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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-15
(45)【発行日】2022-11-24
(54)【発明の名称】脳MRI検査による認知症の早期診断
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/055 20060101AFI20221116BHJP
【FI】
A61B5/055 382
A61B5/055 ZDM
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018109853
(22)【出願日】2018-06-07
(65)【公開番号】P2019209018
(43)【公開日】2019-12-12
【審査請求日】2021-06-01
(73)【特許権者】
【識別番号】518202806
【氏名又は名称】西島 洋司
(73)【特許権者】
【識別番号】518202817
【氏名又は名称】小野 博久
(73)【特許権者】
【識別番号】507363370
【氏名又は名称】株式会社マイトス
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西島 洋司
(72)【発明者】
【氏名】小野 博久
(72)【発明者】
【氏名】太田 成男
【審査官】亀澤 智博
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-525205(JP,A)
【文献】特開2004-081657(JP,A)
【文献】特開2010-057899(JP,A)
【文献】特開2017-124039(JP,A)
【文献】特開2008-132032(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0098700(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第107174248(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0073258(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0199084(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0205733(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/055
G01N 24/00 -24/14
G06T 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体の脳側頭葉海馬領域における拡散テンソル画像から神経線維を追跡し、神経線維のトラクト面積を解析することにより、被験体において認知症又は認知症前駆状態を検出するための補助的データを取得する方法であって、
(i) 被験体の脳側頭葉海馬における神経線維のトラクトを抽出した拡散テンソル画像を生成する工程、
(ii) (i)で抽出した神経線維のトラクトが通過するように、一定間隔で5つの関門を設ける工程、
(iii) FA(フラクショナル アニソトロピー)値を0.2に設定して、海馬領域の神経線維を抽出した画像を得る工程、
(iv) (iii)で得られた画像のピクセル数から神経線維のトラクトの面積を測定する工程、及び
(v) 神経線維のトラクト面積の測定値に基づいて、認知症又は認知症前駆状態を検出するための補助的データを取得する工程、
を含む方法。
【請求項2】
認知症前駆状態が、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)又は自覚的認知障害(SCI:Subjective Cognitive Impairment)である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
海馬領域が海馬及び海馬傍回領域である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
海馬領域の神経線維を抽出した画像が側面像(lateral view)及び軸方向像(axial view)である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
さらに、FA(フラクショナル アニソトロピー)値を0.1に設定して、海馬領域の神経線維を抽出した画像を得て、該画像のピクセル数から神経線維のトラクトの面積を測定する工程を含み、FA0.2の神経線維のトラクト面積をFA0.1の神経線維のトラクト面積で割ったFA比を計算し、FA比に基づいて、認知症又は認知症前駆状態を検出するための補助的データを取得する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
(ii)において、拡散テンソル画像上に連続する5つの関心領域(ROI)を作成する、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
神経線維のトラクト面積の測定値を正常人の神経線維のトラクト面積の測定値と比較し、正常人の測定値以下の場合に、認知症又は認知症前駆状態である可能性があると評価するための補助的データを取得する、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
被験体において、請求項1に記載の方法を定期的に行い、経時的に神経線維のトラクト面積の測定値を得て、該測定値の変化を調べ、測定値が低下した場合に認知症又は認知症前駆状態が悪化し、測定値が上昇した場合に認知症又は認知症前駆状態が改善したと評価するための補助的データを取得する、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
