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特許7183519硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】硬質被覆層が優れた耐チッピング性を発揮する表面切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20221129BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20221129BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
C23C16/34
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018184992
(22)【出願日】2018-09-28
(65)【公開番号】P2020055041
(43)【公開日】2020-04-09
【審査請求日】2021-03-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-107397(JP,A)
【文献】特開2006-181705(JP,A)
【文献】特開2015-193071(JP,A)
【文献】特開2018-149668(JP,A)
【文献】特開2015-163423(JP,A)
【文献】特開2016-049573(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
C23C 16/34
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層が、平均層厚1.0~20.0μmのTiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を70面積%以上含み、
(c)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、その組成が、
組成式:(Ti1-α―βAlαMnβ)(Cγ1-γ
で表わされ、AlのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合α、MnのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合βおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γ(但し、α、β、γはいずれも原子比)が、それぞれ、0.500≦α≦0.900、0.005≦β≦0.150、0.505≦α+β≦0.950かつ0.0000≦γ≦0.0050を満足し、
(d)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層の前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は、柱状結晶組織を有し、その結晶粒の面積加重平均で算出し 平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、面積加重平均で算出した平均アスペクト比Aが2.0~10.0であり、
(e)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層の縦断面を観察したと き、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶粒界にMnが存在し、かつ、M nが存在する粒界の長さは、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の全粒界の長 さの0.1~10.0%であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、Siをさらに含み、その組成が、
組成式:(Ti1-α―β―δAlαMnβSiδ)(Cγ1-γ
で表わされ、AlのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合α、MnのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合βおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γ、SiのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合δ(但し、α、β、γ、δはいずれも原子比)とするとき、AlのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合α/(1―δ)、MnのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合β/(1―δ)、SiのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合δおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γが、それぞれ、0.500≦α/(1―δ)≦0.900、0.005≦β/(1―δ)≦0.150、0.005≦δ≦0.150かつ0.505≦(α+β)/(1―δ)≦0.950、0.0000≦γ≦0.0050を満足すること、
を特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋼、鋳鉄等のように靱性が要求される被削材の切削加工において、特に切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工時に硬質被覆層が優れた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、「被覆工具」ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、「WC」で示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、「TiCN」で示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、「cBN」で示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して「工具基体」という)の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合窒化物層をPVD法やCVD法により被覆形成した被覆工具があり、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合窒化物層や複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材と、該基材上に形成された被覆膜とを備える表面被覆切削工具であって、前記被覆膜は、1層以上のA層と1層以上のB層と2層以上のC層とを含み、前記基材と接する最下層はC層であり、かつA層とB層とはC層を挟んで交互に積層した構造を有し、前記A層は、化学式AlTi(化学式中、a、b、cは各々原子比を示し、0.4<a<0.75、0≦b<0.6、0<c<0.3、a+b+c=1を満たし、MはSi、Cr、V、Y、Zr、B、Nb、MoおよびMnからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を示す。)