(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-17
(45)【発行日】2022-11-28
(54)【発明の名称】アミロイドタンパク質を抽出する試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 1/36 20060101AFI20221118BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20221118BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20221118BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20221118BHJP
C07K 1/14 20060101ALI20221118BHJP
C07K 14/47 20060101ALI20221118BHJP
【FI】
G01N1/36
G01N1/28 J
G01N33/48 Z ZNA
G01N33/68
C07K1/14
C07K14/47
(21)【出願番号】P 2018120456
(22)【出願日】2018-06-26
【審査請求日】2021-06-16
(31)【優先権主張番号】P 2018030511
(32)【優先日】2018-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.集会において発表 発表日 2018(平成30)年3月29日 集会名、開催場所 The XVI International Symposium on Amyloidosis KKRホテル熊本(熊本県熊本市中央区千葉城町3-31)
(73)【特許権者】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】上家 潤一
(72)【発明者】
【氏名】坂上 元栄
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】特表2001-516448(JP,A)
【文献】特表2010-502938(JP,A)
【文献】特表2015-502151(JP,A)
【文献】特開2018-113982(JP,A)
【文献】特表2017-530695(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00-1/44
G01N 33/48
G01N 33/68
C07K 1/14
C07K 14/47
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルマリン固定パラフィン包埋切片からアミロイドタンパク質を抽出する試薬であって、
N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、メタノール、2、2、2-トリフルオロエタノール(TFE)、DMSOおよびTFEの混合液、またはDMFおよびTFEの混合液のいずれかを含む、前記試薬。
【請求項2】
前記試薬がDMFおよびTFEの混合液、またはDMSOおよびTFEの混合液である、請求項1に記載の試薬
【請求項3】
前記DMFおよびTFEの混合液中のDMFの存在比率が40重量%以上60重量%未満である、請求項1または請求項2に記載の試薬。
【請求項4】
前記DMSOおよびTFEの混合液中のDMSOの存在比率が40重量%以上60重量%未満である、請求項1または請求項2に記載の試薬。
【請求項5】
ホルマリン固定パラフィン包埋切片からアミロイドタンパク質を抽出するためのキットであって、少なくとも請求項1ないし
4のいずれかに記載の試薬を含むキット。
【請求項6】
ワックス可溶化剤をさらに含むことを特徴とする請求項
5に記載のキット。
【請求項7】
ホルマリン固定パラフィン包埋切片からアミロイドタンパク質を抽出する方法であって、以下の工程を含む方法。
(a)生体試料を請求項1ないし
4のいずれかに記載の試薬と接触させ、インキュベートする工程、
(b)工程(a)のインキュベート後の混合物から、不溶物を除去する工程、および
(c)工程(b)で得られた画分から前記試薬を除去する工程、
【請求項8】
前記工程(a)におけるインキュベーションの温度が、20℃~60℃である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
ホルマリン固定パラフィン包埋切片をワックス可溶化剤で脱パラフィン処理をする工程をさらに含む、請求項
7または8に記載の方法。
【請求項10】
請求項
