討した結果、以下のような課題を発見した。すなわち、MCPを利用したイオン検出は、原理的には
図1(a)に示されたように、互いに対向する入力面10aおよび出力面10bを有するMCP10と、電子検出面20を有する信号出力装置と、により構成される。入力面10a(MCP10の有効領域)にイオン(荷電粒子)が入射すると該イオンの入射に応答して出力面10bから電子が放出される。出力面10b付近の電子は、MCP10と電子検出面20との間の電界により加速され、軌道30を辿って電子検出面20に到達する。その際、電子検出面20に到達した電子のエネルギー(実質的には速度)および入射角には大きなバラツキがある。
【0006】
これら電子の到達領域を制限する場合、
図1(b)に示されたように、MCP10と電子検出面20との間には電子レンズ30が配置されており、この電子レンズ30がMCP10の出力面10bから放出された電子を電子検出面20へ収束させている。なお、
図1(b)において、電子検出面20の有効領域を規定するため、また、電子検出面周辺を保護するために、信号出力装置40には、金属または絶縁材料からなるマスク部材41が設けられてもよい。一般に、
図1(b)に示されたような構造を有するイオン検出器において、電子走行時間分散(Transit Time Spread、以下、「TTS」と記す)は150ps(ピコ秒)程度である。MCP10の出力面10bから放出される電子のエネルギーは0~60eV程度であり、電子出力時の広がり角は±30°程度である。電子検出面20における電子群のエネルギーおよび入射角θのバラツキは、MCP10の出力面10b付近に存在する電子の挙動に依存するところが大きい。このことから、エネルギーおよび出力角度においてバラツキを有する電子群を直径φ=1mm程度の有効領域を有する電子検出面20に導くためには、MCP10の有効領域の直径φは25mm程度に抑える必要があった(電子レンズ30の収束限界)。
【0007】
一方、四重極飛行時間型質量分析装置(Quadrupole Time-of-Flight (Q-TOF) mass spectrometry)の分野において要求されるMCPの有効領域は、直径φ=40mm以上である。この場合、従来の電子レンズ構造では、検出対象であるイオンを捕獲するためのMCPの有効領域の拡大には十分に対応できないという課題があった。
【0008】
本発明は、上述のような課題を解決するためになされたものであり、イオンを捕獲するためのMCPの有効領域の拡大に対応可能な電子レンズ構造を有するイオン検出器を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述の課題を解決するため、本実施形態に係るイオン検出器は、MCPユニットと、信号出力装置と、MCPユニットと信号出力装置との間に配置されたリセットユニットと、少なくとも備える。MCPユニットは、イオン捕獲用のMCPと、電子レンズとして機能する第1フォーカス電極と、により構成される。なお、MCPは、互いに対向した状態で所定の基準軸と交差するよう配置された第1入力面および第1出力面を有し、該第1入力面へのイオン(荷電粒子)の入射に応答して前記第1出力面から電子を出力する。第1フォーカス電極は、MCPの第1出力面側に配置され、基準軸を取り囲む形状を有する。信号出力装置は、第1フォーカス電極に対してMCPの反対側に配置され、基準軸と交差するよう配置された電子検出面を有する。また、MCPと信号出力装置との間に配置されたリセットユニットは、リセット素子と、電子レンズとして機能する第2フォーカス電極により構成される。このように、当該イオン検出器では、隣接する2つの電子レンズ間にリセット素子が配置された電子レンズ構造が実現されている。
【0010】
特に、リセットユニットにおいて、リセット素子は、MCPユニットと信号出力装置との間において互いに対向した状態で基準軸と交差する第2入力面および第2出力面を有する。また、リセット素子は、第2入力面がMCPユニットに対面するとともに第2出力面が信号出力装置に対面するよう配置される。さらに、リセット素子は、第2入力面における電子の入射角のバラツキおよび速度のバラツキの双方を第2出力面においてリセットするよう機能する。第2フォーカス電極は、リセット素子と信号出力装置との間に配置され、基準軸を取り囲む形状を有する。
【0011】
なお、本発明に係る各実施形態は、以下の詳細な説明及び添付図面によりさらに十分に理解可能となる。これら実施例は単に例示のために示されるものであって、本発明を限定するものと考えるべきではない。
【0012】
また、本発明のさらなる応用範囲は、以下の詳細な説明から明らかになる。しかしながら、詳細な説明及び特定の事例はこの発明の好適な実施形態を示すものではあるが、例示のためにのみ示されているものであって、本発明の範囲における様々な変形および改良はこの詳細な説明から当業者には自明であることは明らかである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、それぞれが個別に制御可能な電子レンズとして機能する第1および第2フォーカス電極間に、電子の入射角および速度の双方をリセットするリセット素子が配置された電子レンズ構造が実現される。これにより、イオンを捕獲するためのMCPの有効領域が拡大された場合でも、所望の微小領域への電子収束が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】従来のイオン検出器の課題を説明するための図である。
【
図2】本実施形態に係るイオン検出器の、電極構造体を含む主要部を説明するための図である。
【
図3】本実施形態に係るイオン検出器におけるリセット素子および信号出力装置へ適用可能な構成の一例を示す図である。
【
図4】本実施形態に係るイオン検出器の具体的な基本構造(電極構造体を含む主要部)の一例を示す断面図である。
【
図5】本実施形態におけるMCP110およびリセット素子(中間MCP210A)の有効領域を規定するための構造の一例を示す図である。
