(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-15
(45)【発行日】2022-11-24
(54)【発明の名称】多層滑り軸受要素を形成する方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/02 20060101AFI20221116BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20221116BHJP
F16C 17/00 20060101ALI20221116BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20221116BHJP
【FI】
C23C14/02 Z
C23C14/34 Z
F16C17/00 Z
F16C33/14 Z
(21)【出願番号】P 2019539963
(86)(22)【出願日】2018-01-23
(86)【国際出願番号】 AT2018060020
(87)【国際公開番号】W WO2018132859
(87)【国際公開日】2018-07-26
【審査請求日】2020-12-03
(32)【優先日】2017-01-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AT
(73)【特許権者】
【識別番号】315015564
【氏名又は名称】ミバ・グライトラーガー・オーストリア・ゲゼルシャフト・ミト・ベシュレンクテル・ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100160705
【氏名又は名称】伊藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】ヨハン ナグル
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-148137(JP,A)
【文献】特表2013-509500(JP,A)
【文献】特開平03-115560(JP,A)
【文献】実開昭59-153368(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/02
C23C 14/34
F16C 17/00
F16C 33/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カソードスパッタリング設備のチャンバ内で少なくとも1つのターゲットをカソードスパッタリングすることにより基板上に金属層を堆積させる、多層滑り軸受要素(1)を形成する方法であって、
前記カソードスパッタリング設備の前記チャンバ内へ基板を挿入するステップと、
前記基板のコーティングすべき表面をイオン衝撃によってイオンエッチングするステップであって、それによって前記基板の表面から基板粒子を除去するステップと、
前記基板上に金属層を堆積させるステップであって、そのためにカソードとして接続された少なくとも1つのターゲットからターゲット粒子が発生し、それが基板上へ沈積するステップと、
を有する方法において、
前記
イオンエッチングするステップにおいて、前記ターゲットがアノードとして接続されて、前記基板粒子と前記ターゲット粒子からなる混合物が得られるように該ターゲット上に
前記基板粒子の少なくとも一部が堆積し、その後前記基板の表面上に金属層を堆積させるために、前記ターゲットの極性を逆にして、
前記基板粒子と前記ターゲット粒子からなる混合物が、前記基板上の金属層の接着を強化するように前記基板上に堆積され、
移行ゾーンが前記基板と前記金属層との間に形成され、
前記基板の材料及び前記金属層の材料は、前記移行ゾーンに存在し、
前記移行ゾーンは、0.3μmと5μmの間の層厚を有している、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記基板上に金属層を堆積させる
ステップは、前記
イオンエッチングするステップに直接連続して実施される、ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記
イオンエッチングする
ステップにより、前記基板から基板粒子が少なくとも領域的に0.3μmから5μmの層厚まで除去される、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記基板上に金属層を堆積させる
ステップにおいて、
前記基板粒子の少なくとも一部と
前記ターゲット粒子の少なくとも一部から合金粒子が
前記移行ゾーンに形成される、ことを特徴とする請求項1~3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記イオンエッチング
