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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221122BHJP
   C22C 38/16 20060101ALI20221122BHJP
   C21D 8/12 20060101ALN20221122BHJP
   C21C 7/04 20060101ALN20221122BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/16
C21D8/12 A
C21C7/04 D
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2017157180
(22)【出願日】2017-08-16
(65)【公開番号】P2019035114
(43)【公開日】2019-03-07
【審査請求日】2020-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】藤村 浩志
(72)【発明者】
【氏名】宮嵜 雅文
(72)【発明者】
【氏名】久保田 猛
(72)【発明者】
【氏名】水上 和実
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-174376(JP,A)
【文献】特開2006-118039(JP,A)
【文献】特開2017-119897(JP,A)
【文献】特開2005-336503(JP,A)
【文献】特開平09-067654(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2013-0001531(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板内における球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満であり、
質量%で、C:0.01%以下、Si:0.1%以上7.0%以下、Al:0.005%以上3.0%以下、Mn:0.1%以上2.0%以下、S:0.0005%以上0.005%以下、Cu:0.001%以上0.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有することを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
球相当直径が200nm以下の前記硫化銅の球相当直径の平均が130nm以下であり、球相当直径が200nm以下の前記硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合が14%以下であることを特徴とする請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
球相当直径が200nm以下の前記硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
球相当直径が200nm以下の前記硫化銅の球相当直径の平均が60nm以下であることを特徴とする請求項3に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
球相当直径が200nm以下の前記硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合が7%未満であることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項6】
Feの一部に代えて希土類元素(以下、「REM」と略記する。):0.0005%以上0.03%以下を含有し、かつREM含有量[質量%]を[REM]と表し、Cu含有量[質量%]を[Cu]と表したときに下記式(1)を満足する前記化学組成を有することを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれかに記載の無方向性電磁鋼板。
[REM]×[Cu]≧7.5×10-11 (1)
【請求項7】
Feの一部に代えてREM:0.003%以上0.03%以下を含有し、かつREM含有量[質量%]を[REM]と表し、Cu含有量[質量%]を[Cu]と表したときに、下記式(2)をさらに満足する前記化学組成を有することを特徴とする請求項に記載の無方向性電磁鋼板。
([REM]-0.003)0.1×[Cu]≦1.25×10-4 (2)
【請求項8】
球相当直径が200nm以下の前記硫化銅が含有されないことを特徴とする請求項1から請求項のいずれかに記載の無方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モーターの鉄芯等に用いられる無方向性電磁鋼板の鉄損を下げてエネルギーロスを少なくし、電気機器の効率化を図り省エネに寄与でき、さらにまた、歪取り焼鈍後の鉄損にも優れた無方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板がモーターの鉄芯等に用いられるときには、需要家によって鋼板を所定の形状に打ち抜く加工が行われる場合がある。この場合の打ち抜き精度については、鋼板の結晶粒が小さいほど良く、結晶粒径は例えば40μm以下が好ましい。一方、製品の磁気特性、特に鉄損については、鋼板の結晶粒が大きいほど低下するので、結晶粒径は例えば100μmを超える程度が好ましい。この相反する要求を満たすため、製品板の結晶粒が小さいまま出荷し、需要家の打ち抜き加工の後に歪取り焼鈍を行って、結晶粒を成長させる方策が用いられている。近年、需要家より低鉄損材の要求が強く、また需要家の生産性向上によって歪取り焼鈍の短時間化が志向されてきており、結晶粒成長性がさらに良好な鋼板の要求が増大してきた。
【0003】
結晶粒成長を阻害する主たる要因のひとつは、鋼内に析出する微細な介在物である。鋼内に含まれる介在物の個数がより多くなるほど、また大きさがより微細になるほど、結晶粒成長が阻害される。したがって、結晶粒成長性を良好にするために、介在物の個数を少なくすることはもちろん、介在物を粗大化させることが肝要である。
【0004】
無方向性電磁鋼板の結晶粒成長を阻害する介在物としては、シリカやアルミナ等の酸化物、硫化マンガンや硫化銅等の硫化物、窒化アルミや窒化チタン等の窒化物が知られている。以下、介在物とは、これらの酸化物、硫化物、窒化物等の非金属介在物を意味する。
【0005】
これら介在物のうち、硫化物は、圧延後の焼鈍において溶解した後に冷却過程で再析出し、個数が多く、かつ微細になり易いため、結晶粒成長を妨げる最大の要因となり易い。中でも、集合組織および鋼の強度等の制御に有効なCuを含有する無方向性電磁鋼板やスクラップや鉱石から不可避的に入るCuを含有する無方向性電磁鋼板に見られるCuSやCuS等の硫化銅は、他の硫化物、例えば約1100℃~1200℃で析出を開始する硫化マンガン等と比較して、析出開始温度が約1000℃~1100℃と比較的低い。よって、硫化銅は、圧延後の焼鈍においてより低温で溶解し再析出するため、より微細になり易く、それゆえに結晶粒成長性を低下させる作用が他の硫化物と比較してより大きいと考えられている。
【0006】
しかしながら、微細な硫化銅の形成を回避することは困難であると考えられてきた。そこで、Cuを含有する無方向性電磁鋼板においては、微細な硫化銅が存在することを前提として、微細な硫化銅を無害となる範囲内に制御する技術の開発が進められてきた。
