(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-11
(45)【発行日】2022-11-21
(54)【発明の名称】歯科用硬化性組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 6/60 20200101AFI20221114BHJP
A61K 6/62 20200101ALI20221114BHJP
C08G 59/68 20060101ALI20221114BHJP
C08G 65/10 20060101ALI20221114BHJP
C08G 65/18 20060101ALI20221114BHJP
【FI】
A61K6/60
A61K6/62
C08G59/68
C08G65/10
C08G65/18
(21)【出願番号】P 2022020842
(22)【出願日】2022-02-14
【審査請求日】2022-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(74)【代理人】
【識別番号】100207756
【氏名又は名称】田口 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100165021
【氏名又は名称】千々松 宏
(72)【発明者】
【氏名】多湖 萌野
(72)【発明者】
【氏名】三宅 秀明
(72)【発明者】
【氏名】秋積 宏伸
【審査官】今井 督
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-501744(JP,A)
【文献】国際公開第2018/194032(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 59/00- 59/72
C08G 65/00- 65/48
A61K 6/00- 6/90
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)カチオン重合性単量体、
(b)光酸発生剤、
(d)チオフェン化合物、及び
(f
1)平均一次粒子径が230nm以上1000nm以下の範囲内にあり、個数基準粒度分布において、前記平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合が90%以上である無機球状フィラー
を含み、
前記(d)チオフェン化合物は、下記式(1)又は(2)で示される電子供与性化合物であり、
【化1】
(上記式(1)及び式(2)中における、R
1
~R
11
は、夫々独立に、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリール基或いはチエニル基であり、R
3
とR
4
及びR
3
とR
9
は互いに結合して環を形成してもよい。)
前記(f
1)無機球状フィラーの25℃における屈折率nF
aは、前記(a)カチオン重合性単量体の重合体の25℃における屈折率nPよりも大きい、歯科用硬化性組成物。
【請求項2】
前記(a)カチオン重合性単量体100質量部に対する前記(b)光酸発生剤、(d)チオフェン化合物、及び(f
1
)無機球状フィラーの含有量が、それぞれ、前記(b)光酸発生剤:0.01~20質量部、前記(d)チオフェン化合物:0.001~10質量部、及び前記(f
1
)無機球状フィラー:50~1500質量部である、請求項1に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項3】
さらに(c)光増感剤を含有する、請求項1又は2に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項4】
前記(f
1)無機球状フィラーの屈折率nF
aと、前記カチオン重合性単量体(a)の重合体の屈折率nPとの差が0.001以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項5】
前記(a)カチオン重合性単量体が、エポキシ化合物およびオキセタン化合物から選ばれる少なくとも一種の化合物を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項6】
前記(b)光酸発生剤が、ヨードニウム塩化合物である、請求項1~5のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
【請求項7】
さらにフェノール系酸化防止剤を含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用硬化性組成物に関する。詳しくは、天然歯牙と色調適合性の高い修復が可能であり、重合収縮が小さく、かつ得られる硬化体の表面硬度が高い歯科用硬化性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
重合性単量体を含む歯科用硬化性組成物は、光照射などの外部刺激により硬化させて、齲蝕や破損等により損傷を受けた歯牙を修復するために用いることができる。
近年、歯牙の修復には、咬合の回復だけではなく、自然な歯に見えるような審美的な修復への要求が高まりつつある。そのため、天然歯牙に対して色調適合性の高い修復を可能とする歯科用硬化性組成物が求められている。
【0003】
特許文献1では、重合性単量体成分、平均粒子径が230nm~1000nmの範囲内にある球状フィラー及び重合開始剤を含む硬化性組成物であって、厚さ1mmの硬化体を形成し測定した、黒背景下及び白背景下での明度及び彩度が特定範囲である硬化性組成物が記載されている。そして、該硬化性組成物の硬化体は、天然歯牙に対して優れた色調適合性を備えることが記載されている。該硬化性組成物に含まれる球状フィラーは、特定の平均粒子径でかつ粒度分布が狭く、さらに所定の屈折率を備えているため、硬化体に黄色~赤色系の着色光が発現しやすく、天然歯牙に対して色調適合性の高い修復を可能としている。
【0004】
特許文献1に記載の発明において、実施例で使用されている重合性単量体成分は、(メタ)アクリレート系のラジカル重合性単量体である。このようなラジカル重合性単量体は、光重合性が良好であるものの、重合収縮が大きいことが課題となっている。修復を要する歯牙の窩洞に対して、歯科用硬化性組成物を充填後、充填された歯科用硬化性組成物の表面に光を照射して重合硬化させ硬化体を形成させる際に、該硬化体には重合に伴う収縮により、歯の界面から離脱しようとする応力が働く。これにより、歯と歯科用硬化性組成物の硬化体との間に間隙を生じ易くなる傾向がある。そのため、重合収縮が小さく、硬化時に間隙が生じ難い歯科用硬化性組成物が求められている。
【0005】
重合収縮の小さい重合性単量体としては、エポキシドやビニルエーテル等のカチオン重合性単量体が知られているが、カチオン重合性単量体を歯科用途に適用する場合、室温条件で迅速に重合を進行させる必要がある。カチオン重合性単量体は、一般的に、光酸発生剤、光増感剤などを含む光カチオン重合開始剤を用いて重合されており、迅速な重合を生じさせる観点から、活性の高い光カチオン重合開始剤が望まれる。
【0006】
