(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-10
(45)【発行日】2022-11-18
(54)【発明の名称】原核生物用発現ベクター
(51)【国際特許分類】
C12N 15/70 20060101AFI20221111BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20221111BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20221111BHJP
【FI】
C12N15/70 Z ZNA
C12N1/21
C12P21/02 C
(21)【出願番号】P 2018137930
(22)【出願日】2018-07-23
【審査請求日】2021-06-01
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(72)【発明者】
【氏名】近藤 興
(72)【発明者】
【氏名】祐村 惠彦
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-524281(JP,A)
【文献】特開2012-080879(JP,A)
【文献】特開2008-237024(JP,A)
【文献】国際公開第02/090554(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2012-0140185(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00- 7/08
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)又は(2)記載のポリヌクレオチドと、リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと、発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドとを順次備えた原核生物用発現ベクター。
(1)配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(myosin regulatory light chain:mlcR)をコードするポリヌクレオチドの全長又は部分配列であって、前記配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列を含むポリヌクレオチド;
(2)
配列番号1に示す塩基配列の474~483番目の塩基配列を含み、かつ上記(1)記載のポリヌクレオチドと少なくとも90%以上の配列同一性を有するポリヌクレオチド;
【請求項2】
リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと、発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの間に4~20塩基のスペーサー配列を備えることを特徴とする請求項1記載の原核生物用発現ベクター。
【請求項3】
配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列が、配列番号2に示す塩基配列であることを特徴とする請求項1又は2記載の原核生物用発現ベクター。
【請求項4】
原核生物が大腸菌(Escherichia coli)であることを特徴とする請求項1~3のいずれか記載の原核生物用発現ベクター。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか記載の原核生物用発現ベクターを含有する原核生物。
【請求項6】
請求項5記載の原核生物を培養する工程と、培養した前記原核生物から発現対象のタンパク質を回収する工程を含む、タンパク質の生産方法。
【請求項7】
タンパク質を発現するためのキットであって、請求項1~4のいずれか記載の原核生物用発現ベクターと、タンパク質を発現するための説明書を含むキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は原核生物用発現ベクターや、かかる原核生物用発現ベクターを含有する原核生物や、かかる原核生物を用いた発現対象のタンパク質の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の遺伝子組換え技術の進展とともに、微生物を用いて様々な有用なタンパク質の生産を行うことが行われるようになった。なかでも細菌は、アミノ酸、タンパク質等の有用物質を生産するために広く利用されている。特に近年は、医薬上・産業上有用なタンパク質の遺伝子を細菌に導入して形質転換し、かかる形質転換体を用いて有用タンパク質を効率的に生産する技術が知られるようになっている。
【0003】
タンパク質発現に用いる細菌として、グラム陰性菌の一種である大腸菌が汎用されている。大腸菌をタンパク質発現に利用する技術は工業用タンパク質、食品加工用タンパク質及び医薬品用タンパク質の生産にまで幅広く用いられている。
【0004】
大腸菌を用いたタンパク質生産において様々な発現系ベクターが開発されてきている。最も広く使われる発現系ベクターはpET発現系ベクター(非特許文献1参照)である。pET発現系ベクターは、T7プロモーターの下流にクローニングした目的遺伝子を非常に強力なT7 RNAポリメラーゼによって発現させるベクターである。しかし、決して万能ではなく、うまく発現させることができないタンパク質も報告されている。また、pCold発現系ベクター(非特許文献2、3参照)も広く使われている。このpCold発現系ベクターでは、cspAプロモーターを用いて低温下で目的遺伝子を発現させる点でT7プロモーター使うpET発現系ベクターとは異なる。さらにこのpCold発現系ベクターではtranslation enhancing element(TEE)を用いて翻訳を促進させ、合成量を増加させている。しかし、このTEEは目的遺伝子の開始コドン下流に位置するため、いわゆる”タグ”となり発現対象タンパク質との融合タンパク質として発現する。そのことにより、生来のタンパク質機能を失わせるという悪影響も想定される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Rosenberg, A. H., Lade, B. N., Dao-shan, C., Lin, S.-W., Dunn, J. J., & Studier, F. W. (1987). Vectors for selective expression of cloned DNAs by T7 RNA polymerase. Gene, 56(1), 125-135.
【文献】Qing, G., Ma, L. C., Khorchid, A., Swapna, G. V. T., Mal, T. K., Takayama, M. M., et al. (2004). Cold-shock induced high-yield protein production in Escherichia coli. Nat Biotechnol, 22(7), 877-882.