7ないし9のいずれかに記載の方法で抽出したアミロイドタンパク質のアミノ酸配列を決定することを含む、生体試料中のアミロイドタンパク質の同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミロイドタンパク質を抽出する試薬および抽出する方法に関する。より具体的には、本発明は、生体試料から、アミロイドタンパク質を特異的に抽出する試薬および抽出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミロイドタンパク質は、水に不溶性の線維状のタンパク質で、βシート構造が積層した構造(クロスβ構造)をとり、主に器官や組織の細胞外領域に沈着する。アミロイドタンパク質をコンゴーレッド(Congo red)で染色し、偏光顕微鏡で観察すると、緑色、黄色または橙色の複屈折を呈する(非特許文献1)。
アミロイドーシスは、アミロイドタンパク質が臓器の細胞外に沈着し、機能障害を引き起こす疾患の総称で、全身の様々な臓器にアミロイドタンパク質が沈着する全身性アミロイドーシスと、ある種特定の臓器に限局してアミロイドタンパク質が沈着する限局性アミロイドーシスに大別される。全身性アミロイドーシスの代表的なものとしては、ALアミロイドーシス(免疫グロブリン性アミロイドーシス)、AAアミロイドーシス、Aβ2Mアミロイドーシス(透析アミロイドーシス)、家族性アミロイドポリニューロパチー (FAP) 、老人性全身性アミロイドーシス (SSA) などがある。これらの疾患のうち、ALアミロイドーシス、FAP、SSAの3者は、日本において指定難病となっている。一方、限局性アミロイドーシスとしては、アルツハイマー病、脳アミロイドアンギオパチー、プリオン病などの脳アミロイドーシスがある(非特許文献2)。現在までに、アミロイドーシスの原因となるアミロイドタンパク質として約30種が同定されている(非特許文献1)。
【0003】
アミロイドーシスの病理診断は、ホルマリン固定パラフィン(formalin-fixed paraffin-embedded: FFPE)切片で実施され、免疫染色でアミロイド種が同定される。しかし、免疫染色では同定が難しい症例が約1割存在する。代替法として、質量分析法が用いられるが、そのためにはFFPE切片からアミロイドを抽出する必要がある。従来は、FFPE切片からレーザーマイクロダイセクションでアミロイド沈着部位を採取し(マイクロダイセクション法)、ホルマリンで架橋されたアミロイドを界面活性剤で処理し、抽出していた。この方法は、病理専門家がアミロイド沈着部位を特定したのち、沈着部位をマイクロダイセクションで採取するため、工程が煩雑な上、高額なマイクロダイセクション装置が必要であり、小規模な医療機関などにおいては、人材および費用の点から、容易に実施できる方法ではない。
また、アミロイドーシスの病態を解明する上では、アミロイドタンパク質の解析が必須であるが、従来は、アミロイドタンパク質を新鮮または凍結した材料から、多段階の工程を経て水抽出(水抽出法)により調製していた(非特許文献3)。しかしながら、この方法ではFFPE切片からアミロイドタンパク質を調製することができず、また、大量(グラム単位)の新鮮または凍結した材料を準備しなくてはならず、多くの労力と費用がかかっていた。
【0004】
このような状況において、FFPE切片からアミロイドタンパク質を簡便かつ低コストで抽出する技術があれば、迅速なアミロイドーシス診断と病態解明の研究が可能となるが、現在のところ、そのような技術は存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sipeら, Amyloid 23:209-213 2016
【文献】難病情報センターHP(http://www.nanbyou.or.jp/entry/45)
【文献】Schubertら, J Clin Invest., 47:924-933 1968
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、生体試料(例えば、FFPE切片など)からアミロイドタンパク質を特異的に抽出する試薬および該試薬を含むアミロイドタンパク質調製キットの提供を目的とする。
また、本発明は、生体試料からアミロイドタンパク質を特異的に抽出する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、FFPE切片を脱パラフィン処理したのち、アミロイド中のβシートを変性(破壊)する試薬である、スルホキシド類のジメチルスルホキシド(dimethyl sulfoxide: DMSO、以下「DMSO」と略記する)、酸アミド類のN,N-ジメチルホルムアミド(N,N-dimethylformamide: DMF、以下「DMF」と略記する)、低級アルコール類のメタノール(methanol)、フッ化アルコール類の2,2,2-トリフルオロエタノール(2,2,2-Trifluoroethanol: TFE、以下「TFE」と略記する)およびヘキサフルオロイソプロパノール(1,1,1,3,3,3-hexafluoro-2-propanol: HFIP、以下「HFIP」と略記する)などで処理すると、FFPE切片からアミロイドタンパク質が特異的に抽出されることを見いだした。