【0007】
微細な硫化銅を無害となる範囲内に制御する技術としては、例えば、特許文献1~3等に開示されるように、希土類元素(以下、「REM」と略記することがある。)等の添加によってS(硫黄)を固定する技術が知られている。ここで、REMとは原子番号が57のランタンから71のルテシウムまでの15元素に原子番号が21のスカンジウムと原子番号が39のイットリウムを加えた合計17元素の総称である。この技術は、REMの強力な脱硫作用を活用する発明であり、鋼のS含有量に応じた所定量のREMを添加してREMの粗大な硫化物を形成することにより、微細な硫化銅等の硫化物の形成を抑制できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭51-62115号公報
【文献】特開平3-215627号公報
【文献】特開2006-118039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、このような微細な硫化銅を無害となる範囲内に制御する技術においては、高温での結晶粒成長性が良好となり、一般的な鋼板特性評価が行われる高磁場領域での鉄損は改善されるものの、実使用環境での重要度がより高い低磁場での鉄損は改善されなかった。
【0010】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避することによって、低磁場での鉄損を改善することができる無方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上述したような状況を踏まえ、上述した課題を解決する手法について鋭意研究を行った。
【0012】
まず、本発明者らは、Cuを含有する無方向性電磁鋼板において微細な硫化銅を無害となる範囲内に制御する上述したような技術を用いた場合には、高磁場領域(例えば1.5~1.7T程度)での鉄損が改善されるものの、さらに低磁場(例えば1.0~1.4T程度)での鉄損については改善する余地があると考え、その改善方法について鋭意研究を行った。その結果、熱延板焼純条件を所定の条件とすれば、微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避することが可能となる結果、低磁場での鉄損が改善されることを見出した。
【0013】
さらに、この原因について鋭意研究を行ったところ、微細な硫化銅の形成が極力抑制または回避されることにより、低磁場において、磁壁の移動性が急激に向上して透磁率が大きく改善されることが原因であることを見出した。
【0014】
本発明はこれらの知見を元になされたものであり、その要旨は、鋼板内における球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満であり、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.1%以上7.0%以下、Al:0.005%以上3.0%以下、Mn:0.1%以上2.0%以下、S:0.0005%以上0.005%以下、Cu:0.001%以上0.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有することを特徴とする無方向性電磁鋼板である。
【0015】
また、他の要旨は、Feの一部に代えて希土類元素(以下、「REM」と略記する。):0.0005%以上0.03%以下を含有し、かつREM含有量[質量%]を[REM]と表し、Cu含有量[質量%]を[Cu]と表したときに下記式(1)を満足する上記化学組成を有することを特徴とする上述した無方向性電磁鋼板である。
[REM]×[Cu]≧7.5×10-11 (1)
【0016】
また、他の要旨は、Feの一部に代えてREM:0.003%以上0.03%以下を含有し、かつREM含有量[質量%]を[REM]と表し、Cu含有量[質量%]を[Cu]と表したときに、下記式(2)をさらに満足する上記化学組成を有することを特徴とする上述した無方向性電磁鋼板である。
([REM]-0.003)0.1×[Cu]≦1.25×10-4 (2)
【0017】
また、他の要旨は、球相当直径が200nm以下の上記硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下であることを特徴とする上述した無方向性電磁鋼板である。
【0018】
また、他の要旨は、球相当直径が200nm以下の上記硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合が7%未満であることを特徴とする上述した無方向性電磁鋼板である。
【0019】
さらに、他の要旨は、球相当直径が200nm以下の上記硫化銅が含有されないことを特徴とする上述した無方向性電磁鋼板である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、低磁場での鉄損を改善することができる無方向性電磁鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】各試料の結晶粒径および高磁場鉄損Wの相関関係を示すグラフである。
図2】各試料の結晶粒径および低磁場鉄損Wの相関関係を示すグラフである。
図3】各試料の球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および低磁場鉄損Wの相関関係を示すグラフである。
図4】各試料の球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および該硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合の相関関係を示すグラフである。
図5】各試料の球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および該硫化銅の球相当直径の平均の相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、上述した通り、Cuを含有する無方向性電磁鋼板において低磁場での鉄損については改善する余地があると考え、その改善方法について鋭意研究を行った。その際に、本発明者らは微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避することができれば、低磁場での鉄損が低減するのではないかと推察した。さらに、本発明者らは、硫化銅は、硫化マンガン等のような他の硫化物と比較して析出開始温度が低いために、圧延後の焼鈍においてより低温で溶解し再析出するため、より微細となり易いとの知見に基づいて、熱延板焼純条件に工夫を加えれば、微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避することができるのではないかと推察した。
【0023】
本発明者らは、以上に説明した推察に基づいて、Cuを含有する無方向性電磁鋼板において、微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避した鋼板の特性を調査した。
【0024】
