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特許7175462密度測定方法および較正基準試料並びにその作製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-11
(45)【発行日】2022-11-21
(54)【発明の名称】密度測定方法および較正基準試料並びにその作製方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/046 20180101AFI20221114BHJP
【FI】
G01N23/046
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018128758
(22)【出願日】2018-07-06
(65)【公開番号】P2020008391
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-06-11
(73)【特許権者】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】516236757
【氏名又は名称】有限会社ホワイトラビット
(74)【代理人】
【識別番号】100153497
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 信男
(74)【代理人】
【識別番号】100078754
【氏名又は名称】大井 正彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110515
【氏名又は名称】山田 益男
(72)【発明者】
【氏名】木元 克典
(72)【発明者】
【氏名】菊池 一夫
(72)【発明者】
【氏名】岩下 智洋
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 理
【審査官】越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-228464(JP,A)
【文献】特開2004-275334(JP,A)
【文献】特開2008-119468(JP,A)
【文献】特表2013-525822(JP,A)
【文献】特開2006-006531(JP,A)
【文献】特開2008-119020(JP,A)
【文献】特開2001-120530(JP,A)
【文献】特開平09-025154(JP,A)
【文献】木元克典 ほか,海洋酸性化の影響評価のための浮遊性有孔虫の個体別密度測定法,日本海洋学会2016年度秋季大会講演要旨集,2016年08月,p.260
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
A61B 6/00 - A61B 6/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主体として炭酸カルシウムからなる測定対象物の密度を測定する方法であって、
カルサイト結晶構造を有する炭酸カルシウム粒子の粉末成形体もしくは炭酸塩基準試料を較正基準試料とし、 互いに密度が異なる複数種の較正基準試料の各々についての、空気とカルサイトとを基準物質とするX線減弱係数の比で表されるカルサイトCT値と、当該複数の較正基準試料の各々の密度との相関関係を示す検量線データを予め取得しておき、
少なくとも一の較正基準試料および測定対象物の両者に同一のX線源からのX線を同時に照射することにより当該較正基準試料および当該測定対象物の各々の1次CT画像データを取得し、
較正基準試料について得られた1次CT画像データに対して、画素値を一定とするような補正を行う再構成処理を行い、測定対象物について得られた1次CT画像データに対して、前記較正基準試料の1次CT画像データに対する再構成処理と同一の処理条件で再構成処理を行うことにより 2次CT画像データを取得し、
当該測定対象物の2次CT画像データに基づいて得られる当該測定対象物のカルサイトCT値を前記検量線データに対照することにより、当該測定対象物の密度を測定することを特徴とする密度測定方法。
【請求項2】
前記X線源と、前記測定対象物および前記較正基準試料との間のX線照射経路上に、X線の低エネルギー成分を吸収する低エネルギー成分減衰フィルタが配置されることを特徴とする請求項1に記載の密度測定方法。
【請求項3】
前記低エネルギー成分減衰フィルタが、アルミニウム板よりなることを特徴とする請求項2に記載の密度測定方法。
【請求項4】
前記X線源が、1μm以下の焦点径を有するマイクロフォーカスX線管により構成されることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の密度測定方法。
【請求項5】