また、上記5溶媒を混合してもアミロイドタンパク質を抽出することが可能であること、特に、DMSOとTFEまたはDMFとTFEを各々混合した溶液で処理すると、抽出されるアミロイドタンパク質の特異性が上がることも併せて見い出した。
本発明は上記知見に基づいて完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明は以下の(1)~(19)である。
(1)生体試料からアミロイドタンパク質を抽出する試薬であって、βシート構造を変性させる化合物を含む、前記試薬。
(2)前記βシート構造を変性させる化合物が、スルホキシド類、酸アミド類、炭素数1~4のアルコール類およびフッ化アルコール類に含まれる化合物の1または複数であることを特徴とする上記(1)に記載の試薬。
(3)前記スルホキシド類が、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはジエチルスルホキシドのいずれかであることを特徴とする上記(2)に記載の試薬。
(4)前記酸アミド類が、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジエチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミドまたはN,N-ジメチルプロピオンアミドのいずれかであることを特徴とする上記(2)に記載の試薬。
(5)前記炭素数1~4のアルコール類が、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、t-ブタノール、アリルアルコール、3-ブテン-2-オール、シクロブタノール、1,2-エタンジオール、1,2-プロパンジオールまたは1,3-プロパンジオールのいずれかであることを特徴とする上記(2)に記載の試薬。
(6)前記フッ化アルコール類が、2、2、2-トリフルオロエタノール(TFE)、1、1、1-トリフルオロ-2-プロパノール、1、1、1、3、3、3-ヘキサフルオル-2-プロパノール(HFIP)、1、1、1、3、3、3-ヘキサフルオル-2-メチル-2-プロパノール、2、2、3、4、4、4-ヘキサフルオロ-1-ブタノールまたは2、2、3、3、4、4-ヘキサフルオロ-1、5-ペンタンジオールンジオールのいずれかであることを特徴とする上記(2)に記載の試薬。
(7)生体試料からアミロイドタンパク質を抽出する試薬であって、DMSO、DMF、メタノール、HFIPおよびTFEからなるグループから選択される1または複数を含むことを特徴とする上記(4)ないし(6)のいずれかに記載の試薬。
(8)DMSOおよびTFEを選択することを特徴とする上記(7)に記載の試薬。
(9)DMFおよびTFEを選択することを特徴とする上記(7)に記載の試薬。
(10)前記生体試料が固定されたものであることを特徴とする上記(1)ないし(9)のいずれかに記載の試薬。
(11)前記生体試料がアルデヒド基を有する固定化試薬により固定されたものであることを特徴とする上記(10)に記載の試薬。
(12)前記生体試料がホルマリン固定パラフィン包埋切片であることを特徴とする上記(11)に記載の試薬。
(13)生体試料からアミロイドタンパク質を抽出するためのキットであって、少なくとも上記(1)ないし(12)のいずれかに記載の試薬を含むキット。
(14)ワックス可溶化剤をさらに含むことを特徴とする上記(13)に記載のキット。
(15)生体試料からアミロイドタンパク質を抽出する方法であって、以下の工程を含む方法。
(a)生体試料を上記(1)ないし(12)のいずれかに記載の試薬と接触させ、インキュベートする工程、
(b)工程(a)のインキュベート後の混合物から、不溶物を除去する工程、および
(c)工程(b)で得られた画分から前記試薬を除去する工程、
(16)前記生体試料が固定されたものであることを特徴とする上記(15)に記載の方法。
(17)前記生体試料がアルデヒド基を有する固定化試薬により固定されたものであることを特徴とする上記(16)に記載の方法。
(18)前記生体試料をワックス可溶化剤で脱パラフィン処理をする工程をさらに含む、上記(15)ないし(17)のいずれかに記載の方法。
(19)上記(15)ないし(18)のいずれかに記載の方法で抽出したアミロイドタンパク質のアミノ酸配列を決定することを含む、生体試料中のアミロイドタンパク質の同定方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、生体試料から、簡便かつ低コストでアミロイドタンパク質を特異的に抽出することが可能になる。その結果、アミロイドーシス診断が容易になり、また、免疫染色による同定ができない症例であっても、簡便に診断することが可能となる。
【0010】
さらに、本発明によりFFPEからのアミロイドタンパク質の抽出が可能になることから、蓄積されたFFPEを用いた病態解析ができることになり、研究対象が飛躍的に広がる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】DMSO、DMFおよびTFEを用いたアルツハイマー病モデルマウスのFFPE切片からの抽出物をSDSPAGEで分離した結果を示す。矢印は抽出されたアミロイドタンパク質を示す。
