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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】鋼部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221122BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221122BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20221122BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20221122BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20221122BHJP
   C23C 8/80 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D9/32 A
C21D1/06 A
C23C8/26
C23C8/80
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2018214656
(22)【出願日】2018-11-15
(65)【公開番号】P2020084206
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】梅原 崇秀
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/066666(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/043594(WO,A1)
【文献】特開2013-221203(JP,A)
【文献】特開2006-022350(JP,A)
【文献】特開2017-171951(JP,A)
【文献】特開2016-102253(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/60
C21D 9/32
C21D 1/06
C23C 8/26
C23C 8/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05%以上0.35%以下、
Si:0.10%以上1.50%以下、
Mn:0.20%以上2.50%以下、
P:0.025%以下、
S:0.003%以上0.050%以下、
Cr:0.50%以上2.50%以下、
V:0.05%以上1.30%以下、
Al:0.010%以上0.300%以下、
N:0.003%以上0.025%以下を含有し、
式(4)を満たし、残部はFe及び不純物からなる鋼であって、
鋼の表面から深さ3μmまでの領域において空隙の面積比率が15%未満であり、
表面から深さ100μmまでの領域において(C+N)濃度が1.8原子組成%以上4.5原子組成%以下であって式(1)を満たし、
表面から深さ100μm位置の硬さが680HV以上であることを特徴とする鋼部品。
0.50<N/(C+N) ・・・式(1)
ただし、式(1)中のC、Nは当該元素の濃度(原子組成%)を示す。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50 ・・・式(4)
ただし、式(4)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【請求項2】
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:1.50%未満を含有する請求項1に記載の鋼部品。
【請求項3】
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:1.00%未満、Ni:1.00%未満のうち1種または2種を含有する請求項1または2に記載の鋼部品。
【請求項4】
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.300%未満を含有する請求項1~3のいずれか1項に記載の鋼部品。
【請求項5】
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.300%未満、B:0.0100%未満のうち1種または2種を含有する請求項1~4のいずれか1項に記載の鋼部品。
【請求項6】
表面から深さ100μmまでの範囲において、マルテンサイトを面積比率で70%以上含有する請求項1~5のいずれか1項に記載の鋼部品。
【請求項7】
請求項1に記載の鋼部品の製造方法であって、
質量%で、
C:0.05%以上0.35%以下、
Si:0.10%以上1.50%以下、
Mn:0.20%以上2.50%以下、
P:0.025%以下、
S:0.003%以上0.050%以下、
Cr:0.50%以上2.50%以下、
V:0.05%以上1.30%以下、
Al:0.010%以上0.300%以下、
N:0.003%以上0.025%以下を含有し、
式(4)を満たし、残部はFe及び不純物からなる鋼材を所定の形状に加工する工程と、
前記加工された鋼材にガス窒化処理を施す工程と、
前記ガス窒化処理を施された鋼材に高周波焼入れ処理を施す工程を備え、
前記ガス窒化処理は、NH、H及びNを合計で99体積%以上含むガス雰囲気で、式(2)によって求められる窒化ポテンシャルKが0.15以上0.40以下であって、式(3)によって求められる上記窒化ポテンシャルKの平均値Kaveが0.18以上0.30未満であって、温度550℃以上630℃以下で、1時間以上10時間以下保持して施され、
前記高周波焼入れ処理は、加熱温度を1000℃以上1200℃以下、室温から前記加熱温度の範囲に昇温するのに要する時間を4秒以内、前記加熱温度の範囲の温度域に0.2秒以上2秒以下保持して施されることを特徴とする鋼部品の製造方法。
=(NH分圧)/[(H分圧)3/2](atm-1/2) ・・・ 式(2)
【数1】
ただし、式(3)において、添字iは一定時間間隔毎の測定回を表すし、Xは窒化ポテンシャルKの測定間隔(時間)を、KNXiは窒化処理中のi回目の測定における窒化ポテンシャルKを、Xは合計の窒化処理時間を示す。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50 ・・・式(4)
ただし、式(4)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【請求項8】
前記ガス窒化処理のガス雰囲気が、NH、H及びNを合計で99.5体積%以上含むことを特徴とする請求項7に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項9】
