IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日立建機株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-作業機械 図1
  • 特許-作業機械 図2
  • 特許-作業機械 図3
  • 特許-作業機械 図4
  • 特許-作業機械 図5
  • 特許-作業機械 図6
  • 特許-作業機械 図7
  • 特許-作業機械 図8
  • 特許-作業機械 図9
  • 特許-作業機械 図10
  • 特許-作業機械 図11
  • 特許-作業機械 図12
  • 特許-作業機械 図13
  • 特許-作業機械 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-18
(45)【発行日】2022-11-29
(54)【発明の名称】作業機械
(51)【国際特許分類】
   E02F 3/43 20060101AFI20221121BHJP
   E02F 9/20 20060101ALI20221121BHJP
   E02F 9/26 20060101ALI20221121BHJP
   E02F 9/22 20060101ALI20221121BHJP
【FI】
E02F3/43 A
E02F9/20 M
E02F9/26 A
E02F9/22 K
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019114014
(22)【出願日】2019-06-19
(65)【公開番号】P2021001439
(43)【公開日】2021-01-07
【審査請求日】2022-02-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】成川 理優
(72)【発明者】
【氏名】森木 秀一
(72)【発明者】
【氏名】坂本 博史
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏明
【審査官】石川 信也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-226972(JP,A)
【文献】国際公開第2017/168686(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/181990(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02F 3/43
E02F 9/20
E02F 9/26
E02F 9/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械本体に取り付けられ作業具を含む複数のフロント部材を有する作業装置と,
前記機械本体及び前記複数のフロント部材を駆動する複数のアクチュエータと,
前記複数のアクチュエータを操作する操作装置と,
前記機械本体及び前記作業装置の姿勢情報を検出する姿勢センサと,
前記操作装置の操作情報を検出する操作センサと,
所定の目標掘削面に沿って前記作業具が移動するように前記作業装置を制御する掘削支援制御,及び,前記複数のフロント部材のうち前記作業装置を所定の作業領域から逸脱させ得る対象のフロント部材の動作を減速又は停止して前記作業領域からの前記作業装置の逸脱を防止する逸脱防止制御を利用して前記作業装置を制御可能なコントローラとを備え,
前記コントローラは,前記掘削支援制御と前記逸脱防止制御の両方で前記作業装置を制御する場合には,前記作業具の動作方向が,前記掘削支援制御のみを利用して前記作業装置を制御した場合の前記作業具の動作方向に近づくように前記作業装置を制御することを特徴とする作業機械。
【請求項2】
請求項1の作業機械において,
前記コントローラは,
前記掘削支援制御を利用する際,前記作業具が前記目標掘削面に沿って動作するように前記複数のフロント部材のうち少なくとも2つのフロント部材に関する目標速度を前記姿勢情報および前記操作情報に基づいて演算し,
前記逸脱防止制御を利用する際,前記作業装置が前記作業領域から逸脱しないように前記対象のフロント部材に関する制限速度を前記姿勢情報に基づいて演算し,
前記目標速度が演算された前記少なくとも2つのフロント部材に前記対象のフロント部材が含まれており,かつ,前記対象のフロント部材に関する目標速度が前記対象のフロント部材に関する制限速度を超えるとき,前記目標速度が演算された前記少なくとも2つのフロント部材から前記対象のフロント部材を除いた残りのフロント部材に関する制限速度を前記対象のフロント部材に関する制限速度に基づいて演算し,
前記対象のフロント部材に関する制限速度と前記残りのフロント部材に関する制限速度に基づいて前記少なくとも2つのフロント部材の動作を制御することを特徴とする作業機械。
【請求項3】
請求項2の作業機械において,
前記残りのフロント部材に関する制限速度は,前記対象のフロント部材に関する制限速度と前記残りのフロント部材に関する制限速度とによって規定される前記作業具の動作方向が,前記少なくとも2つのフロント部材に関する目標速度によって規定される前記作業具の動作方向に近づくように演算されることを特徴とする作業機械。
【請求項4】
請求項2の作業機械において,
前記残りのフロント部材に関する制限速度は,前記対象のフロント部材に関する制限速度と前記残りのフロント部材に関する制限速度とによって規定される前記作業具の動作方向が,前記少なくとも2つのフロント部材に関する目標速度によって規定される前記作業具の動作方向と一致するように演算されることを特徴とする作業機械。
【請求項5】
請求項2の作業機械において,
前記コントローラは,
前記対象のフロント部材に関する目標速度に対する前記対象のフロント部材に関する制限速度の速度割合である基準速度割合を演算し,
前記目標速度が演算された前記少なくとも2つのフロント部材から前記対象のフロント部材を除いた残りのフロント部材に関する制限速度を,前記残りのフロント部材に関する目標速度に対する前記残りのフロント部材に関する制限速度の速度割合が前記基準速度割合に一致するように演算し,
前記対象のフロント部材に関する制限速度と前記残りのフロント部材に関する制限速度に基づいて前記少なくとも2つのフロント部材の動作を制御することを特徴とする作業機械。
【請求項6】
請求項5の作業機械において,
前記コントローラは,
前記対象のフロント部材が2つ以上の場合,その2つ以上の対象のフロント部材ごとに速度割合を算出し,算出した複数の速度割合の中で最小の速度割合を前記基準速度割合とすることを特徴とする作業機械。
【請求項7】
請求項2の作業機械において,
前記コントローラが前記残りのフロント部材に関する制限速度を前記対象のフロント部材に関する制限速度に基づいて演算したとき,前記対象のフロント部材及び前記残りのフロント部材に関する速度が前記目標速度から低減されていることをオペレータに報知する報知装置を備えることを特徴とする作業機械。
【請求項8】
請求項7の作業機械において,
前記報知装置は,前記残りのフロント部材に関する制限速度を前記対象のフロント部材に関する制限速度に基づいて演算したとき,前記対象のフロント部材及び前記残りのフロント部材をオペレータに報知することを特徴とする作業機械。
【請求項9】
請求項7の作業機械において,
前記報知装置は,前記コントローラが前記対象のフロント部材に関する制限速度としてゼロを算出して前記対象のフロント部材の動作が停止したとき,前記対象のフロント部材の動作が停止していることをオペレータに報知することを特徴とする作業機械。
【請求項10】
請求項2の作業機械において,
前記コントローラは,前記対象のフロント部材に関する制限速度を,前記対象のフロント部材に設定された減速度に基づいて算出しており,
前記減速度は変更可能であることを特徴とする作業機械。
【請求項11】
請求項1の作業機械において,
前記コントローラが前記掘削支援制御と前記逸脱防止制御の両方で前記作業装置を制御する場合,その旨を報知する報知装置を備えることを特徴とする作業機械。
【請求項12】
請求項2の作業機械において,
前記少なくとも2つのフロント部材に関する目標速度は,前記少なくとも2つのフロント部材を駆動する少なくとも2つのアクチュエータの目標速度であり,
前記対象のフロント部材に関する制限速度は,前記対象のフロント部材を駆動するアクチュエータの制限速度であり,
前記残りのフロント部材に関する制限速度は,前記残りのフロント部材を駆動するアクチュエータの制限速度であり,
前記コントローラは,前記対象のフロント部材を駆動するアクチュエータの制限速度と前記残りのフロント部材を駆動するアクチュエータの制限速度とに基づいて,前記少なくとも2つのアクチュエータの速度を制御することを特徴とする作業機械。
【請求項13】
請求項2の作業機械において,
