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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】耐食性耐摩耗鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221122BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20221122BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221122BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20221122BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/00 301H
C22C38/38
C22C38/60
C21D8/02 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018127493
(22)【出願日】2018-07-04
(65)【公開番号】P2020007589
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】澤村 充
(72)【発明者】
【氏名】長澤 慎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 実
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 妃奈
(72)【発明者】
【氏名】金子 道郎
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-202192(JP,A)
【文献】特開2017-155329(JP,A)
【文献】特開2016-125065(JP,A)
【文献】特開平11-071631(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/38
C22C 38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10%以上、0.35%以下、
Si:1.00%超、2.00%以下、
Mn:0.10%以上、2.00%以下、
P:0.0200%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:0.05%超、2.00%以下、
Al:0.010%以上、0.100%以下、
N:0.0020%以上、0.0100%以下、
B:0.0003%以上、0.0030%以下
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、下記式(1)を満足する、耐食性耐摩耗鋼板。
H≧235+706[C](1-0.3[C]2)・・・ (1)
式中、Hは前記耐食性耐摩耗鋼板の表層部硬度(HV)を表し、[C]は前記Cの含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
さらに、質量%で、
Mo:1.00%以下、
W:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cu:1.00%以下、
Sn:0.20%以下、
Sb:0.20%以下
の1種または2種以上を含有する、請求項1に記載の耐食性耐摩耗鋼板。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Ti:0.025%以下、
V:0.200%以下、
Nb:0.050%以下
の1種または2種以上を含有する、請求項2に記載の耐食性耐摩耗鋼板。
【請求項4】
質量%で、
Al:0.010%以上、0.080%以下、
さらに、質量%で、
Ca:0.050%以下、
Mg:0.050%以下、
REM:0.100%以下
の1種または2種以上を含有する、請求項2または3に記載の耐食性耐摩耗鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性が要求される環境下で使用される耐摩耗性に優れた鋼板(耐食性耐摩耗鋼板)に関する。
【背景技術】
【0002】
土木、鉱山などにおける建設機械、産業機械などの用途には、過酷な摩耗環境下でも、長期間に亘って使用できる耐摩耗鋼板が求められている。建設機械、産業機械が使用される環境は水分を含んだ湿潤環境であることも多く、鋼材には耐摩耗性のみならず耐食性との両立が求められる。このような耐食性と耐摩耗性との両立のため、化学成分などが工夫された鋼材が提案されている(例えば、特許文献1~4、参照)。
【0003】
