(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-18
(45)【発行日】2022-11-29
(54)【発明の名称】シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/16 20220101AFI20221121BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20221121BHJP
H01F 1/20 20060101ALI20221121BHJP
H01F 1/33 20060101ALI20221121BHJP
C01B 33/12 20060101ALI20221121BHJP
C01B 33/152 20060101ALI20221121BHJP
【FI】
B22F1/16 100
B22F1/00 Y
H01F1/20
H01F1/33
C01B33/12 A
C01B33/152 B
(21)【出願番号】P 2018557068
(86)(22)【出願日】2018-10-02
(86)【国際出願番号】 JP2018036879
(87)【国際公開番号】W WO2019069923
(87)【国際公開日】2019-04-11
【審査請求日】2021-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2017194545
(32)【優先日】2017-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306000315
【氏名又は名称】株式会社ダイヤメット
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕明
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 和則
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-546162(JP,A)
【文献】特開2009-041101(JP,A)
【文献】特開2007-194273(JP,A)
【文献】特開2011-233827(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-8/00
H01F 1/12-1/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に
リン酸塩皮膜を介しシリカ系絶縁皮膜が被覆されたFe系の軟磁性粉末であって、前記シリカ系絶縁皮膜にはFe酸化物とSi酸化物
とP酸化物および水酸基を有する不純物が含まれ、
前記シリカ系絶縁皮膜に含まれるC量がat%で19.3~22.47%、O量が50.31~53.21%、Si量が20.69~24.11%、P量が0.42~1.55%、Fe量が1.56~6.38%、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量の合計が100%であり、
前記Fe酸化物と前記Si酸化物は、O(-Fe)/O(-Si)(前記シリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比)=0.05~1.0(at%比)を満たすことを特徴とするシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末。
ただし、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量は、前記シリカ系絶縁皮膜表面のXPS分析によるナロースキャン分析により得られる、C1sピーク、O1sピーク、Si2pピーク、P2pピーク及びFe2pピークの面積割合の合計を100%とするように各ピークの面積割合を算出した結果の値である。
【請求項2】
前記シリカ系絶縁皮膜の膜厚が、3nm~20nmであることを特徴とする請求項1に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末。
【請求項3】
前記シリカ系絶縁皮膜中において、前記Fe酸化物と前記Si酸化物の合計量は68~83at%であり
、残部17~32at%がP酸化物あるいは水酸基を有する不純物成分と炭化水素であることを特徴とする請求項1または2に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末。
【請求項4】
平均粒径(D
50
)が5~500μmであることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末。
【請求項5】
シリコーンレジンとSiアルコキシドを溶媒に添加し攪拌混合してシリカゾル-ゲルコーティング液を作製する工程と、このシリカゾル-ゲルコーティング液をFe系の軟磁性粉末に塗布し乾燥させる塗布、乾燥工程を有し、
前記シリコーンレジンを前記溶媒1Lに対し20~350g溶解し、
前記シリコーンレジンを溶解した溶媒に対し、前記Siアルコキシドをモル比で[溶媒]/[Siアルコキシド]=4~15の割合で混合し、
前記塗布、乾燥工程において、乾燥温度を190~290℃の範囲内に設定し、
前記乾燥雰囲気として、大気又は酸素分圧0.001MPa以上0.021MPa以下の低酸素分圧雰囲気を用い、
前記工程により、表面にシリカ系絶縁皮膜を被覆したFe系の軟磁性粉末であって、前記シリカ系絶縁皮膜にはFe酸化物とSi酸化物
とP酸化物および水酸基を有する不純物が含まれ、前記Fe酸化物と前記Si酸化物は、O(-Fe)/O(-Si)(前記シリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比)=0.05~1.0(at%比)を満たすシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を得ることを特徴とするシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法。
【請求項6】
前記Siアルコキシドとして、TEOS(テトラエトキシシラン)を用いることを特徴とする請求項5に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法。
【請求項7】
前記シリカ系絶縁皮膜に含まれるC量がat%で19.3~22.47%、O量が50.31~53.21%、Si量が20.69~24.11%、P量が0.42~1.55%、Fe量が1.56~6.38%、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量の合計が100%であることを特徴とする請求項5または請求項6に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法。
ただし、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量は、前記シリカ系絶縁皮膜の表面をXPS分析によるナロースキャン分析により、C1sピーク、O1sピーク、Si2pピーク、P2pピーク及びFe2pピークの面積割合の合計を100%とするように各ピークの面積割合を算出した結果の値である。
【請求項8】
乾燥後の前記シリカ系絶縁皮膜の膜厚を、3nm~20nmとすることを特徴とする請求項5~7のいずれか一項に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末。
【請求項9】
前記シリコーンレジンを前記溶媒に溶解し、次いで前記Siアルコキシドを添加し攪拌混合し、次いで酸触媒と水を添加し攪拌混合することで、前記シリカゾル-ゲルコーティング液を得て、このシリカゾル-ゲルコーティング液を前記Fe系の軟磁性粉末に塗布し、乾燥することを特徴とする請求項5
~8のいずれか一項に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法。
【請求項10】
前記Fe系の軟磁性粉末として、表面にリン酸塩皮膜が被覆されたFe系の軟磁性粉末を用いることを特徴とする請求項5~
9のいずれか一項に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法。
【請求項11】
前記シリカ系絶縁皮膜に、前記Fe酸化物と前記Si酸化物を合計量で68~83at%含み、残部17~32at%がP酸化物あるいは水酸基を有する不純物成分と炭化水素であることを特徴とする請求項
