(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】交流電動機の制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/22 20160101AFI20221122BHJP
【FI】
H02P21/22
(21)【出願番号】P 2018128516
(22)【出願日】2018-07-05
【審査請求日】2021-06-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】野村 尚史
(72)【発明者】
【氏名】彦根 修
【審査官】安池 一貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-124811(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1322240(KR,B1)
【文献】特開2011-036098(JP,A)
【文献】特開2018-093572(JP,A)
【文献】特開2015-223023(JP,A)
【文献】特開2008-228419(JP,A)
【文献】特開2002-252991(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力変換器により交流電動機に供給する電流及び電圧を制御する制御装置であって、
トルク指令値及び前記交流電動機の速度検出値に基づいて、第1の電流指令値を演算する第1の電流指令部と、
前記交流電動機の端子電圧の大きさが前記電力変換器の最大出力電圧以下の電圧制限値以下になり、かつ、前記第1の電流指令値と第2の電流指令値との偏差が最小になるように、前記第2の電流指令値を演算する第2の電流指令部と、
前記交流電動機の電流が前記第2の電流指令値に一致するように前記交流電動機の端子電圧を制御する端子電圧制御部とを備え、
前記第2の電流指令部は、
前記交流電動機の端子電圧の推定値に基づいて前記交流電動機の電流の推定値を推定し、
前記端子電圧の推定値の大きさを前記電圧制限値に制御したときに、前記第1の電流指令値と前記電流の推定値との偏差を最小にする前記端子電圧の推定値の角度の最適値を演算し、
前記電圧制限値をV
alim
、現時刻k後の時刻k+1での前記角度の最適値をδ
vaopt
(k+1|k)、現時刻k後の時刻k+1での前記端子電圧の最適値をv
dqopt
(k+1|k)とするとき、
前記端子電圧の最適値を、前記角度の最適値を使って以下の数18に従って演算し、
【数18】
数18に従って導出された前記端子電圧の最適値を使って、前記端子電圧の大きさを前記電圧制限値に制御し、かつ、前記端子電圧の角度を前記角度の最適値に制御したときの前記電流の推定値を、前記第2の電流指令値と設定する、交流電動機の制御装置。
【請求項2】
前記第2の電流指令部は、
前記交流電動機の端子電圧と電流とに基づいて、電圧外乱を推定し、
前記端子電圧の推定値と前記電圧外乱の推定値とに基づいて、前記交流電動機の電流を推定する、請求項
1に記載の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、交流電動機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動機の効率を向上するためには、電動機の端子電圧を高く制御することが好ましい。一方、電動機のトルクを高応答かつ高精度に制御するためには、所望のトルクを出力するための電流指令値に電流が一致するようにフィードバック制御を行うことが好ましい。しかしながら、電動機の端子電圧を高くすると、電動機に給電するインバータ等の電力変換器の最大出力電圧の制約により、電流制御系の安定性が低下することがある。
【0003】
電流制御系の安定性を向上させる従来技術として、例えば、電動機の端子電圧が電圧制限値以下の条件で電動機の効率を最大にし、かつ、所望のトルクを出力させる電流指令値を演算する制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の電流指令値の演算方法は、電流制御系の過渡状態が考慮されていないため、交流電動機の電流の制御精度が低下するおそれがある。
【0006】
そこで、本開示は、交流電動機の電流制御精度を向上させることが可能な、交流電動機の制御装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の技術の一態様として、