前記少なくとも2つのフロント部材に関する目標速度は,前記少なくとも2つのフロント部材の目標速度であり,
前記対象のフロント部材に関する制限速度は,前記対象のフロント部材の制限速度であり,
前記残りのフロント部材に関する制限速度は,前記残りのフロント部材の制限速度であり,
前記コントローラは,前記対象のフロント部材の制限速度と前記残りのフロント部材の制限速度に基づいて,前記少なくとも2つのフロント部材の速度を制御することを特徴とする作業機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は作業機械に関する。
【背景技術】
【0002】
油圧アクチュエータで駆動される作業装置(例えばブーム,アーム,及び作業具(アタッチメント)等の複数のフロント部材を有する多関節型のフロント作業装置)を備える作業機械(例えば油圧ショベル)の作業効率を向上する技術としてマシンコントロール(Machine Control:MC)がある。MCは,操作装置がオペレータに操作された場合に,予め定めた条件に従って作業装置を動作させる半自動制御を実行することでオペレータの操作支援を行う技術である。
【0003】
MCの例として,オペレータが現況地形を所望の形状に整形することを支援する技術がある。この技術に関して,特許文献1には,バケットの刃先が設計面の外方(上方)に位置しているときの距離を正の値とし,設計面(以下では,「目標掘削面」とも称する)の内方(下方)から外方(上方)に向かう方向の速度を正の値として,作業装置全体の制限速度とアーム目標速度とバケット目標速度とからブームの制限速度を決定し,ブームの制限速度がブーム目標速度よりも大きいことを含む第1制限条件が満たされているときには,ブームの制限速度にてブームを制御すると共に,アーム目標速度にてアームを制御する,建設機械の制御装置が開示されている。
【0004】
また,異なるMCの例として,予め設定された領域(以下では「作業領域」とも称する)から,ショベルの逸脱を防止する技術がある。この技術に関連して,特許文献2には,作業装置(フロント作業装置)の動作範囲空間に危険域(以下では,「侵入禁止領域」とも称する)を設け,その危険域の手前で作業装置の速度を減速させ,危険域の直前で作業装置を停止させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014/167718号公報
【文献】特開平05-321290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では,オペレータの違和感を小さく抑えながらバケットが設計面を侵食することを防止するために,ブームの制限速度が算出される。具体的には,すべてのフロント部材の動作によって生じる垂直方向速度が,設計面とバケット刃先の距離によって定められる垂直方向の制限速度を超えないよう,ブームの制限速度を算出する。このときアームとバケットの垂直方向速度は,オペレータの操作によって生じる速度としている。その結果,オペレータの掘削時の操作の違和感を抑制することができる。
【0007】
特許文献2では,危険域の手前に減速域を設け,オペレータ操作によって生じる作業装置速度が減速域内に定義される上限値を超過しないように,制御される。そのため,オペレータは掘削作業に専念できるため,ショベル操作時のオペレータの負担を軽減できる。
【0008】
一方,実際の現場においては,設計面と危険域の双方が設定されている状況がある。例えば,設計面の下方に危険域がある状況において,特許文献1と特許文献2に開示の技術を用いて掘削を行ったとき,設計面に沿った掘削が行えない可能性がある。例えば直線状の設計面に沿った掘削を行う場合には,アームのクラウド動作とブームの上げ動作を組み合わせて,バケットの先端に生じる速度ベクトルを設計面に沿わせる必要がある。このとき,特許文献1の制御(本稿では「掘削支援制御」と称する)によれば,オペレータ操作によるアームクラウド動作に対して,バケット先端を設計面に沿って移動させるためのブームの制限速度が算出される。しかし,バケット先端が減速域に入った場合には,特許文献2の制御(本稿では「逸脱防止制御」と称することがある)が発動し,実際に生じるアームクラウド動作が掘削支援制御で想定していたものよりも減速されるため,ブーム上げ動作が過剰になる。そのため,設計面に対してバケット先端は浮き上がることになり,設計面に沿った掘削動作を行うことができない虞がある。
【0009】
また,設計面の上方に危険域(例えば構造物など)があり,設計面と危険域の間に作業装置が位置する状況もある。そのような状況において,特許文献1と特許文献2に開示の技術を用いて掘削を行ったときは,設計面にバケットが侵入する可能性がある。例えば,特許文献1の掘削支援制御によってアームのクラウド動作とブームの上げ動作によって設計面に沿った直線状の掘削を行っているときに,アームの後端部が上方の危険域に近づいたために特許文献2の逸脱防止制御が発動してブーム上げが減速又は停止されると,掘削支援制御で想定した量よりもブーム上げが不足し,設計面に対してバケット先端が侵入し,設計面に沿った掘削動作を行うことができない虞がある。
【0010】
これらのように,設計面(目標掘削面)と危険域(作業領域,侵入禁止領域)の双方が設定されている状況では,特許文献1の掘削支援制御と特許文献2の逸脱防止制御の機能が干渉する虞がある。
【0011】
そこで本発明の目的は,掘削支援制御による目標掘削面の掘削中に作業装置が作業領域と危険域(侵入禁止領域)の境界である作業領域境界に近接する状況においても,目標掘削面に沿った掘削が可能となる作業機械を提供することにある。なお,上述のとおり,逸脱防止制御とは,侵入禁止領域への侵入を防ぐ制御のこと,換言すると,作業領域からの逸脱を防ぐ制御のことである。また,掘削支援制御とは,所望の目標掘削面が規定する形状になるように現況地形を整形する制御のことである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願は上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例を挙げるならば、機械本体に取り付けられ作業具を含む複数のフロント部材を有する作業装置と,前記機械本体及び前記複数のフロント部材を駆動する複数のアクチュエータと,前記複数のアクチュエータを操作する操作装置と,前記機械本体及び前記作業装置の姿勢情報を検出する姿勢センサと,前記操作装置の操作情報を検出する操作センサと,所定の目標掘削面に沿って前記作業具が移動するように前記作業装置を制御する掘削支援制御,及び,前記複数のフロント部材のうち前記作業装置を所定の作業領域から逸脱させ得る対象のフロント部材の動作を減速又は停止して前記作業領域からの前記作業装置の逸脱を防止する逸脱防止制御を利用して前記作業装置を制御可能なコントローラとを備え,前記コントローラは,前記掘削支援制御と前記逸脱防止制御の両方で前記作業装置を制御する場合には,前記作業具の動作方向が,前記掘削支援制御のみを利用して前記作業装置を制御した場合の前記作業具の動作方向に近づくように前記作業装置を制御するものとする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば,作業機械が作業領域境界に近接する状況において,目標掘削面に沿った掘削が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施形態に係る油圧ショベルの構成図。
図2図1の油圧ショベルのコントローラを油圧駆動装置とともに示す図。
図3】油圧ショベルにおける座標系(ショベル基準座標系)を示す図。
図4】コントローラの機能ブロック図。
図5】掘削支援制御による水平掘削動作の一例を示す図。
図6】逸脱防止制御により作業領域からの逸脱を防ぐ一例を示す図。
図7】目標掘削面と作業領域境界が近接する状況での掘削動作を示す図。
図8】目標掘削面と作業領域境界が近接する状況での掘削動作を示す図。
図9】掘削支援制御による制御のフローチャートの一例を示す図。
図10】フローチャートの補助図。
図11】逸脱防止制御による制御のフローチャートの一例を示す図。
図12】停止部位の算出の一例を示す図。
図13】逸脱防止制御による制御のフローチャートの一例を示す図。
図14】目標停止角度とフロント部材の回動角度との差と,減速係数との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下,本発明の実施形態について図面を用いて説明する。なお,以下では,作業機械として,作業装置(フロント作業装置)の先端の作業具(アタッチメント)としてバケットを備える油圧ショベルを例示するが,バケット以外のアタッチメントを備える作業機械に本発明を適用してもよい。また,旋回可能な構造物の上に,複数のフロント部材(作業具,ブーム,アーム等)を連結して構成される多関節型の作業装置を有するものであれば,油圧ショベル以外の作業機械への適用も可能である。
