(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/20 20060101AFI20221115BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20221115BHJP
C04B 35/52 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
B23B27/20
B23B27/14 B
C04B35/52
(21)【出願番号】P 2022521380
(86)(22)【出願日】2021-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2021043682
(87)【国際公開番号】W WO2022114191
(87)【国際公開日】2022-06-02
【審査請求日】2022-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2020198392
(32)【優先日】2020-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 大継
(72)【発明者】
【氏名】植田 暁彦
(72)【発明者】
【氏名】渡部 直樹
(72)【発明者】
【氏名】原田 高志
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-239472(JP,A)
【文献】特開平04-037650(JP,A)
【文献】特開2016-097452(JP,A)
【文献】PANTEA, C. et al.,High-pressure effect on dislocation density in nanosize diamond crystals,Diamond and Related Materials,ELSEVIER,2004年,volume13,1753-1756,<doi:10.1016/j.diamond.2004.03.005>
【文献】鈴木 紀生,中上 明光,大隈 修,ダイヤモンドの焼結,圧力技術,日本,1974年,12巻、6号,p301-307,https://doi.org/10.11181/hpi1972.12.301
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/20
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C22C 26/00
C04B 35/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有する切削工具であって、
前記刃先稜線に隣接する前記すくい面の一部および前記逃げ面の一部はダイヤモンド粒子を含むダイヤモンド焼結体により構成され、
前記逃げ面の一部における転位密度は8×10
15/m
2以下であり、
前記ダイヤモンド粒子の平均粒径は0.1μm以上50μm以下であり、
前記ダイヤモンド焼結体における前記ダイヤモンド粒子の含有率は80体積パーセント以上99体積パーセント以下である、切削工具。
【請求項2】
前記逃げ面の一部における前記ダイヤモンド焼結体の前記転位密度は7×10
15/m
2以下である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記ダイヤモンド焼結体は結合材を含み、
前記結合材は、単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
前記単体金属、前記合金及び前記金属間化合物は、周期表の第4族元素、周期表の第5族元素、周期表の第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選択された少なくとも1種の金属元素を含む、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記ダイヤモンド焼結体は結合材を含み、
前記結合材は、化合物、及び、前記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
前記化合物は、単体金属、合金及び金属間化合物からなる群から選択された少なくとも1種と、窒素、炭素及び酸素からなる群から選択される少なくとも1種とからなり、
前記単体金属、前記合金及び前記金属間化合物は、周期表の第4族元素、周期表の第5族元素、周期表の第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選択された少なくとも1種の金属元素を含む、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項5】
前記結合材がコバルトを含む、請求項3または請求項4に記載の切削工具。
【請求項6】
前記すくい面の一部における表面粗さRaは、120nm以下である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項7】
前記すくい面の一部における転位密度は10×10
15/m
2以下である、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項8】
前記ダイヤモンド焼結体を保持する基材を備える、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項9】
前記すくい面の全体および前記逃げ面の全体が前記ダイヤモンド焼結体により構成されている、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。本出願は、2020年11月30日に出願した日本特許出願である特願2020-198392号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
