(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-16
(45)【発行日】2022-11-25
(54)【発明の名称】磁気吸着移動装置
(51)【国際特許分類】
B62D 57/028 20060101AFI20221117BHJP
B25J 5/00 20060101ALI20221117BHJP
【FI】
B62D57/028 L
B25J5/00 D
(21)【出願番号】P 2019100379
(22)【出願日】2019-05-29
【審査請求日】2021-12-08
(73)【特許権者】
【識別番号】598163064
【氏名又は名称】学校法人千葉工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000103769
【氏名又は名称】オリエンタル白石株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092897
【氏名又は名称】大西 正悟
(74)【代理人】
【識別番号】100157417
【氏名又は名称】並木 敏章
(72)【発明者】
【氏名】米田 完
(72)【発明者】
【氏名】進藤 匡浩
(72)【発明者】
【氏名】亀井 聡
(72)【発明者】
【氏名】近藤 俊宏
【審査官】姫島 卓弥
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-035676(JP,A)
【文献】実開昭52-102700(JP,U)
【文献】特開平06-126660(JP,A)
【文献】実開昭56-120969(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 57/028
B25J 5/00
B62D 57/024
B62D 57/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁力により被吸着面に吸着する吸着体と、
前記被吸着面に吸着した前記吸着体を介して前記被吸着面に支持されるとともに、前記被吸着面に吸着した前記吸着体を前記被吸着面と摺動させながら前記吸着体と共に前記被吸着面に沿って移動可能に駆動する移動基部と、
前記移動基部と前記吸着体とを相対移動可能に接続する接続機構と、
前記吸着体と前記移動基部との間に設けられ、前記被吸着面に吸着した前記吸着体に対し前記移動基部が、前記被吸着面に沿って相対移動すべく駆動するときに、前記移動基部の駆動力に応じた力を前記移動基部から受けて作動し、その受けた力の少なくとも一部を前記被吸着面から前記吸着体を引き離す方向の力に変換して前記吸着体に伝達する力伝達機構と、を備えて構成されることを特徴とする磁気吸着移動装置。
【請求項2】
前記吸着体と前記移動基部との間に配置され、前記被吸着面に吸着した前記吸着体を介して前記被吸着面に支持される前記移動基部を前記被吸着面に向けて付勢する弾性部材を備えることを特徴とする請求項1に記載の磁気吸着移動装置。
【請求項3】
前記力伝達機構は、
前記移動基部および前記吸着体の一方に設けられた、斜面を有する第1の力伝達部材と、
前記移動基部および前記吸着体の他方に設けられた、前記斜面と接触可能な接触体を有する第2の力伝達部材とを備え、
前記第1および第2の力伝達部材のうち前記移動基部に設けられた方の力伝達部材が受けた前記駆動力に応じた力の少なくとも一部を、前記斜面および前記接触体を介して前記引き離す方向の力に変換し、その変換した力を前記第1および第2の力伝達部材のうち前記吸着体に設けられた方の力伝達部材を介して前記吸着体に伝達するように構成されることを特徴とする請求項1もしくは2に記載の磁気吸着移動装置。
【請求項4】
前記斜面が平面により構成され、前記接触体が前記他方に回転可能に保持された円筒体により構成されることを特徴とする請求項3に記載の磁気吸着移動装置。
【請求項5】
前記斜面が曲面により構成され、前記接触体が前記他方に回転可能に保持された球体により構成されることを特徴とする請求項3に記載の磁気吸着移動装置。
【請求項6】
前記接続機構は、
前記移動基部と前記吸着体を、前記被吸着面と垂直な方向に相対的にスライド移動可能に接続する第1のスライド機構と、
前記移動基部と前記吸着体を、前記被吸着面と平行な方向に相対的にスライド移動可能に接続する第2のスライド機構と、を有して構成されることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の磁気吸着移動装置。