【
図6】本実施形態における信号出力装置の電子検出面の有効領域を規定するための構造の一例を示す図である。
【
図7】第1実施形態に係るイオン検出器の構成例を示す図である。
【
図8】第1実施形態における仮想MCPの入力-出力間電圧(V)とゲイン(出力電流(A))の関係を示すグラフである。
【
図9】第1実施形態における仮想MCPに関して、DCリニアリティ(出力電流(A)と出力電流比(%)の関係)を示すグラフである。
【
図10】直径の異なる有効領域を有するMCPに関して、単一電子が入力された場合の応答時間特性(時間(ns)と出力電圧比(%))を示すグラフである。
【
図11】第2実施形態に係るイオン検出器の構成例を示す図である。
【
図12】第3実施形態に係るイオン検出器の構成例を示す図である。
【
図13】第4実施形態に係るイオン検出器の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本願発明の実施形態の内容それぞれを個別に列挙して説明する。
【0016】
(1)本実施形態に係るイオン検出器は、その一態様として、MCPユニットと、信号出力装置と、MCPユニットと信号出力装置との間に配置されたリセットユニットと、少なくとも備える。MCPユニットは、イオン捕獲用のMCPと、電子レンズとして機能する第1フォーカス電極と、により構成される。なお、MCPは、互いに対向した状態で所定の基準軸と交差するよう配置された第1入力面および第1出力面を有し、該第1入力面へのイオン(荷電粒子)の入射に応答して前記第1出力面から電子を出力する。第1フォーカス電極は、MCPの第1出力面側に配置され、基準軸を取り囲む形状を有する。信号出力装置は、第1フォーカス電極に対してMCPの反対側に配置され、基準軸と交差するよう配置された電子検出面を有する。また、MCPと信号出力装置との間に配置されたリセットユニットは、リセット素子と、電子レンズとして機能する第2フォーカス電極により構成される。このように、当該イオン検出器では、隣接する2つの電子レンズ間にリセット素子が配置された電子レンズ構造が実現されている。なお、第1および第2フォーカス電極のそれぞれは、互いに離間した状態で配置される複数の電極により構成されてもよい。
【0017】
特に、リセットユニットにおいて、リセット素子は、MCPユニットと信号出力装置との間において互いに対向した状態で基準軸と交差する第2入力面および第2出力面を有する。また、リセット素子は、第2入力面がMCPユニットに対面するとともに第2出力面が信号出力装置に対面するよう配置される。さらに、リセット素子は、第2入力面における電子の入射角のバラツキおよび速度のバラツキの双方を第2出力面においてリセットするよう機能する。第2フォーカス電極は、リセット素子と信号出力装置との間に配置され、基準軸を取り囲む形状を有する。
【0018】
上述のような構造を備えた本実施形態に係るイオン検出器によれば、それぞれが個別に制御可能な電子レンズとして機能する第1および第2フォーカス電極間に、第2入力面における電子の入射角および速度の双方を第2出力面においてリセットするリセット素子が配置された電子レンズ構造が実現されている。この構成により、第1および第2フォーカス電極それぞれの電子レンズ能力を超えてMCPユニットにおける有効領域の拡大が可能になる。
【0019】
(2)本実施形態の一態様として、リセット素子は、第2入力面および第2出力面を有する中間MCPを含んでもよい。この場合、中間MCPにおける第2入力面上の有効領域の面積は、MCPにおける第1入力面上の有効領域の面積よりも小さいのが好ましい。また、本実施形態の一態様として、リセット素子は、第2入力面、第2出力面、第2入力面上に設けられた電子入力開口、および第2出力面上に設けられた電子出力開口を有するチャネル型電子増倍体(ChannelElectron Multiplier、以下、「CEM」と記す)を含んでもよい。
【0020】
(3)一方、本実施形態の一態様として、信号出力装置は、電子検出面として機能する電子捕獲面を有する電子衝撃型ダイオードを含むものでもよい。なお、電子衝撃型ダイオードには、AD(アバランシェダイオード)等が含まれる。また、本実施形態の一態様として、信号出力装置は、電子検出面として機能する第1面と第1面に対向する第2面とを有する蛍光体と、該蛍光体に対して第2フォーカス電極の反対側に配置された光検出器と、を含んでもよい。なお、光検出器は、アバランシェホトダイオード(以下、「APD」と記す)、光電子増倍管等を含む。
【0021】
(4)本実施形態の一態様として、当該イオン検出器は、MCPと第1フォーカス電極との間に配置された第1メッシュ電極と、リセット素子と第2フォーカス電極との間に配置された第2メッシュ電極と、さらに備えるのが好ましい。第1メッシュ電極は、MCPの第1出力面上に存在する電子(速度すなわちエネルギーはほぼ0)を第1フォーカス電極側へ引き出すための電極として機能する。また、第2メッシュ電極は、リセット素子の第2出力面上に存在する電子(速度すなわちエネルギーはほぼ0)を第2フォーカス電極側へ引き出すための電極として機能する。
【0022】
(5)本実施形態の一態様として、当該イオン検出器は、少なくとも、MCPの第1入力面、MCPの第1出力面、リセット素子の第2入力面、およびリセット素子の第2出力面のそれぞれの電位を設定するための電圧供給回路を、さらに備えるのが好ましい。電圧供給回路は、電源部と、定電圧発生部と、を含む。電源部は、MCPの第1入力面に電気的に接続された第1端子とリセット素子の第2出力面に電気的に接続された第2端子との間の電位差を確保するための起電力を生じさせる。定電圧発生部は、MCPの第1出力面の電位を調整するための第1目標電位と、リセット素子の第2入力面の電位を調整するための第2目標電位と、をそれぞれ保持する。定電圧発生部は、第1基準ノードと、第1電位固定素子と、第2基準ノードと、第2電位固定素子と、定電圧供給部と、を含む。第1基準ノードは、第1端子と第2端子との間に配置されるとともに第1目標電位に設定される。第1電位固定素子は、MCPの第1出力面と第1基準ノードとの電位差を解消する。第2基準ノードは、第1基準ノードと第2端子との間に配置されるとともに第2目標電位に設定される。第2電位固定素子は、リセット素子の第2入力面と第2基準ノードとの電位差を解消する。定電圧供給部は、少なくとも第2端子と第2基準ノードとの間の電位差を確保するための電圧降下を生じさせる。