従来、ダイヤモンド焼結体を適用した切削工具が知られている。たとえば、特開2005-239472号公報(特許文献1)には、平均粒径が2μm以下の焼結ダイヤモンド粒子と、残部の結合相とを備えた高強度・高耐摩耗性ダイヤモンド焼結体であって、前記ダイヤモンド焼結体中の前記焼結ダイヤモンド粒子の含有率は80体積パーセント以上98体積パーセント以下であり、前記結合相中の含有率が0.5質量パーセント以上50質量パーセント未満であるチタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、およびモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の元素と、前記結合相中の含有率が50質量パーセント以上99.5質量パーセント未満であるコバルトとを前記結合相は含み、前記チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、およびモリブデンからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の元素の一部または全部が平均粒径0.8μm以下の炭化物粒子として存在し、前記炭化物粒子の組織は不連続であり、隣り合う前記ダイヤモンド粒子同士は互いに結合していることを特徴とする、高強度・高耐摩耗性ダイヤモンド焼結体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示の切削工具は、すくい面と、逃げ面と、当該すくい面および当該逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有する切削工具である。切削工具において、刃先稜線に隣接するすくい面の一部および逃げ面の一部はダイヤモンド粒子を含むダイヤモンド焼結体により構成される。逃げ面の一部における転位密度は8×1015/m2以下である。ダイヤモンド粒子の平均粒径は0.1μm以上50μm以下である。ダイヤモンド焼結体におけるダイヤモンド粒子の含有率は80体積パーセント以上99体積パーセント以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、切削インサート100の平面図である。
【
図2】
図2は、切削インサート100の斜視図である。
【
図3】
図3は、切削インサート100の刃先部20を示す拡大斜視模式図である。
【
図4】
図4は、
図3に示した刃先部20の拡大側面模式図である。
【
図5】
図5は、切削インサートとして用いられる刃先部20を示す斜視模式図である。
【
図6】
図6は、切削インサートの製造方法を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1のダイヤモンド焼結体は、切削工具等に適用すると、逃げ面の摩耗が進行し工具寿命が短くなる場合がある。本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、工具寿命が改善された切削工具を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
本開示によれば、工具寿命が改善された切削工具が得られる。
【0007】
[実施形態の概要]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0008】
(1) 一実施形態に係る切削工具は、すくい面と、逃げ面と、当該すくい面および当該逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有する切削工具である。切削工具において、刃先稜線に隣接するすくい面の一部および逃げ面の一部はダイヤモンド粒子を含むダイヤモンド焼結体により構成される。逃げ面の一部における転位密度は8×1015/m2以下である。ダイヤモンド粒子の平均粒径は0.1μm以上50μm以下である。ダイヤモンド焼結体におけるダイヤモンド粒子の含有率は80体積パーセント以上99体積パーセント以下である。
【0009】
上記(1)の切削工具によると、逃げ面におけるダイヤモンド粒子の強度低下が抑制されることで、逃げ面の耐摩耗性が向上する。この結果、切削工具の寿命が改善される。
【0010】
(2) 上記(1)の切削工具において、逃げ面の一部におけるダイヤモンド焼結体の転位密度は7×1015/m2以下であってもよい。
【0011】
上記(2)の切削工具によると、工具寿命をさらに改善することができる。
(3) 上記(1)または(2)の切削工具において、ダイヤモンド焼結体は結合材を含んでいてもよい。結合材は、単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。単体金属、合金及び金属間化合物は、周期表の第4族元素、周期表の第5族元素、周期表の第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選択された少なくとも1種の金属元素を含んでいてもよい。
【0012】
(4) 上記(1)または(2)の切削工具において、ダイヤモンド焼結体は結合材を含んでいてもよい。結合材は、化合物、及び、当該化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。化合物は、単体金属、合金及び金属間化合物からなる群から選択された少なくとも1種と、窒素、炭素及び酸素からなる群から選択される少なくとも1種とからなっていてもよい。単体金属、合金及び金属間化合物は、周期表の第4族元素、周期表の第5族元素、周期表の第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選択された少なくとも1種の金属元素を含んでいてもよい。
【0013】
(5) 上記(3)または(4)の切削工具において、結合材がコバルトを含んでいてもよい。
【0014】
(6) 上記(1)~(5)の切削工具において、すくい面の一部における表面粗さRaは、120nm以下であってもよい。
【0015】
上記(6)の切削工具によると、工具寿命をさらに改善することができる。
(7) 上記(1)~(6)の切削工具において、すくい面の一部における転位密度は10×1015/m2以下であってもよい。
【0016】
上記(7)の切削工具によると、すくい面におけるクレータ摩耗の摩耗量を低減できる。このため、工具寿命をさらに改善することができる。
【0017】
上記切削工具において、逃げ面の一部における転位密度は、すくい面の一部における転位密度以下であってもよく、すくい面の一部における転位密度未満であってもよい。
