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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-17
(45)【発行日】2022-11-28
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20221118BHJP
   H01B 7/28 20060101ALI20221118BHJP
   C08G 73/14 20060101ALI20221118BHJP
【FI】
H01B7/02 A
H01B7/28 Z
C08G73/14
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021132968
(22)【出願日】2021-08-17
(62)【分割の表示】P 2017007117の分割
【原出願日】2017-01-18
(65)【公開番号】P2021192370
(43)【公開日】2021-12-16
【審査請求日】2021-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】309019534
【氏名又は名称】住友電工ウインテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(72)【発明者】
【氏名】前田 修平
(72)【発明者】
【氏名】山内 雅晃
(72)【発明者】
【氏名】菅原 潤
(72)【発明者】
【氏名】田村 康
(72)【発明者】
【氏名】山本 雄貴
【審査官】神田 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-82083(JP,A)
【文献】特開2014-49377(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
H01B 7/28
C08G 73/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、この導体の外周側に積層される1又は複数の絶縁層とを備える絶縁電線であって、
上記絶縁層のうち少なくとも1層が、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの反応生成物に由来するポリイミドを主成分とし、かつN-メチル-2-ピロリドンに80℃で4時間浸漬したときの質量膨潤度が1.3倍以上20.0倍以下であり、
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含み、
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するビフェニルテトラカルボン酸二無水物の含有量が25モル%以上95モル%以下である絶縁電線。
【請求項2】
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がピロメリット酸二無水物をさらに含み、
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するピロメリット酸二無水物の含有量が5モル%以上75モル%以下である請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
上記芳香族ジアミンがジアミノジフェニルエーテルを含む請求項1又は請求項2に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
モータ等のコイルに用いられる絶縁電線において、導体を被覆する絶縁層には、優れた絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度等が求められている。この絶縁層の形成に用いる合成樹脂としては、例えばポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド等が挙げられる。
【0003】
また、適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモータ等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁層表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。コロナ放電が発生すると、局部的な温度上昇やオゾン等の発生が引き起こされやすくなり、その結果、絶縁電線の絶縁層が劣化することで早期に絶縁破壊を起こし、電気機器の寿命が短くなる。高電圧が印加される絶縁電線には上記の理由によりコロナ放電開始電圧の向上が求められており、そのためには絶縁層の誘電率を低くすることが有効であることが知られている。
【0004】
さらに、絶縁電線は、湿熱環境下に晒される場合がある。このような環境下では、絶縁層を形成する合成樹脂が加水分解を生じてその分子量が著しく低下し、その結果、クラック等が生じて絶縁層としての機能が低下するおそれがある。そのため、絶縁電線の絶縁層には、上記湿熱環境下での機能低下を抑制する性能(耐湿熱劣化性)が要求される場合がある。
【0005】
さらに、絶縁電線をコイルとして使用する場合には、コイルの占積率を上げるために絶縁電線に曲げ加工を行う。具体的には、例えば絶縁電線を捲線してコイルを形成した後にコイルをスロット中に挿入したり、あらかじめ変形させた絶縁電線同士を溶接してコイルを形成したりする。このような用途で用いられる絶縁電線の絶縁層には、曲げ加工した際に電気特性低下の原因となる割れ、ピンホール、ボイド等が発生することを抑制する曲げ加工性が要求される。
