(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-25
(45)【発行日】2022-12-05
(54)【発明の名称】液体吐出ヘッド
(51)【国際特許分類】
B41J 2/16 20060101AFI20221128BHJP
C09K 3/10 20060101ALI20221128BHJP
B41J 2/165 20060101ALI20221128BHJP
【FI】
B41J2/16 503
C09K3/10 D
C09K3/10 Z
C09K3/10 Q
B41J2/165 503
(21)【出願番号】P 2018092383
(22)【出願日】2018-05-11
【審査請求日】2021-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2017114249
(32)【優先日】2017-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018047024
(32)【優先日】2018-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126240
【氏名又は名称】阿部 琢磨
(74)【代理人】
【識別番号】100124442
【氏名又は名称】黒岩 創吾
(72)【発明者】
【氏名】山内 幸子
(72)【発明者】
【氏名】今村 功
【審査官】長田 守夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-093299(JP,A)
【文献】特開2015-131883(JP,A)
【文献】特開2017-101195(JP,A)
【文献】米国特許第06391140(US,B1)
【文献】特開平07-232439(JP,A)
【文献】特開2014-224272(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
C09K 3/10-3/12
C08G 18/00-18/87
C08G 71/00-71/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を吐出する吐出口を有する基板と、前記基板を収容する凹部が設けられた部材とを有する液体吐出ヘッドであって、
前記部材の前記凹部の壁と前記基板との間に形成されている隙間を封止する封止材を有し、
前記封止材は、第1のポリオール化合物と、イソシアネート基を有するイソシアネート化合物と、前記第1のポリオール化合物よりも前記イソシアネート基に対する反応性が高い第2のポリオール化合物と、を含む組成物の硬化物を含
み、
前記封止材の表面が、前記第1のポリオール化合物と前記第2のポリオール化合物との海島構造を含むことを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
前記海島構造の海部と島部との高低差が100nmより大きく1000nm以下である請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項3】
前記第1のポリオール化合物は、ポリブタジエンジオールである請求項1
または2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
前記組成物は、前記ポリブタジエンジオールと前記イソシアネート化合物とを、ポリブタジエンジオール/イソシアネート化合物で示される重量比で、0.73以上1.80以下の割合で有する請求項
3に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項5】
前記第2のポリオール化合物は、前記第1のポリオール化合物より1分子に占める炭素-炭素不飽和結合の数が少ないポリオール化合物である請求項1~
4のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項6】
前記第2のポリオール化合物は、ひまし油系ポリオールである請求項1~
5のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項7】
前記イソシアネート化合物は、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート又はポリメチレンポリフェニルポリイソシアネートである請求項1~
6のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項8】