具体的には、質量%で、C:0.001%、Si:3.0%、Al:0.07%、Mn:0.3%、S:0.002%、Cu:0.07%を含有しており、REMを含有していないかまたはREM:0.010%を含有しており、残部がFeおよび不可避的不純物からなる各種の化学組成を有する溶鋼から、各種の製造条件により複数の無方向性電磁鋼板の試料を作製した。その上で、まず、本発明者らは、各試料について硫化銅の個数密度等の析出状態、鋼板の結晶粒径、および鉄損等の磁気特性を求めて、それらの相関関係を調査した。これらの調査結果を下記表1に示す。なお、下記表1において、[元素記号]は各元素の含有量[質量%]を意味し、[REM]はREMの含有量[質量%]を意味する。
【0025】
【表1】
【0026】
以下、上記表1に示した調査結果から作成した図を参照しながら、上記表1に示した調査結果について説明する。
図1は、各試料の結晶粒径および高磁場鉄損Wの相関関係を示すグラフである。図2は、各試料の結晶粒径および低磁場鉄損Wの相関関係を示すグラフである。ここで、結晶粒径[μm]は、各試料の鋼板の板厚断面を鏡面研磨してナイタールエッチングを施すことにより現出させた複数の結晶粒について投影面積に対する同一面積の円の直径を測定して平均したものであり、高磁場鉄損W[W/kg]とは、周波数50Hzにて磁束密度1.5Tで磁化した際の鉄損であり、低磁場鉄損W[W/kg]とは、周波数50Hzにて磁束密度1.0Tで磁化した際の鉄損である。
【0027】
図1に示されるように、結晶粒径および高磁場鉄損Wの相関関係は、従来から知られているように、結晶粒径の粗大化に従って高磁場鉄損が低下するものとなっていた。一方、図2に示されるように、低磁場鉄損Wについては結晶粒径との相関がほとんど見られなかった。
【0028】
このような結果を受けて、本発明者らは、低磁場鉄損Wと相関がある因子を調査した結果、低磁場鉄損Wは微細な硫化銅の個数密度と相関があることを見出した。図3は、各試料の球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および低磁場鉄損Wの相関関係を示すグラフである。ここで、硫化銅の球相当直径[nm]は、体積が硫化銅と等しい球体の直径を意味し、各試料の鋼板表面における所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズおよび形状から求めた。球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度[個/mm]は、各試料の鋼板表面における所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状から求めた。これらの硫化銅のサイズ、個数、および形状は、後述する方法で調査した。なお、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度は、より具体的には後述する式(3)により求められるNvとして求めた。
【0029】
図3に示されるように、低磁場鉄損Wは、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満にまで低減するのにともなって急激に低減した。また、このような低磁場鉄損Wの急激な低減は、磁束密度1.0Tでの透磁率である低磁場透磁率μ[H/m]の急激な上昇と高い相関を示すことを見出した。
【0030】
このような結果を受けて、本発明者らは、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および硫化銅の析出状態の相関関係をさらに調査した。この結果を説明する。図4は、各試料の球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および該硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合[%]の相関関係を示すグラフである。図5は、各試料の球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度および該硫化銅の球相当直径の平均[nm]の相関関係を示すグラフである。
【0031】
図4に示されるように、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満にまで低減した場合には、該硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合は非常に小さい値で安定した。
【0032】
一方、図5に示されるように、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満の領域では、該硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm以上の領域とは異なり、該硫化銅の個数密度の低減に従って、該硫化銅の球相当直径の平均が微細化し、100nm以下に達する。これは、該硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm以上の領域において一般的に知られている、該硫化銅の個数密度の低減に従って該硫化銅が粗大化する現象とは根本的に異なる現象である。
【0033】
さらにこれらの現象を上述した該硫化銅の個数密度および低磁場鉄損Wの相関関係と関連付けて考察して、該硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満となる領域での個数密度の低減にともなう低磁場鉄損Wの急激な低下は、一般的に該硫化銅の個数密度の低減および粗大化による高磁場鉄損の低下の原因とされる、結晶粒成長性の向上にともなう磁壁の移動性の向上が原因ではないと考えた。一方、このような低磁場鉄損Wの急激な低減が低磁場透磁率μの急激な上昇と高い相関を示すことを考慮に入れ、このような低磁場鉄損Wの急激な低減は、硫化銅自体が直接的に磁壁の移動性に作用したことが原因であると推察した。
【0034】
このように硫化銅自体が直接的に磁壁の移動性に作用することによって、低磁場での鉄損が低減されるメカニズムは、未解明な部分があるものの、以下のように推定される。
なお、本明細書においては、以下の推定メカニズムに基づいて本発明を説明している箇所があるが、該推定メカニズムは推定に過ぎないため、将来的に本発明の作用効果が該推定メカニズムとは異なるメカニズムにより発現していることが判明する可能性もある。しかしながら、そのように判明した知見は、本発明を否定するものではない。
【0035】
微細な硫化銅は、従来から結晶粒成長性を低下させる作用が特に大きい介在物として認識されており、微細な硫化銅の個数密度を低下させた場合には単調に結晶粒成長性が向上すると考えられている。これは、一般的に、ピニング効果と呼ばれている現象が原因である。ピニング効果とは、介在物が結晶粒界上に存在する場合には、結晶粒界の界面エネルギーを考える上では該領域には結晶粒界が存在しないことになるので、結晶全体での界面エネルギーが低下することにより、結晶粒界の配置が安定化して結晶粒界の移動性が低下する現象である。鋼板においては、硫化銅等を含む介在物の体積率が一定であれば、介在物が粗大化するほどピニング効果が小さくなるので、従来は、硫化銅等を含め、介在物を粗大化することでピニング効果を小さくすることによって、結晶粒成長性を向上させて磁壁の移動性を向上させていた。
【0036】
一方、上述した通り、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度を0.4×1010未満にまで低減した無方向性電磁鋼板においては、該硫化銅の個数密度の低減に従って該硫化銅が微細化するものの、低磁場鉄損Wが急激に低減した。よって、磁壁に対するピニング効果が大きくなったとは考えられない。
