(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-15
(45)【発行日】2022-11-24
(54)【発明の名称】ポリペプチド、核酸、成形体、組成物及びその製造方法、並びに物性向上剤
(51)【国際特許分類】
C12N 15/12 20060101AFI20221116BHJP
C07K 14/435 20060101ALI20221116BHJP
C08L 89/00 20060101ALI20221116BHJP
D01F 4/00 20060101ALI20221116BHJP
D01F 4/02 20060101ALI20221116BHJP
【FI】
C12N15/12 ZNA
C07K14/435
C08L89/00
D01F4/00 Z
D01F4/02
(21)【出願番号】P 2022502191
(86)(22)【出願日】2021-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2021018695
(87)【国際公開番号】W WO2021235417
(87)【国際公開日】2021-11-25
【審査請求日】2022-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2020087640
(32)【優先日】2020-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 革新的研究開発推進プログラム 研究開発プログラム「超高機能たんぱく質による素材産業革命」における研究開発課題「天然高機能たんぱく質遺伝子の網羅的解析」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】508113022
【氏名又は名称】Spiber株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】520176131
【氏名又は名称】沼田 圭司
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 浩之
(72)【発明者】
【氏名】荒川 和晴
(72)【発明者】
【氏名】河野 暢明
(72)【発明者】
【氏名】沼田 圭司
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】WHAITE, A.D. et al.,Major ampullate silk gland transcriptomes and fibre proteomes of the golden orbweavers, Nephila plumipes and Nephila pilipes (Araneae: Nephilidae),PLOS ONE,2018年,Vol.13, No.10, Article number e0204243,pp.1-22
【文献】CLARKE, T.H. et al.,Multi-tissue transcriptomics of the black widow spider reveals expansions, co-options, and functional processes of the silk gland gene toolkit,BMC Genomics,2014年,Vol.15, Article number 365,pp.1-17
【文献】CHAW, R.C. et al.,Proteomic Evidence for Components of Spider Silk Synthesis from Black Widow Silk Glands and Fibers,J. Proteome Res.,2015年,Vol.14, No.10,pp.4223-4231
【文献】KONO, Nobuaki et al.,Orb-weaving spider Araneus ventricosus genome elucidates the spidroin gene catalogue,Scientific Reports,2019年,Vol.9, Article number 8380,pp.1-13
