(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】紡績糸、並びに紡績糸を備える糸及び布
(51)【国際特許分類】
D02G 3/02 20060101AFI20221122BHJP
D03D 15/41 20210101ALI20221122BHJP
【FI】
D02G3/02
D03D15/41
(21)【出願番号】P 2021565602
(86)(22)【出願日】2020-12-16
(86)【国際出願番号】 JP2020046842
(87)【国際公開番号】W WO2021125195
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2019230177
(32)【優先日】2019-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000970
【氏名又は名称】弁理士法人 楓国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宅見 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】辻 雅之
(72)【発明者】
【氏名】田口 英治
(72)【発明者】
【氏名】木道 智晴
【審査官】春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-274468(JP,A)
【文献】特開2000-080531(JP,A)
【文献】国際公開第2018/153844(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/111049(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D02G1/00-3/48
D02J1/00-13/00
D03D1/00-27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部からのエネルギーにより電位を発生する第1の短繊維と、
第2の短繊維と、
第3の短繊維と、
を含む紡績糸であって、
前記第1の短繊維の圧電定数が5~30pC/Nであり、
前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維は、捲縮部を有し、
前記第1の短繊維は、前記捲縮部で拘束され、前記紡績糸の軸方向に対して傾いており、
前記第1の短繊維の長手方向の第1端側は前記第2の短繊維に拘束され、前記第1の短繊維の長手方向の第2端側は前記第3の短繊維に拘束される、紡績糸。
【請求項2】
前記第1の短繊維の前記紡績糸の軸方向に対する角度は、0度以上80度以下である、
請求項
1に記載の紡績糸。
【請求項3】
前記第1の短繊維の前記紡績糸の軸方向に対する角度は、20度以上50度以下である、
請求項
2に記載の紡績糸。
【請求項4】
前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維の繊度は、0.3dtex以上10dtex以下である、
請求項1乃至請求項
3のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項5】
前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維の長さは、10mm以上800mm以下である、
請求項1乃至請求項
4のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項6】
前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維は、1番手以上500番手以下である、
請求項1乃至請求項
5のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項7】
前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維は、長さの異なる複数の短繊維を含む、
請求項1乃至請求項
6のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項8】
前記第2の短繊維及び前記第3の短繊維は、普通繊維である、
請求項1乃至請求項
7のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項9】
前記第2の短繊維及び前記第3の短繊維は、前記第1の短繊維よりも親水性が高い素材からなる、