脳の他の部位から迷入した神経線維を除外するために回避関門を設定する工程を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知症並びにその前駆状態である軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)及び自覚的認知障害(SCI:Subjective Cognitive Impairment)の早期診断に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、核磁気共鳴画像法(MRI)装置の性能向上により、高分解能でのニューロンのイメージングが可能になっている。拡散テンソル画像(DTI: diffusion tensor imaging)は、生体内における水分子の拡散の方向性を強調化した画像である。水分子は神経線維のない状態では等方性拡散を示すが、神経線維がある場合は神経線維に沿った異方性拡散を示す。DTIにおいては、水分子の拡散異方性を捉えることにより、神経の走行を可視化することができ、神経の損傷や損傷した神経の改善を評価することができる。
【0003】
DTIでは、拡散異方性をFA値(フラクショナル アニソトロピー(異方性率(異方性度):fractional anisotropy)値)という指標で表すことができる。
【0004】
FA値が神経組織の微細組織構造の変化を他の拡散テンソル指標のAD(axial diffusivity:軸方向拡散能)やMD(mean diffusivity:平均拡散能)と共に正確に反映することは良く知られているが、認知症の診断、特に最近問題になっている軽度認知障害(MCI)又は自覚的認知障害(SCI)の鑑別診断能力についてはMDやADに劣るとされている(非特許文献1)。ただし、これらの論文はFA値の最大の特徴である一方向性の神経線維内での水分子の拡散程度を反映する能力を無視し、多方向性能力を持つ上記諸指数が有利となる固定関心領域(ROI)の中でのみ測定を行なっているのが誤った結論の原因であると思われる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Nir et al, Neuroimage.Clinical 3, 180-195,2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の認知症又は認知症前駆状態の診断法の主流にある問答式は、極めて主観的となる可能性がある手法である。該方法は、精度と安定性に問題があった。さらに、面談によるテストを完全に施行するには、患者の協力を必要とし、また試験には長時間が必要であった。認知症患者にこのようなテストを課すことは容易ではなく、治療に関する必要な情報がえらないまま漫然と治療が続けられることがあった。
【0007】
本発明は、認知症及びその前駆状態である軽度認知障害(MCI)又は自覚的認知障害(SCI)等の症例も含めて、より早期に且つ科学的に的確に診断と治療を行うための方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、認知症や認知症の前駆状態を正確に検出するために、早期でも検出可能な確実な診断法、比較的に緩如に経過する症状経過を把握、評価し、さらにその後の変化の予見等を含めた総合的且つ科学的な方策の開発について鋭意検討を行った。
【0009】
本発明者らは、被験体の脳側頭葉海馬領域における拡散テンソル画像から神経線維を追跡し、神経線維のトラクト面積を解析することにより、被験体において認知症又は認知症前駆状態を検出する方法において、被験体の脳側頭葉海馬における神経線維のトラクトを抽出した拡散テンソル画像を生成するときに、抽出した神経線維のトラクトが通過するように、一定間隔で5つの関門を設け、かつFA(フラクショナル アニソトロピー)値を0.2に設定し、得られた画像の神経線維のトラクト面積を測定することにより、該測定値を指標として、認知症又は認知症の前駆状態を客観的に検出できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 被験体の脳側頭葉海馬領域における拡散テンソル画像から神経線維を追跡し、神経線維のトラクト面積を解析することにより、被験体において認知症又は認知症前駆状態を検出する方法であって、
(i) 被験体の脳側頭葉海馬における神経線維のトラクトを抽出した拡散テンソル画像を生成する工程、
(ii) (i)で抽出した神経線維のトラクトが通過するように、一定間隔で5つの関門を設ける工程、
(iii) FA(フラクショナル アニソトロピー)値を0.2に設定して、海馬領域の神経線維を抽出した画像を得る工程、
(iv) (iii)で得られた画像のピクセル数から神経線維のトラクトの面積を測定する工程、及び
(v) 神経線維のトラクト面積の測定値に基づいて、認知症又は認知症前駆状態を検出する工程、
を含む方法。
[2] 認知症前駆状態が、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)又は自覚的認知障害(SCI:Subjective Cognitive Impairment)である、[1]の方法。
[3] 海馬領域が海馬及び海馬傍回領域である、[1]又は[2]の方法。
[4] 海馬領域の神経線維を抽出した画像が側面像(lateral view)及び軸方向像(axial view)である、[1]~[3]のいずれかの方法。
[5] さらに、FA(フラクショナル アニソトロピー)値を0.1に設定して、海馬領域の神経線維を抽出した画像を得て、該画像のピクセル数から神経線維のトラクトの面積を測定する工程を含み、FA0.2の神経線維のトラクト面積をFA0.1の神経線維のトラクト面積で割ったFA比を計算し、FA比に基づいて、認知症又は認知症前駆状態を検出する、[1]~[4]のいずれかの方法。
[6] (ii)において、拡散テンソル画像上に連続する5つの関心領域(ROI)を作成する、[1]~[5]のいずれかの方法。
[7] 神経線維のトラクト面積の測定値を正常人の神経線維のトラクト面積の測定値と比較し、正常人の測定値以下の場合に、認知症又は認知症前駆状態である可能性があると評価する、[1]~[6]のいずれかの方法。
[8] 被験体において、[1]の方法を定期的に行い、経時的に神経線維のトラクト面積の測定値を得て、該測定値の変化を調べ、測定値が低下した場合に認知症又は認知症前駆状態が悪化し、測定値が上昇した場合に認知症又は認知症前駆状態が改善したと評価する、[1]~[7]のいずれかの方法。
[9] 脳の他の部位から迷入した神経線維を除外するために回避関門を設定する工程を含む、[1]~[8]のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法は、認知症患者や認知症前駆状態の患者における、神経線維の大きさを指標にして、認知症及び認知症前駆状態を検出することができ、さらに、悪化や改善も評価することができる。従来は、認知症や認知症前駆状態の検出は問答式の主観的な方法に頼らざるを得なかったが、本発明の方法により、科学的、他覚的かつ非観察的に安全な方法で検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の西島式5関門法における関門の設置の方法を写真で示す図である。
