(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】ヒト末梢性コリン作動性神経検出用抗体
(51)【国際特許分類】
C07K 7/06 20060101AFI20221115BHJP
C07K 16/40 20060101ALI20221115BHJP
G01N 33/573 20060101ALI20221115BHJP
C07K 7/08 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
C07K7/06 ZNA
C07K16/40
G01N33/573 A
C07K7/08
(21)【出願番号】P 2018136392
(22)【出願日】2018-07-20
【審査請求日】2021-05-18
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ベリエ ジャンピエール
(72)【発明者】
【氏名】木村 宏
(72)【発明者】
【氏名】遠山 育夫
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-520266(JP,A)
【文献】Journal of Chemical Neuroanatomy,2000年,Vol. 17,P. 217-226
【文献】Acta Histochem. Cytochem.,2013年,Vol. 46, No. 2,P. 59-64
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00 - 19/00
G01N 33/573
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1~4
及び11のいずれか一つで表されるアミノ酸配
列からなるポリペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のポリペプチドに結合する抗体。
【請求項3】
抗血清、ポリクローナル抗体、又はモノクローナル抗体である、請求項2に記載の抗体。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の抗体を含む、ヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬。
【請求項5】
請求項2又は3に記載の抗体を含む、ヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチド、該ポリペプチドに結合する抗体に関する。さらに、本発明は、該抗体を含む、ヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬、及びヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬に関する。
【背景技術】
【0002】
アセチルコリンは、世界で初めて認められた神経伝達物質で、中枢神経系においては、学習・記憶などの重要な神経機能を担い、末梢神経系では、運動神経、交感神経節前線維及び一部の節後線維、副交感神経の節前・節後線維の神経伝達物質として機能している(McGeer PL, Eccles Sir JC, McGeer EG: Molecular Neurobiology of the Mammalian Brain. Plenum Press, new York, 1987.及びハル・ブルーメンフェルト著、安原治訳、ブルーメンフェルト、カラー神経解剖学-臨床例と画像鑑別診断、東京出版、2016年.)。
【0003】
しかしながら、アセチルコリンそのものを形態学的に観察する方法は未だ確立されていないため、アセチルコリン作動性神経(コリン神経、コリン作動性神経)を形態学的に証明するためには、その合成酵素や分解酵素、トランスポーターをマーカーとして用いる必要がある。現在のところコリン神経の最も信頼できるマーカーは、アセチルコリンの合成酵素であるコリンアセチル基転移酵素(Choline acetyltransferase, ChAT)であり、コリン神経の形態学的証明には、ChAT抗体を用いたChAT免疫組織化学法が広く用いられている(非特許文献1)。しかしながら、現在使われているChAT抗体は、中枢神経系のコリン神経系を明瞭に観察できるものの、末梢神経系のコリン神経系を検出することが非常に困難である(非特許文献1)。
【0004】
本発明者らはこうした現象から、中枢神経系に存在するChATと末梢神経系に存在するChATでは構造が異なるという仮説を立てて、ラットの末梢性ChATの構造を明らかにしてpChATと命名し、その特異抗体を作製することで、ラットの末梢のコリン神経の形態学的検出法を開発することに成功している(非特許文献2)。ついで、ヒトのpChATの構造の解析を試みたが、全体の構造まで決定するには至らなかった(非特許文献3)。さらに、ラットのpChAT抗体を用いてヒトの脳や末梢神経のpChATの検索をしたものの、ヒトではラットのpChAT抗体は極めて弱い反応しか示さず、一部のpChAT神経しか染色できていない(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】木村宏、遠山育夫、コリン神経系の化学解剖、臨床神経学、第38巻、第12号、1005頁-1008頁、1998年.
【文献】I Tooyama and H Kimura: A protein encoded by an alternative splice variant of choline acetyltransferase mRNA is localized preferentially in peripheral nerve cells and fibers. J Chem Neuroanat 17: 217-226, 2000.