前記組成物がさらに、アミン化合物、有機錫触媒、又は遷移金属のアセチルアセトナート錯体を含む請求項1~
7のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項9】
前記組成物が充填材として、シリカ、カーボンブラック、酸化チタン、カオリン、クレー、又は炭酸カルシウムを含む請求項1~
8のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項10】
前記組成物の前記充填材の含有量が、前記組成物の全体の質量の3分の1以下である請求項
9に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項11】
請求項1~1
0のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドを用いるインクジェット記録方法であって、前記液体吐出ヘッドの前記吐出口が開口している面を、ゴム製ブレードで拭き取る回復工程を有することを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項12】
液体を吐出する吐出口を有する基板と、前記基板を収容する凹部が設けられた部材とを有する液体吐出ヘッドの製造方法であって、
前記部材の前記凹部の壁と前記基板との間に形成されている隙間を組成物で封止する工程と、
前記組成物を硬化させて封止材とする工程と、を有し、
前記封止材は、第1のポリオール化合物と、イソシアネート基を有するイソシアネート化合物と、前記第1のポリオール化合物よりも前記イソシアネート基に対する反応性が高い第2のポリオール化合物と、を含
み、
前記封止材の表面が、前記第1のポリオール化合物と前記第2のポリオール化合物との海島構造を含む組成物の硬化物であることを特徴とする液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項13】
前記第1のポリオール化合物は、ポリブタジエンジオールである請求項1
2に記載の液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項14】
前記第2のポリオール化合物は、ひまし油系ポリオールである請求項1
2または1
3に記載の液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項15】
前記組成物は、組成物を混合してから塗布することで前記部材の前記凹部の壁と前記基板との間に形成されている隙間を封止し、
前記組成物を混合してから塗布するまでの時間が30分以下である請求項1
2~1
4のいずれか1項に記載の液体吐出ヘッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体吐出ヘッドを構成する部品間を封止材で封止した液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
液体吐出ヘッドは、複数のエネルギー発生素子を有し、そのエネルギー発生素子から与えられるエネルギーにより液体を複数の吐出口から吐出させる装置である。液体吐出ヘッドの一例として、記録紙に対してインクを吐出することにより記録を行うインクジェット記録装置に搭載されるインクジェット記録ヘッドが挙げられる。
【0003】
インクジェット記録ヘッドは、インクを吐出する吐出口を有する基板や、吐出を電気的に制御する電気配線など様々な部品から構成されている。様々な部品を組み立てた後、部品間の隙間へのインクの浸入を抑制するために、封止材でその隙間を埋めることがなされている。
【0004】
このような封止材として、特許文献1には、ジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂と、水添ビスフェノールA型エポキシ樹脂と、光カチオン重合開始剤を含む封止材が記載されている。
【0005】
しかし、このような光照射により重合を開始する封止材の場合、光が届く深さに制限があるため封止材の厚みに制限がある。近年のインクジェット記録ヘッドは、より高精細な画像をより高速に記録できるように、より複雑で高密度な構造を有する。特に、記録紙を搬送しつつ、固定されたインクジェット記録ヘッドから用紙へインクを吐出するライン型ヘッドは、構造が複雑化し大型になる傾向にある。その結果、封止材で封止しようとする溝も深くなっており、光照射により重合を開始する封止材が適さない場合がある。