【文献】Etchegaray, J. P., & Inouye, M. (1999). Translational enhancement by an element downstream of the initiation codon in Escherichia coli. J Biol Chem, 274(15), 10079-10085.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、pET発現系ベクターでは発現が十分でない場合があり、pCold発現系ベクターではTEEが目的遺伝子の開始コドン下流に位置するために目的の発現タンパク質とTEEが融合したままになるという問題があった。そこで、本発明の課題は、翻訳促進効果のある配列を発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの非翻訳領域に含むように設計された原核生物用発現ベクターを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、細胞性粘菌のミオシン調節軽鎖(myosin regulatory light chain:mlcR)遺伝子に着目し、mlcR遺伝子をコードするポリヌクレオチドと共にリボソーム結合部位(Ribosome binding site:RBS)をコードするポリヌクレオチドとmEGFP遺伝子コードするポリヌクレオチドを、汎用されているpUCベクターに組み込んで大腸菌を形質転換したところ、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)等の転写促進剤不含培地で培養した形質転換体においてGFPが高発現していることを見いだし、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]以下の(1)又は(2)記載のポリヌクレオチドと、リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと、発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドとを順次備えた原核生物用発現ベクター。
(1)配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(myosin regulatory light chain:mlcR)をコードするポリヌクレオチドの全長又は部分配列であって、前記配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列を含むポリヌクレオチド;
(2)上記(1)記載のポリヌクレオチドと少なくとも90%以上の配列同一性を有するポリヌクレオチド;
[2]リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと、発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの間に4~20塩基のスペーサー配列を備えることを特徴とする上記[1]記載の原核生物用発現ベクター。
[3]配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列が、配列番号2に示す塩基配列であることを特徴とする上記[1]又は[2]記載の原核生物用発現ベクター。
[4]原核生物が大腸菌(Escherichia coli)であることを特徴とする上記[1]~[3]のいずれか記載の原核生物用発現ベクター。
[5]上記[1]~[4]のいずれか記載の原核生物用発現ベクターを含有する原核生物。
[6]上記[5]記載の原核生物を培養する工程と、培養した前記原核生物から発現対象のタンパク質を回収する工程を含む、タンパク質の生産方法。
[7]タンパク質を発現するためのキットであって、上記[1]~[4]のいずれか記載の原核生物用発現ベクターと、タンパク質を発現するための説明書を含むキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、発現対象のタンパク質の発現量を、変異を加えることなく高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」の作製工程において、mlcR遺伝子とフォワードプライマー、リバースプライマーの位置関係を示した図である。
【
図2】プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」のマップを示す図である。
【
図3】実施例1において、プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」及び「GFP-pUC19」で形質転換した大腸菌をLB寒天培地に塗布して37℃で一晩暗黒環境下にて培養し、青色LED照射下で撮影した写真である。
【
図4】実施例1において、緑色蛍光を発することが確認されたコロニーをLB培地で一晩暗黒環境下にて培養後、培養液を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【
図5】実施例1において、赤色蛍光を発することが確認されたコロニーをLB培地で一晩暗黒環境下にて培養後、培養液を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【
図6】実施例2において、(a)はmlcRの欠損部位を表す図であり、(b)は欠損mlcR-GFP形質転換体を培養し、GFPの蛍光強度(Z score)を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【
図7】実施例3において、GFP発現の有無における菌の生育速度及びプラスミドベクター収量を比較した結果を示す図である。(a)における横軸は時間、縦軸は生育開始時の細胞濃度を1とした場合の相対細胞濃度を示す。(b)における縦軸はプラスミドベクターの収量を示す。
【
図8】実施例4において、4種類のベクターを大腸菌に導入して、グルコースあり又はなしの培地で培養した場合のGFPの蛍光のZ scoreを調べた結果を示す図である。
【