【文献】遠山育夫、木村宏、松尾昭典、ヒトおよびサル脳の新規アセチルコリン合成酵素pChATの遺伝子構造と脳機能回路、平成16年度~平成18年度科学研究費補助金 研究成果報告書、平成19年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ヒト末梢性ChATの特異的な検出のために使用できるポリペプチド、及び該ポリペプチドに結合する抗体を提供することを目的とする。さらに、本発明は、該抗体を含む、ヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬、及びヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、改めて発明者らは、ヒト末梢性アセチルコリン合成酵素に特異的な多数の候補ペプチドを設計し、その抗体を作製することで、免疫組織化学法でヒトの末梢性コリン神経を染色し、その形態を観察することを試みた。
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ついにヒトpChATを明瞭に同定できるペプチド配列を見出し、その抗体を作製することができた。その抗体力価を調べたところ、驚くべきことに、従来から知られていたラットpChAT抗体に比べ、100倍以上の感度をもって、ヒトの末梢性コリン神経を染色することが可能であった。
【0009】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のポリペプチド、抗体、ヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬、及びヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬を提供するものである。
【0010】
項1.配列番号1~4のいずれか一つで表されるアミノ酸配列をC末端側に含む20残基以内のアミノ酸配列からなるポリペプチド。
項2.項1に記載のポリペプチドに結合する抗体。
項3.抗血清、ポリクローナル抗体、又はモノクローナル抗体である、項2に記載の抗体。
項4.ヒト末梢性コリンアセチル基転移酵素に対する抗体である、項2又は3に記載の抗体。
項5.項2~4のいずれか一項に記載の抗体を含む、ヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬。
項6.項2~4のいずれか一項に記載の抗体を含む、ヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬。
項7.前記ヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患が、ヒルシュスプリング病、自律神経失調症、片頭痛、又は神経変性疾患(例えば、パーキンソン病、レビー小体病、アルツハイマー病、脊髄小脳変性症など)である、項6に記載の診断薬。
【発明の効果】
【0011】
本発明のポリペプチドを使用することにより、ヒトの末梢性コリン作動性神経に特異的に結合する抗体を作製することができる。本発明の抗体によれば、免疫組織化学法でヒトの末梢性コリン作動性神経を染色し、その形態を観察することが可能となる。本発明の抗体は、ヒトの末梢性コリン作動性神経に特異的に結合するので、ヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬及びヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬の有効成分として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】コリンアセチル基転移酵素(ChAT)遺伝子の構造を示す図である。(A) ChAT遺伝子は15個のエクソンを持つ。(B)通常知られているChAT遺伝子は、オルタネイティブスプライシングによってエクソン2から15で構成されるChAT蛋白を作る。(C)末梢型ChATは、エクソン6, 7, 8、 9を欠いて、エクソン5と10が結合する。
【
図2】各種のペプチド配列に対する抗体を用いた免疫組織化学染色の結果を示す写真である。(A)エクソン5由来ペプチド、(B)エクソン7由来ペプチド、(C) LISGVLSYKALLDRTQSSRKLIRADSVSE、(D) GVLSYKALLDRTQSSRKLIRADS、(E) SYKALLDRTQSSRKLIR、(F) SYKALLDRTQSSRK、全てのスケールは200μm
【
