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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-24
(45)【発行日】2022-12-02
(54)【発明の名称】炭素繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/74 20060101AFI20221125BHJP
   D06M 10/00 20060101ALI20221125BHJP
【FI】
D06M11/74
D06M10/00 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019551046
(86)(22)【出願日】2018-10-17
(86)【国際出願番号】 JP2018038620
(87)【国際公開番号】W WO2019082755
(87)【国際公開日】2019-05-02
【審査請求日】2021-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2017208033
(32)【優先日】2017-10-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 威史
(72)【発明者】
【氏名】武居 共之
(72)【発明者】
【氏名】高 宇
(72)【発明者】
【氏名】栗谷 真澄
【審査官】大▲わき▼ 弘子
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-116925(JP,A)
【文献】特表2013-518439(JP,A)
【文献】特表2009-535530(JP,A)
【文献】国際公開第2016/063809(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/082760(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/082757(WO,A1)
【文献】URVANOV,RU 2523483 C1,ロシア,2014年07月20日
【文献】URVANOV, Sergey Alekseyevich et al.,Carbon Fiber Modified with Carbon Nanotubes and Fullerenes for Fibrous Composite Application,Journal of Materials Science and Engineering A,David Publishing Company,2013年11月10日,Vol.11,p.725-731
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M10/00-11/84、16/00-16/00、19/00-23/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレンC60およびC70を含むフラーレン混合物を有機溶媒に溶解しフラーレン溶液を用意する工程(I)、
前記フラーレン溶液中に原料炭素繊維を浸漬する工程(II)、
前記炭素繊維を前記フラーレン溶液から取り出し、取り出した前記炭素繊維を乾燥する工程(III)、
を順次行い、
前記有機溶媒が、ハロゲン化アルキルであるフラーレンC60およびC70が吸着している炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
前記フラーレン混合物は、C60を50~90質量%及びC70を10~50質量%含む混合物である請求項1に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
前記フラーレン溶液中の前記フラーレンC60およびC70の合計濃度が、1~1000質量ppmである請求項1または2に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
前記原料炭素繊維が、ポリアクルロニトリル系炭素繊維である請求項1~3のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項5】
前記工程(II)で原料炭素繊維を浸漬する時間が、5秒~24時間である請求項1~4のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項6】
前記工程(II)で浸漬時の前記溶液の温度が、10℃~60℃である請求項1~5のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、炭素繊維をフラーレンC60のトルエン溶液に浸漬後、乾燥して、表面にフラーレンC60が付着した炭素繊維が開示されている。
【0003】
特許文献1には、フラーレン類を分散させたイソプロピルアルコール分散液を、はけ又はスプレーで炭素膜に塗布後、乾燥することで、炭素膜表面をフラーレン処理する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-137155号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Journal of Materials Science and Engineering A, 2013, 3(11), 725-731. 'Carbon Fiber Modified with Carbon Nanotubes and Fullerenes for Fibrous Composite Application'
