(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-16
(45)【発行日】2022-11-25
(54)【発明の名称】固体電池用線条正極、固体電池、固体電池用線条正極の製造方法、および固体電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/058 20100101AFI20221117BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20221117BHJP
H01M 4/13 20100101ALI20221117BHJP
H01M 10/052 20100101ALN20221117BHJP
【FI】
H01M10/058
H01M10/0562
H01M4/13
H01M10/052
(21)【出願番号】P 2018113761
(22)【出願日】2018-06-14
【審査請求日】2020-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100160794
【氏名又は名称】星野 寛明
(72)【発明者】
【氏名】銭 朴
(72)【発明者】
【氏名】徳根 敏生
(72)【発明者】
【氏名】川合 光幹
【審査官】前田 寛之
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-195191(JP,A)
【文献】特開2013-089465(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/84
H01M10/05-10/0587
H01M10/36-10/39
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電池であって、
導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を有し、前記正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を有する固体電池用線条正極と、
導電性を有する負極線条体を含む固体電池用線条負極と、を有し、
前記固体電池用線条正極と、前記固体電池用線条負極とは、交互に積層されており、
前記正極線条体と前記負極線条体との距離は、3.4μm以下であり、
前記固体電池用線条負極は、導電性を有する負極線条体の表面に、負極活物質を含む負極活物質層を有する、固体電池。
【請求項2】
前記固体電池用線条負極は、前記負極線条体の外側に、電解質を含む負極電解質層を有する、請求項1に記載の固体電池。
【請求項3】
前記正極電解質層の厚みは、前記負極電解質層の厚みよりも大きい、請求項
2に記載の固体電池。
【請求項4】
固体電池の製造方法であって、
導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を形成する正極活物質層形成工程と、前記正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を形成する正極電解質層形成工程と、を含む固体電池用線条正極の製造工程と、
前記固体電池用線条正極の製造工程において製造された固体電池用線条正極と、導電性を有する負極線条体を含む固体電池用線条負極と、を、交互に積層して正負極積層体を得る積層工程と、
前記正負極積層体を圧縮して、前記固体電池用線条正極と前記固体電池用線条負極と密着させる圧縮工程と、を有し、
前記積層工程では、前記正極線条体と前記負極線条体との距離を、3.4μm以下とし、
前記固体電池用線条負極は、導電性を有する負極線条体の表面に、負極活物質を含む負極活物質層を有し、
前記積層工程では、前記正極電解質層と前記負極活物質層とを接触させる、固体電池の製造方法。
【請求項5】
前記固体電池用線条負極は、前記負極活物質層の外側に、電解質を含む負極電解質層を有し、
前記積層工程では、前記正極電解質層と前記負極電解質層とを接触させる、請求項4に記載の固体電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電池用線条正極、固体電池、固体電池用線条正極の製造方法、および固体電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高エネルギー密度を有する二次電池として、リチウムイオン二次電池が幅広く普及している。リチウムイオン二次電池は、正極と負極との間にセパレータを存在させ、液体の電解質(電解液)を充填した構造を有する。
【0003】
リチウムイオン二次電池の電解液は、通常、可燃性の有機溶媒であるため、特に、熱に対する安全性が問題となる場合があった。そこで、有機系の液体の電解質に代えて、無機系の固体の電解質を用いた固体電池も提案されている(特許文献1参照)。
【0004】
固体二次電池は、正極および負極の間に、電解質層として固体またはゲル状の電解質層を有する。固体電解質による固体電池は、電解液を用いる電池と比較して、熱の問題を解消するとともに、積層により電圧を上昇させることができ、さらに、コンパクト化の要請にも対応することができる。
【0005】
このようなリチウムイオン二次電池は、充放電により繰り返し使用されるが、ここで、リチウムイオン二次電池の充電時間には、さらなる短縮が要望されている。現在、電気自動車の充電時間は、通常充電で8時間程度が必要となっており、急速充電の場合であっても30分程度を要している。
