(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-11
(45)【発行日】2022-11-21
(54)【発明の名称】吸着材粒子
(51)【国際特許分類】
B01J 20/06 20060101AFI20221114BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20221114BHJP
B01J 20/30 20060101ALI20221114BHJP
C01G 49/02 20060101ALI20221114BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20221114BHJP
C01G 51/00 20060101ALI20221114BHJP
【FI】
B01J20/06 C
B01J20/28 Z
B01J20/30
C01G49/02 A
C01G53/00 A
C01G51/00 B
(21)【出願番号】P 2020572251
(86)(22)【出願日】2020-02-10
(86)【国際出願番号】 JP2020005172
(87)【国際公開番号】W WO2020166570
(87)【国際公開日】2020-08-20
【審査請求日】2021-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2019024913
(32)【優先日】2019-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004307
【氏名又は名称】日本曹達株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】久戸瀬 耕一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 綾
【審査官】瀧 恭子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/110736(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/061115(WO,A1)
【文献】特開2014-115135(JP,A)
【文献】国際公開第2017/081857(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/061116(WO,A1)
【文献】特開2007-196170(JP,A)
【文献】特開2005-281128(JP,A)
【文献】特開平07-010543(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 20/00-20/28、20/30-20/34
C01G 49/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶構造がβ-オキシ水酸化鉄であり、X線回折により測定された平均結晶子径が10nm以下であり、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下の粒状結晶、又は幅が10nm以下で長さが30nm以下の柱状結晶で構成されている吸着材粒子であって、次の(A)および(B)の少なくともいずれかを特徴とする吸着材粒子。
(A)鉄以外の金属元素を鉄元素に対して0.1~20質量%含有する。
(B)硫黄のオキソ酸イオンを硫黄元素に換算して鉄元素に対して0.01~20質量%含有する。
【請求項2】
鉄以外の金属元素が、鉄以外の4族~13族の金属元素の少なくとも1種である、請求項1に記載の吸着材粒子。
【請求項3】
硫黄のオキソ酸イオンが、硫酸イオンである、請求項1に記載の吸着材粒子。
【請求項4】
平均粒径が0.01mm~10mmである、請求項1~3のいずれかに記載の吸着材粒子。
【請求項5】
BET比表面積(S)が200m
2/g以上である、請求項1~4のいずれかに記載の吸着材粒子。
【請求項6】
吸着材粒子が陰イオン吸着材である、請求項1~5のいずれかに記載の吸着材粒子。
【請求項7】
塩酸でpHを3.5に調整したリン換算濃度400mg-P/Lのリン酸二水素カリウム水溶液150mL中に吸着材1gを投入し、室温で撹拌して行う回分式の吸着試験において、24時間後に吸着材1g当たりのリン換算吸着量(A)が35mg以上である、請求項6に記載の吸着材粒子。
【請求項8】
Fe
n1X
n2(ここでXはOH以外の原子又は原子団の1種又は2種以上を表し、n1及びn2は1以上の整数を表す。)で表される3価の鉄化合物の少なくとも1種と、M
n3X’
n4(ここで(α)Mは鉄以外の金属元素を表し、X’は原子又は原子団の1種又は2種以上を表すか、(β)Mは陽性の原子又は原子団を表し、X’は硫黄のオキソ酸イオンを表すかのいずれかであって、n3及びn4は1以上の整数を表す。)で表される化合物の少なくとも1種と、必要に応じて、前記Fe
n1X
n2で表される3価の鉄化合物及び前記M
n3X’
n4で表される化合物とは別の電解質とを含む溶液に、pHを3~6に調整しながら、YOH(ここでYは1価の原子又は原子団を表す。)で表される塩基を添加することによりオキシ水酸化鉄を生成させる工程を有する、請求項1~
7のいずれかに記載の吸着材粒子の製造方法。
【請求項9】
前記オキシ水酸化鉄を生成させる工程において、原料全量に対して、使用された電解質の総和の濃度が10質量%以上である、請求項
8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記オキシ水酸化鉄を生成させる工程の後に、
必要に応じて前記Fe
n1X
n2で表される3価の鉄化合物及び前記M
n3X’
n4で表される化合物とは別の電解質を添加する工程、及びその後オキシ水酸化鉄を主成分とする沈殿物を含水ケーキとして回収する工程と、含水ケーキを乾燥する工程とを有する、請求項
8又は
9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記工程で得られたオキシ水酸化鉄を主成分とする乾燥固形物を、水に接触させた後に乾燥する工程を有する、請求項
10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記含水ケーキ乾燥工程において含水ケーキ中にY
n5X(X、及びYは各々前記と同じものを表し、n5はXの価数である。)で表される副生成物、及び該副生成物以外の電解質の総量をドライベースで10質量%以上含有した状態で乾燥する、請求項
10又は
11に記載の製造方法。
【請求項13】
X
-で表される陰イオン、X’
-で表される陰イオン、並びに前記Fe
n1X
