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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-22
(45)【発行日】2022-12-01
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/12 20060101AFI20221124BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20221124BHJP
   F16C 23/04 20060101ALI20221124BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20221124BHJP
【FI】
F16C33/12 A
F16C17/02 Z
F16C23/04 Z
C23C28/00 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019023486
(22)【出願日】2019-02-13
(65)【公開番号】P2019143802
(43)【公開日】2019-08-29
【審査請求日】2021-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2018026063
(32)【優先日】2018-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】泉田 学
(72)【発明者】
【氏名】城谷 友保
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-164307(JP,A)
【文献】特開2002-121669(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/00
F16C 23/00
F16C 33/00
C23C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受合金層と、前記軸受合金層の相手部材との摺動側に設けられているDLC層と、を備える摺動部材であって、
前記DLC層は、
層本体と、
前記軸受合金層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる起因部と、を有し、
前記起因部は、前記層本体に設けられている凹部である摺動部材。
【請求項2】
軸受合金層と、前記軸受合金層の相手部材との摺動側に設けられているDLC層と、を備える摺動部材であって、
前記DLC層は、
層本体と、
前記軸受合金層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる起因部と、を有し、
前記起因部は、前記層本体において、前記DLC層を形成する炭素の結合状態が異なる部分である摺動部材。
【請求項3】
軸受合金層と、前記軸受合金層の相手部材との摺動側に設けられているDLC層と、を備える摺動部材であって、
前記DLC層は、
層本体と、
前記軸受合金層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる起因部と、を有し、
前記起因部は、前記層本体において、ダングリングボンドの部分である摺動部材。
【請求項4】
前記DLC層の前記摺動面側において、任意に10mm×10mmの観察領域を設定し、この観察領域を2mm×2mmの25個の分割領域に分割したとき、
前記ダングリングボンドを含む前記分割領域は、1個から13個である請求項3記載の摺動部材。
【請求項5】
前記ダングリングボンドを含む前記分割領域は、1個から5個である請求項4記載の摺動部材。
【請求項6】
軸受合金層と、前記軸受合金層の相手部材との摺動側に設けられているDLC層と、を備える摺動部材であって、
前記DLC層は、
層本体と、
前記軸受合金層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる起因部と、を有し、
前記起因部は、前記層本体に形成されているクラックの部分である摺動部材。
【請求項7】
軸受合金層と、前記軸受合金層の相手部材との摺動側に設けられているDLC層と、を備える摺動部材であって、
前記DLC層は、
層本体と、
前記軸受合金層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる起因部と、を有し、
前記起因部は、前記層本体に設けられている粒子である摺動部材。
