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特許7176637マルテンサイト系ステンレス鋼管及びマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼管及びマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221115BHJP
   C21D 8/10 20060101ALI20221115BHJP
   C21D 7/06 20060101ALI20221115BHJP
   C21D 9/08 20060101ALI20221115BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20221115BHJP
   C21C 7/00 20060101ALI20221115BHJP
   C23G 1/08 20060101ALI20221115BHJP
   C23G 3/04 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C21D8/10 D
C21D7/06 B
C21D9/08 E
C22C38/52
C21C7/00 B
C23G1/08
C23G3/04
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021534009
(86)(22)【出願日】2020-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2020027941
(87)【国際公開番号】W WO2021015141
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2021-09-16
(31)【優先権主張番号】P 2019136192
(32)【優先日】2019-07-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
(72)【発明者】
【氏名】相良 雅之
(72)【発明者】
【氏名】天谷 尚
(72)【発明者】
【氏名】野口 美紀子
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/065116(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/181404(WO,A1)
【文献】特開2016-164288(JP,A)
【文献】特開2002-226947(JP,A)
【文献】特開2002-220639(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 8/10
C21D 7/06
C21D 9/08
C22C 38/52
C21C 7/00
C23G 1/08
C23G 3/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
化学組成が、質量%で、
C :0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~1.00%、
P :0.030%以下、
S :0.0020%以下、
Cu:0.50%未満、
Cr:11.50~14.00%未満、
Ni:5.00%超~7.00%、
Mo:1.00%超~3.00%、
Ti:0.02~0.50%、
Al:0.001~0.100%、
Ca:0.0001~0.0040%、
N :0.0001~0.0200%未満、
V :0~0.500%、
Nb:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
残部:Fe及び不純物であり、
1.0μmを超える円相当径を有し、Alを20質量%以上、Oを20質量%以上含有する介在物の数密度が50.0個/mm以下であり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管表面に対するX線光電子分光分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oが0.30以上である、マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項2】
請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
前記原子濃度比Cr-O/Fe-Oが1.50以下である、マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
前記化学組成が、質量%で、
V :0.001~0.500%、
Nb:0.001~0.500%、及び
Co:0.001~0.500%、
からなる群から選択される1種又は2種以上の元素を含有する、マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管は、ラインパイプ用である、マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管であって、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼管は、継目無である、マルテンサイト系ステンレス鋼管。
【請求項6】
請求項5に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
溶鋼を準備する工程と、
前記溶鋼を二次精錬する工程と、
前記二次精錬された溶鋼を鋳造して、又は前記二次精錬された溶鋼を鋳造した後さらに熱間加工して、化学組成が、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P:0.030%以下、S:0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N:0.0001~0.0200%未満、V:0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物であるビレットを製造する工程と、
前記ビレットを、1100℃以上に加熱した炉内で20分間~10時間加熱した後、穿孔する工程と、
前記穿孔されたビレットを圧延して素管を製造する工程と、
前記素管を焼入れする工程と、
前記焼入れされた素管を焼戻しする工程と、
前記焼戻しされた素管をブラスト処理する工程と、
前記ブラスト処理された素管を硫酸で酸洗する工程と、
前記硫酸で酸洗された素管をフッ硝酸で酸洗する工程とを備え、
前記二次精錬は、下記のA)及びB)のいずれかの工程を含む、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
A)10Torr以下に減圧した真空容器内で前記溶鋼に酸素を供給するVODを10分間以上行う。
B)10Torr以下に減圧した真空槽と取鍋との間で前記溶鋼を環流させるRH真空脱ガスを5分間以上行う。
【請求項7】
請求項6に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記硫酸で酸洗する工程は、硫酸の濃度が10~30質量%、温度が40~80℃の硫酸水溶液に前記素管を10分間以上浸漬する工程を含み、
前記フッ硝酸で酸洗する工程は、フッ酸と硝酸の混合比(フッ酸:硝酸)が質量比で1:1~1:5、全体の濃度が5~30質量%のフッ硝酸水溶液に前記素管を1分間以上浸漬する工程を含む、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記硫酸で酸洗する工程と前記フッ硝酸で酸洗する工程との間に前記素管を水洗する工程と、
前記フッ硝酸で酸洗された素管を再度水洗する工程と、
前記再度水洗された素管を高圧水洗浄する工程と、
前記高圧水洗浄された素管を湯浸漬する工程と、
前記湯浸漬された素管に気体吹き付けをする工程とをさらに備える、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項9】
請求項6~8のいずれか一項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記焼入れする工程は、下記のC)~E)のいずれかの工程を含む、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
