IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金ステンレス株式会社の特許一覧

特許7179966自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板、自動車ブレーキディスクローター及び自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-18
(45)【発行日】2022-11-29
(54)【発明の名称】自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板、自動車ブレーキディスクローター及び自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221121BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20221121BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221121BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20221121BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20221121BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20221121BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/38
C22C38/60
C21D9/00 A
C21D9/46 Z
C21D1/18 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021509036
(86)(22)【出願日】2020-03-12
(86)【国際出願番号】 JP2020010947
(87)【国際公開番号】W WO2020195915
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2021-08-26
(31)【優先権主張番号】P 2019063177
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 俊希
(72)【発明者】
【氏名】松橋 透
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-117925(JP,A)
【文献】特開平09-268350(JP,A)
【文献】特開2006-291240(JP,A)
【文献】国際公開第2008/044299(WO,A1)
【文献】特開2004-346425(JP,A)
【文献】特開2005-126735(JP,A)
【文献】特開2005-146298(JP,A)
【文献】特開2005-307346(JP,A)
【文献】特開2006-169582(JP,A)
【文献】特開2006-322071(JP,A)
【文献】国際公開第2014/148015(WO,A1)
【文献】特開2017-172038(JP,A)
【文献】特開2011-225948(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104294160(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0075857(KR,A)
【文献】特開2019-173086(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/38
C22C 38/60
C21D 9/00
C21D 9/46
C21D 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
C:0.001~0.05%、
N:0.001~0.05%、
Si:0.3~4.0%、
Mn:0.01~2.0%、
P:0.01~0.05%、
S:0.0001~0.02%、
Cr:10~20%、を含有し、さらに
Ti:0.001~0.5%、Nb:0.01~0.8%
を1種または2種含有し、残部がFeおよび不純物であり、
1000℃まで加熱し、その後890~700℃で1分以上10分以下滞留する冷却をする熱処理(以下「ホットスタンプ疑似熱処理」という。)を行ったとき、
結晶粒径が100~200μmとなり、
粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度となる、
ホットスタンプ加工用であることを特徴とする自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
質量%にて、
C:0.001~0.05%、
N:0.001~0.05%、
Si:0.3~4.0%、
Mn:0.01~2.0%、
P:0.01~0.05%、
S:0.0001~0.02%、
Cr:10~20%、を含有し、さらに
Ti:0.001~0.5%、Nb:0.01~0.8%
を1種または2種含有し、残部がFeおよび不純物であり、
結晶粒径が100~200μmであり、粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度で存在する、ホットスタンプ加工品を構成する自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
1000℃における破断伸びが50%以上であり、前記ホットスタンプ疑似熱処理後において、700℃における0.2%耐力が80MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
700℃における0.2%耐力が80MPa以上であることを特徴とする請求項2に記載の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