【請求項8】
前記軸受合金層と前記DLC層との間に、前記軸受合金層よりも変形しやすい変形層をさらに備え、
前記起因部は、前記変形層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる請求項1から7のいずれか一項記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、軸受に用いられる摺動部材として、相手部材と摺動する最表面にDLC(Diamond Like Carbon)層を形成するものが知られている(特許文献1)。DLC層が形成された摺動部材は、相手部材との摩擦係数が低減される。そのため、DLC層が形成された摺動部材は、焼付を発生する頻度が低下するという特性を有している。一方、DLC層は、非常に硬いことから、摩耗や変形を生じにくい。そのため、DLC層を有する摺動部材と相手部材とは、形状的ななじみによるオイルクリアランスの確保を期待しにくいという問題がある。また、DLC層の脆さに起因して剥がれが生じると、局所的な摩擦係数の増大を招き、耐焼付性の低下を招くという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-031935号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明の目的は、下地材に追従したDLC層の変形を生じさせ、形状的ななじみ性の向上、及びこれにともなう耐焼付性の向上を図る摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために本実施形態では、摺動部材は、軸受合金層と、前記軸受合金層の相手部材との摺動側に設けられているDLC層と、を備える。前記DLC層は、層本体と、起因部とを有する。起因部は、前記軸受合金層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる。以下、層本体が分離することによって生じる部分は、分離片と称する。
【0006】
このように本実施形態の摺動部材は、起因部を有するDLC層を備えている。起因部は、受合金層の表面に形成されている層本体において厚さ方向に延びている。そして、DLC層は、この起因部を起因として分離する。つまり、本実施形態の摺動部材におけるDLC層は、意図的な分離の起因となる起因部を有している。これにより、相手部材との摺動によって軸受合金層に変形が生じると、DLC層はこの軸受合金層の変形を受けて起因部において分離する。そのため、硬度の高いDLC層は、起因部における分離によって、下地材に応じた変形が促される。その結果、摺動部材は、相手部材との摺動によって生じる荷重を点ではなく面で受け止めやすくなる。従って、DLC層が下地材に追従して変形し、形状的ななじみ性が向上するとともに、これにともなう耐焼付性の向上を図ることができる。
【0007】
本実施形態の摺動部材では、起因部は、前記層本体に設けられている凹部である。また、起因部は、前記層本体において、前記DLC層と異なる材質で形成されている部分である。また、起因部は、前記層本体において、化学的な結合状態が異なる部分である。また、起因部は、前記層本体において、ダングリングボンドの部分である。また、起因部は、前記層本体に形成されているクラックの部分である。また、起因部は、前記層本体に設けられている粒子である。
【0008】
これらのように、DLC層の起因部は、DLC層における物理的又は化学的な性質が不安定となる部分である。そのため、摺動部材と相手部材との摺動によってDLC層に荷重が加わったとき、性質が不安定となる起因部は応力の集中によって分離しやすくなる。その結果、硬度の高いDLC層であっても、この起因部を起因として容易に分離する。従って、起因部を起因とした分離によってDLC層の変形を促すことができ、形状的ななじみ性及び耐焼付性の向上を図ることができる。
【0009】
本実施形態の摺動部材は、前記軸受合金層と前記DLC層との間に、前記軸受合金層より変形しやすい変形層をさらに備える。そして、起因部は、前記変形層との接着を維持したまま、前記層本体が互いに分離する起因となる。
【0010】
このように摺動部材は、DLC層と軸受合金層との間に、変形層を備えている。これにより、相手部材との摺動によって力が加わると、変形層は軸受合金層より大きく変形する。そして、DLC層は、この変形層の変形にともなって力を受け、起因部を起因とした分離が促される。従って、DLC層の分離にともなう変形をより促すことができ、形状的ななじみ性及び耐焼付性のさらなる向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】一実施形態による摺動部材を示す模式図