で表わされる第1複合金属の窒化物、炭窒化物、窒酸化物または炭窒酸化物によって構成され、前記B層は、化学式TiSi(化学式中、d、eは各々原子比を示し、0<e<0.3、d+e=1を満たす。)で表わされる第2複合金属の炭窒化物によって構成され、前記C層は、TiNによって構成されることを特徴とする表面被覆切削工具が記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、超硬合金、サーメットまたは高速度工具鋼を基材とする切削工具の基材上に、(Ti,Al,M)(C1-d)からなる硬質皮膜であって、
0.02≦a≦0.2、0.8≦b≦0.95、a+b+c=1、0.5≦d≦1(Mは1種または2種以上の金属又は半金属元素であり、a、b、cはそれぞれTi、Al、Mの原子比を示す、dはNの原子比を示す。以下同じ)の組成の硬質皮膜を、少なくとも1層以上被覆したことを特徴とする硬質皮膜被覆工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-183671号公報
【文献】特開2005-88130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記特許文献1に記載の硬質皮膜は、耐熱性、靱性を有し、多層構造の各層間の密着性も優れているものの、合金鋼、鋳鉄等の高速断続切削に供した場合には、皮膜の密着強度の他、硬度や強度に劣るため、剥離やチッピングが発生しやすく満足する切削性能を発揮するとはいえない。また、前記特許文献2に記載の硬質皮膜は、AlTiCN皮膜に対し、金属あるいは半金属元素を添加することで皮膜のAl含有量を高めることに言及されており、所定の硬さ、耐酸化性を有するものの耐摩耗性に乏しいため、満足する切削性能を発揮するとは言えない。
そこで、本発明は、合金鋼、鋳鉄等の高速断続切削加工時にも硬質被覆層が優れた耐チッピング性を長期にわたって発揮する被覆工具を提供することを目標とする。
【0007】
本発明者は、合金鋼、鋳鉄等の高速断続切削に供した場合であっても、被覆工具の耐チッピング性の改善を図り、長期の使用にわたって優れた耐チッピング性を有する硬質被覆層の組成や組織について鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
【0008】
すなわち、本発明者は、硬質被覆層が少なくともNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含む柱状結晶組織(柱状結晶粒を有する組織)を有する単層のTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層に所定量のMnを添加すると、合金鋼、鋳鉄等の高速断続切削加工時にも耐チッピング性を向上させることができるという新規な知見を見出したのである。
なお、特許文献1では、A層に含まれるM成分としてMnが示され、M成分を特定量含むことにより硬度が飛躍的に向上する旨の記載があるが、特許文献1に記載された硬質被覆層は、耐摩耗性と靱性を向上させるA層と耐熱性と潤滑性を向上させるB層とをC層を挟んで交互に積層するものであって、前記知見を示唆すらしないものである。
【0009】
本発明は、前記知見に基づいたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層が、平均層厚1.0~20.0μmのTiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、工具基体の表面と垂直な縦断面から分析した場合、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を70面積%以上含み、
(c)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、その組成が、
組成式:(Ti1-α―βAlαMnβ)(Cγ1-γ
で表わされ、AlのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合α、MnのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合βおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γ(但し、α、β、γはいずれも原子比)が、それぞれ、0.500≦α≦0.900、0.005≦β≦0.150、0.505≦α+β≦0.950かつ0.0000≦γ≦0.0050を満足し、
(d)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層の前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は、柱状結晶組織を有し、その結晶粒の面積加重平均で算出し 平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、面積加重平均で算出した平均アスペクト比Aが2.0~10.0であり、
(e)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層の縦断面を観察したと き、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶粒界にMnが存在し、かつ、M nが存在する粒界の長さは、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の全粒界の長 さの0.1~10.0%であることを特徴とする表面被覆切削工具。
