(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】マルチフィラメントおよびそれを構成するモノフィラメント
(51)【国際特許分類】
D01F 6/04 20060101AFI20221115BHJP
【FI】
D01F6/04 B
(21)【出願番号】P 2019530593
(86)(22)【出願日】2018-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2018027094
(87)【国際公開番号】W WO2019017432
(87)【国際公開日】2019-01-24
【審査請求日】2021-06-18
(31)【優先権主張番号】P 2017140913
(32)【優先日】2017-07-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】丸岡 佳史
(72)【発明者】
【氏名】奥山 幸成
【審査官】横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/146623(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/168543(WO,A1)
【文献】特開昭60-052613(JP,A)
【文献】特開昭60-178296(JP,A)
【文献】特表2016-507662(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00-6/96
9/00-9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
極限粘度[η]が5.0dL/g以上40.0dL/g以下であり、繰り返し単位が実質的にエチレンである
超高分子量ポリエチレンから成るモノフィラメントから構成されるマルチフィラメントであって、
前記モノフィラメントは、(a)繊維軸方向に垂直の断面の長辺と短辺の比が2以上の扁平形状であり、(b)15dtex以上であり、かつ、(c)JIS L 1095に準拠し、10cN/dtexの荷重にて測定される摩耗強さ試験における破断時の往復摩耗回数が10000回以上である、ことを特徴とするマルチフィラメント。
【請求項2】
当該マルチフィラメントは、JIS L 1095に準拠し、5cN/dtexの荷重にて測定される摩耗強さ試験における破断時の往復摩耗回数が10000回以上であることを特徴とする、請求項1に記載のマルチフィラメント。
【請求項3】
前記モノフィラメントは、引張強度が18cN/dtex以上であり、かつ、初期弾性率が600N/dtex以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載のマルチフィラメント。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のマルチフィラメントを構成するモノフィラメント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチフィラメントおよびそれを構成するモノフィラメントに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超高分子量ポリエチレンと呼ばれる分子量が極めて高いポリエチレンは、耐衝撃性などの特性が良好であることから、多くの用途に利用されている。中でも、超高分子量ポリエチレンを有機溶媒に溶かしたポリエチレン溶液を押出機から押出後急冷することによって繊維状のゲル体とし、このゲル体から有機溶媒を除去しながら連続的に延伸する製造方法(以下、ゲル紡糸法という)によって製造された超高分子量ポリエチレン繊維は、高強度・高弾性率繊維として広く知られている(例えば、特許文献1、特許文献2)。
【0003】
また、超高分子量ポリエチレンを揮発性の溶剤に均一溶解した紡糸液を用いて紡糸し、紡出したゲル糸中の溶剤を揮発させ、次にゲル糸を不活性ガスを用いて冷却し、最後に高倍率に延伸するといった乾式紡糸法によって高強度・高弾性率繊維を製造できることも知られている(例えば、特許文献3)。
【0004】
このように高強度かつ高弾性率なポリエチレン繊維(マルチフィラメント)は近年幅広い分野で使用されるようになってきている。しかし、強度、弾性率が向上したポリエチレン繊維を例えばロープや組紐などに使用した場合、より少ない打ち込み本数、或いは低い繊度での設計が可能となり、ロープや組紐などの径を小さくすることが可能となるが、それに伴い耐摩耗性が悪くなるという欠点があった。