【0006】
また、近年、使用機器の消費エネルギー増加に伴い、リチウムイオン二次電池にはさらなる高エネルギー密度化が切望されている。そして、リチウムイオン二次電池の体積当りの容量を増大することを目的として、ファイバー形状の正極および負極を用いた蓄電デバイスが提案されている(特許文献2参照)。
【0007】
特許文献2においては、導電性を有するファイバーの表面に特定の正極活物質被膜を形成したファイバー正極と、導電性を有するファイバーからなるファイバー負極とを組み合わせることで、電池性能が飛躍的に向上した蓄電デバイスを得る。
【0008】
ここで、固体電池において、電池性能に最も大きな影響を与える要素は、正極活物質と正極電解質層との接触界面である。一方で、負極においては、負極活物質と電解質との接触界面は容易に形成されるため、問題とはならない。正極における接触界面については、例えば、正極活物質の表面に正極活物質を被覆して予め接触界面を形成しておくことで、電池性能の低下を抑制する方法も知られている。
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載のファイバー電極による蓄電デバイスにおいては、活物質上に固体電解質を被覆するのは負極であり、正極については何らの記載も存在していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2000-106154号公報
【文献】国際公開第2011/007548号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、ガソリン給油時間と同程度の時間で、リチウムイオン二次電池を100%まで充電することを目標として、検討を行った。そして、リチウムイオン二次電池の充電時間を短縮する方法のひとつとして、リチウムイオン伝導時間を短縮することに着目した。
【0012】
リチウムイオン二次電池におけるリチウムイオン伝導時間は、リチウムイオン伝導抵抗とリチウムイオン濃度拡散による拡散抵抗とが関係している。そして、リチウムイオン伝導抵抗とリチウムイオン拡散抵抗とでは、後者の抵抗が大きく、急速充電を実現させるためには、リチウムイオン拡散抵抗を小さくすることが、より効果的であることが判った。
【0013】
ここで、リチウムイオン拡散抵抗を低減するためには、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くすればよい。本発明者らの計算によれば、例えば、ガソリン給油時間と同程度の時間である3分で、100%の充電を可能とするためには、電解質が固体またはゲル状である固体電池の場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることが判った。
【0014】
リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする方法としては、例えば固体電池の場合には、電極合剤層の厚みを削減する方法が最も効果的である。しかしながらこの方法は、薄膜電極を形成することとなるため、得られる固体電池のエネルギー密度が犠牲になってしまう。
【0015】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、エネルギー密度を低下させることなく、わずか3分程度の急速充電であっても100%まで充電が可能な固体電池を実現することであり、本発明は、そのための固体電池用線条正極、当該固体電池用線条正極を有する固体電池、当該固体電池用線条正極の製造方法、および当該固体電池用線条正極を有する固体電池の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、エネルギー密度を低下させることなく、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くすることについて、鋭意検討を行った。そして、固体電池を構成する正極の構造を糸状構造とし、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を備えさせ、さらにその外側に、電解質を含む正極電解質層を有する固体電池用線条正極とし、これと、糸状構造を有する固体電池用線条負極とを積層して固体電池を構成することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち本発明は、固体電池用線条正極であって、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を有し、前記正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を有する、固体電池用線条正極である。
【0018】
また別の本発明は、上記の固体電池用線条正極と、負極と、を備える固体電池であって、前記負極は、導電性を有する負極線条体を含む固体電池用線条負極であり、前記固体電池用線条正極と、前記固体電池用線条負極とは、交互に積層されている、固体電池である。
【0019】
前記固体電池用線条負極は、導電性を有する負極線条体の表面に、負極活物質を含む負極活物質層を有していてもよい。
【0020】
前記固体電池用線条負極は、前記負極線条体の外側に、電解質を含む負極電解質層を有していてもよい。
【0021】
前記正極線条体と前記負極線条体との距離は、3.4μm以下であってもよい。