)前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、微量のClを含有し、CとNとClの合量に占めるClの含有割合ε(但し、εは原子比)は0.0001≦ε≦0.0020を満足することを特徴とする前記()に記載の表面被覆切削工具。()前記TiとAlとMnの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、Siをさらに含み、その組成が、
組成式:(Ti1-α―β―δAlαMnβSiδ)(Cγ1-γ
で表わされ、AlのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合α、MnのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合βおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γ、SiのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合δ(但し、α、β、γ、δはいずれも原子比)とするとき、AlのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合α/(1―δ)、MnのTiとAlとMnの合量に占める平均含有割合β/(1―δ)、SiのTiとAlとMnとSiの合量に占める平均含有割合δおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γが、それぞれ、0.500≦α/(1―δ)≦0.900、0.005≦β/(1―δ)≦0.150、0.005≦δ≦0.150かつ0.505≦(α+β)/(1―δ)≦0.950、0.0000≦γ≦0.0050を満足すること、
を特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明工具は柱状結晶組織を有するTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層にMnを含有することによって、合金鋼、鋳鉄等の高速断続切削時の耐熱亀裂性が向上し、優れた耐チッピング性を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書および特許請求の範囲において数値範囲を「~」で表現するとき、その範囲は上限および下限の数値を含んでいる。
【0012】
TiAlMn(Si)CN層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、組成式:(Ti1-α-β-δAlαMnβSiδ)(Cγ1-γ)で表されるTiAlMn(Si)CN層(Siは任意添加成分であるためSiを括弧で囲んで表した)を少なくとも含む。このTiAlMn(Si)CN層は、硬さが高く、優れた耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1.0~20.0μmのとき、その効果が際立って発揮される。これは、平均層厚が1.0μm未満では、層厚が薄いため長期の使用にわたっての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20.0μmを超えると、TiAlMn(Si)CN層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
したがって、その平均層厚を1.0~20.0μmと定めた。より好ましくは2.0~15.0μmである。
また、ここでいうTiAlMn(Si)CN層は、微量であればO元素やCl元素等の不可避的に含まれることがある元素があっても前述の発明の効果を損なわない。O元素については出来るだけ含まない方が良い。また、後述するように、Cl元素は所定量であれば、前記層の靭性を低下させずに潤滑性を高めることができる。
【0013】
TiAlMn(Si)CN層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合:
前記TiAlMn(Si)CN層において、NaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒が、面積割合として70面積%以上であることが好ましい。これにより、高硬度であるNaCl型の面心立方晶構造を有する結晶粒の面積割合が六方晶構造の結晶粒に比べて相対的に高くなり、硬さが向上するという効果を得ることができる。この面積割合は、85面積%以上がより好ましい。
ここで、NaCl型の面心立方構造の面積割合は以下のような手順で算出できる。NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合は高分解能電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面(工具基体に垂直な断面)において層厚方向に0.02μm間隔で、幅10μm、縦は層厚(平均層厚)の範囲内での測定を実施し、全測定点に占めるTiAlMn(Si)CN層を構成するNaCl型面心立方構造を有する測定点数を求め、面積割合を求める。同様の測定を5視野以上で繰り返し平均値を算出することで、TiAlMn(Si)CN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒が占める面積割合(面積%)を求める。
【0014】
TiAlMn(Si)CN層の平均組成:
(1)本発明におけるSiを含有しないときのTiAlMn(Si)CN層の組成は、
組成式:(Ti1-α―βAlαMnβ)(Cγ1-γ)で表され、
AlのTi、Al、Mnの合量に占める平均含有割合(以下、「Alの平均含有割合」という)αが、
MnのTi、Al、Mnの合量に占める平均含有割合(以下、「Mnの平均含有割合」という)βが、
CのC、Nの合量に占める平均含有割合(以下、「Cの平均含有割合」という)γが、
それぞれ、0.500≦α≦0.900、0.005≦β≦0.150、0.505≦α+β≦0.950、0.0000≦γ≦0.0050(但し、α、β、γはいずれも原子比)を満足するように定める。
その理由は、以下のとおりである。
Alの平均含有割合αが0.500未満であると、TiAlMn(Si)CN層は硬さが劣るため、合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でなく、一方、0.900を超えると硬さが劣る六方晶を含有しやすくなり、耐摩耗性が低下する。したがって、0.500≦α≦0.900としたが、より好ましくは0.750≦α≦0.900である。
