(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】アミンの酸化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 9/06 20060101AFI20221115BHJP
C12N 9/04 20060101ALI20221115BHJP
A23L 35/00 20160101ALN20221115BHJP
【FI】
C12N9/06 B
C12N9/04 Z
A23L35/00
(21)【出願番号】P 2019097279
(22)【出願日】2019-05-24
【審査請求日】2021-12-23
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】足立 収生
(72)【発明者】
【氏名】藥師 寿治
(72)【発明者】
【氏名】片岡 尚也
(72)【発明者】
【氏名】松下 一信
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108060142(CN,A)
【文献】特開2018-046814(JP,A)
【文献】国際公開第2015/151216(WO,A1)
【文献】特開2006-006992(JP,A)
【文献】特開昭62-294046(JP,A)
【文献】日本醸造協会誌, 2010, vol. 105, no. 11, pp. 730-737
【文献】科学研究費助成事業 研究成果報告書(課題番号23580115), 2014.06.18, pp. 1-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00- 9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/AGRICOLA/BIOTECHNO/CABA/FSTA/SCISEARCH/TOXCENTER(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンに、
(a)糸状菌由来のアミン酸化酵素;
(b)酢酸菌由来であって、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素(Terminal ubiquinol oxidase) が結合したアルデヒド酸化酵素複合体;
の(a)及び(b)を作用させることを特徴とする、前記アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンの酸化方法。
【請求項2】
アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンが、ヒスタミン又はチラミンであることを特徴とする請求項1記載のアミンの酸化方法。
【請求項3】
糸状菌が麹菌であることを特徴とする請求項1又は2記載のアミンの酸化方法。
【請求項4】
酢酸菌が、細胞膜にアルコール酸化系を持つ酢酸菌であることを特徴とする請求項1~3のいずれか記載のアミンの酸化方法。
【請求項5】
(a)糸状菌由来のアミン酸化酵素、(b)酢酸菌由来であって、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素が結合したアルデヒド酸化酵素複合体の(a)及び(b)を同時に作用させることを特徴とする請求項1~4のいずれか記載のアミンの酸化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵食品や水産加工品等に発生して、中毒を引き起こすなど人体に有害なヒスタミン、又はチラミン等のアミンを酸化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チーズ、味噌、納豆、ワイン等の発酵食品、魚醤、魚練り製品等の水産加工品、あるいは保存中の鮮魚類には、ヒスタミンやチラミンをはじめとする、アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンが発生する。このアミンは主として食品が腐敗する際にタンパク質の分解を経て、アミノ酸の脱炭酸反応を触媒する微生物の作用で生成することが知られている(非特許文献1参照)。例えばヒスタミンはヒスチジンから変換されて生成し、チラミンはチロシンから変換されて生成する。ヒスタミンやチラミンは摂取量によっては人体に有害である。鮮度が劣化した青魚を摂取することで発生するスコンブロイド中毒もヒスタミンよって引き起こされるアレルギー様食品中毒の一つである。チラミンも頭痛、血圧上昇、嘔吐等を引き起こすことがある。
【0003】
このようにヒスタミン等のアミンが人体に有害であり、特にヒスタミン中毒が多く発生していることから、現在ではヒスタミン検出法やヒスタミン検出装置が開発されている(特許文献1、2参照)。一方、ヒスタミン等のアミンは調理等によって加熱しても分解されない。そのため、一度発生したヒスタミン等のアミンを効率よく酸化して人体に有害でない物質に変換する方法が求められていた。
【0004】
ところで、麹菌に生成して広い基質特異性を示すアミン酸化酵素は、古来より我が国伝統の醸造業に使用されてきた(非特許文献2参照)。かかるアミン酸化酵素を用いて、反応速度はヒスタミンの酸化速度に比べて極端に低く実用性に乏しいが、α位のアミノ基を保護したリジンだけに特異的に反応し、側鎖のアミノ基をアルデヒドに変換する方法が開示されている(特許文献3参照)。
【0005】
また、食酢醸造に用いられてきた酢酸菌のアルデヒド脱水素酵素(非特許文献3)は、細胞膜に結合しており、アルデヒドを酸化することが知られている。一方で、上記アミン酸化酵素と上記酢酸菌のアルデヒド脱水素酵素との組み合わせによる共役反応でヒスタミンやチラミンを酸化する方法についてはこれまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2000-310616号公報
【文献】国際公開第2019/049966号パンフレット
【文献】特開2005-304477号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】発酵食品中に含まれるアミン類、東京都健康安全センター年報、55, 13-22 (2004).
【文献】H. Yamada, O. Adachi, K. Ogata, Agric. Biol. Chem., 29, 864-869 (1965).