例えば、特許文献2では、カチオン重合性単量体の光開始剤システムとして、ヨードニウム塩、可視光光増感剤、及び飽和カロメル電極を基準に測定したときに、0よりは高く、1,4-ジメトキシベンゼンの酸化電位よりは低い酸化電位を有する電子供与性化合物を含み、一定の光誘起電位を有する光開始剤システムが提案されている。該電子供与性化合物としては、アントラセン化合物などの多環式芳香族化合物が開示されている。
【0007】
また、特許文献3では、エポキシ樹脂と、ヨードニウム塩、可視光光増感剤、及び電子供与性化合物を含む光開始剤系を含有し、該光開始剤系が特定の光誘起電位を有する、光重合性組成物が提案されている。該電子供与性化合物としては、芳香族アミン、アルキルアリールポリエーテルなどが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2017/069274号
【文献】国際公開第2003/059295号
【文献】国際公開第98/47046号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、重合収縮を小さくする観点から、特許文献1に記載の発明で使用されるラジカル重合性単量体に代えて、カチオン重合性単量体を使用した場合には、本来の目的である色調適合性の高い修復が難しくなったり、あるいは硬化体の表面硬度が低下するなどの問題が生じることが分かった。例えば、特許文献2に記載の光開始剤系を使用しても、得られる硬化体は、紫外線により青色系の蛍光が確認されたり、黄色~赤色系の着色光に比べて、青色系の着色光が強くなるなど、修復の際に天然歯牙との色調適合性が低下することが確認された。また、特許文献3に記載の光開始剤系を使用しても、硬化体の表面硬度が低下することが確認された。
したがって、本発明の課題は、天然歯牙と色調適合性の高い修復が可能であり、重合収縮が小さく、かつ得られる硬化体の表面硬度の高い歯科用硬化性組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた。その結果、カチオン重合性単量体、光酸発生剤、チオフェン化合物、及び特定の平均一次粒子径及び粒度分布を備える無機球状フィラーを含み、前記無機球状フィラーの25℃における屈折率nFaが、前記カチオン重合性単量体の重合体の25℃における屈折率nPよりも大きい歯科用硬化性組成物により、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明は、次の[1]~[8]に関する。
[1](a)カチオン重合性単量体、(b)光酸発生剤、(d)チオフェン化合物、及び
(f1)平均一次粒子径が230nm以上1000nm以下の範囲内にあり、個数基準粒度分布において、前記平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合が90%以上である無機球状フィラーを含み、前記(f1)無機球状フィラーの25℃における屈折率nFaは、前記(a)カチオン重合性単量体の重合体の25℃における屈折率nPよりも大きい、歯科用硬化性組成物。
[2]前記(d)チオフェン化合物が、チオフェン骨格上に1つ以上のπ共役系置換基を有する化合物である、上記[1]に記載の歯科用硬化性組成物。
[3]前記π共役系置換基が1つ以上のベンゼン環またはチオフェン環を含む、上記[1]又は[2]に記載の歯科用硬化性組成物。
[4]さらに(c)光増感剤を含有する、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
[5]前記(f1)無機球状フィラーの屈折率nFaと、前記カチオン重合性単量体(a)の重合体の屈折率nPとの差が0.001以上である、上記[1]~[4]のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
[6]前記(a)カチオン重合性単量体が、エポキシ化合物およびオキセタン化合物から選ばれる少なくとも一種の化合物を含む、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
[7]前記(b)光酸発生剤が、ヨードニウム塩化合物である、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
[8]さらにフェノール系酸化防止剤を含む、上記[1]~[7]のいずれか一項に記載の歯科用硬化性組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、天然歯牙と色調適合性の高い修復が可能であり、重合収縮が小さく、かつ得られる硬化体の表面硬度の高い歯科用硬化性組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[歯科用硬化性組成物]
本発明の歯科用硬化性組成物は、(a)カチオン重合性単量体、(b)光酸発生剤、(d)チオフェン化合物、及び(f1)平均一次粒子径が230nm以上1000nm以下の範囲内にあり、個数基準粒度分布において、前記平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合が90%以上である無機球状フィラーを含み、前記無機球状フィラー(f1)の25℃における屈折率nFaは、前記カチオン重合性単量体(a)の重合体の25℃における屈折率nPよりも大きいことを特徴とする。
【0014】
本発明の歯科用硬化性組成物は、平均一次粒子径が特定範囲で、粒度分布が狭く、かつ屈折率がカチオン重合性単量体の重合体よりも大きい(d)無機球状フィラーを含むことにより、色調適合性の高い修復を可能にしている。また、本発明の歯科用硬化性組成物は、従来のラジカル重合性単量体に代えて、(a)カチオン重合性単量体を用いているため、重合収縮を抑制している。
本発明の歯科用硬化性組成物は、さらに、(d)チオフェン化合物を含むことを特徴としている。(d)チオフェン化合物は、芳香族アミンやアントラセン化合物と同様に、電子供与性化合物として機能することにより、光酸発生剤などの光カチオン重合開始剤を高活性化する役割を果たしている。これにより、(a)カチオン重合性単量体の硬化不良が抑制され、さらには、電子供与性化合物として芳香族アミンやアントラセン化合物などを用いた場合と比較し、(f1)無機球状フィラーを配合していることにより発現される色調適合性の効果を低下させることがなく、さらには硬化体の表面硬度も高くなる。
この理由は定かではないが、チオフェン化合物は、芳香族アミンやアントラセン化合物などの他の電子供与性化合物と比較し、硬化過程において着色および色調の経時変化を起こすような物質を残存させ難いことや、硬化の進行が速いことなどが関係していると推定している。
【0015】
<(a)カチオン重合性単量体>
本発明の歯科用硬化性組成物は、(a)カチオン重合性単量体を含有する。(a)カチオン重合性単量体は、(メタ)アクリレート系のラジカル重合性単量体を使用した場合よりも重合収縮を小さくすることができる。そのため、歯科用硬化性組成物により歯牙を修復する際に、歯と硬化体との間の隙間を生じ難くすることができる。
【0016】
