IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ シェルルブリカンツジャパン株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-22
(45)【発行日】2022-12-01
(54)【発明の名称】難燃性油圧作動油
(51)【国際特許分類】
   C10M 169/04 20060101AFI20221124BHJP
   C10M 105/34 20060101ALN20221124BHJP
   C10M 129/10 20060101ALN20221124BHJP
   C10M 137/02 20060101ALN20221124BHJP
   C10N 30/10 20060101ALN20221124BHJP
   C10N 40/06 20060101ALN20221124BHJP
【FI】
C10M169/04
C10M105/34
C10M129/10
C10M137/02
C10N30:10
C10N40:06
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018229510
(22)【出願日】2018-12-07
(65)【公開番号】P2020090630
(43)【公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-09-21
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】517436615
【氏名又は名称】シェルルブリカンツジャパン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081547
【弁理士】
【氏名又は名称】亀川 義示
(72)【発明者】
【氏名】金子 弘
(72)【発明者】
【氏名】北川 舞
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-208563(JP,A)
【文献】特開平08-231976(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0119043(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M
C10N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不飽和結合を含む脂肪酸エステルの基油に、添加剤として2,6-ジ-tert-ブチルフェノールの含有量が全量基準で2質量%以上6.0質量%以下であり、亜リン酸トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)の含有量が全量基準で0.5質量%を超え2.0質量%以下であることを特徴とする難燃性油圧作動油。
【請求項2】
上記不飽和結合を含む脂肪酸エステルが、ヤシ油を主体とする植物油脂の脂肪酸に由来するエステルである請求項1に記載の難燃性油圧作動油。
【請求項3】
上記不飽和結合を含む脂肪酸エステルの基油が生分解性を有している請求項1又は2に記載の生分解性の難燃性油圧作動油。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は潤滑油組成物に係わるものであって、特に難燃性油圧作動油に関する。
【背景技術】
【0002】
製鉄所の構内などで使用される各種の油圧機器、アルミダイキャスト押し出し加工機などは、高温でかつ高圧下で使用されるために、火災発生の危険性が高い。そうした火災の危険性を避けることから、上記機器類の油圧作動油には、鉱油系の基油を使用したものではなく、脂肪酸エステルなどの難燃性の基油が使用されている。
【0003】
脂肪酸エステルにおいては、そのエステルを構成する脂肪酸の組成によって性能に相違が見られる。
飽和脂肪酸で形成されたエステルは酸化安定性に優れているが、分解し難いことから環境に対して高負荷を掛けることになる。また、飽和脂肪酸のエステルは石油から合成したり、天然油脂に含まれている不飽和脂肪酸を水添することによって製造することができるが、高コストになるという問題もある。
【0004】
そうしたことから、天然油脂の脂肪酸を使用したエステル油を使用することが、コスト的にも有利であることもあって、多用されるようになっている。
しかし、天然油脂の多くには不飽和脂肪酸が含まれているところから、その不飽和二重結合に起因して安定性が大きく劣ることとなって、長期に亘って安定的に使用することができないという問題が存在する。
