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特許7181139特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法及び算出装置、及び特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知方法及び予兆検知装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法及び算出装置、及び特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知方法及び予兆検知装置
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20221122BHJP
   C12Q 1/64 20060101ALI20221122BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20221122BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12Q1/64
C12M1/34 B
C12M1/34 D
G01N21/64 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019061670
(22)【出願日】2019-03-27
(65)【公開番号】P2020156429
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2021-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】390000011
【氏名又は名称】JFEアドバンテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【弁理士】
【氏名又は名称】前堀 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100184343
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 茂雄
(72)【発明者】
【氏名】吉田 光男
(72)【発明者】
【氏名】加藤 宏晴
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特開平8-242886(JP,A)
【文献】国際公開第2018/105414(WO,A1)
【文献】平成28年度 日本水産学会春季大会 講演要旨集, 2016, p.86 (709)
【文献】平成29年度 日本水産学会春季大会 講演要旨集, 2017, p.81 (709)
【文献】平成30年度 日本水産学会秋季大会 講演要旨集, 2018, p.44 (516)
【文献】平成31年度 日本水産学会春季大会 講演要旨集, 2019.03.26, p.108 (845)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12M 1/00- 3/10
G01N 21/62-21/74
A01K 61/00-61/65;61/80-63/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物プランクトン群を含む基準試料に励起光を照射し、ここで、前記植物プランクトン群には複数種類の植物プランクトンが含まれており、前記複数種類の植物プランクトンには特定種の植物プランクトンが含まれている可能性があり、前記特定種の植物プランクトンは前記励起光を吸収して蛍光を生じ、
2つの波長帯域それぞれにおいて、前記基準試料から生じる前記蛍光の強度を測定すると共に、これら2つの強度の比である基準試料強度比を算出し、
前記基準試料から生じる前記蛍光の、略全波長帯域における強度である基準試料全体蛍光強度を測定し、
前記基準試料に含まれる前記特定種の植物プランクトンの基準存在量を計数し、
前記基準試料強度比と、前記基準試料全体蛍光強度と、前記基準存在量とに基づいて、前記植物プランクトン群のうち前記特定種の植物プランクトン以外の他の種の植物プランクトンから生じる前記蛍光の前記2つの波長帯域それぞれにおける強度の比である他種プランクトン強度比を算出し、
前記植物プランクトン群の組成に関して前記基準試料との類似性が見込まれる分析試料に励起光を照射し、
前記2つの波長帯域それぞれにおいて、前記分析試料から生じる前記蛍光の強度を測定すると共に、これら2つの強度の比である強度比を算出し、
前記分析試料から生じる前記蛍光の、略全波長帯域における強度である全体蛍光強度を測定し、
前記他種プランクトン強度比と、前記強度比と、前記全体蛍光強度とに基づいて、前記分析試料に含まれ得る前記特定種の植物プランクトンの存在量を算出する、特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法。
【請求項2】
前記存在量は、前記特定種の植物プランクトンの存在数量である、
請求項1に記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法。
【請求項3】
前記存在量は、前記特定種の植物プランクトンの存在数量に基づく指標として表される、
請求項1に記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法。
【請求項4】
前記指標は、前記存在数量の程度を示す表現で表される、
請求項3に記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法。
【請求項5】
前記他種プランクトン強度比を、複数の前記基準試料それぞれについて測定又は算出された、複数組の、前記基準試料強度比と、前記基準試料全体蛍光強度と、前記基準存在量とに基づいて算出する、
請求項1~4のいずれか1つに記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法。
【請求項6】
前記他種プランクトン強度比を、経時的に更新する、
請求項1~5のいずれか1つに記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法。
【請求項7】
前記特定種の植物プランクトンは、赤潮発生の原因になり得るものであって、
上記請求項1~6のいずれか1つに記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法により算出された前記存在量に基づいて、前記赤潮発生の予兆を検知する、特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知方法。
【請求項8】
植物プランクトン群を含む基準試料に励起光を照射する励起光発生部と、ここで、前記植物プランクトン群には複数種類の植物プランクトンが含まれており、前記複数種類の植物プランクトンには特定種の植物プランクトンが含まれている可能性があり、前記特定種の植物プランクトンは前記励起光を吸収して蛍光を生じ、 2つの波長帯域それぞれにおける強度である基準試料波長帯域蛍光強度と、略全波長帯域における強度である基準試料全体蛍光強度とを測定する、蛍光強度測定部と、
2つの前記基準試料波長帯域蛍光強度の比である基準試料強度比を算出して、前記基準試料強度比と、前記基準試料全体蛍光強度と、前記基準試料に含まれる前記特定種の植物プランクトンについて予め計数された基準存在量とに基づいて、前記植物プランクトン群のうち前記特定種の植物プランクトン以外の他の種の植物プランクトンから生じる前記蛍光の前記2つの波長帯域それぞれにおける強度の比である他種プランクトン強度比を算出する、演算部と、を有し、
前記励起光発生部は、前記植物プランクトン群の組成に関して前記基準試料との類似性が見込まれる分析試料に励起光を照射し、
前記蛍光強度測定部は、前記分析試料から生じる前記蛍光の、前記2つの波長帯域それぞれにおける強度である波長帯域蛍光強度と、略全波長帯域における強度である全体蛍光強度とを測定し、
前記演算部は、2つの前記波長帯域蛍光強度の比である強度比を算出し、前記他種プランクトン強度比と、前記強度比と、前記全体蛍光強度とに基づいて、前記分析試料に含まれ得る前記特定種の植物プランクトンの存在量を算出する、特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置。
【請求項9】
上記請求項8に記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置により算出された前記特定種の植物プランクトンの前記存在量に基づいて、前記特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆を検知する予兆検知部を備えている、特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法及び算出装置、及び特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知方法及び予兆検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
カレニア ミキモトイ(Karenia mikimotoi)及び/又はシャットネラ アンティーカ(Chattonella antiqua)等の特定種の植物プランクトンが増殖することにより所謂赤潮が発生し、養殖場において、生け簀中に混入する場合がある。この種の植物プランクトンが増殖すると、養殖魚類を大量斃死させるなどの漁業産業に大きなダメージを与えることがある。このため、従来、赤潮発生の予兆を検知する様々な取り組みがなされている。