前記結晶粒径が130~200μmである請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
300℃における0.2%耐力が170MPa以上であることを特徴とする請求項2または請求項4に記載の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項7】
前記Feの一部に替えて、質量%にてさらに、
B:0.0001~0.0030%、
Al:0.001~4.0%、
Cu:0.01~3.0%、
Mo:0.01~3.0%、
W:0.001~2.0%、
V:0.001~1.0%、
Sn:0.01~0.5%、
Ni:0.01~1.0%、
Mg:0.0001~0.01%、
Sb:0.005~0.5%、
Zr:0.001~0.3%、
Ta:0.001~0.3%、
Hf:0.001~0.3%、
Co:0.001~0.3%、
Ca:0.0001~0.01%、
REM:0.001~0.2%、
Ga:0.0002~0.3%
の1種以上を含有することを特徴とする請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項8】
請求項1~請求項7のいずれか1項に記載のステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローター。
【請求項9】
請求項1~請求項7のいずれか1項に記載のステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性と成形性に優れた、自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板、自動車ブレーキディスクローター及び自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品に関するものであり、特に高温強度が必要な自動車ブレーキディスクローターなどの使用に好適なフェライト系ステンレス鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のブレーキシステムの一つとしてディスクブレーキが広く用いられている。これはタイヤと結合されたディスクローターと呼ばれる円盤状の構造物をブレーキパッドで押しはさむことで、摩擦によって運動エネルギーを熱エネルギーに変換し、自動車の速度を低下させるものである。このディスクローターの材質には熱伝導率やコスト等から片状黒鉛鋳鉄(以下、鋳鉄と呼ぶ)が用いられている。
【0003】
鋳鉄は耐食性を向上させる元素が添加されていないため耐食性に劣り、放置するとすぐに赤さびが発生する。従来この赤さびはディスクの位置が視線より低いこととホイールの形状からあまり目立たなかった。しかし、近年の燃費向上の要請によりホイール材質がアルミニウム化され、またスポークが細くなることで、ディスクのさびが無視できないようになり、その耐食性の改善が望まれてきている。
【0004】
耐食性に優れる材料としてステンレス鋼があり、バイクなどの二輪車にはマルテンサイト系のSUS410系の材料が広く用いられている。これは二輪車のディスクローターがむき出しで人目につきやすく耐食性が重視されるためである。一方でステンレス鋼は熱伝導性が鋳鉄よりも劣るという課題がある。二輪車においてはブレーキシステムがむき出しで、冷却性に優れているためステンレス鋼でも問題なく使用されている。自動車の場合はタイヤを含むブレーキシステムがタイヤハウス内に収められているため、ディスクローターが冷却されにくく、熱伝導性が低いことが課題の一つになり、ステンレス鋼は適用されてこなかった。
【0005】
ところが近年のEV、FCV、HV車などでは、走行時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換し回収する「回生ブレーキ」の採用が急激に伸びている。この適用により、ディスクローターとパッドの摩擦で生じていた摩擦熱が低減するため、鋳鉄よりも熱伝導率が劣るステンレス鋼にも適用の可能性が広がっている。
【0006】
自動車のディスクブレーキへのステンレス鋼の適用を妨げていたもう一つの課題は成形性である。二輪車のディスクローターはリング状の円盤形で、板状のステンレス鋼から打ち抜き加工して製造されるため大きな加工はない。一方、現状の自動車のディスクローターは、ハット形状と呼ばれる、円盤の中央を絞ったような形状であり、鋳造によって製造されている。このような形状のものを、ステンレス鋼を加工して成形するには深絞り加工が必要となる。ただし二輪車で用いられてきたステンレス鋼はマルテンサイト系ステンレス鋼であり、非常に硬度が高くその加工が困難であった。これを解決する一つの方法として、高温でプレス加工するホットスタンプが近年広まっている。これによりステンレス鋼も精度よくハット形状を成形できるようになった。
【0007】
こうした背景のなか、近年の燃費向上の要請に対応するためには、ディスクローターの薄肉軽量化が必要となる。しかし鋳鉄は強度が低く、また鋳造で作製されるために薄肉化に限界がある。加えて自動車のブレーキ時の到達温度は最大で700℃近傍に達すると言われており、耐熱温度が500℃近傍であるマルテンサイト系ステンレス鋼では適用が難しい場合がある。また山道などのブレーキを多用する走行条件における到達温度は300℃になる場合がある。
【0008】
自動車のステンレス鋼製ディスクローターに関して特許文献1があるが、主として成形性に着目しており、高温強度には着目していない。また、特許文献2では高飽和の固溶C、Nを活用したマルテンサイト相で強度を向上させているが、700℃近傍の強度に関しては言及されていない。また、いずれの特許文献もマルテンサイト組織を活用したものであり、700℃近傍における耐熱性を確保できるものは見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第5700172号公報