【文献】GARB, J.E. et al.,The transcriptome of Darwin’s bark spider silk glands predicts proteins contributing to dragline silk toughness,COMMUNICATIONS BIOLOGY,2019年,Vol.2, Article number 275,pp.1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1の21番目から252番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有
し、かつ、繊維に配合した場合に伸度を向上させることができる又はフィルムに配合した場合に破断点変位若しくは最大点応力を向上させることができるポリペプチド。
【請求項2】
請求項1のポリペプチドをコードする核酸またはその相補鎖。
【請求項3】
請求項1に記載のポリペプチドを含む成形体。
【請求項4】
前記成形体が繊維又はフィルムである、請求項3に記載の成形体。
【請求項5】
請求項1に記載のポリペプチドと、溶媒及び他の高分子からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む、組成物。
【請求項6】
前記ポリペプチドの含有量が前記組成物の質量に対して1%以上である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記組成物がHFIP(ヘキサフルオロイソプロパノール)、DMSO(ジメチルスルホキシド)及びギ酸からなる群から選ばれる少なくとも1種の溶媒を含む、請求項5又は6に記載の組成物。
【請求項8】
前記他の高分子が構造タンパク質である請求項5~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記構造タンパク質がフィブロインである、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
前記フィブロインがクモ糸タンパク質である、請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
請求項1のポリペプチドを含む、成形体の物性向上剤。
【請求項12】
配列番号1の21番目から252番目のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有
し、かつ繊維に配合した場合に伸度を向上させることができる又はフィルムに配合した場合に破断点変位若しくは最大点応力を向上させることができるポリペプチド含む組成物を製造する方法であって、前記ポリペプチドと他の高分子とを混合する工程を含む組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチド、核酸、成形体、組成物及びその製造方法、並びに物性向上剤に関する。
【背景技術】
【0002】
優れた強度及び高い伸縮性を有するクモ糸の特徴を備えた、人工クモ糸タンパク質を含むクモ糸タンパク質繊維は実用化に向けて研究されている(例えば、特許文献1)。
【0003】
特許文献2、3は、改変フィブロインを開示している。
【0004】
タンパク質を工業用材料して利用する場合、製品として要求される性能に耐えうる性能を有していること必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5540154号公報
【文献】WO2019/194224
【文献】WO2019/022163
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、応力、伸度などの機械的物性を向上させた組成物及び成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下のポリペプチド、核酸、成形体、組成物及びその製造方法、並びに物性向上剤を提供するものである。〔1〕 配列番号1の21番目から252番目のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するポリペプチド。〔2〕 〔1〕のポリペプチドをコードする核酸またはその相補鎖。〔3〕 〔1〕に記載のポリペプチドを含む成形体〔4〕 前記成形体が繊維又はフィルムである、〔3〕に記載の成形体。〔5〕 〔1〕に記載のポリペプチドと、溶媒及び他の高分子からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む、組成物。〔6〕 前記ポリペプチドの含有量が前記組成物の質量に対して1%以上である、〔5〕に記載の組成物。〔7〕 前記組成物がHFIP(ヘキサフルオロイソプロパノール)、DMSO(ジメチルスルホキシド)及びギ酸からなる群から選ばれる少なくとも1種の溶媒を含む、〔5〕又は〔6〕に記載の組成物。