【0016】
また,以下の説明では,同一の構成要素が複数存在する場合,符号の末尾にアルファベットの小文字を付すことがあるが,当該アルファベットの小文字を省略して当該複数の構成要素をまとめて表記することがある。例えば,同一の3つのポンプ190a,190b,190cが存在するとき,これらをまとめてポンプ190と表記することがある。
【0017】
また,予め設定された,ショベルが作業可能な領域を作業領域,作業領域を定義する境界部分を,作業領域境界と称する。
【0018】
なお,以下に示す実施形態においては,先述した掘削支援制御や逸脱防止制御といった,操作装置がオペレータに操作された場合に予め定めた条件に従って作業装置を動作させる半自動制御を,「MC」と総称する。
【0019】
<第1実施形態>
図1は本発明の実施形態に係る油圧ショベルの構成図であり,図2は本発明の実施形態に係る油圧ショベルのコントローラ(制御装置)40を油圧駆動装置と共に示す図である。
【0020】
図1において,油圧ショベル1は,多関節型のフロント作業装置(作業装置)1Aと,車体(機械本体)1Bで構成されている。車体(機械本体)1Bは,左右の走行油圧モータ3a,3bにより走行する下部走行体11と,下部走行体11の上に取り付けられ,旋回油圧モータ4によって駆動され左右方向に旋回可能な上部旋回体12とからなる。
【0021】
フロント作業装置1Aは,垂直方向にそれぞれ回動する複数のフロント部材(ブーム8,アーム9及びバケット(作業具)10)を連結して構成されており,上部旋回体12(機械本体1B)に取り付けられている。ブーム8の基端は上部旋回体12の前部においてブームピン8a(図3参照)を介して回動可能に支持されている。ブーム8の先端にはアームピン9aを介してアーム9が回動可能に連結されており,アーム9の先端にはバケットピン10aを介してバケット10が回動可能に連結されている。ブーム8はブームシリンダ5によって駆動され,アーム9はアームシリンダ6によって駆動され,バケット10はバケットシリンダ7によって駆動される。
【0022】
ブーム8,アーム9,バケット10の回動角度α,β,γ(図3参照)を測定可能なように,ブームピン8aにブーム角度センサ30,アームピン9aにアーム角度センサ31,バケットリンク14にバケット角度センサ32が取付けられ,上部旋回体12には基準面(例えば水平面)に対する上部旋回体12(車体1B)の傾斜角θ(図3参照)を検出する車体傾斜角センサ33が取付けられている。なお,角度センサ30,31,32はそれぞれ基準面(例えば水平面)に対する角度を検出する角度センサ(例えば,慣性計測装置(IMU:Inertial Measurement Unit))に代替可能である。または各油圧シリンダ5,6,7のストロークを検出するシリンダストロークセンサに代替し,得られたシリンダストロークを角度に換算しても良い。 また,上部旋回体12と下部走行体11の回転中心近傍に,上部旋回体12と下部走行体11の相対角度(旋回角度θsw)を検出可能な旋回角度センサ17が取り付けられている。また,旋回の角速度を検出可能な旋回角速度センサ19が上部旋回体12に取り付けられている。
【0023】
5つの角度センサ30,31,32,33,17を上部旋回体(機械本体)12及びフロント作業装置1Aの姿勢情報を検出する姿勢センサ53(図4参照)と総称することがある。
【0024】
上部旋回体12に設けられた運転室内には複数の油圧アクチュエータ3a,3b,4,5,6,7を操作する操作装置が設置されている。具体的には操作装置として,走行右油圧モータ3a(下部走行体11)を操作するための走行右レバー23aと,走行左油圧モータ3b(下部走行体11)を操作するための走行左レバー23bと,ブームシリンダ5(ブーム8)及びバケットシリンダ7(バケット10)を操作するための操作右レバー22aと,アームシリンダ6(アーム9)及び旋回油圧モータ4(上部旋回体12)を操作するための操作左レバー22bが設置されている。以下では,これらを操作レバー22,23と総称することがある。
【0025】
上部旋回体12に搭載された原動機であるエンジン18は,油圧ポンプ2とパイロットポンプ48を駆動する。油圧ポンプ2は可変容量型ポンプであり,パイロットポンプ48は固定容量型ポンプである。
【0026】
本実施形態においては,図2に示すように,操作レバー22,23は電気レバー方式である。コントローラ40は,オペレータによる操作レバー22,23の操作情報(例えば,操作量,操作方向)をロータリエンコーダやポテンショメータ等の操作センサ(オペレータ操作検出装置)52a-52fで検出し,検出された操作情報に応じた電流指令を電磁比例弁47a,47b,47c,47d,47e,47f,47g,47h,47i,47j,47k,47l(以下では,電磁比例弁47a-lと総称することがある。)に送る。電磁比例弁47a-lは,パイロットライン150に設けられており,コントローラ40からの指令が入力された場合に駆動され,流量制御弁(コントロールバルブ)15にパイロット圧を出力し,これにより流量制御弁15が駆動する。流量制御弁15は,旋回油圧モータ4,アームシリンダ6,ブームシリンダ5,バケットシリンダ7,走行右油圧モータ3a,走行右油圧モータ3bのそれぞれに,操作レバー22,23の操作情報(電磁比例弁47a-47fから流量制御弁15へのパイロット圧)に応じたポンプ2からの圧油を供給できるよう構成されている。なお,電磁比例弁47a-bは旋回油圧モータ4に,電磁比例弁47c-dはアームシリンダ6に,電磁比例弁47e-fはブームシリンダ5に,電磁比例弁47g-hはバケットシリンダ7に,電磁比例弁47i-jは走行右油圧モータ3aに,電磁比例弁47k-lは走行右油圧モータ3bに圧油を供給する流量制御弁15にパイロット圧を供給する。
【0027】
パイロットライン150において,パイロットポンプ48と電磁比例弁47a-lの間には,コントローラ40と接続されたロック弁39が備わる。運転室内のゲートロックレバー(図示しない)の位置検出器がコントローラ40と接続され,ゲートロックレバーがロック位置にある場合にはロック弁39がロックされパイロットライン150に圧油は供給されず,ロック解除位置にある場合には,ロック弁39は解除され,パイロットライン150に圧油が供給される。
【0028】
油圧ポンプ2から吐出された圧油は,パイロット圧によって駆動される流量制御弁15を介して,走行右油圧モータ3a,走行左油圧モータ3b,旋回油圧モータ4,ブームシリンダ5,アームシリンダ6,バケットシリンダ7に供給される。供給された圧油によってブームシリンダ5,アームシリンダ6,バケットシリンダ7が伸縮することで,ブーム8,アーム9,バケット10がそれぞれ回動し,バケット10の位置及び姿勢が変化する。また,供給された圧油によって旋回油圧モータ4が回転することで,下部走行体11に対して上部旋回体12が旋回する。そして,供給された圧油によって走行右油圧モータ3a,走行左油圧モータ3bが回転することで,下部走行体11が走行する。以下では,走行油圧モータ3,旋回油圧モータ4,ブームシリンダ5,アームシリンダ6,バケットシリンダ7を,油圧アクチュエータ3-7と総称することがある。
【0029】
(システム構成)
図4は本実施形態の油圧ショベルが備える,MCシステムの構成図である。図4のMCシステムは,コントローラ40,目標掘削面60を設定するインターフェースである目標掘削面設定装置51と,操作レバー22,23に対するオペレータの操作情報を検出する操作センサ(オペレータ操作検出装置)52と,旋回角度センサ17や角度センサ30―33から構成される姿勢センサ(ショベル姿勢検出装置)53と,作業領域62(作業領域境界61)を設定するためのインターフェースである作業領域設定装置54と,上部旋回体12の測位に利用される衛星信号を受信するための2つのGNSSアンテナ55と,オペレータに掘削支援制御や逸脱防止制御の状態を含む各種情報を報知する報知装置46と,流量制御弁15を制御するパイロット圧を出力する電磁比例弁47とを備えている。
【0030】
(コントローラ40)
コントローラ40は,(1)掘削支援制御を単独で利用してフロント作業装置1Aを制御する場合と,(2)逸脱防止制御を単独で利用してフロント作業装置1Aを制御する場合と,(3)掘削支援制御と逸脱防止制御の両方を利用してフロント作業装置1Aを制御する場合がある。このうち(3)掘削支援制御と逸脱防止制御の両方でフロント作業装置1Aを制御する場合には,コントローラ40は,バケット10の動作方向が,掘削支援制御のみを利用してフロント作業装置1Aを制御した場合(すなわち(1)の場合)のバケット10の動作方向に近づくようにフロント作業装置1Aを制御する。
【0031】