図3】抗cChAT抗体及び抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫組織化学染色の結果を示す写真である。(A)ヒト線条体切片における抗cChAT抗体を用いた免疫組織化学法、(B)ヒト内臓切片における抗cChAT抗体を用いた免疫組織化学法、(C)ヒト線条体切片における抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫組織化学法、(D)ヒト内臓切片における抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫組織化学法、全てのスケールは50μm
【
図4】抗ヒトpChATポリクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色の結果を示す写真である。(A)ヒト内臓における抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色、(B)サル内臓における抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色、(C)ラット内臓における抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色、(D)マウス内臓における抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色、全てのスケールは200μm
【
図5】ヒト内臓における抗ラット及び抗ヒトpChATポリクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色の結果を示す写真である。(A)抗ラットpChAT抗体を用いた免疫染色(1:8,000希釈)、(B)標準的なヒト血清で吸着した抗ラットpChAT抗体を用いた免疫染色(1:400希釈)、(C)抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色(1:20,000希釈)、全てのスケールは50μm
【
図6】ヒト内臓における抗ラット及び抗ヒトpChATポリクローナル抗体を用いた二重免疫蛍光染色の結果を示す写真である。(A)抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫蛍光染色(1:10,000希釈)、(B)標準的なヒト血清で吸着した抗ラットpChAT抗体を用いた免疫蛍光染色(1:100希釈)、(C)抗ヒトpChAT抗体及び抗ラットpChAT抗体による免疫蛍光染色の合成画像、全てのスケールは50μm
【
図7】抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色の結果を示す写真である。(A)ヒト結腸の横断面、(B)粘膜の水平面、(C)輪走筋の水平面、(D)縦走筋の水平面、(E)粘膜下神経叢の水平面、(F)筋層間神経叢の水平面、全てのスケールは200μm、略語:M 粘膜、SMP 粘膜下神経叢、CM 輪走筋、MP 筋層間神経叢、LM 縦走筋
【
図8】抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫染色の結果を示す写真である。筋層間神経叢(A-E)及び粘膜下神経叢(F-I)の両方において全てのコリン作動性細胞がヒトpChAT抗体により標識化された。(A) Dogiel I、(B) small Dogiel I、(C) Dogiel II、(D) Dogiel III、(E) Dogiel IV、(F) Dogiel II (IPAN)、(G) Dogiel IV、(H)単極、(I)星状、全てのスケールは50μm
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0015】
本明細書における、コリンアセチル基転移酵素(Choline acetyltransferase, ChAT)は、EC番号2.3.1.6であり、コリン及びアセチルCoAから、アセチルコリン及びCoAを生成する反応を触媒する酵素である。
【0016】
ポリペプチド
本発明のポリペプチドは、配列番号1~4のいずれか一つで表されるアミノ酸配列をC末端側に含む20残基以内のアミノ酸配列からなることを特徴とする。
配列番号1:SYKALLDRTQSSRK
配列番号2:YKALLDRTQSSRK
配列番号3:KALLDRTQSSRK
配列番号4:ALLDRTQSSRK
【0017】
本発明のポリペプチドを使用することにより、ヒトの末梢性コリン作動性神経に特異的に結合する抗体を作製することが可能となる。
【0018】
配列番号1~4のアミノ酸配列の中でも、配列番号1~3のアミノ酸配列が好ましく、配列番号1及び2のアミノ酸配列がより好ましく、配列番号1のアミノ酸配列が特に好ましい。
【0019】
本発明のポリペプチドのアミノ酸残基の数としては、例えば、20残基以内、19残基以内、18残基以内、17残基以内、16残基以内、15残基以内、14残基以内が挙げられる。