Mnの平均含有割合βが0.005未満であると、高温強度を確保できず異常損傷を生じやすくなる。また、0.150を超えると高温硬さを確保できなくなり、耐摩耗性が低下する。
また、Cの平均含有割合γを0.0000≦γ≦0.0050と定めたのは、この範囲において耐チッピング性を保ちつつ硬さを向上させることができるためである。
【0015】
(2)本発明におけるSiを含有するときのTiAlMn(Si)CN層の組成は、
組成式:(Ti1-α―β―δAlαMnβSiδ)(Cγ1-γ)で表され、
AlのTi、Al、Mnの合量に占める平均含有割合(以下、「Si含有量で補正されたAlの平均含有割合」という)α/(1-δ)が、
MnのTi、Al、Mnの合量に占める平均含有割合(以下、「Si含有量で補正されたMnの平均含有割合」という)β/(1-δ)が、
SiのTi、Al、Mn、Siの合量に占める平均含有割合(以下、「Siの平均含有割合」という)δが、
CのC、Nの合量に占める平均含有割合(以下、「Cの平均含有割合」という)γが、
それぞれ、0.500≦α/(1-δ)≦0.900、0.005≦β/(1-δ)≦0.150、0.005≦δ≦0.150、0.0000≦γ≦0.0050(但し、α、β、γ、δはいずれも原子比)を満足するように定める。
その理由は、Si含有量で補正されたAl、Mn、Cの平均含有割合については、前述のAl、Mn、Cの平均含有割合と同様であり、Siの平均含有割合については、0.0050未満であると高温強度を確保できず異常損傷を生じやすくなるためであり、また、0.150を超えると高温硬さを確保できなくなり、耐摩耗性が低下するためである。
なお、0.005≦δ≦0.150であるとき、AlのTi、Al、Mn、Siの合量に占める平均含有割合αの取り得る範囲は、小数点第3位までの表記で、0.425≦α≦0.896である。同様にMnのTi、Al、Mn、Siの合量に占める平均含有割合βの取り得る範囲は、0.004≦β≦0.149である。これら二式はともに左辺の等号成立はδ=0.150のとき、右辺の等号成立はδ=0.005のときである。ただし、α、βの関係は同時に0.505≦(α+β)/(1―δ)≦0.950を満足しなければならない。また、この式からα+β+δが少なくとも満たすべき範囲は、0.505×(1―δ)+δ≦α+β+δ≦0.950×(1―δ)+δゆえ、0.505+0.495δ≦α+β+δ≦0.950+0.05δとなり、少なくとも0.507<α+β+δ≦0.958を満たす。なお、下限は少数第4位を四捨五入した。示した下限に最も近い値を与えるのはδ=0.005のときであり、右辺の等号成立のときはδ=0.150のときである。
【0016】
Clの含有割合:
本発明の硬質被覆層は微量のClを含んでもよい。本発明の硬質被覆層におけるTiAlMn(Si)CN層の成膜に際して、反応ガス成分としてHClガスを用いた場合、あるいは用いなくてもAlCl、TiCl、SiClを使用することから、TiAlMn(Si)CN層中には微量のClが不可避的に含有されるが、CとNとClの合量に対して、その平均含有割合ε(原子比)は、0.0001≦ε≦0.0020であることが好ましい。その理由は、Clの量がこの範囲にあるとき、前記層の靭性を低下させずに潤滑性を高めることができるためである。しかし、平均塩素含有割合が0.0001未満であると潤滑性向上効果は少なく、一方、平均塩素含有割合が0.0020を超えると、耐チッピング性が低下するため好ましくない。
【0017】
次に、Al、Mn、Si、Clの各平均含有割合(α、β、δ、ε)の測定方法について説明する。電子線マイクロアナライザ(Electron-Probe-Micro-Analyser:EPMA)を用い、TiAlMn(Si)CN層の表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合α、Mnの平均含有割合β、Siの平均含有割合δ、Clの平均含有割合εを求める。
また、Cの平均含有割合γについては、二次イオン質量分析(Secondary-Ion-Mass-Spectrometry:SIMS)により求める。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行い、Cの平均含有割合γはTiAlMn(Si)CN層についての深さ方向の平均値を求める。
【0018】
TiAlMn(Si)CN層内の柱状結晶組織の平均粒子幅とアスペクト比:
本発明において、TiAlMn(Si)CN層は柱状結晶組織を有し、その組織における結晶粒の縦断面における平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることが望ましい。その理由は、次のとおりである。平均粒子幅Wが0.1μmよりも小さい微粒結晶になると粒界の増加による耐塑性変形性の低下、耐酸化性の低下により異常損傷に至りやすくなる。一方、平均粒子幅Wが3.0μmよりも大きくなると粗大に成長した粒子の存在により、靱性が低下しやすくなる。また、平均アスペクト比Aが2.0よりも小さい粒状結晶になると切削時に皮膜表面に生じるせん断応力に対してその界面が破壊起点となりやすくなってしまいチッピングの原因となる。また、平均アスペクト比Aが10.0を超えると、切削時に刃先に微小なチッピングが生じ、隣り合う柱状結晶組織に欠けが生じた場合に、硬質被覆層表面に生じるせん断応力に対しての抗力が小さくなりやすく、柱状結晶組織が破断することで一気に損傷が進行し、大きなチッピングを生じる。したがって、結晶粒の平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることが望ましい。
【0019】