特許文献1~4に記載の発明は、低温靱性および耐食性を有するとされる耐摩耗性鋼板に関するものである。特許文献1では、耐食性と焼入れ性に有効なCrおよびMoの鋼中固溶量を規定している。また、特許文献2では、焼入れ性の指標となる式を用いて化学組成を規定し、さらに焼入れままマルテンサイト相を主相とするなどの組織を規定している。特許文献3および4では、添加元素としてSb元素またはW元素を必須として規定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2014/045553号
【文献】国際公開第2014/045552号
【文献】特開2015-193873号公報
【文献】特開2016-222969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らによる検討の結果、従来、提案されているような化学組成の範囲において、Cr、Mo、Sbなどを含有する耐摩耗鋼板は、実際に湿潤環境で使用した際に、十分な耐食性および耐摩耗性を確保することができないことがわかった。また、鋼板の硬度を高めて耐摩耗性を向上させると、靭性は一般に低下することが知られている。本発明は、このような実情に鑑み、靭性に優れかつ耐食性と耐摩耗性とを両立することができ、特には湿潤環境においても耐食性と耐摩耗性とを両立することができる耐食性耐摩耗鋼板を提供することを解決すべき課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋼板の化学組成を適切に制御することで靭性の向上を実現し、一方で、耐食性と耐摩耗性に対する様々な検討を鋭意行ってきた。その結果、Si含有量を1.00%超とし、かつ、C含有量と表層部硬度Hとが、下記式(1)を満足することで鋼板の耐摩耗性および耐食性の両方が著しく向上することを見出した。下記式(1)において、表層部硬度Hは、鋼板の表面から板厚方向に1mm~3mmの範囲で測定したビッカース硬さの平均値(HV)であり、[C]は鋼板のC含有量(質量%)である。
H≧235+706[C](1-0.3[C]2)・・・ (1)
【0007】
より詳しく説明すると、鋼板の耐食性が向上する理由の1つは、Si含有量を1.00%超とすることで酸化皮膜の形成が促され、それによって湿潤環境における耐食性が向上するためと推定される。一方で、鋼板中に含まれる炭素(C)が耐食性の確保に有効な他の元素、例えばクロム(Cr)等と炭化物を形成して析出すると、当該他の元素の固溶量が減少して鋼板の耐食性が低下することが一般に知られている。したがって、鋼板の耐食性を向上させるためには、Si含有量を所定の範囲内に制御するだけでなく、このような炭化物の形成を抑制することも極めて重要である。加えて、当該炭化物の形成を抑制することで、マルテンサイトの硬さ向上に寄与する炭素の量を増やすことができるため、鋼板中のC含有量に見合った耐摩耗性を達成することが可能となる。
【0008】
そこで、本発明者らは、上記のような炭化物の形成が抑制されているか否かに加えて、鋼板中に含まれる炭素がマルテンサイトの硬さ向上に十分に寄与しているか否かを判断するための指標として上記式(1)を使用した。そして、本発明者らは、鋼板の表層部硬度Hが上記式(1)を満足するように鋼板の化学組成および熱間圧延後の熱処理等を適切に制御することにより、当該式(1)を満足しない鋼板と比較して、耐食性と耐摩耗性の両方が顕著に改善された鋼板を提供することが可能となることを見出した。本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0009】
[1]質量%で、
C:0.10%以上、0.35%以下、
Si:1.00%超、2.00%以下、
Mn:0.10%以上、2.00%以下、
P:0.0200%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:0.05%超、2.00%以下、
Al:0.010%以上、0.100%以下、
N:0.0020%以上、0.0100%以下、
B:0.0003%以上、0.0030%以下
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、下記式(1)を満足する、耐食性耐摩耗鋼板。
H≧235+706[C](1-0.3[C]2)・・・ (1)
式中、Hは前記耐食性耐摩耗鋼板の表層部硬度(HV)を表し、[C]は前記Cの含有量(質量%)を表す。
[2]さらに、質量%で、
Mo:1.00%以下、
W:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cu:1.00%以下、
Sn:0.20%以下、
Sb:0.20%以下
の1種または2種以上を含有する、上記[1]に記載の耐食性耐摩耗鋼板。
[3]さらに、質量%で、
Ti:0.025%以下、
V:0.200%以下、
Nb:0.050%以下
の1種または2種以上を含有する、上記[1]または[2]に記載の耐食性耐摩耗鋼板。
[4]さらに、質量%で、
Ca:0.050%以下、
Mg:0.050%以下、
REM:0.100%以下