【0020】
本発明のポリペプチドには、その塩も含まれる。ここで「塩」とは、ポリペプチドの薬理学的に許容される任意の塩であり、例えば、ポリペプチドのナトリウム塩、カルシウム塩、カリウム塩、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩、リン酸塩、有機酸塩(酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、クエン酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、プロピオン酸塩、コハク酸塩、ギ酸塩、フマル酸塩、ピクリン酸塩、安息香酸塩、ベンゼンスルホン酸塩等)等が挙げられる。
【0021】
また、本発明のポリペプチドには、その誘導体も含まれる。ここで「誘導体」とは、本発明のポリペプチドの官能基を公知の方法により修飾、付加、置換、変異、削除等により改変されたものをいう。例えば、本発明のポリペプチドのN末端、C末端、又はアミノ酸の側鎖が保護基などによって修飾されているものが挙げられる。誘導体としては、例えば、アセチル化、パルミトイル化、アミド化、ダンシル化、ミリスチル化、アクリル化、ビオチン化、リン酸化、アニリド化、ベンジルオキシカルボニル化、サクシニル化、ホルミル化、ニトロ化、スルフォン化、モノメチル化、アルデヒド化、グリコシル化、ジメチル化、トリメチル化、グアニジル化、環状化、マレイル化、トリフルオロアセチル化、トリニトロフェニル化、カルバミル化、ポリエチレングリコール化、アセトアセチル化、グリコシル化されたもの等が挙げられる。また、本発明のポリペプチドの誘導体には、本発明のポリペプチドに化合物を結合できるようにするために、N末端又はC末端においてシステインが結合したものも含まれる。
【0022】
本発明のポリペプチドを構成するアミノ酸は、L体又はD体のいずれであってもよい。本発明のポリペプチドを構成するアミノ酸は、天然のアミノ酸に限定されず、非天然のアミノ酸であってもよい。
【0023】
本発明のポリペプチドは、固相合成法、液相合成等の公知の合成手法を利用することや、該ペプチドをコードする核酸を導入した形質転換体を培養することにより製造することができる。形質転換体を作製するための宿主としては、例えば、酵母、大腸菌、昆虫細胞、哺乳動物細胞、植物細胞などが挙げられる。
【0024】
生産したポリペプチドの精製は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー、硫酸アンモニウム塩析法等により行うことができる。
【0025】
抗体
本発明の抗体は、上記ポリペプチドに結合することを特徴とする。
【0026】
本発明の抗体は、ヒトpChATに対する抗体であり、ヒトの末梢性コリン作動性神経に特異的に結合するものであるので、免疫組織化学法などを使用することでヒトの末梢性コリン作動性神経を特異的に染色でき、その形態を観察することが可能となる。
【0027】
本発明の抗体は、抗血清、ポリクローナル抗体、及びモノクローナル抗体のいずれであってもよい。また、本発明の抗体は、抗体断片であってもよく、抗体断片としては、例えば、Fab、Fab'、F(ab')2、Fv、scFv等が挙げられる。本発明の抗体は、酵素、蛍光物質、放射性化合物、ビオチン等により標識化されたものであってもよい。
【0028】
本発明の抗体は、公知の方法に従って取得することが可能であり、例えば、上記ポリペプチドを使用して動物を免役した後、血液を回収し、抗体の精製を行うことで作製することができる。免疫に用いられる動物としては、例えば、哺乳動物としてはマウス、ラット、ウシ、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、モルモット等が挙げられる。
【0029】
上記ポリペプチドは、免疫原として使用する際に、抗体を産生させ易くするために適当なタンパク質に結合することもできる。使用されるタンパク質としては、ウシ血清アルブミン、卵白アルブミン、キーホールリンペット・ヘモシアニン(KLH)等が挙げられ、特にKLHが好ましい。上記ポリペプチドは、免疫の前に、その免疫反応を増強させるために、適当なアジュバントと混合させることもできる。
【0030】
検出用試薬及び診断薬
本発明のヒトの末梢性コリン作動性神経の検出用試薬は、上記抗体を含むことを特徴とする。また、本発明のヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断薬は、上記抗体を含むことを特徴とする。
【0031】
本発明の検出用試薬及び診断薬は、上記抗体を含むため、ヒトの末梢性コリン作動性神経を検出することが可能である。そのため、本発明の診断薬により、ヒトの末梢性コリン作動性神経が障害される疾患の診断及び病態の研究が可能となり得る。また、本発明の検出用試薬により、ヒトの末梢性コリン作動性神経系の形態学的研究が可能となり、特に腸管神経や副交感神経の形態学的研究に有用である。