(a)カチオン重合性単量体は、光酸発生剤の分解によって生じる酸によって重合する化合物であれば特に限定されず、例えば、エポキシ化合物、オキセタン化合物、環状エーテル化合物、ビニルエーテル化合物、双環状オルトエステル化合物、環状アセタール化合物、双環状アセタール化合物、環状カーボネート化合物等が挙げられる。
入手が容易でかつ体積収縮が小さく、重合反応が速いという観点からは、(a)カチオン重合性単量体として、エポキシ化合物およびオキセタン化合物から選ばれる少なくとも一種の化合物を含むことが好適である。
【0017】
好適に使用できるエポキシ化合物を具体的に例示すれば、1,2-エポキシプロパン、メチルグリシジルエーテル、シクロヘキセンオキサイド、エキソ-2,3-エポキシノルボルネン、4-ビニル-1-シクロヘキセン-1,2-エポキシド、リモネンオキサイド、α-ピネンオキシド、スチレンオキサイド、(2,3-エポキシプロピル)ベンゼン、フェニルグリシジルエーテル等のエポキシ官能基を一つ有するエポキシ化合物;1,3-ブタジエンジオキサイド、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリエチレングリコールジグリシジルエーテル、1,6-ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、ジグリシジルグルタレート、4-ビニル-1-シクロヘキセンジエポキシド、リモネンジエポキシド、メチルビス[2-(7-オキサビシクロ[4.1.0]ヘプト-3-イル)エチル]フェニルシラン等のエポキシ官能基を二つ有するエポキシ化合物;グリセロールトリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパントリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールトリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテル、ジペンタエリスリトールヘキサグリシジルエーテル等のエポキシ官能基を三つ以上有するエポキシ化合物等を挙げることができる。
【0018】
また、エポキシ化合物としては下記に示す化合物等の環状シロキサンおよびシルセスキオキサン構造持つ化合物で、エポキシ官能基を有するものも挙げられる。なお、下記構造式(但し、Rを特定する構造式を除く)において、*1を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のO原子と結合していることを示し、*2を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のSi原子と結合していることを示す。
【0019】
【0020】
上記エポキシ化合物のなかでも、得られる硬化体の物性の点から、1分子中にエポキシ官能基を2つ以上有するエポキシ化合物が、特に好適に使用される。
【0021】
また、好適に使用できるオキセタン化合物を具体的に例示すれば、トリメチレンオキサイド、3-メチル-3-オキセタニルメタノール、3-エチル-3-オキセタニルメタノール、3-エチル-3-フェノキシメチルオキセタン、3,3-ジエチルオキセタン、3-エチル-3-(2-エチルヘキシルオキシ)オキセタン等の1つのオキセタン環を有するオキセタン化合物;1,4-ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチルオキシ)ベンゼン、4,4′-ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチルオキシ)ビフェニル、4,4′-ビス(3-エチル-3-オキセタニルメチルオキシメチル)ビフェニル、エチレングリコールビス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)エーテル、ジエチレングリコールビス(3-エチル-3-オキセタニルメチル)エーテル等、下記に示す化合物等のオキセタン環を2つ以上有するオキセタン化合物等を挙げられる。なお、下記に示す構造式のうち最下段左側の構造式において、*1を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のO原子と結合していることを示し、*2を付した結合手は隣接する繰り返し構成単位のSi原子と結合していることを示す。
【0022】
【0023】
上記オキセタン化合物のなかでも、得られる硬化体の物性の点から、1分子中にオキセタン環を2つ以上有するオキセタン化合物が、特に好適に使用される。
【0024】
これらの(a)カチオン重合性単量体は単独、または二種類以上を組み合わせて用いることができる。中でも、(a)カチオン重合性単量体は、エポキシ化合物及びオキセタン化合物の両方を含むことが好ましく、特に、1分子平均a個のオキセタン官能基を有するオキセタン化合物のAモルと、1分子平均b個のエポキシ官能基を有するエポキシ化合物のBモルとを混合し、(a×A):(b×B)が90:10~10:90の範囲になるように調製したものが、硬化速度が速く、水分による重合阻害を受け難い点で好適である。
【0025】
カチオン重合性単量体として、同一分子内にカチオン重合性官能基とラジカル重合性官能基を有する化合物を用いることもできる。そのような化合物を例示すれば、グリシジル(メタ)アクリレート、3,4-エポキシシクロへキシルメチル(メタ)アクリレート、2-ビニルオキシエチル(メタ)アクリレート、6-ビニルオキシへキシル(メタ)アクリレート、3-エチル-3-(メタ)アクリルオキシメチルオキセタン、3-エチル-3-(2-(メタ)アクリルオキシエチルオキシメチル)オキセタン、p-(メタ)アクリルオキシメチルスチレン、等が挙げられる。
【0026】
本発明において、(a)カチオン重合性単量体としては、硬化体の物性(機械的特性や歯質に対する接着性)調整のため、複数種の重合性単量体を使用することができる。この際、(a)カチオン重合性単量体の屈折率が1.38~1.55の範囲内となるように、重合性単量体の種類及び配合割合を設定することが望ましい。すなわち、(a)カチオン重合性単量体の屈折率を1.38~1.55の範囲内に設定することにより、(a)カチオン重合性単量体から得られる重合体の屈折率nPを、おおよそ1.40~1.57の範囲内に設定できる。なお、(a)カチオン重合性単量体を複数種類用いる場合があるが、この場合の屈折率は、複数種の重合性単量体の混合物の屈折率が上記範囲内に入っていれば良く、個々の重合性単量体の屈折率は必ずしも上記範囲内に入っていなくてもよい。本発明において屈折率は、25℃においてアッベ屈折率計を用いて測定される。
【0027】
<(b)光酸発生剤>
本発明の歯科用硬化性組成物は、(b)光酸発生剤を含有する。(b)光酸発生剤を含有することにより、カチオン重合性単量体の重合反応を進行させることができる。(b)光酸発生剤は、光カチオン重合開始剤として一般に使用されるものであれば特に限定されず、光照射による反応によって強い酸を生じる化合物が使用される。
(b)光酸発生剤としては、例えば、ヨードニウム塩化合物、スルホニウム塩化合物、ビスムトニウム塩化合物、ピリジニウム塩化合物等のオニウム塩化合物を用いることができる。これらの中でも(b)光酸発生剤としては、入手が容易でかつ重合活性が高いことから、ヨードニウム塩化合物を使用することが好ましい。(b)光酸発生剤は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用して使用してもよい。