請求項
8に記載の紡績糸。
【請求項10】
前記第1の短繊維は、圧電繊維であり、キラル高分子を含む、
請求項1乃至請求項
9のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項11】
前記キラル高分子はポリ乳酸である、
請求項
10に記載の紡績糸。
【請求項12】
前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維のうちの少なくとも一つは、前記第1の短繊維、前記第2の短繊維、及び前記第3の短繊維の長手方向に伸びる溝部または突起部を有する、
請求項1乃至請求項
11のいずれかに記載の紡績糸。
【請求項13】
請求項1乃至請求項
12のいずれかに記載の紡績糸を複数備え、
前記紡績糸は、右撚り及び左撚りを含む、
糸。
【請求項14】
請求項1乃至請求項
12のいずれかに記載の紡績糸を備える、
布。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電荷を発生する紡績糸、並びに該紡績糸を備える糸及び布に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、抗菌性を有する糸について開示されている。特許文献1に開示された糸は、外部からのエネルギーにより電荷を発生する電荷発生繊維を備える。特許文献1に開示された糸は、発生する電荷の極性が異なる複数の電荷発生繊維を備えることにより、複数の電荷発生繊維間で、抗菌効果を発揮する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
長繊維のみを強く撚った場合、長繊維同士の間の空隙は小さくなる。長繊維同士の間の空隙が小さくなると、電場が糸の外部に漏れにくくなるため、抗菌効果が低下する。
【0005】
そこで、この発明は、効率よく抗菌効果を発揮する紡績糸、並びに該紡績糸を備える糸及び布を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の紡績糸は、外部からのエネルギーにより電位を発生する圧電繊維である短繊維を備え、前記短繊維は、複数の短繊維を含み、前記複数の短繊維同士を互いに撚り合わせてなることを特徴とする。
【0007】
本発明に係る紡績糸において、複数の短繊維は、互いに複雑に絡み合う。複数の短繊維を互いに撚ると、短繊維はそれぞれ、様々な方向に沿った状態で旋回される。すなわち、短繊維はそれぞれ、紡績糸の軸方向に対してランダムな方向に沿っている。
【0008】
紡績糸が軸方向に伸張されると、紡績糸中の各短繊維は、各短繊維の軸方向に対して様々な方向の引張、ねじり、曲げといった外力がかけられる。各短繊維は、かけられる外力の大きさや向きに応じて、様々な大きさ及び極性の電荷を発生する。これにより、紡績糸は、各短繊維の間で、様々かつ局所的な電場を発生することができる。従って、本発明に係る紡績糸は、効率よく抗菌効果を発揮することができる。
【発明の効果】
【0009】
この発明によれば、効率よく抗菌効果を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1(A)は、第1実施形態に係る紡績糸の構成を示す図であり、
図1(B)は、
図1(A)のI-I線における断面図である。
【
図2】
図2(A)及び
図2(B)は、ポリ乳酸のフィルムにおける一軸延伸方向と、電場方向と、ポリ乳酸フィルムの変形と、の関係を示す図である。
【
図3】
図3は、紡績糸に張力が加わった時に各圧電繊維に生じるずり応力(せん断応力)を図示したものである。
【
図4】
図4は、紡績糸における抗菌メカニズムを説明するための紡績糸の一部を模式的に示した断面図である。
【
図5】
図5(A)は、第2実施形態に係る紡績糸の構成を示す図であり、
図5(B)は、
図5(A)のII-II線における断面図である。
【
図6】
図6は、第3実施形態に係る紡績糸の構成を示す図である。
【
図7】
図7(A)は、抗菌糸の構成を示す一部分解図であり、
図7(B)は、短繊維111の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1(A)は、第1実施形態に係る紡績糸10の構成を示す図であり、
図1(B)は、
図1(A)のI-I線における断面図である。なお、
図1(A)及び
図1(B)においては、一例としてI-I線の断面において7本の糸の断面が示されているが、紡績糸10を構成する糸の本数はこれに限られず、実際には用途等を鑑みて、適宜設定される。また、