電力変換器により交流電動機に供給する電流及び電圧を制御する制御装置であって、
トルク指令値及び前記交流電動機の速度検出値に基づいて、第1の電流指令値を演算する第1の電流指令部と、
前記交流電動機の端子電圧の大きさが前記電力変換器の最大出力電圧以下の電圧制限値以下になり、かつ、前記第1の電流指令値と第2の電流指令値との偏差が最小になるように、前記第2の電流指令値を演算する第2の電流指令部と、
前記交流電動機の電流が前記第2の電流指令値に一致するように前記交流電動機の端子電圧を制御する端子電圧制御部とを備え、
前記第2の電流指令部は、
前記交流電動機の端子電圧の推定値に基づいて前記交流電動機の電流の推定値を推定し、
前記端子電圧の推定値の大きさを前記電圧制限値に制御したときに、前記第1の電流指令値と前記電流の推定値との偏差を最小にする前記端子電圧の推定値の角度の最適値を演算し、
前記電圧制限値をV
alim
、現時刻k後の時刻k+1での前記角度の最適値をδ
vaopt
(k+1|k)、現時刻k後の時刻k+1での前記端子電圧の最適値をv
dqopt
(k+1|k)とするとき、
前記端子電圧の最適値を、前記角度の最適値を使って以下の数18に従って演算し、
【数18】
数18に従って導出された前記端子電圧の最適値を使って、前記端子電圧の大きさを前記電圧制限値に制御し、かつ、前記端子電圧の角度を前記角度の最適値に制御したときの前記電流の推定値を、前記第2の電流指令値と設定する、交流電動機の制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本開示の技術によれば、交流電動機の電流制御精度を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本開示に係る交流電動機の制御装置の全体構成を例示する制御ブロック図である。
【
図2】電流指令演算部の一構成例を示すブロック図である。
【
図3】モデル予測制御の考え方を例示する図である。
【
図4】制御装置が備える演算装置のハードウェア構成を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本開示に係る交流電動機の制御装置の実施形態を説明する。同一の構成要素については同一の符号を付け、重複する説明は省略する。なお、本発明は、下記の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲内で適宜変形して実施することができるものである。
【0011】
本開示に係る制御装置は、永久磁石型同期電動機(以下、PMSMとも称する)や誘導電動機などの交流電動機を制御し、交流電動機の端子電圧を高めることで高効率運転を実現し、同時に電流応答を向上することで高応答なトルク制御を実現する。
【0012】
<第1の制御例>
図1は、本開示に係る交流電動機の制御装置の全体構成を例示する制御ブロック図である。
図1に示される制御装置100は、PMSM80の制御を、回転子と同期して回転する直交回転座標軸であるd,q軸上で行うことで、高性能なトルク制御や速度制御を実現する。電動機の回転子の磁極のN極方向をd軸と定義し、d軸から90°進んだ方向をq軸と定義する。
【0013】
まず、PMSM80の速度制御、電流制御、および、電圧制御について説明する。
【0014】
PMSM80には、PMSM80の磁極位置及びPMSM80の回転速度を検出する位置・速度検出器90が取り付けられている。制御装置100に備えられる位置・速度検出回路91は、PMSM80の磁極位置及びPMSM80の回転速度を検出する位置・速度検出器90の出力信号に基づいて、速度検出値(電気角周波数)ωreと位置検出値(電気角)θreを検出する。速度検出値ωreは、PMSM80の電気角速度の検出値を表し、位置検出値θreは、PMSM80の電気角の検出値を表す。機械角速度演算器92は、速度検出値(電気角周波数)ωreとPMSM80の極数に基づき、速度検出値(機械角周波数)ωrmを演算する。速度検出値ωrmは、PMSM80の機械角速度の検出値を表す。
【0015】
速度検出値ωreと位置検出値θreは、位置・速度検出器90と位置・速度検出回路91を用いないで、PMSM80の端子電流と端子電圧に基づいて演算されてもよい。
【0016】
減算器16は、速度指令値(機械角周波数)ωrm
*と速度検出値(機械角周波数)ωrmとの偏差を演算する。速度指令値ωrm
