(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-15
(45)【発行日】2022-11-24
(54)【発明の名称】CCR4阻害による制御性T細胞浸潤抑制法およびイヌの腫瘍性疾患の治療法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20221116BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20221116BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20221116BHJP
A61K 31/517 20060101ALI20221116BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20221116BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20221116BHJP
【FI】
G01N33/574 A
G01N33/53 D
A61K39/395 E
A61K39/395 T
A61K31/517
A61P35/00
A61K45/00
(21)【出願番号】P 2019519154
(86)(22)【出願日】2018-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2018016920
(87)【国際公開番号】W WO2018211936
(87)【国際公開日】2018-11-22
【審査請求日】2021-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2017099911
(32)【優先日】2017-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】517177523
【氏名又は名称】前田 真吾
(73)【特許権者】
【識別番号】591281220
【氏名又は名称】日本全薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 真吾
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-513519(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104622874(CN,A)
【文献】特表2010-539508(JP,A)
【文献】CARVALHO M.I.et al.,A role for T-lymphocytes in human breast cancer and in canine mammary tumors.,BioMed Research International[online]retrieved on 2018 Jun 26,2014年02月02日,2014,Article ID 130894,Retrieved from the Internet,URL<http://dx.doi.org/10.1155/2014/130894>
【文献】KIM J.H.et al.,Correlation of Foxp3 positive regulatory T cells with prognostic factors in canine mammary carcinomas,The Veterinary Journal,2012年,193,pp.222-227
【文献】MUCHA J.et al.,Immunosuppression in dogs during mammary cancer development,Veterinary Pathology,2016年,53(6),pp.1147-1153
【文献】MAEDA S.et al.,Expression of CC chemokine receptor 4(CCR4) mRNA in canine atopic skin lesion.,Veterinary Immunology and Immunopathology,2002年,90,pp.145-154
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
G01N 33/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿であるイヌ生体試料中のCCL17濃度を指標に、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物のイヌ腫瘍の治療に対する有効性を予測する方法であって、生体試料中のCCL17濃度が高い場合に、有効性が高いと予測する方法。
【請求項2】
イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が抗CCR4抗体である、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が2-[1,4'-Bipiperidin]-1'-yl-N-cycloheptyl-6,7-dimethoxy-4-quinazolinamine dihydrochlorideである、請求項
1に記載の方法。
【請求項4】
イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌、乳腺癌、悪性黒色腫、扁平上皮癌および肺腺癌からなる群から選択される腫瘍である、請求項
1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌および乳腺癌からなる群から選択される腫瘍である、請求項
4記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌ腫瘍の治療のために用いる化合物およびその利用法に関する。
【背景技術】
【0002】
伴侶動物における腫瘍性疾患は年々増加傾向にある。2013年のアニコム損害保険株式会社による調査では、12歳以上のオスの5頭に1頭、メスでは4頭に1頭が腫瘍性疾患を発症し、動物病院に通院していることが報告されている。そのため、腫瘍性疾患の制御は獣医領域における重要な課題である。
【0003】
制御性T細胞(Treg)は、Foxp3と呼ばれる転写因子を発現する特殊なヘルパーT細胞である。Tregは、直接的または抑制性サイトカインを介してエフェクターT細胞や抗原提示細胞を抑制する。そのため、Tregは炎症の制御や収束に重要である(非特許文献1および2を参照)。
【0004】
近年、Tregは炎症の制御だけでなく、抗腫瘍免疫にも関与していることが報告されている。体内に腫瘍細胞が発生すると、細胞傷害性T細胞やナチュラルキラー細胞、マクロファージ等の炎症細胞が腫瘍細胞を攻撃する。この反応は抗腫瘍免疫と呼ばれる。しかし、一部の腫瘍では、Tregを周囲に呼び寄せることで上記の免疫細胞を抑制し、抗腫瘍免疫を回避することが報告されている(非特許文献2および3を参照)。しかし、イヌやネコの腫瘍組織内にTregが浸潤するメカニズムは不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sakaguchi S. et al., Cell. 2008, May 30; 133(5): 775-87
【文献】Tominaga M. et al., J. Vet. Diagn. Invest. 2010, 22:438-441
【文献】Kim J.H. et al., Vet. J. 2012, Jul 193(1):222-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、イヌ腫瘍の治療のために用いる抗CCR4抗体等のCCL17とCCR4の結合を阻害する化合物およびそれを用いたイヌ腫瘍の治療法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、制御性T細胞(Treg)が腫瘍組織内に浸潤するメカニズムについて鋭意検討を行った。その結果、ある種の腫瘍において、CCR4を発現するTregが、TregのCCR4と腫瘍細胞のCCL17の相互作用により、腫瘍組織内に浸潤することを見出した。本発明者らは、抗CCR4抗体等のCCL17とCCR4の結合を阻害する化合物によりTregが腫瘍組織に浸潤するのを抑制し、抗腫瘍免疫の回避を抑制し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物を有効成分として含む、イヌ腫瘍を治療するための医薬組成物。
[2] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が抗CCR4抗体である、[1]の医薬組成物。
[3] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が2-[1,4'-Bipiperidin]-1'-yl-N-cycloheptyl-6,7-dimethoxy-4-quinazolinamine dihydrochlorideである、[1]の医薬組成物。
[4] イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌、乳腺癌、悪性黒色腫、扁平上皮癌および肺腺癌からなる群から選択される腫瘍である、[1]~[3]のいずれかの医薬組成物。
[5] イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌および乳腺癌からなる群から選択される腫瘍である、[4]の医薬組成物。