【文献】M. Ameyama, O. Adachi, Methods in Enzymology, 89, 491-497 (1982).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のようにヒスタミンやチラミン等のアミンは人体に有害であるが、ヒスタミンやチラミンは調理等によって加熱しても分解されない。そのため、一度発生したヒスタミンやチラミンを効率よく酸化する方法が求められていた。そこで本発明の課題は、人体に有害なヒスタミン又はチラミン等のアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを酵素反応によって酸化する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
水産加工品に発生して食中毒を引き起こすヒスタミン又はチラミンの安全な酸化法を開発することは、学術的にも社会的にも有用な意義がある。この課題の解決のために、麹菌のアミン酸化酵素と酢酸菌の膜結合型アルデヒド酸化酵素複合体との共役反応を構築した。具体的には、麹菌由来のアミン酸化酵素(Fungal Amine Oxidase:以下、単に「FAO」ともいう)と、酢酸菌から調製した、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素(Terminal ubiquinol oxidase)が結合したアルデヒド酸化酵素複合体(Membrane-bound Aldehyde Dehydrogenase-oriented Terminal Oxidase Complex:以下、単に「ALOX」ともいう)の持つアルデヒド酸化力を利用して、以下の式(I)の反応式で示すように、FAOとALOXの両酵素による共役反応系を使って、ヒスタミンのFAOによるアミンの酸化と、その酸化反応で生成する有毒なアルデヒドを、ALOXによってカルボン酸へと酸化し、有毒アミンを酸化して低減できることを見いだし、本発明を完成した。
【0010】
【0011】
上記式(I)の反応式について詳細に説明する。式(I)でFAO反応とALOX反応を強調するために、両者の単位反応を省略しているが、実際に両酵素は以下の単位反応を触媒する。
FAO: R-CH2-NH2 + O2 → RCHO + NH3 + H2O2
アミン アルデヒド
(O2は空気中の酸素又は反応液中の溶存酸素を意味していて、外部から電子受容体等を加える必要はない。また、Rはイミダゾール基を意味する。)
ALOX: RCHO + O2 → RCOOH + H2O (RCHO + 1/2O2 → RCOOH + H2Oとも表せる)
アルデヒド カルボン酸
(O2は空気中の酸素又は反応液中の溶存酸素を意味していて、外部から電子受容体等を加える必要はない。この点で他のアルデヒド酸化酵素(EC 1.2.3.1)のようにH2O2を発生する反応を触媒する酵素とは明らかに異なっている。また、Rはイミダゾール基を意味する。)
【0012】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンに、
(a)糸状菌由来のアミン酸化酵素;
(b)酢酸菌由来であって、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素(Terminal ubiquinol oxidase)が結合したアルデヒド酸化酵素複合体;
の(a)及び(b)をさせることを特徴とする、前記アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンの酸化方法。
〔2〕アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンが、ヒスタミン又はチラミンであることを特徴とする上記〔1〕記載のアミンの酸化方法。
〔3〕糸状菌が麹菌であることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕記載のアミンの酸化方法。
〔4〕酢酸菌が、細胞膜にアルコール酸化系を持つ酢酸菌であることを特徴とする上記〔1〕~〔3〕のいずれか記載のアミンの酸化方法。
〔5〕(a)糸状菌由来のアミン酸化酵素、(b)酢酸菌由来であって、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素(Terminal ubiquinol oxidase)が結合したアルデヒド酸化酵素複合体の(a)及び(b)を同時に作用させることを特徴とする上記〔1〕~〔4〕のいずれか記載のアミンの酸化方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、ヒスタミン、又はチラミン等のアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを酸化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例2において、ベンジルアミンにFAO及びALOXを反応させて反応生成物の250 nm及び230 nmの吸収度の変化を追跡した結果を示す図である。Line 1はベンジルアミンとFAOのみを反応させた場合であり、ベンズアルデヒドの発生による250 nmでの吸収の増加で示した。Line 2はLine 1 と同じ反応を行い、3分後にALOXを加えて反応の進行を250 nm及び安息香酸(Benzoic acid)に特徴的な吸収変化を230 nmで追跡した結果である。ALOXの添加によって250 nmでのベンズアルデヒドの増加は停止し、代わって230 nmでの安息香酸の生成を示している。Line 3は最初からFAOとALOXを同じ反応液に加えてベンジルアミンの酸化を調べたところ、230 nmでの安息香酸の生成のみが見られた。