【0006】
一方、重合開始剤を用いなくとも硬化することが可能な封止材として、特許文献2にはポリオール化合物とイソシアネート化合物とを反応させて得られるウレタン樹脂を含む封止材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第5780917号公報
【文献】特許第2904629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
インクジェット記録ヘッドの吐出口が開口している面に用いられる封止材には様々な機能が要求される。例えば、封止材はインクと接触するため耐インク性が要求される。また、電気配線を封止する場合には封止材には絶縁性が要求される。また、インクジェット記録装置では、インクジェット記録ヘッドの吐出口が開口している面に付着したインクを取り除くため、ゴム製のブレードで液滴を拭き取る回復操作が行われている。そのため封止材には耐ブレード性も要求される。
【0009】
しかし、本発明者らの検討によれば、特許文献2に示すような一般的なポリオール化合物とイソシアネート化合物を反応させて得られるウレタン樹脂は、耐インク性が十分ではない。また、絶縁性も低く、柔らかく低弾性のため耐ブレード性も十分ではない。
【0010】
本発明の目的は、耐インク性、絶縁性、及び耐ブレード性を備えた封止材によって封止された液体吐出ヘッドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、液体を吐出する吐出口を有する基板と、前記基板を収容する凹部が設けられた部材とを有する液体吐出ヘッドであって、前記部材の前記凹部の壁と前記基板との間に形成されている隙間を封止する封止材を有し、前記封止材は、第1のポリオール化合物と、イソシアネート基を有するイソシアネート化合物と、前記第1のポリオール化合物よりも前記イソシアネート基に対する反応性が高い第2のポリオール化合物と、を含む組成物の硬化物を含み、前記封止材の表面が、前記第1のポリオール化合物と前記第2のポリオール化合物との海島構造を含むことを特徴とする液体吐出ヘッドに関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐インク性、絶縁性、及び耐ブレード性を備えた封止材によって封止された液体吐出ヘッドが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】(a)液体吐出ヘッドの部分拡大図。(b)
図2(a)に示すA-A´線での断面図。
【
図3】封止材用の組成物中のポリブタジエンジオールとイソシアネート化合物との重量比と、インク中への有機物の溶出との関係を示す図。
【
図4】(a)硬化物を顕微鏡で観察した様子を示す図。(b)表面凹凸の時間変化を示す図。
【
図5】(a)硬化物の削れの様子を示す図。(b)時間変化に対する硬化物の削れの様子の変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
<液体吐出ヘッド>
まず、本発明における液体吐出ヘッドの構成を、図を参照して説明する。
図1は本発明における液体吐出ヘッドの一形態の斜視図である。
図2(a)はその液体吐出ヘッドの部分拡大図、
図2(b)は液体吐出ヘッドの、
図2(a)に示すA-A´線での断面図である。
【0016】
液体吐出ヘッド1は、基板2と基板2を支持する部材3を有している。基板2は、インクを吐出するための吐出口4、インクを吐出するためにエネルギーを発生するエネルギー発生素子(不図示)、及びエネルギー発生素子を制御する電子回路素子(不図示)を有している。
【0017】
液体吐出ヘッド1は高速印刷が可能な所謂ライン型ヘッドである。ライン型ヘッドとは、記録紙の幅以上の幅を有し、幅方向に沿って複数の基板2がインラインに配置された液体吐出ヘッドを指す。複数の基板2は、液体吐出ヘッドを固定した状態で、記録紙を1回通過させるだけで記録紙の幅方向のすべての領域に記録できるように、液体吐出ヘッド1上に記録紙の幅以上の長さで連続して配置されている。なお、ここでは、記録紙の幅としてA4紙の短辺の幅を想定している。
【0018】
インラインに配置された複数の基板2は、部材3に設けられた凹部3aに収容されている。液体吐出ヘッド1を吐出口が開口している面側から見たとき、基板2と部材3の凹部3aの壁3bとの間には隙間が形成されている。また、基板2どうしの間にも隙間がある場合がある。これらの隙間は封止材5によって封止されている。封止材5は、封止材用の組成物を基板2と部材3の凹部3aの壁3bとの間の隙間に流し込み、硬化させることによって形成される。
