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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-11
(45)【発行日】2022-11-21
(54)【発明の名称】金属部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 5/04 20060101AFI20221114BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20221114BHJP
   B22D 11/01 20060101ALI20221114BHJP
【FI】
C22C5/04
B22D11/00 D
B22D11/01 B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019526972
(86)(22)【出願日】2018-06-27
(86)【国際出願番号】 JP2018024332
(87)【国際公開番号】W WO2019004273
(87)【国際公開日】2019-01-03
【審査請求日】2019-11-27
【審判番号】
【審判請求日】2021-10-07
(31)【優先権主張番号】P 2017125222
(32)【優先日】2017-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018102098
(32)【優先日】2018-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514115065
【氏名又は名称】株式会社C&A
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】吉川 彰
(72)【発明者】
【氏名】村上 力輝斗
(72)【発明者】
【氏名】横田 有為
(72)【発明者】
【氏名】二瓶 貴之
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 圭
(72)【発明者】
【氏名】庄子 育宏
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 俊介
(72)【発明者】
【氏名】山路 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】大橋 雄二
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】佐藤 陽一
【審判官】太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-190012(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 5/04
C22C30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
RuまたはRuを最大比率で含む合金からなる金属の多結晶から構成され、
結晶粒は、アスペクト比が1.5以上とされ、複数の前記結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列され、
前記結晶粒の長軸の方向の断面における前記結晶粒の数が0.25mm2あたりに83個以下とされ、
前記金属は、ビッカース硬度が200Hv以上400Hv未満とされ、
前記 Ruを最大比率で含む合金は、化学式RuαM1βM2γM3ζで表され

M1は、Rh、Pd、Os、Ir、Ptのいずれかであり、
M2は、Ta、W、Reのいずれかであり、
M3は、Ruと安定化合物を形成してより耐食性を向上させる元素、もしくはRuに固溶してより耐食性を向上させる元素であり、
0.7<α<0.95、0.05≦β≦0.3、0≦γ≦0.1、0≦ζ≦0.2、かつ0.05≦β+γ+ζ≦0.3、α+β+γ+ζ=1とされている
ことを特徴とする金属部材。
【請求項2】
Ruを最大比率で含む合金からなる金属から構成され、
組成は化学式Ruα M1β M2γ M3δ M4ε で表され、
M1は、Rh、Pd、Os、Ir、Ptのいずれかであり、
M2は、Ta、W、Mo、Nb、Reのいずれかであり、
M3はCr,Mn,Fe,Co,Ni,Vのいずれかであり、
M4はTi,Zr,Hf,Al,Scのいずれかであり、
0.7<α<0.95、0.05≦β≦0.3、0≦γ≦0.2、0≦δ≦0.2、0≦ε≦0.03かつ0.05≦β+γ+δ+ε0.3、α+β+γ+δ+ε=1とされ、
前記金属は、ビッカース硬度が160Hv以上400Hv未満とされている
ことを特徴とする金属部材。
【請求項3】
請求項2記載の金属部材において、
多結晶とされた前記金属の結晶粒は、アスペクト比が1.2以上とされ、複数の前記結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列され、
前記結晶粒の長軸の方向の断面における前記結晶粒の数が0.1mm2あたりに246個以下とされている
ことを特徴とする金属部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルテニウムまたはルテニウム合金からなる金属部材に関する。
【背景技術】
【0002】
高温における、点火プラグの電極(中心電極、接地電極)や、各種センサー電極、温度測定などで使用される金属部材としては、高融点かつ化学的に安定な白金族元素が利用されている。従来、白金および白金合金は、高い塑性変形能のために利用されている
【0003】
これに対し、近年、加工技術の進展により、白金に比べ高い融点を有するイリジウムまたはイリジウム合金からなる金属部材(以下、イリジウム線材と称することがある)もまた、点火プラグ用電極として利用され始めている。
【0004】
点火プラグ用電極は燃焼室内で高温酸化環境に曝されることから、高温酸化による消耗が懸念され、高融点かつ耐酸化性が良好であることが求められる。従来、イリジウム線材の耐久性改善の方法としては、材料組成の調整としてロジウム、白金、ニッケルなどの添加元素を適宜合金化することが一般的である。しかし、合金化による組成調整に基づく改善だけでは、その他の特性低下が認められるため、組成調整以外の方法で、耐高温酸化特性の改善をすることも必要であった。
【0005】
高温特性の改善技術としては、組成(構成元素)の調整の他、材料組織の調整からのアプローチも試みられている。例えば、特許文献1では、イリジウムまたはイリジウム合金からなる金属部材について、金属結晶の配向性に着目し、加工時に優先方位として現れる<100>方向に配向する結晶について、その存在比率を意図的に高めたものを開示している。