【0003】
例えば、現場にて採水された試料を顕微鏡で観察することにより、試料に含まれる植物プランクトンの種類を同定しつつ数を数え存在量を測定することが知られている。
【0004】
また別の方法として、光学式クロロフィル計(例えばJFEアドバンテック株式会社の製品Infinity-CLW)を用いて、励起光を照射した際に、植物プランクトンが有する蛍光色素(例えばクロロフィル)から生じる蛍光の強度を測定することにより植物プランクトンの存在量を簡易的に測定することが知られている。
【0005】
また別の方法として、多波長励起蛍光光度計(例えばJFEアドバンテック株式会社の製品Multi-Exciter)を用いて、複数の励起波長で励起光を照射した際に、植物プランクトンの蛍光色素から生じる蛍光の強度パターン(励起スペクトル)を測定することにより植物プランクトンの種類を「」レベルで粗く分別することが知られている。
【0006】
また別の方法として、特定種の植物プランクトンとしてカレニア ミキモトイを遺伝子分析により検出することが知られている。例えば、株式会社ニッポンジーンが販売する「赤潮原因プランクトン検出キット1-カレニア ミキモトイ」を用いて、現場にて採取された試料中にカレニア ミキモトイが存在するか否か、LAMP法により遺伝子の違いを調べて「種」レベルで分析することが知られている。
【0007】
また別の方法として、非特許文献1~3には、435nm付近の励起光を照射した際の植物プランクトンの蛍光スペクトルに関して、特定種の植物プランクトン(例えばカレニア ミキモトイ、シャットネラ アンティーカ)の蛍光スペクトルのピークの波長が、他の藻類に比して長波長側に位置していることが開示されている。さらに、上記特定種の植物プランクトンの蛍光スペクトルの波長670nmにおける蛍光強度に対する波長685nmにおける蛍光強度の比(f685/670)が、他の藻類に比して高く、該蛍光強度の比(f685/670)に基づいて特定種の植物プランクトンの存在量のモニタリングの可能性が示唆されている。
【0008】
また別の方法として、非特許文献4には、試料中の植物プランクトン1つずつに、励起光を照射した際の、波長655nm及び波長685nmそれぞれにおける蛍光強度を測定し、波長655nmにおける蛍光強度が大きい場合は藍藻、波長685nmにおける蛍光強度が大きい場合には他の植物プランクトンというように植物プランクトンを「門」レベルで極粗く分別することが示唆されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】島崎洋平著(他7名)、「数種植物プランクトン培養株における励起蛍光スペクトルの比較解析」、平成26年度公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集、平成26年度公益社団法人日本水産学会春季大会、平成26年3月27日発行、p.143
【文献】島崎洋平著(他6名)、「励起蛍光スペクトルを利用した渦鞭毛藻Karenia mikimotoi赤潮動態モニタリング法の検討」、平成28年度公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集、平成28年度公益社団法人日本水産学会春季大会、平成28年3月26日発行、p.86
【文献】島崎洋平著(他7名)、「水中観測型蛍光分光器を用いた有害渦鞭毛藻Karenia mikimotoiの現場モニタリングの検討」、平成29年度公益社団法人日本水産学会春季大会講演要旨集、平成29年度公益社団法人日本水産学会春季大会、平成29年3月26日発行、p.81
【文献】斎藤俊幸著(他2名)、「2波長の蛍光成分同時検出による藍藻のin situ粒径解析計測法の開発」、レーザー研究 第24巻 第4号、一般社団法人レーザー学会、平成8年4月発行、p.499-506
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
顕微鏡による観察の場合、採水、種の同定及び個数を数えるのに非常に手間を要するので、測定頻度、場所が限られてしまう。
【0011】
光学式クロロフィル計によれば、植物プランクトンの総量的な情報しか得られないので、特定種の植物プランクトンの存在量を知ることができない。
【0012】
多波長励起蛍光光度計及び非特許文献4の方法によれば、植物プランクトンの粗いレベルでの分別にとどまり、赤潮発生の要因になり得る特定種の植物プランクトン(例えばカレニア ミキモトイ、シャットネラ アンティーカ)を弁別するのに必要な「種」レベルでの分別ができない。
【0013】
遺伝子分析によれば、「種」レベルでの植物プランクトンの分別はでき、特定種の植物プランクトンが存在するかどうかはわかるものの、遺伝子数がコントロールされずに高倍率で増幅されるため存在量を知ることはできない。また、シリンジ、加熱保湿器具などを用意し、注意深く使用する必要がある点、試薬を低温で温度管理する必要があり、扱いに手間を要する点、人が作業、判定に関与する必要があるため自動的に測定し判定できない点があり、実用上の制約もある。
【0014】
非特許文献1~3によれば、特定種の植物プランクトンの蛍光スペクトルのピークがシフトする現象(以下、本現象をスペクトルシフトと称する場合がある)のメカニズムが提示されておらず、どのような条件で測定し、どのようなパラメータを用いてどのような演算をすれば有用な情報が得られるのかわかっていなかった。
【0015】
すなわち、従来の方法では、複数の種類が混在する植物プランクトン群のうち特定種の植物プランクトンの存在量を簡便に得ることができない。このことはいつ、どの場所で発生するかわからない赤潮の予兆を検知するためには、大きな制約となる。
【0016】
本発明は、複数の種類が混在する植物プランクトン群のうち特定種の植物プランクトンの存在量を簡便に算出することができる、特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法及び算出装置、及び特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知方法及び予兆検知装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本願発明者は、特定種の植物プランクトンの蛍光スペクトルに見られる上記ピークシフトの現象のメカニズムについて以下の知見を得た。すなわち、植物プランクトンに含まれる蛍光色素は励起光を吸収して蛍光を発生する。この蛍光の一部が蛍光色素に再吸収されると共に蛍光を再発生する。
【0018】
この再吸収は、吸収が大きな波長の蛍光では起こりやすく、吸収が小さな波長の蛍光では起こり難い。例えば、吸収スペクトルの長波長側限界(吸収端と呼ぶ)の近傍(波長が長くなるにつれて吸収が減少する波長領域)では、その範囲内で波長が短くなると吸収が起こりやすく、その分だけ植物プランクトン個体内に吸収されずに透過して検出される蛍光は弱くなる。一方、波長が長くなり吸収端に近づくにつれて吸収され難く、植物プランクトン個体外部で検出される蛍光は弱くなり難い。蛍光スペクトルのピーク近傍に関して考えると、蛍光の吸収され易さは長波長になるほど低下するため、波長の短い方は長い方に比して、蛍光は再吸収により弱められ、そのため蛍光スペクトルのピークが長波長側にシフトする。
【0019】
再吸収の起こりやすさは、最初に蛍光が生じた蛍光色素の周りに近接してどれだけ多くの蛍光色素があるかに依存する。特定種の植物プランクトンとして、カレニア ミキモトイ及びシャットネラ アンティーカは、顕微鏡で確認すると、蛍光色素(葉緑体)が互いに近接して体積的に密集しており、このため他の植物プランクトンに比して再吸収が起こりやすい。本発明は、上記知見に基づく。
【0020】
本発明の一側面は、
植物プランクトン群を含む基準試料に励起光を照射し、ここで、前記植物プランクトン群には複数種類の植物プランクトンが含まれており、前記複数種類の植物プランクトンには特定種の植物プランクトンが含まれている可能性があり、前記特定種の植物プランクトンは前記励起光を吸収して蛍光を生じ、
2つの波長帯域それぞれにおいて、前記基準試料から生じる前記蛍光の強度を測定すると共に、これら2つの強度の比である基準試料強度比を算出し、
前記基準試料から生じる前記蛍光の、略全波長帯域における強度である基準試料全体蛍光強度を測定し、
前記基準試料に含まれる前記特定種の植物プランクトンの基準存在量を計数し、
前記基準試料強度比と、前記基準試料全体蛍光強度と、前記基準存在量とに基づいて、前記植物プランクトン群のうち前記特定種の植物プランクトン以外の他の種の植物プランクトンから生じる前記蛍光の前記2つの波長帯域それぞれにおける強度の比である他種プランクトン強度比を算出し、
前記植物プランクトン群の組成に関して前記基準試料との類似性が見込まれる分析試料に励起光を照射し、
前記2つの波長帯域それぞれにおいて、前記分析試料から生じる前記蛍光の強度を測定すると共に、これら2つの強度の比である強度比を算出し、
前記分析試料から生じる前記蛍光の、略全波長帯域における強度である全体蛍光強度を測定し、
前記他種プランクトン強度比と、前記強度比と、前記全体蛍光強度とに基づいて、前記分析試料に含まれ得る前記特定種の植物プランクトンの存在量を算出する、特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法を提供する。
【0021】
ここで、本明細書において、存在量とは、定量的な存在数量の他、定性的な指標や表現をも含むものとする。
【0022】
