(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-10
(45)【発行日】2022-11-18
(54)【発明の名称】改善された炭素質堆積防止特性を有する鋼組成物およびそれを用いた管状部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221111BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20221111BHJP
C22C 38/52 20060101ALI20221111BHJP
C21D 9/08 20060101ALN20221111BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/44
C22C38/52
C21D9/08 E
(21)【出願番号】P 2018540143
(86)(22)【出願日】2017-02-02
(86)【国際出願番号】 FR2017050243
(87)【国際公開番号】W WO2017134396
(87)【国際公開日】2017-08-10
【審査請求日】2020-01-20
【審判番号】
【審判請求日】2021-07-07
(32)【優先日】2016-02-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】508362664
【氏名又は名称】ヴァルレック チューブ フランス
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ロッシ,ヴァレンティン
(72)【発明者】
【氏名】ボニーラ アングロ,フェルナンド アンドレス
(72)【発明者】
【氏名】ダルシー,ニコラス
【合議体】
【審判長】粟野 正明
【審判官】太田 一平
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/176586(WO,A1)
【文献】特開平11-057819(JP,A)
【文献】特開2009-068079(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0060270(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101660098(CN,A)
【文献】特開2006-265663(JP,A)
【文献】属材料技術研究所,図解 金属材料技術用語辞典-第2版-,日本,日刊工業新聞社,2000年 1月30日,第2版,第159頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
部品の製造に使用される改善された炭素質堆積防止特性を有する鋼組成物であって、重量%で、
・ 炭素(C):0.15%以下、
・ マンガン(Mn):0.3%~1%、
・ ケイ素(Si):1.4%~3%、
・ 銅(Cu):0.5%~3%、
・ クロム(Cr):8%~10%、
・ ニッケル(Ni):0.5%~3%、
・ 窒素(N):0.01%~0.07%、および
・ モリブデン(Mo):0.8%~1.1%
を含有し、
さらに、
・
アルミニウム(Al):0.04%、
・
バナジウム(V):0.05%、
・
タングステン(W):0.1%、および
・
コバルト(Co):0.05%
をそれぞれ超えない重量%で含有し、
前記鋼組成物の残部は、鉄(Fe)および不純物からなり、
前記不純物は、
・
リン(P):0.025%、
・
硫黄(S):0.02%、
・
チタン(Ti):0.02%、
・
ニオブ(Nb):0.05%、
をそれぞれ超えない重量%よりなる、鋼組成物。
【請求項2】
前記
アルミニウム(Al)、バナジウム(V)、タングステン(W)、コバルト(Co)、リン(P)、硫黄(S)、チタン(Ti)、ニオブ(Nb)の重量含有量は、
それぞれ0.01%を超えない、請求項1に記載の鋼組成物。
【請求項3】
重量%で、炭素(C):0.08%~0.15%を含有する、請求項1
または2に記載の鋼組成物。
【請求項4】
重量%で、炭素(C):0.09%~0.11%を含有する、請求項1から
3のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項5】
重量%で、ケイ素(Si):1.5%~2.5%を含有する、請求項1から
4のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項6】
重量%で、銅(Cu):0.5%~2%を含有する、請求項1から
5のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項7】
重量%で、ニッケル(Ni):0.5%~2.7%を含有する、請求項1から
6のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項8】
重量%で、マンガン
(Mn):0.4%~0.8%を含有する、請求項1から
7のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項9】
重量%で、窒素
(N):0.02%~0.05%を含有する、請求項1から
8のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項10】
重量%で、アルミニウム
(Al):0.005%~0.03%を含有する、請求項1から
9のいずれか1項に記載の鋼組成物。
【請求項11】
ケイ素(Si)、銅(Cu)およびニッケル(Ni)は、重量%で示す下記の不等式を満たす、請求項1から