図2-1】本発明の西島式5関門法により、非認知症例の海馬の神経線維トラクトを解析した結果を示す図である。
図2-2】本発明の西島式5関門法により、非認知症例の海馬傍回の神経線維トラクトを解析した結果を示す図である。
図3-1】本発明の西島式5関門法により、認知症例の海馬の神経線維トラクトを解析した結果を示す図である。
図3-2】本発明の西島式5関門法により、認知症例の海馬傍回の神経線維トラクトを解析した結果を示す図である。
図4-1】水素治療前の低トラクト量の時期の関門数と神経線維トラクト量との関係を示す図である。
図4-2】治療開始後ADASが改善してきた時期の関門数と収集できたトラクト量の関係を示す図である。
図4-3】水素治療経過と関門数の関連を示す図である。
図5-1】治療中の認知症患者において、FA値=0.1、0.15及び0.2における左海馬のlateral view(側面像)及びaxial view(軸方向像)の経時的なトラクト量を示す各線分のADAS変化への寄与度を示す結果である。
図5-2】水素治療終了後、ADASが悪化を始めた時のFA値が異なる各線分の、その変化に対する寄与度を示す図である。
図6a-e】H2ガス投与を行った11人の認知症患者におけるADAS-cogスコアの分析結果を示す図(a-e)である。図6a-eは、患者a~eのADAS-cogスコアの経時的変化を示す。直線及び点線はそれぞれH2及びLi2CO3治療の期間を示す。患者bのH2治療は一旦止めその後再開したため、最初のH2治療の終了時における効果を考慮した。
図6f-k】H2ガス投与を行った11人の認知症患者におけるADAS-cogスコアの分析結果を示す図(f~k)である。図6f-kは、患者f~kのADAS-cogスコアの経時的変化を示す。直線及び点線はそれぞれH2及びLi2CO3治療の期間を示す。
図7-1】MRIにより視覚化した海馬及び海馬傍回を示す図である
図7-2】ニューロンのトラクト(束)が海馬又は海馬傍回全体を通過するように、容積測定部位へ設定した5つの関門を示す図である。
図7-3】患者dにおける治療中の海馬および海馬傍回の体積の変化を示す図である。
図8-1】H2ガスの吸入効果に対する拡散テンソル画像の代表例を示す図である。
図8-2】海馬及び海馬傍回領域のDTIトラクトの半定量的分析の結果を示す図である。
図9】AD患者11例の正規化した拡散テンソル画像トラクト量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明は、認知症並びにその前駆状態である軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)及び自覚的認知障害(SCI:Subjective Cognitive Impairment)を早期に検出する方法である。認知症を検出する方法は、被験体の認知症の罹患リスクを検出する方法及び被験体が認知症である可能性があるか否かを評価又は判定する方法を含む。本発明の方法により、認知症の進行度合いや予後を評価判定することできる。本発明においては、認知症の検出は、認知症の進行度合いや予後を評価判定することも含む。また、本発明の方法は、被験体が認知症である可能性があるか否かを評価又は判定するための補助的データを取得する方法も含む。
【0015】
認知症とは、病気により脳の神経細胞が壊れるために起こる症状や状態をいい、認知症が進行すると理解力及び判断力が低下し、社会生活や日常生活に支障が出てくるようになる。認知症には、アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病:Alzheimer disease,
AD)、レピー小体型認知症、血管系認知症などが含まれる。
【0016】
本発明の方法は、MRI装置により脳の神経線維をイメージングし、拡散テンソル画像(DTI: diffusion tensor imaging)を取得し、拡散テンソル画像から神経線維を追跡(トラッキング)して行う。
【0017】
本発明の方法においては、まず、認知症患者又は認知症を疑われている患者の脳の画像をMRI装置により撮影し、拡散テンソル画像(DTI: diffusion tensor imaging)を得る。その際、脳の中で認知機能に特化しているといわれる脳側頭葉海馬領域内にソフトウエアにより5個のソフトウエア関門(シードポイント)を設置し、海馬の全ての神経線維のトラクト(束)がこの5個の関門を通る様に画像作成を行なう。5個の関門は脳MRI DTIのソフトウエアをつかって脳側頭葉海馬先端から5~15mm、例えば9mmの位置から一定の間隔、例えば3~7mm、好ましくは5mmの間隔ごとに5個の固定した関門(シードポイント)を海馬及び海馬傍回に別々に設置すればよい。この関門部のみを通る神経線維を捕捉選択するように撮像する。画像は側面像(lateral view、左右方向)と軸方向像(axial view、頭頂部から頚椎の方向)の2方向で撮影、作像すればよい。この際、脳の海馬以外の他の部分に発した神経トラクトはこの関門により除外され、さらに脳幹部などの脳の他の部位に発する神経線維が稀に関門外から迷入する場合には同時に設置できる回避関門によりこれを除外する(図1b)。
【0018】
5個の関門を使用するこの方法では従来の関門を1個や2個使用する場合と比べ捕捉できる神経線維の量が飛躍的に大きくなる(図2)。また、毎回同じ場所に設置することによりこれらの神経線維のトラクトの大きさの他、神経線維自体の性能に関する安定した情報が得られる。認知機能の低下に伴いこれらのトラクトの量も質も低下するので、これらの情報を活用して認知症の診断や治療効果の判定がより科学的に行えるようになる。
【0019】
認知症が進行するとこれらの神経トラクトの数が減少し脳萎縮の状態になることは良く知られている。加えてその神経トラクトの中にある各種の神経の機能も減退する。水分子は神経線維のない状態では等方性拡散を示すが、神経線維がある場合は神経線維に沿った異方性拡散を示す。DTIでは、拡散異方性をFA値(フラクショナル アニソトロピー(fractional anisotropy)値)という指標で表すことができる。神経トラクトの大きさにより異方性拡散速度が変化し、FA値が決まる。本発明ではこの様な神経線維内の水分子の拡散速度によるFA値により神経線維を5種類に識別して、その各々の神経トラクトの大きさを測定できるようにする。検討により例えば、認知症の患者の海馬にはFA値が0.3以上の神経線維は通常の方法では認められないこと、認知症症状の悪化改善にはFA値0.2の神経線維トラクトの量の変化が並行して起こること、及びFA値0.1の線維量とFA値0.2の線維量の比が神経束の大きさの変化に敏感になること等が判明した。
