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特許7178362コントローラ、当該コントローラを有するモータ制御システム、および当該モータ制御システムを有する電動パワーステアリングシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-16
(45)【発行日】2022-11-25
(54)【発明の名称】コントローラ、当該コントローラを有するモータ制御システム、および当該モータ制御システムを有する電動パワーステアリングシステム
(51)【国際特許分類】
   H02P 27/06 20060101AFI20221117BHJP
   G05B 11/36 20060101ALI20221117BHJP
【FI】
H02P27/06
G05B11/36
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019558132
(86)(22)【出願日】2018-11-22
(86)【国際出願番号】 JP2018043211
(87)【国際公開番号】W WO2019111729
(87)【国際公開日】2019-06-13
【審査請求日】2021-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2017234682
(32)【優先日】2017-12-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000232302
【氏名又は名称】日本電産株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】300052246
【氏名又は名称】日本電産エレシス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100138689
【弁理士】
【氏名又は名称】梶原 慶
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 修司
(72)【発明者】
【氏名】中根 哉
(72)【発明者】
【氏名】横塚 拓也
(72)【発明者】
【氏名】森島 幹夫
(72)【発明者】
【氏名】舘脇 得次
【審査官】尾家 英樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-252492(JP,A)
【文献】特開2013-118817(JP,A)
【文献】特開2017-34760(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 27/06
G05B 11/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを、駆動回路およびインバータを利用して駆動するモータ制御システムにおいて用いられるコントローラであって、



電流制御ブロックを備え、



電流値によるフィードフォワード制御を行い、



前記電流制御ブロックに含まれる前記モータの自己インダクタンスの項を逆モデルによって補償し、



前記逆モデルの伝達関数の位相特性を進角成分で補償し、



前記逆モデルの伝達関数のゲイン特性を、前記モータの角速度に基づいて得られる物理量の関数で補正することにより、前記自己インダクタンスにより生じるトルク出力の位相遅れおよびゲイン低下を補償する、コントローラ。
【請求項2】
電流値によるフィードフォワード制御を行う外乱オブザーバをさらに備え、



前記外乱オブザーバの出力値を利用して前記電流制御ブロックの外乱パラメータを適応制御によって補償する、請求項1に記載のコントローラ。
【請求項3】
前記駆動回路のデッドバンドが発生するタイミングを決定し、デッドバンド補償値を出力するデッドバンド補償ブロックと