10のいずれか1項に記載の鋼組成物。
Si<2.5%において、Si<1.5*(0.3Cu+Ni);
Si≧2.5%において、2*Si<1.5*(0.3Cu+Ni);
および
Cu<Ni
【請求項12】
請求項1から
11のいずれか1項に記載の鋼組成物を有する部分を少なくとも1箇所含む、管状部品。
【請求項13】
請求項1から
11のいずれか1項に記載の鋼組成物を有する前記部分は、加熱炉の内部の、
炭素を含む混合気体に接触するように配置するための構成を有する、請求項
12に記載の管状部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特殊鋼の分野に関し、より詳細には、燃焼時の蒸気が接触することを想定した特殊鋼に関する。また、本発明は、そのような鋼から作製された管状部品に関する。
【0002】
石油製品の処理および精製を行う施設は、パイプによって互いに接続される加熱炉、タンク、反応器および煙突等を含む複数の設備を備えている。これらの設備の壁およびパイプの大部分は、鋼から構成されている。
【0003】
上述した施設に適用される鋼は、高温や高圧等の厳しい条件に適した機械的特性を有する必要がある。さもなければ、経時変化が促進されて部品の特性が劣化する。そのため、鋼の結晶構造の制御が必要であることが知られている。これに関して、いくつかの通常の化学元素の含有量の範囲が、例えば、ASTM A335/A335M規格またはASTM EN10216-2規格等によって定義されている。要件に沿った機会的特性に適合しない結晶構造を実現させないために、また、時間とコストがかかる複数の適合試験を回避するために、規格の要件に準拠することが非常に望ましい。また、規格の要件を可能な限り満たす鋼の作製は、産業分野による受け入れの可能性を向上させる。
【0004】
また、これらの規格は、所定の用途に十分であることが先験的に認識される機械的特性を有する合金系鋼の組成を定義している。
【0005】
上述した施設の壁面に、炭素を含む蒸気が接触すると、炭素質の堆積物(carbonaceus depositsすなわちcoke)が堆積しやすくなる。この炭素質の堆積物の堆積の現象は、「(coking)」とも呼ばれている。
【0006】
炭素質の堆積は、施設の内側壁面における炭素質の層を成長させる。炭素質の堆積物は、圧力の損失、壁の内側と外側の間の熱交換率の低下、壁の化学的および物理的劣化、壁に対する過負荷、ならびにパイプ内の少なくとも部分的な閉塞等を引き起こし、施設の耐用年数を短縮する。したがって、炭素質の堆積を制限することが望ましいが、鋼に関する規格には、炭素質の堆積に対する鋼の性質に関する情報は提供されていない。。
【0007】
施設を維持するためには、炭素質の堆積物を取り除く作業を定期的に行う必要がある。これらの保守および清掃作業はコストがかかり、また、一般的に施設を停止する必要があるため、施設の作業効率が低下する。
【0008】
鋼製の壁の表面に、炭素質の堆積を遅らせる保護膜を積層することが知られている。このような保護膜は、特定の組成物の塗布によって、または例えば化成処理による酸化物表面の形成によって、実現することができる。国際公開第WO2009/152134号は、このようにして実現されるパイプを開示しているが、このような部品の製造は、複雑であり、コストがかかる。また、上述したような保護膜が存在しても、炭素質の堆積物を取り除く作業自体はなくならない。一般的な炭素質の堆積物を取り除く作業は、煙突掃除のように、適切な大きさを有するピグ(PIG:Pipe Inside Gauge)と呼ばれるスクレーパをパイプ内で移動させて、炭素質の堆積物を掻き取って除去する工程を含んでいる。この作業によって、パイプ内の保護面は、損傷されたり完全に破壊されてしまう。したがって、炭素質の堆積物を取り除く作業の後には、必ず保護膜の積層作業を再度行う必要がある。これにはまた時間とコストがかかり、特に、鋼製の管状部品が施設そのものに組み込まれた後では、より時間とコストがかかる。
【0009】
フランス石油協会により出願された仏国特許第2776671号は、加熱炉および反応器の製造に使用されることが想定される鋼を開示している。しかしながら、このような鋼の機械的強度および衝撃靭性は低いことが多い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、これらの問題を改善するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本出願人は、選択された含有量の化学元素を含む鋼組成物による炭素質堆積防止(anti-coking)特性の改善およびその他の機械的特性の維持に努めてきた。これらの含有量は既知ではなかったが、現在の規格に実質的に準拠するため、長時間かかる認定試験を避けて迅速に適用することができる。すなわち、本出願人は、革新的で、当業者によって知られる厳しい規格の原則に準拠した化学的鋼組成物を完成させた。
【0012】
これに関して、本出願人は、部品の製造に使用される改善された炭素質堆積防止特性を有する鋼組成物を提案する。この鋼組成物は、重量%で、
・ 炭素(C):0.15%以下、
・ マンガン(Mn):0.3%~1%、
・ ケイ素(Si):1.4%~3%、
・ 銅(Cu):0.5%~3%、
・ クロム(Cr):8%~10%、
・ ニッケル(Ni):0.5%~3%、
・ 窒素(N):0.01%~0.07%、および
・ モリブデン(Mo):0.8%~1.1%
を含有し、
組成物の残部は、実質的に鉄(Fe)および不純物からなる。
【0013】
本発明の一実施形態において、その他の化学元素の重量含有量は、
・ アルミニウム(Al):0.04%、