*は、外部から供給される、PMSM80の機械角速度の指令値を表す。トルク指令値τ*は、減算器16により演算された偏差が速度調節器17により増幅して演算される。トルク指令値τ*は、PMSM80のトルクの指令値を表す。
【0017】
電流指令演算部18は、トルク指令値τ*及び速度検出値ωreに基づき、PMSM80の端子電圧が電圧制限値Valim以下の条件でPMSM80の効率を最大にし、かつ、トルクをトルク指令値τ*に制御するd軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*を演算する。電流指令演算部18は、第1の電流指令部の一例であり、d軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*は、第1の電流指令値の一例である。電圧制限値Valimは、電力変換器70の最大出力電圧以下の値である。
【0018】
図2は、電流指令演算部の一構成例を示すブロック図である。なお、電流指令演算部の具体的な構成は、
図2に示される構成に限られず、例えば、特許文献1等にも開示されている。
【0019】
図2に示される電流指令演算部18は、磁束指令演算器111、磁束制限値演算器141、出力制限器142、負荷角指令演算器112、負荷角調節器132、電流指令演算器133、トルク演算器134、減算器131、及び、加算器135を備える。
【0020】
磁束指令演算器111は、トルク指令値τ*から第1の磁束指令値Ψ0
*を演算する。第1の磁束指令値Ψ0
*は、PMSM80の効率が最大になる条件で演算されるが、この演算をオンラインで実行するのが困難な場合がある。この場合、例えば、PMSM80の効率が最大になる磁束指令値のテーブルを予め用意しておき、磁束指令演算器111は、運転時に、このテーブルを利用することによりトルク指令値τ*に基づいて第1の磁束指令値Ψ0
*を演算してもよい。
【0021】
磁束制限値演算器141は、PMSM80の端子電圧を電力変換器70の最大出力電圧以下に制限するため、電圧制限値Valim及び速度検出値ωreを用いて磁束制限値Ψlimを演算する。例えば、磁束制限値演算器141は、数式「Ψlim=Valim/|ωre|」に従って、磁束制限値Ψlimを演算する。
【0022】
第2の磁束指令値Ψ*は、第1の磁束指令値Ψ0
*が出力制限器142により磁束制限値Ψlim以下に制限されて出力される。
【0023】
負荷角指令演算器112は、トルク指令値τ*に基づき、負荷角指令値のフィードフォワード補償値δ0
*を演算する。また、負荷角調節器132は、減算器131により演算されたトルク指令値τ*とトルク演算値τcalcとの偏差を増幅して、負荷角指令値の補正値δPI
*を演算する。負荷角調節器132は、例えば、比例積分増幅器により構成されている。
【0024】
加算器135は、フィードフォワード補償値δ0
*と補正値δPI
*とを加算して、負荷角指令値δ*を演算する。
【0025】
なお、トルク演算値τcalcは、トルク演算器134により、d,q軸電流指令値id
*,iq
*に基づいて演算される。例えば、トルク演算器134は、d,q軸電流指令値id
*,iq
*及び諸定数Ld,Lq,Ψmを用いて、数式「τcalc=Ψmiq
*+(Ld-Lq)id
*iq
*」に従って、トルク演算値τcalcを演算する。Ld,Lq,Ψmは、それぞれ、d軸インダクタンス、q軸インダクタンス、永久磁石の磁束を表す。
【0026】
電流指令演算器133は、第2の磁束指令値Ψ*と負荷角指令値δ*に基づき、d,q軸磁束指令値Ψd
*,Ψq
*を演算する。例えば、電流指令演算器133は、数式「Ψd
*=Ψ*cosδ*,Ψq
*=Ψ*sinδ*」に従って、d,q軸磁束指令値Ψd
*,Ψq
*を演算する。更に、電流指令演算器133は、磁束指令値Ψd
*,Ψq
*に基づき、d,q軸電流指令値id
*,iq
*を演算する。例えば、電流指令演算器133は、例えば、数式「id
*=(Ψd
*-Ψm)/Ld,iq
*=Ψq
*/Lq」に従って、d,q軸電流指令値id
*,iq
*を演算する。
【0027】
このように、
図2の場合、PMSM80の効率が最大になるような第1の磁束指令値Ψ
0
*が演算されると共に、第1の磁束指令値Ψ
0
*を磁束制限値Ψ
limを超えないように補正した値である第2の磁束指令値Ψ
*が演算される。この第2の磁束指令値Ψ
*に基づいてd,q軸電流指令値i
d
*,i
q