〔8〕 前記他の高分子が構造タンパク質である〔5〕~〔7〕のいずれか1項に記載の組成物。〔9〕 前記構造タンパク質がフィブロインである、〔8〕に記載の組成物。〔10〕 前記フィブロインがクモ糸タンパク質である、〔9〕に記載の組成物。〔11〕 〔1〕のポリペプチドを含む、成形体の物性向上剤。〔12〕 配列番号1の21番目から252番目のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するポリペプチド含む組成物を製造する方法であって、前記ポリペプチドと他の高分子とを混合する工程を含む組成物の製造方法。〔13〕 前記組成物が、タンパク質成形用溶液である〔12〕に記載の組成物の製造方法。〔14〕 前記タンパク質成形用溶液がHFIP、DMSO及びギ酸からなる群から選ばれる少なくとも1種の溶媒を含む、〔13〕に記載の組成物の製造方法。〔15〕 他の高分子が構造タンパク質である〔12〕~〔14〕のいずれか1項に記載の組成物の製造方法。〔16〕 前記構造タンパク質がフィブロインである〔15〕に記載の組成物の製造方法。〔17〕 前記フィブロインがクモ糸タンパク質である〔16〕に記載の組成物の製造方法。〔18〕 前記組成物がフィルム又は繊維である〔12〕~〔17〕のいずれか1項に記載の組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明で提供されるポリペプチドは、フィルムに配合した場合に引張強度などの機械的特性が向上する。また、繊維に配合した場合に伸度が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のポリペプチドは、配列番号1の21番目から252番目のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するものであり、本明細書においてポリペプチドIと記載することがある。配列番号1の21番目から252番目のアミノ酸配列からなるポリペプチドは、Trichonephila clavata(ジョロウグモ)に由来する。ポリペプチドIは、公知のポリペプチドとの相同性は非常に低く、ジョロウグモ上科以外の蜘蛛には類似のポリペプチドは見出されていない。
【0011】
本発明のポリペプチドは精製のためのタグを結合してもよい。タグとしては、Hisタグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)、マルトース結合タンパク質(MBP)、β-ガラクトシダーゼ、ジゴキシゲニン(DIG)、FITC、mini-AID、ルシフェラーゼ、GFP、RFP、チオレドキシン(TRX)、HAタグ、mycタグ、FLAGタグ、V5タグ、Sタグ、Eタグ、T7タグ、VSV-Gタグ、Glu-Gluタグ、Strepタグ、HSVタグ、キチン結合ドメイン(CBD)、カルモジュリン結合ペプチド(CBP)などが挙げられる。
【0012】
本発明のポリペプチドは、プロテアーゼ認識配列を含んでいてもよい。プロテアーゼ認識配列としては、例えばHRV-3C認識配列、ソルターゼ認識配列、TEVプロテアーゼ認識配列、トロンビン認識配列等が挙げられるが、これらに限定されない。例えばHRV-3C認識配列は、HRV-3C(プロテアーゼ)により、その認識配列LEVLFQ/GP(/:切断部位)が切断される。
【0013】
タグとプロテアーゼ認識配列、タグとポリペプチドI、プロテアーゼ認識配列とポリペプチドIは、直接結合してもよいが、リンカーを介して結合することができる。本願実施例ではSSGSS配列がリンカーとして使用されているが、これに限定されることはなく、公知のリンカーを含む任意のリンカーを使用することができる。
【0014】
配列番号1のポリペプチドにおいて、2番目から7番目の6個のHisはHisタグであり、8番目から12番目のSSGSSはリンカー配列である。また、13番目から18番目のLEVLFQはプロテアーゼ認識配列であり、19番目から20番目のGPはリンカー配列である。プロテアーゼ認識配列は、配列番号1の18番目のGlnと19番目のGlyの間で切断されるので、プロテアーゼで切断されたときに19番目から252番目の234個のアミノ酸を含むポリペプチドが生成する。
【0015】