【0018】
(8) 上記(1)~(7)の切削工具は、ダイヤモンド焼結体を保持する基材を備えていてもよい。
【0019】
上記(8)の切削工具によると、刃先稜線を含む部分をダイヤモンド焼結体によって構成する一方、他の部分である基材を金属材料などダイヤモンド焼結体より安価な材料により構成することができる。このため、切削工具の製造コストを低減できる。
【0020】
(9) 上記(1)~(7)の切削工具において、すくい面の全体および逃げ面の全体がダイヤモンド焼結体により構成されていてもよい。
【0021】
上記(9)の切削工具によると、工具寿命に関わるすくい面および逃げ面の全面をダイヤモンド焼結体によって構成することで、工具寿命を確実に改善できる。
【0022】
[実施形態の詳細]
本開示の実施形態の詳細を、図面を参照しながら説明する。以下の図面においては、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0023】
実施形態に係る切削工具は、例えば、切削インサート100である。実施形態に係る切削工具は切削インサート100に限られないが、以下においては、切削インサート100を実施形態に係る切削工具の例として説明を行う。
【0024】
(実施形態に係る切削工具の構成)
切削インサート100の構成を説明する。
【0025】
<切削インサート100の概略構成>
図1は、切削インサート100の平面図である。
図2は、切削インサート100の斜視図である。
図3は、切削インサート100の刃先部20を示す拡大斜視模式図である。
図4は、
図3に示した刃先部20の拡大側面模式図である。
【0026】
図1及び
図2に示されるように、切削インサート100は、基材10と、ダイヤモンド焼結体としての刃先部20とを有している。切削インサート100は、平面視において多角形形状(例えば、三角形形状)である。多角形形状(三角形形状)は、厳密な多角形形状(三角形形状)でなくてもよい。より具体的には、切削インサート100の平面視におけるコーナは、丸まっていてもよい。
【0027】
基材10は、平面視において多角形形状(例えば、三角形形状)である。基材10は、頂面10aと、底面10bと、側面10cとを有している。頂面10a及び底面10bは、基材10の厚さ方向における端面である。底面10bは、基材10の厚さ方向における頂面10aの反対面である。側面10cは、頂面10a及び底面10bに連なっている面である。
【0028】
頂面10aは、取り付け部10dを有している。取り付け部10dは、平面視において、頂面10aのコーナに位置している。取り付け部10dにおける頂面10aと底面10bとの間の距離は、取り付け部10d以外における頂面10aと底面10bとの間の距離よりも小さくなっている。すなわち、取り付け部10dと取り付け部10d以外の頂面10aの部分との間には、段差がある。
【0029】
基材10には、貫通穴11が形成されている。貫通穴11は、基材10を厚さ方向に貫通している。貫通穴11は、平面視における基材10の中央に形成されている。切削インサート100は、例えば、貫通穴11に固定部材(図示せず)が挿入されるとともに、当該固定部材が工具ホルダ(図示せず)に締結されることにより、切削加工に供される。
【0030】
基材10は、例えば、超硬合金により形成されている。超硬合金は、炭化物粒子及び結合材を焼結した複合材料である。この炭化物粒子は、例えば、炭化タングステン、炭化チタン、炭化タンタル等の粒子である。この結合材は、例えば、コバルト、ニッケル、鉄等である。但し、基材10は、超硬合金以外の材料により形成されてもよい。
【0031】
刃先部20は、取り付け部10dに取り付けられている。刃先部20は、例えばろう付けにより、基材10に取り付けられている。刃先部20は、すくい面20aと、逃げ面20bと、切れ刃20cとを有している。すくい面20aは、取り付け部10d以外の頂面10aの部分に連なっている。逃げ面20bは、側面10cに連なっている。切れ刃20cは、すくい面20aと逃げ面20bとの稜線に形成されている。
【0032】
<刃先部20を構成している焼結体の詳細構成>
刃先部20は、ダイヤモンド粒子と、結合材とを含む焼結体により形成されている。異なる観点から言えば、刃先部20において、刃先稜線である切れ刃20cに隣接するすくい面20aの一部および逃げ面20bの一部はダイヤモンド粒子を含むダイヤモンド焼結体により構成される。
【0033】
ダイヤモンド焼結体の転位密度:
逃げ面20bの一部における転位密度は8×1015/m2以下である。逃げ面20bの一部におけるダイヤモンド焼結体(具体的にはダイヤモンド粒子)の転位密度は7×1015/m2以下であってもよい。すくい面20aの一部における転位密度は10×1015/m2以下であってもよい。逃げ面20bの一部における転位密度は、すくい面20aの一部における転位密度以下であってもよく、すくい面20bの一部における転位密度未満であってもよい。
【0034】
ダイヤモンド粒子の転位密度が8×1015/m2以下であることによって、ダイヤモンド粒子の亀裂の発生を抑制し、強度低下が抑制されて耐摩耗性に優れるダイヤモンド焼結体となる。また、上記ダイヤモンド焼結体は、熱伝導率が比較的高い。そのため、切削加工時の刃先の温度上昇により発生する熱摩耗を抑制できる。なお、ダイヤモンド粒子の転位密度が8.1×1013/m2未満であるダイヤモンド焼結体は、製造できないことを本発明者らは確認している。逃げ面20bの一部における転位密度は、8.1×1013/m2以上8×1015/m2以下であってもよく、8.1×1013/m2以上7×1015/m2以下であってよい。すくい面20aの一部における転位密度は8.1×1013/m2以上10×1015/m2以下であってもよい。
【0035】
