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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-15
(45)【発行日】2022-11-24
(54)【発明の名称】有機セレン化合物含有組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4172 20060101AFI20221116BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20221116BHJP
   A61K 31/4178 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 3/00 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 3/06 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20221116BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20221116BHJP
   A61K 35/60 20060101ALN20221116BHJP
【FI】
A61K31/4172
A23L33/10
A61K31/4178
A61P3/00
A61P3/06
A61P3/10
A61P25/28
A61P27/02
A61P29/00
A61P35/00
A61K35/60
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018543979
(86)(22)【出願日】2017-10-05
(86)【国際出願番号】 JP2017036390
(87)【国際公開番号】W WO2018066676
(87)【国際公開日】2018-04-12
【審査請求日】2020-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2016196848
(32)【優先日】2016-10-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(73)【特許権者】
【識別番号】502306235
【氏名又は名称】新洋水産有限会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】世古 卓也
(72)【発明者】
【氏名】山下 倫明
(72)【発明者】
【氏名】山下 由美子
(72)【発明者】
【氏名】石原 賢司
(72)【発明者】
【氏名】今村 伸太朗
(72)【発明者】
【氏名】山内 健
(72)【発明者】
【氏名】横澤 美紀
(72)【発明者】
【氏名】高柳 周
(72)【発明者】
【氏名】石川 雅仁
【審査官】大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-121914(JP,A)
【文献】特開2001-231498(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104072423(CN,A)
【文献】特開2017-171622(JP,A)
【文献】国際公開第2007/106859(WO,A2)
【文献】Biomed Res Trace Elements,2013年,Vol.24(4),p.176-184
【文献】World J Biol Chem,2010年,Vol1(5),p.144-150
【文献】Journal of Biological Chemistry,2010年,Vol.285, no.24,p.18134-13138
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 3/00- 3/14
A61P 25/00-25/36
A61P 27/00-27/16
A61P 29/00-29/02
A61P 35/00-35/04
A23L 33/00-33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
【化1】
[式中、
Rは、水素、エルゴチオニル基、グルタチオニル基、またはシステイニル基である]
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための組成物。
【請求項2】
有機セレン化合物が、式II:
【化2】
で表される3-(2-ヒドロセレノ-1H-イミダゾール-5-イル)-2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエートである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
式III:
【化3】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための組成物。
【請求項4】
式IV:
【化4】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための組成物。
【請求項5】
有機セレン化合物が、成人一人の体重1kgあたり5ng~500μgで1日1~数回投与または摂取される量で含まれる、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物を含む、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための食品組成物。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物を含む、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための食品。
【請求項8】
式I:
【化5】
[式中、
Rは、水素、エルゴチオニル基、グルタチオニル基、又はシステイニル基である]
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための医薬組成物。
【請求項9】
有機セレン化合物が、式II:
【化6】
で表される3-(2-ヒドロセレノ-1H-イミダゾール-5-イル)-2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエートである、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
式III:
【化7】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための医薬組成物。
【請求項11】
式IV:
【化8】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、大腸がん細胞の増殖抑制、大腸がんの形成抑制、非アルコール性肝炎の予防、アルツハイマー型認知症の予防、NFκ-B活性化を伴う炎症の抑制、膜結合型ムチン遺伝子MUC1活性化による角膜上皮細胞保護、セレノプロテインP遺伝子の発現抑制、耐糖能異常改善、CYP7B1遺伝子の発現誘導のための医薬組成物。
【請求項12】
有機セレン化合物が、成人一人の体重1kgあたり5ng~500μgで1日1~数回投与または摂取される量で含まれる、請求項8~11のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機セレン化合物を有効成分として含有する組成物に関する。より具体的には、本発明は、酸化ストレス低減と虚血性疾患予防、脂肪肝改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドローム改善、メタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、動脈硬化抑制、認知症予防と脳機能改善、角膜上皮細胞保護とドライアイ改善、および/または炎症抑制のための組成物、食品、食品組成物、および医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
有機セレン化合物であるセレノネインは、強い抗酸化能(ラジカル消去活性)を有し、ヒト細胞に対して生体抗酸化作用を示すことが見出されている(特許文献1)。抗酸化作用を有する物質は、生体内の活性酸素種を除去し、様々な生理活性を示す。セレンは人体にとって必須な微量元素であることから、魚介類由来の有機セレンであるセレノネインの摂取によって、食事からのセレンの摂取不足を補うことができる。そのため、セレノネインを有効成分とする機能性食品への応用が期待されている。
【0003】
魚食には、がんや糖尿病などの生活習慣病に対する予防効果やアンチエイジングの効果が知られていることから、セレノネインがこのような生活習慣病予防やアンチエイジングに対して寄与することが考えられるが、セレノネインによる生活習慣病予防効果やその分子機序、セレノネインと他の生体分子との相互作用については検証されていなかった。特に、セレノネインの摂取により、人体や動物細胞に取り込まれたセレノネインによってラジカル消去活性など抗酸化能が向上して健康機能性が増進する効果は、これまで調べられていない。そのため、生体分子や、モデル細胞、生体に対するセレノネインの生理活性を検証し、セレノネインの新たな用途の開発と実用化のための幅広い有効性の検証が必要であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5669056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、有機セレン化合物であるセレノネインの健康機能性研究として、哺乳類細胞およびげっ歯類を用いて実際の生体への有効性を解析し、抗メタボリックシンドローム、発がん予防、虚血性疾患防御、認知症予防、ドライアイ改善、炎症抑制などの生体内で生じる酸化ストレス障害の改善やストレスの軽減効果を実証することを目的とする。それにより、セレノネインを含有する抗メタボリックシンドローム作用などの新規食品機能性を有するセレン化合物含有組成物を提供する。