【
図2】酢酸菌のALOXの模式図である。なお、モリブドプテリンは省略してある。
【
図3】実施例2において、ALOXによるベンズアルデヒドの酸化を調べた結果を示す図である。
【
図4】実施例4において、ALOXによるベンズアルデヒド酸化の最適pHを調べた結果を示す図である。
【
図5】実施例5において、残存するヒスタミンを測定した結果を示す図である。
【
図6A】実施例6において、ヒスタミンにFAO及びALOXを反応させた後、カラムから溶出した反応生成物の吸光度を測定した結果を示す図である。
【
図6B】実施例6において、ヒスタミンにFAOのみを反応させた後、カラムから溶出した反応生成物の吸光度を測定した結果を示す図である。
【
図7A】実施例7において、チラミンにFAO及びALOXを反応させた後、カラムから溶出した反応生成物の吸光度を測定した結果を示す図である。
【
図7B】実施例7において、チラミンにFAOのみを反応させた後、カラムから溶出した反応生成物の吸光度を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のアミン酸化方法は、アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンに、
(a)糸状菌由来のアミン酸化酵素;
(b)酢酸菌由来であって、細胞膜にアルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素が結合したアルデヒド酸化酵素複合体;
の(a)及び(b)を作用させて、前記アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを酸化する方法であればよく、かかる方法を用いれば、食中毒を引き起こすなど人体に有害なヒスタミン、又はチラミン等のアミンを酸化し、人体に有害な物質を低減することが可能となる。
【0016】
アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンとしては、ヒスチジンから生成されるヒスタミン、チロシンから生成されるチラミン、フェニルアラニンから生成されるフェネチルアミン、トリプトファンから生成されるトリプタミン、アルギニンから生成されるアグマチン、ノルロイシンから生成されるn-アミルアミン、ロイシンから生成されるiso-アミルアミン、イソロイシンから生成される2-メチルブチルアミン、セリンから生成されるエタノールアミン、スレオニンから生成されるプロパノールアミンを挙げることができ、ヒスタミン又はチラミンを好適に挙げることができる。
【0017】
本明細書におけるアミン酸化酵素(酵素番号:EC1.4.3.6)としては、アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンから酸化的にアミノ基を遊離してアルデヒドと過酸化水素を生成する、銅とトパキノンを活性中心に含んでいる酵素であればよく、糸状菌由来のアミン酸化酵素は容易に調製して上記アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンの酸化の目的に使用できる点で好ましい。一方、ウシやブタ等の高等動物の血液中にも同じ種類の酵素が含まれるが、酵素活性は微弱なうえ容易に必要な量の酵素を調製できない。
【0018】
本明細書における糸状菌としては、糸状の菌糸を持つものであればよく、麹菌、カビを挙げることができる。麹菌としては、アスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)、アスペルギルス・オリザエ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)等のアスペルギルス属の麹菌や、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、モナスカス・パープ レウス(Monascus purpureus)等のモナスカス属の麹菌を挙げることができる。カビとしては、ペニシリウム・クリソゲナム(Penicillium chrysogenum)等のペニシリウム属、ハッキョウキン(Beauveria bassiana)等のビューベリア属、カルダリマイセス属(Caldariomyces)、フサリウム属(Fusarium)、ジベレラ属(Gibberella)、ニューロスポラ属(Neurospora)、プルラリア属(Pullularia)、トリコデルマ属(Trichoderma)、トリコフィトン属(Trichophyton)等のカビを挙げることができ、なかでもAspergillus luchuensis AKU 3302が、生成するFAOについて最も詳しく性質が調べられている点で、本特許で好適に挙げることができる。なお、アスペルギウス・ニガー(Aspergillus niger)はアスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)へと学会での命名が改められた。似て非なる黒カビと異なっていることを示す処置である。
【0019】
糸状菌由来のアミン酸化酵素(FAO)は、糸状菌から公知の方法によって得ることができ、例えば、Yamadaらの文献(Yamada, H., Adachi, O. (1971). Amine oxidase (Aspergillus niger). Meth. Enzymol., 17B, 705-709)に記載の方法に準じて得ることができる。このほか、市販品を購入しても得ることができる。このYamadaらの文献ではAspergillus nigerを使用しているが、1971年頃はAspergillus nigerで通用していた。
【0020】