n2で表される3価の鉄化合物及び前記M
n3X’
n4で表される化合物とは別の電解質に含まれる陰イオンから選ばれる少なくとも1種が塩素イオンである、請求項
8~
12のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄以外の金属元素、又は硫黄のオキソ酸イオンを含有するβ-オキシ水酸化鉄の結晶構造を有する吸着材粒子に関する。本願は、2019年2月14日に出願された日本国特許出願第2019-24913号に対し優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
各種の排水から、環境や人体に有害性を有する物質を除去し浄化するため、あるいは希少金属等の有用物質を回収するために、吸着材や、それを用いた吸着方法、吸着物質の脱着・回収方法等が盛んに研究されている。
例えば、リンは肥料成分として、また化学工業にも不可欠の成分であるが、日本においてはほぼ100%を輸入に頼っている。一方で排水中に多量のリンが含まれる場合は、富栄養化の原因となるため、このような排水を排出することは環境に好ましくない。これらの問題を解決するために、排水中に含まれるリン酸等のリン化合物の除去及び回収が注目されている。
リン化合物やその他の陰イオンを効率的に吸着、回収できる吸着材として、オキシ水酸化鉄(FeOOH)を主成分とするものが多数開発されている。例えば特許文献1、2等には、β-オキシ水酸化鉄を主成分とする吸着材が記載されており、リン酸吸着効率が特に優れることが記載されている。
特許文献1にはまた、β-オキシ水酸化鉄を主成分とする吸着材粒子とバインダーとが造粒されてなる粒子が記載されており、バインダーとしてチタン化合物等が例示されている。しかしこのような造粒吸着材の効果は、前記吸着材粒子の吸着性能を保ちつつ粒径を調整することで使用を容易にする点にあり、前記吸着材粒子より優れた吸着性能が得られるとの記載も示唆もない。
特許文献3には、マグネシウム、アルミニウム、チタン等の金属酸化物及び/又は(オキシ)水酸化物により凝固された、オキシ水酸化鉄からなる吸着媒体が記載されている。具体例としては、鉄(II)塩とマグネシウム等の塩との混合溶液を、Fe(II)がFe(III)へと酸化される酸化条件下に塩基と反応させ、α-オキシ水酸化鉄粒子とマグネシウム等の(水)酸化物とを共沈させることにより、X線回折によれば100%までα-オキシ水酸化鉄からなる生成物が得られることが記載されている。しかしこの発明においても、金属酸化物及び/又は(オキシ)水酸化物はバインダーとして機能しているのであり、これによりα-オキシ水酸化鉄よりも吸着性能が優れるとの記載も示唆もない。
特許文献4には、炭酸イオン由来の炭素を含有する含水酸化鉄粒子からなる吸着剤が記載されており、さらにチタン等の金属元素を含有してもよいことが記載されている。ここで具体的に記載されている製造方法では、2価鉄塩溶液を炭酸アルカリ溶液に添加し、pH6~10の範囲で炭酸鉄懸濁液を製造し、この懸濁液を空気酸化して3価の含水酸化鉄を製造している。また具体的に開示されている結晶形は、α-オキシ水酸化鉄及びγ-オキシ水酸化鉄であり、同じ製造方法でβ-オキシ水酸化鉄を得ることは困難である。これらの吸着剤は炭素の含有により吸着性能が優れることが示されているが、チタン等によりさらに改善されるとの示唆はない。
β-オキシ水酸化鉄は、水酸基の一部が塩素イオンで置換されており、トンネル状細孔構造を有することを特徴とし、種々のイオンに対する吸着材として知られている。β-オキシ水酸化鉄はまた、天然鉱物アカガネイトとして、あるいは塩分の多い環境で鉄材表面に生じやすい赤錆の主成分としても知られている。
非特許文献1及び2では、錆のモデルとしてβ-オキシ水酸化鉄を合成し、チタン化合物の共存下でのみ特異的にβ-オキシ水酸化鉄の結晶子が微細化し、あるいは非晶質化することを明らかにし、これをチタン含有鉄鋼の耐腐食性が優れる理由として推測している。しかし、非特許文献1及び2には、吸着材用途は示唆されていない。また記載されている粒子は長径が約400nm以下のもののみであり、それより大きな粒子を製造する示唆もない。
特許文献5には、コバルト、ニッケル、クロム等の遷移金属等の元素がドープされたβ-オキシ水酸化鉄結晶相を含有する鉄化合物粒子と、このような粒子は酸化触媒活性に優れることが記載されている。しかし吸着材用途は示唆されていない。また平均粒子径は1~150nmが好ましいと記載されている。製造方法としては、鉄イオンを含有する溶液と塩基性化合物溶液を混合して鉄イオンを水酸化物化することが記載されており、その際の好ましいpH範囲は、平均粒子径の小さい粒子を確実に得るために、2.0~3.0であるとされている。
硫酸イオンを少量含有するオキシ水酸化鉄として、シュベルトマナイトが知られている。シュベルトマナイトはβ-オキシ水酸化鉄とは結晶系を異にするものの、トンネル構造を有しており、これを吸着材として用いることも提案されている。しかしシュベルトマナイトは不安定であり、吸着能の劣るα-オキシ水酸化鉄に変化しやすいため、安定化のための特殊な製法を要する(特許文献6等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】WO2017/061115号パンフレット
【文献】WO2017/110736号パンフレット
【文献】特表2004-509751号公報
【文献】特開2006-305551号公報
【文献】特開2017-119615号公報
【文献】特開2016-216299号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】T. Ishikawa et al. :Corrosion Science 43(2001), 1727-1738
【文献】T. Ishikawa et al. :Journal of Colloid and Interface Science 250 (2002), 74-81
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
オキシ水酸化鉄からなる吸着材について、吸着速度および吸着効率が従来品に比較して高いものを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、オキシ水酸化鉄からなる吸着材において、吸着速度および吸着効率を従来品に比較して高いものとするために鋭意検討した。
その結果、鉄イオンを含有する水溶液中でオキシ水酸化鉄を生成させる工程において、鉄以外の金属の化合物又は硫黄のオキソ酸イオンを生じる化合物を併用することにより、高い吸着効率を発揮する吸着材が得られることを見出した。本発明は以上の知見を基に完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明に関する。