【
図2】DMSOを用いたアルツハイマー病モデルマウスのFFPE切片からの抽出物の質量分析の結果を示す。
【
図3】FFPE切片からのAmyloid β抽出に対する温度の影響とDMSO、DMFおよびTFEの混合液の効果に関する検討結果を示す。矢印は抽出されたアミロイドタンパク質(Amyloid β)を示す。
【
図4】DMSO、 DMF、メタノール、TFEおよび HFIPを用いたアルツハイマー病モデルマウスのFFPE切片からの抽出物をSDSPAGEで分離した結果を示す。矢印は抽出されたアミロイドタンパク質(Amyloid β)を示す。
【
図5】ヒトのアミロイド症の検体由来のアミロイドタンパク質の抽出結果を示す。
【
図6】ヒトのアミロイド症の検体由来のアミロイドタンパク質の質量分析の結果を示す。
【
図7】非ヒト動物のアミロイド症の検体からのアミロイドタンパク質の抽出結果を示す。
【
図8】TFEのアミロイドタンパク質中のβシート構造に対する影響を検討した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の実施形態は、生体試料からアミロイドタンパク質を抽出する試薬であって、βシート構造を変性させる化合物を含む、前記試薬(「本発明の試薬」とも記載する)である。
ここで、βシート構造を変性させる化合物とは、該βシート構造を変性、破壊等することができる化合物であれば特に限定されず、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)およびジエチルスルホキシドなどのスルホキシド類、N,N-ジメチルホミアミド(DMF)、N,N-ジエチルホルミアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジエチルアセトアミドおよびN,N-ジメチルプロピオンアミドなどの酸アミド類、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、t-ブタノール、アリルアルコール、3-ブテン-2-オール、シクロブタノール、1,2-エタンジオール、1,2-プロパンジオールおよび1,3-プロパンジオールなどの炭素数1~4の低級アルコール類、2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)、1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノール、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオル-2-プロパノール(HFIP)、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオル-2-メチル-2-プロパノール、2,2,3,4,4-ヘキサフルオロ-1-ブタノールおよび2,2,3,3,4,4-ヘキサフルオロ-1,5-ペンタンジオールなどのフッ化アルコール類などの化合物を挙げることができる。本発明の試薬には、上記化合物(βシート構造を変性させる化合物)から選択される1または複数が含まれていてもよい。本発明の試薬として、より好ましいものは、DMSO、DMF、メタノール、HFIPおよびTFEからなるグループより選択される1または複数を含む試薬である。
【0013】
ここで、生体試料とは、動物の生体に由来する試料のことで、生体組織などのことである。当該生体試料は、可溶性タンパク質が流出しないように固定されたものであってもよく、固定化剤としては、ホルムアルデヒドやグルタルアルデヒドなどのアルデヒド基を有する剤が好ましい。また、生体試料は、ホルマリン固定パラフィン(FFPE)切片などであってもよい。生体試料がFFPE切片である場合には、ワックス可溶化処理(脱パラフィン処理)を行うことが望ましい。ワックス 可溶化剤は、ワックスを可溶化する(脱パラフィン化する)化合物を含むものであれば特に限定はされず、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭素数6~8の芳香族炭化水素類、n-ヘキサン、2,2-ジメチルブタン、2,3-ジメチルブタン、2-メチルペンタン、3-メチルペンタン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、シクロヘキサン、シクロヘプタンおよびシクロオクタンなどの炭素数6~10の脂肪族炭化水素類、ミネラルオイル(流動パラフィン)および石油ベンジンなどの石油系混合炭化水素類、D-リモネンなどの天然製油類、ジクロルメタン、クロロホルム、1,2-ジクロルエタン、1,1,1-トリクロルエタン、1,1,2-トリクロルエタンおよびテトラクロロエチレンなどの塩素化炭化水素類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびテトラヒドロピランなどの脂肪族エーテル類、その他二硫化炭素などを挙げることができ、これらの化合物は1または複数混合して使用することもできる。