【0023】
(6)本実施形態の一態様として、当該イオン検出器は、リセットユニットから信号出力装置に向かって基準軸に沿って配置された1またはそれ以上の補助リセットユニットを、さらに備えてもよい。補助リセットユニットそれぞれは、上述のリセットユニットと同様に、補助リセット素子と、第3フォーカス電極と、を含む。補助リセット素子は、MCPユニットが配置された側に位置する第3入力面と信号出力装置が配置された側に位置する第3出力面を有する。また、補助リセット素子は、第3入力面における電子の入射角のバラツキおよび速度のバラツキの双方を第3出力面においてリセットする。第3フォーカス電極は、第3出力面に対して第3入力面の反対側に配置され、基準軸を取り囲む形状を有する。なお、第3フォーカス電極も、互いに離間した状態で配置される複数の電極により構成されてもよい。
【0024】
以上、この[本願発明の実施形態の説明]の欄に列挙された各態様は、残りの全ての態様のそれぞれに対して、または、これら残りの態様の全ての組み合わせに対して適用可能である。
【0025】
[本願発明の実施形態の詳細]
本願発明に係るイオン検出器の具体例を、以下に添付の図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明は、これら例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、また、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図されている。なお、図面の説明において同一の要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0026】
図2は、本実施形態に係るイオン検出器の、電極構造体を含む主要部を説明するための図である。
図2に示されたように、本実施形態に係るイオン検出器10Aは、基準軸AXに沿って複数種類のユニットが配置されている。具体的には、MCPユニット100と、検出ユニット400と、MCPユニット100と検出ユニット400との間の基準軸AX上に配置されたリセットユニット200が配置されている。なお、リセットユニット200と検出ユニット400との間の基準軸AX上には、それぞれがリセットユニット200と同様の構造を有する、1またはそれ以上の補助リセットユニット300(補助リセットユニット群の一部)がさらに直列配置されてもよい。
【0027】
具体的に、MCPユニット100は、互いに対向した状態で基準軸AXと交差するよう配置された第1入力面110aと第1出力面110bを有するMCP110と、該MCP110の第1出力面110bに対面する位置に配置された電子レンズ(第1フォーカス電極)120と、を含む。リセットユニット200は、互いに対向した状態で基準軸AXと交差するよう配置された第2入力面210aと第2出力面210bを有するリセット素子210と、該リセット素子210の第2出力面210bに対面する位置に配置された電子レンズ(第2フォーカス電極)220と、を含む。リセット素子210は、第2入力面210aにおける電子の速度(エネルギー)のバラツキおよび電子の入射角のバラツキの双方を第2出力面210bにおいてリセットする。検出ユニット400は、基準軸AXと交差するよう配置された電子検出面400aを有する信号出力装置420と、該電子検出面400aの有効領域を規定するとともに電子検出面周辺を保護するためのマスク部材410(金属または絶縁材料からなる)と、を含む。
【0028】
また、本実施形態では、リセットユニット200と検出ユニット400との間に、1またはそれ以上の補助リセットユニット300が配置可能であり、これら補助リセットユニット300のそれぞれは、上述のリセットユニット200と同様の構造を備える。すなわち、補助リセットユニット300は、互いに対向した状態で基準軸AXと交差するよう配置された第3入力面310aと第3出力面310bを有する補助リセット素子310と、該補助リセット素子310の第3出力面310bに対面する位置に配置され、基準軸AXを取り囲む形状を有する電子レンズ(第3フォーカス電極)320と、を含む。この補助リセット素子310も、第3入力面310aにおける電子の速度(エネルギー)のバラツキおよび電子の入射角のバラツキの双方を第3出力面310bにおいてリセットする。
【0029】
図3(a)および
図3(b)は、
図2に示されたイオン検出器10Aにおけるリセット素子210へ適用可能な構成の一例を示す図(電子レンズは図示せず)である。
図3(a)の例は、リセット素子210として、中間MCP210Aが適用された例である。中間MCP210Aは、互いに対向するよう配置された第2入力面210aと第2出力面210bを備える。また、
図3(b)の例は、リセット素子210として、CEM210Bが適用された例である。CEM210Bは、互いに対向するよう配置された第2入力面210aと第2出力面210bを備える。第2入力面210aは、CEM210Bの電子入力開口211aを含み、第2出力面210bは、CEM210Bの電子出力開口211bを含む。これら
図3(a)および
図3(b)に示されたように、中間MCP210Aの第2入力面210aおよびCEM210Bの電子入力開口211aのいずれに到達する電子の軌道30も、そのエネルギー(速度)および入射角のバラツキが大きい。リセット素子210として適用可能な中間MCP210AおよびCEM210Bはいずれも、第2入力面210aにおける電子の速度のバラツキおよび入射角のばらつきの双方を第2出力面210bにおいてリセットするよう機能する。
【0030】
