(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-10
(45)【発行日】2022-11-18
(54)【発明の名称】複合絶縁板および複合絶縁板の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 17/56 20060101AFI20221111BHJP
H01B 19/00 20060101ALI20221111BHJP
H01B 3/44 20060101ALI20221111BHJP
C01B 21/064 20060101ALI20221111BHJP
C08L 33/06 20060101ALI20221111BHJP
C08K 3/38 20060101ALI20221111BHJP
【FI】
H01B17/56 A
H01B19/00 321
H01B3/44 A
C01B21/064 M
C08L33/06
C08K3/38
(21)【出願番号】P 2021086834
(22)【出願日】2021-05-24
(62)【分割の表示】P 2016135561の分割
【原出願日】2016-07-08
【審査請求日】2021-05-25
(31)【優先権主張番号】P 2015155609
(32)【優先日】2015-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村上 義信
(72)【発明者】
【氏名】長尾 雅行
(72)【発明者】
【氏名】川島 朋裕
(72)【発明者】
【氏名】武藤 浩行
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/047278(WO,A1)
【文献】特開2011-162642(JP,A)
【文献】国際公開第2014/119384(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第103012973(CN,A)
【文献】特開2011-111498(JP,A)
【文献】特開2010-212209(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 17/56
H01B 19/00
H01B 3/44
C01B 21/064
C08L 33/06
C08K 3/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)による
熱可塑性樹脂と、その熱可塑性樹脂よりも熱伝導性の高い
窒化ホウ素(BN)による板状の熱伝導性充填材粒子とを含み、厚み方向の熱伝導率が15W/m・K以上で35W/m・K以下であり、厚み方向に対する絶縁破壊強度が95kV/mm以上である複合絶縁板であって、
平均粒径4μmの
前記熱可塑性樹脂
による母材の中に平均粒径を
45μmとする前記熱伝導性充填材粒子が分散され、かつ、該熱伝導性充填材粒子の面内方向が所定方向に配向されており、
前記複合絶縁板の密度を1.8
2~1.94g/cm
3
とするものである
ことを特徴とする複合絶縁板。
【請求項2】
前記熱伝導性充填材粒子は、前記熱可塑性樹脂によって被覆された状態で相互に接着されている請求項1に記載の複合絶縁板。
【請求項3】
前記熱伝導性充填材粒子の面内方向は、熱を伝播させるべき方向に配向させるときの熱伝導率で表される配向度に基づき、所望の配向度によって配向されている請求項1または2に記載の複合絶縁板。
【請求項4】
熱可塑性樹脂と、その熱可塑性樹脂よりも熱伝導性の高い板状の熱伝導性充填材粒子とを含み、厚み方向の熱伝導率が15W/m・K以上で35W/m・K以下であり、厚み方向に対する絶縁破壊強度が95kV/mm以上である
複合絶縁板を製造するための方法であって、
熱伝導性充填材粒子を主粒子とし、その主粒子表面に熱可塑性樹脂粒子を吸着させてなる複合粒子が液体中に含まれたものであって、該熱可塑性樹脂の溶融粘度よりも低い粘性のスラリーを作製するスラリー作製工程と、
所定の容積を有するキャビティ内に前記スラリー作製工程により作製したスラリーを導入する導入工程と、
前記導入工程でキャビティ内に導入したスラリーに対し所定方向へ遠心力を作用させることにより、固液分離により複合粒子を前記液体から分離させつつキャビティの遠心力の作用方向に対して交差する面へ堆積させる遠心分離工程と、
前記遠心分離工程によりキャビティに堆積させた前記複合粒子の堆積物に対し、前記遠心力の作用方向と同じ方向へ押圧して成形体を形成する押圧工程と、
前記押圧工程により作られた前記成形体をキャビティから取り出し、前記熱可塑性樹脂粒子を構成する樹脂の
溶融温度以上、耐熱温度以下の環境下にて、前記押圧工程での押圧方向と交差する方向へプレスするホットプレス工程と、
を含むことを特徴とする複合絶縁板の製造方法。
【請求項5】
前記複合粒子が、板状の熱伝導性充填材粒子に熱可塑性樹脂粒子を吸着させたものであって、熱伝導性充填材粒子の平均粒径に対して熱可塑性樹脂粒子の平均粒径が1/9から1/15であることを特徴とする請求項
4に記載の複合絶縁板の製造方法。
【請求項6】
前記複合粒子は、液体中で、表面の電荷を正または負に帯電させた熱伝導性充填材粒子と該熱伝導性充填材粒子とは逆の電荷を表面に帯電させた熱可塑性樹脂粒子とを混合し、前記熱伝導性充填材粒子の表面に前記熱可塑性樹脂粒子を吸着させてなることを特徴とする請求項
4または5に記載の複合絶縁板の製造方法。
【請求項7】
前記スラリーを構成する液体の動粘土が常温で1センチストークス以下であることを特徴とする請求項