前記高周波焼入れ処理を施した後、160℃以上180℃以下の温度で1時間以上1.5時間以下保持して焼戻し処理を施すことを特徴とする請求項7または8に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項10】
前記ガス窒化処理後において、鋼の表面に形成された化合物層中のγ’相が面積比率で50%以上であり、その後前記高周波焼入れ処理を施すことを特徴とする請求項7~9のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項11】
Feの一部に代えて、質量%で、Mo:1.50%未満を含有する請求項7~10のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項12】
Feの一部に代えて、質量%で、Cu:1.00%未満、Ni:0.01%以上1.00%未満のうち1種または2種を含有する請求項7~11のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項13】
Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.300%未満を含有する請求項7~12のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
【請求項14】
Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.300%未満、B:0.0100%未満のうち1種または2種を含有する請求項7~13のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼製の部品(鋼部品)及びその製造方法に関する。特に窒化処理後に高周波焼入れを行って製造される鋼部品、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種産業機械などに使用される鋼部品、例えばトランスミッションの歯車やCVTプーリー、軸受けには、高い面疲労強度や曲げ疲労強度、耐摩耗性等が要求される。そのためこれらの部品は、JIS規格のSCr420、SCM420やSNCM420などの機械構造用合金鋼を素材として、浸炭焼入れ処理により表面に硬化層を付与し、疲労強度の向上が図られてきた。
【0003】
しかしながら近年、自動車の燃費向上やエンジンの高出力化への対応のために、部品の軽量・小型化が進み、これに伴って部品にかかる負荷が増加する傾向にある。そのため、更なる面疲労強度、曲げ疲労強度向上の要望が高まっている。
【0004】
浸炭焼入れは、鋼をオーステナイト域まで加熱して、表層を高C(炭素)濃度にした後急冷することで、硬質なマルテンサイト相を生成させる方法であり、高い面疲労強度、曲げ疲労強度が得られる。一方で、浸炭焼入れは、部品の芯部まで焼入れる熱処理であり、処理後の歪が大きくなりやすいため、後工程での研削コストが嵩む。そのため近年では、浸炭焼入れ処理より熱処理歪が小さい表面硬化熱処理である窒化処理、軟窒化処理及び高周波焼入れ処理が注目されるようになっている。
【0005】
窒化処理や軟窒化処理は、鋼をA点以下のフェライト温度域に加熱し、表層を高N(窒素)濃度にして窒化物を析出せることにより表面の硬度を上昇させる熱処理である。窒化処理や軟窒化処理は相変態を伴わないため、熱処理歪を小さくできる。しかしながら、窒化処理や軟窒化処理は、比較的低温で熱処理するため、硬化層深さが小さく、面疲労強度や曲げ疲労強度が浸炭焼入れと比較して劣ることから、高疲労強度が求められる部品への適用は困難である。さらに、表面に形成される窒化化合物層の存在により、面疲労強度や曲げ疲労強度が低下しやすい。
【0006】
高周波焼入れ処理は、鋼を短時間でオーステナイト域まで急速加熱して焼入れを施す熱処理であり、浸炭焼入れに比べて焼入れ歪が小さい。しかしながら高周波焼入れは、浸炭焼入れとは異なり、表層のC濃度を高める熱処理方法ではないため、高い面疲労強度や曲げ疲労強度が要求される部品には適さない。
【0007】
以上のことから、単なる窒化、軟窒化、あるいは高周波焼入れを施すだけでは、各種機械部品の軽量、小型化及び高応力負荷に対応できるだけの面疲労強度と曲げ疲労強度を両立させることはできない。
【0008】
最近では、窒化、軟窒化や高周波焼入れの欠点である疲労強度を高めるための手法として、窒化、軟窒化と高周波焼入れを組み合わせた複合熱処理が試みられている。
【0009】
特許文献1には、アンモニアガス含有率100体積%の窒化処理ガス雰囲気中で鋼を高周波誘導加熱により592~650℃の温度に加熱して、表面に窒素濃度が9wt%を超える化合物層を形成する工程と、これを真空下で高周波誘導加熱し、表面に6~9wt%の範囲のε相あるいは、6~9wt%の範囲のε相及びγ´相からなる化合物層を形成する焼入れ工程を備えた表面硬化熱処理法が提案されている。
【0010】
特許文献2には、窒化処理後の高周波焼入れ処理前に、化合物層上の表層側に厚みとして0.1~5μmの酸化層を600℃以下で生成させる処理工程をさらに含むことに加え、硬度550HV以上かつ厚さ1μm以上の化合物層を鋼の表層に残存させる条件にて高周波焼入れ処理を実施することを特徴とする表面硬化熱処理方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2015-52150号公報
【文献】特開2012-62494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1の方法では、アンモニアガス含有率100体積%の雰囲気下で高周波加熱しガス窒化しているため、表面の窒化ポテンシャルが非常に高く、窒化処理後の鋼の表面には、N原子がN分子となり表面から抜け出すことにより出現する無数の空隙を有する層(以下、ポーラス層と呼称)が形成され、疲労強度の低下が懸念される。
また、特許文献2の方法では、窒化工程、高周波焼入れ工程に加え、酸化層を形成する工程も必要となるため、処理コストの増大が懸念される。
【0013】
本発明は、上記の実情を鑑み、鋼部品において高い面疲労強度と曲げ疲労強度を両立させることを課題とし、部品の軽量化、小型化、高応力負荷化の要求に応えることができる鋼部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前述した課題を解決するために、鋼材成分、窒化条件及び高周波焼入れ条件を明確化すべく、調査、研究を重ねた。その結果、下記(a)~(f)の知見を得た。
【0015】
