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特許7181900患者プロファイルに基づくインスリン滴定アルゴリズム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-22
(45)【発行日】2022-12-01
(54)【発明の名称】患者プロファイルに基づくインスリン滴定アルゴリズム
(51)【国際特許分類】
   A61M 5/172 20060101AFI20221124BHJP
【FI】
A61M5/172 500
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019568745
(86)(22)【出願日】2018-06-14
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-08-06
(86)【国際出願番号】 EP2018065845
(87)【国際公開番号】W WO2018229209
(87)【国際公開日】2018-12-20
【審査請求日】2021-05-18
(31)【優先権主張番号】62/520,139
(32)【優先日】2017-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】62/522,811
(32)【優先日】2017-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】17178877.1
(32)【優先日】2017-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】596113096
【氏名又は名称】ノボ・ノルデイスク・エー/エス
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】シュヴェッツ, オレクサンドル
(72)【発明者】
【氏名】アラドッティル, ティナ ビョーク
(72)【発明者】
【氏名】ミラー, トーマス デデンロース
(72)【発明者】
【氏名】イマンバエフ, アヌアル
【審査官】二階堂 恭弘
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0350369(US,A1)
【文献】国際公開第2011/157402(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0232520(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0319322(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 5/172
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低血糖のリスクを予測し、それに従い対象者のためにインスリン薬剤用量サイズを調節して、予測される低血糖事象を防止するための装置であって、前記装置が一つ以上のプロセッサと、メモリとを含み、前記メモリがデータ構造を保存し、前記データ構造が、
- 第一のデータセットに基づき現在の投薬レジメンに対する調節として第一の用量サイズを計算して推奨するための第一のルールベースの滴定アルゴリズムを指定する処方されたインスリン薬剤投薬レジメンであって、前記第一のデータセットが、
・ 時間経過に伴い取られた複数の血糖(BG)測定値と、複数の測定値のそれぞれ個別の測定値について、前記時間経過において前記それぞれの測定がなされた時点を表す対応するタイムスタンプと、
・ 時間経過に伴い取られた複数の注射済みインスリン用量サイズと、前記複数の注射された用量のうち注射されたそれぞれ個別の用量サイズについて、前記時間経過において前記それぞれの用量が注射された時点を表す対応するタイムスタンプと、注射されたインスリン薬剤のそれぞれのタイプスタンプと、
・ 最小標的の空腹時および食後の血糖値と、
・ 最大標的の空腹時および食後の血糖値とを含む、処方されたインスリン薬剤投薬レジメンと、
- 以下の機械学習アルゴリズムモジュールを含むリスク予測モジュールであって、
・ Gaussian Kernelおよび規則化を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大3時間の血糖測定値に基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大3時間の期間内に発生する確率を計算する、短期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、
・ Gaussian Kernelおよび規則化を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大24時間の血糖データに基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大24時間の期間内に発生する確率を計算する、長期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、
・ 前記第一のデータセットの前記血糖測定値とインスリン用量サイズデータとの間の相関を分析して、所定の期間にわたる過去の高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する、対象者のパターン認識機械学習アルゴリズムとを含む、リスク予測モジュールを含み、
前記メモリはさらに、前記一つ以上のプロセッサによって実行される時に
記対象者からの要求に応答して、基底またはボーラスインスリンの推奨用量を計算して、
a) 前記第一のデータセットを入手可能な最新のデータで更新する工程と、
b) 食後の血糖値(PPGL)(ボーラスインスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の食後の血糖値の最低加重平均として計算する工程と、
c) 滴定血糖値(TGL)(基底インスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の毎日の血糖値(食後期間に特定された血糖値を除外)の最低加重平均として計算する工程と、
d) 前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムを実行することにより第一の用量サイズを計算し、ここで前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムは、第一の用量サイズを以下の通り計算して推奨する工程と、
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最大標的を上回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して大きいか、または
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的を下回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して小さいか、または
・ 前記平均TGLまたはPPGLが、空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的と最大標的の間の範囲内である場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと等しい、
e) 前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
f) 前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
g) 前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程と、
h) 多重線形回帰機械学習アルゴリズムを採用して、前記第一のアルゴリズム、前記短期リスク予測アルゴリズム、前記長期リスク予測アルゴリズムおよび対象者のパターン認識アルゴリズムからの入力に基づき、前記対象者について非低血糖状態をもたらす第二の用量サイズを予測する工程と、
また、前記計算された第二の用量サイズが前記第一の用量サイズよりも小さい場合には;
i) 前記第一の用量サイズを前記第二の用量サイズまで自動的に下げて調節し、前記第二の用量サイズを前記対象者に連絡する工程と、を含む方法を実行する命令を保存する、装置。
【請求項2】
前記多重線形回帰機械学習アルゴリズムが次の関数によって定義される、請求項1に記載の装置であって、
式中、
は前記第二の用量サイズの決定における各入力パラメータ
に対応する計算された重みであり、
および
は、工程e)~g)による前記アルゴリズムの出力値である、装置。
【請求項3】
請求項2に記載の装置であって、前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程が、
・ 前記第一のデータセットから、最後の15~180分の特定の時間間隔内で取得された特定の血糖測定値履歴データセットを準備する工程と、