4~6のいずれかに記載の複合絶縁板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱伝導性材料の充填材と樹脂とを含む複合絶縁板およびその製造方法において、良好な熱伝導性と十分な絶縁性を併せ持つ複合絶縁板とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池車などの新型パワートレインでは、蓄電池の直流電源で駆動用モータを動かすためにインバータによって直流を交流に変換する。また、回生エネルギを回収するため、コンバータで交流を直流変換して蓄電している。このような交直変換器には、IGBTなどのパワーモジュールが使われている。パワーモジュールは半導体のオン抵抗による発熱があり、半導体素子のジャンクション温度以下に抑えるために空冷または水冷による冷却が必要となる。ジャンクション温度はシリコン半導体の場合150℃程度であるが、素子の熱劣化を考慮して運転時の素子の温度が通常75~85℃程度に抑えられるような放熱設計が行われている。空冷の場合には金属性の放熱フィンが用いられ、絶縁基板を介してパワーモジュールと接合されている。また、水冷の場合は放熱フィンの代わりに絶縁基板を介して冷却媒体を通す導管を備えた水冷ジャケットがパワーモジュールと接合されている。このため、絶縁基板には厚さ方向への良好な熱伝導性と十分な絶縁性と熱伝導性が要求される。絶縁破壊強度が高いほど、必要となる耐電圧に対して絶縁基板の肉厚を薄くすることができ、伝熱性が向上する。汎用的に用いられている絶縁基板は、簡単に曲がることなく、かつ破損することがない剛直な基板であり、例えば100μmから1mm程度の厚さのものである。この絶縁基板には、現在、比較的高い熱伝導率をもつ窒化ケイ素などのセラミクス板が使用されているが、低コスト化の観点から基板厚さをより薄くすることが求められている。
【0003】
ところが、製造の困難性および機械的強度の問題から、セラミックス板の更なる薄肉化には限界がある。そこで、これに代わるものとして高分子絶縁材料と充填材から構成される複合絶縁材料を用いた絶縁基板(複合絶縁板)の研究開発が各所で進められている。
【0004】
開発が進められている複合絶縁材料の多くは熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂等の母材と樹脂に比べ高い熱伝導率を持つアルミナ等の無機充填材とを、機械的に混合して作製される。
【0005】
かかる充填材としては、熱伝導率および熱拡散率が高いことほど良く、電気的特性としては体積固有抵抗率および、絶縁破壊強度が高いほど良い。かかる性質を有し、更に安価であることから、アルミナが一般的に選択されている。
【0006】
かかる複合絶縁板では、アルミナ充填材粒子どうしの接触による粒子間の空隙部分が電気絶縁上の弱点であり、アルミナ充填材粒子の偏在により樹脂との誘電率の違いによる電界集中が発生し、絶縁性能を低下させるため、セラミック板に置き換わる性能のものはない。このような問題点を解決するため、充填材粒子の分散性を改善するような研究や、ナノ粒子を用いた研究も行われており、6~12W/m・K程度の熱伝導率をもつ複合絶縁板が開発されている(非特許文献1)。
【0007】
更には、アルミナ以外にも、無機充填材としては、窒化アルミ(AlN)、窒化ケイ素(SiC)、窒化ホウ素(BN)、などが知られており、この中でBNは六方晶系のもので体積抵抗率はアルミナ同等であるが、その熱伝導率はアルミナの15~30W/m・Kに比べ、結晶方向によって異方性はあるものの2~10倍(60~200W/m・K)の高い値を示している。窒化アルミは熱伝導率が150~200W/m・Kで良好な熱伝導性を有しているが、極めて高コストである。このため、熱伝導性に異方性をもっているが、BNを複合絶縁板の充填材として使いこなす研究が各所で行われている(非特許文献2)。
【0008】
例えば、特許文献1および非特許文献3に開示される技術は、エポキシ樹脂のような熱硬化性樹脂を用いて硬化前の液体状態でBNを混合し、混錬した上で硬化して複合絶縁板を作製するに際し、硬化前の液体状態で、電界によってBNを電気力線に沿って配向させる方法を示している。
【0009】
また、前掲の非特許文献4では熱可塑性樹脂を絶縁母材として用いて複合絶縁板を作ることも試みられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】Wang, et al.:IEEE Trans. on DEI, 18(6),『Development of Epoxy/BN Composites with High Thermal Conductivity and Sufficient Dielectric Breakdown Strength』pp.1963-1972(2011)
【文献】X.Huang, et al.:IEEJ Trans on FM,133(6),『Boron Nitride Based Poly(phenylene sulfide) Composites with Enhanced Thermal Conductivity and Breakdown Strength”, IEEJ Transactions on Fundamentals and Materials, Vol.133, No.3, pp.66-70(2013)
【文献】小迫、他:第44回電気電子絶縁材料システムシンポジウム予稿集、『交流電界によるフィラー配向エポキシ複合材のフィラー充填率の低減』、pp.47-51(2011)
【文献】今井、他:第44回電気電子絶縁材料システムシンポジウム予稿集、『高周波用途に向けたコンポジット誘電体材料の材料設計』pp.37-40(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、前掲の特許文献1および非特許文献3の方法では、エポキシ樹脂の常温動粘度は最低でも10センチストークス程度で粘性が高く電界によってBNをほとんど配向できない。更に、前掲の非特許文献1でもエポキシ樹脂の硬化前の液体状態のものにBNを混ぜ、遠心によって粒子を配向させる方法が開示されているが、液の粘性のため、配向させることができない。