本明細書における酢酸菌としては、アセトバクター属(Acetobacter)、グルコノバクター属(Gluconacetobactor)、又はグルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)に属する酢酸菌、好ましくは、細胞膜に強力なアルコール酸化系含む上記酢酸菌を挙げることができる。酢酸菌の細胞膜のアルコール酸化系は、細胞膜結合型のアルコール脱水素酵素(ADH, EC 1.1.99.8))と細胞膜結合型のアルデヒド脱水素酵素(ALDH, EC 1.2.99.3)から構成され、アルコールを酸化して食酢(Acetic acid)の製造に貢献している微生物の酸化系である。ADHとALDHの酢酸菌での広範な分布は以下の文献に記載されている(Agric. Biol. Chem., 44, 503-515, 1080; Agric. Biol. Chem., 42, 2331-2340, 1978; Agric. Biol. Chem., 42, 2045-2056, 1978)。ADH反応で生じた有毒なアルデヒドは直ちにALDHで酢酸へ変換される仕組みを酢酸菌のアルコール酸化系が有している。例えば、酢酸菌のADHに比べてALDHの方が相対的に細胞膜での比活性が高いことと、存在量が多いことで、アルデヒドが細胞内に蓄積されることなく残さず酸化される証拠の一端は文献(Agric. Biol. Chem., 42, 2331-2340, 1978)の中の表1に示されている。酢酸菌がアルコールを酸化して食酢を生成することが証明された今日でも、この事実を知らない多くの人々は依然として酵母等に知られるNAD(P)を補酵素とするアルコール脱水素酵素(EC 1.1.1.1)によって食酢が作られると信じている。それら多くの人々の誤解を打ち破る証拠は文献(Agric. Biol. Chem., 42, 2063-2069, 1978)に詳しく、同文献中の表3において、酢酸菌のADHと酵母のADHの諸性質が具体的に比較されている。
【0021】
アセトバクター属に属する酢酸菌としては、例えば、アセトバクター・パスツリアヌス(Acetobacter pasteurianus)、アセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)、アセトバクター・アルトアセチゲネス(Acetobacter altoacetigenes)等を挙げることができる。
【0022】
グルコノバクター属に属する酢酸菌としては、グルコノバクター・タイランディカス(Gluconobacter thailandicus)、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)、グルコノバクター・スファエリカス(Gluconobacter sphaericus)、グルコノバクター・セリヌス(Gluconobacter cerinus)、グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)、グルコノバクター・アサイ(Gluconobacter asaii)等を挙げることができ、ALOXの調製にはグルコノバクター・タイランディカス(Gluconobacter thailandicus)NBRC 3258を好適な菌として挙げることができる。
【0023】
グルコンアセトバクター属に属する酢酸菌としては、グルコンアセトバクター・インターメディウス(Gluconacetobacter intermedius)、グルコンアセトバクター・キシリヌス(Gluconacetobacter xylinus)、グルコンアセトバクター・ヨーロパエウス(Gluconacetobacter europaeus)、グルコンアセトバクター・ジアゾトロフィカス(Gluconacetobacter diazotrophicus)、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)、グルコンアセトバクター・リクエファシエンス(Gluconacetobacter liquefacience)等を挙げることができる。
【0024】
本明細書において、「酢酸菌由来であって、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素(Aldehyde Dehydrogenase :ALDH)及び末端ユビキノール酸化酵素(Terminal Ubiquinol Oxidase)が結合したアルデヒド酸化酵素複合体(ALOX)」とは、酢酸菌の細胞膜に、モリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型酢酸菌のアルデヒド脱水素酵素(mALDH)と酢酸菌の末端ユビキノール酸化酵素(ユビキノール酸化酵素として働く末端酸化酵素)が結合し、アルデヒドを酸化する酵素の複合体を意味する。mALDHによってアルデヒドを酸化し、生じた電子は細胞膜のユビキノンに渡され、ユビキノンはユビキノールに還元される。次いで、空気中の酸素又は反応液中の溶存酸素を使ってユビキノールは末端ユビキノール酸化酵素によってユビキノンへと再酸化され、反応生成物としてH2Oを生じる。かかるALOXは、公知の手法により酢酸菌の膜画分から得ることができ、必要に応じて精製して用いても良い。
【0025】
本明細書において、アミンの酸化とは、アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンの一級アミノ基が脱アミノ反応を受けて一級アミノ基が結合していた炭素メチレン基はアルデヒド基に変換され、さらに変換されたアルデヒドがカルボキシル基に変換されカルボン酸を生成することを意味する。かかる酸化の反応は、pHが5.0~9.0、好ましくは6.6~8.0、温度が25℃~35℃、好ましくは28℃~32℃で行うことができる。
