(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】複合多結晶体、及び複合多結晶体を備える工具
(51)【国際特許分類】
C01B 32/25 20170101AFI20221122BHJP
【FI】
C01B32/25
(21)【出願番号】P 2022536619
(86)(22)【出願日】2021-06-11
(86)【国際出願番号】 JP2021022257
【審査請求日】2022-06-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 雄
(72)【発明者】
【氏名】松川 倫子
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
【審査官】田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/166730(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/073424(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/073257(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/073293(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/073297(WO,A1)
【文献】特開平05-194089(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/25
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体であって、
前記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと前記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとの合計は、前記複合多結晶体に対して、99体積%を超えていて、
前記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上200nm以下であり、
前記ダイヤモンド粒子の転位密度は、1.0×10
13m
-2以上1.0×10
16m
-2以下であり、
前記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと前記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式1
0.01<Vg/(Vd+Vg)≦0.5 式1
の関係を満た
し、
水素、酸素、窒素、アルカリ金属元素及びアルカリ土類金属元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の不可避不純物の含有率は、0.1体積%未満である、複合多結晶体。
【請求項2】
前記ダイヤモンド粒子の転位密度は、2.0×10
15以上1.0×10
16m
-2以下である、請求項1に記載の複合多結晶体。
【請求項3】
前記ダイヤモンド粒子の転位密度は、2.0×10
15以上7.0×10
15m
-2以下である、請求項2に記載の複合多結晶体。
【請求項4】
前記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上100nm以下である、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の複合多結晶体。
【請求項5】
前記複合多結晶体は、ホウ素を更に含み、
前記ホウ素の含有率は、前記複合多結晶体に対して、0.01質量%以上1質量%以下である、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の複合多結晶体。
【請求項6】
前記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと前記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式2
0.03≦Vg/(Vd+Vg)≦0.4 式2
の関係を満たす、請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の複合多結晶体。
【請求項7】
周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素の含有率は、1体積%未満である、請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の複合多結晶体。
【請求項8】
請求項1から
請求項7のいずれか一項に記載の複合多結晶体を備える工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、複合多結晶体、及び複合多結晶体を備える工具に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド多結晶体は、優れた硬度を有するとともに、硬さの方向性及び劈開性がないことから、切削バイト、ドレッサー及びダイス等の工具、並びに、掘削ビット等に広く用いられている。
【0003】
従来のダイヤモンド多結晶体は、原料であるダイヤモンドの粉末を、焼結助剤又は結合材とともに、ダイヤモンドが熱力学的に安定な高圧高温(一般的には、圧力が5~8GPa程度及び温度が1300~2200℃程度)の条件で焼結することにより得られる。焼結助剤としては、Fe、Co及びNi等の鉄族元素金属、CaCO3等の炭酸塩等が用いられる。結合材としては、SiC等のセラミックス等が用いられる。
【0004】
上記の方法で得られるダイヤモンド多結晶体には、焼結助剤又は結合材が含まれる。焼結助剤及び結合材は、ダイヤモンド多結晶体の硬度及び強度等の機械的特性又は耐熱性を低下させる原因となり得る。
【0005】
ダイヤモンド多結晶体中の焼結助剤を酸処理により除去したもの、及び結合材として耐熱性のSiCを用いた耐熱性に優れたダイヤモンド多結晶体も知られている。しかし、該ダイヤモンド多結晶体は硬度又は強度が低く、工具材料としての機械的特性は不十分である。
【0006】
一方、グラファイト、グラッシーカーボン、アモルファスカーボン、オニオンライクカーボン等の非ダイヤモンド状炭素材料を超高圧高温下で、焼結助剤等を用いることなく、直接的にダイヤモンドに変換させることが可能である。非ダイヤモンド相からダイヤモンド相へ直接変換すると同時に焼結させることでダイヤモンド多結晶体が得られる(国際公開第2005/065809号(特許文献1)、H. Sumiya et al., Japanese Journal of Applied Physics 48 (2009) 120206(非特許文献1))。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2005/065809号
【文献】国際公開第2017/073293号
【非特許文献】
【0008】
【文献】H. Sumiya et al., Japanese Journal of Applied Physics 48 (2009) 120206
【発明の概要】
【0009】
本開示の複合多結晶体は、
ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体であって、