図1(B)においてはI-I線で切断した切断面のみを示している。
【0012】
紡績糸10は、複数の短繊維11を備える。紡績糸10は、複数の短繊維11を互いに撚り合わせてなる。短繊維11は、外部からのエネルギー、例えば伸縮により電荷を発生する圧電繊維の一例である。
【0013】
短繊維11は、機能性高分子、例えば圧電性ポリマーからなる。圧電性ポリマーとしては、例えばPVDF又はポリ乳酸(PLA)が挙げられる。また、ポリ乳酸(PLA)は、焦電性を有していない圧電性ポリマーである。ポリ乳酸は、一軸延伸されることで圧電性が生じる。ポリ乳酸には、L体モノマーが重合したPLLAと、D体モノマーが重合したPDLAと、がある。なお、短繊維11は、機能性高分子の機能を阻害しないものであれば、機能性高分子以外のものをさらに含んでいてもよい。
【0014】
ポリ乳酸は、キラル高分子であり、主鎖が螺旋構造を有する。ポリ乳酸は、一軸延伸されて分子が配向すると、圧電性を発現する。さらに熱処理を加えて結晶化度を高めると圧電定数が高くなる。一軸延伸されたポリ乳酸からなる短繊維11は、厚み方向を第1軸、延伸方向900を第3軸、第1軸及び第3軸の両方に直交する方向を第2軸と定義したとき、圧電歪み定数としてd14及びd25のテンソル成分を有する。従って、ポリ乳酸は、一軸延伸された方向に対して45度の方向に歪みが生じた場合に、最も効率よく電荷を発生する。
【0015】
図2(A)及び
図2(B)は、ポリ乳酸フィルム200における一軸延伸方向と、電場方向と、ポリ乳酸フィルム200の変形と、の関係を示す図である。
図2(A)及び
図2(B)は、短繊維11をフィルム形状と仮定したモデルケースを示したものである。
図2(A)に示すように、ポリ乳酸フィルム200は、第1対角線910Aの方向に縮み、第1対角線910Aに直交する第2対角線910Bの方向に伸びると、紙面の裏側から表側に向く方向に電場を生じる。すなわち、ポリ乳酸フィルム200は、紙面表側では、負の電荷が発生する。ポリ乳酸フィルム200は、
図2(B)に示すように、第1対角線910Aの方向に伸び、第2対角線910Bの方向に縮む場合も、電荷を発生するが、極性が逆になり、紙面の表面から裏側に向く方向に電場を生じる。すなわち、ポリ乳酸フィルム200は、紙面表側では、正の電荷が発生する。
【0016】
ポリ乳酸は、延伸による分子の配向処理で圧電性が生じるため、PVDF等の他の圧電性ポリマー又は圧電セラミックスのように、ポーリング処理を行う必要がない。一軸延伸されたポリ乳酸の圧電定数は、5~30pC/N程度であり、高分子の中では非常に高い圧電定数を有する。さらに、ポリ乳酸の圧電定数は経時的に変動することがなく、極めて安定している。
【0017】
短繊維11は、断面が円形状の繊維である。短繊維11は、例えば、圧電性高分子を押し出し成型して繊維化する手法、圧電性高分子を溶融紡糸して繊維化する手法(例えば、紡糸工程と延伸工程を分けて行う紡糸・延伸法、紡糸工程と延伸工程を連結した直延伸法、仮撚り工程も同時に行うことのできるPOY-DTY法、又は高速化を図った超高速防止法などを含む)、圧電性高分子を乾式あるいは湿式紡糸(例えば、溶媒に原料となるポリマーを溶解してノズルから押し出して繊維化するような相分離法もしくは乾湿紡糸法、溶媒を含んだままゲル状に均一に繊維化するようなゲル紡糸法、又は液晶溶液もしくは融体を用いて繊維化する液晶紡糸法、などを含む)により繊維化する手法、又は圧電性高分子を静電紡糸により繊維化する手法等により製造される。なお、短繊維11の断面形状は、円形に限るものではない。
【0018】
繊維のような紐状の物は、軸方向に垂直に切断された場合の断面積が最も小さく、切断面が軸方向に平行に近づくほど断面積が大きくなる。
図1(B)に示すように、紡績糸10の軸方向101に垂直な断面において、各短繊維11の断面積は多様である。これは、各短繊維11が、紡績糸10の軸方向101に対してランダムな角度をなしているからである。
【0019】
短繊維11は、800mm以下であることが好ましく、500mm以下、又は300mm以下であることがより好ましく、さらには100mm以下であることがより好ましい。これにより、以下で詳細に述べるように、短繊維11は、紡績糸10の側面から外部へ露出し易くなる。
【0020】
短繊維11の繊度は、0.3dtex以上10dtex以下であることが好ましい。
【0021】
短繊維11の断面形状は、特に限定は無く、例えば丸断面、異形断面、中空、サイド・バイ・サイド、2層以上の複数層のいずれでもよく、また、これらの複合でもよい。
【0022】