【0006】
ポリイミドは、絶縁電線の絶縁層に使用される合成樹脂の中では特に耐熱性に優れ、誘電率が低く、かつ機械的強度にも優れ、また一定の原料や製造条件を適用した場合には良好な曲げ加工性を実現できるため、高電圧で使用される絶縁電線の絶縁層に用いられている。例えば特開2013-253124号公報には、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物との反応産物であり、かつイミド化後のイミド基濃度が特定範囲であるポリイミド前駆体を含有する樹脂ワニスを用いて絶縁層を形成することで、耐熱性、耐クレージング性に優れ、コロナ放電し難い絶縁電線が得られると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-253124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、ポリイミドは、湿熱環境下に長時間曝された場合に加水分解を生じるおそれがある材料であるため、上記従来の絶縁電線の備える絶縁層は、耐湿熱劣化性について向上の余地がある。
【0009】
本発明は、上述のような事情に基づいてなされたものであり、絶縁層の曲げ加工性及び耐湿熱劣化性に優れる絶縁電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様に係る絶縁電線は、導体と、この導体の外周側に積層される1又は複数の絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層のうち少なくとも1層が、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの反応生成物に由来するポリイミドを主成分とし、かつN-メチル-2-ピロリドンに80℃で4時間浸漬したときの質量膨潤度が1.3倍以上20.0倍以下であり、上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含み、上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するビフェニルテトラカルボン酸二無水物の含有量が25モル%以上95モル%以下である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様に係る絶縁電線は、絶縁層の曲げ加工性及び耐湿熱劣化性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本発明の実施形態の説明]
本発明の一態様に係る絶縁電線は、導体と、この導体の外周側に積層される1又は複数の絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層のうち少なくとも1層が、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの反応生成物に由来するポリイミドを主成分とし、かつN-メチル-2-ピロリドン(NMP)に80℃で4時間浸漬したときの質量膨潤度(以下、「NMP質量膨潤度」ともいう)が1.3倍以上20.0倍以下であり、上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含み、上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するビフェニルテトラカルボン酸二無水物の含有量が25モル%以上95モル%以下である。
【0013】
当該絶縁電線は、上記構成を有することにより、絶縁層の曲げ加工性及び耐湿熱劣化性に優れる。当該絶縁電線が上記構成を有することにより上記効果を奏する理由は定かではないが、例えば以下のように推察される。すなわち、当該絶縁電線の1又は複数の絶縁層のうち少なくとも1層は、原料として加水分解され難いBPDAを特定量用いたポリイミド前駆体に由来するポリイミドを主成分とする。このポリイミドは、BPDAに由来する加水分解され難い構造を特定量含むことで湿熱環境下でも加水分解され難いため、上記絶縁層の耐湿熱劣化性を向上すると考えられる。また、当該絶縁電線は、上記絶縁層のNMP質量膨潤度を上記範囲とすること、つまり上記絶縁層をNMPに代表される樹脂ワニス用溶剤によって適度に膨潤する層とすることで、絶縁層の耐溶剤性の低下を抑制しつつ、以下の理由により曲げ加工性を向上できる。
【0014】
すなわち、ポリイミドを主成分とする絶縁層を形成する場合、ポリイミド前駆体(ポリアミック酸)を含有する樹脂ワニスを導体の外周側に塗工する塗工工程と、得られた塗膜を加熱する加熱工程とを備える方法を用いるのが一般的である。上記方法では、一回の塗工工程及び加熱工程では数μm程度の比較的薄い絶縁層しか形成できないため、通常塗工工程及び加熱工程を繰り返して所定の厚さ(数10μm程度)となるまで複数の絶縁層を順次積層する。この2回目以降の塗工工程の際、樹脂ワニスに含まれるNMP等の溶剤が下地層(前回の塗工工程及び加熱工程で形成された絶縁層)に含まれるポリイミドを若干溶解する場合には、上記下地層と新たに積層する絶縁層とが馴染み易くなるため、各層間の密着力が向上すると考えられる。ここで、上記下地層に相当する絶縁層がNMPに代表される樹脂ワニス用溶剤によって適度に膨潤する層である場合、この絶縁層に樹脂ワニスの溶剤が浸潤することでポリイミドの溶解が促進されるため、上記下地層と新たに積層する絶縁層とがより馴染み易くなり、その結果、各層間の密着力向上がより確実に達成されると考えられる。これにより、当該絶縁電線は、曲げ加工等によって絶縁層に大きな変形を施した際に、絶縁層の各層間が剥離して絶縁性等が低下することを抑制できるため、絶縁層の曲げ加工性に優れると考えられる。なお、NMPは代表的な樹脂ワニス用溶剤であり、樹脂ワニスにはNMPと同様の極性溶剤が使用されることが多いため、NMPにより膨潤し易い絶縁層は、NMP以外の樹脂ワニス用溶剤によっても膨潤し易いと考えられる。そのため、当該絶縁電線の絶縁層がNMP以外の溶剤を含有する樹脂ワニスにより形成されている場合においても、上述の曲げ加工性の向上効果を得ることができる。