【0006】
酸化ストレスとは、活性酸素、活性窒素種やフリーラジカルが引き起こす生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ、生体にとって好ましくない状態を示すものと定義されるが、活性酸素やフリーラジカルの発生と酸化ストレスは、炎症、動脈硬化、がん、老化、脳神経疾患、呼吸器疾患、白内障、皮膚疾患、消化器疾患、心疾患、高血圧など、多岐にわたる疾病に関与し、多くの疾患の発症、病態形成に中心的な役割を果たしていることが知られている。強力なラジカル消去活性を有するセレノネインは、生体内で発生する活性酸素やフリーラジカル、酸化ストレスを低減し、これら酸化ストレスが原因となる疾病の予防効果を検証することによって、セレノネインを有効成分とする新規食品を開発することができる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、セレノネインの健康機能性を生化学的に解析したところ、セレン化合物含有組成物の摂取が、脳虚血に起因する脳障害から保護するストレス軽減とストレスによる障害の予防効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]式I:
【0009】
【化1】
【0010】
[式中、
Rは、水素、エルゴチオニル基、グルタチオニル基、またはシステイニル基である]
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための組成物。
【0011】
[2]有機セレン化合物が、式II:
【0012】
【化2】
【0013】
で表される3-(2-ヒドロセレノ-1H-イミダゾール-5-イル)-2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエートである、上記[1]に記載の組成物。
【0014】
[3]式III:
【0015】
【化3】
【0016】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための組成物。
【0017】
[4]式IV:
【0018】
【化4】
【0019】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための組成物。
【0020】
[5]上記[1]~[4]のいずれかに記載の組成物を含む、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための食品組成物。
[6]上記[1]~[4]のいずれかに記載の組成物を含む食品。
【0021】
[7]式I:
【0022】
【化5】
【0023】
[式中、
Rは、水素、エルゴチオニル基、グルタチオニル基、又はシステイニル基である]
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための医薬組成物。
【0024】
[8]有機セレン化合物が、式II:
【0025】
【化6】
【0026】
で表される3-(2-ヒドロセレノ-1H-イミダゾール-5-イル)-2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエートである、請求項7に記載の医薬組成物。
【0027】
[9]式III:
【0028】
【化7】
【0029】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための医薬組成物。
【0030】
[10]式IV:
【0031】
【化8】
【0032】
で表される有機セレン化合物を有効成分として含有する、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善、または炎症抑制のための医薬組成物。
【発明の効果】
【0033】
本発明の有機セレン化合物は、従来、ラジカル消去活性に基づく抗酸化剤としての過酸化物やラジカルの発生を抑制する抗酸化能が知られているが、これまでに哺乳類の生体を用いた有効性の実証は公表されていなかった。ヒト細胞や生体への投与による有効性試験により抗がん、抗動脈硬化などが実証されつつあり、生活習慣病や老化による疾患の予防および改善などの新規用途に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】セレノネイン標準品のセレン82のクロマトグラム(A)及び実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスのクロマトグラム(B)を示す。
図2】スナネズミに虚血ストレスを負荷後、自発運動量測定を行い、脳虚血再灌流の影響を検討し、このモデルにおける被験物質のセレン含有組成物(セレノネイン含有魚エキス)の効果を評価した図である。
図3】スナネズミに脳虚血再灌流を負荷後、Y字迷路試験を行い、脳虚血再灌流(7日目)の影響を検討し、このモデルにおける被験物質のセレン含有組成物(セレノネイン含有魚エキス)の効果を評価した図である。
図4】スナネズミに脳虚血再灌流を負荷後、Y字迷路試験を行い、脳虚血再灌流(14日目)の影響を検討し、このモデルにおける被験物質(のセレン含有組成物セレノネイン含有魚エキス)の効果を評価した図である。
図5】糖代謝異常のマウスにおけるセレン含有組成物の摂取によるメタボリックシンドロームの改善効果を検討した図である。
図6】糖代謝異常のマウスにおけるセレン含有組成物の摂取によるメタボリックシンドロームに伴う傷害からの改善効果を検討した図である。
図7】大腸がん原発巣モデルを用いたセレン含有組成物の摂取による抗がんおよび全身免疫能低下抑制の効果を検討した図である。
図8】大腸がん原発巣モデルを用いたセレン含有組成物の摂取による全身免疫能低下抑制の効果を検討した図である。
図9】Treg細胞の抑制に基づく、セレン含有組成物の摂取によるがんの再発を予防する効果を検討した図である。
図10】平滑筋細胞の遊走性の抑制に基づく、セレン含有組成物の摂取によるアテローム性動脈硬化の促進を抑制する効果を検討した図である。
図11】アミロイドβの毒性から細胞を防御するセレン含有組成物の摂取による効果を検討した図である。
図12】セレン含有組成物の摂取による乾燥ストレス後の生細胞数の変化を検討した図である。
図13】セレン含有組成物の摂取によるムチン遺伝子発現の変化を検討した図である。
図14】セレン含有組成物の摂取によるNFκ-B活性化を抑制する効果を検討した図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明は、有機セレン化合物を有効成分として含有するメタボリックシンドローム改善等のためのセレン含有組成物に関する。
【0036】
(1)有機セレン化合物
本発明のセレン含有組成物は、例えば、特許第5669056号公報に記載の方法に従って得ることができる。本明細書において別段の指示がない限り、「有機セレン化合物」は、化学式IIに表されるセレノネイン単量体および化学式IIIに表されるその互変異性体、化学式IVに表されるセレノネイン酸化二量体および化学式Iに表されるセレノネイン化学修飾物を示し、これら化合物を含有する「セレン含有組成物」を含み得ることが意図される。ここで、有機セレン化合物は、魚類等の生物由来の試料を水系溶媒または有機溶媒で抽出することによりセレン濃縮物を得た後、クロマトグラフィーによって分離・精製することによって得ることができる。ここで、「セレン濃縮物」とは、本発明の化学式I~IVに表される有機セレン化合物(後述)を含むセレン濃縮物を指し、試料を有機溶媒または水で抽出した後、ロータリーエバポレーター等で濃縮して得られるもの等が挙げられる。セレン濃縮物は、溶液状である場合には、本発明の有機セレン化合物を5μg/mL以上を含有しているものであることが好ましく、減圧濃縮によって乾固した乾燥粉末がより好ましい。
【0037】
本発明の対象となる有機セレン化合物は、式I~IVの化合物に限定される。式I:
【0038】
【化9】
【0039】
で表される化合物であり、置換基Rが、水素、エルゴチオネイン、グルタチオン、システイン、アセチルシステイン、ホモシステイン、メチル水銀、生体内で生成されると推定されるチオール化合物と結合した「有機セレン化合物」であり、また、「有機セレン化合物」がセレノール基を介して結合した金属や高分子材料も含まれる。
【0040】
一実施形態において、本発明の有機セレン化合物には、式II:
【0041】
【化10】
【0042】
で表される3-(2-ヒドロセレノ-1H-イミダゾール-5-イル)-2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエート、および式III:
【0043】
【化11】
【0044】
で表される3-(2-セレノキソ-2,3-ジヒドロ-1H-イミダゾール-4-イル)-2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエートが挙げられる。上記の通り、式IIおよび式IIIで表される有機セレン化合物はいずれも有機セレン化合物の単量体である。式IIの有機セレン化合物は、イミダゾール環の2位の炭素原子にセレノール基が結合した分子構造を有しており、セレノール基はセレノケトン基との平衡状態にある互変異性体を形成することから、溶液状態では溶媒の条件によって、セレノ-ル型(式II)とセレノケトン型(式III)の2つの化学形態を有している。セレノール型異性体に平衡が傾く非極性溶媒存在下では、容易に酸化型二量体が形成される一方、極性溶媒中ではセレノケトン型異性体に化学平衡が片寄り、主に単量体として存在する性質がある。
【0045】
さらに、本発明の有機セレン化合物には、式IV:
【0046】
【化12】
【0047】