【0037】
これについては以下のように考えられる。つまり、磁壁が両側に磁壁より大きい硫化銅がはみ出すように位置した場合には、磁壁の両側にはみ出す硫化銅の部位には、地鉄の磁化とは反対の磁化が生じる上、磁壁を挟んで反対の磁気モーメントを生じることになるので、静磁エネルギーが低下する。これにより、硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が増大して低磁場での透磁率が低減する。無方向性電磁鋼板においては、磁壁の厚さが50~100nm程度になると考えられるため、球相当直径が200nm以下の硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下になるまで該硫化銅が微細化すると、磁壁からはみ出す部位の体積が急激に消失し、静磁エネルギーが低下することがなくなる。このため、該硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が急激に低減して磁壁の移動性が高まり、低磁場での透磁率が急激に上昇する。したがって、このような磁壁の移動性への阻害作用を考慮すると、該硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満となり該硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下となる場合には、該硫化銅を粗大化しても無害化することにはならず、該硫化銅の個数密度を低減することで、該硫化銅を微細化して磁壁からはみ出さないようにすることにより、硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用を低減させることができると推定される。この結果、低磁場での鉄損が低減されると推定される。
【0038】
以上に説明した通り、硫化銅の析出状態および磁気特性等の相関関係の調査結果から、球相当直径が200nm以下となるような微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避した無方向性電磁鋼板においては、低磁場での鉄損が低減されることを見出した。
【0039】
このような微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避した鋼板の特性の調査に続いて、本発明者らはそのような鋼板の製造条件を調査した。この結果、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度を極力抑制または回避し、さらに該硫化銅の球相当直径の平均を小さくするためには、熱延板焼鈍における昇温速度および冷却速度を50℃/秒以上とすることが有効であることを見出した。
【0040】
本発明者らは、以上に説明した新しい知見から本発明の無方向性電磁鋼板を完成させた。以下、本発明の無方向性電磁鋼板について詳細に説明する。
【0041】
本発明の無方向性電磁鋼板は、鋼板内における球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満であり、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.1%以上7.0%以下、Al:0.005%以上3.0%以下、Mn:0.1%以上2.0%以下、S:0.0005%以上0.005%以下、Cu:0.001%以上0.5%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有することを特徴とする。
【0042】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板における各構成および製造方法について詳細に説明する。
【0043】
1.球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度
鋼板内における球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度は、0.4×1010個/mm未満である。これにより、例えば、図3および図5に示されるように、該硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下になるまで該硫化銅が微細化する結果、該硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が急激に低減して低磁場での透磁率が急激に低減することにより、低磁場での鉄損を低減することができる。
【0044】
ここで、硫化銅の球相当直径は、体積が硫化銅と等しい球体の直径を意味し、鋼板表面における所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズおよび形状から求められる。球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度は、鋼板表面における所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状から求められる。これらの硫化銅のサイズ、個数、および形状を調査する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、以下に説明する本発明者らが用いた方法等が挙げられる。
【0045】
本発明者らが用いた方法では、まず、鋼板表面に形成されたスケール等の酸化皮膜等を化学的研磨または機械的研磨等により除去して鋼板表面を露出させ、さらに鋼板表面を鏡面研磨したサンプルを得る。この際には、鏡面研磨方法として、水分により溶解しやすい介在物または析出物を安定的に観察するために、最終仕上げ工程を油研磨で鏡面仕上げする方法を用いる。
【0046】
続いて、このようにして鏡面研磨したサンプルの鋼板表面に露出した硫化銅等の介在物をフィールドエミッション型走査型電子顕微鏡により観察する。この場合には、例えば、作動距離(WD)を10mm、加速電圧を15kV、倍率を100倍~200000倍として研磨面を測定する。また、鋼板表面を鏡面研磨したサンプルの代わりに薄膜を作製して観察してもよい。そして、所定面積の観察領域に存在する全ての介在物のサイズ、個数、および形状を測定する。なお、測定対象の介在物が硫化銅であるか否かは、介在物の組成をEDXおよびディフラクションパターン解析を用いて判定する。これにより、所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状を調査する。
【0047】
そして、本発明において、三次元のサイズである「硫化銅の球相当直径」とは、このように調査された硫化銅のサイズおよび形状から直接的に求められる二次元のサイズである「硫化銅の円相当直径」を1.27倍して換算したものである。なお、硫化銅は格子定数以下のサイズでは存在し得ないのは明らかであるが、安定的に存在し得る硫化銅核の球相当直径の下限値は10nm程度であるので、硫化銅のサイズ、個数、および形状を調査する時には、そのような下限値以上の硫化銅を観察することができる方法(例えば、倍率等)を選択すればよい。
【0048】
また、このような方法により調査した所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状から直接的に求められる硫化銅の個数密度は、単位面積当たりの個数密度[個/mm]となるが、本発明の規定には、「球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度」として、該単位面積当たりの個数密度を後述する硫化銅の球相当直径の平均値[mm]を用いて変換した単位体積当たりの個数密度[個/mm]が用いられる。