【0032】
上記抗体によるヒトの末梢性コリン作動性神経の検出は、酵素、蛍光物質等を標識として用いた免疫組織化学法などの常法により行うことができる。上記抗体を検出用試薬及び診断薬として使用する場合の使用量は、ヒトの末梢性コリン作動性神経の存在についての判別が可能になる程度にまで結合量が十分となる量であればよく、試料の種類、濃度等の条件により適宜選択される。また、本発明の検出用試薬及び診断薬は、上記抗体の機能を阻害しない程度で他の添加剤を含むことができる。
【0033】
本発明の検出用試薬及び診断薬に使用する(生体)試料としては、被験対象から単離された、細胞、組織(生検及び剖検組織を含む)、体液などが挙げられる。
【0034】
末梢性コリン作動性神経が障害される疾患としては、例えば、ヒルシュスプリング病、自律神経失調症、片頭痛、神経変性疾患(例えば、パーキンソン病、レビー小体病、アルツハイマー病、脊髄小脳変性症など)等が挙げられる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0036】
<方法>
・ペプチドデザイン
推測されるヒトpChAT配列のエクソン5と10の間の接合部の配列は、pChATに特有のものであるため、抗原として使用した(
図1参照)。エクソン5及び10の接合部分を含む異なる長さの以下のペプチドをデザインした。
(C)LISGVLSYKALLDRTQSSRKLIRADSVSE (配列番号5、6)
(C)GVLSYKALLDRTQSSRKLIRADS (配列番号7、8)
(C)SYKALLDRTQSSRKLIR (配列番号9,10)
(C)SYKALLDRTQSSRK (配列番号11)
【0037】
・ヒトpChATに対するマウス及びウサギポリクローナル抗体の調製
Fmoc固相ペプチド合成法を使用して合成ペプチドを作製した。ペプチドの同一性及び純度は、UV-HPLC及び質量分析計を用いて確認した。ペプチドの純度は70%以上であった。免疫のために使用した抗原ペプチドの配列は上記のものである。マレイミド化学を用いた結合を容易にするために、システインをN末端に結合した。Imject Maleimide-Activated mcKLH Spin Kit (Thermo Fisher Scientific)を用いてマニュアルに従って、ペプチドをN末端のシステインを介して免疫原性担体KLHと結合した。
【0038】
Balb/cマウス(5週齢;日本エスエルシー株式会社)とニュージーランドホワイトウサギ(5週齢;日本エスエルシー株式会社)は、抗血清を生成するための宿主として使用した。動物についての全ての実験の手順は、NIH Guide for Care and Use of Laboratory Animals (1996)に従って動物の数と苦痛を最小限とするように設計され、滋賀医科大学動物実験委員会により承認された。
【0039】
マウスとウサギは、2週間の間隔で、1.25-25μgのKLH結合ペプチドを含む0.1 mlのTitermax gold (Sigma-Aldrich, Saint-Louis, MO)エマルジョンを複数の箇所に皮下注射して免疫化した。抗血清は免疫4日後に回収し、力価を確認した。免疫は、通常9回繰り返した。
【0040】
最後の放血は、全身麻酔下で心臓穿刺により行った。放血後、動物は人道的に安楽死させた。最終的に、マウスのポリクローナル及びウサギのポリクローナル抗ヒトpChAT抗体が得られた。
【0041】
・ヒト、サル及びマウス組織
ヒト(男と女の両方)組織標本は病理剖検から得られ、胃腸の病状は診断されなかった。ヒトの標本の使用と収集方法は、滋賀医科大学倫理委員会によって承認された。全ての組織検体は、死後3-7時間以内に得られた。サルは本プロジェクトのために屠殺されなかった。カニクイザルからの結腸の3つの検体は、滋賀医科大学動物実験委員会及びバイオセイフティー委員会によって承認された方法に従って屠殺された動物から得られた。
【0042】
・組織固定化及び切片調製
ヒト及びサルの組織は、4日間4℃で、0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.4)で希釈された4%パラホルムアルデヒドを含む混合液中で固定化した。ラットの組織は、同じ固定剤を使用して経心的に灌流した(Bellier and Kimura, 2007)。固定化された組織は、24時間以上、15%スクロースを含む0.1 Mリン酸バッファー(pH 7.4)中に静置した後、Tissue-Tek (登録商標) optimum cutting temperature compound (サクラファインテックジャパン株式会社)で凍結させ、28μm厚の切片にクリオスタットでカットした。切片は、4℃で、0.9% NaClと0.3% Triton (登録商標) X-100を含む0.01 Mリン酸バッファー(pH 7.4)(PBST)中で保存し、組織透過性を向上させた。