で表される酸化型二量体(3,3’-(2,2’-ジセランジイルビス(1H-イミダゾール-5,2-ジイル))ビス(2-(トリメチルアンモニオ)プロパノエート))のイミダゾール環にセレノール基とトリメチルアンモニウム基が結合した分子構造を持つ化合物を基本単位として、この化合物がセレノール基を介してジセレニドを形成した二量体も含まれる。
【0048】
本発明によれば、セレン含有組成物に含まれるセレン含量は、2,3-ジアミノナフタレン(DAN)を用いる蛍光法(例えば、J. H. Watkinson, Anal. Chem., 38, 92-97 (1966)参照)、またはGPCカラムを用いるHPLC-ICP-MS分析法(例えば、H. Ge, et al., Anal. Commun., 33, 279-281 (1996)参照)により測定することができる。
【0049】
別の実施形態において、本発明のセレン含有組成物は、例えば、式IIで表される化合物(「セレノネイン」)を含有する組成物の形態で提供されてもよい。本発明のセレノネインを含有する組成物は、限定されないが、セレノネイン濃縮物、その乾固物またはセレノネイン精製品をセレンとして0.1~100μgを含有する錠剤、ペーストまたは飲料の形状であってもよい。サプリメント剤や飲料など食品として利用する場合は、1日あたりのセレンの必要量を服用するのに適した形状に成形するのが望ましい。他の食品素材や甘味料、香料、賦形剤、増粘剤、保存料などの食品添加物を含んでいてもよい。
【0050】
本発明の有機セレン化合物の典型例としてのセレノネインの由来原料としては、例えば、マグロ類(クロマグロ、ミナミマグロ、キハダ、メバチ、ビンナガ)、カジキ類(メカジキ、マカジキ、バショウカジキ、クロカジキ)、カツオ類(カツオ、マルソウダガツオ、ヒラソウダガツオ、ハガツオ、スマ)、サバ類(マサバ、ゴマサバ、ノルウェーサバ、ニジョウサバ、グルクマ)、ブリ類、アジ類(マアジ)、イワシ類(マイワシ、カタクチイワシ)、タイ類(マダイ)を含む魚類、ハクジラ類を含む海洋性哺乳類、酵母(Schizosaccharomyces pombe)等の微生物が挙げられる(「水産物のメチル水銀とセレン」化学と生物 50(11), 807-817, 2012-11-01; Genetic and Metabolomic Dissection of the Ergothioneine and Selenoneine Biosynthetic Pathway in the Fission Yeast, S. pombe, and Construction of an Overproduction System, PLoS One., 2014 July 31; 9(7): e105177参照)。
【0051】
(2)セレン含有組成物
本発明は、上記の有機セレン化合物を有効成分として含有するセレン含有組成物を提供するものである。本発明の組成物に含まれる有機セレン化合物の含有量は、組成物全重量に対して、0.000001~99重量%であってよく、当業者であれば、所望の効果を得るために有機セレン化合物の含有量を適宜調整することができる。また、セレン含有組成物を有効成分とする場合は、上記の通り、セレンとして0.1~100μgを含有する形態をとることができる。また、該組成物の原料については、セレノネインを含有するものであれば特に限定されず、例えば、上記魚類、海洋性哺乳類、酵母等の微生物の他、菌糸類、植物、海藻、藻類、化学合成品も原料となり得る。
【0052】
本発明の有機セレン化合物はまた、有効成分である有機セレン化合物以外に、目的に応じて他の成分を含有してもよい。本発明のセレン含有組成物に含有され得る他の成分としては、限定されないが、水;アルコール;食肉加工品;米、小麦、トウモロコシ、ジャガイモ、スイートポテト、大豆、コンブ、ワカメ、テングサなどの一般食品材料およびそれらの粉末;デンプン、水飴、乳糖、グルコース、果糖、スクロース、マンニトールなどの糖類;魚肉粉末、卵白・乾燥全卵、魚卵、魚肉タンパク質、植物タンパク質、コラーゲン,ミオシン、グルテンなどのタンパク質;香辛料、甘味料、食用油、ビタミン類などの一般的な食品添加物;界面活性剤;賦形剤;着色料;保存料;コーティング助剤;ラクトース;デキストリン;コーンスターチ;ソルビトール;結晶性セルロース;ポリビニルピロリドン;油分;保湿剤;増粘剤;防腐剤;香料;ならびにこれらの組み合わせが挙げられる。本発明の組成物は、さらに、必要に応じて他の薬剤を含有してもよい。このような他の成分および/または他の薬剤の含有量は、特に限定されず、当業者によって適宜選択され得る。
【0053】
(3)セレン含有組成物を含む食品、食品組成物および医薬組成物
本発明によれば、上記本発明の組成物を含む食品、食品組成物および医薬組成物が提供される。本発明の組成物を食品および食品組成物として使用する場合、所望の製品形態に応じた食品として許容され得る担体や、他の添加剤を含んでもよい。このような担体および添加剤としては、例えば、賦形剤、結合剤、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、崩壊剤、滑沢剤、防腐剤等が挙げられる。本発明の医薬組成物は、経口用の形態としては、例えば、食品、食品添加剤、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、徐放剤などの固形製剤、溶液、懸濁液、乳濁液などの液状製剤の形態が挙げられる。これらは、当該技術分野で通常行われている手法により、必要に応じて担体や添加剤とともに、製剤化もしくは製品化することができる。
【0054】
(4)用途
本発明のセレン化合物式I~IVを有効成分とするセレン含有組成物、並びに該組成物を含む食品および食品組成物は、酸化ストレス低減、酸化脂質抑制、虚血性疾患予防、メタボリックシンドローム改善、耐糖能異常改善、脂質代謝異常を含むメタボリックシンドロームに伴う障害の保護改善、発がん抑制、全身免疫能低下抑制、血管内皮障害抑制、動脈硬化抑制、認知症予防、脳機能改善、角膜上皮細胞保護、ドライアイ改善の効果および炎症抑制が期待される。なお、食品としての使用における態様では、限定されないが、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養機能食品、栄養補助食品、機能性表示食品、飲料等の形態であってもよい。本明細書において使用するとき、「改善」とは、疾患、症状若しくは状態の好転若しくは緩和、疾患、症状若しくは状態悪化の防止、もしくは遅延、又は疾患、症状若しくは状態の進行の逆転、防止若しくは遅延をいう。「低減」とは、疾患、症状又は状態の出現の遅延、頻度の減少、重症度の低下をいい、「改善」と同義に使用されてもよい。また、「阻害」とは、疾患、症状又は状態を完全に又は部分的に抑制することをいう。本明細書において、上記の「改善」、「低減」、及び「阻害」は、互いに同義として使用され得る。一方、「予防」とは、個体における疾患若しくは症状の発症の防止若しくは遅延、又は個体の疾患若しくは症状の発症の危険性を低下させることをいう。「保護」とは、各種臨床症状の発症を引き起こさないことをいい、「予防」を含むものと理解してよい。
【0055】
本発明のセレン含有組成物において、上記した所望の効果を得るためには、有効成分である有機セレン化合物は、成人一人の体重1kgあたり0.1ng~10mg、より好ましくは1ng~5mg、さらに好ましくは2ng~3mg、さらにより好ましくは3ng~1mg、さらになお好ましくは5ng~500μg、さらになおより好ましくは5ng~100μg、最も好ましくは10ng~50μgとなるように含有させるとよい。より具体的には、1日に2ng~2550μg投与または摂取することが好ましく、より好ましくは5ng~47μgであり、さらに好ましくは10ng~14.5μgである。また、本発明においては、この量の有効成分を1日1~数回に分けて、該化合物そのままの形態で、または食品、組成物、医薬、飲食品等の所望の形態とした上で、投与または摂取すればよい。
【0056】
a.虚血性疾患の予防効果および酸化ストレス低減効果
虚血では血液の再灌流の際に活性酸素が多量に生成され、障害が生じることが知られている。本発明のセレン含有組成物の摂取によって、生体抗酸化作用が強化され、脳での酸化ストレスが軽減され、虚血性脳疾患を予防することができる。このような虚血性疾患の予防効果および酸化ストレス低減効果は、例えば、セレン含有組成物を投与後、スナネズミを用いた脳虚血再灌流モデル試験により、虚血再灌流障害の軽減効果を確認することができる。より具体的には、スナネズミにセレン含有組成物(例えば、セレノネイン含有魚エキス)を2週間投与し、両側総頸動脈の血流を5分間止めた後に再灌流を行う。その後、有機セレン化合物の投与を2週間継続し、自発運動量と作業記憶能力を検査して評価することができる(後述する実施例2参照)。さらに、屠殺後脳および心臓を摘出し、虚血部位を生化学的に確認してもよい。本発明のセレン含有組成物は、酸欠による酸化ストレスの軽減、虚血性心疾患、脳梗塞等による障害から防御する食品原料および組成物の有効成分などに利用可能である。
【0057】
b.メタボリックシンドロームおよびそれに伴う障害からの保護改善効果
アルコール多量摂取、ウイルス等による肝炎だけでなく、非アルコール性肝炎の患者が近年増加している。本発明のセレン含有組成物の摂取によって過酸化脂質(酸化LDL)の抑制、非アルコール性肝炎、脂肪肝、耐糖能異常、メタボリックシンドロームおよびそれらに伴う糖尿病の発症を予防することができる。動物モデルとして、ストレプトゾトシンと高脂肪食を投与することにより糖尿病を背景とした非アルコール性肝炎モデルマウスを作製し、本発明のセレン含有組成物を食餌に混合して投与することによって非アルコール性肝炎に伴う肝臓における酸化ストレスおよび肝臓障害に対する予防効果を確認することができる。例えば、本発明のセレン含有組成物であるセレノネイン含有魚エキスと高脂肪食を摂取させ、4週間後に肝臓を摘出し、肝炎スコア等を測定することにより、本発明のセレン含有組成物による酸化ストレスの軽減効果、肝臓中の脂肪蓄積量の減少、肝炎およびメタボリックシンドロームの発症、それに伴う障害からの保護改善効果を評価することができる(後述する実施例3参照)。