【0020】
実際に認知症の治療を受けている患者の脳MRIの解析は以下に例示する方法で行えばよい。すなわち、海馬領域に設置された5関門で海馬領域の脳萎縮や神経トラクト機能の低下を、脳微細組織構造変化に敏感に反応するFA(ファンクショナル アニソトロピー)値を使用して、3種類の閾値(0.1、0.15及び0.2)別に5関門内のみを通過する海馬神経線維を十分に末梢まで描出させ神経線維の面積を算出し、トラクト測定値とし、診断する。トラクト測定値を、トラクト面積、トラクト量又はトラクト数ということもある。次いで、トラクト測定値を、正常下限値(表1)と比較することにより、正確かつ他覚的な診断を行うことができる。計算結果はピクセル数で示された神経トラクトの面積で得られる。FA値別に得られた海馬及び海馬傍回の神経線維の面積を正常値(例えば、正常志願者5人の平均値)下限と比較して、正常値以下またはよりも低ければ異常とし、認知症又は認知症前駆状態である可能性があると評価することができる。ここで、正常値とは非認知症の正常人から得られたトラクトの測定値の平均値をいう。この際、指標として、高FA値トラクト測定値(面積)の激減、FA比(特に、FA値0.2のトラクト測定値/FA値0.1のトラクト測定値)の著しい低下を用い、評価することができる。
【0021】
本発明の方法で定期的に測定し、上記の指標について、その後の検査値と比較することにより、経時的な測定値の変化を調べ、症状の変化を速やかに捉えることができる。すなわち、測定値が低下した場合は、認知症又は認知症前駆状態が悪化したと評価することができ、測定値が上昇した場合は、認知症又は認知症前駆状態が改善したと評価することができる。検査の間隔は、好ましくは2~4週間である。また、治療薬の効果を判定することができる。治療薬の効果を判定することにより、その後の治療薬の投与計画を立てることができる。さらに、その後の症状の推移を予測することもできる。なお、FA値が0.25及び0.3のトラクト量はMRIでは識別できない程に減少しているので通常の臨床検査ではさらなる画像を作成する必要はない。
【0022】
本発明の方法においては、あらかじめ定めた一つのROI(Region of interest、関心領域)内での測定ではなく、FA値の優れた一方向性を強調した神経追跡法(fiber tracking)(Chen et al. Magn Reson Imaging. 26:103-108.2007 Imaing)により5か所のトラクトグラフィー用の関心領域(ROI)を作成し、正しいトラクトグラフィーを行ない、DTIデータから3次元的に神経線維トラクトを抽出し、構築する。ここで、トラクトグラフィーとは、拡散テンソル画像から神経線維を追跡(トラッキング)し、追跡の軌跡が抽出された拡散テンソルトラクトグラフィ画像を生成することをいう。この際、ROIの作成には正面像(coronal view)を使用し、表面脳組織を十分に含めるように表面を通過する神経線維を逃さないように留意する。このようにして描出した画像を上記のように少なくとも3種類のFA値で処理する。ここで、神経追跡法は、連続的な神経線維の走行を3次元的に構築したDTI画像上で、神経線維の走行を追跡することをいう。本発明の方法では、この神経追跡法で神経線維全長に亘って神経線維の追跡を行ない、かつFA値0.1、0.15及び0.2におけるデータを使用している。設置する関門の数については通常1~2個程度であるが、画像の誤差は関門数(シード数、seed number)の平方根の逆数に比例する。一方、画像の安定度は関門数に比例するので関門数は多いほうが良いと思われる(図2及び図3)。しかし関門数を増すと当然測定時間も長くなるので使用目的やMRI機器の性能に応じ各施設の状況を考慮して決める必要がある(Cheng et al. J Neurosci Methods.203,264-272.2012)。関門数とFA値を同時に考慮して撮影条件を決定すればよい。
【0023】
本発明の方法を西島式5関門法と呼ぶ。
【0024】
認知症の治療には、既に400種類以上もの薬剤が開発され、その各々が臨床試験では全て無効と判定されている。そのため認知症患者の数は世界中で急速に増え社会経済への大きな負担になっている。従来の認知症薬開発が全て失敗に終わったのは、それらが認知症の多種の病因のうち、単一の病因のみを取り上げてターゲットとしているという共通点があるからである。最近は多種のターゲットを同時に治療する微小物質による治療が提唱され(Sun-Ho Han et al. JKMS 29:893-902、2014)、本発明者らも世界で始めてとなる水素という極微小物質を投与した臨床試験で極めて良好な治療効果を確認している。
【0025】
本発明の西島式5関門法により得られたデータは、臨床症状の推移をほぼ反映し、データのさらなる解析で、その臨床状況の改善効果が脳神経組織の微細構造の改善を伴って起こっていることを示すことができる。従来は薬剤投与で確実に臨床症状が改善したという症例が無かった。水素を用いた治療法で初めて安定的に臨床症状の改善期間が得られ、本発明の西島式5関門法を使用することが可能になった。
【0026】
上記の拡散テンソル画像のデータの解析で、認知症の診断を行い、その後の検査値と比較して、治療薬の効果を判定し、今後の悪化が予測されれば現行薬剤を増量すればよい。薬剤として水素が挙げられる。
【0027】
さらに、本発明の西島式5関門法を、実際に認知症の治療を受けている患者の脳MRIの解析に使用することにより、患者の海馬の状態を極めて科学的に解析することができる。従来は、認知症の検出、判断は問診に頼らざるを得ず、極めて主観的であった。しかし、本発明の方法により、客観的に検出、判断することができ、認知症治療法のレベルの向上につながる。
【実施例
【0028】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0029】
実施例1 西島式5関門法
1.西島式5関門の実施方法
西島式5関門法により、患者の脳内の認知機能に関係があるとされる海馬の微細構造を的確にかつ科学的に把握することができる。以下、西島式5関門法の詳細について説明する。