【0026】
(a)糸状菌由来のアミン酸化酵素(FAO);(b)酢酸菌由来であって、細胞膜にモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素及び末端ユビキノール酸化酵素(Terminal ubiquinol oxidase)とが結合したアルデヒド酸化酵素複合体(ALOX);の(a)及び(b)を作用させるには、まず(a)FAOを作用させてその後、好ましくは15分以内、より好ましくは5分以内、さらに好ましくは3分以内、特に好ましくは1分以内に、(b)ALOXを作用させてもよく、(a)FAO;(b)ALOXの両方を同時に作用させても良い。後述の実施例からFAOのアミンへのKm値より、ALOXのアルデヒドへのKm値が10~50倍以上小さい、すなわち迅速にアルデヒドの酸化反応が進行することを意味していて、(a)FAOと(b)ALOXを作用させる時間差が短いほど、糸状菌由来のアミン酸化酵素によって生成したアルデヒドの蓄積や、かかるアルデヒドによる他のタンパク質等との反応による解析不能な副産物の生成を抑制することが可能となる。
【0027】
なお、ALOXのベンズアルデヒドに対するKm値は20μMと小さい(未発表データ)。Imidazole 4-acetaldehydeやp-Hydroxyphenylacetaldehydeは入手できない基質であるために、それぞれのKm値は測定できていない。しかし、FAOとALOXとの共役反応でベンジルアミン、ヒスタミン、及びチラミンの酸化が中間体のアルデヒドを蓄積することなく進行するので、Imidazole 4-acetaldehydeやp-HydroxyphenylacetaldehydeへのKm値も極めて小さい(ALOXとよく反応する)と十分推測できる。
【0028】
(a)FAO及び(b)ALOXをアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンに作用させる方法としては、アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを含む試料と、(a)FAO及び(b)ALOXを順次、又は同時に混合又は接触させれば良い。具体的には、例えば水産加工品においては、ヒスタミンやチラミン等のアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを含有する試料が液体の場合には、FAOを含む溶液と、ALOXを含む溶液を混合すればよい。さらに、アルギン酸カルシウムゲル等のタンパク質の固定化剤による固定化触媒の調製法で公知の手法として知られる方法によってFAO及びALOXを固定化し、アミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを含有する溶液と接触させてもよい。かかる固定化に用いる担体としては、アルギン酸、k-カラギーナン、セルロース、デキストラン等の多糖類やイオン交換樹脂を用いることができる。また、ヒスタミンやチラミン等のアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンを含有する対象物が固体の場合には、FAOを含む溶液と、ALOXを含む溶液を順次又は同時に対象物の表面に接するように加えればよい。かかる方法により、対象物に含まれるヒスタミンやチラミン等のアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンが人体に無害な酢酸誘導体へと酸化される。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0030】
[実施例1]麹菌由来のアミン酸化酵素の基質特異性
麹菌由来のアミン酸化酵素(FAO)の基質特異性を次の方法で調べた。本実施例及び後述する実施例において用いたFAOはアスペルギルス・ルチュエンシス(Aspergillus luchuensis)AKU3302を培養し、Yamadaらの文献(Yamada, H., Adachi, O. (1971). Meth. Enzymol., 17B, 705-709.)に記載の方法に準じて調製した。全反応液量を10 mM KPB, pH 7.0,で3.0 mlに調節して、0.15 mgの精製した麹菌由来のFAO(0.75 unit/mg= 1分間に83 mg のベンジルアミン(Benzylamine)を酸化)を使用して種々な基質(20 μmol)の酸化速度を30℃の条件下で酸素吸収速度によって測定した。ベンジルアミンへの反応速度を100として他の基質への相対速度で示した。結果を表1に示す。表1から明らかなように、麹菌由来のFAOはベンジルアミンだけでなく、ヒスタミン、チラミン等のアミノ酸の脱炭酸反応によって生成されるアミンとも反応することが確認された。
【0031】
【0032】
[実施例2]FAOとALOXの両酵素による共役反応系の分光学的な証明
FAOとALOXの両酵素による共役反応系の成立を分光学的に証明するにあたって、ヒスタミンは特徴的な紫外部吸収を示さないために、ヒスタミンの代わりにベンジルアミン(Benzylamine)を使用して以下の反応を行わせた。ALOXはAnoらの文献(Ano, Y., Hours, R.A., Akakabe, Y., Kataoka, N., Yakushi, T., Matsushita, K., Adachi, O. (2017).)に記載の方法に準じて調製した。3 μmolのベンジルアミン(10 mM KPB, pH 7.0)に2.2 munitのFAO(20 μl = 0.11 units/ml)を加えて、反応生成物の250 nm及び230 nmの吸収度の変化を追跡した結果を
図1に示す。ベンズアルデヒド(Benzaldehyde)のλ