【0013】
非特許文献1および2に開示された複合絶縁板では、絶縁破壊強度は市場の要求する100kV/mm超えるものは、熱伝導率が1W/m・K程度以下で市場の要求する10W/m・Kに比べ極めて低い値である。一方、熱伝導率が10W/m・Kを超えるものは、絶縁破壊強度は60kV/mmで市場の要求値に比べ低い値に留まっており、熱伝導率と絶縁破壊強度との両者を満足するものは得られていない。
【0014】
更に、前掲の非特許文献4では熱可塑性樹脂を絶縁母材として用いて複合絶縁板を作ることも試みられている。熱可塑性樹脂としてポリプロピレンを用い、熱可塑温度以上に加熱した後にBNを溶融混錬して射出成形による方法が示されているが、溶融状態の熱可塑性樹脂では、前述の電界や遠心力による配向が困難な程、粘性が高い上、BNを均一分散する高度な製造技術が必要である。
【0015】
このような先行技術文献に示されているように、良好な熱伝導性と十分な絶縁性を共に有する複合絶縁板は、未だ提供されていない。
【0016】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、母材の絶縁性樹脂の中で熱伝導性充填材の配向度を適性に制御し、更に充填密度を改善することで、良好な熱伝導率と十分な絶縁破壊強度を有する複合絶縁板およびその製造方法を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
この目的を達成するために、複合絶縁板に係る第1の発明は、熱可塑性樹脂とその熱可塑性樹脂よりも熱伝導性の高い板状の熱伝導性充填材粒子とを含む複合絶縁板において、前記複合絶縁板の密度が1.8g/cm3以上で、かつ板の厚み方向の熱伝導率が15W/m・K以上で、35W/m・K以下となるように熱伝導性充填材粒子が配向しているものであって、前記厚み方向に対する絶縁破壊強度が95kV/mm以上であるものである。
【0018】
また、第2の発明は、前記構成の複合絶縁板において、前記熱伝導性充填材粒子が六方晶窒化ホウ素粒子であるものである。
【0019】
第3の発明は、前記いずれかの構成の複合絶縁板において、前記熱可塑性樹脂がポリ(メタ)アクリル酸エステル系高分子化合物であるものである。
【0020】
複合絶縁板の製造方法に係る第1の発明は、熱伝導性充填材粒子を主粒子とし、その主粒子表面に熱可塑性樹脂粒子を吸着させてなる複合粒子が液体中に含まれたものであって、該熱可塑性樹脂の溶融粘度よりも低い粘性のスラリーを作製するスラリー作製工程と、所定の容積を有するキャビティ内に前記スラリー作製工程により作製したスラリーを導入する導入工程と、前記導入工程でキャビティ内に導入したスラリーに対し所定方向へ遠心力を作用させることにより、固液分離により複合粒子を前記液体から分離させつつキャビティの遠心力の作用方向に対して交差する面へ堆積させる遠心分離工程と、前記遠心分離工程によりキャビティに堆積させた前記複合粒子の堆積物に対し、前記遠心力の作用方向と同じ方向へ押圧して成形体を形成する押圧工程と、前記押圧工程により作られた前記成形体をキャビティから取り出し、前記熱可塑性樹脂粒子を構成する樹脂の融点温度以上の環境下にて、前記押圧工程での押圧方向と交差する方向へプレスするホットプレス工程と、を含むものである。
【0021】
また、第2の発明は、前記構成の複合絶縁物の製造方法において、前記複合粒子が、板状の熱伝導性充填材粒子に熱可塑性樹脂粒子を吸着させたものであって、熱伝導性充填材粒子の平均粒径に対して熱可塑性樹脂粒子の平均粒径が1/9から1/15であるものである。
【0022】
第3の発明は、前記いずれかの複合絶縁板の製造方法において、前記複合粒子は、液体中で、表面の電荷を正または負に帯電させた熱伝導性充填材粒子と該熱伝導性充填材粒子とは逆の電荷を表面に帯電させた熱可塑性樹脂粒子とを混合し、前記熱伝導性充填材粒子の表面に前記熱可塑性樹脂粒子を吸着させてなるものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明の複合絶縁板によれば、その密度が1.8g/cm3以上であるため、基板内に密に充填された熱伝導性充填材粒子によって、熱伝導性充填材粒子相互の接点を多く形成することができ、熱伝導性の向上を実現できる。また、複合絶縁板の厚み方向の熱伝導率が15W/m・K以上から35W/m・K以下となるように熱伝導性充填材料粒子が熱の伝達方向に配向している。ここで、配向度の向上は、厚み方向への熱伝導性を向上させることができ、また、その配向度が熱伝導率で35W/m・K以下となる状態とすることで絶縁破壊強度の低下を抑制できる。よって、厚み方向に対する良好な熱伝導性を備えつつ、95kV/mm以上となる絶縁破壊強度を有する複合絶縁板を提供できるという効果がある。
【0024】
本発明の複合絶縁板の製造方法によれば、複合粒子が液体中に含まれたスラリーを所定の容積を有するキャビティ内に導入し、所定の方向に遠心力を作用させることにより、固液分離により複合粒子を前記液体から分離しつつキャビティ内の遠心力の作用方向に対して交差する面に配向した状態で堆積、その後に遠心力の作用方向に押圧することで複合粒子が配向した緻密な成形体を作る効果がある。次に熱可塑性樹脂の融点温度以上の環境温度下で、成形体を遠心力の作用方向と交差する方向にプレスすることで複合絶縁板の厚さ方向に個々の熱伝導性充填材粒子の距離が短縮化されて、粒子の外表面にボイドがなく、かつ熱可塑性樹脂で被覆させ、良好な熱伝導性と十分な絶縁破壊強度とを兼ね備えた複合絶縁板を提供できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図3】熱可塑性樹脂粒子の粒径を変えたときの複合絶縁板の絶縁破壊強度および熱伝導率の関係を示した図である。