また、略全波長帯域とは、波長域全体を測定しなくても、波長帯域全体における蛍光強度を推定するのに十分な、広い範囲での測定ができる波長範囲を意味するものとする。
【0023】
また、基準試料との類似性が見込まれる分析試料とは、分析試料の場所、または場所と時期が、基準試料と同じか又は十分に近い場合のみならず、基準試料の場所、または場所と時期が遠く離れているとしても植物プランクトン群の組成が十分に近いことが見込まれる場合も含まれるものとする。換言すれば、基準試料と分析試料とは、場所または場所と時期が一般に近いほど植物プランクトン群の組成の類似性が見込まれるが、物理的、時間的に遠く離れていても、植物プランクトン群の組成の類似性が見込まれる場合もあり、この場合も分析試料に含まれることを意味している。
【0024】
本発明によれば、例えば再吸収の生じやすさが異なる複数の波長帯域において測定された蛍光の強度に基づいて、再吸収が相対的に大きな特定種の植物プランクトンの存在量を算出(推定)することができる。しかも、蛍光の強度を測定波長に関しピンポイントではなく、広がりのある波長帯域において測定することにより、測定バラツキ及び測定ノイズが低減するので、ロバスト性の高い測定結果が容易に得られる。
【0025】
上記2つの波長帯域において測定された蛍光の強度に基づいて特定種の植物プランクトンの存在量を算出するには、以下の方法が考えられる。まず、分析試料に存在し得る特定種及びこの他の種の植物プランクトンそれぞれについて、2つの波長帯域それぞれにおいて生じる単位存在量あたりから生じる蛍光の強度を予め測定しておく。次いで、分析対象の試料から生じる蛍光の強度を、2つの波長帯域それぞれにおいて測定する。
【0026】
そして、2つの波長帯域それぞれにおいて、測定された蛍光の強度を、特定種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度と他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度との和として表す、2つの方程式をたてる。ここで、特定種及び他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度は、それぞれの存在量に、それぞれの単位存在量あたりから生じる蛍光の強度を乗じて表される。最後に、これらの2つの方程式を解くことにより、特定種の植物プランクトンの存在量が算出される。
【0027】
上記方法は、分析試料にどの種の植物プランクトンが含まれているのかが明らかであることを前提とするものであり、分析試料に含まれるそれぞれの植物プランクトンについて、単位存在量あたりの蛍光の強度を予め測定することを要する。
【0028】
ここで、分析対象とする特定種の植物プランクトンについては、当該特定種の植物プランクトン単一種からなる試料を準備して、単位存在量あたりにおいて生じる蛍光の強度を予め測定することができる。
【0029】
しかしながら、分析試料に含まれる植物プランクトンは、分析される場所によって異なり得る。このため、分析試料に如何なる種の植物プランクトンが含まれているのか事前に判らないので、他種の植物プランクトンのみからなる試料を事前に準備することができず、単位存在量あたりの他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度を予め測定することはできない。まして、他種の植物プランクトンが複数種類、存在する場合もあり、それぞれについて単位存在量あたりにおいて生じる蛍光の強度を測定することは容易ではない。
【0030】
この点について、本発明では、他種プランクトン強度比を、基準試料に基づいて予め算出しておくものであり、単位存在量あたりの他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度を予め測定することを要しない。また、他種プランクトン強度比は、他種の植物プランクトンが1種であるか複数種であるかによらず、植物プランクトン群のうち特定種の植物プランクトンを除いた他種の植物プランクトン全体として算出される。さらに、分析試料は植物プランクトン群の組成に関して基準試料との類似性が見込まれるものであるので、基準試料に基づく他種プランクトン強度比を流用して、分析試料における特定種の植物プランクトンの存在量を算出できる。
【0031】
したがって、分析試料に含まれる他種の植物プランクトンを事前に把握することを要せずに、特定種の植物プランクトンの存在量を算出できる。
【0032】
好ましくは、前記存在量は、前記特定種の植物プランクトンの存在数量である。
【0033】
ここで、本明細書において、存在数量とは、セル数及び比率を含む包括的な意味を有している。例えば、特定種の植物プランクトンの存在量とは、特定種の植物プランクトンの、セル数、密度(セル数/ml)、他の植物プランクトンに対する存在比、及び植物プランクトン群全体のセル数に対する特定種の植物プランクトンのセル数のいずれかを意味するものとする。
【0034】
本構成によれば、特定種の植物プランクトンの存在量を絶対値により把握できる。
【0035】
好ましくは、前記存在量は、前記特定種の植物プランクトンの存在数量に基づく指標として表される。
【0036】
本構成によれば、特定種の植物プランクトンの存在量を把握しやすい。
【0037】
好ましくは、前記指標は、前記存在数量の程度を示す表現で表される。
【0038】
本構成によれば、程度を示す表現で表された指標により、特定種の植物プランクトンの存在数量の程度を把握しやすい。
【0039】
好ましくは、前記他種プランクトン強度比を、複数の前記基準試料それぞれについて測定又は算出された、複数組の、前記基準試料強度比と、前記基準試料全体蛍光強度と、前記基準存在量とに基づいて算出する。
【0040】
本構成によれば、複数組の基準試料強度比、基準試料全体蛍光強度、及び基準存在量に基づいて、基準試料のバラツキを減じて、他種プランクトン強度比の信頼性が向上する。
【0041】
好ましくは、前記他種プランクトン強度比を、経時的に更新する。
【0042】
本構成によれば、サンプリング対象の場所に存在し得る植物プランクトン群の経時的な変化に対応して、他種プランクトン強度比が、適宜、更新されるので、特定種の植物プランクトンの存在量の信頼性が向上する。
【0043】
また、本発明の他の側面は、
前記特定種の植物プランクトンは、赤潮発生の原因になり得るものであって、
上記いずれか1つに記載の特定種の植物プランクトンの存在量の算出方法により算出された前記存在量に基づいて、前記赤潮発生の予兆を検知する、特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知方法を提供する。
【0044】
本発明によれば、特定種の植物プランクトンの推定存在量に基づいて、赤潮発生の予兆を検知できる。
【0045】
また、本発明の更なる他の側面は、
植物プランクトン群を含む基準試料に励起光を照射する励起光発生部と、ここで、前記植物プランクトン群には複数種類の植物プランクトンが含まれており、前記複数種類の植物プランクトンには特定種の植物プランクトンが含まれている可能性があり、前記特定種の植物プランクトンは前記励起光を吸収して蛍光を生じ、
2つの波長帯域それぞれにおける強度である基準試料波長帯域蛍光強度と、略全波長帯域における強度である基準試料全体蛍光強度とを測定する、蛍光強度測定部と、
2つの前記基準試料波長帯域蛍光強度の比である基準試料強度比を算出して、前記基準試料強度比と、前記基準試料全体蛍光強度と、前記基準試料に含まれる前記特定種の植物プランクトンについて予め計数された基準存在量とに基づいて、前記植物プランクトン群のうち前記特定種の植物プランクトン以外の他の種の植物プランクトンから生じる前記蛍光の前記2つの波長帯域それぞれにおける強度の比である他種プランクトン強度比を算出する、演算部と、を有し、
前記励起光発生部は、前記植物プランクトン群の組成に関して前記基準試料との類似性が見込まれる分析試料に励起光を照射し、
前記蛍光強度測定部は、前記分析試料から生じる前記蛍光の、前記2つの波長帯域それぞれにおける強度である波長帯域蛍光強度と、略全波長帯域における強度である全体蛍光強度とを測定し、
前記演算部は、2つの前記波長帯域蛍光強度の比である強度比を算出し、前記他種プランクトン強度比と、前記強度比と、前記全体蛍光強度とに基づいて、前記分析試料に含まれ得る前記特定種の植物プランクトンの存在量を算出する、特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置を提供する。
【0046】
また、本発明の更なる他の側面は、
上記特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置により算出された前記特定種の植物プランクトンの前記存在量に基づいて、前記特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆を検知する予兆検知部を備えている、特定種の植物プランクトンによる赤潮発生の予兆検知装置を提供する。
【発明の効果】
【0047】
本発明によれば、複数の種類が混在する植物プランクトン群においても、特定種の植物プランクトンの存在量を簡便に算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
図1】本発明の第1実施形態に係る特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置の概略構成を示す図。
図2】クロロフィルa及びクロロフィルbの吸収スペクトルを示すグラフ。
図3】植物プランクトンの蛍光スペクトルを示すグラフ。