測定対象物が、炭酸カルシウムを主成分とする殻または骨格を持つ海洋生物における当該殻または骨格であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の密度測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として炭酸カルシウムからなる測定対象物の密度測定方法および当該密度測定方法において用いられる較正基準試料並びにその作製方法に関する。具体的には、例えば、石灰質の殻や骨格を持つ、例えば有殻プランクトンなどの海洋生物の殻密度もしくは骨格密度を測定する密度測定方法および当該密度測定方法において用いられる較正基準試料並びにその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大気に放出された二酸化炭素の一部は海洋に吸収されることが知られている。酸性の性質を持つ二酸化炭素が弱アルカリ性の海水に溶けることにより、海水のアルカリ性が弱まって酸性に近づくことになる(海洋の酸性化(pH変化))。このため、これまでにも、例えば石灰質(炭酸カルシウム)の殻を持つ有殻プランクトンの殻が溶解するなどの海洋の酸性化による生態系への影響が懸念されてきた。近年では、図7に示すように、例えば有殻プランクトン(翼足類)の殻密度が海洋の酸性化(pH変化)に起因して低下することがわかってきた。図7(a)は高殻密度の検体を示し、図7(b)は低殻密度の検体を示す。
そして、海洋の酸性化による生態系への影響を知る、あるいは、将来の海洋の酸性化の程度を予測するためには、有殻プランクトンにおける殻密度または骨格密度を正確に計測することが必要であると考えられる。
【0003】
一般に、ヒトなどの脊椎動物の骨や歯などの骨密度(骨塩量)を測定する方法の一として、ハイドロキシアパタイトなどの基準物質を含むファントムと測定対象物(検体)とをX線CTスキャナーによって同時にスキャンすることにより、骨密度を基準物質の相当量として算出する方法が知られている(例えば特許文献1,2参照。)。このような技術は、例えば骨粗鬆症の診断、経過追跡などに活用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-312945号公報
【文献】特開2017-070453号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の特許文献に記載のX線技術を利用した密度測定方法では、測定対象物のサイズが極めて小さいもの(例えば数百ミクロン程度のもの)である場合には、骨密度の計測には様々な技術的課題があり、微小な測定対象物の個々の骨密度を計測することは困難である。
例えば、測定対象物のサイズが微小である場合には、X線CT装置におけるX線管として焦点径の小さいものを用いる必要がある。しかしながら、X線管の焦点径が小さくなるほど、発生するX線量は減少することから、得られる透過像のコントラストは低下してしまう。そのため、X線を長時間の時間の間照射することが必要となり、X線量の変動やエネルギースペクトルの変動によるアーチファクトの影響が増大する。
また、線硬化(ビームハードニング現象)が発生すると、X線が透過する総距離の違いによって、実際のものと異なる大きさの密度値が算出されてしまうなど、得られる密度推計値には常に不確実性が伴う、といった問題がある。
さらにまた、炭酸塩の殻密度の測定に用いられるもので、かつ微小サイズの測定対象物と形状やサイズが類似するファントムは存在しないのが実情である。また、ヒト用のアパタイトほか金属元素を混合したファントムは、大きさや元素組成に基づくX線吸収量の差などの理由から、炭酸塩の殻密度の測定には適用することはできない。
【0006】
一方、従来における有殻プランクトンの殻密度を測定する技術は、例えば複数個体について同時に重量を計測して平均化し、同様にして採取された複数個体からなるサンプルに対する重量変動から殻密度の変化を推測するものであり、有殻プランクトンの殻密度を正確に計測する技術は存在しないのが実情であった。
【0007】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであって、主として炭酸カルシウムからなる測定対象物の密度を定量的に正確に計測することのできる密度測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、空気と炭酸カルシウム(カルサイト)を基準物質とするカルサイトCT値を新たに定義して、既知密度の試料について、X線CT法によって得られるカルサイトCT値と密度の値との関係を調べたところ、カルサイトCT値と密度の値との間に特定の相関関係、例えば直線関係があることが判明した。