図9】実施例5において、4種類のベクターを大腸菌に導入して、IPTGあり又はなしの培地で培養した場合のGFPの蛍光のZ scoreを調べた結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明におけるベクターは、(1)配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチドの全長又は部分配列であって、前記配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列を含むポリヌクレオチド;の(1)又は(2)記載のポリヌクレオチドと、リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと、タンパク質をコードするポリヌクレオチドとを順次備えた原核生物用発現ベクター(以下、「本件ベクター」ともいう)であればよく、かかるベクターを用いれば、翻訳促進効果のある配列がタンパク質をコードするポリヌクレオチドにおける開始コドンの5’側(上流)に位置するため、翻訳促進効果のある配列が翻訳されることなく発現対象のタンパク質を発現させることが可能となる。
【0012】
本件ベクターにおけるミオシン調節軽鎖(myosin regulatory light chain:mlcR)は、アクチン上を動くモータータンパク質であるミオシンIIの構成要素である。かかるミオシン調節軽鎖は、細胞分裂、細胞の運動、細胞の形態変化等の機能に関与していることが知られている。
【0013】
上記ミオシン調節軽鎖の由来としては、細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)、真正粘菌(Physarum polycephalum)、襟鞭毛虫、海綿、線虫等の環形動物、ショウジョウバエ等の昆虫、ホヤ等の尾索動物、ギボシムシ等の半索動物、ウニ等の棘皮動物、ナメクジウオ等の頭索動物、ゼブラフィッシュ等の魚類、アフリカツメガエル等の両生類、ニワトリ等の鳥類、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、サル、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の哺乳動物を挙げることができ、細胞性粘菌を好適に挙げることができる。
【0014】
ミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチドは、公知の文献やNCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)等のデータベースを検索して適宜入手することができる。細胞性粘菌由来のミオシン調節軽鎖(mlcR)の全長をコードするポリヌクレオチドとしては、配列番号1に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0015】
ミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチドの部分配列とは、ミオシン調節軽鎖(mlcR)の全長をコードするポリヌクレオチドの一部が欠損した配列を意味する。かかるミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチドの部分配列としては、
配列番号2に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の474~483番目の10塩基)や、
配列番号3に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の464~483番目の20塩基)や、
配列番号4に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の459~483番目の25塩基)や、
配列番号5に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の454~483番目の30塩基)や、
配列番号6に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の444~483番目の40塩基)や、
配列番号7に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の439~483番目の45塩基)や、
配列番号8に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の424~483番目の60塩基)や、
配列番号9に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の410~483番目の74塩基)や、
配列番号10に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の374~483番目の110塩基)や、
配列番号11に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の249~483番目の235塩基)や、
配列番号12に示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の219~483番目の265塩基)や、
配列番号13示す塩基配列(配列番号1に示す塩基配列の129~483番目の355塩基)からなるポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0016】
本明細書において、「配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチドの全長又は部分配列であって、前記配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列を含む」とは、配列番号1に示す塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列、すなわち配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチド中の3’末端側の10塩基を含んでいればよいことを意味する。具体的には、配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)の全長をコードするポリヌクレオチドでもよく、配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードするポリヌクレオチド中の3’末端側の10塩基を含んでいる限り、配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)中の5’末端側の任意の塩基が欠損した部分配列をコードするポリヌクレオチドでもよい。
【0017】
本明細書において、「少なくとも90%以上の配列同一性」とは、配列同一性が90%以上であることを意味し、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらにより好ましくは99%以上、最も好ましくは100%の配列同一性を意味する。
【0018】