本発明のポリペプチドは、配列番号1の21番目から252番目までのアミノ酸配列との同一性が70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上又は100%の同一性を有し、かつ、フィルムの強度及び/又は透明性を向上させる機能を有するポリペプチドが挙げられる。本発明のポリペプチドは、上記の70%以上の同一性のポリペプチドに、さらにプロテアーゼ認識配列、リンカー、タグからなる群から選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。
【0016】
本発明の核酸は、ポリペプチドIをコードするもの或いはその相補鎖である。本発明の核酸は、さらにタグ、リンカー、プロテアーゼ認識配列をコードするものも包含する。
【0017】
本発明の組成物、特に人工組成物は、ポリペプチドIと溶媒、他の高分子を含んでいてもよい。
【0018】
前記溶媒としては、水、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチルピロリドン、炭酸エチレン、炭酸プロピレン、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、ギ酸、酢酸、プロピオン酸などの炭素数1~6、好ましくは1~4のモノカルボン酸、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール等の低級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類、グリセリン、エチレングリコールモノメチルエーテル等のアルキレングリコールモノ低級アルキルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル等のアルキレングリコールジ低級アルキルエーテル、ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、パーフルオロエタノールなどが挙げられる。
【0019】
本明細書において、「他の高分子」はポリペプチドI以外の高分子を意味する。他の高分子としては、構造タンパク質が含まれる。構造タンパク質としては蜘蛛糸由来のフィブロイン又はその改変体(例えば特許文献2,3に例示されるもの)、カイコ由来のフィブロイン、コラーゲン、エラスチン、ケラチン及びレシリン、並びにこれらに由来するタンパク質等を挙げることができる。構造タンパク質以外の他の高分子としては、セリシンなどのシルクプロテイン、カゼイン、ポリアルギニン、ポリヒスチジン、ポリリジン、キチン、キトサン、グルテン、プロタミン、ゼラチン、ゼイン、大豆タンパク、オボアルブミン、ポリヒドロキシブチレート、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネート、ポリブチレンサクシネート/アジペート、ポリエチレンサクシネート、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸-グリコール酸共重合体、デンプン、セルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリアミド、ポリカーボネート、再生セルロース、酢酸セルロース、セルロースナノファイバー、シルクナノファイバーなどのナノファイバー、接着剤などが挙げられる。
【0020】
ポリペプチドIを含む成形体/人工成形体としては、繊維、フィルム、シート、不織布、樹脂などが挙げられる。
【0021】
本発明のポリペプチドIは、上記の他の高分子、溶媒などと混合して公知の紡糸方法で紡糸することにより繊維を得ることができる。紡糸方法は、具体的には、上記の溶媒及び/又は高分子など、必要に応じてさらに溶解促進剤などの添加剤を含む組成物を作製する。次いで、この組成物を用いて、湿式紡糸、乾式紡糸、乾湿式紡糸、溶融紡糸等の公知の紡糸方法により紡糸して、繊維を得ることができる。好ましい紡糸方法としては、湿式紡糸又は乾湿式紡糸を挙げることができる。
【0022】
繊維、フィルム、シート、不織布、樹脂、溶液などの組成物及び成形体に含まれるポリペプチドIの割合は、特に限定されないが、1質量%以上、3質量%以上、5質量%以上、20質量%以下、15質量%以下、10質量%以下、1~20質量%、1~15質量%、1~10質量%、3~20質量%、3~15質量%、3~10質量%、5~20質量%、5~15質量%、5~10質量%である。
【0023】
このようなポリペプチドIの特性を利用して、一実施形態においては、人工組成物の機械的物性を向上させることができ、かつ、組成物及び成形体がフィルムである場合は透過性を向上させることができる人工組成物、人工成形体が提供される。すなわち、一実施形態に係る人工組成物、人工成形体は、他の高分子とポリペプチドIとを含む。なお、「人工組成物」、「人工成形体」とは、例えば、遺伝子組換え技術により微生物等で製造したタンパク質や、化学合成により製造された他の高分子を含む組成物及び成形体等を意味する。