【0005】
そこで、耐摩耗性を改善するため、モノフィラメントの繊度を高くすることで耐摩耗性を向上させることが知られている(例えば、特許文献4、特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特許第4565324号公報
【文献】日本国特許第4565325号公報
【文献】日本国特許第4141686号公報
【文献】日本国公開特許公報「特開2015-193960」
【文献】日本国公表特許公報「特表2016-507662」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまでよりも、過負荷条件においても擦れに強く、従さらなる耐摩耗性が求められている。また、モノフィラメントの繊度を高くすると、曲げ剛性が大幅に高くなり、柔軟性が大幅に低下する。超高分子量ポリエチレン繊維の主な用途として耐切創手袋や釣糸などが挙げられるが、ポリエチレンの特性である柔軟性が大幅に低下することで、例えば手袋に使用した際の作業性や釣糸に使用した際の操作性が著しく低下する。
【0008】
そこで、本発明は、上記課題に鑑みなされ、その目的は、耐摩耗性および柔軟性に優れたマルチフィラメント等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討した結果、遂に本発明を完成するに到った。すなわち本発明は、以下の通りである。
(1)極限粘度[η]が5.0dL/g以上40.0dL/g以下であり、繰り返し単位がエチレンであるポリエチレンから成るモノフィラメントから構成されるマルチフィラメントであって、前記モノフィラメントは、(a)繊維軸方向に垂直の断面の長辺と短辺の比が2以上の扁平形状であり、(b)15dtex以上であり、かつ、(c)JIS L
1095に準拠し、10cN/dtexの荷重にて測定される摩耗強さ試験における破断時の往復摩耗回数が10000回以上である、ことを特徴とするマルチフィラメント。(2)当該マルチフィラメントは、JIS L 1095に準拠し、5cN/dtexの荷重にて測定される摩耗強さ試験における破断時の往復摩耗回数が10000回以上であることを特徴とする(1)に記載のマルチフィラメント。
(3)前記モノフィラメントは、引張強度が18cN/dtex以上であり、かつ、初期弾性率が600N/dtex以上であることを特徴とする(1)または(2)に記載のマルチフィラメント。
(4)(1)から(3)のいずれか1つに記載のマルチフィラメントを構成するモノフィラメント。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、耐摩耗性および柔軟性に優れたマルチフィラメントを提供することができる。本発明に係るマルチフィラメントは、過負荷条件においても擦れに強く耐摩耗性に優れている。これにより、製品寿命が著しく向上する。そして、使用時の擦れに伴い発生する毛羽の量が大幅に減少するのみならず、製品への加工時に発生する毛羽の量も減少するため、作業環境も向上する。また、本発明に係るマルチフィラメントは、柔軟性に優れているため、本発明に係るマルチフィラメントを用いた各製品の加工性や操作性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳述する。
【0012】
〔ポリエチレン〕
本発明に係るマルチフィラメントを構成するモノフィラメントは、繰り返し単位が実質的にエチレンであるポリエチレンから成り、エチレンの単独重合体からなる超高分子量ポリエチレンであることが好ましい。また、本発明で用いられるポリエチレンは、本発明の効果が得られる範囲で、エチレンの単独重合体ばかりでなく、エチレンと少量の他のモノマーとの共重合体を使用することができる。他のモノマーとしては、例えば、α-オレフィン、アクリル酸及びその誘導体、メタクリル酸及びその誘導体、ビニルシラン及びその誘導体等が挙げられる。本発明で用いられる高分子量ポリエチレンとしては、エチレンの単独重合体からなる超高分子量ポリエチレン、共重合体同士(エチレンと他のモノマー(例えば、α―オレフィン)との共重合体)、あるいはホモポリエチレンとエチレン系共重合体とのブレンド物、更にはホモポリエチレンと他のα-オレフィン等のホモポリマーとのブレンド物であってもよく、部分的な架橋、又は部分的なメチル分岐、エチル分岐、ブチル分岐等を有していてもよい。特にプロピレン、1-ブテンなどのα-オレフィンとの共重合体であって、短鎖あるいは長鎖の分岐が炭素原子1000個あたり20個未満の割合で含まれた超高分子量ポリエチレンであってもよい。