(1)結晶構造がβ-オキシ水酸化鉄であり、X線回折により測定された平均結晶子径が10nm以下であり、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下の粒状結晶、又は幅が10nm以下で長さが30nm以下の柱状結晶で構成されている吸着材粒子であって、次の(A)および(B)の少なくともいずれかを特徴とする吸着材粒子。
(A)鉄以外の金属元素を鉄元素に対して0.1~20質量%含有する。
(B)硫黄のオキソ酸イオンを硫黄元素に換算して鉄元素に対して0.01~20質量%含有する。
(2)鉄以外の金属元素が、鉄以外の4族~13族の金属元素の少なくとも1種である、(1)に記載の吸着材粒子。
(3)硫黄のオキソ酸イオンが、硫酸イオンである、(1)に記載の吸着材粒子。
(4)平均粒径が0.01mm~10mmである、(1)~(3)のいずれかに記載の吸着材粒子。
(5)BET比表面積(S)が200m2/g以上である、(1)~(4)のいずれかに記載の吸着材粒子。
(6)吸着材粒子が陰イオン吸着材である、(1)~(5)のいずれかに記載の吸着材粒子。
(7)塩酸でpHを3.5に調整したリン換算濃度400mg-P/Lのリン酸二水素カリウム水溶液150mL中に吸着材1gを投入し、室温で撹拌して行う回分式の吸着試験において、24時間後に吸着材1g当たりのリン換算吸着量(A)が35mg以上である、(6)に記載の吸着材粒子。
(8)結晶構造がβ-オキシ水酸化鉄であり、X線回折により測定された平均結晶子径が10nm以下であり、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下の粒状結晶、又は幅が10nm以下で長さが30nm以下の柱状結晶で構成されている吸着材粒子であって、BET比表面積をSm2/g、(7)に記載の方法による24時間後の吸着材1g当たりのリン換算吸着量をAmgとして、A≧87S/(S+385)である、吸着材粒子。
(9)Fen1Xn2(ここでXはOH以外の原子又は原子団の1種又は2種以上を表し、n1及びn2は1以上の整数を表す。)で表される3価の鉄化合物の少なくとも1種と、Mn3X’n4(ここで(α)Mは鉄以外の金属元素を表し、X’は原子又は原子団の1種又は2種以上を表すか、(β)Mは陽性の原子又は原子団を表し、X’は硫黄のオキソ酸イオンを表すかのいずれかであって、n3及びn4は1以上の整数を表す。)で表される化合物の少なくとも1種と、必要に応じて、前記Fen1Xn2で表される3価の鉄化合物及び前記Mn3X’n4で表される化合物とは別の電解質とを含む溶液に、pHを3~6に調整しながら、YOH(ここでYは1価の原子又は原子団を表す。)で表される塩基を添加することによりオキシ水酸化鉄を生成させる工程を有する、(1)~(8)のいずれかに記載の吸着材粒子の製造方法。
(10)前記オキシ水酸化鉄を生成させる工程において、原料全量に対して、使用された電解質の総和の濃度が10質量%以上である、(9)に記載の製造方法。
(11)前記オキシ水酸化鉄を生成させる工程の後に、必要に応じて前記Fen1Xn2で表される3価の鉄化合物及び前記Mn3X’n4で表される化合物とは別の電解質を添加する工程、及びその後オキシ水酸化鉄を主成分とする沈殿物を含水ケーキとして回収する工程と、含水ケーキを乾燥する工程とを有する、(9)又は(10)に記載の製造方法。
(12)前記工程で得られたオキシ水酸化鉄を主成分とする乾燥固形物を、水に接触させた後に乾燥する工程を有する、(11)に記載の製造方法。
(13)前記含水ケーキ乾燥工程において含水ケーキ中にYn5X(X、及びYは各々前記と同じものを表し、n5はXの価数である。)で表される副生成物、及び該副生成物以外の電解質の総量をドライベースで10質量%以上含有した状態で乾燥する、(11)又は(12)に記載の製造方法。
(14)X-で表される陰イオン、X’-で表される陰イオン、並びに前記Fen1Xn2で表される3価の鉄化合物及び前記Mn3X’n4で表される化合物とは別の電解質に含まれる陰イオンから選ばれる少なくとも1種が塩素イオンである、(9)~(13)のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、従来公知の吸着材より高い吸着量を有する吸着材が得られ、これを用いれば吸着対象成分の回収効率はより優れたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1において得られたオキシ水酸化鉄粒子の透過電子顕微鏡(TEM)による写真を示す図である(写真中の目盛りの長さ50nm)。
【
図2】実施例1において得られたオキシ水酸化鉄粒子の透過電子顕微鏡(TEM)による高倍率の写真を示す図である(写真中の目盛りの長さ10nm)。
【0010】
(吸着材粒子)
本発明の吸着材粒子は、結晶構造がβ-オキシ水酸化鉄であり、X線回折により測定された平均結晶子径が10nm以下であり、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下の粒状結晶、又は幅が10nm以下で長さが30nm以下の柱状結晶で構成されている、吸着材粒子であって、次の(A)および(B)の少なくともいずれかを特徴とするものである。(A)及び(B)の特徴はいずれも本発明の吸着材において吸着能を高める効果、特に吸着における表面の利用効率を高める効果を発揮する。(A)、(B)の各特徴に関しては、いずれか一方のみを有してもよいし、両特徴を同時に有してもよい。
(A)鉄以外の金属元素を鉄元素に対して(鉄以外の金属元素/鉄元素)0.1~20質量%含有する。
(B)硫黄のオキソ酸イオンを硫黄元素に換算して鉄元素に対して(硫黄元素/鉄元素)0.01~20質量%含有する。
β-オキシ水酸化鉄の結晶構造は、X線回折(XRD)、またはTEMを用いて確認することができる。X線回折では特有の回折ピークから結晶形を同定することができ、β-オキシ水酸化鉄に特有の回折ピークからなるパターンが得られれば、β-オキシ水酸化鉄として判定することができる。またTEMを用いる場合は、TEM像からFFT(高速フーリエ変換)によって格子面間隔を求め、特有の格子面間隔から結晶形を同定することができる。このうち、X線回折でβ-オキシ水酸化鉄として判定されることが好ましい。
平均結晶子径Dは、X線回折でβ-オキシ水酸化鉄に特徴的な2θ=35°付近の回折線から、下記のシェラーの式を用いて計算される。
D=Kλ/βcosθ
ただし、βは装置に起因する機械幅を補正した真の回折ピークの半値幅、Kはシェラー定数、λはX線の波長である。