【0024】
人工組成物及び人工成形体は上述した構造タンパク質であってよく、好ましい構造タンパク質の態様も上述したのと同様である。人工組成物及び人工成形体は、例えば、繊維、フィルム、シート、不織布、樹脂、溶液等であってよい。
【0025】
本発明のポリペプチドIは、必要に応じて前記高分子とともに溶媒に溶解又は分散し、得られた溶液又は分散液を基材表面にキャストし、乾燥及び脱溶媒を行うことで、フィルムに成形することができる。
【0026】
基材は、樹脂基板、ガラス基板、金属基板等であってよい。基材は、キャスト成形後のフィルムを容易に剥離できる観点から、好ましくは樹脂基板である。樹脂基板としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂フィルム、ポリプロピレン(PP)フィルム、又はこれらのフィルム表面にシリコーン化合物を固定化させた剥離フィルムであってよい。基材は、DMSO溶媒に対して安定であり、ドープ溶液を安定してキャスト成形でき、成形後のフィルムを容易に剥離できる観点から、より好ましくは、PETフィルム又はPETフィルム表面にシリコーン化合物を固定化させた剥離フィルムである。
【0027】
乾燥及び/又は脱溶媒は、例えば、真空乾燥、熱風乾燥、風乾、及び
液中浸漬から選ばれる少なくとも一種の手段で行われる。液中浸漬は、水中、メタノール、エタノール、2-プロパノールなどの炭素数1~5の低級アルコールなどのアルコール液でもよいし、水とアルコール混合液などにキャストフィルムを浸漬して脱溶媒させてもよい。脱溶媒液(凝固液)の温度は、好ましくは0~90℃である。溶媒はできるだけ脱離したほうが好ましい。なお、フィルムを液中で延伸する場合、脱溶媒は延伸と同時に行うこともできる。また、脱溶媒は、フィルムを延伸させた後に行ってもよい。
【0028】
乾燥及び/又は脱溶媒後の未延伸フィルムは、水中で1軸延伸又は2軸延伸することができる。2軸延伸は、逐次延伸でも同時2軸延伸でもよい。2段以上の多段延伸をしてもよい。延伸倍率は、縦、横ともに、好ましくは1.01~6倍、より好ましくは1.05~4倍である。この範囲であると応力-歪のバランスがとりやすい。水中延伸は、20~90℃の水温で行われることが好ましい。延伸後のフィルムは、50~200℃の乾熱で5~600秒間熱固定することが好ましい。この熱固定により、常温における寸法安定性が得られる。なお、1軸延伸したフィルムは1軸配向フィルムとなり、2軸延伸したフィルムは2軸配向フィルムとなる。
【0029】
フィルムは、カラーフィルムであってもよい。この場合、染料などの着色剤を例えばDMSO溶媒に溶解又は分散させてDMSO着色液を作製し、この着色液とドープ液とを混合して得られた溶液を、上述したのと同様にキャスト成形によりフィルムを作製する。その後、乾燥及び/又は脱溶媒して未延伸着色フィルムにするか、又は延伸して延伸フィルムとする。カラーフィルムは、反射板、マーカー、紫外線防止膜、スリット糸などに応用できる。
【0030】
フィルムの厚さは、用途等に応じて調節することができ、例えば、1~100μmである。
【0031】
本発明のポリペプチドIは、必要に応じて他の高分子とともに溶媒に溶解又は分散して溶液又は分散液とし、溶液又は分散液を抄紙等により不織布とすることができる。或いは、ポリペプチドIと接着剤、溶媒、他の高分子などを含む組成物を原料とし、乾式法、湿式法、スパンボンド法、メルトブローン法、サーマルボンド法、ケミカルボンド法(含浸法、スプレー法)、ニードルパンチ法、水流絡合法などにより不織布を形成することもできる。
【0032】
不織布の厚さは、用途等に応じて調節することができ、例えば、0.1μm~2mm、又は0.1μm~500μmであってもよい。好ましくは1~100μmである。
【実施例】
【0033】
次に実施例を示して本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は実施例によって制限されるものではない。
【0034】