C)前記圧延直後の素管を、Ar点以上の温度から冷却する。
D)前記圧延直後の素管を、800~1100℃の補熱炉に1~60分間保持した後に冷却する。
E)前記圧延直後の素管を一旦冷却した後、800~1100℃の再加熱炉に1~360分間保持した後に再び冷却する。
【請求項10】
請求項6~9のいずれか一項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記焼戻しする工程は、500~700℃の焼戻し炉に10~180分間保持する工程を含む、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼管及びマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井から産出される石油や天然ガスは、随伴ガスとしてCOや硫化水素等の腐食性ガスを含んでいる。Crを13質量%程度含むマルテンサイト系ステンレス鋼管(以下「13%Cr鋼管」という。)は、耐食性と経済性とのバランスに優れており、油井用鋼管やラインパイプ用鋼管等として広く用いられている(例えば、特開2015-161010号公報、特開2006-144069号公報、特開2010-242162号公報等を参照。)。
【0003】
13%Cr鋼管は、溶接して使用された場合、溶接熱影響部(HAZ)において応力腐食割れ(SCC)感受性が高まることが知られている。これは、溶接熱サイクルによって粒界にCr炭化物が析出し、Cr欠乏層が形成されるためと考えられている(例えば、国際公開第2005/023478号を参照。)。このCr欠乏層は、溶接後熱処理(PWHT)を行うことで回復できることが知られている(例えば、特開平11-343519号公報を参照。)。
【発明の開示】
【0004】
しかしながら、本発明者らの調査の結果、PWHTを行っても、80~200℃程度の高温でかつ塩化物イオンとCOを含む環境(以下では、「高温CO環境」ともいう。)での十分な耐SCC性が得られない場合があることが分かった。
【0005】
本発明の目的は、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるマルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法を提供することである。
【0006】
本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、化学組成が、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P:0.030%以下、S:0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N:0.0001~0.0200%未満、V:0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物であり、1.0μmを超える円相当径を有し、Alを20質量%以上、Oを20質量%以上含有する介在物の数密度が50.0個/mm以下であり、前記マルテンサイト系ステンレス鋼管表面に対するX線光電子分光分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oが0.30以上である。
【0007】
本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、上記のマルテンサイト系ステンレス鋼管を製造する方法であって、溶鋼を準備する工程と、前記溶鋼を二次精錬する工程と、前記二次精錬された溶鋼を鋳造して、又は前記二次精錬された溶鋼を鋳造した後さらに熱間加工して、化学組成が、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.05~1.00%、P:0.030%以下、S:0.0020%以下、Cu:0.50%未満、Cr:11.50~14.00%未満、Ni:5.00%超~7.00%、Mo:1.00%超~3.00%、Ti:0.02~0.50%、Al:0.001~0.100%、Ca:0.0001~0.0040%、N:0.0001~0.0200%未満、V:0~0.500%、Nb:0~0.500%、Co:0~0.500%、残部:Fe及び不純物であるビレットを製造する工程と、前記ビレットを、1100℃以上に加熱した炉内で20分間~10時間加熱した後、穿孔する工程と、前記穿孔されたビレットを圧延して素管を製造する工程と、前記素管を焼入れする工程と、前記焼入れされた素管を焼戻しする工程と、前記焼戻しされた素管をブラスト処理する工程と、前記ブラスト処理された素管を硫酸で酸洗する工程と、前記硫酸で酸洗された素管をフッ硝酸で酸洗する工程とを備え、前記二次精錬は、下記のA)及びB)のいずれかの工程を含む。
A)10Torr以下に減圧した真空容器内で前記溶鋼に酸素を供給するVODを10分間以上行う。
B)10Torr以下に減圧した真空槽と取鍋との間で前記溶鋼を環流させるRH真空脱ガスを5分間以上行う。
【0008】
本発明によれば、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるマルテンサイト系ステンレス鋼管が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、市販のSUS304ステンレス鋼板表面から得たCr 2p3/2の光電子スペクトルから、バックグラウンドを除去した後、金属成分と酸化物成分に分離した結果を示す図である。
図2図2は、市販のSUS304ステンレス鋼板表面から得たFe 2p3/2の光電子スペクトルから、バックグラウンドを除去した後、金属成分と酸化物成分に分離した結果を示す図である。
図3図3は、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法を示すフロー図である。
図4図4は、図3の製鋼工程のより具体的なフロー図である。
図5図5は、図3の熱処理工程のより具体的なフロー図である。
図6図6は、図3の表面処理工程のより具体的なフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、13%Cr鋼管が溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制する方法を検討し、以下の知見を得た。
【0011】
(1)13%Cr鋼管は通常、焼入れ焼戻し等の熱処理を経て製造されるが、熱処理で形成された酸化スケールにCrが取り込まれ、表面近傍のCr濃度が低下する場合がある(以下、この現象を「脱Cr」という。)。脱Crの程度(深さ)は、例えばマルテンサイト系ステンレス鋼管の表面をスパッタリングしながら、X線光電子分光(XPS)分析によってCr濃度を深さ方向に測定することで評価できる。脱Crが軽微な場合(脱Crが浅い場合)、表面から例えば100nm程度の位置で母材と同程度のCr濃度になるのに対し、脱Crが顕著な場合(脱Crが深い場合)、例えば表面から2000nmの位置においても母材と比較してCr濃度が低い状態になる。
【0012】
従来、熱処理時に形成された酸化スケールによる脱Crは、13%Cr鋼管が溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加とは関連しないと考えられていた。例えば、前掲国際公開第2005/023478号の第5頁第17-18行には、「ミルスケール生成に伴うミルスケールCr欠乏層は、溶接熱影響部に起こるSCCには直接の関連はないことが推測される」と記載されている。しかしながら、本発明者らの調査の結果、脱Crが生じているマルテンサイト系ステンレス鋼管は、溶接時にCr欠乏層がより生成されやすく、PWHTを行っても高温CO環境での十分な耐SCC性が得られない場合があることが分かった。
【0013】
(2)脱Crの深さは、最表面の酸化物成分のCr-OとFe-Oとの比と相関がある。具体的には、脱Crが深いほど、最表面のCr-OのFe-Oに対する比が小さくなる。そのため、最表面のCr-OとFe-Oとの比を測定することによって、脱Crの深さを迅速かつ定量的に評価することができる。PWHTの効果を発揮するためには、溶接前のマルテンサイト系ステンレス鋼管表面に対するXPS分析によって得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oを0.30以上にする必要がある。