【0043】
・免疫組織化学法
内因性ペルオキシダーゼ活性を阻害するために、最初に、free-floating切片を室温で0.1%アジ化ナトリウム及び0.5%過酸化水素を含むPBSTで60分間処理した。ChATの一般的な形態(cChAT)の検出のために、cChAT抗体を1:10,000の希釈率で使用した(Kimura et al. 2007)。次に、切片は、4℃で12-24時間、一次マウス又はウサギポリクローナル抗ヒトpChAT抗血清とインキュベートし、その後、1時間、ビオチン化ヤギ抗マウスIgG (BA-2000; Vector Laboratories, Burlingame, CA; 1:3,000希釈)又はビオチン化ヤギ抗ウサギIgG (BA-1000; Vector Laboratories, Burlingame, CA; 1:3,000希釈)とインキュベートした。次に、切片は、室温で1時間、アビジン-ビオチン-ペルオキシダーゼ複合体(PK-6100; Vector Laboratories; 1:3,000希釈)とインキュベートした。50 mM Tris-HClバッファー(pH 7.6)中に0.04% 3,3'-ジアミノベンジジン4塩酸塩、0.4%硫酸ニッケルアンモニウム、及び0.003%過酸化水素を含む溶液で20分間処理することでダークブルーの沈殿を生じさせ、ペルオキシダーゼ活性を可視化して免疫標識を行った。全ての試薬の希釈及び各工程の後の洗浄のためにPBSTを使用した。染色された切片は水道水で洗浄し、ガラススライド(プラチナコート, 松波硝子工業株式会社)上に乗せ、一連のアルコール洗浄により脱水し、キシレンで洗浄し、Entellan (Merck, Darmstadt, Germany)でカバースリップした。免疫組織化学法のコントロールは、一次抗体を免疫前の血清に代えることにより、及び(1:20モルの割合で)抗体をmcKLHフリー抗原ペプチドで吸着することにより実施した。デジタル画像は、顕微鏡(BX50、オリンパス株式会社)に付属のカメラ(D27、オリンパス株式会社)に装着された画像収集システム(DP2-SAL、オリンパス株式会社)を使用して収集した。
【0044】
・二重標識化免疫蛍光染色
組織のfree-floating切片は、マウスポリクローナル抗ヒトpChAT抗体(1:10,000希釈)、及び標準的なヒト血清と吸着されたウサギポリクローナル抗ラットpChAT抗体(Tooyama and Kimura, 2000)(1:100希釈)の混合液と4℃で48時間、インキュベートした。PBSTでの3度のリンスの後、切片は室温で3時間、最適な二次抗体とインキュベートした。二次抗体は、Alexa Fluor 555結合抗ウサギIgG、Alexa Fluor 647結合抗マウスIgG (1:500希釈; Thermo Fisher Scientific)であった。ネガティブコントロールの切片は一次抗体無しで同じ手順に供された。PBSTでの3回の洗浄後、切片はコートされたガラススライド上に乗せ、供焦点レーザー走査型顕微鏡(FV-1000、オリンパス株式会社)を用いて試験した。
【0045】
<結果>
・ペプチドからポリクローナル抗体の生成
上記のペプチドを用いて作製した抗血清について、ヒト結腸の切片で試験を行った。それらの中で、ペプチドSY
KALLDRTQSSRKを用いて免疫化することによって生成した抗体は最も良いシグナル/バックグラウンド比を示し、ロバストな免疫染色が確実に観察された。しかしながら、エクソン5由来ペプチド、エクソン7由来ペプチド、LISGVLSYKALLDRTQSSRKLIRADSVSE、GVLSYKALLDRTQSSRKLIRADS、SYKALLDRTQSSRKLIRなどに対する抗体では、ヒトpChATを認識できなかった(
図2)。
【0046】
・ヒト末梢神経系の抗ヒトpChAT抗血清による標識化
抗ヒトpChAT抗体、及び以前報告されたcChAT遺伝子を特異的に認識する抗血清を用いた免疫組織化学染色をヒト線条体及び内臓に対して行った。
【0047】
線条体は、cChATを介してアセチルコリンを合成する多くのニューロンを含んでいる。これらのニューロンはpChATを発現しない。cChAT免疫組織化学法がヒト線条体及び内臓の組織切片に適用された時、線条体ニューロンは免疫標識されたが(
図3A)、ヒトの内臓では染色は観察されなかった(
図3B)。新たな抗ヒトpChAT抗体を用いてヒトの線条体及び内臓の切片で免疫組織化学法が行われた時、ヒトの線条体ではシグナルは観察されなかったが(