(a)ガス窒化処理において、窒化ポテンシャル(以下、Kと呼称)を制御することで、表層に生成する化合物層の組成を制御し、化合物を無くすことができる。そこで、窒化処理後の鋼の表層を、ε相主体の化合物層、γ’相主体の化合物層、及び化合物層がないものを準備し、それぞれに高周波焼入れを施し、表層の組織変化を調査した。
その結果、ε相の化合物層の場合は表層に無数の空隙(この空隙は脱窒痕と思われる。)が見られた。この理由は、ε相はN(窒素)の固溶量が大きく、容易に粒界からNガス(窒素ガス)が生じるためと推定される。
化合物層のない鋼では、空隙は見られなかったものの、高周波焼入れ後のN濃度が小さく、表層が軟化した。この理由は、高周波焼入れ時にNの供給源となり得る化合物層が存在しなかったためと推定される。
一方、γ’相を主体とする化合物層では、高周波焼入れ後に空隙が生じず、かつ表層のN濃度も確保されていた。この理由は、γ’相はε相に比べNの固溶量が小さく、Nガスが生じにくいためであることに加え、高周波焼入れ時に母相に固溶する際、Nの供給源としても機能するためであると推定される(図1)。したがって、窒化処理によってγ’相主体の化合物層を形成させることが好ましいことを見出した。
【0016】
(b)窒化処理及び高周波焼入れによって部品表層に空隙が多数形成されると、部品の面疲労強度及び曲げ疲労強度が低下しやすい。さらに、Mn、Cr、Vなどの窒化物生成元素によって、高周波焼入れ後の表層の粒界上に粗大な窒化物や炭窒化物が析出する。このような粗大な析出物が形成すると、粒界近傍では固溶状態のMn、Cr、Vの濃度が低下して、焼入れ時にマルテンサイト組織ではなく硬さの低いパーライト組織を生成し、表層は不完全焼入れ層となる。不完全焼入れ層が存在すると、面疲労強度や曲げ疲労強度が低下しやすくなる。したがって、不完全焼入れ層を抑制するため、表層を適正な硬さ及び(C+N)濃度にするとよいことが分かった。発明者らは、種々試験を重ねた結果、例えば、窒化処理後の化合物層厚さが3~15μm、γ’相の比率が50%以上、表層の空隙面積比率が10%未満とし、さらに、高周波加熱温度を1000~1200℃、室温から上述した温度へ昇温するのに要する時間を4秒以内、上述した加熱温度の範囲の温度域に保持される時間を0.2~2秒として高周波焼入れを施すことにより、高周波焼入れ後の空隙を抑制し、かつ最適な硬さ及び(C+N)濃度が得られることを見出した。
【0017】
(c)窒化高周波焼入れ部品の場合、面疲労強度と曲げ疲労強度を両立させるためには、表層の(C+N)濃度の管理だけでは不十分である。歯車などの摺動部品は、摩擦熱により部品表面が300℃付近まで上昇することから、焼入れままの硬さだけでなく、300℃における硬さの確保も重要である。同一の(C+N)濃度を有するマルテンサイト組織でも、C濃度が高くN濃度が低い場合には、焼入れままの硬さは高いものの、300℃での硬さが低くなる。一方で、C濃度が低くN濃度が高い場合には、焼入れままの硬さは低いものの、300℃で鉄窒化物及び合金窒化物のクラスタが析出することで、硬さが低下しにくい。そのため、N濃度の比率の高いマルテンサイト組織を得るとよいことが分かった。
【0018】
(d)面疲労時に生じるせん断応力は、表面から約0.1mm深さで最大となり、この部分がピッティングに対して最も脆弱となる。したがって、表面から深さ0.1mmまでの領域におけるC濃度及びN濃度のある程度確保するとよい。また、上記(b)で述べたように、例えC濃度及びN濃度が高くても、粗大な窒化物や炭窒化物が存在する組織では、硬さが低く、良好な面疲労強度及び曲げ疲労強度が得られない。そのため、表層の硬さは確保した方がよい。
【0019】
(e)窒化処理後に高周波焼入れしてマルテンサイト組織とした部品の面疲労強度、曲げ疲労強度を向上させるためには、窒化時に析出する表層粒界の窒化物を低減するとよい。そのためには、高周波加熱により高温短時間で窒化物を固溶させ、焼入れる方法が有効である。
【0020】
本発明は、これらの知見に基づいて成されたものであり、その要旨は、以下のとおりである。
(1)
質量%で、
C:0.05%以上0.35%以下、
Si:0.10%以上1.50%以下、
Mn:0.20%以上2.50%以下、
P:0.025%以下、
S:0.003%以上0.050%以下、
Cr:0.50%以上2.50%以下、
V:0.05%以上1.30%以下、
Al:0.010%以上0.300%以下、
N:0.003%以上0.025%以下を含有し、
式(4)を満たし、残部はFe及び不純物からなる鋼であって、
鋼の表面から深さ3μmまでの領域において空隙の面積比率が15%未満であり、
表面から深さ100μmまでの領域において(C+N)濃度が1.8原子組成%以上4.5原子組成%以下であって式(1)を満たし、
表面から深さ100μmの位置において硬さが680HV以上であることを特徴とする鋼部品。
0.50<N/(C+N) ・・・式(1)
ただし、式(1)中のC、Nは当該元素の濃度(原子組成%)を示す。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50 ・・・式(4)
ただし、式(4)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
(2)
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Mo:1.50%未満を含有する(1)に記載の鋼部品。
(3)
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:1.00%未満、Ni:1.00%未満のうち1種または2種を含有する(1)または(2)に記載の鋼部品。
(4)
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.300%未満を含有する(1)~(3)のいずれか1項に記載の鋼部品。
(5)
さらに、Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.300%未満、B:0.0100%未満のうち1種または2種を含有する(1)~(4)のいずれか1項に記載の鋼部品。
(6)
表面から深さ100μmまでの範囲において、マルテンサイトを面積比率で70%以上含有する(1)~(5)のいずれか1項に記載の鋼部品。
(7)
質量%で、
C:0.05%以上0.35%以下、
Si:0.10%以上1.50%以下、
Mn:0.20%以上2.50%以下、
P:0.025%以下、
S:0.003%以上0.050%以下、
Cr:0.50%以上2.50%以下、
V:0.05%以上1.30%以下、
Al:0.010%以上0.300%以下、
N:0.003%以上0.025%以下を含有し、
式(4)を満たし、残部はFe及び不純物からなる鋼材を所定の形状に加工する工程と、
前記加工された鋼材にガス窒化処理を施す工程と、