図2】一実施形態による摺動部材と相手部材との不整な接触を示す模式図
図3】一実施形態による摺動部材と相手部材との不整な接触を示す模式図
図4】一実施形態による摺動部材と相手部材との接触を示す模式的な断面図
図5】一実施形態による摺動部材の他の例を示す模式図
図6】一実施形態による摺動部材の製造工程を示す模式図
図7】一実施形態による摺動部材の他の例を示す模式図
図8】一実施形態による摺動部材の他の例を示す模式図
図9】一実施形態による摺動部材の他の例を示す模式図
図10】一実施形態による摺動部材の他の例を示す模式図
図11】一実施形態による摺動部材の他の例を示す模式図
図12】一実施形態による摺動部材の摺動面に設定した観察領域及び分割領域を示す模式図
図13】ラマンスペクトルの一例を示す概略図
図14】一実施形態による摺動部材の摺動面に設定した各分割領域におけるIG/IDを示す模式図
図15】一実施形態による摺動部材におけるダングリングボンドの分布を示す模式図
図16】一実施形態による摺動部材の試験結果を示す概略図
図17】一実施形態による摺動部材の試験条件を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、摺動部材の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1に示すように摺動部材10は、軸受合金層11と、DLC層12とを備える。DLC層12は、軸受合金層11において相手部材との摺動側に設けられている。DLC層12は、軸受合金層11に積層されており、軸受合金層11と接着している。軸受合金層11は、Cu系又はAl系などの合金で形成されている。なお、摺動部材10は、鉄や鋼等で形成されている図示しない裏金層を備えていてもよい。DLC層12は、軸受合金層11とは反対側に相手部材と摺動する摺動面13を形成している。
【0013】
DLC層12は、層本体21と起因部22とを有している。層本体21は、軸受合金層11の表面に沿って設けられている。起因部22は、DLC層12の層本体21において厚さ方向に延びている。つまり、起因部22は、摺動面13から軸受合金層11へ至るDLC層12の厚さ方向に延びている。起因部22は、層本体21が分離する起因となる。図1に示す摺動部材10の場合、起因部22はダングリングボンド23である。層本体21は、起因部22を構成するダングリングボンド23において、結合の不安定な部分が形成される。このようなDLC層12におけるダングリングボンド23において結合が不安定となることにより、軸受合金層11及びこれに積層されているDLC層12に力が加わると、DLC層12の層本体21はこのダングリングボンド23を起因として分離する。即ち、ダングリングボンド23は、層本体21が分離する起因となる。このように、本実施形態の摺動部材10は、DLC層12に分離の起因となる起因部22を有している。起因部22は、DLC層12において、摺動部材10の軸方向及び周方向のいずれの方向にも設けることができる。また、起因部22は、DLC層12において、厚さ方向で摺動面13から軸受合金層11に至るまで層本体21を貫いて形成してもよく、厚さ方向の途中まで形成してもよい。また、起因部22は、DLC層12において、軸受合金層11及び摺動面13のいずれにも至ることなくDLC層12の層本体21の内側だけに形成してもよい。
【0014】
図2に示すように摺動部材10と相手部材30との間に不整な接触が生じたとき、これらの接触による力によって軸受合金層11にはわずかな変形が生じる。本実施形態の場合、図3又は図4に示すようにこの軸受合金層11の変形が生じると、軸受合金層11に積層されているDLC層12は、起因部22において分離し、軸受合金層11の変形にあわせた形状を維持する。つまり、DLC層12は、軸受合金層11に変形が生じる前において、ほぼ均一な層として形成されている。一方、DLC層12は、軸受合金層11に変形が生じると、起因部22において分離する。このとき、分離したDLC層12の層本体21は、軸受合金層11との接着を維持している。これにより、摺動部材10と相手部材30との間に不整な接触が生じても、DLC層12は、相手部材30にあわせた軸受合金層11の変形に応じて形状が変化する。その結果、摺動部材10と相手部材30とのオイルクリアランスが確保される。このような理由から、起因部22は、DLC層12の全体に限らず、軸方向の両端部及びこれに近い位置に設けることが好ましい。上述のように摺動部材10と相手部材30との間に不整な接触が生じたとき、摺動部材10は軸方向の中間部よりも端部側において不整な接触の影響を受けやすい。そこで、起因部22を軸方向の両端部及びこれに近い位置に設けることにより、DLC層12の分離が促され、相手部材30との不整な接触による影響を低減することができる。