前記タイミングにおけるデューティ値と、前記デッドバンド補償値とを加算してPWM信号を生成する加算器と



をさらに備えた、請求項1または2のいずれかに記載のコントローラ。
【請求項4】
モータと、



請求項1から3のいずれかに記載のコントローラと、



前記コントローラから出力された前記PWM信号から制御信号を生成する駆動回路と、



前記制御信号に基づいてスイッチング動作を行い、前記モータに電流を流すインバータと



を備えたモータ制御システム。
【請求項5】
前記モータは10極12スロットまたは14極12スロットのモータである、請求項4に記載のモータ制御システム。
【請求項6】
前記モータ、前記コントローラ、前記駆動回路および前記インバータを一体的に収容するハウジングを備えた、請求項4または5に記載のモータ制御システム。
【請求項7】
請求項4から6のいずれかに記載のモータ制御システムを有する電動パワーステアリングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、コントローラ、当該コントローラを有するモータ制御システム、および当該モータ制御システムを有する電動パワーステアリングシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
特開2017-034760号公報は、フィードフォワード技術の逆モデル化を用いて制御する技術を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-034760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電動パワーステアリングのモータ電流制御では、一般的にはフィードバック制御が用いられる。しかし、フィードバック制御を行った場合には、電流検出器に含められるノイズに感応し、不快なモータ作動音が発生するという問題がある。不快なモータ作動音の発生を抑制するために、電流検出値を直接用いない方法が考えられる。ただし、電流検出値を直接用いない場合、従来のフィードフォワード制御技術では、モータやモータ駆動回路特性のパラメータ変動によりモータ出力トルクが変動するという問題があった。
【0005】
また、上掲した従来の技術では、d軸実電流、q軸実電流、零相実電流をハイパスフィルタに通している。しかしながら、ハイパスフィルタを用いるとトルク指令値ノイズの感度があがってしまい、モータの作動音が増加してしまう。
【0006】
そこで、本開示の目的の一つは、モータの制御にハイパスフィルタを用いたとしても作動音を低減することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の例示的なコントローラは、モータを、駆動回路およびインバータを利用して駆動するモータ制御システムにおいて用いられるコントローラであって、電流制御ブロックを備え、電流値によるフィードフォワード制御を行い、前記電流制御ブロックに含まれる前記モータの自己インダクタンスの項を逆モデルによって補償し、さらに前記逆モデルの伝達関数の位相特性を進角成分で補償し、前記逆モデルの伝達関数のゲイン特性を、モータの角速度に基づいて得られる物理量の関数で補正することにより、前記自己インダクタンスにより生じるトルク出力の位相遅れとゲイン低下を補償する。
【発明の効果】
【0008】
本開示の例示的な実施形態によれば、電流値によるフィードフォワード制御を行い、電流制御ブロックに含まれるモータの自己インダクタンスの項を逆モデルによって補償する。併せて、逆モデルの伝達関数の位相特性を進角成分で補償し、そのゲイン特性をモータの角速度に基づいて得られる物理量の関数で補正する。自己インダクタンスにより生じるトルク出力の位相遅れとゲイン低下を補償することができるため、モータの制御にハイパスフィルタを用いたとしても作動音を低減することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本開示の例示的な実施形態によるモータ制御システム1000のハードウェアブロックの模式図である。
図2図2は、本実施形態によるモータ制御システム1000中のインバータ300のハードウェア構成を模式的に示す。
図3図3は、コントローラ100の内部構成を示すブロック図である。
図4図4は、本開示の例示的なU相処理回路104aの詳細を示す制御ブロック図である。
図5図5は、変形例にかかるU相処理回路104aの構成を示す図である。
図6図6は例示的な実施形態によるEPSシステム2000の典型的な構成を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付の図面を参照しながら、本開示のコントローラ、当該コントローラを有するモータ制御システム、および当該モータ制御システムを有する電動パワーステアリングシステムの実施形態を詳細に説明する。但し、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするため、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。
【0011】
