(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-17
(45)【発行日】2022-11-28
(54)【発明の名称】染色された生物組織の脱色法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/30 20060101AFI20221118BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20221118BHJP
【FI】
G01N1/30
G01N33/48 P
(21)【出願番号】P 2018118440
(22)【出願日】2018-06-22
【審査請求日】2021-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】小澤 秋沙
(72)【発明者】
【氏名】坂上 元栄
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-513794(JP,A)
【文献】特表2018-514766(JP,A)
【文献】特開平09-178755(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00-1/44
G01N 33/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘマトキシリン染色された生物組織用脱色方法であって、染色された標本を
カルボン酸とその塩を含む溶液に、4℃~40℃で、30分~1時間浸漬することを含む、脱色方法。
【請求項2】
前記カルボン酸がヒドロキシ基で置換されたカルボン酸であることを特徴とする請求項1に記載の脱色
方法。
【請求項3】
前記ヒドロキシ基で置換されたカルボン酸が、炭素数2~10であることを特徴とする請求項
2に記載の脱色
方法。
【請求項4】
前記ヒドロキシ基で置換されたカルボン酸がヒドロキシトリカルボン酸であることを特徴とする請求項3に記載の脱色
方法。
【請求項5】
前記ヒドロキシトリカルボン酸がクエン酸(2-ヒドロキシ-1, 2, 3-プロパントリカルボン酸)であることを特徴とする請求項4に記載の脱色
方法。
【請求項6】
前記カルボン酸とその塩を含む溶液がさらにキレート剤を含む、請求項1ないし5のいずれかに記載の脱色
方法。
【請求項7】
染色された標本を
前記カルボン酸とその塩を含む溶液に浸漬する前、または浸漬した後に、キレート剤に該標本を浸漬する、請求項1ないし5のいずれかに記載の脱色
方法。
【請求項8】
前記キレート剤が鉄キレート剤であることを特徴とする請求項6
または7に記載の脱色
方法。
【請求項9】
前記鉄キレート剤がEDTA(エチレンジアミン四酢酸)であることを特徴とする請求項
8に記載の脱色
方法。
【請求項10】
ヘマトキシリン染色が、ヘマトキシリン・エオジン染色およびマッソントリクローム染色で使用されるヘマトキシリン染色であることを特徴とする請求項9に記載の脱色
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染色された生物組織標本等を脱色する方法に関する。より具体的には、ヘマトキシリン染色された生物組織標本等を脱色する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体由来の組織や細胞を顕微鏡観察する場合、その形態や構造の詳細を明らかにするために、種々の染色が行われている。汎用されている染色法として、例えば、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色法)、マッソントリクローム染色、ロマノフスキー染色、PASなど色素を直接細胞や組織に結合させる染色法の他、抗体を介して特定の標的物質に蛍光色素などを結合させる免疫組織化学染色などが知られている。
なかでも、ヘマトキシリン染色は、古くから使用されており、顕微鏡による形態観察を行う上で基本となる染色法である。ヘマトキシリン(Hematoxylin)は、酸化されるとヘマテイン(Hematein)と称される赤色を呈する分子となり、ヘマテインに金属イオン(アルミニウム、鉄および水銀など)が結合すると正に帯電した塩基性色素になる。ヘマテインと金属イオンの複合体は、組織・細胞内の負に帯電している部位、例えば、核酸の多い核などに結合し、当該部位を染色する。ヘマトキシリン染色は、ヘマテインに結合する金属イオンにより染色部位の色調を異にし、金属イオンがアルミニウムイオンの場合には青紫色に、鉄イオンの場合には黒褐色に染色される。