紡績糸10は、このような、PLLAの短繊維11を複数撚ってなる糸である。紡績糸10は、短繊維11を右旋回して撚られた右旋回糸(以下、S糸と称する。)である。なお、紡績糸10は、短繊維11を左旋回して撚られた左旋回糸(以下、Z糸と称する。)であってもよい。
【0023】
短繊維11は短いため、複数の短繊維11が撚られると、ランダムな方向に沿って旋回され易い。すなわち、
図1(A)に示すように、それぞれの短繊維11の軸方向は、紡績糸10の軸方向101に対してランダムな角度をなしている。紡績糸10、すなわち複数の短繊維11は、例えば、短繊維111、短繊維112、及び短繊維113を備える。短繊維111は本発明の第1の短繊維の一例であり、短繊維112は本発明の第2の短繊維の一例であり、短繊維113は本発明の第3の短繊維の一例である。
【0024】
短繊維111は紡績糸10の軸方向101に対して左0度以上80度以下、好ましくは20度以上~50度以下傾き、短繊維112は紡績糸10の軸方向101に対して左0度以上80度以下、好ましくは20度以上~50度以下度傾き、短繊維113は紡績糸10の軸方向101に対して左0度以上80度以下、好ましくは20度以上~50度以下傾く。短繊維111、短繊維112、及び短繊維113の紡績糸10の軸方向101に対する角度は、それぞれ異なっていても良い。
【0025】
図1(A)に示す短繊維111は、複数の短繊維11のうちカーディング工程で一定の方向へ揃えられたものである。従って、紡績糸10は、短繊維111を最も多く含む。短繊維111は、バイアスカットによって30mm以上70mm以下の範囲で異なる長さとされていても良い。
【0026】
短繊維111、短繊維112、及び短繊維113は、それぞれ捲縮部62を有する。なお、
図1(A)は、代表して短繊維111の捲縮部62を示している。短繊維111は、捲縮部62で拘束されている。例えば、短繊維111の長手方向の第1端71側は短繊維112に拘束され、短繊維111の長手方向の第2端72側は短繊維113に拘束されている。短繊維111は、第1端71を短繊維112に、第2端72を短繊維113に拘束されることで、解繊されず束ねられた状態を維持できる。これにより、ユーザは、圧電繊維に対して応力を効率よく伝達することができる。
【0027】
紡績糸10は、例えばリング、コンパクト、サイロリング、サイロコンパクト、空気精紡、エアスピニング、ミュール、フライヤーなどの方法で製造されるが、製法に限定は無い。
【0028】
短繊維111、短繊維112、及び短繊維113は、それぞれ1番手以上500番手以下であることが好ましい。
【0029】
図3は、紡績糸10の軸方向101に張力が加わった時に各短繊維11に生じるずり応力(せん断応力)を図示したものである。
【0030】
図3に示すように、紡績糸10の軸方向101に外力(張力)がかかると、短繊維111は、
図2(A)に示した状態のようになり、表面に負の電荷を生じ、内側に正の電荷を生じる。また、同時に短繊維112又は短繊維113は、
図2(A)に示した状態のようになり、表面に負の電荷を生じ、内側に正の電荷を生じる。なお、短繊維112又は短繊維113の軸方向が、短繊維111の軸方向と90度異なる向きに沿っている場合、短繊維112又は短繊維113は、
図2(B)に示した状態のようになり、表面に正の電荷を生じ、内側に負の電荷を生じる。
【0031】
このように、紡績糸10に外力(張力)がかかると、短繊維111、短繊維112、及び短繊維113は表面に異なる大きさの電荷を発生する。すなわち、それぞれの短繊維11の向きはランダムであるため、それぞれの短繊維11は、様々な大きさ及び極性の電荷を発生する。例えば、短繊維112が短繊維111の軸方向と90度異なる向きに沿っている場合、短繊維111の第1表面は、空隙41を挟んで短繊維112の第2表面と対向する。このため、紡績糸10における短繊維11の間という狭い領域で局所的に強い電場が生じる。また、紡績糸10を軸方向101に伸張する力が小さい場合であっても、複数の短繊維11において様々な大きさ及び極性の電荷を発生するため、電場を生じることができる。
【0032】
紡績糸10において、複数の短繊維11はそれぞれランダムな方向に沿って旋回されている。複数の短繊維11が強く撚られていても、複数の短繊維11の間に空隙41が生じ易い。また、各短繊維11は、様々な大きさ及び極性の電荷を発生するため、各短繊維11間である空隙41において、様々な大きさの電場が生じる。これにより、以下に説明するように、空隙41で捕集した菌に対する抗菌効果が向上する。
【0033】