7~10のいずれか一項に記載のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高抵抗かつ高磁束密度の圧粉磁心の製造に好適なシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末およびその製造方法に関する。
本願は、2017年10月4日に、日本に出願された特願2017-194545号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来、モーター用コア、アクチュエーター、磁気センサーなどの磁心として、以下の方法で得られた圧粉磁心が知られている。
まずFe粉末またはFe基合金粉末などの軟磁性粉末に樹脂粉末を添加して混合粉末を作製し、この混合粉末を圧縮成形し、次いで熱処理して圧粉磁心を得る。
前記軟磁性粉末を用いて圧粉磁心を製造する場合、軟磁性粉末単体では比抵抗が低いため、軟磁性粉末の表面に絶縁皮膜の被覆を行うか、有機化合物や絶縁材を混合するなどして軟磁性粉末どうしの焼結を防止し、比抵抗を上げる対策が講じられている。例えば、この種の圧粉磁心において、渦電流損失を抑制するため、軟磁性粉末の表面を非鉄金属の下層絶縁皮膜と無機化合物を含む上層絶縁皮膜で2重に覆い、この2層の絶縁被膜で被覆された軟磁性粉末を成形し、熱処理して得られた圧粉磁心が知られている。
【0003】
前記圧粉磁心の一例として、シリコーン樹脂で被覆された鉄系磁性金属粉からなる圧粉材(圧粉成形体)を600℃未満の低い温度において水蒸気中で加熱し、さらに600℃以上の温度で非酸化性雰囲気中において熱処理することにより、圧粉磁心を形成する技術が知られている(特許文献1参照)。この技術により、磁性粉末粒子をSiO2層とFe3O4層で被覆した圧粉磁心が提供されている。
また、低プロセスコストを実現するために、シリコーン樹脂などをコーティングした鉄粉からなる圧粉材を大気中において熱処理して鉄粉界面に鉄の酸化物と層状のSi酸化物とを含む層である酸化影響層を形成した圧粉軟磁性体が知られている(特許文献2参照)。
【0004】
従来、軟磁性粉末に対しバインダとしてシリコーン樹脂あるいはシリコーン樹脂と有機溶媒のみを添加して作製した圧粉磁心は、耐熱性や比抵抗が低いという問題があった。
また、これらの圧粉磁心は、低プロセスコストを実現するため、あるいは、粉末表面に被覆したシリコーン樹脂などを酸化してSi酸化物を形成するため、圧粉材の熱処理を大気中で実施しているので、鉄損が増大するという問題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-233827号公報
【文献】特開2013-149659号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記の問題に鑑み創案されたものであり、その目的は、シリコーン樹脂で覆った軟磁性粉末を用いた圧粉磁心よりも優れた耐熱性を有し、比抵抗も高くできるシリカ系絶縁被覆圧粉磁心を製造するのに好適なシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末とその製造方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記目的を達成するために本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末は、表面にリン酸塩皮膜を介しシリカ系絶縁皮膜が被覆されたFe系の軟磁性粉末であって、前記シリカ系絶縁皮膜にはFe酸化物とSi酸化物とP酸化物および水酸基を有する不純物が含まれ、前記シリカ系絶縁皮膜に含まれるC量がat%で19.3~22.47%、O量が50.31~53.21%、Si量が20.69~24.11%、P量が0.42~1.55%、Fe量が1.56~6.38%、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量の合計が100%であり、前記Fe酸化物と前記Si酸化物は、O(-Fe)/O(-Si)(前記シリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比)=0.05~1.0(at%比)を満たすことを特徴とする。
ただし、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量は、前記シリカ系絶縁皮膜表面のXPS分析によるナロースキャン分析により得られる、C1sピーク、O1sピーク、Si2pピーク、P2pピーク及びFe2pピークの面積割合の合計を100%となるように各ピークの面積割合を算出した結果の値である。
【0008】
(2)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末において、前記シリカ系絶縁皮膜の膜厚が、3nm~20nmであることが好ましい。
(3)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末において、前記シリカ系絶縁皮膜中において、前記Fe酸化物と前記Si酸化物の合計量は68~83at%であり、残部17~32at%がP酸化物あるいは水酸基を有する不純物成分と炭化水素であることが好ましい。
(4)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末において、平均粒径(D50)が5~500μmであることが好ましい。
【0009】
(5)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法は、シリコーンレジンとSiアルコキシドを溶媒に添加し攪拌混合してシリカゾル-ゲルコーティング液を作製する工程と、このシリカゾル-ゲルコーティング液をFe系の軟磁性粉末に塗布し乾燥させる塗布、乾燥工程を有し、前記シリコーンレジンを前記溶媒1Lに対し20~350g溶解し、前記シリコーンレジンを溶解した溶媒に対し、前記Siアルコキシドをモル比で[溶媒]/[Siアルコキシド]=4~15の割合で混合し、前記塗布、乾燥工程において、乾燥温度を190~290℃の範囲内に設定し、前記乾燥雰囲気として、大気又は酸素分圧0.001MPa以上0.021MPa以下の低酸素分圧雰囲気を用い、前記工程により、表面にシリカ系絶縁皮膜を被覆したFe系の軟磁性粉末であって、前記シリカ系絶縁皮膜にはFe酸化物とSi酸化物とP酸化物および水酸基を有する不純物が含まれ、前記Fe酸化物と前記Si酸化物は、O(-Fe)/O(-Si)(前記シリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比)=0.05~1.0(at%比)を満たすシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を得ることを特徴とする。
【0010】
(6)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法において、前記Siアルコキシドとして、TEOS(テトラエトキシシラン)を用いることが好ましい。
(7)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法において、前記シリカ系絶縁皮膜に含まれるC量がat%で19.3~22.47%、O量が50.31~53.21%、Si量が20.69~24.11%、P量が0.42~1.55%、Fe量が1.56~6.38%、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量の合計が100%であることが好ましい。
ただし、前記C量、前記O量、前記Si量、前記P量、前記Fe量は、前記シリカ系絶縁皮膜の表面をXPS分析によるナロースキャン分析により、C1sピーク、O1sピーク、Si2pピーク、P2pピーク及びFe2pピークの面積割合の合計が100%となるように各ピークの面積割合を算出した結果の値である。
(8)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法において、乾燥後の前記シリカ系絶縁皮膜の膜厚を、3nm~20nmとすることが好ましい。
(9)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法において、前記シリコーンレジンを前記溶媒に溶解し、次いで前記Siアルコキシドを添加し攪拌混合し、次いで酸触媒と水を添加し攪拌混合することで、前記シリカゾル-ゲルコーティング液を得て、このシリカゾル-ゲルコーティング液を前記Fe系の軟磁性粉末に塗布し、乾燥してもよい。
(10)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法において、前記Fe系の軟磁性粉末として、表面にリン酸塩皮膜が被覆されたFe系の軟磁性粉末を用いてもよい。