【0003】
解剖学や病理学の分野では、組織の形態的特徴を調べるために、ヘマトキシリン・エオジン染色法がよく用いられている。この染色法によれば、核をヘマトキシリン染色で青紫色に、細胞質をエオジン染色で桃色に染め分けられ、組織の形態を明瞭に可視化することができる。
組織標本をHE染色したのちに、限られた組織標本からHE染色で得られた情報以外の新たな情報を免疫染色等で取得する必要が生じることがある。このような場合、同一の標本を免疫染色するにしても、所望の染色結果を得るためには、HE染色をいったん脱色し、その後所望の新たな染色法で再染色することが必要となる。HE染色において、エオジンによる染色は水和により脱色が可能である。他方、ヘマトキシリン染色については、例えば、アルコール処理による脱色方法(非特許文献1)や塩酸-アルコール処理による脱色方法(非特許文献2)などいくつか報告はある。しかしながら、現在報告されているいずれの方法においても、脱色の程度に問題があり、再染色に対するヘマトキシリン染色の影響を完全に除去することは難しいのが現状である。
同様に、膠原線維の染色法として一般的であるマッソントリクローム染色においては、細胞質は酸性フクシンで赤色に、核は鉄ヘマトキシリンで紫色に、膠原・基底膜はアニリンブルーで青色に染色され、3色で染め分けられるのが特徴である。酸性フクシンによる染色とアニリンブルーによる染色は水和による脱色が可能であるが、ヘマトキシリン染色については脱色・除去することが難しいため、2色で染め分けられているHE 染色と同じように、新たな染色法で新たな情報を得るために一度染色された組織標本を脱色・再染色することは難しいというのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Dardik and Epstein, Hum Pathol. 31:1155-1161 2000
【文献】Monaghan et al., Tissue Eng Part C Methods 22:517-523 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記事情に鑑み、本発明は、ヘマトキシリン染色の脱色法であって、他の染色法による再染色への影響を可能な限り低減させる脱色法の提供を解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、ヘマトキシリン・エオジン染色された標本を、カバーグラスを剥離させた後に、カルボン酸緩衝液の1つであるクエン酸緩衝液に当該標本を浸漬させたところ、ヘマテイン-アルミニウムイオンで染色された部分が脱色されることを見出した。さらに、発明者らは、マッソントリクローム染色においてヘマテイン-鉄イオンで染色された核について、EDTAなどのキレート剤を含むクエン酸緩衝液に標本を浸漬させたところ、核の染色が脱色されることを確認した。
本発明は以上の知見すなわち、ヘマトキシリン・エオジン染色された標本やマッソントリクローム染色された標本を再染色が十分に行える程度まで脱色できることを見出したために完成された。
【0007】
すなわち、本発明は以下の(1)~(12)である。
(1)カルボン酸とその塩を含むヘマトキシリンで染色された生物組織用脱色剤。
(2)前記カルボン酸がヒドロキシ基で置換されたカルボン酸であることを特徴とする上記(1)に記載の脱色剤。
(3)前記ヒドロキシ基で置換されたカルボン酸が、炭素数2~10であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の脱色剤。
(4)前記ヒドロキシ基で置換されたカルボン酸がヒドロキシトリカルボン酸であることを特徴とする上記(3)に記載の脱色剤。
(5)前記ヒドロキシトリカルボン酸がクエン酸(2-ヒドロキシ-1, 2, 3-プロパントリカルボン酸)であることを特徴とする上記(4)に記載の脱色剤。