【0028】
好適に使用される(b)光酸発生剤を具体的に例示すれば、カチオン又はカチオン部及びアニオン又はアニオン部が夫々以下に示すものから選ばれるオニウム塩化合物を挙げることができる。
【0029】
[カチオン又はカチオン部]
ジフェニルヨードニウム、ビス(p-クロロフェニル)ヨードニウム、ジトリルヨードニウム、ビス(p-tert-ブチルフェニル)ヨードニウム、p-イソプロピルフェニル-p-メチルフェニルヨードニウム、ビス(m-ニトロフェニル)ヨードニウム、p-tert-ブチルフェニルフェニルヨードニウム、p-メトキシフェニルフェニルヨードニウム、ビス(p-メトキシフェニル)ヨードニウム、p-オクチルオキシフェニルフェニルヨードニウム、p-フェノキシフェニルフェニルヨードニウム、ビス(p-ドデシルフェニル)ヨードニウム、トリフェニルスルホニウム、トリトリルスルホニウム、p-tert-ブチルフェニルジフェニルスルホニウム、ジフェニル-4-フェニルチオフェニルスルホニウム、ジフェニル-2,4,6-トリメチルフェニルスルホニウム、テトラフェニルビスムトニウム、トリフェニル-2,4,6-トリメチルフェニルビスムトニウム、1-メチルピリジニウム、1-メチル2-クロロピリジニウム等。
【0030】
[アニオン又はアニオン部]
テトラキスペンタフルオロフェニルボレート、テトラ(ノナフルオロ-tert-ブトキシ)アルミネート、ヘキサフルオロホスフェート、ヘキサフルオロアンチモネート、ヘキサフルオロアルセナート、テトラフルオロボレート、トリフルオロメタンスルホナート、パークロレート等。
【0031】
(b)光酸発生剤の含有量は、光照射により重合を開始しうる量であれば特に制限されることはないが、適度な重合の進行速度と得られる硬化体の各種物性(例えば、耐候性や硬度)を両立させるために、一般的には上述した(a)カチオン重合性単量体100質量部に対し、例えば0.01~20質量部であり、好ましくは0.05~10質量部であり、さらに好ましくは0.1~5質量部である。
【0032】
<(c)光増感剤>
本発明の歯科用硬化性組成物は、(c)光増感剤を含有することが好ましい。(c)光増感剤は、光エネルギーを吸収して光酸発生剤の分解を促進するものであれば、特に制限されないが、例えば、ケトン化合物(特にα-ジケトン化合物)、クマリン系色素、シアニン系色素、メロシアニン系色素、チアジン系色素、アジン系色素、アクリジン系色素、キサンテン系色素、スクアリウム系色素、ピリリウム塩系色素等を使用することができる。これらの中でも硬化体の着色を抑制する観点から、カンファーキノン、ベンジル、ジアセチル、アセチルベンゾイル、2,3-ペンタジオン、2,3-オクタジオン、4,4’-ジメトキシベンジル、4,4’-オキシベンジル、9,10-フェナンスレンキノン、アセナフテンキノン等のα-ジケトン化合物を使用することが好ましく、カンファーキノンを使用することが特に好ましい。
【0033】
(c)光増感剤は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用して使用してもよい。(c)光増感剤の使用量は、組み合わせる他の成分や重合性単量体の種類によって異なるが、通常は(a)カチオン重合性単量体100質量部に対し、例えば0.001~10質量部を用いればよく、好ましくは0.01~5質量部を用いるとよい。
【0034】
<(d)チオフェン化合物>
本発明の歯科用硬化性組成物は、(d)チオフェン化合物を含有する。(d)チオフェン化合物は、電子供与性化合物として機能し、これを含有することにより、カチオン重合性単量体の重合が進行し易くなり、硬化不良が抑制される。さらに、(d)チオフェン化合物は、電子供与性化合物として芳香族アミンやアントラセン化合物などを用いた場合と比較し、(f1)無機球状フィラーを配合していることにより発現される色調適合性の効果を低下させることがなく、さらには硬化体の表面硬度も高くなる。
【0035】
(d)チオフェン化合物は、分子内にチオフェン環を有する化合物であれば、特に制限なく公知の化合物を使用することができる。本発明においては、チオフェン化合物は電子供与性化合物として用いるため、電子供与性が高い化合物が望ましい。電子供与性を高めるためには、π共役系の拡張が有効であることが知られている。よって、(d)チオフェン化合物としては、チオフェン骨格上に1つ以上のπ共役系置換基を有する化合物を好適に用いることができる。
上記π共役系置換基を構成する部分構造としては、ベンゼン環の他、チオフェン環、フラン環、ピロール環などのヘテロアリール環が挙げられる。本発明におけるチオフェン化合物は、π共役系置換基を有していることが好ましく、前記π共役系置換基が1つ以上のベンゼン環またはチオフェン環を有することが特に好ましい。また、チオフェンと上記の部分構造からなるπ共役系は、アルキル基やアルコキシ基などの他の置換基で置換されていてもよい。このような(d)チオフェン化合物としては、2-フェニルチオフェン誘導体、2,2’-ビチオフェン誘導体、2-チエニルフラン誘導体、2-チエニルピロール誘導体等が挙げられ、中でも下記一般式(1)又は(2)で示される化合物が好適に使用される。
【0036】
【0037】
なお、上記式(1)及び式(2)中における、R1~R11は、夫々独立に、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリール基或いはチエニル基であり、R3とR4及びR3とR9は互いに結合して環を形成してもよい。アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アルキルチオ基としては、炭素数1~12の直鎖状又は分岐のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アルキルチオ基が好ましい。アリール基及びチエニル基は、炭素数1~12のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、及びアルコキシ基、臭素等のハロゲン原子等の置換基を有していてもよい。また、R3とR4及びR3とR9が夫々結合して環を形成する場合の環としては、シクロペンタジエン、チオフェン、フラン、シクロヘキサジエン、ベンゼンが好ましい。
【0038】
上記一般式(1)又は(2)で示される化合物を具体的に例示すれば、2,5-ジフェニルチオフェン、2,3,4,5-テトラフェニルチオフェン、2,2’-ビチオフェン、5-ヘキシル-2,2’-ビチオフェン、5-オクチル-2,2’-ビチオフェン、3,3’-ジヘキシル-2,2’-ビチオフェン、4,4’-ジヘキシル-2,2’-ビチオフェン、5,5’-ジヘキシル-2,2’-ビチオフェン、2,2’:5’,2’’-ターチオフェン、5,5’’-ジブロモ-2,2’:5’,2’’-ターチオフェン、4H-シクロペンタ[2,1-b:3,4-b’]ジチオフェン、ジチエノ[3,2-b:2’,3’-d]チオフェンなどが挙げられる。これらの中でも、(d)チオフェン化合物としては、5-オクチル-2,2’-ビチオフェンが好ましい。
【0039】