【0014】
(3)脱Crを浅くする方法として、熱処理後のマルテンサイト系ステンレス鋼管の酸化スケールを除去した後、表面を酸処理してCrを濃化させることが有効である。例えば、熱処理後のマルテンサイト系ステンレス鋼管を硫酸で酸洗して酸化スケールを除去した後、フッ硝酸で酸洗して表面のCrを濃化させることで、表面のCr-O/Fe-Oを0.30以上にすることができる。
【0015】
(4)PWHTの効果を発揮させるためには、さらに、マルテンサイト系ステンレス鋼管に適量のMo及びTiを含有させる必要がある。HAZのSCC感受性の増加は、上述のとおり、粒界にCr炭化物が析出することでCr欠乏層が生じることに起因する。マルテンサイト系ステンレス鋼管に適量のMo及びTiを含有させることで、Cr炭化物の一部がMoやTiの炭化物に置き換えられ、Cr欠乏層の生成を低減することができる。このPWHTの効果による耐SCC性の確保には上述の「表面のCr-O/Fe-Oを0.30以上」にすることが必須条件になっている。
【0016】
(5)溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制するためには、上記に加えて、アルミナ系介在物を少なくする必要がある。具体的には、1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度を50.0個/mm以下にする必要がある。製鋼工程において、二次精錬として、下記のA)及びB)のいずれかの工程を行えば、1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度を50.0個/mm以下にすることができる。
A)10Torr以下に減圧した真空容器内で溶鋼に酸素を供給するVODを10分間以上行う。
B)10Torr以下に減圧した真空槽と取鍋との間で溶鋼を環流させるRH真空脱ガスを5分間以上行う。
【0017】
なお、上記(3)に関連して、フェライト系ステンレス鋼に関する文献では、製造工程の途中で酸洗を行ってスケールを除去することが記載されているものがある(例えば特開2014-141735号公報、及び国際公開第2018/147149号を参照。)。これは、フェライト系ステンレス鋼は厨房器具、建築物の外装等に用いられることが多く、製品仕様として仕上肌が重視されるためと考えられる。これに対し、マルテンサイト系ステンレス鋼、特にラインパイプ用鋼管や油井用鋼管として用いられるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、仕上肌は必須の要求項目ではない。また、マルテンサイト系ステンレス鋼の他の用途として刃物があるが、これらは最終的に研磨して用いられるため、やはり酸洗は必須ではない。
【0018】
特開平11-172475号公報には、ステンレス鋼の被処理部材を酸洗処理することが記載されている。同文献は主に線材を対象としており、美観の向上、断線の防止、伸線ダイスの寿命低下抑制等を目的として酸洗が行われている。また、国際公開第2018/74405号には、Fe-Cr-Al系ステンレス鋼板及びステンレス箔を酸洗することが記載されているが、同文献では焼鈍と冷間圧延との間に酸洗が行われている。いずれの酸洗も、溶接後のHAZで生じるSCC感受性の増加の抑制とは異なる目的で行われている。
【0019】
特開2007-56358号公報には、(a)耐食性を向上させるために脱Crを溶解、除去する必要があること、(b)硫酸による酸洗は、地鉄を溶解し、脱Cr層を溶解、除去する効果が大きいこと、(c)強固な不動態皮膜を形成するためには混酸による酸洗が有効であること、等の記載がある。しかし、特開2007-56358号公報ではフェライト系ステンレス鋼であるSUS430を用いて評価が行われており、ここでの「耐食性の向上」は、全面腐食に対する耐食性の向上を念頭においたものと考えられる。このことは、実施例において塩水噴霧によって耐食性を評価していることからも裏付けられる。
【0020】
一般的に、SCCは全面腐食に対する耐食性が高い材料で発生する。換言すれば、全面腐食に対する耐食性が低い材料は、不均一腐食であるSCCに対する感受性が低い。全面腐食に対する耐食性が低い材料では、き裂が進展する前に、き裂の起点となる孔食が周囲の腐食によって消失するためである。また、比較的常温に近い全面腐食に対する耐食性を向上させる手段が、80~200℃程度の環境下での耐SCC性の向上に必ずしも有効であるとはいえない。特開2007-56358号公報の開示は、全面腐食に対する耐食性の向上に関するものであり、高温CO環境での耐SCC性の向上、特に、溶接後にHAZで生じるSCC感受性の増加の抑制という課題に対して、何らかの示唆を与えるものではない。
【0021】
今回提案するマルテンサイト系ステンレス鋼は、高温域でオーステナイトを安定化させるためにNiを含有する。さらに、高温での耐SCC性を向上させるためMoを含有する。そのため、今回提案するマルテンサイト系ステンレス鋼と、フェライト系ステンレス鋼とは、組織が異なることに加えて、化学組成も異なる。組織や化学組成が異なれば、酸洗液との反応性も異なる。さらに、適用される熱処理の条件も異なるため、形成されるスケールの状態及び脱Crの態様も異なる。例えば、溶体化処理されたフェライト系ステンレス鋼と焼戻しされたマルテンサイト系ステンレス鋼とでは、合金元素の形態(固溶しているか析出しているか)も大きく異なる。従って、一方の酸洗条件をそのまま他方に適用することはできない。
【0022】
また、フェライト系ステンレス鋼では、その冶金的性質から結晶粒径を十分に微細化することができず、ラインパイプ用鋼管として必要とされる程度の強度及び靱性を両立させることが困難である。
【0023】
特開2006-122951号公報には、酸洗処理により表面に生成したスケールを除去する、ステンレス鋼管の製造方法が記載されている。同公報では対象のステンレス鋼は限定されていないものの、主にはオーステナイト系ステンレス鋼及び二相ステンレス鋼が想定されていると考えられ、実施例にもCr:18質量%、Ni:8質量%のオーステナイト系ステンレス鋼による評価結果が記載されている。
【0024】
オーステナイト系ステンレス鋼及び二相ステンレス鋼と、マルテンサイト系ステンレス鋼とでは、生成するスケールが異質である。オーステナイト系ステンレス鋼及び二相ステンレス鋼はマルテンサイト系ステンレス鋼に比べてCr含有量が高く、これらの鋼では、Crを主体とした薄く緻密なスケールが生成する。オーステナイト系ステンレス鋼及び二相ステンレス鋼では、この緻密なスケールが圧延中等に部分的に剥離して(不均一に剥離して)、異常酸化の原因になるという問題がある。これに対してマルテンサイト系ステンレス鋼では、Feを主体としたスケールが生成し、熱間加工時には比較的厚く生成するが、このスケールはポーラスであるため、工程中に容易に剥離する。そのためマルテンサイト系ステンレス鋼では、スケールが部分的に剥離して異常酸化の原因となるという問題は生じにくい。
【0025】
オーステナイト系ステンレス鋼及び二相ステンレス鋼では、スケールは熱間加工時や溶体化処理時等、比較的高温(1000~1300℃)で生成する。これに対しマルテンサイト系ステンレス鋼では、熱間加工時や焼入れ時に生成する厚いスケールは、工程中に比較的容易に剥離する。今回提案する方法による酸洗で除去の対象となるのは、焼戻し(通常はAc点以下の温度で行われる。)時に生成する比較的薄いスケールである。
【0026】
このように、マルテンサイト系ステンレス鋼とオーステナイト系ステンレス鋼とは、母材の組織及び化学組成が異なることに加え、生成するスケールも異質である。さらに、適用される熱処理の条件も異なるため、脱Crの態様も異なる。従って、一方の酸洗条件をそのまま他方に適用することはできない。
【0027】
また、オーステナイト系ステンレス鋼及び二相ステンレス鋼で酸洗が行われる場合がある理由として、一般的にこれらの鋼では熱処理後に冷間加工が行われることが多く、冷間加工の前にスケールを除去しておく必要があることも挙げられる。これに対し、マルテンサイト系ステンレス鋼、特にラインパイプ用鋼管として用いられるマルテンサイト系ステンレス鋼管では、通常は熱処理後に冷間加工が行われることはない。