上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとの合計は、上記複合多結晶体に対して、99体積%を超えていて、
上記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上200nm以下であり、
上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、1.0×1013m-2以上1.0×1016m-2以下であり、
上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式1
0.01<Vg/(Vd+Vg)≦0.5 式1
の関係を満たす。
【0010】
本開示の工具は、上記複合多結晶体を備える。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本開示が解決しようとする課題]
国際公開第2017/073293号(特許文献2)には、ダイヤモンド粒子が互いに直接結合して形成される多結晶ダイヤモンドと、前記多結晶ダイヤモンド中に分散される非ダイヤモンド状炭素と、を含み、含有水素濃度が1000ppmより高く20000ppm以下である複合多結晶体が開示されている。特許文献2の複合多結晶体は耐摩耗性に優れているため、伸線ダイス等の耐摩工具に適している。近年はより高効率な(例えば、伸線速度が大きい)伸線加工が求められており、ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体の更なる性能の向上(例えば、摺動性の向上、硬度の向上等)が期待されている。
【0013】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた硬度及び優れた摺動性を有する複合多結晶体、及び複合多結晶体を備える工具を提供することを目的とする。
【0014】
[本開示の効果]
本開示によれば、優れた硬度及び優れた摺動性を有する複合多結晶体、及び複合多結晶体を備える工具を提供することが可能になる。
【0015】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
[1]本開示の一態様に係る複合多結晶体は、
ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体であって、
上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとの合計は、上記複合多結晶体に対して、99体積%を超えていて、
上記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上200nm以下であり、
上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、1.0×1013m-2以上1.0×1016m-2以下であり、
上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式1
0.01<Vg/(Vd+Vg)≦0.5 式1
の関係を満たす。
【0016】
上記複合多結晶体は、ダイヤモンド粒子の転位密度が低いため、硬度が向上している。すなわち、上記複合多結晶体は、優れた硬度及び優れた摺動性を有する。
【0017】
[2]上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、2.0×1015以上1.0×1016m-2以下であることが好ましい。このように規定することで、更に硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0018】
[3]上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、2.0×1015以上7.0×1015m-2以下であることが好ましい。このように規定することで、更に硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0019】
[4]上記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上100nm以下であることが好ましい。このように規定することで、更に硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0020】
[5]上記複合多結晶体は、ホウ素を更に含み、上記ホウ素の含有率は、上記複合多結晶体に対して、0.01質量%以上1質量%以下であることが好ましい。このように規定することで、更に優れた摺動性、及び優れた導電性を備える複合多結晶体となる。
【0021】
[6]上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式2
0.03≦Vg/(Vd+Vg)≦0.4 式2
の関係を満たすことが好ましい。このように規定することで、更に硬度と摺動性に優れる複合多結晶体となる。
【0022】
[7]本開示の複合多結晶体は、周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素の含有率は、1体積%未満であることが好ましい。このように規定することで、更に硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0023】
[8]本開示の複合多結晶体は、水素、酸素、窒素、アルカリ金属元素及びアルカリ土類金属元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の不可避不純物の含有率は、0.1体積%未満であることが好ましい。このように規定することで、更に硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0024】
[9]本開示の一態様に係る工具は、上記複合多結晶体を備える。
【0025】
上記工具は、硬度及び摺動性に優れる複合多結晶体を備えるため、各種材料の高速加工等において優れた耐摩耗性及び摺動性を有する。ここで、「耐摩耗性」とは、材料の加工時における工具の摩耗に対する耐性を意味する。
【0026】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の実施形態の詳細を、以下に説明する。なお、本開示はこれらの例示に限定されるものではない。ここで、本明細書において「A~Z」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上Z以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Zにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とZの単位とは同じである。
【0027】
≪複合多結晶体≫
本実施形態に係る複合多結晶体は、
ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体であって、
上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとの合計は、上記複合多結晶体に対して、99体積%を超えていて、
上記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上200nm以下であり、
上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、1.0×1013m-2以上1.0×1016m-2以下であり、