【文献】特開2016-117925号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、耐熱性と成形性に優れた自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板に関するものである。本発明の解決しようとする課題の対象となる部品は、自動車の制動系部品、特にディスクローターである。
自動車のディスクローターはハット形状であるため、成形性が要求される。また到達温度は一般的な市街地走行では100℃程度、山道の走行では300℃程度、最大では700℃近傍に達するため、薄肉化のためには中温域~高温域における強度が要求される。鋳鉄は鋳造によって成型されるため、ディスクローターを薄肉化すると湯流れが悪くなり、成型できない場合がある。また、強度が低いため薄肉化を行うとディスクローターとして十分な強度を確保できない問題があった。フェライト系ステンレス鋼はホットスタンプを行うことで精度よくハット形状を成形できる。ただし、強度が低いステンレス鋼では薄肉化を行うことができない。一方、強度が高いステンレス鋼ではホットスタンプ時に過大な荷重が必要となり、精度よくハット形状に成形を行うことができない、もしくは割れが生じる可能性がある。また、マルテンサイト系ステンレス鋼はホットスタンプによる成形性に優れるが、耐熱温度は500℃程度であり、成形性と耐熱性を両立できない。
【0011】
本発明は高温強度に優れ、優れた成形性を有する、自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板、自動車ブレーキディスクローター及び自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明者らはフェライト系ステンレス鋼板の析出物に着目して詳細に調査した。前記本発明が対象とする部品がホットスタンプにて成形される温度域では、鋼中に析出物が析出する場合がある。析出物は微細に分散させれば、材料の強度を向上させることができる。しかし、成形前に析出物が存在すると強度が高くなりすぎ、鋼の伸びが低下することで成形時に割れが発生する可能性がある。そこで、ホットスタンプ時に析出物が微細に析出することで、成形性と成形後の強度を確保できると考えた。そして、かかる目的を達成すべく種々の検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
【0013】
Si添加量を適切に制御し、かつ熱延後の仕上げ温度を900~1100℃にし、巻き取り温度を650℃以下にすることで、ホットスタンプ時の加熱の際に結晶粒径を大きくし、ホットスタンプ中に析出物を析出させる。さらに仕上げ温度を950℃超にすることで結晶粒径を効果的に大きくし、中温域の強度も向上させる。析出物は鋼の結晶粒内に微細析出するため、ディスクローターとして使用中に優れた高温強度を得ることができる。結晶粒界に析出する析出物は成長・粗大化しやすい。これに対し、ホットスタンプ時の加熱の際に、結晶粒径を適切に制御することによって析出物が主として結晶粒内に析出することを知見した。結晶粒内の析出物は結晶粒界の析出物よりも成長しにくく使用中の粗大化が生じにくい。析出物がホットスタンプ中に粒内に微細に析出することによって析出強化が効果的に発現する。これにより、ディスクローターに適用可能な耐熱フェライト系ステンレス鋼板を提供することに成功した。
【0014】
上記課題を解決する本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]質量%にて、C:0.001~0.05%、N:0.001~0.05%、Si:0.3~4.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.01~0.05%、S:0.0001~0.02%、Cr:10~20%、を含有し、さらにTi:0.001~0.5%、Nb:0.01~0.8%を1種または2種含有し、残部がFeおよび不純物であり、
1000℃まで加熱し、その後890~700℃で1分以上10分以下滞留する冷却をする熱処理(以下「ホットスタンプ疑似熱処理」という。)を行ったとき、結晶粒径が100~200μmとなり、粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度となる、ホットスタンプ加工用であることを特徴とする自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【0015】
[2]質量%にて、C:0.001~0.05%、N:0.001~0.05%、Si:0.3~4.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.01~0.05%、S:0.0001~0.02%、Cr:10~20%、を含有し、さらにTi:0.001~0.5%、Nb:0.01~0.8%を1種または2種含有し、残部がFeおよび不純物であり、
結晶粒径が100~200μmであり、粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度で存在する、ホットスタンプ加工品を構成する自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【0016】
[3]質量%にて、C:0.001~0.05%、N:0.001~0.05%、Si:0.3~4.0%、Mn:0.01~2.0%、P:0.01~0.05%、S:0.0001~0.02%、Cr:10~20%を含有し、さらにTi:0.001~0.5%、Nb:0.01~0.8%を1種または2種を含有し、残部がFeおよび不純物である自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【0017】