【請求項7】
複数の前記吸着体を備えることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の磁気吸着移動装置。
【請求項8】
前記複数の吸着体のそれぞれに対応する複数の前記力伝達機構を備えることを特徴とする請求項7に記載の磁気吸着移動装置。
【請求項9】
前記移動基部は、前記被吸着面に吸着した前記吸着体を介して前記被吸着面に支持されているときに前記被吸着面に接触する車輪を有し、前記車輪を回転駆動させて前記被吸着面上を移動することを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の磁気吸着移動装置。
【請求項10】
前記車輪は、前記被吸着面上の任意の方向に移動可能な全方向移動車輪であることを特徴とする請求項9に記載の磁気吸着移動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁力により被吸着面に吸着しながら被吸着面に沿って移動する磁気吸着移動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような磁気吸着移動装置としては、橋梁等の構造物における天井面や壁面等の被吸着面(鉄等の強磁性体で構成される)上を、車輪を介して走行移動する走行ロボットが知られている。このような走行ロボットとして下記特許文献1には、車輪の周方向に沿って複数の磁石を配置した構成の走行ロボットが開示されている。この走行ロボットは、磁石を配置した車輪を被吸着面に吸着させることにより被吸着面に支持されるようになっている。また、下記特許文献2には、前後の車輪間の車体上に、被吸着面から距離を置いて磁石を配置した構成の走行ロボットが開示されている。この走行ロボットは、被吸着面から離れて配置された磁石の吸着力(吸引力)により被吸着面に支持されるようになっている。また、この走行ロボットは、被吸着面の状況(段差等の有無)に応じて被吸着面から磁石までの距離(ギャップ)を調整できるように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第6371896号公報
【文献】特開平10‐24875号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
車輪に磁石を配置した構成の走行ロボットにおいては、装備した磁石のごく一部しか被吸着面への吸着に寄与しないので、高い磁気吸着力を確保することが難しいという課題がある。被吸着面から磁石との間にギャップを設ける構成の走行ロボットにおいては、ギャップの微小変化に応じて磁石の吸着力が大きく変化してしまうため、磁気吸着力を安定的に確保することが難しいという課題がある。
【0005】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、被吸着面に対する高い磁気吸着力を安定的に確保することが可能な磁気吸着移動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため本発明に係る磁気吸着移動装置は、磁力により被吸着面(例えば、第1実施形態における天井面5)に吸着する吸着体(例えば、第1実施形態における吸着ユニット110)と、前記被吸着面に吸着した前記吸着体を介して前記被吸着面に支持されるとともに、前記被吸着面に吸着した前記吸着体を前記被吸着面と摺動させながら前記吸着体と共に前記被吸着面に沿って移動可能に駆動する移動基部(例えば、第1実施形態における走行駆動体120)と、前記移動基部と前記吸着体とを相対移動可能に接続する接続機構(例えば、第1実施形態におけるスライドガイド機構130)と、前記吸着体と前記移動基部との間に設けられ、前記被吸着面に吸着した前記吸着体に対し前記移動基部が、前記被吸着面に沿って相対移動すべく駆動するときに、前記移動基部の駆動力に応じた力を前記移動基部から受けて作動し、その受けた力の少なくとも一部を前記被吸着面から前記吸着体を引き離す方向の力に変換して前記吸着体に伝達する力伝達機構と、を備えて構成される。
【0007】
上記構成の磁気吸着移動装置において、前記吸着体と前記移動基部との間に配置され、
前記被吸着面に吸着した前記吸着体を介して前記被吸着面に支持される前記移動基部を前記被吸着面に向けて付勢する弾性部材(例えば、第1実施形態におけるコイルばね150)を備えることが好ましい。