上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式1
0.01<Vg/(Vd+Vg)≦0.5 式1
の関係を満たす。
【0028】
上記複合多結晶体は、ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む。上記複合多結晶体は、非ダイヤモンド状炭素、及び粒子であるダイヤモンドを基本組成とし、実質的に焼結助剤及び結合材の一方又は両方により形成される結合相(バインダー)を含まない。したがって、上記複合多結晶体は、非常に高い硬度と強度とを備える。また上記複合多結晶体は、高温条件下においても結合材との熱膨張率の差異又は結合材の触媒作用による機械的特性の劣化又は脱粒が発生しない。また、本実施形態の一側面において、ダイヤモンド粒子は、ダイヤモンドの結晶粒と把握することもできる。
【0029】
上記複合多結晶体は、複数のダイヤモンド粒子及び非ダイヤモンド状炭素により構成される多結晶体である。そのため、上記複合多結晶体は、単結晶のような方向性(異方性)及び劈開性がなく、全方位に対して等方的な硬度及び耐摩耗性を有する。
【0030】
本実施形態の一側面において、上記複合多結晶体は、ダイヤモンド粒子が互いに直接結合して形成される多結晶ダイヤモンド相と、上記多結晶ダイヤモンド相中に分散される非ダイヤモンド状炭素とから構成されていると把握することもできる。ここで「ダイヤモンド粒子が互いに直接結合する」とは、ダイヤモンド粒子同士が互いに直接接触するように結合することをいい、たとえば、ダイヤモンド粒子がバインダーなどの他の異粒子を介在させずに互いに結合することをいう。
【0031】
複合多結晶体は、本実施形態の効果を示す範囲において不可避不純物を含んでいても構わない。不可避不純物としては、例えば、水素、酸素、窒素、アルカリ金属元素(リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)等)及びアルカリ土類金属元素(カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)等)等の金属元素等を挙げることができる。すなわち、本実施形態において、上記複合多結晶体は、水素、酸素、窒素、アルカリ金属元素及びアルカリ土類金属元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の不可避不純物の含有率は、0.1体積%未満であることが好ましい。上記不可避不純物の含有率の下限値は、例えば0体積%以上であってもよい。なお、上記不可避不純物が二種以上の元素を含む場合、各元素における含有率の合計が、上記不可避不純物の含有率となる。
【0032】
複合多結晶体中の水素、酸素、窒素等の濃度は、二次イオン質量分析法(SIMS)によって測定することができる。この測定方法としては、たとえば装置に「CAMECA IMS-7f」(アメテック社製)を用い、一次イオン種をCs+、一次加速電圧15.0kVとし、検出領域はφ30μmとして不純物濃度を測定する。
【0033】
本実施形態の複合多結晶体は焼結体であるが、通常焼結体とはバインダーを含むことを意図する場合が多いため、本実施形態では「複合多結晶体」という用語を用いている。
【0034】
<ダイヤモンド粒子及び非ダイヤモンド状炭素>
(ダイヤモンド粒子の含有率Vdと非ダイヤモンド状炭素の含有率Vg)
本実施形態において、上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとの合計は、上記複合多結晶体に対して、99体積%を超えていて、99体積%を超えて100体積%以下であることが好ましい。
【0035】
複合多結晶体における上記ダイヤモンド粒子の含有率Vd(体積%)及び上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vg(体積%)は、走査電子顕微鏡(SEM)(例えば、日本電子社製の「JSM-7800F」(商品名))付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)(例えば、OXFORD製X-MAX80 EDSシステム)(以下「SEM-EDX」とも記す。)を用いた方法、及びX線回折法を組み合わせることにより測定することができる。具体的な測定方法は下記の通りである。
【0036】
まず、複合多結晶体の任意の位置を切断し、複合多結晶体の断面を含む試料を作製する。断面の作製には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置等を用いることができる。次に、上記断面をSEMにて観察して、反射電子像を得る。反射電子像においては、ダイヤモンド粒子及び非ダイヤモンド状炭素が存在する領域が黒色領域となり、その他の領域(例えば、結合材に由来する元素等)が灰色領域又は白色領域となる。SEMにて上記断面を観察する際の倍率は、測定視野において観察されるダイヤモンド粒子の数が100個以上となるように適宜調整する。例えば、SEMにて上記断面を観察する際の倍率は10000倍であってもよい。
【0037】
次に、上記反射電子像に対して画像解析ソフト(三谷商事(株)の「Win ROOF ver.7.4.5」、「WinROOF2018」等)を用いて二値化処理を行う。上記画像解析ソフトは画像情報に基づき適切な二値化の閾値を自動的に設定する(測定者が恣意的に閾値を設定することはない)。また、画像の明るさ等を変動させた場合でも測定結果に大きな変動がないことを発明者らは確認している。二値化処理後の画像から、測定視野の面積に占める暗視野に由来する画素(ダイヤモンド粒子及び非ダイヤモンド状炭素に由来する画素)の面積比率を算出する。算出された面積比率を体積%とみなすことにより、ダイヤモンド粒子の含有率と非ダイヤモンド状炭素の含有率との合計(Vd+Vg)(体積%)を求めることができる。
【0038】
二値化処理後の画像から、測定視野の面積に占める明視野に由来する画素(その他の領域に由来する画素)の面積比率を算出することにより、その他の領域の含有率(体積%)を求めることができる。
【0039】
同一の試料において複合多結晶体におけるダイヤモンド粒子の含有率と非ダイヤモンド状炭素の含有率との合計(体積%)を測定する限り、測定視野の選択箇所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことを、本発明者らは確認している。すなわち、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないと本発明者らは考えている。
【0040】
なお、暗視野に由来する画素がダイヤモンド粒子及び非ダイヤモンド状炭素に由来することは、複合多結晶体に対してSEM-EDXによる元素分析を行うことにより確認することができる。
【0041】
次に、X線回折装置(Rigaku社製「MiniFlex600」(商品名))を用いて複合多結晶体の上記切断面のX線スペクトルを得る。このときのX線回折装置の条件は、下記の通りとする。
特性X線: Cu-Kα(波長1.54Å)
管電圧: 45kV
管電流: 40mA
フィルター: 多層ミラー
光学系: 集中法
X線回折法: θ-2θ法。
【0042】
得られたX線スペクトルにおいて、下記のピーク強度A、及びピーク強度Bを測定する。
【0043】
ピーク強度A:回折角2θ=28.5°付近のピーク強度から、バックグランドを除いた非ダイヤモンド状炭素のピーク強度。