[4]ホットスタンプ加工用であることを特徴とする本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
[5]1000℃における破断伸びが50%以上であり、前記ホットスタンプ疑似熱処理後において、700℃における0.2%耐力が80MPa以上であることを特徴とする本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
[6]700℃における0.2%耐力が80MPa以上であることを特徴とする本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
[7]前記結晶粒径が130~200μmである本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
[8]1000℃における破断伸びが50%以上であることを特徴とする本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
[9]300℃における0.2%耐力が170MPa以上であることを特徴とする本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【0018】
[10]前記Feの一部に替えて、質量%にてさらに、B:0.0001~0.0030%、Al:0.001~4.0%、Cu:0.01~3.0%、Mo:0.01~3.0%、W:0.001~2.0%、V:0.001~1.0%、Sn:0.01~0.5%、Ni:0.01~1.0%、Mg:0.0001~0.01%、Sb:0.005~0.5%、Zr:0.001~0.3%、Ta:0.001~0.3%、Hf:0.001~0.3%、Co:0.001~0.3%、Ca:0.0001~0.01%、REM:0.001~0.2%、Ga:0.0002~0.3%の1種以上を含有することを特徴とする本発明の自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板。
【0019】
[11]本発明のステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローター。
[12]本発明のステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品。
【0020】
本発明によればフェライト系ステンレス鋼板の耐熱性と成形性を向上させ、自動車ブレーキディスクローターに適した材料を提供し、軽量化や美観の改善などに大きな効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
フェライト系ステンレス鋼板を用い、ホットスタンプ加工によって自動車ブレーキディスクローターを製造するに際し、鋼板を1000℃前後に加熱してホットスタンプ加工を行う。ホットスタンプ加工前の鋼板は、1000℃前後で行うホットスタンプ加工で十分な延性を有していることが要求される。一方、ホットスタンプ後の自動車ブレーキディスクローターについては、十分な高温強度を実現することが必要である。
【0022】
前述のように、ホットスタンプにて成形される温度域では、析出物が析出する場合がある。鋼中に析出物を微細に分散させれば、材料の強度を向上させることができる。しかし、成形前に析出物が存在すると強度が高くなりすぎ、伸びが低下することでホットスタンプ成形時に割れが発生する可能性がある。そこで本発明は、ホットスタンプ時に析出物が微細に析出することで、ホットスタンプ成形性と、成形後の強度を確保する。
【0023】
ホットスタンプ中における鋼の結晶粒径に着目する。結晶粒径が小さい場合、鋼中に結晶粒界の占める比率が高いため、ホットスタンプ中において結晶粒界への析出が多くなる。結晶粒界に析出する析出物は成長・粗大化しやすく、微細析出物が得にくくなる。本発明は、ホットスタンプ時の加熱の際に、結晶粒径を成長させて適切に制御することによって、析出物が主として粒内に析出することを知見した。粒内の析出物は粒界の析出物よりも成長しにくく使用中の粗大化が生じにくい。析出物がホットスタンプ中に粒内に微細に析出することによって、ホットスタンプ後に析出強化が効果的に発現し、成形後の強度を確保する。
【0024】
以上のように、本発明ではホットスタンプ後において高温強度の観点から粒内に析出物が微細に析出することが重要であり、そのためにはホットスタンプ時の加熱の際における結晶粒径をある程度成長させる必要があることを知見した。具体的には、ホットスタンプ後における結晶粒径を100~200μmとすることにより、析出物の微細化を実現できることが判明した。なお、ホットスタンプ時における結晶粒径はホットスタンプ後の結晶粒径と同じであることがわかっている。このような結晶粒径範囲であれば、析出する析出物は粒内に微細析出し、かつ、成長しにくく、これらは対応関係があると推定される。
そこで本発明においては、ホットスタンプ後における結晶粒径で金属組織を規定することとした。ホットスタンプ後における結晶粒径を100~200μmに制御することによって、ホットスタンプ中に析出物は微細析出し、かつ、成長しにくく、析出強化が効果的に発現する。ホットスタンプ後の結晶粒径が100μm以上であれば、析出物が微細析出し、700℃近傍までの十分な耐力を得られた。さらに、ホットスタンプ後の結晶粒径が130μm以上であれば、300℃近傍の中温域においても十分な耐力を得られた。
【0025】
鋼中の結晶粒は、ホットスタンプでの加熱によって成長し、結晶粒径が増大する。ホットスタンプ前の結晶粒径が大きいほど、ホットスタンプ中及びホットスタンプ後の結晶粒径も大きくなる傾向にある。ホットスタンプ後の結晶粒径が200μmを超える場合は、ホットスタンプ前の鋼板の結晶粒径も大きくなっている場合であり、その結果として鋼板の靭性が著しく低下することになる。そのため、ホットスタンプ後における結晶粒径の上限は200μmとした。