本開示にかかる実施形態および変形例では、以下の各項目に記載の目的を達成するための構成を説明する。構成の概要も併せて述べる。(1)モータ電流検出ノイズ感度低減 基本制御をフィードフォワード(FF)型とする。実施形態では、電流検出値を用いたフィードバック(FB)制御を行わない。FF型制御の問題であるパラメータ変動に対しては、電流値を用いたオブザーバにより補正する。3相独立制御と組み合わせることにより、上記の効果を創出する。(2)トルク指令値ノイズ感度低減 FF型制御を行うにあたって、モータ自己インダクタンスを逆モデルで補償する。この場合、ハイパスフィルタになるためノイズ感度が上がってしまう。実際、ノイズ感度の問題により、モータ作動音が増加する事例が存在し得る。本発明者は、そのようなノイズ感度を低減する方法を創出した。(3)駆動系非線形要素の補償 作動音への影響が最も大きい非線形要素は、駆動回路のデッドバンドである。デッドバンドは、電流がゼロクロスするときに発生する。本発明者は、電流がゼロクロスするタイミングを予測し、予測結果を利用してデッドバンド補償を行うこととした。
【0012】
以下、本開示の実施形態を説明する。
【0013】
以下、モータ電流検出ノイズ感度を低減することが可能な電流制御器を説明する。
【0014】
図1は、本開示の例示的な実施形態によるモータ制御システム1000のハードウェアブロックを模式的に示している。
【0015】
モータ制御システム1000は、典型的に、モータMと、コントローラ(制御回路)100と、駆動回路200と、インバータ(「インバータ回路」とも称される。)300と、複数の電流センサ400と、アナログデジタル変換回路(以下、「ADコンバータ」と表記する。)500と、ROM(Read Only Memory)600と、位置センサ700とを有する。モータ制御システム1000は、モジュール化され、例えば、モータ、センサ、ドライバおよびコントローラを有するモータモジュールとして製造される。本明細書では、構成要素としてモータMを有するシステムを例に、モータ制御システム1000を説明する。ただし、モータ制御システム1000は、構成要素としてモータMを有しない、モータMを駆動するためのシステムであってもよい。
【0016】
モータMは、表面磁石型(SPM)モータであり、例えば表面磁石型同期モータ(SPMSM)である。モータMは、例えば三相(U相、V相およびW相)の巻線(不図示)を有する。三相の巻線は、インバータ300に電気的に接続される。三相モータに限らず、五相、七相などの多相モータも本開示の範疇である。本明細書では、三相モータを制御するモータ制御システムを例に、本開示の実施形態を説明する。モータMとして、相間の相互インダクタンスが相対的に小さいモータ、例えば10極12スロットのモータ、14極12スロットのモータが利用され得る。
【0017】
コントローラ100は、例えばマイクロコントロールユニット(MCU)である。コントローラ100は、モータ制御システム1000の全体を制御し、例えばベクトル制御によってモータMのトルクおよび回転速度を制御する。モータMは、ベクトル制御に限らず、他のクローズドループ制御によっても制御され得る。回転速度は、単位時間(例えば1分間)にロータが回転する回転数(rpm)または単位時間(例えば1秒間)にロータが回転する回転数(rps)で表される。ベクトル制御は、モータに流れる電流を、トルクの発生に寄与する電流成分と、磁束の発生に寄与する電流成分とに分解し、互いに直交する各電流成分を独立に制御する方法である。コントローラ100は、例えば、複数の電流センサ400によって測定された実電流値、および実電流値に基づいて推定されたロータ角などに従って目標電流値を設定する。コントローラ100は、その目標電流値に基づいてPWM(Pulse Width Modulation)信号を生成し、駆動回路200に出力する。
【0018】
駆動回路200は、例えばゲートドライバである。駆動回路200は、インバータ300におけるスイッチング素子のスイッチング動作を制御する制御信号を、コントローラ100から出力されるPWM信号に従って生成する。駆動回路200は、コントローラ100に実装されていてもよい。
【0019】
インバータ300は、例えば直流電源(不図示)から供給される直流電力を交流電力に変換し、変換された交流電力でモータMを駆動する。例えば、インバータ300は、駆動回路200から出力される制御信号に基づいて、直流電力を、U相、V相およびW相の擬似正弦波である三相交流電力に変換する。この変換された三相交流電力でモータMは駆動される。
【0020】
複数の電流センサ400は、モータMのU相、V相およびW相の巻線に流れる少なくとも2つの電流を検出する少なくとも2つの電流センサを有する。本実施形態では、複数の電流センサ400は、U相およびV相に流れる電流を検出する2つの電流センサ400A、400B(図2を参照)を有する。当然に、複数の電流センサ400は、U相、V相およびW相の巻線に流れる3つの電流を検出する3つの電流センサを有していてもよいし、例えばV相およびW相に流れる電流またはW相およびU相に流れる電流を検出する2つの電流センサを有していてもよい。電流センサは、例えば、シャント抵抗、およびシャント抵抗に流れる電流を検出する電流検出回路(不図示)を有する。シャント抵抗の抵抗値は、例えば0.1Ω程度である。
【0021】