【0006】
ここで、材料組織の制御による金属部材の高温特性の改良は、未だ完成したものとは考えられていない。例えば、特許文献2,3に示されるイリジウム線材においては、従来の線材加工により製造されたイリジウム線材に比べると高温酸化雰囲気中における酸化消耗量の低減が観測されており一応の効果が確認されている。しかし、高温特性の更なる改善が要求されていることもあり、より高温特性に優れたイリジウム線材が要求されている。
【0007】
例えば、点火プラグ用電極では、耐久寿命の長期化の要求や、エンジン性能の向上に応じた耐久性の更なる改善が要求されている。また、熱電対応用においても同様の耐高温酸化特性の改善が求められている。加えて、測温したい領域が奥まったところに設置されることもあるため、曲げ易いなどの、所謂、展延性を持つことも重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2012-136733号公報
【文献】特開2015-190012号公報
【文献】国際公開第2012/090714号公報
【文献】米国特許第8979696号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
白金およびイリジウムは極めて高価であることから、白金やイリジウムを用いた線材やその加工品が高価になっており、普及を妨げている。このため、現在、低コストな原料を用いて、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有する金属部材が求められている。
【0010】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有してより安価な金属部材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る金属部材は、RuまたはRuを最大比率で含む合金からなる金属の多結晶から構成され、結晶粒は、アスペクト比が1.5以上とされ、複数の結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列され、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数が1mm2あたりに120個以下とされている。
【0012】
上記の金属部材において、金属は、ビッカース硬度が200Hv以上400Hv未満とされている。
【0013】
上記の金属部材において、 Ruから構成された金属は、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数が0.1mm2あたりに260個以下とされていてもよい。
【0014】
上記金属部材において、Ruの合金は、RuαM1βM2γM3ζで表され、M1は、Rh、Pd、Os、Ir、Ptのいずれかであり、M2は、Ta、W、Reのいずれかであり、M3は、Ruと安定化合物を形成してより耐食性を向上させる元素、もしくはRuに固溶してより耐食性を向上させる元素であり、0.5α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.5、0≦ζ≦0.5、かつ0≦β+γ+ζ≦0.5とされている。
【0015】
本発明に係る金属部材は、Ruを最大比率で含む合金からなる金属から構成され、組成はRuαM1βM2γM3δM4εで表され、M1は、Rh、Pd、Os、Ir、Ptのいずれかであり、M2は、Ta、W、Mo、Nb、Reのいずれかであり、M3はCr,Mn,Fe,Co,Ni,Vのいずれかであり、M4はTi,Zr,Hf,Al,Scのいずれかであり、0.5α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.5、0≦δ≦0.5、0≦ε≦0.1かつ0≦β+γ+δ+ε≦0.5とされている。
【0016】
上記金属部材において、多結晶とされた金属の結晶粒は、アスペクト比が1.2以上とされ、複数の結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列され、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数が0.1mm2あたりに260個以下とされている。また、金属は、ビッカース硬度が160Hv以上400Hv未満とされている。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したことにより、本発明によれば、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有してより安価な金属部材が提供できるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A図1Aは、本発明の実施例1における金属部材の試料を作製するために用いた製造装置の構成を示す構成図である。
図1B図1Bは、本発明の実施例1における金属部材の試料を作製するために用いた製造装置の一部構成を示す構成図である。
図2図2は、本発明の実施例1において作製した金属部材の試料の断面を走査型電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図3図3は、本発明の実施例1において作製した金属部材ついて行った曲げ試験の外観を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【0020】
[実施の形態1]
初めに、本発明の実施の形態1について説明する。本発明の実施の形態1に係る金属部材は、Ru(ルテニウム)またはルテニウムを最大比率で含む合金からなる金属の多結晶から構成されている。また、多結晶とされている金属部材の結晶粒は、アスペクト比が1.5以上とされている。言い換えると、結晶粒は、長軸の長さが短軸の長さの1.5倍以上とされている。本発明に係る金属部材は、難燃性である。
【0021】
なお、ルテニウムの合金は、化学式RuαM1βM2γM3ζで表され、M1は、Rh、Pd、Os、Ir、Ptのいずれかであり、M2は、Ta、W、Reのいずれかであり、M3は、ルテニウムと安定化合物を形成してより耐食性を向上させる元素、もしくはルテニウムに固溶してより耐食性を向上させる元素であり、0.5≦α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.5、0≦ζ≦0.5、かつ0≦β+γ+ζ≦0.5である。なお、安定化化合物とは、室温で安定に存在する化合物である。例えば、実施の形態1における金属部材としては、1400℃以上の融点となる化合物が好ましい。