・ 準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ15~180分の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む、装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載の装置であって、前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程が、
・ 前記第一のデータセットから、最後の12~24時間の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴データセットを準備する工程と、
・ 準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ12~24時間の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む、装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の装置であって、前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程が、
・ 前記第一のデータセットから、最後の15~180分の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴データセットを準備する工程と、
・ 準備された各データセットを単一クラスのSVM分類器アルゴリズムを通して実行し、前記データセットの前記血糖測定値と前記データセットの対応するインスリン用量サイズとの間の相関を分析して、前記時間間隔内での高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する工程とを含む、装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の装置であって、前記装置が、ワイヤレス受信機をさらに含み、前記第一のデータセットの前記血糖測定値が前記対象者に取り付けられたCGMから無線で取得され、前記第一のデータセットの前記インスリン用量データが前記ワイヤレス受信機と通信するよう適合された一つ以上のインスリンペンから無線で取得される、装置。
【請求項7】
前記複数のグルコース測定の連続的測定が、対象者から5分以下、3分以下、または1分以下の間隔レートで前記CGM装置によって自律的になされる、請求項6に記載の装置。
【請求項8】
前記データ構造が、インスリン感受性因子(ISF)推定、インスリンオンボード(IoB)推定、炭水化物オンボード(CoB)推定のうち一つ以上を含む履歴データのセットを含む第二のデータセットをさらに含み、前記第二のデータセットが、前記リスク予測モジュールによって低血糖のリスクを予測するために使用される、請求項1~7のいずれか一項に記載の装置。
【請求項9】
糖尿病の治療において対象者を支援するための、携帯電話、ラップトップまたはタブレットなどのモバイル装置上で実行されるアプリケーションに組み込まれる請求項1~8のいずれか一項に記載の装置を備えるシステムであって、前記アプリケーションが、前記モバイル装置上で前記第一および前記第二の用量サイズ推奨を前記対象者に少なくとも連絡するように適合されている、システム。
【請求項10】
前記血糖データおよびインスリン注射データがそれぞれCGMおよび注射ペンから前記モバイル装置に直接的に無線で伝達される、請求項9に記載のシステム。
【請求項11】
一つ以上のプロセッサと、以下を含むデータ構造を保存するメモリを含むコンピュータシステムを介して、糖尿病の治療において対象者を支援する方法であって、前記データ構造が、
- 第一のデータセットに基づき現在の投薬レジメンに対する調節として第一の用量サイズを計算して推奨するための第一のルールベースの滴定アルゴリズムを指定する処方されたインスリン薬剤投薬レジメンであって、前記第一のデータセットが、
・ 時間経過に伴い取られた複数の血糖(BG)測定値と、複数の測定値のそれぞれ個別の測定値について、前記時間経過において前記それぞれの測定がなされた時点を表す対応するタイムスタンプと、
・ 時間経過に伴い取られた複数の注射済みインスリン用量サイズと、前記複数の注射された用量のうち注射されたそれぞれ個別の用量サイズについて、前記時間経過において前記それぞれの用量が注射された時点を表す対応するタイムスタンプと、注射されたインスリン薬剤のそれぞれのタイプスタンプと、
・ 最小標的の空腹時および食後の血糖値と、
・ 最大標的の空腹時および食後の血糖値とを含む、処方されたインスリン薬剤投薬レジメンと、
- 以下の機械学習アルゴリズムモジュールを含むリスク予測モジュールであって、
・ Gaussian Kernelおよび規則化を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大3時間の血糖測定値に基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大3時間の期間内に発生する確率を計算する、短期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、
・ Gaussian Kernelおよび規則化を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大24時間の血糖データに基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大24時間の期間内に発生する確率を計算する、長期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、
・ 前記第一のデータセットの前記血糖測定値とインスリン用量サイズデータとの間の相関を分析して、所定の期間にわたる過去の高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する、対象者のパターン認識機械学習アルゴリズムとを含む、リスク予測モジュールを含み、
前記メモリはさらに、前記一つ以上のプロセッサによって実行される時に
記対象者からの要求に応答して、基底またはボーラスインスリンの推奨用量を計算して、
a) 前記第一のデータセットを入手可能な最新のデータで更新する工程と、
b) 食後の血糖値(PPGL)(ボーラスインスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の食後の血糖値の最低加重平均として計算する工程と、
c) 滴定血糖値(TGL)(基底インスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の毎日の血糖値(食後期間に特定された血糖値を除外)の最低加重平均として計算する工程と、
d) 前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムを実行することにより第一の用量サイズを計算し、ここで前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムは、第一の用量サイズを以下の通り計算して推奨する工程と、
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最大標的を上回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して大きいか、または
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的を下回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して小さいか、または
・ 前記平均TGLまたはPPGLが、空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的と最大標的の間の範囲内である場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと等しい、
e) 前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
f) 前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
g) 前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程と、
h) 多重線形回帰機械学習アルゴリズムを採用して、前記第一のアルゴリズム、前記短期リスク予測アルゴリズム、前記長期リスク予測アルゴリズムおよび対象者のパターン認識アルゴリズムからの入力に基づき、前記対象者について非低血糖状態をもたらす第二の用量サイズを予測する工程と、
また、前記計算された第二の用量サイズが前記第一の用量サイズよりも小さい場合には;
i) 前記第一の用量サイズを前記第二の用量サイズまで自動的に下げて調節し、前記第二の用量サイズを前記対象者に連絡する工程と、を含む方法を実行する命令を保存する、方法。
【請求項12】