の1種または2種以上を含有する、上記[1]~[3]の何れか1項に記載の耐食性耐摩耗鋼板。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、靭性に優れかつ耐食性と耐摩耗性とを両立することができる耐食性耐摩耗鋼板であって、特には湿潤環境においても使用可能な耐食性耐摩耗鋼板の提供が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[耐食性耐摩耗鋼板]
以下、本発明の実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板について詳細に説明する。まず、化学組成について説明する。なお、特に断りのない限り、%は質量%を意味する。
【0012】
<C:0.10%以上、0.35%以下>
Cは、硬度の確保に有効な元素であり、C含有量を0.10%以上とする。C含有量は、好ましくは0.12%以上、より好ましくは0.15%以上とする。一方、C含有量が0.35%を超えると、硬度の上昇によって靱性劣化するため、0.35%以下とする。C含有量は、好ましくは0.30%以下、より好ましくは0.28%以下とする。
【0013】
<Si:1.00%超、2.00%以下>
Siは、硬度の向上に有効な元素であり、耐食性の確保にも極めて重要な元素であるため、Si含有量を1.00%超とする。Si含有量は、好ましくは1.05%以上、より好ましくは1.08%以上とする。一方、Si含有量が2.00%を超えると、靱性を阻害するため、2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.80%以下、より好ましくは1.50%以下とする。
【0014】
<Mn:0.10%以上、2.00%以下>
Mnは、焼入れ性を高め、硬度、靭性を向上させる元素であり、Mn含有量を0.10%以上とすることが必要である。好ましくはMn含有量を0.20%以上、より好ましくは0.50%以上とする。一方、Mnを過剰に含有させると、靭性が低下し、また、セメンタイトの形成を促進し、結果的に耐食性低下を生じやすくなるため、Mn含有量を2.00%以下とする。好ましくはMn含有量を1.80%以下、より好ましくは1.60%以下とする。
【0015】
<P:0.0200%以下(0%を含む)>
Pは不純物であり、靱性や加工性を低下させるため、P含有量を0.0200%以下とする。好ましくはP含有量を0.0150%以下、より好ましくは0.0100%以下とする。P含有量の下限は0%が好ましいが、製造コストの観点から、P含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0016】
<S:0.0100%以下(0%を含む)>
Sも不純物であり、靱性を低下させることから、S含有量を0.0100%以下とする。好ましくはS含有量を0.0070%以下、より好ましくは0.0050%以下、より一層好ましくは0.0030%以下とする。S含有量の下限は0%が好ましいが、製造コストの観点から、S含有量は0.0001%以上であってもよい。
【0017】
<Cr:0.05%超、2.00%以下>
Crは焼入れ性を高め、硬度を向上させる元素であり、耐食性にも有効な元素であり、0.05%超を含有させることが必要である。好ましくはCr含有量を0.20%以上、より好ましくは0.50%以上とする。一方、Crを過剰に含有させると、靱性が低下するため、Cr含有量を2.00%以下とする。好ましくはCr含有量を1.70%以下、より好ましくは1.50%以下とする。
【0018】
<Al:0.010%以上、0.100%以下>
Alは、脱酸剤として有効な元素である。また、AlはNとAlNを形成し、結晶粒を微細化させて、靱性を向上させるため、Al含有量を0.010%以上とする。好ましくはAl含有量を0.020%以上、より好ましくは0.030%以上とする。一方、Alを過剰に含有させると靭性の低下を生じるため、Al含有量を0.100%以下とする。好ましくはAl含有量を0.080%以下、より好ましくは0.070%以下とする。
【0019】
<N:0.0020%以上、0.0100%以下>
Nは、AlやTiと窒化物を形成し、結晶粒を微細化させて、靱性を向上させる元素であるため、N含有量を0.0020%以上とする。好ましくはN含有量を0.0030%以上、より好ましくは0.0040%以上とする。一方、Nを過剰に含有する場合は、粗大な窒化物が生成し、靭性を低下させるため、N含有量を0.0100%以下とする。好ましくはN含有量を0.0080%以下、より好ましくは0.0060%以下とする。
【0020】
<B:0.0003%以上、0.0030%以下>
Bは、鋼の焼入れ性を顕著に高め、硬度、靭性の向上に有効な元素であり、B含有量を0.0003%以上とする。好ましくはB含有量を0.0005%以上、より好ましくは0.0007%以上とする。より一層好ましくは0.0010%以上とする。一方、Bを過剰に含有する場合は硼化物を形成し、焼入れ性が低下し、硬度を確保できなくなるため、B含有量を0.0030%以下とする。好ましくはB含有量を0.0028%以下、より好ましくは0.0026%以下とする。