【0015】
また、摺動部材10は、図5に示すように変形層40を備えていてもよい。変形層40は、軸受合金層11とDLC層12との間に設けられている。この変形層40は、軸受合金層11よりも変形しやすい材料で形成されており、軸受合金層11よりも容易に変形する。変形層40は、例えばヤング率が50GPa以下である錫(Sn)やビスマス(Bi)等を用いることができる。但し、変形層40は、軸受合金層11よりも軟らかい材料が好ましい。軸受合金層11よりも変形しやすい変形層40を設けることにより、相手部材30との不整な接触が生じたとき、変形層40は軸受合金層11より大きな変形が促される。DLC層12は、この変形層40の変形によって、起因部22において分離し、変形層40の変形に合わせた形状を維持する。このとき、分離したDLC層12の層本体21は、変形層40との接着を維持している。つまり、DLC層12の層本体21は、変形層40を挟んで軸受合金層11との接着を維持している。これにより、摺動部材10と相手部材30との間に不整な接触が生じても、DLC層12は、相手部材30にあわせた変形層40の変形に応じて形状が変化する。その結果、摺動部材10と相手部材30とのオイルクリアランスが確保される。
【0016】
上記のようにダングリングボンド23を起因部22とする摺動部材10の製造方法の一例を説明する。
図6の(A)に示すように下地材50は、一部にマスク51が施される。下地材50は、軸受合金層11又は変形層40である。マスク51が施された下地材50は、図6の(B)に示すようにDLC層52が形成される。このとき、DLC層52は、下地材50のマスク51が施された部分以外に形成される。下地材50は、図6の(C)に示すようにマスク51が除去された後、さらにDLC層52が形成される。この場合、DLC層52は、等方的に成長するため図6の(D)に示すように下地材50からだけでなく、すでに形成されたDLC層52部分からも成長する。DLC層52の形成を継続することにより、図6の(E)に示すようにダングリングボンド53を有するDLC層52が形成される。このダングリングボンド53は、起因部22となる。
【0017】
ところで、本実施形態の場合、起因部22は、図1及び図5に示すようなダングリングボンド23に限らない。例えば図7に示すように、起因部22は、層本体21に設けられている凹部61であってもよい。この凹部61では、DLC層12の厚さが他の部分に比較して薄い、又はDLC層が存在していない。そのため、凹部61は、軸受合金層11に変形が生じたとき、DLC層12の分離の起因となる起因部22となる。この場合、凹部61は、DLC層12の摺動面13側から軸受合金層11までDLC層12を貫いて形成してもよく、DLC層12の厚さの途中まで形成してもよい。また、凹部61は、DLC層12を貫くだけでなく軸受合金層11に達していてもよい。
【0018】
また、起因部22は、図8に示すように層本体21においてDLC層12と異なる材質で形成されている部分であってもよい。この場合、DLC層12の層本体21には、異材料部62が設けられている。異材料部62は、DLC層12を形成する炭素(C)以外の金属や合金等のようにDLC層12と異なる材質で形成されている。これにより、DLC層12は、層本体21と異材料部62との境界部分が不安定となる。そのため、この異材料部62は、軸受合金層11に変形が生じたとき、DLC層12の分離の起因となる起因部22を構成する。この場合、異材料部62は、DLC層12の摺動面13側から軸受合金層11までDLC層12を貫いて形成してもよく、DLC層12の厚さの途中まで形成してもよい。
【0019】
起因部22は、図9に示すように層本体21において化学的な結合状態が異なる部分であってもよい。この場合、DLC層12の層本体21には、異体部63が設けられている。異体部63では、DLC層12を形成する炭素の結合状態が異なる。つまり、層本体21がsp2結合を主とするとき、異体部63はsp3結合を主とするというように、層本体21との間に結合状態の差が生じている。これにより、DLC層12は、層本体21と異体部63との間に不安定な状態が形成される。