【0022】
前記正極電解質層の厚みは、前記負極電解質層の厚みよりも大きいものであってもよい。
【0023】
また別の本発明は、固体電池用線条正極の製造方法であって、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を形成する正極活物質層形成工程と、前記正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を形成する正極電解質層形成工程と、を含む、固体電池用線条正極の製造方法である。
【0024】
また別の本発明は、固体電池の製造方法であって、請求項1に記載の固体電池用線条正極と、導電性を有する負極線条体を含む固体電池用線条負極と、を、交互に積層して正負極積層体を得る積層工程と、前記正負極積層体を圧縮して、前記固体電池用線条正極と前記固体電池用線条負極と密着させる圧縮工程と、を有する、固体電池の製造方法である。
【0025】
前記固体電池用線条負極は、導電性を有する負極線条体の表面に、負極活物質を含む負極活物質層を有し、前記積層工程では、前記正極電解質層と前記負極活物質層とを接触させてもよい。
【0026】
前記固体電池用線条負極は、前記負極活物質層の外側に、電解質を含む負極電解質層を有し、前記積層工程では、前記正極電解質層と前記負極電解質層とを接触させてもよい。
【0027】
前記積層工程では、前記正極線条体と前記負極線条体との距離を、3.4μm以下としてもよい。
【発明の効果】
【0028】
本発明の固体電池用線条正極によれば、エネルギー密度を低下させることなく、わずか3分程度の急速充電であっても100%まで充電が可能な固体電池を実現することができる。したがって、本発明の固体電池用線条正極を含む固体電池を自動車に搭載する場合には、ガソリン給油時間と同程度の時間で、100%までの充電が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明の固体電池用線条正極の一実施形態を示す図である。
【
図2】本発明に用いうる固体電池用線条負極の一実施形態を示す図である。
【
図3】本発明の固体電池用線条正極および本発明に用いうる固体電池用線条負極の各種実施形態を示す図である。
【
図4】本発明の固体電池の一実施形態を示す図である。
【
図5】本発明の固体電池における正負極積層体の一実施形態を示す図である。
【
図6】固体電池用線条正極と固体電池用線条負極との距離を示す図である。
【
図7】本発明の固体電池における正負極積層体の一実施形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0031】
<固体電池用線条正極>
本発明の固体電池用線条正極は、糸状構造であり、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を有し、正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を有する。
【0032】
図1は、本発明の固体電池用線条正極の一実施形態を示す図である。一実施形態に係る本発明の固体電池用線条正極10は、導電性を有する正極線条体11を中心に有し、その表面に、正極活物質を含む正極活物質層12を有する。さらに、その外側に、電解質を含む正極電解質層13を有する。一実施形態に係る固体電池用線条正極10は、その断面形状が略円形となっている。
【0033】
[形状]
本発明の固体電池用線条正極となる糸条の形状は特に限定されるものではなく、その断面として、略円形、略多角形等の形状が挙げられる。これらの中では、中心となる正極線条体から最外層となる正極電解質層までが略等距離となることから、円形や多角形であることが好ましい。多角形の中では、最密充填が可能となる三角形、四角形(正方形)、六角形等であれば、エネルギー密度が向上するため好ましい。
【0034】
なお、固体電池用線条負極となる糸条と交互に積層して正負極積層体を構成するにあたり、固体電池用線条正極の形状が固体電池用線条負極の形状と略同一であれば、より密な積層体を構成することができ、その結果、リチウムイオンが移動する距離をより短いものとすることができる。
【0035】
図3および
図5に、本発明の固体電池用線条正極の各種実施態様を示す。
図3(a)における固体電池用線条正極30は、導電性を有する正極線条体31を中心に有し、その表面に、正極活物質を含む正極活物質層32、さらにその外側に、電解質を含む正極電解質層33を有する。固体電池用線条正極30の断面は、略四角形の形状となっている。また、
図3(b)における固体電池用線条正極50は、その断面が略三角形であり、
図3(c)における固体電池用線条正極70は、その断面が略八角形となっている。また、
図5に示される固体電池用線条正極70の断面は、略六角形の形状となっている。
【0036】
[直径]
本発明の固体電池用線条正極となる糸条の直径は、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的から、0.05~50μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池用線条正極を用いた固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、固体電池用線条正極となる糸条の直径は、0.1~4.0μmの範囲とすることが好ましい。
【0037】
[正極線条体]