図3(c)は、
図2に示されたイオン検出器10Aにおける信号出力装置420へ適用可能な構成の一例を示す図(電子レンズは図示せず)である。
図3(c)の例は、信号出力装置420として、蛍光体421と光検出器422が適用された例である。蛍光体421は、電子検出面400aに相当する第2入力面421aと、蛍光を放出する蛍光第1出力面421bを有する。光検出器422としては、例えば、APD、光電子増倍管等が適用可能である。
【0031】
なお、以下の実施形態は、MCPユニット100と検出ユニット400との間にリセットユニット200のみが配置された最も単純な構造に限定して説明するものとする。具体的には、リセット素子210としては、
図3(a)に示された中間MCP210Aが適用されるものとする。信号出力装置420としては、ADが適用されるものとする。
【0032】
図4は、本実施形態に係るイオン検出器の具体的な基本構造(電極構造体を含む主要部)の一例を示す断面図である。
図5(a)は、
図4に示されたイオン検出器のMCPユニット100において、MCP110の有効領域A1を規定するための構造を説明するための図である。また、
図5(b)は、
図4に示されたイオン検出器のリセットユニット200において、中間MCP210Aの有効領域A2を規定するための構造を説明するための図である。さらに、
図6の例は、AD420A(信号出力装置420)における電子検出面400aの有効領域A3を規定するための構造を説明するための図である。
【0033】
MCPユニット100は、入力側電極111と出力側電極112で把持されたMCP110と、絶縁スペーサを介して出力側電極112に固定された第1メッシュ電極130と、電子レンズ120と、を備える。電子レンズ120は、それぞれが基準軸AXを取り囲む形状を有する一対の第1フォーカス電極121、122により構成されている。電子レンズ120の一部を構成する一方の第1フォーカス電極121は、絶縁スペーサを介して第1メッシュ電極130に固定され、他方の第1フォーカス電極122は、絶縁スペーサを介して一方の第1フォーカス電極121に固定されている。このMCPユニット100において、MCP110から放出される電子のTTSは180psである。また、MCP110の有効領域A1は、例えば直径φ=42mmに設定される。具体的には、
図5(a)に示されたように、MCP110は、絶縁スペーサ113の開口内に収納されている。絶縁スペーサ113の一方の面には入力側電極111が当接されている。入力側電極111にはMCP110の第1入力面110aの中心部分を露出させるための開口111aが設けられており、第1入力面110aの外周部分は入力側電極111と直接接触している。一方、絶縁スペーサ113の他方の面は、出力側電極112が当接されている。この出力側電極112にもMCP110の第1出力面110bの中心部分を露出させるための開口112aが設けられており、第1出力面110bの外周部分は出力側電極112と直接接触している。
【0034】
リセットユニット200は、入力側電極と出力側電極212で把持された中間MCP210Aと、絶縁スペーサを介して出力側電極212に固定された第2メッシュ電極230と、電子レンズ220と、を備える。電子レンズ220は、それぞれが基準軸AXを取り囲む形状を有する一対の第2フォーカス電極221、222により構成されている電子レンズ220の一部を構成する一方の第2フォーカス電極221は、絶縁スペーサを介して第2メッシュ電極230に固定され、他方の第2フォーカス電極222は、絶縁スペーサを介して一方の第2フォーカス電極221に固定されている。このリセットユニット200において、中間MCP210Aから放出される電子のTTSは220psである。リセットユニット200における入力側電極は、
図5(b)に示されたように、MCP110における電子レンズ120の一部を構成する他方の第1フォーカス電極122が担っている。具体的には、他方の第1フォーカス電極122は、中間MCP210Aおよび絶縁スペーサ213に当接される底部122aを有し、この底部122aが中間MCP210Aのための入力側電極として機能する。また、底部122aには中間MCP210Aの第2入力面210aの中心部分を露出させるための開口122bが設けられており、第2入力面210aの外周部分は底部122aと直接接触している。中間MCP210Aの有効領域A2は、この底部122aに設けられた開口122bにより例えば直径φ=20mmに設定される。中間MCP210Aは、絶縁スペーサ213の開口内に収納されている。絶縁スペーサ213の一方の面には入力側電極として機能する他方の第1フォーカス電極122の底部122aが当接されている。一方、絶縁スペーサ213の他方の面は、出力側電極212が当接されている。この出力側電極212にも中間MCP210Aの第2出力面210bの中心部分を露出させるための開口212aが設けられており、第2出力面210bの外周部分は出力側電極212と直接接触している。
【0035】
検出ユニット400は、電子検出面400aを有する信号出力装置420と、電子検出面400aの有効領域A3を規定するためのマスク部材410と、を含む。
図6は、電子検出面400aの有効領域A3を規定するための具体的な構造が示されている。すなわち、電子レンズ220の一部を構成する他方の第2フォーカス電極222の、信号出力装置420側の端部には、該端部の開口を塞ぐように金属または絶縁材料からなるマスク部材410が固定される。このマスク部材410には、電子検出面400aの有効領域A3(例えば直径φ=1mmに設定)を規定するための開口411が設けられている。信号出力装置420としてのAD420Aは、絶縁ディスク430に固定されており、絶縁ディスク430の一方の面の外周部分には、電子検出面400aを取り囲む形状を有する、金属製のマスク部材410と絶縁ディスク430の間に所定の空間を確保するための絶縁リング431が配置されている。
【0036】
(第1実施形態)
図7は、第1実施形態に係るイオン検出器10Aの構成例を示す図である。