ある程度の分岐を含有させることは本発明に係るマルチフィラメントを製造する上で、特に紡糸・延伸において安定性を与えることができるが、炭素原子1000個あたり20個以上含むようになると、逆に分岐部分が多すぎることが紡糸・延伸時の阻害要因となるため好ましくない。しかし、エチレン以外の他のモノマーの含有量が多すぎると、却って延伸の阻害要因となる。そのため、エチレン以外の他のモノマーは、モノマー単位で5.0mol%以下であることが好ましく、より好ましくは1.0mol%以下、更に好ましくは0.2mol%以下であり、最も好ましいのは0.0mol%、すなわちエチレンのホモポリマーである。なお、本明細書では「ポリエチレン」は、特段の記載がない限り、エチレンのホモポリマーのみならず、エチレンと少量の他のモノマーとの共重合体等も含めるものとする。また、本発明に係るマルチフィラメントの製造には、ポリエチレンに必要に応じて後述する各種添加剤を配合したポリエチレン組成物を用いることもでき、本明細書の「ポリエチレン」にはこのようなポリエチレン組成物も含めるものとする。
【0013】
また、後述する極限粘度の測定において、その極限粘度が後述の所定の範囲に入るのであれば、数平均分子量や重量平均分子量の異なるポリエチレンをブレンドしてもよいし、分子量分布(Mw/Mn)の異なるポリエチレンをブレンドしてもよい。また、分岐ポリマーと分岐のないポリマーとのブレンド物であってもよい。
【0014】
〔重量平均分子量〕
上述のとおり、本発明で用いられるポリエチレンは超高分子量ポリエチレンであることが好ましく、超高分子量ポリエチレンの重量平均分子量は、490,000~6,200,000であることが好ましく、より好ましくは550,000~5,000,000、更に好ましくは800,000~4,000,000である。重量平均分子量が490,000未満であると、後述する延伸工程を行ってもマルチフィラメントが、高強度、高弾性率にならないおそれがある。これは、重量平均分子量が小さいために、マルチフィラメントの断面積あたりの分子末端数が多くなり、これが構造欠陥として作用したことによると推定される。また、重量平均分子量が6,200,000を超えると、延伸工程時の張力が非常に大きくなることにより破断が発生し、生産することが非常に困難となる。
【0015】
重量平均分子量は、一般的にGPC測定法で求められるが、本発明で用いられるポリエチレンのように重量平均分子量が高い場合は、測定時にカラムの目詰まりが発生するなどの理由によりGPC測定法では容易に求めることができない恐れがある。そこで本発明で用いられるポリエチレンについては、GPC測定法に代わって、「POLYMER HANDBOOK,Fourth Edition,J.Brandrup and E.H.Immergut,E.A.Grulke Ed.,A JOHN WILEY & SONS,Inc Publication 1999」に記載されている以下の式を用いることによって、後述する極限粘度の値から重量平均分子量を算出している。
重量平均分子量=5.365×104×(極限粘度)1.37
【0016】
〔極限粘度〕
本発明で用いられるポリエチレンの極限粘度は、5.0dL/g以上、好ましくは8.0dL/g以上であり、40.0dL/g以下、好ましくは30.0dL/g以下、より好ましくは25.0dL/g以下である。極限粘度が5.0dL/g未満であると、高強度なマルチフィラメントが得られないことがある。一方、極限粘度の上限については、高強度なマルチフィラメントが得られる限り特に問題にならないが、ポリエチレンの極限粘度が高過ぎると、加工性が低下してマルチフィラメントを作製するのが困難になるため上述の範囲であることが好ましい。
【0017】
〔モノフィラメントの繊度〕
本発明に係るマルチフィラメントを構成するモノフィラメントの繊度は、15dtex以上、80dtex以下であることが好ましく、より好ましくは16dtex以上、50dtex以下、さらに好ましくは17dtex以上、30dtex以下である。単糸繊度が15dtex未満であると耐摩耗性が低下する。また、単糸繊度が80dtexを超えるとマルチフィラメントの強度が低下してしまうため好ましくない。
【0018】
〔マルチフィラメントの総繊度〕