【0028】
以上のとおり、マルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、及び二相ステンレス鋼は、同じステンレス鋼という括りではあっても、大きく異なる点を有しており、当業者にとってはそれぞれ異なる材料と認識される。どれか一つの技術を他に転用することが常に可能であるということはできない。
【0029】
以上の知見に基づいて、本発明は完成された。以下、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法を詳述する。
【0030】
[マルテンサイト系ステンレス鋼管]
[化学組成]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0031】
C:0.001~0.050%
炭素(C)は、溶接時にHAZにおいてCr炭化物として析出し、Cr欠乏層を形成する原因となる。一方、C含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、C含有量は0.001~0.050%である。C含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。C含有量の上限は、好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0032】
Si:0.05~1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。一方、Si含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Si含有量は0.05~1.00%である。Si含有量の下限は、好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Si含有量の上限は、好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0033】
Mn:0.05~1.00%
マンガン(Mn)は、鋼の強度を向上させる。一方、Mn含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mn含有量は0.05~1.00%である。Mn含有量の下限は、好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Mn含有量の上限は、好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0034】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。Pは、鋼の耐SCC性を低下させる。そのため、P含有量は0.030%以下である。P含有量は、好ましくは0.025%以下である。
【0035】
S:0.0020%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、鋼の熱間加工性を低下させる。そのため、S含有量は0.0020%以下である。
【0036】
Cu: 0.50%未満
銅(Cu)は不純物である。そのため、Cu含有量は0.50%未満である。Cu含有量は、好ましくは0.10%以下であり、さらに好ましくは0.08%以下である。
【0037】
Cr:11.50~14.00%未満
クロム(Cr)は、鋼の耐CO腐食性を向上させる。一方、Cr含有量が高すぎると、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。そのため、Cr含有量は11.50~14.00%未満である。Cr含有量の下限は、好ましくは12.00%であり、さらに好ましくは12.50%である。Cr含有量の上限は、好ましくは13.50%であり、さらに好ましくは13.20%であり、さらに好ましくは13.00%であり、さらに好ましくは12.80%である。
【0038】
Ni:5.00%超~7.00%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有される。組織をマルテンサイトにすることで、ラインパイプ用鋼管として必要とされる強度と靱性とを確保することができる。また、Niは、組織をマルテンサイトにする効果とは別に、鋼の靱性を高める効果がある。一方、Ni含有量が高すぎると、残留オーステナイトが増加し、鋼の強度が低下する。そのため、Ni含有量は5.00%超~7.00%である。Ni含有量の下限は、好ましくは5.50%であり、さらに好ましくは6.00%である。Ni含有量の上限は、好ましくは6.80%であり、さらに好ましくは6.60%である。
【0039】
Mo:1.00%超~3.00%
モリブデン(Mo)は、鋼の耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる。Moはさらに、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、Cr欠乏層の形成を抑制する。一方、Mo含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mo含有量は1.00%超~3.00%である。Mo含有量の下限は、好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.80%である。Mo含有量の上限は、好ましくは2.80%であり、さらに好ましくは2.60%である。
【0040】
Ti:0.02~0.50%
チタン(Ti)は、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、Cr欠乏層の形成を抑制する。一方、Ti含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ti含有量は0.02~0.50%である。Ti含有量の下限は、好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ti含有量の上限は、好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0041】
Al:0.001~0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Al含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Al含有量は0.001~0.100%である。Al含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の上限は、好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。本明細書におけるAl含有量は、酸可溶Al(いわゆるSol.Al)の含有量を意味する。
【0042】
Ca:0.0001~0.0040%
カルシウム(Ca)は、鋼の熱間加工性を向上させる。一方、Ca含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ca含有量は0.0001~0.0040%である。Ca含有量の下限は、好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。Ca含有量の上限は、好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0043】
N:0.0001~0.0200%未満
窒素(N)は、窒化物を形成して鋼の靱性を低下させる。一方、N含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、N含有量は0.0001~0.0200%未満である。N含有量の下限は、好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。N含有量の上限は、好ましくは0.0100%である。
【0044】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
【0045】
マルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成は、Feの一部に代えて、V、Nb、及びCoからなる群から選択される1種又は2種以上の元素を含有してもよい。V、Nb、及びCoは、すべて選択元素である。すなわち、マルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成は、V、Nb、及びCoの一部又は全部を含有していなくてもよい。
【0046】
V:0~0.500%
バナジウム(V)は、鋼の強度を向上させる。Vが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、V含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、V含有量は0~0.500%である。V含有量の下限は、好ましくは0.001%であり、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。V含有量の上限は、好ましくは0.300%であり、より好ましくは0.200%である。
【0047】
Nb:0~0.500%
ニオブ(Nb)は、鋼の強度を向上させる。Nbが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Nb含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Nb含有量は0~0.500%である。Nb含有量の下限は、好ましくは0.001%であり、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Nb含有量の上限は、好ましくは0.300%であり、より好ましくは0.200%である。
【0048】
Co:0~0.500%
コバルト(Co)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有させてもよい。Coが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Co含有量が高すぎると、鋼の強度が低下する。そのため、Co含有量は0~0.500%である。Co含有量の下限は、好ましくは0.001%であり、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Co含有量の上限は、好ましくは0.350%であり、より好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.280%である。
【0049】
[組織]
本実施形態によるステンレス鋼管は、マルテンサイト系ステンレス鋼管である。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、好ましくは、マルテンサイトの体積分率が70%以上である組織を有する。ここでいうマルテンサイトは、焼戻しマルテンサイトを含む。
【0050】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の組織の残部は、残留オーステナイトを主体とする。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の組織は、好ましくはフェライトの体積分率が5%以下である。
【0051】
[アルミナ系介在物]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度が50.0個/mm以下である。1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度が50.0個/mmよりも高いと、PWHTを行っても十分な耐SCC性が得られない場合がある。1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度は、好ましくは40.0個/mm以下であり、さらに好ましくは30.0個/mm以下である。
【0052】
本実施形態において、「アルミナ系介在物」は、Al含有量が20質量%以上であり、かつ、O含有量が20質量%以上である介在物をいう。本実施形態のアルミナ系介在物は、アルミナの他、Al-Ca系複合酸化物等を含む。
【0053】
アルミナ系介在物の数密度は、次のように測定する。マルテンサイト系ステンレス鋼管の肉厚中央部から観察用の試験片を採取し、樹脂埋めする。マルテンサイト系ステンレス鋼管の管軸方向(圧延方向)及び径方向(肉厚方向)を含む面を観察面として、観察面を研磨する。10視野を観察して、介在物の数密度を求める。各視野の面積は36mmとする。
【0054】
より具体的には、まず、視野中の介在物の各々について元素濃度分析(EDS点分析)を行い、介在物の種類を特定する。具体的には、加速電圧20kV、対象元素をN、O、Mg、Al、Si、P、S、Ca、Ti、Cr、Mn、Fe、Cu、Nbとして、元素濃度分析を行う。得られた元素濃度において、Al含有量が20質量%以上であり、かつ、O含有量が20質量%以上のものをアルミナ系介在物とし、円相当径が1.0μmを超えるアルミナ系介在物を計数する。円相当径が1.0μm以下のものを計数から除外するのは、そのサイズ以下の介在物は耐食性に大きな影響を与えないと考えられるからである。1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の個数を視野の全面積で除して、1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度とする。
【0055】
アルミナ系介在物の数密度は、走査電子顕微鏡に組成分析機能が付与された装置(いわゆるSEM-EDS)を用いて行うことができる。例えば、FEI(ASPEX)社製の介在物自動分析装置「Metals Quality Analyzer(TM)」を用い、介在物の最小円相当径を1.0μmとして6mm四方の領域に対して介在物の計測を実施、得られたデータからAl含有量、O含有量がともに20%以上のものをアルミナ系介在物として抽出し、密度の分析を実施することができる。
【0056】
[マルテンサイト系ステンレス鋼管表面のCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、マルテンサイト系ステンレス鋼管表面に対するX線光電子分光(XPS)分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-O(以下「表面のCr-O/Fe-O」という。)が0.30以上である。
【0057】
マルテンサイト系ステンレス鋼管に脱Crが生じていると、溶接時にCr欠乏層がより生成されやすくなる。脱Crの深さは、表面のCr-O/Fe-Oと相関があり、これを測定することで脱Crの深さを迅速かつ定量的に評価することができる。具体的には、表面のCr-O/Fe-Oが0.30未満であると、PWHTを行っても十分な耐SCC性が得られない場合がある。表面のCr-O/Fe-Oは、好ましくは0.32以上であり、より好ましくは0.35以上であり、さらに好ましくは0.39以上であり、さらに好ましくは0.45以上であり、より一層好ましくは0.60以上である。
【0058】
一方、詳細な原因は不明であるが、表面のCr-O/Fe-Oが高すぎると、マルテンサイト系ステンレス鋼管の表面に黒色の斑点が生じたり、表面が黒味又は黄味を帯びたりする場合がある。このような変色が生じても溶接後の耐SCC性には影響はないが、製品の外観上好ましくない。そのため、表面のCr-O/Fe-Oは、高すぎないことが好ましい。表面のCr-O/Fe-Oは、好ましくは1.50以下であり、さらに好ましくは1.40以下であり、より一層好ましくは1.20以下である。
【0059】
XPSは、下記の条件で測定する。
光源 :単色化したAl-Kα線(1486.6eV)
励起電圧15kV、励起電流3mA
X線ビーム径 :直径100μm
X線入射方向 :鋼材表面の法線方向に対して45°
光電子捕獲方向:鋼材表面の法線方向に対して45°
なお、測定に際して、試料となる鋼材は、有機溶剤による超音波洗浄など、常法により表面の汚染を除去する。また、試料が帯電しないように、分析装置の試料ホルダへ試料を取り付ける際には、電気的な接触(導通)を確実に取る。さらに、イオンスパッタリングによる表面汚染除去は実施せず、受け入れままの表面に対して測定を実施する。
【0060】
