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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-22
(45)【発行日】2022-12-01
(54)【発明の名称】回転電機の駆動装置および駆動方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 5/46 20060101AFI20221124BHJP
   B60L 9/18 20060101ALI20221124BHJP
【FI】
H02P5/46 K
B60L9/18 L
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020562907
(86)(22)【出願日】2019-11-13
(86)【国際出願番号】 JP2019044581
(87)【国際公開番号】W WO2020137219
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2021-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2018247828
(32)【優先日】2018-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】特許業務法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】國廣 直希
(72)【発明者】
【氏名】篠宮 健志
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 誠
【審査官】佐藤 彰洋
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-039018(JP,A)
【文献】特開2013-165641(JP,A)
【文献】特開2015-035874(JP,A)
【文献】特開2018-137932(JP,A)
【文献】特開2004-201425(JP,A)
【文献】特開2010-130726(JP,A)
【文献】特開2013-198340(JP,A)
【文献】国際公開第2014/057575(WO,A1)
【文献】特開平05-038182(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 5/00-5/753
B60L 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の永久磁石同期電動機に対して任意の電圧を出力する複数の電圧出力装置と、
前記電圧出力装置の出力電圧を調整する制御装置と
を備え、
前記制御装置は、
前記複数の永久磁石同期電動機個々の温度を取得し
記複数の永久磁石同期電動機の中から相対的に高効率となる永久磁石同期電動機として、低速域では、前記温度が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に低い永久磁石同期電動機を選定し、高速域では、前記温度が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に高い永久磁石同期電動機を選定し、
選定した前記永久磁石同期電動機に対するトルク指令値を他の前記複数の永久磁石同期電動機に対して相対的に増加させる
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項2】
複数の永久磁石同期電動機に対して任意の電圧を出力する複数の電圧出力装置と、
前記電圧出力装置の出力電圧を調整する制御装置と
を備え、
前記制御装置は、
前記複数の永久磁石同期電動機個々の温度を取得し、
前記複数の永久磁石同期電動機の中から相対的に高効率となる永久磁石同期電動機として、前記複数の永久磁石同期電動機に対するトルク指令値が大きい場合は、前記温度が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に低い永久磁石同期電動機を選定し、前記トルク指令値が小さい場合は、前記温度が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に高い永久磁石同期電動機を選定し、
選定した前記永久磁石同期電動機に対するトルク指令値を他の前記複数の永久磁石同期電動機に対して相対的に増加させる
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記複数の永久磁石同期電動機に対するトルク指令値の総量は略一定となる
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記制御装置は、
前記永久磁石同期電動機の温度変化時における当該永久磁石同期電動機の効率を示すマップまたは当該効率を求める演算式を記録しておき、
前記マップまたは前記演算式に基づき、前記永久磁石同期電動機の温度変化に対して前記複数の永久磁石同期電動機の中から相対的に高効率となる永久磁石同期電動機の前記選定を行う
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記制御装置は、