図3C)、内臓の腸神経系ではよく染色された(
図3D)。この結果は、新たなpChAT抗血清が末梢神経系のニューロンを特異的に認識することを示している。加えて、ヒトpChATに対する特異的抗体が、ヒト組織におけるコリン作動性の末梢神経系を明らかにできることを初めて実証している。
【0048】
さらに、ラット、マウス及びサルの腸で行われた染色は、抗血清はヒト及びサルの組織だけを標識化し、他の種の組織は標識化しないことを示した(
図4)。
【0049】
・新たな抗ヒトpChAT抗体によるヒトpChATの認識
以前作製された抗ラットpChAT抗体(Tooyama and Kimura, 2000)をヒトの内臓切片に適用した。過剰な非特異的バックグラウンド染色のために、特異的な染色は観察されなかった(
図5A)。この非特異的染色は、標準的なヒト血清と抗血清を吸着させることで一部は抑制された。反対に、新たな抗ヒトpChAT抗体は吸着又はブロッキングを必要とせず、高い希釈率で組織切片を効率的に染色できた。新たな抗ヒトpChAT抗体はロバストな染色、高いシグナル/バックグラウンド比、及び正確な解剖学的描写を可能にする高い解像度を示した(
図5C)。
【0050】
新たな抗ヒトpChAT抗体、及び標準的なヒト血清に吸着した抗ラットpChAT抗体を用いて二重免疫蛍光染色を行った時、両方の抗体での完全な染色パターンの一致が観察された(
図6C)。これは、新たな抗ヒトpChAT抗体のターゲットはpChATであることを示しており、それ故、新たな抗ヒトpChAT抗体はヒトpChATタンパク質を特異的に認識することを証明している。
【0051】
・ヒト結腸における抗ヒトpChAT抗体の標識化パターン
ヒト結腸において新たな抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫組織化学法は、高い解剖学的解像度で結腸壁の細胞及び繊維を標識化した。低倍率では、抗ヒトpChAT抗体の染色パターンは腸神経系に限定されていた。ポジティブな平滑線維は、輪走及び縦走筋層の両方において粘膜の腺窩の間に観察された。粘膜下神経叢及び筋層間神経叢において、標識化は細胞体及び線維の両方において存在した(
図7)。詳細な観察は、ほとんどの染色された線維が異常に拡張していたことを示した。
【0052】
・抗ヒトpChAT抗体による腸神経系の詳細な染色パターン
高倍率で、抗ヒトpChAT抗体を用いた免疫組織化学法は、粘膜下神経叢及び筋層間神経叢においてロバスト及び詳細な染色を示した。免疫染色は細胞質性であり、神経細胞体、樹状突起、及び軸索に局在化した。抗ヒトpChAT抗体は高い解剖学的解像度及び高感度を提供したので、形態に従い神経細胞の種類の特定が容易であった。粘膜下神経叢では、Dogiel type II及びIVが多くの単極及び星状ニューロンと一緒に染色された。筋層間神経叢では、Dogile I、II及びIIIがsmall Dogiel I細胞と同様に染色された(
図8)。全てのこれらの神経細胞の種類は神経伝達物質としてアセチルコリンを使用することが知られている(Furness, 2006)。それ故、抗ヒトpChAT抗血清は腸神経系の全てのコリン作動性ニューロンを標識化できることを示している。
【0053】
・参考文献
Bellier, J. and Kimura, H. (2007) Acetylcholine synthesis by choline acetyltransferase of a peripheral type as demonstrated in adult rat dorsal root ganglion. J Neurochem 101: 1607-1618.
Furness JB (2006) The Enteric Nervous System. Blackwell, Oxford.
Kimura S, Bellier JP, Matsuo A, Tooyama I, Kimura H. (2007) The production of antibodies that distinguish rat choline acetyltransferase from its splice variant product of a peripheral type. Neurochem Int. 50(1):251-5.
Tooyama I, Kimura H. (2000) A protein encoded by an alternative splice variant of choline acetyltransferase mRNA is localized preferentially in peripheral nerve cells and fibers. J Chem Neuroanat. 17(4):217-26.
【配列表】