(11)本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造方法において、前記シリカ系絶縁皮膜に、前記Fe酸化物と前記Si酸化物を合計量で68~83at%含み、残部17~32at%がP酸化物あるいは水酸基を有する不純物成分と炭化水素であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、シリカ系絶縁皮膜でFe系の軟磁性粉末が被覆され、シリカ系絶縁皮膜は、O(-Fe)/O(-Si)=0.05~1.0(at%比)を満たすFe酸化物とSi酸化物を含む。このため、Fe酸化物の存在がFe系の軟磁性粉末とシリカ系絶縁皮膜との密着性を向上させる。
また、軟磁性粉末を覆っているシリカ系絶縁皮膜はFeとSiの個々の酸化物あるいは複合酸化物であり、高温の熱処理を経たとしても絶縁性に優れている。このため、本発明の一態様に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を圧縮成形し、600℃以上などの高温に加熱して得られる圧粉磁心において、磁束密度が高く、比抵抗が高く、鉄損の少ない優れた特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の外形と一部断面を示す拡大模式図。
【
図2】本実施形態に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を用いて製造されたシリカ系絶縁被覆圧粉磁心の組織構造の一部を示す拡大模式図。
【
図3】本実施形態に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を用いて製造されたシリカ系絶縁被覆圧粉磁心をリアクトルのコアに適用した一例を示す斜視図。
【
図4】本実施形態に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の製造工程とそれを用いて圧粉磁心を製造するための工程の一例を示す説明図。
【
図5】シリコーンレジンとTEOSを混合する工程の一例を示す説明図であり、(A)は溶媒にシリコーンレジンを添加する状態を示す図、(B)は溶液中にTEOSを添加する状態を示す図、(C)は水と触媒を添加する状態を示す図、(D)はゾル-ゲルコーティング液を示す図。
【
図6】実施例4において得られたシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末について、電界放射型走査電子顕微鏡により低加速電圧で撮影した二次電子像の写真。
【
図7】実施例4に係るシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を用いて得られた圧粉磁心の一部断面組織を電界放射型走査電子顕微鏡により低加速電圧で撮影した反射電子像の写真。
【
図8】実施例において大気中にて種々の温度で乾燥して得られたシリカ系絶縁被覆粉末を用いて製造された圧粉磁心に関して、圧粉磁心の比抵抗と大気中での乾燥温度の関係を示すグラフ。
【
図9】実施例と比較例について種々の乾燥条件で得られたシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末試料に関して、X線光電子分光法(XPS)により表面をナロースキャン分析して得られたC1sピークを示すグラフ。
【
図10】前記ナロースキャン分析して得られたO1sピークを示すグラフ。
【
図11】前記ナロースキャン分析して得られたSi2pピークを示すグラフ。
【
図12】前記ナロースキャン分析して得られたP2pピークを示すグラフ。
【
図13】前記ナロースキャン分析して得られたFe2pピークを示すグラフ。
【
図14】
図10に示すO1sのナロースペクトルのうち、窒素(低酸素分圧)中250℃で乾燥させて得られたシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末の試料のピークについて、ピーク分離した結果の一例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
図1は本発明に係る第1実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を示すもので、この実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bは、純鉄粉末などのFe系の軟磁性粉末5の周囲にリン酸塩皮膜6が被覆され、その周囲にシリカ系絶縁皮膜7が被覆されてなる。
詳細には、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bは、複数のFe系の軟磁性粉末粒子と、それぞれのFe系の軟磁性粉末粒子の表面に被覆されたシリカ系絶縁皮膜7を有する。シリカ系絶縁皮膜7は、リン酸塩皮膜6を介してFe系の軟磁性粉末粒子の表面に被覆されている。すなわち、Fe系の軟磁性粉末粒子の表面にリン酸塩皮膜6が被覆され、リン酸塩皮膜6の表面にシリカ系絶縁皮膜7が被覆されている。
なお、
図1において、符号Bは、1個のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末粒子を表し、符号5は、1個のFe系の軟磁性粉末粒子を表しているとも言える。また、以下、Fe系の軟磁性粉末を単に軟磁性粉末とも言う。
軟磁性粉末5は一例として純鉄粉末からなり、平均粒径(D
50):5~500μmの範囲内にある粉末を主体とすることが好ましい。その理由は、平均粒径が5μmより小さすぎると、純鉄粉末の圧縮性が低下し、純鉄粉末の体積割合が低くなるために磁束密度が低下する傾向がある。一方、平均粒径が500μmより大きすぎると、純鉄粉末内部の渦電流が増大して高周波における鉄損が増大するなどの理由によるものである。なお、純鉄系の軟磁性粉末5の平均粒径はレーザー回折法による測定で得られる粒径である。
リン酸塩皮膜6は、例えば、リン酸鉄皮膜、リン酸亜鉛皮膜、リン酸マンガン皮膜、リン酸カルシウム皮膜などからなる。このリン酸塩皮膜6は本実施形態において必須ではなく、省略しても良い。
【0014】
なお、軟磁性粉末5は純鉄粉末に限るものではなく、Fe-Si系鉄基軟磁性合金粉末、Fe-Si-Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe-Ni系合金粉末、Fe-Co系鉄基軟磁性合金粉末、Fe-Co-V系鉄基軟磁性合金粉末、Fe-P系鉄基軟磁性合金粉末、Fe-Cr系Fe基合金粉末などの一般的な軟磁性合金からなる粉末を広く適用できるのは勿論である。
【0015】
図2は、
図1に示す第1実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを圧縮成形し、熱処理することで得られた圧粉磁心の組織構造の一例を示す模式図である。この実施形態の圧粉磁心Aは、複数の軟磁性粉末粒子11をそれらの間に粒界層12を介在させて接合することで構成されている。また、各軟磁性粉末粒子11の外周には上述のリン酸塩皮膜からなる下地皮膜13が形成されている。
図2においては、2つの軟磁性粉末粒子11の境界部分とそれらの間に存在する粒界層12の一部分のみを示しているが、圧粉磁心Aは、複数の軟磁性粉末粒子11を個々に粒界層12を介し接合して一体化し、目的の形状に成形することにより得られる。
詳細には、圧粉磁心Aは、複数の軟磁性粉末粒子11と、軟磁性粉末粒子11間に介在する粒界層12を有する。複数の軟磁性粉末粒子11は、それらの間に粒界層12を介在した状態で接合されている。それぞれの軟磁性粉末粒子11の表面(外周)には、下地皮膜13が形成されている。
【0016】
圧粉磁心Aの電磁気部品への適用例として、
図3に示すリアクトルコア14aを例示できる。このリアクトルコア14aは、平面視でレーストラック形状を有し、かつ環状である。圧粉磁心Aからなるリアクトルコア14aの直線部分に絶縁電線を巻いてコイル部14b、14bを形成すると、リアクトル14が得られる。すなわち、リアクトル14は、リアクトルコア14aと、リアクトルコア14aの直線部分に形成されたコイル部14b、14bを有する。
図3に示すリアクトルコア14aは、例えば、後述するシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末と潤滑剤や結着材を混合して金型に投入し、金型を用いて目的の環状に圧縮成形し、成形体を焼成することで得られる。
【0017】
圧粉磁心Aの粒界層12は、シリカ系絶縁皮膜7の焼成物からなる。
