(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】コクを呈する化粧料の評価又は探索方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20221115BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
(21)【出願番号】P 2018172697
(22)【出願日】2018-09-14
【審査請求日】2021-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂本 考司
(72)【発明者】
【氏名】村田 武司
【審査官】西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-247756(JP,A)
【文献】特開2010-117232(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0235849(US,A1)
【文献】坂本孝司 他,快感情を喚起する触覚刺激の生理作用に着目した化粧品技術開発,SCCJ研究討論会 (第 82 回) 講演要旨集,2018年07月12日,p.22-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(A)~(C)を含む、コクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索方法。
(A)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(B)前記ヒトから採取された
唾液中のオキシトシン量を測定する工程
(C)前記オキシトシン量を基準値と比較し、オキシトシン量を増加させる試験試料を、コクを呈する化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
【請求項2】
以下の工程(D)~(F)を含む、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料の評価又は探索方法。
(D)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(E)前記試験試料施与の際に感じられるコクを評価する工程
(F)前記評価結果に基づき、コクを呈する試験試料を、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
【請求項3】
化粧料が、クリーム、ローション、乳液及びエッセンスから選ばれる
請求項1又は2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用時にコクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化粧料は、塗布時の使用感が重要な要求特性であり、近年、塗布時にある程度の重さが感じられ、濃度の高い感触が得られるような使用感、所謂「コク」のある使用感(コク感)が好まれる傾向にある。そのようなコクを呈する化粧料を調製するために、合成高分子化合物や増粘性多糖類等の増粘剤、高級アルコール、有機粉末等を配合するような処方が考案されている(例えば、特許文献1、2、3)。しかしながら、「コク感」のような肌に塗布する際の感触を客観的に評価するには専門家による判断が必要であり、そのような専門家を育成することは容易なことではない。また非専門家で感触を客観的に判断するためには多くの人数が必要であり、容易なことではない。
【0003】
一方、オキシトシン(Oxytocin)は、9個のアミノ酸から構成されるペプチドホルモンで、主に脳の視床下部で合成されている。オキシトシンは、授乳中の母親で産生が増大し、射乳に関与しているが、近年、女性だけでなく男性でも産生されることが明らかにされ、また、動物を用いた解析により、生物間の愛着/社会性形成に関与することが報告されている(非特許文献1)。
【0004】
また、オキシトシン産生促進物質には、抗不安作用やシワ及び皮膚柔軟性の改善作用があること(特許文献4)、オキシトシン活性物質が、ケラチノサイトにおけるTGF-β1の産生を増大し、熱傷等の皮膚傷害に有効であること、また表皮におけるバリア形成を促進すること等(特許文献5)が報告されている。
【0005】
しかしながら、生体中のオキシトシン量と化粧料の使用感との関連性は明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-95737号公報
【文献】特開2006-160619号公報
【文献】特開2014-205628号公報
【文献】特開2011-98898号公報
【文献】特表2002-525337号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Lieberwirth and Wang, CURRENT OPINION IN NEUROBIOLOGY, doi: 10.1016/j.conb.2016.05.006, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、コクを呈する化粧料若しくはその原料を客観的且つ効率よく評価又は探索する方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、コクを呈する化粧料を一定期間塗布した場合、生体内のオキシトシン量が上昇することを見出した。したがって、当該オキシトシン量を指標として、コクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索が可能であり、またコクを指標として、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料の評価又は探索が可能であると考えられる。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の1)~2)に係るものである。
1)以下の工程(A)~(C)を含む、コクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索方法。
(A)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(B)前記ヒトから採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程
(C)前記オキシトシン量を基準値と比較し、オキシトシン量を増加させる試験試料を、コクを呈する化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
2)以下の工程(D)~(F)を含む、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料の評価又は探索方法。