【0021】
さらに、耐食性を向上させるために、Mo、W、Ni、Cu、Sn、Sbの1種または2種以上を含有させることができる。
【0022】
<Mo:1.00%以下>
<W:1.00%以下>
Mo、Wは、耐食性を向上させ、硬度を向上させる元素である。Mo、Wの含有量は0%でもよいが、効果を得るために0.05%以上とすることが好ましい。一方、Mo、Wの含有量が1.00%を超えると靱性が低下するため、1.00%以下とする。好ましくはMo、Wの含有量を0.80%以下、より好ましくは0.60%以下とする。
【0023】
<Ni:1.00%以下>
Niは、鋼の焼入れ性を高めて、硬度の向上に寄与する元素であり、耐食性を向上させる元素でもある。Niの含有量は0%でもよいが、効果を得るために、0.03%以上を含有させてもよい。より好ましくはNi含有量を0.10%以上、より一層好ましくは0.20%以上とする。一方、Niは高価な合金元素であるため、コストの観点から、Ni含有量は1.00%以下とする。より好ましくはNi含有量を0.95%以下、より一層好ましくは0.90%以下とする。
【0024】
<Cu:1.00%以下>
Cuは、鋼の焼入れ性を高める元素であり、耐食性を向上させる元素でもある。Cuの含有量は0%でもよいが、効果を得るために、0.03%以上を含有させてもよい。より好ましくはCu含有量を0.10%以上、より一層好ましくは0.20%以上とする。一方、Cuは熱間加工性や溶接性を低下させるため、Cu含有量は1.00%以下とする。より好ましくはCu含有量を0.95%以下、より一層好ましくは0.90%以下とする。
【0025】
<Sn:0.20%以下>
<Sb:0.20%以下>
Sn、Sbは、耐食性を高める元素である。Sn、Sbの含有量は0%でもよいが、効果を得るために、0.01%以上を含有させてもよい。一方、Sn、Sbを過剰に含有させた場合には靱性を低下させるため、Sn、Sbの含有量は各々0.20%以下とする。耐食性および靭性のバランスを考慮すると、Sn、Sbの含有量は、0.15%以下が好ましい。
【0026】
さらに、硬度や靱性などの機械的性質を向上させるために、Ti、V、Nbの1種または2種以上を含有させることができる。
【0027】
<Ti:0.025%以下>
Tiは、TiNを形成し、結晶粒を微細化させて、靱性を向上させる元素である。Tiの含有量は0%でもよいが、効果を得るために、0.005%以上を含有させてもよい。より好ましくはTi含有量を0.007%以上、より一層好ましくは0.010%以上とする。一方、Tiを過剰に含有させると靭性を低下させることがあるため、Ti含有量は0.025%以下とする。より好ましくは0.020%以下、より一層好ましくは0.015%以下とする。
【0028】
<V:0.200%以下>
Vは、硬度の向上に寄与する元素である。Vの含有量は0%でもよいが、効果を得るために、0.010%以上を含有させてもよい。より好ましくはV含有量を0.020%以上、より一層好ましくは0.040%以上とする。一方、Vを過剰に含有させると、靭性を低下させることがあるため、V含有量は0.200%以下とする。より好ましくはV含有量を0.180%以下、より一層好ましくは0.160%以下とする。
【0029】
<Nb:0.050%以下>
Nbは、窒化物の形成や再結晶の抑制によって結晶粒の細粒化に寄与する元素であるNbの含有量は0%でもよいが、靱性を向上させるために、0.005%以上を含有させてもよい。より好ましくはNb含有量を0.007%以上、より一層好ましくは0.010%以上とする。一方、Nbを過剰に含有させると靭性を低下させることがあるため、Nb含有量は0.050%以下とする。より好ましくはNb含有量を0.030%以下、より一層好ましくは0.020%以下とする。
【0030】
さらに、介在物の形態等を制御するために、Ca、Mg、REM(希土類金属:Rare-Earth Metal)の1種または2種以上を含有させることができる。
【0031】
<Ca:0.050%以下>
<Mg:0.050%以下>
<REM:0.100%以下>
Ca、Mg、REMは、いずれもSと結合して硫化物を形成し、熱間圧延によって延伸しにくい介在物を形成する元素であり、主に靱性の改善に寄与する。Ca、Mg、REMの含有量は0%でもよいが、効果を得るためには、Ca含有量、Mg含有量は0.0005%以上、REM含有量は0.001%以上が好ましい。より好ましくはCa含有量、Mg含有量を0.0007%以上、REM含有量を0.002%以上とする。一方、Ca、Mg、REMを過剰に含有させると、粗大な酸化物を形成して靭性を低下させることがあるため、Ca含有量、Mg含有量は0.050%以下、REM含有量は0.100%以下とする。より好ましくはCa含有量、Mg含有量、REM含有量を0.020%以下、より一層好ましくは0.010%以下とする。