[6] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物をイヌに投与することを含む、イヌ腫瘍を治療する方法。
[7] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が抗CCR4抗体である、[6]の方法。
[8] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が2-[1,4'-Bipiperidin]-1'-yl-N-cycloheptyl-6,7-dimethoxy-4-quinazolinamine dihydrochlorideである、[6]の方法。
[9] イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌、乳腺癌、悪性黒色腫、扁平上皮癌および肺腺癌からなる群から選択される腫瘍である、[6]~[8]のいずれかの方法。
[10] イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌および乳腺癌からなる群から選択される腫瘍である、[9]の方法。
[11] イヌ生体試料中のCCL17濃度を指標に、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物のイヌ腫瘍の治療に対する有効性を予測する方法であって、生体試料中のCCL17濃度が高い場合に、有効性が高いと予測する方法。
[12] イヌ生体試料が尿である、[11]の方法。
[13] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が抗CCR4抗体である、[11]または[12]の方法。
[14] イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物が2-[1,4'-Bipiperidin]-1'-yl-N-cycloheptyl-6,7-dimethoxy-4-quinazolinamine dihydrochlorideである、[11]~[13]のいずれかの方法。
[15] イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌、乳腺癌、悪性黒色腫、扁平上皮癌および肺腺癌からなる群から選択される腫瘍である、[11]~[14]のいずれかの方法。
[16] イヌ腫瘍が、移行上皮癌、前立腺癌および乳腺癌からなる群から選択される腫瘍である、[15]の方法。
【0009】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2017-099911号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0010】
ケモカインであるイヌCCL17とCCL17の受容体であるイヌCCR4との結合を阻害することにより、腫瘍組織への制御性T細胞(Treg)の浸潤を抑制し、制御性T細胞が浸潤することにより抗腫瘍免疫が回避されているイヌの腫瘍を治療することができる。イヌCCL17とイヌCCR4との結合を阻害する化合物として、抗CCR4抗体、CCR4アンタゴニストであるC-021等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】移行上皮癌におけるTregの腫瘍内浸潤を示すFoxp3の免疫組織化学染色像である。
【
図2】移行上皮癌における1視野当たりの腫瘍内に浸潤したTregの数を示す図である。
【
図3】各種腫瘍組織における1視野当たりの腫瘍内に浸潤したTregの数を示す図である。
【
図4】イヌの膀胱移行上皮癌組織における各種ケモカインの発現量を示す図である。
【
図5】移行上皮癌におけるCCR4細胞の腫瘍内浸潤を示す免疫組織化学染色像である。
【
図6】移行上皮癌における1視野当たりの腫瘍内に浸潤したCCR4陽性細胞の数を示す図である。
【
図7】腫瘍内に浸潤しているTregにおけるCCR4の発現を示す図である。
【
図8】モガムリズマブおよびC-021がイヌのCCR4阻害剤として機能することを示す図である。
【
図9】抗ヒトCCR4抗体の健康犬への投与の影響を示す図である。
【
図10】担癌モデルマウスを用いた抗ヒトCCR4抗体の抗腫瘍効果を示す図である。
【
図11】担癌モデルマウスに抗ヒトCCR4抗体を投与したときの腫瘍組織の病理組織学検査像(H&E染色像)を示す図である。
【
図12】担癌モデルマウスにイヌPBMCまたはイヌPBMCとモガムリズマブを投与したときの腫瘍組織のFoxp3の免疫組織化学染色像を示す図である。
【
図13】担癌モデルマウスにイヌPBMCまたはイヌPBMCとモガムリズマブを投与したときの1視野当たりの腫瘍内に浸潤したTregの数を示す図である。