【0022】
また、金属部材を構成している複数の結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列され、結晶粒の長軸の方向に平行な断面における結晶粒の数が1mm2あたりに2個以上120個以下とされている。金属部材は、例えば、線材であり、線材の延在方向が、結晶粒の長軸の方向となる。金属部材の結晶粒の形状は、例えば、柱状結晶であり、任意断面で柱状結晶が束になった材料組織とされているとよい。また、等軸晶の少ない材料組織が好ましい。等軸晶の割合を制限するのは、粒界面積の増大に起因する機械的強度低下を抑制するためである。なお、結晶粒の短軸の方向における結晶粒の数に制限はない。
【0023】
上述したように、本発明では、結晶粒の長軸方向に平行な断面における結晶粒の数を規定することで粒界面積を規制する。ルテニウムを含む金属部材にとって結晶粒界は高温劣化損傷の起点であり、これを制限するためである。例えば、粉末冶金法により作製された線材は、必然的に多数の結晶粒および空隙を有する。従って、本発明における金属部材による線材は、粉末冶金法により作製された同一組成の線材に比べて高い耐酸化性を有する。
【0024】
また、実施の形態1における金属部材は、ビッカース硬度が200Hv以上400Hv未満とされていることが重要である。この硬度の規定は、金属部材中の残留歪に関連する構成である。例えば、溶解鋳造されたインゴットについて加工(熱間加工、冷間加工)と熱処理とを組み合わせて製造するルテニウム線材およびルテニウム合金線材の製造では、加工歪の導入と緩和(除去)が交互に生じるが、線材の状態になるまでの高い加工率で加工された金属部材には相応に残留歪が内包されている。加工歪は、線材が再結晶温度以上に加熱されたとき再結晶の駆動力として作用し、材料組織を変化させる(再結晶組織)。再結晶組織により粒界面積が増大することで、高温消耗、破断が加速されることとなる。
【0025】
従って、使用温度が再結晶温度以上になることが想定されているルテニウム線材およびルテニウム合金線材については、初期状態(高温雰囲気での使用前)における結晶粒の数の制限に加え、高温下での組織変化を抑えるため残留歪が低下されていることが好適である。
【0026】
発明者らの検討では、400Hv以上の線材(金属部材)は、残留歪が過剰な状態にあり、再結晶温度以上の高温に曝されたとき、再結晶による粒界面積の増加から酸化消耗量の増大が生じるおそれがある。また、再結晶により金属部材は軟化するが、この硬度・強度低下と粒界面積増加とが相まって粒界を起点とする破断も生じる可能性が高くなる。一方、200Hv未満のルテニウム線材およびルテニウム合金線材は、常温域での求められる強度を有さないので、本来的に使用が好ましくない。
【0027】
なお、このような硬度が制限された線材を得るためには、歪を残留させないために加工条件を制限しながら、必要な線径となるよう加工製造する必要があるが、この製造プロセスについては後述する。また、実施の形態1における「線材」とは、直径0.1mm以上直径3.0mm以下の細線状態の金属部材を意図するものである。ここで、特に熱電対用途としては直径0.2mm以上0.8mm以下とされている状態が望ましく、点火プラグ用電極としては0.3mm以上0.8mm以下が望ましい。また「板材」とは、長手方向に垂直な断面において少なくとも2つの直線領域を有する金属部材を意図するものである。
【0028】
以上の通り、実施の形態1における金属部材は、常温での結晶粒の数を制限すると共に、高温加熱されても再結晶による組織変動が生じ難いようになっている。従って、実施の形態1における金属部材は、再結晶温度(金属部材の組成により変動するが1200℃~1500℃の範囲である)以上に加熱されたときの結晶粒の数の変動も少ない。また、硬度の変化が低減されており、具体的には、加熱条件として加熱温度1200℃、加熱時間20時間としたとき、加熱前後の硬度変化率「100[%]-(加熱後硬度/加熱前度×100)」が15%以下となる。
【0029】
次に、上述した金属部材の製造方法について説明する。以下では、金属部材として、線材を製造する方法を例に説明する。実施の形態1における線材は、結晶粒の数の制限と残留歪低減のための硬度の制限が必要である。これらの制限事項は、従来の線材製造プロセスでは達成することが容易ではない。従来の線材製造プロセスでは、粉末冶金法ないしは溶解鋳造されたインゴットについて、圧延加工(溝ロール圧延加工)、線引き加工などを行って細線に成形加工するが、これらの製造工程では、結晶粒の数を制御することはできない。
【0030】
また、インゴットから線材までに成形される過程では、相当に高い加工率での加工がなされることから残留歪が存在する。残留歪については、加工を熱間で行うことで軽減できるが、それでも繰り返される加工により残留歪は相当に存在する。
【0031】
これに対し、結晶粒の数の制限と残留歪の抑制の双方を達成できる線材製造プロセスとしては、単結晶製造プロセスの一態様であるマイクロ引き下げ法(以下、μ-PD法と称する)を適用することができる(特許文献2参照)。μ-PD法によれば、例えば、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数を、0.1mm2あたりに260個程度の少ない数とすることができる。また、μ-PD法によれば、例えば、引き下げる速度などにより、結晶粒の数を制御することができる。
【0032】
μ-PD法では、図1A図1Bに示すように、高周波誘導コイル101により加熱可能とされた坩堝102内に、原料となる溶融金属103を収容し、育成結晶104を介して凝固した金属(線材)105を、ノズル106に通過させつつ引き下げて結晶育成を行う。ノズル106は、坩堝102の底部107に設けられている。坩堝102は、処理室108の内部において、坩堝台109の上に支持固定されている。なお、図1Bは、図1Aの点線の円内を拡大して示している。
【0033】
ルテニウム線材およびルテニウム合金線材の製造にμ-PD法が好適に適用される理由としては、まず、μ-PD法は、結晶粒の形状制御を行いつつ、単結晶に準じた結晶粒の数の少ない金属部材を製造できるからである。また、μ-PD法では、ノズル106により断面積を微小に限定しつつ結晶育成を行うことから、この方法により製造される線材は、線径が細く、その後の加工を要しない、あるいは、少ない回数の加工で所望の寸法の線材および板材を得ることができる。従って、μ-PD法により育成される結晶は、歪の少ない状態であるため追加的な加工を要しない。これにより残留歪を大幅に低減することができ、本発明が要求する低硬度の線材や板材とすることができる。このように、μ-PD法による線材などの金属部材の製造は、ニアネットシェイプで目的とする金属部材を製造できる効率的なものである。