【0026】
また、ホットスタンプ後において析出強化を効果的に発現させるため、ホットスタンプ後の鋼中に、粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度で存在することと規定する。粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度で存在することによって、700℃近傍まで十分な耐力を得られる。粒径が500nmを超えると析出強化が作用しにくくなる。また析出物密度が0.01個/μm未満であると析出量が少ないために析出強化が作用しにくい。20個/μm超であると強度が過度に上昇し、割れが生じやすくなる。上記より粒内の析出物は、粒径500nm以下の析出物が0.01~20個/μmの密度で存在することが望ましい。
【0027】
評価対象品がホットスタンプ加工品、あるいは最終製品である自動車ブレーキディスクローターであれば、鋼中の結晶粒径及び析出物密度の評価を行うことができる。一方、評価対象品がホットスタンプ加工前の鋼板である場合、当該鋼板にホットスタンプ疑似熱処理を施し、その上で鋼中の結晶粒径及び析出物密度の評価を行うこととすればよい。ホットスタンプ疑似熱処理としては、1000℃まで加熱し、その後890~700℃で1分以上10分以下、例えば2分間滞留する冷却を行う熱処理とすればよい。
【0028】
以下、鋼中の成分含有量を規定した根拠について説明する。
Cは、成形性と耐食性を劣化させ、鋼板の高温伸び及び高温強度の低下をもたらすとともに、ホットスタンプ後にCr炭窒化物、Nb炭窒化物の析出によって析出物密度が過剰となるため、その含有量は少ないほど良い。そのため、0.05%以下とした。0.020%以下が望ましい。さらに望ましくは0.0015%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、0.001%以上とすると好ましい。
【0029】
NはCと同様、成形性と耐食性を劣化させ、鋼板の高温伸び及び高温強度の低下をもたらすとともに、ホットスタンプ後にCr炭窒化物、Nb炭窒化物の析出によって析出物密度が過剰となるため、その含有量は少ないほど良い。そのため、0.05%以下とした。0.020%以下が望ましい。さらに望ましくは0.015%以下とする。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、0.001%以上とすると好ましい。
【0030】
Siは、脱酸剤としても有用な元素であるとともに、高温強度、耐酸化性および耐高温塩害性を改善する元素である。高温強度、耐酸化性および耐高温塩害性は、Si量の増加とともに向上する。高温強度の向上には析出の制御が重要であり、析出物を微細かつ多量に析出させることで、その効果を得られる。Siには時効中の析出物を微細に析出させる作用があり、その効果は、0.3%から安定して発現する。しかしながら、Siの過度な添加は鋼板での常温及び高温での延性を低下させ、熱延板が硬質化して靱性が低下するとともに、結晶粒径が微細化しかつホットスタンプ中の析出物生成が過剰となるため、その上限を4.0%とする。また、酸洗性や靭性を考慮すると0.3%以上が望ましく、3.5%以下が望ましい。さらに製造性を考慮すると3.0%以下が望ましい。
【0031】
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、中温域での高温強度上昇に寄与するが、2.0%超の添加により、強化に寄与しないMnSが多量に析出して疑似熱処理後の高温強度が低下するとともに、高温でMn系酸化物を表層に形成し、スケール密着性不良や異常酸化が生じ易くなる。特に、MoやWと共に複合添加した場合は、Mn量に対して異常酸化が生じやすくなる傾向にある。そのため、上限を2.0%とした。更に、鋼板製造における酸洗性や常温延性を考慮すると、0.01%以上が望ましく、1.5%以下が望ましい。さらに望ましくは1.0%以下とする。
【0032】
Pは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、含有量が高くなると、鋼板の靭性や溶接性が低下する。このため、極力低減することが望ましいが、0.01%未満にするためには、低P原料の使用によるコストアップが生じるため、本発明では0.01%以上とする。さらに望ましくは0.02%以上とする。一方、0.05%超の含有により著しく硬質化する他、耐食性、靭性および酸洗性が劣化するため、0.05%を上限とする。さらに望ましくは0.04%以下とする。
【0033】
Sは、耐食性や耐酸化性を劣化させる元素であるが、TiやCと結合して加工性を向上させる効果が0.0001%から発現するため、下限を0.0001%とした。更に、精錬コストを考慮すると0.0010%以上が望ましい。一方、過度な添加によりTiやCと結合して固溶Ti量を低減させるとともに析出物の粗大化をもたらし、鋼板の靱性や高温強度が低下するため、上限を0.02%とした。更に、高温酸化特性を考慮すると0.0090%以下が望ましい。
【0034】
Crは、本発明において、耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。10%未満では、特に耐酸化性が確保できず、さらにホットスタンプ後の700℃耐力が低下するとともに、結晶粒径の増大をもたらす。一方、20%超では加工性の低下や靭性の劣化をもたらすとともに、ホットスタンプ後の析出物数が過大となるため、10~20%とした。更に、製造性やスケール剥離性を考慮すると12%以上が望ましく、18%以下が望ましい。さらに望ましくは15%以下とする。
【0035】
Ti:0.001~0.5%、Nb:0.01~0.8%を1種または2種含有する。