【
図14】腫瘍を罹患しているイヌにモガムリズマブを投与した場合の末梢血中のCCR4陽性Tregの経時的変化を示す図である。
【
図15】移行上皮癌におけるモガリズマブの抗腫瘍効果を示す図である。
【
図16】前立腺癌におけるモガリズマブの抗腫瘍効果を示す図である。
【
図17】乳腺癌におけるモガリズマブの抗腫瘍効果を示す図である。
【
図18】フローサイトメトリーを用いた末梢血中CCR4陽性Treg数の測定結果を示す図である。
【
図19】モガムリズマブ投与後の血中CCR4陽性Tregの変化(%)を示す図である。
【
図20】モガムリズマブ投与前後の腫瘤サイズを示す図である。
【
図21】ピロキシカム単独投与群とモガムリズマブ併用群の腫瘍体積の最大縮小率を示す図である。
【
図22】ピロキシカム単独投与群とモガムリズマブ併用群の腫瘍体積の経時的変化を示す図である。
【
図23】ピロキシカム単独群とモガムリズマブ併用群のRECISTによって治療効果を比較した結果を示す。
【
図24】ピロキシカム単独群とモガムリズマブ併用群の全生存期間(OS:Overrall survival)を示す図である。
【
図25】ピロキシカム単独群とモガムリズマブ併用群の全生存期間(OS:Overrall survival)を示す図である。
【
図26】モガムリズマブを投与したSD(Stable Disease)になった移行上皮癌罹患イヌ又はPR(Partial Response)になった移行上皮癌罹患イヌとモガムリズマブ投与前の尿中CCL17濃度の関係を示す図である。
【
図27】モガムリズマブ投与前の移行上皮癌罹患イヌの尿中CCL17濃度と投与後の腫瘍縮小率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明は、ケモカインであるイヌCCL17(TARC: Thymus and activation regulated chemokine)とCCL17の受容体であるイヌCCR4との結合を阻害することにより、腫瘍組織への制御性T細胞(Treg)の浸潤を抑制し、イヌの腫瘍を治療する方法、および該治療に用いるCCL17とCCR4の結合を阻害する化合物を有効成分として含むイヌの腫瘍治療剤である。
【0014】
イヌの腫瘍細胞において、CCL17の発現が増大する。CCL17の受容体であるCCR4を発現するTregは、TregのCCR4と腫瘍細胞のCCL17の相互作用により、腫瘍組織内に浸潤する。腫瘍細胞の周囲にTregが存在すると、腫瘍細胞を攻撃する免疫細胞が抑制され、抗腫瘍免疫が回避される。
【0015】
本発明は、腫瘍細胞に発現するCCL17とTregに発現するCCR4の相互作用を阻害することにより、Tregが腫瘍組織に浸潤するのを抑制する。その結果、抗腫瘍免疫が回避されるのを阻害し、抗腫瘍免疫を活性化し、腫瘍細胞が抗腫瘍免疫により攻撃され、腫瘍の治療に結びつく。
【0016】
CCL17とCCR4の結合を阻害する化合物は、限定されないが、CCR4アンタゴニストおよびCCL17アンタゴニストが挙げられる。ここでアンタゴニストとは、受容体やリガンドに結合し、受容体とリガンドの結合を阻害する物質をいう。CCR4アンタゴニストとして、抗CCR4抗体、CCR4に結合するペプチド、CCR4に結合する低分子化合物が挙げられる。CCL17アンタゴニストとして、抗CCL17抗体、CCL17に結合するペプチド、CCL17に結合する低分子化合物が上げられる。CCR4に結合する低分子化合物として、C-021(C-021 dihydrochloride; 2-[1,4'-Bipiperidin]-1'-yl-N-cycloheptyl-6,7-dimethoxy-4-quinazolinamine dihydrochloride) (CAS 864289-85-0)が挙げられる。
【0017】
この中でも、抗CCR4抗体および抗CCL17抗体、特に抗CCR4抗体が好ましい。イヌ以外の哺乳動物に由来するCCL17、CCR4に対する抗体でもよく、例えば、ヒトCCR4に対する抗体を用い得るが、好ましくはイヌのCCL17、CCR4に対する抗体を用いる。また、本発明で用いる抗体の由来種は限定されず、例えば、ヒト抗体、ネコ抗体、マウス抗体、ラット抗体等、イヌ以外の動物種由来の抗体を用いることもできるが、イヌへ投与した時の免疫反応を回避する点でイヌ抗体が好ましい。また、ヒト抗体としては、ヒト抗CCR4抗体であるモガムリズマブが挙げられる。また、他動物種由来の抗体を可変領域とイヌ抗体の定常領域を有するキメラ抗体や、他動物種由来の抗体の相補性決定領域(CDR: complementarity determining region)をイヌ抗体の相補性決定領域へ移植した再構成(reshaped)イヌ化抗体であってもよい。本発明の抗体は、抗体の機能的断片またはその修飾物も包含する。例えば、抗体の機能的断片は、抗体の断片であって抗原に特異的に結合し得る断片である。機能的断片としては、Fab、F(ab')2、Fv、1個のFabと完全なFcを有するFab/c、H鎖若しくはL鎖のFvを適当なリンカーで連結させたシングルチェインFv(scFv)等が挙げられる。