【0008】
上記構成の磁気吸着移動装置において、前記力伝達機構は、前記移動基部および前記吸着体の一方に設けられた、斜面を有する第1の力伝達部材(例えば、第1実施形態におけるスロープ部材141)と、前記移動基部および前記吸着体の他方に設けられた、前記斜面と接触可能な接触体を有する第2の力伝達部材(例えば、第1実施形態におけるローラ部材142)とを備え、前記第1および第2の力伝達部材のうち前記移動基部に設けられた方の力伝達部材が受けた前記駆動力に応じた力の少なくとも一部を、前記斜面および前記接触体を介して前記引き離す方向の力に変換し、その変換した力を前記第1および第2の力伝達部材のうち前記吸着体に設けられた方の力伝達部材を介して前記吸着体に伝達するように構成されることが好ましい。
【0009】
上記構成の磁気吸着移動装置において、前記斜面が平面により構成され、前記接触体が前記他方に回転可能に保持された円筒体(例えば、第1実施形態における円筒ローラ142b)により構成されるとすることができる。
【0010】
上記構成の磁気吸着移動装置において、前記斜面が曲面により構成され、前記接触体が前記他方に回転可能に保持された球体(例えば、第2実施形態におけるボールローラ434)により構成されるとすることもできる。
【0011】
上記構成の磁気吸着移動装置において、前記接続機構は、前記移動基部と前記吸着体を、前記被吸着面と垂直な方向に相対的にスライド移動可能に接続する第1のスライド機構(例えば、第1実施形態における鉛直スライドガイド機構131)と、前記移動基部と前記吸着体を、前記被吸着面と平行な方向に相対的にスライド移動可能に接続する第2のスライド機構(例えば、第1実施形態における水平スライドガイド機構132)と、を有して構成されることが好ましい。
【0012】
上記構成の磁気吸着移動装置において、複数の前記吸着体を備えることが好ましい。その場合、前記複数の吸着体のそれぞれに対応する複数の前記力伝達機構を備えることが好ましい。
【0013】
上記構成の磁気吸着移動装置において、前記移動基部は、前記被吸着面に吸着した前記吸着体を介して前記被吸着面に支持されているときに前記被吸着面に接触する車輪を有し、前記車輪を回転駆動させて前記被吸着面上を移動するように構成することができる。その場合、前記車輪は、前記被吸着面上の任意の方向に移動可能な全方向移動車輪とすることができる。前記車輪を、全方向移動車輪以外の一般的な車輪(操舵輪でも非操舵輪でも可)としてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明においては、被吸着面に吸着した吸着体を介して被吸着面に支持される移動基部が駆動することにより、被吸着面に吸着した吸着体を被吸着面と摺動させながら被吸着面に沿って移動する。移動中も吸着体は被吸着面に接触して磁気吸着した状態に保たれる(吸着体が被吸着面から離れない)ので、被吸着面に対する高い磁気吸着力を安定的に確保することができる。
【0015】
また、本発明においては、被吸着面に吸着した吸着体に対し移動基部が被吸着面に沿って相対移動すべく駆動するときに、力伝達機構が、移動基部の駆動力に応じた力を移動基部から受けて作動し、その受けた力の少なくとも一部を被吸着面から吸着体を引き離す方
向の力に変換して吸着体に伝達する。この引き離す方向の力が吸着体に伝達されることにより、被吸着面に対する吸着体の接触力が低減し、それによって吸着体を被吸着面に摺動させるために必要となる駆動力が低減する。そのため、このような力伝達機構を有していない場合と比較して、より小さな駆動力により、被吸着面に吸着した吸着体を被吸着面と摺動させながら、被吸着面に沿って移動することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】ニューマチックケーソン工法の主要設備を示す縦断面図である。
【
図2】第1実施形態に係る磁気吸着移動装置の全体構成を示す模式図である。
【
図3】第1実施形態に係る磁気吸着移動装置が天井面の凸部を乗り越える場合の状態例を示す模式図である。
【
図4】第1実施形態に係る磁気吸着移動装置における力伝達機構の作用を説明するための模式図である。
【
図5】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置の全体構成を示す斜視図である。
【
図6】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置の正面図である。