そして、カルサイトCT値と密度との間の相関関係を示す検量線データを炭酸カルシウム密度が異なる複数種の較正基準試料を用いて予め取得しておき、当該検量線データを利用することにより、測定対象物について得られたカルサイトCT値に基づいて密度を定量的に測定することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明の密度測定方法は、主として炭酸カルシウムからなる測定対象物の密度を測定する方法であって、
カルサイト結晶構造を有する炭酸カルシウム粒子の粉末成形体もしくは炭酸塩基準試料を較正基準試料とし、互いに密度が異なる複数種の較正基準試料の各々についての、空気とカルサイトとを基準物質とするX線減弱係数の比で表されるカルサイトCT値と、当該複数の較正基準試料の各々の密度との相関関係を示す検量線データを予め取得しておき、
少なくとも一の較正基準試料および測定対象物の両者に同一のX線源からのX線を同時に照射することにより当該較正基準試料および当該測定対象物の各々の1次CT画像データを取得し、
較正基準試料について得られた1次CT画像データに対して、画素値を一定とするような補正を行う再構成処理を行い、測定対象物について得られた1次CT画像データに対して、前記較正基準試料の1次CT画像データに対する再構成処理と同一の処理条件で再構成処理を行うことにより2次CT画像データを取得し、
当該測定対象物の2次CT画像データに基づいて得られる当該測定対象物のカルサイトCT値を前記検量線データに対照することにより、当該測定対象物の密度を測定することを特徴とする。
【0010】
本発明の密度測定方法においては、前記X線源と、前記測定対象物および前記較正基準試料との間のX線照射経路上に、X線の低エネルギー成分を吸収する低エネルギー成分減衰フィルタが配置されることが好ましい。
このような場合には、前記低エネルギー成分減衰フィルタが、アルミニウム板よりなることが好ましい。
さらにまた、本発明の密度測定方法においては、前記X線源が、1μm以下の焦点径を有するマイクロフォーカスX線管により構成されることが好ましい。
さらにまた、本発明の密度測定方法においては、測定対象物が、炭酸カルシウムを主成分とする殻または骨格を持つ海洋生物における当該殻または骨格であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の密度測定方法によれば、測定対象物のカルサイトCT値を取得することによって、測定対象物の密度を予め取得された検量線データに基づいて正確に求めることができる。当該検量線データは、炭酸カルシウムの密度が異なる複数の較正基準試料の各々についてのカルサイトCT値と密度の値との相関関係が実験による裏づけにより定量的に明らかにされたものであるため、得られる密度値は高い信頼性を有するものとなる。例えば、炭酸カルシウムを主成分とする殻または骨格を持つ数百ミクロンサイズの海洋生物(有殻プランクトン)については、1個体ごとの殻密度または骨格密度を定量的に正確に計測することができ、しかも、殻の破片からでも測定を行うこともできる。
そして、カルサイトCT値の取得に際しては、較正基準試料および測定対象物の両者に同一のX線源からのX線が同時に照射されることにより、X線量の変動やエネルギースペクトルの変動によるアーチファクトの影響をキャンセルすることができるので、例えば有殻プランクトンのようにサイズが数百μm以下の微小な測定対象物であっても、殻密度の定量を高い確度で行うことができる。
【0014】
本発明の較正基準試料によれば、実質的に炭酸カルシウムのみからなることにより、均質性の高いものとして構成することができ、上記の密度測定方法によって得られる測定結果に高い再現性を得ることができる。
【0015】
本発明の較正基準試料の作製方法によれば、結合助剤としてのバインダーを用いることなく炭酸カルシウム粒子のみを成形することができて所期の較正基準試料を確実に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の密度測定方法において利用されるマイクロフォーカスX線CT装置の一例における構成の概略を示す模式図である。
図2】X線低エネルギー成分減衰フィルタの効果を説明するための図であって、同一の均質な試料についての(a)X線低エネルギー成分減衰フィルタを利用しなかった場合のCT画像データ、(b)X線低エネルギー成分減衰フィルタを利用した場合のCT画像データである。
図3】成形圧力と、取得されるカルサイトファントムの炭酸カルシウム密度との関係を示す図である。
図4】人工炭酸塩ファントムのCT画像データの一例を示す図である。
図5】検量線データの一例を示す図である。
図6】実験例1において測定された浮遊性有孔虫の殻密度の値(測定値)と化学分析によって得られた殻密度の値(参考値)との関係を示す図である。
図7】海洋の酸性化による有殻プランクトンへの影響を説明する図である。(a)は、高殻密度の検体のサーフェスレンダリング画像であって、上下の画像は同一個体の互いに異なる断面層を示す。(b)は、低殻密度の検体のサーフェスレンダリング画像であって、上下の画像は同一個体の互いに異なる断面層を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