ADコンバータ500は、複数の電流センサ400から出力されるアナログ信号をサンプリングしてデジタル信号に変換し、この変換したデジタル信号をコントローラ100に出力する。コントローラ100がAD変換を行ってもよい。その場合、コントローラ100は複数の電流センサ400から、検出された電流信号(アナログ信号)を直接受け取る。
【0022】
ROM600は、例えば書き込み可能なメモリ(例えばPROM)、書き換え可能なメモリ(例えばフラッシュメモリ)または読み出し専用のメモリである。ROM600は、コントローラ100にモータMを制御させるための命令群を有する制御プログラムを格納する。例えば、制御プログラムはブート時にRAM(不図示)に一旦展開される。ROM600は、コントローラ100に外付けされる必要はなく、コントローラ100に搭載されていてもよい。ROM600を搭載したコントローラ100は、例えば上述したMCUであり得る。
【0023】
位置センサ700は、位置センサ700は、モータMに配置され、ロータ角Pを検出してコントローラ100に出力する。位置センサ700は、例えば磁気抵抗(MR)素子を有するMRセンサとセンサマグネットとの組み合わせによって実現される。位置センサ700は、例えば、ホール素子を含むホールICまたはレゾルバを用いても実現される。
【0024】
例示的な実施形態では、コントローラ100は、CPUコアが組み込まれたフィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)によって実現されている。FPGAのハードウェアロジック回路には、後述のオブザーバブロック、電流制御ブロックおよびベクトル制御演算ブロックが構築されている。例えばCPUコアはソフトウェア処理によってトルク指令値を算出する。FPGA内の各ブロックは、CPUコアから受け取ったトルク指令値(Tref)と、位置センサ700によって測定されたモータMのロータ回転位置、すなわちロータ角(P)と、ADコンバータ500から受け取った電流測定値(Ia,Ib,Ic)等を利用してPWM信号を生成する。
【0025】
図1では、インバータ300は1系統であるが、複数系統、例えば2系統、設けてもよい。複数系統であっても、複数系統の各々について、コントローラ100と同じまたは同等の機能および構成を
有するコントローラを採用してもよいし、別個のコントローラを採用してもよい。
【0026】
図1に示すモータ制御システム1000を構成する各構成要素、例えばモータM、コントローラ100、駆動回路200、インバータ300等を、ハウジング(図示せず)に一体的に収容してもよい。このような構成は、いわゆる「機電一体型モータ」として製造され販売される。機電一体型モータは、種々の構成要素がハウジング内に収容されているため、各構成要素の配置、設置スペース、配線の取り回しを設計する必要がない。その結果、モータおよびその周辺回路の省スペース化、設計の簡単化を実現できる。本実施形態にかかるコントローラ100は、モータMの回転によって発生する作動音を、後述のフィードフォワード制御技術を利用して抑制することができる。コントローラ100とモータMとを一体化させることにより、省スペースでかつ低騒音の「機電一体型モータ」を提供することができる。なお、「機電一体型モータ」は、電流センサ400、コンバータ500、ROM600をさらに備えていてもよい。
【0027】
図2を参照しながら、インバータ300のハードウェア構成を詳細に説明する。
【0028】
図2は、本実施形態によるモータ制御システム1000中のインバータ300のハードウェア構成を模式的に示す。
【0029】
インバータ300は、3個のローサイドスイッチング素子および3個のハイサイドスイッチング素子を有する。図示されるスイッチング素子SW_L1、SW_L2およびSW_L3がローサイドスイッチング素子であり、スイッチング素子SW_H1、SW_H2およびSW_H3が、ハイサイドスイッチング素子である。スイッチング素子として、例えば、電界効果トランジスタ(FET、典型的にはMOSFET)または絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)などの半導体スイッチ素子を用いることができる。スイッチング素子は、モータMに向けて流れる回生電流を流す還流ダイオードを有する。
【0030】
図2には、U相、V相およびW相に流れる電流を検出する3つの電流センサ400A、400Bおよび400Cのシャント抵抗Rsが記載されている。図示されるように、例えばシャント抵抗Rsは、ローサイドスイッチング素子とグランドとの間に電気的に接続され得る。または、例えばシャント抵抗Rsは、ハイサイドスイッチング素子と電源との間に電気的に接続され得る。
【0031】
コントローラ100は、例えばベクトル制御に基づく三相通電による制御(以下、「三相通電制御」と表記する。)を行うことによってモータMを駆動することができる。例えば、コントローラ100は、三相通電制御を行うためのPWM信号を生成し、そのPWM信号を駆動回路200に出力する。駆動回路200は、インバータ300中の各FETのスイッチング動作を制御するゲート制御信号をPWM信号に基づいて生成し、各FETのゲートに与える。
【0032】