【0019】
<封止材用の組成物>
次に、封止材用の組成物を構成する材料について以下に説明する。封止材用の組成物は、少なくとも第1のポリオール化合物と、イソシアネート基を有するイソシアネート化合物と、前記第1のポリオール化合物よりも前記イソシアネート基に対する反応性が高い第2のポリオール化合物とを含む。封止材用の組成物は、組成物中のポリオール化合物の水酸基とイソシアネート化合物のイソシアネート基が反応しウレタン結合を形成することでウレタン樹脂として硬化するものである。
【0020】
(第1のポリオール化合物)
第1のポリオール化合物は、後述するイソシアネート化合物との反応性の観点から、2つ以上の水酸基を有することが好ましい。
【0021】
第1のポリオール化合物は、ポリオレフィン骨格を有することが好ましい。さらに、第1のポリオール化合物は、4つ以上の炭素-炭素不飽和結合を有するポリオール化合物である。炭素-炭素不飽和結合は得られるウレタン樹脂の耐水性をあげ、得られるウレタン樹脂が吸収するインクの量を減らす効果がある。また、得られるウレタン樹脂の絶縁性やゴム弾性を高める効果がある。
【0022】
炭素-炭素不飽和結合としては、炭素数2~6のアルケニレン基又は炭素数2~6のアルキニレン基が挙げられる。アルケニレン基としては、エテニレン基、プロペニレン基、1-ブテニレン基、2-ブテニレン基、ブタジエニレン、及びイソプレニレン基が挙げられる。アルキニレン基としては、イソブチニレン基が挙げられる。第1のポリオール化合物は、分子内に2種類以上の炭素-炭素不飽和結合を有することが好ましい。
【0023】
第1のポリオール化合物としては、特には、下記式(1)で表されるポリブタジエンジオールが好ましい。
【0024】
【0025】
式(1)中、m、n、及びoはそれぞれ1以上の整数である。
【0026】
(イソシアネート化合物)
イソシアネート化合物とはイソシアネート基を有する化合物のことである。イソシアネート基は上記第1のポリオール化合物中の水酸基と反応しウレタン結合を形成する。
【0027】
イソシアネート化合物は、上記第1のポリオール化合物との反応性の観点から、2つ以上のイソシアネート基を有することが好ましい。
【0028】
イソシアネート化合物としてはトリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、水添キシリレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、及びノルボルネンジイソシアネートが挙げられる。
【0029】
イソシアネート化合物としては、特には、下記式(2)で表される4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート又は下記式(3)で表されるポリメチレンポリフェニルポリイソシアネートが好ましい。
【0030】
【0031】
式(3)中、nは1以上の整数である。
【0032】
(第2のポリオール化合物)
第2のポリオール化合物は、第1のポリオール化合物よりも、上記イソシアネート化合物が有するイソシアネート基に対する反応性が高いポリオール化合物である。
【0033】
第1のポリオール化合物も、イソシアネート化合物が有するイソシアネート基と反応するが、第1のポリオール化合物単独ではその反応性が低い場合がある。そこで、イソシアネート基との反応性を高めるために、第1のポリオール化合物よりも、上記イソシアネート化合物が有するイソシアネート基に対する反応性が高いポリオール化合物として、第2のポリオール化合物を用いる。イソシアネート化合物のイソシアネート基と反応性が高いということは、言い換えると第2のポリオール化合物は第1のポリオール化合物よりもイソシアネート化合物に溶解性パラメーターが近いということである。
【0034】
このように、第1のポリオール化合物に加えて第2のポリオール化合物を用いることで、封止材の表面に海島構造ができる。海島構造とは、マトリックス-ドメイン構造とも呼ばれる構造であり、連続相である海部と、島部にあたる非連続相とで構成される構造である。海島構造ができる理由は、ウレタン反応が進む間に、第1のポリオール化合物と第2のポリオール化合物との間で各ポリオール化合物が相分離したことによると考えられる。一般的に、海島構造ができる(相分離が起こる)メカニズムとして、各化合物間で親・疎水性、あるいは極性が異なり、相分離につながる。例えば、比較的親水性のポリオール化合物と比較的疎水性のポリオール化合物を混合したとき、時間とともに、親水性のポリオール分子は親水性のポリオール分子と、疎水性のポリオール分子は疎水性のポリオール分子と、それぞれ親和性があるため分子同士集まりやすい。最初は分子と分子の局所的な集まりであるが、やがて時間が経つと相分離につながる。反応性および海島構造を形成する点から、溶解性パラメーターの値は、第1のポリオール化合物の方が、第2のポリオール化合物よりも小さいことが好ましい。