前記多重線形回帰機械学習アルゴリズムが次の関数によって定義される、請求項11に記載の方法であって、
式中、
は前記第二の用量サイズの決定における各入力パラメータ
に対応する計算された重みであり、
および
は、工程e)~g)による前記アルゴリズムの出力値である、方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法であって、前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程が、
・ 前記第一のデータセットから、最後の15~180分の特定の時間間隔内で取得された特定の血糖測定値履歴データセットを準備する工程と、
・ 準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ15~180分の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む、方法。
【請求項14】
請求項12または13に記載の方法であって、前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程が、
・ 第一のデータセットから、最後の12~24時間の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴データセットを準備する工程と、
・ 準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ12~24時間の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む、方法。
【請求項15】
請求項11~14のいずれか一項に記載の方法であって、前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程が、
・ 前記第一のデータセットから、最後の15~180分の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴データセットを準備する工程と、
・ 準備された各データセットを単一クラスのSVM分類器アルゴリズムを通して実行し、前記データセットの前記血糖測定値と前記データセットの対応するインスリン用量サイズとの間の相関を分析して、前記時間間隔内での高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する工程とを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、糖尿病のためのペン式のインスリン治療を管理するための患者を補助する装置、システムおよび方法に一般的に関連し、その中でインスリン注射用量は予測される低血糖(または高血糖症)のリスクを予測するために適合され、この予測は、ヒト血糖値およびインスリン投与量に対する患者およびそのプロファイルの特性を機械学習することに基づいている。
【背景技術】
【0002】
健康な個体では、膵β細胞による基底インスリン分泌は連続的に起こり、一定の血糖(BG)値を食事間で継続的に維持する。健康な個体でも、食事に対応する初期の第一段階スパイクでインスリンが急速に放出され、続いて2~3時間後に基底レベルに戻る長期インスリン分泌が続く。
【0003】
インスリンは、グルコース、アミノ酸、脂肪酸の骨格筋および脂肪への細胞取り込みを促進し、肝臓からのグルコースの出力を阻害することにより、インスリン受容体に結合して血糖値を低下させるホルモンである。正常な健常な個体では、生理インスリン分泌は、正常血糖を維持し、これが空腹時血漿グルコースおよび食後血漿グルコース濃度に影響を与える。インスリン分泌は2型糖尿病では損なわれ、食事後早期応答がない。1型糖尿病患者の場合、インスリン分泌は非常に低い場合からインスリン分泌が全くない場合まである。
【0004】
患者には通常、インスリン薬剤治療レジメンが提供され、これらのレジメンの目的は、所望の空腹時または食事血糖値標的レベルを維持するためである。これらのインスリン薬剤治療レジメンは、患者に用量推奨値を提供する滴定アルゴリズムに基づくもので、アルゴリズムは、用量推奨値を計算するための、自己モニタリング(SMPG)データまたは連続グルコース測定(CGM)データのいずれかの履歴血糖値データの遡及的使用に基づく。滴定アルゴリズムは、ADA(米国糖尿病協会)標準のケア推奨に基づいていることがよくある。患者は、低血糖値(低血糖事象)を恐れて過小な滴定を受けることが多い。
【0005】
こうした滴定アルゴリズムの一例は、空腹時血糖値が高すぎる場合には、用量を2単位増やす、または空腹時血糖値が通常レベルである場合には前と同じ用量投与量で継続する、または空腹時血糖値が低すぎる場合には、用量サイズを2単位減らすように患者に推奨する、2-0-2滴定アルゴリズムである。
【0006】
これらの滴定アルゴリズムは通常、結果的に良好な結果となるが、用量推奨は、前回の血糖測定値データのみに基づき、すなわち、遡及的にのみ作用し、将来的な事象を予測できない。患者が、例えば、基底および/またはボーラスインスリンを注射する時間、注射したインスリンの量、食品摂取の時間および量、運動の時間および量など、同じ日常パターンに従っている限り、標準的な滴定アルゴリズムは血糖変動がわずかな良好な結果を与えうるが、これは事実と異なる場合がよくある。患者の通常の日課が一週間のうち選択した日に変化することがよくある。これには、数多くの異なる例があり、例えば、低炭水化物レベルの適切な食事を摂ったり、または食後にスポーツをしたりする。これらの種類の変化は、患者がボーラス注射を調整しなかった場合に血糖値の変化につながる場合があり、低血糖事象のリスクにつながりうる。血糖値は、低血糖事象の後に調整がなされるたびに毎回上下に変動する。さらに、患者は低血糖事象から回復する必要があり、これは非常に残念である。
【0007】
注射ペンを使用して基底およびボーラス(食事)インスリンの両方が毎日(MDI:頻回)行われる糖尿病インスリン治療では、低血糖事象のリスクは通常は合理的に高い。患者は、CGMを使用して血糖値を監視することもできるが、研究では、数多くの特定の2型糖尿病患者は、食前の血糖値またはRate of Change(ROC)に基づくインスリン用量の調節方法については定かでなく、その結果、血糖値が低い場合やROCがおよそ毎分-2mg/dlよりも低い場合には、いずれかのボーラス注射をスキップすることが示されている。ROCが毎分+2mg/dlよりも高い場合、または血糖値が高い場合は、インスリン用量を低血糖事象につながりうる数に増大させる。これらの調整により、血糖値の不必要な変動がもたらされる可能性があり、患者にとって服薬順守の悪化および合併症の長期化につながる場合があり、これは非常に残念である。この多くの患者に加えて、通常、これらの事象は追跡されず、従って医療専門家(HCP)に助言を求めない。このため、ボーラスに関する、ならびに基底インスリン注射に関する所定の助言に関連した考えられるすべてのリスクを計算することにより支援することが重要である。ところが、CGMを使用している患者や、ペン式の頻回注射に従事している患者については、滴定に共通の慣行が存在せず、またアルゴリズムはBGMに基づき、一方で食後の血糖値はまったく測定されない。
【0008】
よって、ペン式のMDI治療を受けている患者が正しい用量を特定するのを支援するために、低血糖事象のリスクを予測することができ、かつ患者を正常血糖値に維持するインスリン用量を提供する滴定システム/方法を有することが好ましい。これは、低血糖事象の数を大幅に減少させ、血糖値の変動を少なくする。
【0009】
低血糖事象を予測するためのシステムおよび方法が説明されてきた。
【0010】
US 2015/0190098は、糖尿病患者が血糖管理を最適化するのを支援する、生理学的および行動性のパラメータおよびパターンのアルゴリズムベースの評価および通信が関与する適応助言制御対話プロセスを開示している。これは、対象のインスリン送達記録に対してリスクベースの絶縁減衰因子を遡及的に計算するアルゴリズムを提供する。
【0011】
US 2014/0350369号は、時間経過に伴うグルコースデータの移動性のグルコースプロフィールに基づく血糖リスクを決定するためのグルコースレポート、グルコースの中央値および変動性に基づくグルコース管理評価、および高いグルコース変動性のインジケータを提供するシステムおよび方法を開示している。これは、グルコース標的に短い時間で達し、低血糖の可能性が低くなるように、滴定ガイダンスを提供する統計的方法を使用する。
【0012】
US 8,562,587号は、CGMデータを利用して患者の低血糖のリスクを継続的に評価し、2つの出力を提供しうるCGMベースの低血糖予防システム(CPHS)を開示している。2つの出力は、(1)伝統的療法を介して、または開ループまたは閉ループのコントロールを介してのいずれかでポンプに送られるインスリンレートコマンドに適用される減衰因子および/または(2)患者に低血糖のリスクの表示を提供する赤色/黄色/緑色の光の低血糖アラームである。
【0013】
US 6,923,763号およびUS 2017/0068790号も、低血糖を予測するためのシステムおよび方法を開示している。