【0058】
c.発がん予防効果および全身免疫能低下の抑制効果
本発明のセレン含有組成物の摂取によって、がん増殖、転移および発がんに対する抑制効果および全身免疫能の低下抑制効果を増強することができる。動物モデルを用いることによって発がん予防効果および全身免疫能低下の抑制効果を確認することができる。がん細胞の増殖抑制効果は、マウスにがん細胞を移植し、例えば、本発明のセレン含有組成物を含む飼料(例えば、セレン濃度3mg/kg)を投与した時の腫瘍部の減少を測定することによって確認することができる。
【0059】
本発明のセレン含有組成物による変異原性の抑制効果は、細菌を用いた復帰突然変異試験によって確認することができる。また、より生体に近い条件では、哺乳類由来細胞(例えば、Bhas42細胞)を用いて、本発明のセレン含有組成物による形質転換抑制効果を確認することができる。本法は、(一財)食品薬品センターで確立された発がん物質の検出に用いられる試験法であり、発がんのイニシエーション活性、プロモーション活性を区別して検出することもできる。細胞を播種した1日後に形質転換誘導剤3-メチルコラントレンを培地に添加し、3日間処理する。セレノネイン含有魚エキス添加培地に交換し、細胞播種後21日目まで培養した後、形質転換巣を数える。がんのイニシエーション、プロモーション、プログレッションの各段階別に効果を確認することができるため、がんの予防効果をもつ食品原料として利用可能であるかどうかを評価することができる(後述する実施例4参照)。
【0060】
また、胆がんマウスに対して、本発明のセレン含有組成物を投与し、全身の免疫能改善効果を確認してもよい。全身免疫能低下抑制については、免疫抑制機能を有し、腫瘍成長を促進する制御性T(Treg)細胞を分析することによって、セレン含有組成物の発がん抑制効果を検証することができる(後述する実施例4参照)。本発明のセレン含有組成物の摂取によって、疾患対象の免疫能が改善され、がんの成長が抑制され、またはがんの再発を予防することができる。
【0061】
d.動脈硬化の抑制効果
酸化LDLは動脈硬化進展の機序の一部として考えられており、酸化LDLにより平滑筋細胞が遊走されることが報告されている。本発明のセレン含有組成物は、動脈硬化の進展時に狭窄が生じる原因となる平滑筋細胞の脱分化と血管内腔への遊走を阻止する動脈硬化予防効果を有することが見出された。本発明のセレン含有組成物を平滑筋細胞に投与して、平滑筋細胞の遊走を阻止し、動脈硬化を抑制する作用を確認することができる。例えば、ヒト大動脈平滑筋細胞をセレン含有組成物を添加した培地で培養し、遊走した細胞数を測定することにより、動脈硬化予防効果をもつ食品原料として利用可能であるかどうかを評価することができる(後述する実施例5参照)。本発明によれば、平滑筋細胞の遊走性を抑制することができ、例えば、アテローム性動脈硬化の促進を抑制することができる。また、動脈硬化に関連した血管内皮障害を改善することができる。
【0062】
e.脳機能改善効果
アルツハイマーのリスク要因として、加齢、遺伝的素因、生活習慣病(糖尿病など)が知られている。本発明のセレン含有組成物は、加齢や糖尿病等による活性酸素種の発生を軽減し、認知症の発症を予防する脳機能改善効果を有することが見出された。なお、本明細書において、「認知症」とは、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症などを意味する。また、「脳機能」とは、記憶機能(例えば、作業記憶、短期記憶)、情動、言語機能、認知機能、運動機能、学習機能、注意機能などを意味する。このように脳機能は多岐に亘り、虚血再灌流障害や脳神経を保護することで機能低下を抑制することができる。また、糖尿病に起因してうつ病リスクが高まるということが知られており、糖尿病性障害による脳機能低下から保護することにより認知症のみならずうつ病も予防することができる。上記のような脳機能改善効果は、例えば、ストレプトゾトシン投与によりアルツハイマーの病態モデルマウスを作製し、本発明のセレン含有組成物(例えば、セレノネイン含有魚エキス)の投与によるアルツハイマー進展低減効果を確認することができる。脳内にストレプトゾトシンを直接投与することにより脳内酸化ストレスが増大し、アミロイドβ、タウタンパク質の蓄積が起こり、アルツハイマー病と同様の病態になることが知られている。モデル作製には、本発明のセレン含有組成物を1週間摂取させた後にストレプトゾトシン投与する。その後、2週間、セレン含有組成物を摂取させ、作業記憶および脳組織を検査することにより評価することができる。さらに、細胞を用いた試験によりアミロイドβ蓄積抑制作用を生化学的に確認することができる。脳機能低下予防改善効果を有するセレン含有組成物およびそれを原料とする食品の摂取は、病者だけでなく健康な高齢者に対しても脳機能保護効果をもつことが期待できる(後述する実施例6参照)。
【0063】
f.ドライアイ改善効果
セレン含有組成物を摂取することよって、角膜上皮細胞の乾燥および酸化ストレスが軽減および保護され、ドライアイの予防効果を得ることができる。ドライアイ患者は日本に約800万~2200万人いると言われている。炎症や持続的な酸化ストレスはドライアイを悪化させ、ムチンの低下や、ドライアイモデルマウスではミトコンドリアの形成異常が見られることが報告されている(Kawai, M., et al., Sci. Rep., vol.3, 2455 (2013))。ヒト不死化角膜上皮細胞を用いて、有機セレン化合物(例えば、セレノネイン含有魚エキス)を添加した培地で培養し、ムチンの産生等を測定することにより評価することができる。ドライアイは大きな疾患ではないため見過ごされがちであるが、ドライアイ改善は患者のQOL改善に非常に重要であり、ドライアイ改善食品原料として利用可能であるかどうかを評価することができる(後述する実施例7参照)。本発明のセレン含有組成物を用いることによって、角膜細胞の乾燥ストレスを保護し、ドライアイを予防および改善することができる。
【0064】
g.炎症抑制効果
本発明のセレン含有組成物の摂取によって、炎症に伴う発赤、腫脹、発熱、疼痛および機能障害を抑制し、炎症に起因する関節リウマチ、溶血性貧血および重症筋無力症を予防することができる。正常人においては免疫調節機構がバランスよく機能しているが、何らかの原因により宿主の免疫調節機構に異常が発生した場合、自己の生体成分を抗原として認識する自己抗体が産生され、種々の免疫反応を引き起こし、線維障害、機能障害が生じている。このような自己免疫疾患としては、関節リウマチ、溶血性貧血、重症筋無力症等が挙げられる。このような自己免疫疾患の治療薬としてアザチオプリン、サイクロフォスファマイド、ピンクリスチン等の免疫抑制剤が用いられるが、これら薬剤投与に伴う副作用も多岐にわたることが知られている。しかしながら、直接患部に塗布する外用性炎症治療剤はステロイド系のものがほとんどでその副作用のため、服用が限られていた。本発明の有機セレン化合物は食品としても使用することができ、副作用もなく、各種炎症反応の抑制に期待される。本発明のセレン含有組成物の摂取による炎症抑制効果の対象は、特にNFκ-B活性化に起因するものであり、例えば、アレルギー疾患、抗がん、関節炎、自己免疫疾患、炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデス、強直性脊椎炎、セリアック病に対して有効である(後述する実施例8参照)。
【0065】
以下の実施例は、本開示の様々な態様を例証する。材料と方法の両方に対する多数の修飾は、本開示の範囲から逸脱せずに実施されてもよいことは当業者に明らかである。市販品供給業者から購入される全ての試薬および溶媒は、混入している過酸化物やラジカル類を除去するため、さらに蒸留、再結晶、ろ過などの方法によって精製して用いることが望ましい。
【実施例
【0066】
実施例1:有機セレン化合物の調製
有機セレン化合物は、既報の特許第5669056号公報(特許文献1)に記載の方法に準じて、マグロ血合肉さらし水からセレノネインを含む抽出液を得て、Brix55まで濃縮し、セレノネイン含有魚エキスを得た。
【0067】
セレノネイン含有量の分析
実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキス(Brix55)のセレノネインの含有量は、以下のLC-ICPMSで得た測定値に基づきセレン当量(μgSe/g)として算出した。
【0068】
(1)装置構成
分離用カラム :Ultrahydrogel 120 (Waters)
LCポンプ :Pu712(GLサイエンス株式会社)
サンプルインジェクター:9725i(Rheodyne)
ICPMS :ELAN DRC II(Perkin-Elmer)
【0069】
(2)LC測定条件
移動層:0.1%IGEPAL-CA63、0.1M酢酸アンモニウム(pH5.3)
流速 :1.0mL/min
サンプル注入量:0.01mL
【0070】
(3)ICP-MS測定条件
測定元素 :Se
質量数 :82
RF出力(W) :1200
ネブライザーガス(Ar,L/min):1.0
補助ガス(Ar,L/min) :1.3
プラズマガス(Ar,L/min) :17
メイクアップガス(Ar,L/min):0
反応ガス(Ar,L/min) :0
パルスステージ電圧(eV) :1050
RPq :2.5
滞在時間(sec/amu) :0.4
【0071】
(4)試料の調製
実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスを20μLに対し19倍容(380μL)の超純水(Milli-Q Element、ミリポア社)を加えて混和し、12000rpmで10分間遠心した上清をHPLC-ICPMS分析に使用した。
【0072】
(5)セレノネイン標準品の調製
セレノネイン標準品は以下の方法でメカジキ血合筋から精製して得たものを使用した:
(5-1)冷凍メカジキフィレーを5℃で一晩解凍して血合筋を切り取って集めたものを用いた。
【0073】
(5-2)血合筋100gに0.1gシステイン塩酸塩(和光純薬工業株式会社)を加え、10倍容量のアセトニトリル(和光純薬工業社)中でポリトロンホモジナイザー(PT MR 6000,KINEMATICA)6800rpmで15秒間、氷水で冷却しながら粉砕した。
【0074】
(5-3)粉砕物を6000×gで10分間遠心分離し、上清を減圧下ロータリーエバポレーターで濃縮し、濃縮液1を得た。
【0075】
(5-4)濃縮液1にアセトニトリル:テトラヒドロフラン(和光純薬工業社)(1:1、v/v)混合溶液を加えて濃縮液を2層に分離した。
【0076】
(5-5)分離した2層のうち、アセトニトリル層を分離し、減圧下ロータリーエバポレーターで濃縮した濃縮液2を得た。
【0077】
(5-6)濃縮液2に冷却水5mlを加え、0.1%酢酸で平衡化したAtlantis(登録商標)dC18300オングストロームカラム(19×150mm、日本ウオーターズ社)に供し、0-50%直線アセトニトリルグラジエント下、溶出量40mlから50mlまでの画分1を回収した。
【0078】
(5-7)画分1を減圧下ロータリーエバポレーターで濃縮して濃縮液3を得た。
【0079】
(5-8)濃縮液3を0.1%酢酸30%アセトニトリルで平衡化したUltrahydrogel(登録商標)120カラム(7.8×300mm日本ウオーターズ社)に供し、排出量7.5mlから9.0mlまでのセレノネインを含む画分を集めて画分2を得た。
【0080】
(5-9)画分2を0.1%酢酸で平衡化したUltrahydrogel(登録商標)120カラム(7.8×300mm日本ウオーターズ社)に通し、セレノネインを含む画分を集めて減圧下ロータリーエバポレーターで濃縮してセレノネイン標準品を得た。
【0081】
(5-10)セレノネイン標準品の中の総セレン含有量は後述する蛍光法で測定し、0.476μg/mLであった。
【0082】
なお、上記(5-1)~(5-9)で得られたセレノネイン標準品には、式(1)~(4)で示される化合物が含まれており、式(2)で示される化合物が主成分であることが知られている(東京大学博士(農学)論文pp17-19(山下由美子、2012年))。
【0083】
(6)セレノネインの同定と定量
(4)の試料およびセレノネイン標準品について、(1)~(3)で述べたLC-ICPMS装置でセレン82を測定してクロマトグラムを得、これらを用いてセレノネインの同定および含有量を決定した。
【0084】
(6-1)セレノネイン標準品は溶離時間10.3分付近にピークが検出される。そのほかにも未同定のセレン化合物のシグナルが検出されるセレノネイン標準品は6-11分のすべてのセレンシグナルの積分値を計測し、後述する蛍光法で定量した総セレン注入量に対応するピーク面積と見なした。
【0085】
(6-2)得られたクロマトグラムにおける溶離時間10.3分付近のピーク面積をセレノネインと同定し、ソフトウエア(TotalChrom、Perkin-Elmer)を用いて読み取った。
【0086】
(6-3)下記式(5):
X=(A/B)×(1000/C)×D/1000 式(5)
(ここで、
X:試料中のセレノネイン含有量(μgSe/g)
A:試料の10.3分のピーク面積。
B:セレノネイン標準品の注入セレン重量あたりの検出面積(/ngSe)
C:LC-ICPMSにおいて注入した試料のマイクロL量(今回はC=5)
D:試料を調製した際の超純水による希釈倍率(今回はD=20)。
【0087】
(6-4)セレノネイン標準品10マイクロLをLC-ICPMS装置に注入し、6-11分のすべてのセレンシグナルの積分値を計測し、積分値を注入したセレン量(今回は4.76ng)で除した数値をセレン重量あたりの検出面積とした(式(5)における係数C)
【0088】
(6-5)測定結果
図1に、セレノネイン標準品のセレン82のクロマトグラム(A)及び実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスのクロマトグラム(B)を示す。
【0089】
(6-6)クロマトグラム(B)には、保持時間10.6分にセレノネイン2量体(式IV)に相当するピーク(矢印)が、主要なセレン化合物として観察された。
従って、実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスに含まれるセレン化合物の多くは式IVで表される化合物が主成分であることがわかった。実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスについて、算出されたセレノネイン含有量は32.5mgSe/Lであった。
【0090】
(7)総セレン含有量
実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキス、(5-1)~(5-9)で得られたセレノネイン標準品を文献(Fluorometric determination of selenium in nanogram amounts in biological materials using 2, 3-diaminonaphthalene. R. Hasunuma, T. Ogawa, Y. Kawanishi, Analytical biochemistry (1982),126:242-245)記載の方法で湿式分解し、セレン化合物をすべて無機態とした後、2,3-ジアミノナフタレン(DAN)と反応させ、Se(IV)との錯体形成反応により生じる4,5-ベンゾピアセレノール(Se-DAN)の蛍光を測定することによって定量した。得られた測定値に基づき試料重量あたりのセレン重量(mg/kg)として算出した。具体的には、以下の条件で測定した。
【0091】
(7-1)実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスを10mg 秤量し、試験管中で、混酸(硝酸:過塩素酸=2:1)1.5mLとともに210℃で二時間湿式灰化した溶液に飽和シュウ酸アンモニウム水溶液0.25mLを加え100℃の水浴中で5分間加熱した。
【0092】
(7-2)(7-1)で得られた試料を水冷した後、6M塩酸0.25mLを加え100℃の水浴中で30分間加熱し、水冷後0.1Mエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩を0.25mL加え、6M水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH1.0~1.5に調整した。
【0093】
(7-3)(7-2)で得られた試料に0.1M塩酸に溶解させた1mg/mLのDANを1mL添加し、50℃20分加温した。水冷後、シクロヘキサン1mLと振とうしてシクロヘキサン層の蛍光を励起光379nm蛍光波長521nmで測定した。
【0094】
(7-4)試料と併行して試料を入れない操作ブランクおよび1mg/Lセレン標準液を5、10、50、100μL入れた試験管を用いて検量線を作成し、試料中の総セレン含有量を算出した。
【0095】
実施例1で得られたセレノネイン含有魚エキスの総セレン含量は95.3mg/kgだった。
【0096】
実施例2:虚血再灌流障害低減効果の検討
スナネズミに脳虚血再灌流を負荷後、自発運動量測定およびY字迷路試験を行い、脳虚血再灌流の影響を検討するとともに、このモデルにおける被験物質(セレノネイン含有魚エキス)の効果を評価した。
【0097】
1.試験系
7週齢スナネズミ(MON/Jms/Gbs Slc、雄)を日本エスエルシー株式会社より購入し、5日間馴化した後、体重測定を行い、群分けした。試験期間中は通常飼料(CRF-1、オリエンタル酵母工業株式会社)と水を自由摂取させた。試験群として以下の6群に分けた。
【0098】
【表1】
【0099】
被験物質の投与開始日をDay 0として、Day 14にイソフルラン麻酔下で虚血前日に総頸動脈に糸を掛けて切開部を縫合した。翌日、体温を37℃に維持するため40℃±3℃に設定したホットプレート上に寝かせて切開部の糸を切り、両側総頸動脈を引っ張り、該動脈をクレンメで5分間止血した。その後、クレンメを外して再灌流を行い、切開部を縫合した。正常群では、イソフルラン麻酔下で両側総頚動脈を露出させ、処理せずに皮膚切開部を縫合した。被験物質の投与群には、試験期間中毎日ポリプロピレン製ディスポーザブル注射筒および胃ゾンデを用いて被験物質を6.2mL/kg強制投与した。正常群およびコントロール群には水を6.2mL/Kg同様に投与した。強制投与は、1日1回の頻度で22日間または29日間行われた。虚血再灌流を行うと海馬細胞死により行動異常(自発運動亢進)や学習記憶障害等が起こる。被験物質が虚血再灌流により起こる脳障害の防御効果の評価として自発運動量測定とY迷路試験を行った。
【0100】
(1)自発運動量測定
被験物質投与開始日をDay 0として、Day 6、13、15、17、19、21および27(Day 27は第2クールのみ)に、各1時間の自発運動量測定を行った。測定には、マルチチャンネル型自発運動量測定システム・スーパーメックス(室町機械株式会社)を使用した。
(2)Y迷路試験
Y字型の迷路試験はDay 21(第1クール)およびDay 28(第2クール)に動物を入れて6分間自由に行動させ、新しいアームを選択した割合を測定することで記憶学習行動の評価を行った。
(3)セレノネイン測定
第一クール終了時、1群、2群、および3群の生残した試験体から2.5%イソフルラン吸入麻酔下で動物の腹部大動脈からヘパリン入りシリンジで全採血することで放血安楽死させた。採血した血液を遠心分離(3000rpm、10分、4℃)して血漿と血餅を分けて採取した。血餅中のセレノネイン含量を実施例1の方法に準じて分析した。
【0101】
【表2】
【0102】
2.結果