【0035】
第2ポリオール化合物は、第1ポリオール化合物より1分子に占める炭素-炭素不飽和結合が少ないポリオール化合物、またはポリオレフィン骨格を有さないポリオール化合物であることが好ましい。
【0036】
また、第2ポリオール化合物は、第1のポリオール化合物よりも親水性のポリオール化合物であることが好ましい。さらには、第2ポリオール化合物は、エステル、ケトン、アミン骨格を有するポリオール化合物であることが好ましい。
【0037】
第2のポリオール化合物としては、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール、ポリエステルポリカーボネートポリオール、及びひまし油系ポリオールが挙げられる。中でも、ひまし油系ポリオールが好ましい。ひまし油系ポリオールとしては、下記式(4)で表される化合物が好ましい。
【0038】
【0039】
上述の通り、本発明では封止材の表面に海島構造を形成させる。ここで、この海島構造についてさらに詳細に述べる。
【0040】
封止材が有する海島構造の海部と島部との間に高低差があると、ブレードを用いて液体吐出ヘッドを吸引回復したとき、封止材とブレードとが接触する面積を減らす効果がある。海部と島部の高低差が100nmを超えると、ウレタン樹脂とブレードとの接触がより減らせ、封止材上でブレードが削れる現象を抑制できる。一方、高低差が大きいと、吸引回復時の吸引圧力損失につながる可能性がある。この為、高低差は1000nm以下とすることが好ましく、500nm以下とすることがより好ましい。尚、海部と島部の高さについては、それぞれ分散させた任意の20箇所で測定した平均値を用いて算出する。海部と島部に高低差がある海島構造では、島部に比べて海部は柔らかいことが好ましい。封止材の上をブレードでこすったとしても、比較的高く硬い島部にブレードがあたり、ブレードの移動する力の大部分は島部にかかる。島部にかかった力は比較的柔らかい海部に逃げ、結果として封止材が削れてしまうことを抑制できる。
【0041】
海部は、第1のポリオール化合物で形成することが好ましい。海部を形成する第1のポリオール化合物として、ゴム弾性を高める化学構造をもつポリオール化合物が好ましい。つまり、4つ以上の炭素―炭素不飽和結合をもつポリオール化合物、さらに具体的にはオレフィン骨格を有するポリオール化合物であることが好ましい。
【0042】
島部は、第2のポリオール化合物で形成することが好ましい。島部を形成する第2のポリオール化合物として、逆に、海部を形成する第1のポリオール化合物に比べて1分子に占める炭素―炭素不飽和結合の割合が少ないポリオール化合物が好ましい。さらには、島部を形成する第2のポリオール化合物として、3つ以下の炭素-炭素不飽和結合を持つポリオール化合物、またはオレフィン骨格を持たないポリオール化合物であることが好ましい。あるいは、ウレタン結合を密にして硬くするために、海部を形成する第1のポリオール化合物に比べて分子量が低く、1分子に含まれる水酸基の数が多い方が好ましい。
【0043】
溶解性パラメーターおよび海島構造の硬さと柔らかさの観点から、第1のポリオール化合物と第2のポリオール化合物の具体的な組み合わせの例としては、次の組み合わせが挙げられる。即ち、第1のポリオール化合物がポリブタジエンジオール、第2のポリオール化合物がひまし油の組み合わせである。他にも、第1のポリオール化合物がポリブタジエンジオール、第2のポリオール化合物がトリエタノールアミンの組み合わせを挙げられる。
【0044】
海部と島部の面積比は、海部を形成するポリオール化合物と島部を形成するポリオール化合物の混合比に依存する。島部に比べて海部の方が柔らかく、面積が広い方が好ましい。よって、組成物中の含有割合は、重量基準で、第1のポリオール化合物の方が、第2のポリオール化合物よりも高いことが好ましい。
【0045】
