(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】推進薬用組成物およびこれを含む自己着火二液式推進薬
(51)【国際特許分類】
C06D 5/00 20060101AFI20221122BHJP
C06B 47/02 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C06D5/00 A
C06B47/02
(21)【出願番号】P 2018199176
(22)【出願日】2018-10-23
【審査請求日】2021-09-03
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100181124
【氏名又は名称】沖田 壮男
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(72)【発明者】
【氏名】畑井 啓吾
【審査官】柴田 啓二
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-75497(JP,A)
【文献】特開2011-6274(JP,A)
【文献】特表2003-517992(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C06D 5/00
C06B 47/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-メチルアミノプロピルアミンおよび1,2-ジアミノプロパンの少なくとも一方と、還元剤と、を含有することを特徴とする推進薬用組成物。
【請求項2】
前記還元剤が、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウムおよび水素化ホウ素リチウムを含む群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の推進薬用組成物。
【請求項3】
前記還元剤の濃度が7.5重量%以上である、請求項1または2記載の推進薬用組成物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の推進薬用組成物と、過酸化水素水と、を含有する、自己着火二液式推進薬。
【請求項5】
前記過酸化水素水における過酸化水素の濃度が、60重量%以上である、請求項4に記載の自己着火二液式推進薬。
【請求項6】
前記推進薬用組成物に対する前記過酸化水素水の混合割合が、質量比で2~7である、請求項4または5記載の自己着火二液式推進薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推進薬用組成物および自己着火二液式推進薬に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、衛星推進系の推進薬としては、燃料であるヒドラジン、モノメチルヒドラジンまたはジメチルヒドラジンと、酸化剤である四酸化二窒素と、を含むものが広く用いられている。このヒドラジン系の推進薬は、ヒドラジンと四酸化二窒素を混ぜるだけで着火・燃焼する自己着火性を有する。そのため、ヒドラジン系の推進薬は、点火器の不要な信頼性の高いスラスタを実現することが可能である(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
ヒドラジンまたはモノメチルヒドラジンと四酸化二窒素とは、毒性が高く、発癌性が疑われている物質である。そのため、これらの物質を取り扱う際には、空気供給型保護スーツを着用する必要がある。また、欧州では、ヒドラジン等の毒性が高い物質や発癌性のある物質の使用を規制する動きがあり、今後、世界的な動向となる可能性がある。
【0004】
毒性を下げた推進薬としては、例えば、主燃料である、アルコール類、ケトン類およびアミン類からなる群から選択される少なくとも1種と、酸化剤である過酸化水素水と、燃焼助剤である金属成分を有する錯体と、を含むものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】ロケット工学基礎講義、p72-73、コロナ社、2001年12月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載されている推進薬は、毒性の点において、ヒドラジン系の推進薬よりも優れている(低毒性を実現している)ものの、自己着火性の点においては充分な性能が得られていなかった。
【0008】
このように、毒性物質使用規制の動きも高まりつつある中、低毒性と自己着火性とを両立する推進薬、および推進薬用組成物が求められていた。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、低毒性であり、自己着火性に優れる自己着火二液式推進薬、およびこれに含有される推進薬用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を提案している。