図2では3つの電流センサ400A、400Bおよび400Cを設けたが、電流センサの数は2つでもよい。例えば、W相を流れる電流を検出する電流センサ400Cを省略することができる。この場合、W相を流れる電流は、測定ではなく演算によって検出され得る。三相通電制御において、各相を流れる電流の総和は理想的にゼロになる。電流センサ400A、400Bによって、U相およびV相に流れる電流をそれぞれ検出すれば、U相電流とV相電流との和の符号を反転させた値を、W相を流れる電流値として算出することができる。
【0033】
本開示によれば、3つの電流センサを設けて3相の各々に流れる電流を検出してもよいし、2つの電流センサを設けて2相の電流を検出し、残りの1相に流れる電流を、上述の演算を行って算出してもよい。
【0034】
図3は、コントローラ100の内部構成を示すブロック図である。コントローラ100は、電流制御器102a、102b、102cと、電圧-デューティ変換器180とを有している。電流制御器102aは、トルク指令値TrefaとU相電流値Iaとを受け取り、指令電圧Vrefaを出力する。電流制御器102bは、トルク指令値TrefbとU相電流値Ibとを受け取り、指令電圧Vrefbを出力する。電流制御器102cは、トルク指令値TrefcとU相電流値Icとを受け取り、指令電圧Vrefcを出力する。
【0035】
本明細書では、トルク指令値Trefの3つの成分Trefa,TrefbおよびTrefcが所与の値であるとして説明する。これらの各値は、例えば、コントローラ100のCPUコア(図示せず)によって生成される。トルク指令値を生成する処理は周知であるためその説明は省略する。
【0036】
電圧-デューティ変換器180は電圧-デューティ変換を行う。電圧-デューティ変換は、指令電圧からPWM信号を生成する処理である。PWM信号は電圧指令値を表している。具体的には、電圧-デューティ変換器180は指令電圧VrefaからPWM信号Vdutyaを生成する。同様に電圧-デューティ変換器180は、指令電圧VrefbおよびVrefcから、PWM信号VdutybおよびVdutycをそれぞれ生成する。電圧-デューティ変換は周知であるから、本明細書では詳細な説明は省略する。
【0037】
次に、電流制御器102a~102cの詳細を説明する。以下では、電流制御器102aと電圧-デューティ変換器180とを含むU相処理回路104aを例示して説明する。電流制御器102bおよび電流制御器102cのいずれも同様であるため、図示および説明は省略する。
【0038】
図4は、U相処理回路104aの詳細を示す制御ブロック図である。U相処理回路104a内の電圧-デューティ変換器180を除く部分が、電流制御器102a(図3)に対応している。
【0039】
U相処理回路104は、トルク・電流変換ブロック110aと、電流制御ブロック120aと、適応制御ブロック130aと、加算器140aとを有する。各ブロックおよび加算器は演算処理を示している。そのため、「ブロック」は「処理」と読み替えることもできる。全ての処理を、FPGAのハードウェアロジックによって実現してもよいし、1つまたは複数の処理を、1つまたは複数の演算回路によって実現してもよい。
【0040】
トルク・電流変換ブロック110aは、トルク指令値Trefaを電流指令値Irefaに変換する。
【0041】
電流制御ブロック120aおよび加算器140aは、後述する電圧方程式の演算に対応する演算ブロックである。電流制御ブロック120aは、ハイパスフィルタとして機能する。電流制御ブロック120aは、抵抗値Rthaを、適応制御ブロック130aによって算出されたモデル化誤差ΔRthaで逐次補正する。すなわち、前の抵抗値Rtha+ΔRthaを新たなRthaとして利用して電圧値を求める。
【0042】
適応制御ブロック130aはU相を流れる電流値Iaを利用して、モデル化誤差ΔRthaを出力する。適応制御ブロック130aは、電流制御ブロック120aと同様の演算を行う第一演算ブロック132aと、第二演算ブロック134aとを有している。このうち、後者の第二演算ブロック134aは「オブザーバ」として機能する。以下では第二演算ブロック134aを「オブザーバブロック134a」と記述する。図4のオブザーバブロック134aの記載から明らかなように、オブザーバが時定数T1の一次ローパスフィルタである。
【0043】
なお、第一演算ブロック132aは微分記号「d/dt」を含んでおり、時間領域で表現されているが、オブザーバブロック134aは変数sを用いたs領域で表現されている。変数sを用いて表現した理由は、オブザーバが時定数T1の一次ローパスフィルタであることを明確化するためである。理解の便宜のためである点に留意されたい。
【0044】
適応制御ブロック130aに入力される信号(フィルタリングの対象とする信号)はホワイトノイズではなく、カラードノイズである。本実施形態では、適応制御ブロック130aは最小二乗法を用いたフィルタリング処理は行わない。
【0045】
以下、図4に示す各ブロックの意味内容を説明する前に、各ブロックに対応する演算がどのように導出されたかを説明する。
【0046】
モータが角速度ωで回転しているとき、コイルに注入された電力はE・Iであり、コイルが発した動力はT・ωである。ここでEは電圧、Iは電流、Tはトルクである。
【0047】
エネルギー保存則より、下記式(1)が成立する。