「上記(1)記載のポリヌクレオチドと少なくとも90%以上の配列同一性を有する塩基配列」とは、換言すると、「上記(1)記載のポリヌクレオチドにおいて、1若しくは数個の塩基が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたポリヌクレオチド」であり、かつ、記(1)記載のポリヌクレオチドと同等の機能を有する塩基配列である。ここで、「1若しくは数個の塩基配列が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたポリヌクレオチド」とは、ポリヌクレオチドの長さに応じて適宜調整できるが、例えば1~30個の範囲内、好ましくは1~20個の範囲内、より好ましくは1~15個の範囲内、さらに好ましくは1~10個の範囲内、さらに好ましくは1~5個の範囲内、さらに好ましくは1~3個の範囲内、さらに好ましくは1~2個の範囲内の数のポリヌクレオチドが欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたポリヌクレオチドを意味する。これらポリヌクレオチドの変異処理は、化学合成、遺伝子工学的手法、突然変異誘発等の当業者に既知の任意の方法により行うことができる。
【0019】
本件ベクターにおけるリボソーム結合サイト(Ribosome binding site:RBS)をコードするポリヌクレオチドとは、原核生物のmRNAにおいて翻訳開始コドン(AUG、GUG、UUG、AUU、CUG)の約3~9塩基上流に位置するプリン塩基(アデニン(A)、グアニン(G))に富むポリヌクレオチドであり、mRNAにリボソームを動員するのを助け、リボソームを開始コドンに配置することによってタンパク質合成を開始させるサイトである。リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドとしては、シャイン・ダガルノ配列(Shine-Dalgarno sequence)に基づいて設計することができる。具体的には、プリン塩基(アデニン(A)、グアニン(G))に富む4~9塩基からなるポリヌクレオチドを挙げることができ、GGAG、AGGA、GGAGG、AGGAG、GGAGGT、AGGGAG、GAGGAG、AGGAGG、AGGAGGT、AGAGGAGA等を挙げることができる。
【0020】
リボソーム結合サイトとして機能する任意のプリン塩基(アデニン(A)、グアニン(G))に富む配列の活性は、任意の好適な方法を使用して試験することができる。例えば、発現は、国際公開第2004/046321号パンフレットの実施例1に記載のとおり、mRNAによりコードされるレポータータンパク質の活性を計測することにより計測することができる。
【0021】
リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの間には、任意の塩基配列からなるスペーサー配列を含むことが好ましい。スペーサー配列としては、4~20塩基、好ましくは5~11塩基、より好ましくは6~10塩基からなるポリヌクレオチドであり、かかる配列により、リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドと発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドにおける開始コドンが、翻訳制御機能を発揮できる適切な距離で配置されることなる。スペーサー配列の塩基としては特に制限されず、アデニン、グアニン、シトシン、チミンのいずれの塩基でもよい。
【0022】
本明細書における発現対象のタンパク質としては、原核生物内で発現させる目的タンパク質であればよく、用途に合わせて全長のタンパク質でも、その一部のアミノ酸配列からなるタンパク質でもよい。また、発現対象のタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、宿主細胞において発現が最適化されるように改変されていてもよい。
【0023】
本明細書における原核生物としては、真正細菌又は枯草菌であればよく、真正細菌としては、大腸菌等のグラム陰性細菌や枯草菌等のグラム陽性細菌を挙げることができ、大腸菌を好適に挙げることができる。
【0024】
本明細書にける原核生物用発現ベクターに用いるベクターとしては、プラスミドベクター、フォスミド、コスミド、BAC(bacterial artificial chromosome)ベクター等を挙げることができ、プラスミドベクターであることが好ましい。プラスミドベクターとしては、pUC18、pUC19、pBR322、pBR325、pGEM3、pGEM4等の大腸菌で複製可能なプラスミドベクターや、pUB110、pE194、pTP5、pC194等の枯草菌で複製可能なプラスミドベクターを挙げることができる。
【0025】
また、上記ベクターには、生来のタンパク質機能を維持できる限り、プロモーター、複製開始点、オペレーター、薬剤耐性遺伝子、マルチクローニング部位、異化活性化タンパク質結合サイト(Catabolite activator protein)、シグナルペプチド、タグペプチド、又はプロテアーゼ認識サイトを有するペプチドをコードするポリペプチドを含んでもよい。
【0026】
上記プロモーターとしては、T7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター、PSEプロモーター、SP01プロモーター、SP02プロモーター、penPプロモーター等を挙げることができる。またP trpを2つ直列させたプロモーター(P trp×2)、tacプロモーター、let1プロモーター、lacT7プロモーターのように人為的に設計改変されたプロモーター等も用いることができる。
【0027】
上記複製開始点としては、用いる宿主細胞に合わせて適宜選択すればよく、大腸菌を宿主細胞とする場合にはpBR322由来の複製開始点を挙げることができる。
【0028】
上記オペレーターとしては、用いる宿主細胞に合わせて適宜選択すればよく、大腸菌を宿主細胞とする場合にはlacオペレーターを挙げることができる。
【0029】
上記薬剤耐性遺伝子としては、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子等を挙げることができる。
【0030】
上記シグナルペプチドとしては、ゴルジ体移行シグナルペプチド、細胞膜移行シグナルペプチド、ミトコンドリア移行シグナルペプチド、核移行シグナルペプチド、シナプス移行シグナルペプチド、核小体移行シグナルペプチド、核膜移行シグナルペプチド、ペルオキシソーム移行シグナルペプチド等を挙げることができる。
【0031】