(6)さらにキレート剤を含む上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の脱色剤。
(7)前記キレート剤が鉄キレート剤であることを特徴とする上記(6)に記載の脱色剤。
(8)前記鉄キレート剤がEDTA(エチレンジアミン四酢酸)であることを特徴とする上記(7)に記載の脱色剤。
(9)ヘマトキシリン染色が、ヘマトキシリン・エオジン染色およびマッソントリクローム染色で使用されるヘマトキシリン染色であることを特徴とする上記(8)に記載の脱色剤。
(10)すくなくとも上記(1)ないし(9)のいずれかに記載の脱色剤を含む、ヘマトキシリン染色された生物組織用脱色キット。
(11)ヘマトキシリン染色された生物組織用脱色方法であって、染色された標本を上記(1)ないし(9)のいずれかに記載の脱色剤に浸漬することを含む、脱色方法。
(12)前記脱色剤がキレート剤を含まない場合であって、染色された標本を該脱色剤に浸漬する前、または浸漬した後にキレート剤に該標本を浸漬する、上記(11)に記載の脱色方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の脱色方法によれば、従来法(アルコールや塩酸-アルコールなどを使用する方法)よりも、効果的なヘマトキシリン染色の脱色が可能である。
【0009】
また、本発明の脱色方法によれば、ヘマトキシリン染色された古い貴重な組織標本や1つしかない標本であっても、他の染色法による再染色が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】HE染色された生物組織標本を本発明の脱色方法で脱色した結果を示す。Aは脱色前の標本、Bは脱色後の標本の顕微鏡像である。標本は、マウス由来の精巣である。
【
図2】マッソントリクローム染色された生物組織標本を本発明の脱色方法で脱色した結果を示す。Aは脱色前の標本、Bは脱色後の標本の顕微鏡像である。標本は、イヌ由来の肺である。
【
図3】マッソントリクローム染色された生物組織標本を本発明の脱色方法(クエン酸緩衝液とEDTAを同時に処理する方法)で脱色した結果を示す。Aは脱色前の標本、Bは脱色後の標本の顕微鏡像である。標本は、イヌ由来の肺である。
【
図4】マッソントリクローム染色された生物組織標本を本発明の方法で脱色した後、HE染色した結果を示す。Aは脱色前の標本、Bは脱色後の標本およびCは脱色後の標本をHE染色した標本の顕微鏡像である。標本は、イヌ由来の肺である。
【
図5】マッソントリクローム染色された生物組織標本を本発明の方法で脱色した後、PAS/HEで二重染色した結果を示す。Aは脱色前の標本、Bは脱色後の標本およびCは脱色後の標本をPAS/HE染色した標本の顕微鏡像である。標本は、イヌ由来の肺である。
【
図6】HE染色された生物組織標本を本発明の方法で脱色した後、抗αSMA抗体を用いた蛍光免疫組織化学染色およびDAPI(4’,6-diamidino-2-phenylindole)で二重染色した結果を示す。Aは脱色前の標本、Bは脱色後の標本およびCは脱色後の標本を抗αSMA抗体による蛍光免疫組織学染色/DAPI染色した標本の顕微鏡像である。標本は、マウスの卵巣である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第1の実施形態は、カルボン酸とその塩を含むヘマトキシリン染色された生物組織用脱色剤である。以下、第1の実施形態にかかる生物組織用脱色剤を「本発明の脱色剤」とも記載する。
ヘマトキシリンは、酸化されると赤色のヘマテインとなり、ヘマテインは金属イオン(アルミニウム、鉄、銅および水銀など)が結合すると正に帯電した塩基性色素になる。ヘマテインと金属イオンとの複合体は、組織・細胞内の負に帯電している部位に結合し、当該部位を染色する。以上のヘマトキシリンによる染色性を利用して組織や細胞を染色する方法のことをヘマトキシリン染色法という(詳細については、例えば、Titford, Biotech Histochem. 80 73-78 2005などを参照のこと)。
ヘマトキシリン染色法には、様々な変法が存在するが、本明細書においては、ヘマテイン+金属イオンが組織の特定の部位に結合し、当該部位を発色させる染色法であれば、すべてヘマトキシリン染色法とする。また、本明細書中、「ヘマトキシリン染色」とは、ヘマトキシリン染色法による染色のことを意味する。