するステップと同時に、前記基板のコーティングすべき表面も清掃される、ことを特徴とする請求項1~4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
180℃の窒素雰囲気内で1000hの間エージングした後の前記金属層の斜めの断面において、剥がれが0%である、ことを特徴とする請求項1~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
支持層(2)とその上に配置された金属層とを有し、該金属層がカソードスパッタリング方法に従って形成されている、多層滑り軸受要素(1)において、
前記金属層と支持層(2)の間に移行ゾーン(12)が形成され、該移行ゾーン内に前記支持層(2)の割合と金属層の材料の割合とが含まれ、前記移行ゾーン(12)内において前記支持層(2)の表面から始まる金属層の材料の割合が増大し、
前記支持層(2)の粒子と前記金属層の粒子からなる混合物が前記支持層(2)上に堆積して、前記支持層(2)上の金属層の接着が強化され、
前記移行ゾーン(12)は、0.3μmと5μmの間の層厚を有している、ことを特徴とする多層滑り軸受要素。
【請求項8】
前記金属層をもたない前記支持層(2)の表面上に存在している非金属の粒子は、前記移行ゾーン(12)に含まれている、ことを特徴とする請求項7に記載の多層滑り軸受要素(1)。
【請求項9】
180℃の窒素雰囲気内で1000hの間エージングした後の前記金属層の斜めの断面において、剥がれが0%である、ことを特徴とする請求項7又は8に記載の多層滑り軸受要素(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層滑り軸受要素を形成する方法に関するものであって、それによればカソードスパッタリング設備内で基板上に少なくとも1つのターゲットのカソードスパッタリングによって金属層が堆積するものであり、方法は以下のステップを有している。すなわち、
基板をカソードスパッタリング設備内へ挿入するステップと、
基板のコーティングすべき表面をイオン衝撃によってイオンエッチングするステップであって、それによって基板の表面から基板粒子が除去される、ステップと、
基板上に金属層を堆積するステップであって、そのために少なくとも1つのカソードとして接続されているターゲットからターゲット粒子が発生され、それが基板上に沈積する、ステップと、を有している。
【0002】
本発明はさらに、支持層とその上に配置された金属層とを有する多層滑り軸受要素に関するものであり、その場合に金属層はカソードスパッタリング方法に従って形成されている。
【背景技術】
【0003】
滑り軸受技術においてカソードスパッタリング方法を使用することは、すでに従来技術、たとえば特許文献1から知られている。材料に従って、特に基板及び堆積させるべき層のために、うまく混合できない材料が使用される場合には、基板上の堆積した層の密着性は満足のゆくものではない。
【0004】
この問題に対処するために、特許文献2には、滑り軸受を形成する方法が記述されており、その方法は滑り軸受合金層とその表面層との間の優れた結合を有しており、かつ以下の方法ステップを有する。すなわち、
酸化物フィルム及び滑り軸受合金層上に存在している改質された表面層の少なくとも一部を、真空下でアルゴンガスによるイオン衝撃によって除去するステップと、
その後、滑り軸受合金層を活性化された状態へ加熱するステップと、
-滑り軸受合金層上に物理的な蒸着によって、3~60μmの厚みを有する、表面合金又は表面合金層の薄いフィルムを形成するステップと、を有する。
【0005】
コーティングすべき基板を清掃するために、第1のステップにおいて基板がカソードとして接続されて、このカソードと付加的なアノードとの間に500ボルトの電位が印加される。このようにして正に帯電されたアルゴンイオンが基板と衝突し、その衝突によって表面酸化フィルムと基板上の改質された表面層が除去される。その後コーティングチャンバを清掃するために、それが再び排気される。その後アルゴンガスが新たに真空チャンバ内へ導入される。基板をコーティングするためにカソードとして接続される、別体のターゲットから、アノードとこのターゲットの間のグロー放電を介し、かつそれによってもたらされる、アルゴンイオンによるターゲットの衝撃によって、衝突エネルギに基づいて粒子が発生され、それが基板上に沈積する。ターゲットの蒸発は、基板の加熱後に初めて行われるので、軸受合金と表面層の間の反応エネルギが高まり、それによって合金形成もしくはその合金化が促進される。したがって両者の間により高い水準の密着もしくは結合力が得られ、かつ付加的に表面層合金の粒子間の結合が高められ、それによって堅固に接着する表面層が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】独国特許出願公開第3629451(A1)号明細書