【0020】
起因部22は、図10に示すように層本体21に形成されているクラック64であってもよい。この場合、DLC層12の層本体21には、クラック64が含まれている。そのため、クラック64は、軸受合金層11に変形が生じたとき、DLC層12の分離の起因となる起因部22を構成する。この場合、クラック64は、DLC層12の摺動面13側から軸受合金層11までDLC層12を貫いて形成してもよく、DLC層12の厚さの途中まで形成してもよい。また、クラック64は、DLC層12の軸受合金層11側から摺動面13側の途中まで、DLC層12の途中から軸受合金層11との境界面まで、あるいは各端面に到達することなくDLC層12の内部にのみ形成してもよい。
【0021】
起因部22は、図11に示すように層本体21に設けられている粒子65であってもよい。この場合、DLC層12の層本体21は、粒子65が存在する部分において不連続となる。そのため、粒子65は、軸受合金層11に変形が生じたとき、DLC層12の分離の起因となる起因部22を構成する。この場合、粒子65は、DLC層12の摺動面13側だけでなく、DLC層12の内部に設けてもよい。
【0022】
次に、起因部22となるダングリングボンド23の分布について説明する。
ダングリングボンド23の分布は、DLC層12の摺動面13側に、図12に示すように設定された観察領域70を用いて観察する。観察領域70は、DLC層12の摺動面13側において、10mm×10mmの範囲で設定される。観察領域70は、DLC層12の摺動面13の任意の位置に設定することができる。この設定した観察領域70は、縦方向及び横方向へそれぞれ5等分し、2mm×2mmの分割領域71が設定される。これにより、観察領域70は、25個の2mm×2mmの分割領域71に分割される。
【0023】
ダングリングボンド23は、この分割領域71ごとに観察される。ダングリングボンド23の観察は、この分割領域71におけるラマンシフトスペクトルに基づいて観察される。ラマンシフトスペクトルは、図13に示すように波数(cm-1)に対する強度として得られる。ダングリングボンド23は、このラマンスペクトルにおける特定の波数帯における強度比の値に基づいて観察される。具体的には、ダングリングボンド23は、ラマンスペクトルにおける1350(cm-1)付近のD帯と、1580(cm-1)付近のG帯とにおける面積比であるIG/IDに基づいて観察される。本実施形態では、観察領域70は、Dilor Jobin Yvon製のラマン分光分析装置LabRamを用いて分析した。そして、LabRamに付属のソフトを用いて、ベースライン補正及び波形分離を施し、各バンドの面積を算出した後、その面積の比率を面積比として算出した。ダングリングボンド23は、このIG/IDの強度の面積比によって、存在が確認される。本実施形態において、ダングリングボンド23が起因部22として機能するためには、IG/IDが1.3以上であることが求められる。
【0024】
そこで、本実施形態では、観察領域70において分割領域71ごとにIG/IDを測定する。これにより、観察領域70は、図14に示すように分割領域71ごとにIG/IDが測定される。図14に示す例の場合、測定したIG/IDは、0.7~1.7の値を示している。このうち、IG/ID≧1.3となる分割領域71は網掛けで示している。このように、IG/ID≧1.3となる分割領域71は、起因部22として機能するダングリングボンド23を含んでいることを意味する。この図14に示す例の場合、IG/ID≧1.3となる分割領域71は、観察領域70を構成する25個の分割領域71のうち5個含まれている。本実施形態の摺動部材10の場合、IG/IDがIG/ID≧1.3となる分割領域71は、観察領域70を構成する25個の分割領域71のうち1個から13個含まれていることが好ましく、1個から5個含まれていることがより好ましい。一方、IG/ID≧1.3となる分割領域71が14個以上になると、比較的軟らかい軸受合金層11を備える摺動部材10に適用する場合、観察領域70に含まれるダングリングボンド23が過剰となる傾向にある。そのため、ダングリングボンド23を起因として分離したDLC層12は過度に微小な状態となり、分離片における例えば面圧の増加など負荷の増加を招くと考えられる。
【0025】