虚血再灌流処置から1日後では、コントロール群の2群(図2中、「コントロール22日群」)と5群(図2中、「コントロール29日群」)では自発運動量が増加していたが、被験物質投与群である3群(図2中、「セレノネイン含有魚エキス投与22日群」)と6群(図2中、「セレノネイン含有魚エキス投与29日群」)では有意に抑制されていた(図2)。一方、Y迷路試験を処置から7日後および14日後に行った結果、それぞれコントロール群では正答率が低下するが、セレノネイン含有魚エキス投与群では有意に低下が抑制され、これは「正常群」(無処置)と同程度であり、被験物質は虚血再灌流による脳障害から保護する効果があることが確認された(図3と4)。
【0103】
血餅中のセレンタンパク質含量は1群、2群、3群の間に有意差は認められなかったが、セレノネイン含量は1群および2群において検出限界(0.01μg/g)未満であったのに対し、3群ではセレンあたり0.95±0.24μg/g検出され、セレノネイン含量は有意に増大した(p<0.05)。この結果から、被験物質の22日間投与によって、スナネズミの血球中にセレノネインが蓄積したことが示された。
【0104】
実施例3:メタボリックシンドロームおよびそれに伴う障害からの保護改善効果の検討
(1)メタボリックシンドロームの改善効果
ストレプトゾトシン投与により、I型糖尿病と同様に糖代謝異常を起こしているマウスに高脂肪食を摂取させた。所定期間後、肝臓の脂肪蓄積等について総合して評価可能な方法であるNAFLD activity scoreを用いて、セレノネイン含有魚エキス投与による非アルコール性肝炎抑制効果を検証した。
【0105】
より具体的には、SPFマウス(C57BL/6J、日本エスエルシー)の雌10匹を妊娠14日で購入し、馴化飼育を行った。全動物を自然分娩させ、出生した雄性マウスをモデル動物作製に使用した。なお、離乳は生後4週齢とした。
【0106】
出生児の観察:8:00の分娩観察時に出産が観察されたマウスについては観察日前日を出生日とし、20:00の分娩観察時に出産が観察されたマウスについては観察日当日を出生日とし、生後0日から起算した。2日齢時の雄性マウスにストレプトゾトシン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を生理食塩液(日本薬局方、株式会社大塚製薬工場)にて、10mg/mL濃度とし、20μL/頭(200μg/頭)で背部皮下に1回投与した。その後は離乳まで母動物に哺育させた。生後28±2日齢時に離乳させ、それ以降は、高脂肪食〔High Fat Diet 32(放射線滅菌、日本クレア株式会社)〕で飼育した。
【0107】
動物入荷日から離乳までは、母児ともに固形飼料CE-2(放射線滅菌、日本クレア株式会社)を自由に摂取させた。離乳以降は、ストレプトゾトシンを投与した動物については、高脂肪食High Fat Diet 32(放射線滅菌)(日本クレア株式会社)を自由に摂取させた。
【0108】
1回の投与量は、セレノネイン含有魚エキスを15mg/kg体重とした。投与容量を10mL/kg体重とし、経口ゾンデを用いて強制経口投与した。コントロール群は、10mL/kg体重で同様に投与した。個体ごとの投与液量は当日朝の体重を基準に算出した(単位:0.01mL)。期間は生後5週齢からの1日1回、28日間とした。投与終了後、腹部大動脈切断により放血死させ、肝臓を摘出し、外側左葉を6等分し、2片をヘマトキシリンエオシン染色し、NAFLD activity scoreを算出した。
【0109】
NAFLD activity scoreは、肝臓の脂肪化、肝実質の炎症、肝細胞の障害(風船様変性)の程度をスコア化したものであり、非アルコール性肝炎の病理診断に用いられる。コントロール群では、肝細胞の風船様変性、大滴性および小滴性の脂肪滴の沈着、リンパ球および好中球を含む炎症性細胞浸潤像が認められた。NAFLD Activity scoreは、セレノネイン含有魚エキス投与群において、コントロール群と比較して有意に低値を示した。セレノネインはメタボリックシンドロームによる代謝異常による脂肪蓄積などを予防および改善することが示唆され、メタボリックシンドロームの予防および改善効果が考えられた(図5、表3)。
【0110】
【表3】
【0111】
(2)メタボリックシンドロームに伴う障害からの改善効果
icv-STZ誘導性アルツハイマー型認知症モデルは、脳内インスリンシグナルを障害することで生じる、糖尿病様背景をもったアルツハイマー型認知症のモデル動物であり、遺伝要因を第一要因としないモデルである。したがって、本モデルは孤発性アルツハイマー型認知症に対する治療効果の検討に有用である。本実施例においては、被験物質であるセレノネイン含有魚エキスのアルツハイマー型認知症に対する効果を検討することを目的として、icv-STZ誘導性アルツハイマー型認知症モデルマウスにモデル誘導開始の7日前からモデル誘導開始後14日までの21日間強制経口投与を行った。モデル誘導開始後13日目に行動解析を行い、モデル誘導開始後14日目に屠殺し、解析を行った。溶媒投与群(RO水、コントロール投与群)とセレノネイン含有魚エキス投与群との比較により、セレノネイン含有魚エキスのicv-STZ誘導性アルツハイマー型認知症モデルにおけるアルツハイマー型認知症に対する効果を検討した。
【0112】
マウス(C57BL/6J、入荷時6週齢雄、日本エスエルシー株式会社)に、ストレプトゾトシン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を生理食塩液(日本薬局方、株式会社大塚製薬工場)にて20mg/mL濃度とし、側脳室内に投与した。モデル誘導開始日に3μLを左側脳室に1回投与し、モデル誘導開始後2日目に3μLを右側脳室に1回投与することによって、icv-STZ誘導性アルツハイマー型認知症モデル動物を作製した。試験期間中は固形飼料CE-2(放射線滅菌、日本クレア株式会社)を自由に摂取させ、投与開始日の前日に、雄性マウス20匹を平均体重が均等になるように体重層別化無作為抽出法によって、icv-STZ+コントロール群およびicv-STZ+セレノネイン含有魚エキス投与群に群分けを行った(10匹/群)。被験物質の投与容量は6.2mL/kg体重とし、経口ゾンデを用いて21日間、1日1回強制経口投与した。コントロール群は、RO水を6.2mL/kg体重で同様に投与した。個体ごとの投与液量は当日朝の体重を基準に算出した(単位:0.01mL)。
【0113】
投与期間終了後に、Y迷路による自発的交替行動の解析を行った。投与終了1日前にマウスを迷路の中心へ置き、5分間自由に探索させた。5分経過した後、マウスをホームケージに戻し、50%エタノールでY迷路を消毒し、続いて、次のマウスの行動試験を行った。投与終了当日に、3方向のアームのうち2つの入り口を壁で仕切り、マウスを迷路の中心へ置いた。開放されたアームへマウスが侵入した後、残る2方向のアーム入り口に設置した壁を取り去り、8分間自由に探索させた。この間、マウスがアームへ侵入した全ての回数、およびアームへ進入した順番を全て記録した。8分経過した後、マウスをホームケージに戻し、50%エタノールでY迷路を消毒し、続いて、次のマウスの試験を行った。SABの指標として交替行動率(%)を用いた。交替行動率は、次の式で計算した(図5、表4)。
交替行動率=100×(3回続けて異なるアームへ進入した回数)/(アームへ進入した全回数-2)
結果、コントロールと比較してセレノネイン含有魚エキス群は有意に交替行動率が高かった(P<0.05)。セレノネイン摂取により糖尿病による脳機能低下から保護されることが示唆された。
【0114】
【表4】
【0115】
実施例4:抗がん効果または全身免疫能低下抑制効果の検討
(1)大腸がん原発巣モデルを用いた抗がん効果および全身免疫能低下抑制効果の検証
セレノネイン含有魚エキスが、がん患者の腫瘍成長や全身免疫能に及ぼす影響をがんモデル動物を用いて検討した。各群とも1日あたり、1.73~2.65gの間の摂餌で推移した。セレノネイン含有魚エキス飼料から得られるセレノネイン含有魚エキス摂取量は、1日あたり81.48~125.82mgで推移した。大腸がん原発巣モデルを用いた結果、原発巣腫瘍成長が抑制される傾向があり、胆がん動物でみられるIL-10産生能の顕著な減弱がセレノネイン投与群では観察されず、調節性免疫能が増強される可能性が示された。また、調節性T(Treg)細胞がセレノネイン投与によって減少しており、Treg細胞による抗腫瘍免疫能調節は改善される可能性が示唆された。すなわち、セレノネインはがん患者の全身免疫能の改善および腫瘍の成長を抑制する効果があることが示唆された(図7と8)。
【0116】
BALB/c雌マウス由来大腸がん細胞Colon Tumor 26(CT-26)株(ATCC No.CRL-2638)を10%ウシ胎児血清(171012、Nichirei Bioscience)含有RPMI-1640培地(R8758、シグマ-アルドリッチ社)で培養した。また、マウス脾細胞を10%ウシ胎児血清および50μMの2-メルカプトエタノール(21417-52、ナカライテスク社)含有RPMI-1640培地で培養した。ウォータージャケットインキュベーター(APC-30D、アステック社)を用い、37℃、5%CO2、湿度100%条件下で細胞を培養した。マウス(BALB/c雌、チャールズリバー社)は5週齢より8週齢までセレノネイン含有飼料またはコントロール飼料を摂取させた(下記表5参照)。1週間馴化後(6週齢)にマウス1匹辺りCT26株50万細胞を皮下に移植した。移植14日後(8週齢)のマウスを安楽死させ、腫瘍を摘出し、腫瘍容積を測定した。腫瘍容積(mm3)は幅(mm)の2乗×長さ(mm)×0.5の定式により算出した。また、脾臓を摘出し、脾細胞中のCD4陽性Foxp3陽性制御性T細胞(Treg)のサブセットを蛍光染色細胞解析装置(AccuriC6、BD bioscience社)とFlowJoソフトウェア(TreeStar社)を用いたフローサイトメトリーにより測定した。脾細胞の培養上清中IL-10濃度をELISA法により測定した。
【0117】
【表5】
AIN-93Mおよびセレノネイン含有飼料の魚エキス以外の原料はオリエンタル酵母より購入した。