測定されたワイドスキャンスペクトルに認められるすべての元素に対して、ナロースキャンにより光電子スペクトルを得る。各々の光電子スペクトルからバックグラウンドを除去して得た光電子ピークの面積(積分)強度から、上記各元素の原子濃度(mol.%)を求める。バックグラウンド強度は、Shirley法を適用して決定する。さらに、Cr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子ピークを、金属成分と酸化物成分に分離して、各成分の面積(積分)強度から、金属成分と酸化物成分の構成比率を決定する。Cr及びFeの原子濃度(mol.%)に、それぞれの酸化物成分の構成比率を乗じて、Cr酸化物の原子濃度(mol.%)及びFe酸化物の原子濃度(mol.%)を求める。前者を後者で除した値を「マルテンサイト系ステンレス鋼管表面に対するXPS分析で得られたCr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-O」とする。
【0061】
試料から得たCr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子ピークを、金属成分と酸化物成分に分離する方法は以下のとおりである。まず、標準物質(純物質)であるCr、Cr、Fe、FeからCr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子ピークを、試料と同じ測定条件で得る。次に、試料から得たピークの形状を再現するよう、対応する元素の標準物質の金属及び酸化物から得たピークで合成する。
【0062】
参考として、図1及び図2に、市販のSUS304ステンレス鋼板表面から得たCr 2p3/2及びFe 2p3/2の各光電子スペクトルから、バックグラウンドを除去した後、金属成分と酸化物成分に分離した結果を示す。
【0063】
[マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法]
本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法を説明する。図3は、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法のフロー図である。この製造方法は、製鋼工程(ステップS1)、熱間加工工程(ステップS2)、穿孔工程(ステップS3)、圧延工程(ステップS4)、熱処理工程(ステップS5)、及び表面処理工程(ステップS6)を備えている。以下、各工程を詳述する。
【0064】
[製鋼工程(ステップS1)]
製鋼工程(ステップS1)では、溶鋼からスラブ、ブルーム、又はビレットを製造する。図4は、製鋼工程(ステップS1)のより具体的なフロー図である。製鋼工程(ステップS1)は、溶鋼を準備する工程(ステップS1-1)、溶鋼を二次精錬する工程(ステップS1-2)、及び二次精錬された溶鋼を鋳造する工程(ステップS1-3)を含んでいる。
【0065】
まず、溶鋼を準備する(ステップS1-1)。準備する溶鋼は、二次精錬(ステップS1-2)の内容によっても異なるが、転炉で溶銑と各種合金原料とを溶解させて製造した溶鋼や、電気炉でスクラップを溶解して製造した溶鋼等を例示できる。溶鋼の化学組成は、二次精錬(ステップS1-2)後の化学組成が、上述したマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成の範囲内になるように調整されたものを用いる。なお、二次精錬(ステップS1-2)中に溶鋼に合金元素を添加して、化学組成を調整してもよい。
【0066】
準備した溶鋼を二次精錬する(ステップS1-2)。本実施形態において、「二次精錬」は、転炉及び電気炉以外の設備で行う精錬(炉外精錬)を意味する。二次精錬(ステップS1-2)の主な目的は、脱ガス(炭素及び窒素)であり、その後にAlによる脱酸を行って酸素を介在物として固定する。二次精錬が不十分であると、鋳造工程(ステップS1-3)で製造されるスラブ、ブルーム、又はビレットの介在物の数密度が増加し、最終的に製造されるマルテンサイト系ステンレス鋼管の介在物の数密度も増加する。
【0067】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法における二次精錬(ステップS1-2)は、VOD(ステップS1-2A)及びRH真空脱ガス(ステップS1-2B)のいずれかの工程を含む。
【0068】
VOD(Vaccum Oxygen Decarburization、ステップS1-2A)は、減圧下で溶鋼に酸素を上吹きして脱炭を行う方法である。二次精錬としてVODを行う場合は、真空容器内を10Torr以下に減圧して、酸素の供給を10分間以上行う。真空容器内の圧力は、好ましくは8Torr以下であり、より好ましくは5Torr以下である。酸素の供給時間は、好ましくは15分間以上であり、より好ましくは20分間以上である。
【0069】
VOD(ステップS1-2A)を行う前に、AOD(Argon Oxygen Decarburization、ステップS1-2C)を行ってもよい。AODは、酸素とともに不活性ガス(アルゴン又は窒素)を溶鋼中に吹き込むことによって、雰囲気中のCOガス分圧を低下させ、Crの酸化を抑えながら脱炭を行う方法である。AODを行う場合の酸素の供給時間は、好ましくは10分間以上であり、さらに好ましくは15分間以上である。
【0070】
RH真空脱ガス(ステップS1-2B)は、減圧した真空槽と取鍋との間で溶鋼を環流させて脱ガスを行う方法である。二次精錬としてRH真空脱ガスを行う場合は、真空槽内を10Torr以下に減圧して、溶鋼の環流(取鍋への上昇ガスの吹き込み)を5分間以上行う。真空槽内の圧力は、好ましくは8Torr以下であり、より好ましくは5Torr以下である。溶鋼を環流させる時間は、好ましくは10分間以上であり、より好ましくは15分間以上である。
【0071】
RH真空脱ガス(ステップS1-2B)の際、真空槽内に上吹又は半浸漬ノズルを配置して吹酸を行ってもよい。また、真空槽内に上吹ノズル又は吹き込み羽口を配置して脱硫フラックスの供給を行ってもよい。
【0072】
二次精錬された溶鋼を鋳造してスラブ、ブルーム又はビレットにする(ステップS1-3)。スラブ、ブルーム又はビレットは、断面が角型のものであってもよいし、断面が丸型のものであってもよい。ここで鋳造されたスラブ、ブルーム又はビレットの化学組成は、最終的に製造されるマルテンサイト系ステンレス鋼管の化学組成と同じものになる。
【0073】
[熱間加工工程(ステップS2)]
製鋼工程(ステップS1)で製造したスラブ、ブルーム又はビレットを熱間加工して、所定の寸法を有する断面が丸型のビレット(以下、「丸ビレット」という。)を製造する(ステップS2)。熱間加工は例えば、分塊圧延、熱間圧延、熱間鍛造等である。分塊圧延を行う場合、分塊圧延前に1100℃以上の炉で1時間以上加熱することが好ましい。分塊圧延前の加熱温度(炉温)は、好ましくは1150℃以上であり、さらに好ましくは1200℃以上である。分塊圧延前の加熱時間(在炉時間)は、好ましくは2時間以上であり、さらに好ましくは3時間以上である。
【0074】
熱間加工工程(ステップS2)は、任意の工程である。すなわち、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、熱間加工工程(ステップS2)を備えず、製鋼工程(ステップS1)の鋳造工程(ステップS1-3)で直接丸ビレットを製造するようにしてもよい。
【0075】
[穿孔工程(ステップS3)]
鋳造によって製造された丸ビレット、又は熱間加工によって製造された丸ビレットを穿孔する(ステップS3)。より具体的には、丸ビレットを1100℃以上の炉で20分間~10時間加熱した後、マンネスマン穿孔法による穿孔を行う。
【0076】
[圧延工程(ステップS4)]
穿孔されたビレットを圧延して素管(継目無鋼管)を製造する(ステップS4)。より具体的には、穿孔工程(ステップS3)後、直ちにマンドレルミル法又はプラグミル法による圧延を行って所定の肉厚に調整した後、サイザー又はレデューサーによって所定の外径に調整する。
【0077】
[熱処理工程(ステップS5)]
製造された素管を熱処理する(ステップS5)。図5は、熱処理工程(ステップS5)のより具体的なフロー図である。熱処理工程(ステップS5)は、素管を焼入れする工程(ステップS5-1)、及び焼入れされた素管を焼戻しする工程(ステップS5-2)を含んでいる。