【
図4】S5の離型工程で型枠から離型した成形体の模式図である。
【
図5】各種の複合絶縁板の熱伝導率と絶縁破壊強度の関係を示した図である。
【
図9】成形温度を変えたときの複合絶縁板の絶縁破壊強度および熱伝導率の関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0027】
複合絶縁板の一実施形態は、熱可塑性樹脂の母材の中に板状の熱伝導性充填材粒子が分散されたものである。
【0028】
複合絶縁板に含まれる熱可塑性樹脂は、絶縁性を有し、その体積固有抵抗は1015Ωcm程度である。具体的にはかかる熱可塑性樹脂としては、たとえば、ポリエチレン(PE)、エチレン酢酸ビニル共重合体(EVA),ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ABS樹脂、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリフェニレンスルファイド(PPS)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK)などが例示できる。これらの熱可塑性樹脂は、放熱設計の前提となる使用最高温度を勘案して選定される。なお、熱可塑性樹脂として1種類のものを用いても良く、複数種類のものを混合して用いても良い。更には、ホモポリマーであっても良く、共重合体であってもよい。
【0029】
一般に製造時の成形工程での加熱温度が高い程、冷却に伴い熱可塑性樹脂と充填材との界面に応力が発生した状態となり、界面での剥離を誘発しやすい。一方、ガラス転移点が高いほど耐熱性が優れているため、より高温下での使用に好適に用いることができる。
【0030】
例えば、自動車用Si系パワーモジュールの最高使用温度100~120℃に近いが、実際のモジュールでは、熱劣化を考慮し、熱設計温度は60~70℃となる。好適には熱可塑性樹脂はポリ(メタ)アクリル酸エステルである。ポリ(メタ)アクリル酸エステルはアクリル酸エステルまたはメタクリル酸エステルの重合体で、絶縁特性として体積固有抵抗率は1016Ωcmで良好な値である。
【0031】
SiC系パワーモジュールでは、運転最高温度が200℃程度で、熱設計温度は100℃を超えることになるため、耐熱温度が200℃を超える熱可塑性樹脂が選択され、好適には耐熱温度が250℃であるPTFEやPAIがその候補である。
【0032】
複合絶縁板に含まれる熱伝導性充填材粒子は、熱伝導率および熱拡散率が高いほど好ましく、電気的には体積固有抵抗率および絶縁破壊強度が高いほど良い。
【0033】
一般には熱伝導性充填材粒子としては、アルミナ(Al2O3)、シリカ(SiO2)アルミナ水和物(Al2O3・H2O)、酸化チタン(TiO2)、窒化アルミ(AlN)、窒化ホウ素(BN)、窒化ケイ素(SiC)などが例示される。
【0034】
ここで、本実施形態の熱伝導性充填材粒子は、粒子形状が板状であるものが用いられる。「板状」とは、層状で六方晶の結晶構造を有して粒子が板のような形状であることを言う。また、熱伝導性充填材粒子は、熱伝導性に異方性を有していても良い。「熱伝導の異方性」とは板状の熱伝導性充填材粒子の面内方向と厚さ方向で熱伝導率が異なることを言う。熱伝導性充填材粒子は、その平均粒径が、大きくなるにつれ粒子間に隙間ができ絶縁板内の密度が上がらず、母材の樹脂が多くなり、熱伝導性が上がらない。また、平均粒径が小さくなるにつれて、充填密度は上がるが、母材との界面が多くなり、絶縁性能低下要因になる。よって、熱伝導性充填材粒子の平均粒径が、0.5μm~60μmのものが用いられ、より好適には、平均粒径が20μm~50μmのものが用いられる。
【0035】
上記した熱伝導性充填材粒子において好適には六方晶系窒化ホウ素(以降BN)が用いられる。BN粒子の結晶は層状結晶であることから結晶面に沿ってヘキカイするため、BN粒子は板状となり、一般的に平均粒径は0.5~60μmで、厚さは0.1~3μm程度である。BNの体積抵抗率は一般的に使用されているアルミナと同等である。BNの熱伝導率はアルミナに比べ厚さ方向で2倍で、面内方向で10倍である。
【0036】
本実施形態では、熱伝導性充填材粒子の粒子径は、レーザー回折散乱法によって測定されたものが用いられる。たとえば、レーザー散乱式粒度測定装置(島津製作所製、SALD-3100)を用いて粒度分布を測定し、累積分布率50重量%での粒度(D50)を「平均粒径」という。
【0037】
特に限定するものでもないが、本発明のBNの具体例としては、「PT-110(商品名)」(モーメンティブパーフォーマンスマテリアルズジャパン合同会社製、平均粒径45μm)があげられる。これに限らず板状の熱伝導性充填材粒子は粉砕・解砕することで所定の平均粒径の粒子を得ることができる。
【0038】
複合絶縁板における熱伝導性充填材粒子の配合量は、40~80体積%の範囲である。熱伝導性充填材粒子の配合量が40体積%以下であると、熱伝導性が十分得られず、配合量が80体積%以上であると熱伝導性充填材粒子の外表面の熱可塑性樹脂が不足し、絶縁破壊強度が不十分な複合絶縁板となる。好適には配合量が、55~70体積%の範囲である。
【0039】
図1は本実施形態の複合絶縁板の断面の模式図である。本複合絶縁板は、上面視矩形上に形成されており、紙面上側が複合絶縁板の表面となるよう表示されている。
【0040】