従来、ダイヤモンド焼結体におけるダイヤモンド粒子の転位密度と、当該ダイヤモンド焼結体の物性との相関関係については着目されていなかった。そこで本発明者らは、ダイヤモンド焼結体におけるダイヤモンド粒子の転位密度と、ダイヤモンド焼結体の耐摩耗性との関係について鋭意調査を行った。その結果、従来から存在するダイヤモンド焼結体に比べて、ダイヤモンド粒子の転位密度を低くすると、切削加工時の摩耗を抑制できることを初めて見出した。この理由は、当該転位密度を減らしたことで切削加工時に発生する熱を効果的にダイヤモンド焼結体全体に伝えることができ、発熱によるダイヤモンド焼結体の摩耗を抑制することが出来たためと考えられる。なお、この調査によって、従来のダイヤモンド焼結体(例えば、特許文献1に記載のダイヤモンド焼結体)は、ダイヤモンド粒子の転位密度が1.01×1016/m2以上1.18×1016/m2未満であることが明らかになっている。
【0036】
ここで、本実施形態において逃げ面20bの一部における転位密度の測定位置は、
図3および
図4に示すように刃先稜線である切れ刃20cに隣接する位置である。具体的には、切れ刃20cの任意の位置20caから、すくい面20aと垂直方向に距離L(具体的には100μm)離れた位置に仮想点20cbを設定する。当該仮想点20cbから、すくい面20aと平行であって切れ刃20cの任意の位置20caにおける接線と垂直な方向に直線を引く。当該直線と逃げ面20bとの交点20ccを転位密度の測定位置とする。
【0037】
また、刃先部20のすくい面20aの一部について転位密度を測定する場合、すくい面20aにおいて切れ刃20cから一定の距離(具体的には100μm)離れた位置に切れ刃20cに沿った仮想線を引き、当該仮想線上の任意の位置を測定位置とする。
【0038】
本明細書において、ダイヤモンド焼結体の転位密度は大型放射光施設(例えば、九州シンクロトロン光研究センター(佐賀県))において測定される。具体的には下記の方法で測定される。
【0039】
ダイヤモンド焼結体からなる試験体としての刃先部20を準備する。刃先部20において上述した測定位置を含む試験体の観察面(すくい面20aおよびひげ面20b)を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨した後、塩酸に72時間浸漬する。これにより、当該試験体の観察面において結合相は塩酸に溶解し、ダイヤモンド粒子が残る。
【0040】
該試験体の測定位置について、下記の条件でX線回折測定を行い、ダイヤモンドの主要な方位である(111)、(220)、(311)、(331)、(422)、(440)、(531)の各方位面からの回折ピークのラインプロファイルを得る。
【0041】
X線源:放射光
装置条件:検出器NaI(適切なROIにより蛍光をカットする。)
エネルギー:18keV(波長:0.6888Å)
分光結晶:Si(111)
入射スリット:幅3mm×高さ0.5mm
受光スリット:ダブルスリット(幅3mm×高さ0.5mm)
ミラー:白金コート鏡
入射角:2.5mrad
走査方法:2θ-θscan
測定ピーク:ダイヤモンドの(111)、(220)、(311)、(331)、(422)、(440)、(531)の7本。ただし、集合組織、配向などによりプロファイルの取得が困難な場合は、その面指数のピークを除く。
【0042】
測定条件:各測定ピークに対応する半値全幅中に、測定点が9点以上となるようにする。ピークトップ強度は2000counts以上とする。ピークの裾も解析に使用するため、測定範囲は半値全幅の10倍程度とする。
【0043】
上記のX線回折測定により得られるラインプロファイルは、試験体の不均一ひずみなどの物理量に起因する真の拡がりと、装置起因の拡がりの両方を含む形状となる。不均一ひずみ及び結晶子サイズを求めるために、測定されたラインプロファイルから、装置起因の成分を除去し、真のラインプロファイルを得る。真のラインプロファイルは、得られたラインプロファイルおよび装置起因のラインプロファイルを擬Voigt関数によりフィッティングし、装置起因のラインプロファイルを差し引くことにより得る。装置起因の回折線拡がりを除去するための標準サンプルとしては、LaB6を用いる。また、平行度の高い放射光を用いる場合は、装置起因の回折線拡がりは0とみなすこともできる。
【0044】
得られた真のラインプロファイルを修正Williamson-Hall法及び修正Warren-Averbach法を用いて解析することによって転位密度を算出する。修正Williamson-Hall法及び修正Warren-Averbach法は、転位密度を求めるために用いられている公知のラインプロファイル解析法である。
【0045】
修正Williamson-Hall法の式は、下記式(I)で示される。
【0046】
【0047】
上記式(I)において、ΔKはラインプロファイルの半値幅を示す。Dは結晶子サイズを示す。Mは配置パラメータを示す。bはバーガースベクトルを示す。ρは転位密度を示す。Kは散乱ベクトルを示す。O(K2C)はK2Cの高次項を示す。Cはコントラストファクターの平均値を示す。
【0048】
上記式(I)におけるCは、下記式(II)で表される。
C=Ch00[1-q(h2k2+h2l2+k2l2)/(h2+k2+l2)2] (II)
上記式(II)において、らせん転位と刃状転位におけるそれぞれのコントラストファクターCh00およびコントラストファクターに関する係数qは、計算コードANIZCを用い、すべり系が<110>{111}、弾性スティフネスC11が1076GPa、C12が125GPa、C44が576GPaとして求める。上記式(II)中、h、k及びlは、それぞれダイヤモンドのミラー指数(hkl)に相当する。コントラストファクターCh00は、らせん転位0.183であり、刃状転位0.204である。コントラストファクターに関する係数qは、らせん転位1.35であり、刃状転位0.30である。なお、らせん転位比率は0.5、刃状転位比率は0.5に固定する。
【0049】
また、転位と不均一ひずみとの間にはコントラストファクターCを用いて下記式(III)の関係が成り立つ。下記式(III)において、Reは転位の有効半径を示す。ε(L)は、不均一ひずみを示す。
【0050】
<ε(L)2>=(ρCb2/4π)ln(Re/L) (III)
上記式(III)の関係と、Warren-Averbachの式より、下記式(IV)の様に表すことができ、修正Warren-Averbach法として、転位密度ρ及び結晶子サイズを求めることができる。下記式(IV)において、A(L)はフーリエ級数を示す。AS(L)は結晶子サイズに関するフーリエ級数を示す。Lはフーリエ長さを示す。