maxは250 nm、安息香酸(Benzoic acid) は230 nm にある。
図1のうちLine 1はFAOによるベンジルアミンの酸化によるベンズアルデヒドの生成を250 nmの吸光度の増加で示した。ベンジルアミンのFAOによるアミンの酸化と、その酸化反応で精製するアルデヒドを、ALOXによってカルボン酸へと酸化する反応式を以下の式(II)に示す。
【0033】
【0034】
上記とは別に、Line 1と同じ反応の開始から3分後に、ALOXを含有するグルコノバクター・タイランディカス(Gluconobacter thailandicus)NBRC 3258の膜画分5μl(0.1mg protein)を加え、経時的に250 nmと230 nmでの吸光度変化を2分のインターバルで追跡した結果を
図1のLine 2に示す。ALOXの添加によってベンズアルデヒド(Benzaldehyde)は検出できず、230 nmでの吸収の増加のみを示し、反応生成物として安息香酸(Benzoic acid)のみが生成されたことを示す。これらの結果、FAOとALOXとの共役反応によって上記式(II)の共役反応の成立が証明された。
【0035】
なお、現在では酢酸菌の細胞膜のアルデヒド脱水素酵素(ALDH)はモリブドプテリン(molybdopterin)補酵素を持つ膜結合型アルデヒド脱水素酵素と推測されている。ALDHが細胞膜の表面に、末端ユビキノール酸化酵素(Terminal ubiquinol oxidase)と結合してアルデヒド酸化酵素複合体を含有している。本発明者らがADHとALDHの研究を始めた1970年代には、ALDHもADHと同様に補酵素としてPQQ(ピロロキノリンキノン)を含むと考えられた。その後、本発明者らはALDHにはPQQは含まれないことを証明した(Biosci. Biotechnol. Biochem., 58, 2082-2083, 1994)が、その補酵素の実態は未解明である。その後の研究者の報告(例:M. Sagi et al., Plant Physiol., 120, 571-578, 1999)らは水溶性のアルデヒド酸化酵素(EC 1.2.3.1) がモリブデンを含むモリブドプテリン補酵素を持っていると発表した。酢酸菌の膜結合型ALDHのX線結晶解析は未だ実現していないが、酢酸菌の膜結合型ALDHもモリブドプテリン補酵素を持っていると推測されるようになった。
【0036】
さらに、FAOとALOXを最初から同時に加えてベンズアルデヒド(Benzaldehyde)と反応させた結果を
図1のLine 3に示す。全て230 nmでの吸収増加を示し安息香酸(Benzoic acid)のみの生成を示し、式(II)で示した共役反応が円滑に進行していることを示している。
【0037】
アルデヒドは、食品中に含有するタンパク質と様々に相互作用して、食品や食品原料を着色させる原因となることや、不快臭(Off-flavors)の原因になることもある。一方、カルボン酸は食品タンパク質との相互作用は弱い。上記
図1のLine2及びLine3の230nmにおける吸収度の変化の傾斜角度が同じであることから明らかなように、上記のようにFAOとALOXとの共役反応によって生成したアルデヒドは蓄積することなくカルボン酸に変換されており、FAOとALOXが共役反応していることが示された。
【0038】
本発明者らは酢酸菌の酸化発酵の研究において、
図2に示すように細胞膜結合型アルデヒド脱水素酵素(mALDH)によるBenzaldehyde やAnisaldehydeの酸化反応の測定に、人工電子受容体(合成酸化還元色素)を使わずに酸素を消費してアルデヒドを酸化できるアルデヒド酸化酵素複合体(ALOX)を発見した。mALDHが細胞膜に結合していて、アルデヒド酸化で生じた電子は細胞膜のユビキノン(Q) に渡され、ユビキノンはユビキノール(QH
2)へと還元される。次いで、QH
2は末端のユビキノール酸化酵素(Ubiquinol Oxidase)によってユビキノンへと再酸化される。mALDHと末端のユビキノール酸化酵素とが連動して酸素を取り込み、キノンサイクルを回転させてアルデヒドが酸化される反応機構を有していると考えられる。
【0039】
そこで、これを証明するデータとして、ALOXによるベンズアルデヒド(Benzaldehyde)の酸化を経時的変化で調べた。結果を
図3に示す。ALOXによるベンズアルデヒド(Benzaldehyde)の酸化によって、ベンズアルデヒドのλmax 250 nmでの吸収が経時的に減少し、安息香酸(Benzoic acid)のλmax 230 nmが増加している。つまり、アルデヒドの酸化がALOXによって酸素のみで進行することを示した分光学的観測結果である。
【0040】
ALOXはPseudomonas sp. KY 4690 (5-1. H. Uchida et al., FEMS Microbiol. Lett., 229, 31-36 (2003).) や、動植物及び微生物に存在するアルデヒド酸化酵素 (EC 1.2.3.1) (アルデヒド酸化酵素, 酵素ハンドブック, 第3版, 88-89 (2008), 朝倉書店.) とは全てに異なっている。具体的には、上記アルデヒド酸化酵素 (EC 1.2.3.1)は水溶性で過酸化水素(H
2O
2)を生成する。一方、
図3に示すように、ALOXはアルデヒドの酸化反応で酸素を消費して水を生じる点で、酸素を消費して過酸化水素を生成する上記文献のアルデヒド酸化酵素(EC 1.2.3.1)等とは基本的に異なる。さらに、多くのNAD(P)依存性のアルデヒド脱水素酵素(ALDH) (EC 1.2.1.3),(EC 1.2.1.4),(EC 1.2.1.5) (NAD(P)アルデヒド酸化酵素, 酵素ハンドブック, 第3版, 76 (2008), 朝倉書店.) 等ともALOXがNADやNADPをアルデヒド酸化反応に必要としない点で異なっている。