具体的には、球相当直径が200nm以下の硫化銅の単位面積当たりの個数密度をNs[個/mm]、該硫化銅の単位体積当たりの個数密度をNv[個/mm]、該硫化銅の球相当直径の平均値をD[mm]とした場合に、本発明の規定には、「球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度」として、下記式(3)により求められるNvが用いられる。
Nv=Ns/D (3)
【0049】
ここで、このような方法により硫化銅のサイズ、個数、および形状を調査する場合における留意点を説明する。観察領域が小さい場合には、本発明の規定に用いられる「球相当直径が200nm以下の硫化銅」が存在しない状況が想定される。反対に、鋼板全体における平均の個数密度を大きく上回るような個数密度で「球相当直径が200nm以下の硫化銅」が存在する状況も想定される。これらの状況においては、「球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度」として求められる値が、不当に低くなったり、あるいは不当に高くなったりするおそれがある。このようなことを回避するために、本発明の規定に用いられる硫化銅のサイズ、個数、および形状は、少なくとも200×10-6mmを超える面積を有する観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状とする。また、本発明の規定において「球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度」として用いられる上述したNv[個/mm]は、少なくとも200×10-6mmを超える面積を有する観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状から求められるものとする。このような面積を有する観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状を調査することで、上述したNv[個/mm]を0.05×1010個/mm未満の単位の精度で決定することが可能となる。
【0050】
また、球相当直径が200nm以下の硫化銅が含有されないことが好ましい。例えば、図3に示されるように、該硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が急激に低減して低磁場での透磁率が急激に低減することにより、低磁場での鉄損を低減する効果が顕著に得られるからである。
ここで、本発明において、「球相当直径が200nm以下の硫化銅が含有されない」とは、少なくとも200×10-6mmを超える面積を有する観察領域において球相当直径が200nm以下の硫化銅が存在しないことを意味する。より具体的には、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が、0.5×10個/mm未満であることを意味する。
【0051】
2.球相当直径が200nm以下の硫化銅の球相当直径の平均
本発明においては、球相当直径が200nm以下の硫化銅が含有されている場合には、該硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下であることが好ましい。例えば、図3および図5に示されるように、該硫化銅による磁壁の移動性への阻害作用が急激に低減して、低磁場での透磁率が急激に上昇することにより、低磁場での鉄損が低減される効果が顕著に得られるからである。
【0052】
3.長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合
本発明においては、球相当直径が200nm以下の硫化銅が含有されている場合には、球相当直径が200nm以下の硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合が7%未満であることが好ましい。球相当直径が200nm以下の硫化銅の中でも長径/短径比が2を超える硫化銅は、細長い棒状の形態であるために磁壁の両側にはみ出す部位の体積が大きくなるから、静磁エネルギーによる磁壁の移動性への阻害作用が急激に大きくなる懸念があるからである。
【0053】
ここで、球相当直径が200nm以下の硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合は、鋼板表面における所定面積の観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状から求められる。また、本発明において、三次元のサイズ比である「球相当直径が200nm以下の硫化銅の長径/短径比」は、所定面積の観察領域に存在する該硫化銅のサイズおよび形状から直接的に求められる二次元のサイズ比である「該硫化銅の長径/短径比」と同一であるとして求められる。これらの硫化銅のサイズ、個数、および形状を調査する方法は、上述した「1.球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度」の項目において説明した方法と同様であるため、ここでの説明は省略する。
【0054】
なお、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満である場合には、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm以上である場合と比較して、該硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合は7%未満になることが多い。中でも、該硫化銅の球相当直径の平均が100nm以下である場合には、この傾向が特に顕著である。
【0055】
また、長径/短径比の閾値として「2」を用いたのは、実用的かつ簡便な指標であるという理由からである。このため、球相当直径が200nm以下の硫化銅のうち長径/短径比が1.0超2.0未満の硫化銅の個数の割合が7%未満である鋼板でも、類似する効果が得られ、このような鋼板が本発明から排除されることはない。
【0056】
硫化銅の形態が棒状に変化する基本的なメカニズムは、明確ではないが、SがREMによって優先的に固定されている状況では、Cu含有量の増加は新たな硫化銅の形成を生じ難く、既存の硫化銅の成長を促進するように作用するため、硫化銅の優先成長方向に伸びた細長い形態となり易くなるものと考えられる。
このことは、硫化銅の形態が、鋼中のREM含有量およびCu含有量の関係式の影響を受けることとも関係する。関係式については、式(1)および式(2)として後述する。
【0057】
4.化学組成
本発明の無方向性電磁鋼板の化学組成およびその測定方法について説明する。該化学組成とは、本発明の無方向性電磁鋼板を構成する鋼の組成である。以下において、成分の含有量は質量%での値である。
(1)化学組成
化学組成について、各成分の含有量および限定理由を中心に説明する。
【0058】
a.C
C含有量が0.01%を超えると、磁気特性に有害となるばかりか析出による磁気時効が著しくなるので、C含有量は0.01%以下とする。また、このような観点から、Cは含有されないものとしてもよいが、コストの観点からC含有量は1ppm~5ppm程度としてもよい。