【0014】
WO2011/157402号は、糖尿病患者が、投与されたインスリン投与量を最適化する方法およびシステムを開示している。
【0015】
上記参考文献のいずれも、結果的に低血糖事象をもたらす低血糖事象を予測して、低血糖事象を回避するために第一の計算されたインスリン用量サイズを自動的に下げて低めの第二の用量サイズに調整でき、このことをユーザーに伝達することができ、これが、ユーザーとの何らかのやりとりなしに発生するといった、ペン式の注射を受けている患者のためにインスリン滴定システムを提供する問題には対処していない。
【発明の概要】
【0016】
本開示は、当技術において、ペン式のインスリン治療のための改善されたインスリン滴定アルゴリズムを提供し、また結果的に患者の血糖値の変動を少なくし、低血糖事象のリスクを最小化するための装置、システムおよび方法のニーズに対処する。より具体的には、本発明は、リスク予測因子モジュールを標準的な基底およびボーラス滴定アルゴリズムに追加することにより、インスリン滴定を改善する装置、システムおよび方法を提供する。リスク予測因子は、患者の個別治療パターンの学習に基づいて低血糖のリスクを予測することができ、それによって血糖値が低い(または高い)という将来の周期的偏差を考慮し、低血糖事象を防止するために補正インスリン用量を提供する。
【0017】
したがって、本開示の第一の態様は、低血糖のリスクを予測し、それに従い対象者のためにインスリン薬剤用量サイズを調節して、予測される低血糖事象を防止するための装置を提供する。装置は一つ以上のプロセッサと、メモリとを備え、メモリは、第一のデータセットに基づき現在の投薬レジメンに対する調節として第一の用量サイズを計算して推奨するための第一のルールベースの滴定アルゴリズムを指定する処方されたインスリン薬剤投薬レジメンを含むデータ構造を保存する。第一のデータセットは、時間経過に伴い取られた複数の血糖(BG)測定値と、複数の測定値のそれぞれ個別の測定値について、時間経過においてそれぞれの測定がなされた時点を表す対応するタイムスタンプとを含む。第一のデータセットは、時間経過に伴い取られた複数の注射済みインスリン用量サイズと、複数の注射された用量のうち注射されたそれぞれ個別の用量サイズについて、時間経過においてそれぞれの用量が注射された時点を表す対応するタイムスタンプと、および注射されたインスリン薬剤のそれぞれのタイプスタンプとをさらに含む。第一のデータセットはまた、空腹時および食後の血糖値(mg/dl)の最小標的および空腹時および食後の血糖値(mg/dl)の最大標的も含む。
【0018】
データ構造は、低血糖のリスクを予測し、以下の機械学習アルゴリズムモジュール、すなわち、i)Gaussian Kernelおよび規則化を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大3時間の血糖測定値に基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大3時間の期間内に発生する確率を計算する、短期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、ii)Gaussian Kernelおよび規則化を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大24時間の血糖データに基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大24時間の期間内に発生する確率を計算する、長期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、iii)前記第一のデータセットの前記血糖測定とインスリン用量サイズデータとの間の相関を分析して、所定の期間にわたる履歴上の高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する、対象者のパターン認識機械学習アルゴリズムとを含むものと、を指定するように適合されたリスク予測モジュールをさらに含む。
【0019】
メモリはさらに、一つ以上のプロセッサによって実行される時に、以下を含む方法を実行する命令を保存する:
【0020】
前記対象者からの要求に応答して、基底またはボーラスインスリンの推奨用量を計算して、
【0021】
a) 前記第一のデータセットを入手可能な最新のデータで更新する工程と、
【0022】
b) 食後の血糖値(PPGL)(ボーラスインスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の食後の血糖値の前記最低加重平均として計算する工程と、
【0023】
c) 滴定血糖値(TGL)(基底インスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の毎日の血糖値(食後の期間に特定された血糖値を除外)の最低加重平均として計算する工程と、
【0024】
d) 前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムを実行することにより第一の用量サイズ を計算し、ここで前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムは、第一の用量サイズを以下の通り計算して推奨する工程と、
【0025】
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最大標的を上回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して大きいか、または
【0026】
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的を下回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して小さいか、または
【0027】
・ 前記平均TGLまたはPPGLが、空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的と最大標的の間の範囲内である場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと等しい、
【0028】
e) 前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
【0029】
f) 前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
【0030】
g) 前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程と、
【0031】
h) 多重線形回帰機械学習アルゴリズムを採用して、前記第一のアルゴリズム、前記短期リスク予測アルゴリズム、前記長期リスク予測アルゴリズムおよび対象者のパターン認識アルゴリズムからの前記入力に基づき、前記対象者について非低血糖状態をもたらす第二の用量サイズを予測する工程と、
【0032】
また、前記計算された第二の用量サイズが前記第一の用量サイズよりも小さい場合には;
【0033】
i) 前記第一の用量サイズを前記第二の用量サイズまで自動的に下げて調節し、前記第二の用量サイズを前記対象者に連絡する工程と、を含む方法。
【0034】
前記多重線形回帰機械学習アルゴリズムが次の関数によって定義される。
【0035】
式中、
は前記第二の用量サイズの決定における各入力パラメータ
に対応する計算された重みであり、
および
は、工程e)~g)による前記アルゴリズムの出力値である。
【0036】
前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程は、第一のデータセットから、最後の15~180分の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴の特定のデータセットを準備する工程と、準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ15~180分の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む。
【0037】
前記特定の時間間隔は、最後の15分、17分、20分、30分、35分、45分、60分以上など、120分、135分以上など15~180分内の任意の時間間隔とすることができ、また将来の計画対象期間は、15分、17分、20分、30分、35分、45分、60分以上など、120分、135分以上など、任意の将来の計画対象期間とすることができる。
【0038】
前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程は、第一のデータセットから、最後の12~24時間の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴のデータセットを準備する工程と、準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ12~24時間の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む。