ピーク強度B:回折角2θ=43.9°付近のピーク強度から、バックグラウンドを除いたダイヤモンド粒子のピーク強度。
【0044】
ダイヤモンド粒子の含有率Vd(体積%)は、{ピーク強度B/(ピーク強度A+ピーク強度B)}×{上述のSEM-EDXにおいて求めたダイヤモンド粒子の含有率と非ダイヤモンド状炭素の含有率との合計(Vd+Vg)(体積%)}の値を算出することにより得られる。また、非ダイヤモンド状炭素の含有率Vg(体積%)は、{ピーク強度A/(ピーク強度A+ピーク強度B)}×{上述のSEM-EDXにおいて求めたダイヤモンド粒子の含有率と非ダイヤモンド状炭素の含有率との合計(Vd+Vg)(体積%)}の値を算出することにより得られる。非ダイヤモンド状炭素とダイヤモンド粒子は、全て同程度の電子的な重みを有するため、上記のX線ピーク強度比を複合多結晶体中の体積比と見なすことができる。なお、本手法ではホウ素に由来するピークが検出されない。そのため、複合多結晶体がホウ素を含む場合でも、ダイヤモンド粒子の含有率及び非ダイヤモンド状炭素の含有率の合計が100体積%となる場合がある。
【0045】
本実施形態の一側面において、上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdは、上記複合多結晶体に対して、50体積%以上98体積%以下であることが好ましく、60体積%以上95体積%以下であることがより好ましい。
【0046】
本実施形態の一側面において、上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgは、上記複合多結晶体に対して、2体積%以上50体積%以下であることが好ましく、5体積%以上40体積%以下であることがより好ましい。
【0047】
本実施形態の一側面において、上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式1
0.01<Vg/(Vd+Vg)≦0.5 式1
の関係を満たす。
【0048】
本実施形態の他の側面において、上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式2
0.03≦Vg/(Vd+Vg)≦0.4 式2
の関係を満たすことが好ましい。
【0049】
(ダイヤモンド粒子のメジアン径)
ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上200nm以下であり、10nm以上100nm以下であることが好ましい。ダイヤモンド粒子のメジアン径d50が10nm以上であることによって、強度に優れる複合多結晶体となる。ダイヤモンド粒子のメジアン径d50が200nm以下であることによって、硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0050】
本実施形態において、ダイヤモンド粒子のメジアン径d50とは、任意に選択された5箇所の各測定視野において、複数のダイヤモンド粒子のメジアン径d50をそれぞれ測定し、これらの平均値を算出することにより得られた値を意味する。具体的な方法は下記の通りである。
【0051】
まず、複合多結晶体の任意の位置を切断し、複合多結晶体の断面を含む試料を作製する。断面の作製には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置等を用いることができる。次に、上記断面をSEMにて観察して、反射電子像を得る。SEMにて上記断面を観察する際の倍率は、測定視野において観察されるダイヤモンド粒子の数が100個以上となるように適宜調整する。例えば、SEMにて上記断面を観察する際の倍率は10000倍であってもよい。
【0052】
5つのSEM画像のそれぞれについて、測定視野内に観察されるダイヤモンド粒子の粒界を分離した状態で、画像処理ソフト(三谷商事(株)の「Win ROOF ver.7.4.5」、「WinROOF2018」等)を用いて、各ダイヤモンド粒子の円相当径を算出する。このとき、一部が上記測定視野の外に出ているダイヤモンド粒子については、カウントしないものとする。
【0053】
算出された各ダイヤモンド粒子の円相当径の分布から、各測定視野におけるメジアン径d50を算出し、これらの平均値を算出する。該平均値が、ダイヤモンド粒子のメジアン径d50に該当する。
【0054】
なお、同一の試料においてダイヤモンド粒子のメジアン径d50を算出する限り、複合多結晶体における測定視野の選択箇所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことを本発明者らは確認している。すなわち、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないと本発明者らは考えている。
【0055】
本実施形態において、ダイヤモンド粒子の粒径d90は、15nm以上300nm以下であり、15nm以上150nm以下であることが好ましい。ダイヤモンド粒子の粒径d90が15nm以上であることによって、強度に優れる複合多結晶体となる。ダイヤモンド粒子の粒径d90が150nm以下であることによって、硬度に優れる複合多結晶体となる。
【0056】
本実施形態において、ダイヤモンド粒子の粒径d90とは、任意に選択された5箇所の各測定視野において、複数のダイヤモンド粒子の粒径d90をそれぞれ測定し、これらの平均値を算出することにより得られた値を意味する。具体的な方法は上述したメジアン径d50を求める方法と同様の方法である。
【0057】
(ダイヤモンド粒子の転位密度)
上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、1.0×1013m-2以上1.0×1016m-2以下であり、2.0×1015以上1.0×1016m-2以下であることが好ましく、2.0×1015以上7.0×1015m-2以下であることがより好ましい。ダイヤモンド粒子の転位密度が1.0×1013m-2以上であることによって、靱性及び硬度に優れる複合多結晶体となる。ダイヤモンド粒子の転位密度が1.0×1016m-2以下であることによって、強度に優れる複合多結晶体となる。
【0058】
従来、結合相を含まない、ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体におけるダイヤモンド粒子の転位密度と、当該複合多結晶体の物性との相関関係については着目されていなかった。そこで本発明者らは、両者の相関関係に着目し、複合多結晶体におけるダイヤモンド粒子の転位密度と、複合多結晶体の硬度及び摺動性との関係について鋭意調査を行った。その結果、従来から存在する複合多結晶体に比べて、ダイヤモンド粒子の転位密度を低くすると、高い摺動性を維持したまま硬度が向上することを初めて見出した。このような硬度及び摺動性に優れる複合多結晶体を耐摩工具等の工具に使用すると、伸線ダイス等で伸線加工を行った場合でも、優れた摺動性及び優れた耐摩耗性を発揮することができる。なお、この調査によって、従来の複合多結晶体(例えば、特許文献2に記載の複合多結晶体)は、ダイヤモンド粒子の転位密度が5×1016m-2以上8×1016m-2以下であることが明らかになっている。
【0059】
本明細書において、複合多結晶体の転位密度は大型放射光施設(例えば、九州シンクロトロン光研究センター(佐賀県))において測定される。具体的には下記の方法で測定される。
【0060】
複合多結晶体からなる試験体を準備する。試験体の大きさは、観察面が2mm×2mmであり、厚みが1.0mmである。試験体の観察面を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。