本発明の密度測定方法は、新たに定義した空気と炭酸カルシウム(カルサイト)とを基準物質とするカルサイトCT値(空気中におけるカルサイトの密度と等価の値)と、密度値との間の相関関係を示す検量線データを、炭酸カルシウム密度が既知の複数種の較正基準試料(以下、「ファントム」という。)について予め取得しておき、ファントムを利用したX線CT法によって測定対象物について取得されるカルサイトCT値から当該検量線データに基づいて、測定対象物の密度を得るものである。ここに、カルサイトCT値とは、空気と水とを基準物質として用いて定義される医業用CT値とは異なるものであって、その定義については後述する。
【0019】
本発明の密度測定方法における測定対象物は、主として炭酸カルシウムからなるものであれば、特に限定されるものではないが、本発明の密度測定方法は、例えば、炭酸カルシウムを主成分とする殻または骨格を持つ数百ミクロンサイズの海洋生物の密度を測定する場合に極めて有用である。このような海洋生物としては、例えば、炭酸カルシウムからなる殻を持つ有殻プランクトンなどが挙げられる。海洋生物が作る炭酸カルシウムには、カルサイト結晶構造のものと、アラゴナイト結晶構造のものとの2種類のものがあるが、測定対象物の殻または骨格を構成する炭酸カルシウムは、いずれの結晶構造を有するものであってもよい。
【0020】
測定対象物の密度の測定にあっては、例えばマイクロフォーカスX線CT装置が用いられる。
図1は、本発明の密度測定方法において利用されるマイクロフォーカスX線CT装置の一例における構成の概略を示す模式図である。
このマイクロフォーカスX線CT装置は、X線を照射するX線源10と、測定対象物およびファントムを保持する保持部20と、測定対象物およびファントムを透過したX線を検出するX線検出器30とを備えている。なお、図1においては、便宜上、測定対象物Sのみが保持部20に保持された状態が示してある。
【0021】
X線源10は、焦点径が例えば1μm以下の範囲内で適宜設定可能とされたX線管により構成されている。
保持部20は、例えば鉛直方向に延びる軸を中心に回転自在とされた回転ステージにより構成されている。また、保持部20は、X線照射方向に移動可能に設けられており、X線源10との間の距離が調整されることにより、X線透過画像の拡大率が変更可能に構成されている。
X線検出器30は、例えばフラットパネル検出器により構成されており、測定対象物Sおよびファントムの形状および内部構造を反映したX線透過(X線減弱)の差が、例えば16ビットのグレースケールによる画像の濃淡として表わされたCT画像が得られる。
【0022】
このマイクロフォーカスX線CT装置においては、X線源10と、測定対象物Sおよびファントムとの間のX線照射経路上に、X線の低エネルギー成分を吸収するX線低エネルギー成分減衰フィルタ40が内挿されて配置されている。X線低エネルギー成分減衰フィルタ40としては、例えば純アルミニウム(例えばA1012)よりなる金属フィルタを用いることができる。X線低エネルギー成分減衰フィルタ40は、例えば銅やチタンなどの金属板、塩化ビニルなどの樹脂板などが用いられてもよい。また、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40の形状は特に限定されない。
ここに、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40の厚みは、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40の構成材料のX線減弱係数などに基づいて設定することができる。X線低エネルギー成分減衰フィルタ40が例えば純アルミニウムよりなる金属フィルタである場合には、その厚みは例えば0.2mmである。
【0023】
X線低エネルギー成分減衰フィルタ40を備えていない場合には、図2(a)に示すように、密度が実質的に均一な試料について得られるCT画像データには、ビームハードニングの影響によるアーチファクトの影響(画素値の不均質性)が確認され、この例では、中心部分が低密度でエッジ部分が高密度であるかのような密度分布を示す結果となっている。一方、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40を備えていることにより、図2(b)に示すように、試料について得られるCT画像データは、X線のビームハードニングによるアーチファクトの影響(輝度値の不均一性)が少ないものであり、本来の密度分布を示すCT画像データが得られることが示されている。
【0024】
以上において、X線源10とX線検出器30との間の距離D1は、例えば73~374mm、保持部20(測定対象物Sおよびファントム)とX線検出器30との間の距離D2は、例えば60~371.5mm、X線源10とX線低エネルギー成分減衰フィルタ40との間の距離D3は、例えば71.8~372.8mmである。