前記永久磁石同期電動機の高速域または低トルク域で、前記温度が予め設定した許容温度を超えた場合に、当該温度の高い当該永久磁石同期電動機に対する前記トルク指令値を増加させない
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項6】
請求項から5のいずれか1項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記温度として、前記永久磁石同期電動機の回転子中の永久磁石の温度推定値を用いる
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項7】
請求項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記制御装置は、
前記温度または前記永久磁石の磁束量を、前記永久磁石同期電動機に対する前記トルク指令値を略ゼロにして駆動する期間を利用して推定する
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項8】
請求項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記回転子中の永久磁石が形成する磁極の方向をd軸、当該d軸に対して電気角で直交する方向をq軸、前記制御装置での前記d軸におけるインダクタンスの設定値および前記永久磁石の磁束の設定値をそれぞれL およびK e 並びに前記d軸の電流指令値をi とした場合に、
前記トルク指令値が略ゼロとは、前記q軸の電流指令値がゼロで、かつ前記d軸の電流指令値i
である
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項9】
請求項7または8に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記制御装置は、
前記永久磁石同期電動機に対する電圧出力が停止されかつ当該永久磁石同期電動機の回転子がフリーランの状態からの惰行再起動時において、前記トルク指令値を立ち上げる前に設けた当該トルク指令値をゼロにする期間に前記温度または前記磁束量を推定する
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項10】
請求項7からのいずれか1項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置であって、
前記制御装置は、
前記トルク指令値をゼロに絞った後で前記永久磁石同期電動機の回転子速度が所定値以上である場合において、前記トルク指令値をゼロとして駆動する期間に前記温度または前記磁束量を推定する
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動装置。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか1項に記載の永久磁石同期電動機の駆動装置を搭載し当該永久磁石同期電動機は車輪を駆動する電動機である鉄道車両
【請求項12】
任意の電圧を出力する複数の電圧出力装置によって駆動される複数の永久磁石同期電動機個々の温度情報を取得し、
前記複数の永久磁石同期電動機の中から相対的に高効率となる永久磁石同期電動機として、低速域では、前記温度情報の値が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に低い永久磁石同期電動機を選定し、高速域では、前記温度情報の値が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に高い永久磁石同期電動機を選定し、
選定した前記永久磁石同期電動機に対するトルク指令値を他の前記複数の永久磁石同期電動機に対して相対的に増加させる
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動方法。
【請求項13】
任意の電圧を出力する複数の電圧出力装置によって駆動される複数の永久磁石同期電動機個々の温度情報を取得し、
前記複数の永久磁石同期電動機の中から相対的に高効率となる永久磁石同期電動機として、前記複数の永久磁石同期電動機に対するトルク指令値が大きい場合は、前記温が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に低い永久磁石同期電動機を選定し、前記トルク指令値が小さい場合は、前記温度情報の値が前記複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に高い永久磁石同期電動機を選定し、
選定した前記永久磁石同期電動機に対するトルク指令値を他の前記複数の永久磁石同期電動機に対して相対的に増加させる
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動方法。
【請求項14】
請求項12または13に記載の永久磁石同期電動機の駆動方法であって、
前記複数の永久磁石同期電動機に対するトルク指令値の総量を略一定とする
ことを特徴とする永久磁石同期電動機の駆動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電機の駆動装置に関し、特に、鉄道車両用の永久磁石同期電動機の駆動装置として好適である。
【背景技術】
【0002】