【0005】
天然油脂の場合、動物油脂では飽和脂肪酸の含量が多く不飽和脂肪酸の含量が少ないが、植物油脂の場合には不飽和脂肪酸の含量が動物油脂に比較して多くなり、植物油脂の場合には酸化安定性が一層問題となる。
【0006】
従来、一般的な鉱油系の油圧作動油には、酸化防止剤としてフェノール系やアミン系などの酸化防止剤が使用されているが、こうしたものでは上記の不飽和脂肪酸を含むエステル油においては充分な性能を得ることが出来ないという問題が存在している。
そこで、ビス(4-ジアルキルアミノフェニル)メタン系酸化防止剤とリン酸エステル系の摩耗防止剤を添加して使用するようにしたものも知られている。(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2009-161664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の如く不飽和結合を含む脂肪酸エステル油を基油とするものにおいて、添加剤の添加により充分な酸化安定性を得ることによって、高温及び高圧に耐えて長期に亘り安定的に使用することができる難燃性の油圧作動油を得ようとするものである。また、基油を生分解性の有るものとして、生分解性の難燃性油圧作動油を得ようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、不飽和結合を含む脂肪酸エステルの基油に有効な酸化防止性のある添加剤について、種々の試験を行って検討を進めていたところ、2,6-ジ-tert-ブチルフェノールが極めて優良な結果をもたらすことを発見し、かかる発見に基づいて本発明を完成したものである。
すなわち、本発明は不飽和結合を含む脂肪酸エステルに対して、2,6-ジ-tert-ブチルフェノールを添加、含有させることにより難燃性油圧作動油とするものである。
この添加剤である2,6-ジ-tert-ブチルフェノールは、油圧作動油の全量基準として0.5質量%を超える量であって、6.0質量%以下である量を含有させると効果的である。
【0010】
また、この添加剤は、リン酸エステル系の酸化防止剤である亜リン酸トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)と併用すると一層効果的である。そして、その使用量は全量基準で0.5質量%を超える量であり、3.0質量%以下の量であると好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、不飽和結合を含む脂肪酸のエステルを基油とした油圧作動油において、難燃性を有すると共に、高温及び高圧の条件下で使用されても酸化防止性能に優れていて、長期間に渡って安定的に使用することができる。また、さらに生分解性の油圧作動油とすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の難燃性油圧作動油の基油には、脂肪酸エステルが用いられるが、通常、天然油脂から得られる脂肪酸を使用してエステル化することによって、経済的に得ることができる。
こうした脂肪酸エステルの脂肪酸には不飽和結合が含まれている。
なお、エステルの種類として、モノエステル、ジエステルよりも、ヒンダードエステルが好ましい。さらに、ヒンダードエステルの中でも、ペンタエリスリトールやトリメチロールプロパンのエステルがより好ましい。また、これらエステルはOECD 301B、OECD 301C、OECD 301F、ASTM D 5864、ASTM D 6731、ISO 14593、ISO 9439のいずれかに合格する生分解性を有することから、生分解性の難燃性油圧作動油としても使用することが可能である。
【0013】
上記の天然油脂の中でも、牛脂、豚脂、羊脂などの動物油脂では、不飽和脂肪酸の割合が比較的少ないが、ヤシ油、パーム油などの植物油脂では不飽和脂肪酸の含量が多い。
例えば、牛脂ではリノール酸の含有量が6%程度であるのに対して、植物油脂では12%程度と含有量が多くなっている。
なお現存するエステルとして、不飽和脂肪酸含有量がリノール酸5.8%、オレイン酸74.1%、パルミトオレイン酸6.4%、その余は飽和脂肪酸である牛脂を原料としたものがある。
このような動物油脂由来のエステル油において酸化防止性を得ることに対して、植物油脂由来のエステル油において充分な酸化防止性を得ることは一層難しくなるが、こうした植物油脂由来のエステル油に対しても充分に効果を得ることができる。