【文献】独国特許出願公開第4027362(A1)号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、支持層上にカソードスパッタリング方法によって堆積した金属層の高い密着強度を有する、多層滑り軸受要素を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題は、冒頭で挙げた方法によって解決され、それによれば、基板をイオンエッチングするステップにおいて、ターゲットがアノードとして接続され、基板粒子の少なくとも一部がターゲット上に堆積し、その後基板の表面上に金属層を堆積させるためにターゲットが電極交換される。
【0009】
本発明の課題は、さらに、冒頭で挙げた多層滑り軸受要素によって解決され、それにおいて金属層と支持層の間に移行ゾーンが形成されており、その中に支持層の材料の割合も、金属層の材料の割合も存在し、その場合に支持層の表面から始まって、移行ゾーンの内部で金属層の材料の割合が増大する。
【0010】
イオンエッチングの間に基板粒子がターゲット上に沈積することにより、ターゲット上にすでに基板粒子とターゲット粒子からなる混合物が得られ、それを次に一緒に基板上に堆積させることができる。それぞれターゲット上に堆積する基板粒子の量に応じて、ターゲット上に基板材料のみからなる層が存在することもできる。それに続いてターゲットが霧化されて、ターゲット粒子が基板上に沈積する。ターゲット粒子は、その前に沈積した基板粒子も含んでいるので、両方の種類の粒子の混合物が堆積する。これも、基板上の金属層の密着強度を改良する。というのは、基板から金属層への移行が唐突には行われないからである。この方法によって、付加効果として、多層滑り軸受要素のより効率的な形成を実現することができる。というのは、上述した従来技術において実施されるような、コーティングチャンバの、基板に由来する粒子の清掃は、もはや必ずしも必要とはならないからである。
【0011】
方法の実施変形例によれば、基板上に金属層を堆積させるステップは、基板の表面をイオンエッチングするステップに直接連続して実施することができる。したがって方法を簡略化し、それに伴って多層滑り軸受要素の形成における時間の節約を実現することができる。というのは、コーティングチャンバの中間洗浄が省かれるからである。前清掃のためのチャンバとプロセスチャンバとの間の空間的な分離は不要である。
【0012】
方法の他の実施変形例によれば、基板の表面のイオンエッチングによって、基板から基板粒子を少なくとも領域的に0.3μmから5μmの層厚まで除去することができる。したがって密着強度をさらに改良することができる。というのは、イオンエッチングの間比較的多くの基板材料が除去され、その材料が次に金属層を堆積させるために提供され、それによって移行ゾーンの層厚が拡張されて、それに伴って移行ゾーンの材料から金属層への移行をよりソフトに構成することができるからである。したがってコンポーネントのより強い機械的締めつけとそれに伴って基板上の金属層の密着の強化を達成することができる。
【0013】
好ましくは、基板上に基板粒子とターゲット粒子からなる混合物が堆積するだけでなく、金属層を堆積させる間に、少なくとも基板粒子の一部とターゲット粒子の一部から合金粒子が形成される。この実施変形例によっても、基板上の金属層の密着強度をさらに改良することができる。
【0014】
イオンエッチングと同時に、基板のコーティングすべき表面も、たとえば酸化物、したがって非金属の粒子も、清掃することができる。それによっても方法の短縮を達成することができる。この方法ステップにおいて、非金属の粒子は少なくとも1つのターゲット上にも同様に堆積することがあり得るので、それが金属層の堆積の間に少なくとも部分的に再び基板上に戻るように転送される。
【0015】
多層滑り軸受要素の実施変形例によれば、移行ゾーン内に非金属の粒子が含まれており、それらは支持層の、金属層をもたない他の表面上にも存在する。驚くべきことに、これらの粒子は、コーティングプロセス及び基板上の金属層の密着強度を妨げない。多分これは、基板上で比較的薄い表面層に集中した、これらの非金属の粒子は、金属層の堆積の間、より大きい体積もしくはより大きい層厚に分配されることにある。この実施変形例によれば、酸化物成分を除去するためのコーティングチャンバの中間洗浄が回避されるだけでなく、この非金属の粒子、たとえばセラミック粒子は、場合によっては移行ゾーン内で補強するように作用することができる。