近年、大規模輸送が可能でありエネルギー効率の高い、鉄道車両が注目されている。鉄道車両は、高効率な回転電機の導入、省エネ運転制御および回転電機の特性に合わせた制御によって、更なる省エネルギー化や効率の向上が期待されている。
【0003】
これらの類の技術の一つとして、鉄道車両では、複数台の回転電機によって動力を得ることから、複数台の回転電機を個別に制御することで、鉄道車両用駆動システムの高効率化や信頼性を向上する技術が検討されている。
【0004】
特許文献1には、鉄道車両の高効率化を目的に、電力変換装置と複数台の回転電機それぞれとの間に交流遮断器を設け、運転台からの運転制御指令に基づいて交流遮断器の開閉を個別に制御する遮断器制御部を備える構成を有し、車両の必要なトルクに応じて回転電機の駆動個数を少なくすることにより、回転電機が高効率となる動作条件で駆動する鉄道車両用制御装置が提案されている。
【0005】
特許文献2には、開放運転時においても電気車の出力トルクを維持することを目的に、回転電機の温度が予め設定した許容値を超過した時または超過すると判断した時に、当該回転電機の温度を許容値内に抑制するトルク指令に変更するにあたり、他の回転電機のうち温度に余裕のある順にトルクを補完する回転電機を選定し、温度上昇が発生した回転電機における出力トルクの不足分を補う電気車制御装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-57185号公報
【文献】特許第5060266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本願発明者は、鉄道車両用駆動装置の更なる効率の向上を目的に鋭意検討した結果、次の知見を得るに至った。
1)特許文献1では、遮断器を用いて回転電機の個数を切り替えて回転電機の効率が高くなる点で駆動させることにより、高効率化する技術が開示されている。そして、回転電機の温度変動に対しては駆動させる回転電機の温度が偏ることがないように、回転電機を選択して駆動しているが、単に温度の低い回転電機を動作させて複数の回転電機の損失を均等化するのみで、複数台の回転電機に発生する損失そのものは低減しておらず、高効率化には改善の余地がある。
また仮に、特許文献1に記載の技術を永久磁石同期電動機に適用した場合、回転子に永久磁石を備えるため、交流遮断器開放時の回転子のフリーラン中に鉄損が発生し、永久磁石同期電動機が温度上昇する問題がある。特に高速域では、通常の制御期間中は弱め界磁制御によって磁束を弱めるのに対し、開放時のフリーラン中は磁束を弱めないため鉄損が増加する。最高速付近では、通常の制御期間よりも開放期間の方が、発熱が増加する可能性があり、冷却性能や信頼性の点でも課題がある。
【0008】
2)特許文献2では、開放運転時においても車両の出力トルクを維持することを目的に、回転電機の温度が予め設定した許容値を超過した時または超過すると判断した時に、温度に余裕のある回転電機の順に選定してトルクを補完する技術が開示されている。温度の超過時のみ動作するため、通常時においては高効率化の効果は得られないが、仮に、特許文献2の技術を適用し、温度に余裕のある順に回転電機のトルクを割り振った場合、低速回転時や高トルク時では、回転電機の損失の内、銅損が支配的な動作条件のため、温度が低い程、抵抗値が小さくなって高効率化の効果が得られる。
しかし、高速回転時や低トルク時では、鉄損が支配的な動作条件のため、温度が低い程、磁石磁束は増加し、効率が低下する問題が発生する。つまり、永久磁石同期電動機の温度に基づいて、温度に余裕のある順に回転電機のトルクを割り振るということだけでは高効率化には不十分であり、動作条件によっては効率の低下を招く可能性がある。
【0009】
3)以上の理由により、複数台の回転電機、特に永久磁石同期電動機を用いた駆動システムの高効率化には改善の余地がある。
【0010】
本発明の目的は、複数台の回転電機を駆動制御する際に、回転電機の温度依存性を考慮してトルク操作量を個々に変化させることで、複数台の回転電機によって動力を得るシステムの効率を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、複数の永久磁石同期電動機に対して任意の電圧を出力する複数の電圧出力装置と、電圧出力装置の出力電圧を調整する制御装置を備え、制御装置は、複数の永久磁石同期電動機個々の温度を取得し、複数の永久磁石同期電動機の中から相対的に高効率となる永久磁石同期電動機として、低速域では、温度が複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に低い永久磁石同期電動機を選定し、高速域では、温度が複数の永久磁石同期電動機の中で相対的に高い永久磁石同期電動機を選定し、選定した永久磁石同期電動機に対するトルク指令値を他の複数の永久磁石同期電動機に対して相対的に増加させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、複数台の回転電機を用いて駆動するシステムにおいて、回転電機の効率の温度依存性を考慮し、複数台の回転電機の出力トルクを個々に変化させることで、駆動システムの高効率化が図られ、更なる消費電力量の低減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1に係る永久磁石同期電動機の駆動装置の機能ブロックの一例を示す図である。