・ リン(P):0.025%、
・ 硫黄(S):0.02%、
・ チタン(Ti):0.02%、
・ ニオブ(Nb):0.05%、
・ バナジウム(V):0.05%、
・ タングステン(W):0.1%、および
・ コバルト(Co):0.05%
を超えない。
【0014】
本発明の一実施形態において、その他の化学元素の重量含有量は、それぞれ0.01%を超えない。
【0015】
本発明の一実施形態において、炭素の含有量は、0.08%~0.15%である。
【0016】
本発明の他の一実施形態において、炭素の含有量は、0.09%~0.11%である。
【0017】
本発明の一実施形態において、ケイ素の含有量は、1.5%~2.5%である。
【0018】
本発明の一実施形態において、銅の含有量は、0.5%~2%である。
【0019】
本発明の一実施形態において、ニッケルの含有量は、0.5%~2.7%である。
【0020】
本発明の一実施形態において、マンガンの含有量は、0.4%~0.8%である。
【0021】
本発明の一実施形態において、窒素の含有量は、0.02%~0.05%である。
【0022】
本発明の一実施形態において、アルミニウムの含有量は、0.005%~0.03%である。
【0023】
本発明の特定の一実施形態において、不純物の重量含有量は、
・ リン(P):0.025%、
・ 硫黄(S):0.02%、
・ チタン(Ti):0.02%、
・ ニオブ(Nb):0.05%、
・ バナジウム(V):0.05%、
・ タングステン(W):0.1%、および
・ コバルト(Co):0.05%
を超えない。
【0024】
不純物からリン(P)と硫黄(S)とが選択されることが好ましい。また、不純物内のリン(P)の重量含有量が0.025%を超えないこと、ならびに硫黄の重量含有量が0.02%を超えないことが好ましい。
【0025】
本発明の特定の一実施形態によれば、部品の製造に使用される改善された炭素質堆積防止特性を有する鋼組成物は、重量%で、
・ 炭素(C):0.15%以下、好ましくは0.08%~0.15%、
・ マンガン(Mn):0.3%~1%、好ましくは0.4%~0.8%、
・ ケイ素(Si):1.4%~3%、好ましくは1.5%~2.5%、
・ 銅(Cu):0.5%~3%、好ましくは0.5%~2%、
・ クロム(Cr):8%~10%、
・ ニッケル(Ni):0.5%~3%、好ましくは0.5%~2.7%、
・ 窒素(N):0.01%~0.07%、好ましくは0.02%~0.05%、
・ モリブデン(Mo):0.8%~1.1%、および
・ アルミニウム(Al):0%~0.04%、好ましくは0.005%~0.03%
を含有し、
組成物の残部は、鉄(Fe)およびリン(P):0%~0.025%、硫黄(S):0%~0.02%、チタン(Ti):0%~0.02%、ニオブ(Nb)0%~0.05%、バナジウム(V)0%~0.05%、タングステン(W): 0%~0.1%、および/またはコバルト(Co)0%~0.05%等の不純物からなる。
【0026】
本発明の一実施形態において、ケイ素(Si)、銅(Cu)およびニッケル(Ni)は、重量%で、以下の不等式を満たす。
Si<2.5%において、Si<1.5*(0.3Cu+Ni);
Si≧2.5%において、2*Si<1.5*(0.3Cu+Ni);
および
Cu<Ni
【0027】
本発明の他の目的は、本発明の一実施形態に係る鋼組成物による鋼組成を有する部分を少なくとも1箇所含む管状部品を提供することにある。
【0028】
一実施形態において、本発明の他の目的は、本発明の一実施形態に係る鋼組成物による鋼組成および炭素質の堆積物を含む雰囲気に接触するように配置するための構成を有する部分を含む管状部品を提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0029】
本発明の他の特徴、詳細および利点は、以下の詳細な説明および添付の図面から明らかになる。
【
図2】均一な
炭素質の堆積現象を受けた管状部品の横断面を示す模式図である。
【
図3】不均一な
炭素質の堆積現象を受けた管状部品の横断面を示す模式図である。
【
図5】
炭素質堆積防止特性試験台の模式図である。
【0030】
添付の図面および以下の説明は、特定の特徴を有する要素の大部分を網羅している。これらは説明に不可欠な部分を構成しており、本発明をより良く理解するためだけでなく、その定義に貢献するためにも適宜使用することができる。
【0031】
より詳細には、本発明は、精製所の加熱炉に使用される管状部品の製造に関する。しかしながら、その鋼組成は、炭素質の堆積現象を受ける他の要素の製造に用いることもできる。
【0032】
図1は、本発明に係る管状部品を示している。
図2は、実質的に均一な
炭素質の堆積現象を受けた
図1の部品の横断面を示しており、例えば、実質的に縦方向に延在する管状部品に対応する。
図3は、実質的に不均一な
炭素質の堆積現象を受けた
図1の部品の横断面を示しており、例えば、実質的に横方向に延在する管状部品に対応する。
【0033】
管状部品は、それぞれ符号1によって示されている。その内面は、それぞれ符号1aによって示され、外面は、それぞれ符号1bによって示されている。炭素質の堆積物は、符号2によって示されている。
図2および
図3のそれぞれの管状部品1において、炭素を含む蒸気が接触する鋼の表面には、炭素質の堆積物2が形成される。ここで説明する例では、炭素を含む蒸気は、管状部品1の内面1aを通過する。管状部品1の内面1aには、炭素質の堆積物2が形成されて増加し、それにより、管状部品1内の自由空間が減少する。
【0034】