【0034】
μ-PD法に基づく線材の製造方法では、ルテニウムまたはその合金という高融点材料を取り扱うことから、坩堝102の構成材料としては、高温で溶解・揮発し難い材料が重要であり、具体的には、マグネシア、ジルコニア、アルミナなどのセラミックスやカーボン(グラファイト)等が用いられる。坩堝102の底部107に設けられているノズル106は、底部107より通過する溶融金属103を冷却して凝固させる機能と、冶具(ダイ)として凝固する金属(線材)105を拘束して成形する機能の双方を有する。ノズル106の材質も坩堝102と同様に高温で溶解・揮発し難い材料で形成されていることが好ましい、ノズル106の内壁は、凝固した金属との摩擦を生じるため、ノズル106の内壁表面は表面が平滑であることが好ましい。
【0035】
μ-PD法により結晶粒の数が制限された線材を製造する場合の重要な要素として、溶融金属103と凝固した金属(線材)105との固液界面111の位置(レベル)がある。固液界面111の位置は、ノズル106の上下方向の中央付近にあることが好ましい。固液界面111の位置が上側(坩堝102の側)にあると、凝固した金属(線材)105の移動距離が大きくなり、この分引き下げの抵抗が大きくなり、ノズル106の摩耗・損傷が生じて線材の形状・寸法の制御が困難となる。一方、固液界面111が下側(ノズル106の出口側)にあると、溶融金属103がノズル106から排出されて線材の線径が太くなるおそれがある。固液界面111の位の制御は、ノズル106の長さ(厚さ)、引き下げ速度を適宜に調整して行う。実施の形態1における金属部材として想定される線径の線材を製造するにあたり、ノズル106の長さ(厚さ)は3~30mmが好ましく、これに対する引き下げ速度は0.5~200mm/minとすることが好ましい。
【0036】
また、μ-PD法による線材の製造にあたっては、ノズル106から排出される線材105の冷却速度の調整も必要である。ノズル106から排出される線材105は、固相領域にはあるが、急冷すると微細結晶(等軸晶)が生じるおそれがある。このため、ノズル106から排出された線材105については、再結晶温度以下になるまでの区間において緩やかな冷却速度で徐冷することが好ましい。具体的には、線材105が少なくとも1200℃以下になるまで、冷却速度を120℃/sec~1℃/secとすることが好ましい。
【0037】
なお、線材温度1200℃以下の温度域においても、上述した緩やかな冷却速度で冷却しても差し支えないが、線材が1000℃以下であれば、製造効率を考慮して上記速度より冷却速度を高くしても良い。また、冷却速度の調整のためには、例えば、坩堝102の下部にセラミックス等の熱伝導材からなるアフターヒーターを坩堝102に連結し、坩堝102(溶融金属103)の熱を利用することがある。坩堝102による溶融金属103の処理、および線材105の引き下げは、酸化防止のため不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウムなど)の雰囲気で行うことが好ましい。
【0038】
μ-PD法により製造したルテニウム線材およびルテニウム合金線材については、追加的な加工により線径の調整を行っても良い。但し、その場合、残留歪を残さないようにするため、加工温度と加工率について留意が必要となる。具体的には、加工温度を1500℃以上とし、1回(1パス)辺りの加工率は12%未満とする必要がある。加工温度が低い場合や加工率が高い場合、歪が残留することとなり、高温での使用の際に再結晶による組織変化が生じることとなる。以上説明したμ-PD法により製造された実施の形態1おけるルテニウム線材は、その用途に応じて適宜に切断して使用可能である。
【0039】
なお、実施の形態1におけるルテニウム線材は、FZ法(フローティングゾーン法)およびゾーンメルト法などのμ-PD法以外の単結晶製造プロセスを基にしても製造可能である。但し、これらの単結晶育成法は、μ-PD法よりも比較的大径の単結晶製造には好適ではあるが、FZ法(フローティングゾーン法)およびゾーンメルト法などでは、φ3mm以下の連続した線材をニアネットシェイプで作製することはできない。
【0040】
また、FZ法などにより、最終製品として3mm以下の細径の線材を製造する場合には、FZ法の後に複数回の加工を行わなければならない。複数回の加工は、残留歪が残る可能性が高く、加工上がりの硬さはHv400以上となる。また、この加工上がりの線材を熱処理などでHv400未満に調整すると、等軸晶で構成される再結晶組織を形成するため、機械的特性、特に靭性が極端に低下する。
【0041】
[実施例1]
以下、実際に行った実験の結果を用いてより詳細に説明する。
【0042】
はじめに、本発明の実施の形態1における金属部材の試料について説明する。図1A図1Bを用いて説明した製造装置を用い、μ-PD法に基づいて、ルテニウムまたはルテニウム合金からなる線材を作製した。μ-PD法による線材製造にあたっては、まず、育成結晶104を底部107のノズル106を介し、坩堝102内の溶融金属103に接触させる。この後、一定速度で育成結晶104を引き下げ(下方向に移動)させ、線材105を得る。
【0043】
実施例1における試料の作製では、予め用意したルテニウムおよびルテニウム合金(いずれも純度99%以上)を、ジルコニア製の坩堝102(容器寸法40×30×50)に入れた。また、坩堝102の底部107に設置したノズル106(寸法:内径1mm、長さ5mm)の下方から育成結晶104(φ0.8mmの種結晶)を挿入した。この状態で、高周波誘導コイル101を用いて原料を高周波誘導加熱して溶解させた。
【0044】
坩堝102内に原料の溶融金属103が形成された後、引き下げ速度5mm/minで引き下げを行った。このとき、坩堝102の上部から下部方向へアルゴンガス(1L/min)をフローしている。この例では、ノズル106の出口から30mmの区間において、冷却速度を50℃/secとし、線材105の温度が1200℃以下になるまで徐冷している。以上の製造方法により、線径0.8mm・長さ150mmの線材105を製造した。実施例1として試料(Sample)1~試料10を作製した。各試料の組成について、以下の表1に示す。表1には、実験の結果も示している。
【0045】