(d)チオフェン化合物は、単独で使用してもよいし、2種以上を併用して使用してもよい。(d)チオフェン化合物の使用量は、組み合わせる他の成分や重合性単量体の種類によって異なるが、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対し、例えば0.001~10質量部であり、好ましくは0.01~5質量部であり、より好ましくは0.1~4質量部であり、さらに好ましくは0.2~3質量部である。
なお、本発明の効果に悪影響を与えない範囲であれば、本発明の歯科用硬化性組成物は、(d)チオフェン化合物以外の電子供与性化合物を含んでもよい。ただし、特にアントラセン化合物及び/又は芳香族アミン化合物からなる電子供与性化合物については、その含有量は、(d)チオフェン化合物:1質量部に対して0.2質量部以下、特に0.1質量部以下とすることが好ましく、含まないことがより好ましい。
【0040】
<(f1)無機球状フィラー>
本発明の歯科用硬化性組成物は、平均一次粒子径が230nm以上1000nm以下の範囲内にあり、個数基準粒度分布において、前記平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合が90%以上である無機球状フィラー((f1)無機球状フィラー)を含有する。
【0041】
(f1)無機球状フィラーは、多数の一次粒子から構成されており、該多数の一次粒子の平均一次粒子径の前後の5%の範囲(平均一次粒子径の値を100%として、その数値の±5%の粒子径範囲)に、一次粒子の総個数のうち90%以上の個数の一次粒子が存在している。平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子は、全粒子数の91%以上であることが好ましく、93%以上であることがより好ましい。
(f1)無機球状フィラーは、このような狭い粒度分布を備えることにより、光の干渉、回折、屈折、散乱等(以下、単に「干渉,散乱等」という)に基づく構造色による着色光を生じさせることができる。このような干渉、散乱等を利用した構造色による発色は、顔料物質、染料物質等を用いた場合に見られる退色や変色現象がなく好ましい。すなわち、本発明の歯科用硬化性組成物は、構造色による着色光を利用して天然歯牙との色調適合性を向上させることができるため、従来、色調の調整に用いられている顔料物質、染料物質等の着色物質を用いなくてもよい利点がある。
【0042】
干渉、散乱等により発現する構造色を呈する着色光は、ブラッグ条件に則って回折・干渉が起こって特定波長の光が強調されたり、特定波長の光以外の光が散乱されて特定波長の光のみが反射されたりすることにより発現するものであり、上記平均一次粒子径及び粒度分布を有する無機球状フィラーを配合すると、その平均一次粒子径に従って歯科用硬化性組成物の硬化体には、黄色~赤色系の着色光が発現する。当該干渉、散乱等による着色光の発現効果を一層高める観点から、(f1)無機球状フィラーの平均一次粒子径は230nm以上800nm以下であるのが好ましく、230nm以上500nm以下であるのがより好ましく、260nm以上350nm以下であるのが最も好ましい。230nmより小さい平均一次粒子径の無機球状フィラーを用いた場合、着色が青色系になり、象牙質の色調に対して調和しない。なお平均一次粒子径が100nmより小さい無機球状フィラーを用いた場合には、構造色が生じ難い。一方、平均一次粒子径が1000nmより大きい球状フィラーを用いた場合には、光の干渉,散乱等の発現は期待できるが、無機球状フィラーの沈降や研磨性の低下が生じるため、歯科用の修復材料としては好ましくない。
【0043】
前記したように(f1)無機球状フィラーの平均一次粒子径は230nm~1000nmであり、平均一次粒子径に応じて歯科用硬化性組成物の硬化体には、黄色~赤色系の着色光が発現する。このうち平均一次粒子径230nm~260nmの範囲の無機球状フィラーを用いた場合には、得られる着色光は黄色系であり、修復歯牙の周辺の歯面色調が、シェードガイド「VITAPAN Classical(登録商標)」におけるB系(赤黄色)の範疇にある窩洞の修復に有用である。平均粒子径260nm~350nmの範囲の無機球状フィラーを用いた場合、得られる着色光は赤色系であり、修復歯牙の周辺の歯面色調が、シェードガイド「VITAPAN Classical(登録商標)」におけるA系(赤茶色)の範疇にある窩洞の修復に有用である。象牙質の色相はこうした赤色系のものが多いため、平均粒子径260nm~350nmの範囲の無機球状フィラーを用いる態様において、多様な色調の修復歯牙に対して、幅広く適合性が良くなり好ましい。
【0044】
なお、(f1)無機球状フィラーは平均一次粒子径が上記範囲にあることが重要であり、この要件を満たす粒子であれば該一次粒子の個々は多少の凝集粒子として存在していてもよい。しかしながら、できるだけ独立粒子として存在しているのが好ましく、具体的には、10μm以上の凝集粒子が10体積%未満であるのが好ましい。
【0045】
本発明において、(f1)無機球状フィラーの平均一次粒子径は、走査型電子顕微鏡により粉体の写真を撮影し、その写真の単位視野内に観察される全粒子(30個以上)の数及び全粒子の一次粒子径(最大径)をそれぞれ測定し、得られた測定値に基づき下記式により算出した平均値とする。
【0046】
【数1】
(n:粒子の数、X
i:i番目の粒子の一次粒子径(最大径))
【0047】
本発明において、(f1)無機球状フィラーの個数基準粒度分布において、平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合(%)は、上記写真の単位視野内における全粒子(30個以上)のうち、上記で求めた平均一次粒子径の±5%の粒子径範囲外の一次粒子径(最大径)を有する粒子の数を計測し、その値を上記全粒子の数から減じて、上記写真の単位視野内における平均粒子径±5%の粒子径範囲内の粒子数を求め、下記式により算出される。
平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合(%)=[(走査型電子顕微鏡写真の単位視野内における平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子数)/(走査型電子顕微鏡写真の単位視野内における全粒子数)]×100
に従って算出することができる。
【0048】
ここで、無機球状フィラーの球状とは、略球状であればよく、必ずしも完全な真球である必要はない。一般には、走査型電子顕微鏡で粒子の写真を撮り、その単位視野内にあるそれぞれの粒子(30個以上)について、その最大径に直交する方向の粒子径をその最大径で除した値を求め、これらを平均した平均均斉度が0.6以上、より好ましくは0.8以上のものであればよい。平均均斉度の上限値は、完全な真球状である場合を含むため、1である。なお、平均均斉度は、実施例に記載の方法で求めることができる。
【0049】