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1の方法では、炭素繊維から溶媒が蒸発する際、凝集し析出したフラーレンが炭素繊維表面に不均一に付着するだけであり、炭素繊維に付着しているフラーレン量は、炭素繊維に付着した溶媒に溶解していたフラーレン量に等しい。そして、この析出したフラーレンと炭素繊維間の相互作用が小さいため、この炭素繊維を強化剤として樹脂に添加した際に、炭素繊維と樹脂の間の界面せん断強度を向上させる効果を十分発揮しないという課題があった。また、特許文献1の方法では、フラーレンが溶媒に溶解せず凝集しているため、やはりフラーレンは炭素繊維表面に不均一に付着するだけであり、樹脂との間の界面せん断強度を向上させる効果は不十分である。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、フラーレンが表面に吸着している炭素繊維及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特定の条件下でフラーレンC60およびC70が炭素繊維に吸着することを見出した。また、その炭素繊維は、単にフラーレンを表面に付着させた炭素繊維より樹脂との間の界面せん断強度が高いことを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、上記課題を解決するため、以下を提供する。
【0010】
[1] フラーレンC60およびC70が吸着している炭素繊維。
【0011】
[2] 前記フラーレンC60およびC70が、それらの合計量として、前記炭素繊維1000質量部あたり0.001~1質量部吸着している前項[1]に記載の炭素繊維。
【0012】
[3] フラーレンC60およびC70を含むフラーレン混合物を有機溶媒に溶解しフラーレン溶液を用意する工程(I)、
前記フラーレン溶液中に原料炭素繊維を浸漬する工程(II)、
前記炭素繊維を前記フラーレン溶液から取り出し乾燥する工程(III)、
を順次行うフラーレンC60およびC70が吸着している炭素繊維の製造方法。
【0013】
[4] 前記フラーレン混合物は、C60を50~90質量%及びC70を10~50質量%含む混合物である前項[3]に記載の炭素繊維の製造方法。
【0014】
[5] 前記フラーレン溶液中の前記フラーレンC60およびC70の合計濃度が、1~1000質量ppmである前項[3]または[4]に記載の炭素繊維の製造方法。
【0015】
[6] 前記有機溶媒が、ハロゲン化アルキルである前項[3]~[5]のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【0016】
[7] 前記原料炭素繊維が、ポリアクルロニトリル系炭素繊維である前項[3]~[6]のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【0017】
[8] 前記工程(II)で原料炭素繊維を浸漬する時間が、5秒~24時間である前項[3]~[7]のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【0018】
[9] 前記工程(II)で浸漬時の前記溶液の温度が、10℃~60℃である前項[3]~[8]のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、樹脂との間の界面せん断強度が高い炭素繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、一実施形態を挙げて詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
<炭素繊維>
本実施形態の炭素繊維は、フラーレンC60およびC70が吸着しており、フラーレンC60およびC70を有機溶媒に溶解しフラーレン溶液を用意する工程(I)、前記フラーレン溶液中に原料炭素繊維(フラーレンを吸着させていない炭素繊維)を浸漬する工程(II)、前記炭素繊維を前記フラーレン溶液から取り出し、取り出した前記炭素繊維を乾燥する工程(III)、を順次行うことで得られる。
【0021】
ここで、前記工程(II)を行う際、原料炭素繊維の浸漬前に比べ浸漬後では前記溶液中のフラーレンC60およびC70の濃度が減少する。このことは、溶液中のフラーレンが炭素繊維に吸着され、炭素繊維表面上のフラーレンC60およびC70の濃度が上昇する結果でもある。非特許文献1や特許文献1のような付着が生じるだけでは溶液中のフラーレンの濃度変化はない。したがって、溶液中のフラーレンの濃度が減少した場合は、当該フラーレンが原料炭素繊維に吸着したと判断し、前記濃度減少が観察されない場合は吸着していないと判断する。なお、前記溶液中のフラーレン濃度は、後述する実施例に記載の「炭素繊維へのフラーレン吸着量測定方法」を用いる。
【0022】
ここで、炭素繊維1000質量部あたりのフラーレンC60およびC70の合計吸着量(質量部)は下記式(1)で算出する。
【0023】
吸着量=([吸着前のフラーレン溶液中のフラーレンC60およびC70の合計濃度(質量ppm)]-[吸着後のフラーレン溶液中のフラーレンC60およびC70の合計濃度(質量ppm)])×[フラーレン溶液の質量(g)]/[炭素繊維質量(mg)]・・・(1)
フラーレンC60およびC70の合計吸着量は、前記炭素繊維1000質量部あたり0.001~1質量部が好ましく、0.005~0.5質量部がより好ましく、0.01~0.3質量部がさらに好ましい。吸着量がこの範囲であれば、樹脂との間の界面せん断強度を向上させる効果を十分得やすい。
【0024】
次に、フラーレンC60およびC70が吸着している炭素繊維の製造方法について説明する。
<工程(I)>
工程(I)では、フラーレン混合物を有機溶媒に溶解しフラーレン溶液を用意する。
【0025】
フラーレン混合物の組成としては、C60及びC70を含み、C60を50~90質量%及びC70を10~50質量%含むことが好ましく、また、C70より高次のフラーレン(もし含まれるならば)は40質量%以下であることが好ましい。このようなフラーレン混合物を用いることにより、後述する工程(II)におけるフラーレンC60およびC70の吸着を生じさせやすい。
【0026】