実験では、まず、金属部材の組織の観察により結晶粒の数の測定、硬度測定を行った。これらの測定は、製造した線材を1mmの長さに切断し、更に、長手方向に切断して半割りにした。このように作製した各試料について、顕微鏡観察を行い面積0.25mm2の観察視野を任意に設定して結晶粒の数の測定を行った。観察結果の1例(走査型電子顕微鏡写真)を図2に示す。図2は、作製した線材の長手方向に平行な断面を示している。作製した試料の断面をアルゴンガスを用いたドライエッチング(イオンミリング)で処理した試料を、走査型電子顕微鏡により観察している。
【0046】
また、アスペクト比1.5以上の等軸晶の有無・数を測定した。また、ビッカース硬度計により、各試料のビッカース硬度を測定した。観察の結果、試料1~試料10は、長手方向断面における結晶粒の数が規定範囲内にあり、硬度も比較的低いものである。
【0047】
【表1】
【0048】
次に、比較試料について説明する。各比較試料の組成は表1における試料1~10と同一とした。比較試料は、アーク溶解法でルテニウムおよびルテニウム合金からなるインゴットを製造し(直径12mm)、このインゴットについて、熱間加工と加熱を経て線材へと加工した。この加工工程では、熱間鍛造、熱間伸線、および熱間スエージングの各工程で目的寸法となるまで繰り返し加工を行った。この比較試料における熱間伸線の繰り返しは、線材に高い配向性を具備させようとするためである。しかしながら、比較試料はφ0.8mmに到達する前に破断し、作製することはできなかった。
【0049】
次に、各試料について高温酸化加熱を行い、加熱後の組織変化および硬度変化を検討した。更に、加熱後の酸化消耗量を測定して耐高温酸化特性を評価した。また、各試料について、加熱後の線材について曲げ試験による折損の有無も評価した。この曲げ試験では、線材を90°曲げたときの線材の破断や表面の割れにより評価を行った。
【0050】
試料1~試料10の線材は、十分な高温耐酸化性が得られた。加熱前後の結晶粒の数の変化も少なく、また、硬度変化も抑えられている。また、加熱後の曲げ試験では、いずれの試料も破断や表面割れは確認されなかった。図3に、曲げ試験を行った試料4の状態を示す。図3に示すように、実施例1の線材は、破断することなく曲がっており、表面も光沢を残していた。
【0051】
ここで、ルテニウムまたはルテニウム合金の線材および板材の加工熱処理について説明する。従来のインゴットを加工熱処理する製造方法では、目的形状を得るまでに結晶粒が微細化し、耐酸化性の低下に伴う粒界酸化やそれに起因する加工中の粒界割れが問題となる。これに対し、実施例1で説明した図1A図1Bの装置を用いる線材の製造方法では、予めニアネットシェイプでの形状制御凝固を経て粗大な結晶粒を得るために、加工熱処理で発生する粒界割れによる歩留まり低下を抑えつつ目的の最終形状を得ることが可能となる。
【0052】
この際、加工の影響を受けた部位は加工時に結晶粒が微細化し得るが、これは熱処理によって一定程度粗大化させることが可能である。このことから、実施例1で説明した図1A図1Bの装置を用いる線材の製造方法で製造した線材は、加工熱処理して得られる加工品については、結晶粒の数が1mm2あたり120個以上の箇所を有するものとなる。これは、線材に限らず、板材についても同様である。
【0053】
以上に説明したように、実施の形態1では、ルテニウムまたはルテニウムを最大比率で含む合金からなる金属の多結晶から構成し、結晶粒は、アスペクト比が1.5以上とし、複数の結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列された状態とし、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数が1mm2あたりに120個以下とされているようにした。この結果、実施の形態1によれば、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有してより安価な原料(金属部材)が提供できるようになる。例えば、本発明によれば、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有し、かつ10倍程度安価な金属部材が提供できるようになる。
【0054】
また以上の結果から、特に激しい温度変化にさらされる点火プラグ用電極、および使用時に高い柔軟性が求められる熱電対用途としては、1mm2あたり2個以上80個以下の結晶粒を有し、350Hv未満のビッカース硬度を有していることが好ましい。
【0055】
例えば、線材を用いる部品としては、熱電対がある。ルテニウムを電極とした熱電対は、過去にも報告されているが、ルテニウムの加工性が非常に乏しいことから、現在熱電対として普及しておらず、高価なイリジウム熱電対が利用されている。またインゴットからの成形が困難であることから、ルテニウムを主たる合金元素とした坩堝材などの高温用構造体は普及しておらず、イリジウムが用いられている。このため、イリジウムをルテニウムで代替することができれば、低価格化に道がひらけ、普及が進むことが大いに期待される。
【0056】
[実施の形態2]
次に、本発明の実施の形態2について説明する。実施の形態2における金属部材は、ルテニウムを最大比率で含む合金からなる金属から構成されている。この金属は、単結晶でもよく多結晶でもよい。また、多結晶とされている場合、金属部材の結晶粒は、アスペクト比が1.2以上とされている。言い換えると、結晶粒は、長軸の長さが軸の長さの1.2倍以上とされている。この金属部材は、難燃性である。
【0057】
なお、実施の形態2における金属部材を構成するルテニウムの合金は、組成が化学式RuαM1βM2γM3δM4εで表される。M1は、Rh、Pd、Os、Ir、Ptのいずれかであり、M2は、Ta、W、Mo、Nb、Reのいずれかであり、M3はCr,Mn,Fe,Co,Ni,Vのいずれかであり、M4はTi,Zr,Hf,Al,Scのいずれかである。また、0.5≦α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.5、0≦δ≦0.5、0≦ε≦0.1かつ0≦β+γ+δ+ε≦0.5である。
【0058】
上記組成のうち、Rh、Pd、Os、Ir、Ptは、Ruに固溶して加工性を高める。またTa、W、Mo、Nb、Reは、Ruに固溶して加工性と体積抵抗率を高める。Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Vは、Ruに固溶して加工性と体積抵抗率を高める。Ti,Zr,Hf,Al,Scは、Ruの加工性を低減させるOや、Pなどの元素と結びついて、加工性を向上させる。
【0059】