本発明に係るマルチフィラメントは、総繊度が18dtex以上、5000dtex以下であることが好ましく、より好ましくは40dtex以上、3000dtex以下、さらに好ましくは60dtex以上、1000dtex以下である。総繊度が18dtex未満であると耐摩耗性が著しく低下し、例えば、耐切創手袋や釣糸にした場合に、必要な性能を満たさなくなる。また、総繊度が5000dtexを超えると柔軟性が低下してしまうため好ましくない。
【0019】
〔モノフィラメントの断面形状〕
本発明に係るマルチフィラメントを構成するモノフィラメントの断面形状は、アスペクト比が2.0以上の扁平形状である。アスペクト比が2.0以上であると、モノフィラメントおよびそれにより構成されるマルチフィラメント(後段の実施例参考)の摩耗性は向上する。なお、モノフィラメントのアスペクト比の上限は特に限定されず、後段で説明する本発明に係るマルチフィラメントの磨耗性が保たれるアスペクト比であればよい。
【0020】
また、アスペクト比が2.0よりも小さいとモノフィラメントの曲げ剛性が大幅に低下するため、その結果マルチフィラメントの柔軟性が低下する(悪くなる)と考えられる。柔軟性が低下すると、マルチフィラメントにより製造した手袋の作業性や釣糸の加工性や操作性が著しく低下する。しかし、本発明に係るマルチフィラメントを構成するモノフィラメンの断面形状は、アスペクト比が2.0以上の扁平形状であるため、柔軟性に優れたマルチフィラメントにすることができると考えられる。
【0021】
〔モノフィラメントの摩耗性〕
本発明に係るマルチフィラメントを構成するモノフィラメントは、JIS L 1095に基づく摩耗試験において、荷重を10cN/dtexとしたときの破断までの往復摩耗回数が10000回以上であり、好ましくは15000回以上、より好ましくは30000回以上である。なお、上限は特に限定されない。
【0022】
〔マルチフィラメントの摩耗性〕
本発明に係るマルチフィラメントは、JIS L 1095に基づく摩耗試験において、荷重を5cN/dtexとしたときの破断までの往復摩耗回数が10000回以上であり、好ましくは15000回以上、より好ましくは30000回以上である。なお、上限は特に限定されない。
【0023】
〔引張強度〕
本発明に係るマルチフィラメントは、引張強度が15cN/dtex以上が好ましく、20cN/dtex以上がより好ましく、25cN/dtex以上が更に好ましい。本発明に係るマルチフィラメントは、モノフィラメントの繊度を大きくしても上記の引張強度を有し、従来のマルチフィラメントでは展開できなかった耐摩耗性及び寸法安定性が求められる用途にまで展開することができる。引張強度は高い方が好ましく上限は特に限定されないが、例えば、引張強度が85cN/dtexを超えるマルチフィラメントは、技術的、工業的に生産が困難である。なお、引張強度の測定方法については後述する。
【0024】
〔破断伸度〕
本発明に係るマルチフィラメントは、破断伸度が1.5%以上が好ましく、2.0%以上がより好ましく2.5%以上がさらに好ましく、8%以下が好ましく、6%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましい。破断伸度が1.5%未満になると、製品使用時もしくは製品への加工時にわずかな歪みで単糸切れや毛羽の発生が生じやすくなるため好ましくない。一方、破断伸度が8%を超えると、寸法安定性が損なわれ好ましくない。なお、破断伸度の測定方法については後述する。
【0025】
〔初期弾性率〕
本発明に係るマルチフィラメントは、初期弾性率が500cN/dtex以上2400cN/dtex以下であることが好ましい。マルチフィラメントが、かかる初期弾性率を有していれば、製品使用時や製品への加工工程で受ける外力に対して物性や形状変化が生じ難くなる。初期弾性率は700cN/dtex以上がより好ましく、更に好ましくは900cN/dtex以上であり、2000cN/dtex以下がより好ましく、更に好ましくは1800cN/dtex以下である。初期弾性率が2400cN/dtexを超えると、高弾性率により糸のしなやかさが損なわれるため好ましくない。なお、初期弾性率の測定方法については後述する。
【0026】
〔製造方法〕
本発明に係るマルチフィラメントを得る製造方法については、ゲル紡糸法を用いるのが好ましい。ゲル紡糸法を用いて本発明に係るマルチフィラメントを製造する方法について、具体的に以下に説明する。なお、本発明に係るマルチフィラメントを製造する方法は、以下の工程や数値に限定されない。
【0027】
<溶解工程>