こうした基油には、通常、上記の如く天然油脂に由来する脂肪酸が使用されるが、純合成によって得られた不飽和結合を含むエステル油、天然油脂の水添物であっても使用が妨げられるものではない。
【0014】
上記不飽和結合を含む基油には、2,6-ジ-tert-ブチルフェノールが添加、使用される。この2,6-ジ-tert-ブチルフェノールは、フェノール系の物質であって下記する構造を有するものである。
【0015】
【化1】
【0016】
この2,6-ジ-tert-ブチルフェノールは、酸化防止剤として広く知られ、広範に用いられている下記するBHT(ブチルヒドロキシトルエン)(2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール)と似た構造を有しており、BHTのベンゼン環の4位のメチル基を欠いているものである。
【0017】
【化2】
【0018】
上記の如く、2,6-ジ-tert-ブチルフェノールは、BHTと似た構造を有しておりフェノール系の物質として知られてはいたが、酸化防止剤として実際に用いられることは殆どなかったものであり、本発明において不飽和結合を含む脂肪酸エステルとの相性の良さを見出したものである。
この2,6-ジ-tert-ブチルフェノールは、ベンゼン環の4位が水素原子となっていることに起因して、2量体を形成した状態で作用しているものと考えられている。
なお、2,6-ジ-tert-ブチルフェノール(沸点253℃)に対して、BHT(沸点265℃)は昇華性があることが知られている。これは、上記2,6-ジ-tert-ブチルフェノールが前記したようにベンゼン環の4位が水素原子となっていることに起因して、2量体を形成した状態で存在していることから昇華し難くなっている。
【0019】
このような2,6-ジ-tert-ブチルフェノールは、油圧作動油の全量基準で、0.5質量%を超えて6.0質量%以下の量で使用されるのであるが、好ましくは1.0質量%~5.0質量%で使用され、より好ましくは2.0質量%~5.0質量%で使用すると良い。
【0020】
上記2,6-ジ-tert-ブチルフェノールと共に、添加剤としてリン酸エステル系の酸化防止剤である下記する亜リン酸トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)を用いることができる。
【0021】
【化3】
【0022】
このリン酸エステル系の酸化防止剤と併用することによって、酸化防止性能が更に向上し、長期間に亘って安定的な難燃性の油圧作動油を得ることができるようになる。
この亜リン酸トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)は、全量基準で0.5質量%を超えて3.0質量%以下の量で使用され、好ましくは1.0質量%~2.0質量%の範囲で使用される。
【0023】
この難燃性油圧作動油には、必要に応じて公知の添加剤、例えば、防錆剤、銅不活剤、摩耗防止剤、極圧剤、分散剤、金属系清浄剤、摩擦調整剤、腐食防止剤、抗乳化剤、流動点降下剤、消泡剤その他の各種の添加剤を単独で又は数種類を組み合わせて配合するようにしても良い。また、生分解性を有する難燃性油圧作動油とするときには、これら添加剤を適切に選択することによって生分解性を阻害しないようにし生分解性のある油圧作動油として使用することができる。
【実施例
【0024】
以下、本発明の難燃性油圧作動油について実施例、参考例、比較例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれによって何ら限定されるものではない。
実施例、参考例、比較例を作製するために、下記する材料を用意した。
【0025】
基油:脂肪酸エステル油(トリメチロールプロパンエステル:主成分はCAS 57675-44-2)
(性状:40℃の動粘度が58.2mm2/s、100℃の動粘度が11.3mm/s、15℃の密度が0.921g/cm、引火点が360℃、けん化価188.0mgKOH/g、由来不飽和脂肪酸;リノール酸12.2%、オレイン酸77.6%、パルミトオレイン酸0.02%、その余は飽和脂肪酸)(OECD 301Bに合格する生分解性を有する。)
【0026】
添加剤(1):2,6-ジ-tert-ブチルフェノール
添加剤(2):亜リン酸トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)
添加剤(3):ベンゼンプロパン酸3,5-ビス(1,1-ジメチル-エチル)-4-ヒドロキシ-C7~C9側鎖アルキルエステル(IrganoxL135:チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製)