図7に示された第1実施形態に係るイオン検出器10Aは、電極構造体を含む主要部と、電圧供給回路と、を備える。主要部は、MCPユニット100、リセットユニット200、および検出ユニット400により構成される。
【0037】
MCPユニット100は、電子増倍機能を有するMCP110と、電子レンズ120と、MCP110と電子レンズ120の間に配置された第1メッシュ電極130と、を有する。MCP110は、イオン(
図7の例では正イオン)が到達する第1入力面110aと、該第1入力面110aと対向する第1出力面110bとを有する。また、MCP110において、第1入力面110aと第1出力面110bの間の抵抗値は10MΩである。第1メッシュ電極130はグランド電位GNDに設定されており、MCP110の第1出力面110b付近に存在する電子を電子レンズ120側へ引き出すよう機能する。電子レンズ120は、一対の第1フォーカス電極121、122から構成され、一方の第1フォーカス電極121は、MCP110の第1出力面110bと同電位に設定される。
【0038】
リセットユニット200は、リセット素子210としての中間MCP210Aと、電子レンズ220と、中間MCP210Aと電子レンズ220との間に配置された第2メッシュ電極230と、を有する。中間MCP210Aは、第1フォーカス電極122と同電位に設定された第2入力面210aと、該第2入力面210aと対向する第2出力面210bを有する。また、中間MCP210Aにおいて、第2入力面210aと第2出力面210bとの間の抵抗値は40MΩである。この構成において、リセット素子210としての中間MCP210Aは、第2入力面210aにおける電子の速度のバラツキおよび電子の入射角のバラツキの双方を第2出力面210bにおいてリセットする。第2メッシュ電極230は、第1メッシュ電極130と同様にグランド電位GNDに設置されており、中間MCP210Aの第2出力面210b付近に存在する電子を電子レンズ220側へ引き出すよう機能する。電子レンズ220は、一対の第2フォーカス電極221、222から構成され,一方の第2フォーカス電極221は、中間MCP210Aの第2出力面210bと同電位に設定される。
【0039】
検出ユニット400は、信号出力装置420としてのAD420Aと、該AD420Aの電子検出面400aの有効領域A3を規定するためのマスク部材410と、を備える。AD420Aは、抵抗R4を介してマイナス電位に接続された一方の端子と、容量Cを介してグランド電位GNDに接続された他方の端子を備える。AD420Aで増幅された信号は、信号線600から取り出される。電子レンズ220の一部を構成する他方の第2フォーカス電極222は、AD420Aの一方の端子と同様に、抵抗R4を介してマイナス電位に接続される。
【0040】
第1実施形態における電圧供給回路は、電源部500と、定電圧発生部と、を少なくとも備える。電源部500は、第1端子T1を介してMCP110の第1入力面110aの電位を設定するための第1電源V1、MCP110の第1入力面110aに電気的に接続された第1端子T1と中間MCP210Aの第2出力面210bに電気的に接続された第2端子T2との間に所定の電位差を確保するための第2電源V2と、第3端子T3および抵抗R4を介してAD420Aの一方の端子に接続される第3電源V3と、を備える。第1電源V1は、グランド電位GNDと第1端子の間に配置され、例えば第1端子T1の電位を-7kVに設定するための起電力を生じさせる。第2電源は、第1端子T1と第2端子T2の間に配置された可変電源であって、MCP110の第1入力面110aと中間MCP210Aの第2出力面210bの電位差として、例えば0~3.5kV程度の電位差を確保するよう起電力を生じさせる。第3電源V3は、グランド電位GNDと第3端子T3との間に配置され、例えば第3端子T3の電位を-350Vに設定するための起電力を生じさせる。
【0041】
定電圧発生部は、第1端子T1と第2端子T2の間に直列配置された抵抗R1~R3を含む。すなわち、第1端子T1と第2端子T2の間において、第2電源V2と抵抗R1~R3は並列に配置されている。第1端子T1と第2端子T2の間において直列配置された抵抗R1~R3の抵抗比により、第1基準ノードN1と第2基準ノードN2の電位が設定される。一例として、抵抗R1は3MΩ、抵抗R2は10MΩ、抵抗R3は2.7MΩ、抵抗R4は1kΩである。すなわち、抵抗R1と抵抗R2の間に位置する第1基準ノードN1は、MCP110の第1出力面110bと一方の第1フォーカス電極121の双方に電気的に接続されており、この回線構造により、第1基準ノードN1、第1出力面110bおよび一方の第1フォーカス電極121のそれぞれが同電位に設定される。また、抵抗R2と抵抗R3の間に位置する第2基準ノードN2は、他方の第1フォーカス電極122と中間MCP210Aの第2入力面210aの双方に電気的に接続されており、この配線構造により、第2基準ノードN2、他方の第1フォーカス電極122および第2入力面210aのそれぞれが同電位に設定される。
【0042】
以下、上述のような構造を有する第1実施形態に係るイオン検出器10Aの動作特性として、MCP110と中間MCP210Aとで構成される仮想MCPの動作特性について
図8および
図9を用いて説明する。また、電子レンズ単体の収束限界について
図10を用いて説明する。なお、仮想MCPの第1入力面は、MCP110の第1入力面110aに相当し、仮想MCPの第1出力面は、中間MCP210Aの第2出力面210bに相当する。仮想MCPおける第1入力面と第1出力面との電位差(「入力-出力間電圧」と記す)は、電源部500の第2電源V2により与えられる。
【0043】
図8は、第1実施形態(
図7)における仮想MCPの入力-出力間電圧(V)とゲイン(出力電流(A))の関係を示すグラフである。この測定では、中間MCP210Aの第2出力面210bと同電位に設定される一方の第2フォーカス電極221の電位は、-4kVに設定されている。第3電源V3により第3端子T3の電位は-350Vに設定されている。