本出願人は、様々な鋼試料に対して比較試験を行い、それぞれの炭素質堆積防止特性および機械的特性に関する性能を確認した。試験の実施要綱を以下に示す。
【0035】
以下の表1に、試験を実施した鋼の化学組成を示す。値は、重量%で示されている。
【0036】
【0037】
試料1*は、比較の基準として本出願人に選択された鋼組成物であり、ASTM A335規格によって定義されているP9型鋼の一般的な組成を有している。
【0038】
試料2*および3*は、ケイ素(Si)の重量含有量を除いて、試料1*と類似する組成物である。試料2*のケイ素の重量含有量は約1%であり、試料3*のケイ素の重量含有量は約2%である。
【0039】
試料4*は、ケイ素(Si)およびマンガン(Mn)の重量含有量を除いて、試料1*と類似する組成物である。この試料のケイ素の重量含有量は約2%であり、マンガンの含有量は約1%である。
【0040】
試料5は、本出願人が試料7から試料11に対して連続的に試験を実施する前に試験を実施した、本発明に係る組成物である。この試料のケイ素の重量含有量は約2%であり、銅の重量含有量は約1%である。
【0041】
試料6*は、ケイ素(Si)の重量含有量を除いて、試料1*と類似する組成物である。この試料のケイ素の重量含有量は約2.5%である。試料6*の銅の含有量は、試料5のそれよりも少ない。
【0042】
試料7から試料11は、その後作製された鋼組成物に対応している。
【0043】
これらの化学元素の重量含有量の測定値を、以下のように確認した。
・ 窒素(N)については、溶融後の熱伝導率を測定した。
・ 炭素(C)および硫黄(S)については、赤外線分析を用いて燃焼後の気体を測定した。
・ その他の化学元素については、光学発光分光法(いわゆる「OES発光」)を用いて値を測定した。
【0044】
ケイ素(Si)、銅(Cu)および窒素(N)以外の元素に対する測定方法は、COFRAC(「フランス認定委員会」)と呼ばれる仏国の認定機関によってそれぞれ認定されている。
【0045】
表1の左側に示す化学元素(C、Mn、Si、Cu、Cr、Ni、N、Mo、Al)は、鉄(Fe)に意図的に添加された合金(または添加物)の元素である。
【0046】
表1の右側に示す化学元素(P、S、Ti、Nb)は、ここでは不純物とみなす。
【0047】
不純物は、所望の特性に悪影響を及ぼすため、または所望の特性に実質的に中立的な影響を及ぼすため、または工業的規模に用いるにはその原料コストが高すぎるため、または本出願人が、特に不純物の含有量によって結果が変わらない状態で、添加された化学元素の効果を検証することを望んだため、またはこれらの理由を組み合わせた理由のため、不純物の重量含有量は、可能な限り低い値で意図的に維持された。
【0048】
一般には、リン(P)および硫黄(S)の含有量は、可能な限り低いことが好ましい。それにより、機械的特性が改善される。リンは残留元素である。その存在は、焼戻し脆化に寄与して、得られた鋼の衝撃靭性に悪影響を及ぼすため、必要ではない。しかしながら、リンは、焼入性を向上させる。硫黄は、主に、得られた鋼の鍛造性、展延性および特に横方向に対する衝撃靭性を低下させる硫化物の形成に寄与する。例えば、鋼組成物は、
・ リン(P):0.025%以下、好ましくは0.022%以下、および
・ 硫黄(S):0.02%以下、好ましくは0.015%
を含有する。
【0049】
例えば、鋼組成物は、
・ チタン(Ti):0.02 %以下、および
・ ニオブ(Nb):0.05 %以下
を含有する。
【0050】
試料は、真空誘導炉で作製した。次に、得られたインゴットを複数のブロックに切断し、後続の成形工程での酸化を抑制するために、アルミニウム製のシートにそれぞれ包んだ。成形工程は、鉄かんらん石の発生を防止するために1100℃まで熱するステップと、次いで厚さを80mmから25mmに減少させるために圧延作業を6回行うステップとを含む。成形工程では、初期温度を1100℃とし、最後の圧延作業時の温度を900℃とした。このようにして得られた試料の寸法は、それぞれ400mm×125mm×25mmである。
【0051】
予備調査を実施して(ASTM E45規格、方法Dに従って計測)、亀裂、穴および介在物の存在等のあらゆる欠陥がないことを確認した。そのため、得られた試料には、特に衝撃靭性に悪影響を及ぼすB型およびC型の介在物を含む欠陥は存在しない。
【0052】
次に、熱処理温度Ac1およびAc3を決定するために、試料に対して熱膨張測定を行った。測定では、ベーアDIL805D装置を用い、温度サイクルを「0.5℃/秒で加熱、1100℃で5分間維持、1℃/秒の速度で周囲温度と同じになるまで冷却」とした。
【0053】
次に、試料に焼ならしのための熱処理を施し、その後焼戻しのための熱処理を施した。圧延時に発生した微細構造を除去するために、焼ならし温度を、熱膨張測定の際に決定した温度Ac3よりも30℃から50℃高くした。オーステナイト結晶粒の成長を防止するために、温度Ac3よりも50℃を超えない温度とした。オーステナイトの発生を防止するために、焼戻し温度を、熱膨張曲線から得られた温度Ac1よりも60℃低くした。
【0054】
いくつかの試料については、焼ならし温度を増加させておよび/または焼ならし工程を追加して、および/または空冷の代わりに水冷して、追加のまたは代替的な熱処理に対して試験を実施した。
【0055】
本発明に係る鋼組成物に関する熱処理の内容を、以下の表2にまとめる。
【0056】
【0057】
熱処理によって低下する鋼の機械的特性への影響を調査するために、試料8および11には、2段階に分けて焼戻しを実施した。
【0058】