上記のようにダングリングボンド23を含むIG/ID≧1.3となる分割領域71は、観察領域70において、できる限り密集せずに、つまり互いにできる限り離れて分布することが好ましい。例えば図15の(A)から(F)に示す場合、(A)のようにダングリングボンド23を含む分割領域71が互いに離れていることが最も好ましい。図15の場合、網掛けを施した分割領域71はダングリングボンド23を含んでいる。このようにダングリングボンド23を含む分割領域71が互いに離れているとき、ダングリングボンド23は観察領域70において偏在していないことになる。これにより、ダングリングボンド23を起因として分離したDLC層12の分離片は、摺動面13側から見たとき、大きさが均一化する。そのため、観察領域70において各分離片における面圧が均一化する。その結果、ダングリングボンド23を起因部22とする摺動面13は、領域の全体において面圧が均一化し耐焼付性が安定する。
【0026】
以上のように、本実施形態の摺動部材10のDLC層12は、各種の起因部22を起因として分離することができる。起因部22は、軸受合金層11の表面に形成されているDLC層12の層本体21において厚さ方向に延びている。そして、DLC層12は、この起因部22を起因として分離する。つまり、本実施形態の摺動部材10におけるDLC層12は、意図的な分離の起因となる起因部22を有している。これにより、相手部材30との摺動によって軸受合金層11に変形が生じると、DLC層12はこの軸受合金層11の変形を受けて起因部22において分離される。そのため、硬度の高いDLC層12は、起因部22における分離によって、下地材50に応じた変形が促される。その結果、摺動部材10は、相手部材30との摺動によって生じる荷重を点ではなく面で受け止めやすくなる。従って、DLC層12が下地材50に追従して変形し、形状的ななじみ性が向上するとともに、これにともなう耐焼付性の向上を図ることができる。
【0027】
また、本実施形態におけるDLC層12の起因部22は、DLC層12における物理的又は化学的な性質が不連続となる部分である。そのため、摺動部材10と相手部材30との摺動によってDLC層12に荷重が加わったとき、性質が不連続となる起因部22は応力の集中によって分離しやすくなる。その結果、硬度の高いDLC層12であっても、この起因部22を起因として容易に分離する。従って、起因部22を起因とした分離によってDLC層12の変形を促すことができ、形状的ななじみ性及び耐焼付性の向上を図ることができる。
【0028】
さらに、本実施形態の摺動部材10は、DLC層12と軸受合金層11との間に、変形層40を備えている。これにより、相手部材30との摺動によって力が加わると、変形層40は軸受合金層11より大きく変形する。そして、DLC層12は、この変形層40の変形にともなって変形の力を受け、起因部22を起因とした分離が促される。従って、DLC層12の変形をより促すことができ、形状的ななじみ性及び耐焼付性のさらなる向上を図ることができる。
【0029】
次に、図16に示すように上記の実施形態による摺動部材10の焼付試験の評価を実施例に基づいて説明する。図16における「ダングリングボンドの数」とは、観察領域70を構成する25個の分割領域71のうち、IG/ID≧1.3となる分割領域71の数を示している。つまり、「ダングリングボンドの数」は、観察領域70を構成する25個の分割領域71のうちIG/ID≧1.3となる分割領域71が含まれていなければ「0」であり、全ての分割領域71がIG/ID≧1.3であれば「25」である。
試料1~試料17は、DLC層12に起因部22を設けた本実施形態による摺動部材10の実施例である。一方、試料18は、DLC層12に起因部22が設けられていない従来例である。これら各試料は、図17に示す条件によって焼付試験を行なった。図16では、図17に示す条件において相手部材30と不整な当たりで摺動させたとき、焼付が生じない最大面圧を試験結果として示している。
【0030】
起因部22が設けられたDLC層12を備える本実施形態の摺動部材10である試料1~試料17は、従来例である試料18と比較して、焼付試験の結果が向上していることがわかる。つまり、試料1~試料17は、試料18と比較して焼付が生じない最大面圧が向上している。これにより、起因部22が設けられたDLC層12を備える本実施形態は、起因部22における層本体21の分離によって、形状的ななじみ性が向上し、耐焼付性が向上していることが明らかである。
【0031】
また、試料1~試料6を相互に比較すると、起因部22としてダングリングボンド23、凹部61、異材料部62、異体部63、クラック64又は粒子65のいずれを用いても、焼付試験の結果は向上するとともに、互いの差は大きくないことがわかる。つまり、DLC層12における分離の起因となる起因部22は、いずれであってもDLC層12の分離を促すことがわかる。一方、これらの中でも、ダングリングボンド23及び異体部63は、耐焼付性への貢献が比較的高いことがわかる。