図4は、紡績糸10における抗菌メカニズムを説明するための紡績糸10の一部を模式的に示した断面図である。
図4に示すように紡績糸10は、複数の短繊維11間に生じる空隙41に、水分40を吸収することができる。水分40とともに紡績糸10に吸収された菌等の微粒子42は、紡績糸10の内部に保持されやすくなる。また、紡績糸10内部の空隙41がより大きくなるほど、吸収できる水分40の量が増加するため、紡績糸10の内部に保持される微粒子42も増加する。このように、紡績糸10は、微粒子42の捕集性能に優れる。
【0034】
紡績糸10が微粒子42を捕集した後に、紡績糸10中の水分40が蒸発すると、紡績糸10の空隙41に微粒子42が残留する。紡績糸10が軸方向101に伸張されると、紡績糸10は、局所的に複数の短繊維11の間で電場を生じる。微粒子42は、空隙41、すなわち複数の短繊維11の間に捕集されているため、紡績糸10中の微粒子42は、局所的で極大な電場に曝される。従って、紡績糸10は、発生する電場によって菌等に対して効率よく抗菌効果を生じさせることができる。
【0035】
また、紡績糸10は複数の短繊維11の間に空隙41を多く有するため、電場は紡績糸10の外部へ漏れ易くなる。紡績糸10は、近接する所定の電位、例えば人体等の所定の電位(グランド電位を含む。)を有する物に近接した場合に、紡績糸10と該物との間に電場を生じさせる。紡績糸10は、この様にして、他の所定の電位を有する物との間でも抗菌効果を発揮する。
【0036】
従来から、電場により細菌及び真菌の増殖を抑制することができる旨が知られている(例えば、土戸哲明,高麗寛紀,松岡英明,小泉淳一著、講談社:微生物制御-科学と工学を参照。また、例えば、高木浩一,高電圧・プラズマ技術の農業・食品分野への応用,J.HTSJ,Vol.51,No.216を参照)。また、この電場を生じさせている電位により、湿気等で形成された電流経路、又は局部的なミクロな放電現象等で形成された回路を電流が流れることがある。この電流により菌が弱体化し菌の増殖を抑制することが考えられる。なお、本実施形態で言う菌とは、細菌、真菌又はダニやノミ等の微生物を含む。
【0037】
従って、紡績糸10は、紡績糸10の内部に形成される電場によって、あるいは人体等の所定の電位を有する物に近接した場合に発生する電場によって、直接的に抗菌効果を発揮する。あるいは、紡績糸10は、汗等の水分を介して、内部又は近接する他の繊維若しくは人体等の所定の電位を有する物に近接した場合に電流を流す。この電流によっても、直接的に抗菌効果を発揮する場合がある。あるいは、電流又は電圧の作用により水分に含まれる酸素が変化した活性酸素種、さらに繊維中に含まれる添加材との相互作用又は触媒作用によって生じたラジカル種、又はその他の抗菌性化学種(アミン誘導体等)によって間接的に抗菌効果を発揮する場合がある。あるいは、電場又は電流の存在によるストレス環境により菌の細胞内に酸素ラジカルが生成される場合がある、これにより紡績糸10が、間接的に抗菌効果を発揮する場合がある。ラジカルとしては、スーパーオキシドアニオンラジカル(活性酸素)又はヒドロキシラジカルの発生が考えられる。なお、本実施形態で言う「抗菌」とは、菌の発生を抑制する効果、また菌を死滅する効果の両方を含む概念である。
【0038】
紡績糸10は、伸縮により電荷を生じさせる圧電繊維を用いるため、電源が不要であり、感電のおそれもない。圧電繊維の寿命は、薬剤等による抗菌効果よりも長く持続する。また、圧電繊維は、薬剤よりもアレルギー反応が生じるおそれが低い。
【0039】
紡績糸10において、それぞれの短繊維11は、紡績糸10において紡績糸10の軸方向101の途中で途切れている。短繊維11の端部(例えば、
図1(A)及び
図1(B)に示す第1端71及び第2端72)は、紡績糸10の側面から周囲へ露出している。多数の短繊維11の端部が、紡績糸10の側面に露出しているため、紡績糸10の側面はいわゆる毛羽立った構造となる。これにより、紡績糸10は、肌触りや外観を調整することができる。また、紡績糸10は、毛羽立ちにより表面積が増えるため、紡績糸10の側面に水分や微粒子を吸着し易くなる。これにより、紡績糸10は、微粒子の捕集性能に優れ、効率よく抗菌効果を生じさせることができる。
【0040】
短繊維11は、長手方向全体にわたって捲縮していてもよい。捲縮された短繊維11は、複雑な形状となるため、互いに複雑に絡み合いやすい。このため、紡績糸10に外力(張力)がかかると、様々な方向の引っ張り、ねじり、曲げの力が各短繊維11にかかる。従って各短繊維11は、様々な大きさの電荷を発生するため、各短繊維11の間で様々な電場を発生することができる。