【0030】
(1) まず脳の海馬部を通過する神経トラクト(束)の大きさを調べこれを高機能と低機能の神経トラクトに分けて計測する。これには、脳の画像をMRI装置により撮影し、拡散テンソル画像(DTI: diffusion tensor imaging)を得て、脳MRI DTIのソフトウエアを用いて脳側頭葉海馬先端から9mmの位置から5mmの間隔ごとに5個の固定した関門(シードポイント)を海馬及び海馬傍回別々に設置し(図1、2、3)、MRIデータ解析用のソフトでこの関門部の前額断面画像の面積(mm2)を調べこれに5mmを乗じて、関門から5mmの位置までの体積(mm3)を算出した。この5個の体積のデータを総計して海馬及び海馬傍回の体積とした。この体積は海馬部の完全破壊を示す萎縮の算出に必要である。この関門部に小嚢胞や脳室上衣の陥入があっても関門を設置する部位は変更しない。
【0031】
(2) 次にこの関門部のみを通る神経線維を捕捉選択するようにソフトウエアを操作した。この際明らかに脳幹部などから迷入した神経線維があればこれらは回避関門(除外関門)を設けて除外した(図1b)。除外は、神経学者が問題にするような、その神経線維群の複雑な発生部位や広範にわたる到達部位等は全く考慮する必要がなく、その部を通過する神経トラクトを観察して行う。画像は側面像(lateral view、左右方向)と軸方向像(axial view、頭頂部から頚椎の方向)の2方向で撮影、作像した。
【0032】
(3) 次にMRI付属のDTIソフトウエアを使ってFA(フラクショナル アニソトロピー)閾値を0.1、0.15及び0.2に設定して神経追跡法で海馬及び海馬傍回の神経線維を十分に末梢まで描出させた。
【0033】
(4) 画像は側面像(lateral view、左右方向)と軸方向像(axial view、頭頂部から頚椎の方向)の2方向で撮影、作像した。
【0034】
(5) これらの画像は始めにT1及びT2強調画像で十分に観察し回転や左右へのずれ等が起こっていないことを確認し、ずれ等があったときは補正した。T1強調画像では、主に脂肪組織が白く見え、水や液性成分・嚢胞は黒く見える。T2強調画像では、脂肪組織岳でなく、水や液性成分・嚢胞も白く見える。
【0035】
(6) 画像が完成したら、以後はオフラインでImageJソフトウエアを使って画像を2値化し面積を測定した。この際、神経線維外の部分に有る雑音による不要な部分が計算値に入らないようにImageJのcrop機能で、神経線維に接する程度まで計算範囲を限定し、測定値が神経トラクトのみを含むように注意した。
【0036】
(7) 計算結果はピクセル数で示された神経トラクトの面積で得られた。この面積値は、必要に応じてmmに換算できる(5.52ピクセル=1mm)。次にFA値別に得られた海馬及び海馬傍回の神経線維の面積を正常値(正常志願者5人の平均値)下限と比較して、正常値以下であれば異常とした(表1)。
【0037】
表1には、部位別FA値別、左(l)及び右(r)側の海馬(h)のピクセル数(トラクト面積)を非認知症志願者データにて示す。
【0038】
これにより、認知症臨床例のトラクト面積が異常に低くて病的であるかどうかの判定に使用する。
【0039】
左欄の数字は、FA値を示す。1及び2はFA値=0.1、3及び4はFA値=0.15、5及び6はFA値=0.2、7及び8はFA値=0.25、9及び10はFA値=0.3である。
【0040】
左欄の数字のうち、奇数はlateral view(側面像)を示し、偶数はaxial view(軸方向像)を示す。例えば、lh3は左海馬側面像のFA値0.15のトラクト面積(ピクセル数)を示す。なお、5.52ピクセルは1mm2に相当する。
【0041】
表1中、「SD」は標準偏差を示し、「平均-2SD」は面積平均値(ピクセル数)から2SDを引いた値を示す。「健常人最低-最高値」は平均-2SDが0以下になったFA値の代わりに、志願者データの範囲を示す。
【0042】
認知症の診断にはこれらのトラクト面積が平均-2SD又はこの範囲の最低値以下であることが重要であると考えられる。
【0043】
【表1】
【0044】
(8) 次にFA比を計算した。すなわち、同じ部位(海馬、海馬傍回における側面像、軸方向像別)のFA0.2の神経トラクトの測定値(面積)をFA0.1での測定値で割り算で得た。
【0045】
(9) 2~4週後に同様の検査を行い、少しでも変化があればこの5関門法で識別可能である。従って、臨床症状が変化する前に将来の症状変化の方向が予見できる。
【0046】
図1に、本発明の西島式5関門法における関門の設置の方法を写真で示す。図1a及び図1cは、6ケ月の間隔を置いて撮影された写真を示し、5関門と関門を通過するFA0.2の線維束が示されている。図中、「seed_1」~「seed_5」の表示は、5つの関門を示す。図1bは、回避関門を用いて、脳幹部から上昇して後部関門をすり抜けて迷入する迷入線維を除去している状態を示す。図中「回避_1」等の表示は回避関門を示し、「seed_1」~「seed_5」の表示は、5つの関門を示す。図1dに示すように、海馬本体の先端9mmの部位から5mm毎に5か所のトラクトグラフィー用の関心領域(ROI)を作成する。ROIの作成には正面像(coronal view)を使用し、表面脳組織を十分に含めるように表面を通過する神経線維を逃さないように留意する。通常、認知症例では海馬溝周辺の萎縮が強く(本図症例は非認知症症例)、その上方を海馬、その下方を海馬傍回とすればわかりやすい。図中、上の枠で囲んだ部分が関心領域1(ROI1)であり、下の枠で囲んだ部分が関心領域2(ROI2)である。左の線分はスケールを示す。
【0047】
図2-1及び図2-2に、本発明の西島式5関門法により、非認知症例(cognitively Normal Case)の神経線維トラクトを解析した結果を示す。図2-1は海馬の解析の結果を示し、図2-2は海馬傍回の解析の結果を示す。関門の数を1、2、3、5にした場合の捕捉できるトラクト面積の違いを示している。ここでは第2関門一個(最上段)を使用した場合(1 Seed)、第2と第4関門2個を使用した場合(2 Seeds)(上から2段目)、及び2、4、5番目の3個の関門を使用した場合(3 Seeds)(上から3段目)、並びに5関門の場合(5 Seeds)(最下段)のトラクト面積を示している。図において、左から1番目及び3番目は側面像(lateral)、2番目及び4番目の軸方向像(axial)を示す。各パネルにおいて、左から1番目と2番目はFA=0.1のときのトラクトを示し、左から3番目と4番目はFA=0.2のときのトラクトを示す。5関門の場合が海馬、海馬傍回ともにその面積が最も広くなる。高FA値の線維の捕捉には関門が多いほうが有利で、特に認知症で激減するFA=0.2の海馬における線維の捕捉には5関門法が必要となる。