【0015】
ここで、絶縁層のNMP質量膨潤度は、絶縁層の主成分であるポリイミドの種類と絶縁層の形成条件とによって決まると考えられる。そして、BPDAに由来する構造をポリイミドに過剰に導入した場合、BPDAが有するビフェニル構造により分子同士のパッキングが促進されるため、NMP等の溶剤が分子間に浸透し難くなり、NMP質量膨潤度が低下するおそれがあると考えられる。そのため、当該絶縁電線は、上記ポリイミド前駆体の原料におけるBPDAの含有量を上記上限以下とすること、つまりBPDAに由来する構造をポリイミドに適度に導入することで容易かつ確実にNMP質量膨潤度を上記範囲とすることができる。ここで「主成分」とは、最も含有量の多い成分であり、例えば含有量が50質量%以上の成分を指す。「NMP質量膨潤度」とは、NMP膨潤処理後の絶縁層の総質量をR1(g)、NMP膨潤処理後の絶縁層を例えば200℃で1時間乾燥させた後の質量をR2(g)としたときに下記式で表される値をいう。
NMP質量膨潤度(倍)=R1/R2
【0016】
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がピロメリット酸二無水物をさらに含むとよく、この場合、上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するピロメリット酸二無水物の含有量としては、5モル%以上75モル%以下が好ましい。このように、上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がピロメリット酸二無水物を特定量含むことで、ポリイミドに剛直な構造を導入できるため、絶縁層の耐熱性を向上できる。
【0017】
上記芳香族ジアミンがジアミノジフェニルエーテルを含むとよい。このように、上記芳香族ジアミンがジアミノジフェニルエーテルを含むことで、絶縁層の靭性を向上できる。
【0018】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の一態様に係る絶縁電線を説明する。
【0019】
<絶縁電線>
当該絶縁電線は、導体と、この導体の外周側に積層される1又は複数の絶縁層とを備える。当該絶縁電線は、絶縁層の曲げ加工性及び耐湿熱劣化性に優れる。
【0020】
[導体]
上記絶縁電線の導体の材質としては、導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属が好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。上記絶縁電線の導体は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0021】
当該絶縁電線の導体の平均断面積の下限としては、0.01mmが好ましく、0.1mmがより好ましい。一方、上記導体の平均断面積の上限としては、10mmが好ましく、5mmがより好ましい。上記導体の平均断面積が上記下限より小さい場合、抵抗値が増大するおそれがある。逆に、上記導体の平均断面積が上記上限を超える場合、誘電率を十分に低下させるために絶縁層を厚く形成しなければならず、当該絶縁電線が不必要に大径化するおそれがある。
【0022】
[絶縁層]
当該絶縁電線の1又は複数の絶縁層は、導体の外周側に積層される。上記絶縁電線が複数の絶縁層を備える場合、各絶縁層は上記導体の外周側に断面視で同心円状に順次積層される。この場合、各絶縁層の平均厚さとしては、例えば1μm以上5μm以下とすることができる。また、上記複数の絶縁層の平均合計厚さとしては、例えば10μm以上200μm以下とすることができる。さらに、複数の絶縁層の合計層数としては、例えば2層以上200層以下とすることができる。
【0023】
この複数の絶縁層のうち少なくとも1層は、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの反応生成物であるポリイミド前駆体(ポリアミック酸)に由来するポリイミドを主成分とし、かつNMPに80℃で4時間浸漬したときの質量膨潤度が1.3倍以上20.0倍以下である。
【0024】
上記絶縁層のNMP質量膨潤度の下限としては、1.35倍が好ましく、1.4倍がより好ましい。一方、上記NMP質量膨潤度の上限としては、15.0倍が好ましく、7.0倍がより好ましく、3.0倍がさらに好ましい。上記NMP質量膨潤度が上記下限より小さい場合、絶縁層の層間密着力を十分に向上することができず、その結果、絶縁層の曲げ加工性が低下するおそれがある。逆に、上記NMP質量膨潤度が上記上限を超える場合、絶縁層の耐溶剤性が低下するおそれがある。
【0025】