試料を製造する工程には、鋼鋳物を作製するステップも含まれているため、非常に大きな設備を使用した。長期にわたる試験および/または高精度の測定装置を用いて実施する試験は、特にコストがかかるため、多数の組成物に対して最終的な結果を得ることは、不合理に時間がかかり、困難であり、コストも高いことに留意されたい。
【0059】
炭素質の堆積試験
実験的実施要綱に基づいて実施した試験の結果を以下の表3に示す。測定には、
図5に模式的に示す熱重量測定装置20を用いた。
【0060】
以下に示す例において、試料100は平行六面体状のインゴットであり、その寸法は約10mm×5mm×2mmである。熱重量測定装置20との接続を容易にするために、各試料100に直径1.8mmの穴を設けた。
【0061】
各試料100を、熱重量測定装置20に載置する前に粉砕した。粉砕には、「SIC2000」として知られる約10.3μmの平均的な砥粒サイズを有する炭化ケイ素の紙やすりを用いた。粉砕することによって、酸化物および/またはすべての汚れを除去することができた。次に、試料をアセトンで超音波洗浄して脱脂を行った。
【0062】
熱重量分析によって、試料100の質量を連続的に測定することができた。ここで用いた熱重量測定装置20は、「SETARAM TG92」である。これは、0gから20gの範囲において1マイクログラムでの精度を約2%の誤差で測定することができる。
【0063】
次に、各試料100を、加熱された石英反応器または加熱炉21に載置して、熱重量測定装置20の計量部27から懸吊した。加熱炉の温度を±10℃で調節した。試料100の位置における温度は、実質的に一定である。表2が示すように、650℃と700℃でそれぞれ試験を実施した。
【0064】
試料100を、商品名「Kanthal」として知られる鉄-クロム-アルミニウム(FeCrAl)合金製のワイヤで懸吊した。
【0065】
次に試料100を、符号23によって示される「ナフサ」と呼ばれる化合物と二水素(H2)の混合物を含む気体の雰囲気下に配置した。
【0066】
ここで用いたナフサ23は、商品名「Naphtha IFPEN 7939」である。ナフサ23の組成と含有量は、
・ パラフィン:48.5%、
・ ナフテン:36%、
・ 芳香族化合物:11.1%、
・ トルエン:4.3%、および
・ ベンゼン:0.1%
である。
【0067】
ここで用いたナフサ23の濃度は、約0.75g/cm3である。モル質量は、約112.1g/モルである。Universal Oil Products Company(一般にKUOPと称される)によって付与された特徴付け係数は、11.9である。
【0068】
次に、液体状のナフサ23を投入して、熱重量測定装置20の蒸発器25によって蒸発させた。蒸発器25および分配ダクトの温度を約200℃とした。ナフサ23に対する二水素のモル比が約4となるように、これらの実験条件を選択した。
【0069】
液体状のナフサ23の流速は、約2mL/時である。二水素の流速は、約1.2L/時(または20mL/分)である。ナフサ23は、水素に反応して分解され、供給原料を形成する。本実験において、この供給原料は、実際の炭素質の蒸気や液体の代替である。実験の条件下において、気体状の供給原料を、約72L/時の流速で加熱炉21に投入した。
【0070】
加熱炉21内では、計量部27の保護のために、アルゴン(Ar)の流れを連続的に発生させた。最低50mL/分の流速でアルゴン(Ar)の流れが電荷の流れに追加された。アルゴン(Ar)は計量部27から注入され、これにより、気体状の供給原料が計量部27に接触することを防止する気体状のクッションが空隙に形成された。
【0071】
次に、炭素質の堆積物の堆積量の変化に関連する質量の変化を、選択された時間で測定した。試験の時間は、ここでは5時間または18時間とした。18時間にわたって連続的に質量を測定した。
【0072】
以下の表3に、表1の化学組成を有する試料の炭素質堆積防止特性試験の結果を示す。「N.A.」は利用不可であるために「適用不可」または「該当なし」を意味する。以下の結果において、所与の瞬間における炭素質の堆積物のレベルを、試料100の表面の単位あたりの焼ならしされた質量で示し(グラム/平方メートルあたりの炭素質の堆積物のレベル)、炭素質の堆積速度を、試料100の表面の単位あたりの焼ならしされた質量および時間で示している(1時間毎のグラム/平方メートルあたりの炭素質の堆積物のレベル)。
【0073】
【0074】
比較の基準は、700℃での初期の炭素質の堆積速度が38g/m2h且つ5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルが88g/m2であるP9規格の鋼である。P9規格に2%のケイ素を添加した鋼または従来技術の鋼3*において、700℃での初期の炭素質の堆積速度は4.6g/m2hであり、5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルは5g/m2であった。つまり、5時間経過後の炭素質の堆積現象は非常に遅く、著しい改善を見ることができた。鋼3*において、650℃での初期の炭素質の堆積速度は3.7g/m2hであり、5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルは3.1g/m2であった。
【0075】
すなわち、温度が高いほど、炭素質の堆積物の堆積量が増加した。
【0076】
試料2*および試料3*の試験結果によれば、重量に対してそれぞれ1%および2%のケイ素を補足的に添加したことによって、炭素質の堆積現象を著しく低減させることができた。この場合、初期速度は、参考試料1*よりそれぞれ約1.5倍および約8倍遅かった。また、試験開始から5時間経過後の炭素質の堆積速度は非常に遅く、0.2g/m2h程度であった。ケイ素によって炭素質の堆積現象を低減させることができた。すなわち、ケイ素が多いほど、炭素質の堆積が遅くなった。