上記タグペプチドとしては、DDDDK(FLAG)タグ、HAタグ、MYCタグ、PAタグ、HISタグ、V5タグ、CBDタグ、CBPタグ、TARGETタグ、GFPタグ、MBPタグ、GSTタグ、Thioredoxinタグ、SNAPタグ、ACPタグ、MCPタグ、CLIPタグ、TAPタグ等を好適に挙げることができる。
【0032】
本件ベクターを含有する原核生物は、本件ベクターを原核生物に導入して作製することができ、本件ベクターを原核生物に導入する方法としては特に制限されず、カルシウムリン酸法、エレクトロポレーション法等の公知の方法を挙げることができる。
【0033】
本明細書におけるタンパク質の生産方法としては、本件ベクターを含有する原核生物を培養する工程と、培養した前記原核生物から発現対象のタンパク質を回収する工程を含む、タンパク質の生産方法あればよく、培養方法としては、通常の原核生物の培養に用いられる公知の方法を用いることができる。例えば、原核生物が大腸菌の場合は、37℃前後、及び、振とう培養又は通気攪拌培養等の好気的条件下で培養することができる。培養液からタンパク質を回収する方法としては、公知のタンパク質の回収方法、例えば、遠心分離、次いで、ゲルろ過、イオン交換、アフィニティ等のクロマトグラフィーにより回収する方法を挙げることができる。また、細胞外に分泌されるタンパク質又は細胞外分泌シグナルをもつタンパク質の場合には、細胞を破壊せずにタンパク質を回収することが好ましい。
【0034】
上記原核生物を培養する培地としては、原核生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、原核生物を培養し得る培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。上述の培地に用い得る炭素源としては、グルコース、ガラクトース、フラクトース、スクロース、ラフィノース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類を挙げることができる。上述の培地に用い得る窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩又はその他の含窒素化合物や、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー、各種アミノ酸等の窒素源を含む物質を挙げることができる。上述の培地に用い得る無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等を挙げることができる。
【0035】
本明細書におけるキットとしては、タンパク質を発現するためのキットであって、本件ベクターと、タンパク質を発現するための説明書を含むキット(以下、「本件キット」ともいう)であればよい。
【0036】
本件キットには、本件ベクター及び上記説明書の他に、例えば、滅菌水、生理食塩水、界面活性剤、緩衝剤、保存剤、形質転換用試薬等を必要に応じて含んでいてもよい。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。なお、大腸菌の培養、プラスミドベクターの作製、蛍光顕微鏡観察、大腸菌の増殖測定については以下の手順によって行った。また、発現対象のタンパク質として、蛍光で発現が観察可能なmEGFP又はmRuby3を選択して用いた。
【0038】
[大腸菌の培養]
大腸菌はK-12由来株のHST08(タカラバイオ社)又はBL21(DE3)(コスモバイオ社)を用いた。LB培地は市販のLB培地(日本ジェネティクス社)を用いた。LB寒天培地は、市販寒天(和光純薬工業社)を上記LB培地に追添加し作製した。培養は、37℃にて暗黒環境下で行なった。
【0039】
[プラスミドベクターの作製]
(1)GFP発現プラスミドベクター「GFP-pUC19」の作製
mEGFP(monomeric enhanced green fluorescent protein:以下、単に「GFP」ともいう)遺伝子が挿入されていたプラスミドベクターGFP-pUC19kan(ファスマック社)を鋳型に、以下のプライマーを使ってPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を行い、mEGFP遺伝子を増幅した。
フォワードプライマー 配列番号14
GFP_FOR:GGTCTAGAGATCTATGGTTAGTAAAGGAG
リバースプライマー 配列番号15
GFP_REV:GCCCGGATCCCTACTTATACA
【0040】
得られたPCR増幅産物を制限酵素XbaI(「5’-TCTAGA-3’」)及びBamHI(「5’-GGATCC-3’」)で処理し、pUC19ベクター(タカラバイオ社)に挿入し、プラスミドベクター「GFP-pUC19」を作製した。なお、上記フォワードプライマーGFP_FORには、XbaI、BglIIサイト及びGFPの開始コドン(下線:ATG)が含まれ、上記リバースプライマーGFP_REVには、BamHIサイト及び停止コドン(下線:CTA)が含まれる。
【0041】
(2)mlcR、RBS、スペーサー、及びGFP発現プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」の作製
(2-1)mlcR遺伝子の増幅
発明者らが公知の手法に基づいて作製した細胞性粘菌cDNAライブラリーを鋳型として、耐熱性DNA複製酵素PrimeSTAR Max DNA Polymerase(タカラバイオ社)を用いて、PCRでmlcR遺伝子を増幅した。このときPCRは増幅効率を高めるために2種類のリバースプライマーを用いて2段階で行った。1回目のPCRは、5’末端側に制限酵素XbaI、BglII切断サイトを含むフォワードプライマー(配列番号16:mlcR-FW 5’-GGTCTAGAGATCTATGGCCTCAAC-3’と、3’末端側にRBS及びスペーサーの一部の配列の相補配列を含むリバースプライマー(配列番号17:mlcR-RV1 5’-CCACCTCCTTTCTTACTGAAGAG-3’)を設計して用いた。2回目のPCRは、上記フォワードプライマー(配列番号16:mlcR-FW)と、3’末端側にRBS、スペーサーの全配列及びBamHI切断サイトの相補配列を含むリバースプライマー(配列番号18:mlcR-RV2 5’-TAGGATCCACCACCTCCTTTC-3’)を設計して用いた。mlcR遺伝子と上記フォワードプライマー、リバースプライマーの位置関係を示した図を
図1に示す。
【0042】
(2-2)mlcR、RBS、スペーサー、及びGFP発現プラスミドベクターの作製