参考例1(1)プラスミド発現株の作製 Trichonephila clavata(ジョロウグモ)由来のフィブロインの塩基配列及びアミノ酸配列に基づき、クモ糸タンパク質MaSp2を設計した。なお、MaSp2をコードする塩基配列は、生産性の向上を目的としてアミノ酸残基の置換、挿入及び欠失を施したアミノ酸配列(配列番号3)をコードする。なお、配列番号3において、2番目から7番目の6個のHisはHisタグであり、8番目から12番目のSSGSSはリンカー配列である。また、13番目から18番目のLEVLFQはプロテアーゼ認識配列であり、19番目から20番目のGPはリンカー配列であり、21番目から540番目がMaSp2のコーディング領域である。プロテアーゼ認識配列は、配列番号3の18番目のGlnと19番目のGlyの間で切断されるので、プロテアーゼで切断されたときに19番目から540番目の522個のアミノ酸を含むポリペプチドが生成する。
【0035】
次に、MaSp2をコードする核酸を合成した。当該核酸には、5’末端にNdeIサイト及び終止コドン下流にEcoRIサイトを付加した。当該核酸をクローニングベクター(pUC118)にクローニングした。その後、同核酸をNdeI及びEcoRIで制限酵素処理して切り出した後、タンパク質発現ベクターpET-22b(+)に組換えて発現ベクターを得た。
【0036】
(2)タンパク質の発現 (MaSp2) MaSp2をコードする核酸を含むpET22b(+)発現ベクターで、大腸菌BLR(DE3)を形質転換した。当該形質転換大腸菌を、アンピシリンを含む2mLのLB培地で15時間培養した。当該培養液を、アンピシリンを含む100mLのシード培養用培地(表1)にOD が0.005となるように添加した。培養液温度を30℃に保ち、OD が5になるまでフラスコ培養を行い(約15時間)、シード培養液を得た。
【0037】
【0038】
当該シード培養液を500mLの生産培地(表2)を添加したジャーファーメンターにOD が0.05となるように添加した。培養液温度を37℃に保ち、pH6.9で一定に制御して培養した。また培養液中の溶存酸素濃度を、溶存酸素飽和濃度の20%に維持するようにした。
【0039】
【0040】
生産培地中のグルコースが完全に消費された直後に、フィード液(グルコース455g/1L、Yeast Extract 120g/1L)を1mL/分の速度で添加した。培養液温度を37℃に保ち、pH6.9で一定に制御して培養した。また培養液中の溶存酸素濃度を、溶存酸素飽和濃度の20%に維持するようにし、20時間培養を行った。その後、1Mのイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を培養液に対して終濃度1mMになるよう添加し、MaSp2を発現誘導させた。IPTG添加後20時間経過した時点で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。IPTG添加前とIPTG添加後の培養液から調製した菌体を用いてSDS-PAGEを行い、IPTG添加に依存した目的とするMaSp2サイズのバンドの出現により、目的とするMaSp2の発現を確認した。(3)タンパク質の精製(MaSp2) IPTGを添加してから2時間後に回収した菌体を20mM Tris-HCl buffer(pH7.4)で洗浄した。洗浄後の菌体を約1mMのPMSFを含む20mMTris-HCl緩衝液(pH7.4)に懸濁させ、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Soavi社製)で細胞を破砕した。破砕した細胞を遠心分離し、沈殿物を得た。得られた沈殿物を、高純度になるまで20mMTris-HCl緩衝液(pH7.4)で洗浄した。洗浄後の沈殿物を100mg/mLの濃度になるように8M グアニジン緩衝液(8Mグアニジン塩酸塩、10mMリン酸二水素ナトリウム、20mMNaCl、1mMTris-HCl、pH7.0)で懸濁し、60℃で30分間、スターラーで撹拌し、溶解させた。溶解後、透析チューブ(三光純薬株式会社製のセルロースチューブ36/32)を用いて水で透析を行った。透析後に得られた白色の凝集タンパク質を遠心分離により回収し、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収することにより、クモ糸タンパク質MaSp2を得た。
【0041】
実施例1(1)タンパク質の合成 (ポリペプチドI) Trichonephila clavata(ジョロウグモ)の前身及び絹糸腺を使用したトランスクリプトーム解析により、絹糸腺末端部で比較的高発現の転写物を認めた。この転写物がコードする機能未知タンパク質の塩基配列及びアミノ酸配列に基づき、配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するクモ糸タンパク質を設計した。なお、配列番号1で示されるアミノ酸配列は、ジョロウグモ由来の機能未知タンパク質のアミノ酸配列に対して、シグナル配列を除去し、N末端にHisタグ配列(HHHHHH)、リンカー配列(SSGSS)、プロテアーゼ認識サイト(LEVLFQGP)が付加されている。
