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特許7176692高温形状記憶合金、その製造方法、それを用いたアクチュエータおよびエンジン
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  • 特許-高温形状記憶合金、その製造方法、それを用いたアクチュエータおよびエンジン 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】高温形状記憶合金、その製造方法、それを用いたアクチュエータおよびエンジン
(51)【国際特許分類】
   C22C 30/00 20060101AFI20221115BHJP
   C22C 5/04 20060101ALI20221115BHJP
   C22F 1/14 20060101ALI20221115BHJP
   C22F 1/16 20060101ALI20221115BHJP
   F16K 31/68 20060101ALI20221115BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221115BHJP
【FI】
C22C30/00
C22C5/04
C22F1/14
C22F1/16 Z
F16K31/68 Q
C22F1/00 630L
C22F1/00 651B
C22F1/00 683
C22F1/00 685A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2018217851
(22)【出願日】2018-11-21
(65)【公開番号】P2020084244
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】御手洗 容子
(72)【発明者】
【氏名】松田 洋修
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 広崇
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-141207(JP,A)
【文献】特開2016-006218(JP,A)
【文献】特開2014-058711(JP,A)
【文献】特開2009-203982(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00-30/06
C22C 5/04
C22C 14/00
C22F 1/00
C22F 1/14- 1/18
F16K 31/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti、Pd、Pt、Zr、X(XはNiおよび/またはCoである)および不可避不純物を含有し、
全体を100原子%とすると、
前記Pdと前記Ptとの合計:35原子%より多く54原子%以下、
前記Pd:18原子%より多く27原子%以下、
前記Pt:15原子%より多く27原子%以下、
前記Zr:0.1原子%以上15原子%未満、および、
前記X:0.1原子%以上15原子%未満
を満たし、残部が前記Tiおよび前記不可避不純物である、高温形状記憶合金。
【請求項2】
マルテンサイト変態温度(マルテンサイト終了温度Mf)は、200℃以上600℃以下の温度範囲を満たす、請求項1に記載の高温形状記憶合金。
【請求項3】
前記Zrは、2原子%以上12原子%以下の範囲を満たす、請求項1または2に記載の高温形状記憶合金。
【請求項4】
前記Zrは、3原子%以上10原子%以下の範囲を満たす、請求項3に記載の高温形状記憶合金。
【請求項5】
前記Xは、2原子%以上12原子%以下の範囲を満たす、請求項1~4のいずれかに記載の高温形状記憶合金。
【請求項6】
前記Xは、3原子%以上10原子%以下の範囲を満たす、請求項5に記載の高温形状記憶合金。
【請求項7】
前記Ptは、20原子%以上25原子%以下の範囲を満たす、請求項1~6のいずれかに記載の高温形状記憶合金。
【請求項8】
前記Pdは、20原子%以上25原子%以下の範囲を満たす、請求項1~7のいずれかに記載の高温形状記憶合金。
【請求項9】
変態温度以下においてB19型斜方晶を有する、請求項1~8のいずれかに記載の高温形状記憶合金。
【請求項10】
請求項1~9のいずれかに記載の高温形状記憶合金の製造方法であって、
少なくとも請求項1に記載の組成を満たすTi、Pd、Pt、ZrおよびX(XはNiおよび/またはCoである)を含有する溶製材を、マルテンサイト変態温度以上のB2型立方晶領域の温度以上、前記高温形状記憶合金の液相を生じる温度より100℃を下回る温度までの範囲内で熱処理するステップを包含する、方法。
【請求項11】