【0025】
本発明の密度測定方法においては、先ず、互いに密度が異なる複数種のファントムを用意し、当該複数種のファントムの各々についてのカルサイトCT値と、当該複数種のファントムの各々の密度との相関関係を示す検量線データを予め取得しておく。検量線データの信頼性の観点から、少なくとも3種以上、好ましくは4~5種のファントムについてカルサイトCT値を取得することが望ましい。
【0026】
複数種のファントムの各々は、いずれも、以下の条件を満足するものであることが必要とされる。
(1)測定対象物と同一の結晶構造の炭酸カルシウムからなること。
(2)測定対象物と形状や大きさが類似していること。
(3)内部の密度が一様(内部構造が均質)であること。
(4)炭酸カルシウム密度が既知であること。
例えば、炭酸カルシウム結晶(密度2.71)を適度な大きさに切り出したものがファントムとしての条件を満たす。
【0027】
本発明の密度測定方法においては、ファントムとしては、例えば、カルサイト結晶構造を有する炭酸カルシウム粒子の粉体成形体(人工炭酸塩ファントム、以下「カルサイトファントム」という。)、もしくは、「NIST NBS-19」(炭酸塩基準試料)が好適に用いられる。「NIST NBS-19」は、国際原子力機関(IAEA)より炭酸カルシウムの酸素・炭素同位体比標準物質として世界中に頒布されており、また均質性が保証されているものである。
カルサイトファントムは、実質的に炭酸カルシウムのみからなることにより、均質性の高いものとして構成することができ、より正確に定量的な測定を行うことができる。
【0028】
上記のカルサイトファントムにあっては、炭酸カルシウム粒子として、純度が99.9%以上であるものが用いられる。
また、カルサイトファントムを構成する炭酸カルシウム粒子としては、粒子径が例えば5μm以下であるものが好ましい。本明細書において「炭酸カルシウム粒子の粒子径」とは、炭酸カルシウム粒子の最大投影面に外接する長方形の短径をいうものとする。
粒子径が5μm以下であることにより、撮影されるCT画像データの解像度よりもおおきな空隙の不均質性を可能な限り小さくすることができ所期のカルサイトファントムを確実に得ることができる。一方、炭酸カルシウム粒子の粒子径が過大である場合には、カルサイトファントムを成形すること自体が困難となる。
【0029】
上記のカルサイトファントムは、次のようにして作製することができる。
すなわち、先ず、較正基準試料形成材料として、粒子径が50μm以下であって純度が99.9%以上である例えばカルサイト結晶構造を有する超高純度炭酸カルシウム粒子を用意し、マイクロ天秤を用いて所定量に秤量する。ここに、較正基準試料形成材料の量は、造形すべきカルサイトファントムの厚みが例えば約1mmとなる量である。例えば、成形装置における粉末成形用ダイの型孔の内径寸法がφ13mmである場合には、超高純度炭酸カルシウム粒子の量は250~300mgである。較正基準試料形成材料の量がこのように設定されることにより、最終的に得られるカルサイトファントムにおける密度の不均質性が生ずることを回避することができる。
【0030】
次いで、所定量に秤量された較正基準試料形成材料を常温常圧下で粉末成形用ダイの型孔に充填し、上下パンチで加圧して圧縮成形する成形工程を行う。
成形工程においては、較正基準試料形成材料を粉末成形用ダイの型孔内に充填した後、粉末成形用ダイに対して振動を与える振動付与工程が行われることが好ましい。これにより、超高純度炭酸カルシウム粒子間の空隙を密にすることができ、得られるカルサイトファントムを均質なものとすることができる。振動付与工程に要する時間は、数分間程度である。
また、較正基準試料形成材料の加圧は、成形圧力を連続的に変更して行っても、多段階に変更して行ってもよい。成形圧力を多段階に変更して加圧を行う場合には、最終的に得られるカルサイトファントムにおける密度の不均質性が生ずることを確実に回避することができる。
成形圧力は、1.5~10ton/cm2 の範囲内の大きさに設定される。成形工程は、較正基準試料形成材料に対する圧力が設定成形圧力となるまで徐々に加圧していき、設定成形圧力で所定時間の間加圧することにより行う。これにより、炭酸カルシウム粒子が圧縮により破壊されて粒子径が5μm以下の大きさとされた粉末成形体を得ることができる。
加圧時間は、例えば5~15分間であることが好ましく、例えば10分間である。
【0031】
その後、成形された円盤状のカルサイトファントム前駆体を粉末成形用ダイより静かに取り出し、これを所定の大きさに切り出すことにより、密度測定用のカルサイトファントムを得ることができる。
【0032】