島部の大きさは、ポリオール化合物とイソシアネート化合物との混合から、混合物を流し込むまでの時間に関係している。ポリオール化合物とイソシアネート化合物とを混合すると、硬化反応が開始するとともに、ポリオール化合物間での相分離も開始する。混合から流し込むまでの間では、硬化反応が進み混合物の粘度が高くなるとともに、ポリオール化合物間での相分離が継続する。混合物を流し込むと、混合物の液がやや混ざることにつながり、相分離が崩れる。
【0046】
混合から流し込むまでの時間が短いほど、混合物の粘度が低く、流し込みで相分離が崩れたとしても、流し込んだ後から相分離が再び始まり、大きい島ができやすい。一方、混合から流し込むまでの時間が長いほど、混合物の粘度が高くなり、流し込んだ後からの相分離が起こりにくく、小さい島部ができやすい。
【0047】
(触媒)
封止材用の組成物には、ポリオール化合物とイソシアネート化合物との反応を調整するために触媒を加えてもよい。触媒としてはアミン化合物や金属系触媒が挙げられる。
【0048】
アミン化合物としては、トリエチレンジアミン(TED)、1,1,3,3-テトラメチレングアニジン(TMG)、及びN,N,N’,N’-テトラメチル-1,6-ヘキサンジアミン(TMHMDA)が挙げられる。金属系触媒としては、ジブチル錫ジラウレート、ジオクチル錫ジラウレート、及びスタナスオクトエート等の有機錫触媒、チタニウム、鉄、銅、ジルコニウム、ニッケル、コバルト、及びマンガン等の遷移金属のアセチルアセトナート錯体が挙げられる。
【0049】
(充填材)
封止材用の組成物には、樹脂の硬化収縮を抑制する目的や硬化後の柔軟性を担保する目的で、充填材を加えてもよい。充填材としては、シリカ、カーボンブラック、酸化チタン、カオリン、クレー、及び炭酸カルシウムが挙げられる。充填材としては特には溶融シリカが好ましい。また、充填材の平均粒径(体積平均粒径)は10nm以上200μm以下であることが好ましい。
【0050】
充填材を添加した組成物は流動性が低下するため、組成物を流し入れる際に、構成する部品間の狭い隙間で組成物が十分に流れなくなったり、組成物を流し入れるのに長時間かかったりする場合がある。特に、ライン型ヘッドのような大型の液体吐出ヘッドにおいては、封止材用の組成物の流動性を担保することが重要であるため、充填材の添加量はなるべく低く抑えることが好ましい。封止材用の組成物に含まれる充填材の含有量としては、組成物の全体の質量の3分の1以下、特には10分の1以下であることが好ましい。
【0051】
(可塑剤)
封止材用の組成物は可塑剤を含んでいてもよい。可塑剤は、イソシアネート基に不活性なものであればいずれも使用可能である。可塑剤としては、テトラヒドロフタル酸エステル、アゼライン酸エステル、マレイン酸エステル、フタル酸エステル、トリメリット酸エステル、その他フタル酸エステル(ジブチルフタレート、ジオクチルフタレート等)、及びアジピン酸エステルが挙げられる。
【0052】
(重合開始剤)
上記ポリオール化合物とイソシアネート化合物との反応は、重合開始剤を用いずとも進行する。よって、封止材用の組成物中の重合開始剤の含有量は、0.1質量%以下、特には0.01質量%以下、特には封止材用の組成物中には重合開始剤が含まれないことが好ましい。
【0053】
上記封止材用の組成物は熱をかけずとも硬化反応が進むが、硬化反応を促進するため必要に応じ40~50℃に加温し硬化させてもよい。上記封止材用の組成物は0℃以上50℃以下の比較的低温で硬化させることができるため、基板と封止材との線膨張係数の差によって基板が変形したり破損したりするといった製造上の課題が生じにくい。
【0054】
<液体吐出ヘッドの製造方法>
液体吐出ヘッドの製造方法としては、まず組成物を混合する。そして混合した組成物を、部材の凹部の壁と基板との間に形成されている隙間を封止するように塗布する。そして塗布した組成物を上述のように硬化させる。このようにして、組成物を封止材として用いる。組成物を混合して塗布するまでの時間は30分以下とすることが好ましい。
【実施例】
【0055】
以下に実施例を示して、本発明の実施形態をさらに詳細に説明する。
【0056】
(評価1)
<封止材用の組成物の調製>
下記表1に示す材料を真空撹拌脱泡ミキサーで混合し、組成物No.1~3を調製した。表1中の数値の単位は質量部である。
【0057】
【0058】
なお、第1のポリオール化合物、第2のポリオール化合物の詳細は以下の通りである。また、溶融シリカとしては、デンカ社製のFB-940(商品名)を用いた。
・第1のポリオール化合物
下記化学式で示されるポリブタジエンジオール(シグマアルドリッチ株式会社製、数平均分子量1200)