【0048】
図3-1及び図3-2に、本発明の西島式5関門法により、認知症例の神経線維トラクトを解析した結果を示す。図3-1は海馬の解析の結果を示し、図3-2は海馬傍回の解析の結果を示す。図2-1及び図2-2と同じ方法で、同じ部位に設置された関門数、1、2、3及び5個の撮影法で撮られた所見を示している。撮影法及び図中の像の配置は図2-1及び図2-2と同様である。図3-1及び図3-2に示すように、認知症ではFA値0.2のトラクトが特に海馬において減少しており1及び2関門数ではデータがまったく取得できず画像の表示ができないと警告が出た。関門数5個で、やっと面積が測定できる程度の画像が得られ、5関門法の必要性が確認された。
【0049】
2.関門数を5に設定する理由と正当性
関門数を増やすと当然、収集できる神経線維束(トラクト)の量(縦軸ピクセル数)が増加する。
【0050】
図4-1は水素治療前の低トラクト量の時期の関門数とトラクト量との関係を示し、FA値=0.1及びFA値=0.2におけるデータを示す。横軸は関門数を、縦軸はトラクトの量を示す。図中◆及び■は軸方向像(axial view)のデータを示し、▲及び×は側面像(lateral view)のデータを示す。3関門まではFA=0.2では測定不能というメッセージが多発し測定できないことを示す。
【0051】
図4-2は治療開始後ADASが改善してきた時期の関門数と収集できたトラクト量の関係が改善することを示している。図4-1と同様にFA値=0.1及びFA値=0.2におけるデータを示す。横軸は関門数を縦軸はトラクトの量を示す。図中◆及び■は軸方向像(axial view)のデータを示し、▲及び×は側面像(lateral view)のデータを示す。関門数2以下では、FA=0.2トラクトの捕捉が不十分である。個人差を考慮するすると関門数5が必要であることを示す。
【0052】
関門数4のデータは省略したが関門数5には及ばなかった。関門数を6にすると、萎縮した海馬であると6番目の関門が海馬をはみ出してしまい、扁桃核の後方部が第一関門に紛れ込むことがある。また、操作が煩雑になるので適切ではない。
【0053】
図4-3は、水素治療経過と関門数の関連を示す(FA=0.2)。縦軸はトラクトの量を示し、横軸は以下を示す。
1:関門3のみ
2:関門2、4
3:関門2、4、5
4:関門1、2、3、4
5:関門2、3、4、5
6:関門1、2、3、4、5
【0054】
また、系列2は、水素治療開始時、系列4は、水素治療後2ヶ月、系列6は、水素治療後4ヶ月のデータを示す。
【0055】
全体として、治療によって関門を通過する神経トラクトが増加する。また、関門数が増加することによって、観測できる神経トラクトの数が増加する。
【0056】
しかし、関門2、4、5を通過する神経トラクトは系列6で観察されるように減少したり、4関門を通過する神経トラクト数は、4と5を比較すると明らかなように、系列4の関門1、2、3、4を通過する神経束は減少するなど一定の観測ができない。すなわち、関門数を5に設定することが信頼できるトラクトを観測することに必要であることがわかる。
【0057】
3.FA=0.2に設定する理由と正統性
治療中の認知症患者において、FA値=0.1、0.15及び0.2における左海馬のlateral view(側面像)及びaxial view(軸方向像)の経時的なトラクト量を示す各線分がADAS変化に影響を与えた程度を推測し、寄与度計算を行った。
【0058】
図5-1に結果を示す。図5-1中、lh1~lh3の「lh」は左海馬のデータであることを示す。数字はFA値を示し、1及び2はFA値=0.1、3及び4はFA値=0.15、5及び6はFA値=0.2を示す。また、数字のうち、奇数はlateral view(側面像)を示し、偶数はaxial view(軸方向像)を示す。例えば、lh3は左海馬側面像のFA値0.15のデータを示す。図5-1の縦軸は、ADASの改善時に関与した各線分の寄与度(%)を示し、横軸は観察した日付を示す。図5-1の例は、ADAS-cogを指標に問診による認知度を観察したものであり、図中には、各日付におけるADAS-cog値を示してある。ADAS-cog値の減少は認知機能の改善を示す。ADAS改善時(図5-1の7.19)には左海馬のFA=0.2のトラクト(lh6とlh5)が48から62%の寄与度であった。すなわち、FA=0.2の場合に、ADAS-cogの減少(認知機能の改善)と5関門を通過するトラクトの増加の相関が観察された。すなわち、認知機能の改善を観測するのは、FA=0.2に設定することが必要であることが示された。
【0059】
図5-2は水素治療終了後、ADASが悪化を始めた時のFA値が異なる各線分の、その変化に対する寄与度を示す。悪化時にもFA=0.2の線分がきわめて高い寄与度である。一方、FA=0.15の線分は、はるかに小さい寄与である(lh3とlh4)。
【0060】
以上の結果よりFA=0.2のデータが認知機能と相関を示すことが明らかにされた。
【0061】
実施例2 西島式5関門法による、水素ガスによる認知症の治療効果の評価
患者の選択
患者の選択の基準は、以下の3つであった。
(1)式[70-(MMSEx2.33)](J. Caro et al., BMC Neurol 2002;2:6.)を使用したADAS-cogスコア又はMMSE(Mini-Mental State Examination)変換されたADAS-cogスコアが10を超えており、スコアが悪化している。
(2)アルツハイマー型認知症の診断が行われ、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬又はN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗剤による治療が既に試みられていたが、ADAS-cogスコアはさらに悪化している。
(3)H2の適切な吸入を妨げる可能性があるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、肺炎、気管支炎、又は喘息のような重大な気道疾患がない。
【0062】
試験の前に、患者に400mg/日の炭酸リチウム(Li2CO3)を1週間与え、腎臓及び肝臓機能が正常範囲内にあることを確認した。