【0042】
次に、ポリペプチドIをコードする核酸配列(配列番号2)を合成した。当該核酸には、5’末端にNdeIサイト及び終止コドン下流にEcoRIサイトを付加した。当該核酸をクローニングベクター(pUC118)にクローニングした。その後、同核酸をNdeI及びEcoRIで制限酵素処理して切り出した後、タンパク質発現ベクターpET-22b(+)に組換えて発現ベクターを得た。
【0043】
(2)タンパク質の発現 (ポリペプチドI) 配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする核酸を含むpET22b(+)発現ベクターで、大腸菌BLR(DE3)を形質転換した。当該形質転換大腸菌を、アンピシリンを含む2mLのLB培地で15時間培養した。当該培養液を、アンピシリンを含む100mLのシード培養用培地(表3)にOD が0.005となるように添加した。培養液温度を30℃に保ち、ODが5になるまでフラスコ培養を行い(約15時間)、シード培養液を得た。
【0044】
【0045】
当該シード培養液を500mLの生産培地(表4)を添加したジャーファーメンターにODが0.05となるように添加した。培養液温度を37℃に保ち、pH6.9で一定に制御して培養した。また培養液中の溶存酸素濃度を、溶存酸素飽和濃度の20%に維持するようにした。
【0046】
【0047】
生産培地中のグルコースが完全に消費された直後に、フィード液(グルコース455g/1L、Yeast Extract 120g/1L)を1mL/分の速度で添加した。培養液温度を37℃に保ち、pH6.9で一定に制御して培養した。また培養液中の溶存酸素濃度を、溶存酸素飽和濃度の20%に維持するようにし、20時間培養を行った。その後、1Mのイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を培養液に対して終濃度1mMになるよう添加し、ポリペプチドIを発現誘導させた。IPTG添加後20時間経過した時点で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。IPTG添加前とIPTG添加後の培養液から調製した菌体を用いてSDS-PAGEを行い、IPTG添加に依存した目的とする配列番号1で示されるポリペプチドIのバンドの出現により、目的タンパク質の発現を確認した。
【0048】
(2)タンパク質の精製(ポリペプチドI) IPTGを添加してから2時間後に回収した菌体を1mMのPMSF, 1mMのDTT、7.5Mの尿素を含むリン酸ナトリウム緩衝液(50mM リン酸ナトリウム、300mM塩化ナトリウム、7.5M尿素、pH7)に懸濁し、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Soavi社製)で細胞を破砕した。破砕した細胞を遠心分離した後に0.44 μm のフィルターでろ過し、上清を得た。この上清をNi-NTA (バイオラッド社製)に負荷し、15mM イミダゾール、1mMのDTT、7.5Mの尿素を含むリン酸ナトリウム緩衝液(pH7)でNi-NTAを十分洗浄した後、500mM イミダゾール、1mMのDTT、7.5Mの尿素を含むリン酸ナトリウム緩衝液(pH7)を用いてポリペプチドIを溶出させて回収した。得られた ポリペプチドI が含まれる画分を7.5Mの尿素、1mMのDTT、50mMの塩化ナトリウムを含む20mMTris-HCl緩衝液(pH7.4)に対して透析を行い、緩衝液を交換した。この溶液を陰イオン交換カラム(バイオラッド社製)に対して負荷し、7.5Mの尿素、1mMのDTT、80mMの塩化ナトリウムを含む20mMTris-HCl緩衝液(pH7.4)で十分に洗浄した後、7.5Mの尿素、1mMのDTT、1Mの塩化ナトリウムを含む20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.4)を用いてポリペプチドIを溶出させて回収した。得られた ポリペプチドI が含まれる画分を透析チューブを用いて水で透析を行った。透析後に得られた白色の凝集タンパク質を遠心分離により回収し、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収することにより、ポリペプチドIの粉末を得た。ポリペプチドIのSDSPAGEの結果、分子量は約26.3kDaであることが明らかになった。