図2】実施例1に係る永久磁石同期電動機の駆動装置の変形例として、永久磁石同期電動機に温度検出器を設置した一例を示す図である。
図3】永久磁石同期電動機を同一の回転速度で駆動し、トルクと温度とを変化させた時の銅損と鉄損との割合の変化を示す図である。
図4】永久磁石同期電動機を同一のトルクで駆動し、回転速度と温度とを変化させた時の銅損と鉄損との割合の変化を示す図である。
図5】永久磁石同期電動機の温度が基準値よりも高い場合と低い場合で、永久磁石同期電動機が高効率となる動作領域の一例を示す図である。
図6図1に示す統括制御部が備えるトルク演算部の機能ブロックの一例を示す図である。
図7】本発明に係る永久磁石同期電動機の駆動装置を搭載する鉄道車両の一部の概略構成を示す図である。
図8】実施例2に係る永久磁石同期電動機の駆動装置の機能ブロックの一例を示す図である。
図9】惰行再起動時のトルク立上げ前のトルクゼロ制御期間に磁石磁束の推定を実施する時間的流れを示す図である。
図10】トルク立下げ後のゲートオフ直前のトルクゼロ制御期間に磁石磁束の推定を実施する時間的流れを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態として、実施例1および2について、それぞれ図面に従い詳細に説明する。各実施例において参照番号が同一のものは、同一の構成要件または類似の機能を備えた構成要件として示している。
なお、以下に説明する構成は、あくまでも実施例として提示したものであり、本発明に係る実施態様は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
図1は、実施例1に係る永久磁石同期電動機の駆動装置の機能ブロックの一例を示す図である。永久磁石同期電動機の個々の温度情報に基づいて、複数の永久磁石同期電動機から成る駆動システムのトータル効率が高くなるように、トルク指令値を調整する際の構成を機能ブロックとして示したものである。
【0016】
図1では、2台の永久磁石同期電動機4aおよび4bを示しているが、複数台であれば永久磁石同期電動機は2台に限定されるものではない。以下では、2台に対応させる形で、それぞれに関連する構成部品と機能を、添字aおよびbを用いて区別する。
【0017】
また、図1では、パンタ24を介して架線25と電力の授受を行い、高速度遮断器23および断流器22によって、架線側と永久磁石同期電動機側の電流を遮断できる構成としている。また、電圧出力装置3aおよび3bと架線25との間には、フィルタリアクトル21とフィルタコンデンサ20とから成る直流電流平滑用のLCフィルタ回路を備える。
【0018】
永久磁石同期電動機の駆動制御のための制御装置として、統括制御部1と制御部2aおよび2bとを含む。制御部2aおよび2bからのスイッチング指令に基づき、電圧出力装置3aおよび3bは電圧を出力し、永久磁石同期電動機4aおよび4bに所定のトルクを出力させて動力を得ている。
【0019】
統括制御部1が備えるトルク演算部12は、上位のシステム制御部(図示は省略)からの動力指令τm0 または制御モードの切替指令に応じて、永久磁石同期電動機4aおよび4bに発生させるトルク指令値τm1 およびτm2 を、制御部2aおよび2bそれぞれに出力する。
【0020】
制御部2aおよび2bには、負荷として接続する永久磁石同期電動機4aおよび4bを駆動制御するための制御プログラムが実装されている。制御部2aおよび2bは、永久磁石同期電動機4aおよび4bが所定のトルクを出力するためのスイッチング指令SWおよびSWを出力する。電圧出力装置3aおよび3bは、スイッチング指令SWおよびSWを受けてスイッチング制御を行い、電圧を出力する。
【0021】
ここで、図1は、実施例1に必要な最小限の機能ブロックのみを示したもので、IGBT(Insulated Gate Bipora Transistor)等の駆動用トランジスタやダイオード等のパワーデバイスから構成される電力変換器およびこの電力変換器に対する制御構成については、電圧出力装置3aおよび3bのブロック図で示し、詳細な図示を省略している。
【0022】
永久磁石同期電動機4aおよび4bは、3相交流電圧の印加により固定子側に発生した回転磁界による磁極と回転子の永久磁石の磁極との吸引および反発によって発生するマグネットトルクと、固定子の回転磁界による磁極と回転子の磁気的な突極との吸引力によって発生するリラクタンストルクとにより、回転トルクを発生する。
【0023】
電流検出器5aおよび5bは、永久磁石同期電動機4aおよび4bに流れるU相、V相およびW相の3相電流Iu1、Iv1およびIw1とIu2、Iv2およびIw2の波形をそれぞれ検出する。ただし、電流検出器5aおよび5bによって必ずしも3相全ての電流を検出する必要はなく、3相の内のいずれか2相を検出し、残る1相は3相電流が平衡状態であると仮定して演算により求める構成としてもよい。
【0024】
また、交流接触器6aおよび6bは、電圧出力装置3aおよび3bと永久磁石同期電動機4aおよび4bとの間に設けられ、異常時に電流を遮断動作する。ここで、交流接触器6aおよび6bは、統括制御部1もしくは制御部2aおよび2bが出力する制御信号(図示は省略)に従い、開閉動作を行うものとする。
【0025】