本発明の固体電池用線条正極を構成する正極線条体は、導電性を有する糸条である。
【0038】
(形状)
正極線条体となる糸条の形状は特に限定されるものではなく、その断面として、略円形、略多角形はもちろん、異形断面を有するものであってもよい。これらの中では、活物質との接触抵抗を減少できることから、表面を粗面化したもの、あるいは表面にカーボンをコーティングしたものが好ましい。
【0039】
(材料)
正極線条体となる糸条の材料は、負極を構成する化合物の充放電電位と比較して、貴な電位を示すものとする。例えば、固体電池用線条負極の標準電極電位に対して、十分に高い標準電極電位を提供する材料を選択すれば、固体電池としての特性が高く、また、所望の電池電圧を実現することが可能となる。
【0040】
本発明において、正極線条体となる糸条の材料としては、例えば、カーボンファイバーや、アルミニウム線、鋼線等の金属線、あるいは、金属が被覆されたポリオレフィン、木綿糸または絹糸等が挙げられる。
【0041】
(直径)
正極線条体となる糸条の直径は、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的から、0.01~15μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池用線条正極を用いた固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、正極線条体となる糸条の直径は、0.01~0.5μmの範囲とすることが好ましい。
【0042】
[正極活物質層]
正極活物質層は、正極線条体の表面に配置される層であり、正極活物質を含む。正極活物質は、リチウムイオン二次電池の作動電圧の範囲内において、4.2V(vs.Li/Li+)以上の作動上限電位を有する材料を含んでいることが好ましい。これにより、高エネルギー密度の電池を安定的に実現することができる。
【0043】
(材料)
【0044】
正極活物質層は、通常、正極活物質としてリチウム化合物を含む。リチウム化合物としては、リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いられるものであれば、特に限定されるものではない。例えば、リチウム合金、リチウム錯体も用いることができる。
【0045】
また、正極活物質層は、正極活物質以外の成分、例えば、導電助剤、バインダ、固体電解質等を含んでもよい。導電材としては、例えば、アセチレンブラック等の炭素材料が挙げられる。バインダとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のハロゲン化ビニル樹脂が挙げられる。
【0046】
(厚み)
正極活物質層の厚みは、正極線条体が被覆される厚みであれば、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的から、0.03~49.9μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池用線条正極を用いた固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、正極活物質層の厚みは、0.05~3.4μmの範囲とすることが好ましい。
【0047】
[正極電解質層]
正極電解質層は、正極活物質層の外側に配置され、リチウムイオン固体電池の電解質を含む。本発明においては、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極との間のイオン伝導を行えるものであれば、特に限定されるものではなく、固体であっても、ゲル状であってもよい。
【0048】
(材料)
固体電池用線条正極に用いられる電解質としては、リチウムイオン電池用として使用し得る電解質であれば特に限定されるものではない。例えば、酸化物系や硫化物系の固体電解質を挙げることができる。
【0049】
また、正極電解質層には、必要に応じて、結着剤等の他の成分が含まれていてもよい。正極電解質層に含まれる各物質の組成比については、電池が適切に作動する範囲であれば、特に限定されるものではない。
【0050】
(厚み)
正極電解質層の厚みは、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的、および、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極とを交互に積層して正負極積層を形成した場合に、正極および負極の間で生じる短絡を防ぐ目的で、0.02~15μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池用線条正極を用いた固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、正極電解質層の厚みは、0.03~0.1μmの範囲とすることが好ましい。
【0051】
なお、正極電解質層の厚みは、固体電池用線条負極が備える負極電解質層の厚みよりも大きいほうが好ましい。固体電池において、電池性能に最も大きな影響を与える要素は、正極における、正極活物質と正極電解質層との接触界面の形成ある。一方で、負極においては、負極活物質と電解質との接触界面はより容易に形成できる。したがって、正極側における正極電解質層の厚みは、固体電池において重要な要素となり、本発明においては、正極電解質層の厚みが負極電解質層の厚みよりも大きいほうが好ましい.