【0061】
該試験体について、下記の条件でX線回折測定を行い、ダイヤモンドの主要な方位である(111)、(220)、(311)、(331)、(422)、(440)、(531)の各方位面からの回折ピークのラインプロファイルを得る。
【0062】
(X線回折測定条件)
X線源:放射光
装置条件:検出器NaI(適切なROIにより蛍光をカットする。)
エネルギー:18keV(波長:0.6888Å)
分光結晶:Si(111)
入射スリット:幅3mm×高さ0.5mm
受光スリット:ダブルスリット(幅3mm×高さ0.5mm)
ミラー:白金コート鏡
入射角:2.5mrad
走査方法:2θ-θscan
測定ピーク:ダイヤモンドの(111)、(220)、(311)、(331)、(422)、(440)、(531)の7本。ただし、集合組織、配向などによりプロファイルの取得が困難な場合は、その面指数のピークを除く。
測定条件:各測定ピークに対応する半値全幅中に、測定点が9点以上となるようにする。ピークトップ強度は2000counts以上とする。ピークの裾も解析に使用するため、測定範囲は半値全幅の10倍程度とする。
【0063】
上記のX線回折測定により得られるラインプロファイルは、試験体の不均一ひずみなどの物理量に起因する真の拡がりと、装置起因の拡がりの両方を含む形状となる。不均一ひずみ及び結晶子サイズを求めるために、測定されたラインプロファイルから、装置起因の成分を除去し、真のラインプロファイルを得る。真のラインプロファイルは、得られたラインプロファイルおよび装置起因のラインプロファイルを擬Voigt関数によりフィッティングし、装置起因のラインプロファイルを差し引くことにより得る。装置起因の回折線拡がりを除去するための標準サンプルとしては、LaB6を用いる。また、平行度の高い放射光を用いる場合は、装置起因の回折線拡がりは0とみなすこともできる。
【0064】
得られた真のラインプロファイルを修正Williamson-Hall法及び修正Warren-Averbach法を用いて解析することによって転位密度を算出する。修正Williamson-Hall法及び修正Warren-Averbach法は、転位密度を求めるために用いられている公知のラインプロファイル解析法である。
【0065】
修正Williamson-Hall法の式は、下記式(I)で示される。
【数1】
【0066】
上記式(I)において、ΔKはラインプロファイルの半値幅を示す。Dは結晶子サイズを示す。Mは配置パラメータを示す。bはバーガースベクトルを示す。ρは転位密度を示す。Kは散乱ベクトルを示す。O(K2C)はK2Cの高次項を示す。Cはコントラストファクターの平均値を示す。
【0067】
上記式(I)におけるCは、下記式(II)で表される。
C=Ch00[1-q(h2k2+h2l2+k2l2)/(h2+k2+l2)2] (II)
【0068】
上記式(II)において、らせん転位と刃状転位におけるそれぞれのコントラストファクターCh00およびコントラストファクターに関する係数qは、計算コードANIZCを用い、すべり系が<110>{111}、弾性スティフネスC11が1076GPa、C12が125GPa、C44が576GPaとして求める。上記式(II)中、h、k及びlは、それぞれダイヤモンドのミラー指数(hkl)に相当する。コントラストファクターCh00は、らせん転位0.183であり、刃状転位0.204である。コントラストファクターに関する係数qは、らせん転位1.35であり、刃状転位0.30である。なお、らせん転位比率は0.5、刃状転位比率は0.5に固定する。
【0069】
また、転位と不均一ひずみとの間にはコントラストファクターCを用いて下記式(III)の関係が成り立つ。下記式(III)において、Reは転位の有効半径を示す。ε(L)は、不均一ひずみを示す。
<ε(L)2>=(ρCb2/4π)ln(Re/L) (III)
【0070】
上記式(III)の関係と、Warren-Averbachの式より、下記式(IV)の様に表すことができ、修正Warren-Averbach法として、転位密度ρ及び結晶子サイズを求めることができる。下記式(IV)において、A(L)はフーリエ級数を示す。AS(L)は結晶子サイズに関するフーリエ級数を示す。Lはフーリエ長さを示す。
lnA(L)=lnAS(L)-(πL2ρb2/2)ln(Re/L)(K2C)+O(K2C)2 (IV)
【0071】
修正Williamson-Hall法及び修正Warren-Averbach法の詳細は、“T.Ungar and A.Borbely,“The effect of dislocation contrast on x-ray line broadening:A new approach to line profile analysis”Appl.Phys.Lett.,vol.69,no.21,p.3173,1996.”及び“T.Ungar,S.Ott,P.Sanders,A.Borbely,J.Weertman,“Dislocations,grain size and planar faults in nanostructured copper determined by high resolution X-ray diffraction and a new procedure of peak profile analysis”Acta Mater.,vol.46,no.10,pp.3693-3699,1998.”に記載されている。
【0072】
同一の試料においてダイヤモンド粒子の転位密度を測定する限り、測定範囲の選択箇所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことを本発明者らは確認している。すなわち、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないと本発明者らは考えている。
【0073】
<ホウ素>
本実施形態において、上記複合多結晶体は、ホウ素を更に含み、上記ホウ素の含有率は、上記複合多結晶体に対して、0.01質量%以上1質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以上0.6質量%以下であることがより好ましい。このようにすることで、更に優れた摺動性、及び優れた導電性を備える複合多結晶体となる。ホウ素の含有率は、上述した二次イオン質量分析法(SIMS)によって測定することができる。
【0074】
本実施形態の一側面において、上記複合多結晶体は、周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、鉄、アルミニウム、珪素、コバルト及びニッケルからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素の含有率が、1体積%未満であることが好ましく、0体積%以上0.1体積%以下であることがより好ましい。ここで、金属元素が2種以上含まれる場合、上記「金属元素の含有率」は、その2種以上の金属元素の合計の含有率を意味する。上述の金属元素の含有率は、SEM付帯のEDXを用いて、複合多結晶体に対し、組織観察、元素分析等を実施することによって確認することができる。
【0075】
周期表の第4族元素は、例えば、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びハフニウム(Hf)を含む。第5族元素は、例えば、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びタンタル(Ta)を含む。第6族元素は、例えば、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)を含む。