かかる複合絶縁板は、熱伝導性充填材粒子1が熱可塑性樹脂2に分散され、熱伝導性充填材粒子は熱可塑性樹脂が被覆し、相互に接着し熱可塑性樹脂中に存在した状態である。使用状態においてその両面が半導体素子および放熱フィンと接するようにセットされる。使用に際しては、
図1中の矢印方向が電界の印加方向となる。本複合絶縁板は、熱を伝播させたい方向(複合絶縁板の厚み方向)に対し、熱伝導性充填材粒子1の面内方向が所定の配向度の範囲で配向している。
【0041】
ここで、本実施形態において、複合絶縁板を構成する熱伝導性充填材粒子の「配向度」とは、複合絶縁板の厚み方向(上下方向)を基準とした場合に、板状の熱伝導性充填材粒子1のそれぞれの面内方向が、厚み方向に対しどの程度傾いているか(整列しているか)を示す指標である。すなわち、熱を伝搬させたい方向への熱伝導性充填材粒子1の整列の度合いであり、複合絶縁板が示す熱伝導率で規定する。熱伝導性充填材粒子の面内方向が複合絶縁板の板面に対してつくる角度は、複合絶縁板内に存在する個々の熱伝導性充填材粒子ごとに一定ではない。複合絶縁板の厚さ方向の単位体積当たりの熱抵抗は、その単位体積内に存在する熱伝導性充填材粒子の熱抵抗と熱伝導性充填材粒子の隙間を埋める熱可塑性樹脂の熱抵抗の直列および並列の合成で計算できる。このため、複合絶縁板の熱伝導率は複合絶縁板内の熱伝導性充填材粒子の全体の配向度と一定の関係がある。従って、複合絶縁板の熱伝導性充填材粒子の配向度は、複合絶縁板の熱伝導率で表すことができる。
【0042】
本実施形態の複合絶縁板内の熱伝導性充填材粒子の配向度は複合絶縁板の熱伝導率が15W/m・K以上から35W/m・K以下となる配向度である。熱伝導率15W/m・K以下となる配向度では、複合絶縁板としての熱伝導性は不十分である。熱伝導率35W/m・K以上となる配向では、複合絶縁板の絶縁破壊強度が急激に悪化する。
【0043】
本実施形態の複合絶縁板は絶縁破壊強度が95kV/mm以上のものである。好適には絶縁破壊強度の平均値が110kV/mmである。絶縁破壊強度が95kV/mm以下では、複合絶縁板の熱伝導性充填材粒子の配向度が高く、複合絶縁板の厚さ方向に熱伝導性充填材粒子の面内方向がつながり絶縁上の弱点が多くなる。
【0044】
本実施形態の複合絶縁板の密度は1.8g/cm3以上である。1.8g/cm3以下では、複合絶縁板としての熱伝導性は不十分である。
【0045】
複合絶縁板の熱伝導性充填材粒子と熱可塑性樹脂は、それぞれ材料本来の絶縁破壊強度を有しているが、両者の誘電率の違いから、その界面では電界の変歪があり、電界が高い部分ができ絶縁的な弱点となる。このため、配向度を上げていくこと、すなわち電界方向に熱伝導性充填材粒子の面内方向が配向するため、粒子の界面が電界方向に連続してしまうため、絶縁性能は低下する。一方、配向度を上げることで、熱伝導率は向上する。このように配向度は両特性に対して背反するため、絶縁破壊強度が十分で、かつ熱伝導性の良い適切な配向度が存在し、本発明の製造方法の条件を適切に制御し、使用目的で要求される絶縁破壊強度と熱伝導率を発現する複合絶縁板を提供できる。
【0046】
上記の複合絶縁板の製造方法に関しても本発明の範囲内である。
【0047】
図2~
図4を参照して、本発明の一実施形態における複合絶縁板の製造方法について説明する。なお、以下の実施形態は本発明を具体化した一例にすぎず、本発明の主旨を変更しない範囲で、実施形態を適宜変更できることは言うまでもない。
【0048】
図2は第一実施形態の複合絶縁板の製造方法を示す工程図である。
本製造方法では、熱伝導性充填材粒子の表面に熱可塑性樹脂が吸着して複合化された複合粒子を含むスラリーを作製するスラリー工程(S1)、複合粒子が分散したスラリーを型枠に導入する導入工程(S2)、型枠内で遠心力によって複合粒子を沈降させ固液分離する遠心分離工程(S3)、沈降した堆積物を加圧する押圧工程(S4)、型枠を外して成形体を取出す離型工程(S5)、成形体を加熱しながら加圧するホットプレス工程(S6)を経て製造される。
【0049】
なお、本実施形態の製造方法で用いる複合粒子は、予め製作されたものを使うこともできる。なお、本実施形態においては、その製造工程(複合粒子作製工程(S0)を備えて、複合絶縁板の製造方法が構成されている。
【0050】
本製造工程で使用される複合粒子は、主粒子(粒径が大きい粒子)表面に、主粒子に比べて粒径が小さな吸着粒子が吸着され、全体として1の粒子として一体となった態様を有するものであり、主粒子は、熱伝導性充填材粒子であり、吸着粒子は熱可塑性樹脂粒子である。
【0051】
主粒子は平均粒径0.5μmから60μmの熱伝導性充填材粒子で、その主粒子の平均粒径に対して吸着粒子の平均粒径は1/9~1/15の範囲である。好適には1/10である。
【0052】
複合粒子の主粒子である熱伝導性充填材粒子と、吸着粒子である熱可塑性樹脂粒子のそれぞれの平均粒径の関係は、複合絶縁板の絶縁破壊強度および熱伝導率に大きく影響する。ここで、
図3を参照して、この主粒子の平均粒径と吸着粒子の平均粒径との関係が、複合絶縁板の絶縁破壊強度および熱伝導率に及ぼす影響について説明する。
【0053】
図3は一例として、主粒子として平均粒径45μmのBN粒子、吸着粒子としてPMMA粒子を用い、PMMA粒子の平均粒径を1~12μmまで変化させた場合の絶縁破壊強度および熱伝導率の関係を示した図である。
【0054】
図3において、横軸はPMMA粒子の平均粒径、左の縦軸は絶縁破壊強度(kV/mm)、右の縦軸は熱伝導率(W/m・K)である。また、
図3中において、破線にて絶縁破壊強度の変化を示し、実線にて熱伝導率の変化を示している。