本発明の吸着材粒子において、この方法により測定された平均結晶子径は、10nm以下であり、さらに6nm以下であることが好ましく、3~5nmであることがより好ましい。平均結晶子径の下限は特に限定されないが、普通1nm程度である。
本発明の吸着材粒子は、透過型電子顕微鏡(TEM)観察により、結晶の形態を確認することができる。具体的には、例えば倍率400万倍として、TEM観察を行うことができ、それによって見られる結晶縞から、結晶を形成していること、および結晶の種類や形態を確認することができる。また単一の結晶縞パターンからなる範囲の長径(結晶粒径)から平均結晶子径を算出することもできる。このような方法により、本発明の吸着材粒子は、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下(好ましくは5nm以下)の粒状結晶、もしくは幅が10nm以下(好ましくは5nm以下)で長さが30nm以下(好ましくは20nm以下)の柱状結晶で構成されていることがわかる。なおここで「粒状結晶」とは、針状あるいは板状の結晶を除外することを意味し、より具体的には、結晶の長径/短径の比が3以下である。本発明の吸着材粒子の結晶形は、このような粒状結晶で粒径20nm以下のものであるか、もしくは幅が10nm以下で長さが30nm以下の柱状結晶を主として含み、その割合が体積比で90%以上を占める。さらにこの割合は100%であることが好ましい。
前記の粒子の体積の90%以上を占める結晶の大きさの下限は特に制限されないが、通常は、粒状結晶の粒径が1nm以上、柱状結晶の幅が1nm以上または長さが3nm以上である。
【0011】
本発明の吸着材粒子は、特徴(A)として、鉄以外の金属元素を鉄元素に対して0.1~20質量%含有することを特徴とする。鉄以外の金属元素の含有量は鉄元素に対して0.5~10質量%であることがより好ましい。鉄以外の金属元素の含有量が鉄元素に対して0.1質量%未満であると、吸着性能は従来の吸着材粒子と大差がない。一方鉄以外の金属元素の含有量が鉄元素に対して20質量%を超えると、β-オキシ水酸化鉄の構造が維持されないため、吸着性能がむしろ劣る。
【0012】
本発明における鉄以外の金属元素は、必ずしも限定されず、1種類であってもよく、複数種を併用してもよい。鉄以外の金属元素としては、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、スカンジウム、イットリウム、チタン、ジルコニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、ルテニウム、オスミウム、コバルト、ロジウム、イリジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、亜鉛、カドミウム、アルミニウム、ガリウム、インジウム、ゲルマニウム、錫、鉛等が例示される。
このうち、鉄以外の4族~13族の金属元素であることが好ましい。具体的には、チタン、ジルコニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、ルテニウム、オスミウム、コバルト、ロジウム、イリジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、亜鉛、アルミニウム、ガリウム、インジウム等が例示される。このうち、チタン、ジルコニウム、クロム、コバルト、ニッケル、銅、アルミニウムが特に好ましい。
【0013】
本発明の吸着材粒子は、特徴(B)として、硫黄のオキソ酸イオンを硫黄元素に換算して鉄元素に対して0.01~20質量%含有することを特徴とする。硫黄元素の含有量は鉄元素に対して0.1~20質量%であることがより好ましく、0.5~10質量%であることが特に好ましい。硫黄元素の含有量が鉄元素に対して0.01質量%未満であると、吸着性能は従来の吸着材粒子と大差がない。一方硫黄元素の含有量が鉄元素に対して20質量%を超えると、β-オキシ水酸化鉄の構造が維持されないため、吸着性能がむしろ劣る。
硫黄のオキソ酸イオンとしては、硫酸イオン(SO4
2-)、亜硫酸イオン(SO3
2-)、チオ硫酸イオン(S2O3
2-)、亜ジチオン酸イオン(S2O4
2-)、ピロ亜硫酸イオン(S2O5
2-)、ジチオン酸イオン(S2O6
2-)等が例示され、本発明においては、以上の各陰イオンにそれがプロトン化した陰イオン(例えば硫酸イオンに対する硫酸水素イオンHSO4
-等。)も包含する。このうち、硫酸イオン又は硫酸水素イオンが好ましい。
β-オキシ水酸化鉄は、水酸基の一部が塩素イオンで置換されている特徴を有する。本発明の吸着材粒子でも、同じ特徴に基づいてβ-オキシ水酸化鉄の結晶構造を有しつつ、水酸基の一部がさらに硫黄のオキソ酸イオンで置換されていることにより、吸着効率をさらに増強することができる。
【0014】
本発明の吸着材粒子の平均粒径(体積基準によるd50)は、必ずしも限定されないが、吸着材としての使用に適した0.01mm~10mmであることが好ましく、0.2mm~1.0mmであることがより好ましい。
本発明の吸着材粒子は、大型の凝集塊であるものを粉砕して上記の平均粒径範囲に調整してもよいが、製造方法について後述するように、一旦乾燥させた吸着材を水と接触させた後、乾燥させる工程を採用すれば、自然にこの範囲の平均粒径となる。
【0015】
本発明の吸着材粒子のBET比表面積は、200m2/g以上であることが好ましい。これにより高効率の吸着が可能となる。BET比表面積の上限は特に限定されないが、通常450m2/g以下である。BET比表面積の測定方法としては、特に限定されないが、公知の方法を用いることができ、例えば窒素ガスを用いたBET三点法を用いることができる。
【0016】
本発明の吸着材粒子の注目すべき特徴としては、単に前項のように比表面積が大きいのみならず、吸着における表面の利用効率が高いことが挙げられる。この利用効率は、比表面積当たりの吸着量で見積ることができる。より具体的には、比表面積と、対象陰イオンの吸着量とをそれぞれ測定し、これから比表面積当たりの対象陰イオンの吸着量を計算すればよい。
以上の比表面積及び表面の利用効率が共に優れていることにより、特に優れた吸着量が達成される。
【0017】
さらに、本発明の吸着材粒子における全細孔容量は、0.18ml/g以上であることが好ましい。全細孔容量の上限は特に限定されないが、通常0.4ml/g以下である。なお、全細孔容量は、ガス吸着一点法により測定することができる。
【0018】
また、本発明の吸着材粒子は、そのメソポア~マクロポア領域(細孔径1.0~100nm)における細孔径分布のピークが、細孔径2.5~5nmの範囲にあることが好ましい。さらにメソポア~マクロポア領域における細孔容量の内、細孔径2.5nm以上の範囲にある細孔が50体積%以上を占めることが好ましい。なお、細孔径分布は、ガス吸着三点法により測定することができる。