カルサイトファントムの炭酸カルシウム密度と成形圧力の大きさとの間には、図3に示すように、比例関係があることから、成形圧力の大きさを制御することによりカルサイトファントムの炭酸カルシウム密度を調整することができる。例えば、成形圧力を1.5ton/cm2 とした場合には、炭酸カルシウム密度が1.93である均質なカルサイトファントムを得ることができる。また、成形圧力を10ton/cm2 (上限値)とした場合には、炭酸カルシウム密度が2.23である均質なカルサイトファントムを得ることができる。
カルサイトファントムの炭酸カルシウム密度は、例えば次のようにして測定することができる。すなわち、先ず、マイクログラム単位の重量が計測可能な天秤(マイクロ天秤)を用いて、作製したカルサイトファントム前駆体の重量を計測する。次いで、当該カルサイトファントム前駆体の体積を例えばマイクロフォーカスX線CTによって計測する。ここに、撮像の空間解像度は10μm以下とする。そして、カルサイトファントムの密度、炭酸カルシウム密度が計測された重量と体積とに基づいて計算によって求める。
本発明においては、互いに炭酸カルシウム密度の異なる複数種のカルサイトファントム前駆体を作製し、作製した複数種のカルサイトファントム前駆体の各々の炭酸カルシウム密度を測定する。
図4に、カルサイトファントム前駆体のCT画像データの一例を示す。図4の(a)に示すカルサイトファントム前駆体の炭酸カルシウム密度は2.30μg/μm3 、(b)に示すカルサイトファントム前駆体の炭酸カルシウム密度は2.00μg/μm3 、(c)に示すカルサイトファントム前駆体の炭酸カルシウム密度は1.93μg/μm3 である。スケールは300μmである。
【0033】
本発明における検量線データは、次のようにして得られたものである。
先ず、実体顕微鏡下において、作製したカルサイトファントム前駆体の中央部分からマイクロサージェリーメスを用いて長径最大300μmの大きさの粒子を切り出す処理を、作製した複数種のカルサイトファントム前駆体の各々について行い、これにより、数百ミクロンサイズの密度測定用のカルサイトファントムを得る。ここに、切り出す粒子(カルサイトファントム)のサイズは、ビームハードニング補正が可能な最大の厚さに一致する大きさである。
【0034】
次いで、各々のカルサイトファントムについてのCT画像データをマイクロフォーカスX線CT装置によって取得する。
図1を参照して説明すると、同一のX線源10からのX線を、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40を介して、カルサイトファントムおよび上述の炭酸塩基準試料(カルサイト結晶)の両者に同時に照射する。このとき、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の両者を保持する保持部20を回転させることにより、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の両者のX線透過像を全周方向から撮影し、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の各々の1次CT画像データを取得する。これにより得られるカルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の各々についての1次CT画像データに対して再構成処理を行うことにより、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の各々の2次CT画像データを取得する。
【0035】
而して、得られた1次CT画像データは、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40の作用によって、ビームハードニングによるアーチファクトの影響が低減されたものであり、また、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料は内部構造が均質なものであることから、得られる1次CT画像データは画素値が平滑なものであるはずである。しかしながら、照射される連続X線のエネルギー密度は、様々な要因により、時間の経過とともに刻一刻と不可避的に変動するため、実際に得られる1次CT画像データは、X線のエネルギースペクトルの変動によるアーチファクトの影響を含んだものとなる。
このようなアーチファクトによる影響は、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の両方に等しく生ずるものと予想される。このため、再構成処理においては、炭酸塩基準試料について得られた1次CT画像データにおける画素値を一定とする(平滑なものとする)ような補正を、カルサイトファントムについて得られた1次CT画像データに対しても同様に行う。これにより、カルサイトファントムの1次CT画像データにおけるX線のエネルギースペクトルの変動によるアーチファクトの影響を低減することができ、解像度の高い2次CT画像データを得ることができる。ここに、画素値が一定(画素値が平滑)とは、単位面積あたり(20ボクセル四方)のカルサイトファントム中心部分と外周部との平均画素値の差が2.5%未満の範囲内にあることをいう。