【0039】
長期リスク予測アルゴリズムのための前記特定の時間間隔は、最後の12.5時間、14時間、15時間、16時間、17時間、18.5時間、21時間以上など、最後の12~24時間以内の任意の時間間隔とすることができ、また、将来の計画対象期間は、最後の12.5時間、14時間、15時間、16時間、17時間、18.5時間、21時間以上、最大24時間など、12~24時間などの任意の将来の計画対象期間とすることができる。
【0040】
対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程は、第一のデータセットから最後の15-180分の特定の時間間隔内に取得された血糖測定値履歴のデータセットを準備する工程と、準備された各データセットを単一クラスのサポートベクターマシン分類器アルゴリズムを通して実行し、前記データセットの前記血糖測定値と前記データセットの対応するインスリン用量サイズとの間の相関を分析して、前記時間間隔内での高血糖および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する工程とを含む。前記特定の時間間隔は、最後の15分、17分、20分、30分、35分、45分、60分以上など、120分、135分以上など、15~180分以内の任意の間隔とすることができる。
【0041】
本発明による装置は、改善された滴定アルゴリズムを提供し、ここで、リスク予測モジュールは、第一のルールベースの滴定アルゴリズムにより推奨されるインスリンの用量サイズが、結果的に低血糖(または高血糖)事象をもたらす場合に、より安全な第二の用量サイズを計算し、第一の用量サイズを下げて第二のより安全な用量サイズに調整する。この滴定アルゴリズムにより、患者は血糖値の変動がずっと少なくなり、低血糖状態のリスクが著しく低減される。
【0042】
第一のルールベースの滴定アルゴリズムは、患者のための所与の治療レジメンに適した任意の滴定アルゴリズムでありうる。アルゴリズムの例を以下の表に示す。
【0043】
リスク予測モジュールは、完全な新しい第二の用量サイズを計算するか、または任意選択的に第一の用量サイズへの補正値を計算しうる。一例として、第一の用量サイズが20単位のインスリンおよび実際の安全な用量サイズが15単位である場合、リスク予測モジュールからの出力は、新しい用量として15単位の用量サイズであるか、または計算された第一の用量20単位に対する補正値5単位となりうる。
【0044】
いくつかの実施形態では、規定されたインスリン薬剤レジメンは長時間作用型の基底インスリン薬剤投薬レジメンを含み、ここで第一のルールベースの滴定アルゴリズムは、基底インスリン薬剤用量の第一の用量サイズを計算するように適合され、リスク予測モジュールは、対象者にとって結果的に非低血糖状態をもたらす基底インスリンの第二の用量サイズを計算するように適合されている。前記投薬レジメンは、12~24時間の作用期間を有する単一のインスリン薬剤から構成されてもよく、または集合的に12~24時間の間で集合的に持続するインスリン薬剤の混合物から構成されてもよい。このような長時間作用型のインスリン薬剤の例には、Insulin Degludec(Tresibaのブランド名でNOVO NORDISKによって開発)が含まれるがこれらに限定されない。
【0045】
いくつかの実施形態では、規定されたインスリンレジメンはまた短時間作用型のボーラスインスリン薬剤投薬レジメンを含み、ここで第一のアルゴリズムは、ボーラスインスリン薬剤用量の第一の用量サイズを計算するように適合され、リスク予測モジュールは、対象者にとって結果的に非低血糖状態をもたらすボーラスインスリンの第二の用量サイズを計算するように適合されている。前記投薬レジメンは、3~8時間の作用期間を有する単一のインスリン薬剤を含んでもよく、または集合的に3~8時間の間で集合的に持続するインスリン薬剤の混合物を含んでもよい。このような短時間作用型のインスリン薬剤の例には、Lispro(HUMALOG、インスリンリスプロ[rDNA由来]注射、Eli Lilly and Company)及びAspart(NOVOLOG、インスリンアスパート[rDNA由来]注射、NOVO NORDISK Inc)が含まれるが、これらに限定されない。
【0046】
短期リスク予測アルゴリズムは、前記第一のデータセットから少なくとも過去3日間の血糖データ履歴を使用しうるが、最後の4日、5日またはさらには7日間以上など、長い日数を使用しうる。利用できるデータが多くなれば、より正確な予測が得られるが、使用されるデータが過去3日間未満、例えば、過去2日または1日のみ、最後の12時間または最後の6時間または最後の4時間など、さらに短くてもよい。機械学習モデルは、サポートベクターマシン分類器であることが好ましいが、代替的に、ARIMA(自己回帰移動平均)、K-NN(K近傍法)の方法論または別の適切な方法論に基づいてもよい。
【0047】
長期リスク予測アルゴリズムは、前記第一のデータセットから最大過去3日間の血糖データ履歴を使用しうるが、過去4日、5日、6日、7日間以上など、長い日数を使用しうる。利用できるデータが多くなれば、より正確な予測が得られるが、使用されるデータが過去3日間未満、例えば、過去2日または1日のみなど、さらに短くてもよい。サポートベクターマシン分類器に基づいていることが好ましいが、代替的に、RF(ランダムフォレスト)および/またはK-NN(K近傍法)または別の適切な方法論に基づくことができる。
【0048】
機械学習手法は分類に基づくことが好ましいが、短期および長期のリスク予測に最も適合するものに応じて、回帰分析に基づくこともできる。
【0049】
第一のデータセットは、過去のすべての第一のアルゴリズムによって計算された第一の用量のデータ、リスク予測モジュールによって計算された第二の用量、および用量推奨を要求した時間についてのタイムスタンプに関するデータを含みうる。
【0050】
いくつかの実施形態では、第二のデータセットが取得されてもよく、これは一つ以上のインスリン感受性因子(ISF)推定、インスリンオンボード(IoB)推定、炭水化物オンボード(CoB)推定、およびそれぞれの測定について、時間経過におけるそれぞれの測定の時点を表す対応するタイムスタンプを含む履歴データを含む。
【0051】
第二の用量サイズを計算する方法は、トレーニング段階および予測段階から構成される。トレーニング段階係数(θ)は、リスク予測モジュールの個別のアルゴリズムモジュールのそれぞれが用量減少に影響を与える影響度を示す。これらの係数は、第二の用量サイズを計算するために使用される。係数(重み)を特定する工程には、第一のデータセットからの注射されたインスリン用量が対象者の血糖値に対してどの程度影響したかを示す効果因子Zを定義する工程が含まれる。Zは、さまざまな血糖値のターゲットセットによって異なり、このような標的の一例を以下の表に示す。これらの標的は通常、患者のHCPによって設定され、データの第一のセット(最小標的の空腹時血糖値(FGL2)、最小の食後血糖値(PPL2)、最大標的の空腹時血糖値(PPH)、最大の食後血糖値(PPH)、および低血糖の血糖警報レベル(FGL1/PPL1))に含まれる。
【0052】
次の例は、Zがどのように定義されるかの例である。
【0053】
- 注射が低血糖事象をもたらしていない場合、例えば、食後血糖値(PPBG)がPPL2(80mg/dl)を超えるか、空腹時血糖値(FBG)がFGL2(80mg/dl)を超える場合、用量は変更されないべきである(Z = 0)。
【0054】
- 血糖値がPPL1とPPL2(ボーラス)またはFGL1とFGL2(基底)との間で1時間保持されている場合、用量は、滴定のステップ、例えば、ボーラスインスリン1単位、または基底インスリン2単位などで下げるべきである。
【0055】
- 血糖値がPPL1またはFGL1より低い場合、低血糖事象を防ぐために20%下げるべきである。
【0056】
次に、方法は安全な用量Yを計算し、その結果、対象者にとって非低血糖状態をもたらし、前記安全用量Yは、注射されたインスリンの単位量とZ値の差、例えば、Y = 20単位(過去の注射インスリン投与量)-2(Z)=18として定義される。
【0057】
この方法は次に、機械学習の仮説関数
の構築に続く。対象者のパターン認識アルゴリズム、短期リスク予測アルゴリズムおよび長期リスク予測アルゴリズムからの入力に基づき、
【0058】
式中、
は計算係数であり、
はアルゴリズムからの入力である。
【0059】
次に、方法は、予測される低血糖事象を防止するために前記第一の用量サイズを下げるために実際の単位数を定義することで続き、実際の数は最小化モデル(平方誤差関数)に基づいて計算される:
【0060】
式中、
は、対象者のパターン認識アルゴリズム、短期リスク予測アルゴリズムおよび長期リスク予測アルゴリズムからの入力であり、
【0061】
yは安全な用量サイズであり、
【0062】
mは個別のインスリン注射の数である。
【0063】
値θのセットは、上記の式(1)を使用して第二の用量サイズを計算するための予測段階で使用される。
【0064】