前記熱処理するステップは、前記溶製材に20%以上90%以下の範囲の圧縮変形を施す、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記熱処理した熱処理材を、50MPa以上400MPa以下の応力下で10回以上加圧・熱サイクル試験を行うステップをさらに包含する、請求項10または11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記熱処理するステップは、前記溶製材を、700℃以上1300℃以下の温度範囲で15分以上24時間以下の時間熱処理する、請求項10~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
高温形状記憶合金を用いた高温形状記憶合金アクチュエータであって、
前記高温形状記憶合金は、請求項1~9のいずれかに記載の高温形状記憶合金である、アクチュエータ。
【請求項15】
アクチュエータを備えたエンジンであって、
前記アクチュエータは、請求項14に記載の高温形状記憶合金アクチュエータである、エンジン。
【請求項16】
前記エンジンは、ジェットエンジン、自動車用エンジン、船舶用エンジンおよび飛翔体用エンジンからなる群から選択される、請求項15に記載のエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温形状記憶合金、その製造方法およびその用途に関し、より詳しくは、高温における仕事量と繰り返し特性とを向上させた高温形状記憶合金、その製造方法およびその用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
TiNiに代表される形状記憶合金は、動力を必要とせず温度変化を感知して動作するアクチュエータ等として利用されている。このような形状記憶合金に対する性能要求は様々であって、自動車エンジンやジェットエンジン等、数百℃~千℃オーダーの高温部で使用するアクチュエータ等の部品には、そのような高温での使用環境でも動作する形状記憶合金が必要とされている。
【0003】
そこで、これまでにも、TiNiにZr、HfやPd、Pt等を添加することにより、形状記憶効果に関連するマルテンサイト変態温度を上昇させる試みが行われてきた。例えば、特許文献1には、Tiが50~52原子%であり、Ptが10~25原子%であり、5原子%以下のAu、Pd、Cuを1種以上含み、2原子%以下のCを含み、残部がNiであり、Ti(Ni,Pt)型の析出物が生成する高温形状記憶合金が開示されている。
【0004】
一方で、TiPtやTiPdを基本構成とした合金を用いた高温形状記憶合金の開発も行われてきた。例えば、特許文献2には、Pt-42~63原子%Ti合金にIrが添加され、Ptの一部が50原子%未満のIrで置換される形状記憶特性と擬弾性を持ち合わせる合金が開示されている。特許文献3には、Pdが45~55原子%、Hf、Zr、Ta、Nb、V、Mo、Wのうちの1種以上が0.1~15原子%、残部がTiと不可避不純物からなり、200℃~550℃までの温度範囲で形状回復を示す合金が開示されている。特許文献4には、Pdが45~55原子%、及び残部がTiと不可避不純物からなるTiPd系高温形状記憶合金であって、前記Tiの一部がZr、Hf、Nb、Ta、Mo、Wのうちの1種以上で全体組成に対して0.1~15原子%の範囲で置換された合金であって、マルテンサイト双晶組織に特徴を有するものが開示されている。特許文献5には、30~50原子%のPd、残部がTiと不可避不純物からなるTiPd系高温形状記憶合金であって、前記Tiの一部がZrで全体組成に対して0.1~18原子%の範囲で置換され、前記Pdの一部がNiで、全体組成に対して0.1~15原子%の範囲で置換されているTiPd高温形状記憶合金が開示されている。なお、Niに代えて、前記のPdの一部がCoで、全体組成に対して0.1~22原子%の範囲で置換されていてもよい。非特許文献1には、TiPt系高温形状記憶合金のPtにPdを25原子%置換してもTiPtと同じマルテンサイト変態を起こすことが示されている。
【0005】
形状記憶合金は、マルテンサイト相を有する状態で変形が加えられた後、マルテンサイト変態温度以上に加熱されることによって、マルテンサイト相から母相であるオーステナイト相へと変態して形状が回復する。そのため、高温で形状回復を起こすためには、マルテンサイト変態温度を高くする必要がある。
【0006】
しかしながら、高いマルテンサイト変態温度近傍で変形、形状回復を繰り返すと、高温でマルテンサイト相に変形が加えられるため、しばしば永久に歪みが入る塑性変形を起こす。塑性変形を起こすと、永久歪みの分、形状が回復しないため回復率が落ちる。
【0007】
以上のことから、高温形状記憶合金を開発するためには、マルテンサイト変態温度を上昇させ、かつ、マルテンサイト変態温度近傍での強度を向上させる必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】米国特許第7501032号明細書