ワックス可溶化剤として、より好ましくは、キシレン、n-ヘキサン、ミネラルオイル、D-リモネン、クロロホルム、ベンゼン、ジエチルエーテル、二硫化炭素および石油ベンジンからなるグループより選択される1または複数の化合物を含むものを挙げることができる。特に、上記βシート構造を変性させる試薬(例えば、DMSO、DMF、メタノール、HFIPおよび/またはTFEを含む試薬)と混合した場合に相分離するワックス可溶化剤が好ましい。このようなワックス可溶化剤を用いると、FFPE切片からのアミロイドタンパク質の抽出をより簡便に行うことが可能になる。
【0014】
本発明の第1の実施形態にかかる試薬は、βシート構造を変性、破壊等することができる化合物を含む試薬(例えば、DMSO、DMF、メタノール、HFIPおよびTFEからなるグループから選択される1または複数を含む試薬)であり、これらの化合物以外の物質(例えば、水など)を含んでいてもよく、βシート構造を変性、破壊等することができる化合物以外の物質(例えば、水など)の含量は、10 %以下、好ましくは5 %以下、より好ましくは2 %以下である。
本発明の試薬にβシート構造を変性させる化合物の1つのみが含まれているものであっても、生体試料からアミロイドタンパク質の抽出を特異的(すなわち、アミロイドタンパク質以外のタンパク質等は抽出しない)に行うことができるが、複数の化合物が含まれる試薬であっても、好適に目的を達成することができる。より具体的に説明すると、例えば、スルホキシド類のDMSO、酸アミド類のDMF、低級アルコール類のメタノール、フッ化アルコール類TFEおよびHFIPから複数を選択して混合したものであってもよい。この場合、DMSOとTFEまたはDMFとTFEを混合すると、アミロイドタンパク質の抽出の特異性がより向上する。本発明の試薬として、DMSO、DMF、メタノール、HFIPおよびTFEからなるグループから選択された1または複数を混合して調製する場合、当該試薬における各物質の存在比率は、特に限定されないが、例えば、10 %(重量%、以下同じ)未満、10 %以上20 %未満、20 %以上30 %未満、30 %以上40 %未満、40 %以上50 %未満、50 %以上60 %未満、60 %以上70 %未満、70 %以上80 %未満、80 %以上90 %未満、90 %以上100 %未満であってもよい。
【0015】
本発明の第2の実施形態は、生体試料からアミロイドタンパク質を抽出するためのキットであって、少なくとも本発明の試薬を含むキットである。
本発明の第2の実施形態にかかるキット(「本発明のキット」とも記載する)は、本発明の試薬が少なくとも1つ含まれており、複数の本発明の試薬が含まれていてもよい。本発明のキットには、本発明の試薬の他、ワックス可溶化剤(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭素数6~8の芳香族炭化水素類、n-ヘキサン、2,2-ジメチルブタン、2,3-ジメチルブタン、2-メチルペンタン、3-メチルペンタン、n-ヘプタン、n-オクタン、n-ノナン、n-デカン、シクロヘキサン、シクロヘプタンおよびシクロオクタンなどの炭素数6~10の脂肪族炭化水素類、ミネラルオイル(流動パラフィン)および石油ベンジンなどの石油系混合炭化水素類、D-リモネンなどの天然製油類、ジクロルメタン、クロロホルム、1,2-ジクロルエタン、1,1,1-トリクロルエタン、1,1,2-トリクロルエタンおよびテトラクロロエチレンなどの塩素化炭化水素類、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびテトラヒドロピランなどの脂肪族エーテル類、その他二硫化炭素など)が含まれていてもよく、さらに、抽出したアミロイドを希釈等するための緩衝剤が含まれていてもよい。試薬等以外にも、本発明のキットの使用説明書が含まれていてもよい。
【0016】
本発明の第3の実施形態は、生体試料からアミロイドタンパク質を抽出する方法であって、以下の工程を含む方法。
(a)生体試料を本発明の試薬と接触させ、インキュベートする工程、
(b)工程(a)のインキュベート後の混合物から、不溶物を除去する工程、および
(c)工程(b)で得られた画分から前記試薬を除去する工程、
工程(a)は、アミロイドタンパク質を含む生体試料(ホルムアルデヒド等で固定した試料が好ましい)を本発明の試薬と接触させ、試料中の成分(例えば、DMSO、DMF、メタノール、 HFIPおよび/またはTFE)が生体試料の表面および内部に浸透するように、インキュベートする工程である。工程(a)におけるインキュベーションの温度は、特に限定はしないが、例えば、約10℃~約70℃、好ましくは、約20℃~60℃、より好ましくは、約30℃~約50℃程度である。また、インキュベーションの時間は、例えば、約0.5時間~約24時間、好ましくは、約1時間~約15時間程度である。なお、生体試料としてFFPE切片を用いる場合には、あらかじめ、脱パラフィン処理をしておくことが好ましい。