装置は、ワイヤレス受信機をさらに含み、第一のデータセットの血糖測定値が対象者に取り付けられたCGMから無線で取得され、第一のデータセットのインスリン用量データがワイヤレス受信機と通信するよう適合された一つ以上のインスリンペンから無線で取得されることが好ましい。ペンは、耐久性のある注射ペンまたは使い捨ての注入ペンであってもよい。自己モニター血糖値(SMPG)測定(指穿刺)も理論的に使用される可能性があるが、実際にはSMPG測定は患者によって十分な頻度で行われないことが多く(通常は1日1回~2回)、適切な予測計算に十分なデータを与えない。
【0065】
いくつかの実施形態では、複数のグルコース測定の連続的測定が、対象者から15分以下、3分以下、または1分以下の間隔レートで前記CGM装置によって自律的になされうる。
【0066】
いくつかの実施形態ではさらに、データ構造は、それぞれの測定値が作成された時点において、対象者の過去の地理的位置、心血管活動、食品摂取、カレンダー事象、心拍数、皮膚温度、皮膚インピーダンス、および/または呼吸についての履歴データのデータセット、それぞれの測定について、時間経過においてそれぞれの測定がなされた時点を表す対応するタイムスタンプをさらに含む。このデータセットは、低血糖のリスクを予測するためにリスク予測モジュールによって使用される。
【0067】
本発明の第二の態様は、糖尿病の治療において対象者を支援するための、携帯電話、ラップトップまたはタブレットなどのモバイル装置上で実行されるアプリケーションに組み込まれる第一の態様による装置を備えるシステムを提供し、前記アプリケーションは、前記モバイル装置上で前記第一および第二の用量サイズ推奨を前記対象者に少なくとも連絡するように適合されている。いくつかの実施形態では、第一のデータセットについての血糖データおよびインスリン注射データは、CGMおよび注射ペンからモバイル装置に無線で伝達される。モバイル装置は、スマートフォンまたはタブレットであってもよい。
【0068】
本発明の第三の態様は、一つ以上のプロセッサと、以下を含むデータ構造を保存するメモリを含むコンピュータシステムを介して、糖尿病の治療において対象者を支援する方法を提供し、
【0069】
- 第一のデータセットに基づき現在の投薬レジメンに対する調節として第一の用量サイズを計算して推奨するための第一のルールベースの滴定アルゴリズムを指定する処方されたインスリン薬剤投薬レジメンであって、
【0070】
・ 時間経過に伴い取られた複数の血糖(BG)測定値と、複数の測定値のそれぞれ個別の測定値について、前記時間経過において前記それぞれの測定がなされた時点を表す対応するタイムスタンプと、
【0071】
・ 時間経過に伴い取られた複数の注射済みインスリン用量サイズと、前記複数の注射された用量のうち注射されたそれぞれ個別の用量サイズについて、前記時間経過において前記それぞれの用量が注射された時点を表す対応するタイムスタンプと、注射されたインスリン薬剤のそれぞれのタイプスタンプと、
【0072】
・ 最小標的の空腹時および食後の血糖値と、
【0073】
・ 最大標的の空腹時および食後の血糖値とを含むものと、
【0074】
- 以下の機械学習アルゴリズムモジュールを含むリスク予測モジュールであって、
【0075】
・ 活性化関数を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大3時間の血糖測定値に基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大3時間の期間内に発生する確率を計算する、短期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、
【0076】
・ 活性化関数を使用して、前記第一のデータセットからの最近の最大24時間の血糖データに基づき、低血糖がリスク計算の開始時から最大24時間の期間内に発生する確率を計算する、長期リスク予測分類機械学習アルゴリズムと、
【0077】
・ 前記第一のデータセットの前記血糖測定値とインスリン用量サイズデータとの間の相関を分析して、所定の期間にわたる過去の高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する、対象者のパターン認識機械学習アルゴリズムとを含むものと、
【0078】
前記メモリはさらに、前記一つ以上のプロセッサによって実行される時に、以下を含む方法を実行する命令を保存し:
【0079】
前記対象者からの要求に応答して、基底またはボーラスインスリンの推奨用量を計算して、
【0080】
a) 前記第一のデータセットを入手可能な最新のデータで更新する工程と、
【0081】
b) 食後血糖値(PPGL)(ボーラスインスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の食後の血糖値の前記最低加重平均として計算する工程と、
【0082】
c) 滴定血糖値(TGL)(基底インスリン用量要求の場合)を、前記第一のデータセットでの少なくとも前記最近の3日間の毎日の血糖値(食後期間に特定された血糖値を除外)の最低加重平均として計算する工程と、
【0083】
d) 前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムを実行することにより第一の用量サイズを計算し、ここで前記第一のルールベースの滴定アルゴリズムは、第一の用量サイズを以下の通り計算して推奨する工程と、
【0084】
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最大標的を上回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して大きいか、または
【0085】
・ 前記計算されたTGLまたはPPGLが空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的を下回る場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと比較して小さいか、または
【0086】
・ 前記平均TGLまたはPPGLが、空腹時または食後の血糖値についての前記最小標的と最大標的の間の範囲内である場合、第一の用量サイズは前記対象者についての前記現在の投薬レジメンと等しい、
【0087】
e) 前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
【0088】
f) 前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程と、
【0089】
g) 前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程と、
【0090】
h) 多重線形回帰機械学習アルゴリズムを採用して、前記第一のアルゴリズム、前記短期リスク予測アルゴリズム、前記長期リスク予測アルゴリズムおよび対象のパターン認識アルゴリズムからの前記入力に基づき、前記対象者について非低血糖状態をもたらす第二の用量サイズを予測する工程と、
【0091】
また、前記計算された第二の用量サイズが前記第一の用量サイズよりも小さい場合には;
【0092】
i) 前記第一の用量サイズを前記第二の用量サイズまで自動的に下げて調節し、前記第二の用量サイズを前記対象者に連絡する工程と、を含む。
【0093】
前記多重線形回帰機械学習アルゴリズムが次の関数によって定義される
【0094】
式中、
は前記第二の用量サイズの決定における各入力パラメータ
に対応する計算された重みであり、
および
は、工程e)~g)による前記アルゴリズムの出力値である。
【0095】
前記短期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程は、第一のデータセットから、最後の15~180分の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴の特定のデータセットを準備する工程と、
【0096】
準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ15~180分の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む。前記特定の時間間隔は、最後の15分、17分、20分、30分、35分、45分、60分以上など、120分、135分以上など15~180分内の任意の時間間隔とすることができ、また将来の計画対象期間は、15分、17分、20分、30分、35分、45分、60分以上など、120分、135分以上など、任意の将来の計画対象期間とすることができる。
【0097】
前記長期リスク予測機械学習分類アルゴリズムを採用する工程は、第一のデータセットから、最後の12~24時間の特定の時間間隔内で取得された血糖測定値履歴のデータセットを準備する工程と、準備された各データセットをGaussian Kernelおよび規則化を備えたサポートベクターマシン分類器を通して実行して、それぞれ12~24時間の将来の計画対象期間内での低血糖のリスクを示す前記出力