「掘削支援制御」は,作業装置1Aの先端に位置するバケット10が所定の目標掘削面60(図5参照)に沿って移動するように複数のフロント部材8,9,10のうち少なくとも2つのフロント部材に関する目標速度を姿勢センサ53による姿勢情報および操作センサ52による操作情報に基づいて演算し,演算した目標速度に基づいて当該少なくとも2つのフロント部材,すなわちフロント作業装置1Aを制御するものである。
【0032】
「逸脱防止制御」は,複数のフロント部材8,9,10のうちフロント作業装置1Aを所定の作業領域62(作業領域境界61(図6参照))から逸脱させる可能性のあるフロント部材(対象フロント部材)に関する制限速度を姿勢センサ53による姿勢情報に基づいて演算し,その逸脱する可能性のあるフロント部材の速度が演算した制限速度を超えないように制御することで作業領域62からのフロント作業装置1Aの逸脱を防止するものである。
【0033】
なお,「フロント部材に関する目標速度」には,フロント部材自身の目標速度と,そのフロント部材を駆動する油圧シリンダ(アクチュエータ)の目標速度が含まれる。同様に,「フロント部材に関する制限速度」には,フロント部材自身の制限速度と,そのフロント部材を駆動する油圧シリンダ(アクチュエータ)の制限速度が含まれる。
【0034】
コントローラ40は,コントローラ40内の記憶装置(例えばハードディスクドライブやフラッシュメモリ)に記憶されたプログラムを処理装置(例えばCPU)が実行することで,目標掘削面演算部74,オペレータ操作速度推定部73,ショベル姿勢演算部72,作業領域演算部75,掘削支援要求速度算出部76,逸脱防止要求速度算出部77,報知制御部78,及びアクチュエータ制御部79として機能する。
【0035】
(目標掘削面演算部74)
目標掘削面演算部74は,2つのGNSSアンテナ55で受信した衛星信号を基に上部旋回体(機械本体)12の位置と方位を計測し,その計測結果と目標掘削面設定装置51からの情報に基づいて目標掘削面60を演算し,演算した目標掘削面60の位置情報を図3に示すショベル基準座標系に変換する演算を実行する。なお,変換前の座標系は,グローバル座標系(地理座標系)や,現場基準座標系である。なお,上部旋回体12の方位は,或る時刻に計測した上部旋回体12の方位と,旋回角センサ17の検出値とを利用して演算しても良い。
【0036】
(オペレータ操作速度推定部73)
オペレータ操作速度推定部73は,操作センサ52によって検出された操作レバー22a,22bのオペレータ操作量をもとに,予めコントローラ40の記憶装置内に保持している操作量と各油圧アクチュエータ5,6,7の速度(アクチュエータ速度)の相関テーブルを用いて,オペレータ操作による油圧アクチュエータ5,6,7の速度(オペレータ操作速度)を推定する。本実施形態では,さらに,演算した油圧アクチュエータ5,6,7の速度をショベル姿勢演算部72(後述)が演算するショベル1の姿勢情報を用いて,各フロント部材8,9,10の速度(角速度)に変換する。なお,角度センサ30~32の検出値から各角度の時間変化を演算し,その演算した時間変化をもとに各フロント部材8,9,10の速度を算出してもよい。
【0037】
(ショベル姿勢演算部72)
ショベル姿勢演算部72は,旋回角度センサ17から,ショベル基準座標系における上部旋回体12の旋回角度を演算する。また,ブーム角度センサ30,アーム角度センサ31,バケット角度センサ32から,ショベル基準座標系におけるフロント作業装置1A(各フロント部材8,9,10)の姿勢を演算する。油圧ショベル1の姿勢は,図3のショベル基準座標系(ローカル座標系)上に定義できる。図3のショベル基準座標系は,旋回中心軸のうち,下部走行体11が地面と接する点を原点としている。ショベル基準座標系のX軸は,下部走行体11が直進する際の進行方向と,フロント作業装置1Aの動作平面とが平行となり,かつ,フロント作業装置1Aの伸ばし方向の動作方向と,下部走行体11を前進させたときの動作方向とが一致する向きとする。Z軸は,下部走行体11の下面(地面との接地面)に固定し,Y軸は,上部旋回体12における旋回中心をZ軸と右手座標系を構成するように定めた。また,上部旋回体12の旋回角度については,フロント作業装置1AがX軸と平行になる状態を0度とした。X軸に対するブーム8の回転角をブーム角α,ブーム8に対するアーム9の回転角をアーム角β,アーム9に対するバケット10爪先の回転角をバケット角γ,下部走行体11に対する上部旋回体12の旋回角を旋回角δとした。ブーム角αはブーム角度センサ30により,アーム角βはアーム角度センサ31により,バケット角γはバケット角度センサ32により,旋回角δは旋回角度センサ34により検出される。これらの角度情報と,各フロント部材8,9,10の寸法情報Lbm,Lam,Lbk(図3参照)を用いる事で,ショベル基準座標系における油圧ショベル1の各部(フロント部材8,9,10を含む)の姿勢と位置を演算できる。また,重力方向に対して直角な水平面(基準面)に対する車体1Bの傾斜角θは,車体傾斜角センサ33で検出可能である。なお,コントローラ40にGNSSアンテナ55を接続し,グローバル座標系における,目標掘削面60,作業領域62,ショベル1の位置及び方位を算出し,制御を行う構成としてもよい。
【0038】
(作業領域演算部75)
作業領域演算部75は,作業領域設定装置54からの情報に基づき,オペレータが任意に設定可能な作業領域境界61(作業領域62)の位置情報を,ショベル基準座標系に変換する演算を実行する。作業領域境界61(作業領域62)は,グローバル座標系や現場基準座標系において定義されてもよい。
【0039】
(掘削支援制御)
ここで,掘削支援制御による,水平掘削動作の例を図5に示す。オペレータが操作レバー22を操作して,矢印A方向へのアーム9の引き動作によって水平掘削を行う場合に,バケット10の先端が目標掘削面60の下方に侵入しないようにコントローラ40から適宜ブーム上げ指令が出力され,ブーム8の上げ動作が自動的に行われるよう電磁比例弁47eが制御される。また,オペレータが要求するバケット10の先端の速度である掘削速度,あるいはバケット10の先端の位置精度である掘削精度を実現するように,電磁比例弁47cが制御されアーム9の引き動作が行われる。このとき,掘削精度向上のため,アーム9の速度を必要に応じて減速させても良い。また,バケット10背面の目標掘削面60に対する角度Bが一定値となり,均し作業が容易となるように,アーム9の引き動作に応じてバケット10が自動で矢印C方向(ダンプ方向)に適宜回動するように電磁比例弁47hを制御しても良い。このように,オペレータによるフロント作業装置1Aの操作に対して,自動または半自動で油圧シリンダ5,6,7を制御し,所望の掘削形状(目標掘削面60)を整形するようブーム8,アーム9,バケット10,といったフロント部材を動作させる制御が掘削支援制御である。
【0040】
(逸脱防止制御)
逸脱防止制御においては,フロント作業装置1Aや上部旋回体12の動作が操作装置22によって指示された場合,予め定められた作業領域境界61と,ショベル各部の位置と,操作装置22の操作情報とに基づいて,作業領域62からの逸脱を防止するように,油圧シリンダ5,6,7の動作を減速または停止する。
【0041】
ここで逸脱防止制御による,アクチュエータ動作の制限の例を図6に示す。図6には,繰り返し行われる掘削作業の1サイクルにおいて,掘削作業が終了しフロント作業装置1Aが巻き込まれている状態S1と,次の掘削作業のためのリーチング作業を行っている状態S2を示している。状態S1からS2に遷移する際,バケット10と目標掘削面60の接触を防ぐためにブーム8の上げ動作をオペレータは実施するが,そのブーム8の上げ動作が過剰である場合,例えばアーム9の後端部37が作業領域境界61を超過し作業領域62から逸脱する可能性がある。そこで逸脱防止制御は,図6に示すような状態S1からS2に遷移する状況でブーム8の上げ操作が過剰なとき,アーム9の後端部37の作業領域62からの逸脱を防止するために,ブーム8の上げ動作(すなわちブームシリンダ5の伸び動作)を減速させる指令を演算する。このように,オペレータの操作に対して,アクチュエータを減速または停止させ,作業領域62からの逸脱を防止する制御が逸脱防止制御である。
【0042】
(掘削支援要求速度算出部76)
図4に戻り,掘削支援要求速度算出部(目標速度算出部)76は,オペレータの操作レバー操作(例えばアーム9に対する操作)があるとき,バケット10が所定の目標掘削面60に沿って動作するように3つのフロント部材8,9,10のうち少なくとも2つのフロント部材(例えば,アーム9とブーム8)に関する目標速度である掘削支援要求速度を演算する。例えば,掘削支援要求速度算出部76は,姿勢センサ53の検出値から演算されるフロント作業装置1Aの姿勢情報と,操作センサ52の検出値から演算される操作レバー22の操作情報(操作量)と,目標掘削面演算部74で演算される目標掘削面60の位置情報と,GNSSアンテナ55の受信した衛星信号から演算される上部旋回体12の位置情報とに基づいて掘削支援要求速度(目標速度)を演算する。