【0059】
b.Si
Siは、鉄損を低減する元素である。Si含有量が0.1%未満の場合には鉄損が劣化し、Si含有量が7.0%を超えるようにSiを含有させることは工業的に困難であり、コスト高となるため、Si含有量は0.1%以上7.0%以下とする。
【0060】
c.Al
Alは、Siと同様に鉄損を低減する元素である。Al含有量が0.005%未満の場合には鉄損が劣化し、Al含有量が3.0%を超えるようにAlを含有させると、コストの増加が著しくなるため、Al含有量は0.005%以上3.0%以下とする。
【0061】
d.Mn
Mn含有量は、鋼板の硬度を向上させて打ち抜き精度を改善させる観点から0.1%以上とする。また、Mn含有量は経済的理由から2.0%以下とする。
【0062】
e.S
Sは、硫化銅や硫化マンガン等の硫化物を形成して結晶粒成長を阻害することにより、鉄損を劣化させる。このような観点、および希土類元素(以下、「REM」と略記する。)を含有させた場合にはSがREMにより固定される観点から、S含有量は0.005%以下とする。また、脱硫にかかるコストの増加を抑制するために、S含有量は0.0005%以上とする。
【0063】
f.Cu
Cu含有量が0.5%を超えると、鋼板にヘゲ疵が発生する可能性が高くなり、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が増加するおそれがある。このため、Cu含有量は0.5%以下とする。一方、Cu含有量の下限は特に限定されるものではないが、本発明は硫化銅の形態を制御して発明効果を得るものであるから、Cuは必須の元素である。本発明の効果が得られる観点、さらには鋼板の集合組織や強度等の制御に有効となる観点から、Cu含有量は0.001%以上とする。なお、本発明におけるCuは、意図的に添加したものに限らず、鉄鉱石やスクラップなどの原料から不可避的に混入するものも含む。
【0064】
g.残部
残部はFeおよび不可避的不純物である。不可避的不純物のうち結晶粒成長を阻害するTi、V、Nb、Zr等は極力低減することが望ましく、それぞれ0.008%以下とすることが好ましい。
【0065】
h.REM
上述した化学組成としては、Feの一部に代えてREM:0.0005%以上0.03%以下を含有し、かつREM含有量[質量%]を[REM]と表し、Cu含有量[質量%]を[Cu]と表したときに下記式(1)を満足するものが好ましい。
[REM]×[Cu]≧7.5×10-11 (1)
【0066】
ここで、本発明において、REM含有量とは、REMを一種のみを含有する場合には、該一種のREMの含有量を意味し、REMを二種以上を含有する場合には、該二種以上のREMの合計の含有量を意味する。
【0067】
Feの一部に代えてREMを含有させることは、Cuよりも優先してREMがSと結合することで、微細な硫化銅の形成を抑制することができるので好ましい。一方、REM含有量が多過ぎる場合には、REM硫化物が粗大化し磁壁の両側にはみ出す部位が大きくなるため、磁壁の移動を阻害し低磁場での鉄損が増大するといった静磁エネルギー面の害が生じる懸念がある。このため、REM含有量は0.0005%以上0.03%以下とすることが好ましい。
【0068】
一般的に、無方向性電磁鋼板において、結晶粒成長性を高めるためには、例えば、硫化銅を形成するCuやREM硫化物を形成するREM等の含有量については、硫化物を粗大化させることができるように制御されている。
【0069】
しかしながら、上述したように、REMは、微細な硫化銅の形成を抑制して結晶粒成長性および低磁場での鉄損を改善する作用を有するとともに、REM硫化物を粗大化させる結果、静磁エネルギー面の害を生じさせる。そこで、微細な硫化銅に関する改善作用を得ることができると同時に、REM硫化物を原因とする静磁エネルギー面の害を抑制することができる化学組成の条件について、本発明者らが鋭意研究を行った。
【0070】
その結果、REM含有量を上述した範囲内にした場合において、REM含有量およびCu含有量が上記式(1)を満足するようにした場合には、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度を低減することができ、かつ該硫化銅の球相当直径の平均を小さくすることにより、結晶粒成長性および低磁場での鉄損を十分に改善する作用を得ることができると同時に、REM硫化物の粗大化を抑制することにより、REM硫化物を原因とする静磁エネルギー面の害を十分に抑制することができることを見出した。
【0071】
さらに、上記式(1)を満足する化学組成としては、Feの一部に代えてREM:0.003%以上0.03%以下を含有し、かつREM含有量[質量%]を[REM]と表し、Cu含有量[質量%]を[Cu]と表したときに、下記式(2)をさらに満足するものが好ましい。
([REM]-0.003)0.1×[Cu]≦1.25×10-4 (2)
【0072】
上記式(2)は特に、前述の硫化銅の長径/短径比と関連する式である。前述のように硫化銅の形態が棒状になるのは、REMによるSの優先的な固定が原因と考えられるが、REM含有量が比較的低い領域、すなわち0.0005≦[REM]<0.003の場合には、REMによるSの固定作用は小さく、Cu含有量の増加は硫化銅の成長を優先成長方向に限定するようになるまでにはならない。このため、REM含有量およびCu含有量が上記式(1)を満足するだけでも、長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合を小さくして結晶粒成長性および低磁場での鉄損を十分に改善する作用を得ることが比較的容易である。
【0073】
一方、REM含有量が比較的高い領域、すなわち0.003≦[REM]≦0.03の場合には、REMによるSの固定作用が強く、Cu含有量の増加は硫化銅の成長を優先成長方向に強く限定するようになる。このため、REM含有量およびCu含有量が上記式(1)に加え、上記式(2)を満足することが、長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合を小さくして結晶粒成長性および低磁場での鉄損を十分に改善する作用を得るために好ましい条件となる。
【0074】
(2)化学組成の測定方法
化学組成を構成する各成分の含有量は、成分の種類に応じて、一般的な方法を用いて一般的な測定条件により測定することができる。
【0075】
Cu、Si、Al、Mn、およびREMの含有量は、例えば、ICP-MS法(誘導結合プラズマ質量分析法)を用いて測定することができる。CおよびSの含有量は、例えば、燃焼赤外線吸収法により測定することができる。N含有量は、加熱融解-熱伝導法により測定することができる。
【0076】
無方向性電磁鋼板に後述する絶縁被膜等の膜が形成されていない場合には、無方向性電磁鋼板の一部を切子状にして秤量し、測定用試料とする。無方向性電磁鋼板に後述する絶縁被膜等の膜が形成されている場合には、予め絶縁被膜等の膜を除去した上で、無方向性電磁鋼板の一部を切子状にして秤量し、測定用試料とする。
【0077】
絶縁被膜等の膜が形成された無方向性電磁鋼板から絶縁被膜等の膜を除去する方法としては、例えば、以下の方法等が用いられる。
【0078】
まず、絶縁被膜等の膜が形成された無方向性電磁鋼板を、水酸化ナトリウム水溶液(NaOH:10質量%+HO:90質量%)に80℃で15分間浸漬する。次に、硫酸水溶液(HSO:10質量%+HO:90質量%)に80℃で3分間浸漬する。次に、硝酸水溶液(HNO:10質量%+HO:90質量%)に常温(25℃)で1分間弱浸漬して洗浄する。最後に、温風のブロアーで1分間弱、乾燥する。これにより、絶縁被膜等の膜が除去された鋼板を得ることができる。