上記絶縁層のNMP質量膨潤度は、主成分であるポリイミドの種類と、絶縁層の形成方法とによって制御することができる。ポリイミドの種類によってNMP質量膨潤度を制御する方法としては、例えば上記ポリイミドに分子量の高い構造を導入してイミド基の割合を小さくする方法や、上記ポリイミドの分子量を適度なものとする方法、すなわちポリイミドの形成に適度な重量平均分子量のポリイミド前駆体を用いる方法等が挙げられる。また、絶縁層の形成方法によってNMP質量膨潤度を調節する方法としては、例えば上記ポリイミドに結晶構造が形成されないようにする方法等が挙げられる。それぞれの方法の具体的な条件については後述する。
【0026】
(ポリイミド前駆体)
上記ポリイミドの原料となるポリイミド前駆体は、イミド化によりポリイミドを形成する重合体であり、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの重合によって得られる反応生成物である。つまり、上記ポリイミド前駆体は、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを原料とする。
【0027】
上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量の下限としては、10,000が好ましく、20,000がより好ましい。また、上記重量平均分子量の上限としては、100,000が好ましく、80,000がより好ましい。上記重量平均分子量が上記下限より小さい場合、絶縁層の機械強度が不十分になるおそれがある。逆に、上記重量平均分子量が上記上限を超える場合、絶縁層を形成する際に用いる樹脂ワニスの塗布性が低下し、その結果、絶縁層に塗布欠陥が生じるおそれがある。また、形成されるポリイミドの分子量が増加することで分子間の相互作用が促進されてNMP等の溶剤が分子間に浸透し難くなるおそれがある。その結果、絶縁層のNMP質量膨潤度が低下し、曲げ加工性が低下するおそれがある。ここで「重量平均分子量」とは、JIS-K7252-1:2008「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される値を指す。
【0028】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとのモル比(芳香族テトラカルボン酸二無水物/芳香族ジアミン)としては、ポリイミド前駆体の合成容易性の観点から、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0029】
(芳香族テトラカルボン酸二無水物)
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物は、BPDAを含む。BPDAとしては、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(3,3’,4,4’-BDPA)、2,3,3’,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(2,3,3’,4’-BDPA)、2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(2,2’,3,3’-BDPA)等が挙げられ、これらの中で、3,3’,4,4’-BDPAが好ましい。
【0030】
上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するBPDAの含有量の下限としては、25モル%であり、35モル%が好ましく、55モル%がより好ましい。一方、上記BPDAの含有量の上限としては、95モル%であり、92モル%が好ましい。上記BPDAの含有量を上記範囲とすることで、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を適度に導入することができ、その結果、曲げ加工性及び耐湿熱劣化性をバランスよく向上できる。上記BPDAの含有量が上記下限より小さい場合、絶縁層の耐湿熱劣化性が低下するおそれがある。逆に、上記BPDAの含有量が上記上限を超える場合、つまりポリイミドに過剰にBPDAに由来する構造を導入する場合、BPDAが有するビフェニル構造がポリイミド分子同士のパッキングを促進し、NMP等の溶剤が分子間に浸透し難くなるおそれがある。その結果、絶縁層のNMP質量膨潤度が低下し、曲げ加工性が低下するおそれがある。
【0031】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物のうち、BPDA以外の芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、例えばピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物、2,2’,3,3’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,1-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、1,1-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)スルホン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。上記その他の芳香族テトラカルボン酸二無水物は、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0032】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物は、PMDA又はBTDAをさらに含むことが好ましい。ポリイミド前駆体の原料として剛直な構造を有するPMDAを用いることで、イミド化後のポリイミドに剛直な構造を導入できるため、絶縁層の耐熱性を向上できる。また、ポリイミド前駆体の原料として比較的分子量の大きいBTDAを用いることで、上記NMP質量膨潤度を適度に増大させることができ、その結果、絶縁層の曲げ加工性をより向上できる。なお、PMDA及びBTDAは組み合わせて用いてもよい。