シリコーンレジンとSiアルコキシドを溶媒に溶解または分散させてシリカゾル-ゲルコーティング液を作製する。Siアルコキシドとしては、TEOS(テトラエトキシシラン:Si(OC2H5)4)、TMOS(テトラメトキシシラン:Si(OCH3)4)、TEES(トリエトキシエチルシラン:Si(OC2H5)3C2H5)、MTES(トリエトキシメチルシラン:Si(OC2H5)3CH3)、ETMS(エチルトリメトキシシラン:Si(OCH3)3C2H5)、MTMS(メチルトリメトキシシラン:Si(OCH3)3CH3)、テトラプロポキシシラン:Si(OC3H7)4、テトラブトキシシラン:Si(OC4H9)4などが挙げられる。このシリカゾル-ゲルコーティング液をFe系の軟磁性粉末に塗布し乾燥させる。Fe系の軟磁性粉末としては、表面にリン酸塩皮膜が被覆された軟磁性粉末などが挙げられる。以上により、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bが得られる。
次に、必要量のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを潤滑剤とともに成形用の金型に投入し、目的の形状に成形する。そして、成形体を熱処理する。以上により、圧粉磁心Aが得られる。
【0018】
以下、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bと圧粉磁心Aを製造する工程、及びシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bのシリカ系絶縁皮膜7について詳しく説明する。
(シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bの製造方法)
まず、軟磁性粉末の外周(表面)に塗布するシリカゾル-ゲルコーティング液を作製する。
なお、以下、シリカゾル-ゲルコーティング液を単にコーティング液とも言う。
コーティング液を作製するには、
図4、
図5(A)に示すようにIPA(2-プロパノール)などの溶媒15にシリコーンレジン16を添加する。シリコーンレジン16と溶媒15の混合液を25~50℃程度の温度に加熱しながら2~24時間程度攪拌し、溶媒15にシリコーンレジン16を溶解する(溶解工程)。
【0019】
この溶解工程で用いる溶媒15は、IPAの他にエタノール、1-ブタノールなどであっても良い。
加熱温度が25℃未満であると、シリコーンレジン16の溶解が不十分となる可能性がある。加熱温度が50℃を超える場合は、溶媒の蒸発が進みやすくなり、シリコーンレジン16が溶媒中に十分に分散しない状態となることが問題となる。
溶解撹拌時間は2時間以上とすることが望ましいが、溶解撹拌時間が短時間では溶解が不十分となり易い。24時間を超える溶解撹拌時間を設定しても、時間が無駄になる。このため、溶解撹拌時間は2~12時間程度が望ましい。
溶媒15に対するシリコーンレジン16の溶解量は、溶媒1Lに対してシリコーンレジン20g~350g程度が好ましい。
【0020】
シリコーンレジン16を溶媒15に十分に溶解した後、
図4、
図5(B)に示すように溶液15,16(溶媒15にシリコーンレジン16が溶解した溶液)中にTEOS(テトラエトキシシラン:Si(OC
2H
5)
4)17を添加し、十分に攪拌混合する(TEOS添加工程)。なお、本実施形態では、Siアルコキシドとして、TEOSを用いる場合を例示するが、TEOSの代わりに他のSiアルコキシドを用いてもよい。
混合撹拌時間(溶解攪拌時間)は4時間以上とすることが望ましいが、溶解攪拌時間が短時間では溶解が不十分となり易い。24時間を超える溶解攪拌時間を設定しても、時間が無駄になる。このため、溶解攪拌時間は4~12時間程度が望ましい。
このTEOS17の混合量に関して、TEOS17の量に対する溶媒15の量のモル比が[溶媒]/[TEOS]=4~15程度、好ましくは7~13の範囲であることが望ましい。溶液15,16にTEOS17を添加する場合の温度は室温(RT)で良いが前述のシリコーンレジン16を溶解する場合と同程度の温度域(25~50℃)に加熱しても良い。
【0021】
TEOS17を添加後、
図4、
図5(C)に示すように溶液15,16,17(溶媒15にシリコーンレジン16とTEOS17が溶解した溶液)に酸触媒としての塩酸18と水19を添加する。次いで、混合溶液を25~50℃の温度で4時間以上攪拌する(触媒添加工程)。例えば温度は35℃であり、攪拌時間は4~24時間程度である。
塩酸18として、濃度12NのHClを用いる場合、Siアルコキシド(TEOS17)の量に対する12NHClの量のモル比[12NHCl]/[Siアルコキシド]は、好ましくは0.003~0.2であり、より好ましくは0.01~0.1である。Siアルコキシド(TEOS17)の量に対する水19の量のモル比[H
2O]/[Siアルコキシド]は、好ましくは1.5~8.0であり、より好ましくは1.5~4.0である。塩酸18を添加することで加水分解反応を優先的に進行させ、縮合重合反応を進行させる。ここで用いる酸触媒としては、塩酸の他に、硝酸、酢酸、ギ酸、リン酸等を用いることができる。これら酸触媒の添加は、加水分解を素早く進行させるために重要である。
以上の工程により
図4、
図5(D)に示すようにゾル-ゲルコーティング液(シリカ系絶縁皮膜形成用コーティング液)20を得ることができる。このゾル-ゲルコーティング液20は、TEOSを溶媒中に添加した液体中に目視できない程度の微細なシリコーンレジンの微粒子が分散された状態である。
【0022】
コーティング液20を作製したならば、
図4の工程に示すように下地皮膜付きの軟磁性粉末(鉄粉など)21とコーティング液20をヘンシェルミキサーなどの流動式混合機に投入して、軟磁性粉末の外周(表面)に所定の厚さのコーティング液20を塗布する(塗布工程22)。ここで、下地皮膜付きの軟磁性粉末21は、表面にリン酸塩皮膜6が被覆されたFe系の軟磁性粉末である。
なお、この塗布工程22で用いる軟磁性粉末21としては、リン酸塩皮膜6を設けていない軟磁性粉末21でも良く、リン酸塩皮膜6は省略しても差し支えない。
【0023】
混合時の加熱温度は90℃~105℃に設定し、減圧下で混合する。加熱温度は例えば95℃である。混合終了後、190~290℃程度の温度で数10分程度(20~30分間)加熱して軟磁性粉末外周(表面)のコーティング液を乾燥させる。乾燥温度は、より好ましくは220~280℃程度であり、最も好ましくは250℃である。乾燥雰囲気は、好ましくは大気又は低酸素分圧雰囲気である。低酸素分圧雰囲気は、酸素分圧が0.001MPa以上0.021MPa未満(0.0099atm以上0.21atm未満)の酸素を含有する不活性ガス雰囲気であり、不活性ガスとしては、窒素ガスなどが挙げられる。以上により、コーティング液を乾燥して得られた皮膜で軟磁性粉末の外周(表面)を覆った構造のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを得ることができる(乾燥工程23)。
前記乾燥時に190℃未満の温度で乾燥すると、シリカ系絶縁皮膜中に生成するFe酸化物(Fe2O3またはFeO)の量が少なくなるので、後の工程で圧粉磁心とした場合の比抵抗が低下する。290℃を超える温度で乾燥すると、後の工程で圧粉磁心とした場合に皮膜に亀裂や欠陥が入り易くなり、比抵抗が低下する問題を生じる。
なお、本願明細書において「~」を用いて数値範囲の上限となる数値と数値範囲の下限となる数値を結んで表記する場合、特に限定記載しない限り、数値範囲は上限と下限を含むものとする。このため、上述の220~280℃は220℃以上280℃以下の範囲を意味する。
【0024】
(シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bのシリカ系絶縁皮膜7)
乾燥後のシリカ系絶縁皮膜7に関しては、一例として、TEOS由来のSiO2皮膜の膜厚は、3nm~20nm程度であり、より好ましくは4~17nmであり、例えば5nmである。TEOS(Siアルコキシド)由来のSiO2皮膜の膜厚とは、コーティング液中のTEOS(Siアルコキシド)の全てが、軟磁性粉末の表面を被覆するSiO2皮膜となると仮定した場合に、形成されるSiO2皮膜の厚さを意味する。
また、このシリカ系絶縁皮膜7は、Fe酸化物(Fe2O3またはFeO)とSi酸化物を主体として含む。シリカ系絶縁皮膜7において、Fe酸化物中のO量をO(-Fe)(at%)とし、Si酸化物中のO量をO(-Si)(at%)とすると、Fe酸化物とSi酸化物は、O(-Fe)/O(-Si)(シリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比)=0.05~1.0(at%比(原子%の比))を満たす。一例として、シリカ系絶縁皮膜7は、Fe酸化物とSi酸化物を合計量で68~83at%含有し、残りの17~32at%程度がP酸化物あるいは水酸基を有する不純物成分、炭化水素成分などである。Fe酸化物とSi酸化物の合計量のより好ましい範囲は、69~81at%である。