制御部2aおよび2bは、電流検出器5aおよび5bの電流検出値を用いて、永久磁石同期電動機4aおよび4bそれぞれの温度情報T1^およびT2^を推定し、統括制御部1に送信する。
【0026】
また、実施例1の変形例として、図2に、永久磁石同期電動機4aおよび4bに温度検出器40aおよび40bを設置して、温度情報T1^およびT2^を検出する場合の構成を示す。温度検出に当たっては、フレーム温度、巻線温度または永久磁石温度等を検出する構成としてもよい。
【0027】
以下に、本発明の要点となる永久磁石同期電動機の温度と効率との関係について説明する。
永久磁石同期電動機に発生する損失は、大きく分けて、銅損、機械損および鉄損に分類される。永久磁石同期電動機に対して、入力電力をPin、出力電力をPout、トルクをτ、銅損をW、鉄損をW、機械損をWとし、回転電機の機械角の角周波数をωとすると、永久磁石同期電動機の効率nは、式(1)で表される。
【数1】
【0028】
また、永久磁石同期電動機のトルクτは、式(2)で表される。
【数2】
ここで、mは相数、Pは極対数、Kは磁石磁束(発電定数)、Iはd軸電流、Iはq軸電流、Lはd軸インダクタンス、Lはq軸インダクタンスとする。
【0029】
式(2)の第1項が、先のマグネットトルク(回転磁界による磁極と回転子の永久磁石の磁極との吸引および反発によって発生するトルク)であり、式(2)の第2項が、先のリラクタンストルク(固定子の回転磁界による磁極と回転子の磁気的な突極との吸引力によって発生するトルク)である。
【0030】
マグネットトルクは、磁石磁束Kとq軸電流Iの積によって決定することから、磁石磁束Kの変動の影響で変動し、出力トルクが増減することはよく知られている。永久磁石が、例えば-0.1%/℃で減磁すれば、温度が10℃上昇すると、磁石磁束Kは1%低下することとなる。すなわち、磁石磁束が増加する低温条件の方が、式(1)における分子の出力トルクが増加することから、高効率な動作になると考えられることが多い。
【0031】
このような考え方に基づいて、駆動システムの高効率化を図る場合、例えば、高効率化を目的とする特許文献2に記載の技術を適用し、回転電機の温度に余裕のある順にトルクを補完することが考えられる。
【0032】
しかし、発明者らは、詳細な検討に基づき、式(1)の分母が示す損失の温度依存性に着目して、単に温度の低い永久磁石同期電動機が高効率となるわけではなく、トルクと周波数の動作条件に応じて、温度の低い時と高い時のそれぞれで異なる動作領域において高効率になるということを見出した。
【0033】
以下に、銅損W、機械損Wおよび鉄損Wの概要とそれらの温度依存性について説明する。
銅損Wは、固定子巻線に発生する損失であり、永久磁石同期電動機に流れる電流値と抵抗値とから算出できる。銅損Wの温度依存性については、抵抗値が固定子巻線に用いる材質の温度係数に従って変化するため、温度が高い程抵抗値は大きくなって銅損Wは増加する傾向となる。
【0034】
機械損Wは、回転子に備える冷却ファンによる圧力損失や、回転子を永久磁石同期電動機のフレームに支持するベアリングの摩擦等によって発生するものであり、一般的には、駆動周波数の関数として算出できる。機械損Wの温度依存性については、厳密にはベアリングに用いるグリースの粘度の変化等があるものの、鉄道車両用回転電機では無視できる程の変化である。そのため、鉄道車両用回転電機の機械損Wは、温度による影響を受けないものとして扱われることが多い。
【0035】
鉄損Wは、交流磁界を印加して固定子鉄心や回転子鉄心に用いる磁性材料中の磁束が変化した際のヒステリシスループの面積に応じた磁気損失であり、ヒステリシス損と渦電流損との和として定義され、一般的には磁束密度と周波数との関数として算出できる。鉄損Wの温度依存性については、永久磁石同期電動機で鉄損に大きく影響する磁石磁束そのものが温度依存性を持ち、温度上昇時には、上述のように例えば-0.1%/℃程度で減磁する。
【0036】
さらに、鉄損Wの内、ヒステリシス損は、温度依存性がほぼ無いと考えられる場合が多い。しかし、渦電流損は、温度上昇により鉄心の電気抵抗が増加すると、その損失は低減する傾向にある。そのため、永久磁石同期電動機における鉄損Wは、温度が高い程減少する傾向となる。
【0037】
以上のとおり、永久磁石同期電動機の損失は、温度の低い時では、銅損が低減して鉄損は増加し、逆に、温度の高い時では、銅損が増加して鉄損は減少する。すなわち、銅損と鉄損とは、温度に対してトレードオフの関係となるため、ある動作条件での温度変化時における損失の変化を考えた場合、鉄損と銅損との割合によって、低温と高温のどちらの条件で回転電機としての損失が小さくなるかが異なることとなる。
【0038】
図3は、永久磁石同期電動機を同一の回転速度で駆動し、トルクと温度とを変化させた時の銅損と鉄損との割合の変化特性を示す図である。
図3の(a)は高トルク時、図3の(b)は中トルク時、図3の(c)は低トルク時の各磁界解析による計算結果で、温度変化時においても出力トルクは同一となるように電流値を調整している。また、各図の数値は、各条件で銅損と鉄損との合計が最も大きくなる温度条件の損失で正規化している。なお、抵抗と磁石温度とは、同様に変化することを仮定している。
【0039】
高トルク時は、図3の(a)のように、トルクが大きい動作条件では大電流を流すため、図3の(b)および(c)に対して銅損の割合が大きくなる。また、温度上昇時には、鉄損の減少よりも銅損の増加の方が大きくなり、永久磁石同期電動機の温度が低い方が高効率となる。