【0019】
以上に述べた、本発明の吸着材粒子の構造的特徴については、特許文献2で開示されている構造的特徴と比較して、結晶粒径がやや小さい傾向がある以外、顕著な違いは見出されていない。最も重要な違いは、(A)鉄以外の金属元素を鉄元素に対して0.1~20質量%、又は(B)硫黄のオキソ酸イオンを硫黄元素に換算して鉄元素に対して0.01~20質量%、含有する点である。これにより、特に下述のように吸着における表面利用効率が顕著に優れるため、本発明の吸着材粒子は、従来の類似の吸着材に比較して顕著に高い吸着量を達成することができる。
【0020】
(吸着量および吸着速度)
吸着材粒子による吸着量および吸着速度は、例えばリン酸を吸着対象とする場合、次のような回分式吸着試験により測定できる。
塩酸でpHを一定に調整したリン換算濃度400mg-P/Lのリン酸二水素カリウム水溶液150mLを準備する。この中に吸着材粒子1gを投入し、室温で撹拌する。一定時間後に水溶液をサンプリングしてリン酸イオン濃度を測定し、吸着量を求める。この方法で最大吸着量を見積もるには、吸着量がほぼ一定になるまでこのサンプリングと測定を反復すればよいが、簡便な比較には、例えば24時間後に測定を行ってもよい。
本発明の吸着材粒子は、この方法において、水溶液のpHを3.5に調整した場合、24時間後にリン換算吸着量が35mg/吸着材g以上、好ましくは40mg/吸着材g以上となる。
また本発明の吸着材粒子は、最大吸着量のみならず吸着速度も優れており、同条件で、1時間後にリン換算吸着量が15mg以上となる。
一方、特許文献1、2等に開示された公知の吸着材では、酸性域では最大吸着量及び吸着速度が顕著に優れているが、pH5以上ではそれほど優れた効果は得られない。それに対し本発明の吸着材粒子では、pH5以上でも酸性域に近い最大吸着量及び吸着速度が得られる。本発明の吸着材粒子は、上記方法において、水溶液のpHを6に調整した場合、24時間後にリン換算吸着量が30mg以上、1時間後にリン換算吸着量が15mg以上となる。
【0021】
吸着における表面利用効率は、次のようにして見積ることができる。
特定の対象物質に対する吸着量、例えば上記の24時間後におけるリン酸吸着量A(単位:mg-P/g)を、BET比表面積S(単位:m2/g)で除することにより、表面積当たりの吸着量を表す値A/S(単位:mg-P/m2)が得られる。この値は表面利用効率を表す値と見ることができる。
本発明の吸着材粒子では、A/S値は0.12mg-P/m2以上、好ましくは0.14mg-P/m2以上の値が得られる。
特に本発明の吸着材粒子では、A≧87S/(S+385)という関係が得られる。従来公知のオキシ水酸化鉄を主成分とする吸着材では、A<87S/(S+385)であり、上式を満たすことはなかったが、本発明の吸着材粒子において初めてこれを満たすことが可能となった。
結晶構造がβ-オキシ水酸化鉄であり、X線回折により測定された平均結晶子径が10nm以下であり、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下の粒状結晶、又は幅が10nm以下で長さが30nm以下の柱状結晶で構成されている吸着材粒子であって、上記測定方法によりA≧87S/(S+385)の関係を満たす吸着材粒子は、本発明の技術的範囲に包含される。
【0022】
一方、非特許文献1及び2には、β-オキシ水酸化鉄の合成において、チタン化合物共存下ではβ-オキシ水酸化鉄の平均結晶子径及び粒子径が微細化することが明らかにされている。ここで開示されているβ-オキシ水酸化鉄の粒子の形状は細長い紡錘形のみであるが、本発明の吸着材粒子にはこのような構造は見出されない。
しかも、非特許文献1及び2では、チタンの代わりにクロム、ニッケル及び銅を用いても同様の効果は全く見られていない。一方、本発明では、チタンの代わりにこれらの金属元素を用いても同様の吸着材粒子が得られることが確認されている。
【0023】
(製造方法)
本発明の吸着材粒子の製造方法は、3価の鉄化合物の少なくとも1種と、鉄以外の金属化合物及び硫黄のオキソ酸イオンを含有する化合物から選ばれる少なくとも1種とを含む溶液に、pHを3~6に調整しながら塩基を添加することにより、オキシ水酸化鉄を生成させる工程を有することを特徴としている。
【0024】
前記3価の鉄化合物は、前記溶液の溶媒に可溶性の化合物であればよく、具体的にはFen1Xn2で表される。ここでXは、OH以外の原子又は原子団の1種又は2種以上を表し、n1及びn2は1以上の整数を表す。この3価の鉄化合物は、鉄塩であることが好ましく、Xが単一である単塩であってもよいが、Xとして複数成分を含有する複塩であってもよく、この場合にはn2としてXの各成分に対応した異なる数を取り得る。Xとしては、後述のように原料として含有されることが好ましい塩素(Cl)イオンを含有することが好ましく、前記3価の鉄化合物として塩化鉄(III)が含有されることがより好ましい。前記3価の鉄化合物として使用し得る化合物としては、このほかに、硝酸鉄(III)、硫酸鉄(III)等が挙げられる。
【0025】
前記鉄以外の金属化合物は、前記溶液の溶媒に可溶性の化合物であればよく、具体的にはMn3X’n4で表される。ここでMは鉄以外の金属元素を表し、X’は原子又は原子団の1種又は2種以上を表し、n3及びn4は1以上の整数を表す。鉄以外の金属元素は、前述の通り、鉄以外の4族~13族遷移金属元素であることが好ましく、具体的には、チタン、ジルコニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、ルテニウム、オスミウム、コバルト、ロジウム、イリジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、亜鉛、アルミニウム、ガリウム、インジウム等が例示される。特に、チタン、ジルコニウム、クロム、コバルト、ニッケル、銅、及びアルミニウムから選ばれる少なくとも1種の元素であることが好ましい。より具体的には、チタン化合物として、4価チタン化合物;ジルコニウム化合物として4価ジルコニウム化合物;クロム化合物として3価クロム化合物;コバルト化合物として2価コバルト化合物;ニッケル化合物として2価ニッケル化合物;銅化合物として2価銅化合物;アルミニウム化合物として3価アルミニウム化合物が、それぞれ好ましい。またMn3X’n4で表される鉄を含有しない金属化合物は、Mで表される金属の塩、又は加水分解によりMで表される金属の水酸化物を生じ得る加水分解性化合物であることが好ましく、M及び/又はX’は単一であってもよいが、M及び/又はX’として複数成分を含有する化合物であってもよく、この場合にはn3及びn4としてM及びX’の各成分に対応した異なる数を取り得る。