前記ガス窒化処理を施された鋼材に高周波焼入れ処理を施す工程を備え、
前記ガス窒化処理は、NH、H及びNを合計で99体積%以上含むガス雰囲気で、式(2)によって求められる窒化ポテンシャルKが0.15以上0.40以下であって、式(3)によって求められる上記窒化ポテンシャルKの平均値Kaveが0.18以上0.30未満であって、温度550℃以上630℃以下で、1時間以上10時間以下保持して施され、
前記高周波焼入れ処理は、加熱温度を1000℃以上1200℃以下、室温から前記加熱温度の範囲に昇温するのに要する時間を4秒以内、前記加熱温度の範囲の温度域で0.2秒以上2秒以下保持して施されることを特徴とする鋼部品の製造方法。
=(NH分圧)/[(H分圧)3/2](atm-1/2) ・・・ 式(2)
【数1】
ただし、式(3)において、添字iは一定時間間隔毎の測定回を表すし、X0は窒化ポテンシャルKの測定間隔(時間)を、KNXiは窒化処理中のi回目の測定における窒化ポテンシャルKを、Xは合計の窒化処理時間(例えば、X0の等間隔で測定した場合はX0×iになる。)を示す。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50 ・・・式(4)
ただし、式(4)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
(8)
前記ガス窒化処理のガス雰囲気が、NH、H及びNを合計で99.5体積%以上含むことを特徴とする(7)に記載の鋼部品の製造方法。
(9)
前記高周波焼入れ処理を施した後、160℃以上180℃以下の温度で1時間以上1.5時間以下保持して焼戻し処理を施すことを特徴とする(7)または(8)に記載の鋼部品の製造方法。
(10)
前記ガス窒化処理後において、鋼の表面に形成された化合物層中のγ’相が面積比率で50%以上であり、その後前記高周波焼入れ処理を施すことを特徴とする(7)~(9)のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
(11)
Feの一部に代えて、質量%で、Mo:1.50%未満を含有する(7)~(10)のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
(12)
Feの一部に代えて、質量%で、Cu:1.00%未満、Ni:0.01%以上1.00%未満のうち1種または2種を含有する(7)~(11)のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
(13)
Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.300%未満を含有する(7)~(12)のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
(14)
Feの一部に代えて、質量%で、Ti:0.300%未満、B:0.0100%未満のうち1種または2種を含有する(7)~(13)のいずれか1項に記載の鋼部品の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る鋼部品は、面疲労強度及び曲げ疲労強度ともに優れている。例えば、自動車や産業機械の歯車などの摺動部品に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】γ’相及びε相狙いで窒化した時の表層組織(上段)、及び高周波焼入れ後の表層組織(下段)の一例を示す図である。
図2】面疲労強度を評価するために用いたローラーピッティング試験用の小ローラーの一例を示す概念図である。
図3】面疲労強度を評価するために用いたローラーピッティング試験用の大ローラーの一例を示す概念図である。
図4】回転曲げ曲げ疲労強度を評価するための円柱試験片の一例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[鋼の成分]
鋼における各成分元素の含有量及び部品表面における元素の濃度の「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
【0024】
[C:0.05%以上0.35%以下]
Cは、化合物層中のε相を安定化させる他、高周波焼入れにおける表層の硬化能、及び芯部強度を確保する効果のある元素である。Cの含有量が0.05%未満では、前記の効果が不十分である。また、Cの含有量が0.35%を超えると、素材となる棒鋼、線材や熱間鍛造後の強度が高くなりすぎるため、加工性が大きく低下する。なお、効果を確実に得るために、C含有量の好ましい下限は0.08%であり、好ましい上限は0.30%である。
【0025】
[Si:0.10以上1.50%以下]
Siは、窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な窒化物(Si)を形成する他、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗を高める効果があり、面疲労強度や曲げ疲労強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、Siの含有量が0.1%未満では前記の効果が不十分である。一方、Siの含有量が1.50%を超えると、素材となる棒鋼、線材や熱間鍛造後の強度が高くなりすぎるため、切削加工性が大きく低下する。なお、効果を確実に得るために、Si含有量の好ましい下限は0.15%であり、好ましい上限は1.3%である。
【0026】
[Mn:0.20以上2.50%以下]
Mnは、窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な窒化物(Mn)を形成する他、焼入れ性を高める効果があるため、面疲労強度及び曲げ疲労強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、その含有量が0.20%未満では前記の効果が不十分である。一方、Mnの含有量が2.50%を超えると、面疲労強度を高める効果が飽和するだけでなく、棒鋼、線材や熱間鍛造後の強度が高くなりすぎるため、切削加工性が大きく低下する。したがって、鋼のMn含有量を0.20%以上2.5%以下とする。なお、Mnの含有量が0.40%以上になると、面疲労強度及び耐摩耗性の向上が顕著になるので、効果を確実に得るために、Mn含有量の好ましい下限範囲は0.40%であり、好ましい上限は2.30%である。
【0027】
[S:0.003%以上0.050%以下]