次に、結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比A、および柱状結晶組織を有するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合の算出方法について説明する。まず、硬質被覆層の縦断面における、工具基体に平行な方向に幅10μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察視野において結晶粒界を判定する。まず、高分解能電子線後方散乱回折装置を用いて前記観察視野面内を0.02μm間隔で解析し、観察視野面内のNaCl型の面心立方構造を有する測定点を求める。このNaCl型の面心立方構造を有する測定点の中で隣接する測定点(以下、ピクセルという)の間で5度以上の方位差がある場合、あるいは隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がない場合はそこを粒界と定義する。ここで、縦断面とは、工具基体表面に垂直な断面である。そして、粒界で囲まれた領域でNaCl型の面心立方構造を有する測定点を含むものを1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。次に、画像処理を行い、ある結晶粒iにおける工具基体と垂直方向の最大長さH、結晶粒iにおける基体と水平方向の最大長さである粒子幅W、結晶粒iの面積Sを求める。結晶粒iのアスペクト比AはA=H/Wとして算出する。このようにして、観察視野内の少なくとも20以上の結晶粒の粒子幅W~W(n≧20)を数1により面積加重平均し、前記結晶粒の平均粒子幅Wとする。また、同様にして前記結晶粒のアスペクト比A~A(n≧20)を求め、数2により面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。平均粒子幅W、平均アスペクト比Aはそれぞれ以下のような式に基づき算出できる。
【0020】
【数1】
【0021】
【数2】
【0022】
Mnが存在する結晶粒界の粒界の長さの割合:
前記TiAlMn(Si)CN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶粒界にMnが存在し、かつ、Mnが存在する粒界の長さは、当該結晶粒の全粒界長さの合計の0.1~10.0%であることが好ましい。その理由は、粒界にMnが適量存在することにより、切削時に粒界に沿って進展することが多い亀裂の進展を抑制する効果を発揮するためである。当該結晶粒の全粒界長さに占めるMn元素が存在する粒界の長さが0.1%よりも小さいと前記効果が十分に得られず、10.0%を超えると、粒界における強度が減少し亀裂が発生しやすくなり、異常損傷を生じやすくなるためである。
当該結晶粒の全粒界長さに占めるMn元素が存在する粒界の長さの割合の算出方法について、以下に説明する。前述の高分解能電子線後方散乱回折装置による粒界のマッピングに加え、同時にFE(Field Emission)-EPMAの組成マッピングを行い、粒界上にMn元素が検出された結晶粒の粒界の合計の長さを算出し、全粒界長さに占める割合を計算することにより求めることができる。なお、FE-EPMAの測定間隔はEBSDと同等以下(0.02μm間隔以下)で実施する。
【0023】
下部層および上部層:
本発明では、硬質被覆層として前記TiAlMn(Si)CN層を設けることによって十分な耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1.0~25.0μmの合計平均層厚で設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層優れた特性を発揮することができる。
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1.0μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25.0μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0024】
製造方法:
本発明のTiAlMn(Si)CN層は、例えば、次のようにして作製することができる。
【0025】
工具基体の表面に、CVD装置を用い、NHとH、Nとからなるガス群Aと、AlCl、TiCl、C、HCl、SiCl、Mn(C、Hからなるガス群B、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)、反応雰囲気圧力、反応雰囲気温度、供給周期、1周期当たりのガス供給時間、ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差を以下のような成膜条件で熱CVD法を用い、所定平均層厚のTiAlMn(Si)CN層を成膜した。
反応ガス組成(%は容量%を表し、ガス群Aとガス群Bの和を100容量%とする)
ガス群A:NH:2.00~3.00%、H:15.00~25.00%、
:15.00~25.00%
ガス群B:AlCl:0.50~1.00%、TiCl:0.07~0.50%、
:0.00~0.50%、HCl:0.00~0.10%、
SiCl:0.00~0.20%、
Mn(C:0.01~0.20%、H:残
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
供給周期:1.00~5.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bとの供給の位相差:0.10~0.20秒
【実施例
【0026】
次に、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、以下の実施例では、工具基体として、WC基超硬合金を用いた場合について説明するが、TiCN基サーメットおよびcBN基超高圧焼結体を工具基体として用いた場合も同様である。また、被覆工具としてはインサートに限らず、ドリル、メタルソー、リーマー、タップなどの切削工具に、本発明の被覆工具は好適に使用できることは言うまでもない。
【0027】
原料粉末として、いずれも0.1~3.0μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~CおよびISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0028】
次に、これらの工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用い、TiAlMn(Si)CN層をCVDにより形成した。
CVD成膜条件は、次のとおりである。
表3に示される形成条件A~K、すなわち、NHとH、Nとからなるガス群Aと、AlCl、TiCl、C、HCl、SiCl、Mn(C、Hからなるガス群B、および、おのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(%は、ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH:2.00~3.00%、H:15.00~25.00%、N:15.00~25.00%、ガス群BとしてAlCl:0.50~1.00%、TiCl:0.07~0.50%、C:0.00~0.50、HCl:0.00~0.10%、SiCl:0.00~0.20%、Mn(C:0.01~0.20%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~850℃、供給周期1.00~5.00秒、1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10~0.20秒とし、所定時間熱CVD法による蒸着形成を行った。