【0079】
5.無方向性電磁鋼板の製造方法
以下、本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法の一例について、製鋼段階および圧延段階に分けて説明する。
なお、本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、以下に説明する一例に限定されるものではなく、本発明の無方向性電磁鋼板を製造することができるものであって、本発明の効果を奏するものであれば、いかなる製造方法でもよい。
【0080】
(1)製鋼段階
製鋼段階においては、上述した化学組成を有する溶鋼を溶製した後に、該溶鋼を連続鋳造またはインゴット鋳造によりスラブ等の鋳片にする。
【0081】
以下において、上述した化学組成が、Feの一部に代えてREM:0.0005%以上0.03%以下を含有し、かつ上記式(1)を満足するものである場合における製鋼段階の好適な条件について説明する。
【0082】
このようなREMを含有する化学組成を有する鋼を溶製するためにCuを含有する溶鋼を転炉や二次精錬炉等の常法により精錬するときには、スラグの酸化度、すなわちスラグ中のFeO+MnOの質量比を3.0%以下の範囲内とすることが好ましい。スラグの酸化度が3.0%超えると、スラグからの酸素の供給によって溶鋼内のREMが不必要に酸化されて酸化物のみが形成され、REM硫化物ないしREM酸硫化物等が形成されなくなるため、鋼内のSがREMにより十分に固定されなくなるからである。
【0083】
なお、REMは、例えば、含REM合金、ミッシュメタル、鉄シリコンREM合金等のREM合金を、ショット、ブロック、ワイヤー等の形態で、例えば、RHプロセス等において溶鋼等に供給することによって添加される。
【0084】
また、上述したようなREMを含有する化学組成を有する鋼を溶製する場合には、鋼内のSがREMにより十分に固定されなくなることを回避する観点からは、炉材耐火物等を吟味して外来性の酸素源を極力排除することも重要である。さらに、上述したREM合金をRHプロセス等において溶鋼等に供給することでREMを添加してから、出鋼して鋳造するまでの間に、雰囲気等を酸素源とする酸化によって鋼内のREMの一部が不可避的にREM酸化物を形成するが、不可避的に形成されたREM酸化物を鋳造前に浮上させて除去するに足る時間を保つため、REMを添加してから鋳造するまでの時間を10分以上おくことが好ましい。
【0085】
(2)圧延段階
圧延段階においては、まず、熱間圧延工程において、上述した鋳片に熱間圧延を施す。次に、熱延板焼鈍工程において、熱間圧延により得られた熱延鋼板に熱延板焼鈍を施す。次に、冷間圧延工程において、熱延板焼鈍により得られた熱延焼鈍板に、一回または中間焼鈍を挟む二回以上の冷間圧延を施して製品厚にする。次に、仕上げ焼鈍工程において、冷間圧延により得られた冷延鋼板に仕上げ焼鈍を施す。
【0086】
熱間圧延条件としては、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な条件でよい。
【0087】
熱延板焼純条件としては、600℃から800℃までの平均昇温速度を50℃/秒以上800℃/秒以下として、600℃以下の温度域から800℃以上1200℃以下の温度域の最高到達温度まで昇温して、該温度域に5秒間以上300秒間以下保持した後に、800℃から400℃までの平均冷却速度を50℃/秒以上800℃/秒以下として、最高到達温度から400℃以下の温度域まで冷却する条件とする。このような条件にすることにより、硫化銅が冷却過程で再析出することを抑制することができるので、微細な硫化銅の形成を極力抑制または回避して、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度を本発明の範囲内にすることができる。
【0088】
昇温速度を上述した特定の範囲内に制御するのは、上記温度範囲での昇温速度が上述した特定の範囲よりも小さい場合には、昇温過程において硫化銅の析出サイト数が低下し粗大化する結果、全体の静磁エネルギーが低下することにより、低磁場において鉄損が悪化する問題が生じ易くなるからである。昇温速度が上述した特定の範囲よりも大きい場合には、昇温過程において硫化銅の析出サイト数が増加し微細かつ多数となる結果、低磁場の鉄損が悪化するとともに、結晶粒成長性を阻害する問題が生じ高磁場特性も悪化し易くなるからである。また、冷却速度を上述した特定の範囲内に制御するのは、上記温度範囲での冷却速度が上述した特定の範囲よりも小さい場合には、冷却過程において再析出する硫化銅が粗大化する結果、全体の静磁エネルギーが低下し、低磁場の鉄損が悪化するからである。冷却速度が上述した特定の範囲よりも大きい場合には、冷却過程において再析出する硫化銅が微細かつ多数となる結果、低磁場の鉄損が悪化するとともに、結晶粒成長性を阻害し高磁場特性も悪化するからである。
【0089】
また、昇温速度を制御する温度域が600℃から800℃までであるのは、該温度域が硫化銅が溶解する温度域と重複するからである。冷却速度を制御する温度域が800℃から400℃までであるのは、硫化銅の析出温度域(核生成および成長初期)と重複するからである。また、800℃以上1200℃以下の温度域に5秒間以上300秒間以下保持するのは、熱延鋼板の結晶粒径を適度に粗大化し、冷延焼鈍後の磁気特性を確保するためである。
【0090】
冷間圧延条件としては、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な条件でよい。また、冷間圧延の圧下率は、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な圧下率でよい。
【0091】
仕上げ焼鈍条件としては、本発明の作用効果を得ることができれば特に限定されるものではなく、例えば、一般的な条件でよい。
【0092】
また、圧延段階においては、仕上げ焼鈍工程後に、仕上げ焼鈍により得られた鋼板表面にコーティング液を塗布し、焼き付けることによって、絶縁被膜を形成する絶縁被膜形成工程を有していてもよい。絶縁被膜は一般的に電磁鋼板を積層して使用する際の絶縁性を付与するものであり、絶縁被膜の種類は特に限定されない。絶縁被膜は有機成分から構成されるものでもよいし、無機成分から構成されるものでもよく、さらに有機成分および無機成分の両方から構成されるものでもよい。絶縁被膜を構成する無機成分としては、例えば、重クロム酸-ホウ酸系、リン酸系、シリカ系等が挙げられる。また、絶縁被膜を構成する有機成分としては、例えば、一般的なアクリル系、アクリルスチレン系、アクリルシリコン系、シリコン系、ポリエステル系、エポキシ系、フッ素系等の樹脂が挙げられる。また、塗装性を考慮した場合、好ましい樹脂は、エマルジョンタイプの樹脂である。加熱または加圧することにより接着能を発揮する絶縁被膜を形成してもよい。接着能を有する絶縁被膜としては、例えば、アクリル系、フエノール系、エポキシ系、メラミン系等の樹脂が挙げられる。絶縁被膜の膜厚は、特に限定されないが、一般的には片面当たり0.05μm~2μmである。また、他の絶縁被膜形成条件は、一般的なものでよい。
【実施例