図8に示されたように、仮想MCPの入力-出力間電圧に対してゲインおよび出力電流の線形性が維持されることが分かる。
【0044】
一方、
図9は、第1実施形態(
図7)における仮想MCPに関して、DCリニアリティ(出力電流(A)と出力電流比(%)の関係)を示すグラフである。この測定では、中間MCP210Aの第2出力面210bと同電位に設定される一方の第2フォーカス電極221の電位は、-4kVに設定されている。第3電源V3により第3端子T3の電位は-350Vに設定されている。仮想MCPの入力-出力間電圧は3300Vに設定されている。なお、
図9には、参考データとして仮想MCPの入力-出力間電圧が2700Vに設定された測定結果も同時にプロットされている。この
図9の測定結果からも分かるように、仮想MCPの入力-出力間電圧の変動に関わらず、出力電流の増加に伴ってDCリニアリティが劣化することが分かる。
【0045】
図7に示された構造を有するイオン検出器10Aにおいて、2つのMCPが電子レンズを介して多段配置された仮想MCPは、第1入力面(MCP110の第1入力面110a)と第1出力面(中間MCP210Aの第2出力面210b)のそれぞれにおける電位が固定されている。この構成では、
図8から分かるようにゲイン制御が可能である一方、
図9から分かるように、ゲインの増加に伴ってDCリニアリティが劣化する。これは、動作中の発熱に起因してMCP110および中間MCP210Aの抵抗値の低下や、出力電流の増加に伴ってMCP110の第1出力面110bと中間MCP210Aの第2入力面210aの双方の電位が低下(電圧降下)するためと考えられる。このようなMCP110の第1出力面110bと中間MCP210Aの第2入力面210a間のゲイン増加を引き起こすため、直流電圧制御による仮想MCPのリニアリティ(DCリニアリティ)が失われてしまう。
【0046】
なお、本明細書において「DCリニアリティ」とは、MCPへのイオンの入力量(電流値換算)とMCPの出力電流との比(以下、「入出力電流比」と記す)によって算出される当該MCPの動作特性を意味する。MCPへのイオンの入力量が少ないときには上記入出力電流比が一定値(リニアリティ)を示すが、過大な量のイオンがMCPに入力された場合、上記入出力電流比が基準値を逸脱(±10%)してしまう。この基準値(a.u.)は、DCリニアリティが十分に確保できる範囲(出力電流が1~100nA程度の低い範囲)における入出力電流比であって、以下の式(1)で与えられる。
出力電流(A)/イオンの入力量(A) …(1)
一方、DCリニアリティ(%)は、以下の式(2)で与えられる。したがって、出力電流が比較的低い範囲であれば、必然的に入出力電流比は基準値にほぼ一致することとなる(DCリニアリティは100%)。ところが、出力電流が上記範囲を超えて大きくなるほど、MCPの出力端側での電圧降下が大きくなり、入出力電流比と基準値との差が顕著になる(DCリニアリティが崩れる)。
出力電流(A)/イオンの入力量(A)/基準値(a.u.)×100 …(2)
ここで、「イオンの入力量」は、MCPの入力端に到達するイオンに起因した電流値で与えられ、「出力電流」は、MCPからアノードに到達する電子に起因した電流値で与えられる。
【0047】
次に、
図10は、直径の異なる有効領域を有するMCPに関して、単一電子が入力された場合の応答時間特性(時間(ns)と出力電圧比(%))を示すグラフである。なお、
図10において、グラフG1010は、直径φ=25mmの有効領域を有するMCP、電子レンズ(フォーカス電極)、およびADを備えた第1構成の時間応答特性を示し、グラフG1020は、直径φ=42mmの有効領域を有するMCP、電子レンズ、およびADを備えた第2構成の時間応答特性を示す。第1構成(グラフG1010)の場合、半値全幅(FWHW)は550psであった。また、第2構成(グラフG1020)の場合、FWHWは570psとなり、第1構成の場合と比較して時間応答特性が悪化する結果となった。この測定結果から、単体の電子レンズのみでは収束限界があることが分かる。逆に、一定の微小領域(例えば直径φ=1mm程度の有効領域)に電子をフォーカスする場合、適用されるMCPの有効領域を拡大させることが困難になる。本実施形態は、このような課題を解決するため、MCPユニット100と検出ユニット400との間にリセットユニット200が設けられている。リセットユニット200は、中間MCP210A、CEM210B等のリセット素子210を含む。このリセット素子210は、第2入力面210aにおける電子の速度のバラツキおよび電子の入射角のバラツキの双方を第2出力面210bにおいてリセットする。このリセット素子210をMCP110と信号出力装置420の間に配置することにより、MCP110とリセット素子210との間、および、リセット素子210と信号出力装置420との間のそれぞれに、電子レンズ120、220が配置された電子レンズの多段構成が実現可能になる。
【0048】
(第2実施形態)
上述のように、MCPは、鉛ガラスからなる構造体に二次電子放出層等が形成されており、安定動作を確保するために10MΩ以上の抵抗値(第1入力面から第1出力面までの抵抗値)を必要とする。なお、鉛ガラスが構造体に適用された従来のMCPでは、PbOの還元処理により析出された鉛の層が抵抗層として利用される。このようなMCPでは、動作時の発熱に起因して当該MCPの抵抗値の低下や、出力電流の増加に伴う出力端での電圧降下が生じてしまう。このようなMCPの出力電位の低下は、当該MCPのゲイン上昇を引き起こすため、直流電圧制御によるMCPのリニアリティ(以下、「DCリニアリティ」と記す)が失われるという課題があった。一方、製造される複数のMCP間には抵抗値に関して個体差が存在する。そのため、該MCPの出力側電位の固定には、この「抵抗値に関するCEM間の個体差」についても考慮されなければならない。
【0049】