前記の金属の加水分解性化合物としては、金属アルコキシド、又は金属錯体が好ましい。各金属化合物として使用し得る化合物を例示すれば、以下の通りである。4価チタン化合物として、硝酸チタン、硫酸チタン、オキシ硫酸チタン、テトラメトキシチタン、テトラエトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、ジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート)チタン、ジイソプロポキシビス(アセチルアセトナート)チタン、プロパンジオキシチタンビス(エチルアセトアセテート);4価ジルコニウム化合物として、オキシ塩化ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、オキシ硝酸ジルコニウム、硫酸ジルコニウム、オキシ硫酸ジルコニウム、ジルコニウムテトラキス(アセチルアセトナート)、ジ-n-ブトキシビス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、ジルコニウムテトラキス(エチルアセトアセテート);3価クロム化合物として、塩化クロム、硝酸クロム、硫酸クロム;2価コバルト化合物として、塩化コバルト、硝酸コバルト、硫酸コバルト;2価ニッケル化合物として、塩化ニッケル、硝酸ニッケル、硫酸ニッケル;2価銅化合物として、塩化銅、硝酸銅、硫酸銅;3価アルミニウム化合物として、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム、硫酸アルミニウム、アルミニウムイソプロピレート、エチルアセトアセテートアルミニウムジイソプロピレート、アルミニウムビスエチルアセトアセテート・モノアセチルアセトナート。
【0026】
硫黄のオキソ酸イオンは、前述の通りである。前記Mn3X’n4で表される化合物におけるX’が硫黄のオキソ酸イオンであってもよく、その場合には、Mは、本製造方法で用いる溶媒中において陽性イオンとなる、陽性の原子又は原子団である。この場合のMとしては、前述の鉄以外の4族~13族遷移金属元素のほかに、水素、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アンモニウム、1~3級アミン、4級アンモニウム等でもよい。
【0027】
前記溶液の溶媒は、前記Fen1Xn2で表される3価の鉄化合物及び前記Mn3X’n4で表される化合物を溶解し得る溶媒であって、極性溶媒であることが好ましく、水を主成分として含有する水性溶媒であることがより好ましく、水であることが特に好ましい。
【0028】
前記溶液には、必要に応じて、前記のFen1Xn2で表される3価の鉄化合物及びMn3X’n4で表される化合物とは別の電解質(「その他の電解質」という)を含有してもよい。この目的は、後述のように、塩素イオンを供給すること、あるいは、電解質濃度を調整することである。また、Fen1Xn2で表される3価鉄化合物及びMn3X’n4で表される化合物に含まれる金属成分とは別の金属成分を添加することにより、製造される吸着材粒子に、吸着性能をさらに向上させる、特定成分に対する吸着性能を特に向上させる、本発明の効果を損なわない範囲で強度を調整する、といった効果を付与する目的であってもよい。
なお、一般にオキシ水酸化鉄を合成する方法としては、原料として2価の鉄化合物を用い、さらに2価鉄を酸化して3価鉄とする工程を設ける方法もあるが、このような方法でβ-オキシ水酸化鉄を合成することは困難であり、原料として3価の鉄化合物を用いる本発明の方法が有利である。ただし、前記その他の電解質として、2価鉄化合物が含有されていてもよい。
【0029】
前記塩基は、具体的にはYOHで表される。ここでYは1価の原子又は原子団を表す。この塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等のアルカリ金属水酸化物や、アンモニア水等が挙げられ、このうち水酸化ナトリウムが好ましい。
【0030】
本発明の製造方法では、前記溶液に、pHを3~6に調整しながら、前記塩基を添加することにより、オキシ水酸化鉄を生成させる。前記pH範囲は、pH3.3~6であることが好ましい。
一般にオキシ水酸化鉄を合成する方法としては、pH6を超える中性~アルカリ性領域に調整する方法もあるが、このような方法でβ-オキシ水酸化鉄を合成することは困難であり、pH3~6に調整する本発明の方法が有利である。またpH3未満ではオキシ水酸化鉄の合成に時間を要するのみでなく、本発明の吸着材粒子の優れた性質も得られない場合があるため好ましくない。
以上のようにpHを調整するために、塩基を添加する方法としては、溶液を撹拌しながら、塩基をゆっくりと添加する方法が好ましい。また固体の塩基を用いる場合は、塩基を予め適当な溶媒に溶解し、この溶液を添加する方法が好ましい。この塩基を溶解する溶媒としては、前記溶液と容易に混合するものであることが好ましく、前記溶液の溶媒と同じであることがより好ましく、水であることが特に好ましい。
【0031】
以上の工程を行う温度は、用いる各溶液が凍結又は急速に蒸発する温度でなければ特に限定されないが、4℃ないし50℃が好ましく、特に4℃ないし15℃とすれば平均結晶子径が小さくなるため好ましい。
【0032】
以上の方法により得られる本発明の吸着材粒子は、X線回折により測定された平均結晶子径が10nm以下であり、粒子の体積の90%以上が、結晶粒径20nm以下(好ましくは5nm以下)の粒状結晶、又は幅が10nm以下(好ましくは5nm以下)で長さが30nm以下(好ましくは20nm以下)の柱状結晶で構成されている。
本発明の吸着材粒子の優れた吸着性能は、上記の構造的特徴に加え、製造工程で鉄以外の金属化合物又は硫黄のオキソ酸イオンを併用したことによると考えられる。
【0033】
一方、非特許文献1及び2に開示されているβ-オキシ水酸化鉄の合成方法は、チタン化合物存在下、塩化鉄(III)を含有する水溶液を室温で、若しくは加温して熟成し、オキシ水酸化鉄を析出させる方法であり、本発明と基本的に異なる。
同様の方法でチタン化合物を併用しない場合には、平均結晶子径及び粒子長径が100~400nm程度のβ-オキシ水酸化鉄が生成する。これにチタン化合物を併用すると、平均結晶子径及び粒子長径は、原料液における塩化鉄に対するチタン化合物の使用量を表すモル比Ti/Feとともに急激に減少し、モル比0.01程度で、平均結晶子径が10nm程度となる。モル比がさらに高くなると、β型結晶ではない非晶質となる。
このようなチタン化合物の併用による構造的性質の可視的な変化は、本発明の吸着材粒子の製造方法では見られず、両方法の間には本質的な相違があることが示唆される。