図4】特定種の植物プランクトンにおいて蛍光スペクトルのピークシフトが起こるメカニズムを説明する図。
図5】波長帯域の中心波長及び幅の決め方を説明するグラフ。
図6】変形例に係る、波長帯域の中心波長及び幅の決め方を説明するグラフ。
図7】特定種の植物プランクトンの密度と蛍光強度との関係を示すグラフ。
図8】他の植物プランクトンの密度と蛍光強度との関係を示すグラフ。
図9】植物プランクトンの密度と蛍光比との関係を示すグラフ。
図10】特定種の植物プランクトンの存在量の算出結果と顕微鏡で観察した同存在量との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明に係る実施形態を添付図面に従って説明する。なお、以下の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物、あるいは、その用途を制限することを意図するものではない。また、図面は模式的なものであり、各寸法の比率等は現実のものとは相違している。
【0050】
図1は本発明の一実施形態に係る特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置1の概略構成を示している。図1に示されるように、算出装置1は、植物プランクトンを含む測定対象の試料に励起光を照射する励起光発生部10と、励起光により試料から生じた蛍光を測定する蛍光強度測定部20と、これらの駆動を制御すると共に測定結果を解析する制御装置30とを備えている。
【0051】
励起光発生部10は、発光素子11と送光用光学フィルタユニット12とを有している。発光素子11は、試料に向かう送光軸を有し試料に向かって所定強度の励起光を照射するように構成されている。本実施形態では、発光素子11としてLED(発光ダイオード)が採用されている。
【0052】
送光用光学フィルタユニット12は、発光素子11の送光軸に対向するように発光素子11と測定対象の試料との間に配設されており、発光素子11により照射された励起光のうち特定の波長帯域の励起光を通過させ、他の波長の励起光をカットするように構成されている。本実施形態では、送光用光学フィルタユニット12は、例えば薄膜フィルタ又はガラスフィルタにより構成されている。
【0053】
なお、本実施形態では、植物プランクトンに含まれる蛍光色素の1つであるクロロフィルaを効率的に励起できるように、送光用光学フィルタユニット12による波長帯域が設定されている。具体的には、クロロフィルa及びクロロフィルbの吸収スペクトルを示す図2(Sven Beer、Mats Bjork(「o」はウムラウト記号付き)、及びJohn Beardall著による”Photosynthesis in the Marine Environment, First Edition”に開示された図4.2)を参照して、クロロフィルaは、波長が約420nm~約450nmの波長帯域において吸収が大きくなっている。本実施形態では、クロロフィルaが効率よく励起されるように、励起光としてクロロフィルaへの吸収が大きい中心波長が435nm、半価幅が約120nmである波長帯域の励起光が用いられている。
【0054】
蛍光強度測定部20は、受光素子21と受光用光学フィルタユニット22とを有している。受光素子21は、試料に対向するように配設され、励起光により試料から生じた蛍光を測定するように構成されている。本実施形態では、受光素子21としてフォトダイオードPDが採用されている。
【0055】
受光用光学フィルタユニット22は、受光素子21の受光軸に対向するように受光素子21と測定対象の試料との間に配設されており、試料から生じた蛍光のうち特定の波長帯域の蛍光を通過させ、他をカットするように構成されている。本実施形態では、互いに異なる波長帯域A,Bそれぞれに対応した2種類の受光用光学フィルタユニット22A及び22Bが設けられている。
【0056】
波長帯域Aは、中心波長が670nm、半価幅が12nmである。波長帯域Bは、中心波長が690nm、半価幅が12nmである。すなわち、受光用光学フィルタユニット22Aは、波長がおおよそ664nm以上676nm以下である蛍光を通過させ、その他の波長成分をカットする。受光用光学フィルタユニット22Bは、波長がおおよそ684nm以上696nm以下である蛍光を通過させ、その他の波長成分をカットする。なお、図示は省略するが、算出装置1では、受光素子21は、受光用光学フィルタユニット22を介さずに、全波長帯域における、試料から生じる蛍光の強度を計測することもできる。
【0057】
制御装置30は、CPU、メモリ、記憶装置、および入出力装置を備えた周知のコンピュータと、コンピュータに実装されたソフトウエアとにより構成されている。制御装置30は、駆動部31と、演算部32と、予兆検知部33とを有している。
【0058】
駆動部31は、励起光発生部10の発光素子11に電力を供給することにより発光素子11からの励起光の照射を制御する。演算部32は、蛍光強度測定部20の受光素子21により測定された蛍光の強度を数学的に解析して、試料に含まれる特定種の植物プランクトンの存在量を算出して推定する。予兆検知部33は、演算部32により算出された特定種の植物プランクトンの存在量に基づいて、赤潮発生の予兆を検知する。
【0059】
以下、演算部32における特定種の植物プランクトンの存在量の算出アルゴリズムと、予兆検知部33による赤潮発生の予兆検知について説明する。
【0060】
本願発明者は、特定種の植物プランクトンとして、赤潮発生の原因となり得る有害種の植物プランクトン、より具体的にはカレニア ミキモトイ及びシャットネラ アンティーカ等の特定の有害種の植物プランクトン(以下、特定種の植物プランクトンと称する)に注目し、これらの蛍光スペクトルのピークが、他の種の植物プランクトン(主に赤潮の原因になり難い無害種の植物プランクトンであるが、カレニア ミキモトイ及びシャットネラ アンティーカ以外の有害種の植物プランクトンも含まれる。以下説明を簡単にするため、まとめて無害種の植物プランクトン又は他種の植物プランクトンと称する)の蛍光スペクトルに比して長波長側にシフト(以下、ピークシフトと称する)する現象を発見した。本願発明者は、この現象のメカニズムを明らかにすることにより、この現象を利用して特定種の植物プランクトンの存在量を算出する方法を見出した。
【0061】
図3には、2種類の植物プランクトンに励起光を照射した際の蛍光スペクトルが示されている。ここで、本実施形態における蛍光スペクトルは、測定された波長帯域における強度最大値で他のすべての強度値を割って正規化した正規化スペクトルを意味している。
【0062】
図3には、特定種の植物プランクトンの一例としてカレニア ミキモトイの蛍光スペクトルが太線により示されており、他種の植物プランクトンの一例として珪藻の蛍光スペクトルが細線により示されている。また、それぞれの蛍光スペクトルは、単一種の植物プランクトンが含まれる試料に対して励起光を照射した際に得られる蛍光の強度を、分解能の高い検出器(例えば分光器)により測定することにより得られる。
【0063】
図3に示されるように、珪藻の蛍光スペクトルはピークが約681nmに位置しているのに対して、カレニア ミキモトイの蛍光スペクトルはピークが約683nmに位置している。すなわち、カレニア ミキモトイは、蛍光スペクトルのピークが珪藻に比して約2nm長波長側に位置している。本願発明者は鋭意検討の結果、このシフトピークが、植物プランクトンが有する蛍光色素(クロロフィルa)による蛍光の再吸収により生じていることを突き止めた。
【0064】
図2を併せて参照して、クロロフィルaは、670nm周辺にも吸収スペクトルのピークが存在している。このピークの長波長側限界(吸収端と呼ぶ)の近傍(波長が長くなるにつれて吸収が減少する波長領域)では、波長が短くなるにつれて吸収が起こりやすくなるのに対して、波長が長くなり吸収端に近づくにつれて吸収され難くなる。すなわち、ピークが位置する約670nm周辺の波長帯域においては、クロロフィルaによる吸収が起こり易いのに対して、約690nm周辺の吸収端においてはクロロフィルaによる吸収が起こり難い。
【0065】
すなわち、励起光により生じた蛍光のうち、約670nm周辺の波長帯域の蛍光は、同一個体内の他のクロロフィルaにより再吸収されやすい一方で、約690nm周辺の波長帯域の蛍光は他のクロロフィルaにより再吸収され難く外部へ放射される。この再吸収の起こりやすさは、最初に蛍光が生じたクロロフィルaの周りに近接してどれだけ多くのクロロフィルaがあるかに依存している。カレニア ミキモトイ、シャットネラ アンティーカ等の特定種の植物プランクトンは、互いに近接したクロロフィルaを体積的に多く含んでいるので、これにより他種の植物プランクトンに比して再吸収が起こりやすいと考えられる。
【0066】
図4には、励起光による生じる蛍光が概念的に示されており、図4(a)に特定種の植物プランクトンの場合が示されており、図4(b)に他種の植物プランクトンの場合が示されている。図4(a)を参照して、特定種の植物プランクトンに含まれる蛍光色素としてのクロロフィルaは、中心波長が435nmである短波長の励起光Xを吸収して、励起光Xよりも波長が長い蛍光Zを生じる。この蛍光Zには、波長が約670nmであり相対的に波長が短い蛍光Z1と、波長が約690nmであり相対的に波長が長い蛍光Z2とが含まれている。
【0067】
図4(a)に示すように、蛍光Z2は同一個体内のクロロフィルaに再吸収され難いのに対し、蛍光Z1は同一個体内のクロロフィルaに再吸収されて、Z1の強度はその分小さくなる。なお再吸収された結果、そのエネルギの一部により更に蛍光Z3を生じる。上述したように、特定種の植物プランクトン、すなわちカレニア ミキモトイ、シャットネラ アンティーカ等は、同一個体内においてクロロフィルaが体積的に多く含まれているので、励起光が一つのクロロフィルaに吸収されて、ここから生じた蛍光が同一個体内のクロロフィルaに再吸収されやすいためと考えられる。