【0076】
<ヌープ硬度>
本実施形態の複合多結晶体は、室温におけるヌープ硬度が35GPa以上120GPa以下であることが好ましく、50GPa以上100GPa以下であることがより好ましい。上記ヌープ硬度は、JIS Z2251:2009に規定される条件で行われるヌープ硬さ試験によって求められる。
【0077】
JIS Z 2251:2009に規定されるヌープ硬さ試験は、工業材料の硬さの測定方法の一つとして公知である。ヌープ硬さ試験は、所定の温度及び所定の荷重(試験荷重)でヌープ圧子を被測定材料へ押圧することにより、被測定材料の硬度を求めるものである。本実施形態において、所定の温度は室温(23℃±5℃)であり、所定の荷重は4.9Nである。ヌープ圧子とは、底面が菱型の四角錐の形状を有するダイヤモンド製の圧子をいう。
【0078】
≪工具≫
本実施形態の複合多結晶体は、摺動性、硬度に優れているため、切削工具、耐摩工具、研削工具、摩擦撹拌接合用ツール、スタイラス等に好適に用いることができる。すなわち、本実施形態の工具は、上記の複合多結晶体を備えるものである。上記工具は、各種材料の伸線加工において優れた耐摩耗性及び優れた摺動性を有する。上記工具が耐摩工具である場合、上記耐摩工具は銅線、ステンレス線等の伸線加工に特に適している。
【0079】
上記の工具は、その全体が複合多結晶体で構成されていてもよいし、その一部(例えば伸線ダイス等の耐摩工具の場合、線材と接する部分)のみが複合多結晶体で構成されていてもよい。
【0080】
切削工具としては、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、切削バイト等を挙げることができる。
【0081】
耐摩工具としては、ダイス、スクライバー、スクライビングホイール、ドレッサー等を挙げることができる。
【0082】
研削工具としては、研削砥石等を挙げることができる。
【0083】
≪複合多結晶体の製造方法≫
<複合多結晶体の製造方法(1)>
本実施形態に係る複合多結晶体の第一の製造方法は、
出発物質として非ダイヤモンド状炭素材料を準備する工程(第1工程)と、
グラファイト安定領域からダイヤモンド領域に移動するように、開始圧力及び開始温度から、300℃以下の温度を維持しながら昇圧を行う工程(第2工程)と、
温度を上げてダイヤモンド領域からグラファイト安定領域に移動した後に、グラファイト安定領域における圧力及び温度で10分以上60分以下の間、維持する工程(第3工程)と、
更に、焼結圧力及び焼結温度まで昇圧及び昇温を行い、上記焼結圧力及び上記焼結温度において、上記非ダイヤモンド状炭素材料をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程(第4工程)と、
を備える。
【0084】
<第1工程:非ダイヤモンド状炭素材料を準備する工程>
本工程では、出発物質として非ダイヤモンド状炭素材料を準備する。非ダイヤモンド状炭素材料は、炭素材料であれば特に制限はない。非ダイヤモンド状炭素材料は、低結晶性グラファイト、熱分解性グラファイト又はアモルファスカーボンを含むことが好ましい。これらは、1種類を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0085】
非ダイヤモンド状炭素材料は、その純度が99体積%以上であることが好ましく、99.5体積%以上であることがより好ましく、99.9体積%以上であることが更に好ましく、100体積%であることが最も好ましい。換言すれば、非ダイヤモンド状炭素材料は、結晶粒の成長を抑制する観点から、不純物である鉄族元素金属を含まないものが好ましい。鉄族元素金属としては、例えば、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)等が挙げられる。
【0086】
非ダイヤモンド状炭素材料は、結晶粒の成長を抑制し、ダイヤモンドへの直接変換を促進する観点から、不純物である水素、酸素、窒素等の濃度が低いものが好ましい。非ダイヤモンド状炭素材料中の水素、酸素及び窒素の濃度は、それぞれ0.1体積%以下が好ましく、0.01体積%以下がより好ましい。また、非ダイヤモンド状炭素材料中の全不純物濃度は0.3体積%以下が好ましく、0.1体積%以下がより好ましい。
【0087】
非ダイヤモンド状炭素材料中の不純物の濃度は、二次イオン質量分析法(SIMS)によって測定することができる。この測定方法としては、たとえば装置に「CAMECA IMS-7f」(アメテック社製)を用い、一次イオン種をCs+、一次加速電圧15.0kVとし、検出領域はφ30μmとして不純物濃度を測定する。
【0088】
<第2工程:グラファイト安定領域からダイヤモンド領域に移動するように、低温を維持しながら昇圧を行う工程>
本工程では、グラファイト安定領域からダイヤモンド領域に移動するように、開始圧力及び開始温度から、300℃以下の温度を維持しながら昇圧を行う。ここで、「グラファイト安定領域」とは、炭素の相平衡図(
図1)におけるグラファイトが熱力学的に安定な領域を意味する。上記グラファイト安定領域における圧力P(単位:GPa)と温度T(単位:℃)との間には以下の関係式が成り立っている。
P<T×0.00286+1.4185
【0089】
本実施形態において、「ダイヤモンド領域」とは、炭素の相平衡図(
図1)におけるダイヤモンドが熱力学的に安定な領域を意味する。上記ダイヤモンド領域における圧力P(単位:GPa)と温度T(単位:℃)との間には以下の関係式が成り立っている。
P>T×0.00286+1.4185
【0090】
開始圧力及び開始温度から、グラファイト安定領域からダイヤモンド領域に移動するように昇圧を行うことで、目的の転位密度とすることができる。
【0091】
本実施形態において、開始温度は常温(23±5℃)であり、開始圧力は大気圧(1013.25hPa)である。
【0092】
本工程において、開始圧力及び開始温度から昇圧を行う際には、300℃以下の温度を維持しながら行うことが好ましく、0℃以上300℃以下の温度を維持しながら行うことがより好ましい。本実施形態の一側面において、開始圧力及び開始温度から昇圧を行う際には、300℃を超えない範囲において昇温を行ってもよい。
【0093】
<第3工程:グラファイト安定領域において圧力及び温度を維持する工程>
本工程では、温度を上げてダイヤモンド領域からグラファイト安定領域に移動した後に、グラファイト安定領域における圧力及び温度で10分以上60分以下の間、維持する。ダイヤモンド領域からグラファイト安定領域に再び移動して、グラファイト安定領域において圧力及び温度を維持することで転位密度を増加させることができる。
【0094】
上記グラファイト安定領域における圧力としては、0GPa以上5GPa以下であることが好ましく、0GPa以上3GPa以下であることがより好ましい。
【0095】
上記グラファイト安定領域における温度としては、0℃以上1500℃以下であることが好ましく、0℃以上1000℃以下であることがより好ましい。
【0096】
本実施形態の一側面において、上記グラファイト安定領域における圧力Pは0GPa以上3GPa以下であり、上記グラファイト安定領域における温度Tは25℃以上1000℃以下であり、上記圧力Pと上記温度Tとは以下の関係式を満たすことが好ましい。
P<T×0.00286+1.4185