(数1)



EI=Tω (1)
【0048】
式(1)を変形して下記式(2)が得られる。



(数2)



T=EI/ω (2)
【0049】
本発明者は、電流Iはノイズを多く含むため用いることを避けることを考えた。電圧方程式から電流Iを求め(式(3))、式(1)に代入すると、式(4)が得られる。



(数3)



I=f(V) (3)



(数4)



T=(E/ω)f(V) (4)
【0050】
ここで電圧方程式を下記数(5)に示す。
【数5】
【0051】
左辺のベクトルをV、右辺第1項および第2項に共通するベクトルをI、右辺第2項の行列をL、右辺第3項のベクトルをEと表現すると、下記式(6)が得られ、さらに変形すると式(7)が得られる。
【数6】
【数7】
【0052】
ここで、インダクタンスを一般化して表現すると式(8)に示す通りである。
【数8】
【0053】
併せてインダクタンスの6次までの成分を式(9)に例示する。後述のように、本実施形態では、フィードフォワード(FF)型の制御(FF制御)を行う。FF制御を行う場合、インダクタンスの高次成分が消える。
【数9】
【0054】
式(10)は、3次高調波までを考慮した、式(6)および(7)中のEを示す。
【数10】
【0055】
以上よりトルク方程式は、式(11)として得られる。
【数11】
【0056】
ここで、電流制御器に対する入力はTで出力はVであるから、式(11)を整理すると式(12)が得られる。
【数12】
【0057】
式(12)を用いてフィードフォワード制御を行う場合、本発明者は、パラメータ変動を補償することを検討した。補償すべきパラメータの検討に当たっては、以下の前提を置いた。 Rth:逐次補償する。 L:固定値として用いる。なお、インダクタンスは温度によって変化しない。
【0058】
式(12)は、3相が独立であるとした場合の目標相間電圧になるため、以下の通り中性点電圧Vを求め、補正する。
【数13】
【0059】
相電圧Vanは、以下の式(14)により得られる。
【数14】
【0060】
以上から、トルクT、電流I、電圧Vはそれぞれ、式(15)、(16)、(17)により得られる。またVdutya、Vdutyb、Vdutycは式(18)により得られる。
【数15】
【数16】
【数17】
【数18】
【0061】
式(12)を用いてフィードフォワード制御を行う場合、本発明者は、自己インダクタンスLを補償することを検討した。具体的には、本発明者は、自己インダクタンスLを、逆モデルを用いて補償し、位相遅れを進角成分によって補償することとした。逆モデルの計算はdq軸座標系ではなくabc軸座標系を用いて行われる。
【0062】
ここで、自己インダクタンスLの補償を逆モデルで行う場合、本発明者は、ノイズ感度が上がってしまうという課題を見出した。その理由は、補償のための処理がハイパスフィルタになり、トルクセンサ系のノイズに対する感度が上がり、その結果作動音が悪化するからである。
【0063】
そこで本発明者は、モータを流れる電流値によるフィードフォワード制御を行い、種々の補償を行うことにした。具体的には、電流制御ブロック120aに含まれるモータMの自己インダクタンスLの項を逆モデルによって補償した。また、当該逆モデルの伝達関数の位相特性を進角成分で補償し、当該逆モデルの伝達関数のゲイン特性を、前記モータの角速度に基づいて得られる物理量の関数で補正することにした。これにより、自己インダクタンスにより生じるトルク出力の位相遅れおよびゲイン低下を補償することができる。なお、逆モデルを用いて位相遅れおよびゲイン低下を補償する場合、次に説明する外乱オブザーバを設けることは必須ではない。外乱オブザーバを設けなくても、フィードフォワード制御は可能である。
【0064】
次に、オブザーバを説明する。
【0065】
本発明者は、電流制御処理を、電流指令値を用いた外乱オブザーバで補償することを考えた。出力のパラメータ変動が補償されるため、電流値ノイズの低減を実現することができるからである。
【0066】
本開示では、入力誤差モデルの外乱オブザーバを用いる。このオブザーバを用いる場合、先のフィードフォワードモデルとオブザーバモデルとが同一になるため、設計管理が容易となる。オブザーバモデルを式(19)に示す。
【数19】
【0067】
式(19)では、現実とプラントモデルとのモデル化誤差をΔRthと表現している。この結果、次の式(20)が得られる。
【数20】
【0068】