【0040】
中トルク時は、図3の(b)のように、図3の(a)よりも負荷トルクが小さく電流も小さくなる条件であるため、回転電機の温度の高い方がわずかに効率は良くなる。
【0041】
低トルク時は、トルクがほぼゼロの動作条件であり、このような条件下では、図3の(c)のように、高温時の方が、低温時に対して銅損と鉄損との合計を3割近く低減することを可能にする。
【0042】
すなわち、負荷トルクが小さい動作条件では、複数台の永久磁石同期電動機の内、温度の高い永久磁石同期電動機のトルク指令値を敢えて増加させ、逆に、温度の低い永久磁石同期電動機のトルク指令値を低減することにより、トータルとして高効率で駆動できることが分かる。
【0043】
図4は、永久磁石同期電動機を同一のトルクで駆動し、回転速度と温度とを変化させた時の銅損と鉄損との割合の変化特性を示す図である。
図4の(a)は低速回転時、図4の(b)は中速回転時、図4の(c)は高速回転時の各磁界解析による計算結果で、温度変化時においても、出力トルクは同一となるように電流を調整している。また、各図の数値は、各条件で銅損と鉄損との合計が最も大きくなる温度条件の損失で正規化している。なお、抵抗と磁石温度とは、同様に変化することを仮定している。
【0044】
低速回転時は、図4の(a)のように、回転速度の低い動作条件では、鉄損が小さいため相対的に銅損の割合が高くなる。また、温度上昇時には、鉄損の低減よりも銅損の増加の方が大きくなり、永久磁石同期電動機の温度が低い方が高効率となる。
【0045】
中速回転時は、図4の(b)のように、図4の(a)よりも回転速度が高く鉄損の割合が相対的に大きくなる条件であるため、回転電機の温度が変わっても効率がほぼ変化しない領域となる。
【0046】
高速回転時は、図4の(b)よりもさらに回転速度が高く、このような条件下では、図4の(c)のように、高温時の方が、低温時に対して銅損と鉄損との合計を1割近く低減することを可能にする。
【0047】
すなわち、回転速度が高い条件では、複数台の永久磁石同期電動機の内、温度の高い永久磁石同期電動機のトルク指令値を敢えて増加させ、逆に、温度の低い永久磁石同期電動機のトルク指令値を低減することにより、トータルとして高効率で駆動できることが分かる。
【0048】
図5は、速度(横軸)とトルク(縦軸)に対して、永久磁石同期電動機の温度が基準値よりも高い場合と低い場合で、永久磁石同期電動機が高効率となる動作領域の一例を示す図である。
【0049】
図3および図4に示したように、温度の仕様範囲の中央値を基準にした場合、温度によって高効率となる領域は、トルクと速度に対して境界を持つこととなる。つまり、少なくとも2台以上の永久磁石同期電動機で動力を得る場合には、温度、速度およびトルクに応じて、トータルの効率が最大となるようにトルク指令値の配分を変更すれば、システムの高効率化が可能となる。
【0050】
ここで、図6は、図1に示す統括制御部1が備えるトルク演算部12の機能ブロックの一例を示す図である。
具体的に、図1に示すトルク指令値τm1 およびτm2 について、図6を用いて説明する。トルク演算部12は、図6の(b)および(c)に示すように、トルク操作量演算部26を用いて構成され、永久磁石同期電動機の温度変化時における効率を示すマップまたは効率を求める算出式に従って、動力指令τm0 に対してトルク操作量を加算してトルク指令値を出力する。上記の効率を示すマップまたは効率を求める算出式は、実測値や磁界解析によって導いたものであって、統括制御部1またはトルク演算部12の中に適宜に記憶装置(図示は省略)を設けて記録しておく。
【0051】
例えば、2モータ単位に適用する場合には、(b)に示すように、Δτm1 およびΔτm2 を動力指令τm0 に加算してトルク指令値τm1 およびτm2 を算出する。
また、4モータ単位に適用する場合には、(c)に示すように、Δτm1 、Δτm2 、Δτm3 およびΔτm4 を動力指令τm0 に加算してトルク指令値τm1 、τm2 、τm3 およびτm4 を算出する。
【0052】
トルク操作量演算部26は、永久磁石同期電動機の個々の温度推定値に基づき、高効率となる永久磁石同期電動機を判別し、判別結果からトルク操作量を決定する。ただし、図6の(a)に示す従来の構成に対し、駆動システムから出力されるトルクの総量を変化させないために、図6の(b)または(c)に示すように、トルク補償量の和は略ゼロ(Δτm1 +Δτm2 =0またはΔτm1 +Δτm2 +Δτm3 +Δτm4 =0)となるように、換言すれば、駆動システムにおけるトルク指令値の総量は略一定となるように、調整する。
【0053】
ここにおいて、図6に示すトルク指令値Δτm1 ~Δτm4 の操作量の演算やその補償法は、あくまでも一例であって、回転電機の温度依存性を考慮し、速度や周波数に応じてトルク操作量を個々に調整する構成であれば、図6に示す構成に限定されるものではない。
また、実施例1では、トルク指令値を操作する例を示したが、トルク指令値に相当する電流指令値や電圧指令値を操作する構成としてもよい。
【0054】