【0068】
これに対して、図4(b)に示すように、他種の植物プランクトンでは、特定種の植物プランクトンのようにクロロフィルaを体積的に多く含んでおらず、一つのクロロフィルから生じた蛍光が、同一個体内のクロロフィルaを通過しにくいため、再吸収され難いと考えられる。
【0069】
すなわち、特定種の植物プランクトンは、670nm付近において再吸収により蛍光の強度が弱められるため、外部の検出器で測定した蛍光スペクトルのピークが長波長側へシフトするように見えるピークシフトが生じると考えられる。
【0070】
この現象を利用して、本願の発明者は、特定種の植物プランクトンの存在量を算出するに際して、以下の知見を得た。
【0071】
第1に、着目する蛍光色素としては、再吸収が起こり得るものである必要がある。励起光により蛍光を発生する蛍光色素と、再吸収する蛍光色素とが同じ種類である必要はないが、一般的に量の多い、再吸収が十分に起こり得るものとして、例えばクロロフィルaが適当である。
【0072】
第2に、励起光としては、再吸収がおこり得る蛍光を発生させることができるエネルギを持つものを含むことが必要である。吸収スペクトルの波長上限を超えるような蛍光しか生じないような低いエネルギの励起光では不適当である。
【0073】
第3に、区別したい植物プランクトンの種類間で、再吸収の程度が異なる必要がある。例として上述したように、カレニア ミキモトイ、シャットネラ アンティーカは、他種と比べ、蛍光色素が蛍光を再吸収しやすい空間分布になっている。
【0074】
第4に、再吸収の程度が異なる複数の波長帯域における蛍光の強度を用いることにより、再吸収が相対的に大きなプランクトン種類の存在量と、再吸収が相対的に小さなプランクトン種類の存在量という2つの未知量をこのメカニズムに基づいて算出できる。
【0075】
すなわち、本実施形態では、励起光発生部10が、サンプリング対象の場所における試料に所定強度の励起光を照射する。なお、サンプリング対象の場所における試料とは、サンプリング対象の場所において励起光を照射する場合と、当該場所から採取された試料に対して、例えば当該場所とは異なる場所において、励起光を照射する場合の両方が含まれる。試料には、複数種類の植物プランクトンが存在し得る植物プランクトン群が含まれている。複数種類の植物プランクトンには、特定種の植物プランクトン(特定種の植物プランクトンと称する)と、他種の植物プランクトンが含まれている可能性がある。
【0076】
次いで、蛍光強度測定部20が、励起光により試料から生じた蛍光について、受光用光学フィルタユニット22A,22Bを介して受光素子21により波長帯域A,Bそれぞれにおける強度である波長帯域A蛍光強度I670及び波長帯域B蛍光強度I690を測定すると共に、受光用光学フィルタユニット22を介さずに受光素子21により全波長帯域における強度である全体蛍光強度Iを測定する。
【0077】
なお、全体蛍光強度Iは、波長帯域A,Bのように特定の波長帯域に限定しておらず、測定対象とする色素が発生する波長帯域全体の蛍光の強度を測定するものであり、厳密には、波長域全体を測定しなくても、それが推定できるだけの広い波長範囲での測定ができればよい。すなわち、実質的に全波長帯域での測定とみなすことができる略全波長帯域での測定ができればよい。
【0078】
その後、演算部32が、波長帯域A蛍光強度I670に対する波長帯域B蛍光強度I690の比(すなわち、I690/I670)である強度比rを算出する。次いで、演算部32は、強度比rと全体蛍光強度Iとを数学的に解析することにより、特定種の植物プランクトンの存在数量を算出する。なお、存在数量とは、定量的な数を意味しており、本実施形態ではセル数を意味している。セル数とは植物プランクトンの個体数、個数を意味している。
【0079】
具体的には、試料に含まれる、特定種の植物プランクトンの存在数量をK、他種の植物プランクトンの存在数量をDとして、試料から生じる蛍光の、全波長帯域における全体蛍光強度Iについての式(1)と、強度比rについての式(2)とをたて、これら2つの式からなる連立方程式を解くことにより、特定種の植物プランクトンの存在数量K及び他種の植物プランクトンの存在数量Dとが算出される。
【0080】
【数1】
Ik:特定種プランクトン単位蛍光強度
Id:他種プランクトン単位蛍光強度
【0081】
【数2】
【0082】
特定種プランクトン単位蛍光強度Ikは、特定種の植物プランクトンに対して励起光発生部10から所定強度の励起光が照射されたときに、蛍光強度測定部20によって測定される、単位数量(例えば1セル)あたりの特定種の植物プランクトンから生じる蛍光の全波長帯域における強度である。例えば、特定種の植物プランクトンの単一種からなる試料を準備して、算出装置1においてこの全体蛍光強度Iを計測すると共に、この試料に含まれる特定種の植物プランクトンの存在数量Kを例えば光学顕微鏡により計数し、全体蛍光強度Iを存在数量Kで除することによって、特定種プランクトン単位蛍光強度Ikが算出される。
【0083】
他種プランクトン単位蛍光強度Idは、試料に含まれる、特定種の植物プランクトンを除く他種の植物プランクトンに対して励起光発生部10から所定強度の励起光が照射されたときに、蛍光強度測定部20によって測定される、単位数量(例えば1セル)あたりの他種の植物プランクトンから生じる蛍光の全波長帯域における強度である。例えば、1種類又は複数種類の他種の植物プランクトンからなる試料を準備して、算出装置1においてこの全体蛍光強度Iを計測すると共に、この試料に含まれる他種の植物プランクトンの存在数量Dを例えば光学顕微鏡により計数し、全体蛍光強度Iを存在数量Dで除することによって、他種プランクトン単位蛍光強度Idが得られる。
【0084】
式(1)において、試料には、特定種の植物プランクトン1種類と、1種類又は複数種類の他種の植物プランクトンと、のうち少なくとも一方が含まれることを前提とし、全波長帯域における全体蛍光強度Iは、全波長帯域における特定種の植物プランクトンから生じる蛍光強度と、他種の植物プランクトンから生じる蛍光強度とを合計することにより表されている。
【0085】
全波長帯域における特定種の植物プランクトンから生じる蛍光強度は、特定種プランクトン単位蛍光強度Ikに、その存在数量Kを乗じた値として表されている。同様に、全波長帯域における他種の植物プランクトンから生じる蛍光強度は、他種プランクトン単位蛍光強度Idに、その存在数量Dを乗じた値として表されている。
【0086】
式(2)において、波長帯域A蛍光強度I670は、波長帯域Aにおける特定種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度と、波長帯域Aにおける他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度との合計として、以下の式(3)として表される。同様に、式(2)において、波長帯域B蛍光強度I690は、波長帯域Bにおける特定種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度と、波長帯域Bにおける他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度との合計として、以下の式(4)に表される。
【0087】
【数3】
Ik670:特定種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度
Id670:他種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度
【0088】
【数4】
Ik690:特定種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度
Id690:他種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度
【0089】
特定種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度Ik670及び特定種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度Ik690は、波長帯域A、Bそれぞれにおいて、特定種の植物プランクトンの単位数量から生じる蛍光の強度である。他種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度Id670及び他種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度Id690は、波長帯域A、Bそれぞれにおいて、他種の植物プランクトンの単位数量から生じる蛍光の強度である。Ik670、Ik690、Id670、及びId690は、Ik及びIdと同様に、存在数量K,Dが計数される試料に基づいて算出される。
【0090】
したがって、式(3)において、波長帯域A蛍光強度I670は、特定種の植物プランクトンの存在数量Kに特定種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度Ik670を乗じたものと、他種の植物プランクトンの存在数量Dに他種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度Id670を乗じたものとが合計されたものとして表されている。同様に、式(4)において、波長帯域B蛍光強度I690は、特定種の植物プランクトンの存在数量Kに特定種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度Ik690を乗じたものと、他種植物プランクトンの存在数量Dに他種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度Id690を乗じたものとが合計されたものとして表されている。