よって、式(20)の右辺の各成分を検出電流I=(Ia,Ib,Ic)の各成分で除算することで、ΔRtha,ΔRthb,ΔRthcを得ることができる。
【0069】
なお、式(20)において、左辺のVDUTYa~VDUTYcは、電圧-デューティ変換器180の、U,V,W相用のPWM信号の各電圧指令値である。
【0070】
実装時には、ΔR推定に対するノイズ感度を考慮し、ノイズ処理した信号によりΔRthを定め、フィードフォワードコントローラの内部モデルを適応する。つまり、一般的な単純適応制御系を構成する。この場合、制御対象は厳密にプロパーとなる条件を満たすため、本適応制御系の安定性は保証される。
【0071】
以上の式は時間領域での表現であるが、両辺をラプラス変換することによってs領域での表現に変換することができる。s領域の表現では、微分要素は「s」に置き換えられる。その結果、上述した式により、図4に示す制御ブロックおよび制御ブロック間の結合関係が表現される。
【0072】
なお、オブザーバブロック134aは、電流値が一定値を下回った場合、例えばゼロ±閾値以内になった場合、前回の補償値を用いて演算してもよい。電流値がゼロまたは実質的にゼロになった場合には、電圧が飽和してオブザーバブロック134aは、外乱Rthの推定を行えない。そこで、ゼロ付近の一定値になった時に前回の補償値を使用することにより、正常に補償を行うことができる。
【0073】
次に、本開示の例示的な実施形態の変形例を説明する。
【0074】
図5は、変形例にかかるU相処理回路104aの構成を示す。図5のU相処理回路の構成は、デッドバンド補償ブロック150aおよび加算器160aが追加された点で図4のU相処理回路の構成と相違する。他の構成および動作は同じである。よって以下、デッドバンド補償ブロック150aおよび加算器160aについて説明する。他の構成の説明は、これまでの説明を援用する。
【0075】
以下で言及する「デッドバンド」とは、電流を流そうとしても流すことができない時間帯を意味する。デッドバンドは、電流が流せない時刻、すなわち電流値がゼロの時刻であるデッドタイムと、電流値が0から立ち上がりまたは立ち下がりつつある期間とを包含する概念である。後者の「期間」は実質的には電流が実質的にゼロと見なすことができる時間帯を言う。「デッドバンド」は、駆動系の非線形要素と電磁両立性(Electromagnetic Compatibility;EMC)との関係から生じる。EMCとは、機器などの動作を妨害するような電磁妨害波をいかなるものに対しても与えず、かつ、電磁環境の妨害に耐えて満足に機能するための装置あるいはシステムの能力である。本実施形態でいう駆動系の非線形要素とは、アーム短絡防止のために設定されたデッドバンドを意味する。
【0076】
いま、一例として電動パワーステアリングシステムでモータMを駆動する場合を考える。モータMにトルクリップルが発生すると、運転者は音や振動を感じ取る。例えばモータMの出力が80Nmであるとすると、人はトルクリップルを0.2Nm未満にしなければ、音や振動を感じ取ってしまう。このような量子化ノイズは、電動パワーステアリングなどの精度が要求される用途において顕著な課題となる。そのため、電動パワーステアリングシステムにおいて、駆動系の非線形要素、例えばオブザーバ
ブロック134a、駆動回路200等、の応答を適切に補償して、可能な限り振動および作動音を低減することが求められている。本発明者は、駆動系の非線形要素の補償を、デッドバンドを考慮して行うことを検討した。
【0077】
本変形例では、デッドバンド補償ブロック150aは、駆動系の非線形要素の補償値を、デッドバンド補償値に基づいて算出する。モータ駆動回路のデッドバンドは、電流のゼロクロス点で発生する。デッドバンド補償ブロック150aは、モータ電流がゼロクロスするタイミングにおいて、デッドバンドに相当するデューティ値を出力する。「デッドバンドに相当するデューティ値」は固定であってもよいし、所定の条件の下で変動させてもよい。
【0078】
加算器160aは、モータ電流がゼロクロスするタイミングにおけるデューティ値と、デッドバンドに相当するデューティ値とを加算する。これにより、低作動音を実現しつつ、フィードフォワード制御に対してパラメータを減らして制御することができる。
【0079】
電流がゼロクロスするタイミングは予測し得る。本開示にかかる例示的な実施形態によれば、フィードフォワード制御器の中間出力であるI_refa、I_refb、I_refcが電流の予測値に相当する。デッドバンド補償ブロック150aおよび加算器160aは、当該出力を用いた以下の式により、デッドバンド補償を行うことができる。