【0077】
試料4*は、試料3*と同様に、重量に対して2%のケイ素を含有し、さらに、1%のマンガンを含有する。試料3*と同様に、650℃での初期速度は3.7g/m2hであった。700℃での初期の炭素質の堆積速度は試料3*よりわずかに速く、試料3*の4.6g/m2hに対して6.6g/m2hであった。しかしながら、5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルは略同じであり、約5g/m2であった。初期の炭素質の堆積速度は、試料3*のそれよりも速い、または維持される時間がわずかに長いように見える。これらの試験結果によれば、マンガンは、炭素質の堆積現象の低減に貢献しないと予想することができる。
【0078】
試料5は、試料3*と同様に2%のケイ素を含有し、さらに、1%の銅と1%のニッケルとを含有する。650℃での初期の炭素質の堆積速度は、試料3*のそれよりも3倍以上遅く、わずか1.1g/m2hであった。5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルもまた約3倍にまで減少していた。したがって、銅とニッケルとを添加したことによって、炭素質の堆積が開始された瞬間から炭素質の堆積現象を著しく低減させることができた。700℃での初期の炭素質の堆積速度は、試料3*よりも25%遅く、参考試料1*よりも10倍遅かった。
【0079】
わずか1.5%のケイ素を含有する試料5に対応する試料7は、650℃で非常に良好な結果を示しており、初期の炭素質の堆積速度は、試料5のそれの半分であった。しかしながら、700℃での初期の炭素質の堆積速度は、試料5の速度よりも速く、試料5の3.6g/m2hに対して11.5g/m2hであった。ただし、この炭素質の堆積速度は、参考試料1*および2*のそれよりも非常に遅く、依然として満足できるものであった。これは、5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルが試料5のレベルに非常に近くて比較的低いため、初期速度から急激に減少したと予想することができる。この試験結果によって、ニッケルと銅とが組み合わされたケイ素の含有量が下限に達すると、高温での炭素質の堆積現象を低減させる効果を得ることができると判明した。これにより、ケイ素の含有量を低くしても、ケイ素の含有量が高い鋼と同様の炭素質の堆積現象への耐性を得ることができる。この試料は、炭素質の堆積に対する銅による抑制効果を示している。ケイ素は、初期の炭素質の堆積速度を減少させ、銅は、試料の炭素質の堆積速度を迅速に減少させるという効果をもたらす。
【0080】
試料8および11*は、ケイ素、銅およびニッケルの含有量が高く、炭素質の堆積現象を著しく低減させることができたこと、ならびに初期速度を試料11*のように大幅に減少することもできたことを示している。この改善の度合いは、試料1*および4*に比べると大きいが、試料7に比べるとさらにその度合は顕著である。しかしながら、特に700℃での改善の度合いは、試料10および9に比べると中程度である。
【0081】
試料10は、2%のケイ素、0.5%の銅および1.5%のニッケルを含有し、試料3*に比べると、鋼中の0.5%の銅の存在が、炭素質の堆積の低減に対して相乗効果をもたらすことを示している。
【0082】
より一般的な知見について、650℃では、試験を実施した本発明の試料のすべては、炭素質の堆積に対して優れた性質を有することを示している。5時間経過後の炭素質の堆積物のレベルは、比較対象の組成物3*の3.1g/m2よりも低く、1.2g/m2よりも低かった。
【0083】
700℃では、本発明の鋼のすべては、試験開始時から1*および2*よりも非常に低い炭素質の堆積物のレベルを常に示し、炭素質の堆積速度は非常に迅速に減少した。
【0084】
なお、重要な性能基準は、初期の炭素質の堆積速度であることにも留意されたい。実際に、炭素質の堆積物が堆積し始めて炭素質の堆積物の層が試料を覆うと、鋼の組成によって提供される保護効果は自然に低下する。試験結果によれば、0.2g/m2h程度の炭素質の堆積速度は、18時間経過後に試料の壁面に炭素質の堆積物の層が形成されたときに得られる炭素質の堆積速度の最小値に対応すると予想することができる。
【0085】
機械的試験
処理を施した試料に対して機械的試験、すなわちシャルピー衝撃試験を実施した。用いた実験的実施要綱は、試料の準備についてはASTM A370-15規格に基づき、シャルピー衝撃試験についてはASTM E23-12c規格に基づいている。
【0086】
V字型の溝に対する衝撃靭性試験については、ASTM E23-12c規格に沿って横方向にシャルピー衝撃試験を実施した。横方向が選択されたのは、圧延された鋼管にとってもっとも重要な方向であるためである。試験は、20℃、0℃および-30℃の温度で実施した。低温であっても、鋼は満足のいく靭性を有することが興味深い。衝撃靭性の代表的な値は、所与の温度において吸収されたエネルギーの最小値であり、ジュール(J)として示されている。
【0087】
これらの結果を、NF EN 10216-2規格の要件と、従来技術として知られる比較試料3*および6*と比較した。
【0088】
以下に示す表4に、表1に示す化学組成に基づいて作製した試料の衝撃靭性試験の結果を示す。この表では、規格の要件に沿って、3つの試験で測定されたエネルギーの平均値のみを示している。鋼には、それぞれ異なる条件下で熱処理を施し、試験温度は、それぞれ20℃、0℃および-30℃とした。