そして、カルサイトファントムおよび炭酸塩基準試料の各々について、X線透過像の撮影および再構成処理を同様にして繰り返して行うことにより、カルサイトファントムにおける所定数の断面層の2次CT画像データを取得する。
【0036】
次いで、カルサイトファントムについて得られた2次CT画像データに基づいて、カルサイトファントムのカルサイトCT値を取得する。
一般に、測定対象物の元素組成が均一であれば、ここで示される2次CT画像データの濃淡のコントラストはX線減弱係数と相関があり、測定対象物質の密度と同義である。本発明においては、測定対象物である海洋生物における殻または骨格を構成する主成分である炭酸カルシウム(CaCO3 )に着目し、空気とカルサイトとを基準物質とするX線減弱係数の比で表したカルサイトCT値を新たに定義する。
本発明において定義するカルサイトCT値は、下記式(1)によって表され、カルサイトファントムにおける任意の複数の断面層の2次CT画像データ(画像の濃淡)の各々から取得される値の平均値が、カルサイトファントムのカルサイトCT値(代表値)として用いられる。
式(1) カルサイトCT値=k×[(μsample -μair )/(μstd -μair )]
【0037】
上記式(1)において、kは、ハンスフィールドユニットに準じた定数であって、例えば1000とされる。μsample air ,およびμstd は、それぞれ、カルサイトファントム、空気および炭酸塩基準試料のX線減弱係数を示す。測定対象物のカルサイトCT値を取得するに際しては、μsample の値として、測定対象物のX線減弱係数が用いられ、μstd の値として、カルサイトファントムのX線減弱係数が用いられる。
上記式(1)により得られるカルサイトCT値は、0(空気)~1,000(炭酸カルシウム結晶)の数値範囲内の値であって、従って、測定対象物のカルサイトCT値は、当該数値範囲内の値で示される。
【0038】
そして、一のカルサイトファントムについて得られた複数の2次CT画像データの各々からカルサイトCT値を取得し、これらの平均値を当該カルサイトファントムのカルサイトCT値(代表値)として取得する。
このような処理を複数種のカルサイトファントムの各々について行うことにより、各々のカルサイトファントムのカルサイトCT値を取得する。
【0039】
上記のようにして取得された各々のカルサイトファントムのカルサイトCT値および炭酸カルシウム密度の両者の関係を示す複数の実測値を、横軸を例えば炭酸カルシウム密度〔μg/μm3 〕とし、縦軸をカルサイトCT値とする座標系にプロットする。これらのプロット(実測値)を例えば直線で近似することにより、検量線データを取得することができる。なお、複数の実測値を多項式の曲線で近似することにより検量線データを取得してもよい。検量線データの一例を図5に示す。図5におけるαで示すプロットは、炭酸塩基準試料(NBS19)についての実測値である。図5における近似式は、炭酸カルシウム密度をDとすると、下記式(2)により示される。
式(2) カルサイトCT値=351.64×D+44.123
【0040】
測定対象物の殻密度または骨格密度の測定に際しては、測定対象物の予想される殻密度値または骨格密度値を基準として同等またはそれ以上の炭酸カルシウム密度の値を有する少なくとも一のカルサイトファントムが選択されて用いられる。
そして、例えば図1に示すマイクロフォーカスX線CT装置を用いて、上記と同様の方法により、測定対象物Sおよびカルサイトファントムの両者の複数の断面層の1次CT画像データを取得し、カルサイトファントムについて得られた1次CT画像データに対する再構成処理と同一の処理条件で、測定対象物の1次CT画像データに対する再構成処理を行う。
次いで、測定対象物について得られた2次CT画像データに基づいて、測定対象物のカルサイトCT値を取得し、得られたカルサイトCT値を予め取得しておいた検量線データに対照することにより当該測定対象物Sの殻密度または骨格密度を求める。
【0041】
而して、上記の密度測定方法によれば、測定対象物である有殻プランクトンなどの海洋生物における殻または骨格を構成する炭酸カルシウムに着目し、測定対象物について、新たに定義した空気と炭酸カルシウム(カルサイト)を基準物質とするカルサイトCT値を、ファントムを利用したX線CT法によって、取得することにより、測定対象物の殻密度または骨格密度を予め取得された検量線データに基づいて正確に求めることができる。当該検量線データは、炭酸カルシウム密度が互いに異なる複数種のカルサイトファントムの各々についてのカルサイトCT値と密度の値との相関関係を、実験による裏づけにより定量的に明らかにしたものであるため、当該検量線データによって得られる密度値は高い信頼性を有するものとなる。そして、上記の密度測定方法によれば、例えば、有殻プランクトンについては、個体ごとの殻密度の測定だけでなく、殻の破片からでも測定を行うこともできる。