(f1)無機球状フィラーとしては、上記平均一次粒子径及び粒子径分布の要件を満たす限り、歯科分野において、一般的な硬化性組成物の成分として使用されるものが制限なく使用できるが、具体的には、非晶質シリカ、シリカ・チタン族酸化物系複合酸化物粒子(シリカ・ジルコニア、シリカ・チタニアなど)、石英、アルミナ、バリウムガラス、ジルコニア、チタニア、ランタノイド、コロイダルシリカ等の無機粉体が挙げられる。中でも、屈折率の調整が容易であることから、シリカ・チタン族酸化物系複合酸化物粒子が好ましい。
【0050】
シリカ・チタン族酸化物系複合酸化物粒子とは、シリカとチタン族(周期律表第IV族元素)酸化物との複合酸化物であり、シリカ・チタニア、シリカ・ジルコニア、シリカ・チタニア・ジルコニア等が挙げられる。このうちフィラーの屈折率の調整が可能である他、高いX線不透過性も付与できることから、シリカ・ジルコニアが好ましい。その複合比は特に制限されないが、十分なX線不透過性を付与することと、屈折率を後述する好適な範囲にする観点から、シリカの含有量が70~95モル%であり、チタン族酸化物の含有量が5~30モル%であるものが好ましい。シリカ・ジルコニアの場合、このように各複合比を変化させることにより、その屈折率を自在に変化させることができる。
【0051】
なお、これらシリカ・チタン族酸化物系複合酸化物粒子には、少量であれば、シリカ及びチタン族酸化物以外の金属酸化物の複合も許容される。具体的には、酸化ナトリウム、酸化リチウム等のアルカリ金属酸化物を10モル%以内で含有させてもよい。
【0052】
こうしたシリカ・チタン族酸化物系複合酸化物粒子の製造方法は特に限定されないが、本発明の特定の無機球状フィラーを得るためには、例えば、加水分解可能な有機ケイ素化合物と加水分解可能な有機チタン族金属化合物とを含んだ混合溶液を、アルカリ性溶媒中に添加し、加水分解を行って反応生成物を析出させる、いわゆるゾルゲル法が好適に採用される。
【0053】
これらのシリカ・チタン族酸化物系複合酸化物粒子は、シランカップリング剤により表面処理されてもよい。シランカップリング剤による表面処理により、重合性単量体成分の重合体部分との界面強度に優れたものになる。代表的なシランカップリング剤としては、例えばγ-メタクリロイルオキシアルキルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン等の有機ケイ素化合物が挙げられる。これらシランカップリング剤の表面処理量に特に制限はなく、得られる歯科用硬化性組成物の機械的物性等を予め実験で確認したうえで最適値を決定すればよいが、好適な範囲を例示すれば、粒子100質量部に対して0.1~15質量部の範囲である。
【0054】
本発明においては、(f1)無機球状フィラーの25℃における屈折率nFaは、前記(a)カチオン重合性単量体の重合体の25℃における屈折率nPよりも大きい。これにより、天然歯牙に対する良好な色調適合性を発現しやすくなる。
(f1)無機球状フィラーの屈折率nFa(25℃)と、(a)カチオン重合性単量体の重合体の屈折率nP(25℃)との差は、0.001以上であるのが好ましく、0.002以上であるのがより好ましく、0.005以上であるのが最も好ましい。また、着色光は、硬化体の透明性が高い場合により鮮明に発現することから、(f1)無機球状フィラーの屈折率nFa(25℃)と、(a)カチオン重合性単量体の重合体の屈折率nP(25℃)との差は、好ましくは0.1以下、より好ましくは0.05以下である。
【0055】
本発明における(f1)無機球状フィラーの含有量は、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対して、50~1500質量部であることが好ましい。(f1)無機球状フィラーを50質量部以上配合することにより、干渉,散乱等による着色光が良好に発現しやすくなる。(f1)無機球状フィラーの配合量は、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対して、より好ましくは100~1300質量部であり、さらに好ましくは150~1000質量部である。
【0056】
(f1)無機球状フィラーの内、シリカ系フィラー、特にシリカ・チタン族酸化物系複合酸化物の屈折率は、シリカ分の含有量に応じて1.45~1.58程度の範囲となる。すなわち、(a)カチオン重合性単量体の屈折率を前述した範囲(1.38~1.55)の範囲に設定しておくことにより、本発明の要件を満足する(f1)無機球状フィラーを容易に選択することができるわけである。すなわち、適当な量のシリカ分を含むシリカ・チタン族酸化物系複合酸化物(例えばシリカ・チタニア或いはシリカ・ジルコニアなど)を使用することが好ましい。
【0057】
<有機無機複合フィラー>
本発明の歯科用硬化性組成物は、有機無機複合フィラーを含有してもよい。有機無機複合フィラーと上記した(f1)無機球状フィラーとを併用することで、フィラーの充填率を高めることができる。そのため、重合収縮率を低下させることができ、さらに硬化体の表面硬度を向上させることができる。有機無機複合フィラーは、(m)有機樹脂マトリクスと、(f2)無機球状フィラーとを含むものであり、より詳細には、(m)有機樹脂マトリックス中に複数の一次粒子からなる(f2)無機球状フィラーが含まれており、(m)有機樹脂マトリクスが(f2)無機球状フィラーを構成する一次粒子の表面を被覆している。
【0058】
(m)有機樹脂マトリクスは、ラジカル重合性単量体の重合体から形成されていてもよいし、カチオン重合性単量体の重合体から形成されていてもよいし、ラジカル重合性単量体及びカチオン重合性単量体の両方の重合体から形成されていてもよい。
(f2)無機球状フィラーは、上記した(f1)無機球状フィラーで説明したものを特に制限なく使用することができる。
有機無機複合フィラーの含有量は、(a)カチオン重合性単量体100質量部に対して、50~1000質量部であることが好ましく、70~600質量部であることがより好ましい。
【0059】
<フェノール系酸化防止剤>
本発明の歯科用硬化性組成物は、光酸発生剤の分解を抑制するための添加剤として、フェノール系酸化防止剤を含んでいてもよい。フェノール系酸化防止剤は従来公知のものが何ら制限無く利用できる。例えば、4-メトキシフェノール、ヒドロキノン、2,6-ジ-t-ブチルフェノール、ジブチルヒドロキシトルエン、2,4-ジ-t-ブチルフェノール、2-t-ブチル-4,6-ジメチルフェノール等が挙げられる。上述したフェノール系酸化防止剤は、必要に応じて単独または2種以上混合して用いても何等差し支えない。フェノール系酸化防止剤の含有量は、通常は(a)カチオン重合性単量体100質量部に対し、例えば0.001~10質量部であり、好ましくは0.01~5質量部である。
【0060】
<その他の添加剤>
本発明の歯科用硬化性組成物は、歯科用の修復材料に用いられる公知の添加剤を含んでもよい。このような添加剤としては、紫外線吸収剤、帯電防止剤、香料、有機溶媒、増粘剤などが挙げられる。
【0061】
<用途>
本発明の歯科用硬化性組成物の用途は特に限定されるものではないが、歯科用コンポジットレジンとして、齲蝕や破損等により損傷をうけた歯牙の修復を行うための材料として用いることが好ましい。歯牙の修復において、本発明の歯科用硬化性組成物によれば、あらゆる種類の窩洞において天然歯牙との色調適合性の高い修復が可能である。一般に色調を適合させることが難しく、修復操作が煩雑となるIII級窩洞(前歯の隣接面窩洞で切縁隅角を含まない窩洞)やIV級窩洞(前歯の隣接面窩洞で切縁隅角を含む窩洞)についても、本発明の歯科用硬化性組成物によれば、色調適合性の高い修復を行うことが可能となる。