*が演算される。これにより、PMSM80の端子電圧を電力変換器70の最大出力電圧以下に制御すると共にトルクを高精度に制御することができる。
【0028】
図1において、電流指令補正部30は、過渡状態においても、電圧指令値v
d
*,v
q
*の大きさが電圧制限値V
alim以下になり、かつ、電流指令値i
d
*,i
q
*と電流指令値i
dACR
*,i
qACR
*との偏差が最小になるように、電流指令値i
dACR
*,i
qACR
*を演算する。電流指令補正部30は、第2の電流指令部の一例であり、d軸電流指令値i
dACR
*とq軸電流指令値i
qACR
*は、第2の電流指令値の一例である。電流指令補正部30の詳細は、後で説明する。
【0029】
直流電圧検出回路12は、制御装置100に備えられており、整流回路60により整流されて電力変換器70に入力される直流電圧を検出する。電圧制限値演算器22は、直流電圧検出回路12により検出される直流電圧検出値Edcに基づいて、直流電圧検出値Edcの大きさに対応する電圧制限値Valimを演算する。直流電圧検出値Edcは、整流回路60により整流されて電力変換器70に入力される直流電圧の検出値を表す。電圧制限値演算器22は、例えば、直流電圧検出値Edcにほぼ比例し、かつ、直流電圧検出値Edcに応じて決まる電力変換器70の最大出力電圧以下の電圧制限値Valimを演算する。
【0030】
u相電流検出器11uは、電力変換器70とPMSM80との間を流れるu相電流を検出し、u相電流の大きさの検出値を表すu相電流検出値iuを出力する。w相電流検出器11wは、電力変換器70とPMSM80との間を流れるw相電流を検出し、w相電流の大きさの検出値を表すw相電流検出値iwを出力する。電流座標変換器14は、相電流検出値iu,iwを、位置検出値θreを使ってd,q軸電流検出値id,iqに座標変換する。
【0031】
d軸電流調節器20aは、減算器19aで演算したd軸電流指令値idACR
*とd軸電流検出値idとの偏差を増幅してd軸電圧指令値vd
*を演算する。q軸電流調節器20bは、減算器19bで演算したq軸電流指令値iqACR
*とq軸電流検出値iqとの偏差を増幅してq軸電圧指令値vq
*を演算する。
【0032】
電圧座標変換器15は、d,q軸電圧指令値vd
*,vq
*を、位置検出値θreを使って、u,v,w相の相電圧指令値vu
*,vv
*,vw
*に座標変換する。
【0033】
整流回路60は、三相交流電源50からの交流電力を整流して直流電力に変換し、この直流電力をインバータ等の電力変換器70に供給する。
【0034】
PWM(Pulse Width Modulation)回路13は、相電圧指令値vu
*,vv
*,vw
*および直流電圧検出値Edcに基づいて、電力変換器70の出力電圧を相電圧指令値vu
*,vv
*,vw
*に制御するための複数のゲート信号を生成する。電力変換器70は、PWM回路13からの複数のゲート信号に基づいて、電力変換器70内部の複数の半導体スイッチング素子を制御することにより、PMSM80の端子電圧を相電圧指令値vu
*,vv
*,vw
*に制御する。
【0035】
制御装置100は、PMSM80の電流が電流指令値idACR
*,iqACR
*に一致するようにPMSM80の端子電圧を制御する端子電圧制御部とを備える。例えば、電流座標変換器14、d軸電流調節器20a、q軸電流調節器20b、電圧座標変換器15及びPWM回路13が、端子電圧制御部として機能する。
【0036】
以上に述べた制御によって、PMSM80の速度を指令値(より詳しくは、速度指令値ωrm
*)に制御できる。
【0037】
次に、電流指令補正部30の詳細について説明する。
【0038】
電流指令補正部30は、電流制御系の過渡状態でも、d,q軸電圧指令値vd
*,vq
*の大きさが電圧制限値Valim以下になり、かつ、電流指令値id
*,iq
*と電流指令値idACR
*,iqACR
*との偏差が最小になるように、電流指令値idACR
*,iqACR
*を演算する。より具体的には、電流指令補正部30は、モデル予測制御(以下、MPC)の技術を利用して、電流指令値idACR
*,iqACR
*を演算する。
【0039】
まず、MPCの概要を説明する。
【0040】
図3は、入力ベクトルをu、出力ベクトルをyとする離散値系の状態方程式モデルにおけるMPCの原理を示す。
図2において、各記号は、
s(t):設定値軌道ベクトル