【0016】
移行ゾーンが0.3μmと5μmの間の層厚を有することもでき、それによっても基板から金属層への多かれ少なかれソフトな移行を達成することができる。
【0017】
本発明をさらによく理解するために、以下の図を用いて本発明を詳細に説明する。
図は、それぞれ簡略化された図式的な表示である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【発明を実施するための形態】
【0019】
最初に記録しておくが、異なるように記載される実施形態において、同一の部分には同一の参照符号ないし同一の構成部分名称が設けられ、説明全体に含まれる開示は、同一の参照符号ないし同一の構成部分名称を有する同一の部分へ意味に従って移し替えることができる。また、説明内で選択される、たとえば上、下、側方などのような位置記載は、直接説明され、かつ示される図に関するものであって、この位置記載は位置が変化した場合には意味に従って新しい位置へ移し替えられる。
【0020】
以下において、もしくは一般的に、合金組成が示される場合に、これは-異なる記載がない限りにおいて-それぞれ重量%で示されるものとする。
【0021】
合金の組成について数値の記載は、異なる記載がない限りにおいて、常に全合金に関する。
【0022】
さらに、合金組成についての記載は、それが大技術的に使用される原材料内に生じる、通常の不純物も一緒に含むものである。しかし本発明の枠内において、純金属もしくは高純度金属が使用される可能性が存在する。
【0023】
図1は、滑り軸受ハーフシェルの形式の多層滑り軸受要素1を示している。図示されているのは多層滑り軸受要素1の2層の変形例であって、支持層2と滑り層3からなり、その滑り層が多層滑り軸受要素1の、軸承すべき構成部分へ向けることができる前側4(径方向内側)上に配置されている。
【0024】
場合によっては。
図1に破線で示唆されるように、滑り層3と支持層2の間に軸受金属層5を配置することができる。
【0025】
たとえば内燃機関内で使用されるような、この種の多層滑り軸受要素1の原理的な構造は、従来技術から知られているので、これ以上の説明はしない。しかし、他の層を配置すること、したがってたとえば滑り層3と軸受金属層5の間に接着層及び/又は拡散阻止層を配置することもでき、同様に軸受金属層5と支持層2の間に接着層を配置することができることを、述べておく。
【0026】
本発明の枠内において、多層滑り軸受要素1は他のように、たとえば、
図1に破線で示唆するように、軸受ブッシュとして、形成することもできる。同様にスラストリング、軸方向に延びる滑りシューなどのような形態も、可能である。
【0027】
支持層2は、好ましくは鋼からなるが、多層滑り軸受要素1に必要な構造強度を与える材料からなることもできる。この種の材料は、従来技術から知られている。
【0028】
軸受金属層5と中間層のために、周知の従来技術から知られた合金もしくは材料を使用することができ、これに関してはそれを参照するよう指示する。
【0029】
滑り層3は、合金の主要成分を形成するベース元素として、錫、アルミニウム、銅、銀、炭素、モリブデン、インジウムを有し、あるいはそれらからなるグループからの元素を有する合金からなることができる。しかしまた、滑り層3が1つの元素、たとえば銀、錫、炭素、インジウムのみからなることも、可能である。特に好ましくは、滑り層3、もしくは一般的に金属層は、銀のみから、もしくは銀合金から、もしくは銀合金として形成される。
【0030】
多層滑り軸受要素1を形成するために、滑り軸受要素ブランク(未加工品)6が準備される。滑り軸受要素ブランク6は、少なくとも支持層2からなるが、上述した層の少なくとも1つ、特に軸受金属層5も有することができる。この滑り軸受要素ブランク6(
図1)の形成は、従来技術に従って、たとえば鋼シートバー上に軸受金属層が塗布されて、圧延によってそれと結合されることにより、行うことができる。他の既知の方法も適用可能である。場合によっては、この滑り軸受要素ブランク6の機械的な加工が行われる。
【0031】
しかし、再度はっきりと指摘しておくが、多層滑り軸受要素1は、支持層2と滑り層3のみからなることもできる。
【0032】
滑り軸受要素ブランク6は、変形によってすでに適切な形状に、たとえばハーフシェルの形状にされてから、その上に滑り層3を形成することができる。
【0033】
滑り層3は、カソード噴霧方法(カソードスパッタリング方法)に基づくガス相から滑り軸受要素ブランク6上へ堆積される。この方法は、原理的に従来技術から知られているので、繰り返しを避けるためにそれを参照するよう指示する。
【0034】