【0078】
素管を焼入れする工程(ステップS5-1)は、直接焼入れ(ステップS5-1A)、インライン焼入れ(ステップS5-1B)、及び再加熱焼入れ(ステップS5-1C)のいずれでもよい。直接焼入れ(ステップS5-1A)は、圧延直後の高温の素管を、Ar点以上の温度から冷却する熱処理である。インライン焼入れ(ステップS5-1B)は、圧延直後の高温の素管を、Ac点以上の温度、好ましくは800~1100℃の補熱炉に1~60分間保持して素管の温度を均一にした後、冷却する熱処理である。再加熱焼入れ(ステップS5-1C)は、圧延直後の高温の素管を一旦冷却した後、Ac点以上の温度、好ましくは800~1100℃の再加熱炉に1~360分間保持した後、再び冷却する熱処理である。
【0079】
直接焼入れ(ステップS5-1A)、インライン焼入れ(ステップS5-1B)、及び再加熱焼入れ(ステップS5-1C)の各々の冷却は、空冷(自然冷却)、ファンを用いた強制空冷、油冷、水冷のいずれでもよい。上述した化学組成を有するステンレス鋼は自硬性があり、空冷(自然冷却)程度の冷却速度であってもマルテンサイトを主体とする組織が得られる。
【0080】
焼入れされた素管を焼戻しする(ステップS5-2)。好ましくは、Ac点以下の温度、より好ましくは500~700℃の焼戻し炉に10~180分間保持する。
【0081】
[表面処理工程(ステップS6)]
焼戻しされた素管を表面処理する(ステップS6)。図6は、表面処理工程(ステップS6)のより具体的なフロー図である。表面処理工程(ステップS6)は、ブラスト処理(ステップS6-1)、硫酸による酸洗(ステップS6-2)、水洗(ステップS6-3)、フッ硝酸による酸洗(ステップS6-4)、水洗(ステップS6-5)、高圧水洗浄(ステップS6-6)、湯浸漬(ステップS6-7)、及び気体吹き付け(ステップS6-8)の各工程を含んでいる。
【0082】
まず、焼戻しされた素管の内外面をブラスト処理し、酸化スケールを機械的に除去する(ステップS6-1)。投射材(研削材)は特に限定されないが、材質はアルミナが好ましい。また、投射材の粒度番号は、#60以下が好ましく、#30以下がより好ましい。それ以外の処理条件は特に限定されず、当業者であれば、適宜調整して、素管表面の酸化スケールを適切に除去できる。
【0083】
ブラスト処理された素管を硫酸で酸洗する(ステップS6-2)。具体的には、硫酸の水溶液に素管を浸漬する。硫酸の水溶液の温度は、好ましくは40~80℃である。硫酸の濃度は、好ましくは10~30質量%である。このとき、素管を回転させることが好ましい。浸漬時間は、ブラスト処理の程度、並びに酸洗液の濃度及び温度にも依存するが、好ましくは10分以上であり、より好ましくは20分以上である。浸漬時間が短すぎると、酸化スケールが残存して素管の表面が露出せず、次工程のフッ硝酸による酸洗の効果が得られない場合がある。一方、浸漬時間を長くしすぎると、製造効率が低下する。浸漬時間は、好ましくは1時間以下であり、より好ましくは40分以下である。また、十分な酸洗効果を得るため、酸洗液の容積と材料の表面積の比(比液量:酸洗液容積/素管の表面積)を10ml/cm以上にすることが好ましい。
【0084】
硫酸による酸洗後、素管を十分に水洗する(ステップS6-3)。この水洗が不十分であると、次工程のフッ硝酸による酸洗の効果が得られない場合がある。
【0085】
続いて、酸化スケールが除去された素管の表面をフッ硝酸で酸洗する(ステップS6-4)。具体的には、フッ硝酸の水溶液に素管を浸漬する。酸洗液の温度が高すぎると表面のCr-O/Fe-Oが必要以上に大きくなり、外観不良の原因になる場合がある。酸洗液の温度は、好ましくは40℃以下であり、さらに好ましくは30℃以下である。
【0086】
このとき、素管を回転させることが好ましい。フッ酸と硝酸との混合比(フッ酸:硝酸)は質量比で1:1~1:5とすることが好ましく、全体の濃度は5~30質量%とすることが好ましい。浸漬時間は、酸洗液の濃度等にも依存するが、好ましくは1分以上であり、より好ましくは2分以上である。浸漬時間を長くするほど、表面のCr-O/Fe-Oが大きくなる傾向がある。一方、浸漬時間を長くしすぎると、製造効率が低下する。浸漬時間は、好ましくは10分以下、より好ましくは5分以下である。また、この酸洗工程でも、酸洗液の容積と材料の表面積の比(比液量:酸洗液容積/素管の表面積)を10ml/cm以上にすることが好ましい。
【0087】
酸洗後、酸洗液の残存防止及び腐食生成物の除去のため、水洗(ステップS6-5)、高圧水洗浄(ステップS6-6)、湯浸漬(ステップS6-7)、及び気体吹き付け(ステップS6-8)を行う。
【0088】
高圧水洗浄(ステップS6-6)における噴射ノズルの吐出圧力は、0.98MPa以上(10kgf/cm以上)とすることが好ましい。噴射ノズルの噴射口の直径は、0.8~3.0mmであることが好ましく、噴射ノズルの噴射口から素管までの距離は、2.7m以下とすることが好ましい。素管の外表面における単位面積あたりの高圧水の噴射水量は、144L/m以上とすることが好ましい
【0089】
湯浸漬(ステップS6-7)における湯の温度は、60~90℃とすることが好ましい。浸漬時間は、1分以上とすることが好ましい。
【0090】
気体吹き付け(ステップS6-8)で噴射する気体は、例えば空気、窒素、アルゴン等である。噴射圧力は、0.2~0.5MPaとすることが好ましい。気体吹き付けの直前の工程の終了(例えば湯浸漬(ステップS6-7)の終了)から気体吹き付け開始までの時間は、15分未満とすることが好ましい。
【0091】
水洗(ステップS6-5)、高圧水洗浄(ステップS6-6)、湯浸漬(ステップS6-7)、及び気体吹き付け(ステップS6-8)は、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制するという課題の解決の観点では必須ではなく、任意の工程である。一方、これらの工程が不十分の場合、腐食生成物が素管の表面に付着して、所定の表面状態が得られない場合がある。
【0092】
以上の工程によって、マルテンサイト系ステンレス鋼管が製造される。上述した製造方法によれば、熱処理後、酸化スケールを除去してからマルテンサイト系ステンレス鋼管の表面をフッ硝酸で酸洗する。これによって、表面のCr-O/Fe-Oを0.30以上にすることができる。
【0093】
以上、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管及びその製造方法を説明した。本実施形態によれば、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるマルテンサイト系ステンレス鋼管が得られる。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、溶接された際にHAZで生じるSCC感受性の増加を抑制できるため、ラインパイプ用鋼管として好適に用いることができる。
【0094】
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管は、降伏強度が448~759MPaであることが好ましい。降伏強度の上限を制限するのは、降伏強度が高すぎると、耐SCC性や耐硫化物応力腐食割れ性が劣化するためである。また、溶接継手をオーバーマッチにすることが困難になるためである。マルテンサイト系ステンレス鋼管の降伏強度の下限は、より好ましくは517MPaであり、さらに好ましくは551MPaである。マルテンサイト系ステンレス鋼管の降伏強度の上限は、より好ましくは689MPaであり、さらに好ましくは656MPaである。
【実施例
【0095】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0096】
溶鋼を二次精錬して、表1に示す化学組成を有する断面角型のスラブを製造した。表1の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであることを示す。
【0097】
【表1】
【0098】
これらのスラブから、マルテンサイト系ステンレス鋼管を製造した。具体的には、各スラブを1250℃の炉内で5時間加熱してから分塊圧延を行って外径360mmの丸ビレットを製造した。各丸ビレットを表2の「製管加熱条件」の欄に示す温度の炉で180分間加熱した後、穿孔を行い、穿孔後直ちに圧延を行って表2の「サイズ」の欄に示す外径及び肉厚を有する素管を製造した。