【0062】
<製造方法>
本発明の歯科用硬化性組成物の製造方法は特に制限されるものではなく、公知の歯科用硬化性組成物の製造方法を適宜採用すればよい。具体的には、暗所において、本発明の歯科用硬化性組成物を構成する、カチオン重合性単量体、光酸発生剤、チオフェン化合物、無機球状フィラー及び必要に応じて配合される光増感剤などのその他の配合成分を所定量秤取り、これらを混合してペースト状とすればよい。このようにして製造された本発明の歯科用硬化性組成物は、使用時まで遮光下で保存される。
【0063】
本発明の歯科用硬化性組成物を硬化させる手段としては、用いた光酸発生剤系光重合開始剤の重合開始機構に従い適宜、公知の重合手段を採用すればよく、具体的には、カーボンアーク、キセノンランプ、メタルハライドランプ、タングステンランプ、蛍光灯、太陽光、ヘリウムカドミウムレーザー、アルゴンレーザー等の光源による光照射、或いは加熱重合器等を用いた加熱、またはこれらを組み合わせた方法等が何等制限なく使用される。光照射により重合させる場合には、その照射時間は、光源の波長、強度、硬化体の形状や材質によって異なるため、予備的な実験によって予め決定しておけばよいが、一般には、照射時間が5~60秒程度の範囲になるように、各種成分の配合割合を調整しておくことが好ましい。
【実施例】
【0064】
以下、実施例により本発明を具体的に示すが、本発明はこの実施例によって何等限定されるものではない。
【0065】
<(a)カチオン重合性単量体>
・KR-470:下記式で表される化合物(信越化学工業製)
・OXT-121:下記式で示される化合物(東亞合成製)
【0066】
【0067】
<(b)光酸発生剤>
・DPIB:下記式で示されるテトラキスペンタフルオロフェニルボレートを対アニオンとするヨードニウム塩(東京化成工業製)
【0068】
【0069】
<(c)光増感剤>
・CQ:カンファーキノン(東京化成工業製)
【0070】
<(d)チオフェン化合物(電子供与性化合物)>
・Th2:2,2’-ビチオフェン(東京化成工業製)
・Th3:5-オクチル-2,2’-ビチオフェン(東京化成工業製)
【0071】
【0072】
<チオフェン化合物以外の電子供与性化合物>
・DMAn:9,10-ジメチルアントラセン(東京化成工業製)
・DMBE:p-ジメチルアミノ安息香酸エチル(東京化成工業製)
上記各化合物の構造式を以下に示す。
【0073】
【0074】
<(f1)無機球状フィラー>
下記の表1に示すF1~F4を使用した。
【0075】
【0076】
無機球状フィラー(F1~F4)の調製は、特開昭58-110414号公報、特開昭58-156524号公報等に記載の方法で、加水分解可能な有機ケイ素化合物(テトラエチルシリケートなど)と加水分解可能な有機チタン族金属化合物(テトラブチルジルコネート)とを含んだ混合溶液を、アンモニア水を導入したアンモニア性アルコール(例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコールなど)溶液中に添加し、加水分解を行って反応生成物を析出させる、いわゆるゾルゲル法を用いて調製した。
なお、F1、F2、及びF3については、以下のS-1で表されるシランカップリング剤により表面処理したものを用いた。また、F4については、以下のS-2で表されるシランカップリング剤により表面処理したものを用いた。
【0077】
【0078】
<その他成分:フェノール系酸化防止剤>
・BHT:ジブチルヒドロキシトルエン(東京化成工業製)
・HQME:ヒドロキノンモノメチルエーテル(和光純薬製)
【0079】
<その他成分:ラジカル重合性単量体>
・UDMA:1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)トリメチルヘキサン
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
上記各化合物の構造式を以下に示す。
【0080】
【0081】
本発明における各種測定方法は、それぞれ以下のとおりである。
【0082】
(1)無機球状フィラーの平均一次粒子径
走査型電子顕微鏡(フィリップス社製、「XL-30S」)で粉体の写真を撮り、その写真の単位視野内に観察される全粒子(30個以上)の数及び全粒子の一次粒子径(最大径)をそれぞれ測定し、得られた測定値に基づき下記式により平均一次粒子径を算出した。
【0083】
【数2】
(n:粒子の数、X
i:i番目の粒子の一次粒子径(最大径))
【0084】
(2)無機球状フィラーの平均均斉度
走査型電子顕微鏡で粉体の写真を撮り、その写真の単位視野内に観察される粒子(30個以上)について、それぞれの粒子の最大径である長径(Li)、該長径に直交する方向の径である短径(Bi)を求め、下記式により平均均斉度を算出した。
【0085】
【数3】
(n:粒子の数、Bi:i番目の粒子の短径、Li:i番目の粒子の長径)
【0086】
(3)平均一次粒子径±5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合
(1)で撮影した写真の単位視野内における全粒子(30個以上)のうち、(1)で求めた平均一次粒子径の±5%の粒子径範囲外の一次粒子径(最大径)を有する粒子の数を計測し、その値を上記全粒子の数から減じて、上記写真の単位視野内における平均一次粒子径±5%の粒子径範囲内の粒子数を求め、下記式:
平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合(%)=[(走査型電子顕微鏡写真の単位視野内における平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子数)/(走査型電子顕微鏡写真の単位視野内における全粒子数)]×100、に従って算出した。
【0087】
(4)重合性単量体の重合体の屈折率nP
重合性単量体の重合体の屈折率は、窩洞内での重合条件とほぼ同じ条件で重合した重合体を、アッベ屈折率計(アタゴ社製、光源波長589nm)を用いて25℃の恒温室にて測定した。なお、重合性単量体は実施例1~9、比較例1、2では、KR-470:75質量部とOXT-121:25質量部との混合物であり、比較例3は、UDMA:80質量部と3G:20質量部との混合物である。
各実施例及び比較例で使用した重合性単量体100質量部、光酸発生剤としてDPIBを2質量部、光増感剤としてCQを0.3質量部、電子供与体としてDMAnを0.5質量部混合して組成物を調製した。該組成物を2枚のポリプロピレンフィルムに挟み、組成物の厚さを0.02~0.1mm程度とした。ついで歯科用の光照射器(トクソーパワーライト、株式会社トクヤマ製)を用い10秒間光照射を行った。該光照射器は波長範囲400~500nmの光が照射される。照射は、照射面における光強度が400mW/cm2となるようにした。光照射後、重合性単量体のフィルム状の重合体をポリプロピレンフィルムから外した。アッベ屈折率計(アタゴ社製、光源波長589nm)に重合体をセットする際に、重合体と測定面を密着させる目的で、試料を溶解せず、かつ試料よりも屈折率の高い溶媒(ブロモナフタレン)を試料に滴下し測定した。