Sは、Mnと結合してMnSを形成し、切削加工性を向上させる。しかしながら、その含有量が0.003%未満では、前記の効果が得難い。一方、Sの含有量が多くなると、粗大なMnSを生成しやすくなり、面疲労強度を低下させる傾向があり、特に、その含有量が0.050%を超えると、面疲労強度の低下が顕著になる。したがって、鋼におけるSの含有量を0.003%以上0.050%以下とした。なお、効果を確実に得るために、S含有量の好ましい下限は0.005%であり、好ましい上限は0.030%である。
【0028】
[Cr:0.50%以上2.50%以下]
Crは、窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な窒化物(CrN)を形成する他、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗を高める効果があり、面疲労強度及び曲げ疲労強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、その含有量が0.50%未満では前記の効果が不十分である。Crの含有量が0.70%以上になると、面疲労強度及び曲げ広強度の向上が顕著になる。一方、Crの含有量が2.50%を超えると、面疲労強度及び曲げ疲労強度を高める効果が飽和するだけでなく、素材となる棒鋼、線材や熱間鍛造後の強度が高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する。したがって、鋼におけるCrの含有量を0.50%以上2.50%以下とした。なお、効果を確実に得るためにCr含有量の好ましい下限は0.70%であり、好ましい上限は1.80%である。
【0029】
[V:0.05%以上1.30%以下]
Vは、窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細な窒化物(VN)を形成する他、焼入れ性を高める効果があるため、面疲労強度や曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。また、窒化時に時効硬化作用を発揮して芯部硬さを向上させる。しかしながら、その含有量が0.05%未満では前記の効果が不十分である。一方、Vの含有量が1.30%以上では、素材となる棒鋼、線材や熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、合金コストが増大する。効果を確実に得るためにV含有量の好ましい下限は0.10%であり、好ましい上限は1.10%である。
【0030】
[Al:0.010%以上0.300%以下]
Alは、脱酸作用を有すると同時に、窒化物(AlN)を形成して、焼入れ部の結晶粒を微細化し、面疲労強度を高める効果がある。また、窒化処理によって、化合物層や拡散層中に微細なAlNを形成することから、面疲労強度及び曲げ疲労強度を高めるのに有効な元素である。しかしながら、Alの含有量が0.010%未満ではこの効果は得難い。一方で、Alは硬質な酸化物系介在物を形成しやすく、Alの含有量が0.300%を超えると、曲げ疲労強度の低下が著しくなり、他の要件を満たしていても所望の曲げ疲労強度が得られなくなる。効果を確実に得るためAl含有量の好ましい下限は0.020%であり、好ましい上限は0.200%である。
【0031】
[N:0.003%以上0.025%以下]
Nは、Al、Ti、Nb、Vと結合してAlN、TiN、NbN、VNを形成しやすく、このうちAlN、NbN、VNは結晶粒微細化に有効で、面疲労強度を高める効果がある。しかしながら、Nの含有量が0.003%未満ではこの効果は得難い。一方で、Nの含有量が0.025%を超えると、粗大なTiNが形成されやすくなるため、面疲労強度の低下が著しくなり、他の要件を満たしていても所望の面疲労強度が得られなくなる。したがって、鋼におけるNの含有量を0.003%以上0.025%以下とした。効果を確実に得るためにN含有量の好ましい範囲は0.005%であり、好ましい上限は0.020%である。
【0032】
上記元素の他、残部がFeと不純物からなる化学組成を有するものである。なお、不純物としてのPの含有量は下記のとおりに制限することが好ましい。
【0033】
[P:0.025%以下]
Pは、粒界偏析して粒界を脆化させやすい元素のため、その含有量が0.025%を超えると、他の要件を満たしていても、少ない頻度ではあるが、面疲労強度が低下する場合がある。したがって、鋼におけるPの含有量は0.025%以下とすることが好ましい。P含有量のより好ましい上限は0.018%である。
【0034】
なお、不純物とは、原材料に含まれる、あるいは製造の過程で混入する成分であり、意図的に鋼に含有させたものではない成分のことをいう。不純物とは、例えば、0.05%以下のPb、Bi、Te、Sn、0.01%以下のW、Co、As、Mg、Zr、In、REMである。Pb,Bi,Te,Snは被削性を向上させる目的で、0.30%以下を添加しても大きな影響はない。
また、Feの一部に代えて、以下の元素を含有してもよい。
【0035】
[Mo:1.50%未満]
Moは、化合物層中のε相を安定化させる他、化合物層や拡散層中に微細な窒化物(MoN)を形成する他、焼入れ性を高める効果があるため、面疲労強度や曲げ疲労強度の向上に有効な元素である。また、窒化時に時効硬化作用を発揮して芯部硬さを向上させる。これらの効果を確実に得るため、Moは0.01%以上の含有が好ましい。一方、Moの含有量が1.50%以上であると、素材となる棒鋼、線材や熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、合金コストが増大する。Mo含有する場合のさらに好ましい下限は0.05%であり、好ましい上限は1.20%未満である。
【0036】
[Cu:1.00%未満]
Cuは、固溶強化元素として部品の芯部硬さならびに窒素拡散層の硬さを向上させる。Cuの固溶強化の作用を確実に発揮させるためには0.01%以上の含有が好ましい。一方、Cuの含有量が1.00%以上であると、素材となる棒鋼、線材や熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、熱間延性が低下するため、熱間圧延時、熱間鍛造時に表面傷発生の原因となる。熱間延性維持のためのCu含有量のさらに好ましい下限は0.05%であり、好ましい上限は0.90%未満である。
【0037】
[Ni:1.00%未満]
Niは、固溶強化により芯部硬さ及び表層硬さを向上させる。Niの固溶強化の作用を確実に発揮させるためには0.01%以上の含有が好ましい。一方、Niの含有量が1.00%以上であると、棒鋼、線材や熱間鍛造後の硬さが高くなりすぎるため、切削加工性が著しく低下する他、合金コストが増大する。十分な切削加工性を得るためのNi含有量の好ましい下限は0.05%であり、好ましい上限は0.90%未満である。
【0038】
[Nb:0.300%未満]