【0063】
最終的に11名の患者を選択し、H2ガスによる治療を行った。
【0064】
治療
血液中のリチウム濃度が高いほど合併症に罹患する率が高くなるため、炭酸リチウムの投与量を減らした(W.S. Waring, Toxicol Rev 2006;25:221-230.)。 治療群の患者は、1日2回、炭酸リチウム(Li2CO3)200mg錠(田辺三菱製薬株式会社)を経口投与し、かつ3%のH2吸入を1日2回行った。試験期間は6ヶ月であった。H2を含むガスは、ポータブルH2発生器(西島/エノアガス水素発生器)を用いて21%酸素を含むH2ガス(3%)を生成した(H. Ono et al., J Stroke Cerebrovasc Dis 2017;26:2587-2594.)。以前に報告されたように、血中濃度は増加することが確認された(H. Ono et al., J Stroke Cerebrovasc Dis 2017;26:2587-2594.)。炭酸リチウムは躁うつ病(両極性障害)の治療薬として用いられており、炭酸リチウムを摂取している患者に認知症を発症する患者が少ないという報告があったため、本実施例で用いた。
【0065】
評価
患者は、ADAS-cogスコアを用いて盲検法で評価された。
ADAS-cog試験は1~2ヶ月ごとに実施した。ADAS-cogスコアに対する治療の有効性は、試験開始時のADAS-cogスコアと治療中の2~3回の試験を比較することによって決定した。
【0066】
海馬及び海馬傍回の体積の測定
MRIにより海馬及び海馬傍回の視覚化を行った(図7-1)。図7-1は、図1dと同様の図である。海馬の前端の9mm後ろから5つの冠状切片を5mm離して採取した。DICOM ROIソフトウエアを用いて、それぞれの冠状切片の面積を計算した。ソフトウエアにより面積をmm2単位で自動的に記録し、海馬並びに鉤状回、内側嗅領及び海馬傍回を含む海馬傍回領域の体積を、mm2単位の面積を5mm(対照切片間の距離)とかけてmm3単位に変換して計算した(図7-2)。すなわち、体積測定は、先端から9mmの位置から体内への34mmの位置までの海馬の大部分について行われた。すべての処理及び計算は、放射線技師によって盲検的に行われた。
【0067】
拡散テンソル画像(DTI: diffusion tensor imaging)による海馬及び海馬傍回のトラクト(神経束)の面積の測定
5つの関門(シードポイント)(ソフトウエア関門)を、ニューロンのトラクト(束)が海馬又は海馬傍回全体を通過する容積測定部位に設定した(図7-2)。すなわち、5つの関門を、ニューロン束が全海馬または海馬傍回を通過するように、体積測定部位に設定した。図7-2において、神経線維が5つの関門(seed)を通過していることがわかる。
【0068】
デジタルトラクトグラフィーイメージングは、Neuro3Dを用いてGRAPPA技術により行った。青いゲートは、通過したニューロン束の選択のための5つの関門を示す。黄色はニューロン束を示す。検査時間を短縮するために、GRAPPA技術を利用したNeuro3Dを用いてデジタルトラクト撮像(DTI)を行った。DTIは、0.10、0.15、及び0.2のファンクショナル アニソトロピー(FA、神経線維内の水分子の拡散速度)値で得られた。トラクトの大きさはトラクト画像のピクセル数から計算し、トラクト内のピクセル数はImage Jソフトウエアを使用して計算した。
【0069】
治療結果
大部分の患者のADAS-cogスコアは、H2療法によって改善された。
図6a-e及び図6f-kに、H2療法とリチウム療法の併用による各患者のADAS-cogスコアの変化のプロファイルを示す。a~kは11人の患者のそれぞれの結果を示す。f及びhにおいては、併用療法が終了すると、スコアはすぐに悪化した。一方、e及びiにおいては、リチウム添加を中止した後でもH2による改善が認められた。a、b、c、d、g及びhにおいては、H2処置が中止された後にスコアは悪化した(増加を続けた)。従って、併用療法の主な効果は、H2吸入のみに起因することが判明した。
【0070】
H2治療期間の終わりに、7人の患者(c、d、f、g、h、i及びj)のスコアは、開始時間から改善(減少)していた。H2治療終了時のスコアは初期レベルに回復しなかったが、3人の患者(a、b、e)でスコアは一度悪化したが、後でわずかに改善した。1人の患者(k)は非応答であった。表2に、H2ガス投与を行った11人の認知症患者における水素ガス投与開始時、悪化後、及び水素ガス投与終了後のADAS-cogスコアの分析結果を示す。表2に示すように、この非応答者を含む平均値は、H2治療の終了時に-3.4(初期スコアから)及び-8.5(最悪スコアから)であった。
【0071】
【表2】
【0072】
5人のコントロールでは、治療による改善は認められなかった。また、試験を行った病院では約200人の患者を診察したが、H2治療なしの場合、6ヶ月間でADAS-cogスコアが改善されたアルツハイマー型認知症患者はいなかった。従って、H2治療はADAS-cogスコアの顕著な改善を示した。
【0073】
海馬及び海馬傍回領域の体積は治療中に変化しなかった。
海馬及び海馬傍回の体積は、方法に記載したように、治療期間中少なくとも3回測定した。治療期間中の患者dの観察期間は8ヶ月間継続した。ADAS-cogスコアは有意に変化した(図6d)。図7-3に、患者dにおける治療中の海馬および海馬傍回の体積の変化を示す。6カ月の治療期間中、海馬の大きさは増加しなかった。
【0074】
水素治療は、DTIトラクトを増加させ、増加はADAS-cogスコアと相関していた。
DTIはADを評価する有用な方法としてニューロンの完全性を評価するのに有用である(T.C. Chua et al. Curr Opin Neurol 2008;21:83-92.: I.K. Amlien, Neuroscience 2014;276:206-215.)。本実施例において、海馬全体又は海馬傍回を通過したニューロントラクトに着目した。この目的のために、ニューロントラクトが通過する5つの関門を固定した(図7-2)。ニューロンの完全性を表すニューロントラクトに沿った水の拡散性を評価するために、海馬又は海馬傍回領域全体に対して0.10、0.15、及び0.2の異なるFA値で画像を得た(L.G. Vasconcels et al., Dement Neuropsychol 2009;3:268-274.: B. Zhang et al., CNS Neurosci Ther 2014;20:3-9.)。