【文献】特開2008-150705号公報
【文献】国際公開第2013/011959号
【文献】特開2016-6218号公報
【文献】特開2018-141207号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Y. Yamabe-Mitaraiら, Shape memory and superelasticity, 3, 4 (2017) 381-391
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来の高温形状記憶合金における上記の問題を解決するためになされたものであり、高温における仕事量と繰り返し特性とを向上させた高温形状記憶合金、その製造方法およびそれを用いた用途を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の高温形状記憶合金は、Ti、Pd、Pt、Zr、X(XはNiおよび/またはCoである)および不可避不純物を含有し、
全体を100原子%とすると、
前記Pdと前記Ptとの合計:35原子%より多く55原子%未満、
前記Zr:0.1原子%以上15原子%未満、および、
前記X:0.1原子%以上15原子%未満
を満たし、残部が前記Tiおよび前記不可避不純物であり、これにより上記課題を解決する。
前記Pdと前記Ptとが合わせて45原子%以上55原子%以下であり、残部が前記Tiと前記不可避不純物とからなる合金に対して、前記Tiの一部が、前記Zrで、全体組成に対して、0.1原子%以上15原子%未満の範囲で置換され、前記Pdおよび/または前記Ptの一部が、前記Xで、全体組成に対して、0.1原子%以上15原子%未満の範囲で置換されていてもよい。
永久歪みが0%であってもよい。
マルテンサイト変態温度(マルテンサイト終了温度Mf)は、200℃以上600℃以下の温度範囲を満たしてもよい。
前記Zrは、2原子%以上12原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Zrは、3原子%以上10原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Xは、2原子%以上12原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Xは、3原子%以上10原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Ptは、5原子%以上40原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Ptは、15原子%より多く27原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Pdは、10原子%以上45原子%以下の範囲を満たしてもよい。
前記Pdは、18原子%以上27原子%以下の範囲を満たしてもよい。
変態温度以下においてB19型斜方晶を有してもよい。
本発明による上述の高温形状記憶合金の製造方法は、少なくとも上述の組成を満たすTi、Pd、Pt、ZrおよびX(XはNiおよび/またはCoである)を含有する溶製材を、マルテンサイト変態温度以上のB2型立方晶領域の温度以上、前記高温形状記憶合金の液相を生じる温度より100℃を下回る温度までの範囲内で熱処理するステップを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記熱処理するステップは、前記溶製材に20%以上90%以下の範囲の圧縮変形を施してもよい。
前記熱処理した熱処理材を、50MPa以上400MPa以下の応力下で10回以上加圧・熱サイクル試験を行うステップをさらに包含してもよい。
前記熱処理するステップは、前記溶製材を、700℃以上1300℃以下の温度範囲で15分以上24時間以下の時間熱処理してもよい。
本発明による高温形状記憶合金を用いた高温形状記憶合金アクチュエータは、前記高温形状記憶合金は、上述の高温形状記憶合金であり、これにより上記課題を解決する。
本発明によるアクチュエータを備えたエンジンは、前記アクチュエータは上述の高温形状記憶合金アクチュエータであり、これにより上記課題を解決する。
前記エンジンは、ジェットエンジン、自動車用エンジン、船舶用エンジンおよび飛翔体用エンジンからなる群から選択されてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の高温形状記憶合金は、Ti、Pd、Pt、Zr、X(XはNiおよび/またはCoである)および不可避不純物を含有し、全体を100原子%とすると、PdとPtとの合計:35原子%より多く55原子%未満、Zr:0.1原子%以上15原子%未満、および、X:0.1原子%以上15原子%未満を満たし、残部がTiおよび不可避不純物である。このような特定元素からなり、特定の組成を有することにより、高温(例えば、250℃を超える)にて形状回復を示す形状記憶合金を提供できる。