【0029】
このように、表3に示される形成条件でCVD法を行うことにより、表5に示されるCVDによって成膜された本発明被覆工具1~22(本発明被覆工具4は参考例であって、 以下、参考例の記載を省略する。)を得た。
なお、本発明被覆工具1~11、14、15、17~19、21、22については、表2に示される形成条件で、表4に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0030】
また、比較の目的で、工具基体A~Fの表面に、表3に示される形成条件A’~H’でCVD法を行うことにより、表6に示される比較被覆工具1~16を得た。
なお、比較被覆工具2、3、5、6、8、10、14、16については、表2に示される形成条件で、表4に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0031】
本発明被覆工具1~22、比較被覆工具1~16の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面(縦断面)を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表5、6に示される平均層厚であった。
また、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒子の割合、組成、柱状結晶組織を有する結晶粒の平均粒子幅W、アスペクト比Aを前述の方法で測定した。なお、平均粒子幅WとアスペクトAの測定は20点で行った。
なお、Mnの原子比β、Siの原子比δについて、それぞれ、表5、6中で0.001未満、0.0001未満と記載しているものは、検出限界以下の含有量であり、Mn、Siを含んでいないと扱うことができるものであって、表6に示す比較被覆工具では、Mn、Siを同時に含んだ例がないため、α/(1―δ)、β/(1―δ)および(α+β)/(1―δ)は求めていない。
なお、当該結晶粒の全粒界長さに占めるMn元素が存在する粒界の長さの割合の算出にあたり、FE-EPMAの測定は0.02μm間隔で実施した。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
【表4】
【0036】
【表5】
【0037】
【表6】
【0038】
次に、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径80mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1~11、比較被覆工具1~8について、以下に示す、鋳鉄の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削試験1>
カッタ径: 80mm
被削材: JIS・FCD700 幅60mm、長さ400mmのブロック材
回転速度: 1393/min
切削速度: 350m/min
切り込み: 2.0mm
一刃送り量: 0.2mm/刃
切削時間: 20分
(通常切削速度は、150~250m/min)
表7に切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具1~8については、チッピング発生が原因で切削試験終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0039】
次に、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具12~22、比較被覆工具9~16について、以下に示す鋳鉄の8スリット溝入り材の乾式高速断続旋削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
<切削試験2>
被削材: JIS・FCD700 長さ方向等間隔8本溝入り
切削速度: 350m/min
切り込み: 1.0mm、
送り: 0.2mm/rev、
切削時間: 5分
(通常切削速度は、150~200m/min)
表7に切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具9~16については、チッピング発生が原因で切削試験終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0040】
【表7】
【0041】
表7に示される結果から明らかなように、本発明被覆工具は、いずれもTiとAlとMnおよび任意成分としてのSiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、組成が所定範囲にあって所定の関係を満足し、所定の平均粒子幅、平均アスペクト比を有していることによって、高熱発生を伴い、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削加工に用いた場合であっても、硬質被覆層としてすぐれた耐チッピング性を示し、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する。
これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具は、合金鋼や鋳鉄等の高速断続切削加工に用いると、チッピングが発生し短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0042】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼や鋳鉄等の高負荷が作用する高速断続切削加工であっても、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮するから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化及び省エネ化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応ができるものである。