【0041】
短繊維11のクリンプ数は、0個/インチ以上20個/インチ以下が好ましく、クリンプの大きさ(捲縮率)は、0%以上20%以下であることが好ましい。
【0042】
また、紡績糸10は、捲縮された複数の短繊維11を含む方が、捲縮されていない複数の短繊維11を含む場合と比べて、複数の短繊維11の間に生じる空隙41が大きくなる。これにより、捲縮されていない複数の短繊維11を含む場合と比べて、紡績糸10の抗菌効果が向上する。
【0043】
前述のように、カーディング工程で、複数の短繊維11のうち一部の短繊維111は一定の方向へ揃えられる。一定の方向へ揃えられた短繊維111は、紡績工程で撚られることにより、紡績糸10の軸方向101に対して左に45度で旋回する。複数の短繊維11のうちカーディング工程で一定の方向へ揃えられた短繊維111の割合が多いほど、紡績糸10において同一の方向に沿う短繊維111の割合が増える。紡績糸10は左45度に傾いて旋回されている短繊維111が多い場合、紡績糸10全体として、表面に負の電荷を生じる。このように、カーディング工程で紡績糸10中の短繊維111の割合を変化させることにより、紡績糸10の表面に生じる電荷の極性をコントロールすることができる。
【0044】
紡績糸10の軸方向101に対する短繊維111の軸方向の角度は、紡績糸10の撚り回数によって変えることができる。紡績糸10の撚り回数が多くなるほど、紡績糸10の軸方向101に対する短繊維111の延伸方向900の傾きの角度が大きくなる。
【0045】
なお、各短繊維11の太さは、それぞれ同一でもよく、異なっていてもよい。また、各短繊維11の太さは必ずしも均一である必要もない。
【0046】
なお、表面に負の電荷を生じる糸としては、PLLAを用いたS糸の他にも、PDLAを用いたZ糸も考えられる。また、表面に正の電荷を生じる糸としては、PLLAを用いたZ糸の他にも、PDLAを用いたS糸も考えられる。
【0047】
以下、第2実施形態に係る紡績糸50について説明する。
図5(A)は、第2実施形態に係る紡績糸50の構成を示す図であり、
図5(B)は、
図5(A)のII-II線における紡績糸50の断面図である。
図5(A)は、短繊維11をハッチングで示す。紡績糸50の説明においては、第1実施形態と異なる点についてのみ説明を行い、同様の点については説明を省略する。
【0048】
紡績糸50は、圧電繊維である複数の短繊維11と、普通繊維である複数の短繊維51と、を含んでいる。この例においては、第1実施形態における短繊維111が短繊維11であり、第1実施形態における短繊維112及び短繊維113が短繊維51である。普通繊維は、圧電性のない糸である。普通繊維としては、例えば、綿又は麻等の天然繊維、獣毛又は絹等の動物繊維、ポリエステル、ポリウレタン等の化学繊維、レーヨン、キュプラ等の再生繊維、アセテート等の半合成繊維、又はこれらを撚ってなる撚糸が挙げられる。紡績糸50の強度や伸縮度合いは、短繊維51の素材の選択により使用態様に応じて調節することができる。
【0049】
短繊維51の素材である普通繊維は、短繊維11である圧電繊維よりも親水性が高い素材からなることが好ましい。すなわち、短繊維112及び短繊維113は、短繊維111を構成するPLLAより親水性が高い素材からなる。このため、紡績糸50は、PLLAのみからなる紡績糸よりも親水性が高くなる。紡績糸50の親水性が高くなると紡績糸50の内部に水分が染み込み易くなる。従って、紡績糸50の捕集性能が高くなり、紡績糸50の側面や空隙41に水分や微粒子を吸着し易くなる。
【0050】
水分が紡績糸50の空隙41に入り込むと、紡績糸50は膨潤する。逆に、水分が気化して紡績糸50の空隙41から外部へ排出されるとき、紡績糸50は収縮する。紡績糸10が膨潤又は収縮すると、紡績糸50内部の各短繊維11が伸縮する。各短繊維11が伸縮するため、紡績糸50の内部に局所的な電場が発生する。紡績糸50の内部に取り込まれた菌は、電場によって死滅、又は失活する。従って、紡績糸50は、長繊維のみにより作製された糸に比べて比表面積が大きくなり、微粒子の捕集性能に優れ、各短繊維11が発生する電荷によって菌等に対して効率よく抗菌効果を生じさせることができる。
【0051】
以下、第3実施形態に係る紡績糸60について説明する。
図6は、紡績糸60の構成を示す図である。紡績糸60の説明においては、第1実施形態の紡績糸10と異なる点についてのみ説明を行い、同様の点については説明を省略する。
【0052】