【0089】
【0090】
NF EN 10216-2規格によって定義されているこのような鋼の平均衝撃エネルギーの最小値は、20℃で縦方向において最低40Jであり、20℃で横方向において最低27Jである。
【0091】
試料3*の衝撃靭性試験の結果は、20℃で横方向において40Jであった。
【0092】
2.5%のケイ素を含有する試料6*は、規格の要件のしきい値を遥かに下回る14Jという非常に劣化した衝撃靭性を示している。
【0093】
試料7は、比較例よりもはるかに高い衝撃靭性を示している。-30℃で得られた結果は、従来技術の例の20℃での性能と同じまたは20℃での性能より良好であった。また、20℃で得られた値は、NF EN 10216-2規格の要件の範囲内にある。
【0094】
試料8の衝撃靭性の値は、規格の要件に達していないが、試料6*の20℃で横方向において14Jではなく、20℃で横方向において25Jとすることで、鋼の衝撃靭性を2倍改善することができる。したがって、ニッケルと銅とを添加したことによって、ケイ素による鋼の衝撃靭性への悪影響を低減することができた。しかしながら、他の試験結果が示すように、適切な熱処理によって規格の要件に近づけることができるため、鋼8は、規格の要件を満たすことができる。
【0095】
鋼10は、2%のSi、0.5%のCuおよび1.5%のNiを含有する。衝撃靭性については、比較対象の鋼3*および6*(それぞれP9+2%のSiおよびP9+2.5%のSi)に対して20℃で2倍の衝撃靭性という著しい改善を見ることができた。2%のSi、1.5%のCuおよび0.5%のNiを含有する試料9は、試料10のそれらと実質的に同等の性能レベルを示している。したがって、ニッケルと銅によって、ケイ素の含有量の増加および鋼の衝撃靭性の増加を補填することができる。衝撃靭性を増加させることに関しては、銅よりもニッケルが重要な役割を果たす。
【0096】
試料11*のケイ素、ニッケルおよび銅の含有量がそれぞれ高く、3.5%のSi、5.5%のNiおよび2.5%のCuである。熱処理によって、鋼6*の従来技術の鋼と同等のレベル程度の衝撃靭性を有する鋼が得られる。ケイ素の割合が過剰であると、鋼の衝撃靭性が劣化し、ニッケルと銅とを添加しても、これを補うことはできない。
【0097】
要約すると、本出願人は、ケイ素(Si)を添加すると、参考試料1から6に対応する最初の試験結果に比べて、炭素質堆積防止特性が実質的に改善されることを見出した。しかしながら、ケイ素(Si)を添加することによって、鋼の衝撃靭性が低下しやすくもなる。したがって、ケイ素(Si)を添加することは、鋼の機械的特性を維持しながら炭素質堆積防止特性を改善するには十分ではない。
【0098】
さらに、得られた結果は、ケイ素(Si)の割合が増加すると、ケイ素(Si)を添加したことによる炭素質の堆積物の低減という機能を低下させることを示している(試料1*、2*および3*を参照)。
【0099】
本出願人は、添加されたケイ素(Si)と他の化学元素とを組み合わせた鋼試料5に対して、同様の炭素質堆積防止特性試験と衝撃靭性試験とを実施した。それにより、本出願人は、ケイ素(Si)、ニッケル(Ni)および銅(Cu)を組み合わせて添加すると、参考試料1に比べて、鋼の炭素質堆積防止特性が改善されるだけでなく、機械的特性も改善されること、特に、比較対象の試料に比べて衝撃靭性が改善されることを見出した。
【0100】
本出願人は、表1から表4に示す試料5から得られた結果に基づいて、表1から表4に示す試料7から11に対してさらなる試験を実施して、それらの結果を確認した。
【0101】
得られた結果は、組み合わされたケイ素(Si)、銅(Cu)およびニッケル(Ni)の存在によって、特に有利である炭素質堆積防止特性および衝撃靭性を共に有する鋼を得ることができたことを示している。
【0102】
より詳細には、本発明に係る鋼は、以下の元素を含有する。
【0103】
炭素
炭素の含有量は、重量に対して0.15%以下である。これを超えると、鋼の溶接性が劣化する。デルタフェライトの形成を回避するために、炭素の含有量は、重量に対して0.08%以上であることが好ましい。0.08%未満であると、鋼のクリープ特性を低減させる可能性がある。また、炭素の含有量は、0.09%~0.11%であることが好ましい。
【0104】
マンガン
マンガンは、溶融時に鋼の脱酸剤および脱硫剤として働く。マンガンは、焼入性すなわち最終的な鋼の強度を改善する。マンガンの含有量が1.5%を超えると、鋼の衝撃靭性を損なわせる硫化マンガンの介在物が形成される可能性が増大する。したがって、鋼の衝撃靭性と焼入性との関係を最適化するために、マンガンの含有量は、0.3%~1%であることが好ましく、0.4%~0.8%であることがより好ましい。
【0105】
ケイ素
クロムを含むケイ素は、鋼の脱酸剤として働く。ケイ素によって、鋼の表面に酸化保護層を形成することができる。ケイ素とクロムは、酸化物SiO2およびCr2O3をそれぞれ形成する。この酸化層は、炭素質の堆積現象に対する保護膜を形成する。
【0106】
しかしながら、ケイ素は、アルファ相安定化元素であり、デルタフェライトの形成を防止するために、その含有量を制限する必要があることが知られている。ケイ素の含有量が高すぎる場合、析出硬化性が低下しやすくなる。そのため、鋼中のケイ素の含有量を、重量に対して最大1%に制限することが知られている。
【0107】
本出願人は、試験を実施するうちに、ニッケルと銅とを添加することによって、許容される鋼の機械的特性を維持しながら、上述した含有量の範囲を超えることができることを見出した。
【0108】