溶剤に高分子量のポリエチレンを溶解してポリエチレン溶液を作製する。溶剤は、デカリン・テトラリン等の揮発性の有機溶剤や常温固体または非揮発性の溶剤であることが好ましい。上記ポリエチレン溶液におけるポリエチレンの濃度は30質量%以下であることが好ましく、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは15質量%以下である。原料のポリエチレンの極限粘度[η]に応じて最適な濃度を選択する必要性がある。
【0028】
溶液中のポリエチレン濃度は、溶媒の性質及びポリエチレンの分子量、分子量分布に依存して変えてもよい。特に非常に高い分子量、例えば測定温度135℃、溶媒としてデカリンを使用する場合、極限粘度[η]が14dL/g以上のポリエチレンを用いると、50wt%以上の濃度のポリエチレン溶液は高粘度となるため、紡糸時に脆性破断を生じやすくなり紡糸が非常に困難になる。方、例えば0.5wt%未満の濃度のポリエチレン溶液を用いた場合の欠点は、収率が低下し溶媒の分離及び回収の費用が増大することである。
【0029】
上記ポリエチレン溶液は、種々の方法、例えば、固体ポリエチレンを溶媒中に懸濁させ、ついで高温にて撹拌するか、または該懸濁液を混合及び搬送部を備えた2軸スクリュー押出し機を用いることにより製造できる。
【0030】
<紡糸工程>
高温撹拌や2軸スクリュー押出機によって作製されたポリエチレン溶液は、押出機などを用いてポリエチレンの融点よりも好ましくは10℃以上高い温度で、より好ましくはポリエチレンの融点よりも20℃以上高い温度で、さらに好ましくはポリエチレンの融点よりも30℃以上高い温度で押出しを行い、その後、定量供給装置を用いて紡糸口金(紡糸ノズル)に供給される。紡糸口金のオリフィス内を通過する時間は1秒以上、8分以下であることが好ましい。1秒未満の場合、オリフィス内でのポリエチレン溶液の流れが乱れるため、ポリエチレン溶液を安定して吐出できず好ましくない。また、ポリエチレン溶液の流れの乱れの影響をうけ、単糸全体の構造が不均一となるため好ましくない。他方、8分を超えるとポリエチレン分子がほとんど配向することなく吐出され、単糸あたりの紡糸張力範囲が上記の範囲外となりやすく好ましくない。また、得られる単糸の結晶構造が不均一となってしまうため、結果として耐摩耗性を発現することができず好ましくない。
【0031】
ポリエチレン溶液を複数のオリフィスが配列してなる紡糸口金を通すことで糸条が形成される。ポリエチレン溶液を紡糸して糸条を製造する際、紡糸口金の温度は、ポリエチレンの溶解温度以上である必要があり、140℃以上であることが好ましく、より好ましくは150℃以上である。ポリエチレンの溶解温度は、選択した溶媒、ポリエチレン溶液の濃度、及びポリエチレンの質量濃度に依存しており、もちろん、紡糸口金の温度はポリエチレンの熱分解温度未満とする。
【0032】
ポリエチレン溶液を好ましくは直径0.2~3.5mm(より好ましくは直径1.0~2.5mm)を有する紡糸口金より、好ましくは10.0g/分/孔以上の吐出量で吐出する。吐出量が10.0g/分/孔以下だと、延伸によるモノフィラメント断面の変形影響が小さくなるため、モノフィラメントの扁平率が低くなり、繊維の柔軟性が損なわれる。さらに好ましくは12.0g/分/孔以上である。その際、紡糸口金温度をポリエチレンの融点より10℃以上高く、かつ用いた溶媒の沸点未満の温度にすることが好ましい。ポリエチレンの融点近傍の温度領域では、ポリマーの粘度が高すぎ、素速い速度で引き取ることが出来ない。また、用いる溶媒の沸点以上の温度では、紡糸口金を出た直後に溶媒が沸騰するため、紡糸口金直下で糸切れが頻繁に発生するので好ましくない。
【0033】
吐出されたポリエチレン溶液は、予め整流された気体または液体を用いて冷却され糸条となる。冷却された糸条は800m/分以下の速度で引き取ることが好ましく、200m/分以下であることがより好ましい。また冷却に用いる気体として空気、もしくは窒素やアルゴン等の不活性ガスを用いる。また、本発明に用いる液体として水等を用いる。このとき冷却に用いる気体もしくは液体の温度は5℃以上60℃以下であることが好ましく、より好ましくは10℃以上30℃以下である。冷却に用いる気体もしくは液体の温度がこの範囲を外れると、フィラメントの引張強度が大幅に低下してしまい、結果として耐摩耗性は低下してしまうため好ましくない。
【0034】
<延伸工程>