【
図7】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置の一部を破断して示す平面図である。
【
図8】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置の一部を破断して示す側面図である。
【
図9】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置における車輪駆動装置を示す斜視図である。
【
図10】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置における磁気吸着・力伝達装置の全体構成を示す斜視図である。
【
図11】上記磁気吸着・力伝達装置の平面図である。
【
図12】上記磁気吸着・力伝達装置の正面図である。
【
図13】上記磁気吸着・力伝達装置の側面図である。
【
図14】上記磁気吸着・力伝達装置の、
図12に示すA‐A線に沿った断面図である。
【
図15】第2実施形態に係る磁気吸着移動装置が天井面に吸着支持された状態を示す図である。
【
図16】上記磁気吸着・力伝達装置が天井面に吸着した状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。まず、本発明に係る磁気吸着移動装置が使用されるニューマチックケーソン工法の主要設備について
図1を用いて説明する。ニューマチックケーソン工法においては、掘削設備E1、艤装設備E2、排土設備E3、送気設備E4および予備・安全設備E5を用いて、鉄筋コンクリート製のケーソン1を地中に沈下させていくことにより、地下構造物を構築する。
【0018】
掘削設備E1は、ケーソン1の底部に設けられた作業室2内に設置されるケーソンショベル60と、ケーソンショベル60により掘削された土砂をアースバケット31に積み込む土砂自動積込装置11と、ケーソンショベル60を遠隔操作する遠隔操作装置12を備える地上遠隔操作室13とを有している。
【0019】
艤装設備E2は、地上と作業室2とを繋ぐマンシャフト21と、マンシャフト21に設けられたマンロック22および螺旋階段25と、アースバケット31を地上に運び出すためのマテリアルシャフト23と、マテリアルシャフト23に設けられたマテリアルロック24とを有している。
【0020】
排土設備E3は、アースバケット31と、土砂を積んだアースバケット31を地上まで運び出すためのキャリア装置32と、運び出された土砂を一時的に貯めておく土砂ホッパー33とを有している。
【0021】
送気設備E4は、送気管41および送気路3を介して作業室2内に圧縮空気を送る空気圧縮機42と、圧縮空気を浄化する空気清浄装置43と、空気圧縮機42から作業室2内へ送る圧縮空気の量(圧力)を調整する送気圧力調整装置44と、マンロック22内の気圧を減圧する自動減圧装置45とを有している。
【0022】
予備・安全設備E5は、空気圧縮機42に代わって作業室2内に圧縮空気を送ることが可能な非常用空気圧縮機51と、作業室2内で作業を行った作業者の身体を大気圧に慣らしていくためのホスピタルロック53(減圧室)とを有している。
【0023】
次に、本発明の第1実施形態に係る磁気吸着移動装置100について、
図2~
図4を追加参照して説明する。以下の説明では、
図2および
図3に示す矢印Fの向きを前方と称し、矢印Rの向きを後方と称する。磁気吸着移動装置100は、
図2に示すように、作業室2の天井面5(鉄板で構成される)に磁気吸着する吸着ユニット110と、天井面5に沿って移動可能に駆動する走行駆動体120とを主体として構成されている。
【0024】
吸着ユニット110は、永久磁石111と、永久磁石111を保持する磁石保持フレーム112とを備える。磁石保持フレーム112は、上下方向に延びて上端部が永久磁石111に取り付けられた鉛直フレーム部112aと、前後方向に延びて鉛直フレーム部112aに固定された水平フレーム部112bとを有している。
【0025】
走行駆動体120は、基部フレーム121と、基部フレーム121に回転自在に設けられた4個の車輪122(紙面手前側の2個のみを図示)と、車輪122を回転駆動させる車輪駆動装置(図示せず)とを備える。車輪駆動装置は、例えば、電動モータや歯車機構を有して構成され、車輪122ごとに設けられる。
【0026】