Nbは、窒化時に鋼の表層に侵入したNや、母相のCと結合し、微細な窒化物や炭窒化物を形成することで表層や芯部硬さを向上させる。この効果を確実に発揮させるためには0.010%以上の含有が好ましい。一方、Nbの含有量が0.300%以上では、粗大な窒化物、炭窒化物が生成し、鋼中の固溶C、N量が増加しないため、効果が飽和する。Nb含有量のさらに好ましい下限は0.015%であり、好ましい上限は0.250%未満である。
【0039】
[Ti:0.300%未満]
Tiは、窒化時に鋼の表層に侵入したNや、母相のCと結合し、微細な窒化物や炭窒化物を形成することで表層や芯部硬さを向上させる。この効果を確実に発揮させるためには0.005%の含有が好ましい。一方、Tiの含有量が0.300%以上では、粗大な窒化物、炭窒化物が生成し、鋼中の固溶C、N量が増加しないため、効果が飽和する。Ti含有量のさらに好ましい下限は0.007%であり、好ましい上限は0.200%未満である。
【0040】
[B:0.0100%未満]
固溶Bは、Pの粒界偏析を抑制し、靭性を向上させる効果を持つ。また、Nと結合して析出するBNは、切削性を向上させる。これらの作用を確実に得るため、Bは0.0005%(5ppm)以上とすることが好ましい。一方、Bの含有量が0.0100%を超えると、上記効果が飽和するだけでなく、多量なBNが偏析することで鋼材に割れが生じることがある。B含有量のさらに好ましい下限は0.0008%であり、好ましい上限は0.0080%である。
【0041】
[0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50]
本発明の窒化処理部品の成分は、さらに、C、Mn、Cr、V、Moの含有量(質量%)が以下の式(4)を満たすとよい。
0.00≦-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo≦0.50 ・・・式(4)
ただし、式(4)中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0042】
C、Mn、Cr、V及びMoは、化合物層の相構造及び厚さに影響を及ぼす元素である。C及びMoにはε相を安定化させ、化合物層の厚さを高める効果がある。一方Mn、Cr及びVには、化合物層を薄くする効果がある。そのため、これらの元素の含有量を一定の範囲に制御することで、化合物層中のγ’相の比率、及び化合物層厚さを安定して制御でき、面疲労強度及び曲げ疲労強度を向上させることができる。
【0043】
これらの効果を得るため、式(4)中の{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値は0.00以上であるとよい。一方、{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値が0.50を超えると、化合物層が薄くなり、所望の面疲労強度及び曲げ疲労強度が得られないことがある。{-2.1×C+0.04×Mn+0.5×Cr+1.8×V-1.5×Mo}の値の好ましい下限は0.03%であり、好ましい上限は0.45%である。
式(4)を満足することにより、化合物層厚さは3μm以上15μm以下の厚さに制御することができる。表層部の性状を確保するため、化合物層厚さは好ましくは5μm以上あるとよい。一方、化合物層厚さが厚いと表層のピッティングが生じやすくなり、面疲労強度が低下するため、その上限は好ましくは12μmであるとよい。
また、同様に式(4)を満足することにより、鋼の表面に形成された化合物層中のγ’相が面積比率で50%(面積%)以上確保することができることを確認した。表層の空隙面積比率を抑制する観点からγ’相の面積比率は高い方がよく、好ましくは70%以上あるとよく、さらに好ましくは75%以上あるとよい。
【0044】
[表層部の空隙比率<15%]
表面から深さ3μmまでの領域(化合物層に相当)に空隙が存在すると応力集中が生じ、ピッティングや曲げ疲労破壊の起点となる。そのため、空隙はできるだけない方が好ましいので、空隙の面積比率は15%未満とするとよい。
空隙面積比率は、走査型電子顕微鏡(Scannnig Electron Microscope:SEM)によって測定することができる。部品の板厚方向の断面において、表面から3μm深さまでの領域のうち、任意に選択した面積90μmの視野中に占める空隙の総面積の比(単位は%)を、画像処理アプリケーションにより2値化して求める。そして、測定された10視野の平均値を、空隙面積比率(%)とする。化合物層が表面から深さ3μm未満の場合であっても、同様に表面から3μm深さまでの領域を測定対象とする。測定する空隙の大きさは、面積換算による円相当径で0.3μm以上のものを対象とするとよい。
空隙面積比率は好ましくは12%未満、より好ましくは8%未満であり、さらに好ましくは5%未満であるとよく、0%であることが最も好ましい。
【0045】
[表層部の(C+N)濃度]
鋼部品の表面から深さ100μmまでの領域において、炭素と窒素の合計(C+N)の平均濃度((C+N)濃度という。)が1.8原子組成%以上4.5原子組成%以下であるとよい。なお、CとNでの原子量の影響を除くため、(C+N)濃度は原子組成%表記とした。(C+N)濃度は、表面から100μm深さまでの領域の切削切粉を採取して化学分析を行い、C及びNの平均濃度を測定することにより得られる。
(C+N)濃度が1.8原子組成%未満では、マルテンサイト相の硬さが不十分であり、良好な面疲労強度や曲げ疲労強度が得られない。一方で、(C+N)濃度が4.5原子組成%を超えると、残留オーステナイト相の比率が高くなり、表層部の硬さが不十分となり、良好な面疲労強度や曲げ疲労強度が得られない。効果を確実に得るために、(C+N)濃度の好ましい下限は2.0原子組成%であり、上限は4.2原子組成%である。
【0046】
[N/(C+N)]
表面から深さ100μmまでの領域において、高周波焼入れによりN濃度の比率の高いマルテンサイト組織を得るため、(C+N)に対するNの存在比率{N/(C+N)}が0.50超であるとよい。
0.50<N/(C+N) ・・・式(1)
ただし、式(1)中のC、Nは当該元素の濃度(原子組成%)を示す。
(C+N)濃度が1.8~4.5原子組成%であっても、式(1)が0.50以下では、300℃での硬さが低くなるため、良好な面疲労強度が得られない。上記Nの存在比率(N/(C+N))の下限(式(1)の左辺)は0.60超であるとさらに好ましい。
【0047】
[表層部の硬さ]
表面から深さ100μm位置における硬さが680HV以上であるとよい。680HV未満であると、良好な面疲労強度及び曲げ疲労強度が得られない。表面から深さ100μm位置における硬さの好ましい範囲は、700HV以上であるとよい。
【0048】
[製造方法]
次に、本発明に係る鋼部品の製造方法の一例について説明する。