シリカ系絶縁皮膜中のFe酸化物とSi酸化物の合計量や、Si酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比は、XPS(X線光電子分光法)による表面分析結果において、皮膜表面から深さ5nm以下、例えば表面から深さ2~3nm程度までの深さの領域を直径φ200μm程度の範囲で計測した平均値として求めることができる。すなわち、直径φ200μm程度の範囲において、1個又は複数個のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末粒子の表面から深さ5nm以下の領域をXPS(X線光電子分光法)により表面分析して、Fe量(at%)、Si量(at%)、Fe酸化物中のO量(at%)、及びSi酸化物中のO量(at%)を計測する。Fe量の計測値の平均値をシリカ系絶縁皮膜中のFe量とし、Si量の計測値の平均値をシリカ系絶縁皮膜中のSi量とし、Fe酸化物中のO量の計測値の平均値をシリカ系絶縁皮膜中のFe酸化物中のO量とし、Si酸化物中のO量の計測値の平均値をシリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量とする。
【0025】
ここで示すO(-Fe)/O(-Si)=0.05~1.0(at%比)の範囲は、上述の測定結果であるので、シリカ系絶縁皮膜7の表面におけるSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比と表記することができる。
【0026】
より具体的には、後述する実施例の試験結果に示すように、XPS分析により、ナロースキャン分析でC1sピーク、O1sピーク、Si2pピーク、P2pピーク、及びFe2pピークを得る。C1s、O1s、Si2p、P2p、及びFe2pのピークの面積割合の合計が100%となるように各ピークの面積割合(area%)(=at%)を算出する。Si2pピークの面積割合がシリカ系絶縁皮膜中のSi量であり、P2pピークの面積割合がシリカ系絶縁皮膜中のP量であり、Fe2pのピークの面積割合がシリカ系絶縁皮膜中のFe量である。
またナロースキャン分析で得られるO1sのスペクトルを解析し、Fe酸化物のピーク(Feと結合しているOのピーク)とSi酸化物のピーク(Siと結合しているOのピーク)とリン酸あるいは水酸化物のピークとを分離することで、O(-Fe)とO(-Si)を求めることができる。試料によってはこれらのピークに加えて吸着水のピークが観測されることがある。O1sのピークから分離されたピークのうち、吸着水のピーク以外のピークの面積割合の合計が100%となるように各ピークの面積割合を算出する。Fe酸化物のピークの面積割合にO1sのピークの面積率を掛けることで、O(-Fe)(at%)を求めることができる。Si酸化物のピークの面積割合にO1sのピークの面積率を掛けることで、O(-Si)(at%)を求めることができる。このため、O(-Fe)とO(-Si)のat%の比(原子%の比)を算出することができる。また、Si2pのピークの面積割合(Si量)、Fe2pのピークの面積割合(Fe量)、O(-Fe)、及びO(-Si)の合計がFe酸化物とSi酸化物の合計量となる。
シリカ系絶縁皮膜7は、シリコーンレジンも含む。シリコーンレジンの構成元素は、C,H,Si,Oであるが、Hに由来するピークは測定されない。このため、シリカ系絶縁皮膜7中のシリコーンレジンの量は不明である。
これらのピーク分離結果から、O(-Fe)/O(-Si)の比が0.05~1.0(at%比)の範囲となるシリカ系絶縁皮膜7であることが望ましい。この理由は、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを用いて後述する圧粉磁心Aを製造した場合、高い飽和磁束密度を示し、比抵抗が高く、鉄損が少ない圧粉磁心Aを得ることができるためである。
上述の結果は、シリカ系絶縁皮膜7において、観測面積あたり、Siに化合している酸素の量に対するFeに化合している酸素の量の比率を求めたこととなる。
上述の比率の範囲であれば、シリカ系絶縁皮膜7において、FeはFe2O3またはFeOとして存在しており、このFe2O3またはFeOの存在する量が多い。このため、下地の軟磁性粉末5あるいはリン酸塩皮膜6を介して軟磁性粉末5にシリカ系絶縁皮膜7が強く密着していると推定できる。
【0027】
ところが、O(-Fe)/O(-Si)が1.0(at%比)を超える場合、シリカ系絶縁皮膜7中に酸化鉄が多くなり過ぎ、皮膜の密着性は良好と思われるが、シリカ系絶縁皮膜7が硬くなり過ぎる傾向となる。このため、後述する圧粉磁心Aを製造する際の圧縮成形時に、軟磁性粉末5の変形にシリカ系絶縁皮膜7が追従し難くなり、シリカ系絶縁皮膜7に亀裂や欠陥が多く生じると推定できる。このため、き裂などを介して下地のFeが露出し、圧粉磁心A内の軟磁性粉末間で導通が生じ易くなり、圧粉磁心Aとして、比抵抗が低下すると推定できる。
【0028】
O(-Fe)/O(-Si)が0.05(at%比)未満の場合、シリカ系絶縁皮膜7において酸化鉄が少ないため、軟磁性粉末5に対するシリカ系絶縁皮膜7の密着性が低下する。これにより、圧粉磁心Aを製造する際の圧縮成形時に、軟磁性粉末5表面上のシリカ系絶縁皮膜7の剥離が生じて下地のFeが露出し易くなる。このため、軟磁性粉末粒子間での導通が生じる確率が高まり、圧粉磁心Aとして高抵抗ではなくなると推定できる。
従って、O(-Fe)/O(-Si)の比率が0.05~1.0(at%比)の範囲となるシリカ系絶縁皮膜7であることが必要である。O(-Fe)/O(-Si)の比率は、さらに好ましくは0.1~1.0(at%比)である。
【0029】
(圧粉磁心Aの製造方法)
本実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bにシリコーンレジン粉末を0質量%~0.9質量%の割合で混合し、成形用原料混合粉末を得る。シリコーンレジン粉末の割合は、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末B100質量%に対する量であり、例えば0.03質量%、0.09質量%、あるいは、0.18質量%などである。この成形用原料混合粉末に0質量%~0.8質量%の割合でワックス系潤滑剤を混合する(混合工程24)。ワックス系潤滑剤の割合は、成形用原料混合粉末100質量%に対する量であり、例えば0.6質量%である。
得られた成形用原料混合粉末(ワックス系潤滑剤を含む成形用原料混合粉末)をプレス成形機の金型に投入し、目的の形状、例えば円環状、ロッド状、円盤状などの形状に圧縮成形する(成形工程25)。
例えば700~1570MPa程度の圧力で80℃程度の温間成形により圧縮成形できる。成形時の加圧力は、例えば790MPaである。
【0030】
得られた成形体に対して熱処理工程26を施す。熱処理工程26では、真空雰囲気あるいは窒素ガス雰囲気などの非酸化性雰囲気中において、500℃~900℃の温度範囲で数10分~数時間程度(20分~3時間程度)、成形体を加熱して焼成する。加熱温度は、例えば650℃であり、加熱時間は、例えば30分間程度である。これにより、目的の組織の圧粉磁心Aを得ることができる。この圧粉磁心Aは、軟磁性粉末からなる複数の軟磁性粉末粒子11が、それらの間に粒界層12を介在した状態で接合された組織を有する。
【0031】
以上説明した製造方法において、前述の溶媒中にシリコーンレジンとTEOSを十分に溶解し分散させてコーティング液を作製する。コーティング液を軟磁性粉末に塗布し、好適な温度範囲(220~280℃)で乾燥する。これにより本実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bが製造される。コーティング液の乾燥物がシリカ系絶縁皮膜7となる。本実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bが圧縮成形され、加熱されて本実施形態の圧粉磁心Aが製造される。コーティング液の乾燥物であるシリカ系絶縁皮膜7は、圧縮成形により圧縮層となる。圧縮層が焼成して粒界層12が生成する。圧粉磁心Aにおいて、粒界層12によって複数の軟磁性粉末粒子11が接合した組織を呈する。