また、カルサイトCT値の測定に際しては、測定対象物Sおよびカルサイトファントムの両者に同一のX線源10からのX線を同時に照射してX線透過画像を撮影することにより、X線量の変動やエネルギースペクトルの変動によるアーチファクトの影響をファントムについて得られたCT画像データに基づいてキャンセルすることができるので、例えば有殻プランクトンのようにサイズが数百μm以下の微小な測定対象物であっても、殻密度の定量を高い確度で行うことができる。
【0042】
さらにまた、マイクロフォーカスX線T装置において、X線源10と、測定対象物Sおよびカルサイトファントムとの間のX線照射経路上に、X線低エネルギー成分減衰フィルタ40が配置されることにより、得られるCT画像データにおけるビームハードニングによるアーチファクトの影響を確実に低減することができ、殻密度(または骨格密度)の定量を一層高い信頼性をもって行うことができる。
【0043】
以下、本発明の効果を確認するために行った実験例について説明する。
【0044】
<実験例1>
北太平洋に生息する動物プランクトンである浮遊性有孔虫(サイズ150μm程度)を18個体用意した。各個体の炭酸カルシウムを主成分とする殻を測定対象物とし、測定対象物の殻密度を1個体ごとに求めた。殻密度の測定は、図1に示すマイクロフォーカスX線CT装置において、較正基準試料として炭酸カルシウム密度が2.71であるカルサイトファントムを用い、以下に示す撮像条件で、測定対象物の各々の1次CT画像データを取得した。取得された測定対象物の1次CT画像データに対する再構成処理をカルサイトファントムについて得られた1次CT画像データに対する再構成処理と同一の処理条件で行った後、得られた2次CT画像データと、上記式(1)とに基づいて、カルサイトCT値を求めた。取得されたカルサイトCT値に基づいて、上記式(2)で示される検量線データから殻密度を求めた。
そして、以下に示す化学分析によって求められる殻密度を参考値としたとき、検量線データに基づいて測定された殻密度の値(測定値)と参考値との関係を調べた。結果を図6に示す。ここに、図6における横軸は参考値としての殻密度であり、縦軸は検量線データに基づいて取得される殻密度である。また、破線で示す直線は、測定値と参考値との誤差が0である理想曲線である。
参考値の取得にあっては、先ず、高分解能ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析計)によって、1個体ずつカルシウム含有量(重量)の定量を行い、得られたカルシウム重量から炭酸カルシウム重量(殻重量)を演算により求めた。また、上記において取得された測定対象物の2次CT画像データに基づいて、各々の測定対象物の殻体積を求めた。そして、取得された殻重量と殻体積とに基づいて、測定対象物の殻密度を1個体ごとに算出した(殻密度=殻重量/殻体積)。
【0045】
[撮像条件]
X線管に対する印加電圧:80keV
X線管に対する印加電流:40μA
X線管の焦点径:0.8μm
X線管とX線検出器との間の距離(D1):374mm
保持部とX線検出器との間の距離(D2):371mm
X線管とX線低エネルギー成分減衰フィルタとの間の距離(D3):372.8mm
撮影回数(断面層の数):1200回
拡大率:126.94倍
撮影時間(X線照射時間):66分間
X線低エネルギー成分減衰フィルタ:材質:純アルミニウム、厚さ:0.2mm
【0046】
図6に示されるように、検量線データを利用してカルサイトCT値に基づいて得られる殻密度の値(測定値)の、殻重量と殻体積とから化学分析によって求められる殻密度の値(参考値)に対する誤差は、最大でも0.25μg/μm3 、平均すると0.07μg/μm3 程度であって、数百ミクロンサイズの測定対象物の殻密度を高い精度で測定することができることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の密度測定方法によれば、有殻プランクトンの1個体ごとの殻密度を正確に定量的に計測することができるようになるので、世界各地で報告されている季節単位、年単位で起こっている海洋環境の変化、とくに地球温暖化現象や海洋酸性化に対する、個々の海洋生物のボディサイズや骨格密度の変化を正確にとらえることができ、環境変化と生物との相互関係についてより一層の理解を深めることができるようになることが期待される。
【符号の説明】
【0048】
10 X線源
20 保持部
30 X線検出器
40 低エネルギー成分減衰フィルタ
S 測定対象物

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7