【0051】
lnA(L)=lnAS(L)-(πL2ρb2/2)ln(Re/L)(K2C)+O(K2C)2 (IV)
修正Williamson-Hall法及び修正Warren-Averbach法の詳細は、“T.Ungar and A.Borbely,“The effect of dislocation contrast on x-ray line broadening:A new approach to line profile analysis”Appl.Phys.Lett.,vol.69,no.21,p.3173,1996.”及び“T.Ungar,S.Ott,P.Sanders,A.Borbely,J.Weertman,“Dislocations,grain size and planar faults in nanostructured copper determined by high resolution X-ray diffraction and a new procedure of peak profile analysis”Acta Mater.,vol.46,no.10,pp.3693-3699,1998.”に記載されている。
【0052】
同一の試料においてダイヤモンド粒子の転位密度を測定する限り、測定範囲の選択箇所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことを本発明者らは確認している。すなわち、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないと本発明者らは考えている。
【0053】
本実施形態において、ダイヤモンド焼結体は結合材を含む。結合材は、単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。単体金属、合金及び金属間化合物は、周期表の第4族元素、周期表の第5族元素、周期表の第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群(以下、「群A」とも記す。)より選択された少なくとも1種の金属元素を含んでいてもよい。
【0054】
また、結合材は、化合物、及び、当該化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。化合物は、単体金属、合金及び金属間化合物からなる群から選択された少なくとも1種と、窒素、炭素及び酸素からなる群(以下、「群B」とも記す。)から選択される少なくとも1種とからなっていてもよい。単体金属、合金及び金属間化合物は、周期表の第4族元素、周期表の第5族元素、周期表の第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選択された少なくとも1種の金属元素を含んでいてもよい。
【0055】
換言すると、上記結合材は、下記の(a)から(f)のいずれかの形態とすることができる。
【0056】
(a)上記結合材は、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素を含む単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種からなる。
【0057】
(b)上記結合材は、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素を含む単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。
【0058】
(c)上記結合材は、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素と、群Bより選ばれる少なくとも1種の非金属元素とからなる化合物、及び、上記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種からなる。
【0059】
(d)上記結合材は、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素と、群Bより選ばれる少なくとも1種の非金属元素とからなる化合物、及び、上記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。
【0060】
(e)上記結合材は、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素を含む単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種、並びに、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素と、群Bより選ばれる少なくとも1種の非金属元素とからなる化合物、及び、上記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種からなる。
【0061】
(f)上記結合材は、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素を含む単体金属、合金、及び金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種、並びに、群Aより選ばれる少なくとも1種の金属元素と、群Bより選ばれる少なくとも1種の非金属元素とからなる化合物、及び、上記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。
【0062】
周期表の第4族元素は、例えば、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びハフニウム(Hf)を含む。周期表の第5族元素は、例えば、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びタンタル(Ta)を含む。周期表の第6族元素は、例えば、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)を含む。
【0063】