【0091】
式(1)における全体蛍光強度I、及び式(2)における強度比rは、試料毎に算出装置1において測定されるものである。なお、式(2)の右辺には、式(3)、(4)が代入される。
【0092】
上記式(1)、(2)を連立方程式として数学的に解くことにより、未知数である特定種の植物プランクトンの存在数量K及び他種の植物プランクトンの存在数量Dとがそれぞれ算出される。以下に、特定種の植物プランクトンの存在数量Kの算出式を式(5)に示し、他種の植物プランクトンの存在数量Dの算出式については省略する。
【0093】
【数5】
【0094】
式(5)をさらに整理すると、式(6)が得られる。式(6)によれば、分析対象の試料を測定して得られるI及びrと、特定種の植物プランクトンに関するIk、Ik670及びIk690と、他種の植物プランクトンに関するId、Id670及びId690とに基づいて、特定種の植物プランクトンの存在数量Kを算出することができる。
【0095】
ここで、分析対象の試料に、どの種の植物プランクトンが含まれているか事前に判っていない。このため、分析対象の試料に含まれる、他種の植物プランクトンに係るId、Id670及びId690を事前に用意することは容易ではない。本発明では、式(5)をさらに整理することによって、他種の植物プランクトンに係るId、Id670及びId690を事前に用意することなく特定種の植物プランクトンの存在数量Kを算出するように、以下式(6)~(9)に示すように工夫している。
【0096】
【数6】
【0097】
式(6)において、Id690/Id670は、他種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度Id670に対する、他種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度Id690の比を示し、これを他種プランクトン強度比rとして整理すると、式(7)が得られる。
【0098】
【数7】
【0099】
式(7)において、Ik690/Ik670は、特定種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度Ik670に対する、特定種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度Ik690の比を示し、これを特定種プランクトン強度比rとして整理すると共に、さらに、以下の式(8)で表されるαにより整理すると、式(9)が得られる。
【0100】
【数8】
【0101】
【数9】
【0102】
式(9)において、特定種プランクトン単位蛍光強度Ik及び特定種プランクトン強度比rは、測定対象とする特定種の植物プランクトンに基づいて予め決まる値である。全体蛍光強度Iは、測定対象の試料を算出装置1において測定して得られる。
【0103】
式(8)で表されるαは、分析対象とする特定種の植物プランクトン毎に予め設定される定数である。αの設定方法について説明する。分析対象であって存在数量K及び特定種プランクトン強度比rが既知である特定種の植物プランクトン1種と、分析対象の試料に当該特定種の植物プランクトンを除いて大量に存在しており存在数量D及び他種プランクトン強度比rが既知である他種の植物プランクトン1種とが混合された試料を準備する。
【0104】
特定種プランクトン強度比rは、当該特定種の植物プランクトンの単一種のみが培養された試料を準備し、これを算出装置1において測定することによって算出される。同様に、他種プランクトン強度比rは、当該他種の植物プランクトンの単一種のみが培養された試料を準備し、これを算出装置1において測定することによって算出される。また、上述したように、特定種プランクトン単位蛍光強度Ikも予め算出しておく。
【0105】
式(9)に、上記既知の存在数量K、特定種プランクトン単位蛍光強度Ik、強度比r、特定種プランクトン強度比r、他種プランクトン強度比rを代入することによって、式(9)を満たす定数αが求められる。なお、同一試料に起因した複数のサンプルから得られる複数組のK,Ik,r、r、rを用いて、式(9)を満たす定数αを最小二乗法(例えば、非線形最小二乗法)にて算出してもよい。
【0106】
次に、他種プランクトン強度比rについて説明する。実際の試料においては、特定種の植物プランクトンを除いて、1つ又は複数種の他種の植物プランクトンが存在し得る。この場合に、試料に含まれる1つ又は複数の他種の植物プランクトンそれぞれについて、他種プランクトン強度比rを準備することは容易ではない。このため、本実施形態では、他種プランクトン強度比rを、上記定数αを用いて式(9)に基づいて算出するようにしている。
【0107】
具体的には、分析対象の場所における基準試料について、ここに含まれており分析対象とする特定種の植物プランクトンの存在数量K(基準存在量)を例えば光学顕微鏡により計数すると共に、当該試料について、算出装置1を用いて、全体蛍光強度I(基準試料全体蛍光強度)及び強度比r(基準試料強度比)を算出し、式(9)に、存在数量K、全体蛍光強度I、強度比r、上記算出した定数α、特定種プランクトン単位蛍光強度Ik、及び特定種プランクトン強度比rを代入することによって、式(9)を満たす他種プランクトン強度比rが算出される。
【0108】
したがって、分析対象の場所において基準試料とは別に分析される分析試料について、基準試料に基づいて算出された他種プランクトン強度比rを、分析試料に含まれる他種プランクトン強度比rであると推定する。ここで、分析試料は、存在する場所、または場所と時期が基準試料と同じであるため、植物プランクトン群の組成に関して基準試料との類似性が見込まれる。また、分析試料と基準試料とが、場所、または場所と時期とにおいて、同じか又は十分に近い場合のみならず、基準試料から遠く離れているとしても植物プランクトン群の組成が十分に近いことが見込まれる場合も分析試料としてもよい。換言すれば、基準試料の場所及び時期と分析試料の場所及び時期とは、一般に近いほど植物プランクトン群の組成の類似性が見込まれるが、物理的、時間的に遠く離れていても、植物プランクトン群の組成の類似性が見込まれる場合もあり、この場合も分析試料に含まれることを意味している。なお、本明細書において、分析試料の場所が基準試料の場所と十分に近いとは、分析試料が、基準試料が現場水域で分析された場所又は現場水域から採取された場所を基準として、半径約1kmの範囲に存在することを意味している。また、分析試料の時期が基準試料の時期と十分に近いとは、基準試料が現場水域において分析された時期又は現場水域から採取された時期を基準として、約1週間以内に、分析試料が、現場水域で分析され又は現場水域から採取されることを意味している。
【0109】
次いで、算出装置1において、測定された全体蛍光強度I及び強度比rと、分析対象とする特定種の植物プランクトンの既知の特定種プランクトン単位蛍光強度Ik及び特定種プランクトン強度比rと、上記定数α及び他種プランクトン強度比rとに基づいて、式(9)から特定種の植物プランクトンの存在数量Kが推定値として算出される。すなわち、演算部32によって、特定種の植物プランクトンの存在数量Kが推定される。
【0110】
すなわち、再吸収の生じやすさが異なる2つの波長帯域A,Bにおいて測定された蛍光強度に基づいて、再吸収が相対的に大きな特定種の植物プランクトンの存在数量Kと、再吸収が相対的に小さなその他の植物プランクトンの存在数量Dとをそれぞれ算出することができる。ここで、蛍光の強度を波長帯域に関しピンポイントではなく広がりのある波長帯域A,Bにおいて測定することにより、測定バラツキ及び測定ノイズが低減するので、ロバスト性の高い測定結果が容易に得られる。
【0111】
なお、2つの波長帯域の選定は、植物プランクトンの種類による再吸収の生じやすさの違いに基づくだけでなく、特定種の植物プランクトンと他種の植物プランクトンの蛍光スペクトルの差分の大きさに基づいて決定してもよい。
【0112】
また、2つの波長帯域A,Bにおいて測定された蛍光の強度に基づいて特定種の植物プランクトンの存在量を算出する他の方法として、以下の方法が考えられる。まず、分析対象の試料に存在し得る特定種の植物プランクトン及び他種の植物プランクトンそれぞれについて、2つの波長帯域A,Bそれぞれにおいて単位数量あたりから生じる蛍光の強度を予め測定しておく。次いで、分析対象の試料から生じる蛍光の強度を、2つの波長帯域A,Bそれぞれにおいて測定する。
【0113】
そして、2つの波長帯域それぞれにおいて、測定された蛍光の強度を、特定種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度と他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度との和として表す、2つの方程式をたてる。ここで、特定種及び他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度は、それぞれの存在数量に、それぞれの単位数量あたりから生じる蛍光の強度を乗じて表される。最後に、これらの2つの方程式を解くことにより、特定種の植物プランクトンの存在数量が算出される。
【0114】