本発明に係る鋼部品は、前記の成分を有する鋼材を熱間鍛造などの加工によって所定の形状とし、必要に応じて切削加工や研削加工を施した後(説明の便宜上、この状態のものを以下「鋼材」と呼ぶ。)で、ガス窒化処理及び高周波焼入れ処理を施して製造することができる。
【0049】
[ガス窒化処理]
ガス窒化処理は、NH、H及びNを合計で99体積%以上含むガス雰囲気中で窒化ポテンシャルを制御した条件で施される。
なお、ガス窒化処理の雰囲気は、NH、H及びNの他、残部はCO、CO、CH、HOの少なくとも1種であって、不可避的にOなどの不純物を含んでもよい。好ましい雰囲気は、NH、H及びNを合計で99.5体積%以上であるとよい。
【0050】
[ガス窒化処理の処理温度]
ガス窒化処理の温度は、主に窒素の拡散速度と相関があり、表面硬さ及び硬化層深さに影響を及ぼす。窒化処理温度が低すぎれば、窒素の拡散速度が小さく、表面硬さが低くなり、硬化層深さが浅くなる。一方、窒化処理温度がAC1点を超えれば、フェライト相(α相)よりも窒素の拡散速度が小さいオーステナイト相(γ相)が鋼中に生成され、表面硬さが低くなり、硬化層深さが浅くなる。したがって、本実施形態では、窒化処理温度はフェライト温度域周囲の550℃以上630℃以下にするとよい。この場合、表面硬さが低くなるのを抑制でき、かつ、硬化層深さが浅くなるのを抑制できる。
【0051】
[ガス窒化処理全体の処理時間(保持時間)]
窒化処理全体の時間、つまり、窒化処理の開始から終了までの時間(保持時間)は、化合物層の形成及び分解と窒素の拡散浸透と相関があり、表面硬さ及び硬化層深さに影響を及ぼす。処理時間が短すぎると表面硬さが低くなり、硬化層深さが浅くなる。一方、処理時間が長すぎれば、化合物層表面の空隙面積比率が増加し、面疲労強度や回転曲げ疲労強度が低下する。処理時間が長すぎればさらに、製造コストが高くなる。したがって、ガス窒化処理の処理時間(保持時間)は1時間以上10時間以下であるとよい。保持時間の下限は、好ましくは1.5時間、さらに好ましくは2.0時間にするとよい。
【0052】
[ガス窒化処理の窒化ポテンシャル]
ガス窒化処理における窒化ポテンシャルKを制御することにより、化合物層中のγ’相の面積比率を50%以上とすることに加え、表面から3μmの深さまでの領域における空隙面積比率を10%未満とすることができる。
ガス窒化処理の窒化ポテンシャルKは下記式(2)で定義される。
=(NH分圧)/[(H分圧)3/2](atm-1/2) ・・・ 式(2)
また、窒化ポテンシャルKの平均値Kaveは下記式(3)で定義される。
【数2】
ここで、式(3)において、添字iは一定時間間隔毎の測定回を表し、Xは窒化ポテンシャルKの測定間隔(時間)、KNXiは窒化処理中のi回目の測定における窒化ポテンシャルKを、Xは合計の窒化処理時間(例えば、Xの等間隔で測定した場合はX×iになる。)を示す。
【0053】
ガス窒化処理の雰囲気のNH及びHの分圧は、ガスの流量を調整することにより制御することができる。
本発明者らの検討の結果、ガス窒化処理の窒化ポテンシャルは、化合物層の厚さ、相構造、空隙面積比率に影響し、最適な窒化ポテンシャルKは0.15以上0.40以下であって、さらに窒化ポテンシャルKの平均値Kaveが0.18以上0.30未満であればよいことを見出した。
【0054】
このように、ガス窒化処理条件を複雑にすることなく、安定的に化合物層中のγ’相面積比率を50%以上に高めることができ、かつ、表面から3μmの深さまでの領域における空隙面積比率を10%未満となる化合物層を形成することができる。
【0055】
[高周波焼入れ処理]
ガス窒化処理後、鋼材に高周波焼入れを施す。鋼材の表面から100μm以上の深さに高周波焼入れを施すことが好ましい。高周波焼入れ処理の加熱温度は1000℃以上1200℃以下にし、室温から加熱温度に昇温するのに要する時間を4秒以内とするとよい。1000℃以上1200℃以下の温度域に鋼材が保持される時間は0.2秒以上2秒以下とするとよい。高周波加熱終了後、直ちに急冷して焼入れする。これにより、鋼材(鋼部品)の表層(表面から深さ100μmの領域)において、マルテンサイトを70%以上含む組織にすることができる。表層部のN濃度比率が高くなっているため(0.50<N/(C+N))、N濃度の比率の高いマルテンサイト組織が得られる。このため、焼入れままの硬さは低いものの、300℃で鉄窒化物及び合金窒化物のクラスタが析出し、硬さが低下しにくい。歯車などの部品として、実際に稼働中になる300℃程度の高温においても、優れた面疲労強度と曲げ疲労強度を両立させることができる。
【0056】
高周波加熱を行う際の周波数は、小物部品であれば300kHz以上500kHz以下、大物部品であれば4kHz以上6kHz以下とすることが好ましい。
高周波焼入れを施した後、焼戻し処理を施すのが好ましい。高周波焼入れ後の焼戻しは、例えば、温度160℃以上180℃以下で、時間を1時間以上1.5時間以下とするのが好ましい。
【実施例
【0057】
表1に示す化学成分を有する鋼a~zを、それぞれ50kg真空溶解炉で溶解した後、鋳造してインゴットとした。
【0058】
このインゴットを熱間鍛造して直径35mmの丸棒とした。続いて、各丸棒を焼鈍した後切削加工を施し、表層のC、N濃度及び表面硬さを評価するための丸棒試験片を作製した。丸棒試験片は、直径26mm、長さ100mmとした。また、図2に示す面疲労強度を評価するためのローラーピッティング試験用の小ローラー、図3に示す大ローラーを作製した。さらに、図4に示す耐曲げ疲労強度を評価するための円柱試験片を作製した。
【0059】
採取された試験片に対して、次の条件でガス窒化処理を実施した。試験片をガス窒化炉に装入し、炉内にNH、H、Nの各ガスを導入して、表2に示す条件で窒化処理を実施した。ただし、試験番号30は、雰囲気中にCOガスを体積率で3%添加したガス軟窒化処理とした。ガス窒化処理後の試験片に対して、80℃の油を用いて油冷を実施した。
【0060】
雰囲気中のH分圧は、ガス窒化炉体に直接装着した熱伝導式Hセンサを用いて測定した。標準ガスと測定ガスとの熱伝導度の違いをガス濃度に換算して測定した。H分圧は、ガス窒化処理の間、継続して測定した。
【0061】
また、NH分圧は、炉外に取り付けた赤外線吸収式NH分析計を用いて測定した。NH分圧は、ガス窒化処理の間継続して測定した。なお、COガス混合の雰囲気下である試験番号30については、赤外線吸収式NH分析計内に(NHCOが析出し、装置が故障する恐れがあったため、ガラス管式NH分析計を用いて、10毎にNH分圧を測定した。
【0062】
装置内で演算された窒化ポテンシャルKが目標値に収束するように、NH流量及びN流量を調整した。10分毎に窒化ポテンシャルKを記録し、下限値、上限値及び平均値を導出した。