上記組成のほか、不純物としてLi、B、C、Na、K、Ca、Mg、Pb、Siが、1000ppm未満添加されていても構わない。また、Y、およびLaからLuまでの希土類元素、およびThは、Ruに固溶しないが、O、Pなどの元素と結びついて加工性を向上させることから、原料の溶解時に添加しても構わない。
【0060】
また、多結晶とされている場合の金属部材を構成している複数の結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列され、結晶粒の長軸の方向に平行な断面における結晶粒の数が0.1mm2あたりに2個以上260個以下とされている。より好ましくは、0.1mm2あたりに55個以下であり、さらに0.1mm2あたりに20個以下であることがより好ましい。金属部材は、例えば、線材であり、線材の延在方向が、結晶粒の長軸の方向となる。金属部材の結晶粒の形状は、例えば、柱状結晶であり、任意断面で柱状結晶が束になった材料組織とされているとよい。また、等軸晶の少ない材料組織が好ましい。等軸晶の割合を制限するのは、粒界面積の増大に起因する機械的強度低下を抑制するためである。なお、結晶粒の軸の方向における結晶粒の数に制限はない。
【0061】
上述したように、実施の形態2においても、多結晶に場合は、結晶粒の長軸方向に平行な断面における結晶粒の数を規定することで粒界面積を規制する。ルテニウムを含む金属部材にとって結晶粒界は高温劣化損傷の起点であり、これを制限するためである。例えば、粉末冶金法により作製された線材は、必然的に多数の結晶粒および空隙を有する。従って、実施の形態2における金属部材による線材も、前述した実施の形態1と同様に、粉末冶金法により作製された同一組成の線材に比べて高い耐酸化性を有する。
【0062】
また、実施の形態2における金属部材は、ビッカース硬度が160Hv以上400Hv未満とされていることが重要である。この硬度の規定は、金属部材中の残留歪に関連する構成である。例えば、溶解鋳造されたインゴットについて加工(熱間加工、冷間加工)と熱処理とを組み合わせて製造するルテニウム合金線材の製造では、加工歪の導入と緩和(除去)が交互に生じるが、線材の状態になるまでの高い加工率で加工された金属部材には相応に残留歪が内包されている。加工歪は、線材が再結晶温度以上に加熱されたとき再結晶の駆動力として作用し、材料組織を変化させる(再結晶組織)。再結晶組織により粒界面積が増大することで、高温消耗、破断が加速されることとなる。
【0063】
従って、使用温度が再結晶温度以上になることが想定されているルテニウム合金線材については、初期状態(高温雰囲気での使用前)における結晶粒の数の制限に加え、高温下での組織変化を抑えるため残留歪が低下されていることが好適である。
【0064】
前述したように、発明者らの検討では、400Hv以上の線材(金属部材)は、残留歪が過剰な状態にあり、再結晶温度以上の高温に曝されたとき、再結晶による粒界面積の増加から酸化消耗量の増大が生じるおそれがある。また、再結晶により金属部材は軟化するが、この硬度・強度低下と粒界面積増加とが相まって粒界を起点とする破断も生じる可能性が高くなる。一方、実施の形態2において、160Hv未満のルテニウム合金線材は、常温域での求められる強度を有さないので、本来的に使用が好ましくない。
【0065】
なお、このような硬度が制限された線材を得るためには、歪を残留させないために加工条件を制限しながら、必要な線径となるよう加工製造する必要があるが、この製造プロセスについては後述する。また、実施の形態2における「線材」とは、実施の形態1と同様であり、直径0.1mm以上直径3.0mm以下の細線状態の金属部材を意図するものである。ここで、特に熱電対用途としては直径0.2mm以上0.8mm以下とされている状態が望ましく、点火プラグ用電極としては0.3mm以上0.8mm以下が望ましい。また「板材」とは、長手方向に垂直な断面において少なくとも2つの直線領域を有する金属部材を意図するものである。
【0066】
以上の通り、実施の形態2における金属部材は、実施の形態1と同様に、常温での結晶粒の数を制限すると共に、高温加熱されても再結晶による組織変動が生じ難いようになっている。従って、実施の形態2における金属部材も、再結晶温度(金属部材の組成により変動するが1200℃~1500℃の範囲である)以上に加熱されたときの結晶粒の数の変動も少ない。また、硬度の変化の低減されており、具体的には、加熱条件として加熱温度1200℃、加熱時間20時間としたとき、加熱前後の硬度変化率「100[%]-(加熱後硬度/加熱前度×100)」が15%以下となる。
【0067】
ところで、従来、抵抗発熱体などで使用される金属部材として、高融点かつ低蒸気圧であるタングステン、タンタル、モリブデンなどが、用いられてきた。しかしながら、タングステン、タンタル、モリブデンは室温での加工が極めて困難である。現在、抵抗発熱体としても、より効率的な炉内温度分布を実現するなどのために、複雑な形状への加工性が求められ、より高い室温での加工性を有する金属部材が求められている。
【0068】
このような要求に対し、本発明によれば、タングステン、タンタル、モリブデンなどと同等以上の性能を有してより高い加工性を有する金属部材が提供できるようになる。
【0069】
次に、上述した実施の形態2における金属部材の製造方法について説明する。以下では、金属部材として、線材を製造する方法を例に説明する。実施の形態2においても、結晶粒の数の制限と残留歪低減のための硬度の制限が必要であり、前述した実施の形態1と同様に、結晶粒の数の制限と残留歪の抑制の双方を達成できる線材製造プロセスとして、μ-PD法を適用する。
【0070】
なお、実施の形態2における線材においても、FZ法(フローティングゾーン法)およびゾーンメルト法などのμ-PD法以外の単結晶製造プロセスを基にしても製造可能である。但し、これらの単結晶育成法は、μ-PD法よりも比較的大径の単結晶製造には好適ではあるが、FZ法(フローティングゾーン法)およびゾーンメルト法などでは、φ3mm以下の連続した線材をニアネットシェイプで作製することはできない。
【0071】
また、FZ法などにより、最終製品として3mm以下の細径の線材を製造する場合には、FZ法の後に複数回の加工を行わなければならない。複数回の加工は、残留歪が残る可能性が高く、加工上がりの硬さはHv400以上となる。また、この加工上がりの線材を熱処理などでHv400未満に調整すると、等軸晶で構成される再結晶組織を形成するため、機械的特性、特に靭性が極端に低下する。
【0072】
[実施例2]
以下、実際に行った実験の結果を用いてより詳細に説明する。
【0073】