【0033】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するPMDAの含有量の下限としては、5モル%が好ましく、8モル%がより好ましい。一方、上記PMDAの含有量の上限としては、75モル%が好ましく、65モル%がより好ましく、45モル%がさらに好ましく、20モル%がさらに好ましい。上記PMDAの含有量が上記下限より小さい場合、絶縁層の耐熱性が不十分となるおそれがある。逆に、上記PMDAの含有量が上記上限を超える場合、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を十分に導入することができず、その結果、上記絶縁層の耐湿熱劣化性が低下するおそれがある。
【0034】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するBTDAの含有量の下限としては、5モル%が好ましく、30モル%がより好ましく、50モル%がさらに好ましい。一方、上記BTDAの含有量の上限としては、75モル%が好ましく、65モル%がより好ましい。上記BTDAの含有量が上記下限より小さい場合、BTDAによる絶縁層の曲げ加工性の向上効果が不十分となるおそれがある。逆に、上記BTDAの含有量が上記上限を超える場合、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を十分に導入することができず、その結果、上記絶縁層の耐湿熱劣化性が低下するおそれがある。
【0035】
(芳香族ジアミン)
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族ジアミンとしては、例えば4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-ODA)、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル(3,4’-ODA)、3,3’-ジアミノジフェニルエーテル(3,3’-ODA)、2,4’-ジアミノジフェニルエーテル(2,4’-ODA)、2,2’-ジアミノジフェニルエーテル(2,2’-ODA)等のジアミノジフェニルエーテル(ODA)、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’-ジアミノジフェニルメタン、2,4’-ジアミノジフェニルメタン、2,2’-ジアミノジフェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、2,4’-ジアミノジフェニルスルホン、2,2’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,2’-ジアミノジフェニルスルフィド、パラフェニレンジアミン(PPD)、メタフェニレンジアミン、p-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、2,2’-ジメチル-4,4’-ジアミノビフェニル、1,5-ジアミノナフタレン、4,4’-ベンゾフェノンジアミン、3,3’-ジメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’,5,5’-テトラメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタンなどが挙げられる。これらの芳香族ジアミンは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0036】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いる芳香族ジアミンは、ODA、BAPP、BAPB又はこれらの組み合わせを含むことが好ましい。上記ポリイミド前駆体の原料としてODAを用いることで、絶縁層の靭性を向上できる。上記ODAとしては、4,4’-ODAが好ましい。また、上記ポリイミド前駆体の原料として比較的分子量の大きいBAPP及びBAPBのうちの少なくとも1種を用いることで、上記NMP質量膨潤度を適度に増大させることができ、その結果、絶縁層の曲げ加工性をより向上できる。
【0037】
上記絶縁層の靭性を効果的に向上させる場合、上記芳香族ジアミンは、上記ODA、BAPP及びBAPBのうち、ODAのみを含むとよい。この場合、上記芳香族ジアミン100モル%に対するODAの含有量の下限としては、50モル%が好ましく、90モル%がより好ましく、99モル%がさらに好ましい。このように、上記ODAの含有量を上記下限以上とすることで、絶縁層の靭性をより向上できる。また、上記ODAの含有量としては、100モル%が特に好ましい。
【0038】