冷却された糸条は、オリフィスの吐出速度に対して、少なくとも1段階以上の延伸工程を通過し、20倍以上に400倍以下に延伸されることが好ましい。また、ポリエチレンの融点以下の温度で延伸を行うことが好ましい。複数回延伸する場合、後段に進むほど、延伸時の温度を高くするのが好ましく、延伸の最後段の延伸温度は、80℃以上、160℃以下が好ましく、より好ましくは90℃以上、158℃以下である。延伸時に糸が上記延伸温度の範囲内となるよう、加熱装置の条件を設定すればよい。このとき糸の温度は例えば赤外線カメラ(FLIR Systems社製FLIR SC640)を用いて測定することができる。
【0035】
該未延伸糸の延伸時間、すなわちマルチフィラメントの変形に要する時間は0.5分間以上20分間以下であることが好ましく、より好ましくは15分間以下、さらに好ましくは10分間以下である。マルチフィラメントの変形時間が20分間を超えると、延伸時間以外の製造条件を好適な範囲内としても分子鎖が延伸中に緩和してしまうため、モノフィラメントの強度が低下し好ましくない。
【0036】
〔その他〕
他の機能を付与するために、本発明に係るマルチフィラメントを製造する際に、酸化防止剤、還元防止剤等の添加剤、pH調整剤、表面張力低下剤、増粘剤、保湿剤、濃染化剤、防腐剤、防黴剤、帯電防止剤、顔料、鉱物繊維、他の有機繊維、金属繊維、金属イオン封鎖剤等を添加してもよい。
【0037】
本発明のマルチフィラメントは、手袋や釣糸、繊維強化樹脂補強材、セメント補強材、繊維強化ゴム補強材、医療用縫合糸、人工腱などに好適に用いられる。また本ポリエチレン繊維を製編、製織などの加工を行い、テープ、ロープ、ネット、資材防護カバー、シート、カイト用糸、洋弓弦、セールクロス、幕材、防護材、防弾材、人工筋肉、工作機械部品、電池セパレーター、化学フィルターとして好適に用いられる。さらに、本発明のマルチフィラメントをモノフィラメントに分繊して用いることもできる。もちろん、本発明のマルチフィラメント及び本発明のモノフィラメントは、上記した材料として用いられるのに限定されず、様々な材料として用いることができる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例を例示し、本発明を具体的に説明する。しかし、本発明は下記実施例によって限定されるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0039】
まず、後述の実施例および比較例で作製したマルチフィラメント(サンプル)に対して行った特性値の測定及び評価について説明する。
【0040】
(1)極限粘度
135℃のデカリンにてウベローデ型毛細粘度管により、種々の希薄溶液の比粘度を測定し、その比粘度を濃度で除した値の濃度に対するプロットの最小2乗近似で得られる直線の原点への外挿点より極限粘度を決定した。測定に際し、サンプルをポリマーに対して1wt%の酸化防止剤(商標名「ヨシノックスBHT」吉富製薬製)を添加し、135℃で24時間攪拌溶解して測定溶液を調整した。
【0041】
(2)繊度
サンプルを位置の異なる5箇所で各々10mになるようにカットし、その質量を測定しその平均値を10000mに換算して繊度(dtex)とした。
【0042】
(3)モノフィラメントの繊度
サンプルを位置の異なる5箇所で各々20cmのモノフィラメントになるようにカットし、その質量を測定しその平均値を10000mに換算して繊度(dtex)とした。
【0043】
(4)引張強度、破断伸度、及び初期弾性率
JIS L 1013 8.5.1に準拠し、万能試験機(株式会社オリエンテック製、「テンシロン万能材料試験機 RTF-1310」)を用い、サンプル長200mm(チャック間長さ)、伸長速度100mm/分の条件で歪-応力曲線を雰囲気温度20℃、相対湿度65%条件下で測定した。破断点での応力と伸びから引張強度と破断伸度を、曲線の原点付近の最大勾配を与える接線から初期弾性率を計算して求めた。この時、測定時にサンプルに印加する初荷重をサンプル10000m当りの質量(g)の1/10とした。なお、引張強度、破断伸度、及び初期弾性率は10回の測定値の平均値を使用した。
【0044】
(5)モノフィラメントの断面アスペクト比
モノフィラメントのアスペクト比は、アクリル樹脂に包埋し、ミクロトームを用いて断面を作製した。工業用顕微鏡(Nikon製 ECLIPSE LV150NA)を対物レンズ20倍の条件で使用し、顕微鏡用デジタルカメラ(Nikon製 DXM1200)を用いて画像取得を行った。次に画像解析ソフト「ImageJ」用いて、繊維断面の長軸と短軸の長さを測定し、その平均値を求めることで、アスペクト比を算出した。
【0045】
(6)摩耗試験