ここで指摘しておくが、本発明の枠内で、多層滑り軸受要素1の他の層も、たとえば軸受金属層5も、カソードスパッタリング方法に基づくガス相堆積によって滑り軸受要素ブランク6上へ堆積させることも、可能である。
【0035】
堆積させるために、滑り軸受要素ブランク6が、
図2に図式的に示される堆積チャンバ7内へ挿入される。たとえば滑り軸受要素ブランク6は、堰を介して堆積チャンバ7内へ送り込むことができる。滑り軸受要素ブランク6は、滑り層3の堆積の間支持体8上に配置して、それによって保持することができる。
【0036】
1層又は多層の滑り軸受要素ブランク6は、後続の金属層の堆積のための基板を形成する。
【0037】
複数の滑り軸受要素ブランク6を同時にコーティングすることも可能であって、そのためにしかるべく形成された支持体8を使用することができる。
【0038】
以下において滑り軸受要素ブランク6が参照される場合に、この形態は、はっきりと言及されない場合でも、複数の滑り軸受要素ブランク6の同時コーティングにも該当する。
【0039】
図2において滑り軸受要素ブランク6は、平面的に示されているが、これは-上述したように-すでに変形されており、したがってたとえばハーフシェルの形状を有することができるので、したがってコーティングすべき滑り軸受要素ブランク6は、コーティングすべき湾曲した表面を有することができる。
【0040】
この場合において好ましくは、金属層、特に滑り層3を堆積させるためのターゲット9は、このハーフシェルと同軸に配置することができる。
【0041】
軸受金属層5が配置される限りにおいて、滑り層3は、好ましくは少なくとも5μm、好ましくは少なくとも15μm、そして最大で60μm、好ましくは最大で50μmの層厚で形成することができる。軸受金属層5が設けられない場合には、好ましくは少なくとも20μm、好ましくは少なくとも50μm、そして最大で500μm、好ましくは最大で200μmの層厚が形成される。
【0042】
堆積チャンバ7内には、少なくとも1つのターゲット9が配置されている。複数のターゲット9を配置することもできる。
【0043】
ターゲット9は、好ましくは、堆積させるべき滑り層3が形成されるのと同じ金属、たとえば上述したベース合金の上述した元素、を有することができる。特にターゲット9は、これらの金属を互いに対する等しい相対量で有しているので、したがってターゲット9は形成すべき滑り層3と少なくともほぼ等しい、特に正確に等しい組成を有することができる。
【0044】
複数のターゲット9が使用される場合に、すべてが等しい組成を有することができる。しかしまた、組成の異なるターゲットを使用することも可能であって、その場合にターゲット9の合計が質的に堆積させるべき金属の合計をもたらす。
【0045】
1つ又は複数のターゲット9と1つ又は複数の滑り軸受要素ブランク6は、電気的に適切に接触されるので、それらの間を電位が支配する。
【0046】
必要な場合には、堆積チャンバ7は、滑り軸受要素ブランク6がその中で堆積のために位置決めされた後に、洗浄されて排気される。これは、たとえば滑り軸受要素ブランク6が送り込まれておらず、そのために堆積チャンバ7が開放されている場合である。
【0047】
洗浄ガスとして、滑り軸受要素ブランク6上に金属層を堆積させる間にも使用されるプロセスガス、たとえばアルゴンを使用することができる。滑り軸受要素ブランク6の後続の処理のための圧力は、0.5Paと10Pa(5.e-3mbarと0.1mbar)の間とすることができる。
【0048】
考察される実施例において滑り軸受要素ブランク6、したがって滑り層3上に本来の金属層を堆積させる前に、この滑り軸受要素ブランクが前処理される。そのために、滑り軸受要素ブランク6がカソードとして、そして少なくとも1つのターゲット9がアノードとして接続される。滑り軸受要素ブランク6のコーティングすべき表面に、堆積チャンバ7内で(不活性の)ガスからなるイオンによって衝撃を与えることによって、滑り軸受要素ブランク6の一部が基板粒子の形式でこの滑り軸受要素ブランクから除去される。これらの基板粒子がその後アノードへ、したがってターゲット9へ向かって移動し、その表面上に少なくとも部分的に、特にすべて、降下する。
【0049】
このイオンエッチングのために、以下のパラメータが適用される。
【0050】
滑り軸受要素ブランク6と1つのターゲット9又は複数のターゲット9との間の電位差:-1700Vから-400V
プロセスガス:アルゴン
プロセスガス圧力:0.5Pa~10Pa(5.e-3mbar~0.1mbar)
温度:90℃から190℃
処理長さ:2分から60分
【0051】