はじめに、実施の形態2における金属部材の試料について説明する。実施の形態1と同様に、図1A図1Bを用いて説明した製造装置を用い、μ-PD法に基づいて、ルテニウム合金からなる線材を作製した。また、実施例2では、ルテニウムからなる線材も作製した。μ-PD法による線材製造にあたっては、まず、育成結晶104を底部107のノズル106を介し、坩堝102内の溶融金属103に接触させる。この後、一定速度で育成結晶104を引き下げ(下方向に移動)させ、線材105を得る。
【0074】
実施例2における試料の作製でも、予め用意したルテニウムおよびルテニウム合金(いずれも純度99%以上)を、ジルコニア製の坩堝102(容器寸法40×30×50)に入れた。また、坩堝102の底部107に設置したノズル106(寸法:内径1mm、長さ5mm)の下方から育成結晶104(φ0.8mmの種結晶)を挿入した。この状態で、高周波誘導コイル101を用いて原料を高周波誘導加熱して溶解させた。
【0075】
坩堝102内に原料の溶融金属103が形成された後、引き下げ速度5mm/minで引き下げを行った。このとき、坩堝102の上部から下部方向へアルゴンガス(1L/min)をフローしている。この例では、ノズル106の出口から30mmの区間において、冷却速度を50℃/secとし、線材105の温度が1200℃以下になるまで徐冷している。以上の製造方法により、線径0.8mm・長さ150mmの線材105を製造した。なお、直径0.8mm以下の線材は、従来のルテニウム合金では作製が不可能とされていた。実施例2として、μ-PD法により試料(Sample)11~試料25を作製した。各試料の組成について、以下の表2に示す。表2には、実施例2における実験の結果も示している。
【0076】
実験では、まず、金属部材の組織の観察により結晶粒の数の測定、硬度測定を行った。これらの測定は、製造した線材を1mmの長さに切断し、更に、長手方向に切断して半割りにした。このように作製した各試料について、顕微鏡観察を行い面積0.1mm2の観察視野を任意に設定して結晶粒の数の測定を行った。作製した試料の断面をアルゴンガスを用いたドライエッチング(イオンミリング)で処理した試料を、走査型電子顕微鏡により観察した。
【0077】
また、アスペクト比1.2以上の等軸晶の有無・数を測定した。また、ビッカース硬度計により、各試料のビッカース硬度を測定した。観察の結果、試料11~試料25は、長手方向断面における結晶粒の数が規定範囲内にあり、硬度も比較的低いものである。
【0078】
【表2】
【0079】
次に、比較試料について説明する。各比較試料の組成は表2における試料11~25と同一とした。比較試料は、アーク溶解法でルテニウム合金からなるインゴットを製造し(直径12mm)、このインゴットについて、熱間加工と加熱を経て線材へと加工した。この加工工程では、熱間鍛造、熱間伸線、および熱間スエージングの各工程で目的寸法となるまで繰り返し加工を行った。この比較試料における熱間伸線の繰り返しは、線材に高い配向性を具備させようとするためである。しかしながら、比較試料はφ0.8mmに到達する前に破断し、作製することはできなかった。
【0080】
次に、各試料について高温酸化加熱を行い、加熱後の組織変化および硬度変化を検討した。更に、加熱後の酸化消耗量を測定して耐高温酸化特性を評価した。また、各試料について、加熱後の線材について曲げ試験による折損の有無も評価した。この曲げ試験では、線材を90°曲げたときの線材の破断や表面の割れにより評価を行った。
【0081】
試料11~試料25の線材は、十分な高温耐酸化性が得られた。加熱前後の結晶粒の数の変化も少なく、また、硬度変化も抑えられている。また、加熱後の曲げ試験では、いずれの試料も破断や表面割れは確認されなかった。また、実施例2の試料11の結果より、ルテニウム(純ルテニウム)から金属部材を構成する場合も、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数が0.1mm2あたりに260個以下とされていればよいことがわかる。
【0082】
ここで、ルテニウム合金の線材および板材の加工熱処理について説明する。実施の形態1で説明したように、従来のインゴットを加工熱処理する製造方法では、目的形状を得るまでに結晶粒が微細化し、耐酸化性の低下に伴う粒界酸化やそれに起因する加工中の粒界割れが問題となる。これに対し、実施の形態2の実施例2においても、前述した実施例1と同様に、予めニアネットシェイプでの形状制御凝固を経て粗大な結晶粒を得るために、加工熱処理で発生する粒界割れによる歩留まり低下を抑えつつ目的の最終形状を得ることが可能となる。
【0083】
この際、加工の影響を受けた部位は加工時に結晶粒が微細化し得るが、これは熱処理によって一定程度粗大化させることが可能である。このことから、実施例2の線材は、加工熱処理して得られる加工品については、結晶粒の数が0.1mm2あたり260個以上の箇所を有するものとなる。これは、線材に限らず、板材についても同様である。
【0084】
以上に説明したように、実施の形態2では、ルテニウムを最大比率で含む合金からなる金属から構成した。また、この金属(合金)を多結晶とする場合、結晶粒は、アスペクト比が1.2以上とし、複数の結晶粒は、長軸の方向を同一の方向に向けて配列された状態とし、結晶粒の長軸の方向の断面における結晶粒の数が0.1mm2あたりに260個以下とされているようにした。この結果、実施の形態2においても、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有してより安価な原料(金属部材)が提供できるようになる。例えば、本発明によれば、白金、イリジウム、イリジウム合金と同等以上の性能を有し、かつ10倍程度安価な金属部材が提供できるようになる。
【0085】
また以上の結果から、実施の形態2における金属部材では、特に激しい温度変化にさらされる点火プラグ用電極、および使用時に高い柔軟性が求められる熱電対用途としては、0.1mm2あたり55個以下の結晶粒を有し、350Hv未満のビッカース硬度を有していることが好ましい。さらに、0.1mm2あたりに20個以下の結晶粒を有し、300Hv未満のビッカース硬度を有していることがより好ましい。
【0086】
点火プラグ用電極に用いる場合、RuαM1βM2γM3δM4 ε において、0.5≦α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.2、0≦δ≦0.5、0≦ε≦0.1かつ0≦β+γ+δ+ε≦0.5であることが望ましく、0.5≦α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.1、0≦δ≦0.05、0≦ε≦0.1かつ0≦β+γ+δ+ε≦0.5であることがより望ましい。