実際、ケイ素の含有量が重量に対して1.4%以上であるときには、鋼の機械的特性が維持されながら、鋼の炭素質の堆積速度は大幅に減少する。ケイ素の含有量が重量に対して3%以下であるときには、この効果はさらに改善される。これを超えると、鋼の品質を維持し続けることができなくなる。最大の効果は、ケイ素の含有量が1.5%~2.5%であるときに見ることができる。
【0109】
クロム
クロムは、高温での腐食耐性および酸化耐性に関して重要な役割を果たす。石油製品の処理および精製を行う施設に用いるための所望の効果を得るためには、クロムの含有量を最低8%とする必要がある。しかしながら、クロムの存在によってデルタフェライトが形成されるおそれがあるため、鋼の衝撃靭性に悪影響を与えないように、クロムの含有量を10%以下に制限する。
【0110】
窒素
窒素は、オーステナイト相の形成に寄与するガンマ相安定化元素であり、これにより、鋼の衝撃靭性を損なわせるデルタフェライト(δフェライト)の形成を低減することができる。また、窒素は、炭化物の等価体よりも小型な安定した窒化物の発生を可能にする。インゴットまたはビレット内への気泡等の欠陥の発生を抑制するために、あるいは溶接作業において、窒素の含有量を0.01%~0.07%に制限することが好ましく、0.02%~0.05%に制限することがより好ましい。
【0111】
モリブデン
モリブデンは、鋼の焼入性を改善し、特に、焼戻し中の軟化に対して有効である。モリブデンは、焼戻し曲線の傾きを緩やかにし、熱処理の制御を容易にする。これに関して、モリブデンの含有量を最低0.8%とする必要がある。しかしながら、モリブデンの含有量が過剰であると、高温で不安定且つ高温での良好な腐食耐性を損なわせる酸化モリブデンMnO3が発生する可能性がある。また、モリブデンは、鋼の衝撃靭性に悪影響を及ぼすデルタフェライトを発生させる。そのため、モリブデンの含有量を1.1%以下に制限することが好ましい。
【0112】
ニッケル
ニッケルは、ガンマ相安定化元素であり、フェライトの発現を遅らせる。フェライトは、鋼の衝撃靭性を損なわせる。また、ニッケルによって、オーステナイト相が形成されやすくなる。試験結果は、ニッケルを、濃縮されたケイ素を有する上述した鋼に添加すると、高い衝撃靭性を得ることができることを示している。本出願人は、ニッケルが、驚くべきことに炭素質の堆積現象の低減にも寄与することに気付いた。これらの効果は、鋼中のニッケルの含有量が、重量に対して0.5%であるときおよび重量に対して3%以下であるとき、また、好ましくは重量に対して2.7%以下であるときに得ることができる。これを超えると、得られる鋼の衝撃靭性は不十分となる。
【0113】
銅
銅は、本発明において重要な元素である。本出願人は、銅を添加すると、鋼の炭素質堆積防止特性をさらに改善することができることに驚いた。
【0114】
銅は、鋼中の炭素と酸素の解離を遅らせるまたは抑制する。また、銅は、鋼中の炭素の拡散と炭素質の堆積を遅らせる。
【0115】
鋼中のケイ素の存在と銅の存在との組み合わせは、壁への炭素質の堆積を著しく遅らせる。亀裂等の欠陥が酸化保護膜に発生すると、銅の存在によって、この欠陥での炭素質の堆積が遅くなる。この2つの効果が互いに作用して、鋼中に著しく改善された炭素質堆積防止特性を得ることができる。
【0116】
これらの効果は、重量に対して0.5%以上の銅および重量に対して3%以下の銅の成分によって得られる。これを超えると、銅による効果は限定的になる。銅の含有量は、重量に対して最大2%であることが好ましい。
【0117】
アルミニウム
この元素は、本発明の範囲内の所望の冶金特性を得るために必ずしも必要ではなく、ここでは作製上の残余としてみなされる。すなわち、アルミニウムの添加は、任意である。アルミニウムは、金属に対して強い脱酸剤として働く。また、アルミニウムは、アルファ相安定化元素であり、窒素に対して高い親和力を有する。アルミニウムの含有量が0.04%を超えることは好ましくない。必要に応じて、最終的な含有量が0.04%以下、好ましくは0.005%~0.03%となるように、アルミニウムを添加することができる。
【0118】
図4は、シェフラーの組織図を示している。この図において、横軸は、「クロムの等価体」と呼ばれる鋼中のアルファ相安定化元素の含有量を示している。クロムの等価体の含有量を定義する式を以下に示す。また、縦軸は、「ニッケルの等価体」と呼ばれる鋼中のガンマ相安定化元素の含有量を示している。ニッケルの等価体の含有量を定義する式も以下に示す。
・ Creq=Cr+2*Si+1.5*Mo+5*V+5.5*Al+1.75*Nb+1.5*Ti+0.75*W
・ Nieq=Ni+Co+30*C+0.5*Mn+0.3*Cu+25*N
【0119】
このような図に鋼組成物をそれぞれ当てはめることによって、理論上、鋼の結晶構造を予測することができる。
【0120】
この場合、鋼のフェライト相の領域から離れていることが好ましい。マルテンサイト構造におけるフェライトの割合が増加すると、鋼製の部品の機械的特性および耐用年数が劣化する。化学組成が、重量%で示す以下の不等式の少なくとも1つ、好ましくは2つ満たすと、フェライト相を避けることができる。
Si<2.5%において、Si<1.5*(0.3Cu+Ni);
Si≧2.5%において、2*Si<1.5*(0.3Cu+Ni);
および
Cu<Ni
【0121】
すなわち、圧延時の鋼の性質を改善するために、銅(Cu)の重量含有量が、ニッケル(Ni)の重量含有量より少ないことが好ましい。
【0122】
本発明は、単に一例として上述した鋼組成物および管状部品の実施例に限定されず、当業者が添付の特許請求の範囲内であると想定することができる全ての変形例を包含する。