r(t|k):現時刻kの後のサンプル点tの参照軌道ベクトル
u
est(t|k):現時刻kの後のサンプル点tの入力ベクトル推定値
y
est(t|k):現時刻kの後のサンプル点tの出力ベクトル推定値
H
P:予測ホライズン
とする。参照軌道ベクトルrとは、現時刻の出力y(k)から出発して、出力y(t)が設定値軌道ベクトルs(t)に戻るべき理想的な軌道を表す。
【0041】
まず、電流指令補正部30は、サンプル点kにおいて、目標値に相当する設定値軌道ベクトルs(t)を用いて、サンプル点kから(k+HP)までの参照軌道ベクトルr(t|k)を演算する。参照軌道ベクトルr(t|k)は、時間の経過に伴って設定値軌道ベクトルs(t)に近づくように演算される。電流指令補正部30は、参照軌道ベクトルr(t|k)と入力ベクトル推定値uest(t|k)と出力ベクトル推定値yest(t|k)との関数である評価関数を定義し、その評価関数が最小になる入力ベクトル推定値uest(t|k)の最適解を求める。状態ベクトル推定値xest(t|k)は、サンプル点kの出力y(k)と入力ベクトル推定値uest(t|k)とを用いて状態方程式モデルを使って演算可能なので、評価関数は入力ベクトル推定値uest(t|k)のみの関数に変形可能である。
【0042】
次に、MPCを利用した電流指令値の演算方法について説明する。
【0043】
インバータ等の電力変換器70の出力電圧の制御遅れが1サンプル周期である場合、PMSM80の電流制御系の離散値系モデルは、次式で表現可能である。
【0044】
【0045】
システム行列A,Bは、PMSMの電気定数を用いて次式のように定義される。システム行列A,B内のTsは、サンプリング周期を表す。
【0046】
【0047】
MPCの設定値軌道ベクトルsは、電流指令値idq
*とする。参照軌道ベクトルrに相当する電流指令値idqr
*は、その初期値を電流指令補正部30の出力である電流指令値idqACR
*の前回値とし、電力変換器70の出力電圧の制御遅れを考慮して、電流応答が最も早くなるように次式のように設定される。
【0048】
【0049】
電流指令値idr
*は、電流指令演算部18により演算されるd軸電流指令値id
*に対応し、電流指令値iqr
*は、電流指令演算部18により演算されるq軸電流指令値iq
*に対応する。
【0050】
電流指令値idqr
*(参照軌道ベクトルrに相当)と電流推定値ベクトルidquest(出力ベクトル推定値yestに相当)との偏差を最小化するため、評価関数は、例えば、次式のように設定される。
【0051】
【0052】
電流指令補正部30は、数式1により、電流推定値ベクトルidquestを、電圧推定値ベクトルvdquest(入力ベクトル推定値uestに相当)に基づいて次式に従って演算(推定)できる。
【0053】
【0054】
電圧推定値ベクトルvdquestは、PMSM80の端子電圧の推定値に対応する。数式5によれば、電流推定値ベクトルidquestは、電圧推定値ベクトルvdquestの関数で表現可能なので、数式4に示される評価関数Vは、電圧推定値ベクトルvdquestの関数で表現可能である。
【0055】
また、電力変換器70の最大出力電圧による電圧指令値の制約は、次式のように電圧推定値ベクトルvdquestの二乗ノルムの制約として表現可能である。
【0056】
【0057】
以上のことから、電流指令補正部30は、電圧推定値ベクトルvdquestの大きさを電圧制限値Valim以下にし、かつ、数式4の評価関数Vを最小にする電圧最適値ベクトルvdqoptを、次式の制約条件付き最適化問題を解くことで導出できる。
【0058】
【0059】
電流指令補正部30は、電流指令値idqACR
*を、数式7に従って導出された電圧最適値ベクトルvdqoptを使って、次式に従って演算する。
【0060】
【0061】
よって、電流指令補正部30は、PMSM80の端子電圧を電圧最適値ベクトルvdqoptに制御したときのPMSM80の電流の推定値を、電流指令値idqACR
*と設定する。
【0062】
このように、第1の制御例によれば、電流指令補正部30は、PMSM80の端子電圧の大きさが電圧制限値Valim以下になり、かつ、電流指令値id
*,iq
*と電流指令値idACR
*,iqACR
*との偏差が最小になるように、電流指令値idACR
*,iqACR
*を演算する。これにより、電流指令演算部18により一旦演算された電流指令値id
*,iq
*を補正して得られる電流指令値idACR