【0052】
[その他の層]
本発明の固体電池用線条正極は、導電性を有する正極線条体と、正極活物質を含む正極活物質層と、電解質を含む正極電解質層が必須の層となるが、これらの層以外に任意の層を有していてもよい。
【0053】
任意の層としては、例えば、コーティング層等が挙げられる。コーティング層は、正極活物質層と正極電解質層との間に設けることが好ましく、これにより、正極活物質層と正極電解質層との密着性を高めて、剥離を防ぐことが可能となる。
【0054】
<固体電池用線条正極の製造方法>
上記した本発明の固体電池用線条正極は、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を形成する正極活物質層形成工程と、正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を形成する正極電解質層形成工程と、を含む製造方法によって得ることができる。
【0055】
[正極活物質層形成工程]
正極活物質層形成工程においては、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質を含む正極活物質層を形成する。正極活物質層を形成する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、正極合剤スラリーを調製し、当該スラリーに正極線条体を浸漬し、その後に乾燥する方法、スパッタ、CVD、パルスレーザ製膜法等の薄膜製膜法、電界析出法、電気めっき法等を挙げることができる。
【0056】
[正極電解質層形成工程]
正極電解質層形成工程においては、正極活物質層の外側に、電解質を含む正極電解質層を形成する。正極電解質層を形成する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、固体電解質前駆体を含むスラリーまたは溶液を調製し、当該スラリーまたは溶液に正極電解質層を形成したい糸条を浸漬し、その後に乾燥および焼成する方法、スパッタ、CVD、パルスレーザ製膜法等の薄膜製膜法、電界析出法、電気めっき法等を挙げることができる。
【0057】
[第1実施形態:薄膜製膜法]
本発明の固体電池用線条正極の製造方法における第1実施形態は、薄膜製膜法により固体電池用線条正極を製造する方法である。薄膜製膜法による層の形成は、薄い層を形成できることから、正極と負極との距離を短くしてリチウムイオンの移動距離を短くするためには、好ましい方法である。
【0058】
(正極活物質層形成工程)
第1実施形態における正極活物質層形成工程は、スパッタ、CVD、またはパルスレーザ製膜法等の薄膜製膜法により、導電性を有する正極線条体の表面に、正極活物質層となる物質を付着させ、その後に乾燥することにより、薄膜の正極活物質層を形成する。
【0059】
(正極電解質層形成工程)
正極活物質層を形成した後は、必要に応じてコーティング層等の他の層を形成し、続いて、スパッタ、CVD、またはパルスレーザ製膜法等の薄膜製膜法により、正極活物質層の外側に、正極電解質層となる物質を付着させ、その後に乾燥することにより、薄膜の正極電解質層を形成する。
【0060】
[第2実施形態:塗工/焼成法]
本発明の固体電池用線条正極の製造方法における第2実施形態は、塗工/焼成法により固体電池用線条正極を製造する方法である。この方法は、上記の薄膜製膜法と比較して、製造コストの面でメリットがある方法である。
【0061】
(正極活物質層形成工程)
第2実施形態における正極活物質層形成工程は、正極合剤スラリーを調製し、当該スラリーに正極線条体を浸漬して、その後に乾燥することにより、正極活物質層を形成する。
【0062】
第2実施形態で調製する正極合剤スラリーは、塗工により正極を構成する公知の方法で用いるスラリーと、同じであってよい。具体的には、ナノ粒子である正極活物質、PVDF等の結着剤、必要に応じて導電助剤、さらに溶剤を含むスラリーとする。その混合比は特に限定されるものではなく、また、その調製方法も特に限定さるものではなく、例えば、ボールミル等のメカニカルミリングで混合する方法が挙げられる。
【0063】
(正極電解質層形成工程)
正極活物質層を形成した後は、必要に応じてコーティング層等の他の層を形成し、続いて、固体電解質前駆体を含むスラリーを調製し、当該スラリーに正極電解質層を形成したい糸条を浸漬して、その後に乾燥および焼成を実施することにより、薄膜の正極電解質層を形成する。