【0063】
[窒化処理後の化合物層厚さ及び空隙面積比率の測定]
ガス窒化処理後の小ローラーの、長手方向に垂直な方向の断面を鏡面研磨し、エッチングした。走査型電子顕微鏡(Scannnig Electron Microscope:SEM)を用いてエッチングされた断面を観察し、化合物層厚さの測定及び表層部の空隙の有無の確認を行った。エッチングは、3%ナイタール溶液で20~30秒間行った。
【0064】
化合物層は、表層に存在する白い未腐食の層として確認可能である。4000倍で撮影した組織写真10視野(視野面積:6.6×10μm)から化合物層を観察し、それぞれ10μm毎に3点の化合物層の厚さを測定した。そして、測定された30点の平均値を、化合物厚さ(μm)と定義した。
【0065】
同様に、最表面から3μm深さまでの領域中の面積90μm中に占める空隙の総面積の比(空隙面積比率、単位は%)を、画像処理アプリケーションにより2値化して求めた。そして、測定された10視野の平均値を、空隙面積比率(%)と定義した。化合物層が3μm未満の場合においても、同様に表面から3μm深さまでの領域を測定対象とした。
【0066】
[γ’相の面積比率の測定]
γ’相の面積比率は、組織写真を画像処理することにより求めた。具体的には、後方散乱電子回折法(Electron BackScatter Diffraction:EBSD)により、4000倍で取得した表層の断面視野を解析し、相マップを作図した。この相マップ10枚に対して、化合物層中のγ’相、ε相を判別し、化合物層中に占めるγ’相の面積比率を、画像処理により2値化して求めた。そして、測定された10視野でのγ’相の面積比率の平均値をγ’相の面積比率(%)と定義した。
【0067】
[高周波焼入れ]
上記の試験片を、表2に示す条件で高周波焼入れし、次いで170℃で1.5時間の焼戻しを行った。
【0068】
[C濃度、N濃度の測定]
上記処理を行った丸棒試験片の表面から深さ100μmまでの領域である表層部から、旋盤による旋削により50μmピッチで切粉の採取を行い、化学分析によってC及びNの含有量を測定し、表面~50μm位置の切粉、及び50~100μm位置の切粉からそれぞれ平均のC濃度、平均のN濃度、平均の(C+N)濃度を算出した。
【0069】
[高周波焼入れ後の空隙面積比率の測定]
同処理を行った丸棒試験片を用いて、最表面から3μm深さの領域中の面積90μm中に占める空隙の総面積の面積比(空隙面積比率、単位は%)を、画像処理アプリケーションにより2値化して求めた。そして、測定された10視野の平均値を、空隙面積比率(%)と定義した。化合物層が3μm未満の場合においても、同様に表面から3μm深さまでの領域を測定対象とした。
【0070】
[表面から深さ100μm位置での硬さの測定]
表面から深さ100μm位置での硬さは、マイクロビッカース硬さ試験によって測定することができる。鋼部品を切断等により厚さ方向の断面を出し、その断面を研磨して、JIS Z 2244に準拠し、試験力1.96Nで、鋼の表面から100μm深さ位置におけるビッカース硬さ(HV)を10点測定し、その平均値を表面から深さ100μm位置における硬さとした。
【0071】
[面疲労強度評価試験]
面疲労強度は、ローラーピッティング試験機(小松設備社製;RP102)により、次の方法で評価した。ローラーピッティング用小ローラーを、熱処理歪を除く目的で掴み部の仕上げ加工を行った後、それぞれローラーピッティング試験片に供した。仕上げ加工後の形状を図2に示す。ローラーピッティング試験は、上記のローラーピッティング試験用小ローラーと図3に示す形状のローラーピッティング試験用大ローラーの組み合わせで、表3に示す条件で行った。なお、図2図3における寸法の単位は「mm」である。
【0072】
上記ローラーピッティング試験用大ローラーは、JISのSCM420の規格を満たす鋼を用いて、一般的な製造工程、つまり、「焼きならし→試験片加工→ガス浸炭炉による共析浸炭→低温焼戻し→研磨」の工程によって作製したものである。表面から0.05mmの位置、つまり、深さ0.05mmの位置におけるビッカース硬さHvは740~760で、また、ビッカース硬さHvが550以上の深さは、0.8~1.0mmの範囲にあった。
【0073】
試験打ち切り回数は、一般的な鋼の疲労限を示す2×10回とし、小ローラー試験片においてピッティングが発生せずに2×10回に達した最大面圧を小ローラー試験片の疲労限とした。
【0074】
ピッティング発生の検出は、試験機に備え付けられた振動計によって行い、振動発生後に、小ローラー試験片と大ローラー試験片の両方の回転を停止させ、ピッティング発生と回転数を確認した。
疲労限における最大面圧(面疲労強度)が2700MPa以上であることを目標とした。
【0075】
[回転曲げ疲労強度評価試験]
ガス窒化処理に供した円柱試験片に対し、小野式回転曲げ疲労試験を実施した。回転数は3000rpm、試験打ち切り回数は、一般的な鋼の疲労限を示す1×10回とし、回転曲げ疲労試験片において、破断が生じずに1×10回に達した最大応力を回転曲げ疲労試験片の疲労限とした。
疲労限における最大応力(回転曲げ疲労強度)が650MPa以上であることを目標にした。
【0076】
[試験結果]
結果を表4(表4-1、表4-2を合わせて表4と呼ぶ。)に示す。試験番号1~25は、鋼の表面から深さ3μmの領域において、空隙の面積比率が15%未満であり、表面から深さ100μmまでの領域において、平均の(C+N)濃度が1.8~4.5原子組成%、式(1)が0.5超であり、表面から深さ100μm位置において硬さが680HV以上であった。その結果、面疲労強度が2700MPa以上、回転曲げ疲労強度が650MPa以上と良好な結果が得られた。
【0077】
試験番号26~41は、空隙面積比率、平均の(C+N)、式(1)、表面から100μm深さ位置の硬さのうちいずれか、もしくは複数の特性が、目標値に届かなかった。その結果、面疲労強度もしくは回転曲げ疲労強度も目標を満たさなかった。
【0078】
以上、本発明の実施の形態の一例を説明した。しかしながら、上述した実施の形態の一例は本発明を実施するための例示にすぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることはない。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
【表3】
【0082】
【表4-1】
【0083】
【表4-2】
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、広く鋼製の部品(鋼部品)に利用することができる。特に歯車などの高い面疲労強度や曲げ疲労強度及び耐摩耗性等が要求される鋼部品に利用することができる。
図1
図2
図3
図4