【0018】
本発明の抗体は、モノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体である。また、抗体をコードするDNAを発現ベクターに挿入し、該ベクターを用いて宿主細胞を形質転換し、該宿主細胞を培養して得られるリコンビナント抗体であってもよい。抗体をコードするDNAは、重鎖可変領域をコードするDNAと重鎖定常領域をコードするDNAを連結し、さらに軽鎖可変領域をコードするDNAと軽鎖定常領域をコードするDNAを連結することにより重鎖をコードするDNAおよび軽鎖をコードするDNAとして得られる。
【0019】
本発明の方法により、イヌの腫瘍を治療することができる。治療対象となる腫瘍は、腫瘍組織内にTregが浸潤することにより、抗腫瘍免疫が回避されている腫瘍である。そのようなイヌの腫瘍として、移行上皮癌、前立腺癌、乳腺癌、悪性黒色腫、扁平上皮癌、肺腺癌等が挙げられ、この中でも移行上皮癌、前立腺癌および乳腺癌が好ましい。
【0020】
本発明の抗体を含む製剤の投与形態は限定されず、経口、非経口、経粘膜(例えば舌下または口腔投与)、局所、経皮、直腸、吸入(例えば鼻または肺奥吸入)等により投与することができる。非経口投与として、静脈内、皮下、筋肉内注射等が挙げられる。局所または経皮製剤は粉末、エマルジョン、懸濁液、スプレー等の形態で用いられる。治療に用いるに必要な本発明の抗体の量は、治療する病状の性質、被験犬の年齢と状態で変わり、最終的には担当獣医が決めることができる。例えば、抗体を1回あたり0.05~10mg/kg体重、好ましくは0.1~2mg/kg体重の抗体を投与すればよい。また、C-021等の低分子化合物は、1回あたり0.01~300mg投与すればよい。所定の投与量は1回の投与で与えてもよいし、1日当たり2回、3回、4回またはそれ以上の分割投与とし、適当な間隔で与えてもよい。
【0021】
本発明は、CCL17とCCR4の結合を阻害する化合物を有効成分として含む、イヌの腫瘍を治療するための治療薬である医薬組成物も包含し、さらに、CCL17とCCR4の結合を阻害する化合物をイヌに投与することを含むイヌの腫瘍の治療法も包含する。
【0022】
本発明はイヌに代わって他の非ヒト動物、好ましくはネコ、ブタ、ウサギ、フェレット、ハムスター等の伴侶動物の腫瘍の治療薬および治療法も包含する。治療薬として抗体を用いるときは、好ましくはそれぞれの動物種由来のCCL17またはCCR4に対する抗体であって、それぞれの動物種由来の抗体を用いる。
【0023】
イヌの腫瘍細胞において、CCL17の発現が増大するため、移行上皮癌等の腫瘍に罹患しているイヌの生体試料中のCCL17濃度は高値になる。ここで、生体試料とは尿、血液、血清、血漿等をいう。また、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物を投与してイヌの腫瘍を治療する場合、投与前の尿中CCL17濃度が高いイヌの方が低いイヌよりも全生存期間を解析した場合の、生存期間が短く、予後が悪い。さらに、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物を投与してイヌの腫瘍を治療を開始する前に尿中CCL17濃度を測定し、その後の治療効果を調べた場合、尿中CCL17濃度が高いほど、治療効果が高い。
【0024】
従って、尿等の生体試料中のCCL17濃度を指標に、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物の腫瘍治療に対する有効性すなわち治療効果を予測することができる。例えば、尿中CCL17濃度が200pg/mg Cre以上、好ましくは300pg/mg Cre以上、さらに好ましくは500pg/mg Cre以上、さらに好ましくは1000pg/mg Creの時に、有効性が高いと予測することができる。
【0025】
本発明は、イヌ生体試料中のCCL17濃度を指標に、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物のイヌ腫瘍の治療に対する有効性を予測する方法であって、生体試料中のCCL17濃度が高い場合に、有効性が高いと予測する方法を包含する。
【0026】
CCL17濃度の測定は、例えば、抗CCL17抗体を用いたELISA(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Asssay)により行うことができる。
【実施例】