【0043】
(逸脱防止要求速度算出部77)
逸脱防止要求速度算出部(制限速度算出部)77は,フロント作業装置1Aが作業領域境界61を超えて所定の作業領域62から逸脱しないように(すなわち侵入禁止領域への侵入が防止されるように)3つの複数のフロント部材8,9,10のうち作業領域62から逸脱する可能性のあるフロント部材に関する制限速度である逸脱防止要求速度を演算する。例えば,逸脱防止要求速度算出部77は,作業領域演算部75で演算される作業領域境界61の位置情報と,姿勢センサ53の検出値から演算されるフロント作業装置1Aの姿勢情報と,オペレータ操作速度推定部73で演算されるオペレータ操作速度と,掘削支援要求速度算出部76で演算される掘削支援要求速度とに基づいて逸脱防止要求速度(制限速度)を演算する。逸脱防止要求速度はフロント作業装置1Aと作業領域境界61の距離がゼロに近づくほどゼロに近づく。逸脱防止要求速度は,掘削支援制御の実行中,掘削支援要求速度算出部76で演算される掘削支援要求速度(目標速度)の制限速度となり得る。一方,掘削支援制御の介入がないときや,掘削支援制御が無効化されているときは,オペレータ操作速度推定部73で演算されるオペレータ操作速度の制限速度となり得る。フロント部材の掘削支援要求速度又はオペレータ操作速度が逸脱防止要求速度を超える場合には,そのフロント部材に関する速度が逸脱防止要求速度に制限され,そのフロント部材は強制的に減速又は停止される。反対に,フロント部材の掘削支援要求速度又はオペレータ操作速度が逸脱防止要求速度以下の場合には,そのフロント部材に関する速度は制限されず,掘削支援要求速度又はオペレータ操作速度に即して制御される。
【0044】
さらに,本実施形態の逸脱防止要求速度算出部77は,掘削支援要求速度算出部76で掘削支援要求速度(目標速度)が演算された少なくとも2つのフロント部材の中に逸脱防止要求速度算出部77で逸脱防止要求速度(制限速度)が演算されたフロント部材(「対象フロント部材」と称することがある)が存在し,その対象フロント部材に関する掘削支援要求速度(目標速度)がその対象フロント部材に関する逸脱防止要求速度(制限速度)を超えるか否かを判定する。そして,対象フロント部材に関する掘削支援要求速度(目標速度)が逸脱防止要求速度(制限速度)を超えた場合には,掘削支援要求速度算出部76で掘削支援要求速度(目標速度)が演算された少なくとも2つのフロント部材から対象フロント部材を除いた残りのフロント部材に関する逸脱防止要求速度を対象フロント部材に関する逸脱防止要求速度に基づいて演算する。ただし,残りのフロント部材の逸脱防止要求速度の演算に際しては,対象フロント部材の逸脱防止要求速度と残りのフロント部材の逸脱防止要求速度が規定するバケット10の動作方向(バケット先端の速度ベクトルの方向)が,前記少なくとも2つのフロント部材の掘削支援要求速度(目標速度)が規定するバケットの動作方向に近づくように又は一致するように残りのフロント部材の逸脱防止要求速度を算出するものとする(演算の具体例は図11図13を用いて後述する)。そして対象フロント部材と残りのフロント部材の逸脱防止要求速度をアクチュエータ制御部79に出力する。これにより,フロント作業装置1Aが作業領域境界61に接近して逸脱防止制御が介入しても,掘削支援制御によって規定されたバケット10の動作方向が大きく変更されることが抑制される。
【0045】
(報知制御部78)
報知制御部78は,報知装置46が作業支援情報を出力するように報知装置46に対して指令信号を出力する。報知装置46が出力する作業支援情報としては,例えば,逸脱防止制御によるフロント部材8,9,10の減速の有無や,同制御により減速されたフロント部材の識別情報(例えば名称,画像)や,逸脱防止制御と掘削支援制御の発動状況や,バケット10と目標掘削面60の位置関係や,作業装置1Aと作業領域62(作業領域境界61)の位置関係がある。報知装置46としては,例えば,モニタ,スピーカ及び警告灯があり,報知装置46はこれらのいずれか1つ又は複数の組合せから構成可能である。
【0046】
(アクチュエータ制御部79)
アクチュエータ制御部79は,逸脱防止要求速度算出部77から出力される速度(「制御要求速度」と称することがある)に即してフロント部材8,9,10の動作を制御すために必要な指令信号を電磁比例弁に出力する。制御要求速度としては,オペレータ操作速度,補正前の掘削支援要求速度,逸脱防止要求速度,補正後の掘削支援要求速度がある。
【0047】
(掘削支援要求速度算出部76の処理の詳細)
ここでは,掘削支援制御の例として,オペレータのアーム9の操作に対して自動でブーム8を上昇させる動作を加えることで目標掘削面60上またはその上方にバケット10の先端(制御点)が位置するようにフロント作業装置1Aを制御する例について,図9及び図10を用いて説明する。
【0048】
図9はコントローラ40における掘削支援要求速度算出部76が実行する処理のフローチャートである。ここでは,図9の右上の凡例に示すように,オペレータのアーム操作によりバケット10の先端に速度ベクトルBが発生した場合を想定し,バケット10の先端に実際に発生する速度ベクトルにおける目標掘削面60と垂直な成分(垂直成分)が図10で規定される制限値azに制限されるように,速度ベクトルBを発生するアーム操作に対して,速度ベクトルCを発生させるブーム上げ動作を自動的に加える場合を考える。
【0049】
ステップS200で,掘削支援要求速度算出部76は,オペレータ操作速度推定部73からのフロント作業装置1Aの動作速度情報(オペレータ操作から推定される各フロント部材8,9,10の速度情報(角速度情報))と,ショベル姿勢演算部72からのフロント作業装置1Aの姿勢情報とに基づいて,オペレータ操作によって生じるバケット10の先端の速度ベクトルBを演算する。
【0050】
ステップS201で,掘削支援要求速度算出部76は,ショベル姿勢演算部72で演算したバケット10の先端の位置(座標)と,目標掘削面演算部74からの目標掘削面60を含む直線の距離から,バケット10の先端から目標掘削面60までの距離Dを算出する。そして,距離Dと図10のグラフを基にバケット10の先端の速度ベクトルの目標掘削面60に垂直な成分の制限値azを算出する。
【0051】
ステップS202で,掘削支援要求速度算出部76は,ステップS200で算出したオペレータ操作によるバケット10の先端の速度ベクトルBにおいて,目標掘削面60に垂直な成分bzを取得する。
【0052】
S203では,掘削支援要求速度算出部76は,S201で算出した制限値azが0以上か否かを判定する。なお,図9の右上に示したようにxz座標を設定する。当該xz座標では,x軸は目標掘削面60と平行で図中右方向を正とし,z軸は目標掘削面60に垂直で図中上方向を正とする。図9中の凡例では垂直成分bz及び制限値azは負であり,水平成分bx及び水平成分cx及び垂直成分czは正である。また図9中の凡例においては,目標掘削面がバケット10の先端の下方にある状況を示している。そして図10から,制限値azが0のときは距離Dが0,すなわちバケット10の先端が目標掘削面60上に位置する場合であり,制限値azが正のときは距離Dが負,すなわちバケット10の先端が目標掘削面60より下方に位置する場合であり,制限値azが負のときは距離Dが正,すなわちバケット10の先端が目標掘削面60より上方に位置する場合である。S203で制限値azが0以上と判定された場合(すなわち,バケット10の先端が目標掘削面60上またはその下方に位置する場合)にはS204に進み,制限値azが0未満の場合にはS206に進む。
【0053】
S204では,掘削支援要求速度算出部76は,オペレータ操作によるバケット10の先端の速度ベクトルBの垂直成分bzが0以上か否かを判定する。bzが正の場合は速度ベクトルBの垂直成分bzが上向きであることを示し,bzが負の場合は速度ベクトルBの垂直成分bzが下向きであることを示す。S204で垂直成分bzが0以上と判定された場合(すなわち,垂直成分bzが上向きの場合)にはS205に進み,垂直成分bzが0未満の場合にはS208に進む。
【0054】
S205では,掘削支援要求速度算出部76は,制限値azと垂直成分bzの絶対値を比較し,制限値azの絶対値が垂直成分bzの絶対値以上の場合にはS208に進む。一方,制限値azの絶対値が垂直成分byの絶対値未満の場合にはS211に進む。
【0055】
S208では,掘削支援要求速度算出部76は,掘削支援制御によるブーム8の動作で発生すべきバケット10の先端の速度ベクトルCの目標掘削面60に垂直な成分czを算出する式として「cz=az-bz」を選択し,その式とS201の制限値azとS202の垂直成分bzを基に垂直成分czを算出する。そして,ステップS209では算出した垂直成分czを出力可能な速度ベクトルCを算出し,その水平成分をcxとする。
【0056】