この原因は、オキシ水酸化鉄を生成させる段階の違いにあると考えられる。非特許文献1及び2の方法では、塩基の添加をせず水溶液を熟成する方法が採られている。この方法はオキシ水酸化鉄の生成に長時間を要し(室温で約1年、50℃でも約1日)、チタン化合物を併用しない場合には100~400nm程度の大型の結晶が得られる。この過程でチタンが結晶の外形に大きな影響を与えると推定される。一方本発明の方法では、塩基を添加することによりオキシ水酸化鉄が短時間で生成し、チタン化合物を併用しない場合でも生成する結晶は長径30nm以下と見られる。このような状況では、チタン化合物が結晶の外形には大きな影響を与えないと推定される。
このように、本発明の方法では、短時間で、しかもチタン化合物の使用量を厳密に設定しなくても、吸着性能の優れたβ-オキシ水酸化鉄粒子が得られる点で、非特許文献1及び2の方法よりはるかに優れている。
【0034】
本発明の製造方法では、以上の工程で、ナノメートル~マイクロメートルオーダーのβ-オキシ水酸化鉄粒子を主成分として含有する懸濁液ないしスラリーが得られる。これをそのまま吸着材として用いることもできるが、さらに以下の加工方法を用いれば、平均粒径が0.01mm~10mmの、吸着材として使用しやすいサイズとすることも容易である。
【0035】
上記懸濁液ないしスラリーに、必要に応じて、前記のFen1Xn2で表される3価の鉄化合物及びMn3X’n4で表される化合物とは別の電解質を添加する工程を加えてもよい。この工程では、当該電解質を添加後の液中に完全に溶解することが好ましく、具体的には、予め当該電解質の溶液を作製してそれを添加してもよいし、当該電解質を固体として添加した後完全に溶解させてもよい。この添加の目的は、前述の「その他の電解質」に関して述べた目的と同じである。以後、前述の「その他の電解質」と本工程で添加される電解質とを合わせて「その他の電解質」と呼ぶ。
【0036】
本発明の製造方法としては、以上の工程に加え、生成されたオキシ水酸化鉄を主成分とする沈殿物を含水ケーキとして回収する工程、及び含水ケーキを乾燥する工程を有する製造方法が好ましい。
前記回収工程としては、通常用いられる、濾過、遠心等の方法により回収を行い、液体成分と分離すればよい。これによりオキシ水酸化鉄を主成分とする含水ケーキが得られる。
この含水ケーキから、乾燥により、オキシ水酸化鉄を主成分とする固形物が得られる。
【0037】
さらに、上記工程で得られたオキシ水酸化鉄を主成分とする乾燥固形物を、水に接触させた後に乾燥する工程を加えることが好ましい。上記工程で得られた乾燥固形物は、主成分であるオキシ水酸化鉄に加え、水溶性の不純物を多く含有しているため、これが水との接触により溶解して除去され、後に細孔を残し、比表面積が増大するとともに陰イオン吸着サイトも増加すると考えられる。この工程により吸着性能が特に優れた吸着材粒子が得られる。またこの工程により固形物が自然に崩壊し、またさらに小粒径とする必要がある場合にも、粉砕が容易になる。
【0038】
上記の吸着性能をさらに向上させる意味で、前記の水溶性不純物の含有量を一定以上に増加させることが好ましい。具体的には、(1)オキシ水酸化鉄生成工程の原料に含有される電解質の総和の濃度を、オキシ水酸化鉄を生成させる工程で最終的に含まれる原料全成分に対して10質量%以上とする方法、又は(2)含水ケーキ中に副生成物とその他の電解質の総量をドライベースで10質量%以上含有した状態で乾燥する方法、のいずれかが好ましい。本発明で必須とされる鉄以外の金属化合物の併用に、これらの方法を併用することにより、相乗的な吸着性能の向上が期待できる。
【0039】
(方法1)
オキシ水酸化鉄を生成させる工程において、オキシ水酸化鉄を生成する前の原料全量、すなわち、溶媒、Fen1Xn2、Mn3X’n4、YOH(ここでX、M、Y、n1、n2、n3及びn4は各々前記と同じものを表す。)で表される各化合物、及び前記とは別の電解質の合計に対して、使用された電解質の総和の濃度を、10質量%以上とする。これにより、乾燥固形物中の水溶性不純物の量が増加し、吸着性能が特に優れた吸着材粒子が得られる。
前記のpHを3~6に調整しながら塩基を添加する工程では、電解質の総和濃度が高い場合に、塩基の添加につれて溶液の粘度が上昇し、混合に支障が生じることもある。これを防ぐためには、予め溶液の電解質濃度を高くしておき、添加する塩基溶液を比較的低濃度とすることにより、最終的に目的とする電解質総和濃度が達成されるようにすることができる。
【0040】
(方法2)
前記含水ケーキ乾燥工程において、含水ケーキ中にYn5X(X及びYは各々前記と同じものを表し、n5はXの価数である。)で表される副生成物、及び該副生成物以外の電解質の総量をドライベースで10質量%以上とする。これにより、吸着性能が特に優れた吸着材粒子が得られる。
【0041】
方法2としては、方法1に記載した原料中の電解質含有量を高くする方法も利用できるが、そのほか、オキシ水酸化鉄生成工程の後で、オキシ水酸化鉄回収工程の前に、オキシ水酸化鉄を含む懸濁液にその他の電解質を添加し溶解する工程を加える方法も利用できる。
【0042】
以上2回の乾燥工程では、140℃以下で行うことが好ましく、100~140℃で行うことがより好ましい。乾燥温度は、低温では時間を要し効率的な製造に適しない。また高温では陰イオン吸着サイトが少なくなる傾向があり、さらに高温では酸化鉄に変化するので好ましくない。乾燥は、空気中、真空中、又は不活性ガス中で行うことができる。
【0043】
β-オキシ水酸化鉄は、水酸基の一部が塩素イオンで置換されている特徴を有する。この塩素イオンを供給するために、本発明の方法における必須成分である、X-で表される陰イオンとX’-で表される陰イオン(ここでX及びX’は各々前記と同じものを表す。)、及び必要に応じて含有される前記その他の電解質に含まれる陰イオンから選ばれる少なくとも1種が、塩素イオンを含有することが好ましい。
さらに、X-で表される陰イオンとして塩素イオンが含有されることが好ましく、Fen1Xn2で表される3価の鉄化合物のうち少なくとも1種が塩化第二鉄(FeCl3)であることが特に好ましい。
【0044】
以上いずれかの乾燥固形物を、粉砕、篩別等による分級等の通常用いられる方法により、吸着材として使用しやすい平均粒径が0.01mm~10mmの吸着材粒子とすることができる。なお、積極的に粉砕を行わなくても、オキシ水酸化鉄を主成分とする乾燥固形物を水に接触させた後に乾燥する前記工程を利用すれば、この範囲の吸着材粒子が自然に得られる。吸着材粒子の平均粒径は0.2mm~1.0mmであることがより好ましい。
【0045】
また、必要であれば、以上の吸着材粒子をさらに粉砕することにより、平均粒径が0.01mmを下回る吸着材微粒子を得ることも容易である。粉砕方法としては、乾式粉砕、湿式粉砕のいずれも可能である。特に水等の液体中で平均粒径1μm程度以下に湿式粉砕すれば、当該液体を分散媒とする吸着材分散液が得られ、平均粒径0.1μm程度以下の安定なナノ分散液を得ることもできる。