【0059】
【0060】
・第2のポリオール化合物
下記化学式で示されるひまし油系ポリオール(分子量850)
【0061】
【0062】
第1のポリオール化合物は、分子量1000あたりの炭素-炭素不飽和結合の数が20、分子量1000あたりの水酸基の数が1.7、分子量1000あたりの官能基(ここではエステル)の数が0である。一方、第2のポリオール化合物は、分子量1000あたりの炭素-炭素不飽和結合の数が3.5、分子量1000あたりの水酸基の数が3.5、分子量1000あたりの官能基(ここではエステル)の数が3.5である。
【0063】
<封止材の評価>
組成物No.1~3を用いて形成される封止材を、耐久性、絶縁性、及び耐インク性の3つの観点で評価した。評価結果を下記表2に示す。
・耐久性
調製した組成物No.1~3を、
図1に示した液体吐出ヘッド1の封止材5の部位に、ディスペンサーを用いて泡が入らないように流し込んだ。そして、1日以上放置し組成物を硬化させた。得られた液体吐出ヘッドを、ブレード(アクリロニトリルブタジエンゴム製)で1000回こする耐久試験を行い、耐久試験後の封止材表面の傷又は削れの有無を光学顕微鏡で確認した。
・絶縁性
組成物No.1~3を型枠に入れ室温で1日以上放置して硬化させた。得られた硬化物を型枠から取り出して封止材の評価用サンプルとした。評価用サンプルの体積抵抗率を測定した。
・耐インク性
上記評価用サンプルを、評価用サンプルに対する質量比が20倍の量のインク(水:有機溶剤:界面活性剤=75:25:1)に浸し105℃で10時間加温した。なお、このインクは評価用のため色材を含んでいない。加温前後の評価用サンプルの質量を測定し、加温前の評価用サンプルの質量を基準としてインクの吸収率を求めた。
【0064】
【0065】
ポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物を含む組成物No.1及び2を用いて形成された封止材は、ブレードによる傷や削れが生じず、耐ブレード性が良好であった。ポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物を含む組成物No.1及び2を用いて形成された封止材は、ポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物を含まない組成物No.3を用いて形成された封止材よりも体積抵抗率が高く、絶縁性能に優れていた。ポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物を含む組成物No.1及び2を用いて形成された封止材は、ポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物を含まない組成物No.3を用いて形成された封止材よりも吸インク率が低く、耐インク性も良好であった。
【0066】
(評価2)
下記の表3に示す材料を真空撹拌脱泡ミキサーで混合し、組成物No.4~10を調製した。なお、下記表3中の組成物No.7は、評価1における組成物No.1と組成が同じものである。ポリオール化合物として、ポリブタジエンジオールおよびひまし油系ポリオールを表3に示す割合で混合した。イソシアネート化合物として、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート、ポリメチレンポリフェニルポリイソシアネートを用意した。これらイソシアネート化合物を、フタル酸ジイソデシルおよびジオクチル錫ジラウレートと表3に示す割合で混合した。尚、表3中の値は重量比を示し、一番下にはポリブタジエンジオール/イソシアネート化合物(4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネートとポリメチレンポリフェニルポリイソシアネートの合計量)の重量比をあわせて示している。
【0067】
【0068】
上記化合物を、表3に示す割合で秤量し、上記組成物No.4~10を真空撹拌脱泡ミキサーで混合し、すみやかに型枠に流し込んだ。その後、25℃で1日以上放置して硬化させた。得られた硬化物を型枠から取り出して封止材の評価用サンプルとした。評価用サンプルは各組成物に対し3個ずつ作製した。
【0069】
評価用サンプルを上記と同様のインクに浸し105℃で10時間加温した。加温後、評価用サンプルを取り出したインクの吸光度を測定した。測定波長は200~400nmとした。封止材の成分は主に有機物であることから、波長200~400nmに吸収を持つ。波長200~400nmにおけるインクの吸光度を測定することで、封止材の成分のインクへの溶出の程度を評価することができる。