【0027】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
[実施例1] イヌの各種腫瘍組織におけるTreg(制御性T細胞)浸潤解析
外科切除した各種腫瘍組織を用いて、Tregの特異的マーカーであるFoxp3の免疫組織化学によりTregの腫瘍内浸潤を評価した。その結果、移行上皮癌、前立腺癌、悪性黒色腫、扁平上皮癌、肺腺癌、乳腺癌の組織内においてTregの浸潤を確認した。
図1は移行上皮癌のFoxp3の免疫組織化学染色像を示し、モノクロ写真で黒い点に見える箇所がFoxp3陽性のTregが存在する箇所である。
図2は移行上皮癌における1視野(HPF)当たりのFoxp3陽性のTregの数を示す。
図3は各種腫瘍組織における1視野(HPF)当たりのFoxp3陽性のTregの数を示す。さらにTregが高度に浸潤している症例では有意に生存期間が短いことも明らかとなった。
[実施例2] Treg遊走因子の同定
イヌの正常膀胱および膀胱移行上皮癌組織からトータルRNAを抽出し、次世代シーケンサー(NextSeq500, Illumina社)を用いたRNA-Seqにより網羅的に遺伝子発現を解析した。移行上皮癌で発現が増加していた遺伝子のうち、細胞遊走に関わる分子を探索したところ、CCL17と呼ばれるケモカインが正常組織の約150倍に増加していた(
図4)。
[実施例3] CCR4(CCL17受容体)発現解析
イヌの膀胱移行上皮癌組織を用いて、免疫組織化学によりCCL17の受容体であるCCR4の発現解析を行った。その結果、移行上皮癌においてCCR4陽性細胞の浸潤を認めた。
図5は移行上皮癌の免疫組織化学染色像を示し、モノクロ写真で黒い点に見える箇所がCCR4陽性細胞が存在する箇所である。
図6は移行上皮癌における1視野(HPF)当たりのCCR4陽性細胞数を示す。CCR4陽性細胞は細胞質の狭い単核細胞であることから、形態的にリンパ球であると考えられた。さらにTreg浸潤数とCCR4陽性細胞浸潤数は強い正の相関を示した(r = 0.8334、P < 0.0001)。
[実施例4] 腫瘍浸潤TregにおけるCCR4発現の確認
外科切除した移行上皮癌新鮮組織を用いて、フローサイトメトリー(FACSVerse, BD Bioscience社)を行った。腫瘍に含まれている細胞集団から、細胞の大きさ(FSC)と細胞質の充実度(SSC)によりリンパ球分画を選択し、さらに白血球マーカーであるCD45陽性およびヘルパーT細胞マーカーであるCD4陽性の細胞集団を選択した。このヘルパーT細胞集団において、TregのマーカーであるFoxp3およびCCR4の発現を確認したところ、腫瘍内に浸潤しているFoxp3陽性Tregの大部分がCCR4を発現していた(
図7)。
【0028】
以上よりイヌの腫瘍組織(特に移行上皮癌)へのTreg浸潤には、CCL17-CCR4経路が関与していることが示された。
[実施例5] 既存のCCR4阻害剤のイヌCCR4への交差性の検討
既存のヒトCCR4に対する阻害剤として、抗ヒトCCR4抗体(モガムリズマブ)(協和発酵キリン株式会社)およびCCR4アンタゴニスト(C-021; 2-[1,4'-Bipiperidin]-1'-yl-N-cycloheptyl-6,7-dimethoxy-4-quinazolinamine dihydrochloride)(SANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY)がある。そこでこれらの阻害剤がイヌのCCR4に交差するかを検討した。イヌリコンビナントCCL17とCCR4を発現するイヌのリンパ球細胞株(CL-1)を用いてメンブレンチャンバーによるケモタキシスアッセイを行ったところ、リコンビナントCCL17によるCL-1の遊走はモガムリズマブまたはC-021を添加することで有意に抑制された(
図8)。このことから、これらのCCR4阻害剤(中和抗体および低分子化合物アンタゴニスト)はイヌにも機能することがわかった。
[実施例6] 抗ヒトCCR4抗体の健康犬への単回投与
イヌにおける抗ヒトCCR4抗体(モガムリズマブ)の薬効および安全性を確認するため、健康犬にモガムリズマブを0.01~1 mg/kgで静脈内投与し、血中のCCR4陽性T細胞数をフローサイトメトリーで評価した。その結果、モガムリズマブを1 mg/kgで投与することで血中CCR4陽性T細胞が半減することがわかった(
図9)。さらにその効果は3~4週間持続した。モガムリズマブ投与による副作用は0.01~0.1 mg/kgでは認められず、1 mg/kgでは悪心、ALPの軽度上昇、CRPの軽度上昇が認められた。いずれの副作用も投与1週間後には無治療で改善した。そのため、モガムリズマブのイヌへの投与は1 mg/kgで有効性・安全性ともに担保されることがわかった。
[実施例7] 担癌モデルマウスを用いた抗ヒトCCR4抗体の抗腫瘍効果の検討