一方、上記絶縁層の曲げ加工性及び靭性をバランスよく向上させる場合、上記芳香族ジアミンは、ODAとBAPP及びBAPBのうちの少なくとも1種とを含むとよい。この場合、上記芳香族ジアミン100モル%に対するODA、BAPP及びBAPBの合計含有量の下限としては、50モル%が好ましく、90モル%がより好ましく、99モル%がさらに好ましい。また、上記合計含有量としては、100モル%が特に好ましい。さらに、上記芳香族ジアミンにおけるODAの含有量と、BAPP及びBAPBの合計含有量との比(ODAの含有量/BAPP及びBAPBの合計含有量)としては、例えば15/85以上70/30以下とすることができる。
【0039】
なお、上記ポリイミド前駆体は、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンと、その他の原料との重合によって得られる反応生成物であってもよい。上記その他の原料としては、例えば1,2,4,5-シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物等の脂肪族テトラカルボン酸二無水物、ヘキサメチレンジアミン等の脂肪族ジアミンなどが挙げられる。
【0040】
上記ポリイミド前駆体は、実質的にBPDAと、ODAと、PMDA、BTDA、BAPP及びBAPBのうちの少なくとも一種とのみを原料として得られる反応生成物であることが好ましい。つまり、当該絶縁電線の絶縁層の主成分であるポリイミドは、実質的にBPDAに由来する構造と、ODAに由来する構造と、PMDA、BTDA、BAPP及びBAPBのうちの少なくとも1種に由来する構造とのみにより形成されることが好ましい。具体的には、上記ポリイミド前駆体の全原料におけるBPDA、ODA、PMDA、BTDA、BAPP及びBAPBの合計割合の下限としては、95モル%が好ましく、99モル%がより好ましい。また、上記合計割合は、100モル%が最も好ましい。
【0041】
なお、上記複数の絶縁層は、全ての絶縁層が上述のポリイミドを主成分とすることが好ましいが、一部の絶縁層の主成分は上述したポリイミド以外のポリイミドや他の合成樹脂であってもよい。上記他の合成樹脂としては、例えばポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリウレタン、ポリエーテルイミド等が使用できる。
【0042】
(ポリイミド前駆体の合成方法)
上記ポリイミド前駆体は、上述した芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの重合反応により得ることができる。上記重合反応の方法としては、従来のポリイミド前駆体の合成と同様とすることができる。上記重合反応の具体的な方法としては、例えば芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを有機溶剤中で混合し、この混合液を加熱する方法等が挙げられる。この方法により、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとが重合し、ポリイミド前駆体が有機溶剤に溶解した溶液を得ることができる。
【0043】
上記重合の際の反応条件としては、使用する原料等により適宜設定すればよいが、例えば反応温度を10℃以上100℃以下、反応時間を0.5時間以上24時間以下とすることができる。
【0044】
上記重合に用いる芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとのモル比(芳香族テトラカルボン酸二無水物/芳香族ジアミン)は、重合反応を効率的に進行させる観点から、100/100に近いほど好ましい。上記モル比としては、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0045】
上記重合に用いる有機溶剤としては、例えばN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ-ブチロラクトン等の非プロトン性極性有機溶剤を使用できる。これらの有機溶剤は単独で用いても2種以上を併用しても良い。ここで「非プロトン性極性有機溶剤」とは、プロトンを放出する基を持たない極性有機溶剤をいう。
【0046】
上記有機溶剤の使用量は、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンを均一に分散、溶解させることができる使用量であれば特に制限されない。上記有機溶剤の使用量としては、例えば芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの合計100質量部に対し、100質量部以上1,000質量部以下とすることができる。
【0047】
[他の層]
上記絶縁電線は、1又は複数の絶縁層の外周側にさらに他の層が積層されていてもよい。上記他の層としては、例えば表面潤滑層等が挙げられる。
【0048】
<絶縁電線の製造方法>
次に、当該絶縁電線の好適な製造方法の一例について説明する。上記絶縁電線の製造方法は、導体の外周側に樹脂ワニスを塗工する塗工工程と、上記塗工された樹脂ワニスを加熱する加熱工程とを備える。上記樹脂ワニスは、芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの反応生成物であるポリイミド前駆体を含有する。上記絶縁電線の製造方法は、上記塗工工程及び加熱工程を繰り返すことが好ましい。上記絶縁電線の製造方法によれば、当該絶縁電線を容易かつ確実に製造できる。以下、上記塗工工程で用いる樹脂ワニスについて説明した後、各工程を説明する。
【0049】
[樹脂ワニス]