を計算する工程とを含む。長期リスク予測アルゴリズムのための前記特定の時間間隔は、最後の12.5時間、14時間、15時間、16時間、17時間、18.5時間、21時間以上など、12~24時間以内の任意の時間間隔とすることができ、また、将来の計画対象期間は、最後の12.5時間、14時間、15時間、16時間、17時間、18.5時間、21時間以上、最大24時間など、12~24時間などの任意の将来の計画対象期間とすることができる。
【0098】
前記対象者のパターン認識アルゴリズムを採用する工程は、第一のデータセットから最後の15-180分の特定の時間間隔内に取得された血糖測定値履歴のデータセットを準備する工程と、準備された各データセットを単一クラスのSVM分類器アルゴリズムを通して実行し、前記データセットの前記血糖測定値と前記データセットの対応するインスリン用量サイズとの間の相関を分析して、および前記時間間隔内での高血糖事象および低血糖事象と、それらの各事象の血糖値についての重大度を特定する工程とを含む。前記特定の時間間隔は、最後の15分、17分、20分、30分、35分、45分、60分以上など、120分、135分以上など、15~180分以内の任意の時間間隔とすることができる。
【0099】
上述のとおり、本発明によると、各患者は、各患者の第一のデータセット(「患者のメトリック」とも呼ばれる)に基づいて、リアルタイムでリスク層状化される。機械学習モデルは、血糖測定値を評価し、例えば24時間、15時間、12時間、3時間、2時間、60分間、30分または15分の予測範囲で予測的な低血糖警告を生成する。低血糖警告は、例えば、携帯電話上のアプリケーションを介して、患者のリスクプロファイルによって規定されたルールに従って、患者に伝達されうる。いくつかの実施形態では、デバイスは任意のブラウザ(電話、タブレット、ラップトップ/デスクトップ)でアクセスできる。
【0100】
低血糖のリスクを予測するために装置によって使用されるすべてのデータは、モバイルデバイス、サーバーまたはクラウドを介してアクセス可能でありうる。
【0101】
本発明による装置、システムおよび方法は、過去の血糖値およびインスリン注射の観点から、個別の患者のパターンおよび行動を学習するための機械学習アプローチを構築する。本発明は、特定の日および/または特定時間にわたって低い血糖値が予測される場合に、標準的な滴定アルゴリズムから計算された所与の推奨インスリン投薬量をより低い安全な用量サイズに自動的に調節することができる。これは、標準の滴定アルゴリズム(第一のアルゴリズム)は、リスク予測モジュールがこれらの事象が発生する前に予見して用量を修正するため、時折発生する低血糖事象から回復するループに陥らないことを意味する。これにより、低血糖事象の回数が減少し、長期的な合併症が減少し、患者にとって服薬遵守の改善がもたらされる。
【0102】
当然のことながら、本発明による装置および方法は、高血糖症(高血糖値)のリスクを予測して、第一の推奨されるインスリン量サイズを第一の推奨用量サイズに調節することができ、この場合には、第二の用量サイズは、血糖値を減少させ、高血糖事象を防止するために、第一の用量サイズよりも高い。
【図面の簡単な説明】
【0103】
図1図1は、本開示の実施形態による、低血糖のリスクを予測し、従って対象者のためにインスリン薬剤用量サイズを調節するための装置に含まれるモジュールの模範的なシステムトポロジーを示す。
図2図2は、もともと測定された血糖値と、本発明による低血糖のリスクを予測するための装置によって予測される血糖値のグラフを示す。
図3a図3a-bは、それぞれ第一のアルゴリズムに従い計算された、および本発明による装置/システム/方法に従い計算された基底インスリン用量を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖値と関連する注射された基底インスリン用量のデータプロットを示す。
図3b図3a-bは、それぞれ第一のアルゴリズムに従い計算された、および本発明による装置/システム/方法に従い計算された基底インスリン用量を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖値と関連する注射された基底インスリン用量のデータプロットを示す。
図4a図4a-bは、それぞれ第一のアルゴリズムに従い計算された、および本発明による装置/システム/方法に従い計算されたボーラスインスリン用量を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖値と関連する注射されたボーラスインスリン用量のデータプロットを示す。
図4b図4a-bは、それぞれ第一のアルゴリズムに従い計算された、および本発明による装置/システム/方法に従い計算されたボーラスインスリン用量を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖値と関連する注射されたボーラスインスリン用量のデータプロットを示す。
【発明の詳細な説明】
【0104】
本開示は、時間経過に伴い取られる対象者についての複数のグルコース測定を含むデータセットに関するデータの取得と、複数のグルコース測定のうちそれぞれ個別のグルコース測定について、時間経過においてそれぞれのグルコース測定がなされた時点を表す対応するタイムスタンプに依存し、前記データは、対象者によって着用された連続グルコースモニタリング装置(CGM)を介して取得されることが好ましい。
【0105】
本開示は、処方されたインスリンの推奨用量を対象者に適用するために使用される一つ以上のインスリンペンからのデータの取得に依存する。各記録は、注射されたインスリン薬剤および注射されたインスリンのタイプも指定するタイムスタンプを含む。インスリンのタイプを記録することにより、装置は、所与のインスリンの特定のPK/PD(薬物動態学/薬力学)プロファイルに関する情報を受信し、これが、血糖値の予測に使用されうる因子である、対象者におけるインスリンオンボード(IoB)因子の計算に使用される。
【0106】
ここで、実施形態について詳細に参照し、その実施例を添付図面に図示する。以下の詳細な説明では、本開示のより徹底的な理解を提供するために、より具体的な詳細が記載されている。しかしながら、本開示はこれらの具体的な詳細なしに実施されうることが、当業者には明らかであろう。他の例では、実施形態の態様を不必要に隠すことがないように、周知の方法、手順、構成要素、回路、およびネットワークは詳細には記述されていない。
【0107】
また当然のことながら、第一、第二などの用語は本明細書では様々な要素を記述するために使用されうるが、これらの要素はこれらの用語によって限定されるべきではない。これらの用語は、一つの要素を別の要素と区別するためにのみ使用される。インスリンペンという用語は、インスリンの個別用量を適用するのに適した注射装置を意味し、また注射装置は用量関連データのログおよび通信用に適合される。
【0108】
図1を参照すると、本発明による装置および方法に含まれているモジュールの模範的なシステムのトポロジーが示されており、第一のアルゴリズム100は、患者に対する第一の用量サイズについての推奨値を計算するように適合され、前記第一のアルゴリズムは、用量サイズの推奨を、第一のデータセット110(患者の測定基準)に含まれる血糖およびインスリン注射の履歴データの遡及的分析に基づき計算する。第一のデータセット内のデータはワイヤレス受信機を介して装置に供給され、そこで、血糖測定値120は対象者に取り付けられたCGMから無線で取得され、またインスリン注射データ130はワイヤレス受信機と通信するように適合された一つ以上のインスリンペンから無線で取得される。例えば、いくつかの実施形態では、装置は、無線周波数信号によってこのデータを無線で受信する。いくつかの実施形態ではこのような信号は、802.11(Wifi)、Bluetooth、またはZigbee標準に従っている。いくつかの実施形態では、CGMおよび/またはインスリン注射ペンは、RFIDタグを含み、装置と通信する。いくつかの実施形態では、第一のデータセットには、対象者の生理学的測定値(例えば、ウェアラブル生理学的測定装置からなど)も含まれる。
【0109】
グルコースセンサーは、例えば、対象者の自律的グルコース測定を行うために使用されるABBOTTによるFREESTYLE LIBRE CGM(「LIBRE」)であってもよい。LIBREは、皮膚取付式のコイルサイズのセンサーを使用した校正のいらないグルコース測定を可能にし、これは、最大8時間分のデータを近距離無線通信またはBluetoothまたはその他任意の適切なプロトコルを介してデバイスに送ることができる。グルコースセンサーの別の例は、DEXCOM G5である。
【0110】
いくつかの実施形態では、装置は、対象者に近接していない、および/または無線機能を有していない、またはそうした無線機能がグルコースデータ、インスリン薬剤注射データ、および/または生理学的測定データを取得する目的のために使用されていない。こうした実施形態では、通信ネットワークを使用してデータを通信してもよい。
【0111】