図3からもわかるように、絶縁破壊強度は、PMMA粒子の粒径の増加に伴い向上し、平均粒径4μmの場合の絶縁破壊強度は平均粒径1μmに対して2倍程度に達する。しかし、更に、PMMA粒子の平均粒径を8μm、12μmと粒径を増加しても絶縁破壊強度は比例して増加しない上、ばらつきも増大する。一方、熱伝導率はPMMA粒径が4μm程度までは変わらないが、粒径が大きくなるにつれて低下する傾向を示している。8μmの場合の熱伝導率では1μmに比べ1/2程度である。このことから、BN粒子の平均粒径が45μmの場合には、PMMA粒子4μm以上6μm以下の間が最適である。これは、主粒子を45μmとした例であるが、主粒子の平均粒径が変わっても
図3と同様に吸着粒子の粒径は1/9~1/15の範囲とされる。
【0055】
【0056】
複合粒子作製工程(S0)は、粒径の大きい方の主粒子(熱伝導性充填材粒子)の表面に、粒径の小さい方の粒子(熱可塑性樹脂粒子)を吸着粒子として吸着させて複合粒子を作製する工程であり、本実施形態においては、吸着粒子の表面電荷と、熱伝導性充填材粒子の表面電荷とが、反対電荷となるようにそれぞれ調整された後、液中において両粒子を混合することで、静電引力により熱伝導性充填材粒子(主粒子)に熱可塑性樹脂粒子(吸着粒子)が吸着されるようになっている。
【0057】
ここでは、吸着粒子の表面電荷を負に調整し、主粒子の表面電荷を正に調整する場合について説明するが、吸着粒子の表面電荷を正に調整し、主粒子の表面電荷を負に調整しても良い。
【0058】
具体的には、親水性を高めると共に負の表面電位を高めさせるため、界面活性剤に吸着粒子を浸漬させた。次に2種類の高分子電解質溶液に順に吸着粒子を浸漬した。これらの濃度は各溶液が吸着粒子表面全体に吸着するために十分な濃度である。なお、各溶液に浸漬する前に吸着粒子はイオン交換水中での洗浄処理を実施した。最終的に吸着粒子の表面電位は負に調整した。一方、同様な方法で熱伝導性充填材粒子の表面電位を最終的に正に調整し、主粒子とした。表面電位を負とした吸着粒子および表面電位を正とした主粒子をイオン交換水中で混合し、静電相互作用により主粒子表面に吸着粒子が吸着した複合粒子を作製した。
【0059】
スラリー工程(S1)は、複合粒子を低粘度液体と混ぜてスラリー状にする工程である。本工程で、複合粒子を溶解しない低粘度液体を用いてスラリーにすることで低い遠心力で容易に複合粒子を緻密化させることができる。この時の溶媒としてはイオン物質の極力すくない低粘度液体であることが望ましい。低粘度とは、常温の動粘度として1センチストークス程度以下である。好適にはイオン交換水である。
【0060】
導入工程(S2)は、S1の工程で作られたスラリーを型枠に入れる工程である。なお、本実施形態において、型枠には、上面を開口する有底の容器であって、好適には、底部が平面状に形成されたものが用いられる。
【0061】
遠心分離工程(S3)は、複合粒子を配向させ、かつ固液分離するために遠心力を加える工程である。遠心力は、遠心力=(回転数)×(回転中心から複合粒子までの距離)×(複合粒子の重量)で算出する。キャビティ内に導入したスラリーに対して遠心力を作用させることにより、スラリーの複合粒子を液体から分離させつつ、遠心力の作用方向と交差する面に堆積させる。複合粒子を水のような低粘度液体中に分散させスラリーを作ることで、遠心力で複合粒子を容易に沈降させ、得られる複合粒子の堆積物において、複合粒子の配向性を向上させることができる。
【0062】
低粘度液体中に分散させずに単純にドライな粉体状態で型に入れて機械的圧力のみを加え、複合粒子の密度を高める方法もあるが、複合粒子同士が動き難く、複合粒子が配向出来ない上、粒子間に隙間が出来やすく緻密な構造にならない。
【0063】
一方、本製造方法によれば、遠心分離工程(S3)の工程では型枠に遠心力を付与することで複合粒子の板面が遠心力の作用方向と交差するように沈降し、複合粒子が配向しつつ沈降して堆積物ができる。
【0064】
押圧工程(S4)は、遠心分離工程(S3)の工程で作られた堆積物に遠心力の作用方向と同方向に機械的に面圧を加える工程である。前工程の遠心分離工程(S3)では、複合粒子の重量で決まる遠心力しか複合粒子に力を与えることが出来ない。このため、前記堆積物の密度を更に上げるため、遠心力の作用方向と同方向に機械的に面圧を加える本工程が設けられている。
【0065】
離型工程(S5)は、押圧工程(S4)でできた成形体を型枠から取り外す工程である。
図4は取り出した成形体の模式図である。前記成形体は複合粒子が塊となった状態で、複合粒子を構成する熱伝導性充填材粒子の板面が成形体の底面と整列するように配向した状態である。
【0066】
ホットプレス工程(S6)は、遠心力と交差する方向(
図4に図示)つまり複合粒子の面内方向に熱可塑性樹脂の融点温度以上、耐熱温度以下で加熱しながら、プレスする工程である。ホットプレスの継続時間は熱可塑性樹脂の溶融温度で適宜決められた時間である。この工程により、熱可塑性樹脂は融点温度以上になり、溶融して熱伝導性充填材粒子の界面に流動して隙間をなくすように樹脂層を形成する。ホットプレス時の温度は、熱可塑性樹脂の組成で決まる融点温度以上で設定する。ホットプレスの加熱温度は、高いほうが樹脂の流動性が高まり、充填剤粒子間に流れ込み安くなる。このため、熱伝導率を上げるために充填剤粒子の充填密度を上げ、充填粒子間の隙間が小さくなっても、樹脂が流れ込み安くなるため絶縁破壊強度の低下を抑制することができる。加熱温度の上限は樹脂を構成する高分子が劣化し始める温度より低い温度である。ホットプレスの圧力は高くすることで、熱伝導性充填材粒子間の距離を短くすると共に、熱可塑性樹脂内のボイドを追い出すことができ、複合絶縁板の密度が上がる。配向した熱伝導性充填材粒子同士を面内方向に距離を近づけるように力が加わり、熱伝導性充填材粒子の間に存在する空隙が無くなるか、または距離が近くなり、熱抵抗が低下する。さらに、一部の熱伝導性充填材粒子同士の端部(側面)が直接接触した状態になる。これは、複合粒子において、熱可塑性樹脂粒子は熱伝導性充填材粒子の板面に吸着し、板上の熱伝導性充填材粒子の厚さに比べ熱可塑性樹脂粒子の粒径は十分大きいため、熱伝導性充填材粒子の側面には吸着し難いため、ホットプレス時の圧力で熱伝導性充填材粒子どうしが直接接触する。この工程は、真空中で行えば、樹脂中のボイドを更になくすることができ絶縁破壊強度を向上させることができる。