上記樹脂ワニスはポリイミド前駆体を含有する。また、上記樹脂ワニスは通常有機溶剤をさらに含有する。上記樹脂ワニスが含有するポリイミド前駆体としては、当該絶縁電線で説明したポリイミド前駆体を用いることができるため、説明を省略する。
【0050】
(有機溶剤)
上記樹脂ワニスに用いる有機溶剤は、上記樹脂ワニスの塗布性を向上する。また、上記有機溶剤を含有する上記樹脂ワニスは、導体の周面側への塗工工程及び加熱工程を繰り返して複数の絶縁層を形成する際、2回目以降の塗工工程において上記樹脂ワニス中の有機溶剤が下地層(前回の塗工工程及び加熱工程で形成された絶縁層)のポリイミドを若干溶解するため、形成される複数の絶縁層の各層間の密着力を向上させることができる。
【0051】
上記有機溶剤としては、非プロトン性極性有機溶剤が好ましい。ポリイミド前駆体は非プロトン性極性有機溶剤に対する溶解性が高いため、上記有機溶剤として非プロトン性極性有機溶剤を用いることにより、上記ポリイミド前駆体の上記樹脂ワニス中の濃度を高める場合においても上記ポリイミド前駆体を確実に溶解させることができる。また、上記有機溶剤として非プロトン性極性有機溶剤を用いることにより、上述の2回目以降の塗工工程において上記樹脂ワニス中の有機溶剤がした下地層のポリイミドを溶解し易くなるため、形成される複数の絶縁層の各層間の密着力をより向上させることができる。
【0052】
上記非プロトン性極性有機溶剤としては、ポリイミド前駆体の溶解性向上及び絶縁層間の密着力向上の観点から、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ-ブチロラクトン及びこれらの組み合わせが好ましく、NMPがより好ましい。
【0053】
有機溶剤は、上述したポリイミド前駆体の重合反応に使用した有機溶剤をそのまま使用してもよく、ポリイミド前駆体を得た後、別途添加してもよいが、作業性の観点から、ポリイミド前駆体の重合反応に使用した有機溶剤をそのまま使用することが好ましい。上記樹脂ワニスにおける有機溶剤の含有量としては、例えばポリイミド前駆体100質量部に対して100質量部以上1,000質量部以下の範囲とすることができる。
【0054】
(他の成分)
上記樹脂ワニスは、上述した成分以外に顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、密着向上剤等の各種添加剤や反応性低分子などを含有しても良い。この中で、密着向上剤としてメラミン化合物を含有することで、形成される絶縁層と導体との密着力を向上できる。さらに、上記樹脂ワニスは、本発明の趣旨を損ねない範囲で他の樹脂を含有してもよい。上記樹脂ワニスに上述の成分を含有させる場合、上記樹脂ワニスにおける上述の成分の含有量としては、ポリイミド前駆体100質量部に対し、例えば0.5質量部以上30質量部以下とすることができる。
【0055】
(樹脂ワニスの製造方法)
上記樹脂ワニスの製造方法としては、例えばポリイミド前駆体の合成方法で説明したポリイミド前駆体が有機溶剤に溶解した溶液をそのまま上記樹脂ワニスとする方法が挙げられる。また、上記樹脂ワニスの製造方法としては、例えば上記ポリイミド前駆体が有機溶剤に溶解した溶液からポリイミド前駆体を精製した後に、得られた精製ポリイミド前駆体と有機溶剤等の他の成分とを混合する方法も挙げられる。
【0056】
[塗工工程]
本工程では、導体の外周側に後述する樹脂ワニスを塗工する。塗工方法としては、特に限定されないが、例えば上記樹脂ワニスを貯留した樹脂ワニス槽と塗工ダイスとを備える塗工装置を用いた方法等が挙げられる。この塗工装置によれば、導体が樹脂ワニス槽内を挿通することで上記樹脂ワニスが導体外周面に付着した後、塗工ダイスを通過することで上記樹脂ワニスが導体外周面に均一な厚さで塗工される。なお、本工程では、導体の外周面に上記樹脂ワニスを直接塗工してもよく、導体の外周面に予め密着改良層等の中間層を設けておき、その中間層の外周側に上記樹脂ワニスを塗工してもよい。
【0057】
なお、上記絶縁電線の製造方法で上記塗工工程及び加熱工程を繰り返す場合、複数の塗工工程のうち一部の塗工工程では、上記樹脂ワニス以外の樹脂ワニスを用いてもよい。
【0058】
[加熱工程]
本工程では、例えば上記樹脂ワニスを塗工した導体を加熱炉内で走行させる方法等により、導体に塗工された上記樹脂ワニスを加熱する。この加熱工程によって、上記樹脂ワニスが含有するポリイミド前駆体がイミド化されると共に有機溶剤等の揮発成分が除去され、導体の外周側に焼付層である絶縁層が積層される。加熱方法としては、特に限定されず、例えば熱風加熱、赤外線加熱、高周波加熱等の従来公知の方法により行うことができる。加熱温度としては、例えば350℃以上500℃以下とすることができる。加熱時間としては、例えば5秒以上100秒以下とすることができる。なお、上記樹脂ワニスを塗工した導体を加熱炉内で走行させることで加熱する場合、加熱炉内の設定温度を上記加熱温度と見なし、加熱炉の入口から出口までの距離を導体の線速で除した値を上記加熱時間と見なすものとする。
【0059】