S210では,掘削支援要求速度算出部76は目標速度ベクトルTを算出する。目標速度ベクトルTの目標掘削面60に垂直な成分をtz,水平な成分txとすると,それぞれ「tz=bz+cz,tx=bx+cx」と表すことができる。これにS208の式(cz=az-bz)を代入すると目標速度ベクトルTは結局「tz=az,tx=bx+cx」となる。つまり,S210に至った場合の目標速度ベクトルの垂直成分tzは制限値azに制限され,掘削支援制御による自動ブーム上げが発動される。
【0057】
S206では,掘削支援要求速度算出部76は,オペレータ操作による爪先の速度ベクトルBの垂直成分bzが0以上か否かを判定する。S206で垂直成分bzが0以上と判定された場合(すなわち,垂直成分bzが上向きの場合)にはS211に進み,垂直成分bzが0未満の場合にはS207に進む。
【0058】
S207では,掘削支援要求速度算出部76は,制限値azと垂直成分bzの絶対値を比較し,制限値azの絶対値が垂直成分bzの絶対値以上の場合にはS211に進む。一方,制限値azの絶対値が垂直成分bzの絶対値未満の場合にはS208に進む。
【0059】
S211に至った場合,掘削支援制御によりブーム8を動作させる必要が無いので,速度ベクトルCをゼロとする。この場合,ステップS212で算出する目標速度ベクトルTは,S210で利用した式(tz=bz+cz,tx=bx+cx)に基づくと「tz=bz,tx=bx」となり,オペレータ操作による速度ベクトルBと一致する。
【0060】
S213では,掘削支援要求速度算出部76は,S210またはS212で決定した目標速度ベクトルT(tz,tx)に基づいて各フロント部材8,9,10の掘削支援要求速度を演算し,それを逸脱防止要求速度算出部77に出力する。本実施形態ではブーム8とアーム9について掘削支援要求速度が演算されるものとする。
【0061】
以上の処理により,速度ベクトルBの垂直成分が制限値azを超える場合には速度ベクトルCを発生させるブーム動作が自動的に加えられ,これによりバケット10の先端の速度ベクトルの垂直成分が制限値azに保持される。制限値azはバケット10の先端が目標掘削面60に近づくほどゼロに近づくように設定されているが,バケット10の先端の速度ベクトルの水平成分は速度ベクトルBとCの水平成分の和であり制限されないので,目標掘削面60上ではバケット10の先端を目標掘削面60に沿って移動させることができる。
【0062】
(逸脱防止要求速度算出部77の処理の詳細)
図11はコントローラ40における逸脱防止要求速度算出部77が実行する処理のフローチャートである。なお,図示したステップS100-S108の処理のうちステップS105,S106,S107が掘削支援制御と逸脱防止制御が同時に実行される場合に行われる処理となる。
【0063】
ステップS100で,逸脱防止要求速度算出部77は,作業領域演算部75から情報を取得し,作業領域62(または作業領域境界61)の設定があるか否かを判断する。作業領域62の設定があると判断された場合にはステップS101へ進み,作業領域62の設定がないと判断された場合にはステップS108へ進む。
【0064】
ステップS101では,逸脱防止要求速度算出部77は,現状の姿勢からフロント部材8,9,10を動作させた場合に,フロント作業装置1Aを作業領域62から逸脱させる可能性のあるフロント部材が存在するか否かを判断する。本実施形態では,ブーム8,アーム9,バケット10それぞれを現状の姿勢から単独で可動範囲の限界まで動作させた場合に,フロント作業機1Aが作業領域境界61に到達するか否かで前述の判断を行う。3つのフロント部材8,9,10のうち少なくとも1つのフロント部材がフロント作業装置1Aを作業領域62から逸脱させ得ると判断された場合にはステップS102へ進み,いずれのフロント部材8,9,10もフロント作業装置1Aを作業領域62から逸脱させないと判断された場合にはステップS108へ進む。
【0065】
ステップS102では,逸脱防止要求速度算出部77は,フロント作業装置1Aの姿勢と,作業領域境界61の位置情報とに基づいて,ブーム8,アーム9,バケット10それぞれを現状の姿勢から単独で可動範囲の限界まで動作させた場合にフロント作業装置1Aが作業領域境界61に到達するときの角度である目標停止角度θtを算出する。目標停止角度θtは各フロント部材8,0,10の回動角度α,β,γと同様に規定される。目標停止角度θtの算出について,図12を用いて詳述する。
【0066】
まず,図12において,アーム後端部9bの位置(高さ)Zamrは以下の式(1)で算出できる。ただし,図12に示すように,Lbmはブームピン8aとアームピン9aの距離であり,Lbsはアームピン9aからアーム後端部9bまでの距離であり,τはアーム9に関する幾何学情報(角度)である。
【0067】
【数1】
【0068】
このようにして,フロント作業装置1Aを含む油圧ショベル1の幾何学情報を用いることで,フロント作業装置1Aの他の部位も同様に,位置を算出することが可能である。目標停止角度θtの算出は,ステップS101でYesと判定されたフロント部材それぞれについて実施し,Noと判定されたフロント部材については,目標停止角度θtの算出を実施しない。
【0069】
ここで,ショベル1の座標系原点から上側の作業領域境界61までの距離をDistとし,ショベル1の座標系原点からブームピン8aまでのZ軸方向距離をLozとすると,現在の姿勢を基準にしてブーム8のみが動作するとした場合の,ブーム8の目標停止角度θtbmは,以下の式(2)で表される。なお,A,Bは,三角関数の合成に関する値である。
【0070】
【数2】
【0071】
ステップS103では,逸脱防止要求速度算出部77は,現在のフロント作業装置1Aの姿勢と,ステップS102で演算した目標停止角度θtとから,対象フロント部材の逸脱防止要求速度ωaを算出する。逸脱防止要求速度ωaの算出は,例えば以下の式(3)のように実施することができる。ただし,ωa:対象フロント部材の逸脱防止要求速度,da:対象フロント部材の減速度,θt:対象フロント部材の目標停止角度,θc:対象フロント部材の現在の角度,である。
【0072】
【数3】
【0073】
ステップS103による逸脱防止要求速度ωaの算出は,ステップS101でYesと判定されたフロント部材それぞれについて実施し,Noと判定されたフロント部材については,逸脱防止要求速度ωaは,掘削支援要求速度とする。
【0074】
ステップS104では,逸脱防止要求速度算出部77は,ステップS103で逸脱防止要求速度ωaを算出したフロント部材(対象フロント部材)の掘削支援要求速度が,その対象フロント部材の逸脱防止要求速度ωaを超過しているか否かを判断する。超過している場合には掘削支援要求速度は逸脱防止要求速度にまで低減され,超過していない場合には掘削支援要求速度の速度制限は行われない。ここで,掘削支援要求速度が演算された少なくとも2つのフロント部材(ここではアーム9及びブーム8)のうち少なくとも1つのフロント部材で,掘削支援要求速度が,逸脱防止要求速度ωaを超過していると判断された場合にはステップS105へ進む。一方,超過していないと判断された場合にはステップS108へ進む。
【0075】
ステップS105では,逸脱防止要求速度算出部77は,ステップS104で掘削支援要求速度が逸脱防止要求速度ωaを超過していると判定したフロント部材について、掘削支援要求速度に対して減速されるアクチュエータ(油圧シリンダ)の減速割合Drを算出する。ここで,掘削支援要求速度をωmc,逸脱防止要求速度をωaとすると,減速割合Drは次のように算出できる。なお,掘削支援要求速度をωmcに対する逸脱防止要求速度をωaの割合(ωa/ωmc)を速度割合と称することがある。
【0076】
【数4】
【0077】
上記の式(4)では,対象フロント部材が最も減速される場合である逸脱防止要求速度ωaがゼロであるときに,速度割合(ωa/ωmc)はゼロ(最小値)で減速割合Drは1(最大値)となる。逸脱防止要求速度ωaが演算されなかったフロント部材については,逸脱防止要求速度ωaは掘削支援要求速度ωmcとし,この場合の速度割合(ωa/ωmc)は1(最大値)で減速割合Drはゼロ(最小値)になる。
【0078】
ステップS105による速度割合(ωa/ωmc)及び減速割合Drの算出は,掘削支援要求速度が演算された少なくとも2つのフロント部材(ここではブーム8,アーム9)の全てについて実施する。
【0079】