【0032】
本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板の化学成分の残部は、Feおよび不純物である。ここで、不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板の特性に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。ただし、本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板においては、不純物のうち、PおよびSについては、上述のように、上限を規定する必要がある。
【0033】
<表層部硬度H>
本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板では、表層部硬度H(HV)とC含有量(質量%)とが下記式(1)を満足することが必要である。
H≧235+706[C](1-0.3[C]2)・・・ (1)
上記式(1)の右辺は、炭化物を形成せずにマルテンサイトの硬さ向上に寄与するCの効果を示すものであり、[C]はC含有量である。より詳しく説明すると、鋼板中に含まれるCが耐食性の確保に有効な他の元素、例えばCr等と炭化物を形成して析出すると、当該他の元素の固溶量が減少して鋼板の耐食性が低下する。したがって、鋼板の耐食性を向上させるとともに耐摩耗性を確保するためには、このような炭化物の形成が抑制されたマルテンサイトを主体とする組織を形成することが極めて重要となる。さらに言えば、当該炭化物の形成を抑制することで、マルテンサイトの硬さ向上に寄与するCの量を増やすことができるため、鋼板中のC含有量に見合った耐摩耗性を達成することが可能となる。
【0034】
本発明者らは、このような知見に基づいて、鋼板の化学組成、特にはC含有量を様々に変化させるとともに、炭化物の形成を抑制するために熱間圧延後の焼入れ等の熱処理を適切に制御した実験を多数行った結果、鋼板の表層部硬度HとC含有量とが上記式(1)を満足する場合に、当該式(1)を満足しない鋼板と比較して、耐食性と耐摩耗性の両方が顕著に改善された鋼板を提供することが可能となることを見出した。鋼板の表層部硬度HとC含有量とが上記式(1)を満足しない場合には、鋼板中に含まれるCの一部が他の元素との炭化物の形成に消費され、得られる鋼板の耐食性が低下するとともに、マルテンサイトの硬さ向上に寄与するCの量も少なくなることから、同様に鋼板の耐摩耗性が低下してしまう。
【0035】
表層部硬度Hは、鋼板の板厚断面を測定面とした室温におけるビッカース硬さであり、JIS Z 2244:2009に準拠して測定する。より具体的には、表層部硬度Hは、鋼板の表面から板厚方向に1mm~3mmの範囲内で荷重を5kgfとして無作為に10点以上のビッカース硬さを測定し、それらの平均値を算出することによって決定される。表層部硬度Hは、425HV以上であれば極めて優れた耐摩耗性を得ることができ、650HV以下であれば極めて優れた靭性を得ることができる。
【0036】
本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板は、熱間圧延によって製造される鋼板である。板厚の上下限は特に規定しないが、10mm以上であってもよく、150mm以下としてもよい。
【0037】
[耐食性耐摩耗鋼板の製造方法]
本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板の製造方法について説明する。本実施形態において、上記の化学成分を有する鋼片は転炉・電気炉等の通常の精錬プロセスで溶製した後、連続鋳造法あるいは造塊-分塊法等の公知の方法で製造することができ、特に制限はない。
【0038】
本製造方法では、鋼を溶製し、鋳造した後、そのまま熱間圧延を行ってもよいが、鋼片を、一旦、室温まで冷却し、Ac3点以上の温度に再加熱して、熱間圧延を行ってもよい。Ac3点は、昇温によって鋼の組織がオーステナイトになる(オーステナイト変態が完了する)温度である。熱間圧延の加熱温度は、変形抵抗を低下させるために、好ましくは900℃以上、より好ましくは1000℃以上とする。一方、熱間圧延の加熱温度が高過ぎると、組織が粗大になり、鋼板の靭性が低下する場合があるため、1250℃以下が好ましい。より好ましくは加熱温度を1200℃以下、より一層好ましくは1150℃以下とする。
【0039】
熱間圧延は、降温によってフェライト変態が開始する温度であるAr3点以上で終了することが好ましい。Ac3点およびAr3点は、鋼片から試験片を採取し、加熱時および冷却時の熱膨張挙動から求めることができる。
【0040】
本製造方法では、熱間圧延後の冷却形態は特に制限しない。例えば、熱間圧延の終了後、そのまま水冷するか、または途中まで空冷した後に水冷してもよい。また、熱間圧延の終了後、一旦、空冷し、再加熱して焼入れしてもよい。好ましくは、熱間圧延後、直ちに250℃以下の温度まで焼入れるか、または、熱間圧延後、250℃以下の温度まで空冷された鋼板を、Ac3点以上の温度に再加熱し、250℃以下の温度まで焼入れる。ただし、鋼板は焼入れままとし、焼戻しなどの熱処理を施さないものとする。