しかしながら、上記方法では、分析試料にどの種の植物プランクトンが含まれているのかが明らかであることを前提とするものであり、分析対象の試料に含まれるそれぞれの植物プランクトンについて、単位数量あたりの蛍光の強度を予め測定することを要する。
【0115】
ここで、分析対象とする特定種の植物プランクトンについては、当該特定種の植物プランクトン単一種からなる試料を準備して、単位数量あたりから生じる蛍光の強度を予め測定することができる
【0116】
一方、分析試料に含まれる他種の植物プランクトンは、分析される場所によって異なり得る。このため、分析試料に如何なる種の植物プランクトンが含まれているのか事前に判らないので、他種の植物プランクトンのみからなる試料を事前に準備することができず、単位数量あたりの他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度を予め測定することはできない。まして、他種の植物プランクトンが複数種類、存在する場合もあり、それぞれについて単位数量あたりにおいて生じる蛍光の強度を測定することは容易ではない。
【0117】
この点について、本発明では、他種プランクトン強度比rを、基準試料に基づいて予め算出しておくものであり、単位数量あたりの他種の植物プランクトンから生じる蛍光の強度を予め測定することを要しない。また、他種プランクトン強度比rは、他種の植物プランクトンが1種であるか複数種であるかによらず、植物プランクトン群のうち特定種の植物プランクトンを除いた他種の植物プランクトン全体として算出される。さらに、分析試料は、植物プランクトン群の組成に関して基準試料との類似性が見込まれるので、基準試料に基づく他種プランクトン強度比rを分析試料の他種プランクトン強度比rに概ね等しいと推定して、分析試料における特定種の植物プランクトンの存在数量Kを算出(推定)できる。
【0118】
したがって、分析試料に含まれる他種の植物プランクトンを事前に把握することを要せずに、特定種の植物プランクトンの存在数量Kを算出できる。
【0119】
また、他種プランクトン強度比rを、式(9)に基づいて、複数組の、存在数量K、全体蛍光強度I、強度比rを満たすように、最小二乗法(例えば、非線形最小二乗法)にて算出するようにしてもよい。これによって、他種プランクトン強度比rの信頼性が向上する。
【0120】
また、他種プランクトン強度比rを、経時的(例えば一週間毎等の定期的)に適宜更新するようにしてもよい。例えば定期的に、分析対象の場所における基準試料に基づいて、算出装置1を用いて、基準試料全体蛍光強度I及び基準試料強度比rを算出すると共に、当該基準試料に含まれる特定種の植物プランクトンの基準存在量Kを計数し、これらを式(9)に代入することによって、他種プランクトン強度比rを新たに算出し、式(9)中の他種プランクトン強度比rを更新しても良い。これによって、サンプリング対象の場所に存在し得る植物プランクトン群の経時的な変化に対応して、他種プランクトン強度比(r)が更新されるので、特定種の植物プランクトンの存在数量(K)の信頼性が向上する。
【0121】
また、励起光発生部10は、発光素子11及び送光用光学フィルタユニット12により構成されており、蛍光強度測定部20は、受光素子21及び受光用光学フィルタユニット22により構成されている。すなわち、大型且つ高額になりやすい分光器を必要としないので、算出装置1をコンパクト且つ廉価に構成しやすい。
【0122】
予兆検知部33は、算出された特定種の植物プランクトンの存在数量Kに基づいて、赤潮発生の予兆を検知する。例えば、特定種の植物プランクトンとしてカレニア ミキモトイに注目する場合に試料1mlあたりの存在数量Kが50セル以上算出されたとき、今後赤潮レベルにまで発展する可能性が高いとみなし、予兆検知部33は赤潮発生の予兆を検知する。また、特定種の植物プランクトンとしてシャットネラ アンティーカに注目する場合に試料1mlあたりの存在数量Kが10セル以上であるとき、予兆検知部33は赤潮発生の予兆を検知する。
【0123】
すなわち、特定種の植物プランクトンの存在数量Kに基づいて、赤潮発生の予兆を検知できる。この他、例えば、特定種の植物プランクトンの存在数量Kを定期的に算出することにより、特定種の植物プランクトンの存在数量Kの変化(例えば増殖速度)を算出して、それがある閾値を超えた場合に、赤潮発生の予兆を検知するようにしてもよい。
【0124】
また、式(9)について、強度比r、特定種プランクトン強度比r、及び他種プランクトン強度比rの関係により、存在量(K)が負の値を取り得ることがある。これを防ぐために、式(10)、(11)に示されるように、他種プランクトン強度比rを、上限値をrとし下限値をrとする有限単調増加関数g(r)に、置き換えることによって、存在数量(K)が負の値を取り得ることが回避される。
【0125】
【数10】
【0126】
【数11】
【0127】
次に、波長帯域A,Bの設定方法について説明する。
【0128】
まず、他種の植物プランクトンと区別して存在数量を算出したいスペクトルシフトを起こす種(例えば特定種の植物プランクトンの1つであるカレニア ミキモトイ)、単一種に対して、所定の励起光を照射し、波長分解能の高い検出器で蛍光スペクトルを測定する。なお、特定種の植物プランクトンは、その蛍光スペクトルのピークが、他種の植物プランクトンの蛍光スペクトルに比して長波長側にシフトする特性を持っている。次いで、測定された蛍光スペクトルを、その蛍光スペクトルの強度最大値で、全ての強度値を割り(正規化)、正規化スペクトルを求める(スペクトルKと称する)。スペクトルKは、波長λの関数K(λ)として表される。
【0129】
同様に、他種の植物プランクトン単一種に対して、蛍光スペクトルを測定すると共に、正規化スペクトルを求める(スペクトルDと称する)。スペクトルDは、波長λの関数D(λ)として表される。
【0130】
次に、式(12)に示すように、スペクトルD(λ)とスペクトルK(λ)との差分である差分スペクトルF(λ)を求める。
【0131】
【数12】
【0132】
蛍光強度測定部20の仕様、すなわち受光用光学フィルタユニット22の仕様に基づいて波長帯域の幅wを決定する。次に、式(13)に示すように、差分スペクトルF(λ)を、波長帯域の幅wで積分してG(λ)を求める。
【0133】
【数13】
【0134】
図5に、特定種の植物プランクトンの一例としてカレニア ミキモトイのスペクトルK(λ)と、他種の植物プランクトンの一例として珪藻のスペクトルD(λ)と、差分スペクトルF(λ)と、幅wを12nmとした場合のG(λ)とを示している。
【0135】
G(λ)を参照して、相互に最も大きな部分と最も小さな部分とを選択する。すなわち、G(λ)は、中心波長670nm周辺において最小値となり、中心波長690nm周辺において最大値となる。したがって、中心波長670nm、幅wが12nmの帯域を波長帯域Aと、中心波長690nm、幅wが12nmの帯域を波長帯域Bとして設定する。
【0136】
なお、上記波長帯域の設定方法では、波長帯域の幅wを、蛍光強度測定部20において採用する受光用光学フィルタユニット22に基づいて決定しているが、上記設定方法により設定された波長帯域A,Bの差が大きくならない場合には、幅wを見直してもよい。
【0137】
また、波長帯域A,Bを設定する他の設定方法として、2つ選ぶ波長帯域は両者の差が大きくなるように、一方はGが正の値を取り、もう一方のGが負の値を取るように、且つ、上記求めたG(λ)の形から考えて正負の切り替わる波長からそれぞれ10nm程度離れた位置に波長を選択してもよい。より具体的には、G(λ)の正負が切り替わる波長(λg)付近ではG(λ)の変化が急峻であり、たとえばフィルタの中心波長、半価幅の製造上のばらつきによる、測定強度値の変動が大きくなるため、その悪影響をできるだけ抑えるため、ある程度λgから離れた波長に、各フィルタの中心波長を設定することも有効である。この場合、正負の切り替わる波長が682nmであるので、波長帯域Aの中心波長を672nmに設定し、波長帯域Bの中心波長を692nmに設定してもよい。大まかには、F(λ)のゼロ点である波長より一方の波長帯域の中心波長を小さくし、他方の波長帯域の中心波長を大きくしてもよい。
【0138】
また、波長帯域A,Bを設定する更なる他の設定方法として、まず、式(14)及び式(15)に示すように、スペクトルK(λ)及びスペクトルD(λ)をそれぞれ、中心波長λにおいて波長帯域の幅wにより積分すると共に、例えばその10%の値をそれぞれK強度(λ)、D強度(λ)とする。次いで、G(λ)の絶対値が、K強度(λ)及びD強度(λ)よりも大きい波長範囲に中心波長を設定すればよい。これは、測定誤差の影響を考えた場合に、測定したい差異変化分、G(λ)が、K(λ)及びD(λ)に対して、ある程度大きいことが望ましいという考えによる条件である。
【0139】
【数14】
【0140】
【数15】
【0141】
図6に、K強度(λ)とD強度(λ)とG(λ)の絶対値とが示されている。すなわち、G(λ)の絶対値が、K強度(λ)及びD強度(λ)よりも大きい波長帯域として、645nm以上678nm以下の波長帯域と、688nm以上695nm以下の波長帯域とを選択できる。
【0142】
さらに、K強度(λ)及びD強度(λ)が、大きい範囲に中心波長を選択するのが望ましい。例えば、K強度(λ)及びD強度(λ)それぞれの最大強度に対して30%以上の波長帯域から中心波長を設定するのが望ましい。したがって、図6を参照して665nm以上700nm以下の波長帯域から中心波長を設定するのが望ましい。
【0143】