行程(b)は、生体試料と本発明の試薬の混合物から不溶物を除去する工程である。本発明の試薬に溶解しなかった不溶物は、遠心分離などにより沈殿画分として除去し、アミロイドタンパク質を上清画分に回収することができる。
工程(c)は、工程(b)で不溶物を除去して得られた画分から本発明の試薬(例えば、DMSO、DMF、メタノール、HFIPおよび/またはTFE)を除去する工程である。本発明の試薬の除去は、当業者であれば容易に実施することができる有機溶媒の一般的な除去方法で実施可能である。例えば、遠心分離などで不溶物を除去した上清画分をエバポレーター等などの真空乾燥機で有機溶媒を除去する方法を挙げることができる。本発明の試薬が除去されると、生体試料から抽出されたアミロイドタンパク質を乾燥標品として得ることができる。
【0017】
本発明の第4の実施形態は、本発明の第3の実施形態(以下「本発明のアミロイドタンパク質抽出方法」とも記載する)により、生体試料からアミロイドタンパク質を抽出し、抽出されたアミロイドタンパク質のアミノ酸配列を決定することを含む、生体試料中のアミロイドタンパク質の同定方法である。
本発明のアミロイドタンパク質抽出方法により得られたアミロイドタンパク質は、常法により、そのアミノ酸配列を決定することができる。決定したアミノ酸配列情報に基づいて、抽出されたアミロイドタンパク質が同定され、当該アミロイドタンパク質と関連性を有するアミロイドーシスの特定が可能となる。
また、抽出されたアミロイドタンパク質以外に他のタンパク質が微量混在している場合には、抽出したアミロイドタンパク質画分から、アミロイドタンパク質をSDSPAGEやカラムクロマトグラフィーなどの方法で分離してから、当該アミロイドタンパク質のアミノ酸配列解析を行ってもよい。
【0018】
本明細書において引用されたすべての文献の開示内容は、全体として明細書に参照により組み込まれる。また、本明細書が英訳されて、単数形の「a」、「an」、および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものを含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0019】
1.アルツハイマー病モデルマウスのFFPE切片からのAmyloid βの抽出
1-1.材料および方法
アルツハイマー病モデルマウスである5XFADマウスの脳のホルマリン固定パラフィン包埋(Formalin Fixed Paraffin Embedded: FFPE)ブロックを10 μmに薄切した切片を用いた。
脱パラフィンした切片を1枚ずつチューブに入れ、DMSO、DMFとTFEおよび各液の1%NH3溶液と1%ギ酸溶液を各100μlずつ加えて、37℃で16時間静置した。各サンプルを遠心した後の上清を別チューブに移し、熱をかけながら真空乾燥機で乾固させて抽出物を得た。得られた抽出物をSDSPAGEにかけて分離し、銀染色を行った。
この結果を踏まえて、抽出タンパク質のアミノ酸配列の決定を行った。脱パラフィンした切片にDMSOを100 μl加えて、37℃で16時間静置した。上清10 μlに20mM Tris-HCl, pH8.0を90 μl加え、トリプシンを0.5 μg加えて37℃で16時間酵素消化し、ペプチド試料を作製した。ペプチド試料をLC/MS/MS(Q-Exactive plus, Thermo Fischer Scientific)で測定し、mascot search engineを用いて取得データからタンパク質を同定した。
【0020】
1-2.結果
DMSO、DMFおよびTFEを用いることで分子量10kDa以下にタンパク質バンド(
図1矢印)が確認された。TFEはアルカリ、酸性条件では高分子量領域に抽出物が若干観察された。
また、DMSOを用いた抽出物のアミノ酸配列を決定した結果、Amyloid βタンパク質に由来するペプチド(LVFFAEDVGSNK:配列番号1)が同定された。
図2に、抽出されたペプチドのMSMSスペクトラムを示す。
【0021】
2.FFPE切片からのAmyloid βの抽出における温度の影響とDMSO、DMFおよびTFEの混合液の効果に関する検討
2-1.材料および方法
アルツハイマー病モデルマウスである5XFADマウスの脳のホルマリン固定パラフィン包埋ブロックを10 μmに薄切した切片を用いた。
脱パラフィンした切片にDMSO、DMFおよびTFEを各100 μl加え、37℃、60℃で16時間静置した。また、脱パラフィンした切片に各液の50%水溶液、50%DMSO/TFE混合液、50%DMF/TFE混合液または50%DMSO/DMF混合液を加えて37℃で16時間静置した。各上清を、SDSPAGEにかけ銀染色を行った。
【0022】
2-2.結果