このようなMCPにおける出力側電位の変動に起因したDCリニアリティの劣化を解消する手段としては、例えばMCPの入力側電位を設定するための電源部と、MCPの出力側電位を設定するための別の電源部を用意することも考えられる。なお、電子レンズを介して複数のMCPが多段配置された構成ではMCPごとに複数の電源を用意する必要がある。しかしながら、このような複数の電源部を有する電圧供給回路は、電子レンズを介して複数のMCPが多段配置されたイオン検出器の製造コストの増大を招くとともに、当該イオン検出器自体の小型化を困難にする。
【0050】
そこで、この第2実施形態では、MCPの出力側電位(および/または入力側電位)の変動に影響されない基準ノードに目標電位を設定しておくことにより、電源部により電位固定されない部位においても目標電位に固定することを可能にする構成を備える。特に、目標電位の固定に関しては、製造される複数のCEM間における抵抗値の個体差を考慮する必要がなくなる。
【0051】
図11は、第2実施形態に係るイオン検出器10Bの構成例を示す図である。第2実施形態に係るイオン検出器10Bは、電極構造体を含む主要部と、電圧供給回路と、を備える。なお、第2実施形態における主要部は、第1実施形態(
図7)の主要部と同じ構造を有する。すなわち、当該第2実施形態における主要部は、MCPユニット100、リセットユニット200、および検出ユニット400により構成される。
【0052】
第2実施形態における電圧供給回路は、電源部500と、定電圧発生部と、を少なくとも備える。電源部500は、第1端子T1を介してMCP110の第1入力面110aの電位を設定するための第1電源V1、MCP110の第1入力面110aに電気的に接続された第1端子T1と中間MCP210Aの第2出力面210bに電気的に接続された第2端子T2との間に所定の電位差を確保するための第2電源V2と、第3端子T3を介してAD420Aの一方の端子に接続される第3電源V3と、を備える。第1電源V1は、グランド電位GNDと第1端子の間に配置される。
図11の例では、正イオンをMCP110の第1入力面110aで捕獲するため、例えば第1端子T1の電位を-7kVに設定するための起電力を生じさせる。第2電源は、第1端子T1と第2端子T2の間に配置された可変電源であって、MCP110の第1入力面110aと中間MCP210Aの第2出力面210bの電位差として、例えば0~3.5kV程度の電位差を確保するよう起電力を生じさせる。第3電源V3は、グランド電位GNDと第3端子T3との間に配置され、例えば第3端子T3の電位を-350Vに設定するための起電力を生じさせる。
【0053】
定電圧発生部700Aは、第1端子T1と第2端子T2の間に直列配置された抵抗R1~R3を含み、MCP110における第1出力面110bの第1目標電位と中間MCP210Aにおける第2入力面210aの第2目標電位を保持する。第1目標電位は、第1出力面110bの電位変動に影響されない第1基準ノードN1に設定される。また、第2目標電位は、第2入力面210aの電位変動に影響されない第2基準ノードN2に設定される。具体的に、第2端子T2と第1基準ノードN1との電位差は、抵抗R2と定電圧供給部800A(抵抗R3で構成される)の電圧降下により確保される。第2端子T2と第2基準ノードN2との電位差は、抵抗R3により構成された定電圧供給部800Aの電圧降下により確保される。一方の第1フォーカス電極121と同電位に設定されたMCP110の第1出力面110bと第1基準ノードN1との間にはN型MOSトランジスタ(以下、「NMOS」と記す)により構成された第1電位固定素子710が配置されている。他方の第1フォーカス電極122と同電位に設定された中間MCP210Aの第2入力面210aと第2基準ノードN2との間にもNMOSにより構成された第2電位固定素子720が配置されている。
【0054】
なお、第1電位固定素子(NMOS)710のゲートGは第1基準ノードN1に接続されている。第1電位固定素子710のソースSはMCP110の第1出力面110bおよび一方の第1フォーカス電極121に接続されている。第1電位固定素子710のドレインDは第2電位固定素子720のソースSに接続されている。一方、第2電位固定素子(NMOS)720のゲートGは第2基準ノードN2に接続されている。第2電位固定素子720のソースSは、第1電位固定素子710のドレインDに接続された状態で、他方の第1フォーカス電極122および中間MCP210Aの第2入力面210aに接続されている。第2電位固定素子720のドレインDは第2端子T2に接続されている。
【0055】
この第2実施形態において、電子増倍の動作中、出力電流が増加すると(MCP110から中間MCP210Aへ向けて放出される電子が増大すると)、MCP110の第1出力面110bおよび中間MCP210Aの第2入力面210aでは電圧降下が発生する。このとき、第1電位固定素子(NMOS)710のゲートG-ソースS間の電圧VGSおよび第2電位固定素子(NMOS)720のゲートG-ソースS間の電圧VGSの双方が大きくなり、VGSがしきい電圧を超えた時点で第1電位固定素子710および第2電位固定素子720がそれぞれオン状態となる。NMOSがオン状態のとき、瞬間的に、第1出力面110bおよび第2入力面210aそれぞれから第2端子T2に向かって電子が流れることにより、MCP110の第1出力面110bおよび中間MCP210Aの第2入力面210aそれぞれの電圧降下が解消される。電圧降下が解消されると、VGSも減少するため、第1電位固定素子710および第2電位固定素子720はそれぞれオフ状態となる。すなわち、第1出力面110bの電位が第1基準ノードN1の第1目標電位に固定される一方、第2出力面210bの電位か第2基準ノードN2の第2目標電位に固定されることなる。
【0056】
(第3実施形態)
図12は、第3実施形態に係るイオン検出器10Cの構成例を示す図である。第3実施形態に係るイオン検出器10Cは、電極構造体を含む主要部と、電圧供給回路と、を備える。なお、この第3実施形態における主要部は、上述の第1実施形態(
図7)および第2実施形態(