【0064】
第2実施形態で調製する固体電解質前駆体を含むスラリーとしては、例えば、Li2S、P2S5、LiBr、またはLiClを含むエタノール・THF混合溶液を挙げることができる。その後の焼成温度としては、例えば550℃である。
【0065】
<固体電池>
本発明の固体電池は、本発明の固体電池用線条正極と、負極と、を備える固体電池である。本発明の固体電池を構成する負極は、導電性を有する負極線条体を含む固体電池用線条負極であり、本発明の固体電池用線条正極と、当該固体電池用線条負極とは、交互に積層された正負極積層体を構成している。
【0066】
本発明の固体電池の一実施形態を、
図4に示す。
図4において、固体電池100は、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極とが交互に積層された、正負極積層体101を備え、正極タブ102と負極タブ103とを有する。
【0067】
[固体電池用線条正極]
本発明の固体電池を構成する固体電池用線条正極は、上記した本発明の固体電池用線条正極である。
【0068】
[固体電池用線条負極]
本発明の固体電池を構成する固体電池用線条負極は、糸状構造であり、導電性を有する負極線条体を含む。また、本発明の固体電池を構成する固体電池用線条負極は、任意に、負極線条体の表面に、負極活物質を含む負極活物質層を有し、任意に、電解質を含む負極電解質層を有する。
【0069】
図2は、本発明の固体電池用線条負極の一実施形態を示す図である。一実施形態に係る固体電池用線条負極20は、導電性を有する負極線条体21を中心に有し、その表面に、負極活物質を含む負極活物質層22を有する。さらに、その外側に、電解質を含む負極活物質層23を有する。一実施形態に係る固体電池用線条負極20は、その断面形状が略円形となっている。
【0070】
[形状]
本発明の固体電池を構成する固体電池用線条負極となる糸条の形状は特に限定されるものではなく、その断面として、略円形、略多角形等の形状が挙げられる。多角形の中では、最密充填が可能となる三角形、四角形(正方形)、六角形等であれば、エネルギー密度が向上するため好ましい。
【0071】
なお、本発明の固体電池用線条正極と交互に積層して正負極積層体を構成するにあたり、固体電池用線条負極の形状が固体電池用線条正極の形状と略同一であれば、より密な積層体を構成することができ、その結果、リチウムイオンが移動する距離をより短いものとすることができる。
【0072】
図3および
図5に、本発明の固体電池を構成する固体電池用線条負極の各種実施態様を示す。
図3(a)における固体電池用線条負極40は、導電性を有する負極線条体41を中心に有し、その表面に、負極活物質を含む負極活物質層42、さらにその外側に、電解質を含む負極活物質層43を有する。固体電池用線条負極40の断面は、略四角形の形状となっている。また、
図3(b)における固体電池用線条負極60は、その断面が略三角形であり、
図3(c)における固体電池用線条負極80は、その断面が略八角形となっている。また、
図5に示される固体電池用線条負極80の断面は、略六角形の形状となっている。
【0073】
[直径]
本発明の固体電池を構成する固体電池用線条負極となる糸条の直径は、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的から、0.05~50μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、固体電池用線条負極となる糸条の直径は、0.1~4.0μmの範囲とすることが好ましい。
【0074】
(負極線条体)
本発明の固体電池に用いられる、固体電池用線条負極を構成する負極線条体は、導電性を有する糸条である。負極線条体となる糸条の材質そのものがリチウムイオン電極用の負極活物質である場合には、糸条をそのまま負極として使用することができる。また、糸条の材質そのものがリチウムイオン電極用の負極活物質でない場合には、負極線条体の表面に、負極活物質を含む負極活物質層を配置することが好ましい。
【0075】
(形状)
負極線条体となる糸条の形状は特に限定されるものではなく、その断面として、略円形、略多角形はもちろん、異形断面を有するものであってもよい。これらの中では、円形や多角形であることが好ましい。また、多角形の中では、最密充填が可能となる三角形、四角形(正方形)、六角形等であれば、エネルギー密度が向上するため好ましい。