磁気吸着移動装置100は、さらに、吸着ユニット110と走行駆動体120とを相対移動(相対変位)可能に接続するスライドガイド機構130と、吸着ユニット110と走行駆動体120との間に設けられた力伝達機構140と、吸着ユニット110と走行駆動体120との間に配置された2個のコイルばね150とを備えている。
【0027】
スライドガイド機構130は、吸着ユニット110と走行駆動体120(基部フレーム121)とを上下方向に相対移動可能に接続する鉛直スライドガイド機構131と、吸着ユニット110と走行駆動体120(基部フレーム121)とを前後方向に相対移動可能に接続する水平スライドガイド機構132とから構成されている。
【0028】
力伝達機構140は、走行駆動体120(基部フレーム121の下面部)に設けられたスロープ部材141と、吸着ユニット110(鉛直フレーム部112aの下端部)に設けられたローラ部材142とを備えている。スロープ部材141は、前後方向に傾斜した平面で構成される2個の斜面141a,141bを有しており、2個の斜面141a,141bは下方に向かって凹状となるように前後対称に配置されている。ローラ部材142は、吸着ユニット110(鉛直フレーム部112aの下端部)に支持された軸部142aと、この軸部142aに回転自在に取り付けられた円筒ローラ142bとを有している。
【0029】
コイルばね150は、吸着ユニット110の水平フレーム部112bと走行駆動体120の基部フレーム121との間に、スライドガイド機構130を介して配置される。吸着ユニット110を天井面5に吸着することによりコイルばね150は圧縮された状態となり、基部フレーム121を天井面5に向けて押圧付勢するともに吸着ユニット110を天井面5から引き離す方向に押圧付勢する。
【0030】
このように構成された磁気吸着移動装置100においては、吸着ユニット110(永久磁石111)が天井面5に吸着されることにより、走行駆動体120(磁気吸着移動装置100)が天井面5に支持される。具体的には吸着ユニット110が天井面5に吸着された状態において、コイルばね150が走行駆動体120(基部フレーム121)を天井面5に向けて押圧付勢することにより、走行駆動体120が天井面5に支持され車輪122が天井面5に押し当てられる。
【0031】
以下、磁気吸着移動装置100が天井面5に沿って移動する際の作動内容について説明する。磁気吸着移動装置100(走行駆動体120)が天井面5に対し停止した状態(車輪122が駆動していない状態)において吸着ユニット110には、永久磁石111の吸着力による鉛直上向きの力(Faとする)が作用するとともに、コイルばね150の弾性力による鉛直下向きの力(Feとする)が作用する。これにより、吸着ユニット110(永久磁石111)と天井面5との間には(Fa-Fe)の力に応じた接触力が作用する。この状態では、吸着ユニット110を天井面5と摺動させることに対する最大静止摩擦力は、摩擦係数をμとしてμ×(Fa-Fe)となる。よって、μ×(Fa-Fe)以上の水平方向の力を吸着ユニット110に作用させない限り、吸着ユニット110は動き出さない。なお、ここでは簡略化のため、吸着ユニット110の自重による重力は無視して考える。また、磁気吸着移動装置100が停止した状態のとき、力伝達機構140におけるローラ部材142の円筒ローラ142aは、スロープ部材141の中央部に位置して、2個の斜面141a,141bと軽く接触した状態になる。そして、このとき円筒ローラ142aと斜面141a,141bとの間に作用する力は微小であり無視して考える。
【0032】
走行駆動体120が天井面5に沿って移動(ここでは前方への移動とする)すべく車輪122を回転駆動させると、その駆動力によりスロープ部材141が走行駆動体120と共に前方へ移動しようとする。このとき、その駆動力に応じた力の一部が、スロープ部材141の斜面141bを介してローラ部材142の円筒ローラ142bに作用する。具体的には、
図4に示すように、斜面141bの楔効果により斜面141bから円筒ローラ142bに対し斜面141bと垂直な方向の力が作用する。この垂直方向の力により円筒ローラ142bには、鉛直下向きの分力と水平前向きの分力とが作用する。そのうち、鉛直下向きの分力は、ローラ部材142を介して吸着ユニット110に、吸着ユニット110を天井面5から引き離す方向の力(Fbとする)として伝達される。
【0033】