方法の実施例によれば、好ましくは基板の、したがって滑り軸受要素ブランク6の、表面のイオンエッチングは、これから基板粒子が少なくとも領域的に0.3μmから5μm、特に0.5μmから1.5μmの層厚まで除去される間、実施される。言い換えると、滑り軸受要素ブランク6の層厚は、コーティングすべき表面から始まって少なくとも領域的に、特にすべて、0.3μmから5μmだけ、特に0.5μmから1.5μmだけ減少する。
【0052】
他の実施変形例によれば、滑り軸受要素ブランクの金属の成分が除去されるだけでなく、同時にそれに接着している、特に、たとえば酸化物のようなセラミック粒子の形式の不純物も除去することができる。したがって滑り軸受要素ブランク6のこれらの被覆を別に清掃することを省くことができる。これらのセラミック粒子も、ターゲット9の表面上へ少なくとも部分的に降下することがあり得るので、それ以降の本来のコーティングステップの間にそれらが再び滑り軸受要素ブランク6上へ達する。基板粒子という概念は、この実施変形例においては、不純物に由来する粒子も含んでいる。
【0053】
実施変形例によれば、さらに、除去された粒子はプロセス混合物(たとえばイオン/酸素混合気)によって基板の清掃の間(イオンエッチングの間)に酸化され、それがその後ターゲット9上へ降下する。したがってセラミック粒子、たとえば酸化物は、たとえば金属層を補強するために、大量に発生させることができる。
【0054】
その代わりに、あるいはそれに加えて、粒子はコーティングプロセスにおいてガス混合物によって反応的にスパッタリングすることができ、それによって同様にセラミック粒子を発生させることができる。
【0055】
セラミック粒子の組み込みは、多層の滑り軸受要素1内に電気的に絶縁する層を形成するために、利用することもできる。そのためにたとえば、滑り軸受要素ブランク6上の金属層の堆積の開始時にプロセス混合物、たとえば酸素を有するアルゴンを使用することができるので、堆積させるべき粒子が酸化される。所望の層厚を得た後に、堆積のそれ以降の推移のために純粋な不活性ガスへ切り替えることができる。その場合にそれまで存在していた付加ガスの残りは、さらに利用される。このやり方は、一般的にセラミック粒子の組み込みのために、したがって電気的に絶縁する層の形成のためだけでなく、適用することができる。
【0056】
滑り軸受要素ブランク6のこの前処理の後に、堆積チャンバ7は必要に応じて清掃することができ、したがって特に不活性ガスによって1回又は複数回洗浄することができ、かつ滑り層3を堆積させるために排気することができる。
【0057】
方法の好ましい実施変形例において、基板上の金属層の、したがってこの例においては滑り軸受要素ブランク6上の滑り層3の、堆積が、同じ堆積チャンバ7内でイオンエッチングに直接連続して行われる。
【0058】
金属層の、したがって滑り層3の、堆積は、たとえばアルゴンからなり、あるいはそれを有する、1つのプロセスガス内で行われる。堆積のために滑り軸受要素ブランク6とターゲット9の電極が交換されるので、したがって滑り軸受要素ブランク6上に金属層を堆積させる間、この滑り軸受要素ブランクがアノードを、そしてターゲットがカソードを形成する。
【0059】
完全を期するためだけに指摘しておくが、プロセスガスを導入するために堆積チャンバ7は少なくとも入口10とそれを排出するために少なくとも1つの出口11を有することができる。
【0060】
スパッタリング方法(カソードスパッタリング方法)による堆積のために、以下のパラメータを適用することができる。
【0061】
滑り軸受要素ブランク6と1つのターゲット9又は複数のターゲット9との間の電位差:-300Vから850V
プロセスガス(混合気):アルゴン、(酸素)
プロセスガス圧力:0.2Pa~10Pa(2xe-3mbar~0.1mbar)
温度:80℃から240℃
コーティング率:0.1μm/分から5μm/分
コーティング長さ:5分から380分
【0062】
知られているように、スパッタリングする際にプロセスガスイオンがターゲット9へ加速されて、ターゲットから堆積させるべき金属原子(すなわちターゲット粒子)をたたき出し、それが次に滑り軸受要素ブランク6の方向へ加速されて、その表面上へ堆積するので、滑り層3が構築される。
【0063】
したがって、カソードスパッタリング方法によって金属層、特に滑り層3をプロセスガス内のガス相から滑り軸受要素ブランク6上に堆積させることができる。そのために、金属ベース元素との金属組合せを有し、あるいはそれからなる(金属組合せに関して)ターゲット9から金属層が、ターゲット9の少なくとも部分的なスパッタリングと次にスパッタされたターゲット粒子が滑り軸受要素ブランク6上に堆積することによって、形成される。
【0064】