【0076】
(材料)
負極線条体となる糸条の材料としては、得に限定されるものではないが、例えば、カーボンファイバーや、銅線、ニッケル線等の金属線、あるいは、金属が被覆されたポリオレフィン、木綿糸または絹糸等が挙げられる。
【0077】
(直径)
負極線条体となる糸条の直径は、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的から、0.01~15μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池用線条正極を用いた固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、負極線条体となる糸条の直径は、0.01~0.5μmの範囲とすることが好ましい。
【0078】
[負極活物質層]
負極活物質層は、負極線条体の表面に、任意に配置され層であり、負極活物質を含む。
例えば、負極線条体としてカーボンファイバーを用いる場合には、カーボンファイバーそのものが負極活物質となりうるため、負極活物質層を負極線条体の表面に形成させる必要はない。しかしながら、このような場合であっても、負極活物質層を任意に形成してもよい。
【0079】
(材料)
負極活物質層に含まれる負極活物質としては、リチウムイオン二次電池における負極活物質として使用できるものであれば、特に限定されることなく用いることができる。例えば、天然黒鉛、人造黒鉛、非晶質コート黒鉛等の黒鉛系炭素が挙げられる。
【0080】
また、負極活物質層は、負極活物質以外の成分、例えば、増粘剤やバインダ、固体電解質等を含んでもよい。増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)等のセルロース類が挙げられる。バインダとしては、例えば、スチレンブタジエンゴム(SBR)等のゴム類や、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のハロゲン化ビニル樹脂が挙げられる。
【0081】
(厚み)
任意に配置される負極活物質層の厚みは、負極線条体が被覆される厚みであれば、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的から、0.03~49.9μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、負極活物質層の厚みは、0.05~3.4μmの範囲とすることが好ましい。
【0082】
[負極電解質層]
負極電解質層は、任意に、負極線条体の外側に配置される層であり、リチウムイオン固体電池の電解質を含む。本発明においては、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極との間のイオン伝導を行えるものであれば、特に限定されるものではなく、固体であっても、ゲル状であってもよい。
【0083】
(材料)
固体電池用線条負極に用いられる電解質としては、リチウムイオン電池用として使用し得る電解質であれば特に限定されるものではない。例えば、酸化物系や硫化物系の固体電解質を挙げることができる。
【0084】
また、負極電解質層には、必要に応じて、結着剤等の他の成分が含まれていてもよい。負極電解質層に含まれる各物質の組成比については、電池が適切に作動する範囲であれば、特に限定されるものではない。
【0085】
(厚み)
負極電解質層の厚みは、特に限定されるものではないが、リチウムイオンが移動する距離、すなわち、正極と負極との距離を短くする目的、および、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極とを交互に積層して正負極積層を形成した場合に、正極および負極の間で生じる短絡を防ぐ目的で、0.02~15μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離を3.4μm以下とする必要があることから、負極電解質層の厚みは、0.03~0.1μmの範囲とすることが好ましい。
【0086】
[正負極積層体]
本発明の固体電池は、本発明の固体電池用線条正極と、上記の固体電池用線条負極とが、交互に積層された正負極積層体を有する。