工程(I)の溶液中のフラーレンC60およびC70の合計濃度は、1~1000質量ppmであることが好ましく、10~500質量ppmがより好ましく、10~300質量ppmがさらに好ましい。この範囲の下限以上であればフラーレンC60およびC70を吸着させやすい。この範囲の上限以下であれば溶液の調製がしやすく、また、経済的に有利である。
【0027】
工程(I)の有機溶媒としては、フラーレンが溶解する溶媒であり、ハロゲン化アルキルが好ましく、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素がより好ましく、ジクロロメタンがさらに好ましい。このような溶媒を用いることにより、フラーレンC60およびC70を吸着させやすい。
<工程(II)>
工程(II)では、前記フラーレン溶液中に原料炭素繊維を浸漬する。工程(II)で用いる原料炭素繊維は、ピッチ系炭素繊維及びポリアクルロニトリル系炭素繊維のいずれも使用することができるが、ポリアクルロニトリル系炭素繊維が好ましい。このような原料炭素繊維は、一般に炭素繊維強化プラスチックの強化剤等に用いられ、樹脂との間の界面せん断強度が高いことが望まれることが多い。
【0028】
工程(II)で炭素繊維を浸漬する時間は、5秒~24時間であることが好ましく、5分~12時間がより好ましく、30分~2時間がさらに好ましい。この範囲の下限以上であればフラーレンC60およびC70を吸着させやすい。さらに長時間浸漬をしてもよいが吸着量が増えにくくなるので、この範囲の上限以下であれば処理時間が短くて済み経済的に有利である。
【0029】
工程(II)で浸漬時のフラーレン溶液を特に冷却や加温することなく用いても構わないが、フラーレン溶液の温度は、10℃~60℃であることが好ましく、15℃~50℃がより好ましく、20℃~40℃がさらに好ましい。この範囲であれば、フラーレンC60およびC70を吸着させやすく、冷却や加温のエネルギーが小さくて経済的である。
<工程(III)>
工程(III)では、前記炭素繊維を、工程(II)のフラーレン溶液から取り出し、取り出した前記炭素繊維を乾燥する。炭素繊維を取り出す方法は特に限定されないが、炭素繊維とフラーレン溶液とを分離しやすいことからから濾別が好ましい。乾燥は、炭素繊維表面に残存する工程(II)の溶媒が除去される程度に、加熱、減圧、風乾などを行えばよく、特に限定されない。
【0030】
ここで、前述の炭素繊維に吸着したフラーレンではなく、前記乾燥時に炭素繊維表面に残った溶媒から析出して炭素繊維上に残留するフラーレンを「炭素繊維に付着したフラーレン」という。
【0031】
炭素繊維に付着したフラーレンは炭素繊維に吸着したフラーレンほど有効ではないので、炭素繊維に付着したフラーレンが少なくなるように、前記乾燥前に炭素繊維を有機溶媒で洗浄してフラーレンを回収してもよい。洗浄に用いる有機溶媒は、好ましくは工程(I)のフラーレン溶液に用いた溶媒である。この場合、洗浄液として回収されたフラーレンの溶液を、濃縮やフラーレン混合物を添加溶解するなどフラーレンC60およびC70の濃度を調整して、工程(I)のフラーレン溶液として再利用することができる。
<用途>
本実施形態の炭素繊維は、樹脂との界面せん断強度が高いため、炭素繊維強化プラスチックに好ましく用いられる。
【実施例
【0032】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
実施例1~2、比較例1~2
表1に記載のフラーレンを用い、溶媒としてジクロロメタンにフラーレンを溶解させた溶液(フラーレン濃度10質量ppm、フラーレン混合物の場合は各フラーレンの合計濃度)10gに、予めジクロロメタンで収束剤を除去した炭素繊維(三菱レイヨン製炭素繊維トウPYROFILTM TR50S12L)100mgを、室温(約20℃)で表1に記載の時間浸漬した。濾過により溶液と炭素繊維に分離し、溶液はフラーレン吸着量測定に用いた。炭素繊維は風乾後、界面せん断強度試験に用いた。
<炭素繊維へのフラーレン吸着量測定方法>
各実施例及び比較例について、予めフラーレンC60およびC70個々のトルエン溶液で検量線を作成した高速液体クロマトグラフィー(装置:Agilent Technology製高速液体クロマトグラフ1200 Series;カラム:YMC製カラムYMC-pack ODS-AM;展開溶媒(体積比):トルエン/メタノール=51/49;流速:1.2 mL/min;検出方法:308nm紫外光吸収)により、炭素繊維浸漬前後の前記フラーレン溶液中のC60およびC70の濃度を測定し、炭素繊維へのフラーレンの吸着量を前述の式(1)により算出した。
<界面せん断強度試験方法>
各実施例及び比較例の界面せん断強度は、東栄産業株式会社製複合材界面特性評価装置HM410型を用いたマイクロドロップレット試験により評価した。各実施例及び比較例で得られた炭素繊維を試料とし炭素繊維へのフラーレン吸着実験から得られた炭素繊維に対しマイクロドロップレット試験を実施した(樹脂:VICTREX社製PEEK 450G;温度:室温;雰囲気:大気;引抜速度:0.12mm/min)。各試料につき5回測定し平均値を採用した。
【0033】
【表1】
フラーレン混合物:フロンティアカーボン製 nanom(登録商標) mix ST(C60:60質量%、C70:25質量%、C70より高次のフラーレン:15質量%)
フラーレンC60:フロンティアカーボン製 nanom(登録商標) purple SUH
フラーレンC70:フロンティアカーボン製 nanom(登録商標) orange SU
結果を表1に示したように、フラーレン混合物を用いると、単独で用いたのでは吸着しなかったC60を炭素繊維へ吸着させることができ、C60およびC70の合計吸着量はC70単独で用いるより多く、また、界面せん断強度も高くなった。
【0034】
本出願は2017年10月27日に出願した日本国特許出願第2017-208033号に基づくものであり、その全内容は参照することによりここに組み込まれる。