上記で得られたmlcR遺伝子の増幅産物をアガロースゲル電気泳動し、分離及び精製後、BglII及びBamHIを用いて制限酵素消化し、同様にBglIIで消化した上記プラスミドベクター「GFP-pUC19」とライゲーションを行い、プラスミドベクター「mlcR480G-RBS-Spacer-GFP-pUC19」を作製した。さらに、大腸菌K-12由来株のHST08(タカラバイオ社)に上記プラスミドベクター「mlcR480G-RBS-Spacer-GFP-pUC19」を導入し、アンピシリン含有LB寒天培地で培養して形質転換を行なった。得られた形質転換体をさらにアンピシリン含有LB培地で培養後、市販のプラスミドベクター精製キット:FastGene Plasmid Mini(日本ジェネティクス社)によりプラスミドベクター「mlcR480G-RBS-Spacer-GFP-pUC19」を精製した。
【0043】
なお、配列番号17に示すmlcR-RV1の3~8番目の6塩基、及び配列番号18に示すmlcR-RV2の12~17番目の6塩基はRBS(リボソーム結合サイト)の相補配列、配列番号17に示すmlcR-RV1の1~2番目の塩基はスペーサー配列の一部の相補配列、配列番号18に示すmlcR-RV2の3~11番目の塩基はスペーサー配列の相補配列である。
【0044】
ここで、上記のmlcR-RV1及びmlcR-RV2プライマーを使うことによって配列番号1に示すmlcRをコードするポリヌクレオチドの480位に塩基置換(本来アデニン(A)がグアニン(G))が生じる。そこで、生じた塩基置換を修正(グアニン(G)をアデニン(A)に修正)するために、フォワードプライマー:mlcR-repair-FW(配列番号19:5’-TTCAGTAAAAAAGGAGGTGGTGGAT-3’)及びリバースプライマー:mlcR-repair-RV(配列番号20:5’-TCCTTTTTTACTGAAGAGAGTATTAACGAAAAG-3’)を用いたInverse PCRにより増幅した。増幅産物を大腸菌K-12由来株のHST08(タカラバイオ社)に導入してアンピシリン含有LB寒天培地で培養して形質転換を行なった。得られた形質転換体をさらにアンピシリン含有LB培地で培養後、上記と同様の方法でプラスミドベクターを精製し、プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」を得た。得られたプラスミドベクターのマップを
図2に示す。
図2中、CAPはcatabolite activator protein binding site、Placはlac promoter、lacOはlac operatorを示す。
【0045】
(3)RBS、スペーサー、及びGFP発現プラスミドベクター「RBS-Spacer-pUC19」の作製
mlcRなしのコントロールとして、上記プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」をテンプレートとして、mlcRをコードするポリヌクレオチドの3’末端のさらに3’側のグアニン(G)を含むフォワードプライマー:RBS-FW(配列番号21:5’-ATTCTAGAGGAGGTGGTGGATC-3’)と上記リバースプライマー:GFP_REV(配列番号15)を用いてPCRにより増幅後、制限酵素(XbaI、BamHI)処理したpUC19に挿入して、プラスミドベクター「RBS-Spacer-pUC19」を作製した。
【0046】
(4)欠損mlcR-GFPキメラ遺伝子の作製
上記(2)で作製したプラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」を鋳型に、mlcR遺伝子の全長483bpにおける3’末端(停止コドンは含まず)から10、20、25、30、40、45、60、74,110、235、265、355bpの部分塩基配列をPCRによって増幅し、mlcR遺伝子の5’末端側から所定の領域を欠損させた欠損mlcR-GFPキメラ遺伝子断片(それぞれ順にmlcR_R10、mlcR_R20、mlcR_R25、mlcR_R30、mlcR_R40、mlcR_R45、mlcR_R60、mlcR_R74、mlcR_R110、mlcR_R235、mlcR_R265、mlcR_R355断片)を作製した。PCRに用いたプライマーは、増幅産物の5’末端側にXbaI切断サイト、3’末端側にBamHI切断サイトを含むように設計した。
【0047】
得られたそれぞれのmlcRの部分塩基配列をXbaI及びBamHIで消化し、その後同じXbaI及びBamHIで制限酵素処理したpUC19とライゲーションすることで、プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」における配列番号1に示すmlcRの全長(full)を、mlcRの5’末端から所定の領域を欠損させた部分塩基配列(配列番号2~13)に置き換えたプラスミドベクター「mlcR_10-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_20-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_25-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_30-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_40-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_45-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_60-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_74-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_110-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_235-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_265-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_355-RBS-Spacer-GFP-pUC19」を作製した。
【0048】
(5)mlcR、RBS、及びmRuby3発現プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-mRuby-pUC19」の作製
上記mEGFP遺伝子の代わりにmRuby3遺伝子(Bajar, B.T. et al., 2016. Improving brightness and photostability of green and red fluorescent proteins for live cell imaging and FRET reporting. Sci Rep, 6, p.20889.)を用いた以外は、上記と同様の用法を行って、「mlcR-RBS-Spacer-mRuby-pUC19」を作製した。