本実施形態の一側面において、上記結合材は、コバルト、チタン、鉄、タングステン及び硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましく、コバルトを含むことがより好ましい。結合材は、コバルトに加え、チタンを含んでいてもよい。結合材中において最も含有量の多い成分は、コバルトであることが好ましい。
【0064】
ダイヤモンド焼結体に含まれる結合材の組成は、上述したSEM付帯のEDXにより特定することができる。
【0065】
刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の平均粒径は、0.1μm以上50μm以下であることが好ましい。ダイヤモンド粒子の平均粒径は、0.2μm以上40μm以下であってもよい。ダイヤモンド粒子の平均粒径が0.1μm以上であることによって、ダイヤモンド粒子が緻密に焼結され、耐欠損性に優れるダイヤモンド焼結体となる。ダイヤモンド粒子の平均粒径が50μm以下であることによって、異方性が無く、切削工具の刃先として用いた場合切削安定性に優れるダイヤモンド焼結体となる。
【0066】
本実施形態において、ダイヤモンド粒子の平均粒径とは、任意に選択された5箇所の各測定視野において、複数のダイヤモンド粒子のメジアン径d50をそれぞれ測定し、これらの平均値を算出することにより得られた値を意味する。具体的に、刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の平均粒径は、以下の方法により算出される。
【0067】
刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の平均粒径の算出においては、第1に、刃先部20の任意の位置から、断面を含む試料が切り出される。この試料の切り出しは、例えば、集束イオンビーム装置、クロスポリッシャ装置等を用いて行われる。
【0068】
第2に、切り出された試料の断面が、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)により観察される。この観察により、切り出された試料の断面における反射電子像(以下「SEM画像」ととする)が得られる。SEMによる観察では、測定視野内に100個以上のダイヤモンド粒子が含まれるように倍率が調整される。SEM画像は、切り出された試料の断面内の5箇所で取得される。
【0069】
第3に、SEM画像に対して画像処理を行うことにより、測定視野内に含まれているダイヤモンド粒子の粒径の分布を取得する。この画像処理は、例えば、三谷商事株式会社製のWin ROOF ver.7.4.5、WinROOF2018等を用いて行われる。各々のダイヤモンド粒子の粒径は、画像処理の結果として得られた各々のダイヤモンド粒子の面積から円相当径を算出することにより得られる。なお、ダイヤモンド粒子の粒径の分布の取得に際して、一部が測定視野外にあるダイヤモンド粒子は、考慮されない。
【0070】
第4に、上記のようにして得られた測定視野内に含まれているダイヤモンド粒子の粒径の分布から、測定視野内に含まれているダイヤモンド粒子のメジアン径d50が決定される。この決定されたメジアン径d50を5つのSEM画像について平均した値が、刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の平均粒径であると見做される。
【0071】
刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の含有率(体積パーセント)は、80体積パーセント以上99体積パーセント以下であることが好ましい。ダイヤモンド焼結体におけるダイヤモンド粒子の含有率(体積パーセント)は、走査電子顕微鏡(SEM)(日本電子社製の「JSM-7800F」(商品名))付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)(Octane Elect(オクタンエレクト) EDS システム)(以下「SEM-EDX」とも記す。)を用いて、ダイヤモンド焼結体に対し、組織観察、元素分析等を実施することによって確認することができる。具体的には、刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の含有率は、以下の方法により算出される。
【0072】
刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の含有率(割合)の算出においては、第1に、刃先部20の任意の位置から、断面を含む試料が切り出される。この試料の切り出しは、例えば、集束イオンビーム装置、クロスポリッシャ装置等を用いて行われる。
【0073】
第2に、切り出された試料の断面が、SEMにより観察される。この観察により、切り出された試料の断面におけるSEM画像が得られる。SEMによる観察では、測定視野内に100個以上のダイヤモンド粒子が含まれるように倍率が調整される。SEM画像は、切り出された試料の断面内の5箇所で取得される。
【0074】
第3に、SEM画像に対して画像処理を行うことにより、測定視野内に含まれているダイヤモンド粒子の割合を算出する。この画像処理は、例えば、三谷商事株式会社製のWin ROOF ver.7.4.5、WinROOF2018等を用いてSEM画像の二値化処理を行うことにより行われる。二値化処理後のSEM画像における暗視野は、ダイヤモンド粒子が存在する領域に対応する。この暗視野の面積を測定領域の面積で除した値が、刃先部20を構成している焼結体中におけるダイヤモンド粒子の体積比率であると見做される。
【0075】
本実施形態の切削工具において、刃先部20でのすくい面20aの一部における表面粗さRaは、120nm以下であってもよい。すくい面20aの一部における表面粗さRaは、55nm以下であってもよい。表面粗さRaは、たとえばレーザ顕微鏡を用いて測定できる。表面粗さRaの測定位置は、転位密度の測定位置と同じ位置である。
【0076】
本明細書において、「表面粗さRa」とは、JIS B 0601に規定される算術平均粗さRaをいい、粗さ曲線から、その平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線から測定曲線までの距離(偏差の絶対値)を合計し平均した値と定義される。