【化4】
【0027】
添加剤(4):BHT(ブチルヒドロキシトルエン:2,6-ジ-tert-ブチルー4-メチルフェノール)
添加剤(5):防錆剤(アルキルナフタレンスルホン酸カルシウム塩/カルボン酸カルシウム塩複合体)
添加剤(6):銅不活剤(ベンゾトリアゾール)
添加剤(7):摩耗防止剤(3-(ジ-イソブトキシ-チオホスホリルスルファニル)-2-メチル-プロピオン酸)
【0028】
下記する実施例、参考例及び比較例を作製した。
参考例1
上記基油の97.02質量%に添加剤(1)の2.00質量%を加え、更に添加剤(4)の0.50質量%、添加剤(5)の0.40質量%、添加剤(6)の0.03質量%、添加剤(7)の0.05質量%を加えて良く混合し、参考例1の難燃性油圧作動油を得た。
参考例2~3、実施例1~3
表1に記載の組成により、他は参考例1に準じて参考例2~3、実施例1~3の難燃性油圧作動油を得た。
【0029】
(比較例1~8)
表2、表3に記載の組成により、他は参考例1に準じて比較例1~8の潤滑油組成物を得た。
【0030】
〔試験〕
上記実施例、参考例及び比較例の性能について知るために以下の試験を行った。
(耐熱試験:ISOT後の40℃動粘度)
試験機器及び試験方法はJIS K2514に準拠し、試料中に触媒を浸し、135℃で96時間、かき混ぜ棒で試料をかき混ぜて酸化させてISOT試験(酸化安定度試験)を行った後で、40℃動粘度(mm/s)を測定した。
評価基準:100mm/s以下のもの・・・・・・・・良(○)
100mm/sを超えるもの・・・・・・・不良(×)
【0031】
(試験結果)
試験の結果を表1~表3示す。
【0032】
(考察)
表1に示すように、参考例1の2,6-ジ-tert-ブチルフェノール(添加剤1)を2.0質量%使用したものは、耐熱試験(ISOT後の40℃の動粘度)の結果が74.58mm/sと100mm/s以下であり、耐熱性油圧作動油として良好な結果が得られている。参考例2は、添加剤1を3.0質量%、参考例3は5.0質量%に増量したものであり、耐熱試験の結果が69.32mm/s、68.82mm/sと参考例1よりも更に良化している。
【0033】
実施例1は、参考例1に亜リン酸トリス(2,4-ジ-tert-ブチルフェニル)(添加剤2)を1.0質量%添加したものであり、添加剤1との併用により耐熱試験の結果が66.78mm/sと参考例1よりも良化している。実施例2参考例2に、実施例3参考例3に、各々添加剤2を1.0質量%加えたものであり、耐熱試験の結果が実施例2では64.15mm/sに、実施例3では63.44mm/sと両者の併用により各々更に良化していることが判る。
【0034】
表2の比較例1は、添加剤1を0.5質量%に減量し、添加剤2を1.0質量%使用したもので、添加剤1の添加量が少ないために、耐熱試験の結果が悪くなっている。比較例2のものは、添加剤1を使用せず、添加剤2を0.5質量%使用したものであり、耐熱試験において良い結果が得られていない。比較例3、比較例4は、同じく添加剤2を各々1.5質量%、2.5質量%使用したものであり、添加剤2の使用量を増やしても、比較例2よりもむしろ耐熱試験の結果が悪くなっている。
【0035】
表3の比較例5は、添加剤2を1.0質量%使用すると共に、添加剤1の代りにフェノール系の酸化防止剤としてよく知られているベンゼンプロパン酸3,5-ビス(1,1-ジメチル-エチル)-4-ヒドロキシ-C7~C9側鎖アルキルエステル(添加剤3)を2.0質量%使用したもので、耐熱試験で好ましい結果が得られていない。比較例6は、比較例5に比べて添加剤3の使用量を3.0質量%に増やしたもので、耐熱試験の結果がやや良くなっているが、好ましい結果が得られているものではない。
【0036】
比較例7は、比較例5に対して添加剤2の使用量を2.0質量%に増やしたものであるが、添加剤1が使用されていないこともあって、良好な結果が得られていない。また、比較例8は、比較例7のものに対して添加剤3の使用量を3.0質量%に増量したものであり、耐熱試験の結果がやや良くなっているが、満足する結果が得られていないことが判る。
尚、実施例1~3及び参考例1~3に記載の組成物は生分解性のある難燃性油圧作動油としても使用することが可能である。
【0037】
【表1】
注:耐熱試験(※)はISOT試験(酸化安定度試験)後の40℃動粘度を表す。(以下同じ)
【0038】
【表2】
【0039】
【表3】