【0041】
[実施例3]ALOXの基質特異性
ALOXの基質特異性を酸素電極(YSI Inc., Yellow Spring, OH, USA)を使用して測定した。標準測定条件は、1 μmol の各アルデヒド(10 mM KPB, pH 7.0で溶解したもの)と 50 μl のALOX (1 mg protein)を使用して、全量を10 mM KPB, pH 7.0,で1.5 mLに調整した。反応は25℃で行った。反応開始は基質の添加で行い、1分あたりの酸素吸収速度をnatom of oxygen/minとして記録した。結果を表2に示す。
【0042】
【0043】
ALOXの基質特異性の調査では、Formaldehyde以外の試験したアルデヒド類はいずれも良好な酸化反応を示した。これらはいずれも入手可能な市販のアルデヒド類の酸化を示している。入手可能な市販のアルデヒド類の種類には限度があり、ヒスタミンの酸化物であるImidazole 4-acetaldehydeや、チラミンの酸化物であるp-Hydroxyphenylacetaldehyde等は入手が不可能であった。しかし、これら2つのアルデヒドは、以下の実施例が示すように、共役反応によって化学量論的に対応するカルボン酸に変換されているので、ALOXがImidazole 4-acetaldehydeやp-Hydroxyphenylacetaldehydeをよく酸化していることを裏づけている。
【0044】
[実施例4]ALOXによるBenzaldehyde酸化の最適pH
酸素存在下で他の電子受容体を使用せずに種々の緩衝液を使ってALOXによるベンズアルデヒド(Benzaldehyde)の酸化の最適pHを調べた。緩衝液としては、Na-Acetate、K-Phosphate、Tris-HCL、及びGlycine-NaOHの4種類(0.2M)を使用した。反応液1 mL には0.1 μmolのベンズアルデヒド(Benzaldehyde)と5μL (0.1 mg)のALOXを含むよう調整にした。酸化反応は25℃で250 nm の吸光度の減少速度により測定した。結果を
図4に示す。
図4に示すように、ALOXでのアルデヒドの酸化の最適反応pHは中性付近に見られる。なお、Adachiらの文献(O. Adachi et al., Agric. Biol. Chem., 44, 503-515 (1980).)によると、細胞膜から可溶化・精製したmALDHのアルデヒド酸化の最適pHをK-フェリシアニドを電子受容体として調べると、pH 3.5-4.0のような酸性に見られた。このことから、細胞膜から可溶化・精製したmALDHの反応は酸素のみでは進行できない点で、ALOXと細胞膜から可溶化・精製したmALDHが酸素のみでアルデヒドを酸化している反応とは明確に異なっているといえる。
【0045】
[実施例5]共役反応によるヒスタミン酸化の時間経過
ヒスタミン10μmol又は30μmol に対して0.55 unit のFAO及び0.15 unit のALOXを同時に加え、5 mM KPB, pH 7.0, 30℃, 30 ml 反応液中でゆるやかに攪拌して反応させた。経時的に反応液を0.5 ml取り出して、2,4-dinitorofluorobenzene で発色させ450 nmで反応液中に残存するヒスタミンを測定した。ここではヒスタミン以外に第一級アミノ基を有する物質は想定されないために、2,4-dinitorofluorobenzene で発色させる方法によって残存しているヒスタミンが測定されたことになる。結果を
図5に示す。ヒスタミン 10μmol(グラフ中◆)ではおよそ60分後に、30μmol(グラフ中■)はおよそ90分後に測定限界値以下となった。
図5の結果及び後述の実施例を考慮することで、共役反応が機能してヒスタミンが酸化されたと言える。なお、ここでは2,4-dinitorofluorobenzene で発色させる方法によっているので、ALOXを加えて試験しているがALOXの添加効果は見かけ上観測されていない。
【0046】
[実施例6]FAOとALOXによるヒスタミンの低減
ヒスタミン10μmol を5 mMのリン酸カリ緩衝液(KPB), pH 7.0, 49 mlに加え、0.6 units のFAO (50 μl, 12 units/ml) と0.3 units のALOX (50 μl, 6 units/ml) を加えて、30℃で100 rpmで撹拌して一夜反応させた。反応液に0.1 mlのTCA溶液を加え、生じる沈殿を8,800 rpmで遠心分離した。反応液をp-nitroaniline を使ってMehlerらの文献(A.H. Mehler, H. Tabor, H., H. Bauer, H. J. Biol. Chem., 197, 475-480 (1952)) に記載の方法で発色させて516 nmの吸光度測定によって行った。反応液中に未反応のヒスタミンが残存していないことを確認した。反応液に少量のDowex 50 x 8(和光純薬工業社)を加えて陽イオン性物質を吸着消去したのち、Dowex 1 x 4 カラム(1 x 10 cm, acetate form: 和光純薬工業社)に吸着させ、少量の水で洗った。ついで、カラムから反応生成物の溶出は水と0.3 M酢酸(各250 ml) での濃度勾配によって行い、200滴ごと(7 ml)のフラクションを集めて516 nmの吸収を測定した。結果を
図6Aに示す。
【0047】