ステップS106では,逸脱防止要求速度算出部77は,ステップS105で減速割合Drを算出した全てのフロント部材のうち減速割合Drが最も大きいフロント部材の減速割合(基準減速割合)に残りのフロント部材の減速割合が一致するように,残りのフロント部材の逸脱防止要求速度ωaを改めて算出する。これにより,対象フロント部材に関する逸脱防止要求速度ωaと残りのフロント部材に関する逸脱防止要求速度ωaとによって規定されるバケット10の動作方向は,掘削支援要求速度ωmcが演算された少なくとも2つのフロント部材に関する掘削支援要求速度ωmcによって規定されるバケット10の動作方向に一致することとなる。例えば,ブーム8の逸脱防止要求速度ωabmがゼロ,つまり,速度割合がゼロで減速割合が1となる場合は,ステップS105で演算されたアーム9やバケット10の減速割合Drが例え1未満であったとしても,ステップS106の処理によりアーム9やバケット10の逸脱防止要求速度ωaam,ωabkはゼロに補正される。
【0080】
ステップS107では,逸脱防止要求速度算出部77は,ステップS106で算出した各フロント部材の逸脱防止要求速度ωaを,各フロント部材の制御要求速度として出力する。
【0081】
ステップS108に到達した場合は,逸脱防止要求速度算出部77は,掘削支援要求速度を,制御要求速度として出力する。
【0082】
ステップS107とS108で逸脱防止要求速度算出部77が出力した制御要求速度は,図4に示すアクチュエータ制御部79に入力される。アクチュエータ制御部79は,各フロント部材の角速度である制御要求速度を,それぞれのフロント部材に対応したアクチュエータの速度である,制御要求アクチュエータ速度に変換する。そして,アクチュエータ制御部79は,制御要求アクチュエータ速度を実現するような指令値を対応する電磁比例弁47に出力する。これにより電磁比例弁47が動作して流量制御弁15にパイロット圧が印加され,該当する油圧シリンダが制御要求アクチュエータ速度に従って動作し,掘削支援制御や逸脱防止制御が実現される。
【0083】
なお,図11に示す各ステップにおいて,MC(掘削支援制御および逸脱防止制御)が有効となっていない場合は,掘削支援要求速度を,オペレータ操作速度と読み替えて,各ステップを実行してもよい。
【0084】
また,図11の例では,ステップS105,S106では減速割合Drを利用して残りのフロント部材の逸脱防止要求速度を演算したが,速度割合(ωa/ωmc)を利用しても良い。この場合,対象フロント部材の速度割合(ωa/ωmc)を基準速度割合とし,掘削支援要求速度が演算された少なくとも2つのフロント部材から対象フロント部材を除いた残りのフロント部材に関する逸脱防止速度を,その残りのフロント部材の速度割合(ωa/ωmc)が基準速度割合に一致するように演算することとなる。なお,対象フロント部材が2つ以上存在する場合には,その2つ以上の対象フロント部材ごとに速度割合(ωa/ωmc)を算出し,算出した複数の速度割合(ωa/ωmc)の中で最小の速度割合を基準速度割合として残りのフロント部材の逸脱防止要求速度を演算すれば良い。
【0085】
(動作)
次に,コントローラ40が掘削支援制御と逸脱防止制御の両方でフロント作業装置1Aを制御する状況について説明する。
【0086】
まず,図7の例では,目標掘削面60の下方に作業領域境界61が設定されている。図7の状況でオペレータが操作レバー22に対してアームクラウド操作を入力すると,コントローラ40の掘削支援制御により,オペレータのアームクラウド操作から演算されるアーム9のオペレータ操作速度(アーム9の掘削支援要求速度)に対して,バケット先端を目標掘削面60に沿って移動させるためのブーム上げの掘削支援要求速度(ブーム8の掘削支援要求速度)が算出される(すなわち,アーム9とブーム8について掘削支援要求速度が演算される)。その一方で,オペレータのアームクラウド操作によってフロント作業装置1Aが作業領域境界61に近づいたため,コントローラ40の逸脱防止制御により,アーム9についてオペレータ操作速度(アーム9の掘削支援要求速度)よりも小さい逸脱防止要求速度が演算されたとする(すなわち,掘削支援要求速度が演算されたアーム9及びブーム8のうちアーム9について逸脱防止要求速度が演算されたとする)。
【0087】
上記の状況において,従来技術では,アームクラウドは掘削支援要求速度(オペレータ操作速度)から逸脱防止要求速度まで低減されるものの,ブーム上げについては掘削支援要求速度のままで低減されない。そのため,アームクラウドに対してブーム上げが過剰になり,バケット先端が目標掘削面60から浮き上がって目標掘削面60に沿った掘削が不可能になる虞がある。
【0088】
しかし,本実施形態のコントローラ40(逸脱防止要求速度算出部77)は,逸脱防止制御が実行されることでバケット先端の速度ベクトルの大きさは低減してもその方向は変化しないように,算出したアームクラウドの逸脱防止要求速度に応じてブーム上げの逸脱防止要求速度も演算される。そのため掘削支援制御と逸脱防止制御が同時に機能してもバケット先端が目標掘削面60に沿って移動することになるので目標掘削面60に沿った掘削が可能となる。
【0089】
次に,図8の例では,ショベル1の下方に目標掘削面60が,ショベル1の前方に作業領域境界61が設定されている。図8の状況でオペレータが操作レバー22に対してアームダンプ操作(押し操作)を入力すると,コントローラ40の掘削支援制御により,オペレータのアームダンプ操作から演算されるアーム9のオペレータ操作速度(アーム9の掘削支援要求速度)に対して,バケット先端を目標掘削面60に沿って移動させるためのブーム下げの掘削支援要求速度(ブーム8の掘削支援要求速度)が算出される(すなわち,アーム9とブーム8について掘削支援要求速度が演算される)。その一方で,オペレータのアームダンプ操作によってフロント作業装置1Aが作業領域境界61に近づいたため,コントローラ40の逸脱防止制御により,アーム9についてオペレータ操作速度(アーム9の掘削支援要求速度)よりも小さい逸脱防止要求速度が演算されたとする(すなわち,掘削支援要求速度が演算されたアーム9及びブーム8のうちアーム9について逸脱防止要求速度が演算されたとする)。
【0090】
この状況においても,従来技術では,アームダンプは掘削支援要求速度(オペレータ操作速度)から逸脱防止要求速度まで低減されるものの,ブーム下げについては掘削支援要求速度のままで低減されない。そのため,アームダンプに対してブーム下げが過剰になり,バケット先端が目標掘削面60の下方に潜り込んでしまい目標掘削面60に沿った掘削が不可能になる虞がある。
【0091】
しかし,本実施形態のコントローラ40(逸脱防止要求速度算出部77)は,逸脱防止制御が実行されることでバケット先端の速度ベクトルの大きさは低減してもその方向は変化しないように,算出したアームダンプの逸脱防止要求速度に応じてブーム下げの逸脱防止要求速度も演算される。そのため掘削支援制御と逸脱防止制御が同時に動作してもバケット先端が目標掘削面60に沿って移動することになるので目標掘削面60に沿った掘削が可能となる。
【0092】
(まとめ)
上記のように構成した油圧ショベル1によれば,フロント作業装置1Aが作業領域62から逸脱する可能性があるときに,掘削支援要求速度算出部76によって演算されたバケット10の先端の速度ベクトルの向きを保持したまま,フロント部材の速度が所定の減速度で減速あるいは停止する逸脱防止制御を実現できる。つまり,現在の姿勢でフロント作業装置1Aが作業領域境界61に到達する可能性の無いときには,逸脱防止制御は機能せず,掘削支援要求速度あるいはオペレータ操作速度に従ってフロント作業装置1Aが動作する。また,少なくとも1つのフロント部材において掘削支援要求速度が逸脱防止要求速度を上回る場合には,掘削支援要求速度が演算された他のフロント部材も同じ減速割合で減速される。このように構成すると,複数のフロント部材(例えば,アーム9とブーム8)が掘削支援制御に従って動作している状況で,その中の少なくとも1つのフロント部材が逸脱防止制御により減速あるいは停止しても,それに合わせて残りのフロント部材も同様に減速あるいは停止するため,バケット先端の速度ベクトルが逸脱防止要求速度の発動前後で変動することを防止できる。
【0093】
また,ステップS103の逸脱防止要求速度の算出において,対象フロント部材の減速度daの値はオペレータによって変更可能にしてもよいし,フロント部材ごと(すなわち油圧シリンダごと)に変更可能にしてもよい。これにより,例えば,ショベル1の操作に不慣れなオペレータに対しては,減速度の絶対値を相対的に小さい値とすることで,当該絶対値が相対的に大きい場合よりも逸脱防止制御が早めに介入し,緩やかな減速と停止が実施される。
【0094】
<第2実施形態>
本実施形態に係る油圧ショベル1は,第1実施形態とは異なる演算処理を行う逸脱防止要求速度算出部77を有するコントローラ40を備えている。その他の部分については第1実施形態と同じであり,以下では逸脱防止要求速度算出部77が行う処理について,図13を用いて説明する。なお,図13の処理であっても第1実施形態の図11と同じ処理(ステップS100,S101,S102,S108)については同じ符号を付して説明を省略する。
【0095】