【0093】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明する。なお、実施例の条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一例であり、本発明は実施例の条件に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0094】
下記表2に示す化学組成を有する試料No.1~試料No.43の溶鋼を溶解精錬により作製した後に、該溶鋼に連続鋳造を施すことにより、試料No.1~試料No.43の鋳片を得た。なお、REMを含有する化学組成を有する溶鋼を溶解精錬により作製する時には、LaおよびCeを合計で約95%含有した含REM合金をRHプロセスにおいて溶鋼に投入した。なお、下記表2において、[元素記号]は各元素の含有量[質量%]を意味し、[REM]はREMの含有量[質量%]を意味する。
【0095】
次に、試料No.1~試料No.43の鋳片に熱間圧延を施して、板厚を3.0mmにすることにより、試料No.1~試料No.43の熱延鋼板を得た。
【0096】
次に、試料No.1~試料No.43の熱延鋼板の熱延鋼板に対して、600℃から800℃までの平均昇温速度を下記表2に示すようにして、600℃以下の温度域から800℃以上1200℃以下の温度域における下記表2に示す最高到達温度まで昇温して、該温度域に下記表2に示す保持時間だけ保持した後に、800℃から400℃までの平均冷却速度を下記表2に示すようにして、最高到達温度から400℃以下の温度域まで冷却する熱延板焼鈍を施した。これにより、試料No.1~試料No.43の熱延焼鈍板を得た。
【0097】
次に、熱延焼鈍板に対して、一回の冷間圧延を施して、板厚が0.50mmの冷延鋼板に仕上げた。次に、冷延鋼板に対して、850℃で30秒間保持する仕上焼鈍を施した。次に、仕上焼鈍後の冷延鋼板の鋼板表面にコーティング液を塗布し、焼き付けることによって、絶縁被膜を形成した。これにより、試料No.1~試料No.43の無方向性電磁鋼板を作製した。
【0098】
このように作製した試料No.1~試料No.43の鋼板の結晶粒径を求めたところ、いずれも30μm~33μmの範囲内であった。これらの結晶粒径は、各試料の鋼板の板厚断面を鏡面研磨してナイタールエッチングを施すことにより現出させた複数の結晶粒について投影面積に対する同一面積の円の直径を測定して平均する方法によって求めた。
【0099】
続いて、試料No.1~試料No.43の鋼板に対して、従来一般的に施されている歪取り焼鈍よりも短時間の歪取り焼鈍として、750℃で1時間30分保持する歪取り焼鈍を施した。その後、試料No.1~試料No.43の歪取り焼鈍後の鋼板について、鋼板内における球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度、該硫化銅の球相当直径の平均、および該硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合を測定した。これらは、各試料の鋼板内における硫化銅のサイズ、個数密度、および形状を上述した方法により調査することによって求めた。この際には、少なくとも200×10-6mmを超える面積を有する観察領域に存在する硫化銅のサイズ、個数、および形状を、上述した方法によって調査した。これらの結果を下記表2に示す。
【0100】
また、試料No.1~試料No.43の歪取り焼鈍後の鋼板の結晶粒径を求めた。これらの結晶粒径は、上述した歪取り焼鈍前の鋼板の結晶粒径の方法と同様の方法によって求めた。さらに、試料No.1~試料No.43の歪取り焼鈍後の鋼板について、周波数50Hzにて最大磁束密度1.5Tで磁化した際の鉄損(高磁場鉄損)W[W/kg]、磁束密度1.0Tでの透磁率(低磁場透磁率)μ[mH/m]、および周波数50Hzにて最大磁束密度1.0Tで磁化した際の鉄損(低磁場鉄損)W[W/kg]を測定した。これらの鉄損および透磁率は、各試料の鋼板を25cm長に切断してJIS-C-2550に示すエプスタイン法により測定した。これらの測定結果を下記表2に示す。
【0101】
【表2】
【0102】
上記表2に示されるように、試料No.1~試料No.43において、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満である試料は、球相当直径が200nm以下の硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm以上である試料と比較して、低磁場透磁率μが上昇し、低磁場鉄損Wが低下する傾向が見られた。
【0103】
また、上記表2に示されるように、試料No.1~試料No.43のうち化学組成が本発明の範囲内である試料において、熱延板焼鈍条件が本発明の好ましい範囲内である試料は、硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm未満になったのに対して、熱延板焼鈍条件が本発明の好ましい範囲外である試料は、硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm以上になった。
【0104】
また、上記表2に示されるように、試料No.1~試料No.43のうちCu含有量が本発明の上限を超える試料は、熱延板焼鈍条件が本発明の好ましい範囲内であるか否かにかかわらず、硫化銅の個数密度が0.4×1010個/mm以上になった。
【0105】
また、上記表2に示されるように、REM含有量が本発明の好ましい上限を超える試料No.26および27は、それぞれREM含有量が本発明の好ましい範囲内である試料No.24および25と比較して、低磁場透磁率μが低下し、低磁場鉄損Wが増加した。これは、REM含有量が多過ぎることで、REM硫化物が粗大化することにより、磁壁の両側にはみ出すREM硫化物の部位が大きくなる結果、静磁エネルギーが低下して該REM硫化物による磁壁の移動性への阻害作用が増大したことが原因であると考えられる。
【0106】
また、上記表2に示されるように、REM含有量およびCu含有量が上記式(1)を満足しない(化学組成の評価1が「×」である)試料No.17および19は、それぞれREM含有量およびCu含有量が上記式(1)を満足する(化学組成の評価1が「○」である)試料No.16および18と比較して、低磁場透磁率μが低下し、低磁場鉄損Wが増加した。これは、REM含有量およびCu含有量が上記式(1)を満足しない結果、硫化銅の個数密度の低減や球相当直径の微細化が不十分となり、結晶粒成長性および静磁エネルギーを加味した低磁場での鉄損を十分に改善する作用を得ることができなかったことが原因であると考えられる。
【0107】
さらに、上記表2に示されるように、REM含有量およびCu含有量が上記式(2)を満足しない(化学組成の評価2が「×」である)試料No.21、23、および25は、それぞれREM含有量およびCu含有量が上記式(2)を満足する(化学組成の評価2が「○」である)試料No.20、22、および24と比較して、低磁場透磁率μが低下し、低磁場鉄損Wが増加した。これは、REM含有量およびCu含有量が上記式(2)を満足しない結果、硫化銅の個数密度の低減や球相当直径の微細化が不十分となるとともに、球相当直径が200nm以下の硫化銅のうち長径/短径比が2を超える硫化銅の個数の割合が十分に小さくならず、低磁場での鉄損を十分に改善する作用を得ることができなかったことが原因であると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5