前処理の間に基板粒子がターゲット9上に堆積した後に、この基板粒子はターゲット9を少なくとも部分的にスパッタリングする間、同様に再び霧化されて、そのようにして少なくとも一部が、滑り軸受要素ブランク6のコーティングすべき表面上へ戻って達する。それぞれどのくらいの長さで前処理が実施されたかに応じて、滑り軸受要素ブランク6上に金属層の堆積が開始される際に、この基板粒子のみが滑り軸受要素ブランク6上に堆積するか、あるいはすでに基板粒子とターゲット粒子からなる混合物が堆積する。金属層の堆積の期間が経過するにつれて、基板粒子とターゲット粒子からなる混合物における基板粒子の割合が減少して、ついには基板粒子がすべて使い果たされて、それ以降はターゲット粒子のみが金属層を形成するために滑り軸受要素ブランク6上に堆積する。
【0065】
このようにして基板、したがって滑り軸受要素ブランク6と金属層、したがってたとえば滑り層3との間に移行ゾーン12(
図1)が生じ、その中には基板の材料も金属層の材料も存在する。
【0066】
多層滑り軸受要素1の好ましい実施変形例によれば、前処理の長さ(特にターゲット9上の基板粒子の量に関係する)は、移行ゾーン12が0.3μmと5μmの間、特に0.5μmと3μmの間の層厚を有するように選択される。その場合に多層滑り軸受要素1の上の移行ゾーン12の層厚というのは、EDXに従う方法によって定められる層厚である。結合ゾーンにわたってラジアルラインスキャンが実施されて、基板(A)と滑り軸受材料(B)についてのX線信号が測定される。信号強さ(場合によってはAが上昇し、同時にBが下降)は、ロジスティック関数に従う。層厚は、信号強さBが10%から90%へ増大する2つの点の間の間隔である。
【0067】
多層滑り軸受要素1を形成する方法の他の実施変形例によれば、基板上に金属層を堆積させる間に少なくとも基板粒子の一部とターゲット粒子の一部から合金粒子を形成することができる。したがって言い換えると、金属層が基板の材料と、従って多層滑り軸受要素1のコーティングすべき材料と、合金化される。その例は、銀と鉄である。しかしまた、滑り軸受要素ブランク6と金属層とから、たとえばCu5Sn6のような、金属間相の形成も可能であって、それによって滑り軸受要素ブランク6上の金属層の密着強度をさらに強化することができる。
【0068】
この方法によって、支持層2とその上に配置された滑り層3とを有する多層滑り軸受要素1を形成することができ、その場合に滑り層3はカソードスパッタリング方法に従って形成されており、かつ滑り層3と支持層2の間に移行ゾーン12が形成されており、その中には支持層2の材料の割合も、滑り層3の材料の割合も存在しており、その場合に支持層2の表面から始まって移行ゾーン12の内部の滑り層3の材料の割合が増加する。
【0069】
滑り軸受要素ブランク6の清掃が同様に同じ堆積チャンバ7内で行われる限りにおいて、移行ゾーン12内に非金属の粒子が含まれる多層滑り軸受要素1を形成することができ、その非金属の粒子は支持層2の滑り層3をもたない他の表面上にも表面不純物として存在している。
【0070】
滑り軸受要素ブランク6上に金属層、したがって特に滑り層3を堆積させた後に、金属層の露出した表面上にさらに他の、たとえば進入層又は滑り塗料層のような、他の摩擦学的に作用する層を設けることができる。
【0071】
以下の滑り層3は、上述した方法によって形成されている。その場合に滑り軸受要素ブランク6として、鋼製の支持層2からなるハーフシェルが挿入され、その場合に滑り層3は約20μmの厚みで設けられている。滑り層3の形成は、個々のソース(ターゲット9)によっても、同時に等しい組成又は異なる組成の複数のソース(ターゲット9)によっても、行うことができる。滑り層3として以下のバリアントにおける組成の合金が形成された。
【0072】
(a)コーティング後及び(b)180℃の窒素雰囲気内で1000hの間エージングした後の密着強度を判定するために、斜めの断面が形成された。(1)コーティング後の斜めの断面において目に見える剥がれ、(2)硬質金属鏨によるスクラッチテスト後の剥がれが、%で定められた。密着性の判定は、評点体系にしたがって行われ、1は優れた密着であり、5は完全な層剥がれを表す。
【0073】
実施例1:
ブランク:軸受金属CuZn5Snを有する鋼
滑り層:AlSn20Cu1
前処理:
滑り軸受要素未加工6とターゲット9の間の電位差 -1150V
プロセスガス:アルゴン
プロセス圧力:2Pa(2xe-2mbar)
温度:120℃
処理長さ:6分
堆積:
滑り軸受要素ブランクとターゲットの間の電位差 620V
プロセスガス:アルゴン
プロセスガス圧力:1Pa(1e-2mbar)
温度:130℃
1つ又は複数のターゲット9における電圧:0V
コーティング率:1.19μm/分
コーティング長さ:21分