【0041】
より詳しく説明すると、焼戻しを施した場合には、鋼板中に含まれる耐食性の確保に有効な元素、例えばCrやMo等が炭化物を形成し、これらの元素の固溶量が減少して鋼板の耐食性が低下する。また、このような炭化物の形成に起因してマルテンサイトの硬さ向上に寄与するCの量が減少し、その結果として鋼板の耐摩耗性も低下してしまう。したがって、本実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板の製造方法では、熱間圧延後の熱処理において、焼入れ後には焼戻しを行わないものとする。このような製造方法により、耐食性と耐摩耗性の両方が顕著に改善された本発明の実施形態に係る耐食性耐摩耗鋼板を製造することができる。
【0042】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例
【0043】
表1に示す化学成分を有する鋼を溶製し、鋳造後に表2に示す加熱温度(Ac3点以上)で鋼片を加熱し、その後、熱間圧延し、表2に示す冷却開始温度(Ar3点以上)で冷却を開始し、板厚20mmの鋼板を製造した。特に指定していない限りは、熱間圧延の終了後、直ちに水冷による焼入れを行い、冷却の停止温度は250℃以下とした。なお、250℃以下の温度まで冷却(焼入れ)した後、焼戻しは行わなかった。表2の冷却開始温度の(空冷)、(炉冷)は、それぞれ、熱間圧延の終了後、水冷を行わずに、空冷、炉冷を行ったことを意味する。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
本実施例で示される各特性は、以下の方法により決定した。
【0047】
(表層部硬度H)
表層部硬度Hは、得られた鋼板から試験片を採取し、板厚断面を試験面として、室温における表層部のビッカース硬さをJIS Z 2244:2009に準拠して測定することにより決定した。より具体的には、表層部硬度Hは、鋼板の表面から板厚方向に1mm~3mmの範囲内で荷重を5kgfとして無作為に10点のビッカース硬さを測定し、それらの平均値を算出することによって決定した。表層部硬度Hは、耐摩耗性の観点から425HV以上を良好と判断した。
【0048】
(靭性)
靭性は、鋼板の板厚方向で、表面から板厚の1/4位置からフルサイズのVノッチシャルピー試験片を切り出し、JIS Z 2242:2005に準拠して0℃のシャルピー吸収エネルギー(vE0)を測定することにより評価した。具体的には、0℃のシャルピー吸収エネルギーが15J以上である場合を靭性に優れるとして評価した。
【0049】
(耐食性)
耐食性評価のために長さ100mm、幅60mm、厚み5mmの試験片を作製し、試験片の表面にSa2.5(ISO 8501-1)以上になるようにブラスト処理を施した。これら試験片を用いて温度40℃、相対湿度98%に保持した試験槽内で耐食性評価を実施した。具体的には、人工海水を含有させた珪砂を試験片上に積載させた状態で試験槽内に1週間保持し、次に、試験片表面に付着した珪砂をスクレイパーで軽く除去した状態で試験槽内に1週間保持する工程を1サイクルとした。このサイクルを6サイクル実施後、さびをスクレイパーで除去し、クエン酸アンモニウムで除さびした。その後、試験前と試験後とでの重量変化を腐食量とした。それぞれの腐食量は炭素鋼(表2の例201)を100として相対量で評価し、80未満の場合を耐食性が良好であると判断した。
【0050】
結果を表2に示す。実施例1~11の鋼板は、化学成分が本発明の範囲内であり、式(1)を満足している。これらの鋼板は、何れも表層部硬度H、0℃のシャルピー吸収エネルギー(vE0)、および耐食性の評価が良好であり、それゆえ靭性に優れかつ耐食性と耐摩耗性の両方が改善されていることが明らかである。
【0051】
これに対し、比較例101の鋼板ではC含有量が不足しているため、表層部硬度Hが低下した。一方、比較例102および104の鋼板では、それぞれC含有量およびSi含有量が過剰であったために、表層部硬度Hは高い値が得られたものの靱性が低下した。また、比較例103および107の鋼板では、それぞれSi含有量およびCr含有量が不足しているために耐食性が低下した。さらに、Mn含有量が不足する比較例105、Mn含有量が過剰な比較例106、Cr含有量が過剰な比較例108の鋼板では靭性が低下した。
【0052】
比較例109の鋼板ではB含有量が不足し、一方で比較例110の鋼板ではB含有量が過剰であるため、焼入れ性が低下して式(1)を満足せず、靭性および耐食性が低下した。比較例111の鋼板では、焼入れを行わずに空冷したため、式(1)を満足せず、表層部硬度および耐食性が低下した。比較例112~118の鋼板では、Si含有量が不足しているため、耐食性が低下した。