本発明は、推進薬用組成物であって、3-メチルアミノプロピルアミンおよび1,2-ジアミノプロパンの少なくとも一方と、還元剤と、を含有することを特徴とする。
【0011】
本発明は、上記記載の推進薬用組成物と、過酸化水素水と、を含有する自己着火二液式推進薬も提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、低毒性の推進薬用組成物、低毒性で自己着火性に優れる自己着火二液式推進薬を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の推進薬用組成物および自己着火二液式推進薬の実施の形態について説明する。
なお、以下の実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0014】
[推進薬用組成物]
本実施形態の推進薬用組成物は、3-メチルアミノプロピルアミンおよび1,2-ジアミノプロパンの少なくとも一方と、還元剤と、を含有する。
【0015】
3-メチルアミノプロピルアミンおよび1,2-ジアミノプロパンは、後述する自己着火二液式推進薬の主燃料となる主燃料構成物質である。
主燃料構成物質は、1種を単独で用いてもよく、2種を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
3-メチルアミノプロピルアミンと1,2-ジアミノプロパンとの理論比推力(ロケットエンジンの推進剤効率を示す指標であり、推進剤の質量流量に対する推力の大きさ)を比較すると、水酸化ホウ素ナトリウムを10重量%添加した場合に、3-メチルアミノプロピルアミンの方がわずかに優れていることから、3-メチルアミノプロピルアミンの方が推進薬用主燃料構成物質としてより好ましい場合がある。
【0017】
3-メチルアミノプロピルアミンおよび1,2-ジアミノプロパンは、常温(23℃)で液体である。
【0018】
これらの物質以外にも、推進薬用主燃料構成物質としては、1,2-ジアミノシクロヘキサン、ビス(2-メトキシメチル)アミン、3-メトシキプロピルアミン、1,4-ブタンジオールビス(3-アミノプロピル)エーテル、エチレングリコールビス(3-アミノプロピル)エーテル、ジエチレングリコールビス(3-アミノプロピル)エーテル、N,N´-ジメチルエチレン尿素(DMI)、N,N´-ジメチルプロピレン尿素等も用いることはできる。
しかしながら、本実施形態においては、自己着火性に優れる観点から、3-メチルアミノプロピルアミン、または1,2-ジアミノプロパンを用いることが好ましい。
【0019】
本実施形態における低毒性とは、毒劇物法において「毒物」に非該当となる基準(急性経口毒性50mg/kg以上、急性経皮毒性200mg/kg以上、急性吸入毒性2mg/L(4hr)以上)を満たし、物質の変異原性を評価するためのバイオアッセイ試験法であるエームズ試験(Ames test)において陰性であることをいう。
【0020】
還元剤は、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウムおよび水素化ホウ素リチウムを含む群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。空気に対して安定であり、取り扱いやすく、コストが低い点から、水素化ホウ素ナトリウムがより好ましい。
還元剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
本実施形態における還元剤は、常温(23℃)で固体(粉末)である。
【0022】
本実施形態の推進薬用組成物における還元剤の濃度は、7.5重量%以上であることが好ましい。
7.5重量%以上であれば、10msec程度もしくは10msecを下回る着火遅れで、推進薬用組成物を含む自己着火二液式推進薬が確実に自己着火する傾向にある。
また、還元剤の濃度は、10重量%以上であることがより好ましい。10重量%以上であれば、着火遅れ時間がより低減する傾向にあり、推進薬用組成物を含む自己着火二液式推進薬がより確実に自己着火する傾向にある。
なお、還元剤の濃度は、5重量%以下であると、着火遅れが20msec以上になるか、もしくは自己着火二液式推進薬の着火が不安定となる傾向にあることから、好ましくない。
【0023】
本実施形態の推進薬用組成物における還元剤の濃度は、過酸化水素水の濃度によって設定することも好ましい態様である。着火遅れの低減は、酸化剤である過酸化水素水の濃度にも依存する傾向にあるためである。
【0024】
本実施形態の推進薬用組成物における還元剤の濃度の上限は、特に数値としては設けていないが、推進薬用主燃料構成物質に溶解する最大濃度が実質的上限となる。