ただし、低トルク時や高速回転時に、温度の高い回転電機を積極的に使用することで温度上昇が懸念される。しかし、鉄道車両では、同一の周波数やトルクの動作点で常時運転をし続けることはなく、停止、加速、減速および停止の動作を繰り返すため、高温の回転電機のみに偏って駆動することはないので、異常な発熱等は発生しない。ただし、永久磁石の不可逆減磁等を考慮した温度許容値を超えることが予測される場合には、温度の高い回転電機のトルク指令値を増加させず、温度に対するリミッタを設けて補償を停止させるようにする。
【0055】
他方、回転電機として誘導電動機を用いた駆動システムの場合は、回転電機として永久磁石を用いていないため、温度上昇時に磁束が減少することはない。そのため、鉄損(回転子に発生する二次銅損を除いた磁気損失)は温度によらず略一定となる。つまり、誘導電動機の場合は、単に温度の低い回転電機(誘導電動機)に対してトルク指令の配分を大きくすることで、駆動システムのトータル効率の向上が可能となる。
【0056】
図7は、本発明に係る永久磁石同期電動機の駆動装置を搭載する鉄道車両の一部の概略構成を示す図である。インバータ30によって駆動する複数の永久磁石同期電動機4a、4b、4cおよび4dが、減速ギア(図示は省略)を介して鉄道車両の車軸と連結されている。鉄道車両は、車軸に接続された車輪27とレール28との間に生じる接線力により走行する。
【0057】
鉄道車両では、進行方向に応じて重心が変わることから進行方向に対して軸毎にトルクの配分を変更させる制御を用いること、回転電機への走行風の当たり方の影響を受けること、回転電機の通風ダクトの汚損状態の影響を受けること、等が起因して、回転電機毎に温度がばらつく。そのため、本発明を鉄道車両に適用することで、鉄道車両の駆動システムを高効率化する効果が得られる。
【0058】
以上のとおり、実施例1では、個々の永久磁石同期電動機の温度依存性を考慮してトルク操作量を個々に変化させることで、複数台の永久磁石同期電動機のトータル効率を向上させることが可能となる。
【実施例2】
【0059】
実施例2は、実施例1と比べて、永久磁石同期電動機の温度情報として、センサレス制御で駆動中のトルクゼロ制御時における推定磁石温度を用いる点で異なる。これにより、図2に示す温度センサを不要とし、かつ、永久磁石同期電動機のインダクタンスや抵抗の定数誤差に対して、ロバストに永久磁石の温度を推定することができる。
【0060】
図8は、実施例2に係る永久磁石同期電動機の駆動装置の機能ブロックの一例を示す図である。
実施例2の制御部2aは、PWM制御部7a、座標変換器8a、電流制御部9a、電流指令演算部10a、温度推定部11aおよび速度推定部31aを内部に備える。
【0061】
電流指令演算部10aは、統括制御部1からのトルク指令値τm1 に基づき、電流指令値Id1 およびIq1 を出力する。
【0062】
座標変換器8aは、電流検出器5aで検出した永久磁石同期電動機3の3相電流Iu1、Iv1およびIw1を、位相角θを用いて回転座標系のdq座標に変換し、Id1およびIq1として電流制御部9aに出力する。
【0063】
電流制御部9aは、Id1 およびIq1 に対して、d軸電流検出値Id1およびq軸電流検出値Iq1が一致するように、PI(Proportional-Integral)制御等により電流偏差をゼロに収束させるように、電圧指令値Vd1 およびVq1 を出力する。
【0064】
PWM制御部7aは、電圧指令値Vd1 およびVq1 に基づき、電圧出力装置3aを制御するためのスイッチング指令SWを出力する。
【0065】
速度推定部31aは、電流検出値Id1およびIq1と電圧指令値Vd1 およびVq1 とに基づき、回転子の角周波数ω を推定する。
【0066】
温度推定部11aは、電流指令値Id1 およびIq1 または電流検出値Id1およびIq1と、電圧指令値Vd1 およびVq1 と、角周波数ω とに基づいて、磁石温度推定値T^または磁石磁束推定値Ke1^を出力する。磁石温度および磁石磁束は、基準値に対して-0.1%/℃の換算で算出するものとし、どちらを推定値として出力する構成としてもよい。以降では、磁石磁束推定値Ke1^を用いて説明する。
また、制御部2bの内部のブロック図は、制御部2aと同一構成であるので、図示を省略する。
【0067】
以下に、永久磁石の温度を高精度に推定する原理について説明する。永久磁石同期電動機の電圧方程式は次式(3)および(4)で表される。
【数3】
【数4】
【0068】
仮に、永久磁石同期電動機の実際の電圧、電流、抵抗値およびインダクタンスの各状態量を正確に把握できるとすれば、式(5)にて磁束の推定値K^を算定できる。
【数5】
【0069】
式(5)により磁石磁束の定数K^の算定を考えると、電圧vおよびvは電圧出力装置3の電圧指令値v およびv を参照し、電流は電流検出値iおよびiを用いればよい。ところが、抵抗rとインダクンタスLおよびLは、永久磁石同期電動機の巻線温度や、鉄心に用いられる磁性材料の磁気飽和特性、モータ構造および電流条件に依存するものであることから、正確に把握することが難しい。
【0070】
そこで、発明者らは、定数誤差の影響を受けずに磁石磁束Kを推定するために、d軸およびq軸の電流指令値Id1 およびIq1 を意図的にゼロとして、式(2)に示すトルクをゼロに制御した状態において、制御が安定した状態での電圧指令値V および角周波数ω を用いることで、抵抗rおよびインダクタンスL並びにLの定数誤差の影響を受けることなく磁石磁束Kを推定できることを見出した。