【0049】
[蛍光顕微鏡観察]
カバーガラス(24×60mm:松浪硝子工業)に大腸菌培養液を5μL滴下し、その上に1.5%アガロース片(8×8×1mm)を被せ、さらにカバーガラス(18×18mm:松浪硝子工業)を被せ、励起光源として水銀ランプが搭載された倒立型蛍光顕微鏡(Nikon)を用いて、観察を行なった。mEGFP又はmRuby3の蛍光のZ scoreは、以下のように計算した。なお、大腸菌の蛍光値は、大腸菌内の任意の1箇所を代表値として用いた。背景蛍光は、カバーガラス上で大腸菌が観察されない任意箇所を用いた。
【0050】
Z score=(大腸菌の蛍光値-10箇所の背景蛍光の平均値)/(10箇所の背景蛍光の標準偏差)
【0051】
[大腸菌の増殖測定]
分光光度計(島津製作所)を用いて、600nmでの吸光度を測定し求めた。
【0052】
[実施例1]形質転換体の観察
上記プラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」で形質転換した大腸菌(mlcR-GFP/pUC19株)、及びコントロールとして上記プラスミドベクター「GFP-pUC19」で形質転換した大腸菌(GFP/pUC19株)をLB寒天培地に塗布して37℃で一晩暗黒環境下にて培養し、青色LED照射下で撮影した写真を
図3に示す。
図3中、左上がGFP/pUC19株、右下がmlcR-GFP/pUC19株である。
【0053】
さらに、LB培地を加えたカルチャーチューブに、上記で緑色蛍光を発することが確認されたコロニーを加えて一晩暗黒環境下にて培養後、大腸菌培養液を上述の蛍光顕微鏡観察方法によって観察した結果を
図4に示す。
【0054】
図3、
図4より、mlcR-GFP/pUC19株では、LB培地で培養するだけで恒常的に緑色蛍光を発することが確認された。したがって、GFPをコードするポリヌクレオチドの上流にmlcR遺伝子及びRBSをコードするポリヌクレオチドを配置するだけでGFPを発現させることが可能であることが明らかとなった。
【0055】
なお、上記における「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」の代わりに上記「mlcR480G-RBS-Spacer-GFP-pUC19」で大腸菌を形質転換した場合も、同様に恒常的に緑色蛍光を発し、GFPが発現していることが確認された(図示なし)。すなわち、mlcRをコードする塩基配列の一部が変異した配列であっても緑色蛍光を発し、GFPが発現していることに影響はないことが確認された。
【0056】
さらに、上記における「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」の代わりに「mlcR-RBS-Spacer-mRuby-pUC19」で大腸菌を形質転換した以外は、上記と同様の方法で蛍光顕微鏡観察を行った。結果を
図5に示す。
図5に示すように、mRuby3をコードするポリヌクレオチドの上流にmlcR遺伝子及びRBSをコードするポリヌクレオチドを配置するだけで、赤色蛍光を発し、mRuby3が発現していることが可能であることが明らかとなった。
【0057】
また、上記のようにGFP、mRubyのいずれを発現させた場合にも、翻訳促進効果のあるmlcR遺伝子及びRBSをコードするポリヌクレオチドは、GFP又はmRubyをコードするポリヌクレオチドの上流、すなわち非翻訳領域に含むように設計されているため、発現したGFP又はmRubyに変異は生じていない。
【0058】
[実施例2]欠損mlcR-GFP形質転換体の蛍光強度
mlcR全長の塩基配列の代わりに、mlcRの5’末端から所定の領域を欠損させた部分塩基配列に置き換えたそれぞれのプラスミドベクターを用い、実施例1と同様の方法で大腸菌K-12由来株のHST08に形質転換して培養し、GFPの蛍光強度を蛍光顕微鏡で観察した結果を
図6に示す。
図6中、(a)はmlcRの欠損部位を表す図であり、(b)はそれぞれのプラスミドベクターで形質転換した株のGFP蛍光強度(Z score)を示す図である。また、
図6中「mlcR_10」、「mlcR_20」「mlcR_25」「mlcR_30」「mlcR_40」「mlcR_45」「mlcR_60」「mlcR_74」「mlcR_110」「mlcR_235」「mlcR_265」「mlcR_355」、「mlcR_full」はそれぞれ上記で作製したプラスミドベクター「mlcR_10-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、「mlcR_20-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_25-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_30-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_40-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_45-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_60-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_74-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_110-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_235-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_265-RBS-Spacer-GFP-pUC19」「mlcR_355-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」で形質転換した株を表す。さらに、GFPはプラスミドベクターGFP/pUC19株、RBS+Spacerはプラスミドベクター「RBS-Spacer-pUC19」で形質転換した株を表す。
【0059】