(D)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(E)前記試験試料施与の際に感じられるコクを評価する工程
(F)前記評価結果に基づき、コクを呈する試験試料を、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、コクを呈する化粧料若しくはその原料を客観的且つ効率よく評価又は探索することができ、また生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料を評価又は探索できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】コクを呈する化粧料の継続塗布による唾液中オキシトシン量の変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、「コク」とは、化粧品の使用時に関わる官能評価用語で、化粧料を肌に塗布した時からなじませるまでの濃厚で厚みや重さのある感触を指し、濃厚感、高級感、リッチ感等と表現される場合もある。
【0014】
本発明の「コクを呈する化粧料」としては、例えば、乳液、クリーム、ローション、ジェル、エッセンス等の基礎化粧料、口紅、ファンデーション、リキッドファンデーション、メイクアッププレスパウダー等のメイクアップ化粧料、洗顔料等の清浄用化粧料等が挙げられる。このうち、基礎化粧料やメイクアップ化粧料が好ましく、乳液、クリーム、ローション、ジェル、エッセンスがより好ましい。
また、その形態は特に限定されず、油中水型乳化組成物、水中油型乳化組成物、水性組成物、ゲル状組成物等のいずれでもよい。
【0015】
「コクを呈する化粧料の原料」とは、コクを呈する化粧料を製造するための原料であって、好ましくは、コク感を付与するために化粧料に配合される成分(例えば、合成高分子化合物や増粘性多糖類等の増粘剤、高級アルコール等)やこれらを含む組成物が挙げられる。
【0016】
後記実施例に示すとおり、女性33名を対象に、専門家によってコクがあると評価されたクリームを、朝・夜の1日2回、洗顔後の全顔へ4週間継続して塗布し、唾液中オキシトシン量の変化を測定したところ、オキシトシン量の有意な上昇が認められた。この結果は、生体中のオキシトシン量を指標として、コクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索が可能であることを示すものである。またこの結果は、コクを指標として、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料が評価又は探索できることを示すものと考えられる。
【0017】
本発明のコクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索方法は、以下の工程(A)~(C)により行われる。
(A)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(B)前記ヒトから採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程
(C)前記オキシトシン量を基準値と比較し、オキシトシン量を増加させる試験試料を、コクを呈する化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
【0018】
工程(A)における「ヒト」としては、その性別や年齢は限定されないが、健常成人であるのが好ましい。
【0019】
また、上記ヒトの皮膚に塗布される試験試料としては、化粧料若しくはその原料として使用可能な物質又は組成物であれば、特に制限されないが、好ましくは、ヒトの肌に施与した際にコクを呈することが期待される化粧料若しくはその原料である。
【0020】
試験試料の施与形態は、皮膚への塗布であり、施与期間及び施与回数も適宜設定することができるが、好ましくは、1日1回~3回、好ましくは1日2回で、使用直後~5週間、好ましくは、1~4週間、より好ましくは2~4週間の継続使用である。また試験試料塗布後は、最後の刺激から少なくとも2時間空けて採取するのが好ましい。
【0021】
本発明において、生体試料は、被験者から採取された試料であり、具体的には、血液(血漿、血清、血球(赤血球、白血球)を含む)、尿、唾液、リンパ液などが挙げられ、好ましくは唾液、血液(血漿、血清、血球を含む)、尿が挙げられ、より好ましくは唾液である。
【0022】
工程(B)において、生体試料中のオキシトシン量が測定される。
オキシトシンは、9個のアミノ酸残基からなるペプチドホルモンである。オキシトシンは、大脳の視床下部の室傍核や視索上核に存在する大細胞性神経細胞で合成され、脳下垂体後葉から血中に放出されることが知られる。
オキシトシン量の測定は、液体クロマトグラフ(HPLC)、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)、液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)、あるいは酵素免疫測定法(ELISA)などの免疫学的手法により可能である。これらの測定条件は公知であり、常法に従い容易に定量できる。
前記ELISA法は、例えばOxytocin ELISA kit(Enzo)を使用して実施することができる。
【0023】
次いで、オキシトシン量が基準値と比較され、オキシトシン量を増加させる試験試料が、コクを呈する化粧料若しくはその原料として評価又は選択される(工程(C))。
すなわち、オキシトシン量(例えば生体試料中のタンパク質当たりのオキシトシン量)を基準値と比較することにより、オキシトシン量を増加させる試験試料が同定される。基準値としては、コクの程度が異なる試験試料を施与(例えば、コクの程度がより低い試験試料施与群、プラセボ群(コクを呈さない試験試料施与群))した場合に測定されるオキシトシン量や、試験試料施与前に測定されるオキシトシン量の他、試験試料を施与しない個体における所定のオキシトシン量等が挙げられる。
具体的には、コクの程度がより高い試験試料施与群とコクの程度がより低い試験試料施与群との間;試験試料施与群とプラセボ群との間;又は試験試料施与前後で、オキシトシン量を比較し、試験試料の施与又はコクの程度がより高い試験試料の施与によりオキシトシン量が上昇する場合にその増加量や増加率に基づいて、又は所定のオキシトシン量を超える場合にその値に基づいて当該試験試料を、当該オキシトシン量を増加させる試料として同定することができる。
例えば、試験試料施与群におけるオキシトシン量が、対照群と比較して20%以上、好ましくは50%以上に増加していれば、当該試験試料を、オキシトシン量を増加させる試料として同定することができる。また、試験試料施与群におけるオキシトシン量が、所定のオキシトシン量(例えば、単位タンパク量当たり5pg)を超える場合に、当該試験試料を、オキシトシン量を増加させる試料として同定することができる。