37℃と60℃では、各液を用いた抽出に差を認めなかった。各50%水溶液ではAmyloidβは抽出されなかった。50%DMSO/TFE, 50%DMF/TFE混合液では、DMSO、DMFのみによる抽出物に比べ、高分子領域のスメア上のシグナルが消失しており、Amyloid β以外のタンパク質の抽出が抑制されていることが示された(
図3)。
【0023】
3.FFPE切片からのAmyloid βの抽出におけるDMSO、DMF、メタノール、TFEおよびHFIPの効果に関する検討
3-1.材料および方法
アルツハイマー病モデルマウスである5XFADマウスの脳のホルマリン固定パラフィン包埋ブロックを10 μmに薄切した切片を用いた。
脱パラフィンした切片にDMSO、DMF、メタノール、TFEおよびHFIPを各100 μl加え、37℃で16時間静置した。各上清を、SDSPAGEにかけ銀染色を行った。
【0024】
3-2.結果
DMSO、DMF、メタノール、TFEおよびHFIPを用いることで、
図1と同様の分子量約10kDa以下にタンパク質バンドを検出した。
【0025】
4.ヒトのアミロイド症の検体からのアミロイドタンパク質の抽出
4-1.材料および方法
新潟大学大学病院においてコンゴーレッド染色でアミロイド症と診断された、以下のヒトの3症例のFFPE切片を用いた。
症例1:AAアミロイド症の腎臓、
症例2:アミロイドタンパク質が同定されていない症例の心臓
症例3:アミロイドタンパク質が同定されていない症例の腸管
脱パラフィンした切片各1枚にDMFを100 μl加えたのち、37℃で16時間静置した。サンプルを遠心した後の上清を別チューブに移し、熱をかけながら真空乾燥機で乾固させて抽出物を得た。得られた抽出物をSDSPAGEにかけて分離し、銀染色を行った。
【0026】
4-2.結果
各症例で、分子量が異なる特異的なタンパク質が抽出された(
図4)。
【0027】
5.ヒトのアミロイド症の検体由来のアミロイドタンパク質の質量分析による同定
5-1.材料および方法
上記3で得られた抽出物各10 μlを質量分析に供した。
上記1と
図2と同様に各抽出物をトリプシンで消化し、ペプチド試料を作製した。得られたペプチド試料をLCMSMS(TSQ quantive, Thermo Fischer Scientific)で測定した。質量分析は、Serum Amyloid A、Apolipoprotein A IV、Transthyretinをトリプシン消化して得られる断片ペプチドの質量に対するtransitionを設定したselected reaction monitoring (SRM) を行った。
【0028】
5-2.結果
症例1、2および3の抽出物から、各々、Serum Amyloid A(AYSDMR:配列番号2)、Apolipoprotein IV(SLAPYAQDTQEK:配列番号3、LGEVNTYAGDLQK:配列番号4、SELTQQLNALFQDK:配列番号5)、Transthyretin(GSPAINVAVHVFR:配列番号6、ALGISPFHEHAEVVFTANDSGPR:配列番号7、AADDTWEPFASGK:配列番号8) に特異的なペプチドが検出された(
図5)。
【0029】
6.非ヒト動物のアミロイド症の検体からのアミロイドタンパク質の抽出
6-1.材料および方法
コンゴーレッド染色でアミロイド沈着が確認された以下の動物組織のFFPE切片を用いた。
症例1 犬の髄様癌
症例2 犬の腸管型形質細胞腫
上記3と同様に処理し、SDSPAGEと銀染色を行った。
【0030】
6-2.結果
各症例で、分子量が異なる特異的なタンパク質が抽出された(
図6)。
【0031】
7.本発明の試薬のβシート構造に対する影響の確認
TFEのアミロイドタンパク質中のβシート構造への影響を確認した。
アミロイドタンパク質であるAmyloidβ1-42(株式会社ペプチド研究所)およびTransthyretin(和光純薬工業株式会社)のTris-HClバッファー中におけるCDスペクトルと、TFE中におけるCDスペクトルを各々測定し、両者を比較した。
その結果、Tris-HClバッファーおよびTFE中のアミロイドタンパク質のCDスペクトルは、Amyloidβ1-42, Transthyretinともに、Tris-HCl緩衝液中ではβ構造を示す215nm付近に負の極大、195nm付近に正の極大が観察された。これに対し、TFE中では両タンパク質ともαへリックス構造を示す208および222付近に負のピークが観察された。
以上のことから、本発明の試薬の1つであるTFEは、アミロイドタンパク質中のβシート構造を変性させることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、アミロイドタンパク質を生体試料から簡便かつ特異的に抽出するための試薬および方法を提供するものである。従って、本発明は、アミロイドーシスの研究および診断などの医学分野の発展に大きく貢献するものである。
【配列表】