図6に示すように、紡績糸60は、短繊維111及び短繊維61とを含む。短繊維61は、短繊維111よりも短い。短繊維111及び短繊維61は、共に撚られる。短繊維111は、長いため紡績糸60の軸方向101に対して比較的同一の方向に沿って旋回される。短繊維111の大部分は、紡績糸60の軸方向101に対して左に傾いた状態であるため、紡績糸60の軸方向101に伸張されると短繊維111の大部分は表面に負の電荷を生じる。これに対して、短繊維61は、短いため紡績糸60の軸方向101に対してランダムな方向に沿って旋回されるものも含まれる。このため、短繊維61は、短繊維111と比べて紡績糸60の軸方向101に対して右に傾いた状態のものを多く含むため、紡績糸60の軸方向101に伸張されると短繊維61は表面に正の電荷を生じるものを一部含む。従って、紡績糸60は、短繊維111と短繊維61との間に局所的に電場を生じさせることができる。なお、紡績糸60は、短繊維111と短繊維61とを備える短繊維2種類の例を挙げたが、短繊維の長さは2種類に限らず、3種類以上の長さの物を含んでいてもよい。
【0053】
以下、抗菌糸70について説明する。
図7(A)は、抗菌糸の構成を示す一部分解図であり、
図7(B)は、短繊維111の断面図である。
【0054】
図7(A)に示すように、抗菌糸70は、紡績糸10及び紡績糸20を含む。抗菌糸70は、紡績糸10及び紡績糸20が互いに左旋回して撚られた糸(Z糸)である。
【0055】
抗菌糸70において、紡績糸10は左0度以上80度以下、好ましくは20度以上~50度以下に傾いて旋回されている短繊維111を多く含み、伸張されると紡績糸10全体として、表面に負の電荷を生じる。紡績糸20は、短繊維11を左旋回して撚られた左旋回糸(Z糸)である。紡績糸20は、右0度以上80度以下、好ましくは20度以上~50度以下に傾いて旋回されている短繊維を多く含み、伸張されると紡績糸20全体として、表面に正の電荷を生じる。
【0056】
紡績糸10及び紡績糸20において、短繊維11の延伸方向900はそれぞれの軸方向101に対する傾きは、紡績糸10、紡績糸20、及び抗菌糸70の撚り回数で調節できる。抗菌糸70の撚り回数は、紡績糸10及び紡績糸20の撚り回数よりも少ないことが好ましい。例えば、それぞれの短繊維11の延伸方向900は、最終的に抗菌糸70の軸方向103に対して45度傾くように調節されることが好ましい。これにより、抗菌糸70が抗菌糸70の軸方向103に対して伸張されたとき、各短繊維11が効果的に電荷を生じることができる。
【0057】
なお、紡績糸20はPLLAを用いたZ糸であるが、紡績糸20はPDLAを用いたS糸であってもよい。紡績糸10及び紡績糸20が同じS糸であるため、抗菌糸70を製造する際に糸同士の角度が調節し易くなる。なお、紡績糸10はPDLAを用いたZ糸であってもよい。この場合、紡績糸10及び紡績糸20が同じZ糸であるため、抗菌糸70を製造する際に糸同士の角度が調節し易くなる。
【0058】
抗菌糸70は、表面に負の電荷を生じる紡績糸10と表面に正の電荷を生じる紡績糸20とが互いに撚られてなるため、抗菌糸70単体で強い電場を生じさせることができる。紡績糸10及び紡績糸20のそれぞれの糸において、紡績糸10又は紡績糸20の内部と表面との間に形成される電場は空気中に漏れ出る。紡績糸10及び紡績糸20が発生させる電場同士は結合する。紡績糸10及び紡績糸20の近接部分に強い電場が形成され、抗菌糸70は抗菌効果を奏する。
【0059】
撚糸の構造は複雑であり、紡績糸10及び紡績糸20の近接個所は一様ではない。また、紡績糸10又は紡績糸20に張力が加わると、近接個所も変化する。これにより、それぞれの部分において電場の強度には変化があり、対称形が崩された電場が生じることとなる。なお、紡績糸10及び紡績糸20が互いに右旋回して撚られた糸(S糸)も、同様に糸単体で電場を生じさせることができる。紡績糸10の撚り数、紡績糸20の撚り数、又はこれらの糸を撚り合わせた抗菌糸70の撚り数は、抗菌効果を鑑みて決定される。
【0060】
上述した紡績糸を構成する複数の短繊維11は、短繊維11同士の接触する部分を有している。互いに接触する短繊維11において、一方の短繊維11の静摩擦係数は、他方の短繊維11の静摩擦係数より高くなるように設計されている。例えば、短繊維111の静摩擦係数は、短繊維112及び短繊維113の静摩擦係数より高い。これにより、接触する短繊維11同士の相対的な動きを抑制することができ、短繊維11は、紡績糸10に対して効率よくずり応力を加えることができる。
【0061】
また、