*,iqACR
*が電流制御に使用されるので、電流制御系の過渡状態での電流制御精度を向上させることができる。特に、PMSM80の端子電圧を電圧最適値ベクトルvdqoptに制御したときのPMSM80の電流の推定値が、電流指令値idqACR
*として使用されるので、電流指令値idqACR
*を高精度に演算することができ、電流制御精度と電流応答を向上させることができる。
【0063】
<第2の制御例>
第2の制御例は、第1の制御例における電流指令補正部30の演算を簡素化したものである。第1の制御例のMPCを利用した電流指令値演算において、予測ホライズンHPと窓パラメータHwを次式のように最小値とする。
【0064】
【0065】
この場合、数式3に示した参照軌道ベクトルrに相当する電流指令値idqr
*は、次式に変形される。
【0066】
【0067】
また、数式4に示した評価関数Vは、次式に変形される。
【0068】
【0069】
数式5の電流推定値ベクトルidquestは、次式に変形される。
【0070】
【0071】
さらに、数式6の電力変換器70の最大出力電圧による電圧指令値の制約は、次式に変形される。
【0072】
【0073】
次に、電圧推定値ベクトルvdquestの大きさを電圧制限値Valim以下にし、かつ、数式11の評価関数Vを最小にする電圧最適値ベクトルvdqoptの計算方法について説明する。
【0074】
まず、電流指令補正部30は、電圧推定値ベクトルvdquestの初期値vdquest0を、次式に従って演算する。
【0075】
【0076】
電圧推定値ベクトルの初期値vdquest0の大きさが電圧制限値Valim以下の場合、電流を電流指令値idqr
*(参照軌道ベクトルrに相当)に制御できる。そこで、電流指令値idqACR
*を電流指令値idqr
*(参照軌道ベクトルrに相当)に制御する。さらに、数式10により、電流指令値idqACR
*は、次式のように制御される。
【0077】
【0078】
一方、電圧推定値ベクトルの初期値vdquest0の大きさが電圧制限値Valimよりも大きくなるとき、電流を電流指令値idqr
*(参照軌道ベクトルrに相当)に制御できない。この場合、数式11の評価関数Vを最小にする電圧最適値ベクトルvdqoptの大きさは、電圧制限値Valimに等しくなる。そこで、電圧推定値ベクトルvdquestを、次式のように、その大きさを電圧制限値Valimとし、角度を角度推定値δvaestの関数とするベクトルで表現する。
【0079】
【0080】
これにより、電流指令補正部30は、電圧推定値ベクトルvdquestの大きさを電圧制限値Valim以下にし、かつ、数式11の評価関数Vを最小にする電圧推定値ベクトルvdquestの角度の最適値δvaoptを、次式の最適化問題を解くことで導出できる。
【0081】
【0082】
数式17の最適化問題は、決定変数が1つだけなので、黄金分割法をはじめとする比較的簡単なアルゴリズムで解くことができる。
【0083】
電流指令補正部30は、電圧最適値ベクトルvdqoptを、最適値δvaoptを使って次式に従って演算できる。
【0084】
【0085】
そして、第1の制御例と同様に、電流指令補正部30は、電流指令値idqACR
*を、数式18に従って導出された電圧最適値ベクトルvdqoptを使って、数式8に従って演算する。
【0086】
よって、電流指令補正部30は、PMSM80の端子電圧のベクトルの大きさを電圧制限値Valimに制御し、かつ、当該端子電圧のベクトルの角度を最適値δvaoptに制御したときの電流推定値ベクトルidquestを、電流指令値idqACR
*と設定する。このように、第2の制御例によれば、より簡単な制御演算で、電流制御精度と電流応答を向上させることができる。
【0087】
<第3の制御例>
第3の制御例は、第2の制御例における電流指令補正部30の演算を高精度化したものである。MPCを利用するためには、数式5および数式12で示されるように、正確な状態方程式モデルが必要であり、電動機の電気定数と制御装置内部の電気定数との間に誤差があると、正確な制御演算を実現できない。そこで、電流指令補正部30は、電気定数の誤差を電圧外乱として扱う状態方程式モデルを使って制御演算を行う。電流指令補正部30は、PMSM80の電流と端子電圧とを入力とする外乱オブザーバを使って、電圧外乱を推定する。
【0088】
電圧外乱を考慮したPMSM80の電流制御系の離散値系モデルは、次式で表現可能である。