【0087】
(積層構造)
正負極積層体の積層構造としては、特に限定されるものではなく、例えば、固体電池用線条正極の糸条と固体電池用線条負極の糸条とが、同一方向に交互に積み重なった構造、あるいは、固体電池用線条正極の糸条と固体電池用線条負極の糸条とが、平織、綾織等の編み物ろなった構造等が挙げられる。
【0088】
図5および
図7に、本発明の固体電池における正負極積層体の一実施形態を示す。
図5および
図7に示される正負極積層体は、
図4に示される本発明の固体電池の一実施形態に係る正負極積層体101のA-A断面図である。
【0089】
図5に示される正負極積層体は、断面が六角形の固体電池用線条正極70と、断面が六角形の固体電池用線条負極80とが、それぞれの糸条の固体電解質を介して、断面がハニカム状となるよう交互に密に配置されている。また、
図7に示される正負極積層体は、断面が略円形の固体電池用線条正極10と、断面が略円形の固体電池用線条負極20とが、それぞれの糸条の固体電解質を介して、交互に略平行に配置されている。
【0090】
(正極線条体と負極線条体との距離)
正負極積層体においては、固体電池用線条正極の中心に存在する正極線条体と、固体電池用線条負極の中心に存在する負極線条体との距離は、リチウムイオンが移動する距離となる。したがって、本発明においては、この距離を短くすることが好ましく、正極線条体と負極線条体との距離は、0.1~100μmの範囲であることが好ましい。さらに、本発明の固体電池を自動車に搭載し、100%充電までの充電時間をガソリン給油時間と同程度の3分としたい場合には、リチウムイオンが移動する距離となる、正極線条体と負極線条体との距離を3.4μm以下とすることが好ましい。
【0091】
図6および
図7に、正極線条体と負極線条体との距離を示す。
図6においては、固体電池用線条正極70の中心に存在する正極線条体と、固体電池用線条負極80の中心に存在する負極線条体との距離は、Lとなる。また、
図7においては、固体電池用線条正極10の中心に存在する正極線条体と、固体電池用線条負極20の中心に存在する負極線条体との距離は、L’となる。
【0092】
<固体電池の製造方法>
本発明の固体電池の製造方法は、本発明の固体電池用線条正極と、上記した固体電池用線条負極と、を、交互に積層して正負極積層体を得る積層工程と、正負極積層体を圧縮して、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極と密着させる圧縮工程と、を有する。
【0093】
[積層工程]
積層工程では、本発明の固体電池用線条正極と、上記した固体電池用線条負極と、を、交互に積層して正負極積層体を得る。交互に積層する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、固体電池用線条正極の糸条と固体電池用線条負極の糸条とを、同一方向に向くよう配置して、交互に層を形成する方法、あるいは、固体電池用線条正極の糸条と固体電池用線条負極の糸条とを平織、綾織等の編み物とする方法等が挙げられる。
【0094】
[圧縮工程]
圧縮工程では、上記の積層工程で得られた正負極積層体を圧縮して、固体電池用線条正極と固体電池用線条負極と密着させる。圧縮する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、一軸プレス,ロールプレス等を挙げることができる。
【0095】
固体電池用線条負極が、負極線条体の表面に負極活物質層を有する態様の場合には、積層工程では、正極電解質層と負極活物質層とを接触させて積層し、圧縮工程では、正極電解質層を介して、正極活物質層と負極活物質層とを隙間なく圧着する。
【0096】
固体電池用線条負極が、最外層に負極電解質層を有する態様の場合には、積層工程では、正極電解質層と負極電解質層とを接触させて積層し、圧縮工程では、正極電解質層と負極電解質層とが一体化するよう圧着する。
【符号の説明】
【0097】
10、30、70 固体電池用線条正極
11、31 正極線条体
12、32 正極活物質層
13、33 正極電解質層
20、40、80 固体電池用線条負極
21、41 負極線条体
22、42 負極活物質層
23、43 負極電解質層
100 固体電池
101 正負極積層体
102 正極タブ
103 負極タブ
L、L’ 正極線条体と負極線条体との距離