【0013】
本発明の高温形状記憶合金の製造方法によれば、上述の特定元素からなり、特定の組成を有する原料を溶製し、B2型立方晶領域の温度から形状記憶合金の液相を生じる温度より100℃を下回る温度までの範囲内で熱処理することによって、高温にて形状回復を示す形状記憶合金を提供できる。好ましくは、50MPa以上400MPa以下の応力下で10回以上加圧・熱サイクル試験を行うことにより、永久歪みが0(%)となる高温形状記憶合金を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と83回目における温度-歪み曲線を示す図
図2】実施例2の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と91回目における温度-歪み曲線を示す図
図3】実施例3の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と83回目における温度-歪み曲線を示す図
図4】比較例5の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と84回目における温度歪み曲線を示す図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
【0016】
<高温形状記憶合金の合金組成>
本願発明者らは、TiPd化合物およびTiPt化合物に着目し、鋭意研究を行った。Ti(チタン)とPd(パラジウム)との二元系状態図によると、Pdの割合が45原子%以上55原子%以下の組成範囲でTiPd化合物が安定に存在することが確認でき、Pdの好ましい組成範囲は45~55原子%であることがわかる。同様に、TiとPt(白金)との二元系状態図によると、Ptの割合が48原子%以上52原子%以下の組成範囲でTiPt化合物が安定に存在することが確認できる。
【0017】
さらに、非特許文献1によれば、TiPd化合物におけるPdをPtで25原子%置換してもマルテンサイト変態を起こすことが分かっており、TiPd化合物とTiPt化合物とは全率固溶することが示唆される。
【0018】
また、TiPt化合物のマルテンサイト変態温度は1000℃近傍と高いため、高温形状記憶合金として高いマルテンサイト変態温度を保持するためには、TiPd化合物およびTiPt化合物の全率固溶したTiPdPt化合物に対しては、Ptは5原子%以上必要である。一方、非特許文献1によれば、Ptが40原子%以上添加すると塑性歪みが入って完全回復が難しくなることが示されており、40原子%を超えてはならない。
【0019】
一方、特許文献5に代表される添加元素であるNi(ニッケル)やCo(コバルト)もTiと化合物を作り、TiNiやTiCoを生成する。TiNiやTiCoの結晶構造は、TiPdやTiPtと同様に高温で安定なオーステナイト相においてB2構造を示す。この事実は、Ti-Pd-NiやTi-Pd-Coの三元系状態図を考えた時に、PdとNiやCoが全率固溶する可能性を示している。すなわち、Tiを45原子%以上55原子%以下とした場合、Pd+Pt+Niが45原子%以上55原子%以下、あるいは、Pd+Pt+Coが45原子%以上55原子%以下の範囲内であれば、B2構造を示すといえる。以上のことを前提として、以下に本発明の高温形状記憶合金の実施形態についてさらに詳細に説明する。
【0020】
本発明は、Ti、Pd、Pt、Zr、X(XはNiおよび/またはCoである)を必須の元素とし、不可避不純物を含有する高温形状記憶合金に関する。本発明は、少なくとも5種の元素からなる多元系合金であるため、高温で高強度を示し得る。さらに、全体を100原子%とすると、本発明の高温形状記憶合金は、
PdとPtとの合計:35原子%より多く55原子%未満、
Zr:0.1原子%以上15原子%未満、および、
X:0.1原子%以上15原子%未満
を満たし、残部がTiおよび不可避不純物である。このような特定元素からなり、特定の組成を有することにより、250℃を超える高温にて形状回復を示す高温形状記憶合金を提供できる。
【0021】
なお、本発明の高温形状記憶合金は、上述したようにTiPd化合物およびTiPt化合物の全率固溶した化合物であるTiPdPt化合物を主成分としており、これにZrおよびXが添加されているとも言える。TiPdPt化合物(TiPdPt合金)を主成分とするため、本発明の高温形状記憶合金は、高温で安定なオーステナイト相においてB2型立方晶を有し、変態温度以下ではB19型斜方晶を有する。また、主成分とする量は、少なくとも50質量%、好ましくは80質量%以上であれば、高温形状記憶合金として機能し得る。
【0022】