このとき、吸着ユニット110(永久磁石111)と天井面5との間には(Fa-Fe-Fb)の力に応じた接触力が作用する。すなわち、接触力は、車輪122を回転駆動させない状態のときと比べて減少する。この接触力の減少により、天井面5と吸着ユニット110との間の最大静止摩擦力(吸着ユニット110が動き出す直前の静止摩擦力)が減少する。これにより、天井面5に吸着した吸着ユニット110を摺動させるために必要となる駆動力(必要駆動力と称する)も低減する。この低減した必要駆動力を超える駆動力を発生させることにより走行駆動体120は、天井面5に吸着した吸着ユニット110を天井面5と摺動させながら、吸着ユニット110と共に天井面5に沿って移動することができる。なお、接触力が低減した場合でも、吸着ユニット110の吸着力(Fa)は、走行駆動体120を支持するのに必要な力以上となるようにしている。
【0034】
このように力伝達機構140は、天井面5に吸着した吸着ユニット110を天井面5と摺動させるための必要駆動力が小さくなるように、吸着ユニット110が天井面5に吸着した状態において、天井面5に対する吸着ユニット110の接触力を自動調整する機能を有している。そのため、このような力伝達機構140を備えていない場合と比較すると磁気吸着移動装置100は、より小さな駆動力により、天井面5に吸着した吸着ユニット110を天井面5と摺動させながら、天井面5に沿ってスムーズに移動することができる。ここでは、磁気吸着移動装置100が移動を開始する場合について説明したが、磁気吸着
移動装置100が移動中の場合も、力伝達機構140は同様に機能する。
【0035】
次に、
図3に示すように、天井面5に凸部5aが形成されており、天井面5に吸着した吸着ユニット110が、この凸部5aを乗り越える場合について説明する。磁気吸着移動装置100が天井面5に沿って前方に移動しているときに、吸着ユニット110(永久磁石111)が凸部5aに差し掛かると、凸部5aにより吸着ユニット110の移動が妨げられ、これにより走行駆動体120が吸着ユニット110に対し前方に相対移動(相対変位)する。この相対移動の際、力伝達機構140の円筒ローラ142aが斜面141aに沿って後方および下方へと移動し、これにより走行駆動体120に対し吸着ユニット110を鉛直下方へ自動的に相対移動させることができる。そのため、磁気吸着移動装置100は、吸着ユニット110を凸部5aと摺動させながら凸部5aを乗り越えて移動することができる。
【0036】
なお、吸着ユニット110を凸部5aと摺動させながら凸部5aをスムーズに乗り越えられるようにするため、永久磁石111の全周の端部または前後方向の端部に斜面やR面でテーパをつけてもよい。また、
図2に示す状態のときに、力伝達機構140の円筒ローラ142aが斜面141a,141bから所定距離だけ離間する配置となるように、力伝達機構140を構成してもよい。こうすることにより、天井面5に凹部(図示せず)が形成されている場合でも対応することが可能となる。例えば、磁気吸着移動装置100が前方に移動しているときに吸着ユニット110が凹部に差し掛かかった場合、力伝達機構140の円筒ローラ142aが斜面141aに沿って前方および上方へと移動することにより、走行駆動体120に対し吸着ユニット110を鉛直上方へ自動的に相対移動させることができる。そのため、磁気吸着移動装置100は、吸着ユニット110を凹部と摺動させながら凹部を越えて移動することができる。
【0037】
次に、本発明の第2実施形態に係る磁気吸着移動装置200について、
図5~
図16を追加参照して説明する。以下の説明において方向について言及するときは、
図5等に付した矢印の方向X(X
+,X
-)、Y(Y
+,Y
-)、Z(Z
+,Z
-)に従う。また、
図5~
図8に示す磁気吸着移動装置200は、被吸着面(天井面5)に吸着していない状態のものである。
図5~
図8に示すように、磁気吸着移動装置200は、走行駆動体300と、4個の磁気吸着・力伝達装置400とを主体として構成されている。
【0038】
走行駆動体300は、矩形箱状に形成された基部フレーム310と、基部フレーム310に回転自在に設けられた4個の車輪320と、車輪320を回転駆動させる4個の車輪駆動装置330とを備える。車輪駆動装置330は、
図9に示すように、電動モータ331と、電動モータ331の駆動力を車輪320に伝える歯車機構332とを有して構成され、車輪320ごとに設けられる。詳細な構成の図示は省略しているが、各車輪320は、メカナムホイール等の全方向移動車輪により構成されている。
【0039】
4個の磁気吸着・力伝達装置400は、基部フレーム310の底部311に形成された4個の開口部312(