ステップS303では,逸脱防止要求速度算出部77は,ステップS101でフロント作業装置1Aを作業領域62から逸脱する可能性があると判定されたフロント部材毎に,現在の姿勢(各フロント部材の回動角度α,β,γ)と目標停止角度θtとに基づいて減速係数を算出する。減速係数は,図14に示すように0から1の範囲で定義される。目標停止角度θtと現在の回動角度の差が小さいほど減速係数は小さい値となり,減速係数0のときフロント部材の速度は0となり,減速係数1のときは減速されないものとする。減速係数と目標停止角度と現在の姿勢(回動角度)との関係は,実線で示すように,dth1以下となったところから直線状に定義されていてもよいし,破線で示すように,dth2以下となったところから多項式で表現される曲線で定義されていてもよい。
【0096】
ステップS304では,ステップS303で減速係数を演算したフロント部材の中で少なくとも1つのフロント部材で減速係数が1ではないか,換言すると,少なくとも1つのフロント部材を掘削支援要求速度から減速する必要があるか,を判断する。ここで少なくとも1つのフロント部材で減速係数が1ではないと判断された場合にはステップS305へ進み,そのように判断されない場合にはステップS108へ進む。
【0097】
ステップS305では,ステップS303で演算した中で最も小さい減速係数で,掘削支援要求速度が演算されたすべてのアクチュエータ(油圧シリンダ)の掘削支援要求速度を減速する。例えば,ステップS303で算出した減速係数について,ブームの減速係数が0.2で,アームとバケットの減速係数が1である場合,ステップS305では,アームとバケットも,減速係数0.2で減速する。
【0098】
ステップS306では,ステップS305で減速された掘削支援要求速度(逸脱防止要求速度)を,制御要求速度として出力する。
【0099】
以上のように機能するコントローラ40(逸脱防止要求速度算出部77)を備える油圧ショベルによれば,掘削支援要求速度が最も大きく減速されるフロント部材の減速係数によって他のフロント部材の掘削支援要求速度も減速される。これにより,減速係数により低減された各フロント部材の掘削支援要求速度によって規定されるバケット10の動作方向は,第1実施形態と同様に,各フロント部材の掘削支援要求速度によって規定されるバケット10の動作方向に一致することとなる。そのため掘削支援制御と逸脱防止制御が同時に機能してもバケット先端が目標掘削面60に沿って移動することになるので目標掘削面60に沿った掘削が可能となる。
【0100】
<その他>
なお,上記の各実施形態では,コントローラが掘削支援制御と逸脱防止制御の両方でフロント作業装置1Aを制御する場合には,バケット10の動作方向が,掘削支援制御のみを利用してフロント作業装置1Aを制御した場合のバケット10の動作方向に一致するようにフロント作業装置1Aを制御する場合について説明したが,掘削支援制御のみを利用してフロント作業装置1Aを制御した場合のバケット10の動作方向に近づくようにフロント作業装置1Aを制御しても良い。すなわち,両場合におけるバケット10の動作方向が完全に一致する必要は無く,目標掘削面60の要求施工精度が充足される範囲で異なっていても良い。
【0101】
また,上記の各実施形態において,操作レバー22,23として,電気レバーを備えた作業機械を例に挙げて構成を説明してきたが,油圧レバーを備えた作業機械にも本発明は適用可能である。
【0102】
また,掘削支援制御と逸脱防止制御の両方が実行されていることを,報知装置46を用いてオペレータに報知する構成としても良い。その構成として,例えば,コントローラ40の掘削支援要求速度算出部76が演算した少なくとも2つのフロント部材(すなわち対象フロント部材及び残りのフロント部材)に関する掘削支援要求速度が,逸脱防止要求速度算出部77が演算した逸脱防止要求速度に基づいて補正(減速)されたことを報知装置46で報知する構成がある。さらに,掘削支援要求速度が補正(減速)された少なくとも2つのフロント部材を識別可能な情報(識別情報(例えば,フロント部材の名称,画像))を報知装置46により報知しても良い。そして,逸脱防止制御によって掘削支援要求速度算出部76が演算した少なくとも2つのフロント部材が停止された場合にはその旨や当該少なくとも2つのフロント部材の識別情報を報知装置46で報知しても良い。また,逸脱防止制御によって,対象フロント部材が減速された場合にはその旨や対象フロント部材の識別情報を,対象フロント部材が停止された場合にはその旨や対象フロント部材の識別情報を報知装置46で報知してもよい。減速か停止かの判定は,図11のステップS105で算出される減速割合Drを用いてよい。また,報知の際には,逸脱防止制御により停止したフロント部材を識別可能な情報(識別情報)や,減速割合Drが最も大きいフロント部材(油圧シリンダ)を特定可能な情報をオペレータに提供してもよい。以上のように,逸脱防止制御によりフロント作業装置1Aの挙動が変わる理由をオペレータに報知することで,オペレータに与える違和感を小さくすることができる。なお,報知の形態としては,モニタのディスプレイへの表示に限らず,例えば,連続するブザー音による警告音をスピーカから出力しても良いし,警告灯を点灯しても良い。
【0103】
また,コントローラ40の構成として,掘削支援要求速度を掘削支援要求速度算出部76で,逸脱防止要求速度を逸脱防止要求速度算出部77でそれぞれ算出し,それぞれの要求速度を調停する処理(具体的には,図11のステップS104-107の処理や,図13のステップS304,305,306の処理)を実行する調停部を追加設置した構成とし,その調停後の要求速度をアクチュエータ制御部79に出力する構成を採用しても良い。
【0104】
なお,上記では,掘削支援要求速度算出部76と逸脱防止要求速度算出部77で演算される各フロント部材に関する速度(掘削支援要求速度及び逸脱防止要求速度)として,各フロント部材の「角速度」を演算し,その後にアクチュエータ制御部79で各フロント部材の角速度を対応する油圧シリンダの速度(アクチュエータ速度)に変換する場合について説明した。しかし,掘削支援要求速度算出部76と逸脱防止要求速度算出部77で各フロント部材に関する速度(掘削支援要求速度及び逸脱防止要求速度)として,各フロント部材に対応する「油圧シリンダの速度」(アクチュエータ速度)を演算し,それをアクチュエータ制御部79に出力する構成を採用しても良い。
【0105】
なお、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内の様々な変形例が含まれる。例えば、本発明は、上記の実施の形態で説明した全ての構成を備えるものに限定されず、その構成の一部を削除したものも含まれる。また、ある実施の形態に係る構成の一部を、他の実施の形態に係る構成に追加又は置換することが可能である。
【0106】
また、上記の制御装置に係る各構成や当該各構成の機能及び実行処理等は、それらの一部又は全部をハードウェア(例えば各機能を実行するロジックを集積回路で設計する等)で実現しても良い。また、上記の制御装置に係る構成は、演算処理装置(例えばCPU)によって読み出し・実行されることで当該制御装置の構成に係る各機能が実現されるプログラム(ソフトウェア)としてもよい。当該プログラムに係る情報は、例えば、半導体メモリ(フラッシュメモリ、SSD等)、磁気記憶装置(ハードディスクドライブ等)及び記録媒体(磁気ディスク、光ディスク等)等に記憶することができる。
【0107】
また、上記の各実施の形態の説明では、制御線や情報線は、当該実施の形態の説明に必要であると解されるものを示したが、必ずしも製品に係る全ての制御線や情報線を示しているとは限らない。実際には殆ど全ての構成が相互に接続されていると考えて良い。
【符号の説明】
【0108】
1…油圧ショベル,1A…フロント作業装置(作業装置),1B…車体(機械本体),5…ブームシリンダ,6…アームシリンダ,7…バケットシリンダ,8…ブーム,9…アーム,10…バケット(作業具),11…下部走行体,12…上部旋回体,14…バケットリンク,15…流量制御弁(コントロールバルブ),17…旋回角度センサ,19…旋回角速度センサ,22…操作レバー,23…操作レバー,30…ブーム角度センサ,31…アーム角度センサ,32…バケット角度センサ,33…車体傾斜角センサ,34…旋回角度センサ,40…コントローラ(制御装置),46…報知装置,47a-l…電磁比例弁,52…操作センサ(オペレータ操作検出装置),53…姿勢センサ(ショベル姿勢検出装置),55…GNSSアンテナ,60…目標掘削面,61…作業領域境界,62…作業領域,72…ショベル姿勢演算部,73…オペレータ操作速度推定部,74…目標掘削面演算部,75…作業領域演算部,76…掘削支援要求速度算出部(目標速度算出部),77…逸脱防止要求速度算出部(制限速度算出部),78…報知制御部,79…アクチュエータ制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14