本発明の高温形状記憶合金は、好ましくは、PdとPtとが合わせて45原子%以上55原子%以下であり、残部がTiと不可避不純物とからなる合金に対して、Tiの一部が、Zrで、全体組成に対して、0.1原子%以上15原子%未満の範囲で置換され、Pdおよび/またはPtの一部が、X(Niおよび/またはCoである)で、全体組成に対して、0.1原子%以上15原子%未満の範囲で置換されている。
【0023】
Zr(ジルコニウム)は、TiPdPt化合物の高温強度を向上させるのに有効な元素である。また、Zrは、Tiと似た性質を持つ、周期律表の4族の元素であり、Tiの一部を置換しても、結晶中に大きな欠陥は生成しない。
【0024】
TiPdPt化合物の高温強度を向上させるためには、Zrを、全体組成に対して0.1原子%以上添加する必要がある。一方で、マルテンサイト変態終了温度を100℃以上に保持するためには、Zrの添加量は15原子%未満がよい。好ましくは、強度向上の効果と変態温度の高さという観点から、Zrは、全体組成に対して2原子%以上12原子%以下の範囲であり、より好ましくは、3原子%以上10原子%以下であり、なおさらに好ましくは、3原子%以上7原子%以下の範囲である。
【0025】
本発明では、Xは、Niおよび/またはCo(Ni単独、Co単独、またはこれら両方を意図する)であるが、Niは、TiPdPt化合物の変態温度を低下させるが、Niは形状記憶合金の仕事量に関わる変態歪みを大きくする効果がある。また、Niは、PdやPtと似た性質を持つ、周期律表の10族の元素であり、Pdおよび/またはPtの一部を置換しても、結晶中に大きな欠陥は生成しない。Niは変態歪みの制御には必要であるが、変態温度を下げる効果があるため、添加量が大きいと変態温度(マルテンサイト変態終了温度)が100℃を下回り、高温形状記憶合金として機能しなくなる。
【0026】
Niの添加量は、0.1原子%以上であれば、上述の効果が期待され、マルテンサイト変態終了温度を100℃以上にするためには15原子%未満がよい。Pdおよび/またはPtの一部がNiで置換される範囲は、好ましくは、全体組成に対して、2原子%以上12原子%以下の範囲であり、より好ましくは3原子%以上10原子%以下の範囲である。
【0027】
Coは、TiPdPt化合物の変態温度を低下させるが、Coは形状記憶合金の仕事量に関わる変態歪みを小さくするが、より高い温度で形状回復を有効にする元素である。また、Coは、Pdと似た性質を持つ、周期律表の9族の元素であり、Ni同様、Pdおよび/またはPtの一部を置換しても、結晶中に大きな欠陥は生成しない。Coは変態歪みの制御には必要であるが、変態温度を下げる効果があるため、添加量が大きいと変態温度(マルテンサイト変態終了温度)が100℃を下回り、高温形状記憶合金として機能しなくなる。
【0028】
Coの添加量は、0.1原子%以上であれば、上述の効果が期待され、マルテンサイト変態終了温度を100℃以上にするためには15原子%未満がよい。Pdおよび/またはPtの一部がCoで置換される範囲は、好ましくは、全体組成に対して2原子%以上12原子%以下の範囲であり、より好ましくは3原子%以上10原子%以下の範囲である。
【0029】
なお、X元素として、NiおよびCoの両方が添加されている場合には、両方の合計原子比(原子%)が、0.1原子%以上15原子%未満の範囲であり、好ましくは、2原子%以上12原子%以下の範囲であり、より好ましくは5原子%以上10原子%以下の範囲である。
【0030】
Ptは、PtとPdとの合計の原子比が上述を満たせば、特に制限はないが、TiPdPt化合物の高いマルテンサイト変態温度を維持するため、好ましくは、5原子%以上40原子%以下の範囲を満たす。5原子%未満の場合マルテンサイト変態温度が低下し、高温形状合金として機能し得ない場合がある。40原子%を超えるとTiPdPt化合物に塑性ひずみが入りやすくなり形状記憶合金として機能し得ない場合がある。より好ましくは、Ptは、15原子%より多く27原子%以下の範囲を満たす。これにより、高いマルテンサイト変態温度を維持できる。
【0031】
Pdは、PtとPdとの合計の原子比が上述を満たせば、特に制限はないが、高いマルテンサイト変態温度を維持するため、好ましくは、10原子%以上45原子%以下の範囲を満たす。10原子%未満の場合、Ptが40原子%以上となり塑性ひずみが入り形状記憶合金として機能しない場合がある。45原子%を超えるとマルテンサイト変態温度が低下し、高温形状合金として機能し得ない場合がある。より好ましくは、Pdは、18原子%以上27原子%以下の範囲を満たす。これにより、高い変態温度で完全回復を可能にする。
【0032】
<高温形状記憶合金の特性>
本発明の高温形状記憶合金は、好ましくは、200℃以上600℃以下の範囲のマルテンサイト変態温度(マルテンサイト変態終了温度Mf)を示す。これにより、200℃の高温にて形状回復を示すことができる。より好ましくは、本発明の高温形状記憶合金は、その組成を制御することによって、250℃以上600℃以下の範囲のマルテンサイト変態終了温度を示す。