溶媒中にシリコーンレジンとTEOSを十分に溶解し分散させてゾル-ゲルコーティング液が作製され、このゾル-ゲルコーティング液の乾燥物(シリカ系絶縁皮膜7)を焼成して粒界層12が生成する。このため、粒界層12は、層内においてゾル-ゲルコーティング液由来のSi-O骨格とシリコーンレジン由来の樹脂骨格の複合化がなされた複合酸化物層であると想定できる。なお、シリコーンレジンは、シリカ系絶縁皮膜7に含まれるシリコーンレジンと、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bと混合されたシリコーンレジンである。また、粒界層12にはFe系の軟磁性粉末5から拡散されたFeの酸化物が含まれる。
【0032】
前述のゾル-ゲルコーティング液(シリカ系絶縁皮膜形成用コーティング液)20においては、溶媒に対しシリコーンレジンを十分に溶解し、TEOSを十分に分散させ、酸触媒と水を添加して加水分解反応と縮合重合反応を促進している。そして、シリコーンレジンとTEOSを有するゾル-ゲルコーティング液(シリカ系絶縁皮膜形成用コーティング液)20であれば、必然的にシリカ系絶縁皮膜7の分子内に樹脂であるシリコーンレジンが存在する。また、圧粉磁心Aの製造工程では、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bにシリコーンレジン粉末が混合される。これらシリコーンレジンが焼成時に部分的に焼失することで粒界層内に原子レベルの空孔を生み出している。ここに焼成時にFe系の軟磁性粉末5からFeが拡散されて原子レベルの空孔に鉄原子が捕らわれる。その結果、Siの複合酸化物中にFeが拡散した構造の粒界層12が形成され、この粒界層12を介して軟磁性粉末粒子11同士が強固に接合することで強度の高い圧粉磁心Aを得ることができる。
【0033】
更に、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bは、Fe酸化物とSi酸化物を含むシリカ系絶縁皮膜7に覆われ、Fe酸化物とSi酸化物はO(-Fe)/O(-Si)=0.05~1.0(at%比)を満たす。圧粉磁心Aは、このシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを圧縮成形し、焼成して、得られている。このため、焼成後に得られた軟磁性粉末粒子11は、粒界層12を介し接合される。粒界層12は上述のシリカ系絶縁皮膜7の圧縮焼成物とシリコーンレジンの圧縮焼成物からなり、軟磁性粉末粒子11に対する粒界層12の密着性に優れ、き裂などの欠陥が少ない。このため、圧粉磁心Aは比抵抗が高く、高い磁束密度を有し、鉄損も少ない特徴を有する。
粒界層12は、一例として
図2に示すように、FeとSiの個々の酸化物あるいはFeとSiの複合酸化物にCが含まれている基層12aと、粒界層12中に分散されたSiO
2リッチな斑点状または不定形の領域12bとから構成されている。
【0034】
本実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bでは、それぞれの軟磁性粉末粒子の表面に前述のシリカ系絶縁皮膜7が被覆されている。例えば、ESEM(環境制御型走査電子顕微鏡)により、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを加熱(昇温)しながら観察すると、減圧不活性ガス雰囲気中で500℃~650℃の高温まで昇温してもシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bの周面に酸化鉄の微結晶が生成し難いことが分かった。これが原因となって、高温で焼成された圧粉磁心Aであっても、比抵抗の低下を抑制できる圧粉磁心Aを提供できる。
即ち、ESEMにより、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bを加熱(昇温)しながら観察すると、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末Bの周面に酸化鉄の微結晶の析出が少ないことが分かった。このため、高温での焼成を経ても高い比抵抗を維持することができると推定される。減圧不活性ガス雰囲気中での昇温時に酸化鉄の微結晶の析出が少ないことは、焼成前の皮膜に存在する欠陥の数が少ないことを意味する。
【0035】
また、圧粉磁心Aを適用した
図3に示すリアクトル14では、リアクトルコア14aの比抵抗が大きく、磁束密度が高く、鉄損も少ないので、リアクトル14として高い性能を得ることができる。
【0036】
なお、前記リアクトル14は本実施形態に係る圧粉磁心Aを電磁気回路部品に適用した一例であって、本実施形態に係る圧粉磁心Aをその他の種々の電磁気回路部品に適用できるのは勿論である。例えば、モーターコア、アクチュエーターコア、トランスコア、チョークコア、磁気センサコア、ノイズフィルター用コア、スイッチング電源用コア、DC/DCコンバーター用コア等の種々の電磁気回路部品に適用することができる。
【実施例】
【0037】
平均粒径(D50)が50μmの純鉄粉末あるいは純鉄粉末にリン酸鉄被膜が被覆されたリン酸鉄被覆鉄粉を用意した。以下、純鉄粉末及びリン酸鉄被覆鉄粉を単に鉄粉とも言う。
前記リン酸鉄被覆鉄粉(軟磁性粉末)の表面のTEOS由来のSiO2皮膜の厚さが4nmとなる量のTEOSと、軟磁性粉末の量に対して0.24質量%の量のシリコーンレジンを含有するコーティング液を作製した。このコーティング液を用いて実施例1の試料(シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末)及び成形用原料混合粉末を後述する工程に従い作製した。
前記リン酸鉄被覆鉄粉(軟磁性粉末)の表面のTEOS由来のSiO2皮膜の厚さが5nmとなる量のTEOSと、軟磁性粉末の量に対して0.30質量%の量のシリコーンレジンを含有するコーティング液を作製した。このコーティング液を用いて実施例2、実施例5、実施例6、比較例1、比較例3の試料及び成形用原料混合粉末を後述する工程に従い作製した。
前記純鉄粉末(軟磁性粉末)の表面のTEOS由来のSiO2皮膜の厚さが5nmとなる量のTEOSと、軟磁性粉末の量に対して0.30質量%の量のシリコーンレジンを含有するコーティング液を作製した。このコーティング液を用いて実施例3の試料及び成形用原料混合粉末を後述する工程に従い作製した。
【0038】
前記リン酸鉄被覆鉄粉(軟磁性粉末)の表面のTEOS由来のSiO2皮膜の厚さが16.9nmとなる量のTEOSと、軟磁性粉末の量に対して0.20質量%の量のシリコーンレジンを含有するコーティング液を作製した。このコーティング液を用いて実施例4の試料及び成形用原料混合粉末を後述する工程に従い作製した。
前記リン酸鉄被覆鉄粉(軟磁性粉末)の表面のTEOS由来のSiO2皮膜の厚さが11.3nmとなる量のTEOSと、軟磁性粉末の量に対して0.14質量%の量のシリコーンレジンを含有するコーティング液を作製した。このコーティング液を用いて比較例2の試料及び成形用原料混合粉末を後述する工程に従い作製した。
なお、これら各実施例と比較例において、シリコーンレジンは粒径1mm以下のグレード品を用いた。
【0039】
上述の試料及び成形用原料混合粉末の作製手順の代表例として実施例4を一例として以下に説明する。
メチル系シリコーンレジンを液温45~50℃の2-プロパノール(IPA)に混合し2時間攪拌してメチル系シリコーンレジンをIPAに溶解した。得られた溶液にテトラエトキシシラン(TEOS)を添加し、溶液を室温にて4時間攪拌して混合した。混合撹拌時間は、マグネチックスターラーを用いて攪拌速度150rpmで撹拌する際の時間を意味する。以下、他の実施例においても撹拌する場合の撹拌条件は同等とした。
この後、溶液に9.2mass%の希塩酸を添加し、溶液を4~24時間攪拌し(液温:約35℃)、シリカゾル-ゲルコーティング液を得た。
【0040】
実施例4の試料を作製するためのシリカゾル-ゲルコーティング液は、シリコーンレジン:0.61g、IPA:6.70g、TEOS:1.86g、水:0.32g、12NHCl:0.008g、合計9.496gの割合で各成分を混合して得られた。
また、実施例1~3、実施例5、実施例6、比較例1~3においても、実施例4と同等の配合順序に従い各成分を混合した。上述したそれぞれのシリコーンレジン量、IPA量、TEOS量、水量、12NHCl量を調整することで、前述のTEOS由来のSiO2皮膜の厚さ及びシリコーンレジン量となるように添加成分を調整した。以上により、シリカゾル-ゲルコーティング液を作製した。
【0041】
実施例4の試料を作製するためのシリカゾル-ゲルコーティング液において、[IPA]/[TEOS]の割合(モル比)は12に設定している。