ここで、上記加熱工程によって形成されるポリイミドが結晶構造を多量に含む場合、NMP等の樹脂ワニス用溶剤がポリイミドの分子間に浸透し難くなるため、上記絶縁層のNMP質量膨潤度が低下し易くなると考えられる。そのため、上記加熱工程においては、上記絶縁層のNMP質量膨潤度を確実に上記範囲とする観点から、以下の方法(A)~(C)等の採用により、絶縁層の主成分であるポリイミドに結晶構造が形成され難くすることが好ましい。すなわち、上記加熱工程では、上述のポリイミドが形成された段階で既に含まれている結晶構造を融解するため、加熱温度を400℃以上500℃以下と比較的高くする方法(A)、加熱時間を30秒以上100秒以下と比較的長くする方法(B)等を採用するとよい。また、上記加熱工程では、上述の高温のポリイミドが冷却される際に結晶構造が形成されることを抑制するため、加熱直後に絶縁層及び導体を急冷する方法(C)等を採用するとよい。上記急冷の方法としては、例えば上記絶縁層及び導体に送風する方法や、上記絶縁層及び導体を低温下(例えば0℃以上15℃以下)に曝露する方法等が挙げられる。但し、上記質量膨潤度は、ポリイミド前駆体の種類によっても制御できるため、上述の方法(A)~(C)等は必ずしも必要ではない。
【0060】
上記絶縁電線の製造方法で上記塗工工程及び加熱工程を繰り返す場合、上記塗工工程及び加熱工程を繰り返す回数としては、例えば2回以上200回以下とすることができる。
【0061】
[その他の実施形態]
上記開示された実施形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【実施例
【0062】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
本実施例において、ポリイミド前駆体の重量平均分子量は、JIS-K7252-1:2008「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定した。
【0064】
<樹脂ワニスの調製>
[樹脂ワニスV1の調製]
4,4’-ODA100モル%をN-メチル-2-ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液にPMDA10モル%及び3,3’,4,4’-BPDA90モル%を加え、窒素雰囲気下で撹拌した。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、有機溶剤としてのN-メチル-2-ピロリドンにポリイミド前駆体が溶解している樹脂ワニスV1を調製した。この樹脂ワニスV1中のポリイミド前駆体濃度は30質量%であった。また、樹脂ワニスV1に含まれるポリイミド前駆体の重量平均分子量は30,000であった。
【0065】
[樹脂ワニスV2~V14の調製]
芳香族テトラカルボン酸二無水物及び芳香族ジアミンの種類及び使用量を表1に示す通りとした以外は樹脂ワニスV1の調製と同様に操作し、樹脂ワニスV2~V14を調製した。
【0066】
<絶縁電線の製造>
[絶縁電線No.1の製造]
銅を主成分とする平均径1mmの丸線を導体として用意した。樹脂ワニスV1を上記導体の外周面に塗工する工程と、上記樹脂ワニスを塗工した導体を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉により加熱する工程とを10回ずつ繰り返し行うことで、上記導体と、この導体の外周面に積層される平均厚さ35μmの絶縁層とを備える絶縁電線No.1を得た。
【0067】
[絶縁電線No.2~14の製造]
樹脂ワニスV1の替わりに樹脂ワニスV2~V14を用いた以外は絶縁電線No.1の製造と同様に操作し、絶縁電線No.2~14を製造した。
【0068】
[NMP質量膨潤度の測定]
上記製造した絶縁電線の絶縁層をカッターナイフで剥ぎ取り、得られた絶縁層を試料として用いた。この試料をNMP(三菱化学社製)に80℃で4時間浸漬した後、質量を測定し、これをNMP膨潤処理後の絶縁層の質量R1(g)とした。次に、上記試料を200℃で1時間乾燥させた後、再度質量を測定し、これを乾燥後の絶縁層の質量R2(g)とした。下記式にR1~R2を代入し、これをNMP質量膨潤度とした。表1に、絶縁電線No.1~14のNMP質量膨潤度を示す。
NMP質量膨潤度(倍)=R1/R2
【0069】
<評価>
絶縁電線No.1~14を用いて絶縁層の耐湿熱劣化性及び曲げ加工性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0070】
[耐湿熱劣化性]
絶縁層の耐湿熱劣化性は、絶縁電線を長手方向に10%伸長しつつ、温度85℃、相対湿度95%、750時間の条件で湿熱処理を行い、処理後の絶縁電線を目視で観察して表面に亀裂が観察されなかった場合を「A(良好)」、表面に亀裂が観察された場合を「B(良好でない)」とした。
【0071】
[曲げ加工性]
絶縁層の曲げ加工性は、絶縁電線を90°に折り曲げてその状態で10秒間保持した後、折り曲げ箇所の絶縁層を目視で確認し、層間剥離が確認されなかった場合を「A(良好)」、層間剥離が確認された場合を「B(良好でない)」と判断した。
【0072】
【表1】
【0073】
表1から明らかなように、No.1~4、6~7及び11~13の絶縁電線の絶縁層は、特定量のBPDAを原料として用いたポリイミド前駆体に由来するポリイミドを主成分とし、かつNMP質量膨潤度が特定範囲であるため、曲げ加工性及び耐湿熱劣化性が優れていた。一方、No.5及び8~10の絶縁電線は、上記BPDAの使用量を上記特定量としなかった。また、No.5、8、9及び14の絶縁電線は、上記NMP質量膨潤度を上記特定範囲外とした。その結果、No.5、8~10及び14の絶縁電線の絶縁層は、耐湿熱劣化性及び曲げ加工性のうち少なくとも一方が良好でなかった。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の一態様に係る絶縁電線は、絶縁層の曲げ加工性及び耐湿熱劣化性に優れる。