ヘマトキシリン染色は、他の染色と同時に行われることも多く、例えば、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)やマッソントリクローム染色などを挙げることができるが、このようなヘマトキシリン染色以外の染色が併存する標本等であっても、ヘマトキシリン染色された部分については、本発明の脱色剤により、脱色が可能である。
【0012】
本発明の脱色剤には、カルボン酸およびその塩(カルボン酸塩)が含まれており、カルボン酸とその塩が共存することで緩衝作用を発揮する、緩衝液である。
第1の実施形態で使用されるカルボン酸は、脂肪族カルボン酸(鎖式および環式のいずれも含む)および芳香族カルボン酸のいずれであってもよい。当該カルボン酸の炭素数は、特に限定はされず、例えば、2~20、好ましくは2~8であり、より具体的には、例えば、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、トリカルバリ酸(1,2,3-プロパントリカルボン酸)、フェニル酢酸などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
また、第1の実施形態で使用されるカルボン酸は、ヒドロキシ基で置換されたヒドロキシカルボン酸であってもよく、この場合、複数のカルボキシ基および/または複数のヒドロキシ基を有していてもよい。例えば、乳酸およびマンデル酸のようなヒドロキシモノカルボン酸、リンゴ酸および酒石酸などのヒドロキシジカルボン酸、クエン酸(2-ヒドロキシ-1, 2, 3-プロパントリカルボン酸)、イソクエン酸、ヒドロキシクエン酸およびヒドロキシアコニット酸などのヒドロキシトリカルボン酸などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。ヒドロキシ基で置換されたカルボン酸でより好ましい形態は、ヒドロキシトリカルボン酸で、その中でもクエン酸が最も好ましい。 第1の実施形態で使用されるカルボン酸塩は、使用するカルボン酸が形成し得る塩であれば、特に限定されず、カルボン酸の種類に応じて、例えば、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩を挙げることができ、より好ましくは、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩およびカルシウム塩などを挙げることができる。
【0013】
本発明の脱色剤に含まれるカルボン酸とカルボン酸イオンの濃度の和(すなわち、カルボン酸緩衝液の濃度)は、特に限定されず、当業者であれば、予備的な脱色実験等を行うことで、脱色の対象となる標本に適した濃度を選択することができる。例えば、用いるカルボン酸が、ヒドロキシトリカルボン酸の1つであるクエン酸の場合、その濃度は、限定はしないが、例えば、1 mM~1 M、好ましくは10 mM~100 mMである。また、本発明の脱色剤のpHについても、特に限定されず、当業者であれば容易に選択可能であり、クエン酸の場合を例示すると、pH2.0~pH7.0、好ましくはpH4.0~pH6.0である。
【0014】
本発明の脱色剤には、キレート剤が含まれていてもよい。特に、鉄-ヘマトキシリン染色(すなわち、鉄イオンが結合したヘマテインが組織等に結合した染色)を脱色する場合には、鉄イオンをキレートするキレート剤(鉄キレート剤)を含む脱色剤を使用することが望ましい。ここで使用されるキレート剤は、当該脱色剤に加えることで脱色効果が改善されるものであれば、いかなるキレート剤であっても使用することができる。特に限定はしないが、使用可能なキレート剤としては、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)、PDTA(1, 3-プロパンジアミン四酢酸)、HEDTA(エチレンジアミンヒドロキシエチル三酢酸)、EGTA(グリコールエーテルジアミン四酢酸)、NTA(ニトリロ三酢酸)およびこれらの誘導体を例示することができる。キレート剤の濃度は、用いるキレート剤の種類および脱色対象である標本の状態等によって異なるが、例えば、0.2 mM~5.0 mM、好ましくは0.5 mM~2.0 mM程度である。