【0071】
式(2)および(3)で、電流指令値I およびI をゼロに設定し、電流制御部10による電流制御の誤差をゼロと見なすと、整定した状態の電圧指令値V およびV は、次式(6)および(7)となる。
【数6】
【数7】
【0072】
すなわち、磁石磁束の推定値K^は、次式(8)にて算出できる。
【数8】
【0073】
電流指令値I およびI をゼロにして、電流制御による誤差がゼロとすると、q軸の電圧指令値V は、実際の磁石磁束Kによる誘起電圧を打ち消すだけの電圧を出力する状態となる。よって、式(7)は、抵抗rおよびインダクンタスL並びにLの項を含まず、電圧指令値V はω とKのみによって算定できることが分かる。
【0074】
また、同一の周波数において磁石磁束が変動した場合を例にすると、式(7)から、永久磁石の温度が上昇して実際の磁石磁束Kが減少した場合には、整定した状態のV も減少する。逆に、永久磁石の温度が低下して実際の磁束Kが増加した場合には、整定した状態のV も増加する。このようにして、電流指令値I およびI をゼロとした際のq軸電圧指令値V に基づき、磁石磁束Kを推定することが可能となる。ただし、式(8)から、永久磁石同期電動機の回転子速度ωがゼロの条件では、実施例2の推定法は原理的に適用できない。
【0075】
ここで、実施例2の推定法では、電流制御による電流偏差がゼロとなっている必要があるため、電流指令値I およびI をゼロとして駆動制御し、制御が整定した状態でのq軸電圧指令値V および角周波数指令値ω を用いる。また、ノイズの影響を除去するために、フィルタ処理、移動平均処理または積分処理を施してもよい。
【0076】
次に、このトルクゼロ制御期間に実施する磁石磁束の推定は、ゲートオフかつ回転子がフリーラン(惰行)中から、永久磁石同期電動機を再起動する際のトルク立上げ前のトルクゼロ制御期間を用いて実施するか、または、トルク立下げ後のゲートオフ直前のトルクゼロ制御期間を用いて実施する。
【0077】
図9は、惰行再起動時のトルク立上げ前のトルクゼロ制御期間に磁石磁束の推定を実施する時間的流れを示す図である。また、図10は、トルク立下げ後のゲートオフ直前のトルクゼロ制御期間に磁石磁束の推定を実施する時間的流れを示す図である。
【0078】
ただし、トルクゼロ指令時において、電流を厳密にゼロとせずに、微小なd軸電流を流す構成としてもよい。電圧出力装置3aおよび3bでは、各相に設けられた上下アームに備えたIGBT等の素子の短絡防止のために、上下の出力素子を同時にオフする期間を設けるため、電圧補償を加えない場合は、この同時オフ期間の出力電圧が不足することとなる。そこで、公知として知られるデッドタイム補償技術により、電流検出値または電流指令値の極性に基づき、指令値通りの電圧を出力できるように、電圧指令値に補償を加える。
【0079】
特に、永久磁石同期電動機の誘起電圧が低くかつ変調率の低い低速域では、細い幅の電圧パルスを数多く出力する状態となるため、出力電圧に対して相対的にこの同時オフ期間が占める割合が大きくなり、出力電圧に与える影響が大きくなり易い。
すなわち、低速域において、実施例1に示したd軸電流指令値I とq軸電流指令値I の両者をゼロにした場合、上述のとおり、デッドタイム補償に用いる電流検出値または電流指令値の極性が正確に把握できず、誤った極性に基づき電圧補償したとなれば、デッドタイム補償によって逆に電圧誤差を増加させることになり、推定精度を低下させる可能性がある。
【0080】
これに対し、電流指令値または電流検出値の極性を判断できるように、q軸電流指令値はゼロとしつつ、d軸電流指令値には意図的に微小な値を与える。これにより、トルクゼロ指令時においても、電流の極性の判別が可能となり、デッドタイム補償を正確に動作させることができ、電圧出力精度を向上させることができる。
【0081】
ただし、式(10)に示すように、d軸インダクンタスLの定数誤差の影響を受けないように、微小な電流指令値Iの大きさは、電機子反作用による磁束(LとIの積)が、磁石磁束Kに対して1/5程度以下になるようにする。例えば、1/5以下にする場合、制御器に設定している発電定数の設定値(基準値)Ke *とd軸インダクンタスL *に対して、微小な電流指令値I *の大きさは、式(11)の範囲にすればよい。
【数9】
【数10】
【数11】
【0082】
以上のとおり、実施例2では、センサレス制御でのトルク指令値をゼロに制御した期間に磁石温度(または磁石磁束)を算出することで、温度センサを用いることなく、高精度に温度情報を得ることができる。また、実施例2は、実施例1に記載のトルク操作量の割り振りを正確に配分でき、実施例1よりも更なる高効率化およびシステムの簡素化が可能となる。
【符号の説明】
【0083】
1…統括制御部、2…制御部、3…電圧出力装置、4…永久磁石同期電動機、5…電流検出器、6…交流接触器、7…PWM制御部、8…座標変換器、9…電流制御部、10…電流指令演算部、11…磁石温度推定部、12…トルク指令演算部、20…フィルタコンデンサ、21…フィルタリアクトル、22…断流器、23…高速度遮断器、24…パンタ、25…架線、26…トルク補償演算部、27…車輪、28…レール、30…インバータ、31…速度推定演算部、40…温度検出器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10