【0088】
(5)無機球状フィラーの屈折率nFa
用いた無機球状フィラーの屈折率nFa及は、アッベ屈折率計(アタゴ社製、光源波長589nm)を用いて液浸法によって測定した。
即ち、25℃の恒温室において、100mlサンプル瓶中、無機球状フィラー1gを無水トルエン50ml中に分散させた。この分散液をスターラーで攪拌しながら1-ブロモトルエンを少しずつ滴下し、分散液が最も透明になった時点の分散液の屈折率を測定することにより、無機球状フィラーの屈折率nFaを測定した。
【0089】
(6)表面硬度
実施例及び比較例で調製された歯科用硬化性組成物を、7mmφ×1.0mmの孔を有するポリアセタール製のモールドに充填し、ポリプロピレンフィルムで圧接した。ついで歯科用の光照射器(トクソーパワーライト、株式会社トクヤマ製)を用い、10秒間光照射を行った(照射面における光強度400mW/cm2)。光照射後、直ちに充填物の状態を確認し、組成物全体が硬化しているかどうかを確認した。組成物全体が硬化している場合、得られた硬化体をモールドから取り出し、微小硬度計(MMT-X7型、株式会社松沢精機製)にてヴィッカース圧子を用いて、荷重100gf、荷重保持時間30秒の荷重条件で試験片にできたくぼみの対角点長さ(d)を測定し、前記試験片の表面硬度Hvを求めた。表面硬度Hvは下式(1)を用いて求めた。
Hv=1854.37×100/d2 式(1)
【0090】
(7)重合収縮率
直径3mm、高さ7mmの孔を有するSUS製割型に、直径3mm、高さ4mmのSUS製プランジャーを填入して孔の高さを3mmとした。これに実施例及び比較例で調製された歯科用硬化性組成物を充填し、上からポリプロピレンフィルムで圧接した。フィルム面を下に向けて歯科用の光照射器(トクソーパワーライト、株式会社トクヤマ製)の備え付けてあるガラス製台の上に載せ、更にSUS製プランジャーの上から微小な針の動きを計測できる短針を接触させた。歯科用照射器によって重合硬化させ(照射面における光強度800mW/cm2)、照射開始より3分後の収縮(%)を、短針の上下方向の移動距離から算出し、これを重合収縮率(%)とした。
【0091】
(8)着色光目視評価
実施例及び比較例で調製された歯科用硬化性組成物のペーストを7mmφ×1mmの孔を有する型にいれ、両面はポリエステルフィルムで圧接した。可視光線照射器(トクヤマ製、パワーライト)で両面を30秒ずつ光照射し硬化させた後、型から取り出して、10mm角程度の黒いテープ(カーボンテープ)の粘着面に載せ、目視にて着色光の色調を確認した。
【0092】
(9)蛍光目視評価
実施例及び比較例で調製された硬化性組成物のペーストを7mmφ×1mmの貫通した孔を有する型にいれ、両面にポリエステルフィルムを圧接した。歯科用の光照射器(トクソーパワーライト、株式会社トクヤマ製)で両面を30秒ずつ光照射し硬化させた後、硬化体を型から取り出した。該硬化体に対して、紫外光ランプ(スペクトロニクスコーポレーション社製、ハンディUVランプ)により紫外光(波長365nm)を照射した場合に、天然歯に比べて特定の発色があるかどうかを確認した。
【0093】
(10)分光反射率比
実施例及び比較例で調製された歯科用硬化性組成物のペーストを7mmφ×1mmの貫通した孔を有する型にいれ、両面にポリエステルフィルムを圧接した。可視光線照射器(トクヤマ製、パワーライト)で両面を30秒ずつ光照射し硬化させた後、型から取り出して、色差計(東京電色製、「TC-1800MKII」)を用いて、黒背景下で分光反射率を測定し、黄~赤色域(600-750nm)の反射率の最大値:SR1及び青色域(400-500nm)の反射率の最大値:SR2を求め、SR1をSR2で除することで分光反射率比を算出した。
なお、分光反射率比(SR1/SR2)が、0.8~2.0であると、黄~赤色系の着色光が、青色域の着色光よりも強く、天然歯牙に対して色調適合性の高い修復を行いやすくなる。
【0094】
[実施例1]
75質量部のKR-470及び25質量部のOXT-121からなるカチオン重合性単量体100質量部に対して、光酸発生剤として2.0質量部のDPIB、光増感剤として0.3質量部のCQ、電子供与性化合物として0.1質量部のTh3、無機球状フィラーとして150質量部のF1、フェノール系酸化防止剤として0.1質量部のHQME、0.1質量部のBHTを加え、赤色光下にて6時間撹拌して歯科用硬化性組成物を調製した。
得られた歯科用硬化性組成物について、硬化体の表面硬度、重合収縮率、着色光目視評価、蛍光目視評価、分光反射率比を上記方法で評価した。結果を表2に示す。
【0095】
[実施例2~9、比較例1~2]
電子供与性化合物と無機球状フィラーの種類及び量を表2に示すとおりに変更した以外は、実施例1と同様にして歯科用硬化性組成物を調製した。
得られた歯科用硬化性組成物について、硬化体の表面硬度、重合収縮率、着色光目視評価、蛍光目視評価、分光反射率比を上記方法で評価した。結果を表2に示す。
【0096】
[比較例3]
カチオン重合性単量体に代えて、80質量部のUDMA及び20質量部の3Gからなるラジカル重合性単量体を用い、電子供与性化合物の配合量を0.5質量部とした以外は、実施例1と同様にして歯科用硬化性組成物を調製した。
得られた歯科用硬化性組成物について、硬化体の表面硬度、重合収縮率、着色光目視評価、蛍光目視評価、分光反射率比を上記方法で評価した。結果を表2に示す。
【0097】
【0098】
実施例1~9の結果から明らかなように、本発明の歯科用硬化性組成物は、黄~赤色系の着色光が強く、天然歯牙との色調適合性の高い修復が可能であることが分かった。さらに、本発明の歯科用硬化性組成物は、重合収縮が小さく、かつ得られる硬化体の表面硬度も高く、良好な物性を有していた。
これに対して、電子供与性化合物としてチオフェン化合物を用いず、芳香族アミンを用いた比較例1の歯科用硬化性組成物は、硬化体の表面硬度が低下していた。
電子供与性化合物としてチオフェン化合物を用いず、アントラセン化合物を用いた比較例2の歯科用硬化性組成物は、紫外光により青色の蛍光が確認され、また分光反射率比が低いことから、色調適合性の高い修復が難しいことが分かった。
カチオン重合性単量体の代わりにラジカル重合性単量体を用いた比較例3の歯科用硬化性組成物は、実施例と比較して、重合収縮率が大きい結果となった。
【要約】
【課題】天然歯牙と色調適合性の高い修復が可能であり、重合収縮が小さく、かつ得られる硬化体の表面硬度の高い歯科用硬化性組成物を提供する。
【解決手段】
(a)カチオン重合性単量体、(b)光酸発生剤、(d)チオフェン化合物、及び(f1)平均一次粒子径が230nm以上1000nm以下の範囲内にあり、個数基準粒度分布において、前記平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する粒子の全粒子数に対する割合が90%以上である無機球状フィラーを含み、前記無機球状フィラー(f1)の25℃における屈折率nFaは、前記カチオン重合性単量体(a)の重合体の25℃における屈折率nPよりも大きい、歯科用硬化性組成物。
【選択図】なし