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、常温延性や深絞り性を向上させる元素である。また、必要に応じて添加する。また、Nb、Moとの複合添加において、適量添加することにより、熱延焼鈍時のNb、Moの固溶量増加、高温強度の向上をもたらし、熱疲労特性を向上させる。その効果は0.001%以上から発現するため、下限を0.001%とした。一方、0.5%超の添加により、固溶Ti量が増加して鋼板での常温及び高温の延性が低下する他、ホットスタンプ後の析出物数が過剰となり、さらに粗大なTi系析出物を形成し、穴拡げ加工時の割れの起点になり、プレス加工性を劣化させる。また、耐酸化性も劣化するため、Ti添加量は0.5%以下とした。更に、表面疵の発生や靭性を考慮すると0.05%以上が望ましく、0.2%以下が望ましい。
【0036】
Nbは、固溶強化および微細析出物の析出強化による高温強度向上に有効な元素である。また、CやNを炭窒化物として固定し、製品板の耐食性やr値に影響する再結晶集合組織の発達に寄与する役割もある。これらの効果は0.01%から発現するため、下限を0.01%とした。一方、0.8%超の添加は、鋼板での高温延性が低下するとともに、ホットスタンプ後の析出物数が過剰となり、さらに著しく硬質化する他、製造性も劣化させるため、上限を0.8%とした。また、原料コストや靭性を考慮すると、0.3%以上が望ましく、0.6%以下が望ましい。
【0037】
鋼中の成分として、上記組成の他、残部がFeおよび不純物である。本発明は、さらに必要に応じて、前記Feの一部に替えて、以下の成分を含有することとしても良い。
【0038】
Bは、製品のプレス加工時の2次加工性や高温強度、熱疲労特性を向上させる元素である。BはLaves相などの微細析出をもたらし、これらの析出強化の長期安定性を発現させ、強度低下の抑制や熱疲労寿命の向上に寄与する。この効果は0.0001%以上で発現する。一方、過度な添加は硬質化をもたらし、粒界腐食性と耐酸化性を劣化させる他、溶接割れが生じるため、0.0030%以下とした。更に、耐食性や製造コストを考慮すると、0.0010%以下が望ましい。さらに望ましくは0.0005%以下とする。
【0039】
Alは、脱酸元素として添加される他、耐酸化性を向上させる元素である。また、固溶強化元素として高温強度向上に有用である。その作用は0.001%から安定して発現する。一方、過度の添加は鋼を硬質化して均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下するため、上限を4.0%とした。更に、表面疵の発生や溶接性、製造性を考慮すると、0.01%以上が望ましく、2.2%以下が望ましい。
【0040】
Cuは耐食性向上に有効な元素である。その作用は0.01%から安定して発現する。また、ε-Cu析出による析出強化によって高温強度を向上させるが、過度な添加は熱間加工性を低下させるため上限は3.0%とした。更に、熱疲労特性、製造性および溶接性を考慮すると1.6%以下が望ましい。
【0041】
Moは、高温における固溶強化に有効な元素であるとともに、耐食性および耐高温塩害性を向上させるため、必要に応じて0.01%以上添加する。3.0%以上の添加で常温延性と耐酸化性が著しく劣化するため、3.0%以下とした。更に、熱疲労特性や製造性を考慮すると、0.3%以上が望ましく、0.9%以下が望ましい。
【0042】
WもMo同様、高温における固溶強化に有効な元素であるとともに、Laves相(FeW)を生成して析出強化の作用をもたらす。特に、NbやMoと複合添加した場合、Fe(Nb,Mo,W)のLaves相が析出するが、Wを添加するとこのLaves相の粗大化が抑制されて析出強化能が向上する。これは0.001%以上の添加で作用する。一方、2.0%超の添加ではコスト高になるとともに、常温延性が低下するため、上限を2.0%とした。更に、製造性、低温靭性および耐酸化性を考慮すると、W添加量は1.5%以下が望ましい。
【0043】
Vは、耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて添加される。この効果は0.001%以上の添加で安定して発現する。一方、1%超添加すると析出物が粗大化して高温強度が低下する他、耐酸化性が劣化するため、上限を1%とした。更に、製造コストや製造性を考慮すると、0.08%以上が望ましく、0.5%以下が望ましい。
【0044】
Snは、耐食性を向上させる元素であり、中温域の高温強度を向上させるため、必要に応じて添加する。これらの効果は0.01%以上で発現する。一方、0.5%超添加すると製造性および靭性が著しく低下するため、0.5%以下とした。更に、耐酸化性や製造コストを考慮すると、0.1%以上が望ましい。
【0045】
Niは耐酸性や靭性、高温強度を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。これらの効果は0.01%以上で発現する。一方、1.0%超添加するとコスト高になるため、1.0%以下とした。更に、製造性を考慮すると、0.08%以上が望ましく、0.5%以下が望ましい。
【0046】
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を微細化させ、成形性向上に寄与する元素である。また、Mg酸化物はTi(C,N)やNb(C,N)等の炭窒化物の析出サイトになり、これらを微細分散析出させる効果がある。この作用は0.0001%以上で発現し、靭性向上に寄与する。但し、過度な添加は、溶接性、耐食性および表面品質の劣化につながるため、上限を0.01%とした。精錬コストを考慮すると、0.0003%以上が望ましく、0.0010%以下が望ましい。
【0047】
Sbは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.005%以上添加する。0.5%超の添加により鋼板製造時のスラブ割れや延性低下が過度に生じる場合があるため上限を0.5%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.01%以上が望ましく、0.3%以下が望ましい。