したがって、波長帯域Aを中心波長が665nm以上678nm以下から選択し、波長帯域Bを中心波長が688nm以上695nm以下から選択することができる。この場合、例えば、波長帯域Aの中心波長を670nmに設定し、波長帯域Bの中心波長を690nmに設定できる。
【0144】
本願の発明者は、蛍光強度は、赤潮の予兆を検知するという目的から考えた場合の実用的な個数範囲において植物プランクトンの存在数量及び密度に依存していないことを確認した。図7図9を参照して具体的に説明する。図7は、特定種の植物プランクトンの一例としてのカレニア ミキモトイの密度(1mlあたりのセル数)に対する670nm及び690nmにおける蛍光強度を示している。同様に図8は、他種の植物プランクトンの一例としての珪藻の密度(1mlあたりのセル数)に対する670nm及び690nmにおける蛍光強度を示している。また、図9は、特定種の植物プランクトンとしてのカレニア ミキモトイ及びシャットネラ アンティーカと、他種の植物プランクトンとしての珪藻の、蛍光比(670nmにおける蛍光強度に対する690nmにおける蛍光強度の比)を示している。
【0145】
図7及び図8に示すように、植物プランクトンの蛍光強度は、密度が増大するにつれて比例して増大しており、一定値に飽和する傾向がない。また、図9に示すように、植物プランクトンの蛍光比は、密度によらず略一定である。したがって、植物プランクトンの蛍光強度は、植物プランクトンの個体数及び密度に依存しないことが確認され、上記算出アルゴリズムが成立する。
【0146】
図10は、サンプリング対象の場所において水深0m~9mにわたって分析された分析試料について、特定種の植物プランクトンとしてカレニア ミキモトイを分析対象として、分析試料におけるカレニア ミキモトイの存在数量が、顕微鏡による計数により求められた実測密度と、演算部32により算出された存在数量に基づく推定密度とによって水深毎に示されている。
【0147】
なお、演算部32による特定種の植物プランクトンの存在数量Kの算出は、他種プランクトン強度比rを、初期値で固定にした場合と、一週間毎に更新した場合の2通りの場合について実施されている。他種プランクトン強度比rを、初期値で一定とした場合を細線で示し、一週間毎に更新した場合を太線で示している。また、演算部32は、式(9)における定数αを、上述したように特定種の植物プランクトンをカレニア ミキモトイとして、実測値から0.62として演算をしている。
【0148】
また、試料のサンプリングは1週間毎に実施され、図10(a)には分析開始時(0週目)の分析結果が示されており、図10(b)には分析開始時から1週間経過後(1週目)の分析結果が示されており、図10(c)には分析開始時から2週間経過後(2週目)の分析結果が示されている。
【0149】
また、他種プランクトン強度比rを更新する場合は、1週目では、0週目において実測された存在数量K及び算出装置1において測定されたI、rに基づいて式(9)から求められた他種プランクトン強度比rに置き換えられている。同様に、2週目では、1週目の実測結果に基づいて式(9)から求められた他種プランクトン強度比rに置き換えられている。このため、図10(a)に示す0週目では、他種プランクトン強度比rは基準試料に基づいて算出された初期値のままであり、他種プランクトン強度比rを固定する場合と更新する場合とで同じrが使用されている。
【0150】
図10に示すように、分析開始時から時間が経過するにつれて、他種プランクトン強度比rを固定とした場合には実測密度との差が拡大する一方で、他種プランクトン強度比rを更新した場合には実測密度との差が小さい。したがって、サンプリング対象の場所に存在する他種の植物プランクトンの組成の変化に合わせて、定期的に他種プランクトン強度比rを更新した方が、精度良く、特定種の植物プランクトンの存在量を算出することができる。
【0151】
なお、演算部32による算出では、式(9)における定数αを0.62の一定としたが、実際には、定数αは式(8)で定義され、1以下の正の値をとり得る。式(8)より、αが正になることは自明であり、また、特定種の植物プランクトンの蛍光スペクトルが長波長側にずれることから、αは1以下となる。そこで、図10には、他種プランクトン強度比rを更新する場合における特定種の植物プランクトンの存在量の算出をベースとして、定数αを0.1及び1.0に変更したときの算出結果が破線で併せて示されている。
【0152】
図10の各図から判るように、定数αが変化しても、特定種の植物プランクトンの存在数量の結果への影響度合いが小さい。特に、他種プランクトン強度比rを固定値とする場合よりも、他種プランクトン強度比rを更新したものをベースとして数αを変化させた場合のほうが、特定種の植物プランクトンの存在数量の算出結果への影響度合いよりも小さい。よって、定数αを一定値としてもよいことが理解される。
【0153】
上記実施形態では、特定種の植物プランクトンの存在量として、存在数量Kを算出するようにしたが、これに代えて存在数量を指標値化して存在量として表してもよい。したがって、存在量として、定量的な存在数量の他、定性的な指標や表現をも含む。例えば、特定種の植物プランクトンの存在数量Kを、単調関数h(K)を用いて、hの上限値と下限値に分布する指標値yに変換して、存在数量の相対的関係がわかるようにしてもよい。
【0154】
また、存在数量K又は変換した指標値yの値に基づき、統計的表現、又は値の範囲毎に決められた色、文字、文章、図、記号、写真などで存在数量をその存在数量の程度がわかるように表現するようにしてもよい。具体的には、存在数量Kを、式(16)に示される単調増加関数を用いて、xに、例えば特定種の植物プランクトンの存在数量K又は推定密度を代入して、有限の指標値yを得ることができる。
【0155】
【数16】
【0156】
得られた指標値yに応じて、存在量を以下のように表現してもよい。
【0157】
例えば、存在量を、数字で表現してもよく、この場合例えば、yの値に対応した警戒度を表現した0~10までの連続値、または離散値で表現してもよい。
【0158】
また、存在量を、色で表現してもよく、この場合例えば、yが第1の値以上ならば「赤」、yが第1の値~第2の値の範囲内ならば「黄色」、yが第2の値以下ならば「青色」を使用して表現してもよい。また、特定種の植物プランクトンの存在量が多いほど暖色系で表現し、少ないほど寒色系で表現してもよい。
【0159】
また、存在量を、言葉で表現してもよく、この場合例えば、yの値が第1の値以上ならば「警報」、yの値が第1の値~第2の値の範囲内ならば「注意」、第2の値以下ならば「正常」といった単語を使用して表現してもよい。
【0160】
また、存在量を、図で表現してもよく、この場合例えば、yが第1の値以上ならば「イラスト1」、yが第1の値~第2の値の範囲内ならば「イラスト2」、yが第2の値以下ならば「イラスト3」といった、図又はイラストを使用して表現してもよい。
【0161】
また、存在量を、音で表現してもよく、この場合例えば、yが第1の値以上ならば「音パターン1」、yが第1の値~第2の値の範囲内ならば「音パターン2」、yが第2の値以下ならば「音パターン3」といった音の違いを使用して表現してもよい。
【0162】
なお、式(9)に基づいて、存在数量Kを指標値yに置き換えて他種プランクトン強度比rを求めてもよい。これによって求められた他種プランクトン強度比rが代入された式(9)に基づけば、分析試料において算出される全体蛍光強度I及び強度比rから分析試料の指標値yが直接的に得られる。例えば、分析試料の色を見て、当該分析試料に存在し得る特定種の植物プランクトンの存在数量を推定すると共に、該存在数量に基づいて指値yを設定し、設定されたyを存在量Kとして、これを満たす、他種プランクトン強度比rを算出するようにしてもよい。
【0163】
また、上記実施形態では、算出装置1の制御装置30に、演算部32及び予兆検知部33が一体化されている場合を例にとって説明したがこれに限らず、一部が別体として構成される算出システムとして構成していてもよい。例えば、駆動部31を、発素子11、受光素子21と共に、サンプリング対象の場所に配置する一方で、測定された強度を、不図示の通信手段を用いて、サンプリング対象の場所から離れた遠隔地(例えば陸部)に位置する演算部32に送信するようにしてもよい。同様に、予兆検知部33を、演算部33と共に遠隔地に設けても良い。
【0164】
なお、本発明は、上記実施形態に記載された構成に限定されるものではなく、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0165】
1 特定種の植物プランクトンの存在量の算出装置
10 励起光発生部
11 発光素子
12 送光用光学フィルタユニット
20 蛍光強度測定部
21 受光素子
22 受光用光学フィルタユニット
30 制御装置
31 駆動部
32 演算部
33 予兆検知部
I 全体蛍光強度
I670 波長帯域A蛍光強度
I690 波長帯域B蛍光強度
r 強度比
Ik 特定種プランクトン単位蛍光強度
Ik670 特定種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度
Ik690 特定種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度
特定種プランクトン強度比
K 特定種の植物プランクトンの存在数量
Id 他種プランクトン単位蛍光強度
Id670 他種プランクトン波長帯域A単位蛍光強度
Id690 他種プランクトン波長帯域B単位蛍光強度
他種プランクトン強度比
D 他種の植物プランクトンの存在数量
α 定数
基準試料全体蛍光強度
基準試料強度比
基準存在量
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10