【0089】
【0090】
数式19により、数式12の電流推定値ベクトルidquestの演算は、電圧外乱を考慮すると、次式のように表現できる。
【0091】
【0092】
電流指令値idqACR
*は、数式12の電流推定値ベクトルidquestの演算を数式20に置き換えて、第2の実施例と同様に、電流指令補正部30により演算される。これにより、電流指令補正部30は、電気定数の誤差がある場合にも正確に最適な電流指令値idqACR
*を演算できる。
【0093】
次に、電圧外乱の推定方法を説明する。
【0094】
例えば、電流指令補正部30は、電圧外乱推定値vdqdisestを、数式19の状態方程式モデルに基づき設計された最小次元オブザーバを使って、次式に従って演算する。
【0095】
【0096】
数式21内の電圧vdq(vdとvq)には、電圧指令値vd
*,vq
*を用いる。または、電圧検出回路を用いて3相電圧vu,vv,vwを検出し、3相電圧vu,vv,vwの検出値を位置検出値θreを使って座標変換して得られるd,q軸電圧検出値を、数式21内の電圧vdqに用いてもよい。
【0097】
このように、第3の制御例によれば、電流指令補正部30は、PMSM80の端子電圧と電流とに基づいて、電圧外乱を推定し、当該端子電圧の推定値と当該電圧外乱の推定値とに基づいて、PMSM80の電流を推定する。これにより、PMSM80の電気定数と制御装置100内部の電気定数とに誤差があっても、電流制御精度と電流応答を向上させることができる。
【0098】
図4は、制御装置が備える演算装置のハードウェア構成を例示する図である。
図4は、制御装置100が備える演算装置の一例であるマイクロコンピュータ110を示している。マイクロコンピュータ110は、メモリ121、CPU(Central Processing Unit)122、AD(Analog to Digital)変換部123、PWMモジュール124、通信部125及びタイマ126を備える。CPU122は、制御装置100の制御を行うプロセッサである。通信部125は、マイクロコンピュータ110外部の上位コントローラと通信を行う。タイマ126は、タイマ値のカウントを行う。メモリ121は、プログラム等を記憶する。メモリ121内のプログラムによって、CPU122が動作する。
図1の各制御ブロックの機能は、メモリ121に読み出し可能に記憶されるプログラムによってCPU122が動作することにより実現される。
【0099】
図1の各制御ブロックとは、例えば、減算器16,19a,19b、機械角速度演算器92、速度調節器17、電流指令演算部18、電流指令補正部30、電流調節器20a,20b、電圧座標変換器15、電圧制限値演算器22、及び電流座標変換器14である。
【0100】
図1の各制御ブロックの機能は、コンピュータに各機能を実現させるプログラムによって提供可能である。また、各制御ブロックの機能は、上記のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体、又は、上記のプログラム等のコンピュータプログラムプロダクトによって提供可能である。記録媒体としては、例えばフレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等を用いることができる。
【0101】
以上、交流電動機の制御装置を実施形態により説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。他の実施形態の一部又は全部との組み合わせや置換などの種々の変形及び改良が、本発明の範囲内で可能である。
【0102】
例えば、上述の実施形態では、制御装置が制御する交流電動機がPMSMの場合を示したが、制御装置が制御する交流電動機は、誘導電動機やシンクロナスリラクタンスモータなどの他の交流電動機でもよい。
【符号の説明】
【0103】
11u u相電流検出器
11w w相電流検出器
12 直流電圧検出回路
13 PWM回路
14 電流座標変換器
15 電圧座標変換器
16 減算器
17 速度調節器
18 電流指令演算部
19a,19b 減算器
20a d軸電流調節器
20b q軸電流調節器
22 電圧制限値演算器
30 電流指令補正部
50 三相交流電源
60 整流回路
70 電力変換器
80 PMSM
90 位置・速度検出器
91 位置・速度検出回路
92 機械角速度演算器
100 制御装置
110 マイクロコンピュータ