【0067】
なお、本発明の製造方法によって作られた複合絶縁板の絶縁性および熱伝導性は、以下の評価方法によって測定された値が用いられる。なお、複合絶縁板は方向によってその特性が大きく違うため、実使用の方向、すなわち厚さ方向での測定値が用いられる。
【0068】
絶縁性の評価方法を説明する。本発明の複合絶縁板を研磨紙で厚さ約1mm程度に研磨したものを試料として、マッケオン型電極の1対の電極の間に挟み、試料表面の気中で絶縁破壊することを防止するため、試料および電極のまわりをエポキシ樹脂でモールドした。 室温にて上昇率1 kV/秒の直流ランプ電圧を印加し、絶縁破壊電圧を測定した。絶縁破壊強度(kV/mm)は絶縁破壊電圧をマッケオン電極系作製後の実際の試料厚さで除することにより算出した。試料を変えて複数回、好適には10回以上 試験を行い、その平均値を「絶縁破壊強度」とする。
【0069】
熱伝導性の評価方法を説明する。本発明の複合絶縁板を直径10mm、 厚さ1mmの円盤状に切り出したものを試料とし、レーザフラッシュ法にて室温下における熱拡散率(m2/秒)および比熱容量(J/g・K)とを測定する。熱伝導率(W/m・K)は、この測定値とアルキメデス法にて常温で測定した密度から計算した値を「熱伝導率」とする。
【実施例】
【0070】
以下、本発明の製造方法による効果を検証するための実験例を説明する。
図5は本発明の製造方法を用いて製造条件を変えたときの絶縁破壊強度と熱伝導率の関係の図である。図の縦軸は絶縁破壊強度(kV/mm)、横軸は熱伝導率(W/m・K)である。図中×印および+印のプロットは、前掲の非特許文献1および2で開示された結果である。
【0071】
非特許文献1では、熱伝導性充填材粒子としてのBNとエポキシ樹脂とを用い製造条件を変えて複合絶縁板を作製し、絶縁破壊強度と熱伝導率を測定している。その結果によれば、ここで作製した複合絶縁板の絶縁破壊強度は市場の要求する100kV/mm超えるものがあるが、熱伝導率は1W/m・K程度以下で市場の要求する10W/m・Kに比べ極めて低い値である。一方、熱伝導率が10W/m・Kを超えるものは、絶縁破壊強度が60kV/mmで市場の要求値に比べ低い値に留まっており、熱伝導率と絶縁破壊強度との両者を満足するものは得られていない。
【0072】
同様に非特許文献2では、同一の構成の複合絶縁板の絶縁破壊強度は60kV/mm以下で熱伝導率は1W/m・K以下と極めて低い値である。
【0073】
(実験例1)
図5中のAのプロットは次の条件で作製した試料Aの熱伝導率と絶縁破壊強度である。熱伝導率は19±2W/m・Kで、絶縁破壊強度の平均値(X)は110kV/mmであった。この時の絶縁破壊電圧のばらつきの標準偏差(σ)は5%であった。ばらつきを考慮した絶縁破壊強度の下限値は、X(1-2σ)、すなわち95%の発生確率で計算すると、99kV/mmである。
【0074】
試料Aの熱可塑性樹脂としては、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)を用いた。自動車用Si系パワーモジュールの使用最高温度100~120℃で、実際のモジュールの熱設計温度が60~70℃であることから成形性の良いPMMAを選定した。熱伝導性充填材粒子としては前掲の六方晶BN「PT-110(商品名)」(モーメンティブパーフォーマンスマテリアルズジャパン合同会社製)を用いた。BNは黒鉛に似た板状結晶の粒子形状で、面内方向の熱伝導率は200W/m・Kで厚さ方向の熱伝導率60W/m・Kに比べ3倍以上となっている。
【0075】
本実施例では熱可塑性樹脂と熱伝導性充填材粒子と用いてS0の工程で複合粒子を作製した。複合粒子は、主粒子(粒径が大きい粒子)として面内方向の平均粒径45μmのBNを用いた。粒径の大きい主粒子の周りの吸着粒子として熱可塑性樹脂PMMAを用いた。主粒子の平均粒径に対し吸着粒子の平均粒径は好適には1/10であるので4μmとした。
【0076】
次にPMMA粒子表面の親水性を高めると同時に負の表面電位を高めさせるため、濃度5 g/lの界面活性剤であるデオキシコール酸ナトリウム(SDC)にPMMA粒子を浸漬した。次に高分子電解質である濃度50g/l のポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド(PDDA),濃度10g/lのポリスチレンスルホン酸ナトリウム(PSS)の順にPMMA粒子を浸漬した。SDC、PDDAおよびPSSの濃度はそれらがPMMA表面全体に吸着するために十分な濃度とした。各溶液に浸漬する前にPMMA粒子はイオン交換水中での洗浄処理を実施した。最終的にPMMA粒子の表面電位は負に調整した。一方、同様な方法でBN粒子の表面電位を最終的に正に調整し、主粒子とした。表面電位を負としたPMMA吸着粒子および表面電位を正としたBN主粒子をイオン交換水中で混合し、静電相互作用によりBN主粒子表面にPMMA吸着粒子が吸着した複合粒子を作製した。
図6はBN単粒子の外表面に平均直径4μm程度のPMMA粒子が均一に吸着していることを示した電子顕微鏡写真である。BN単粒子の板面は球形のPMMA粒子で覆われており、板の厚さ方向の端部はPMMA粒子が吸着していない。
【0077】
S0の工程で作製された複合粒子は、S1の工程で導電率1~10μS/cmのイオン交換水の中に溶かしスラリー状にした。
【0078】