【0077】
<変形例>
本実施形態に係る切削工具は、
図1から
図4に示した切削インサート100と異なり、切削工具全体がダイヤモンド焼結体により構成されていてもよい。
図5は、切削インサートとして用いられる刃先部20を示す斜視模式図である。
図5に示す刃先部20は、全体がダイヤモンド焼結体により構成されるとともに、当該刃先部20自体が切削インサートとして利用される。異なる観点から言えば、
図5に示した切削工具は、すくい面20aの全体および逃げ面20bの全体がダイヤモンド焼結体により構成されている。
【0078】
<切削インサートの製造方法>
本実施形態の切削工具としての切削インサート100を実現するためには、刃先部20となるべきダイヤモンド焼結体として、転位密度が十分低いダイヤモンド焼結体を得るとともに、当該ダイヤモンド焼結体に対して逃げ面20bまたはすくい面20aを形成するための加工工程において、ダイヤモンド焼結体に対する加工負荷を減らして転位密度が高くなることを避けるような加工を行う、といった対応が必要となる。以下、切削インサート100の製造方法の一例を説明する。
図6は、切削インサート100の製造方法を示す工程図である。
図6に示されるように、刃先部20を含む切削インサート100の製造方法は、刃先部20を構成している焼結体の製造工程である粉末準備工程S1、粉末混合工程S2および焼結工程S3と、逃げ面20bおよびすくい面20aに対する加工および刃先部20を基材10に固定する工程など含む加工工程S4と、を有している。
【0079】
粉末準備工程S1では、ダイヤモンド粒子の原料粉末(以下「ダイヤモンド粉末」とも記す。)と結合材の原料粉末(以下、「結合材原料粉末」とも記す。)とを準備する。ダイヤモンド粉末は、特に限定されず、公知のダイヤモンド粒子を原料粉末として用いることができる。
【0080】
ダイヤモンド粉末の平均粒径は、特に限定されず、例えば、0.1μm以上50μm以下とすることができる。
【0081】
結合材原料粉末は、特に限定されず、結合材を構成する元素を含む粉末であればよい。結合材原料粉末としては、例えば、コバルトの粉末、チタンの粉末等が挙げられる。結合材原料粉末は、目的とする結合相の組成に応じて、1種の粉末を単独で用いてもよいし、複数種の粉末を組み合わせて用いてもよい。
【0082】
粉末混合工程S2では、ダイヤモンド粉末および結合材原料粉末の混合が行われる。この混合は、例えば、アトライタ又はボールミルを用いて行われる。但し、混合方法は、これらに限られるものではない。混合する方法は、湿式でもよいし、乾式でもよい。以下においては、ダイヤモンド粉末、結合材粉末及び硼素粉末の混合されたものを、「混合粉末」とする。このとき、上記ダイヤモンド粉末と上記結合材原料粉末とは、ダイヤモンド焼結体中におけるダイヤモンド粒子の含有率が上述の範囲内となるように、任意の配合比率にて混合してもよい。
【0083】
焼結工程S3では、混合粉末に対して、焼結が行われる。この焼結は、混合粉末を容器内に配置するととともに、所定の焼結圧力において混合粉末を所定の焼結温度で保持することにより行われる。この容器は、混合粉末(焼結体)への不純物の混入を防止するために、タンタル、ニオブ等の高融点金属により形成されている。本実施形態における焼結工程S3は、混合粉末を焼結する工程S31と、後述するダイヤモンド粒子における転位を減少させる工程S32とを含む。
【0084】
混合粉末を焼結する工程S31では、4GPa以上5GPa未満の焼結圧力、1400℃以上1550℃以下の焼結温度で、15分以上60分以下の焼結時間の間、上記混合粉末を焼結する。
【0085】
本実施形態において、常温(23±5℃)及び大気圧の状態から上記焼結圧力及び焼結温度の状態までの経路は、特に限定されない。
【0086】
本実施形態のダイヤモンド焼結体の製造方法において用いられる高圧高温発生装置は、目的とする圧力及び温度の条件が得られる装置であれば特に制限はない。生産性及び作業性を高める観点から、高圧高温発生装置は、ベルト型の高圧高温発生装置が好ましい。また、混合粉末を収納する容器は、耐高圧高温性の材料であれば特に制限はなく、たとえば、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)等が好適に用いられる。
【0087】
ダイヤモンド焼結体中への不純物の混入を防止するためには、例えば、まず上記混合粉末をTa、Nb等の高融点金属製のカプセルに入れて真空中で加熱して密封し、混合粉末から吸着ガス及び空気を除去する。その後、上述した混合粉末を焼結する工程S31、及び、後述するダイヤモンド粒子における転位を減少させる工程S32を行うことが好ましい。たとえば、上述した混合粉末を焼結する工程S31の後に、上記高融点金属製のカプセルから上記混合粉末を取り出すことなく、そのままの状態で引き続きダイヤモンド粒子における転位を減少させる工程S32を行うことが好ましい。
【0088】
上記焼結圧力は、4GPa以上5GPa未満であることが好ましく、4.5GPa以上5GPa未満であることがより好ましい。
【0089】
上記焼結温度は、1400℃以上1550℃以下であることが好ましく、1450℃以上1550℃以下であることがより好ましい。
【0090】
上記焼結時間は、15分以上60分以下であることが好ましく、15分以上20分以下であることがより好ましい。
【0091】
ダイヤモンド粒子における転位を減少させる工程S32では、6.5GPa以上8GPa以下の保持圧力、1600℃以上1900℃以下の保持温度で、50分以上190分以下の保持時間の間、上記混合粉末を加熱して、上記ダイヤモンド粒子における転位を減少させる。これにより本開示のダイヤモンド焼結体が得られる。本工程により、ダイヤモンドの溶解・再析出反応が促進されるが、再析出したダイヤモンド粒子は転位が少ないため、転位が少ないダイヤモンド焼結体が得られると本発明者らは考えている。
【0092】
上記保持圧力は、6.5GPa以上8GPa以下であることが好ましく、6.5GPa以上7GPa以下であることがより好ましい。
【0093】
上記保持温度は、1600℃以上1900℃以下であることが好ましく、1600℃以上1700℃以下であることがより好ましい。
【0094】