【0033】
本発明の高温形状記憶合金は、200℃以上700℃以下の範囲のマルテンサイト変態温度近傍で変形、形状回復を繰り返した場合であっても、永久歪みが0%である。このため、高温における高い仕事量と高い繰り返し特性とを有する。
【0034】
<高温形状記憶合金の製造方法>
以下に、本発明の高温形状記憶合金の製造工程の一実施形態について説明する。
【0035】
本発明の高温形状記憶合金は、少なくとも、Ti、Pd、Pt、ZrおよびX(XはNiおよび/またはCoである)を含有する溶製材であって、全体を100原子%とすると、PdとPtとの合計:35原子%より多く55原子%未満、Zr:0.1原子%以上15原子%未満、および、X:0.1原子%以上15原子%未満を満たし、残部がTiおよび不可避不純物である、溶製材を、マルテンサイト変態温度以上のB2型立方晶領域の温度以上、高温形状記憶合金の液相を生じる温度より100℃を下回る温度までの範囲内で熱処理(溶体化処理とも呼ぶ)するステップを包含する。
【0036】
マルテンサイト変態温度は合金組成によって異なるが、本発明の高温形状記憶合金が高融点の元素で構成されているため、オーステナイト相であるB2型立方晶領域の温度で熱処理することにより十分に拡散し、均質化が行われるため望ましい。また、B2型立方晶領域は融点まで続くが、融点近傍で熱処理をすると結晶の規則状態が保たれなくなる可能性があることから、溶体化処理温度は、その合金の液相を生じる温度から100℃を下回る温度を上限とする。
【0037】
熱処理は、上述したように合金組成によって異なるが、例示的には、溶製材を700℃以上1300℃以下の温度範囲で15分以上24時間以下の時間行われる。熱処理雰囲気は、窒素や希ガス(アルゴン等)の不活性雰囲気が好ましい。
【0038】
また、上述の組成を有する溶製材は、一般的なTi材料溶解に用いられる各種溶解法を採用することによって製造される。特に制限されるものではないが、例示的には、アーク溶解法、電子ビーム溶解法、高周波溶解法等の溶解法を挙げることができる。また、溶製材の組成は、上述した高温形状記憶合金の組成を満たすよう適宜選択されることは言うまでもない。
【0039】
熱処理ステップにおいて、熱処理をしながら、または、熱処理に続いて、溶製材に圧縮変形を施してもよい。これにより、合金に転位を導入し、それを均一に分布させることができるので、安定して形状回復する高温形状記憶合金を提供できる。このような圧縮変形は、好ましくは、20%以上90%以下の範囲であり、なおさらに好ましくは40%以上80%以下の範囲である。例えば、40%以上の圧縮変形を施したのち、B2型立方晶領域で熱処理を行い、転位構造を回復させると、合金中の変態歪みが見えなくなり、合金が回復しなくなることからも、変形による転位構造が形状回復に有効であるといえる。
【0040】
熱処理するステップに続いて、目的とする応力以上かつ400MPa以下の応力下でマルテンサイト相が安定な温度からオーステナイト相に変態が終了する温度以上の温度に上昇させた後、マルテンサイト相が安定な温度に降温させる加圧・熱サイクルを1回以上繰り返す加圧・熱サイクル試験(トレーニングとも呼ぶ)を行ってもよい。これにより、繰り返し特性向上に必要な双晶組織を生成することができる。
【0041】
加圧・熱サイクル試験は、好ましくは、50MPa以上400MPa以下の応力下で10回以上行う。応力が400MPaを超えると、合金に回復不可能な大きな歪みが導入される場合があることから、400MPaを上限とする。ここで、「目的とする応力」とは、本発明の高温形状記憶合金が仕事量と繰り返し特性とを発揮する最大応力をいう。すなわち、本発明において、目的とする応力は、400MPaを上限として、所望の目的、用途等に応じて、種々設定することができる。目的とする応力としては、例えば、50MPa、100MPa、150MPa、200MPaなどと設定することができるが、これらに限定されない。
【0042】
上記製造方法により、高温での仕事量と繰り返し特性とに優れた本発明の高温形状記憶合金を製造することができる。本発明の高温形状記憶合金は、アクチュエータに使用されるが、本発明の高温形状記憶合金は、250℃を超える高温にて形状回復を示し、とりわけその高温での仕事量と繰り返し特性とに優れているため、このようなアクチュエータは、ジェットエンジン、自動車用エンジン、船舶用エンジン、飛翔体用エンジン等の高温エンジンに好適である。
【実施例
【0043】
[比較例1~5および実施例1~3]
比較例1~5および実施例1~3は、表1に示す組成を満たすように合金を製造し、そのマルテンサイト変態温度、永久歪み等を評価した。
【0044】
詳細には、表1に示すように、Ti金属(純度99.5%)、Pd金属(純度99.99%)、Pt金属(純度99.99%)、Ni金属(純度99.9%)、Co金属(純度99.9%)、Au金属(純度99.9%)およびZr金属(純度99.7%)を秤量し、真空下にて、アーク溶解により溶解し、それぞれ20gのボタン状の合金を溶製した。