図7を参照)の位置にそれぞれ設けられている。磁気吸着・力伝達装置400は、
図10~
図14に示すように、吸着ユニット410と、力伝達機構430と、スライドガイド機構450とが組み合わされて構成されている。
【0040】
吸着ユニット410は、Z方向(Z+方向およびZ-方向)に延びる4本のシャフト411と、各シャフト411の一端部に設けられた保持プレート412と、各シャフト411の他端部に設けられた斜面プレート413と、保持プレート412の片面(Z-方向側の面)に設けられた6個の磁石部材414とを備える。詳しい構成の図示は省略しているが、各磁石部材414は、永久磁石とヨークとを組み合わせて構成されている。
【0041】
力伝達機構430は、
図14に示すように、上述の斜面プレート413とローラユニット431とから構成されている。ローラユニット431は、基部フレーム310の底部311に固定される台座部材432と、台座部材432に固定された球受け部材433と、球受け部材433にベアリング(図示せず)を介して回転自在に設けられたボールローラ434とを有する。斜面プレート413は、ボールローラ434と接触するように配置された、球面で構成される斜面435を有している。
【0042】
スライドガイド機構450は、走行駆動体300と吸着ユニット410とを相対移動可能に接続する接続機構を構成する。スライドガイド機構450は、4本のシャフト411のそれぞれに、Z方向に移動自在に設けられた4個のリニアブッシュ451と、4個のリニアブッシュ451を保持する第1スライドプレート452と有している。また、スライドガイド機構450は、基部フレーム310の底部311に固定される一対の固定プレート453と、各固定プレート453の片面(Z
+方向側の面)に、Y方向(Y
+方向およびY
-方向)に延びるように設けられた第1ガイドレール454と、第1ガイドレール454にスライド移動可能に取り付けられた第1スライダ455(
図12を参照)と、第1スライダ455をそれぞれ保持する一対の第2スライドプレート456と、一対の第2スライドプレート456の間に架け渡されるように設けられた、X方向(X
+方向およびX
-方向)に延びる一対の第2ガイドレール457と、第2ガイドレール457にスライド移動可能に取り付けられた第2スライダ458(
図13を参照)とを有している。第2スライダ458は、第1スライドプレート452のZ
-方向側の面に固定されている。
【0043】
シャフト411、リニアブッシュ451および第1スライドプレート452により、走行駆動体300と吸着ユニット410とを、Z方向に相対的にスライド移動可能に接続する第1のスライド機構が構成されている。また、固定プレート453、第1ガイドレール454、第1スライダ455、第2スライドプレート456、第2ガイドレール457、第2スライダ458および第1スライドプレート452により、走行駆動体300と吸着ユニット410とを、X方向およびY方向に相対的にスライド移動可能に接続する第2のスライド機構が構成されている。
図11~
図13では、スライド移動した吸着ユニット410を破線で図示している。
【0044】
また、
図14に示すように各シャフト411には、斜面プレート413と第1スライドプレート452との間にコイルばね460が設けられている。このコイルばね460は、吸着ユニット410を被吸着面(天井面5)に吸着させることにより圧縮された状態となり、走行駆動体300(基部フレーム310)を天井面5に向けて押圧付勢するともに吸着ユニット410を天井面5から引き離す方向に押圧付勢する。
【0045】
このように構成された磁気吸着移動装置200においては、吸着ユニット410(磁石部材414)が天井面5に吸着されることにより、走行駆動体300(磁気吸着移動装置200)が天井面5に支持される。具体的にはコイルばね460が走行駆動体300(基部フレーム310)を天井面5に向けて押圧付勢し、これにより、走行駆動体300が天井面5に支持され車輪320が天井面5に押し当てられる(
図15および
図16を参照)。そして、車輪320を回転駆動することにより、走行駆動体300は、天井面5に吸着した吸着ユニット410を天井面5と摺動させながら、吸着ユニット410と共に天井面5に沿って移動する。磁気吸着移動装置200においては、車輪320が全方向移動車輪なので、各車輪320の回転駆動を制御することにより、天井面5上の任意の方向に移動することができる。