そして、同定されたオキシトシン量を増加させる試験試料は、コクを呈する化粧料若しくはその原料として評価又は選択することができる。
【0024】
このようにして選択されたコクを呈する化粧料は、肌への塗布時からなじませるまでに、濃厚で厚みや重さのある感触を与え、高級感、リッチ感を醸し出す上質な化粧料となり得る。また、選択された化粧料原料は、当該コクを呈する化粧料の製造において、コク感を付与するための原料として利用できる。
【0025】
また、コクを指標とした生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料の評価又は探索は、以下の工程(D)~(F)により行われる。
(D)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(E)前記試験試料施与の際に感じられるコクを評価する工程
(F)前記評価結果に基づき、コクを呈する試験試料を、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
【0026】
ここで、(D)のヒトの皮膚への試験試料の施与は、前記(A)と同様である。
(E)のコクを評価は、被験者において、試験試料施与の際に感じられるコク感を、例えば<1>コクがない、<2>あまりコクがない、<3>どちらともいえない、<4>ややコクがある、<5>コクがある、のような基準で判定することが挙げられる。
前記評価結果に基づき、コクを呈すると認められた試験試料は、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料若しくはその原料として評価又は選択できる(F)。
【0027】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>以下の工程(A)~(C)を含む、コクを呈する化粧料若しくはその原料の評価又は探索方法。
(A)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(B)前記ヒトから採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程
(C)前記オキシトシン量を基準値と比較し、オキシトシン量を増加させる試験試料を、コクを呈する化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
<2>生体試料が血液、血清、血漿、尿又は唾液である<1>の方法。
<3>以下の工程(D)~(F)を含む、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料又はその原料の評価又は探索方法。
(D)ヒトの皮膚に試験試料を施与する工程
(E)前記試験試料施与の際に感じられるコクを評価する工程
(F)前記評価結果に基づき、コクを呈する試験試料を、生体内オキシトシンを上昇させる化粧料若しくはその原料として評価又は選択する工程
<4>化粧料が、クリーム、ローション、乳液及びエッセンスから選ばれる<1>~<3>のいずれかの方法。
【実施例】
【0028】
1.クリームの官能評価
(1)方法
1)クリームの作製
クリームP及びQを作製した。クリームPはクリームQと比べて、高級アルコールやペースト油剤を多く配合することでコク感を生み出し、さらに粘剤の量を増やすことでよりコク感を増やしたものである。クリームP又はクリームQのコク感は、以下に示す官能評価試験により確認した。
【0029】
2)官能評価試験概要
30-54歳の女性33名に、クリームP又はクリームQを、両ほほ、鼻(鼻筋)、あごの5ヶ所に置き(約0.5g)、指がすべらなくなるまで両手で顔全体になじませるよう求めた。
【0030】
3)コク評価
各クリーム塗布後に、塗布中にコクがあったか評価を求めた。評価尺度は5段階のスコアとし(<1>当てはまらない、<2>あまり当てはまらない、<3>どちらともいえない、<4>やや当てはまる、<5>当てはまる)、各クリームのスコア評価値の平均値を求めた。
【0031】
(2)結果
各クリームのコク評価値の平均値を求めた結果、クリームQは2.88、クリームPは3.61だった。このことから、クリームPは塗布中のコクが高いクリームであることが明らかになった。なお、専門家による官能評価においても、クリームPの方がコク感を呈することを確認した。
【0032】
2.クリーム継続使用前後のオキシトシン変化解析
(1)方法
1)試験概要
20-30代の女性35名を対象に、朝・夜の1日2回、洗顔後の日常のスキンケア後に、全顔へのクリームP又はQの塗布(約0.5 g)を4週間継続して頂いた。
【0033】
2)唾液採取
クリームP又はQ使用前と4週間継続使用後の唾液を採取した。4週間継続使用後の唾液は、最後の刺激から少なくとも2時間空けて採取した。口腔内を水で漱口後、全唾液を遠沈管に10分間吐出を求めた。唾液は直ちにドライアイスで凍結し、-80 ℃で保管した。
【0034】
3)唾液中オキシトシン測定
全唾液の遠心分離後の上清(1.5~3.0mL)と等量の0.1%(v/v)トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液を混和した。遠心分離(3,000rpm、30min)後の上清を、Sep-pak C18カラム(200mg、3cc、Waters)に供し、下記のように抽出を行った。C18カラムに1mLの100%アセトニトリル(ACN)、次いで10mLの0.1%TFA水溶液(v/v)を通し、その後で0.1%TFA水溶液(v/v)と混和した全唾液(3.0~6.0mL)を通し、10mLの0.1%TFA水溶液(v/v)で洗浄した後、3mLの(95%ACN/5%(0.1%TFA水溶液))(v/v)で溶出させた。溶出した溶液のACNをN2ガスで揮発させ、残った水溶液を凍結乾燥に供し、凍結乾燥品をOxytocin ELISA kit(Enzo)中の250μlのAssay Bufferに溶解して、上記キットを用いて定量した。Bio-rad Protein assay(BIO-RAD)で、ウシ血清アルブミンで作成した検量線を基に、抽出・濃縮前の唾液中のタンパク濃度(mg/mL)を定量し、単位タンパク量当たりのオキシトシン量を算出し、クリーム使用前の量を100とした変化率を算出した。
【0035】
(3)結果
クリームP又はQ継続使用前後の唾液中のオキシトシン量の変化を検討した結果、
図1に示すようにクリームP継続使用により有意な上昇が認められた。一方で、クリームQでは有意な上昇は認められなかった。このことから、コクを呈するクリームPを継続使用することにより、生体内のオキシトシンが上昇することが明らかになった。