加えたヒスタミンはほぼ定量的にImidazole 4-酢酸として回収された。p-Nitroanilineによるイミダゾール化合物は、ヒスタミン、反応中間体のImidazole 4-acetaldehyde、及びImidazole 4-酢酸にも反応する。上記Mehlerらの文献に記載されているように、上記のクロマト条件ではImmidazole 4-酢酸が容易にカラムから溶出されること、市販のImidazole 4-酢酸でのクロマトと同じ位置に溶出されること、及びピークの面積からおよそ10μmolのImidazole 4-酢酸に相当したこと等から、加えたヒスタミンは全てImidazole 4-酢酸へ変換されたことを示す。同時に、ALOXはImidazole 4-acetaldehydeとも良好に反応してFAOと共に共役反応していることを示唆している。ヒスタミンの酸化に際しALOXを加えないで行った場合、
図6Bに示すように本来のImidazole 4-酢酸の溶出位置にはほとんど溶出物のピークが見られず、Imidazole 4-acetaldehydeはさまざまな物質と反応してp-Nitroanilineと反応する同定不能な物質が生成されていることを示している。上記結果から、FAOとALOXとの共役反応によって酸化反応の対象となるアミンは相当する酢酸誘導体へと定量的に変換されたことを示している。
【0048】
[実施例7]FAOとALOXとの共役反応によるチラミンの酸化
上記の実施例6に準じて、チラミンの酸化反応を行った。チラミン 20μmolをFAO(0.6 units)及びALOX(0.06 units)の両方を加えた場合と、ALOXを加えずFAOのみの場合で20mlの20mM KPB, pH 7条件下で16時間、30℃で緩やかに攪拌(100rpm)して反応させた。反応混合物を上記Dowex 1 x 4 カラムに吸着させ、少量の水で洗った。ついで、カラムから反応生成物を溶出し、200滴ごと(7 ml)のフラクションを集めて、4-Hydroxyphenyl-酢酸の溶出を220 nmの吸収から測定した。Dowex 1 x 4からの物質の溶出は、実施例6では酢酸を用いたが、塩によっても行えることを示すために、食塩濃度勾配で溶出した。
【0049】
チラミンのFAOによるアミンの酸化と、その酸化反応で精製するアルデヒドを、ALOXによってカルボン酸へと酸化する反応式を以下の式(III)に示す。
【0050】
【0051】
チラミンの酸化に際しFAO及びALOXの両方を加えた場合の結果を
図7Aに、チラミンの酸化に際しFAOのみを加えた場合の結果を
図7Bに示す。
図7Aに示すように、FAO及びALOXを加えた場合チラミンはほぼ定量的に4-Hydroxyphenyl-酢酸として回収された。一方、FAOのみの場合、本来の4-Hydroxyphenyl-酢酸の溶出位置付近に溶出物のブロードなピークが見られ、4-Hydroxyphenyl-酢酸以外の様々な同定不能な物質が生成されていることが明らかとなった。
【0052】
[実施例8]魚醤中のアミンの低減
魚醤製造において長期間熟成した場合や、傷んだ材料や内臓等が使用された場合に、発酵当初から高濃度のアミンが魚醤製品へ持ち込まれる可能性が高いことが知られている。そこで、国内及びタイで市販されている魚醤を用いてアミンの酸化を調べた。
【0053】
アミンの酸化反応解析はAllainらの文献(C.C. Allain et al., Clin. Chem., 20, 470-475 (1974).)に記載の方法に基づいて行った。この方法は過酸化水素が生成される酵素反応の測定に一般的に適用される方法である。本件でもFAOの反応で生成される過酸化水素を定量して、試料中に含まれるアミン濃度を算出した。本方法が鋭敏な反応であること及びアミンの酸化が終了すると、それ以上の反応が進行しない利点がある。
【0054】
次に、アミンの酸化反応で発生する過酸化水素の定量を500 nmでの吸光度を測定し、FAOの反応で生成される過酸化水素を定量して、FAO及びALOXによる処理前及び処理後における魚醤に含まれているアミン濃度を算出した。なお、魚醤に含まれているアミン濃度は、別途にヒスタミンで検量線を作成しておいて、ヒスタミン値として換算した。
【0055】
FAO及びALOXによる処理は、以下のように行った。まず、試料(魚醤)はpH 5.5-6.0を示すので、試料をやや中性pHに調節して、FAO, ALOX及び市販のカタラーゼを加えて反応させて、発生する過酸化水素をカタラーゼによって分解消去した。反応液を80℃で10分処理して反応液に含まれていたカタラーゼやFAO及びALOXを熱変性させて、遠心分離して沈殿として除去した。上澄を基質として、改めてFAOとALOXを加えて上記Allainらの方法で残存しているアミン類の酸化を行った。処理前の試料を用いた場合には、Allainらの方法で短時間に容易に発色したが、処理後の試料中のアミン濃度検査では反応時間を引き延ばして行ったために、ブランク値も高くなった。
【0056】
結果を表3に示す。表3には計算値を掲げているが、実際にはアミンはほとんど残存していないか、又はヒスタミン以外であって、FAOと反応しにくいか、FAOと緩く反応するアミン類が残存して処理後の値に影響していると考えられる。これらの結果から、魚醤に当初含まれていた人体に有害なアミンはほぼ完全に酸化されたと考えられる。
【0057】
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、水産加工食品を中心に含有する有害なアミンを低減し、食中毒を防止することに利用可能である。本発明で使用しているFAOとALOXは麹菌及び酢酸菌から得られる。それらの微生物は、酒酵母や乳酸菌と共に十分な食経験を持って人々の生活に深く関係してきた。そのため、本発明の方法で処理される食品中にFAOとALOXが残存していても安全性に問題はない。すなわち、FAOとALOXが残存していてもそのまま食べることができる。その上、処理後の加熱調理によってFAOとALOXは熱変性される。よって、本発明が提供する方法は、有害アミン類を安全な方法によって低減・無毒化することに特徴を持っている。