【0015】
本発明の第2の実施形態は、ヘマトキシリン染色された生物組織用脱色方法であって、染色された標本をカルボン酸とその塩を含むヘマトキシリン染色された生物組織用脱色剤(本発明の第1の実施形態)に浸漬することを含む、脱色方法である。
第2の実施形態の脱色方法(以下「本発明の脱色方法」とも記載する)は、従来の脱色法(例えば、アルコールによる脱色法や塩酸-アルコール法など)よりも簡便に短時間に完全に脱色ができるという点で優れている。そのため、ヘマトキシリン染色された標本、例えば、パラフィン切片などの標本からヘマトキシリン染色を脱色し、再度、同一の標本を免疫組織化学染色などの他の染色法で染色する際にも、ヘマトキシリン染色の影響を従来法よりも大幅に低減させることが可能である。
【0016】
ヘマトキシリン染色の脱色を行う対象物は、いかなるものであっても良く、生体の一部に由来する組織や細胞の標本などを例示することができる。
脱色対象物を、本発明の脱色剤に浸漬(浸すまたは漬ける)した状態にしておくことで、ヘマトキシリン染色の脱色が進行する。脱色対象物を本発明の脱色剤に浸漬しておく時間および温度などは、脱色対象物によって異なるが当業者であれば、予備的な実験等によって容易に選択することができる。例えば、ヘマトキシリン染色標本であれば、4℃~40℃、好ましくは、20℃~37℃程度の条件で、数分~数時間、好ましくは10分~5時間程度、より好ましくは10分~1時間程度、当該標本を脱色剤に浸漬すればよい。浸漬している間、標本は静置状態であってもよい。
【0017】
鉄-ヘマトキシリン染色(すなわち、鉄イオンが結合したヘマテインが組織等に結合した染色)を脱色する場合には、脱色対象の標本を、キレート剤を含む本発明の脱色剤に浸漬して処理してもよいが、該標本を本発明の脱色剤(キレート剤を含まない)に浸漬して処理する前または処理した後に、本発明の脱色剤による処理とは別に鉄イオンをキレートするキレート剤(鉄キレート剤)を含む溶液に当該標本を浸漬して処理する方が好ましい。ここで使用されるキレート剤は、キレート剤処理することで脱色効果が改善されるものであれば、いかなるキレート剤であっても使用することができる。特に限定はしないが、使用可能なキレート剤としては、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)、PDTA(1, 3-プロパンジアミン四酢酸)、HEDTA(エチレンジアミンヒドロキシエチル三酢酸)、EGTA(グリコールエーテルジアミン四酢酸)、NTA(ニトリロ三酢酸)およびこれらの誘導体を例示することができる。キレート剤の濃度は、用いるキレート剤の種類および脱色対象である標本の状態等によって異なるが、例えば、0.2 mM~5.0 mM、好ましくは0.5 mM~2.0 mM程度である。キレート剤のみで処理する場合には、特に限定はしないが、例えば、脱色対象の標本を、キレート剤を含む水溶液に浸漬して処理することが好ましい。キレート剤で標本を処理する時間は、特に限定はしないが、例えば、数分~数時間、好ましくは10分~5時間程度、より好ましくは10分~1時間程度であってもよい。
【0018】
本発明の第3の実施形態は、少なくとも、カルボン酸とその塩を含む溶液(カルボン酸緩衝液;本発明の第1の実施形態、すなわち本発明の脱色剤)を含む、ヘマトキシリン染色された生物組織用脱色キット(以下「本発明のキット」とも記載する)である。本発明のキットに含まれるカルボン酸緩衝液は液体であっても粉末であってもよい。また、本発明のキットには、キレート剤が含まれていてもよい。さらに、再染色、例えば、PASや免疫組織化学染色などのために必要な試薬等が含まれていてもよい。
本発明のキットには、ヘマトキシリン染色の脱色方法や構成試薬等の取り扱い上の注意などが記載された使用説明書が含まれていてもよく、または、当該使用方法を掲載したウェッブサイトなどの情報が記載された情報書面等が含まれていてもよい。使用説明書は、CDやDVDなどの記録媒体に記録されて添付されてもよい。
【0019】
本明細書が英語に翻訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数も含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0020】