【数21】
【0080】
式(21)のIF節は、Irefn=0ではない。つまり、モータ電流が、事実上ゼロと見なすことができる予め定められた範囲内に入っていれば、「ゼロクロス」と見なすことができる。本明細書では、実際にゼロクロスした場合に加え、ゼロクロスと見なすことができる場合も、「ゼロクロス」と総称する。
【0081】
本変形例の方式の場合、デッドバンド補償に用いる信号のノイズレベルが低いため、リミットサイクル振動防止措置を行う必要がなくなり、精度よくデッドバンドを保証できることが期待できる。
【0082】
また、FF型制御器の中間出力を利用して電流がゼロクロスするタイミングを予測するため、予測モデルとFF型制御器モデルとを一致させることができる。これにより、制御器の低次元化を図ることが可能になる。また、3相を独立に制御することで、駆動回路のデッドバンドを効率的に補償することができる。
【0083】
なお、デッドバンドを補償する際、上述の外乱オブザーバを設けることは必須ではない。外乱オブザーバを設けなくても、フィードフォワード制御は可能である。
【0084】
次に、上述した実施形態および変形例の応用を説明する。
【0085】
図6は、例示的な実施形態によるEPSシステム2000の典型的な構成を模式的に示す。
【0086】
自動車等の車両は一般に、EPSシステムを有する。EPSシステム2000は、ステアリングシステム520、および補助トルクを生成する補助トルク機構540を有する。EPSシステム2000は、運転者がステアリングハンドルを操作することによって発生するステアリングシステムの操舵トルクを補助する補助トルクを生成する。補助トルクにより、運転者の操作の負担は軽減される。
【0087】
ステアリングシステム520は、例えば、ステアリングハンドル521、ステアリングシャフト522、自在軸継手523A、523B、回転軸524、ラックアンドピニオン機構525、ラック軸526、左右のボールジョイント552A、552B、タイロッド527A、527B、ナックル528A、528B、および左右の操舵車輪529A、529Bを備える。
【0088】
補助トルク機構540は、例えば、操舵トルクセンサ541、自動車用電子制御ユニット(ECU)542、モータ543および減速機構544を備える。操舵トルクセンサ541は、ステアリングシステム520における操舵トルクを検出する。ECU542は、操舵トルクセンサ541の検出信号に基づいて駆動信号を生成する。モータ543は、駆動信号に基づいて操舵トルクに応じた補助トルクを生成する。モータ543は、減速機構544を介してステアリングシステム520に、生成した補助トルクを伝達する。
【0089】
ECU542は、例えば、上述のコントローラ100および駆動回路200などを有する。自動車ではECUを核とした電子制御システムが構築される。EPSシステム2000では、例えば、ECU542、モータ543およびインバータ545によって、モータ制御システムが構築される。そのモータ制御システムとして、上述のモータ制御システム1000を好適に用いることができる。
【0090】
本開示の実施形態は、トルク角の推定能力が求められる、シフトバイワイヤ、ステアリングバイワイヤ、ブレーキバイワイヤなどのエックスバイワイヤおよびトラクションモータなどのモータ制御システムにも好適に用いられる。例えば、本開示の実施形態によるモータ制御システムは、日本政府および米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)によって定められたレベル0から4(自動化の基準)に対応した自動運転車に搭載され得る。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本開示の実施形態は、掃除機、ドライヤ、シーリングファン、洗濯機、冷蔵庫および電動パワーステアリング装置などの、各種モータを備える多様な機器に幅広く利用され得る。
【符号の説明】
【0092】
100 コントローラ、 102a~102c 電流制御器、 110a トルク・電流変換ブロック、 120a 電流制御ブロック、 130a 適応制御ブロック、 140a 加算器、 150a デッドバンド補償ブロック、 200 駆動回路、 300 インバータ、 400A~400c 電流センサ、 500 ADコンバータ、 600 ROM、 700 位置センサ、 1000 モータ制御システム、2000 EPSシステム
図1
図2
図3
図4
図5
図6