TEOS添加量は、TEOS由来のSiO2皮膜の厚さとして計算し、比表面積が4.0×10-2m2/gの軟磁性粉末をベースに換算した。
TEOS由来のSiO2皮膜の膜厚は、軟磁性粉末の比表面積(BET3点法による測定値)、SiO2密度(水晶の物性値2.65g/cm3)を用いて以下の式から算出した。
TEOS由来のSiO2皮膜の膜厚(nm)=TEOSの物質量(mol)×SiO2分子量(g/mol)/SiO2密度(g/cm3)/軟磁性粉末の比表面積(m2/g)/軟磁性粉末重量(g)(*)
【0042】
(計算例)
TEOS重量7.45g、鉄粉比表面積4.0×10-2m2/g、鉄粉重量300gの場合、上記計算式(*)にTEOSの分子量208.33g/mol、SiO2の分子量60.1g/molを代入すると、TEOS由来のSiO2皮膜の膜厚は、以下の値となる。
TEOS由来のSiO2皮膜の膜厚=7.45(g)/208.33(g/mol)×60.1(g/mol)/2.65(g/cm3)/4.0×10-2(m2/g)/300(g)=6.76×10-8(m)=67.6(nm)
なお、厳密には、長さの単位をmに統一するために、SiO2密度として2.65×106(g/m3)を用いる。
【0043】
TEOSの量に対する水の量のモル比を[H2O]/[TEOS]=2とした。このため、水の添加量は、以下の式で算出される。
(H2O質量)=(TEOS質量/(208.33g/mol(TEOS分子量)))×2×18.016g/mol(H2Oの分子量)
TEOSの量に対する希塩酸(12NHCl)の量のモル比を[12NHCl]/[TEOS]=0.025とした。このため、希塩酸の添加量は、以下の式で算出される。
(12NHCl質量)=(TEOS質量/(208.33g/mol(TEOS分子量)))×0.025×36.458g/mol(HClの分子量)
あるいは、[12NHCl]/[TEOS]=0.025であるため、TEOSの量に対する100%の塩酸の量のモル比は[100%HCl]/[TEOS]=0.009となる。このため、希塩酸の添加量は、以下の式でも算出される。
(12NHCl質量)=(TEOS質量/(208.33g/mol(TEOS分子量)))×0.009×36.458g/mol(HClの分子量)×100/36
なお、12NHCl質量を表す二つ目の式は、塩酸試薬12NHClのHCl濃度を36%として計算する。
【0044】
前記リン酸鉄被覆鉄粉にヘンシェルミキサーを用いて前述のシリカゾル-ゲルコーティング液を塗布した。
95℃に加熱したヘンシェルミキサーの容器内で撹拌されているリン酸鉄被覆鉄粉(300g)に対し、前述の工程で得たコーティング液を供給して減圧下で加熱しながら、攪拌、混合した。コーティング液を供給したことによりリン酸鉄被覆鉄粉の温度が一旦低下した。リン酸鉄被覆鉄粉の温度がコーティング開始温度の例えば94℃まで回復してからさらに3分間、減圧下で撹拌と加熱を続けた。詳細には、攪拌しながらコーティング液を供給し、次にコーティング液の供給を停止し、減圧下で加熱しながら、攪拌、混合した。この一連の操作を複数回繰り返した。上述の比率で鉄粉とコーティング液を用いることでTEOS由来のSiO2皮膜の厚さが16.9nmのコーティング鉄粉(実施例4の試料作製用)を得た。
ヘンシェルミキサーで鉄粉にゾル-ゲルコーティング液を塗布する工程において、鉄粉表面を覆うゾル-ゲルコーティング液(シリカ系絶縁皮膜形成用コーティング液)の塗布を大気中95℃で3分間加熱し続けると、繰り返しコーティング液を供給する度にゾル-ゲルコーティング液膜が溶解することなく鉄粉上に塗り重ねられて定着していく。95℃での加熱時間が3分間未満であると、ゾル-ゲルコーティング液膜が鉄粉表面上に定着せずに剥離しやすくなるので、3分間以上処理することが好ましい。
【0045】
次に、95℃に加熱したヘンシェルミキサーの容器内で撹拌されているリン酸鉄被覆鉄粉(300g)に対し前述の工程で得たコーティング液9.496gの供給量を調整し、先に記載したTEOS由来のSiO2皮膜の厚さを有する実施例4のコーティング鉄粉を得た。
他の実施例においては、コーティング液量やコーティング液中の各成分の配合量を変更してそれぞれのコーティング鉄粉を作製した。
【0046】
実施例1,3~6、比較例1,2では、この後、ゾル-ゲルコーティング液を塗布したリン酸鉄被覆鉄粉を大気中で、200℃、250℃あるいは300℃で1時間加熱し乾燥した。これにより加熱乾燥温度の異なる複数のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(シリカゾル-ゲル被覆鉄粉)の試料を得た。
詳細には、実施例5、比較例2では、200℃で乾燥してシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(試料)を得た。実施例1、実施例3、実施例4、実施例6では、250℃で乾燥してシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(試料)を得た。比較例1では、300℃で乾燥してシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(試料)を得た。
また、実施例2、比較例3では、ゾル-ゲルコーティング液を塗布したリン酸鉄被覆鉄粉を以下の雰囲気で乾燥した。実施例2では、窒素ガスフロー中(低酸素分圧雰囲気中)において250℃で乾燥してシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(試料)を得た。比較例3では、乾燥炉を真空引きし、次いで窒素ガスに置換して100%窒素雰囲気中で250℃に加熱乾燥してシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(試料)を得た。
【0047】
前記した実施例1~6の試料粉末と比較例1~3の試料粉末について、XPS分析により表面分析を行った。
XPS分析装置としてULVAC PHI 5000 VersaProbe II を用い、X線源としてMonochromated Al Kα:25Wを用いた。パスエネルギー:187.85eV(Survey)、46.95eV(Narrow)、測定間隔:0.8eV/Step(Survey)、0.1eV/Step(Narrow)、試料面に対する光電子取り出し角:45deg、分析エリア:直径φ約200μmの範囲の条件で表面分析を行った。
【0048】
その結果、
図9~
図13に示すようにそれぞれの元素のピークが得られた。
大気中200℃で乾燥した試料((1)の試料:実施例5)と、大気中250℃で乾燥した試料((2)の試料:実施例6)と、大気中300℃で乾燥した試料((3)の試料:比較例1)と、窒素中250℃で乾燥(低酸素分圧で乾燥)した試料((4)の試料:実施例2)と、窒素中250℃で乾燥(真空引き後に窒素ガスで置換して乾燥)した試料((5)の試料:比較例3)を用意した。
図9は、(1)~(5)の試料に対しXPS分析法によりナロースキャン分析して得られたC1sピークを示す。
図10は、(1)~(5)の試料に対しXPS分析法によるナロースキャン分析して得られたO1sピークを示す。
図11は、(1)~(5)の試料に対しXPS分析法によるナロースキャン分析して得られたSi2pピークを示す。
図12は、(1)~(5)の試料に対しXPS分析法によるナロースキャン分析して得られたP2pピークを示す。
図13は、(1)~(5)の試料に対しXPS分析法によるナロースキャン分析して得られたFe2pピークを示す。
【0049】
図9~
図13に示すピーク図形の内、
図10に示す(2)の試料(大気中250℃で乾燥した試料:実施例6)と(3)の試料(大気中300℃で乾燥した試料:比較例1)、(4)の試料(窒素中250℃で乾燥(低酸素分圧で乾燥)した試料:実施例2)では、SiOxのピークと(Fe)oxideのピークの分かれた2つ山型のピークが得られた。
このため、
図10に示す(4)の試料のピークについて、
図14に示すようにナロースペクトルのピーク分離を行った。
図10に示す(4)の試料のピークは、
図14に示すようにSi酸化物のピークと、Fe酸化物のピークと、リン酸または水酸化物のピークと、吸着水に起因すると推定されるピークに分離することができた。そして、吸着水を除外したO1sピークの面積のうち、Fe酸化物中の(Feと結合している)Oのピークの面積割合(area%)(=at%)と、Si酸化物中の(Siと結合している)Oのピークの面積割合(area%)(=at%)の比率を計算することができる。
【0050】
一例として、実施例2((4)の試料)の場合、