【0025】
本実施形態の推進薬用組成物の製造方法は、特に限定されず、例えば、液体の主燃料に、固体の還元剤を加えて、撹拌、混合する方法が挙げられる。
【0026】
本実施形態の推進薬用組成物によれば、3-メチルアミノプロピルアミンおよび1,2-ジアミノプロパンの少なくとも一方と、還元剤と、を含有するため、低毒性であり、自己着火性に優れる自己着火二液式推進薬を提供することができる。
【0027】
[自己着火二液式推進薬]
本実施形態の自己着火二液式推進薬は、本実施形態の上記推進薬用組成物と、過酸化水素水と、を含有する。
【0028】
本実施形態の自己着火二液式推進薬において、過酸化水素水は酸化剤として機能する。
【0029】
過酸化水素水における過酸化水素の濃度は、60重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましい。過酸化水素水における過酸化水素の濃度の上限は、95重量%以下であってもよく、90重量%以下であってもよい。
過酸化水素の濃度が60重量%以上であれば、自己着火二液式推進薬は自己着火性に優れる傾向にある。
【0030】
本実施形態における自己着火性とは、点火器による点火なしに着火することをいう。また、自己着火性に優れるとは、着火遅れ試験による着火遅れが10msec以下であることをいう。着火遅れとは、推進薬用組成物と過酸化水素水が接触してから、輝炎が発生するまでの時間のことである。
【0031】
着火遅れ試験は、一例として、以下のようにして行われる。
試験管に30μLの推進薬用組成物を採取し、マイクロピペットにより、推進薬用組成物と同体積の87.5重量%濃度の過酸化水素水を20cm上方から推進薬用組成物に滴下して、2液を混合させ、反応の様子を高速度カメラにて観察する。これにより、2液の接触から火炎発生までの所要時間(着火遅れ)を計測する。
【0032】
本実施形態の自己着火二液式推進薬において、過酸化水素水と推進薬用組成物の混合比は、推進薬用組成物に対する前記過酸化水素水の混合割合が、質量比で2~7であることが好ましく、質量比で4~6であることがより好ましい。
過酸化水素水と推進薬用組成物の混合比が、上記の範囲内であれば、自己着火二液式推進薬は、比推力(燃費)に優れる。
過酸化水素水と推進薬用組成物の混合方法は、一方(例えば、過酸化水素水)を他方(例えば、推進薬用組成物)へ添加してもよく、混合容器へ過酸化水素水と推進薬用組成物とを流し込んで混合してもよく、混合方法は特に限定されない。
【0033】
本実施形態の自己着火二液式推進薬は、低毒性であり自己着火性に優れることから、人工衛星等のスラスタ用燃料として用いることが好ましく、点火器の不要な信頼性の高いスラスタを実現することが可能である。
【0034】
本実施形態の自己着火二液式推進薬は、人工衛星等のスラスタ用燃料に限られず、低毒性であり自己着火性に優れることが求められる技術分野に好適に用いられることができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
[実施例1]
3-メチルアミノプロピルアミン90重量%に、水素化ホウ素ナトリウム粉末10重量%を溶解させて推進薬用組成物を調製した。
この推進薬用組成物30μLに対して、濃度87.5重量%の過酸化水素水30μLを滴下したところ、推進薬用組成物と過酸化水素水が接触した直後に、着火、燃焼した。
高速度カメラによる観察の結果、着火遅れは8.6msecであった。
また、3-メチルアミノプロピルアミンの毒性について、表1に示す。
【0037】
[実施例2]
1,2-ジアミノプロパン90重量%に、水素化ホウ素ナトリウム粉末10重量%を溶解させて推進薬用組成物を調製した。
この推進薬用組成物30μLに対して、濃度87.5重量%の過酸化水素水30μLを滴下したところ、推進薬用組成物と過酸化水素水が接触した直後に、着火、燃焼した。
高速度カメラによる観察の結果、着火遅れは8.3msecであった。
また、1,2-ジアミノプロパンの毒性について、表1に示す。
【0038】
[参考例]
また、ヒドラジンの毒性について、表1に示す。
【0039】
なお、2-ジアミノシクロヘキサン、ビス(2-メトキシメチル)アミン、3-メトシキプロピルアミン、1,4-ブタンジオールビス(3-アミノプロピル)エーテル、エチレングリコールビス(3-アミノプロピル)エーテル、ジエチレングリコールビス(3-アミノプロピル)エーテル、N,N´-ジメチルエチレン尿素(DMI)、N,N´-ジメチルプロピレン尿素、についても、実施例1、2と同様に着火試験を行い、自己着火性は実施例1、2よりも劣るが推進薬として使用し得ることを確認した。
【0040】
【0041】
以上の結果から、実施例1および2は、低毒性であり、自己着火性に優れる自己着火二液式推進薬が得られることが分かった。