【0032】
試料7、試料8、試料13~試料17は、軸受合金層11とDLC層12との間に変形層40を設けている。これら試料7、試料8、試料13~試料17は、同様にダングリングボンド23を起因部22とする試料4、試料9~試料12と比較して、焼付試験の結果が大幅に向上している。これは、変形層40を設けることにより、変形層40の変形、そしてこれにともなう起因部22を起因としたDLC層12の分離が促されることによると考えられる。このように、変形層40は、耐焼付性の向上に寄与していることが明らかである。また、試料7と試料8とを比較すると、変形層40の膜厚がより厚い試料8は、試料7に比較して耐焼付性が向上している。このことからも、変形層40は、DLC層12の分離を促し、形状的ななじみ性の向上及び耐焼付性の向上に寄与していることがわかる。
【0033】
次に、ダングリングボンド23の数についての評価を説明する。
試料4、試料9~試料12を相互に比較すると、ダングリングボンド23の数が18個の試料12に比較して、ダングリングボンド23の数が1~13個の試料4、試料9~試料11は耐焼付性が高い。特に、試料10のようにダングリングボンド23の数が3個であるとき、耐焼付性が最も高くなっている。この結果からも、ダングリングボンド23の数が5個以下であるとき、ダングリングボンド23はDLC層12に密集することなく均一に存在しやすくなる。そのため、DLC層12は、分離した各分離片の大きさが均一化し、分離片への面圧の偏りが抑制されやすくなる。また、これらの結果から、ダングリングボンド23の数は、1~13個であることが好ましく、1~5個であることがより好ましいことが分かる。
【0034】
次に、変形層40についての評価を説明する。
上述の試料4と試料7との比較でも説明したように、変形層40の存在によって、起因部22を起因としたDLC層12の分離が促される。また、試料13と試料14とを比較すると、変形層40を設ける場合でも、ダングリングボンド23の数が少ない試料14は試料13よりも耐焼付性が向上している。さらに、試料13と試料15とを比較すると、変形層40のヤング率が小さい試料13は、試料15よりも耐焼付性が向上している。これは変形層40のヤング率が小さくて柔軟になることにより、相手部材30から力を受けることで変形層40の変形が促され、DLC層12の分離が促されるためと考えられる。
【0035】
試料16及び試料17は、2層の変形層40を有している。具体的には、試料16は、Bi及びAgの2層の変形層40を有している。試料16の場合、Bi層はDLC層12側に位置し、Ag層は軸受合金層11側に位置している。Biのヤング率は32GPaであり、Agのヤング率は83GPaである。一方、試料17は、Sn及びNiの2層の変形層40を有している。この場合、Sn層はDLC層12側に位置し、Ni層は軸受合金層11側に位置している。Snのヤング率は41GPaであり、Niのヤング率は200GPaである。これら試料16及び試料17によると、変形層40が異種の金属による2層以上であっても、変形層40は耐焼付性の向上に寄与していることがわかる。この場合、試料16及び試料17から、変形層40においてヤング率が小さくより柔軟な金属層をDLC層12側に配置することにより、耐焼付性の向上に寄与することがわかる。つまり、2層以上の金属で変形層40を形成する場合、より柔軟な金属層をDLC層12側に配置することで耐焼付性は向上する。これは、変形層40を構成するより柔軟な金属層は、相手部材30から力を受けることで変形が促され、DLC層12の分離が促されるためと考えられる。
【0036】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。例えば、上記の一実施形態では、摺動部材10を半割の摺動部材に適用する例について説明した。しかし、摺動部材10は、例えば軸方向から軸部材を支持するスラスト軸受など、他の形態にも適用することができる。
【符号の説明】
【0037】
図面中、10は摺動部材、11は軸受合金層、12はDLC層、21は層本体、22は起因部、23はダングリングボンド、30は相手部材、40は変形層、61は凹部、62は異材料部、63は異体部、64はクラック、65は粒子を示す。
図1
図2
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図17