抗ヒトCCR4抗体(モガムリズマブ)の抗腫瘍効果を評価するため、イヌの移行上皮癌細胞株を超免疫不全マウス(NOGマウス;NOD/Shi-scid,IL-2RγKO, インビボサイエンス株式会社)に移植する担癌モデルを作製した。この担癌モデルマウスを溶媒群(生理食塩水:Vehicle)、Tregと細胞傷害性T細胞が含まれるイヌの末梢血単核球(PBMC)群、モガムリズマブ群(Anti-CCR4)、イヌPBMCとモガムリズマブの併用群の4群に分け、移植した移行上皮癌細胞の腫瘍体積を各群で比較した。その結果、イヌPBMCとモガムリズマブの併用群でのみ腫瘍の成長が有意に抑制された(
図10)。エンドポイントにおける各群の腫瘍組織を採取し、H&E(Hematoxylin-Eosin)染色により病理組織学的検査を実施した。結果を
図11に示す。
図11AはイヌPBMC群の結果を示し、
図11BはイヌPBMCとモガムリズマブの併用群の結果を示す。
図11中、モノクロ写真において白っぽく見えるところが壊死巣を示す。
図11に示すように、イヌPBMCとモガムリズマブの併用群ではその他の群と比較して壊死巣の拡大が認められた。さらに、Foxp3の免疫組織化学によりTregの腫瘍内浸潤を評価した。
図12はイヌPMBC群(
図12A)およびイヌPBMCとモガムリズマブの併用群(
図12B)のFoxp3の免疫組織化学染色像を示し、
図13はイヌPMBC群およびイヌPBMCとモガムリズマブの併用群の腫瘍組織における1視野(HPF)当たりのFoxp3陽性のTregの数を示す。
図12において、モノクロ写真で黒い点に見える箇所がFoxp3陽性のTregが存在する箇所である。
図12および
図13に示すように、イヌPBMC群ではTregの腫瘍内浸潤が認められたが、イヌPBMCとモガムリズマブの併用群ではTreg浸潤は有意に抑制された。
【0029】
以上の結果より、イヌの腫瘍を移植した担癌モデルマウスにおいて、CCR4の阻害はTregの腫瘍内浸潤を抑制し、抗腫瘍効果を発揮することが明らかとなった。
[実施例8] イヌの各種腫瘍に対する臨床試験
移行上皮癌(11症例)、前立腺癌(4症例)、乳腺癌(2症例)のイヌを用いて抗ヒトCCR4抗体(モガムリズマブ)の臨床試験を実施した。モガムリズマブは1 mg/kgで3週間おきに静脈内投与し、末梢血中CCR4陽性Treg数、原発腫瘍体積、転移巣出現の有無および副作用を投与前後で評価した。その結果、すべての症例でモガムリズマブの投与により末梢血中のCCR4陽性Treg数が投与後に急激に顕著に減少した。
図14にすべての症例の平均のCCR4陽性Treg減少率を示す。モガムリズマブの抗腫瘍効果を検討すると、移行上皮癌では5/11症例(45.5%)が部分奏功、6/11症例(54.5%)が安定であった(
図15)。前立腺癌では2/4症例(50%)が部分奏功、2/4症例(50%)が安定であった(
図16)。乳腺癌では1/2症例(50%)が部分奏功、1/2症例(50%)が安定であった(
図17)。モガムリズマブ投与による副作用は、3/17症例(17.6%)で嘔吐、3/17症例(17.6%)でALPの軽度上昇、1/17症例(5.9%)で顔面浮腫・発赤が認められたが、いずれの副作用も軽度であった。
【0030】
このことから、抗CCR4抗体(モガムリズマブ)はイヌの各種腫瘍に対して副作用の少ない有効な治療薬となることが示された。
【0031】
本実施例において、特定のイヌの腫瘍組織内にはTregが浸潤しており、Tregの浸潤が予後不良因子となることが明らかになった。このTregの腫瘍内浸潤には、CCL17-CCR4経路が重要であることが示された。さらに、CCR4の阻害はイヌの移行上皮癌、前立腺癌、乳腺癌において副作用が少なく有効性の高い治療戦略となることがわかった。Treg浸潤が認められたその他の腫瘍(悪性黒色腫、扁平上皮癌、肺腺癌)でもCCR4阻害剤は治療効果を有すると予測される。
[実施例9] イヌの移行上皮癌に対するモガリズマブの臨床試験
移行上皮癌(13症例)のイヌを用いて抗ヒトCCR4抗体(モガムリズマブ)の臨床試験を実施した。ピロキシカムを単独で投与した群(ピロキシカム単独群)を対照とし、モガムリズマブおよびピロキシカムの併用群(モガリズムマブ併用群)の対照に対する効果を調べ、モガムリズマブの効果を評価した。ピロキシカムはイヌの移行上皮癌の化学療法で用いられ効果が認められている薬剤である。本実施例は臨床試験であるため、倫理的な見地からも、試験群(モガムリズマブ投与群)も対照群と同様の治療を施さねばならないため、ピロキシカムを併用した。モガムリズマブは1 mg/kg体重で3週間おきに静脈内投与)IV)し、ピロキシカムは0.3mg/kg体重で1日1回経口投与(PO)した。対照群には、ピロキシカムを単独で投与した(14症例)。末梢血中CCR4陽性Treg数、腫瘍サイズを投与前後で評価した。