【0048】
Zrは、TiやNb同様に炭窒化物形成元素であり、耐食性、深絞り性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。これらの効果は0.001%以上で発現する。一方、0.3%超の添加により製造性の劣化が著しいため、0.3%以下とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.1%以上が望ましく、0.2%以下が望ましい。
【0049】
Zr、TaおよびHfは、CやNと結合して靭性の向上に寄与するため必要に応じて0.001%以上添加する。但し、0.3%超の添加によりコスト増になる他、製造性を著しく劣化させるため、上限を0.3%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.01%以上が望ましく、0.08%以下が望ましい。
【0050】
Coは、高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.001%以上添加する。0.3%超の添加により靭性劣化につながるため、上限を0.3%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.01%以上が望ましく、0.1%以下が望ましい。
【0051】
Caは、脱硫のために添加される場合があり、この効果は0.0001%以上で発現する。しかしながら、0.01%超の添加により粗大なCaSが生成し、靭性や耐食性を劣化させるため、上限を0.01%とした。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.0003%以上が望ましく、0.0020%以下が望ましい。
【0052】
REMは、種々の析出物の微細化による靭性向上や耐酸化性の向上の観点から必要に応じて添加される場合があり、この効果は0.001%以上で発現する。しかしながら、0.2%超の添加により鋳造性が著しく悪くなる他、延性の低下をもたらすことから上限を0.2%とした。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.05%以下が望ましい。REM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加してもよいし、混合物であってもよい。
【0053】
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、0.3%以下で添加してもよい。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0002%とすると好ましい。さらに、製造性やコストの観点ならびに、延性や靭性の観点から0.0020%以下が好ましい。
【0054】
その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、本発明においては、Bi等を必要に応じて、0.001~0.1%添加してもよい。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが好ましい。
【0055】
次に製造方法について説明する。
本発明の鋼板の製造方法は、製鋼-熱間圧延-焼鈍-酸洗の各工程よりなる。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、転炉溶製し続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。スラブは、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。熱間圧延は複数スタンドから成る熱間圧延機で圧延された後に巻き取られる。
熱延工程の後の焼鈍は省略しても良い。
【0056】
ホットスタンプ中における結晶粒径を100~200μmにするため、好ましくは熱延後の仕上げ温度を900~1100℃にする。仕上げ温度900℃未満であると、鋼板の結晶粒径が十分に成長せず、結果としてホットスタンプ後の結晶粒径が100μm以上に成長しない。一方、仕上げ温度が1100℃超であると、鋼板の結晶粒径が成長しすぎ、ホットスタンプ後の結晶粒径が200μm超となる。さらに好ましくは熱延後の仕上げ温度を950℃超にする。仕上げ温度を950℃超にすることで結晶粒径は130μm以上に成長し、中温域の強度も向上させる効果が発現する。
また巻き取り温度が650℃超であると熱延板靭性が低下するため、巻き取り温度を650℃以下にすると好ましい。
【0057】
次に成形方法について説明する。本発明の鋼板の成形は、鋼板を所定の温度に加熱し高温においてハット形状に成形後冷却するホットスタンプである。加熱温度は900~1000℃とし、成形後、冷却を行う。析出物を微細かつ多量に析出させるため、890~700℃において1分以上10分以下滞留されるように冷却を行う。滞留時間が1分未満であると析出が十分に生じず、析出強化量が小さくなるため下限を1分とする。本時間が過度に長くなると微細に析出した析出物が成長・粗大化し析出強化量が低下する。また、著しく生産性が落ちるため、上限は10分とする。更に、析出物の安定性を考慮すると、1.5分~5分が望ましい。
【0058】
本発明において、「ホットスタンプ加工品を構成する自動車ブレーキディスクローター用フェライト系ステンレス鋼板」とは、ホットスタンプ加工を行った後の鋼板を意味する。即ち、ステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品を意味する。