図14に示すピーク分離した各ピークの面積割合は、Fe-O:24.53%、P-Oあるいは-OH:9.92%、Si-O:60.53%、吸着水:5.02%で合計100%となる。この関係から、吸着水の分を除去してarea%を再計算する。
再計算すると、Fe-Oの面積率は25.83%、P-O,-OHの面積率は10.44%、Si-Oの面積率は63.73%となり、これらの合計を100%とする。
ここから、O1sは53.21at%であるので、O(-Si)は53.21×63.73/100=33.91at%、O(-P)あるいは-OHは53.21×10.44/100=5.56at%、O(-Fe)は53.21×25.83/100=13.74at%となる。
よって、(O(-Fe)/O(-Si))=13.74/33.91で0.41(小数点第三位で四捨五入)となり、この値を以下の表1に記載した。他の試料についても同様に、O(-Fe)/O(-Si)の比を計算し、表1に記載した。
【0051】
図9~
図13に示す実施例2、5、6と比較例1、3の試料に対する分析結果に基づき、各含有元素の割合(C1s、O1s、Si2p、P2p、Fe2p:at%(合計100at%))とピーク分離した結果から求めた値(O-(Si)、O(-P),-OH、O(-Fe))と、(O(-Fe)/O-(Si))の値を算出した結果を以下の表1にまとめて示す。
【0052】
【0053】
表1に示すように、実施例2、5、6の(O(-Fe)/O-(Si))の値は0.05~1.0(at%比)の範囲内であった。これに対し、比較例1、3の(O(-Fe)/O-(Si))の値は0.05~1.0(at%比)の範囲から外れていた。
【0054】
次に、実施例1~6の試料と比較例1、3の試料のそれぞれに、試料の量100質量%に対して、0.09質量%の量のシリコーンレジン粉末と、0.6質量%の量のワックス系潤滑剤を添加して複数の原料混合粉末を得た。
比較例2の試料に、試料の量に対して0.03質量%の量のシリコーンレジン粉末と、鉄粉の量に対して0.6質量%の量のワックス系潤滑剤を添加して原料混合粉末を得た。
これら実施例1~6の原料混合粉末と比較例1~3の原料混合粉末のそれぞれを用い、成形圧790MPa(8t/cm2)で80℃の温間成形によりリング状の成形体を得た。
前記リング状の成形体を窒素雰囲気中において650℃に加熱し30分間焼成した。焼成後、徐冷して圧粉磁心を得た。リング状圧粉磁心のサイズは、OD35×ID25×H5mmである(OD:外径、ID:内径、H:高さ)。
なお、純鉄粉末の表面に被覆したコーティング液は650℃の焼成により一部の成分が消失するがコーティング液中のSiが主体として残留し、SiとFeのそれぞれの酸化物あるいはSiとFeと酸素を含有する複合酸化物となって隣接するリン酸鉄被覆鉄粉末粒子間の粒界に粒界層として残留した。
【0055】
実施例1~6と比較例1~3の圧粉磁心について、10kA/mでの磁束密度(T)、比抵抗(μΩm)、0.1T、周波数10kHzでの鉄損(W/kg)のそれぞれの測定値と、先に説明したXPS分析法により算出した(O(-Fe)/O(-Si))の値を以下の表2に記載した。なお、比抵抗の値“a×10b”は、“aE+b”と記載した。
表2に記載した(O(-Fe)/O(-Si))の値は各試料の分析視野10ヶ所における測定値の平均値である。
前記10kA/mでの磁束密度の測定は、リング状試料を用いてB-Hトレーサ(メトロン技研(株)製直流磁化特性試験装置 SK110)で行った。
前記0.1T、周波数10kHzでの鉄損の測定は、リング状試料を用いてB-Hアナライザ(岩通計測(株)製交流磁気特性測定装置 SY-8218)により行った。
【0056】
【0057】
表2に示すように、実施例1~6の試料は比較例1~3の試料に比べて明らかに比抵抗(μΩm)が高く、鉄損(W/kg)が少なかった。
また、実施例1~6の試料は、XPS分析法で得られたデータに基づき計算した(O(-Fe)/O(-Si))の値が0.05~0.89の範囲であり、O(-Fe)/O(-Si)=0.05~1.0の範囲内に収まっていた。
【0058】
表1と表2に示す結果から、以下の特徴を有するシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末であるならば、磁束密度が高く、比抵抗が高く、鉄損の少ない圧粉磁心を製造可能なシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を提供できることが分かった。
表面にシリカ系絶縁皮膜を被覆したFe系の軟磁性粉末であって、シリカ系絶縁皮膜には、主体としてFe酸化物とSi酸化物が含まれ、Fe酸化物とSi酸化物は、O(-Fe)/O(-Si)(シリカ系絶縁皮膜中のSi酸化物中のO量に対するFe酸化物中のO量の比)=0.05~1.0(at%比)を満たす。
【0059】
図6は、実施例4のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末について、電界放射型走査電子顕微鏡により低加速電圧で観察した結果(SEM二次電子像)を示す写真である。前述したように実施例4の試料は、リン酸鉄被覆鉄粉にゾル-ゲルコーティング液を塗布し、大気中にて250℃で乾燥させることにより作製した。倍率を1500倍としてSEM画像一杯に1つのシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末が入る拡大率とした。
図7は、実施例4の圧粉磁心の粒界層を含む軟磁性粒子の部分断面組織を電界放射型走査電子顕微鏡により低加速電圧で観察した結果(SEM反射電子像)を示す写真である。
これらの写真から、軟磁性粉末をシリカ系絶縁皮膜で完全に覆った構造のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末が得られたことがわかる。すなわち、それぞれの軟磁性粉末粒子の表面が完全にシリカ系絶縁皮膜で被覆されていることが分かった。また、シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を用いて圧粉磁心を製造した場合、軟磁性粉末粒子が粒界層で接合された組織が得られたことがわかった。
【0060】
図8は、大気中にて種々の温度で乾燥して得られたシリカ系絶縁被覆粉末を用いて製造された圧粉磁心に関して、圧粉磁心の比抵抗(μΩm)と大気中での乾燥温度の相関関係を示すグラフである。
図8には、リン酸鉄被覆鉄粉にコーティング液を塗布し、次いで大気中で乾燥して得られた試料を用いた結果を示す。詳細には、300℃で乾燥して得られた比較例1と、250℃で乾燥して得られた実施例6と、200℃で乾燥して得られた実施例5のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末(試料)を用いた結果であり、
図8は、これら試料を用いて製造した圧粉磁心の比抵抗(μΩm)とコーティング後の大気乾燥温度の相関関係を示すグラフである。
また、
図8は、リン酸鉄被覆鉄粉にコーティング液を塗布し、次いで、大気中にて175℃または350℃で1時間乾燥して得られた試料の結果も合わせて示す。この試料の製造条件は、大気中での乾燥温度のみ異なる以外は、実施例5と同等であり、比較例の試料である。
【0061】
図8に示す比抵抗について、実用的には1.0E+05μΩm以上(1.0×10
5μΩm以上)の比抵抗が必要であることを考慮すると、大気中での乾燥温度は、190℃以上290℃以下の範囲であることが好ましいことが判る。また、比抵抗について、より好ましくは1.0E+06μΩm以上(1.0×10
6μΩm以上)の比抵抗が必要であると仮定するなら、大気中での乾燥温度は、220℃以上280℃以下の範囲であることがより好ましいと推定できる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末を圧縮成形し、600℃以上などの高温に加熱して得られる圧粉磁心において、磁束密度が高く、比抵抗が高く、鉄損の少ない優れた特性が得られる。このため、本実施形態のシリカ系絶縁被覆軟磁性粉末は、圧粉磁心を製造するための原料として好適に適用できる。圧粉磁心は、モーターコア、アクチュエーターコア、トランスコア、チョークコア、磁気センサコア、ノイズフィルター用コア、スイッチング電源用コア、DC/DCコンバーター用コア等の種々の電磁気回路部品に用いられる。
【符号の説明】
【0063】
A:圧粉磁心、B:シリカ系絶縁被覆軟磁性粉末、5:軟磁性粉末、6:リン酸塩皮膜、7:シリカ系絶縁皮膜、11:軟磁性粉末粒子、12:粒界層、12a:基層、12b:SiO2リッチな領域、13:下地皮膜、14:リアクトル(電磁気回路部品)、14a:リアクトルコア、14b:コイル部。