耐摩耗性は、一般紡績糸試験方法(JIS L 1095)のうち摩耗強さを測定するB法に準拠した摩耗試験により評価した。測定は浅野機械製作株式会社製糸抱合力試験機を用いた。φ2.0mmの硬質鋼を摩擦子として用い、荷重5cN/dtex、または10cN/dtex、雰囲気温度20℃、摩擦速度115回/分、往復距離2.5cm、摩擦角度110度で試験し、サンプルが破断するまでの摩擦回数を測定した。試験回数は5回とし、最多回数と最小回数のデータを除外し、残りの3回分の測定値の平均値で表した。
【0046】
(実施例1)
極限粘度18.0dL/gである超高分子量ポリエチレンとデカリンとの分散液をポリエチレン濃度9.0質量%となるように調製した。このブレンドポリマーを押出機に供給し、190℃で加熱してゲル化させ、オリフィス径φ1.5mm、4Hからなる紡糸口金からノズル面温度170℃で単孔吐出量15.5g/minで吐出させた。
【0047】
吐出された糸条を引き取りつつ、15℃の水冷バスで冷却し、その後、速度23m/分の速度で引き取り、4本のモノフィラメントからなる未延伸マルチフィラメントを得た。次に、上記未延伸マルチフィラメントを120℃の熱風で加熱乾燥しながら2.4倍に延伸した。続いて、140℃の熱風で4.5倍に延伸し、延伸した状態で直ちに中間延伸マルチフィラメントを巻き取った。さらに得られた中間延伸マルチフィラメントを150℃の熱風で2.9倍に延伸し、合計31倍とした。得られたマルチフィラメントの物性及び評価結果を表1に示す。
【0048】
(実施例2)
実施例1において、糸条の冷却温度を10℃にし、2段目の延伸の延伸倍率を2.7倍、3段目の延伸倍率を4.5倍とした以外は実施例1と同様にしてマルチフィラメントを得た。得られたマルチフィラメントの物性及び評価結果を表1に示す。
【0049】
(実施例3)
実施例1において、ゲル化させるための加熱温度を180℃、単孔吐出量を20.0g/minとし、3段目の延伸倍率を4.0倍とした以外は実施例1と同様にしてマルチフィラメントを得た。得られたマルチフィラメントの物性及び評価結果を表1に示す。
【0050】
(比較例1)
実施例2において、ゲル化させるための加熱温度を220℃とした以外は実施例2と同様にしてマルチフィラメントを得た。
【0051】
(比較例2)
実施例2において、ゲル化させるための加熱温度を220℃とし、1段目の延伸の延伸倍率を1.5倍、2段目の延伸の延伸倍率を2.2倍、3段目の延伸倍率を1.7倍とした以外は比較例2と同様にしてマルチフィラメントを得た。
【0052】
(比較例3)
極限粘度18.0dL/gである超高分子量ポリエチレンとデカリンとの分散液をポリエチレン濃度9.0質量%となるように調製した。このブレンドポリマーを押出機に供給し、190℃で加熱してゲル化させ、オリフィス径φ0.8mm、30Hからなる紡糸口金からノズル面温度180℃で単孔吐出量2.5g/minで吐出させた。
【0053】
吐出された糸条を引き取りつつ、20℃の水冷バスで冷却し、その後、速度37m/分の速度で引き取り、30本のモノフィラメントからなる未延伸マルチフィラメントを得た。次に、上記未延伸マルチフィラメントを120℃の熱風で加熱乾燥しながら2.0倍に延伸した。続いて、140℃の熱風で5.0倍に延伸、合計10倍とした。
【0054】
【0055】
表1からわかるように、実施例1,2は比較例1に対し、モノフィラメントの断面のアスペクト比が2.0以上と高くなっている。実施例1,2、比較例1では、素材は同じであることから、モノフィラメントの断面係数は実施例1、実施例2それぞれ比較例1に対して0.78倍、0.71倍と低くなりマルチフィラメントの柔軟性が向上していると考えられる。また実施例1、実施例2の耐摩耗性は、驚くべきことに比較例1に対して2倍以上という高耐摩耗性のマルチフィラメントである。
【0056】
【0057】
表2からわかるように、実施例1、実施例2は、比較例1と同じモノフィラメントの繊度にもかかわらず、耐摩耗性が大幅に向上している。また実施例3のように単糸繊度が高い場合でもその高い耐摩耗性は維持されている。一方で強度が低い比較例2、モノフィラメントの繊度が低い比較例3は磨耗性が低い値を示している。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明に係るマルチフィラメントは、例えば、防護用織編物や、テープ、ロープ、ネット、釣糸、資材防護カバー、シート、カイト用糸、洋弓弦、セールクロス、幕材、防護材、防弾材、医療用縫合糸、人工腱、人工筋肉、繊維強化樹脂補強材、セメント補強材、繊維強化ゴム補強材、工作機械部品、電池セパレーター、化学フィルター等の産業用資材に利用可能である。