【0070】
図3に吸光度を測定した結果を示す。図中の数値は測定値のばらつき(標準偏差)を示す。
【0071】
イソシアネート化合物に対してポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物の割合が高くなると、吸光度の値が高くなった。上記組成物は、ポリオール化合物中の水酸基と、イソシアネート化合物中のイソシアネート基が1:1で反応し、ウレタン結合を形成することで、ウレタン樹脂として硬化するものである。イソシアネート化合物に対してポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物の割合が高くなると吸光度の値が高くなったのは、ウレタン結合を形成していない余剰な有機物が多くなったためと推測される。封止材からインク中に有機物が溶出すると吐出口の詰まりなどの原因となりうるため、有機物の溶出の程度が低い組成物の方が液体吐出ヘッドの封止材の材料としては好ましい。
【0072】
また、イソシアネート化合物に対してポリオレフィン骨格を有する第1のポリオール化合物の割合が高すぎても低すぎても、吸光度の値がばらついた。このばらつきが大きいほど、仕込み時のイソシアネート化合物とポリオレフィン骨格を有するポリオール化合物の割合が同じであるにもかかわらず、得られたウレタン樹脂中に含まれる未反応の有機物の量の違いが大きいことを示している。水酸基及びイソシアネート基のどちらか一方が過剰にあると、硬化反応が進行するにつれて高分子の網目構造の成長に偏りが出る確率が上がる。よって、得られるウレタン樹脂の質が不均一になる可能性が高くなる。吸光度のばらつきが生じたのは、ウレタン樹脂内部の網目構造の成長が不均一であり、溶出する有機物の量にもばらつきが生じたためと推測される。
【0073】
実験結果から、表3のNo.6、7、8の範囲、つまり、ポリブタジエンジオール/イソシアネート化合物で示される重量比が0.73以上1.80以下であることが、インクジェット記録ヘッドの材料として適している。
【0074】
(評価3)
混合から塗布までの時間をふり、ウレタン樹脂(封止材)の表面凹凸および耐ブレード性を評価した。
【0075】
表3のNo.7の組成物を真空撹拌脱泡ミキサーにて混合した。得られた混合物を25℃室温環境下で一定時間放置後に、型枠に入れ、室温で1日以上放置し、硬化物を得た。
【0076】
表面凹凸の評価では、レーザー顕微鏡(商品名;VK9700、キーエンス製)を用いて硬化物の線粗さ(最大断面高さRt)を計測するとともに、顕微鏡用マニピュレーターを用いて海部と島部の状態を観察した。耐ブレード性の評価では、硬化物表面をブレード(商品名;ミラセンE34、TSE Industries製)でこすり、削れの有無を顕微鏡で観察した。
【0077】
図4(a)に、混合から5分後に塗布した硬化物をレーザー顕微鏡で観察した結果を示す。硬化物の表面は海島構造の模様があった。島の直径は数十μmであった。顕微鏡用マニピュレーターで島部に触れたところ比較的硬く、海部は比較的柔らかかった。
図4(a)中の島部の1つで海部と島部の最大断面高さを測定したところ、252nmあった。同様の測定を複数点で行い、表面凹凸を求めた。混合から塗布までの時間と表面凹凸との関係を
図4(b)に示す。混合から塗布までの時間が短いほど、表面には高低差の大きい凹凸があった。混合から塗布までの時間が30分を過ぎると、表面の高低差は100nmをほぼ下回り、時間とともに表面の高低差が変化することもなかった。即ち、組成物は混合してから塗布するまでの時間を30分以下とすることが好ましいことが分かった。
【0078】
続いて耐ブレード性を評価した。
図5(a)にブレードでこする前と後の硬化物表面の写真(高倍率)を示す。ブレードでこすると、硬化物の海島構造のうち海の部分に削れが見られた。
図5(b)に混合から塗布までの時間を変えた硬化物をブレードでこすった後の硬化物表面の写真(低倍率)を示す。混合から塗布までの時間が長いほど、削れが見られた。ブレードでこすった結果は以下の表4に示す通りである。
【0079】
【0080】
混合から塗布までの時間が短いほど、海島構造の海部と島部の高低差が大きくなり、硬化物表面とブレードとの接触面積が減り、削れが減少したと考えられる。
【符号の説明】
【0081】
1 液体吐出ヘッド
2 基板
3 部材
3a 凹部
3b 凹部の壁
4 吐出口
5 封止材