図7(B)に示すように、短繊維11のうち短繊維111は異形断面糸である。なお、互いに接触する短繊維111、短繊維112、及び短繊維113のうち少なくとも一つが異形断面糸であってもよく、全てが異形断面糸であってもよい。異形断面糸とは、十字形、星形多角形又は凹多角形等の断面を有する糸である。いずれの例においても、異形断面糸は、異形断面糸の長手方向に伸びる溝部又は突起部を有している。ここで、異形断面糸は、溝部及び凸突起部の両方を有していてもよい。例えば、短繊維111は、溝部74及び凸突起部75を有している。これにより短繊維11同士が交絡し易くなり、短繊維11は、紡績糸10に対して効率よくずり応力を加えることができる。
【0062】
以下、抗菌布80について説明する。
図8は、抗菌布80の構成を示す図である。
【0063】
図8に示すように、抗菌布80は、複数本の紡績糸10と複数本の紡績糸20とを備える。紡績糸10及び紡績糸20は、抗菌糸70で説明したものと同様であるため、説明を省略する。
【0064】
抗菌布80において、紡績糸10及び紡績糸20以外の部分は、非圧電繊維である。ここで、非圧電繊維とは、一般的に糸として使用される木綿や羊毛等の天然繊維又は合成繊維等から成る電荷を発生させないものを含む。なお、非圧電繊維は、紡績糸10及び紡績糸20と比べて微弱な電荷を発生させるものを含めていてもよい。抗菌布80において、紡績糸10及び紡績糸20は、平行に交互に並んで配置された状態で、非圧電繊維と共に織り込まれている。
【0065】
抗菌布80において、経糸が紡績糸10及び紡績糸20、及び非圧電繊維であり、緯糸が非圧電繊維である。なお、経糸には必ずしも非圧電繊維を織り込む必要はなく、紡績糸10及び紡績糸20のみであってもよい。また、緯糸は非圧電繊維に限られず、紡績糸10又は紡績糸20を含んでいてもよい。
【0066】
抗菌布80が経糸に平行な方向へ伸張されると、紡績糸10及び紡績糸20から電荷が発生する。紡績糸10及び紡績糸20のそれぞれの糸において、糸の内部と表面との間に形成される電場が空気中に漏れ出る。紡績糸10及び紡績糸20が発生させる電場同士は結合する。紡績糸10及び紡績糸20の近接部分に、強い電場が形成される。これにより、抗菌布80は抗菌効果を奏する。
【0067】
抗菌布80において、紡績糸10及び紡績糸20の表面は、毛羽立っている。紡績糸10、紡績糸20及び非圧電繊維同士の接触面積は、紡績糸10及び紡績糸20が毛羽立っていない場合と比べて大きい。このため、抗菌布80が伸張されるとき、抗菌布80が十分に伸びきっていない場合であっても、紡績糸10及び紡績糸20が引っ張られる状態が生じる。従って、抗菌布80に与えられる負荷が小さい場合であっても、抗菌布80は電場を発生させることができる。
【0068】
なお、抗菌布80としては、織物に限定されない。抗菌布80としては、例えば、紡績糸10及び紡績糸20を編糸として用いて編んだ編物、紡績糸10及び紡績糸20を備える不織布などが挙げられる。
【0069】
以上の様な、紡績糸10、紡績糸20、紡績糸50、紡績糸60、抗菌糸70、又は抗菌布80は、各種の衣料、又は医療部材等の製品に適用可能である。例えば、紡績糸10、紡績糸20、紡績糸50、紡績糸60、抗菌糸70、又は抗菌布80は、マスク、肌着(特に靴下)、タオル、靴及びブーツ等の中敷き、スポーツウェア全般、帽子、寝具(布団、マットレス、シーツ、枕、枕カバー等を含む。)、歯ブラシ、フロス、浄水器、エアコン又は空気清浄器のフィルタ等、ぬいぐるみ、ペット関連商品(ペット用マット、ペット用服、ペット用服のインナー)、各種マット品(足、手、又は便座等)、カーテン、台所用品(スポンジ又は布巾等)、シート(車、電車又は飛行機等のシート)、オートバイ用ヘルメットの緩衝材及びその外装材、ソファ、包帯、ガーゼ、縫合糸、医者及び患者の服、サポーター、サニタリ用品、スポーツ用品(ウェア及びグローブのインナー、又は武道で使用する籠手等)、空調機若しくは空気清浄機等のフィルタ、あるいは包装資材、網戸等に適用することができる。
【0070】
最後に、本実施形態の説明は、すべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上述の実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。さらに、本発明の範囲には、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0071】
10,20,50,60…紡績糸
11,51,61…短繊維
70…抗菌糸
80…抗菌布
111…第1の短繊維
112…第2の短繊維
113…第3の短繊維