【0049】
遠沈管に添加したヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP) 8ml にクモ糸タンパク質MaSp2 を表5に従い添加、撹拌し、ポリペプチドI(配列番号1)を表5に従い添加し、温調器を用い60℃、2時間で加熱撹拌し、溶液中の全
タンパク質質量に対し、ポリペプチドIが質量0%、1%、3%、5%となるよう調製したタンパク質溶液を得た。
【0050】
【0051】
加熱してクモ糸タンパク質を溶解させた後、遠沈管を開封し、シャーレ上にタンパク質溶液を展開した状態で、室温で16時間静置して乾燥し、クモ糸タンパク質フィルムを得た。
【0052】
クモ糸タンパク質フィルムの物性測定 クモ糸タンパク質フィルムを、長方形に切り出し、試験片(5mm×15mm)とした。試験片を用い、島津製作所社製引張試験装置EZ-LX HSにより、引張試験を実施した。引張試験により、破断点変位(ひずみ)(%)、最大点応力(MPa)、ヤング率(MPa)、タフネス([MJ]/[m3])を測定した。各サンプルについて5回行った測定の平均値を表6に示す。タフネスは、下記式により求められる。応力[N/m2]×歪み[mm/mm]=エネルギー[Nm]/体積[m3]=エネルギー[J]/体積[m3]
【0053】
【0054】
破断点変位が高いほど、伸度に優れる(高い伸度を有する)ことを示す。最大点応力(MPa)が高いほど、応力に優れる(高い応力を有する)ことを示す。タフネス([GJ]/[m3])が高いほど、靭性に優れることを示し、ポリペプチドIが添加されていないフィルムとポリペプチドIが添加されたクモ糸タンパク質フィルムを比較するとポリペプチドIが添加されたクモ糸タンパク質フィルムの方が優れた最大点応力(MPa)、タフネス([GJ]/[m3])を有していることが確認された。
【0055】
クモ糸タンパク質フィルムの透過度の測定 上記で得られたクモ糸タンパク質フィルムを、分光光度計(JASCO社製 紫外可視分光光度計 V-750ST)を用い、フィルムの透過性を測定した。測定結果は表7に示す。
【0056】
【0057】
測定値 T% (500nm) の数値が高いほど透過性に優れたことを示し、ポリペプチドIが添加されていないフィルムとポリペプチドIが添加されたクモ糸タンパク質フィルムを比較するとポリペプチドIが添加されたクモ糸タンパク質フィルムの方が優れた透過性を有していることが確認された。
【0058】
クモ糸タンパク質繊維の製造 LiClが4質量パーセントになるよう調製したDMSO5.89gに、クモ糸タンパク質MaSp2を1.66g添加し、温調器を用い90℃、8時間で加熱攪拌し、タンパク質濃度22質量パーセントのタンパク質溶液を得た。
【0059】
LiClが4質量パーセントになるよう調製したDMSO4.2gに、クモ糸タンパク質MaSp2を1.188g及びポリペプチドIを0.012g添加し、温調器を用い90℃、8時間で加熱攪拌し、タンパク質濃度22質量パーセントのタンパク質溶液を得た。得られたタンパク質溶液中のゴミと泡を取り除き、ドープ液とした(表8)。
【0060】
【0061】
上記のようにして得られたドープ液と
図1に示される自社製の紡糸装置を用いて公知の乾湿式紡糸を行って、クモ糸タンパク質繊維をボビンに巻きとった。なお、ここでは、乾湿式紡糸を下記の条件で行った。凝固液(メタノール)の温度:5~10℃ 延伸倍率:5.5倍、6.0倍乾燥温度:70℃
【0062】
クモ糸タンパク質の物性測定 60cmの長さに切り出したクモ糸タンパク質繊維サンプルを4つ(n=20)用意し、インストロン社製引張試験機(M10-16279-EN)を用い、その最大引張応力を測定した。試験条件は、以下のとおりである。引張速度:10cm/分の速度ロードセル:10N相対湿度:65%温度:20℃測定時のつかみ治具間距離:15cmつかみ冶具:クリップ式
【0063】
試験結果は表9に示す。表9は、引張試験結果から求めたそれぞれのサンプルの引張強度、破断点変位、ヤング率、繊維径、遠心倍率の値を示す。
【0064】
【0065】
ポリペプチドIが添加されていないクモ糸タンパク質繊維とポリペプチドIが添加されたクモ糸タンパク質繊維を比較するとポリペプチドIが添加されたクモ糸タンパク質繊維の方の伸度が向上していることが確認された。
【符号の説明】
【0066】
1 押出し装置2 未延伸糸製造装置3 湿熱延伸装置4 乾燥装置6 ドープ液10 紡糸装置20 凝固液槽21 延伸浴槽36 タンパク質フィラメント
【配列表】