1.ヘマトキシリン核染色の脱色
HE染色された生物組織標本(マウスの精巣、卵巣)における核のヘマトキシリン染色の脱色を行った。
まず、HE染色された生物組織標本(
図1A)をキシレンに浸漬し、カバーグラスを剥離させた。得られた組織切片をDWに浸漬し水和させた。その後、10 mMのクエン酸緩衝液(pH 4.0)に標本を浸漬させ、室温(24℃程度)で、30分間静置した。
クエン酸緩衝液で処理した標本は、DWまたはPBSに浸漬し、クエン酸緩衝液と置換したのち、脱色の状態を顕微鏡にて観察した(
図1B)。
脱色前には染色されていた核が完全に脱色されたことが確認できた。なお、マウスの大脳、食道、肝臓、肺、腎臓由来の標本についても同様に脱色できることを確認している。
【0021】
2.マッソントリクローム染色の脱色(1)
マッソントリクローム染色された生物組織標本(イヌの肺)の脱色を行った。
まず、マッソントリクローム染色された生物組織標本(
図2A)をキシレンに浸漬し、カバーグラスを剥離させた。得られた組織切片をDWに浸漬し水和させた。その後、10 mMのクエン酸緩衝液(pH 4.0)に標本を浸漬させ、室温(24℃程度)で、30分間静置した。次いで、1 mM EDTA水溶液中に標本を浸漬させ、室温で30分間静置した。
脱色結果を
図2Bに示す。鉄ヘマトキシリンで染色された核を含め、ヘマトキシリン染色されていた部位が、完全に脱色されたことが確認できた。
【0022】
3.マッソントリクローム染色の脱色(2)
マッソントリクローム染色された物組織標本(イヌの肺)の脱色をクエン酸緩衝液とEDTAを同時に処理する方法で行った。
マッソントリクローム染色された生物組織標本(
図3A)をキシレンに浸漬し、カバーグラスを剥離させた。得られた組織切片をDWに浸漬し水和させた。その後、1 mM EDTAを含む10 mMのクエン酸緩衝液(pH 4.0)に標本を浸漬させ、室温(24℃程度)で、1時間静置した。
脱色結果を
図3Bに示す。鉄ヘマトキシリンで染色された部位は、一部脱色されたことが確認できた。
【0023】
4.脱色後の染色性の検討(1)
マッソントリクローム染色された生物組織標本(イヌの肺)(
図4A)を上記2.に記載の方法で脱色した後(
図4B)、次のようにHE染色を行った。
パラフィン包埋された生物組織標本を脱パラフィン処理後、マイヤーヘマトキシリン溶液中に5分間浸漬し、流水により発色を行った。次に水溶性エオジン溶液中に30秒間浸漬し染色後、脱水・透徹処理を行った。
その結果、新たなHE染色により、組織中の細胞の核および細胞質が明瞭に染色されることが確認できた(
図4C)。
【0024】
5.脱色後の染色性の検討(2)
マッソントリクローム染色された生物組織標本(イヌの肺)(
図5A)を上記2.に記載の方法で脱色した後(
図5B)、次のようにPASおよびHE染色の二重染色を行った。
過ヨウ素酸水溶液に浸漬後、流水により洗浄した。次にシッフ試薬溶液で染色し、亜硫酸水で洗浄し、流水洗浄をした。その後、マイヤーヘマトキシリンで核染色を行い、脱水・透徹処理を行った。
その結果、組織中の細胞の核および気管上皮の杯細胞中の多糖類を明瞭に観察することが確認できた(
図5C)。
【0025】
6.脱色後の染色性の検討(3)
HE染色された生物組織標本(マウスの卵巣)(
図6A)を上記1.に記載の方法で脱色した後(
図6B)、抗αSMA(alpha smooth muscle Actin)抗体およびDAPIで二重染色を行った。
αSMA/DAPI染色は次のように行った。
賦活化処理後、ブロッキング行い、1次抗体(抗αSMA抗体)を生物組織標本上に一晩のせ、4℃で静置した。次に、蛍光2次抗体とDAPIを生物組織標本上にのせ、室温で1時間静置し、染色を行った。
その結果、組織中の細胞の核卵胞を取り囲むαSMA陽性細胞の存在が明瞭に確認できた(
図6C)。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によれば、ヘマトキシリン染色された標本に対し、他の染色法を施すことが可能になり、一つの標本から複数のより正確な情報を取得することができようになる。従って、基礎研究分野の他、医学分野(特に解剖学、病理学の分野)での利用が期待される。