【0087】
例えば、線材を用いる部品としては、抵抗発熱体がある。ルテニウムは極めて加工性が低いことから従来は適用されてこなかったが、本発明により、白金よりも安価で、タングステン等に比べ加工性の高い高温用発熱体を提供することが可能となる。加えて、本発明により作製された金属部材は従来法に比べ大きな結晶粒を有することから、高温におけるクリープ強度が増大し、部材の長寿命化にも寄与する。
【0088】
抵抗発熱体として用いる場合、RuαM1βM2γM3δM4 ε において、0.5≦α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.4、0≦δ≦0.3、0≦ε≦0.1かつ0≦β+γ+δ+ε≦0.5であることが望ましく、0.5≦α≦1、0≦β≦0.5、0≦γ≦0.4、0≦δ≦0.2、0≦ε≦0.1かつ0≦β+γ+δ+ε≦0.5であることがより望ましい。
【0089】
また一般に、合金線材を点火プラグとして利用する場合、厚さ1mm程度のチップに切断加工を行う必要がある。せん断加工は点火プラグへの切断加工において最も広く利用されているが、延性が高い既存の合金では、切断時のダレを防ぐために微細な結晶粒からなる組織を有することが望ましい。しかし、ルテニウムおよびルテニウム合金は、イリジウム合金および白金合金に比べ延性に劣り、それゆえ単結晶に近い粗大な結晶粒を有する組織においてもせん断加工時のダレが生じにくいという利点を有する。したがって、耐酸化特性を損なわずに加工を行うことが可能である。
【0090】
本発明によれば、高価なイリジウムを安価なルテニウムで代替しつつ、粒径を大きくすることで粒界を減らし、耐高温酸化特性の改善に加え、展延性の改善によりニアネットシェイプからの加工熱処理も実現する点で新規性と進歩性が高い。
【0091】
本発明者等の検討によれば、ルテニウムを主体とする金属(純ルテニウムまたはルテニウム合金)は、イリジウムおよびイリジウム合金に匹敵するほどの高温耐性、耐酸化性を示すが、この高温雰囲気における損傷モードは、結晶粒界を起点とすることが多いことが判明している。すなわち、ルテニウムを主体とする金属は、高温雰囲気において、粒界における酸化(腐食)が優先的に生じて消耗し、また、粒界における強度低下が大きいため粒界から破断する傾向がある。
【0092】
このような粒界優先の劣化機構は、イリジウムにおいて良く知られている(特許文献1参照)。特許文献1におけるイリジウム線材では、粒界の優先的な劣化は、隣接する結晶間での方位差により拡大するという見解のもと、配向性の向上によって粒界の劣化を抑制している。これに対し、そもそもの劣化の要因となる粒界の面積を規制することが、より本質的で最も有効な対策といえる。特許文献2,3では、イリジウムにおいて粒界の面積を規制することで耐酸化性の向上に成功している。ルテニウムにおいても、同様の損傷モードが想定されるため、ルテニウムにおいて粒界の面積を規制することができれば、粒界における酸化(腐食)を抑制することができるものと考えられる。
【0093】
上述の検討から、発明者等は、高温雰囲気の金属部材の特性を検討するためには、高温加熱前後における組織の変化の有無を検討すべきであると考えた。特許文献1では、製造直後のイリジウム線材の組織(配向性)は規定するが、この材料組織が高温に曝されたときに維持されるかは明らかにしていない。特許文献2,3では、イリジウムの粒界の面積を規制することで耐酸化性向上の効果を上げている。
【0094】
これまで、ルテニウムでは、粒界の面積を規制することによる耐酸化性向上の検討は行われて来なかった。これはルテニウムが極めて脆く、加工性が悪いため、粒径を大きくして粒界を少なくすることができなかったことに起因する。特許文献4では、スパークプラグ用ルテニウム線材の製造方法として、延性の高い合金とのクラッド構造を作り、熱間加工と加熱工程を複数回繰り返す方法を開示している。
【0095】
特許文献4で言及されているように、このような熱間加工によって得られる材料組織は繊維状であり、不可避的に多数の粒界を有する。発明者らは、ルテニウムおよびルテニウム合金の粒径を大きくして粒界を少なくする技術を開発し、粒界の面積を規制することがルテニウムおよびルテニウム合金においても劣化(腐食)の抑制に有効であることを、実施例を挙げて世界で初めて示した。
【0096】
以上の検討から発明者らは、高温雰囲気におけるルテニウム線材の耐久性を向上させるためには、粒界面積が少ないことを前提としつつ、それが製造時(常温)のみならず高温に曝されたときも維持されていること、つまり、加熱による組織変化が生じ難いことが重要であることを見出した。そして、発明者らは、このようなルテニウム線材について、製造方法の根本的な見直しを含めて鋭意検討し、好適なルテニウム線材を見出した。
【0097】
本発明は、長手方向断面の任意の領域における結晶粒の数を規定することで粒界面積を規制する。上記の通り、ルテニウムを含む金属部材にとって結晶粒界は高温劣化損傷の起点であり、これを制限するためである。単純に粉末冶金法により作製された線材は、必然的に多数の結晶粒および空隙を有することから、本発明の線材は、粉末冶金法により作製された同一組成の線材に比べて高い耐酸化性を有する。
【0098】
ところで、硬度の規定は、金属部材中の残留歪に関連する構成である。例えば、溶解鋳造されたインゴットについて加工(熱間加工、冷間加工)と熱処理とを組み合わせて製造するルテニウム線材の製造では、加工歪の導入と緩和(除去)が交互に生じるが、線材の状態になるまでの高い加工率で加工された金属部材には相応に残留歪が内包されている。加工歪は、線材が再結晶温度以上に加熱されたとき再結晶の駆動力として作用し、組織を変化させる(再結晶組織)。再結晶組織により粒界面積が増大することで、高温消耗、破断が加速されることとなる。
【0099】
従って、使用温度が再結晶温度以上になることが想定されているルテニウム線材については、初期状態(高温雰囲気での使用前)における結晶粒の数の制限に加え、高温下での組織変化を抑えるため残留歪が低下されていることが好適である。
【0100】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。
【符号の説明】
【0101】
101…高周波誘導コイル、102…坩堝、103…溶融金属、104…育成結晶、105…凝固した金属(線材)、106…ノズル、107…底部、108…処理室、109…坩堝台、111…固液界面。
図1A
図1B
図2
図3