【0032】
図18にフローサイトメトリー(FACSVerse, BD Bioscience社)を用いた末梢血中CCR4陽性Treg数の測定結果を示し、
図19にモガムリズマブ投与後の血中CCR4陽性Tregの変化(%)を示す。
図18中のSSCは側方散乱光(Side Scattered Light)であり、細胞内の物質に当たって散乱した光を示す。SSCは細胞の内部構造の複雑さを表し、核や顆粒の正常、内部構造を反映している。
図18および19に示すように、モガムリズマブ投与後に末梢血におけるCCR4陽性Tregは減少した。
【0033】
図20にモガムリズマブ投与前後の腫瘤サイズを示す。
図20Aは投与前、
図20Bは投与後である。
図21にピロキシカム単独投与群とモガムリズマブ併用群の腫瘍体積の最大縮小率を示す。
図20および
図21はモガムリズマブ併用群で腫瘍(腫瘤)が縮小していること、すなわち、モガムリズマブに腫瘍を縮小させる効果があることを示す。
【0034】
また、
図22に腫瘍体積の経時的変化を示す。
図22Aはピロキシカム単独群の結果を示し、
図22Bはモガムリズマブ併用群の結果を示す。
図23はピロキシカム単独群とモガムリズマブ併用群の治療効果を比較した結果を示す。図中、PR、SD、PDは固形癌に対する治療効果を示す評価基準であるRECIST(Response Evaluation Criteria in Solid Tumors)における治療経過中の腫瘍の大きさの変化の定義を示し、PR(Partial Response)は腫瘍の大きさの和が30%以上減少した状態を示し、SD(Stable Disease)は腫瘍の大きさが変化しない状態を示し、PD(Progressive Disease)は腫瘍の大きさの和が20%以上増加かつ絶対値でも5mm以上増加した状態、あるいは新病変が出現した状態を示す。RECISTは、CT(Computed Tomography)などの画像診断で評価対象とした一般的な基準であり、腫瘍が完全に消失した「完全奏効(CR)」と、30%以上小さくなった「部分奏効(PR)」の合計により効果を判定するが、薬物療法の場合は腫瘍のサイズが変わらない「安定(SD)」状態も薬の効果と考え、「完全奏効(CR)」、「部分奏効(PR)」および「安定(SD)」の3つの合計である臨床的有効率を用いて治療効果を判定する。
【0035】
図22および
図23は、モガムリズマブ併用群でピロキシカム単独群よりも高い奏効率が得られたことを示し、すなわち、モガリズムマブが顕著な治療効果を奏することを示している。
【0036】
図24はピロキシカム単独群とモガムリズマブ併用群の無進行生存期間(PFS:Progression-free survival)を示し、
図25はピロキシカム単独群とモガムリズマブ併用群の全生存期間(OS:Overrall survival)を示す。いずれの生存期間についても、モガリズムマブ併用群でピロキシカム単独群よりも良好な改善が見られた。このことは、モガリズムマブが顕著な治療効果を奏することを示している。
[実施例10] 尿中CCL濃度を指標にした、イヌCCL17とイヌCCR4の結合を阻害する化合物を用いたイヌ腫瘍の治療の効果の判定
治験症例で用いた被験犬(モガムリズマブ併用群)について、医薬(モガムリズマブおよびピロキシカム)を投与する前に採取した尿中のCCL17濃度を測定した。また、投与後の腫瘍縮小率と投与前の尿中CCL17濃度の関係を調べた。
【0037】
CCL17(TARC)濃度は、canine TARC ELISA kit (CUSABIO(登録商標)社)を用いて測定した。
【0038】
図26は、SD(Stable Disease)(腫瘍の大きさが変化しない状態)とPR(Partial Response)(腫瘍の大きさの和が30%以上減少した状態)の被験犬の医薬の投与前の尿中CCL17濃度を示す。
図26に示すように、投与前の尿中CCL17濃度が高い症例ほど、投与後にPRとなる傾向が見られた。すなわち、尿中CCL17濃度が高い症例ほどモガムリズマブの治療効果が大きかった。
【0039】
図27は、医薬投与前尿中CCL17濃度と医薬投与後の腫瘍体積減少率の相関を示す。
図27に示すように、医薬の投与前の尿中CCL17濃度が高い症例ほど、投与後の腫瘍の縮小率が大きい傾向が見られた。
【0040】
この結果は、被験犬の尿中CCL17濃度がモガムリズマブの腫瘍に対する治療効果の指標となることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0041】
抗CCR4抗体等のCCL17とCCR4の結合を阻害する化合物をイヌの腫瘍の治療剤として用いることができる。
【0042】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。