上記保持時間は、50分以上190分以下であることが好ましく、60分以上180分以下であることがより好ましい。
【0095】
加工工程S4では、焼結工程S3により得られたダイヤモンド焼結体を加工することにより刃先部20の形状に成形する。また、刃先部20を基材10に取り付ける。このようにして切削インサート100を得ることができる。
【0096】
加工工程S4において、刃先部20の逃げ面20bおよびすくい面20aに対する加工を行う。このとき、被加工面である逃げ面20bまたはすくい面20aに対し、加工負荷が低減された加工を行う。この結果、当該加工に起因して逃げ面20bまたはすくい面20aの転位密度が上昇することを抑制できる。加工負荷が低減された加工方法としては、たとえば低出力のレーザ加工、加工負荷を小さくした研磨加工などを用いることができる。
【0097】
(実施形態に係る切削工具の効果)
以下に、切削インサート100の効果を説明する。
【0098】
本実施形態に係る切削インサート100では、逃げ面20bにおけるダイヤモンド粒子の転位密度が8×1015/m2以下と従来より小さくなっているので、逃げ面20bを構成するダイヤモンド粒子における転位密度の上昇に起因する強度低下が抑制されている。この結果、逃げ面20bの耐摩耗性が向上するので、切削インサート100の寿命が改善される。
【0099】
また、切削インサート100のすくい面20aの一部における転位密度が10×1015/m2以下とすることで、すくい面20aにおけるクレータ摩耗の摩耗量を低減できる。さらに、すくい面20aの表面粗さRaを120nm以下とすることで、さらに工具寿命を改善できる。また、すくい面20aの表面粗さRaを55nm以下とすることで、工具寿命を改善する効果をさらに大きくできる。
【0100】
(実施例)
切削インサート100の効果を確認するために行った切削試験を説明する。
【0101】
<サンプル>
表1および表2には、切削試験に供されたダイヤモンド焼結体からなる刃先部であるサンプルの条件が示されている。表1に示されるように、切削試験には、サンプル1~サンプル17が供された。
【0102】
ここで、各サンプルの逃げ面の一部における転位密度が8×1015/m2以下であることを、条件A1とする。当該逃げ面の一部におけるダイヤモンド焼結体の転位密度が7×1015/m2以下であることを条件A2とする。当該逃げ面の一部におけるダイヤモンド焼結体の転位密度が6×1015/m2以下であることを条件A3とする。
【0103】
各サンプルにおけるダイヤモンド粒子の平均粒径が0.1μm以上50μm以下であることを条件B1とする。各サンプルにおけるダイヤモンド粒子の含有率が80体積パーセント以上99体積パーセント以下であることを条件C1とする。
【0104】
各サンプルのすくい面の一部における表面粗さRaが120nm以下であることを条件D1とする。各サンプルのすくい面の一部における表面粗さRaが55nm以下であることを条件D2とする。各サンプルのすくい面の一部における転位密度が10×1015/m2以下であることを条件E1とする。当該すくい面の一部における転位密度が6×1015/m2以下であることを条件E2とする。
【0105】
【0106】
【0107】
サンプル1、2、4、5、6、8~17では条件A1が満たされていた。サンプル1、4、5、8~17では条件A2も満たされていた。サンプル1、4、5、8~11では条件A3も満たされていた。
【0108】
サンプル1~17ではすべて条件E1が満たされていた。サンプル1~3、8~17では条件E2も満たされていた。
【0109】
サンプル13は条件B1を満たしていなかった。サンプル14およびサンプル17は、条件C1を満たしていなかった。サンプル10、11は条件D1を満たしていなかった。
【0110】
<試験方法>
切削試験には、第1試験方法、第2試験方法及び第3試験方法が用いられた。第1試験方法はサンプル1~サンプル7の評価に用いられ、第2試験方法はサンプル8~サンプル11の評価に用いられ、第3試験方法はサンプル12~サンプル17の評価に用いられた。表3には、第1試験方法、第2試験方法及び第3試験方法の詳細が示されている。
【0111】
【0112】
<結果>
表4には、切削試験の結果が示されている。表4に示されるように、サンプル1、2、4~6、8~12、15、16は、相対的に長い工具寿命を示した。他方で、サンプル3、7、13、14、17では、切削加工の開始初期に刃先部20に欠けが生じた(以下「初期欠け」という)。
【0113】
【0114】
上記のとおり、サンプル1、2、4~6、8~12、15、16では条件A1、条件B1及び条件C1が満たされた一方で、サンプル3、7、13、14、17では条件A1、条件B1及び条件C1のいずれか1つが満たされていなかった。この比較から、条件A1、条件B1及び条件C1の3つが満たされることにより、切削インサート100の工具寿命が改善されることが明らかになった。
【0115】
また、サンプル8~サンプル11に着目すると、条件D1を満たしているサンプル8およびサンプル9の工具寿命は、条件D1を満たしていないサンプル10およびサンプル11の工具寿命より長くなっていた。この比較から、条件D1がさらに満たされることにより、切削インサート100の工具寿命がさらに改善されることが明らかになった。
【0116】
また、サンプル4およびサンプル5に着目すると、条件D2を満たしているサンプル4の工具寿命は、条件D1を満たすが条件D2を満たしていないサンプル5の工具寿命より長くなっていた。この比較から、条件D2がさらに満たされることにより、切削インサート100の工具寿命がさらに改善されることが明らかになった。
【0117】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の基本的な範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0118】
10 基材、10a 頂面、10b 底面、10c 側面、10d 取り付け部、11 貫通穴、20 刃先部、20a すくい面、20b 逃げ面、20c 切れ刃、20ca 位置、20cb 仮想点、20cc 交点、100 切削インサート、S1 粉末準備工程、S2 粉末混合工程、S3 焼結工程、S4 加工工程。