【0046】
走行駆動体300が天井面5に沿って移動するとき力伝達機構430は、天井面5に吸着した吸着ユニット410を天井面5と摺動させるための必要駆動力が小さくなるように、吸着ユニット410が天井面5に吸着した状態において、天井面5に対する吸着ユニッ
ト410の接触力を自動調整する。このような力伝達機構430の機能は、第1実施形態の力伝達機構140と同様のものであり、詳細な説明は省略する。なお、第1実施形態の力伝達機構140では、駆動力に応じた力の一部が、スロープ部材141の斜面141bを介してローラ部材142の円筒ローラ142bに作用する。これに対し、力伝達機構430では、駆動力に応じた力の一部が、ローラユニット431のボールローラ434を介して斜面プレート413の斜面435に作用する。そして、斜面プレート413を介して吸着ユニット410に、吸着ユニット410を天井面5から引き離す方向の力が伝達される。
【0047】
また、磁気吸着移動装置200においては、天井面5に沿って移動しているときに、吸着ユニット410(磁石部材414)が天井面5上の凹凸部に差し掛かった場合、走行駆動体300が吸着ユニット410に対し相対移動(相対変位)し、これにより、力伝達機構430のボールローラ434が斜面435に沿って移動する。この移動により、走行駆動体300に対し吸着ユニット410を鉛直方向に自動的に相対移動させることができる。そのため、磁気吸着移動装置200は、吸着ユニッ410を凹凸部と摺動させながら凹凸部を越えて移動することができる。なお、力伝達機構430においては、斜面435が球面で構成され、斜面435と接触して力を伝達する接触体がボールローラ434で構成されている。そのため、走行駆動体300が天井面5上のどのような方向に移動する場合でも、所期の機能を発揮することができる。斜面435は、球面以外の曲面、例えば、円錐面や放物面、双曲面等で構成してもよい。
【0048】
さらに、磁気吸着移動装置200においては、4個の吸着ユニット410を備えており、いずれかの吸着ユニット410が天井面5から離れても天井面5に対する支持力を確保できるようになっている。そのため、いずれかの吸着ユニット410が段差等の障害部により移動を妨げられた場合でも対応可能である。具体的には、磁気吸着移動装置200が天井面5に沿って移動しているときに、いずれかの吸着ユニット410が段差等の障害部に差し掛かり、その障害部によって当該吸着ユニット410の移動が妨げられた場合、走行駆動体300が当該吸着ユニット410に対し相対移動し、これにより、当該吸着ユニット410に対応する力伝達機構430のボールローラ434が斜面435に沿って移動する。この移動により、当該吸着ユニット410を鉛直下方に移動させて天井面5から引き離し、障害部を越えることができる。
【0049】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の範囲は上述の実施形態に限定されるものではない。例えば、上述の実施形態では、車輪を駆動させて被吸着面上を移動するように構成されているが、クローラ装置等の他の走行装置を駆動させて被吸着面上を移動するように構成してもよい。あるいは、被吸着面と接触して駆動力を伝達可能な複数の脚部を備え、これらの脚部を移動させながら被吸着面に沿って移動するように構成してもよい。また、力伝達機構については、リンク機構を用いてこれを構成してもよい。吸着体の磁石として電磁石を用いてもよい。
【0050】
また、上述の実施形態では、ニューマチックケーソン工法における作業室内の天井面に吸着しながら移動する場合の態様を例にとって説明したが、本発明は、橋梁や鉄塔、建造物の壁面等、磁気吸着することが可能な被吸着面がある種々の場所で被吸着面に沿って移動するための移動装置として適用することができる。
【符号の説明】
【0051】
1 ケーソン
2 作業室
5 天井面(被吸着面)
100,200 磁気吸着移動装置
110,410 吸着ユニット(吸着体)
120,300 走行駆動体(走行基部)
130,450 スライドガイド機構(接続機構)
140,430 力伝達機構
141 スロープ部材(第1の力伝達部材)
141a,141b,435 斜面
142 ローラ部材(第2の力伝達部材)
142b 円筒ローラ(円筒体)
150,460 コイルばね(弾性部材)
400 磁気吸着・力伝達装置
413 斜面プレート(第1の力伝達部材)
431 ローラユニット(第2の力伝達部材)
434 ボールローラ(球体)