図11)の主要部と同じ構造を有する。すなわち、当該第3実施形態における主要部は、MCPユニット100、リセットユニット200、および検出ユニット400により構成される。
【0057】
第3実施形態における電圧供給回路は、電源部500と、定電圧発生部700Bと、を少なくとも備える。電源部500の構成は、正イオンをMCP110の第1入力面110aで捕獲する上述の第2実施形態(
図11)と同じである。一方、定電圧発生部700Bは、第1基準ノードN1と第2基準ノードN2の間にツェナーダイオードTDが配置され、第1基準ノードN1と第2基準ノードN2との間の電位差が固定されており、このTDおよび抵抗R3により定電圧供給部800Bが構成されている。この構成を除き、第3実施形態における定電圧発生部700Bの構成および動作は、第2実施形態における定電圧発生部700Aの構成および動作と同じである。
【0058】
(第4実施形態)
図13は、第4実施形態に係るイオン検出器10Dの構成例を示す図である。第4実施形態に係るイオン検出器10Dは、電極構造体を含む主要部と、電圧供給回路と、を備える。なお、この第4実施形態における主要部は、MCPユニット100、リセットユニット200、および検出ユニット400により構成される。第4実施形態におけるMCPユニット100およびリセットユニット200は、第1~第3実施形態(
図7、
図11~
図12)と同じ構造を有する。
【0059】
第4実施形態における検出ユニット400は、信号出力装置420としてのAD420Aと、該AD420Aの電子検出面400aの有効領域A3を規定するためのマスク部材410と、を備える。AD420Aは、電子レンズ220の一部を構成する他方の第2フォーカス電極222に接続されるとともに抵抗R4を介して所定電位のノードに接続された一方の端子と、容量Cを介して信号出力端子に接続された他方の端子を備える。AD420Aで増幅された信号は、容量C介して信号線600から取り出される。また、AD420Aと容量Cの間に位置するノードは抵抗R6を介して電源部500Aの第3端子T3に接続されている。第3端子T3と抵抗R4の間には電位差を固定するためのツェナーダイオードTDが配置されている。
【0060】
第4実施形態における電圧供給回路は、電源部500Aと、定電圧発生部と、を少なくとも備える。電源部500Aは、第1端子T1を介してMCP110の第1入力面110aの電位を設定するための第1電源V1、MCP110の第1入力面110aに電気的に接続された第1端子T1と中間MCP210Aの第2出力面210bに電気的に接続された第2端子T2との間に所定の電位差を確保するための第2電源V2と、第2端子T2と第3端子T3との間に所定の電位差を確保するための第3電源V3と、を備える。第1電源V1は、グランド電位GNDと第1端子の間に配置される。
図13の例では、負イオンをMCP110の第1入力面110aで捕獲するため、例えば第1端子T1の電位を+7kVに設定するための起電力を生じさせる。第2電源は、第1端子T1と第2端子T2の間に配置された可変電源であって、MCP110の第1入力面110aと中間MCP210Aの第2出力面210bの電位差として、例えば0~3.5kV程度の電位差を確保するよう起電力を生じさせる。第3電源V3は、第2端子T2と第3端子T3との間に配置され、例えば0~3.5kV程度の電位差を確保するよう起電力を生じさせる。
【0061】
定電圧発生部は、第1端子T1と第2端子T2の間に直列配置された抵抗R1~R3を含む。また、定電圧発生部は、検出ユニット400内の回路と抵抗R5を介して接続されている。すなわち、抵抗R5は、第2端子T2に接続された一端と、ツェナーダイオードTDを介して第3端子T3と電気的に接続された他端を有する。抵抗R5とツェナーダイオードとの間に位置するノードとAD420Aの一方の端子との間に抵抗R4が配置されている。第1端子T1と第2端子T2の間において直列配置された抵抗R1~R3の抵抗比により、第1基準ノードN1と第2基準ノードN2の電位が設定される。一例として、抵抗R1は3MΩ、抵抗R2は10MΩ、抵抗R3は2.7MΩ、抵抗R4は1kΩ、R5は20MΩである。すなわち、抵抗R1と抵抗R2の間に位置する第1基準ノードN1は、MCP110の第1出力面110bと一方の第1フォーカス電極121の双方に電気的に接続されており、この回線構造により、第1基準ノードN1、第1出力面110bおよび一方の第1フォーカス電極121のそれぞれが同電位に設定される。また、抵抗R2と抵抗R3の間に位置する第2基準ノードN2は、他方の第1フォーカス電極122と中間MCP210Aの第2入力面210aの双方に電気的に接続されており、この配線構造により、第2基準ノードN2、他方の第1フォーカス電極122および第2入力面210aのそれぞれが同電位に設定される。
【0062】
以上の本発明の説明から、本発明を様々に変形しうることは明らかである。そのような変形は、本発明の思想および範囲から逸脱するものとは認めることはできず、すべての当業者にとって自明である改良は、以下の請求の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0063】
10A~10D…イオン検出器、100…MCPユニット、110…MCP、110a…第1入力面、110b…第1出力面、121、122…第1フォーカス電極(電子レンズ120)、130…第1メッシュ電極、200…リセットユニット、210a…第2入力面、210b…第2出力面、221、222…第2フォーカス電極(電子レンズ220)、230…第2メッシュ電極、300…補助リセットユニット、310a…第3入力面、310b…第3出力面、320…電子レンズ(第3フォーカス電極)、400…検出ユニット、400a…電子検出面、420…信号出力装置、500、500A…電源部、700A、700B…定電圧発生部、N1…第1基準ノード、N2…第2基準ノード、T1…第1端子、T2…第2端子、710…第1電位固定素子、720…第2電位固定素子、800A、800B…定電圧供給部。