また、ステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品とは、ステンレス鋼板を用いてホットスタンプ加工を行い、自動車ブレーキディスクローター用ホットスタンプ加工品としたものを意味する。
また、ステンレス鋼板を用いてなる自動車ブレーキディスクローターとは、ステンレス鋼板を用いてホットスタンプ加工を行い、さらに加工して自動車ブレーキディスクローターとしたものを意味する。
【実施例
【0059】
表1、表2に示す成分組成の鋼を溶製してスラブに鋳造し、表3、表4に示す熱延条件でスラブを熱間圧延して6mm厚の熱延コイルとし、酸洗を施した。表1のNo.A1~A34は本発明鋼、表2のNo.B1~B14は比較鋼、No.B15は未熱処理鋼である。本発明から外れる数値に下線を付している。
【0060】
このようにして得られた熱延板(B15を除く)を、1000℃まで加熱後に890~700℃において2分滞留し、その後水冷するホットスタンプ模擬熱処理(以下単に「疑似熱処理」という。)を施した。疑似熱処理後の鋼板に割れが生じた場合、表4の「疑似熱処理後品質/備考」欄に「割れ」と記載した。
【0061】
ホットスタンプ模擬熱処理材について、t/4部の結晶粒径を測定した(JIS G 0551に準拠、数値は小数点以下を四捨五入)。撮影倍率は50倍、撮影視野数は5視野とし、5視野の平均結晶粒径を算出した。また、同模擬熱処理材について日本電子製200kV電界放出型透過電子顕微鏡(EM-2100F)を用いて、撮影倍率12500倍の明視野観察にて5視野観察し、析出物評価を行った。析出物粒径は、上記明視野観察像に含まれる析出物の円相当径を測定した。粒径500nm以下の析出物について5視野の平均析出物密度を算出した。
【0062】
また、ホットスタンプ模擬熱処理材から圧延方向が引張方向となるように高温引張試験片を採取し、300℃および700℃で引張試験を実施し、0.2%耐力を測定した(JIS G 0567に準拠、数値は小数点以下を四捨五入)。ここで、300℃における0.2%耐力が150MPa以上、700℃における0.2%耐力が80MPa以上であれば、一般的なディスクローターへの適用および薄肉化が可能なため、300℃における0.2%耐力を150MPa以上、700℃における0.2%耐力を80MPa以上有するものを合格とし、表3、表4中でA印を記載した。さらに、300℃における0.2%耐力を170MPa以上、700℃における0.2%耐力を100MPa以上有するものは特に優れるものとしてS印を記載した。上記以外は不合格としてX印を記載した。
【0063】
また、ホットスタンプ前の熱延板について、高温におけるプレス成形性を評価するため、熱延板から圧延方向が引張方向となるように高温引張試験片を採取し、1000℃で引張試験を実施し、破断伸びを測定した(JIS G 0567に準拠、数値は小数点以下を四捨五入)。ここで、1000℃における破断伸びが50%以上であればハット形状に加工可能なため、1000℃における破断伸びを50%以上有するものを合格とし、表3、表4中でA印を記載した。さらに、1000℃における破断伸びを65%以上有するものは特に優れるものとしてS印を記載した。上記以外は不合格としてX印を記載した。
【0064】
また熱延板靭性を評価するため熱延板からシャルピー試験片(C方向ノッチ)を作製し常温にてシャルピー衝撃試験を行った。3回の試験の平均衝撃値が10J/cm以下であったときは、鋼板品質の「備考」欄に「靱性不良」と表示した。
【0065】
【表1】
【0066】
【表2】
【0067】
【表3】
【0068】
【表4】
【0069】
表1~表4から明らかなように、ホットスタンプ模擬熱処理後の700℃における0.2%耐力は、本発明例が比較例に比べて優れている。また、熱延板の仕上げ温度を950℃超である本発明例は、結晶粒径が130μm以上であり、300℃耐力はすべて「S」であって特に優れることが分かる。上記疑似熱処理後の300℃および700℃における0.2%耐力、熱延板の1000℃における破断伸びのいずれか一方でも不合格である場合、及び熱延板靱性が不良の場合は、ディスクローターとしての適用が不適と判断した。これより、本発明で規定される鋼は、耐熱性と成形性に優れていることがわかる。
【0070】
比較例B1、B2は、それぞれC、N濃度が上限を外れ、鋼板の1000℃破断伸びが不良であった。
比較例B3はSi濃度が下限を外れ、疑似熱処理後の析出物数が不足して300℃および700℃耐力が低かった。比較例B4はSi濃度が上限を外れ、鋼板での1000℃伸びが不良であるとともに、疑似熱処理後の結晶粒径が過小かつ析出物数が過剰であり、割れが生じた。
比較例B5はMn濃度が上限を外れ、300℃および700℃耐力が不足した。
比較例B6、B7は、それぞれP、S濃度が上限を外れ、いずれも鋼板の靱性不良が生じた。
比較例B8はCr濃度が下限を外れ、高温強度が低下して疑似熱処理後の300℃および700℃耐力が不良であった。また、疑似熱処理後の結晶粒径が過大であることから明らかなように鋼板での結晶粒径も過大となり、鋼板の靱性不良が生じた。
比較例B9、B10、B11は、それぞれCr濃度、Ti濃度、Nb濃度が上限を外れ、鋼板での1000℃破断伸びが不良であるとともに、疑似熱処理での析出物数が過剰となり、割れが生じた。
【0071】
比較例B12は熱延の仕上げ温度が上限を外れ、疑似熱処理後の結晶粒径が過大であることから明らかなように鋼板での結晶粒径も過大となり、鋼板の靱性不良が生じた。
比較例B13は熱延の仕上げ温度が下限を外れ、疑似熱処理後の結晶粒径が過小であり、析出物数が過少となった結果、300℃および700℃耐力が不良であった。
比較例B14は熱延の巻取温度が上限を外れ、鋼板の靱性不良となった。
【0072】
B15は、表2の左端に「未」とあり、即ち、ホットスタンプ疑似熱処理を行わずに結晶粒径、析出物数、300℃および700℃耐力の評価を行ったものである。析出が進行せず、析出物数が過少となった結果、300℃および700℃耐力が不良であった。