【0118】
制御性T(Treg)細胞は免疫抑制機能を有し、腫瘍成長を促進するが、セレノネイン含有食摂取により胆がんマウスのTreg細胞が抑制できる可能性が強く示唆された。また、調節性免疫能により抗腫瘍活性の調節を担うIL-10産生能が胆がんマウスでは有意に減弱していたが、セレノネイン含有食摂取群では減弱しなかった。腫瘍成長も抑制されることが示唆された。これにより、セレノネインにより全身の免疫能が改善され、がんの成長を抑制する効果が示唆された。Treg細胞の抑制により、がんの再発を予防する効果も考えられた(図9)。
【0119】
(2)Bhas 42細胞を用いた発がん抑制効果の検証
Bhas 42細胞を用いた形質転換試験を実施することにより、セレノネイン精製品の主成分であるセレノネインについて、インビトロでの発がん抑制作用の有無を検討した。用量設定試験において、Bhas 42細胞をセレノネイン精製品(0.31、0.63、1.3、2.5、5.0、10μM)で処理したところ、細胞毒性作用は見られなかった(データ示さず)。そこで、この結果および他の実験でのデータを元に、形質転換試験における濃度を1μMに設定した。形質転換試験では、1μg/mLの3-メチルコラントレン(MCA)(Sigma-Aldrich)により誘発される形質転換巣の数が、1μMのセレノネイン精製品により低下するか調べた。すなわち、MCA+超純水群とMCA+セレノネイン精製品群における形質転換率(形質転換巣数/ウェル)を比較した。その結果、それぞれの形質転換率は15.8および10.2となり、形質転換巣数の有意な低下が認められた。以上の結果から、セレノネインはインビトロで発がん抑制作用を有することが示唆された。
【0120】
Bhas 42細胞(マウス全胎児由来BALB/c 3T3 A31-1-1にv-Ha-ras遺伝子を導入した細胞、一般財団法人食品薬品安全センター)を0.25%トリプシンを用いて剥離した後、細胞濃度2000個/mLの懸濁液とした。この細胞懸濁液2mL(4000個)をプレートに分注し(6ウェル/群)、1日間培養した。播種1日後にMCA調製液を添加し、3日間処理した。セレノネイン精製品およびRA(レチノイン酸,Sigma-Aldrich)の処理は、播種してから4日後、7日後、11日後に培養液を交換(1ウェルあたり2mL)することで実施した。播種14日後に新鮮培地と交換し(10日間処理)、さらに7日間培養した。形質転換試験用のプレートについては、播種21日後にメタノールで固定後、5vol%ギムザ液で染色し、ウェルあたりの形質転換巣を数えた。
【0121】
MCA+セレノネイン精製品群の形質転換率(15.8個/ウェル)は、MCA+超純水群の形質転換率(10.2個/ウェル)と比較して約2/3に減少し、有意な低下を示した。この結果から、セレノネイン精製品の主成分であるセレノネインは、発がん抑制作用を有することが示唆された。
【0122】
実施例5:動脈硬化抑制効果の検討
ヒト大動脈平滑筋細胞を用いて被験物質の細胞遊走性に及ぼす影響を検討した。その結果、コラーゲン存在下において2mg/mlセレノネイン含有魚エキスおよび100nM精製セレノネインは遊走性を抑制した。
【0123】
AoSMC細胞(大動脈平滑筋細胞)(LONZA,CC-2571)を専用培地(SmGM-2 Bullet Kit(LONZA,CC-3182))にて必要細胞数まで調整した。細胞遊走アッセイキット(CytoSelectTM 96-well Cell Migration Assay(8μm),Fluorometric、コスモ・バイオ、CBA-106)を用い、AoSMC細胞を1×105細胞/0.1mL/ウェルにて、細胞遊走アッセイキット付属のトランスウェル上室に播種し、下室に被験物質(2mg/mlセレノネイン含有魚エキスまたは100nM精製セレノネイン)と300μg/mLコラーゲンペプチドを含む試験培地を添加後、48時間培養した。その後、細胞遊走アッセイキット付属のCyQuant GR Dyeにてトランスウェル膜から細胞を剥離・溶解し遊走した細胞を測定した。
【0124】
精製セレノネイン、セレノネイン含有魚エキスの添加により、細胞遊走性を有意に抑制することができた。平滑筋細胞の遊走性の抑制により、アテローム性動脈硬化の促進を抑制できることが示唆された(図10)。
【0125】
実施例6:脳機能改善効果の検討
アルツハイマーの原因の一つと考えられているアミロイドβタンパクは神経細胞毒性を有する。アミロイドβの毒性から細胞を防御することで認知症を予防する効果が期待される。本実施例では、PC-12細胞を用いてアミロイドβの毒性を被験物質によって保護できるのかを検証した。
【0126】
PC-12細胞(理研バイオリソースセンター、RCB0009,Lot No.52,53,54)は、10%FBS、Horse Serum添加DMEM培地(DMEM培地(Nacalai Tesque,Cat.No.08456-65)395mlに、ペニシリン-ストレプトマイシン溶液5mlとFBS(Biowest,Cat.No.S1820,Lot No.516536)50ml、Horse Serum(GIBCO,16050-122)50mLを加えて調製した)を用い、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃)内で培養した。培地交換を一日おきに行った。細胞の剥離には0.25%Trypsin-EDTA溶液を用いた。
【0127】
神経細胞(PC-12)を2×103細胞/100μL/ウェルで、96穴プレート(コラーゲンコート)に上記DMEM培地にて播種し、CO2インキュベーター内(5%CO2、37℃)で培養し、翌日、被験物質を含む培地(1%FBS,10ng/mL NGF(Alomone Labs、PRODUCT#N-100)を含む)に交換した。24時間培養後に終濃度2μMとなるようにアミロイドβ(1-40)(SIGMA,Cat.No.A1075-.1MG)(PBS(日水製薬株式会社、Code 05913)に終濃度1mMとなるように溶解し、37℃下で3日間加温処理することで溶解液を作製した)を追加添加(50μL/ウェル)し、さらに24時間培養した。培養終了後の各ウェルから培養上清を除去後、10%生細胞数測定試薬(WST-8)(Nacalai Tesque,Cat.No.07553-44)を含む試験培地100μL(ウェルあたり)に交換し、30分間および90分間培養した。次に、マイクロプレートリーダー(Precision microplate reader(Molecular Devices))にて各ウェルの吸光度(吸収波長450nm、参照波長630nm)を測定し、両値から1時間あたりの吸光度変化量を算出し、生細胞数として求め、細胞の生存性を測定した。本実施例では、被験物質(終濃度)として、セレノネイン含有魚エキス:2mg/mL、セレノネイン:100nMを用いた。
【0128】
アミロイドβ添加により無添加区の約70%の生細胞数を示した。これらの条件下で各被験物質を処理したところ、セレノレイン含有魚エキスにおいてアミロイドβ添加コントロールと比較して有意に細胞の生存率の向上が認められた(図11)。
【0129】
実施例7:ドライアイ改善効果の検討
HCE-T細胞(ヒト不死化角膜上皮細胞)(理研バイオリソースセンター、RCB2280)は、試験培地(DMEM/F12(ThermoFisher,Cat.No.11330-032)(1:1)、10%FBS(Biowest,Cat.No.S1820,Lot No.516536)、1%NEAA(Gibco,Cat.No.11140-050)、1%抗生物質(Nacalai Tesque,Cat.No.26253-84))を用いて、T75フラスコにてCO2インキュベーター(5%CO2、37℃)内で必要細胞数に達するまで前培養した。細胞の継代にはトリプシン/EDTA溶液(Nacalai Tesque,Cat.No.32777-44)を用いて細胞をフラスコから剥離し、試験培地でトリプシンを中和後、遠心分離して細胞を回収した。その後、再び試験培地に細胞を再懸濁し、細胞懸濁液として使用した。
【0130】
セレノネイン含有魚エキスは水溶性であり、培地に直接溶解させ、ストック溶液を作製し、使用した。
【0131】
(1)角膜上皮細胞における乾燥ストレス(ドライアイ)回避試験
HCE-Tを2.5×104細胞/0.1mL/ウェルで、96ウェルプレートに播種し、CO2インキュベーター内(5%CO2、37℃)で5時間培養後、細胞がプレート底面に接着したことを確認し、被験物質を含む試験培地に交換した。その後、1日間培養した。続いて、培養上清を除去し、乾燥状態に細胞を曝した(乾燥ストレス処理時間:10分間)。その後、専用培地を添加し、再び、CO2インキュベーター内(5%CO2、37℃)で3時間培養した。細胞の増殖性を生細胞数測定試薬SF(Nacalai Tesque,Cat.No.07553-44)(WST-8)を用いて測定した。
【0132】
(2)ムチン遺伝子発現解析試験
HCE-Tを6×104細胞/0.5mL/ウェルで、48ウェルプレートに播種し、CO2インキュベーター内(5%CO2、37℃)で1日間培養後、被験物質を含む試験培地に交換した。被験物質を添加してから5時間後、細胞から総RNAを回収し、cDNA化後にリアルタイムPCR(Light Cycler 96 System(Roche))によりムチン遺伝子発現解析を行った。解析対象遺伝子:膜結合型ムチン遺伝子MUC1、内部標準遺伝子:GAPDHとした。
【0133】
コントロールと比較してセレノネイン含有魚エキスを添加することにより、乾燥ストレス後の生細胞数とムチン遺伝子発現が有意に増加したため、本発明のセレン含有組成物は角膜細胞の乾燥ストレスを保護し、ドライアイを予防、改善する効果を示した(図12と13)。
【0134】
実施例8:炎症抑制効果