結果:
移行ゾーンの層厚:0.8μm
滑り層全体の層厚:25μm
【0074】
【0075】
実施例2:
ブランク:鋼
滑り層:AgCu6
前処理:
滑り軸受要素ブランク6とターゲット9の間の電位差-1290V
プロセス混合物:アルゴン+0.5%酸素
プロセスガス圧:1Pa(1e-2mbar)
温度240℃
処理長さ:20分
堆積:
滑り軸受要素ブランク6とターゲット9の間の電位差:550V
プロセスガス:アルゴン
プロセスガス圧:10Pa(10e-2mbar)
温度:130℃
コーティング率:2.4μm/分
コーティング長さ:42分
結果:
移行ゾーンの層厚:1.7μm
滑り層全体の層厚:100μm
【0076】
【0077】
変形例3-従来技術-前処理なし、別のプロセスチャンバ内でイオンエッチング
ブランク:軸受金属CuZn5Snを有する鋼
滑り層:AlSn20Cu1
堆積:
滑り軸受要素ブランク6とターゲット9の間の電位差:550V
プロセスガス:アルゴン
プロセスガス圧:10Pa(10e-2mbar)
温度:130℃
コーティング率:1.19μm/分
コーティング長さ:21分
結果:
移行ゾーンの層厚:0μ-存在せず
滑り層全体の層厚:25μm
【0078】
【0079】
指摘しておくが、たとえばSnCu9Sb4Bi1、CuAl10Fe3、Ag、AlSn20Fe1のような、他の合金も滑り層として形成することができる。したがって記載される合金組成は、単なる例であって、限定する特性をもたない。
【0080】
実施例は、可能な実施変形例を示し、もしくは記述しており、その場合にここに記載しておくが、ここの実施変形例を互いに組み合わせることも可能である。
【0081】
最後に形式的に指摘しておくが、多層軸受要素1もしくはカソードスパッタリング設備の構造をよりよく理解するために、これらは必ずしも縮尺どおりには示されていない。
(項目1)
カソードスパッタリング設備のチャンバ内で少なくとも1つのターゲットをカソードスパッタリングすることにより基板上に金属層を堆積させる、多層滑り軸受要素(1)を形成する方法であって、
前記カソードスパッタリング設備の前記チャンバ内へ基板を挿入するステップと、
前記基板のコーティングすべき表面をイオン衝撃によってイオンエッチングするステップであって、それによって前記基板の表面から基板粒子を除去するステップと、
前記基板上に金属層を堆積させるステップであって、そのためにカソードとして接続された少なくとも1つのターゲットからターゲット粒子が発生し、それが基板上へ沈積するステップと、
を有する方法において、
前記基板をイオンエッチングするステップにおいて、前記ターゲットがアノードとして接続されて、該ターゲット上に基板粒子の少なくとも一部が堆積し、その後前記基板の表面上に金属層を堆積させるために、前記ターゲットの極性を逆にする、ことを特徴とする方法。
(項目2)
前記基板上に金属層を堆積させる方法ステップは、前記基板の表面をイオンエッチングするステップに直接連続して実施される、ことを特徴とする項目1に記載の方法。
(項目3)
前記基板の表面をイオンエッチングすることにより、前記基板から基板粒子が少なくとも領域的に0.3μmから5μmの層厚まで除去される、ことを特徴とする項目1又は項目2に記載の方法。
(項目4)
前記基板上に金属層を堆積させる間、基板粒子の少なくとも一部とターゲット粒子の少なくとも一部から合金粒子が形成される、ことを特徴とする項目1~3のうち何れかに記載の方法。
(項目5)
イオンエッチングと同時に、前記基板のコーティングすべき表面も清掃される、ことを特徴とする項目1~4のうち何れかに記載の方法。
(項目6)
支持層(2)とその上に配置された金属層とを有し、該金属層がカソードスパッタリング方法に従って形成されている、多層滑り軸受要素(1)において、
前記金属層と支持層(2)の間に移行ゾーン(12)が形成され、該移行ゾーン内に前記支持層(2)の割合と金属層の材料の割合とが含まれ、前記移行ゾーン(12)内において前記支持層(2)の表面から始まる金属層の材料の割合が増大する、ことを特徴とする多層滑り軸受要素。
(項目7)
前記金属層をもたない前記支持層(2)の表面上に存在している非金属の粒子は、前記移行ゾーン(12)に含まれている、ことを特徴とする項目6に記載の多層滑り軸受要素(1)。
(項目8)
前記移行ゾーン(12)は0.3μmと5μmの間の層厚を有している、ことを特徴とする項目6又は項目7に記載の多層滑り軸受要素(1)。
【符号の説明】
【0082】
1 多層滑り軸受要素
2 支持層
3 滑り層
4 前側
5 軸受金属層
6 滑り軸受要素ブランク
7 堆積チャンバ
8 支持体
9 ターゲット
10 入口
11 出口
12 移行ゾーン