【0097】
グラファイト安定領域において圧力及び温度を維持する時間は、10分以上であることが好ましく、20分以上であることがより好ましい。グラファイト安定領域において圧力及び温度を維持する時間の上限は、製造上の観点(例えば、生産のサイクルタイムの観点)から60分以下が好ましい。
【0098】
<第4工程:ダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程>
本工程では、更に、焼結圧力及び焼結温度まで昇圧及び昇温を行い、上記焼結圧力及び上記焼結温度において、上記非ダイヤモンド状炭素材料をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる。本実施形態の一側面において、焼結圧力及び焼結温度まで同時に昇温及び昇圧を行ってもよいし、焼結圧力まで昇圧を行い、その後に焼結温度まで昇温してもよい。
【0099】
上記焼結圧力は、8GPa以上20GPa以下であることが好ましく、10GPa以上16GPa以下であることがより好ましい。
【0100】
上記焼結温度は、1800℃以上2800℃以下であることが好ましく、1800℃以上2600℃以下であることがより好ましい。
【0101】
上記焼結圧力及び上記焼結温度における焼結時間は1分以上20分以下であることが好ましく、5分以上20分以下であることがより好ましく、10分以上20分以下であることが更に好ましい。
【0102】
<複合多結晶体の製造方法(2)>
本実施形態に係る複合多結晶体の第二の製造方法は、
出発物質として非ダイヤモンド状炭素材料を準備する工程(第1工程)と、
グラファイト安定領域を通るように開始圧力及び開始温度から、昇圧及び昇温を行う工程(第2工程)と、
圧力を上げてダイヤモンド領域を跨ぐ際に、相境界付近における圧力及び温度で10分以上60分以下の間、維持する工程(第3工程)と、
更に、焼結圧力及び焼結温度まで昇圧及び昇温を行い、上記焼結圧力及び上記焼結温度において、上記非ダイヤモンド状炭素材料をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程(第4工程)と、
を備える。このような方法で得られた複合多結晶体は、上述の第一の製造方法で得られた複合多結晶体より、転位密度が低くなる傾向がある。
【0103】
<第1工程:非ダイヤモンド状炭素材料を準備する工程>
本工程では、出発物質として非ダイヤモンド状炭素材料を準備する。上記非ダイヤモンド状炭素材料は、上述した第一の製造方法と同じものを用いればよい。
【0104】
<第2工程:グラファイト安定領域を通るように昇圧及び昇温を行う工程>
本工程では、グラファイト安定領域を通るように開始圧力及び開始温度から、昇圧及び昇温を行う。
【0105】
開始圧力及び開始温度から、グラファイト安定領域を通るように昇圧及び昇温を行うことで、後述する相境界付近において圧力及び温度を維持することと相まって、最終的に得られるダイヤモンド多結晶体の転位密度が低くなる。
【0106】
本実施形態において、開始温度は常温(23±5℃)であり、開始圧力は大気圧(1013.25hPa)である。
【0107】
<第3工程:相境界付近において圧力及び温度を維持する工程>
本工程では、圧力を上げてダイヤモンド領域を跨ぐ際に、相境界付近における圧力及び温度で10分以上60分以下の間、維持する。
【0108】
「相境界」とは、上述したグラファイト安定領域とダイヤモンド領域との境界を意味する。相境界付近において圧力及び温度を維持することでダイヤモンド多結晶体の転位密度が減少し、結果として得られたダイヤモンド多結晶体の熱伝導率が向上するという作用が得られる。
【0109】
上記相境界付近における圧力としては、1.5GPa以上8GPa以下であることが好ましく、2GPa以上7GPa以下であることがより好ましい。ここで、上記相境界における圧力P(単位:GPa)と温度T(単位:℃)との間には以下の関係式が成り立っている。
P=T×0.00286+1.4185
【0110】
上記相境界付近における温度としては、25℃以上2300℃以下であることが好ましく、100℃以上2000℃以下であることがより好ましい。
【0111】
本実施形態の一側面において、上記相境界付近における圧力Pは2GPa以上3GPa以下であり、上記相境界付近における温度Tは300℃以上500℃以下であり、上記圧力Pと上記温度Tとは上述の関係式を満たすことが好ましい。
【0112】
相境界付近において圧力及び温度を維持する時間は、10分以上であることが好ましく、20分以上であることがより好ましい。相境界付近において圧力及び温度を維持する時間の上限は、製造上の観点(例えば、生産のサイクルタイムの観点)から60分以下が好ましい。
【0113】
<第4工程:ダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程>
本工程では、更に、焼結圧力及び焼結温度まで昇圧及び昇温を行い、上記焼結圧力及び上記焼結温度において、上記非ダイヤモンド状炭素材料をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる。具体的な方法は、上述した第一の製造方法と同様の方法を採用することができる。
【0114】
本実施形態の複合多結晶体の第一の製造方法及び第二の製造方法において用いられる高圧高温発生装置は、ダイヤモンド相が熱力学的に安定な相である圧力及び温度の条件が得られる装置であれば特に制限はないが、生産性及び作業性を高める観点から、高圧高温発生装置又はマルチアンビル型の高圧高温発生装置が好ましい。また、原料である非ダイヤモンド状炭素材料を収納する容器は、耐高圧高温性の材料であれば特に制限はなく、たとえば、Ta、Nb等が好適に用いられる。
【0115】
複合多結晶体中への不純物の混入を防止するためには、例えば、まず原料である非ダイヤモンド状炭素材料をTa、Nb等の高融点金属製のカプセルに入れて真空中で加熱して密封し、非ダイヤモンド状炭素材料から吸着ガス及び空気を除去する。その後、上述した第2工程から第4工程を行うことが好ましい。
【0116】
本実施形態における複合多結晶体の製造方法では、開始温度及び開始圧力から焼結温度及び焼結圧力まで昇温及び昇圧する際に、グラファイト安定領域とダイヤモンド領域との境界を複数回跨いでいる。このように昇温及び昇圧を行うことで、製造される複合多結晶体における転位密度を制御することが可能になる。
【実施例】
【0117】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0118】
≪複合多結晶体の作製≫
<第1工程:非ダイヤモンド状炭素材料を準備する工程>
まず、試料1~試料14では、原料として以下の非ダイヤモンド状炭素材料を準備した。
非ダイヤモンド状炭素材料
試料1~5、8~11及び13:粒径3μmのグラファイト粉末
試料6、7及び12 :粒径3μmのグラファイト粉末にホウ素を添加した粉末
試料14 :粒径3μmのグラファイト粉末に鉄族元素(Fe、Co、Ni)を添加した粉末
【0119】
<第2工程:グラファイト安定領域からダイヤモンド領域に移動するように、低温を維持しながら昇圧を行う工程、又はグラファイト安定領域を通るように昇圧及び昇温を行う工程>
次に、上記非ダイヤモンド状炭素材料を、Ta製のカプセルに入れて真空中で加熱して密閉した。その後、高圧高温発生装置を用いて、表1に示す開始圧力及び開始温度から表1に示す第一段階の到達圧力及び到達温度まで、昇圧又は昇温させた。表1における開始圧力は、「0GPa」と表記しているが大気圧のことを意味している。試料1~3、試料5~7及び試料10~14における第一段階の到達圧力及び到達温度は、上述したダイヤモンド領域の圧力P(単位:GPa)及び温度T(単位:℃)に対応し、以下の関係式が成り立つ。