S2の工程では、S1の工程で作られたスラリーを12mm×40mmで厚さ3mmの板状キャビティを有する型枠(
図7)に導入した。
【0079】
S3の工程で、S2の工程でスラリーが入った型枠を図中の矢印の方向に遠心分離機を用いて遠心力を与えた。遠心力は複合粒子1個あたり約5μNで、10分間与え、固液分離すると共に複合粒子を沈降させた。粒子1個当たりの遠心力は、遠心力=(回転数)×(回転中心からの距離)×(複合粒子の重量)で算出した。ここで、回転数:3000rpm、回転中心から複合粒子までの平均距離:1700mm、複合粒子の重量:2.87×10-9g[=(PMMA密度:1.2g/cm3)×(PMMA粒子体積:3.35×10-11cm3)+(BN密度:2.1g/cm3)×(BN体積:1.35×10-9cm3)]であった。型枠の低面(A面)と交差する方向に遠心力を作用することで複合粒子の板状面が型枠の底面に向くように沈降し、スラリーの液体が型枠の隙間から逃げることにより12mm×13mmで厚さ3mmの複合粒子の堆積物ができた。
【0080】
S4の工程で遠心力の作用方向と同方向に型枠の開口部3と同一形状の板で機械的圧力を加え12mm×13mmで厚さ3mmの堆積物を12mm×10mmで厚さ3mmまで圧縮し成形体とした。
【0081】
S5の工程では、S4の工程で作製した成形体を型枠から取り外した。
【0082】
S6の工程ではS5の工程で作製した成形体の3mmの厚さ方向にPMMAの融点以上の温度160℃でホットプレスを1時間行った。PMMAでは80~100℃で軟化し、160~260℃で溶融し熱成形するため、ここでは160℃でホットプレスした。ホットプレス圧力はφ10mmの面で50MPaの圧力である。
【0083】
図8は、このような工程で作製した複合絶縁板の断面の電子顕微鏡写真である。複合絶縁板の電界がかかる厚さ方向(写真の上下方向)に板状のBN粒子は面内方向が揃った配向を示している上、BN粒子の外表面はPMMAが被覆した状態であり、一部のBN粒子同士は厚さ方向の面が接触した状態となっている。これは、BN粒子の表面に適正粒径のPMMA粒子が均一に付着した複合粒子が加熱によってそのPMMA粒子が融解してBN粒子の表面を被覆すると同時に複合絶縁板の厚さ方向のプレス圧によってBN粒子端面が接触したためである。
【0084】
本実施例の複合絶縁板の密度は1.84g/cm3、BN粒子の配合量は59体積%であった。ここで用いたBN粒子の密度は2.1g/cm3、PMMA粒子密度は1.2g/cm3であった。
【0085】
(実験例2)
図5中のBのプロットの試料Bは、試料Aの製造方法および条件の内、S4の工程を省略して、S4の押圧工程の効果を検証した試料である。すなわち、S3工程で遠心分離機によって複合粒子を配向させ、固液分離で液分を除去した堆積物を作製した後、S4の工程での遠心力の作用方向の機械的圧力を印加しないでS5の工程で型枠から取り外し、S6の工程でホットプレスした試料である。BはAに比べ絶縁破壊強度は20%程度高いが、熱伝導率は1/2程度であった。また、試料Bの複合絶縁板の密度は1.82g/cm
3、BN粒子の配合量は57体積%であった。試料Aの密度は試料Bに比べ0.02g/cm
3増大しており、省略したS4の工程は複合粒子の沈降した堆積物の方向と同じ方向に力を加えることで複合絶縁板の密度を高める効果がある。さらに、試料A のBNの配向度はS4の工程により増加する。このため、試料Aの厚さ方向熱流抵抗が面全体として試料Bに比べ低くなったため熱伝導率が大幅に下がった。また、試料AのBNの配向度は試料Bに比べ高く、電界方向にBN粒子の面内方向の界面が多くなるため、放電がBN界面の面内方向に進展しやすくなり絶縁破壊強度が低下した。つまり、遠心力および機械力によって配向の程度および密度を制御して所要の絶縁破壊強度、熱伝導率の複合絶縁板を製作することができる。ここでは、述べていないが、配向度と機械強度は密接な関係にあるため、本発明の工程条件を組み合わせて使用用途に応じた機械強度を有し、良好な熱伝導率で十分な絶縁破壊強度の複合絶縁板を製作することができる。
【0086】
(実験例3)
図5中のCのプロットの試料Cは複合絶縁板の密度の影響を見るために、複合粒子におけるBN粒子表面のPMMA粒子の吸着量を約半分程度にし、試料Aと同一方法、同一条件で作製した試料である。この試料の絶縁破壊強度は試料Aに比べ平均値で10%程度低下したが、熱伝導率は逆に平均値で10%程度上昇した。本実施例の複合絶縁板の密度は1.94g/cm
3、BN粒子の配合量は68体積%であった。複合絶縁板の密度が0.1g/cm
3増大した。これは、複合絶縁板のPMMA粒子数の減少によりBN粒子配合量が試料Aの59体積%から68体積%と9%も増大したため、熱流パスが増加し熱伝導率が増加した。BN粒子の増加は電気的な弱点の増加となり、試料Cの絶縁破壊強度が試料Aのそれに比べ低下したと考えられる。
【0087】
(実験例4)
実験例1で説明したS1~S5の工程で作製した成形体をS6の工程で温度を120℃、200℃と変化させて3mmの厚さ方向にホットプレスを1時間行った。ホットプレス圧力はφ10mmの面で50MPaの圧力である。
図9において、横軸のホットプレス温度に対して、左側縦軸は絶縁破壊強度、右側縦軸は熱伝導率であり、ホットプレス温度が250℃で作製した試料の絶縁破壊強度は160℃のものに比べ10%程度低下したが、熱伝導率は1.7倍の33.4w/m・Kとなった。
【0088】
以上のように製造方法にかかる実施形態によって複合絶縁板を製造することができる。本発明は、かかる製造方法によって製造された複合絶縁板を含むものである。
【符号の説明】
【0089】
1 熱伝導性充填材粒子
2 熱可塑性樹脂
3 型枠の開口部(キャビティの開口部)