さらに、以上で得られた吸着材粒子及び/又は吸着材微粒子を造粒し、若しくは担体に担持することによって、利用しやすいサイズに成形されており、かつ前記吸着材粒子及び/又は吸着材微粒子と同様の吸着性能を発揮する吸着材を製造することもできる。
【実施例】
【0046】
次に、本発明の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0047】
測定方法
(粉末X線回折)
X線回折(XRD)パターンは、X線回折装置Ultima IV(リガク社製)を用いて測定した。測定にはCuKα管球を使用した。平均結晶子径はXRDよりシェラーの式に従って算出した。
(比表面積)
比表面積測定装置MacsorbHM 1210(マウンテック社製)を使用して、ガス吸着法により比表面積を測定した。
(全細孔容量)
100℃、約15時間の前処理後、マイクロメリティックス社製ガス吸着測定装置3FLEXを使用して、窒素ガス吸着一点法により全細孔容量を測定した。
(細孔径分布)
窒素ガスを用いたBET三点法により、細孔径分布を測定した。
(TEM観察及びFFT解析)
試料のTEM(透過電子顕微鏡)観察は、透過型電子顕微鏡JEM-2100F(日本電子社製、加速電圧200kV)を用いて行った。
(オキシ水酸化鉄中の塩素イオンの含有量)
オキシ水酸化鉄試料を3M硫酸に溶解した後、アルカリ溶液で希釈して鉄分を沈殿させ、フィルターでろ過してろ液を回収し、イオンクロマトグラフ法(日本ダイオネクス社製DX-500型)により定量した。
(エネルギー分散型X線分光)
エネルギー分散型X線分光(EDS)は、原子分解能分析電子顕微鏡JEM ARM200F(日本電子社製、加速電圧60kV)、およびシリコンドリフト検出器(日本電子社製)を用いて行い、鉄以外の金属および硫黄の分布を観察した。
【0048】
実施例1
塩化第二鉄(FeCl
3)14.0質量%、及び硫酸チタン(Ti(SO
4)
2)1.1質量%を含有する原料水溶液(チタン元素含有量は鉄元素に対して4.6質量%、硫黄元素含有量は鉄元素に対して6.0質量%)に、温度15℃以下でpH5以下に調整しながら、25質量%水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を滴下し、NaOHの最終添加量をNaOH/FeCl
3(モル比)=3.13として反応させ、オキシ水酸化鉄の粒子懸濁液を得た。以上における塩化第二鉄と水酸化ナトリウムとの総和の濃度は15.8質量%であった。
懸濁液を濾別後、空気中120℃で乾燥し、塩化ナトリウム(NaCl)を含有したオキシ水酸化鉄粒子(1)を得た。
オキシ水酸化鉄粒子(1)をイオン交換水で洗浄し、さらに空気中50℃で乾燥し、オキシ水酸化鉄粒子(2)を得た。
以上により得られたオキシ水酸化鉄粒子(2)の粒子径は90質量%以上が0.1mm~5mmであった。X線回折により、結晶構造はβ-オキシ水酸化鉄であり、平均結晶子径は3.0nmであることを確認した。
透過電子顕微鏡(TEM)観察での様子を
図1に、さらに高倍率とした写真を
図2に示す。TEM観察による結晶子は、ほとんどが、大きさ2nm以下の粒状、若しくは幅約2nmで長さ約10nmの柱状であった。また比表面積は240m
2/g、全細孔容量は0.14ml/g、細孔径分布のピークは約1.4nmであった。また、チタン元素および硫黄元素(硫酸イオン由来)は、結晶中に均一に分布していることが確認された。
【0049】
実施例2~12
硫酸チタンに代えて、テトライソプロポキシチタン(Ti(OiPr)4)、オキシ塩化ジルコニウム(ZrOCl2)、硫酸コバルト(II)(CoSO4)、塩化クロム(III)(CrCl3)、硫酸クロム(III)(Cr2(SO4)3)、塩化ニッケル(II)(NiCl2)、硫酸ニッケル(II)(NiSO4)、塩化銅(II)(CuCl2)、硫酸銅(II)(CuSO4)、硫酸アルミニウム(Al2(SO4)3)、硫酸ナトリウム(Na2SO4)を各々用いた以外は、実施例1と同様にして、オキシ水酸化鉄粒子を得た。
X線回折により、結晶構造はβ-オキシ水酸化鉄であることを確認した。TEM観察による結晶子は、ほとんどが、大きさ5~10nmの粒状、若しくは幅5~10nmで長さ8~20nmの柱状であった。鉄以外の金属元素または硫黄元素(硫酸イオン由来)は、結晶中に均一に分布していることが確認された。また、平均結晶子径および比表面積は下表に記載した通りであった。
【0050】
比較例1
塩化第二鉄(FeCl3)の0.764mol/L水溶液に、室温でpH6以下に調整しながら、水酸化ナトリウム(NaOH)の12mol/L水溶液を滴下し、NaOHの最終添加量をNaOH/FeCl3(モル比)=2.83として反応させ、オキシ水酸化鉄の粒子懸濁液を得た。以上における塩化第二鉄と水酸化ナトリウムとの総和の濃度は17.6質量%であった。
懸濁液を濾別後、空気中120℃で乾燥し、塩化ナトリウム(NaCl)を含有したオキシ水酸化鉄粒子(1)を得た。
オキシ水酸化鉄粒子(1)をイオン交換水で洗浄し、さらに空気中120℃で乾燥し、オキシ水酸化鉄粒子(2)を得た。
以上により得られたオキシ水酸化鉄粒子(2)の粒子径は90質量%以上が0.1mm~5mmであった。X線回折により、結晶構造はβ-オキシ水酸化鉄であり、平均結晶子径は5.4nmであることを確認した。
TEM観察による結晶子は、ほとんどが、大きさ2~10nm程度の粒状であった。また比表面積は245m2/g、全細孔容量は0.21ml/gであった。細孔径分布のピークは約3.5nmであった。
【0051】
測定例1(吸着材粒子の回分式リン酸吸着試験)
リン酸二水素カリウムをイオン交換水に溶解し、それぞれ、塩酸によりpHを3.5に、および水酸化ナトリウムによりpHを6.0に調整し、濃度400mg-P/L(リンとしての濃度)の試験液G、Hを調製した。
実施例1~11および比較例1の各吸着材を篩により0.25mm~0.5mmに分級した粒子1gを試験液G、Hの各150mLに添加後、撹拌し吸着試験を行った。所定の時間後に液を採取し、フィルタシリンジで固形分と分離し、溶液中のリン濃度をICP(誘導結合プラズマ)により分析し、吸着量を算出した。
これらの結果を表1に示した。また24時間後の吸着量を比表面積で除し、リン酸吸着における表面利用効率を見積った。
【0052】
【0053】
以上の結果から、本発明の吸着材粒子は、比較例の吸着材粒子に比較して、回分式試験でのリン酸の吸着量が顕著に高いことが明らかにされた。特に、吸着における表面利用効率の点で、従来の吸着材と比較して顕著に優れることが明らかにされた。