P>T×0.00286+1.4185
【0120】
一方、試料4、試料8及び試料9における第一段階の到達圧力及び到達温度は、上述したグラファイト安定領域の圧力P(単位:GPa)及び温度T(単位:℃)に対応し、以下の関係式が成り立つ。
P<T×0.00286+1.4185
【0121】
<第3工程:グラファイト安定領域において圧力及び温度を維持する工程、又は相境界付近において圧力及び温度を維持する工程>
上述の第一段階から温度又は圧力を上げて表1に示す第二段階の到達圧力及び到達温度まで到達させ、表1に示す第二段階の保持時間の間、その状態を維持した。ここで、試料1~3、試料5~7及び試料10~14における第二段階の到達圧力及び到達温度は、上述したグラファイト安定領域の圧力P(単位:GPa)及び温度T(単位:℃)に対応する。一方、試料4、試料8及び試料9における第二段階の到達圧力及び到達温度は、上述した相境界付近の圧力P(単位:GPa)及び温度T(単位:℃)に対応する。
【0122】
<第4工程:ダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させる工程>
第3工程を行った後、表1に示す第三段階の到達圧力及び到達温度を経由して第四段階の焼結圧力及び焼結温度まで昇温、昇圧を行い、表1に示す第四段階の焼結時間で加圧加熱処理することで、上記非ダイヤモンド状炭素材料をダイヤモンド粒子に変換させ、かつ焼結させた。以上の手順で、試料1~試料14の複合多結晶体を得た。試料1~3、試料5~7及び試料10~14は上述の第一の製造方法で製造した。また、試料4、試料8及び試料9は、上述の第二の製造方法で製造した。なお、試料1~13については、非ダイヤモンド状炭素材料には、焼結助剤及び結合材のいずれも添加しなかった。また、試料15として市販のダイヤモンド焼結体(住友電工ハードメタル株式会社製、商品名:WD705F)を準備した。上記ダイヤモンド焼結体は、ダイヤモンド粒子(粒径1μm)(83体積%)と、金属結合材(残部)とから構成されている。試料1~試料9は実施例に相当する。試料10~試料12、試料14及び試料15は比較例に相当する。試料13は参考例に相当する。
【0123】
【0124】
≪複合多結晶体の特性評価≫
得られた複合多結晶体について、以下に示すとおり、ダイヤモンド粒子、非ダイヤモンド状炭素及びホウ素の含有率、金属元素の含有率、不可避不純物の含有率、ダイヤモンド粒子のメジアン径d50及び粒径d90、ダイヤモンド粒子の転位密度並びに、ダイヤモンド粒子の抵抗率を測定した。
【0125】
<ダイヤモンド粒子、非ダイヤモンド状炭素及びホウ素の含有率>
複合多結晶体におけるダイヤモンド粒子及び非ダイヤモンド状炭素の含有率をSEM付帯のEDXを用いた方法及びX線回折法を組み合わせて用いることにより特定した。また、複合多結晶体におけるホウ素の含有率をSIMSにより特定した。具体的な測定方法は、上記の[本開示の実施形態の詳細]の欄に記載された方法と同一であるため、その説明は繰り返さない。結果を表2(「ダイヤ粒子含有率」、「非ダイヤモンド状炭素含有率」及び「ホウ素含有率」の欄参照)に示す。
【0126】
<金属元素の含有率(鉄族元素の含有率)>
複合多結晶体及びダイヤモンド焼結体における鉄族元素の含有率をSEM付帯のEDXにより特定した。具体的な測定条件は、以下の通りである。結果を表2(「鉄族元素Fe,Co,Ni含有率」の欄参照)に示す。
EDXの条件
加速電圧15kV
【0127】
<不可避不純物の含有率>
複合多結晶体における不可避不純物の含有率をSIMSにより特定した。具体的な測定方法は、上記の[本開示の実施形態の詳細]の欄に記載された方法と同一であるため、その説明は繰り返さない。結果を表2(「不可避不純物含有率」の欄参照)に示す。
【0128】
<ダイヤモンド粒子のメジアン径d50及び粒径d90>
各複合多結晶体に含まれるダイヤモンド粒子のメジアン径d50及び粒径d90を測定した。具体的な測定方法は、上記の[本開示の実施形態の詳細]の欄に記載された方法と同一であるため、その説明は繰り返さない。結果を表3(「メジアン径d50」及び「粒径d90」の欄参照)に示す。
【0129】
<ダイヤモンド粒子の転位密度>
複合多結晶体におけるダイヤモンド粒子の転位密度を測定した。具体的な測定方法は、上記の[本開示の実施形態の詳細]の欄に記載された方法と同一であるため、その説明は繰り返さない。結果を表3(「転位密度」の欄参照)に示す。
【0130】
<ダイヤモンド粒子の抵抗率>
複合多結晶体における抵抗率を、JIS規格のJIS K 7194に準じて4端針法で測定した。このとき、試料サイズはφ5×1mmとした。結果を表3(「抵抗率」の欄参照)に示す。表3中、「-」と表記されている箇所は、複合多結晶体が絶縁体であったため測定が不可能であったことを意味する。
【0131】
≪複合多結晶体を備える工具の評価≫
<伸線加工試験>
試料1~試料14の複合多結晶体又は試料15のダイヤモンド焼結体を備える伸線ダイスの耐摩耗性及び摺動性を調べるために、上記複合多結晶体又は上記ダイヤモンド焼結体を用いて伸線ダイス(φ0.1)を作製し、以下の伸線条件で伸線加工を行い、伸線した金属線における面粗度Raが0.020μmになった時点における伸線加工時間を算出した。このとき、単結晶ダイヤモンド(住友電工ハードメタル株式会社製、スミクリスタル)で作製した伸線ダイスにおける上記伸線加工時間を基準として上記伸線加工時間の比(ダイス寿命比)を求めた。結果を表3に示す。
【0132】
(伸線加工条件)
線材 :SUS316線、φ110μm
伸線速度 :200m/分
【0133】
【0134】
【0135】
≪結果≫
表2の結果から、試料1~試料9(実施例)は、ダイス寿命比が2.8~6.5であり、摺動性、耐摩耗性に優れることが分かった。一方、試料10~12、14及び15(比較例)は、ダイス寿命比が0.1~2.5であった。試料13(参考例)は、ダイス寿命比が3.2であったが、第3工程における保持時間が非常に長かった。以上の結果から、実施例に係る工具は、摺動性及び耐摩耗性に優れることが分かった。
【0136】
以上のように本開示の実施の形態及び実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態及び実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0137】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明でなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内のすべての変更が含まれることが意図される。
【要約】
ダイヤモンド粒子と非ダイヤモンド状炭素とを含む複合多結晶体であって、上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとの合計は、上記複合多結晶体に対して、99体積%を超えていて、上記ダイヤモンド粒子のメジアン径d50は、10nm以上200nm以下であり、上記ダイヤモンド粒子の転位密度は、1.0×1013m-2以上1.0×1016m-2以下であり、上記ダイヤモンド粒子の含有率Vdと上記非ダイヤモンド状炭素の含有率Vgとは、下記式1
0.01<Vg/(Vd+Vg)≦0.5 式1
の関係を満たす。