【0045】
次に、この溶製した合金(溶製材)を、アルゴンガスを封入したシリカチューブに配置し、1000℃で20分間熱処理した。次いで、熱処理後の合金の厚さ方向に40%の圧縮変形を施し、空冷した。
【0046】
【表1】
【0047】
得られた各合金の組成を、エネルギー分散型電子線X線分析(EDS)により測定したところ、小数点以下の値にわずかな誤差が見られたものの、実質表1の設計組成と同じであった。このことから、本発明の製造方法を実施すれば、設計組成を満たす合金が得られることが確認された。また、得られた各合金について、室温(25℃)および700℃にてX線回折測定を行ったところ、室温におけるXRDパターンは、B19型斜方晶に特定され、700℃におけるXRDパターンは、B2型立方晶に特定され、TiPd合金とTiPt合金とが全率固溶したTiPdPt合金であることが確認された。
【0048】
各合金を、直径4mm、厚さ1mmを有する試験片に切り出し、示差走査型熱分析装置(DSC、マックサイエンス製、DSC-3200S)により示差熱分析を行い、マルテンサイト変態温度を測定した。測定条件は、大気中で、1分間に10℃の昇温降温速度の条件であった。結果を表2に示す。
【0049】
各合金の試験片について加圧・熱サイクル試験を行い、永久歪みを測定した。詳細には、精密万能試験機(株式会社島津製作所製、AG-X)を用いて、一定の応力(200MPa)下でマルテンサイト相が安定な温度からオーステナイト相に変態が終了する温度以上の温度に上昇させた後、マルテンサイト相が安定な温度に降温させた(永久歪み測定試験)結果から温度-歪み曲線を作成し、試験前後の歪みの差(%)を測定した。なお、加圧・熱サイクル試験は、80回以上行った。結果を図1図4に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
表2においてAs、Af、Ms、Mfは、それぞれ、オーステナイト変態開始温度、オーステナイト変態終了温度、マルテンサイト変態開始温度、マルテンサイト変態終了温度である。比較例1~4の合金は、DSC測定で明確な変態温度が示されなかったため、変態温度は室温以下であると考えられる。比較例5および実施例1~3の合金は、Mfが250℃以上、Afは最高661℃と高い変態温度を示した。
【0052】
図1は、実施例1の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と83回目における温度-歪み曲線を示す図である。
図2は、実施例2の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と91回目における温度-歪み曲線を示す図である。
図3は、実施例3の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と83回目における温度-歪み曲線を示す図である。
図4は、比較例5の合金に対して、200MPaの応力下で複数回加圧・熱サイクル試験を施した時の、1回目と84回目における温度歪み曲線を示す図である。
【0053】
図1図3に示すように、一定荷重(ここでは200MPa)を印加し、複数回加圧・熱サイクル試験(トレーニング)を行うと、実施例1~実施例3の合金は、いずれも、永久歪みが0%になり、完全回復した。また、図2によれば、1回目の加圧・熱サイクル試験によっても永久歪みは実質0%であったので、加圧・熱サイクル試験は1回以上で効果があることが示された。
【0054】
図示しないが、実施例1および実施例3の合金では、10回以上の加圧・熱サイクル試験においても、同様に、永久歪みが0%になることを確認した。このことから、加圧・熱サイクル試験は10回以上が好ましいことが示唆される。
【0055】
さらに、実施例1の合金を300MPa下で加圧・熱サイクル試験を行ったところ、520℃近傍において、3J/cmの仕事量を示し、高温での仕事量に優れることが確認された。
【0056】
図4によれば、比較例5の合金は、1回目の加圧・熱サイクル試験で0.5%もの塑性歪みを示し、84回目の加圧・熱サイクル試験後も0.1%程度の歪みが残り、完全回復しなかった。
【0057】
以上より、本発明の組成を満たす合金は、高温形状記憶合金であり、高温における仕事量と繰り返し特性とが向上することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の高温形状記憶合金は、高温で起こるマルテンサイト変態を利用して形状回復を起こす材料であり、自動車やジェットエンジン等の高温部のアクチュエータ等に利用可能である。また、これら以外にも200℃以上600℃以下の温度範囲で動作するアクチュエータ、高温流体の流量や圧力制御部等に使用することも可能である。
図1
図2
図3
図4