【0075】
図8-1及び図8-2は、FA=0.1、0.15、又は0.2における患者dの海馬(図8-1a)及び海馬傍回(図8-1b)領域のMRIのH2ガスの吸入効果に対する拡散テンソル画像の代表例を示す図である。方法の欄に記載したように、5つの関門で海馬又は海馬傍回領域を通過するニューロントラクトを選択した。図8-2a及び図8-2bは、それぞれ、海馬及び海馬傍回領域のDTIトラクトの半定量的分析の結果を示す。四角と三角のシンボルは、それぞれ左側と前方から観察された画像を示す。直線及び点線は、それぞれ、H2及びLi2CO3治療の期間を示す。図8-1a及び図8-1bは、2、4又は6ヶ月間リチウム及びH2を用いて治療し、その後4ヶ月間リチウムのみで治療を行ったAD患者dの脳の側部の0.1、0.15及び0.2のFA値における代表的なDTIを示す。高いFA値(0.2)の束は、変化に対して最も敏感であった。DTIトラクトは、H2及びリチウム治療によっても、海馬傍回領域では変化しなかった。海馬領域におけるFA=0.15及び0.2のDTIの束は、H2及びリチウム治療後に増加するようであった。治療効果はFA=0.2で最も強かった(図8-1a)。さらに、H2による治療を中止したときには、FA=0.15及び0.2のトラクトのDTIの束が減少した(図6a)。従って、少なくともこの場合、DTIの束の増加はリチウム治療によるものではなかった。
【0076】
このプロファイルは、図6dに示すADAS-cogスコアと良く一致していた。一方、海馬傍回のDTIトラクトは変化しなかった(図8-1b)。図8-2a、bは、FA=0.1、0.15及び0.2におけるDTIトラクトの半定量分析の結果を示す。これらのデータは、代表的な海馬DTIは、ADAS-cogスコアと特に高いFA値で相関していることを示している。
【0077】
図9は、AD患者11例の正規化した拡散テンソル画像トラクトを示し、海馬又は海馬傍回領域において固定された5つの関門を通過した神経管束領域を評価した結果を示す。図9は、11人の患者についてのDTIの平均値と標準誤差を示す。図9aは、H2治療をはじめてからの最悪時と終了時との間の海馬及び海馬傍回領域でのFA=0.2の対応するニューロンのトラクトのピクセル数をFA=0.1の束のピクセル数で正規化した値の比較を示す。**は海馬領域のp <0.01を示す。海馬傍回領域における治療の開始と終了の間に差は認められなかった。図9bは、海馬のDTIトラクトを、治療の開始時又は終了時に、海馬傍回DTIで正規化した結果の比較を示す。***はFA=0.2でのp <0.001を示す。FA=0.1では、治療からの最悪時と終了の間に差はなかった。図9中、エラーバーは標準誤差を示す。
【0078】
従って、DTIの変化は、海馬ニューロンの完全性に対するH2治療の影響を反映することを示唆している。
【0079】
考察
H2とリチウムの併用療法では、アルツハイマー型認知症患者11人のうち10人がADAS-cogスコアの改善が認められた。ADAS-cogスコア(W.G. Rosen et al., Am J Psychiatry 1984;141:1356-1364.)は、ADの臨床試験において最も広く使用されている一般的な認知機能の指標となり、記憶、言語、プラクシス、及び方向付けを含む複数の認知領域を評価する。本発明の併用療法において、3つの可能性があった。第1は、H2とリチウムの組み合わせは、相乗効果のために不可欠であった可能性。第2は、主にリチウムが有効であり、H2はリチウムの副作用を緩和し、又はリチウムの有効性を補強した可能性。第3は、H2単独で治療に有効であった可能性。
【0080】
本実施例の結果は、リチウムが存在しなくても(e及びiにおいて)スコアがH2で改善し続けたため、治療効果はH2吸入のみによるものであることを示している。対照的に、H2処置が中止された場合、a、b、c、d、g及びhのスコアは悪化した(増加を続けた)。すなわち、H2と併用しなかった場合は、リチウム単独では認知機能の改善は認められず、H2のみが認知機能を改善した。
【0081】
H2吸入によるこれらの改善は、アルツハイマー型認知症の認知症症状の一時的改善に用いられているドネペジルの効果と比較したときに顕著である。ドネペジルはADAS-cogスコアを6週間後に3ポイント減少させた(-3)。しかし、6ヶ月後にはプラセボ群は悪化したものの、ドネペジル投与群のスコアは初期値に戻っていた(K.R. Krishnan et al., Am J Psychiatry 2003;160:2003-2011.)。本実施例において、H2治療により、初期段階から非応答者を含む被験体のスコアの変化の平均値は-3.4であった。さらに、最悪のスコアからH2治療の終了までのスコアの変化の平均値は-8.5であった。すなわち、H2ガスの効果は、患者11人中10人という高い割合で認められ、治療効果はドネペジルよりも顕著であった。
【0082】
さらに、本実施例の患者は、アルツハイマー型認知症の治療薬として薬事承認されているアセチルコリンエステラーゼ阻害薬及び/又はN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗剤による治療効果が失われた後に、水素ガス吸入治療を開始したものである。したがって、水素ガス吸入による改善効果は、これらの薬事承認薬剤の効果とは別の作用機作において発揮したことは明らかである。本発明は、従来の薬事承認薬の治療効果が認められなくなった以後にも適用できるものであり、有用性は極めて大きい。
【0083】
さらに、DTIにより、特に高いFA値のときに、ニューロンの束の大きさが有意に回復していることがわかった。大脳白質の束は、高度な方向性をもち、かつ詰まった状態で配列される。束の方向に沿った水の拡散率は、他の方向と比較してはるかに高い。束に沿った拡散率と束に交差する拡散率の差は、軸索密度とともに増加する。FA値は束内の軸索の密度を反映し、低い値はより低い軸索密度に対応する。DTIによる知見は、ADAS-cogスコアによるAD患者の臨床的改善と明らかに一致していた。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の方法は、認知症又は認知症前駆状態の客観的な検出を可能にする。
図1
図2-1】
図2-2】
図3-1】
図3-2】
図4-1】
図4-2】
図4-3】
図5-1】
図5-2】
図6a-e】
図6f-k】
図7-1】
図7-2】
図7-3】
図8-1】
図8-2】
図9