低血糖のリスクを予測するために、装置は、第一のアルゴリズムに加えて、複数の別個のアルゴリズムモジュールから入力を受け取るリスク予測モジュール140を含む。こうした一つのモジュールは、所定の期間にわたる過去の高血糖事象および低血糖事象、およびこれらの各事象の血糖値についての重症度を特定するために、第一のデータセット110の血糖測定値データとインスリン注射データとの間の相関を分析するように適合されている対象者のパターン認識アルゴリズムモジュール150である。
【0112】
別のモジュールは、リスクの計算開始から最大2時間以内に発生する低血糖のリスクを予測できる短期リスク予測アルゴリズムモジュール160である。リスク予測は、第一のデータセットの血糖測定値にのみ基づいて計算される。ただし、リスクを計算するために血糖測定値以外のデータを用いることができる。
【0113】
なお別のモジュールは、リスクの計算開始から最大24時間以内に発生する低血糖のリスクを予測できる長期リスク予測アルゴリズムモジュール170である。リスク予測は、機械学習分類アルゴリズムを実行することによって計算され、前記第一のデータセットの血糖測定値にのみ基づく。血糖測定値以外のデータを使用してリスクを計算してもよい。
【0114】
上述のモジュールからの入力に基づき、多重線形回帰機械学習アルゴリズムは低血糖のリスクを予測し、結果的に非低血糖状態をもたらす第二の用量サイズを計算する。第二の用量サイズが、第一のアルゴリズムによって計算された第一の用量サイズよりも低い場合、リスク予測モジュールはこの新しい第二の用量サイズを患者に伝達する。
【0115】
さらなる間接測定モジュール180が含まれてもよく、これは、インスリン感受性因子(ISF)測定、インスリンオンボード(IoB)測定、炭水化物オンボード(CoB)測定のうち一つ以上の履歴データセットと、それぞれの測定について、それぞれの測定の時間経過における時点を表す対応するタイムスタンプとを含み、前記第二のデータセットは、リスク予測モジュールによって低血糖のリスクを予測するために使用される。このモジュール180は、リスクを予測するために使用されるリスク予測モジュール140にデータを供給し、結果的に患者にとって非低血糖状態をもたらす修正インスリン用量を計算する。
【0116】
第一のデータセットはまた、血糖値の最小標的および最大標的を含み、図1のモジュール190で示されるように、インスリン:炭水化物比についてのデータを、また潜在的には体重についてのデータを含みうる。
【0117】
図2を参照すると、患者でもともと測定された血糖値を示すグラフ200が、リスク予測モジュールによって予測される血糖値を示し、24時間の期間にわたり15分のリスク予測の計画対象期間のあるグラフ210と比較されている。予測は、過去の血糖データのみに基づいており、見てわかるとおり、2つのグラフ間の血糖値の差異は非常に少ないため、リスク予測モジュールは非常に高い精度で血糖値を予測することができる。予測値と観察値モデルの差異を表すためによく使用される値は、RMSE(自乗平均平方根誤差)値である。RMSE値は、リスク予測モデルのパフォーマンス測定値として考慮することができ、示した例では、RMSE値は60~220mg/dlの範囲の血糖値で2.0309mg/dlであり、これはリスク予測モジュールによって非常に良好なパフォーマンスを表す非常に低いRMSEとみなされる。
【0118】
図3aは、時間経過に伴う基底およびボーラスインスリンについて、患者の血糖値および関連する注射された用量サイズのデータプロットを示す(横軸は時間を示す)。曲線300は、第一のアルゴリズムにより計算され推奨された基底(301、303、305、307)およびボーラス(302、304、306、308)インスリン用量を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖プロファイルを示す。図3bは同種のデータプロットを示しているが、ここで曲線310は、本発明による装置/システム/方法により計算され推奨された基底インスリン投与量(301、303、305、307)およびボーラスインスリン用量(302、304、306a、308)を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖プロファイルを示す。線320は、血糖範囲が80~120mg/dlの正常血糖状態を定義するが、線330、340は、それぞれ血糖範囲が70mg/dlおよび60mg/dlの低血糖状態を定義する。
【0119】
患者の通常の日課が一週間のうち選択した日に変化することがある。低炭水化物の食事を摂ったり食後にスポーツを行ったりするなど、数多くの理由がある。このような変更は、ボーラス注射の変化によると言及される。図3aで分かるように、ボーラス用量306の注射後の血糖値は突然変化して70mg/dlより低くなり、患者は低血糖状態になる。第一のアルゴリズムは、遡及的にのみ作用するため、このような周期的偏差を予測することはできない。
【0120】
ここで、図3bを参照すると、見て分かるとおり、リスク予測モジュールは、患者パターンの学習に基づき低血糖状態を予測することができるため、血糖値の落下が回避されている。
【0121】
第一のアルゴリズムにリスク予測モジュールを追加することにより、低血糖事象を予測することができ、かつ新しい低めのボーラス投与306aを前もってかつ自動的に計算して推奨用量306に優先させるよう作用する、滴定アルゴリズムが提供される。それによって、患者は第一の推奨用量サイズ306ではなく、第二の用量サイズ306aを注射し、それにより血糖値は70mg/dlより低くならない(グラフに図示されているとおり)。患者は正常血糖範囲内に保たれ、低血糖状態やそこからの回復に苦しまない。患者の血糖値の変動が少なくなる。
【0122】
図4a~図4bは、図3a~bと同じパターンを示し、ここではボーラス用量調整の代わりに基底用量調整である。曲線400は、標準のインスリン滴定アルゴリズム(第一のアルゴリズムと呼ばれる)により計算され推奨された基底(401、403、405、407)およびボーラス(402、404、406、408)インスリン用量を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖プロファイルを示す。図4bは同種のデータプロットを示しているが、ここで曲線410は、本発明による装置/方法により計算され推奨された基底インスリン用量(401、403a、405、407)およびボーラスインスリン用量(402、404、406、408)を受ける患者についての、時間経過に伴う血糖プロファイルを示す。線420は、血糖範囲が80~120mg/dlの正常血糖状態を定義するが、線430、440は、それぞれ血糖範囲が70mg/dlおよび60mg/dlの低血糖状態を定義する。
【0123】
繰り返すが、患者の通常の日課が一週間のうち選択した日に変化することがある。図4aで分かるように、基底注射403およびボーラス注射404の後、患者の空腹時血糖値は60mg/dlを下回り、これは空腹時間の直後に患者が低血糖状態であることを意味する。これは、患者が激しい身体活動をするか、または特定の夕方に低炭水化物の食事をしているか、またはこの週に断食しているという事実のためでありうる。長時間作用型の基底インスリンの注射によって生じる低血糖事象を避けるためには、その1~2日前に用量を減少させる必要があり、この例では、翌朝の低血糖状態を防止するために、基底インスリン用量403を減少させる必要性が明らかである。しかしながら、第一のアルゴリズムは遡及的にのみ作用するため、そのような周期的偏差を前もって予測することはできない。
【0124】
ここで、図4bおよび関連するインスリン注射を参照すると、図4aにおける基底注射用量403後の低血糖状態が、本発明によるリスク予測モジュールにより予測されている、すなわち、リスク予測モジュールが新しい第二の低めの基底用量403aを前もってかつ自動的に計算し、この用量を第一のアルゴリズムに入力し、それによって第一の推奨用量403に優先させているため、低血糖値が予測され回避されている。それにより、患者は第一の推奨用量サイズ403ではなく、第二の用量サイズ403aを注射し、それによって血糖値は70mg/dl未満に低下しない(グラフに図示される)。患者は、空腹時間中に正常血糖範囲内に保たれる。
【0125】
本発明は、非一時的コンピュータ可読記憶媒体に埋め込まれたコンピュータプログラム機構を備えるコンピュータプログラム製品として実装されてもよい。例えば、コンピュータプログラム製品は、図1の任意の組み合わせに示されるモジュールを含むことができる。これらのモジュールは、CD-ROM、DVD、磁気ディスク記憶装置製品、またはその他任意の非一時的コンピュータ可読データまたはプログラム記憶製品に保存することができる。
【0126】
本発明の多くの修正および変形は、当業者にとって明らかであるように、その趣旨および範囲を逸脱することなく行うことができる。本明細書に記載される特定の実施形態は、例証としてのみ提供される。本発明およびその実用的用途の原理を最もよく説明するために実施形態を選択して説明したが、それにより、特定の用途に適した様々な修正を用いて、当業者が本発明および様々な実施形態を最良に利用できるようになる。本発明は、添付の請求項の条件と、そのような請求の範囲が適用されるあらゆる等価物によってのみ限定される。
図1
図2
図3a
図3b
図4a
図4b