図6(b)に示すように、mlcR遺伝子の5’末端側の一部を欠損してもGFPの蛍光が観察され、GFPが発現していることが確認できた。特に、蛍光強度に関して、mlcRの3’末端から10塩基の部分塩基配列を用いた場合、コントロールのRBS+Spacerと比較して27倍ものZ scoreを有していた。また、mlcR遺伝子の3’末端から40塩基、235塩基、265塩基の部分配列を用いた場合、部分塩基配列にも関わらずmlcR遺伝子全長を用いた場合と同様のZ scoreを有し、mlcR遺伝子の3’末端から25塩基の部分塩基配列を用いた場合には、mlcR遺伝子全長を用いた場合の約2倍ものZ scoreを有していた。また、
図6(b)に示すように、「RBS+Spacer」や「GFP」ではほとんど蛍光が見られなかった。かかる結果より、配列番号1に示すミオシン調節軽鎖(mlcR)をコードする塩基配列の少なくとも474~483番目の塩基配列を含むポリヌクレオチドと、リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドにより、リボソーム結合サイトの下流にある遺伝子を高発現させることが可能であることが明らかとなった。
【0060】
[実施例3]GFPの発現による生育とプラスミドベクター収量への影響
GFPを発現させることよる宿主細胞の生育への悪影響がないか調べた。まず、GFP発現の有無における菌の生育速度を比較した。培養はLB培地で行った。その結果、GFP蛍光なしの株(pUC19株:プラスミドベクター「pUC19」で形質転換した株)の生育とGFP蛍光ありの株(mlcR-GFP/pUC19株)の生育は同程度であった(
図7A)。
図7A中、横軸は培養時間、縦軸は培養開始時を1とした場合の相対細胞密度(relative cell density)を吸光度測定した結果である。また、それぞれの株から公知の手法でプラスミドベクターを精製し、プラスミドベクターの収量を比較した。プラスミドベクターの収量は、分光光度計(島津製作所社)を用いて、260nmでの吸光度を測定し求めた。その結果、GFP蛍光ありの株(mlcR-GFP/pUC19株)の方が平均的にGFP蛍光なしのpUC19株に対して収量が約2倍であった(
図7B)。上記結果から、GFP発現による生育に対する悪影響は観察されず、かつプラスミドベクターの収量が多いことが明らかとなった。
【0061】
[実施例4]グルコースによる発現量の制御
大腸菌を利用して発現を行う際には、発現量を制御、すなわち発現量を高めたり、発現量を抑制する必要がある場合も生じる。上記実施例で用いたpUC19ベクターは
図2に示すようにCAP、lac promoter及びlac operatorを有しているので、グルコースにより発現の制御(カタボライトリプレッション)ができるか否かを調べた。
【0062】
上記実施例で作製した4種類のプラスミドベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、「mlcR_25-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、「mlcR_10-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、及び「RBS-Spacer-pUC19」を公知の手法によって作製したケミカルコンピテント大腸菌BL21(DE3)株(コスモバイオ社)に導入し、アンピシリン及び1%グルコース含有LB培地、又はアンピシリン含有、グルコース不含LB培地にて一晩培養した。培養後の培養液を上記と同様の方法で倒立型蛍光顕微鏡を用いて、GFPの蛍光のZ scoreを求めた。結果を
図8に示す。
図8中、黒カラムがグルコース含有、白カラムがグルコース不含である。
【0063】
図8に示すようにグルコースなしの場合、mlcR遺伝子を含む本件ベクターを用いれば、GFPを高発現していることが明らかとなった。具体的には、Z scoreとしてRBSのみの場合と比較してmlcR_10を有している場合で3.4倍、mlcR_25を有している場合で8.4倍、mlcR全長を有している場合で6.3倍も高発現していた。一方、グルコースを加えるといずれも発現が抑制されていた。したがって、培地中のグルコース量を調整することで、タンパク質の発現を制御可能であることが確認できた。
【0064】
[実施例5]IPTGによる発現量の制御
上記実施例で用いたpUC19ベクターは
図2に示すようにlac promoter及びlac operatorを有しているので、IPTGにより発現の制御ができるか否かを調べた。
【0065】
上記実施例で作製した4種類のベクター「mlcR-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、「mlcR_25-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、「mlcR_10-RBS-Spacer-GFP-pUC19」、及び「RBS-Spacer-pUC19」を大腸菌BL21(DE3)株(コスモバイオ社製)に導入し、アンピシリン及び1%グルコース含有LB培地にて一晩培養した。その培養液の一部を、アンピシリン及び1mM IPTG含有、グルコース不含LB培地、又はアンピシリン含有、グルコース不含LB培地(IPTGなし)にてさらに培養した。培養後の培養液を上記と同様の方法で倒立型蛍光顕微鏡を用いて、GFPの蛍光のZ scoreを求めた。結果を
図9に示す。
図9中、IPTGありを「W/」、IPTGなしを「W/O」と示す。また、横軸がグルコース不含LB培地での培養時間、縦軸がZ scoreである。
【0066】
図9に示すようにIPTGなしでもmlcR遺伝子を含む本発明のベクターを用いれば、GFPを高発現していることが明らかとなった。また、IPTGを加えることによって、mlcR遺伝子の部分配列、特にmlcR遺伝子の全長483bpにおける3’末端(停止コドンは含まず)から25bpの部分塩基配列を含む本件ベクターを用いれば、より発現量が増えることが確認できた。したがって、培地中のIPTG量を調整することで、発現を制御可能であることが確認できた。
【0067】
なお、上記実施例の結果を踏まえて、1)pUCベクターを使って、IPTGなしの培地でもGFP発現が確認できる;2)この時、pUCベクターではLacI-LacOによる転写抑制機能が働いている(この抑制は完全なものではなく、転写されてしまう”モレ”があることが知られている);3)この状況下で、mlcRが接続されていることで平時(mlcRなし)では確認できないGFP発現が観察される;ということは「上記(1)又は(2)記載のポリヌクレオチドと、リボソーム結合サイトをコードするポリヌクレオチドを備えていれば、発現対象のタンパク質の翻訳が促進されている」と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本件ベクターを用いれば、原核生物を用いて有用なタンパク質の生産が可能となる。
【配列表】