【0099】
【表2】
【0100】
その後、表2の「焼入れ」及び「焼戻し」の欄に示す条件で焼入れ及び焼戻しを行った。表2の「焼入れ」の「種類」の欄が「再加熱」の鋼管は、再加熱焼入れ(図5のステップS5―1C)を実施した。これらの鋼管の「焼入れ」の「温度」の欄の数値は再加熱炉の温度であり、「時間」の数値は素管の表面温度が炉温より10℃低い温度に到達してからの保持時間である。「種類」の欄が「インライン」の鋼管(実施例記号E)は、インライン焼入れ(図5のステップS5―1B)を実施した。この鋼管(実施例記号E)の「焼入れ」の「温度」の欄の数値は補熱炉の温度であり、「時間」の欄の数値は在炉時間である。「焼戻し」の「温度」の欄の数値は焼戻し炉の温度であり、「時間」の欄の数値は在炉時間である。
【0101】
製鋼時のVOD及びRH真空脱ガスの条件を表2に併せて示す。「VOD」及び「RH」の欄の「-」は、当該処理を実施していないことを示す。VODを実施した鋼(実施例記号A~O、Q、及びT~Z)では、5Torrに減圧した真空容器内で、表2の「VOD」の欄に記載された時間、酸素の供給を行った。RH真空脱ガスを実施した鋼(実施例記号P及びS)では、5Torrに減圧した真空槽と取鍋との間で、表2の「RH」の欄に記載された時間、溶鋼を環流させた。
【0102】
焼戻し後、実施例記号Yの鋼管を除き、投射材にアルミナ(粒度番号:#14)を用いて、ブラスト処理を行って素管表面の酸化スケールを機械的に除去した。その後、表3に示す条件で硫酸酸洗とフッ硝酸酸洗とを実施した。より具体的には、表3に示す濃度及び温度の水溶液に素管を浸漬した。表3の「フッ硝酸酸洗」の「混合比」の欄の数値は、フッ酸に対する硝酸の比である。また、表3の「-」は、該当する酸洗を実施していないことを示す。硫酸酸洗とフッ硝酸酸洗との間には水洗を実施し、フッ硝酸酸洗の後には水洗、高圧水洗浄、湯浸漬、エアブロー(気体吹き付け)を実施した。湯浸漬の温度は80℃とした。
【0103】
【表3】
【0104】
各鋼管から、1.0μmを超える円相当径を有するアルミナ系介在物の数密度を測定した。具体的には、各鋼管について、肉厚中央部から、鋼管の管軸方向(圧延方向)及び径方向(肉厚方向)を含む面を観察面とする試験片を採取し、10視野を観察して、介在物の数密度を求めた。各視野の面積は36mmとした。介在物の特定及び数密度の算出は、実施形態で説明した方法に従って、FEI(ASPEX)社製の介在物自動分析装置「Metals Quality Analyzer(TM)」を用いて行った。測定結果を前掲の表3の「介在物密度」の欄に示す。
【0105】
酸洗後の鋼管表面に対して、実施形態で説明した条件でXPS分析を行い、Cr酸化物のFe酸化物に対する原子濃度比Cr-O/Fe-Oを求めた。ただし、黒皮が残存していた実施例記号Yの鋼管に対しては、XPS分析を行わなかった。結果を前掲の表3に示す。
【0106】
XPS分析に際しては、分析可能な寸法の試料を、鋼管から切り出した後、アセトンを用いて超音波洗浄した。XPSの測定はアルバック・ファイ社製Quantera SXMを用いて行い、測定結果の分析はアルバック・ファイ社製MultiPakを用いて行った。なお、各鋼管表面に対するXPS分析中において、Cr及びFeの酸化物成分の構成比率には、有意な変化は認められなかった。
【0107】
光電子ピークの面積(積分)強度を求めるに際しては、Shirley法を適用して、バックグラウンドの始点及び終点を表4に示す束縛エネルギー値として、スペクトルバックグラウンドを予め除去した。また、原子濃度の算出に際しては、表4に示す感度係数を用いた。
【0108】
【表4】
【0109】
これらの鋼管を母材として、溶接継手を製造した。具体的には、鋼管の端部同士を突き合わせ、二相ステンレス鋼のフィラーを用いてMAG溶接による周溶接を実施し、さらに溶接熱影響部を650℃で5分間加熱する溶接後熱処理を実施して、溶接継手を製造した。
【0110】
各溶接継手から、"Corrosion Resistant Alloys for Oil and Gas Production: Guidance on General Requirements and Test Methods for H2S Service", EFC 17, 2nd Edition (2002)の8.6.2(39頁)に記載された方法に従ってSCC試験を実施した。具体的には、周溶接を施した鋼管の内表面から、溶接部が試験片長手方向と垂直になるように、かつ溶接部が加工されることなく、そのままの状態で長手方向中央部に位置するように4点曲げ試験片を採取した。この試験片の内表面側に引張応力を加えるように4点曲げ試験片を試験治具にセットしたうえで、SCC試験を行った。
【0111】
具体的には、10atmのCOを封入したオートクレーブ内で、各試験片に実降伏応力(0.2%耐力)と等しい大きさの応力を加えた状態で試験液に浸漬した。試験液は25質量%NaCl水溶液、試験温度は120℃とした。720時間後、HAZの断面を光学顕微鏡で観察し、割れ及びピットの有無を調査した。結果を前掲の表3に示す。
【0112】
表3の「SCC試験」の欄の「良好」は、SCC試験で割れ及びピットのいずれも観察されなかったことを意味する。「不良」は、割れ又はピットが観察されたことを意味する。
【0113】
実施例記号A~M、P、及びU~Xの鋼管は、化学組成が適切であり、アルミナ系介在物の数密度が50.0個/mm以下であり、表面のCr-O/Fe-Oが0.30以上であった。これらの鋼管から製造された溶接継手は、SCC試験の結果が良好であった。
【0114】
実施例記号Nの鋼管から製造された溶接継手は、SCC試験で割れが発生した。これは、鋼4のMo含有量が低すぎたためと考えられる。
【0115】
実施例記号Oの鋼管から製造された溶接継手は、SCC試験で割れが発生した。これは、鋼5のCr含有量が低すぎたためと考えられる。
【0116】
実施例記号Q、R、及びSの鋼管から製造された溶接継手は、鋼管の化学組成は適切であったにも関わらず、SCC試験で割れが発生した。これは、これらの鋼管のアルミナ系介在物の数密度が高すぎたためと考えられる。
【0117】
実施例記号Qの鋼管のアルミナ系介在物の数密度が高かったのは、VODの条件が適切でなかったためと考えられる。
【0118】
実施例記号Rの鋼管のアルミナ系介在物の数密度が高かったのは、VOD及びRH真空脱ガスのいずれの工程も実施しなかったためと考えられる。
【0119】
実施例記号Sの鋼管のアルミナ系介在物の数密度が高かったのは、RH真空脱ガスの条件が適切でなかったためと考えられる。
【0120】
実施例記号Tの鋼管から製造された溶接継手は、鋼管の化学組成が実施例記号A~Kの鋼管のものと同じであるにもかかわらず、SCC試験で割れが発生した。これは、実施例記号Tの鋼管の表面のCr-O/Fe-Oが低かったためと考えられる。
【0121】
実施例記号Tの鋼管の表面のCr-O/Fe-Oが低かったのは、フッ硝酸酸洗を実施しなかったためと考えられる。
【0122】
実施例記号Yの鋼管から製造された溶接継手は、鋼管の化学組成が実施例記号A~Kの鋼管のものと同じであり、かつ酸洗の条件が実施例記号Aのものと同じであったにもかかわらず、SCC試験で割れが発生した。これは、酸洗の前にブラスト処理を行わなかったためと考えられる。
【0123】
実施例記号Zの鋼管から製造された溶接継手は、鋼管の化学組成が実施例記号A~Kの鋼管のものと同じであるにもかかわらず、SCC試験で割れが発生した。これは、実施例記号Zの鋼管の表面のCr-O/Fe-Oが低かったためと考えられる。
【0124】
実施例記号Zの鋼管の表面のCr-O/Fe-Oが低かったのは、硫酸酸洗を実施しなかったためと考えられる。
【0125】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【0126】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼管に適用可能であり、さらに好ましくはマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管に適用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6