様々な炎症応答には「NFκB」と呼ばれる転写因子が関与しており、TNF-α等のサイトカインによって細胞が刺激を受けると、不活性型のNFκBは活性化されて炎症反応が誘導される。NFκ-Bの発現は、アレルギー性疾患やがんを始め多くの疾患で亢進していることが報告されている(化学と生物、Vol.47、No.9、P.602-604(2009))。被験物質は、TNF-αで誘導されるNFκ-Bの活性を抑制することで炎症抑制効果を確認した。NFκ-B活性測定系は、目的細胞にレポーター遺伝子を導入し、TNFα刺激によるNFκB転写活性をルシフェラーゼ活性にて測定した。被験物質の終濃度は、セレノネイン(粗精製):0.4mg/mL(HEK293細胞)、セレノネイン(精製):100nMとした。
【0135】
HEK293細胞(理研バイオリソースセンター、RBC1637、Lot.20)は、基礎培地(MEM、10%FBS、1%NEAA、抗生物質含((MEM NEAA:Gibco,Cat.No.11140-050、FBS:Biowest,Cat.No.S1820,Lot No.516536、抗生物質:Nacalai Tesque,Cat.No.26253-84)を用いて、T75フラスコにてCO2インキュベーター(5%CO2、37℃)内で必要細胞数に達するまで前培養した。細胞の継代にはトリプシン/EDTA溶液(Nacalai Tesque,Cat.No.32777-44)を用いて細胞をフラスコから剥離し、試験培地でトリプシンを中和後に遠心分離により細胞を回収した。その後、再び試験培地に細胞を再懸濁し、細胞懸濁液として使用した。
【0136】
HEK293細胞を1.5×104細胞/0.1mL/ウェルで、96ウェルプレートに播種し、CO2インキュベーター内(5%CO2、37℃)で1日間培養した。その後、DNAベクター(pGL4.32[luc2P/NF-kB-RE/Hygro]ベクター(Promega,Cat.No.E8491))をトラスフェクション試薬(Roche,Cat.No.06366244001)を用いて細胞へ導入し、翌日、被験物質(セレノネイン含有魚エキス終濃度:0.4mg/mL、またはセレノネイン終濃度:100nM)を添加した試験培地(0.1mL/ウェル)に置換後、37℃、5%CO2で2時間培養した。5μL(ウェルあたり)の200ng/mL TNF-α培地(10μL/mL TNF-α(SIGMA,Cat.No.T0157-10UG)ストックを試験培地に添加し調製した)を添加し、TNF-α終濃度:10ng/mLとなるように添加した。その後、37℃、5%CO2で5時間培養し、TNF-α刺激によりNF-κBを活性化させ、ルシフェラーゼ遺伝子の誘導を促進させた。5時間培養後に各ウェルから30μLの培養上清を抜き取った。各ウェルに70μLのルシフェラーゼアッセイ試薬(Promega,Cat.No.E2610)を添加(合計150μLの培養上清)し、緩やかに混和後、2分間静置した。その後、発光測定用プレートリーダー(ルミノメーター:サーモフィッシャーサイエンティフィック社、Varioscan Flash、型番5250040)にて各ウェルの相対発光度(RLU:Relatice Light Units)を測定した。陽性対照として200mMアンモニウムピロリジンジチオカルバメート(APDC)(SIGMA,Cat.No.P8765-1G)を用いた。
【0137】
セレノネイン、セレノネイン含有魚エキスともに、TNF-α添加によるNFκ-B活性化を有意に抑制した。アレルギー、関節炎、リウマチ、がん等種々の疾患や慢性炎症状態に関与する炎症反応を抑制した(図14)。
【0138】
【表6】
【0139】
上記から、本開示の具体的な実施形態は本明細書において例示を目的として記載されているが、様々な修正が本開示の精神と範囲から逸脱することなく行われてもよいことを理解されたい。従って、本開示は、添付の特許請求の範囲による場合を別として、限定されない。さらに、特許請求の範囲は、その全範囲および同等物に権利を有する。
【0140】
実施例9:耐糖能異常改善効果の検討
従来、ヒト肝臓においてセレノプロテインP(SELENOP)遺伝子の発現量がインスリン抵抗性と相関すること、精製したSELENOPで肝細胞と筋細胞を処理するとインスリンシグナルを障害し、糖代謝の異常を誘導すること、それとは反対に、SELENOP遺伝子のノックアウトおよびRNAiによるノックダウンにより、マウスにおいて全身のインスリン感受性と耐糖能を改善することが報告されている(Misu H.,et al.,Cell Metabolism,12,483-495(2010))。また、6-ホスホフルクト-2-キナーゼ/フルクトース-2,6-ビホスファターゼ3(PFKFB3)は解糖系とインスリンシグナル伝達系の正の調節因子であり、PFKFB3を阻害剤で阻害すると、インスリンで刺激されるグルコースの取込みとグルコーストランスポーター(GLUT4)の細胞膜へのトランスロケーション、Aktシグナル伝達系が阻害されること、反対にPFKFB3遺伝子を過剰発現した細胞では、Aktシグナル伝達系が活性化することが報告されている(Trefely S.,et al.,J.Biol.Chem.,290,25834-25846(2015))。
【0141】
本実施例では、セレノネイン含有魚エキスのSELENOP遺伝子とPFKFB3遺伝子の発現量に及ぼす影響を検証した。正常ヒト線維芽細胞(クラボウ、KF-4109)を専用培地[DMEM(Nacalai tesque,Cat.No.08456-65)、10%FBS(Biowest,Cat.No.S1820,Lot No.516536)、1%Penicillin-Streptomycin Mixed Solution(Nacalai tesque,Cat.No.26253-84)]を用いてCOインキュベーター(5%CO、37℃)内で使用細胞数まで増やし、直径8cmのシャーレに8×10細胞/15mLで細胞を播種後、培養した。翌日(80%コンフルエント)、セレノネイン含有魚エキスを含む(1mg/mL)又は含まない15mL培地に交換し、24時間培養した。培養終了後、細胞を2.5g/l-Trypsin/1mmol/l-EDTA溶液(Nacalai tesque,Cat.No.32777-44)を用いてウェルから細胞を剥離した。具体的には、各ウェルの培養上清を除去し、1×PBS(日水製薬株式会社、Code 05913)を0.3mL/ウェル添加し、細胞を洗浄し、PBSを除去後に50μLの2.5g/l-Trypsin/1mmol/l-EDTA溶液を添加し、37℃で反応させた。その後、各ウェルに450μLの10%FBSを含むPBSを添加し、トリプシン反応を停止させた。細胞剥離液を回収し、500×gで10分間、室温にて遠心し、上清を除去し、細胞(沈殿)を回収した。細胞からのトータルRNAの回収は、RNeasy Mico Kit(QIAGEN,Cat.No.74004)にて行い、RNA濃度、精製度は分光光度計とバイオアナライザ(Agilent Technologies,Agilent 2100)により測定した。その後の操作は、GeneChip WT Terminal Labeling and Controls KitなどのAffimetrix社の製品を用いて、それらの取扱説明書に従ってトータルRNAサンプルの増幅、蛍光標識、品質チェックを行った。次に、調整されたサンプルは、GeneChip Scanner 3000 7G System(Affimetrix)を用いて、DNAマイクロアレイ(Affimetrix,GeneChip Human Genome U133 Plus 2.0 Array)にハイブリダイズさせ、洗浄および染色を行い、ハイブリダイゼーション後のDNAマイクロアレイをスキャニングし、画像ファイルを数値データに変換し、バックグラウンド減算、ノーマライズ、発現比の算出などの処理を行った。
【0142】
セレノネイン含有魚エキスは、無添加(コントロール)と比べて、SELENOP遺伝子の発現量を1/3以下に抑え、反対にPFKFB3遺伝子の発現量を2倍以上に増やしたため、本発明のセレン含有組成物には耐糖能異常改善効果があることが示された(表7)。
【0143】
【表7】
【0144】
実施例10:脂質代謝異常改善効果の検討
27-ヒドロキシコレステロール(27HC)は血中に豊富に存在するコレステロールの代謝産物であり、動脈硬化の進展を促進し、血管における炎症を惹起する。体内の27HCは、シトクロームP450ファミリー7 サブファミリーBメンバー1(CYP7B1)によって異化される(Umetani M.et al.,Cell Metabolism,20,172-182(2014))。実際に、CYP7B1遺伝子をノックアウトしたマウスでは、野生型と比べると、血中および組織中の27HC濃度は4~5倍上昇する(Umetani M.,前掲)。本実施例では、セレノネイン含有魚エキスのCYP7B1遺伝子の発現量に及ぼす影響を検証した。実施例9と同じ方法で細胞およびサンプルを調整し、データを収集および解析した。セレノネイン含有魚エキスは、無添加(コントロール)と比べて、CYP7B1遺伝子の発現量を8倍以上に増やしたため、本発明のセレン含有組成物には脂質代謝異常改善効果があることが示された(表8)。
【0145】
【表8】
【産業上の利用可能性】
【0146】
本発明のセレン含有組成物は、虚血再灌流障害低減、抗メタボリックシンドローム剤等として新たな利用可能である。水産加工残滓から抽出されたセレノネイン濃縮物の新たな用途が見出され、低未利用水産物の高付加価値化に貢献することができる。消費者の健康志向に対応する新たな食材や機能性素材を商品化することができる。
【0147】
本明細書に引用する全ての刊行物および特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。なお、例示を目的として、本発明の特定の実施形態を本明細書において説明したが、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、種々の改変が行われる場合があることは、当業者に容易に理解されるであろう。
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